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◆クロード・ドルニエ(Claude Dornier)の飛行艇
写真(上)1926年、ドルニエ(Dornier) DO N/日本陸軍川崎八七式重爆撃機)
;ドルニエから日本の川崎に派遣されたリヒャルト・フォークト技師が開発し、1926年(大正15年)2月19日初飛行。生産機数28機。
Ray Wagner Collection Image - Catalog:16_007415 - Title:Dornier Do N Dornier Photo - Filename:16_007415.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation.
写真はSan Diego Air and Space Museum Archive PictionID:46169479引用。

写真(上)1930年代初頭以前、スペイン、スペイン空軍ドルニエ(Dornier) DO J ワール(Wal:鯨)飛行艇「カタルーニャ」(M-MWAE 'W5' 'Cataluña')
;肩翼上面にシーメンス(Siemens)社ジュピター (Jupiter)エンジン520馬力2基を縦列串型タンデム配置で6セット12基を搭載した。ドイツの第一次大戦の敗北で、航空機生産がベルサイユ条約で大幅に制限されたために、イタリアのCMASAで生産された。
AL-73B Luqueer Album From the Frank S. "Luke" Luqueer Photo Collection The Frank S. "Luke" Luqueer Photograph Collection is composed of 4 large albums covering from the 1920s to the 1950s. The albums contain historic photos and correspondences from many important historical figures such as Jack Frye, Pat Amelia Earhart, Wiley Post, Howard Hughes, Hap Arnold, Jimmy Doolittle, Art Goebel, Charles Lindbergh, Douglas McArthur, and Ruth Elder to name a few. Many of the images have been autographed. Frank Luqueer is a notable aviation photographer. He bought his first camera in 1903 and devoted much of his life to taking photos of historic personalities and events in aviation history.
写真はSan Diego Air and Space Museum Archive Image _00194引用。

写真(上)1930年、ドイツ共和国のドルニエ(Dornier) DO J ワール(Wal:鯨)飛行艇(登録コード:J-BCDO)

Ray Wagner Collection Image PictionID:46169227 - Title:Dornier Wal (Na 15 ?) Ka Kawasaki at Kobe - Filename:16_007395.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation..
写真はSDASM Archives Catalog:16_007395 引用。

写真(上)1931年、アメリカ、ニューヨークを訪問した、ドイツのドルニエ(Dornie)Do-X旅客輸送飛行艇(登録コード:D-1929 )
;主翼中央に巨大な星条旗を掲げている一方で、ドイツ共和国の国旗は、胴体後方にやや小型のものを掲げている。ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、全長 40m、全幅 48.05m、全高 6.4m、翼面積 450平方メートル、 空虚重量 29,500kg、全備重量 56,000kg、発動機 カーチス・コンカラーエンジン(600馬力)12基、最高速力 215km/h、巡行速力 190km/h、航続距離 2800km。
Dornier Do-X PictionID:38275467 - Catalog:AL-135B 141 Dornier Do-X D-1929 - Filename:AL-135B 141 Dornier Do-X D-1929.tif - This image is from a photo album donated to the Museum by JL Highfill which includes images taken in the Pacific during the Second World War .
SDASM Archives・PictionID:38275467引用。


1.クロード・ドルニエ(Claude Dornier)の飛行機開発

写真(右)1927年,ドルニ エ金属加工有限会社社長クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士
Inventory: Bild 183 - Allgemeiner Deutscher Nachrichtendienst - Zentralbild Signature: Bild 183-R02094 Original title: info Zentralbild Prof. Dr.-Ing. h.c. Claude Dornier, Flugzeugkonstrukteur, geb. 14.5.1884 in Kempten/Allgäu; Chef der Dornier-Metallbauten GmbH in Friedrichshafen a.B.; er baute 1922 den Dornier-Wal, 1926 das Dornier-Superwal-Flugzeug und 1929 die "Do X". Aufnahme 1927 12301-27 Archive title: Claude Dornier am Schreibtisch sitzend Dating: 1927 Photographer: o.Ang. Agency: Scherl Origin: Bundesarchiv
写真はBundesarchiv,File:Bundesarchiv Bild 183-R02094, Claudius Dornier.jpg引用。


写真(右)1930年3月,ドルニエ金属加工有限会社社長クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:1929年、世界最大の巨人機ドルニエDo-X飛行艇を完成させ、乗客169名を乗せて飛行性世界記録を樹立した。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-09496 Original title: info Dr. Dornier, der geniale Construkteur und Schöpfer des größten deutschen Flugbootes Do X, wird dasselbe bei seiner Fahrt nach Amerika begleiten Archive title: Porträt Claude Dornier Dating: März 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv
写真はBundesarchiv,File:Bundesarchiv Bild 102-09496, Claude Dornier.jpg引用。


クロード・ドルニエClaude Dornier)は、フランス人の父とドイツ人の母の子として、1884年5月14日にドイツ帝国バイエルン王国で生まれ、ミュンヘン工科大学で機械工学を学んだ。卒業後、1910年に、ツェッペリン飛行船(Luftschiffbau Zeppelin)に入社し、社長のツェッペリン伯爵に引き立てられて、1913年にドイツ国籍を取ることができた。ドルニエを、クロード(Claude)とフランス語風にではなく、クラウディウス (Claudius) とドイツ語風に呼び習わすのは、そのためである。 クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)は、ドイツ南部、ボーデン湖畔リンダウに設立されたツェッペリン・リンダウ製作所で飛行機の開発を行った。

 1914年8月、第一次世界大戦が勃発すると、航空兵力の重要性が高まったため、クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)にも才能を発揮する機会が訪れた。1916年、設計事務所をフリードリヒスハーフェンFriedrichshafen)に設けた。1917年、ドルニエの部署は、ツェッペリン・コンツェルンの中 リンダウ・ツェッペリン工場有限会社(Zeppelin Werk Lindau GmbH)ととして独立し、ドルニエが社長に就任した。こうして、ドルニエは、ツェッペリン‐リンダウ(Zeppelin-Lindau)CL.I複葉機、とドルニエ・ツェッペリン(Dornier-Zeppelin)D.I戦闘機を設計、開発した。これら複葉機は、金属応力外皮の堅牢な機体で、片持翼で支柱のない洗練された主翼を持っていた。

写真(右)1931年,Do K-3輸送機の前に立ったドルニ エ金属加工有限会社社長クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:ドルニエ Do K‐1(Dornier Do K)は、クラウディウス・ドルニエにより開発された、乗客8名の旅客輸送機で、1929年5月7日に初飛行をした。しかし、パワー不足の為、300馬力のワルター空冷星形エンジン4基に強化したDo K-3輸送機が作られたが、性能はあまり改善せず、結局、3機試作されただけで終わった。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-03504A Original title: info Flugzeugkonstrukteur Dornier Archive title: Prof. Dr. Claude Dornier vor Flugzeug Dornier Do K-3 (Kennung D-2183; Erstflug August 1931) Dating: 1931 ca.
写真はBundesarchiv,File:Bundesarchiv Bild 102-03504A, Claudius Dornier.jpg引用。


第一次世界大戦でドイツが破れ、1919年11月に、ベルサイユ条約が結ばれると、ドイツは戦車・潜水艦の保有は禁止され、航空兵力も事実上禁止されるなど、大幅な軍備制限を受けることとなった。しかし、敗戦後のドイツ・ワイマール共和国でも、航空機の重要性は認識されており、クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)らは、ベルサイユ条約による妨害を受けずに飛行機を開発しようと、ベルサイユ条約の制限のない国外に飛行機の設計・開発・製造の拠点を移した。フリードリヒスハーフェンFriedrichshafen)航空会社を維持しつつ、ドイツ南部、ボーデン湖畔のスイス側のロールシャッハに工場を設け、1921年8月には、3座の小型飛行艇「リベレ」“Libelle“を初飛行させた。

 Do A小型飛行艇「リベレ」“Libelle“は、のちのDo-Jワールの小型版といった形だった。即ち、パラソル式高翼、主翼上のエンジン、胴体中央部の張出し式フロートが、備わっている。

Do-A小型飛行艇「リベレ」“Libelle“の諸元
ヴュルテンベルク州ボーデン湖畔、フリードリヒスハーフェンFriedrichshafen)工場で製造
全長: 7.18 m、全幅: 8.5 m、全高: 2.27 m
翼面積: 14 平方メートル
空虚重量: 420 kg、総重量: 640 kg
シーメンス(Siemens-Halske Sh 4)5気筒空冷星形エンジン (60馬力)1基搭載
最高速力:120 km/h、巡行速力: 100 km/h、
航続距離: 300 km、実用上昇限度(Service ceiling): 1,600 m

写真(右)1930−1940年頃,ドルニ エ金属加工有限会社社長クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:、1884年5月14日 - 1969年12月5日)は、ドイツの航空技術者。バイエルンで生まれ。
Dornier, Claude Catalog #: BIOD00316 Last Name: Dornier First Name: Claude Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,Catalog #: BIOD00316引用。


 クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)は、1922年、イタリア、ピサ海岸(Marina di Pisa)に(CMASACostruzioni Mechaniche Aeronautiche S.A.)を設立したが、ここではドルニエの世界的傑作機Do.J ワール飛行艇が開発され、1922年11月に初飛行させている。べルサイユ条約の航空兵力禁止により、ドイツ国内では大型の飛行艇の製造が事実上できなかったため、ドルニエは、1922年、イタリアのマリーナ・ディ・ ピサ海岸(Marina di Pisa)の飛行機修理工場を買い取り、子会社とし、Do‐Jワール“Wal”飛行艇の組み立てを行ったのである。

ドルニエDo-J飛行艇の成功のおかげで、1922年、クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)は、リンダウ・ツェッペリン工場有限会社の共同出資者に昇格し、これをドルニエ金属加工有限会社(Dornier Metallbauten GmbH)と改称して、ボーデン湖畔のドルニエ・ボーデン湖畔、フリードリヒスハーフェンFriedrichshafen)を充実させた。こうして、ドルニエは飛行機製造者として独立したのである。


写真(上)1942年、ドイツ、コンスタンツ湖、アルテンハインのドルニエ(Dornier)工場の飛行艇滑走路、空港ターミナル;シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力を流線型ナセルに縦列串型配置で12基装備、合計6600馬力。プロペラは4翅木製一体構造ガラスの丸窓もきれいに並んでいる。
Title: Altenrhein, Dornier Werke
Caption: Im Vordergrund: Staad/SG mit der Eisenbahnlinie Staad-Rheineck Dating: 1942 Photography : gelatine silver print
Special Size: 12,5 x 17,5 cm Categories: Airport buildings + Airport terminals, Views of locations and cities, Runway, Places, View Collection, Unknown, Lake of Constance, Altenrhein
写真はETH-Bibliothek Zürich・Record Name: Ans_13644引用。


写真(右)1930−1940年頃,飛行技師クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:1884年5月14日生まれ、- 1969年12月5日死去。
SDASM Archives Dornier, Claude Dornier, Claude Catalog #: BIOD00317 Last Name: Dornier First Name: Claude Notes: Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,Catalog #: BIOD00317引用。


永岑三千輝(2016) 「ヴェルサイユ体制下ドイツ航空機産業と秘密再軍備(4)」 「『横浜市立大学論叢』Vol.67、No.1・2 には、次のようにある。

ナチスの政権掌握(1933年1月)とともに始まった大々的な秘密再軍備 (公然化は1935年)の中で、航空機産業の軍用機生産はとりわけ急速に拡 大した。その前提となったのは、ワイマール期、ヴェルサイユ条約履行体 制下の民需用飛行機の開発であった。既述のハインケルとユンカースがナ チス期再軍備の中核に位置付けられたことは言うまでもないが、ドルニエ 社も、1934−35年のミルヒの航空機秘密再軍備の計画の中で、計画の筆 頭にあげられ、重要な位置を占めていた1。いやむしろ、爆撃機においては、生産者の筆頭にあげられ、ユンカースが副次的役割(補助的爆撃機の 生産)に置かれている。そのことは、下記の表4−1が示すとおりであり、 ドルニエ社の陸上爆撃機320機は、ユンカースの陸上爆撃機450機に次ぐ 大量の製造計画となっている。水上機タイプでも21機、実験的新型爆撃機 シリーズを含むその他各種の機種のなかにも、ハインケル111機、ユンカー ス86機と並んで、ドルニエ17機が含まれている。

写真(右)1930−1940年頃,飛行技師クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:1884年5月14日生まれ、- 1969年12月5日死去。
SDASM Archives Myhra_00300 David Myhra Collection Image Claudius Dornier (1884)-Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,Myhra_00300引用。


このミルヒ計画が拡大された1934年1月1日の緊急計画(ラインラント 計画)においても、爆撃機としてのドルニエ機(Do11,Do13/Do23)の生 産計画は総数400機で、ユンカース450機とほぼ並び、ハインケルの各機 種の合計693機についできわめて大きな役割を与えられていることは明確である。 それでは、このドルニエ社は、ヴェルサイユ体制下においては、どのよ うに開発・活動実績を上げ評価されていたのであろうか。

結論的に言えば、 民間航空機開発で世界的に注目を集める開発を次々に成功させ、その実績 が世界的にも認められていたということである。ドルニエは、飛行機にお ける軍需から民需への転回においてユンカースとともに当時の世界の最先 端を走ったということである。
その当時の名声のもと、外国の顧客の要望 に応じて軍用機需要にも対応し、自社の軍用機生産の技術・ノウハウも蓄 積し人員を養成して行った。

  1933年1月末のナチ政権誕生直後からの航空戦力における秘密再軍備の 規模と迅速さの意味合いを確認するために、まず、1920年から32年の民 間機と軍用機の生産の統計を確認しておこう。

写真(右)1950−1960年頃,飛行技師クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:1884年5月14日生まれ、- 1969年12月5日死去。
Dornier, Claude Catalog #: BIOD00315 Last Name: Dornier First Name: Claude Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,Catalog #: BIOD00315引用。


表4−3から明らかなように、1920−32年の間の軍用機生産が合計でわ ずかに343機であり、飛行機生産の一割程度であることがわかる。

民間機 から軍用機への改造はこの程度の機数があれば経験を蓄積でき、最低限必 要な設計変更を行ったということであろう。ともあれ、この統計でヴェル サイユ体制下・空軍力禁止下の軍用機生産規模を確認することが出来る。

ヴェルサイユ体制下13年間の総生産機数は3284機である。ミルヒ計画 はわずか2年間に4千機を超える大々的な計画となっている。いかにナチ 政権とともに軍用機生産の飛躍的拡大が目指されたかがわかるであろう。 そして、それが可能であったのは、非常にポピュラーなユンカース52、あ るいはドルニエ機、例えば周知のドルニエ「クジラ」が特別の困難もなく長距離偵察機に転換できたからであった。当時の飛行機の発達段階からして、民間旅客機と軍用機との相互転用関係、用途・機能の転回は非常に 容易なレベルにあったといえよう。

写真(右)1950−1960年頃,飛行技師クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:1884年5月14日生まれ、- 1969年12月5日死去。
Dornier, Claude Catalog #: BIOD00319 Last Name: Dornier First Name: Claude Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives, Catalog #: BIOD00319引用。


もう一つ確認できることは、この秘密再軍備計画において主要な実戦用 ないし作戦用軍用機は、ドルニエ、ハインケル、ユンカースの三社が担っ ていたということであり、他の機種ではアラドが一部戦闘機に食い込んでいるだけであった。その他のワイマール期の多数の航空機生産企業は、パ イロット訓練用の練習機中心であり、語の厳密な意味からは軍用機とは必 ずしも言えない類の機種の生産を託されただけである。

したがって、ハイ ンケル、ユンカース、そしてドルニエに焦点を当てることは、ヴェルサイ ユ体制下ドイツ航空機産業の発達、生産と市場の軍需用から民需用への転 回、さらには民需用から軍需用への再転回、秘密再軍備の実態を考える上 では妥当な選択ではないだろうか。 ナチ政権初期の秘密再軍備政策以降、軍用機は、ワイマール期航空機生 産企業のうち旅客機等の民間機で最先端の実績を上げ、それを国内外で提 供し、世界的な評価を確立した優良企業に託された、ということであろう。

永岑三千輝(2016) 「ヴェルサイユ体制下ドイツ航空機産業と秘密再軍備(4)」 「『横浜市立大学論叢』Vol.67、No.1・2 引用終わり。


Die Anfänge von Claude Dornier :クロード・ドルニエの映像


Claude Dornier :クロード・ドルニエ伝記映像


2.ドルニエ(Dornier)Do-Jワール(Wal:鯨)型飛行艇


写真(右)1925年頃、ドイツ、桟橋に横付けしているドルニエDo-Jワール(Whale)飛行艇
;機首の客室付近に5名の人物が見える。胴体上のエンジン前、主翼のエンジン脇に各々整備員1名がエンジンを調整している。機首の客室の昇降口は、機首上面にあり、そこに梯子が欠けられている。ガラス窓4枚が機首の客室に開いている。
SDASM Archives Dornier Do-J Catalog #: 00078614 Manufacturer: Dornier Designation: Do-J Official Nickname: Wal.
写真はSDASM Archives・Catalog #: 00078614引用。


飛行艇・水上機は、水上滑走による離着陸を行うために、防水性・耐波性・非腐食性・水上での整備性などにも配慮を要した。また、これらの構造が、空中における空気抵抗増大など、飛行性能を低下させた。


写真(右)1925年頃、ドイツ、桟橋に横付けしているドルニエDo-Jワール(Whale)飛行艇
;手前の埠頭には、コートを着た飛行艇の艇長らしい人物が立っている。胴体中央部左右にある張出しフロート(浮き)の断面は、紡錘型であることが分かる。機首の客室にはガラス窓4枚がある。
SDASM Archives Dornier Do-J Catalog #: 00078618 Manufacturer: Dornier Designation: Do-J Official Nickname: Wal.
写真はSDASM Archives・Catalog #: 00078618引用。



写真(右)1925年頃、ドイツ、ドルニエDo-Jワール(Whale)飛行艇(D-2069)
;エンジンは主翼上面に2翅プロペラ2組を重ね、4翅プロペラとした。液冷エンジンを2基の串型に配備している。
SDASM Archives Dornier Do-J Catalog #: 00078633 Manufacturer: Dornier Designation: Do-J Official Nickname: Wal.
写真はSDASM Archives・Catalog #: 00078633引用。


ドルニエDo-Jワール飛行艇(Dornier Do J "Wal")はの諸元
全長 17.25m 全幅 22.50m、全高 5.25m
主翼面積 96.00平方メートル
自重 3,630kg、全備重量 5.700kg
発動機: ロールスロイスイーグル9水冷式V型12気筒エンジン 360馬力 2基
最高速力 185km/h、巡航速力 150km/h
航続距離 2,200km
乗員 3名、乗客 8名


写真(右)1925年、ノルウェー、スバールバル諸島スピッツベルゲン島、キングズ湾に進入し氷を割りながら進むノルウェーのロアール・アムンセン(Roald Amundsen)隊、氷の海にやってきた支援船ファーム(ドルニエDo-J飛行艇2機を梱包して搭載)、輸送船ホビーからデリックを使って降ろされるDo-Jワール飛行艇N25、貨物を下ろしている輸送船ホビー
:1925年にロアール・アムンセンは、Do-J飛行艇2機を南極に分解して船舶輸送し、南極の雪原で2機を組み立てた。そして、北極飛行に成功した。機首側面には、”DOENIER-WAL”と記入されている。ドルニエ社が南極での記録達成、技術的優秀性をアピールするために、Do-Jワール飛行艇2機をアムンゼン隊に貸与したようだ。
Description Album page with four photographs. (from top left)
1. The expedition participants keep a channel open in the ice at Kings Bay in Ny- Ålesund(New Ålesund)
2. The escort ship Farm moored at the edge of the ice
3. The flying boat N25 is turned ashore from the freighter Hobby.
4. Unloading of material from the freighter Hobby
From the album about the Amundsen-Ellsworth polar flight 1925.
写真はWikimedia Commons, Preus museum・File:NMFF.000148-3 (6168441723).jpg引用。


ノルウェーの探検家ロアール・アムンセンRoald Amundsen:1872-1928)は、イギリス人ロバート・スコット大佐と競い合って、1911年12月14日にと人南極点到達一番乗りを達成した。その後、 1925年5月、ノルウェー、スバールバル諸島スピッツベルゲン島を飛び立った、ドルニエDo-Jワール飛行艇(Dornier Do J "Wal")N24とN25の2機で、北緯87度 43分まで北極点近くまで飛ぶ、飛行記録を残した。1926年5月12日には、イタリアの飛行船「ノルゲ(ノルウェー)」で北極点へ到達している。アムンゼンは、南極点と北極点の双方に足を延ばした。

写真(右)1925年、ノルウェー、スバールバル諸島スピッツベルゲン島、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセン(Roald Amundsen)は、分解したドルニエDo-Jワール(Wal)飛行艇N24とN25の2機を船で南極に持ち込ん で、南緯87度44分まで飛行した。:1925年にロアール・アムンセンRoald Amundsen)は、Do-J飛行艇で北極飛行に成功した。機首側面には、乗客用のガラス窓はついていない。
Description Album page with four photographs. (from top left) 1. The expedition participants keep a channel open in the ice at Kings Bay in Ny-Ålesund(New Ålesund) 2. The Dornier-Wal flying boat N24 3. The boat hulls are pulled up from the ice 4. The expedition participants in front of flying boat N25. From the album about the Amundsen-Ellsworth polar flight 1925.
Date 14 March 2011, 13:34 Source NMFF.000148-6 Author Preus museum.
写真はWikimedia Commons, Preus museum・File:NMFF.000148-6 (6168976420).jpg引用。



写真(右)1925年、ノルウェー、スバールバル諸島スピッツベルゲン島、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセン(Roald Amundsen)は、分解したドルニエDo-Jワール(Wal)飛行艇N24とN25の2機を輸送船で南極に持ち込ん で、南緯87度44分まで飛行した。
:1925年にロアール・アムンセンは、Do-J飛行艇で北極飛行に成功した。機首側面には、乗客用のガラス窓はついていない。
Description Album page with four photographs. (from top left) 1. The expedition participants keep a channel open in the ice at Kings Bay in Ny-Ålesund(New Ålesund) 2. The Dornier-Wal flying boat N24 3. The boat hulls are pulled up from the ice 4. The expedition participants in front of flying boat N25. From the album about the Amundsen-Ellsworth polar flight 1925.
Date 14 March 2011, 13:34 Source NMFF.000148-4 Author Preus museum.
写真はWikimedia Commons, Preus museum・NMFF.000148-4引用。



写真(右)1925年、ノルウェー、スバールバル諸島スピッツベルゲン島、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセン(Roald Amundsen)が用意した足回りの装備、エンジン起動準備の整ったドルニエDo-Jワール(Wal)飛行艇N24またはN25、ロアール・アムンゼンとジャーナリスト、ドルニエDo-Jワール(Wal)飛行艇N25の搭乗員
:1925年、ロアール・アムンセンRoald Amundsen)は、Do-J飛行艇2機を北極に分解して船舶輸送し、南極の雪原で2機を組み立てた。そして、北極飛行に成功した。機首側面には、”DOENIER-WAL”と記入されている。ドルニエ社が北極での記録達成、技術的優秀性をアピールするために、Do-Jワール飛行艇2機をアムンゼン隊に貸与したようだ。
Description Album page with four photographs. (from top left) 1. The expedition participants keep a channel open in the ice at Kings Bay in Ny-Ålesund(New Ålesund) 2. The Dornier-Wal flying boat N24 3. The boat hulls are pulled up from the ice 4. The expedition participants in front of flying boat N25. From the album about the Amundsen-Ellsworth polar flight 1925. 14 March 2011, 13:36 Source NMFF.000148-9 Author Preus museum.
Album page with four photographs. (from top left)
1. The expedition's varied footgear.
2. One of the Dornier-Wal engines is readied
3. Amundsen talking with journalists (?)
4. Group portrait of the crew of the N25 wearing sealskin coats.
From the album about the Amundsen-Ellsworth polar flight 1925. 写真はWikimedia Commons, Preus museum・File:NMFF.000148-10 (6168438471).jpg引用。


写真(右)1925年、ノルウェー、スバールバル諸島スピッツベルゲン島、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセン(Roald Amundsen)隊、北極飛行準備のなったドルニエDo-Jワール(Wal)N24またはN25、Do-JワールN25の発進直前、Do-JワールN24の発進直前
Description Album page with four photographs. (from top left) 1. The expedition participants keep a channel open in the ice at Kings Bay in Ny-Ålesund(New Ålesund) 2. The Dornier-Wal flying boat N24 3. The boat hulls are pulled up from the ice 4. The expedition participants in front of flying boat N25. From the album about the Amundsen-Ellsworth polar flight 1925. Date 14 March 2011, 13:34 Source NMFF.000148-10 Author Preus museum.
Album page with four photographs. (from top left)
1. One of the Dornier-Wal planes is prepared for take-off
2. N25 with crew just before take-off
3. N24 with crew just before take-off
4. Both Dornier-Wal planes with crew and other expedition participants before the start.
写真はWikimedia Commons, Preus museum・File:NMFF.000148-10 (6168438471).jpg引用。


1925年、ロアール・アムンセンRoald Amundsen)は、ドルニエDo-J飛行艇N24とN25の2機を分解し箱詰めにし、輸送船ホビー(Hobby)でノルウェー、スバールバル諸島スピッツベルゲン島に輸送した。そして、到着後、輸送船ホビーからドルニエDo-J飛行艇を降ろし、雪原でN24とN25の2機を組み立てた。そして、北極飛行に成功した。機首側面には、”DOENIER-WAL”と記入されている。ドルニエ社が南極での記録達成、技術的優秀性をアピールするために、Do-Jワール飛行艇2機をアムンゼン隊に貸与したようだ。ドルニエ・ワール(Do-J ”Wal”)飛行艇N24とN25の2機に乗り込んで発進準備をした。この飛行艇は、南緯87度44分まで飛行することができた。


写真(上)1925年5月、ノルウェー、スバールバル諸島スピッツベルゲン島、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセン(Roald Amundsen)が使用したドルニエDo-Jワール(Wal)飛行艇N24
:僚機N25は無事帰還したが、この機体N24は、探検中に事故で喪失することになる。一般的な旅客輸送用のDo-Jの機首側面には、乗客用の視界を確保するガラス窓4枚が付けられてたが、この探検型には窓は不要である。
Description Norsk bokmål: Bildet er hentet fra Nasjonalbibliotekets bildesamling Ny-Ålesund, Svalbard Date May 1925 Source "FMRA311. Dornier Wal-flyet, "N24" på isen i Ny-Ålesund" National Library of Norway.
写真はWikimedia Commons, Nasjonalbiblioteket・FMRA311引用。


1928年5月25日、遭難した飛行船搭乗のイタリア北極探検ウンベルト・ノビレ(Umberto Nobile)隊を捜索・救助のためにロアール・アムンセンRoald Amundsen)は、1928年6月18日、ノルウェー北部のトロムソをフランスのラタム 47(Latham 47)飛行艇で飛び立ったが、行方不明となった。


2.ドルニエ(Dornier)Do-X大型飛行艇

写真(右)ドイツ、ドルニエ社の格納庫で製造中のドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929);主翼の骨組みを製造中で、全高が高いので、階段付きの足場が組まれている。金属製の船体は光り輝いており、ガラスの丸窓もきれいに並んでいる。
Fra Verksted/fabrikk. Dornier DO.X Fly: Motorer: 12x 520 hk Siemens "Jupiter". Vingespenn: 47,8 m. Lengde: 40,5 m. Maks totalvekt 49000 kg. Maks hast.: 242 km/t. Eierskap Giver/siste eier: Gyldendal Norsk Forlag sikker Fotografering: 1927 - 1930
Identifier: NL.03080068 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum
Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014
DIMU-CODE: 021015548246 UUID: 1763942C-909F-4A76-B6F0-88935CB5AA27
写真はNorsk Luftfartsmuseum: Identifier: NL.03080068 引用。


写真(右)ドイツ、ドルニエ社の格納庫でほぼ完成したと思われるドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929);肩翼上面にシーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力2基を縦列串型タンデム配置で6セット12基を搭載した。飛行艇の機首下面は、水・造波抵抗が少ないように鋭角になっているので、固定する木製台が敷かれている。金属製の船体は光り輝いており、ガラスの丸窓もきれいに並んでいる。プロペラは4翅木製一体構造である。
Fra Verksted/fabrikk. Dornier DO.X Fly: Motorer: 12x 520 hk Siemens "Jupiter". Vingespenn: 47,8 m. Lengde: 40,5 m. Maks totalvekt 49000 kg. Maks hast.: 242 km/t.
Eierskap Giver/siste eier: Gyldendal Norsk Forlag sikker Fotografering: 1927 - 1930
Identifier: NL.03080067 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum
Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548245 UUID: 306FBEE0-9DD4-486E-AB6C-01E5EA8202D0
写真はNorsk Luftfartsmuseum: Identifier: NL.03080067引用。


ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)は、合計3機が試作されたが、ドイツ・ルフトハンザで就航したのは1機のみ、その他2機はイタリアに売却され、技術習得、試験飛行に使用されて終った。ユンカースG38巨人輸送機も、2機のみの試作で終わっている。1929年に初飛行したドルニエとユンカースの初頭の巨人機は、大型機のために機構が複雑で、整備が困難であり、部品の管理も手間がかかったために、実用性・信頼性が低く、量産されずに終わった。そこで、ルフトハンザ航空は、ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)を「世界に誇るドイツの巨人旅客機」として宣伝材料として使用した。


図(上)1929年12月20日、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇
;シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン装備。
Photographer: Photographisches Institut der ETH Zürich
Title: Flugschiff Dornier Do. X
Caption: Besteller: Leopold Karner, ETH-Professor für Baustatik, Hoch-und Brückenbau in Holz und Eisen. Reproduktion eines Papierabzugs
Dating: 20.12.1929
Physical Description: Reproduction photography : glass-plate negative Format: 9 x 12 cm
Categories: ETH, Photographical Institut, Photographisches Institut der ETH Zürich, Plans + Sketches, 1929, Airships, Dornier DO X, Product photography
Record Name: PI_29-B-0278.
写真はETH-Bibliothek Zürich・PI_29-B-0278引用。



図(上)1929年末、ドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇の側面図
;シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力装備。
Photographer: Unbekannt Title: Modellflugboot Dornier DO X
Caption: Verkehrsflugschiff Dating: 1920-1940
Physical Description: Reproduction Photography : gelatine silver print
Format: 10,9 x 17,2 cm
Categories: Models, 1931-1940, Dornier DO X, Hydroplanes, View Collection, Unknown, 1921-1930, Europe, Product photography, Propeller-driven aircraft
Record Name: Ans_05050-080 .
写真はETH-Bibliothek Zürich・Ans_05050-080 引用。


写真(右)1929年7月、ドイツ、完成したばかりのドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)のコックピット;操縦桿は、大型のものが2輪ついているが、パワーステアリングではないので、大きな力がないと操作は困難であった。
Original title: info Das grösste Flugboot der Welt "Do X" ein Wunderwerk deutscher Technik! Das grösste 12 Motoren-Flugboot der Welt "Do X" wurde in den Dornier-Werken in Altenrhein/Schweiz nach anderthalbjähriger Arbeit fertiggestellt. "Do X" genannt das fliegende Hotelschiff, kann hundert Passagiere aufnehmen und 12 Motoren von insgesamt 6000 P.S. treiben das fliegende Hotel zu einer Höchstgeschwindigkeit von ca. 250 km. in der Stunde an. Höchster Komfort, wie Passagier-Deck, Tanzsaal, Salon, sind in dem Riesen-Flugboot vorhanden. Die Tragfl&aouml;chen des Flugbootes haben eines Länge von insgeamt 42 m. Eigens durch die Maschinen-zentrale werden unter dem Kommando eines Ingenieurs die 12 Motoren bedient. Blick in das grösste Flugboot der Welt "Do X" in den Dornier-Werken in Altenrhein/Schweiz.
Archive title: Altenrhein / Bodensee.- Flugboot Dornier X (D-1929) im Hangar
Photographer Unknown Institution German Federal Archives Blue pencil.svg wikidata:Q685753 Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl (Bild 102) Accession number Bild 102-08049 .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-08049, Flugschiff Dornier Do X, Cockpit.jpg引用。


写真(右)1929年、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇コックピットの正操縦士;大型双発機は、長時間飛行するために、操縦士の球形は必須である。そこで、操縦席を二つ設けている。その計器の配置には若干の差異があるが、後ろから見て、左が正操縦士、右が副操縦士の席である。一般的には、搭乗員の数が多くなると重量が嵩み飛行性能が悪化するので、正操縦士が機長を兼ねる場合が多いが、航法や通信を担当する搭乗員が機長の場合もある。しかし、大型機では、全般的な指揮を士気をとるには、指揮任務のみに当たる機長がつく。大型漁船でも、船運航責任者の船長よりも、運航と漁業の双方の監督指揮する「船頭」のほうが地位が高い。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022)
Beschrijving Vliegboten. Bestuurder van een twaalfmotorige Dornier-vliegboot.Duitsland, 1929. Serie van meerdere foto's.
Datum 1929 Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1929年、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇の機関室;機関室では、主翼上面に装備したシーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力、燃料系統などの調整がなされる。エンジンは、縦列串型タンデム配置で6セット12基もあるために、その出力調整やメインテナンスに忙しかったと思われる。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022)
Beschrijving Vliegboten. Machinekamer van een twaalfmotorige Dornier vliegboot. Duitsland, 1929. Serie van meerdere foto's.
Datum 1929 Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1929年、ドイツ、シーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力12基駆動して上昇するドルニエDo-X 飛行艇;肩翼上面にシーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力2基を縦列串型タンデム配置で6セット12基を搭載した。飛行艇の機首下面は、水・造波抵抗が少ないように鋭角になっているので、固定する木製台が敷かれている。手前の船では、記録・記念の撮影を行っているので、試験飛行の時であろう。プロペラは4翅木製一体構造である。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022)
Beschrijving Vliegboten. Twaalfmotorige vliegboot Dornier met honderd passagiers aan boord komt terug uit Amerika. Duitsland, 1929.
Datum 1929 Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1930 年8月、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の乗客用ラウンジ
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10251
Original title: info Das deutsche Riesenflugboot "Do X" rüstet für den Amerika-Flug ! Die ersten Probeflüge mit den neuen amerikanischen Curtis- Wright-Motoren sind vollendet. Blick in das Innere des mit allem Comfort ausgestatteten Riesen-Flugboots.
Dating: August 1930 Photographer: o.Ang. Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10251, Flugschiff Dornier Do X, Innenraum.jpg引用。


ドルニエ(Dornie)Do X飛行艇D-1929は、前作のDo-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を維持する胴体中央部左右の張出式の浮き(フロート)、胴体上部のパラソル式主翼、主翼上面の縦列串型エンジン配置を踏襲している。ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)は、エンジンナセルは6カ所で、前後2基のエンジンを縦列串型に配置しているために、空気抵抗が半減できる。4翅プロペラの回転は、前部が牽引式、後部が推進式である。

ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、Do-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出し、胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列串型に配置している。正面から見ると、主翼上面にエンジン6基が見えるが、これは前後2基のエンジンを縦列串型に配置しているためで、エンジンは12基ある。エンジンは、当初、1930年前半までは、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型配置で12基を装備した。

1929年10月、Do-X飛行艇は、世界最多の169名の客を乗せて飛行することに成功した、この偉業を達成した開発者のクラウディウス・ドルニエ(Claudius Dornier)工学博士を讃えるドイツ技術栄冠記念ブロンズメダル(Medal, Dr. Dornier and the Triumph of German Technology )が発行され、次のように記名されている
"DR. ING. C. DORNIER ERBUAER DES Do. X 1929" - "Doctor (of Engineering) C. Dornier, creator of the Do X"; Reverse: relief of the Dornier Do. X depicted flying over the ocean depicted, embossed text "TRIUMPH DEUTSCHER TECHNIK START DES DO.X. MIT 169 MANN" - "Triumph of German technology - takeoff of the Do X with 169 people."

写真(右)1929年10月、ドイツ、ドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の機内客室の乗客たち;記録更新のための短時間の飛行であるため、乗客169名を乗せて飛んだ。最後尾に立っているのは、クラウディウス・ドルニエ技師(Claude Dornier)自身であろうか。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-01224
Original title: info Der Weltrecordflug des Dornier-Riesenflugbootes "Do X" mit 169 Passagieren in Altenrhein a/Bodensee. Es ist das erste Mal, dass 169 Personen mit einem Luftfahrzeug beffördert wurden; ausser dem mitgeff&:uuml;hrten Betriebsstoff für 1200 km. was einem Gesamtgewicht von ca. 300 Passagieren entspricht.
Blick in den Passagierraum des Flugbootes "Do X" mit den Passagieren während des Recordfluges.
Dating: Oktober 1929 Photographer: Pahl, Georg.
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・Bild 102-01224引用。


 ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)記念ブロンズメダルの大きさは、直径6cm厚み 0.5cmである。 表には、ドルニエの肖像、裏には、肩翼式の主翼上面に、エンジンを縦列串型に12基もタンデム配置したドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)が描かれ、169名を乗せて飛行し世界記録を更新したことを謳っている。この飛行艇が搭載したエンジンは、当初、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基で、これを流線型ナセルに装備した。しかし、出力不足だったために、エンジンを換装し、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7200馬力)に強化した

写真(右)1929-1930年、海上に待機するドイツのドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇D-1929;オリジナル写真解説には、1932年撮影とあるが、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型配置で12基を装備している。したがって、エンジン強化前の原型の状態で、1930年8-11月以前の状態である。1933年のナチ党政権獲得前なので、尾翼には、ナチ党のスワスチカ(鍵十字)の国籍マークは描かれていない。
SDASM Archives Dornier, DO-X Catalog #: 01_00091430 Title: Dornier, DO-X Corporation Name: Dornier .
写真はSDASM Archives・pictionid:61653040引用。


写真(右)1929年、ドイツ、シーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力2基を一組として、縦列串型タンデム配置12基を装備して飛翔する巨人機ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929):エンジンを換装後。
Verkehrsflugboot Dornier Do X im Flug über einer Wasserfläche. Ansicht von oben Datensatz 90030716
Erstflug : 1929 Persons and corporations: Urheber: Dornier-Metallbauten GmbH , Herstellerfirma
写真はEuropeana Collections Deutsche Fotothek Aufn.-Nr.: df_hauptkatalog_ 0017984引用。


写真(右)1929年、ドイツ、シーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力2基を一組として、縦列串型タンデム配置12基を装備して飛翔する巨人機ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929):エンジン換装前。
Verkehrsflugboot Dornier Do X auf einer Wasserfläche. Ansicht von oben Datensatz 87705510 Erstflug : 1929
Persons and corporations: Urheber: Dornier-Metallbauten GmbH , Herstellerfirma Verkehrsflugboot Dornier Do X im Flug über einer Wasserfläche. Ansicht von oben
Datensatz 90030716 Foto: Unbekannter Fotograf, Techno-Photo Archiv Berlin, 1929/1930
写真はEuropeana Collections Deutsche Fotothek Aufn.-Nr.: df_hauptkatalog_0017983引用。


ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、主に旅客輸送を目的に開発されていたため、胴体側方には、丸井ガラス窓が大小20個ついている。機体が大きいので、窓は小さく見えるが、乗客にとって十分な視界を確保していると思われる。

ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、パラソル式主翼の上面にエンジンナセル6個を置いて、離着水時、波や飛沫をエンジンやプロペラが被ることがないように配置している。これらエンジンは前後の串型に装備されているので、エンジンは12基ある。これだけの数のエンジンの出力を同一出力に調整するのは難しい作業で、それが本機の稼働率を低くした一因であろう。


写真(右)1929年末ー1932年前半、スイス、チューリッヒ湖、160名の乗客を乗せたドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇
;シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力を流線型ナセルに縦列串型配置で12基装備、合計6600馬力。
Photographer: Swissair
Title: Dornier Do-X auf Zürichsee (Splügenflug,160 Passagiere)
Caption: Besteller: Leopold Karner, ETH-Professor für Baustatik, Hoch-und Brückenbau in Holz und Eisen. Reproduktion eines Papierabzugs
Dating: 11/1932 Physical Description: Reproduction photography : glass-plate negative Format: 9 x 12 cm
Categories: Reportage photography, 1931-1940, Dornier DO X, Hydroplanes, Lake Zurich, Propeller-driven aircraft, Swissair, Swissair Archive Record Name: LBS_SR03-04009 .
写真はETH-Bibliothek Zürich・LBS_SR03-04009引用。



写真(上)1929年末ー1932年前半、スイス、チューリッヒ郊外、160名の乗客を乗せたドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇
;シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力を流線型ナセルに縦列串型配置で12基装備、合計6600馬力。巨人飛行艇Do-Xを見物に3万6000名の見物客がつめかけたという。
Photographer: Swissair
Title: Dornier Do X am Bürkliplatz in Zürich
Caption: Besteller: Im November 1932 war die Dornier Do X für zwei Wochen in Zürich und konnte in der Hafenanlage am Bürkliplatz von rund 36'000 Personen
Dating: 11/1932 Physical Description: Reproduction photography : glass-plate negative Format: 13 x 18 cm
Categories: Reportage photography, 1931-1940, Dornier DO X, Hydroplanes, Lake Zurich, Propeller-driven aircraft, Swissair, Swissair Archive Record Name: LBS_SR02-10290
写真はETH-Bibliothek Zürich・LBS_SR02-10290 引用。



写真(右)1929年末ー1932年前半、スイス、チューリッヒ郊外、160名の乗客を運んだドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇
;1932年11月、スイス、チューリッヒ郊外にDo-X巨人飛行艇が飛来した際には、3万6000名もの見物客がつめかけたという。しかし、写真の機体はシーメンス社ジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置で装備しているので、オリジナル解説の1932年11月撮影というのは誤り。1932年前半までに撮影されたものと判断できる。
Photographer: Swissair
Title: Dornier Do X am Bürkliplatz in Zürich
Caption: Besteller: Im November 1932 war die Dornier Do X für zwei Wochen in Zürich und konnte in der Hafenanlage am Bürkliplatz von rund 36'000 Personen
Dating: 11/1932 Physical Description: Reproduction photography : glass-plate negative Format: 9 x 12 cm
Categories: Reportage photography, 1931-1940, Dornier DO X, Hydroplanes, Lake Zurich, Propeller-driven aircraft, Swissair, Swissair Archive Record Name: SR02-10292
写真はETH-Bibliothek Zürich・SR02-10292引用。


ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇は、唯一1基のみ登録コードD-1929が製造され、1929年10月29日の初飛行には、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン(525馬力)12基を装備していた。このエンジンは、シリンダー部分が冷却も兼ねて露出している。しかし、巨大な飛行艇の発動機としては、出力が不足し、エンジンの整備・調整が困難だったためか、1930年8月頃、カーチス・コンカラーエンジン(600馬力)12基に変換されている。

写真(右)1930年11月、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖畔、ドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10659 Original title: info Das Riesenflugboot "Do X" startet zum ersten Europa- und Amerika-Flug! Die riesige Motorenanlage des Flugbootes "Do X" mit den 12 Jupiter-Curtis-Wright-Motoren in einer Gesamtstärke von 6.600 P.S., welche dem Flugzeug eine Stundengeschwindkeit von über 200 km. geben. Archive title: Tatsächlich betrug die Gesamtleistung der Motoren 5640 kW (7680 PS) Dating: November 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10659, Flugschiff Dornier "Do X", Motorenanlage.jpg引用。


ドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)は、1929年に感染したが、1930年8月頃、エンジンを換装した。当初のエンジンは、シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置で12機装備して合計 6600馬力だった。エンジン換装によって、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7200馬力)に強化された。コックピの外側に”DO-X”と記入していない。

ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)のエンジンナセルは6個あるが、エンジンは前後の縦列串型(タンデム)に装備しているので、エンジンは12基ある。これだけの数のエンジンを同一出力に調整するのは難しい作業で、それが本機の稼働率を低くした一員である。1933年のナチ党政権獲得前なので、尾翼には、ナチ党のスワスチカ(鍵十字)の国籍マークは描かれていない。

写真(右)1930年8月、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖(Bodensee:コンスタンツ湖)、小型動力船でドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)を見物に来た観光客たち
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10270
Original title: info Das deutsche Dornier-Riesen-Flugschiff "Do X" startete mit seinen neuen Motoren in einer Gesamtstärke von 7.000 PS in Altenrhein am Bodensee! Das deutsche Riesen-Flugschiff "Do X" mit den neuen 12 Motoren von insgesamt 7.000 PS , welche dem Schiff eine Stundengeschwindigkeit von über 200 km geben, auf dem Bodensee.
Dating: August 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10270, Flugschiff Dornier Do X.jpg引用。


ドルニエDo-X 飛行艇コックピの外側に”DO-X”と書かれていない。Do-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出しが浮いているが、これは搭載重量が少ないためである。胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列串型にカーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力12基を2機ずつ箱型ナセルに縦列串型に搭載しているので、オリジナル解説の日時が正確であれば、エンジン変換は、1930年8月には終了していたことになる。

写真(右)1930年11月、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖(Bodensee:コンスタンツ湖)、畔、ドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の後面;尾部は、垂直尾翼の都合で長くならざるを得ないが、重量軽減のために細長く軽量化している。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10660 Original title: info Das Riesenflugboot "Do X" startet zum ersten Europa- und Amerika-Flug! Die gewaltige Steueranlage der "Do X", welche allein schon wie ein Flugzeug anmutet. Dating: November 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv.
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10660 , Flugschiff Dornier Do X.jpg引用。


1929年の完成時ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇は、シーメンス社ジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置で12基装備して合計 6600馬力だった。しかし、これでは50トンもある巨人飛行艇としてがアンダーパワーだった。そこで、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7680馬力)に強化した。主翼の上面のエンジンナセルの下には、ナセルの補強支柱を兼ねた人員落下防止のための柵・バーが設けられている。

写真(右)1930年8月 -1932年頃、海上を滑走・タキシングするドイツ共和国のドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929);カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力12基を2機ずつ箱型ナセルに縦列串型に搭載し、合計7680馬力を発揮できる。エンジンナセルは6個あるが、エンジンは前後の串型に装備しているので、エンジンは12基ある。これだけの数のエンジンを同一出力に調整するのは難しい作業で、それが本機の稼働率を低くした一員である。1933年のナチ党政権獲得前なので、尾翼には、ナチ党のスワスチカ(鍵十字)の国籍マークは描かれていない。
SDASM Archives Dornier Do-X
PictionID:38275015 - Catalog:AL-135B 137 Dornier Do-X D-1929 - Filename:AL-135B 137 Dornier Do-X D-1929.tif - This image is from a photo album donated to the Museum by JL Highfill which includes images taken in the Pacific during the Second World War.
写真はSDASM Archives・PictionID:38275015引用。


1930年8月頃、 ドイツのドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、1929年7月に完成した。これは、エンジン12基を縦列前後に串型配置し、乗客100名を乗せて飛行可能な重量70トンの巨人飛行艇である。1929年の完成時には、シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型配置で12機装備していた。これで合計出力は最大で 6600馬力だった。

 しかし、総重量5トンに達するドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)には馬力不足で、飛行性能が悪かったために、1930年8月には、エンジン変換、強化した。このエンジン変換後は、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力12基を2機ずつ箱型ナセルに縦列串型タンデム配置で搭載している。これで、合計出力は最大7680馬力を発揮できるようになった。

写真(右)1930年、オランダ、アムステルダム、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)を訪問したオランダ国防大臣ラウレンチィウス・ニコラス・デッカー(Laurentius Nicolaas Deckers:1883-1978)(左端):コックピと外側に”DO-X”とある。当時、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7200馬力)搭載している。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022) Beschrijving Vliegboten. In 1930 brengt de Minister van Defensie, Laurentius Nicolaas Deckers [1883-1978] een bezoek aan de vliegboot Dornier DO-X in Amsterdam. Datum 1930 Locatie Amsterdam Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1931年1月31日、スペイン、大西洋、カナリア諸島ラスパルマス(Las Palmas)、ドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇
REPARACIÓN DEL HIDROALA DORNIER EN TIERRA [Material gráfico] Publication: 1931 Physical description: 1 FOTOGRAFIoacute;A : GELATINA ; 13X10 13X10 GELATINA Series: (Colección JOSÉ A. PÉREZ CRUZ) Notes: ADQUIRIDA POR EL COLECCIONISTA EN LAS PALMAS DE G.C. LLEGÓ EL 31 DE ENERO DE 1931, FUE REPARADO POR CURTISS, INGENIERO AMERICANO DESPLAZADO AL EFECTO, Y DESPEGÓ EL 1 DE MAYO. FOTO SOBRE CARTON DE "HIDROALA DORNIER". VISTA DE FRENTE LEVEMENTE LADEADO Copia digital. Madrid : Ministerio de Educación, Cultura y Deporte. Subdirección General de Coordinación Bibliotecaria, 2015 Subject / Place: Puertos Associated bibliographical records Reportaje Associated bibliographical records Transporte aéreo Associated bibliographical records Gran Canaria Associated bibliographical records Las Palmas de G.C. Associated bibliographical records
Subject / Place: Puertos Associated bibliographical records Transporte aéreo Associated bibliographical records Gran Canaria Associated bibliographical records Las Palmas de G.C
Holdings: Foundation for Ethnography and Development of Canarian Crafts (FEDAC)/Cabildo of Gran Canaria Ubicación: Archivo de Fotografía Histórica de Canarias Signature: 2621
写真はVirtual Library of Bibliographic Heritage ?Foundation for Ethnography and Development of Crafts of the Canary Islands (FEDAC)・Signature: 2621
引用。


ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、1930年11月5日から1932年5月にかけて、18カ月をかけて、大西洋を周遊するデモ飛行を行った。

ドルニエDo-X 飛行艇による大西洋周遊ツアーには、ドルニエ社の創始者(Claude Dornier)と搭乗員14名で、1930年11月5日、ドイツのボーデン湖アルテンハイム(Altenrhein) を出発し、オランダのアムステルダム(Amsterdam)に到着した。

アムステルダムを、11月10日に出発、イギリス南部ニューハンプシャー州カルショット(Calshoy)に到着。カルショットを11月14日に出発、フランスのラロッシュ近くを経由して、11月15日、ボルドー(Bordeaux)に到着。ボルドーを11月17日に発って、ブライ(Blaye)を経由し、11月20日、スペインのサンタンデール(Santander)に到着。サンタンデールを11月23日に発って、ラ・コルーニャ(La Coruna)に到着。スペインのラ・コルーニャを1930年11月27日に発って、ポルトガルのリスボン(Lissabon)に到着。リスボンでは、排気炎によってカバーが燃え上がり、左の主翼を火災で損傷。大西洋横断は中断、修理後に再開。

1931年1月31日、ドルニエDo-X巨人飛行艇は、大西洋横断を再開し、ポルトガルのリスボン(Lissabon)を出発、スペイン領カナリア諸島ラス・パルマス(Las Palmas)に到着。スペイン領サハラのリオデオロ、ポルトガル領ギニアビサウ(Guinea-Bissau)のブバケ(Bubaque)などアフリカ中西部を訪問。その後、5月30日、アフリカのポルトガル領ギニアビサウのボラマ(Bolama)を出発、 大西洋上、ポルトガル領カーボベルデ諸島プライア(Praia)に到着。6月4日、カーボベルデ諸島プライアを離水し、ブラジル東端沖のフェルナンド・デ・ノローニャ(Fernando de Noronha)島に到着。1931年6月5日、そこを発って、南米大陸ブラジル東岸ナタール(Natal)に到着した。ナタールを6月18日に出発し、バイア(Bahia)、ラゴアドアラムアマ(Lagoa do Araruama)を経由して、6月20日にリオデジャネイロに到着した。


写真(右)1931年8月26日、バージニア州ノーフォーク(Norfolk )、ドイツ共和国のドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)
;1933年のナチ党政権獲得前なので、尾翼には、ナチ党のスワスチカ(鍵十字)の国籍マークは描かれていない。
SDASM Archives Dornier Do-X PictionID:38276114 - Catalog:AL-135B 139 Dornier Do-X D-1929 New York 1931 - Filename:AL-135B 139 Dornier Do-X D-1929 New York 1931.tif .
写真はSDASM Archives・PictionID:38276114引用。


リオデジャネイロを出発したのは、1931年8月5日になってからで、バイア、ナタール等を経由して、8月8日にパラ(Para)に到着した。ブラジルのパラの出発は、8月18日で、オランダ領スリナムのパラナリボ(Paramaribo)、プエルトリコ(アメリカ領)サン・フアン(San Juan)、キューバ東部アンティヤ(Antilla)を経由して、アメリカのフロリダ州マイアミ(Miami)に8月22日に到着した。マイアミを8月25日に発って、チャールストン(Charleston )を経由し、8月26日に、バージニア州ノーフォーク(Norfolk )に到着。翌1931年8月27日、ニューヨーク(New York)に到着した。


写真(右)1931年8月26日、バージニア州ノーフォーク(Norfolk )、アメリカ海軍水上機母艦「ライト」USS Wright (AV-1)から撮影したドイツ共和国のドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)

80-HAN-27-2: German Dornier Do X aircraft, bow view, August 26, 1931. Photographed by USS Wright (AV-1). At the time, the aircraft was the largest, heaviest and most powerful flying boat in the world. U.S. Navy photograph, now in the collections of the National Archives. (2016/04/05).
写真はSDASM Archives・80-HAN-27-2引用。




ニューヨークを出発したのは、1932年5月19日になってで、カナダ東岸ニューファウンドランドを経由して, 5月21日、大西洋のアゾレス諸島(ポルトガル領)オルタ(Holta)に到着。翌5月22日に出発し、スペインのビゴ(Vigo)に到着。翌5月24日、イギリス南部ニューハンプシャー州カルショット到着。翌5月24日、カルショットを出発し、ベルリン(Berlin)郊外ミュッゲル湖(Müggelsee) に到着した。

写真(右)1932年11月、スイス、ボーデン湖(?)、ドルニエ(Dornier)Do X “D-1929”飛行艇1号機を見物に多数の人々が集まってきた。;カーチス・ライト(Curtis- Wright)エンジンに変換、馬力を強化し、大西洋を横断し、アメリカまで渡った。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10251
Original title: info Das deutsche Riesenflugboot "Do X" rüstet für den Amerika-Flug !
Die ersten Probeflüge mit den neuen amerikanischen Curtis- Wright-Motoren sind vollendet. Blick in das Innere des mit allem Comfort ausgestatteten Riesen-Flugboots.
Dating: August 1930 Photographer: o.Ang. Origin: Bundesarchiv .
写真は, Bundesarchiv・Bild 102-14029引用。



写真(右)1932年11月2日、スイス、ボーデン、ドルニエ(Dornier)Do X “D-1929”飛行艇1号機
;ドイツでは1機のみ使用されただけだが、イタリアでは、ドルニエDo X2 “Umberto Maddalena”,Do X3 “Alessandro Guidoni”の2機が使用された。エンジンは、シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を一体化ナセルに縦列串型(タンデム)に12基配置している。
Photographer: Swissair
Title: Dornier Do X, D-1929 am Boden
Dating: 2.11.1932 Physical Description: Neapel, Campi Flegrei. Sammlung mit 272 Bildern (Auswahl digitalisiert)
Format: 13 x 18 cm Categories: Reportage photography, 1931-1940, Dornier DO X, Hydroplanes, Europe, Spectators, Propeller-driven aircraft, Swissair, Swissair Archive Record Name: LBS_SR02-10324
写真はETH-Bibliothek Zürich Record Name: LBS_SR02-10324引用。



写真(右)1932年11月2日、スイス、ボーデン湖(コンスタンツ湖)、ドルニエ(Dornier)Do X “D-1929”飛行艇1号機
;ドイツでは1機のみ使用されただけだが、イタリアでは、ドルニエDo X2 “Umberto Maddalena”,Do X3 “Alessandro Guidoni”の2機が使用された。エンジンは、シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)に12基を配置している。
Photographer: Swissair
Title: Dornier Do X, D-1929 am Boden
Dating: 2.11.1932 Physical Description: Neapel, Campi Flegrei. Sammlung mit 272 Bildern (Auswahl digitalisiert)
Format: 13 x 18 cm Categories: Reportage photography, 1931-1940, Dornier DO X, Hydroplanes, Europe, Spectators, Propeller-driven aircraft, Swissair, Swissair Archive Record Name: LBS_SR02-10322
写真はETH-Bibliothek Zürich Record Name: LBS_SR02-10322 引用。


写真(右)1932年6月12日、ドイツ、ベルリン東、グローセル・ミュクゲル湖、ドルニエ(Dornier) Do X2 大型飛行艇:ベルリン中心部から路面電車で行くこともできるグローセル・ミュクゲル湖は、砂浜、公園が広がる静かな湖で、長さ4.3キロ、幅2.6キロ、面積7.4平方キロ、最深部8メートルのベルリン周辺で最大の湖で憩いの場でもある。
Datensatz 71690361 Pragher, Willy: Dornier Do X auf dem Müggelsee: Montage am Motor, 1932.06.12 Serie: Sammlung Willy Pragher I: Glasplattennegative; Flugzeuge Location: Müggelsee Deutschland, Flugzeuge, Seen.
写真はEuropeana Collections, SLUB / Deutsche Fotothek Aufn.-Nr.: fg_sta_0091454引用。


ドルニエ(Dornier) Do X 大型飛行艇(D-1929)は、胴体上部のパラソル式主翼上部に、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン(610馬力)を2機ずつ箱型ナセルに縦列串タンデム式に12台も搭載している。整備するのも、運航時の発動機調整も大変な労力と熟練技術が必要だったであろう。

ドルニエ(Dornier) Do X 大型飛行艇(D-1929)は、製造時には、胴体上部のパラソル式主翼上部に、シーメンス社力ブリストル:ジュピター9気筒空冷星型エンジン(525馬)を2台1組の流線型ナセルに縦列串タンデム式に12台搭載していた。合計7680馬力を発揮できる予定だった。

しかし、出力不足とエンジン不調でのために、エンジンを変換した。1930年8月頃、発動機を換装し、新たにカーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン(610馬力)で、やはり2台1組の箱型ナセルに縦列串タンデム式に12台搭載した。

ドルニエ(Dornier) Do X 大型飛行艇(D-1929)の発動機は、完成当初は、シーメンス社力ブリストル・ジュピター9気筒空冷星型エンジン(525馬)を2台1組の流線型ナセルに縦列串タンデム式12台を胴体上部のパラソル式主翼上部に装備していたが、エンジンの出力不足が懸念された。そこで、搭載方法は同じだが、1930年8月頃、エンジンを換装することにした。新たに搭載された発動機は、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン(610馬力)である。2台1組の箱型ナセルに縦列串タンデム式12台装備した。

しかし、ドルニエ(Dornier) Do X 大型飛行艇の全高は6.4mもあり、最上部のエンジンを12台も整備するのは、労力と熟練が必要なはずで、それを海上・湖水上で行う場合、機体の動揺もあったはずで、整備は大変手間がかかったはずだ。さらに、水面下にある胴体やフロートの汚れや腐食も点検する必要があった。

飛行艇の保管・格納には、珠がかかる。機体は金属製なので、海面・水面上では腐食しやすくなる。また、水上では機体・発動機の整備にも手間がかかる。特に海上での利用には整備が大変だったが、淡水湖であれば、金属腐食の心配ははるかに少ない。それでも、水面上に長期停泊はできないので、飛行艇といえども、陸上に引き上げて、整備・格納する配慮が必要である。

ベルリン中心部から路面電車で行くこともできるグローセル・ミュクゲル湖は、砂浜、公園が広がる静かな湖で、長さ4.3キロ、幅2.6キロ、面積7.4平方キロ、最深部8メートルのベルリン周辺で最大の湖で憩いの場でもある。

ドルニエ(Dornier) Do X (D-1929)は、全長 40m、全幅 48.05m、全高 6.4m、自量空虚重量 29,500kg、全備重量 52,000kgの超大型飛行艇は、その浮力も大きくすることが必要である。そこで、ドルニエ社はDo-Jで試みた胴体中部の大型フロートをDo-Xにも採用した。 主翼は450平方メートルもあるので、大重量の翼をささえる支柱も強度を維持するために太いものが取り付けられている。

ドルニエDo.X飛行艇の内部は、調度品が整えられ、豪華ホテルのような居住環境を提供した。1930年代の長距離航空路線は飛行艇の全盛期だったが、実際に就航した飛行艇で最大のボーイング314でも、乗客数は74人だった。乗客数150人のDO.Xはケタはずれの大型機だったが、当時の技術では実用化できなかった。【時事通信社

ドルニエ飛行艇工場は、ドイツ南部、ドイツ、オーストリア、スイスの国境のボーデン湖(Bodensee:コンスタンツ湖)畔にある。ボーデン湖は、付近ではレマン湖についで第二の面積、536平方キロと大きな湖である。ドルニエ(Dornier)Do X大型飛行艇は、1929年に試作的に1機のみ生産されただけで、量産はなされなかった。


写真(上)1933年6月、イタリア、ナポリ港で製造途上のドルニエ(Dornier) Do X2 “Umberto Maddalena”,輸送飛行艇
;尾翼が装着されていない状態なので、製造途上と思われる。巨人飛行艇Do-Xは、ドイツでは1機のみ使用されたが、イタリアでは2機が生産され、Do X2 “Umberto Maddalena”,Do X3 “Alessandro Guidoni”と命名された。一時的に、使用された。シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置しているようだ。
Photographer: Friedlaender, Immanuel
Title: U. Maddalena im Hafen von Napoli
Caption: Dornier Do X2 “Umberto Maddalena”, ohne Leitwerk: Vorbereitungen für den Einbau eines Heckstandes?
Dating: 6/1933 Physical Description: Neapel, Campi Flegrei. Sammlung mit 272 Bildern (Auswahl digitalisiert)
Categories: Reportage photography, 1931-1940, Hydroplanes, Friedlaender, Immanuel, 1871-1948, Ships + Railways + Vehicles, Harbours + Ports + Lighthouses, Friedlaender, Immanuel, Naples
Record Name: Hs_1309-0014-007
写真はETH-Bibliothek Zürich・Hs_1309-0014-007 引用。



写真(上)1933年6月、イタリア、ナポリ港で製造途上のドルニエ(Dornier) Do X2 “Umberto Maddalena”,輸送飛行艇
;尾翼が装着されていない状態なので、製造途上と思われる。巨人飛行艇Do-Xは、ドイツでは1機のみ使用されたが、イタリアでは2機が生産され、Do X2 “Umberto Maddalena” ,Do X3 “Alessandro Guidoni”と命名された。一時的に、使用された。シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置しているようだ。
Photographer: Friedlaender, Immanuel
Title: U. Maddalena im Hafen von Napoli
Caption: Dornier Do X2 “Umberto Maddalena”, ohne Leitwerk: Vorbereitungen für den Einbau eines Heckstandes?
Dating: 6/1933
Physical Description: Neapel, Campi Flegrei. Sammlung mit 272 Bildern (Auswahl digitalisiert)
Categories: Reportage photography, 1931-1940, Hydroplanes, Friedlaender, Immanuel, 1871-1948, Ships + Railways + Vehicles, Harbours + Ports + Lighthouses, Friedlaender, Immanuel, Naples Record Name: Hs_1309-0014-006
写真はETH-Bibliothek Zürich・Hs_1309-0014-006引用。



Dornier Do X Flying Boat.1929. :ドルニエDo-X 飛行艇の映像


A flight aboard the DoX - 1930 . :1930年のドルニエDo-X 飛行映像


Do X 1929 - A Giant Flying Boat :ドルニエDo-X 飛行艇による大西洋周遊ツアーの映像


5.東京日日新聞 1936.11.22 (昭和11)「比較にならぬ劣勢」

「情ない」の一語に尽きる我が民間航空陣
最近欧米漫遊から帰朝する人は異口同音に欧米に比しわが国の軍器特に航空機の著しき劣勢を説く、近代的戦争が機械化し立体化して来た今日飛行機の軍事上における重要性は頗る大なるものがあり制空権の獲得は即ち戦いの勝敗を決するとさえいわれる、フランスがドイツやイタリーの感情を無視してまでもロシアと相互援助協定を結んだのは世界無比と称せられるロシア空軍の偉力に頼らんとしたためといわれている、近代的戦闘におけるその重要性の増大が即ち各国をして飛行機の発達と空軍の充実に狂奔せしめる所以である

然し空軍はその性質上戦端開始後短時間に消耗される、従って間断なくこれを補充する能力、即ち飛行機の新造と操縦士とを養成する能力の大小が即ち各国の空軍勢力の優劣を決めるのである、そこでまず飛行機製造工業の確立が必要であると共に如何に製造設備が充実していてもその設備を平時遊ばせて置く訳にはいかぬから平時間断なく製造される飛行機を消化する方法が考えられねばならない、各国が競って商業航空路の拡張に熱狂しつつあるのは即ち平時において製造される飛行機の消化を考えているからである

最近欧米各国は競って民間航空を国防上の観点から見ようとしている、即ち民間航空を国防の一部門として兵力量の一斑としての考慮を払いつつある、民間航空は即ち空軍第二陣であるから世界各国はその第二陣の発達を促すために必死の拡張戦を演じ殊に最近その触手は極東に向けられつつある

写真(右)1934年頃,アメリカ、パンアメリカン航空マーチン M130(Martin model 130)四発旅客飛行艇チャイナ・クリッパー:1934年12月30日に初飛行しサンフランシスコ、ハワイ諸島ホノルル、ミッドウェー島、ウェーク島、グアムを経由してアメリカ植民地フィリピンのマニラとの航路を開拓したが3機しか生産されていない。「チャイナ・クリッパー」China Clipper (NC14716)、「ハワイ・クリッパー」(NC14714)、「フィリピン・クリッパー」Philippine Clipper (NC14715)があった。
Catalog #: 00068814 Manufacturer: Martin Designation: 130 Official Nickname: Clipper Notes: Repository: San Diego Air and Space Museum Archive Date 7 May 2010, 12:09 Source Martin : 130 : Clipper Uploaded by Rybec Author SDASM Archives
写真は,Category:Martin 130 of Pan American Airways File:Martin 130 Clipper (4589906869).jpg引用。


即ち最近汎アメリカ会社のチャイナ・クリッパー機によって処女航空路が開拓されたニューヨーク、香港間の定期郵便飛行をはじめ英国は本国と各植民地間の連絡のためロンドンより南阿ケープタウン線をシンガポールまで延長し、更にこれを香港、上海まで延長して完全に本国と東亜との連絡を完成せんとしている、フランスはパリ、サイゴン線をハノイまで延長し、更にこれを広東を経て上海に延長の計画をもっている、ドイツはベルリン−アテネ線をサイゴン−広東−上海に延長し、更にこれを東京まで延長の計画を持ちオランダはアムステルダムよりジャワ島のスラバヤに至る極東線を付近の蘭領諸島を経てマニラに延長する線の経営に著手し、ソヴィエトはモスクワ浦塩幹線から北平への支線を出し、またアラスカのノームまで延長してアメリカと連結せんとし、また浦塩より日本への延長をさえ望んでいる。

かくの如く今や欧米列強の空の触手はすべて東亜に向って集中し、日本はこれ等の航空路によって四面より包囲される体形である、これに対してわが民間航空は情ないほど貧弱である、今各国が経営しつつある定期航空路の総延長及び飛行場の数を示すと(一九三六年五月現在)

世界の定期航空路の総延長及び飛行場の数(1936年5月現在)
       航空路     飛行場
イギリス  7万3419km 395か所
ドイツ   5万6km    231か所
フランス  4万9069km 112か所
イタリリア 1万5561km  67か所
ソヴィエト 4万8982km
アメリカ 10万2290km 2334か所
日本     5840km    20か所

右の表は空軍の第二陣であり補充母体であるわが民間航空の現状が世界の重要国に比し如何に劣勢の状態にあるかを示している、しかも、各国の飛行機製造会社はそれぞれ優秀なる機体或はエンジンの特許権を有しその海外輸出を行っているが、わが国の飛行機会社はこれ等の優秀機を高価に買入れて研究し模倣するか或は特許を買って製造するという情ない有様である、世界に対してこれが日本産の優秀機なりとして外国へ輸出し得るようなものは未だない

東京日日新聞 1936.11.22 (昭和11)引用。

写真(右)1934年頃,アメリカ、パンアメリカン航空マーチン M130(Martin model 130)四発旅客飛行艇チャイナ・クリッパー:1935年10月に「フィリピン・クリッパー」Philippine Clipper (NC14715)が太平洋フィリピン航路に初就役し、1945年1月に最後の1機。「チャイナ・クリッパー」China Clipper (NC14716)が事故で失われるまで使用された。全長27.7m、全幅39.7m、翼面積330 m2、プラット・アンド・ホイットニー (Pratt & Whitney)R-1830ツインワスプ(Twin Wasp)空冷星形14気筒エンジン830 hp (708 kW)4基搭載。全備重量:23,701 kg、最高速力290 km/h、航続距離5150km。
Catalog #: 00068825 Manufacturer: Martin Designation: 130 Official Nickname: Clipper Notes: Repository: San Diego Air and Space Museum Archive Date 7 May 2010, 12:10 Source Martin : 130 : Clipper Uploaded by Rybec Author SDASM Archives
写真は,Category:Martin 130 of Pan American Airways File:Martin 130 Clipper (4589907269).jpg引用。


民間航空の発達は優秀にして廉価な飛行機を大量に作り料金を安くして誰でも手軽に乗れるようにしなければならない、米国や英国では四、五千ドルで優秀な軽飛行機が買えるという、最近航空国策が叫ばれ政府も航空事業の発達に対して稍力を入れるようになり一千万円の研究費を投じて航空機検査所、航空機試験所等を新設することとなり、他面内地、台湾線をシンガポールまで延長し更に台北−香港−ハノイ−バンコック線を新設してヨーロッパからの三定期空路と握手せんとする計画をもっているがこれが十年計画だというから情ない、わが内地−台湾空路に使用している十四人乗の優秀機だがこれはアメリカから買入れたものだ、アメリカの太平洋空路に就航するチャイナ・クリッパーは乗組七名、乗客四十三名の寝台設備を有しフランスの誇りラテコール五二一型機は客席七十を有する豪華さである

写真(右)1936年3月,イタリア、ラテコエール 521(Latécoère 521)六発旅客飛行艇:初飛行は1935年1月10日で、大西洋横断旅客飛行艇として登場した大型機で、発動機6基を搭載、内側2基は串形タンデム式の搭載のために、一見すると四発機に見える。1機のみしか生産されていない。全長31.62 m、全幅49.31 m、翼面積330 m2、全備重量:37,933 kg、最高速力247 km/h、航続距離3,900 km。
Fiera di Milano - Salone internazionale aeronautico 1935 - Sezione italiana Non identificato
Description English: Latécoère 521 photo from NACA-AC-202 Date 1 March 1936 Source https://ntrs.nasa.gov/archive/nasa/casi.ntrs.nasa.gov/19930090517.pdf Author NACA Aircraft Circular
写真は,Category:Latécoère 521 File:Latécoère 521 NACA-AC-202.jpg引用。


こんな優秀機をわが国産機として見出し得るのは果していつの日か? 各国はこういう大旅客機を競争的に建造しつつあるが他面機体と別にガソリン発動機に対しディゼル航空発動機の研究競争が行われドイツの如き旅客機は勿論軍用機にもすでにディゼル発動機が装置されて実用化している、フランスにおいてはディゼルエンジンによる一万キロ無著陸飛行機完成に対して政府は一千万フランの懸賞を賭けて奨励している、然るに日本においては漸く最近ディゼル航空発動機を買入れて研究を始めたという万事に立遅れの状態である

図(右)1936年3月,イタリア、ラテコエール 521(Latécoère 521)六発旅客飛行艇の胴体内部構造三面図:ラテコエール 521は最大乗客数72名、下層デッキにサロンとしてテーブル席20名分、客席はバスルーム付きツインルームと22席、上層デッキに客席18名分、さらに機関士室があった。フランス航空の長距離輸送機として、1939年5月から7月の間にフランス=ニューヨーク間を4回の往復している。
English: Latécoère 521 interior layout drawing from NACA-AC-202 Date 1 March 1936 Author NACA Aircraft Circular
写真は,Category:Latécoère 521 File:Latécoère 521 interior layout NACA-AC-202.png引用。


これ等の情報を耳にするとしみじみ日本の航空界の劣勢が痛感される、日本の科学者の頭脳が彼等に劣る結果だとは考えたくない、一九三五年度において、民間航空事業に対してドイツは一億三千三百万円、フランスは四千万円の補助奨励金を支出しているがわが国は僅かに五百万円前後にすぎない、この国家の力の入方の相違が発達の差の原因をなしている、この全面的立遅れを取戻すためには科学者の動員と政府の熱意と民間の協力が可欠の要件である
東京日日新聞 1936.11.22 (昭和11)引用終わり。


2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。

ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスの再軍備・人種差別:Nazism & Racism
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ヒトラー暗殺ワルキューレ Valkyrie作戦: Claus von Stauffenberg
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ハンセン病Leprosy差別
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen

◆毎日新聞「今週の本棚」に『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。

与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
石川啄木を巡る社会主義:日清戦争・日露戦争から大逆事件
魯迅(Lu Xun)の日本留学・戦争・革命・処刑
文学者の戦争;特攻・総力戦の戦争文学
戦争画 藤田嗣治のアッツ島玉砕とサイパン島玉砕
統帥権の独立から軍閥政治へ:浜田国松と寺内寿一の腹切り問答

ポーランド侵攻:Invasion of Poland
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)

自衛隊幕僚長田母神空将にまつわる戦争論
ハワイ真珠湾奇襲攻撃
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊
サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」

日本陸軍八九式中戦車・九一式重戦車
フランス軍シャール 2C(FCM 2C)・イギリス軍ヴィッカースA1E1・日本陸軍九一式重戦車
ソ連赤軍T-34戦車ソ連赤軍T-35多砲塔重戦車
ソ連赤軍KV-1重戦車・KB-2重自走砲;Kliment Voroshilov

フィアット(FIAT)アウトブリンダ(Autoblindo)AB41装甲車
ドイツ軍Sd.Kfz. 221-4Rad四輪装甲車/Sd.Kfz. 231-6Rad六輪装甲車
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250ハーフトラック
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250ハーフトラック
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.251ハーフトラック
ドイツ陸軍I号戦車/47mm対戦車自走砲
ドイツ陸軍チェコ38(t)戦車:Panzerkampfwagen 38(t)
ドイツ陸軍2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
ドイツ陸軍マーダー対戦車自走砲 Panzerjäger 38(t) Marder
ドイツ陸軍ヘッツァー駆逐戦車 Jagdpanzer 38(t) 'Hetzer'
ドイツ陸軍III号突撃砲 Sturmgeschütze III
ドイツ陸軍IV号戦車(Panzerkampfwagen IV:Pz.Kpfw.IV)
ドイツ陸軍ナースホルン,フンメル自走砲,IV号駆逐戦車,ブルムベア突撃砲
VI号ティーガー重戦車
ドイツ陸軍VI号キングタイガー"Tiger II" /ヤークトティーゲル駆逐戦車"Jagdtiger"
V号パンター戦車
ドイツ陸軍V号ヤークトパンター(Jagdpanther)駆逐戦車

イギリス軍マチルダMatilda歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス陸軍バレンタイン(Valentine)歩兵戦車
イギリス陸軍クロムウェル(Cromwell)巡航戦車
M10ウォルブリン(Wolverine)/アキリーズ(Achilles)駆逐自走砲GMC
イギリス軍クルーセーダーCrusader/カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
イギリス陸軍コメット巡航戦車

アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ軍グラント(Grant)/リー(Lee)中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail

フォッカー(Fokker)F.VIIb-3mトライモーター三発輸送機
シェルバ(Cierva)/ピトケイアン(Pitcairn)/ケレット(Kellett)のオートジャイロ
ロッキード(Lockheed)モデル 10 エレクトラ (Electra)輸送機
ロッキード14スーパーエレクトラ(Super Electra)/ロードスター(Lodestar)輸送機
ボーイング(Boeing)247旅客機
ダグラス(Douglas)DC-1旅客輸送機
ダグラス(Douglas)DC-2輸送機
ダグラス(Douglas)DC-3輸送機
ダグラス(Douglas)DC-4E旅客機
ダグラス(Douglas)C-39軍用輸送機
ダグラス(Douglas)C-47スカイトレイン(Skytrain)輸送機
アメリカ陸軍ダグラス(Douglas)C-54 スカイマスター(Skymaster)輸送機
アメリカ海軍ダグラス(Douglas)R5D スカイマスター(Skymaster)輸送機

ユンカース(Junkers)F.13輸送機
ユンカース(Junkers)W33輸送機「ブレーメン」(Bremen)大西洋横断飛行
ユンカース(Junkers)A50軽飛行機「ユニオール」"Junior"
ユンカース(Junkers)W.33輸送機/W.34水上機
ユンカース(Junkers)K43f水上機
巨人機ユンカース(Junkers)G38輸送機/九二式重爆撃機
ユンカース(Junkers)G.24輸送機/K30(R42)水上偵察爆撃機
ユンカース(Junkers)G.31輸送機
ユンカース(Junkers)Ju52/3m輸送機
ハインケル(Heinkel)He70高速輸送機ブリッツ(Blitz)
ハインケル(Heinkel)He111輸送機
ルフトハンザ航空フォッケウルフFw200輸送機/ドイツ空軍コンドル哨戒偵察機
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機

フィリックストウ(Felixstowe)F2/F3/ポート(Porte)/フューリー(Fury)/F5 飛行艇
カーチス(Curtiss)H-16/海軍航空工廠(NAF)F.5L 双発飛行艇
NAF H-16民間仕様エアロマリン(Aeromarine)75飛行艇
軍航空工廠(NAF)F.5L/ カーチス(Curtiss)H-16飛行艇の生産
NAF H-16民間仕様エアロマリン(Aeromarine)75飛行艇
スーパーマリン(Supermarine)サザンプトン(Southampton)双発飛行艇
サンダース・ロー(Saunders-Roe)A.19 / A.29 クラウド(Cloud)双発飛行艇
ブラックバーン(Blackburn)アイリス(Iris)/ パース(Perth)飛行艇
ショート(Short)シンガポール(Singapore)四発飛行艇
スーパーマリン(Supermarine)ウォーラス(Walrus)水陸両用飛行艇
スーパーマリン(Supermarine)シーオッター(Sea Otter)水陸両用飛行艇
スーパーマリン(Supermarine)ストランラー(Stranraer)飛行艇
シコルスキー(Sikorsky)S-36水陸両用飛行艇
シコルスキー(Sikorsky)S-38水陸両用飛行艇
シコルスキー(Sikorsky)S-40飛行艇「アメリカン・クリッパー」"American Clipper"
シコルスキー(Sikorsky)S-42飛行艇アメリカン・クリッパー"American Clipper"
マーチン(Martin)M-130チャイナ・クリッパー/M-156四発飛行艇
ボーイング(Boeing)314飛行艇クリッパー"Clipper"

フィンランド内戦:Finnish Civil War
フィンランド対ソ連 1939‐1940年「冬戦争」Talvisota
ソ連フィンランド第二次ソ芬継続戦争Continuation War
フィンランド空軍の対ソ連1939年「冬戦争」1941年「継続戦争」
第二次ソ芬継続戦争のフィンランド海軍(Merivoimat)
第二次対ソビエト「継続戦争」1944年流血の夏、フィンランド最後の攻防戦
ブレダ1916/35年式76ミリ海軍砲(Cannon 76/40 Model 1916)
ブレダ20ミリ65口径M1935機関砲(Breda 20/65 Mod.1935)
フィンランド軍の対空機関銃◇Anti-aircraft machineguns
フィンランド軍の高射砲;Anti-aircraft Guns
フィンランド海軍の対空火器◇Anti-aircraft firearm:Fin Navy
フィンランド軍の防空監視哨

ドルニエ(Dornier)Do-Jワール/スパーワール飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do-26四発高速飛行艇
ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV222バイキング/BV238飛行艇
ハインケル(Heinkel)He 59 救難機/水上偵察機
ハインケル(Heinkel)He 60 複葉水上偵察機
ドルニエ(Dornier)Do-22偵察爆撃機
ハインケル(Heinkel)He 114 艦載水上偵察機
ハインケル(Heinkel)He115水上偵察機
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇

ドイツ空軍ルフトバッフェ(Luftwaffe)Bf110,FW58,Go242
ヘンシェル(Henschel)Hs129地上攻撃機
ウルフ(Focke-Wulf)Fw 58 ワイエ"Weihe"練習機
ジーベル(Siebel)Fl 104/ Si 204/ C2A 連絡機
ヘンシェル(Henschel)Hs-126近距離偵察機
フィーゼラー(Fieseler)Fi-156シュトルヒ連絡機
フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-189偵察機ウーフー"Uhu"
ブロームウントフォスBlohm & Voß BV-141偵察機
ハインケル(Heinkel)He-51複葉戦闘機/アラド(Arado)Ar68
ハインケル(Heinkel)He 100(He 113)戦闘機
メッサーシュミット(Messerschmitt)Me-109 E/F 戦闘機
メッサーシュミット(Messerschmitt)Me-109 G/K 戦闘機
フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw190戦闘機
フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw190D戦闘機
ハインケル(Heinkel)He280/He162ジェット戦闘機
ユンカース(Junkers)Ju-87スツーカ急降下爆撃機
ドルニエ(Dornier)Do 17 爆撃機
ドルニエ(Dornier)Do 215偵察機
ドルニエ(Dornier)Do 217爆撃機
ドルニエ(Dornier)Do 17/215/217 カウツ(Kauz)夜間戦闘機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ユンカース(Junkers)Ju88 D偵察機/S高速爆撃機
ユンカース(Junkers)Ju88 C/R/G夜間戦闘機
ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機
ユンカース(Junkers)Ju388高高度偵察機

ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
エルンスト・ハインケル(Ernst Heinkel)教授
ムッソリーニ救出作戦
イタリア独裁者ムッソリーニ
独裁者ムッソリーニ処刑
ウィンストン・チャーチル Winston Churchill 首相
マンネルヘイム(Mannerheim)元帥のフィンランド対ソ連「冬戦争」「継続戦争」

サヴォイア=マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.73輸送機
カント(CANT)Z.501ガビアーノ(Gabbiano)飛行艇
カント(CANT)Z.506アイローネ(Airone)水上機
サヴォイア=マルケッティSM.75 Marsupial(有袋類)輸送機
サヴォイア・マルケッティSM.82カングロ輸送機
フィアット(Fiat)G.18V輸送機
フィアット(Fiat)G.12/G.212三発輸送機
サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.79爆撃機
フィアット(Fiat)BR.20/イ式重爆撃機
サヴォイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.84爆撃機
カント(CANT)Z.1007爆撃機
カプローニ(Caproni)Ca.135爆撃機
カプローニ(Caproni)Ca.310偵察爆撃機
カプローニ(Caproni)Ca.311軽爆撃機
ピアジオP.108重爆撃機
マッキ(Macchi)MC.200サエッタ戦闘機
マッキ(Macchi)MC.202フォゴーレ"Folgore"戦闘機
マッキ(Macchi)MC.205Vべルトロ"Veltro"戦闘機

当時の状況に生きた方々からも、共感のお言葉、資料、映像などをいただくことができました。思い巡らすことしかできませんが、実体験を踏まえられたお言葉をいただけたことは、大変励みになりました。この場を借りて、御礼申し上げます。
◆戦争にまつわる資料,写真など情報をご提供いただけますお方のご協力をいただきたく,お願い申し上げます。

ご意見等をお寄せ下さる際はご氏名,ご連絡先を明記してくださいますようお願い申し上げます。
連絡先: torikai007@yahoo.co.jp
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目4-1-1 
東海大学HK社会環境課程 鳥飼 行博
TORIKAI Yukihiro, HK,Toka University,4-1-1 Kitakaname,Hiratuka,Kanagawa,Japan259-1292
東海大への行き方|How to go
2021年11月14日開設の鳥飼研究室へのご訪問ありがとうございます。データ引用の際は,出所を明記するか,リンクをしてください。
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