Search the TORIKAI LAB Network

Googleサイト内

◆ブローム‐ウント‐フォス(Blohm & Voss)BV-138飛行艇
写真(上)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
:ゴムボートを使って、潜水艦と飛行艇の間の連絡を取っている。潜水艦からゴムホースを伸ばして、飛行艇に軽油(ディーゼル油)を海上補給するのである。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0103-25 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss BV 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild101I-507-B0103-25引用



写真(上)1942-1943年、ソビエト連邦北部、氷の海(Eismeer)で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
:ブローム・ウント・フォッス社は、ドルニエ Do 18と同じ燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載する長距離飛行艇を開発し、試作1号機を第二次大戦半年前の1939年2月に初飛行させた。その後、安定性を回復するための改修作業が行われ、1941年になって改良型BV 138Cが完成した。BV138飛行艇は、227機生産され、大西洋、地中海でUボートと連携し船団捜索・攻撃に投入され、一部は、機雷掃海、物資兵員輸送の任務にも就いた。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-506-B0097-17A Archive title: Sowjetunion-Nord.- Eismeer, Versorgung eines deutschen U-Boots mit Nachschub von einem Flugzeug Blohm & Voss BV 138; Lfl 5 Dating: 1942/1943 Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild101I-506-B0097-17A引用

1.ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 偵察飛行艇

写真(右)1937年以降,海上のドイツ空軍ハンブルク航空Ha-138旅客輸送飛行艇 :ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)は、中型旅客飛行艇を開発、燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載して長距離飛行を可能にした。Ha 138試作機は1937年に完成したが、空中と海上での安定性が悪く、強度不足も指摘されたために、開発は長引いた。
Blohm and Voss Ha 138 Charles Daniels Collection Photo from "German Aircraft" Album PictionID:38234822 - Catalog:Array - Title:Array - Filename:15_002283.TIF Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID: 38234822引用。


ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)の企画になる中型長距離旅客飛行艇。ブローム・ウント・フォッス社は、ドルニエ Do 18と同じく燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載する形で長距離飛行を可能にした。1937年にHa 138試作機が完成したが、空中と海上での安定性が悪く、強度不足も指摘されたために、開発は長引いた。ブローム・ウント・フォス社として、Blohm & Voss Bv 138V1試作1号機が初飛行したのは、第二次大戦半年前の1939年2月と遅れたために、民間航空での使用されることはなく、軍用に回された。1941年に改良型のBV 138Cが登場し、実用に耐えると判断され、偵察飛行艇として採用された。BV138飛行艇は、227機生産され、大西洋、地中海でUボートと連携し船団捜索・攻撃に投入され、一部は、機雷掃海、物資兵員輸送の任務にも就いた。

写真(右)1937-1938年頃,海上のドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv 138試作2号飛行艇V-2 D-AMOR :ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)で1937年に完成した中型旅客飛行艇Ha138は、空中と海上での安定性が悪く、強度不足も指摘されたために、ドイツ・ルフトハンザ航空で就役することができなかった。そこで、後継のブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)社に引き継がれて、試作2号機Vが完成している。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:43932633 - Catalog:16_005018 - Title: Blohm & Voss Bv 138 V-2 D-AMOR Nowarra photo - Filename:16_005018.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:43932633引用。


 飛行機設計者リヒャルト・フォークトRichard Vogt)は、1894年12月19日、ドイツ南部、ヴュルテンベルク州シュヴェービッシュ・グミュントこ生まれた。第一次大戦に参加、復員後、シュトゥットガルト工科大学で、航空工学を学んだ。その後、1923年にリヒャルト・フォークトRichard Vogt)博士は、日本の川崎航空に招聘され、神戸でライセンス生産されていたドルニエ設計の機体をベースに、日本陸軍用に九二式複葉戦闘機、八八式複葉偵察機などを開発した。

1933年にナチ党政権下のドイツに帰国したリヒャルト・フォークトRichard Vogt)博士は、ブローム・ウント・フォス社の主任設計技師に就任した。ここで、ブローム・ウント・フォスBV 138飛行艇、Ha140水上雷撃機、 BV141偵察機(非対称機)、BV 222大型飛行艇 ヴィーキング、BV238巨人飛行艇などを開発した。第二次大戦でドイツが降伏した後は、アメリカ軍が枢軸国の高度技術取得のために行ったペーパークリップ作戦Operation Paperclip)の恩恵に浴し、アメリカに移住して、アメリカ軍の下で軍事研究に従事した。

写真(右)1940年頃,ドイツ海軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv138B-1偵察飛行艇
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:43933088 - Catalog:16_005055 - Title: Blohm & Voss Bv 138 B-1 MG-turret removed - Filename:16_005055.TIF - -- - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:43932695引用。


ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)の企画になる中型長距離旅客飛行艇Blohm & Voss Bv 138
ブローム・ウント・フォッス社は、ドルニエ Do 18と同じく燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載する形で長距離飛行を可能にした。1937年にHa 138試作機が完成したが、ドイツ・ルフトハンザ航空で使用するには、空中と海上での安定性が悪く、強度不足も指摘されたために、開発は長引いた。

ドイツ海軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv138B-1偵察飛行艇は、燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載して長距離飛行を可能にした。プロペラは、左右主翼上のエンジンでは3翅だが、胴体中央のエンジンは、クリアランスが狭いために、4翅で直径を小さく抑えている。

写真(右)1940年頃,ドイツ海軍艦艇にデリック(クレーン)で吊り上げられて、艦後甲板の大型カタパルトに据え付けられようとしているドイツ海軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv138C-1偵察飛行艇 :燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載して長距離飛行を可能にした。プロペラは、左右主翼上のエンジンでは3翅だが、胴体中央のエンジンは、クリアランスが狭いために、4翅で直径を小さく抑えている。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:43932695 - Catalog:16_005023 - Title: Blohm & Voss Bv 138 C-1 - Filename:16_005023.TIF
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:43932695引用。


1937年、第二次大戦勃発2年前、ドイツ海軍総司令官エーリヒ・レーダーErich Raeder)提督は、国防軍総司令官ブロンベルク元帥に対して、沿岸防衛の範囲に関して、ドイツ海軍とドイツ空軍との分担の取り決めを依頼したが、実際に海軍と空軍の責任範囲について協定文書がまとまったのは、戦争直前の1939年2月3日だった。これは、ドイツ海軍司令部空軍代表General der Luftwaffe beim Oberbefehlshaber der Marine)を置き、戦時には海軍司令部空軍代表を海軍総司令官の指揮下に行動するというものである。しかし、ドイツ近海を離れた海上は、ドイツ空軍の責任範囲で、ドイツ海軍が作戦行動を行う場合のみ、ドイツ海軍が哨戒偵察の責任を負うとした。また、水上艦艇同士の海戦、航空機による機雷敷設については、海軍と空軍の合意のもとに、実施するとした。

しかし、ドイツ海軍潜水艦隊司令長官(BdU)カール・デーニッツKarl D6ouml;nitz)提督の指揮する潜水艦Uボートは、当時、レーダーを搭載しておらず、船団攻撃のためには、空中哨戒偵察が効果的であると考えられ、1941年1月になって、潜水艦の交通破壊戦を支援するための長距離海上偵察部隊として、フォッケウルフFw200コンドルCondor)を配備した第40爆撃航空団の一部をドイツ海軍総司令官の指揮下に置くことが提言された。しかし、ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングHermann Goering)国家元帥は、航空兵力は全て空軍に所属するとの原則を強硬に主張し 海上哨戒偵察部隊は、ドイツ空軍が大西洋航空司令部の隷下として、潜水艦Uボート部司令部と協力することとなった。こうして、ドイツ海軍司令部空軍代表General der Luftwaffe beim Oberbefehlshaber der Marine)は、指揮権のない空軍の連絡絡官・副官のような存在となった。1941年12月、ドイツ海軍は艦載水上偵察機を除いた航空兵力の指揮も行ったが、形式的な指揮権は空軍の指揮下に入れ、海上作戦における航空兵力の指揮権は、ドイツ空軍が独占する形となった。

写真(右)1940年頃,ドイツ海軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv138C-1偵察飛行艇 の7.73ミリMG15旋回機関銃:Bv138飛行艇は、輸送機としては無武装であったが、軍用哨戒偵察機として使用されるにあたって、防御用の旋回機関銃を装備した。
SDASM Archives PictionID:43933076 - Catalog:16_005054 - Title:Upper rear gunnner of Blohm & Voss Bv 138 B with MG 15 - Filename:16_005054.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection.
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:43932695引用。


写真(右)1940-1940年頃,海上のドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)138A-1 (C-1?) 飛行艇
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:43932670 - Catalog:16_005021 - Title: Blohm & Voss Bv 138 A-1 (C-1?) Nowarra photo - Filename:16_005021.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:43932670引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)138飛行艇は、1937年7月15日初飛行だが、機体の不安定性を改修するための改造に手間取り、ドイツ・ルフトハンザ航空に引き渡され就役することはなかった。BV138飛行艇の部隊配備は1940年10月と、第二次大戦勃発1年後にずれ込んでしまった。 生産期間は、1938年から1943年までだが、生産機数は297機と、ドイツ軍の第二次大戦期の飛行艇としてはドルニエDo-24飛行艇の279機と並んで最多である。

写真(右)1941年,ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 飛行艇:胴体中央を主翼上から眺めているが、胴体側方に、軽油の急に使用しているゴム・パイプが這っている。左には中央のユモJumo205ディーゼルエンジンの4翅プロペラが写っている。主翼のプロペラは、3翅だったが、中央のプロペラは胴体とプロペラのクリアランスが制限されるために、短いブレードの4翅に変更されている。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-592-0086-36A Archive title: Reichsgebiet.- Wasserflugzeug Blohm & Voss Bv 138.- Be-/Entladen; KBK Lw zbV Dating: 1941 Photographer: Wimmers [Winners] Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1941年,ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 飛行艇:胴体側方に、軽油の急に使用しているゴム・パイプが這っている。中央部のディーゼルエンジンは、主翼上面に搭載されたため、主翼・胴体とのクリアランスを確保する必要上、プロペラの羽根を短くし、四本とした。他の主翼左右のディーゼルエンジンのプロペラは、羽根の長い三枚プロペラである。
Inventory:Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-592-0086-33A Archive title: Reichsgebiet.- Wasserflugzeug Blohm & Voss Bv 138.- Be-/Entladen; KBK Lw zbV Dating: 1941 Photographer: Wimmers [Winners] Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用



写真(右)1940-1943年頃、ノルウェー、海上から水上機・飛行艇基地にトレーラーを使ってブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇を引き上げる作業
;左後方には、ハインケルHe111双発水上機が待機しているのが見える。
Title:Servicing A Ferman Bv-138 Seaplane. Caption:At Kirkenes, Norway, during World War II. In the left background is a HEINKEL HE-115 float plane. Copyright Owner:Naval History and Heritage Command Original Creator: After this Year:1939 Before this Year:1945 Original Medium:BW Photo
写真は, Naval History and Heritage Command Catalog #:NH 71412 引用。



写真(右)1940-1943年頃、ボートで連絡あるいは搭乗員の運搬をしているドイツ軍のブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇

Title: Blohm & Voss Bv 138 Seaplane. Caption:Picking up her mooring bouy at Kirkenes, Norway, during World War II. Note tender boat alongside. Also note three-bladed props on outboard engines, four-bladed prop on inboard. Description: Copyright Owner:Naval History and Heritage Command Original Creator: After this Year:1939 Before this Year:1945 Original Medium:BW Photo
写真は, Naval History and Heritage Command Catalog #:NH 71413 引用。


写真(右)1943年秋、ノルウェー沖、荒天の中でドイツ海軍潜水艦Uボートと会合、ディーゼル油の補給を受けるブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0101-05A Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋、ノルウェー沖、荒天の中でドイツ海軍潜水艦Uボートと会合、ディーゼル油の補給を受けるブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0101-06A Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0106-01 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋、ノルウェー沖の氷の海で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合して、軽油燃料の補給を受けようとするブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 飛行艇:手前の鉄棒は、Uボート艦橋後部の機銃台の手摺。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0111-10 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋,ノルウェー沖の氷の海で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合して、軽油燃料の補給を受けようとするブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 飛行艇:手前の鉄棒は、Uボート艦橋後部の機銃台の手摺。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0111-09 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0111-08 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋,ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory:Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0111-12 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合、ディーゼル油の補給を受けるブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0102-19A Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


Blohm & Voss)社として、BV 138V1試作1号機が初飛行したのは、第二次大戦半年前の1939年2月と遅れたために、ドイツ・ルフトハンザ航空で使用されることはなく、軍用に回された。1941年に改良型のBV 138Cが登場し、実用に耐えると判断され、偵察飛行艇として採用された。Blohm & Voss Bv 138飛行艇は、227機生産され、大西洋、地中海でドイツ海軍潜水艦隊司令長官(BdU)カール・デーニッツKarl D6ouml;nitz)隷下の潜水艦Uボートと連携して、船団捜索・攻撃に投入され、一部は、機雷掃海、物資兵員輸送の任務にも就いた。

ドイツ海軍と協力して作戦行動に当たったブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)Bv138飛行艇は、海上の哨戒偵察のために、燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載していた。軽油(ディーゼル油)は燃費がいいだけでなく、ドイツ海軍で普及していたディーゼル機関搭載の艦船と同じ燃料を使うことも都合が良かった。特に、Blohm & Voss)Bv138飛行艇は、海上で密かにドイツ海軍潜水艦Uボート(ディーゼル機関搭載)と会合し、同じ軽油の燃料をゴムホースをつないで給油することができ。これによって、陸上の水上機・飛行艇基地に帰還することなく、長距離索敵飛行をすることができるようになった。

写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇:プロペラは、左右主翼上のエンジンでは3翅だが、胴体中央のエンジンは、クリアランスが狭いために、4翅で直径を小さく抑えている。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0111-10 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


ドイツ語「U-Boot(ウーボート:Unterseeboot)」とは、水面下の艦船の意味で、狭義には、ドイツ海軍の潜水艦を意味する。英語でもU-Boat(ユーボート)といわれるが、これも第一次世界大戦および第二次世界大戦でイギリス本土を封鎖しようとした敵国ドイツ海軍の潜水艦を指示している。Uボートは、ハンブルクを中心としたブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)など造船所で建造され、ドイツ海軍潜水艦隊司令長官(Befehlshaber der U-Boote: BdUカール・デーニッツKarl D6ouml;nitz)提督の指揮下に置かれた。第二次大戦当初、レーダーを搭載しておらず、目標とする敵艦船を目視によって発見するしかなかった。また、海面上5メートルもない潜水艦艦橋からの視界は限られており、敵発見は天候・気象にも依存した困難な任務だった。

 敵艦船発見を容易にするため、潜水艦の目となるような航空機によって、洋上哨戒偵察をすることが考えられた。しかし、ドイツでは空飛ぶ兵器、軍用機はみなドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングHermann Goering)の指揮下に置くという原則があった。そのため、ドイツ海軍航空隊は、海軍艦艇に搭載する偵察用艦載水上機程度しか保有を許されなかった。その後、1941年3月にはドイツ空軍第三航空軍の下に、大西洋司令部(Fl.F.Atlantic) が置かれ、ドイツ海軍潜水艦隊司令長官(Befehlshaber der U-Boote: BdU)と連携して、水上基地航空部隊や洋上航空部隊の作戦が展開されるようになった。特に、フォッケウルフFw200コンドル長距離偵察哨戒機を配備した第40爆撃航空団第1飛行隊(I/KG40)は、ドイツ海軍潜水艦隊司令長官(BdU)カール・デーニッツKarl D6ouml;nitz)提督隷下の潜水艦Uボートと連携した交通破壊戦に参加し、大きな戦果を挙げた。

写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合、ディーゼル油の補給を受けるブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0102-03A Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


ブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)BV 138 飛行艇の原型は、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)の企画になる中型長距離旅客機として計画された機体である。しかし、ブローム・ウント・フォッス社は、ドルニエ Do 18と同じく燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載することとして、ブローム・ウント・フォスBV 138飛行艇の航続距離を伸ばすことに成功した。1937年に完成したHa 138飛行艇は、双ビーム構造で太い胴体の為か、空中でも海上でも安定性が悪く、強度不足だった。そこで、その欠点を直すための大規模な改修作業が行われ、ブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)社がブローム・ウント・フォスBV 138V1試作1号機を初飛行させたのは、第二次大戦半年前の1939年2月にまでずれ込んでしまった。そのため、当初の目的だった民間旅客飛行艇として使用されることはなく、軍用に回された。

1941年に改良型のブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)BV 138C型が登場し、実用に耐えると判断され、偵察飛行艇として採用された。BV138飛行艇は、293機と第二次大戦中のドイツ飛行艇としては最も生産機数が多く、大西洋、地中海でUボートと連携し船団捜索・攻撃に投入され、一部は、機雷掃海、物資兵員輸送の任務にも就いた。

写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇:手前では、潜水艦Uボート艦橋で隊員たちが話し込んでいる。同期生でもいれば、話が弾んだであろう。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0103-03 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合、ディーゼル油の補給を受けるブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0102-11A Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋、ノルウェー北部、ベルゲン沖、ドイツ軍基地を発進するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇:基地で燃料の軽油を満たして、ノルウェー沖の連合軍輸送船団の偵察任務に就く様だ。手前では、基地の隊員たちが見送っているのであろう。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0104-25A Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss BV 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年秋,ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0106-12 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss BV 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


ドイツのブローム・ウント・フォスBlohm & Voss Bv 138飛行艇は、ドルニエ Do 18と同じく燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載する形で長距離飛行を可能にしたが、中央部のエンジンは、主翼上面に搭載され、主翼・胴体とのクリアランスを確保するために、羽根の短い四本プロペラ(他の2基は羽根の長い三枚プロペラ)と変則的配置にされた。

写真(右)1940-1944年頃、ノルウェー、飛行艇母艦の巨大なカタパルト上に搭載されている2機のブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇;船尾には、飛行艇を艦船に持ち上げるための大型デリック(クレーン)が装備されている。船体の大半は、1本煙突の煙突以外、扁平で、船上での飛行機搭載に障害物はない。
Title:German aircraft tender Caption:At Tromso, Norway, during World war II. Her planes are BV-138 seaplanes. Description: Copyright Owner:Naval History and Heritage Command Original Creator: After this Year:1939 Before this Year:1945
写真は, Naval History and Heritage Command Catalog #:NH 71351引用。


ドイツ空軍(Luftwaffe)は、海軍に代わって自らカタパルト装備飛行艇母艦(Catapult vessels)を保有し、第二次世界大戦中に7隻を使用している。このうち4隻は、既にドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)が使用していた飛行艇母船を徴用したもので、3隻がドイツ空軍の発注になる。BV 138飛行艇小隊も、このカタパルト装備飛行艇母艦に搭載、運用された。

ドイツの「ブッシュラント」(Bussard;SP 21)と「ァルケ」(Bussard;SP 22)は、同型のカタパルト装備飛行艇母艦で、ともに1942年竣工、排水量 2040トン、全長 98.3m、全幅14.0 mで、飛行艇を2機まで搭載することが可能だった 。


写真(右)1940-1944年頃、ノルウェー、飛行艇母艦「ブッシュラント」あるいは「ファルケ」(Falk:SP 22)艦尾デリックで、カタパルトに引き上げられようとしているブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇

German BV-138 reconnaissance Caption:Seaplane, being lifted aboard a German aircraft tender, in Norwegian waters, during world War II. Copyright Owner:Naval History and Heritage Command Original Creator: After this Year:1939 Before this Year:1945 Original Medium:BW Photo
写真は, Naval History and Heritage Command Catalog #:NH 71350引用。


ドイツ空軍(Luftwaffe)のカタパルト装備飛行艇母艦(Catapult vessels

スペルベル (Sperber:ハイタカ;SP 11):ハンブルクで1938年11月26日進水、排水量 1086トン、全長70.25m, 全幅 14.55m、吃水1.8m、18tクレーン1基、18tカタパルト1基。

ブッシュラント(Bussard ;SP 21):ケーニヒスベルクで1940年進水、1942年5月1日竣工、排水量 2040 トン、全長 98,3m、全幅14.0 m 吃水1.8m、20tクレーン1基、20tカタパルト1基。

ファルケ(Falke :鷹;SP 22):ケーニヒスベルクで1940年7月29日進水、1942年11月22日竣工、総トン数 2040トン、全長 98.3m、全幅14.0 m、吃水2.33m、20tクレーン1基、20tカタパルト1基。

ヴェストファーレン(Westfalen):ゲーシュテミュンデ(ブレーメン北30km)で1905年11月14日進水、1906年12月30日竣工、排水量 1万700トン、全長130.54m、全幅16.08m、吃水 8.52 m、3000馬力、1軸、最高速力12ノット。

シュワーベンラント(Schwabenland):キールで1925年3月14日進水、1925年7月16日竣工, 排水量1万6200トン、全長 147.0m、全幅 18.41 m、吃水 9.95m、3600馬力、燃料:ディーゼル1600トン搭載、2軸、最高速力 11ノット、15tクレーン1基、14tカタパルト1基。

オストマルク(Ostmark):キールで1936年4月15日進水、5月16日竣工、排水量 2500トン、全長79.8m、全幅11.25m、吃水4.72m、15tクレーン1基、14tカタパルト1基。

フリースラント(Friesenland):キールで、1937年3月23日進水、5月13日竣工、排水量 1万1500トン、全長 140.5m、全幅 15.56m 、吃水8.42m、20tクレーン1基、18tカタパルト1基。

写真(右)1944年5月26日、ノルウェー沖、カタパルト装備の飛行艇母艦「ブッシュラント」あるいは「ファルケ」 に搭載された2機のブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138発飛行艇;ブッシュラント(Bussard;SP 21)とファルケ(Falk:SP 22)は同型のカタパルト装備の飛行艇母艦で、ともに1942年竣工、排水量 2040トン、全長 98.3m、全幅14.0 mで、飛行艇を2機まで搭載することが可能 。飛行艇母艦は、飛行艇の整備、燃料補給、飛行艇搭乗員の休養などを任務とする。
Beeldnummer 43451 Collectie NIOD
Trefwoorden Marine, Oorlogsschepen, Vliegdekschepen, Vliegtuigen
Locatie Naam: Kingdom of Norway Land: Norway Bijschrift Sie sichern Norwegens Küste. Das Katapultschiff. Von ihm werden unsere bewährten Flugboote "BV 138" abgeschleudert, um ihre Reise über See anzutreten.
Datum 26/05/1944
写真はFlikers, BeeldbankWo2 Beeldnummer 43451 引用。


1930年初頭、既にドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)は、大西洋上に飛行艇母船を配置し、そこを中継基地として、アフリカから南アメリカに大西洋を横断する郵便航路を開いていた。使用していたのは、ドルニエDo-Jワール飛行艇、Do-Rズーパーワール四発飛行艇で、飛行艇母船にデリックで引き上げて、そこで、機体の燃料補給・整備、搭乗員の休息を行い、天候に左右されないように、船上の大型カタパルトから射出発進するというシステムである。

ブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)の開発・量産したBv 138 MS飛行艇は、磁力感応機雷を掃海する直径14.3メートルもある磁場コイルElectromagnetic coil)を、機体周囲に水平に搭載している。直径14.3mの円形リング状パイプ(磁場コイルガウス・リング)は、メルセデス・ニュルンベルク8気筒液冷エンジン(55馬力)を使って15kWのジェネレーター(発電気)を駆動して、電磁誘導によって、磁力線を生み出している。ジェネレーター(発電気)用の冷却器は、胴体下面にある箱型バルジに取り付けられている。

写真(右)1943-1944年頃,ドイツ海軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv 138 MS機雷掃海用飛行艇:機体の周囲に大直径の電磁誘導コイルを搭載したBv138飛行艇は、磁力感応式の機雷を誘爆、掃海することができる。掃海機としては、同じ電磁誘導コイルを使った磁力機雷掃海機は、ユンカースJu53/3m輸送機にも搭載されている。
SDASM Archives PictionID:43932657 - Catalog:16_005020 - Title:Blohm & Voss Bv 138 MS rebuilt from C-0 Nowarra photo - Filename:16_005020.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection.
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:43932695引用。


ドイツのブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv 138 MS飛行艇は、機首下面、主翼下面、胴体下面に円形パイプの電磁コイルを装備しているのが外観上の大きな特徴である。これは、直径14.3mの円形リング状のパイプ(ガウス・リング)で、電磁誘導によって電磁力を発生させ、磁力線によって、海底に仕掛けられた磁気感応式機雷を感応、起爆(誘爆)させる機雷掃海装置である。磁場コイルElectromagnetic coil)の電磁力は、機体に搭載したメルセデス・ニュルンベルク8気筒液冷エンジン(55馬力)を駆動して、15kWのジェネレーター(発電気)のよって電気エネルギーを作り、作動させる。このジェネレーター(発電気)に必要な冷却器は、胴体下面に突出したバルジに収められている。これは、飛行中の空冷効果を求めた設計である。

磁場コイルElectromagnetic coil)は大型で、機首・主翼。尾部の下面には取り付け具があるが、主翼後方に飛び出した、磁場コイルガウス・リング)、には、張線が繋がれていて、後上方にある支柱と繋いで、固定されている。Ju52輸送機を改造した機雷敷設機は、磁場コイルElectromagnetic coil)、ジェネレーター、冷却器などを装備したために、輸送機型に比較して1150キロ重量が増加した。

写真(右)1945年5月以前、ドイツ、ディーゼルエンジンを整備し、エンジンに大型パイプで温風を送風しているブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇;飛行艇基地での整備だが、敗戦後に、逃亡あるいは復員の準備に取り掛かったのであろうか。
Beeldnummer 2586 Collectie NIOD
Trefwoorden Kustgebied, Vliegboten, Duitse strijdkrachten
Locatie Naam: Federal Republic of Germany Land: Germany
Bijschrift Auf einem Seefliegerhorst im hohen Norden. Eine BV 138 wird getrocknet. Gelegentlich gefährdet das zufällig in das Flugboot eindringende Wasser die elektrischen Anlagen des Flugzeuges. Heizschläuche, die sonst zum Vorwärmen der Motoren dienen, werden daher zum Trockenen der Leitungen in das Innere des Flugzeuges gelegt.
Periode 1945
写真はFlikers, BeeldbankWo2 Beeldnummer 2586引用。


ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138C飛行艇の諸元
全長: 19.85 m、全幅: 27.00 m
全高: 5.90 m
全備重量: 15,480 kg
発動機: ユンカース ユモJumo205Dディーゼルエンジン(880 馬力)3基
最高速力: 290 km/h
航続距離: 4,023 km
兵装:機首動力銃座 20ミリMG151/20 機関銃1丁、胴体後上方動力銃座 20ミリMG151/20 機関銃1丁、中央エンジンナセル後上方銃座:13.1ミリMG131旋回機関銃 1丁
搭載量:150キロ爆雷 4発
乗員: 6名


写真(右)194o-1945年、イギリス空軍第404戦闘機中隊の襲撃を受けて大西洋あるいは北海上に墜落したドイツ空軍ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇
;双胴ビーム、双尾翼と3基ある中央のエンジン1基と4翅プロペラが海上に出ている。
Object description A Blohm und Voss Bv 138 flying boat settles in the water after being shot down by a Bristol Beaufighter of No. 404 Squadron RCAF while escorting a Naval force off the north coast of Scotland..
Related period Second World War (production), Second World War (content) Creator No. 404 Squadron RCAF Catalogue number C 3684 Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は, Imperial War Museums Catalogue number C 3684引用。



写真(右)1944年6月14日以降、オランダ、空襲で銃撃を受けたような弾痕が残る破損したドイツのブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss)BV-138飛行艇A-1型(登録コード NA-LR:製造番号W.nr.387)
;1940年7月19日、初飛行、1941年7月12日、部隊配置、1942年1月8日、コペンハーゲンに配備、1942年10月、輸送部隊に配備、1944年6月、海上偵察訓練部隊(Luftnachrichten-schule 6:LNS 6 See)配備、6月14日、全損(100%破損:修理見込み無し)。尾翼、胴体後方に弾痕が見えるが、同大前部は海中に没しており、より大きな被害を受けたのであろう。
De overblijfselen van een aangeschoten Blohm und Voss Bv 138,welke op een ponton vervoerd wordt.
Collectie Fotoafdrukken Koninklijke Luchtmacht Beschrijving De overblijfselen van een aangeschoten Blohm und Voss Bv 138,welke op een ponton vervoerd wordt. Plaats Onbekend Datering van 1939 Datering tot 1945 Trefwoorden Blohm und Voss, Tweede Wereldoorlog, conflicten, vliegboten, watervliegtuigen Specifieke kenmerken NA-LR, 9
写真はNetherlands Institute for Military History (NIMH) , Beeldbank.defensie.nlObjectnummer 2157_001-037引用。



写真(右)1945年、第二次大戦後(?)、ノルウェー北部、ナルビク北150キロ、トロムス県トロムソ、ドイツ軍が放棄したブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇
;手前には、Ju52輸送機のものか、BMW132空冷星形9気筒エンジン・2翅プロペラの残骸が転がっている。
Object description An abandoned Blohm und Voss Bv 138 flying boat stands close to a pile of wreckage from German seaplanes at Tromso in northern Norway.
Categoryphotographs Related period Second World War (production), Second World War (content)Creator Daventry Royal Air Force official photographer Part ofAIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は, Imperial War Museums Catalogue number CL 2918 引用。



写真(右)1945年、第二次大戦後(?)、ノルウェー北部、ナルビク北150キロ、トロムス県トロムソ、ドイツ軍が放棄したブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇
;手前には、Ju52輸送機のものか、BMW132空冷星形9気筒エンジン・2翅プロペラの残骸が転がっている。
Fly, propellfly, med "hakekors. Flydeler, vrakdeler i forgrunnen. En lastebil i bakgrunnen. Blom und Voss BV-138 Luftforsvaret, Skattøra Sjøflystasjon, 1945-1958-59
Fotografering:1945 Eier:Forsvaret sikker Avbildet sted: Tromsø Troms Skattøra
Identifier:NL.97150006 Part of collection:Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection:Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published:December 18, 2014 Date updated:December 18, 2014 DIMU-CODE:021015696811
写真は, Norsk Luftfartsmuseum Identifier: NL.97150006 引用。



写真(右)1945年、第二次大戦後、ドイツ、キール、ドイツ軍から鹵獲したブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇を点検するイギリス海軍軍予備軍ドブスン中佐ら先遣部隊
;機体には小銃弾らしい弾痕が列をなしているが、これは占領したイギリス軍が気まぐれに発砲を楽しんだためであろう。このような無秩序な仲間の兵士の破壊・掠奪を抑え、戦利品を確保するのが、先遣隊の役割の一つだった。
Object description Lieut Cdr (A) W Dobson RNVR, attached to the Advanced Naval Party at Kiel, inspecting a captured German Blohm and Voss seaplane.
Related period Second World War (production), Second World War (content) Creator McNeill, M H A (Lt) Catalogue number A 29084 Part of ADMIRALTY OFFICIAL COLLECTION
写真は, Imperial War Museums Catalogue number A 29084引用。



写真(右)1945年夏、ノルウェー、第二次大戦後、ドイツ軍から鹵獲したブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138飛行艇を配備されたノルウェー軍第330飛行中隊(330 skadronen)
;飛行艇基地に制服のノルウェー陸海軍人が整列している。
Gruppefoto. Offiserene ved 330 skadronen. Et fly Blohm & Voss BV 138 i bakgrunnen Albumtekst: Offiserene ved 330 skv. Sommeren 1945.
Eierskap Giver/siste eier:Bjørnebye, Lasse sikker Fotografering:1945 Fotograf:Bjørnebye, Sverre Annet
Copies:1 Negativ, svart/hvitt, Arkivkopi1 Negativ, svart/hvitt, Arkivkopi Identifier:NL.06050252 Part of collection:Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection:Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published:November 21, 2014 Date updated:December 18, 2014 DIMU-CODE:021015552918
写真は, Norsk Luftfartsmuseum Identifier: NL.06050252 引用。



Blohm & Voss BV 138


ドイツ週刊ニュース619号 Die Deutsche Wochenschau Nr. 619:Blohm und Voss Bv 138


2.ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV222「ヴィーキング」飛行艇

写真(右)1940年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作1号機(登録コード:D-ANTE);BV 222試作1号機は、ブラモBMW323Rファニール( Fafnir )空冷星型9気筒エンジン(1,000馬力)6基を装備、民間登録記号D-ANTEをつけて、1940年9月7日に初飛行したが、戦局は、このような六発大型飛行艇を量産することを許さなかった。生産機数は、事実上試作機として合計13機のみ。
Beeldnummer 109 Collectie NIOD Trefwoorden Luftwaffe, Transportvliegtuigen, Vliegtuigen, Duitse strijdkrachten
Bijschrift Blohm und Voss, BV 222 'Wicking', neues leutsches Grossflugboot. Das neue deutsche Grossraumflugboot 'Wicking' ist derzeit das grösste Flugboot der deutschen Lufwaffe. Das zweistöckige Boot ist 37 m lang und 5,6 hoch, die Spannweite der Tragfläche beträgt 46 m.
写真はFlikers, BeeldbankWo2 Beeldnummer 109引用。


写真(右)1940-1944年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作1号機;BV 222試作1号機は、ブラモBMW323Rファニール( Fafnir )空冷星型9気筒エンジン(1,000馬力)6基を装備、1940年9月7日に初飛行したが、戦局は、このような六発大型飛行艇を量産することを許さなかった。生産機数は、事実上試作機として合計13機のみ。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932940 - Catalog:16_005043 - Title:Blohm & Voss Bv 222V-1 D-ANTE Nowarra photo - Filename:16_005043.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog: 16_005043引用。


ドイツ・ルフトハンザ航空は、ドイツ〜アメリカ間を横断できる長距離旅客飛行艇を求めており、旅客16名、飛行時間20時間の要望を出していた。これにブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss)社が応じて開発したのが、Bv 222大型輸送飛行艇だったが、試作機完成前の1939年9月に第二次世界大戦が勃発し、民間の長距離旅客機としての需要は途絶えてしまった。

大戦勃発に伴って、ブローム・ウント・フォス BV222大型飛行艇は、軍用への転換が期待され、試作機は1940年9月に初飛行に成功、軍用輸送機として実験的に配備されることとなった。軍隊輸送用に、機体に大型扉を設け、ノルウェー方面への輸送任務に投入されたのである。結果は良好だったが、試作2号機以降は、戦時であることを配慮して、防御兵装として、機関銃を装備するようになった。また、輸送任務だけではなく、長い航続距離を活かして、遠距離哨戒偵察機としても採用され、1943年には、BV222飛行艇に対艦船用レーダーのFuG200ホーエンツベル捜索レーダーを搭載した。


写真(右)1940-1944年、ブラモ(Bramo)323空冷星形エンジン6基を装備したブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking".試作1号機
;BV 222試作1号機は、1940年9月7日に初飛行したが、戦局は、このような大型四発飛行艇を量産することを許さなかった。着水時に事故を起こしたのか、進水して機体前部が沈下した。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932977 - Catalog:16_005046 - Title:The end of Blohm & Voss Bv 222V-1 - Filename:16_005046.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog:16_005046引用。


1930年代後半、ルフトハンザ航空Deutsche Luft Hansa)は、大西洋航路で使用可能な長距離大型旅客輸送機を求めていたが、大重量、大量の燃料を積んで離陸する巨大な滑走路が不必要で、非常時には海上に不時着可能な安全性の高い飛行艇式の旅客輸送機が有利ではないかと目されていた。そこで、巨大旅客飛行艇の開発を、リヒャルト・フォークト博士に依頼し、ブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)にBV 222飛行艇3機を発注した。試作機V1号機の製造は1938年1月から開始し、第二次大戦勃発1年後の1940年9月7日に、初飛行を実施した。ペイロードは、乗客92名あるいは救急担架72基で、最高速力は385 km/hで早いとはいえなかった。

ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 222飛行艇試作機V1は、1941年8月19日までの7回の運航で、ハンブルクとノルウェー北部のヒルケネス間を合計65トンの貨物、負傷者221名をの負傷兵を運んだ。総飛行距離は3万キロに達した。1940年4月9日、ドイツのノルウェー侵攻に呼応して、ノルウェーの政治家ヴィドクン・クヴィスリングVidkun Quisling)は、自らを首班とする臨時政府を樹立し、1942年2月には、アドルフ・ヒトラーの下で、クヴィスリングは首相に任命され、ノルウェーは親ドイツ傀儡政権が支配するようになった。また、BV222飛行艇は、地球海方面面では、1941年10月16日から11月6日の17回の運航で、北アフリカに派遣されたドイツ・アフリカ軍団に対する物資を補給した。

 ブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)社の開発したBV 238飛行艇は、BV222飛行艇よりスケールが大きく、6基のディーゼルエンジンを搭載、より長距離飛行が可能だったが、試作1機だけが製造された。ヨーロッパからアメリカまでの飛行が可能な軍用機として、戦争末期にもかかわらず、試作が行われ、実機が完成、飛行試験をしている。


Blohm und Voss Bv 222

⇒写真集Album:ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 飛行艇「ヴィーキング」を詳しく見る。


2.ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238大型飛行艇

写真(右)1944年中頃,ドイツ、ドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238 V1飛行艇(登録コード:RO+EZ)
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-667-7143-02 Archive title: Flugboot Blohm & Voss BV 238V1 (Kennung RO+EZ) auf einem See wassernd; PK Eins Kp Lw zbV Dating: 1944 Mitte Photographer: Hoffmann Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録 ・Bundesarchiv Bild 101I-667-7143-02, Flugzeug Blohm - Voß BV 238 V1.jpg引用。


1941年、ドイツ航空省は、ブローム・ウント・フォスに長距離飛行可能な大型飛行艇の開発を依頼し、チェコで4分の1のサイズの実験機が製造された。

ドイツ、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss)が開発したBV 238飛行艇は、全幅60.17 m、全長43.36 m、ダイムラー・ベンツDB 603液冷倒立V12気筒エンジン(1750 hp)6基を装備し、第2次世界大戦末期、1944年3月11日に飛行した世界最大級の飛行機である。ブローム・ウント・フォスBlohm & Voss BV 238V1の記録は、1947年11月2日にアメリカ、ヒューズが開発した H-4 ハーキュリーズHughes H-4 Hercules)試作機(全幅97.51 m、全長 66.65 )が海面を離れるまで、破られていない。

写真(右)1944年中頃,ドイツ、ドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238 V1飛行艇(登録コード:RO+EZ)
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-667-7142-24 Archive title: Flugboot Blohm & Voss BV 238V1 (Kennung RO+EZ) auf einem See wassernd; PK Eins Kp Lw zbV Dating: 1944 Mitte Photographer: Hoffmann Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録 ・Bundesarchiv Bild 101I-667-7142-24, Flugzeug Blohm - Voß BV 238 V1.jpg引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238 V1飛行艇(登録コード:RO+EZ) の諸元
搭乗員:12名
全長:43.36 m、全幅:60.17 m 、全高:12.80 m
翼面積:360平方メートル
空虚重量:5万4,700 kg
総重量:9万0,000 kg
発動機:ダイムラー・ベンツDB 603G 12気筒液冷エンジン1,900 馬力6基
最高速力:425 km/h、巡行速度:350 km/h
着水速度:143 km/h
実用常用限度:7,300 m
航続距離: 6,620 km

写真(右)1944年中頃,ドイツ、ドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238 V1飛行艇(登録コード:RO+EZ)
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-667-7143-06 Archive title: Flugboot Blohm & Voss BV 238 V1 (Kennung RO+EZ) im Flug über einem See; PK Eins Kp Lw zbV Dating: 1944 Mitte Photographer: Hoffmann Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録 ・Bundesarchiv Bild 101I-667-7143-06, Flugzeug Blohm - Voß BV 238 V1.jpg引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & VossBV 238 V飛行艇 は、すなわち試作1号機の実しか完成していなかったが、1944年9月、ドイツ北部のシャール(Schaal)湖に待機中に、アメリカ陸軍航空隊第361戦闘飛行隊P-51ムスタング戦闘機の襲撃を受け、破壊さら、湖に沈んだ。


Blohm & Voss BV238 Flying Boat


Blohm & Voss BV 238


4.ドルニエ(Dornier)Do-18飛行艇


写真(右)1930-1931年頃、ドイツ、ドルニエDo 18 DV-1飛行艇試作1号機
;エンジンは主翼上面に3翅プロペラの液冷エンジンを2基の串型に配備している。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46169991 - Catalog:16_007456 - Title:Dornier Do 18 DV-1 prototype of D series Nowarra Collection - Filename:16_007456.TIF.
写真はSDASM Archives・PictionID:46169991引用。


ドルニエ社は、ベストセラーになったDo.Jワール飛行艇の後継機として、形状を一回り大型化した輸送飛行艇を、ドイツ・ルフトハンザ航空のために開発した。この機体の構造は、Do.Jワール飛行艇を踏襲し、胴体支柱の上にエンジンとパラソル式の主翼を備えていた。そして、胴体左右に水上安定を確保する図る浮きを張り出させている。エンジン配置は、Do.Jワール飛行艇で採用したのと同じ串型で、主翼中央上面に、縦に置き、3翅の牽引式プロペラと推進式プロペラを備えている。発動機は、ユモJumo205ディーゼル6気筒エンジンで、燃費がいいために、航続距離の延長に寄与できた。


写真(右)1930-1931年頃、ドイツ、ドルニエDo 18 D飛行艇
;1933年ナチ党政権樹立以来、ドイツの国籍標識には、垂直尾翼に赤帯、白丸、黒の鍵十字を描いているが、この民間航空の国籍標識は、1935年のドイツ再軍備宣言、ドイツ空軍創設以降も引き継がれ、1939年9月の第二次世界大戦勃発まで続く。大戦では、この赤白の国籍指標は廃止され、ナチ党逆卍を白縁取りの黒で描いている。エンジンは主翼上面に3翅プロペラの液冷エンジンを2基の串型に配備している。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170028 - Catalog:16_007459 - Title:Dornier Do 18D Nowarra
Collection - Filename:16_007459.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation.
写真はSDASM Archives・PictionID:46170028引用。


1934年、ドルニエは、ルフトハンザ航空用に大西洋横断定期郵便事業用の飛行艇を開発することになった。ルフトハンザ航空は、Do Jワール飛行艇を、ポルトガルのリスボンからブラジルに、大西洋横断便を就航させていた。


写真(右)1939-1944年頃、ドイツ、ドルニエDo 18D飛行艇
;機首上面と胴体後上面に銃座があり、そこに各々7.92ミリMG15旋回機銃1丁が装備されている。開口部があり、そこに乗員が顔を出している。後方の搭乗員は、右手を挙げて、カメラマンの乗る僚機に挨拶している。ナチ党のスワスチカ(鍵十字)が描かれていない。
SDASM Archives Wagner Collection Image
PictionID:46170016 - Catalog:16_007458 - Title:Dornier Do 18D Dornier photo - Filename:16_007458.TIF .
写真はSDASM Archives・PictionID:46170003引用。



写真(右)1940年、デンマーク北部、ユトランド半島先端、オールボー(Aalborg)、ドイツ軍のドルニエDo 18 飛行艇
;機首上面の銃座部分にはカバーが掛けられている。中央の2名はドイツ海軍の将兵のようだ。エンジンは、縦列串型のタンデム配置で、プロペラは、前部が牽引式、後部が推進式で回転する。胴体中央部左右の張出し式フロートも、Do-Jワールを踏襲した構造である。しかし、装備しているのは、 ユモJumo205D(880hp)ディーゼルエンジンなどで、エンジンナセル上にはDo-Jワールのようなラジエーター(冷却器)はなく、流線型で空気抵抗に配慮したつくりとなっている。
Inventory: Bild 101 II - Propagandakompanien der Wehrmacht - Marine.
Signature: Bild 101II-MN-1527-06.
Archive title: Dänemark, Aalborg / Åborg (?).- Gestrandetes / beschädigtes Flugboot Dornier Do 18 an einem Strand / im Limfjord (?). Im Hintergrund Bergungsschiff / Flugsicherungsschiff BS 11 "Phönix" (?); PK Marine Nord.
Dating: 1940 ca.
Photographer: Eschenburg, Karl.
Origin: Bundesarchiv .
写真はBundesarchiv・Signature: Bild 101II-MN-1527-06引用。


ドルニエ(Dornier)Do18は、1935年3月15日に初飛行した。1936年9月、ハンブルクから、アゾレス諸島を経由して、ニューヨークまで4,460kmを22時間15分で飛行した。ルフトハンザ航空は「世界初の西廻り大西洋横断定期郵便飛行に成功」と喧伝したが、1938年3月には、イングランドのデボン州からブラジルまでの8,391kmをノンストップ43時間で飛行し、水上機の飛行距離世界記録を達成した。

ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇の信頼性と航続力に注目したドイツ空軍は、1936年にDo18飛行艇を哨戒偵察機として制式し、1940年までに100機を生産した。しかし、第二次世界大戦緒戦時点で、性能的には高性能とはいえなかったが、信頼性が高いために、後方の連絡、海難救助の任務では1945年の終戦まで現役で使われた。しかし、ドルニエDo-18飛行艇は、前線任務には旧式化が歴然としていたために、1942年には後継のブローム・ウント・フォス BV 138に置き換えられた。


写真(右)1939-1944年頃、ドイツ、地上のゴム車輪付き台座からクレーンで吊り上げられたドイツ空軍のドルニエDo 18飛行艇G型
;機首上面の銃座に手動の7.92ミリMG15旋回機銃1丁、胴体後上面の動力回転式銃座に7.92ミリMG15旋回機銃1丁を装備している。尾部には、ナチ党のスワスチカ(鍵十字)のドイツ国籍マークが記入されている。
SDASM Archives Wagner Collection Image
PictionID:46170040 - Catalog:16_007460 - Title:Dornier Do 18G Nowarra Collection - Filename:16_007460.TIF .
写真はSDASM Archives・PictionID:46170065引用。


写真(右)1945年、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do 18 飛行艇;ドイツからロシアに亡命しようとした飛行艇が陸地に不時着した。アメリカ第9軍第45歩兵師団の撮影。尾翼には、ナチ党のスワスチカ(鍵十字)が描かれていない。
SDASM Archives PictionID:46170052 - Catalog:16_007461 - Title:Dornier Do 18G carrying 3 Germans fleeing Russians, crash landed. Photo by 9th Army, 45 Inf. Div -(Maj. Gen. Louis A. Craig (August 1944 ? May 1945) Filename:16_007461.TIF .
写真はSDASM Archives・PictionID:46170052 引用。


ドルニエDo18飛行艇は、戦前からルフトハンザ航空などの民間航路で活躍し、1939年に第二次世界大戦が勃発してからも、信頼性と航続力の高さを活かして、ドイツ空軍で当初は、哨戒偵察機として、後には、後方における連絡用務輸送、海難救助の任務で活躍した。生産機数は100機と飛行艇としては、それなりに量産されているが、旧式で鈍足の飛行艇が、1945年のドイツ敗戦時まで現役で使われていたのには驚かされる。


The S.S. Schwabenland catapults a 10 ton Dornier Do-18 flying boat. HD Stock Footage :飛行艇母船からカタパルト発射されるドルニエDo-18飛行艇の映像

⇒写真集Album:ドルニエ(Dornier) Do 18飛行艇を詳しく見る。


5.ドルニエ(Dornier)Do-24 飛行艇


写真(右)1933年頃、ドイツ、ドルニエDo 24V-1飛行艇試作1号機
;ドルニエDo 24V-1飛行艇試作1号機は、1937年7月3日、初飛行。エンジンにはユモJumo205ディーゼルエンジンを装備。機首上面と胴体後上面にも銃座はない。胴体には、ドイツの国籍標識の黒の鉄十字、尾部には、ナチ党のスワスチカ(鍵十字)のドイツ国籍マークが記入されているはずである。
Ray Wagner Collection Image PictionID:46170215 - Catalog:16_007474 -
Title:Dornier Do 24V-1 Dornier photo - Filename:16_007474.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation .
写真はSDASM Archives・PictionID:46170215引用。


写真(右)1937-1938年頃,飛行中のドルニエ(Dornier) Do 24V-1 飛行艇試作機1号機 :Do24飛行艇試作機1号機V1は、1937年初飛行なので試作2号機V2の飛行写真は、それ以降のものである。オランダへの輸出向け機体。エンジンは、ドルニエでの開発当初、燃費のいいユンカース社ディーゼルエンジンを搭載していた。しかし、発注者のオランダ軍は、自国で普及しているライト・サイクロン空冷星形エンジンを搭載することを求めたた。そこで、Do 24V-2 飛行艇試作機2号機では、エンジンを変換し、要求に応じた。垂直尾翼にナチ党のマークを引用した赤帯に白丸とハーケンクロイツを描いた国籍マークが描かれている。
SDASM Archives Wagner Collection Image PictionID:46170228 - Catalog:16_007475 - Title:Dornier Do 24V-1 Nowarra Collection - Filename:16_007475
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170228引用。


写真(右)1938-年、オランダ海軍航空隊が採用したドニエDo 24K-1飛行艇胴体前方部分の組み立て;製造権を獲得したオランダは、自国でドルニエDo24K哨戒飛行艇を無製造した。胴体から平面上の突出部分は、主翼ではなく、海上に安定した姿勢で浮かぶための張出し式フロート。他社の飛行艇は、水上安定性を確保するために、主翼の両端に吊り下げ四季のフロート(浮舟)を装備していたが、ドルニエ社は、空気抵抗を少なくし、構造を堅固にするために、胴体から張出すフロートを採用していた。
Collectie Fotoafdrukken Koninklijke Marine
Objectnummer 2158_022582
Beschrijving Maritieme patrouillevliegboot Dornier DO-24K-1 (1938) in aanbouw bij Aviolanda Plaats
Papendrecht Datering van 1938
Datering tot 1938
Specifieke kenmerken Dornier DO-24K-1, Werkplaats, hangar
Vervaardiger Onbekend
Copyright NIMH.
写真はNetherlands Institute for Military History (NIMH) :Objectnummer 2158_022582引用。



写真(右)1937-1938年、オランダ海軍航空隊が採用したドニエDo 24K-1飛行艇の胴体部分の組み立て
;左側の工員たちが、胴体を傾けようと、機体に架けたロープを引っ張っている。製造権を獲得したオランダは、自国でドルニエDo24K哨戒飛行艇を製造した。多数の補強材が使用胴体から突出しているのは、水上安定性を高めるための、張出し式フロートである。
Fotoafdrukken Koninklijke Marine Beschrijving Een Dornier-24k-1 in aanbouw bij Aviolanda Plaats Papendrecht Datering van 1937 Datering tot 1938
Plaats Papendrecht
Datering van 1937
Datering tot 1938
Vervaardiger Onbekend
Copyright NIMH.
写真はNetherlands Institute for Military History (NIMH) : Objectnummer 2158_022473引用。


ドルニエDo24飛行艇は、胴体中央部の両側に張出し式フロートを備え、パラソル式主翼にていた。エンジン3基を装備した。エンジンは、当初、燃費のよいユンカース・ユモJumo205ディーゼルエンジンを搭載したが、オランダから発注を受けた際に、オランダで使用しているアメリカ製ライト(Wright)社のサイクロン(Cyclone)R-1820 空冷星形9気筒エンジン1200馬力を搭載するよう変更された。試作第1号機V1は、1937年7月に初飛行。

写真(右)1937-1938年頃,飛行中のドルニエ(Dornier) Do 24V-2 飛行艇試作機2号機 :Do24飛行艇試作機1号機V1は、1937年初飛行なので試作2号機V2の飛行写真は、それ以降のものである。オランダへの輸出向け機体。エンジンは、ドルニエでの開発当初、燃費のいいユンカース社ディーゼルエンジンを搭載していた。しかし、発注者のオランダ軍は、自国で普及しているライト・サイクロン空冷星形エンジンを搭載することを求めたた。そこで、Do 24V-2 飛行艇試作機2号機では、エンジンを変換し、要求に応じた。垂直尾翼にナチ党のマークを引用した赤帯に白丸とハーケンクロイツを描いた国籍マークが描かれている。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170240 - Catalog:16_007476 - Title:Dornier Do 24V-2 Nowarra Collection - Filename:16_007476.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive, Catalog: 16_007476引用。


ドイツ機の国籍記章は、1933年1月末、ナチ党政権となってから、当初は、黒白赤三色ストライプの国章だったが、1935年の再軍備宣言、ドイツ空軍創立以降、垂直尾翼にナチ党のマークを使った赤帯に白丸とハーケンクロイツを描いた国籍マークが採用された。プロシア貴族、ユンカーの伝統ではなく、新たなナチ党の人種的イデオロギーを具現化したハーケンクロイツは、ヒトラーンは是が非でも軍に取り込みたいと感じていた。その後、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、赤帯と白丸は目立つために敵からの標的にされやすかった。しかし、ハーケンクロイツを外すことは許されず、黒色のハーケンクロイツのみが小さく描かれるようになった。

写真(右)1937-1938年頃,飛行中のドルニエ(Dornier) Do 24V-2 飛行艇試作機2号機 :Do24飛行艇試作機1号機V1は、1937年初飛行なので試作2号機V2の飛行写真は、それ以降のものである。オランダへの輸出向け機体。エンジンは、ドルニエでの開発当初、燃費のいいユンカース社ディーゼルエンジンを搭載していた。しかし、発注者のオランダ軍は、自国で普及しているライト・サイクロン空冷星形エンジンを搭載することを求めたた。そこで、Do 24V-2 飛行艇試作機2号機では、エンジンを変換し、要求に応じた。垂直尾翼にナチ党のマークを引用した赤帯に白丸とハーケンクロイツを描いた国籍マークが描かれている。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170291 - Catalog:16_007480 - Title:Dornier Do 24V-2 Dornier photo - Filename:16_007480.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170291引用。


ドルニエ(Dornier)Do 24飛行艇は、第二次世界大戦前、オランダがドイツのドルニエ社に発注した軍用飛行艇で、オランダ海軍航空隊が、東インド諸島(インドネシア)のオランダ植民地で使用するための偵察飛行艇である。ドルニエ社は開発を受けてドルニエ(Dornier)Do 24飛行艇試作機V1を1937年に初飛行させ、オランダが採用して、ライセンス生産された。

写真(右)1939年9月以降、ドイツ空軍のドニエDo 24V-2 飛行艇;主翼の両端と胴体後部側方に鉄十字、垂直尾翼にカギ十字(スワスチカ)がドイツ国籍マークとして描かれている。機首上面と胴体後上面に銃座があるが、カバーが掛けられているように見える。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170291 - Catalog:16_007480 - Title:Dornier Do 24V-2 Dornier photo - Filename:16_007480.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation.
写真はSDASM Archives: PictionID: 46170291引用。


写真(右)1940年4月,ノルウェー、ナルビクのフィヨルドに停泊するドイツ空軍ドルニエ(Dornier)Do-24 飛行艇
Inventory: Bild 101 II - Propagandakompanien der Wehrmacht - Marine Signature: Bild 101II-MW-5620-07A Archive title: Norwegen, Narvik.- Gelandetes Wasserflugzeug Dornier Do 24 (TJ+HR) von einem Boot aus fotografiert, PK Dating: April 1940 Photographer: Böttger, Gerd Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


第二次世界大戦で、1940年5月にドイツがオランダを占領すると、オランダ軍が使用していた飛行機は、ドイツ軍に鹵獲され、さらにオランダが生産していた軍用機の生産も、ドイツの監督下で、ドイツ軍のために継続され、合計 279機が生産された。ドルニエ(Dornier)Do 24飛行艇は、ドイツ空軍において海上救助、洋上偵察用に投入された。

写真(右)1939-1944年頃、ノルウェー、風で波のあれているフィヨルドを進むドイツ空軍ドルニエDo24V-2輸送飛行艇;エンジンは、原型と同じユモ・ディーゼルエンジン3基を搭載している。機首上面に銃座はないが、胴体後上面には動力銃座が搭載されている。戦時中の撮影なので、垂直尾翼のナチ党のスワスチカ(鍵十字)のドイツ国籍マークだけで、赤帯白丸は廃止されている。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170253 - Catalog:16_007477 - Title:Dornier Do 24V-2 as transport plane 1940 Nowarra Collection - Filename:16_007477.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation.
写真はSDASM Archives・PictionID:46170253引用。


写真(右)1940年4月,ノルウェー、ナルビクのフィヨルドに停泊するドイツ空軍ドルニエ(Dornier)Do-24 飛行艇 (TJ+HR ?)
Inventory: Bild 101 II - Propagandakompanien der Wehrmacht - Marine Signature: Bild 101II-MW-5618-02 Archive title: Norwegen, Narvik.- Beschädigte Hafenanlagen, zerstörte Gebäude auf einem Kai. Davor ein Wasserflugzeug Dornier Do 24 (TJ+HR ?) wassernd; PK Dating: April 1940 Photographer: Böttger, Gerd Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv・File:Bundesarchiv Bild 101II-MW-5618-02, Narvik, beschädigter Hafen, Flugboot Do 24.jpg引用。


写真(右)1940年4月、ノルウェー北部、ナルヴィク、ドイツ軍のドルニエDo 24飛行艇;エンジンは、BMW空冷星形エンジンではなく、ユモJumo205ディーゼルエンジンを3基搭載している。
Inventory: Bild 101 II - Propagandakompanien der Wehrmacht - Marine Signature: Bild 101II-MW-5620-28A .
Archive title: Norwegen, Narvik.- Pilot eines Flugbootes Dornier Do 24 auf einer Tragfläche stehend, PK.
Dating: April 1940.
Photographer: Böttger, Gerd.
Origin: Bundesarchiv .
写真はBundesarchiv・Signature: Bild 101II-MW-5620-28A 引用。


写真(右)1941年頃,ノルウェーの海岸(?)、ドルニエ(Dornier) Do 24 T-1飛行艇
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170316 - Catalog:16_007482 - Title:Dornier Do 24T-1 Dornier photo - Filename:16_007482.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170316引用。


⇒写真集Album:ドルニエ(Dornier) Do 24 飛行艇を詳しく見る。


6.ドルニエ(Dornier)Do 26飛行艇

写真(右)1938-1939年,第二次大戦勃発前のドルニエ(Dornier) Do 26飛行艇試作機V-1 :ドルニエDo-26飛行艇の初飛行は、第二次大戦15カ月前の1938年5月21日で、大戦前のドイツの国籍識別マークは、垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170329 - Catalog:16_007483 - Title:Dornier Do 26V-1 Nowarra Collection - Filename:16_007483.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170329引用。


写真(右)1938-1939年,第二次大戦勃発前のドルニエ(Dornier) Do 26飛行艇試作機V-1 :大戦前のドイツの国籍識別マークは、垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170354 - Catalog:16_007485 - Title:Dornier Do 26 V-2 Nowarra Collection - Filename:16_007485.TIF - Image from the Ray Wagner Collection.
写真はFlickr,a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170354 引用。


1938年5月21日に初飛行したドルニエ(Dornier)Do 26四発飛行艇は、民間機として使われるはずだったが、1939年9月に第二次世界大戦が勃発、ドイツ空軍の哨戒偵察機として使用されるることになった。ただし、Do 26飛行艇の生産数は試作機6機のみ。

写真(右)1938-1939年,第二次大戦勃発前のドルニエ(Dornier) Do 26飛行艇試作機V-1 :大戦前のドイツの国籍識別マークは、垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170354 - Catalog:16_007485 - Title:Dornier Do 26V-2 Nowarra Collection - Filename:16_007485.TIF - Image from the Ray Wagner Collection.
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170354 引用。


ドルニエ(Dornier)Do 26飛行艇の諸元
全長: 24.50m、全幅: 30.0m、全高: 6.90m
翼面積: 120 平方メートル
空虚重量: 10,200 kg、搭載量: 500 kg
全備重量: 20,000kg
発動機: ユンカース ユモ 205C 600馬力 4基
最高速力: 335km/h、巡航速度: 310km/h
航続距離: 9,000km、巡航高度: 4,600 m

⇒写真集Album:ドルニエ(Dornier) Do 26飛行艇を詳しく見る。


7.ハインケル(Heinkel)HE 115 水上偵察機

写真(右)1940年、西部戦線、ドイツ、飛行中のドイツのハインケル(Heinkel)HE 115 水上偵察機;公表した写真で、銃座を秘匿するためか、写真では搭載機関銃が写っていない。ドイツは、イギリス本土航空決戦のために、北フランスから、ベルギー、オランダンの沿岸部に航空兵力を展開した。
Collectie NIOD
Trefwoorden Luftwaffe, Vliegboten, Vliegtuigen
Locatie Naam: Federal Republic of Germany Land: Germany
Bijschrift Heinkel vliegboot, He 115. Type Foto
写真はNetherlands Institute for Military History (NIMH) Beeldbank WO2 : Beeldnummer 128引用。


⇒写真集Album:ハインケル(Heinkel)HE 115双発水上偵察機を詳しく見る。


8.ドルニエ(Dornier)Do-X大型飛行艇

1929年に完成したばかりの ドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)は、Do-Jワール飛行艇、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出し、胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列縦型に配置している。正面から見ると、主翼上面にエンジンナセル6基が見えるが、これは前後2基のエンジンを縦列串型にエンジン12基を配置したため。エンジンは、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力で、流線型ナセルに縦列串型配置、12基の合計出力は6600馬力となる。


写真(右)1929年後半、ドイツ南部、ドルニエ工場で完成直後、ボーデン湖に進水したドルニエDo-X巨人旅客飛行艇
;ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV-222巨人飛行艇よりも12年も古い機体であるが、大重量の飛行艇を離水させるために、ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)肩翼式の主翼上面に、エンジンを縦列串型に12基もタンデム配置した。エンジンは、当初、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに装備。水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出し、胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列串型に配置している。まだ、塗装も終わっていないようだが、この時期は、ナチ党政権獲得(1933年1月)以前なので、カギ十字のドイツ国籍マークはまだ存在しない。
M-269. [Copy negative of print of left side view of the Dornier DO X moored in the water, c.1929.]
photographer Curtiss Aeroplane and Motor Company See more items in Curtiss-Wright Corporation Records
Date Circa 1929 Repository Loc. National Air and Space Museum, Archives Division, MRC 322, Washington, DC, 20560
Type Glass negatives
写真はSmithsonian Institution: Local number:NASM-CW8G-M-0269引用。


ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)は、合計3機が試作されたが、ドイツ・ルフトハンザで就航したのは1機のみ、その他2機はイタリアに売却され、技術習得、試験飛行に使用されて終った。シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力を流線型ナセルに縦列串型配置で12基装備、合計6600馬力。ユンカースG38巨人輸送機も、2機のみの試作で終わっている。1929年に初飛行したドルニエとユンカースの初頭の巨人機は、大型機のために機構が複雑で、整備が困難であり、部品の管理も手間がかかったために、実用性・信頼性が低く、量産されずに終わった。そこで、ルフトハンザ航空は、ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)を「世界に誇るドイツの巨人旅客機」として宣伝材料として使用した。

⇒写真集Album:巨人機ドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇を詳しく見る。


写真(右)1938年9月29日、ドイツ、ミュンヘン会談の際、ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング(Hermann Göring)国家元帥とイタリア外相チアーノを従えたヒトラー、イタリア統領ムッソリーニ
:イギリス首相チェンバレン、フランス首相ダラディエに対して、ソ連もチェコも無視して、チェコのズテーテン地方のドイツへの割譲に同意させた。
München.- Hermann Göring, Benito Mussolini, Adolf Hitler und Graf Galeazzo Ciano ( v.l.) beim Verlassen des Hauptbahnhofs, 2.Reihe, rechts hinter Hitler: Heinrich Himmler Title Münchener Abkommen, Hitler, Mussolini und Gefolge Info non-talk.svg Original caption For documentary purposes the German Federal Archive often retained the original image captions, which may be erroneous, biased, obsolete or politically extreme. Info non-talk.svg 29.09.1938: Hitler + Mussolini treffen in München ein. lks. Göring, rechts Graf Ciano Depicted people Hitler, Adolf: Reichskanzler, Deutschland Mussolini, Benito: Ministerpräsident, Regierungschef, Chef des Faschistischen Großrates, Italien Ciano, Galeazzo Graf: Außenminister, Italien (GND 119178362) Göring, Hermann: Reichsmarschall, Oberbefehlshaber der Luftwaffe, Ministerpräsident von Preußen, Deutschland Depicted place Münchener Abkommen
Depicted place Münchener Abkommen Date 29 September 1938
写真は Wikimedia Commons, Hermann Göring in 1938 File:Bundesarchiv B 145 Bild-F051622-0023, Münchener Abkommen, Hitler, Mussolini und Gefolge.jpg引用。


1938年9月29日から30日にかけて、ドイツ南部、ミュンヘンにおいて、イギリス首相チェンバレン、フランス首相ダラディエ、イタリア統領ムッソリーニ、ドイツ首相アドルフ・ヒトラー総統が会談し、チェコスロバキアの北部で、多数のドイツ系住民が居住していたズデーテン地方のドイツ割譲を決定した。イギリスとフランスは、ドイツがこれ以上の領土割譲要求をしないとの条件で、1938年9月29日にミュンヘン協定に署名し、平和が守られたと宣言した。このミュンヘン会談は、第二次世界大戦前のイギリス・フランスの対ドイツ宥和の頂点にして、最後の機会だった。この時、ゲーリングは、ドイツ空軍がチェコ空襲をいつでも始める覚悟があると威嚇のポーズをとっていたのである。

写真(右)1938年10月1日、ドイツ、ベルリン駅、ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング(Hermann Göring)国家元帥を従えたヒトラーと、国民啓蒙・宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルス、ヒトラーユーゲント指導者バルドゥール・フォン・シーラッハ、財務大臣ルートヴィヒ・シュヴェリン・フォン・クロージク、総統官房長フィリップ・ボーラー
Title Münchener Abkommen, Rückkehr Hitler Info non-talk.svg Original caption For documentary purposes the German Federal Archive often retained the original image captions, which may be erroneous, biased, obsolete or politically extreme. Info non-talk.svg Des Führers Rückkehr von den Münchener Besprechungen Der Führer begrüßt auf dem Bahnsteig des Anhalter Bahnhof seine Mitarbeiter. UBz: v.r.n.l. Reichsminister Graf von Schwerin-Krosigk,Reichminister Kerrl,Reichsminister Rust,Reichsleiter Bouhler,Reichsjugendführer Baldur von Schirach,rechts Generalfeldmarschall Göring und Reichsminister Dr. Goebbels. Fot.: 1.10.38
Baldur von Schirach Bouhler, Philipp Hanns Kerrl Lutz Graf Schwerin von Krosigk Adolf Hitler Joseph Goebbels Hermann Göring Depicted place platform of the Berlin Anhalter railway station Date 1 October 1938
写真は Wikimedia Commons, Hermann Göring in 1938 File: Bundesarchiv Bild 183-H13039, Münchener Abkommen, Rückkehr Hitler.jpg引用。


1922年から1923年に、ミュンヘン大学で学んでいるときに、ナチ党総統ヒトラーに出会い、入党する。第一次大戦のエースとしてナチ党の看板となり、突撃隊司令官として、上流階級とナチ党との仲を取り持つことになった。しかし、1923年11月、ヒトラー主導の武装蜂起「ミュンヘン一揆」(Beer Hall Putsch)は失敗し、銃弾を受けたゲーリングは、外亡したものの、治療のために投与したモルヒネの中毒となった。
1911年5月13日、士官候補生、1914年1月20日、少尉、1916年8月18日、中尉、1920年6月8日、名誉階級大尉、1933年8月30日、名誉階級歩兵大将、1935年5月21日、空軍大将、1936年4月20日、上級大将、1938年2月4日、元帥、1940年7月19日、国家元帥 1923年3月1日、SA最高指導者、1931年12月18日、SA中将、1933年1月1日、SA大将。

ヘルマン・ゲーリングHermann Wilhelm Göring:1893-1946)は,ナチ党,突撃隊として,1923年のミュンヘン一揆に参加,銃撃によって負傷した。1932年7月31日の総選挙でナチ党が第一党になり,ヘルマン・ゲーリングHermann Wilhelm Göring)が国会議長に就任。
1933年1月30日、ヒンデンブルク大統領がヒトラーを首相に任命したことに伴い,ゲーリングはヒトラー内閣の無任所相,プロイセン州内相となった。
1935年3月の再軍備宣言によって新設された空軍の総司令官に就任。

1938年9月29日から30日にかけて、ドイツ南部、ミュンヘンにおいて、イギリス首相チェンバレン、フランス首相ダラディエ、イタリア統領ムッソリーニ、ドイツ首相アドルフ・ヒトラー総統が会談し、チェコスロバキアの北部で、多数のドイツ系住民が居住していたズデーテン地方のドイツ割譲を決定した。イギリスとフランスは、ドイツがこれ以上の領土割譲要求をしないとの条件で、1938年9月29日にミュンヘン協定に署名し、平和が守られたと宣言した。このミュンヘン会談は、第二次世界大戦前のイギリス・フランスの対ドイツ宥和の頂点にして、最後の機会だった。この時、ゲーリングは、ドイツ空軍がチェコ空襲をいつでも始める覚悟があると威嚇のポーズをとっていたのである。

⇒写真集:ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥を見る。

ハワイ真珠湾奇襲攻撃
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊

⇒写真集:ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad
ソ連赤軍T-34戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍1号戦車・2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
ハンセン病Leprosy差別

◆毎日新聞「今週の本棚」に,『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。
2018年9月5日開設の鳥飼研究室「ブローム‐ウント‐フォス(Blohm & Voss)BV-138飛行艇」へのご訪問ありがとうございます。データ引用の際は,出所を明記するか,リンクをしてください。
連絡先: torikai@tokai-u.jp
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目4-1-1 
東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程 鳥飼 行博
TORIKAI Yukihiro, HK,Toka University,4-1-1 Kitakaname,Hiratuka,Kanagawa,Japan259-1292
Fax: 0463-50-2078
東海大への行き方|How to go
Flag Counter


Thank you for visiting our web site. The online information includes research papers, over 7000 photos and posters published by government agencies and other organizations. The users, who transcribed thses materials from TORIKAI LAB, are requested to credit the owning instutution or to cite the URL of this site. This project is being carried out entirely by Torikai Yukihiro, who is web archive maintainer.
Copyright © Torikai Yukihiro, Japan. 2018 All Rights Reserved.