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◆ドルニエ(Dornier)Do-26四発高速飛行艇
写真(上)1938年9月1日、第二次大戦勃発1面前に完成したドイツ、ベルリン郊外ミュッゲル湖ドルニエ(Dornier)Do 26 「ゼ-アドラー」"Seeadler"(海鷲)飛行艇 (民間登録コード: D-AGNT) 飛行艇
:1938年5月21日に初飛行したDo-26飛行艇は、斬新な設計だったが、大戦勃発により民間での需要はなくなり; 生産数は6機のみにとどまった。飛行艇は、元来、海上で使用することを前提としているが、運用にあたっては、海水の上で使用すると金属腐食・塩害の問題があり、淡水湖で使用するほうが、都合が良かった。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Original title: info Flugzeug Do 26 auf dem Müggelsee Archive title: Berlin.- Ganzmetall-Flugboot Dornier Do 26 "Seeadler" (Kennung: D-AGNT) auf dem Müggelsee Dating: 1. September 1938 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録 Signature: Bild 102-18146引用(他所引用不可)。



写真(上)ドイツ、ドルニエ(dornier)Do-26飛行艇
:フリードリッヒスハーフェンのドルニエ飛行機工場で製造され、主翼に目印となる白線を引き、ボーデン湖(Bodensee)上空で、試験飛行中と思われる。ドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)の大西洋横断郵便機として開発され、初飛行は1938年5月21日。しかし、1939年9月に第二次世界大戦が勃発したため、民間需要はなくなり、軍用飛行艇として、海上哨戒偵察、輸送に投入された。しかし、量産には至らず。生産は6機の試作のみで終わった。
Collectie NIOD Trefwoorden Luftwaffe, Vliegboten, Vliegtuigen Locatie Naam: Federal Republic of Germany Land: Germany Bijschrift Dornier vliegboot, DO 26, vliegend. Type Foto
写真はNetherlands Institute for Military History (NIMH) Beeldbank.defensie.nl・Beeldnummer 115 引用。

1.ドルニエ(Dornier)Do-18飛行艇

ドルニエ社は、ベストセラーになったドルニエDo.Jワール飛行艇の後継機として、形状を一回り大型化した輸送飛行艇を、ドイツ・ルフトハンザ航空のために開発した。この機体の構造は、Do.Jワール飛行艇を踏襲し、胴体支柱の上にエンジンとパラソル式の主翼を備えていた。そして、胴体左右に水上安定を確保する図る浮きを張り出させている。エンジン配置は、Do.Jワール飛行艇で採用したのと同じ串型で、主翼中央上面に、縦に置き、3翅の牽引式プロペラと推進式プロペラ(プロペラをエンジン後部に取付ける)を備えている。発動機は、ユンカース ユモJumo205ディーゼルエンジンで、燃費がいいために、航続距離の延長に寄与できた。

写真(右)1930-1931年頃、ドイツ、ドルニエDo 18 飛行艇の機首銃座の7.92ミリMG15旋回機銃、主翼中央上部のユモJumo205ディーゼルエンジンを点検している整備員;7.92ミリMG15機銃は、7.92x57mmモーゼル弾使用、銃身595mm、鞍型ドラム弾倉75発、全長1,334mm、重量12.4kg、発射速度1,000発/分、銃口初速 800m/秒。
Fotoafdrukken Koninklijke Luchtmacht Objectnummer 2157-112-020 Beschrijving Bovenaanzicht linksachter van een Dornier Do.18 vliegboot van de Luftwaffe tijdens de start voor een verkenningsvlucht naar de Engelse oostkust. Plaats Onbekend Datering van 1940-01-11 Trefwoorden Luftwaffe, Duitse strijdkrachten, vliegtuigstarts, vluchten, verkenningen, inzet, Tweede Wereldoorlog, conflicten, Dornier Do 18, vliegboten Specifieke kenmerken K Vervaardiger PK.-Tews (Weltbild) Materiaalsoort Ontwikkelgelatinezilverdruk Kleur/Zwart-wit Zwart-wit.
写真はBeeldbank ・Objectnummer 2157-112-020引用。


 ドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)は、長距離の郵便航路と旅客航路に、ドルニエDo-Jワール”Wal”を投入し実績を上げていた。そこで、1920年代から大活躍していたDo-Jワールの発展型を、1934年に同じドルニエに開発を依頼した。つまり、Do-Jワール飛行艇の後継機としてDo-18飛行艇が設計された。そこで、成功作となったDo-Jワール双発飛行艇を引き継いで、
支柱を使って、胴体の上部に主翼を配置するパラソル翼、
牽引式・推進式のプロペラで飛行する2基のエンジンの串型縦列タンデム配置、
水上安定性を確保しながら、空気抵抗を減らし、燃料タンクの容積を確保する胴体下部のバルジ式スポンソンのフロート、
をそのまま採用した。発動機は、燃費のいいディーゼルエンジンを装備した。これはユンカースの開発したユモJumo205ディーゼルエンジンで、直列6気筒液冷だった。

⇒写真集Album:ドルニエ(Dornier)Do-18飛行艇を詳しく見る。


2.ドルニエ(Dornier)Do-24 飛行艇

写真(右)1937年頃、ドイツ空軍ドルニエ(Dornier)Do-24飛行艇
Collectie Fotoalbums voormalig Instituut voor Maritieme Historie Beschrijving Een Dornier Do 18 vliegboot ligt afgemeerd aan een boei. Plaats Onbekend Precisie start Circa Datering van 1936 Precisie eind Circa Datering tot 1940 Trefwoorden Dornier Do 18, vliegboten Vervaardiger Onbekend Materiaalsoort Ontwikkel-gelatinezilverdruk Kleur/Zwart-wit Zwart-wit
写真はNIMH-beeldbank.defensie.nl・Objectnummer 2157-112-018 引用。


ドルニエ(Dornier)社の開発したDo-24飛行艇の主翼はパラソル式で胴体の肩より上についていて、さらに、その上にエンジン3基が装備されている。高い位置にエンジンが置かれたために、離水・着水の水上滑走時に、プロパラの位置が水面よりもかなり上になり、波浪や飛沫の影響が小さくなる。また、Do-24飛行艇は、前作のDo-J、Do-18飛行艇と同じく、胴体中部には、水上安定性を保つためにバルジ・スポンンソン方式のフロート(浮き)が設けられている。このフロートは、パラソル式の主翼を支える支柱の基盤にもなっており、内部は、燃料タンクとして使われている。

写真(右)1937年、オランダ海軍が製造権を取得して使用したドルニエ(Dornier)DO-24K-1哨戒偵察飛行艇;機首には銃座が備わっているのが確認できる。主翼はパラソル式で、その上に空冷星形エンジンが装備されている。そのため、プロパラの位置が、水面よりもかなり上になり、波浪や飛沫の影響を受けにくくしている。胴体中部には、水上安定性を保つためにバルジ式の浮きが設けられている。この浮きは、パラソル式の主翼を支える支柱の基盤にもなっている。オランダ海軍の発注になる軍用の偵察哨戒飛行艇だが、機首・胴体後方・尾部の銃座に、機銃は見えず、未装備のようだ。
Dornier Do-24 Catalog #: 00078585 Manufacturer: Dornier Designation: Do-24 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はNetherlands Institute for Military History (NIMH) Beeldbank.defensie.nl・Objectnummer 2173-247-030 引用。


⇒写真集Album:ドルニエ(Dornier)Do-24飛行艇を詳しく見る。


3.ドルニエ(Dornier)Do 26飛行艇


写真(上)1938年9月1日、第二次大戦勃発前に完成したドイツ、ベルリン郊外ミュッゲル湖の上空を飛行するドルニエ(Dornier)Do 26 「ゼ-アドラー」"Seeadler"(海鷲)飛行艇 (民間登録コード: D-AGNT) 飛行艇
:1938年5月21日に初飛行したDo-26飛行艇は、大戦勃発前の国籍マーク、すなわち垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ卍十字)を描いている。斬新な設計の飛行艇だったが、大戦勃発により民間での需要はなくなり; 生産数は6機のみにとどまった。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Original title: info Flugzeug Do 26 auf dem Müggelsee Archive title: Berlin.- Ganzmetall-Flugboot Dornier Do 26 "Seeadler" (Kennung: D-AGNT) auf dem Müggelsee Dating: 1. September 1938 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Signature: Bild 102-18143 引用(他所引用不可)。


写真(右)ドイツ,飛行中のドルニエ(Dornier) Do 26 A V1試作1号機「ゼーアドラー」(Seeadler:海鷲)(登録コード: D-AGNT):初飛行は、1938年5月21日。肩翼上面にユンカース ユモ 205C ディーゼルエンジン600馬力2基を縦列串型タンデムで2セット配置し、四発42基を搭載。空気抵抗の少ない細長い流線型だが、輸送用飛行艇としては、容積が少なく、大型貨物も積み込み困難である。
Ett fly i lufta. Dornier Do. 26 D-AGNT Fotografering: 1935 - 1945 Identifier: NL.03050036 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548164 UUID: 9F31302E-D429-49B8-93EA-A6BD45EB08E7
写真はNorsk Luftfartsmuseum・Identifier: NL.03120010 引用。


写真(右)1938-1939年,第二次大戦勃発前のドルニエ(Dornier) Do 26 A V1試作1号機「ゼーアドラー」(Seeadler:海鷲)(登録コード: D-AGNT):ドルニエDo-26飛行艇の初飛行は、第二次大戦15カ月前の1938年5月21日で、大戦前のドイツの国籍識別マークは、垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170329 - Catalog:16_007483 - Title:Dornier Do 26V-1 Nowarra Collection - Filename:16_007483.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170329引用。


1938年5月21日に初飛行したドルニエ(Dornier)Do-26飛行艇は、大戦勃発前の国籍マーク、すなわち垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ卍十字)を描いていた。斬新な設計の飛行艇だったが、大戦勃発により民間での需要はなくなり; 生産数は6機のみにとどまった。飛行艇は、元来、海上で使用することを前提としているが、運用にあたっては、海水の上で使用すると金属腐食・塩害の問題があり、淡水湖で使用するほうが、都合が良かった。1939年9月の大戦勃発後は、垂直尾翼の赤帯白丸は、敵機からも目立ちすぎるために廃止され、単に白縁付きのカギ十字を描いた。

写真(右)1938-1939年,第二次大戦勃発前のドルニエ(Dornier) Do 26 A V1試作1号機「ゼーアドラー」(Seeadler:海鷲)(登録コード: D-AGNT):大戦前のドイツの国籍識別マークは、垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170354 - Catalog:16_007485 - Title:Dornier Do 26 V-2 Nowarra Collection - Filename:16_007485.TIF - Image from the Ray Wagner Collection.
写真はFlickr,a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170354 引用。


写真(右)1939年,第二次大戦勃発前のドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)ドルニエ(Dornier) Do 26 V1試作1号機「ゼーアドラー」(Seeadler:海鷲)(登録コード: D-AGNT):民間輸送機として完成したため、銃座などはない。しかし、ナチ党カギ十字のドイツ国籍マークを垂直尾翼に着けていると、いかにも軍用に転用することを前提に製造されたように思えてくる。
SDASM Archives Dornier Do 26 Charles Daniels Collection Photo from "German Aircraft" Album PictionID:38235915 - Catalog:Array - Title:Array - Filename:15_002314.TIF - --Image from the Charles Daniels Photo Collection.----Album: German Aircraft.
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:38235915引用。


写真(右)1939年,第二次大戦勃発前のドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)ドルニエ(Dornier) Do 26 V3試作3号機(登録コード: D-ASRA):民間輸送機として完成し、ドイツ空軍仕様のB型の原型となった。銃座などはない。ナチ党カギ十字のドイツ国籍マークを垂直尾翼に付けている。胴体前後に銃座を備えれば、容易に軍用に転換可能だった。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170368 - Catalog:16_007486 - Title:Do 26V-3 prototype of projected B series was taken over by Lufftwaffe Npwarra Coll - Filename:16_007486.TIF - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum .
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:38235915引用。


1938年5月21日に初飛行したドルニエ(Dornier)Do 26四発飛行艇は、民間機として使われるはずだったが、1939年9月に第二次世界大戦が勃発、ドイツ空軍の哨戒偵察機として使用されるることになった。ただし、Do 26飛行艇の生産数は試作機6機のみ。

1930年初頭、既にドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)は、大西洋上に飛行艇母船を配置し、そこを中継基地として、アフリカから南アメリカに大西洋を横断する郵便航路を開いていた。使用していたのは、ドルニエDo-Jワール飛行艇、Do-Rズーパーワール四発飛行艇で、飛行艇母船にデリックで引き上げて、そこで、機体の燃料補給・整備、搭乗員の休息を行い、天候に左右されないように、船上の大型カタパルトから射出発進するというシステムである。これをより高速化・安全性を高めようと、1937年にドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)は、ドルニエ社に新飛行艇を発注した。これに答えてドルニエ社が開発したのが、斬新な設計のDo-26四発飛行艇である。

写真(右)1938-1939年,第二次大戦勃発前、大西洋上で飛行艇母船「ヴェストファーレン」(?)にデリックで吊り上げられているドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)ドルニエ(Dornier) Do 26 V1試作1号機「ゼーアドラー」(Seeadler:海鷲)(登録コード: D-AGNT):主翼は上反角がついていて、海面との距離を開けて波しぶきがプロペラに当たりにくいようにしている。主翼上部に、ユンカース ユモ Jumo205C ディーゼル・エンジンを串型縦列タンデム配置で2機を1組に、合計2組配置した四発飛行艇。、主翼の上反角部分と水平部分の接合部に置かれた縦列のエンジンナセルに牽引/推進式に取り付けられていた)
Title:German Plane aboard vessel, in South Atlantic. Lufthansa Description:German Aircraft: Misc. Copyright Owner:Naval History and Heritage Command Original Creator: After this Year: Before this Year: Original Medium:BW Photo
写真は,Naval History and Heritage Command,Catalog #:NH 112967引用。


ドイツ空軍(Luftwaffe)のカタパルト装備飛行艇母艦(Catapult vessels

スペルベル (Sperber:ハイタカ;SP 11):ハンブルクで1938年11月26日進水、排水量 1086トン、全長70.25m, 全幅 14.55m、吃水1.8m、18tクレーン1基、18tカタパルト1基。

ブッシュラント(Bussard ;SP 21):ケーニヒスベルクで1940年進水、1942年5月1日竣工、排水量 2040 トン、全長 98,3m、全幅14.0 m 吃水1.8m、20tクレーン1基、20tカタパルト1基。

ファルケ(Falke :鷹;SP 22):ケーニヒスベルクで1940年7月29日進水、1942年11月22日竣工、総トン数 2040トン、全長 98.3m、全幅14.0 m、吃水2.33m、20tクレーン1基、20tカタパルト1基。

ヴェストファーレン(Westfalen):ゲーシュテミュンデ(ブレーメン北30km)で1905年11月14日進水、1906年12月30日竣工、排水量 1万700トン、全長130.54m、全幅16.08m、吃水 8.52 m、3000馬力、1軸、最高速力12ノット。

シュワーベンラント(Schwabenland):キールで1925年3月14日進水、1925年7月16日竣工, 排水量1万6200トン、全長 147.0m、全幅 18.41 m、吃水 9.95m、3600馬力、燃料:ディーゼル1600トン搭載、2軸、最高速力 11ノット、15tクレーン1基、14tカタパルト1基。

オストマルク(Ostmark):キールで1936年4月15日進水、5月16日竣工、排水量 2500トン、全長79.8m、全幅11.25m、吃水4.72m、15tクレーン1基、14tカタパルト1基。

フリースラント(Friesenland):キールで、1937年3月23日進水、5月13日竣工、排水量 1万1500トン、全長 140.5m、全幅 15.56m 、吃水8.42m、20tクレーン1基、18tカタパルト1基。

写真(右)1938-1939年,第二次大戦勃発前、大西洋上で飛行艇母船飛行艇母船「ヴェストファーレン」(?)の大型カタパルトに搭載されたドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)ドルニエ(Dornier) Do 26 V1試作1号機「ゼーアドラー」(Seeadler:海鷲)(登録コード: D-AGNT):主翼は上反角がついていて、海面との距離を開けて波しぶきがプロペラに当たりにくいようにしている。主翼上部に、ユンカース ユモ Jumo205C ディーゼル・エンジンを串型縦列タンデム配置で2機を1組に、合計2組配置した四発飛行艇。、主翼の上反角部分と水平部分の接合部に置かれた縦列のエンジンナセルに牽引/推進式に取り付けられていた)
Title:German Plane aboard vessel, in South Atlantic. Lufthansa Description:German Aircraft: Misc. Copyright Owner:Naval History and Heritage Command Original Creator: After this Year: Before this Year: Original Medium:BW Photo
写真は,Naval History and Heritage Command,Catalog #:NH 112968引用。


ドイツ空軍(Luftwaffe)は、ドイツ海軍(Kriegsmarine)に代わって自らカタパルト装備飛行艇母艦(Catapult vessels)を保有し、第二次世界大戦中に7隻を使用している。このうち4隻は、既にドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)が使用していた飛行艇母船を徴用したもので、3隻がドイツ空軍の発注になる。BV 138飛行艇小隊も、このカタパルト装備飛行艇母艦に搭載、運用された。

ドルニエ(Dornier)の開発したDo 26 A V1試作1号機「ゼーアドラー」(Seeadler:海鷲)(登録コード: D-AGNT)は、エーリッヒ・グンダーマンErich Gundermann)操縦で、1938年5月21日に初飛行し、Do 26 A V2試作2号機「ゼーファルケ」(Seefalke:海鷹)(登録コード:D-AWDS)はエゴン・ファス(Egon Fath)操縦で1938年11月23日に飛行している。この2機は、大西洋横断航路に投入される予定で、1939年にドイツ・ルフトハンザ航空(DLH)に引き渡され、南アフリカ共和国のバサースト(Bathurst)から大西洋を横断し、ブラジルのナタル(Natal)に至る大西洋郵便輸送に投入された。しかし、このような長距離民間輸送に新鋭機を投入する必要性は、第二次大戦の勃発によって低下してしまった。新たに完成していた試作3号機も含め、Do-26飛行艇は、軍用に転用され、登録コードも各々、P5+AH, P5+BH、P5+CHへと変更された。

写真(右)1940年頃,ノルウェーの海岸(?)、ドルニエ(Dornier)Do 26四発飛行艇試作機4号機(V 4):Do 26四発飛行艇は、試作機6機のみしか生産されなかった。
Inventory: Bild 146 - Sammlung von Repro-Negativen Signature: Bild 146-1985-017-02 Original title: info Flugboot Dornier Do 26 Archive title: Zweiter Weltkrieg.- Flugboot Dornier Do 26 V 4 während des Fluges. Dating: 1940/1945 ca. Photographer: o.Ang. Origin: Bundesarchiv
写真はBundesarchiv,Bild 146-1985-017-02引用。


写真(右)1939-1943年,飛行中の迷彩塗装をほどこしたドイツ空軍ドルニエ(Dornier) Do 26飛行艇試作6号機V-6:主翼後上方には機銃スポンソンを設けているが、機首の15.1ミリMG151動力式銃塔は未装備。飛行艇が地上を低空飛行しているが、迷彩塗装の硬化が窺われる。ドイツの国籍識別マークは、戦前は垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)だったが、戦時中は黒のスワスチカだけになった。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170380 - Catalog:16_007487 - Title: Do 26V-6 front MG 151 turret not yet installed Dornier photo - Filename:16_007487.TIF .
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170380 引用。


ドルニエ(Dornier)Do 26飛行艇の諸元
全長: 24.50m、全幅: 30.0m、全高: 6.90m
翼面積: 120 平方メートル
空虚重量: 10,200 kg、搭載量: 500 kg
全備重量: 20,000kg
発動機: ユンカース ユモ 205C 600馬力 4基
最高速力: 335km/h、巡航速度: 310km/h
航続距離: 9,000km、巡航高度: 4,600 m

写真(右)1939-1942年、ドイツ、ドイツ空軍ドルニエ(Dornier)Do-26飛行艇;主翼両側に取り付けられたフロートは、引込み式で、主翼の内側に折りたたむことができる。これによって、飛行中の空気抵抗を減少させて、速力を向上することができる。パラソル翼で、翼を位置を高くして、水上滑走時の波の影響を受けないように配慮している。エンジンは、翼よりも高い位置に置いて、プロペラにも波が被らないように配慮した設計になっている。
Collectie NIOD Trefwoorden Luftwaffe, Vliegboten, Vliegtuigen
Locatie Naam: Federal Republic of Germany Land: Germany
Bijschrift Dornier vliegboot, DO 26 Type Foto
写真はBeeldbankWo2.nl・Beeldnummer 117引用。


機首に15.1ミリMG151動力式銃塔を搭載し、主翼後上方にも機銃スポンソンを設けている。ドイツの国籍識別マークは、戦前は垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)だったが、戦時中は黒のスワスチカだけになった。 写真(右)1939-1943年,飛行中の迷彩塗装をほどこしたドイツ空軍ドルニエ(Dornier) Do 26飛行艇C型:試作2号機V-2を改修してドルニエ(Dornier)Do 26飛行艇C型とした。機首に15.1ミリMG151動力式銃塔を搭載し、主翼後上方にも機銃スポンソンを設けている。ドイツの国籍識別マークは、戦前は垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)だったが、戦時中は黒のスワスチカだけになった。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170342 - Catalog:16_007484 - Title: Dornier Do 26 V-2 after conversion to C version Nowarra Collection - Filename:16_007484.TIF.
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170354 引用。



1940年5月28日にノルウェー、ナルビク(Narvik)沖で撃沈されたDo-26V-1飛行艇「ゼ-アドラー」が水深20m地点でダイバーにより発見された。


1940年5月28日にノルウェー、ナルビク(Narvik)沖で撃沈されたDo-26飛行艇「ゼ-アドラー」発見


4.ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 偵察飛行艇

写真(右)ドイツの飛行艇母艦の艦首カタパルト上にデリックで吊上げられているブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇:燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載して長距離飛行を可能にした。プロペラは、左右主翼上のエンジンでは3翅だが、胴体中央のエンジンは、クリアランスが狭いために、4翅で直径を小さく抑えている。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932695 - Catalog:16_005023 - Title:Blohm & Voss Bv 138C-1 - Filename:16_005023.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はSDASM Archives・Catalog:16_005023 引用。


ブローム・ウント・フォス社として、BV 138V1試作1号機が初飛行したのは、第二次大戦半年前の1939年2月と遅れたために、民間航空での使用されることはなく、軍用に回された。1941年に改良型のBV 138Cが登場し、実用に耐えると判断され、偵察飛行艇として採用された。Blohm & Voss Bv 138飛行艇は、227機生産され、大西洋、地中海でUボートと連携し船団捜索・攻撃に投入され、一部は、機雷掃海、物資兵員輸送の任務にも就いた。

ドイツ海軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv138飛行艇は、海上の哨戒偵察のために、燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載していた。軽油(ディーゼル油)は燃費がいいだけでなく、ドイツ海軍で普及していたディーゼル機関搭載の艦船と同じ燃料を使うことも都合が良かった。特に、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv138飛行艇は、海上で密かにドイツ海軍潜水艦Uボート(ディーゼル機関搭載)と会合し、同じ軽油の燃料をゴムホースをつないで給油することができ。これによって、陸上の水上機・飛行艇基地に帰還することなく、長距離索敵飛行をすることができるようになった。

写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合、ディーゼル油の補給を受けるブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv 138B-1 飛行艇機首の機関銃座
Ray Wagner Collection Image PictionID:43933088 - Catalog:16_005055 - Title:Blohm & Voss Bv 138B-1 MG-turret removed - Filename:16_005055.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はSDASM Archives Ray Wagner Collection Image・PictionID:43933088 引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 飛行艇の原型は、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)の企画になる中型長距離旅客機として計画された機体である。しかし、ブローム・ウント・フォッス社は、ドルニエ Do 18と同じく燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載することとして、長距離飛行を可能にした。1937年に完成したHa 138飛行艇は、双ビーム構造で太い胴体の為か、空中でも海上でも安定性が悪く、強度不足だった。そこで、その欠点を直すための大規模な改修作業が行われ、ブローム・ウント・フォス社が、BV 138V1試作1号機を初飛行させたのは、第二次大戦半年前の1939年2月にまでずれ込んでしまった。そのため、当初の目的だった民間旅客飛行艇として使用されることはなく、軍用に回された。

1941年に改良型のブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138C型が登場し、実用に耐えると判断され、偵察飛行艇として採用された。BV138飛行艇は、227機生産され、大西洋、地中海でUボートと連携し船団捜索・攻撃に投入され、一部は、機雷掃海、物資兵員輸送の任務にも就いた。

ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138C飛行艇の諸元
全長: 19.85 m、全幅: 27.00 m
全高: 5.90 m
全備重量: 15,480 kg
発動機: ユンカース ユモJumo205Dディーゼルエンジン(880 馬力)3基
最高速力: 290 km/h
航続距離: 4,023 km
兵装:機首動力銃座 20ミリMG151/20 機関銃1丁、胴体後上方動力銃座 20ミリMG151/20 機関銃1丁、中央エンジンナセル後上方銃座:13.1ミリMG131旋回機関銃 1丁
搭載量:150キロ爆雷 4発
乗員: 6名

⇒写真集Album:ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV-138飛行艇を詳しく見る。


5.ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV222「ヴィーキング」"Wiking"六発大型飛行艇

写真(右)1940年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-2 六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作2号機(CC+ER) ;BV 222試作1号機は、ブラモ BMW Bramo 323R ファニール(Fafnir)空冷星形エンジン(1000馬力)6基を装備、民間登録記号D-ANTEをつけて、1940年9月7日に初飛行したが、戦局は、このような六発大型飛行艇を量産することを許さなかった。V2号機 (CC+ER) は1941年8月7日に初飛行し、1942年8月に登録コードX4+ABとして長距離巣用部隊に配備された。兵装は強化され、主翼上面に13.1ミリMG 131 動力機関銃を備えた。生産機数は、事実上試作機として合計13機のみ。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932965 - Catalog:16_005045 - Title:Blohm & Voss Bv 222V-2 Nowarra photo - Filename:16_005045.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog:16_005045引用。


大戦勃発に伴って、ブローム・ウント・フォス BV222大型飛行艇は、軍用への転換が期待され、試作機は1940年9月に初飛行に成功、軍用輸送機として実験的に配備されることとなった。軍隊輸送用に、機体に大型扉を設け、ノルウェー方面への輸送任務に投入されたのである。結果は良好だったが、試作2号機以降は、戦時であることを配慮して、防御兵装として、機関銃を装備するようになった。また、輸送任務だけではなく、長い航続距離を活かして、遠距離哨戒偵察機としても採用され、1943年には、BV222飛行艇に対艦船用レーダーのFuG200ホーエンツベル捜索レーダーを搭載した。

⇒写真集Album:ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV222「ヴィーキング」飛行艇を詳しく見る。


6.ドルニエ(Dornier)Do-X大型飛行艇

写真(右)1930-1931年頃、海上を離水したドイツのドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929);Do-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出し、胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、主翼中央上面にカーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力12基を2機ずつ箱型ナセルに縦列串タンデム式に搭載している。
SDASM Archives Dornier Do-X PictionID:38275467 - Catalog:AL-135B 141 Dornier Do-X D-1929 - Filename:AL-135B 141 Dornier Do-X D-1929.tif - This image is from a photo album donated to the Museum by JL Highfill which includes images taken in the Pacific during the Second World War .
写真はSDASM Archives・PictionID:38275467 引用。


Do-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、ドルニエDo-X 12発巨人型飛行艇は、(登録コード:D-1929)水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出し、胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列縦型に配置している。正面から見ると、主翼上面にエンジンナセル6基が見えるが、これは前後2基のエンジンを縦列串型にエンジン12基を配置したため。エンジンは、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力で、流線型ナセルに縦列串型配置、12基の合計出力は6600馬力となる。プロペラは4翅木製一体構造である。

⇒写真集Album:巨人機ドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇を詳しく見る。


7.クロード・ドルニエ(Claude Dornier)の飛行機開発

写真(右)1927年,ドルニ エ金属加工有限会社社長クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士
Inventory: Bild 183 - Allgemeiner Deutscher Nachrichtendienst - Zentralbild Signature: Bild 183-R02094 Original title: info Zentralbild Prof. Dr.-Ing. h.c. Claude Dornier, Flugzeugkonstrukteur, geb. 14.5.1884 in Kempten/Allgäu; Chef der Dornier-Metallbauten GmbH in Friedrichshafen a.B.; er baute 1922 den Dornier-Wal, 1926 das Dornier-Superwal-Flugzeug und 1929 die "Do X". Aufnahme 1927 12301-27 Archive title: Claude Dornier am Schreibtisch sitzend Dating: 1927 Photographer: o.Ang. Agency: Scherl Origin: Bundesarchiv
写真はBundesarchiv,File:Bundesarchiv Bild 183-R02094, Claudius Dornier.jpg引用。


写真(右)1930年3月,ドルニエ金属加工有限会社社長クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:1929年、世界最大の巨人機ドルニエDo-X飛行艇を完成させ、乗客169名を乗せて飛行性世界記録を樹立した。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-09496 Original title: info Dr. Dornier, der geniale Construkteur und Schöpfer des größten deutschen Flugbootes Do X, wird dasselbe bei seiner Fahrt nach Amerika begleiten Archive title: Porträt Claude Dornier Dating: März 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv
写真はBundesarchiv,File:Bundesarchiv Bild 102-09496, Claude Dornier.jpg引用。


クロード・ドルニエClaude Dornier)は、フランス人の父とドイツ人の母の子として、1884年5月14日にドイツ帝国バイエルン王国で生まれ、ミュンヘン工科大学で機械工学を学んだ。卒業後、1910年に、ツェッペリン飛行船(Luftschiffbau Zeppelin)に入社し、社長のツェッペリン伯爵に引き立てられて、1913年にドイツ国籍を取ることができた。ドルニエを、クロード(Claude)とフランス語風にではなく、クラウディウス (Claudius) とドイツ語風に呼び習わすのは、そのためである。 クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)は、ドイツ南部、ボーデン湖畔リンダウに設立されたツェッペリン・リンダウ製作所で飛行機の開発を行った。

 1914年8月、第一次世界大戦が勃発すると、航空兵力の重要性が高まったため、クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)にも才能を発揮する機会が訪れた。1916年、設計事務所をフリードリヒスハーフェンFriedrichshafen)に設けた。1917年、ドルニエの部署は、ツェッペリン・コンツェルンの中 リンダウ・ツェッペリン工場有限会社(Zeppelin Werk Lindau GmbH)ととして独立し、ドルニエが社長に就任した。こうして、ドルニエは、ツェッペリン‐リンダウ(Zeppelin-Lindau)CL.I複葉機、とドルニエ・ツェッペリン(Dornier-Zeppelin)D.I戦闘機を設計、開発した。これら複葉機は、金属応力外皮の堅牢な機体で、片持翼で支柱のない洗練された主翼を持っていた。

写真(右)1931年,Do K-3輸送機の前に立ったドルニ エ金属加工有限会社社長クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:ドルニエ Do K‐1(Dornier Do K)は、クラウディウス・ドルニエにより開発された、乗客8名の旅客輸送機で、1929年5月7日に初飛行をした。しかし、パワー不足の為、300馬力のワルター空冷星形エンジン4基に強化したDo K-3輸送機が作られたが、性能はあまり改善せず、結局、3機試作されただけで終わった。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-03504A Original title: info Flugzeugkonstrukteur Dornier Archive title: Prof. Dr. Claude Dornier vor Flugzeug Dornier Do K-3 (Kennung D-2183; Erstflug August 1931) Dating: 1931 ca.
写真はBundesarchiv,File:Bundesarchiv Bild 102-03504A, Claudius Dornier.jpg引用。


第一次世界大戦でドイツが破れ、1919年11月に、ベルサイユ条約が結ばれると、ドイツは戦車・潜水艦の保有は禁止され、航空兵力も事実上禁止されるなど、大幅な軍備制限を受けることとなった。しかし、敗戦後のドイツ・ワイマール共和国でも、航空機の重要性は認識されており、クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)らは、ベルサイユ条約による妨害を受けずに飛行機を開発しようと、ベルサイユ条約の制限のない国外に飛行機の設計・開発・製造の拠点を移した。フリードリヒスハーフェンFriedrichshafen)航空会社を維持しつつ、ドイツ南部、ボーデン湖畔のスイス側のロールシャッハに工場を設け、1921年8月には、3座の小型飛行艇「リベレ」“Libelle“を初飛行させた。

 Do A小型飛行艇「リベレ」“Libelle“は、のちのDo-Jワールの小型版といった形だった。即ち、パラソル式高翼、主翼上のエンジン、胴体中央部の張出し式フロートが、備わっている。

Do-A小型飛行艇「リベレ」“Libelle“の諸元
ヴュルテンベルク州ボーデン湖畔、フリードリヒスハーフェンFriedrichshafen)工場で製造
全長: 7.18 m、全幅: 8.5 m、全高: 2.27 m
翼面積: 14 平方メートル
空虚重量: 420 kg、総重量: 640 kg
シーメンス(Siemens-Halske Sh 4)5気筒空冷星形エンジン (60馬力)1基搭載
最高速力:120 km/h、巡行速力: 100 km/h、
航続距離: 300 km、実用上昇限度(Service ceiling): 1,600 m

写真(右)1930−1940年頃,ドルニ エ金属加工有限会社社長クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:、1884年5月14日 - 1969年12月5日)は、ドイツの航空技術者。バイエルンで生まれ。
Dornier, Claude Catalog #: BIOD00316 Last Name: Dornier First Name: Claude Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,Catalog #: BIOD00316引用。


 クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)は、1922年、イタリア、ピサ海岸(Marina di Pisa)に(CMASACostruzioni Mechaniche Aeronautiche S.A.)を設立したが、ここではドルニエの世界的傑作機Do.J ワール飛行艇が開発され、1922年11月に初飛行させている。べルサイユ条約の航空兵力禁止により、ドイツ国内では大型の飛行艇の製造が事実上できなかったため、ドルニエは、1922年、イタリアのマリーナ・ディ・ ピサ海岸(Marina di Pisa)の飛行機修理工場を買い取り、子会社とし、Do‐Jワール“Wal”飛行艇の組み立てを行ったのである。

ドルニエDo-J飛行艇の成功のおかげで、1922年、クラウディウス・ドルニエClaudius Dornier)は、リンダウ・ツェッペリン工場有限会社の共同出資者に昇格し、これをドルニエ金属加工有限会社(Dornier Metallbauten GmbH)と改称して、ボーデン湖畔のドルニエ・ボーデン湖畔、フリードリヒスハーフェンFriedrichshafen)を充実させた。こうして、ドルニエは飛行機製造者として独立したのである。


写真(上)1942年、ドイツ、コンスタンツ湖、アルテンハインのドルニエ(Dornier)工場の飛行艇滑走路、空港ターミナル;シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力を流線型ナセルに縦列串型配置で12基装備、合計6600馬力。プロペラは4翅木製一体構造ガラスの丸窓もきれいに並んでいる。
Title: Altenrhein, Dornier Werke
Caption: Im Vordergrund: Staad/SG mit der Eisenbahnlinie Staad-Rheineck Dating: 1942 Photography : gelatine silver print
Special Size: 12,5 x 17,5 cm Categories: Airport buildings + Airport terminals, Views of locations and cities, Runway, Places, View Collection, Unknown, Lake of Constance, Altenrhein
写真はETH-Bibliothek Zürich・Record Name: Ans_13644引用。


写真(右)1930−1940年頃,飛行技師クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:1884年5月14日生まれ、- 1969年12月5日死去。
SDASM Archives Dornier, Claude Dornier, Claude Catalog #: BIOD00317 Last Name: Dornier First Name: Claude Notes: Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,Catalog #: BIOD00317引用。


永岑三千輝(2016) 「ヴェルサイユ体制下ドイツ航空機産業と秘密再軍備(4)」 「『横浜市立大学論叢』Vol.67、No.1・2 には、次のようにある。

ナチスの政権掌握(1933年1月)とともに始まった大々的な秘密再軍備 (公然化は1935年)の中で、航空機産業の軍用機生産はとりわけ急速に拡 大した。その前提となったのは、ワイマール期、ヴェルサイユ条約履行体 制下の民需用飛行機の開発であった。既述のハインケルとユンカースがナ チス期再軍備の中核に位置付けられたことは言うまでもないが、ドルニエ 社も、1934−35年のミルヒの航空機秘密再軍備の計画の中で、計画の筆 頭にあげられ、重要な位置を占めていた1。いやむしろ、爆撃機においては、生産者の筆頭にあげられ、ユンカースが副次的役割(補助的爆撃機の 生産)に置かれている。そのことは、下記の表4−1が示すとおりであり、 ドルニエ社の陸上爆撃機320機は、ユンカースの陸上爆撃機450機に次ぐ 大量の製造計画となっている。水上機タイプでも21機、実験的新型爆撃機 シリーズを含むその他各種の機種のなかにも、ハインケル111機、ユンカー ス86機と並んで、ドルニエ17機が含まれている。

このミルヒ計画が拡大された1934年1月1日の緊急計画(ラインラント 計画)においても、爆撃機としてのドルニエ機(Do11,Do13/Do23)の生 産計画は総数400機で、ユンカース450機とほぼ並び、ハインケルの各機 種の合計693機についできわめて大きな役割を与えられていることは明確である。 それでは、このドルニエ社は、ヴェルサイユ体制下においては、どのよ うに開発・活動実績を上げ評価されていたのであろうか。

結論的に言えば、 民間航空機開発で世界的に注目を集める開発を次々に成功させ、その実績 が世界的にも認められていたということである。ドルニエは、飛行機にお ける軍需から民需への転回においてユンカースとともに当時の世界の最先 端を走ったということである。その当時の名声のもと、外国の顧客の要望 に応じて軍用機需要にも対応し、自社の軍用機生産の技術・ノウハウも蓄 積し人員を養成して行った。

写真(右)1950−1960年頃,飛行技師クロード・ドルニエ(Claude Dornier)博士:1884年5月14日生まれ、- 1969年12月5日死去。
Dornier, Claude Catalog #: BIOD00315 Last Name: Dornier First Name: Claude Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,Catalog #: BIOD00315引用。


  1933年1月末のナチ政権誕生直後からの航空戦力における秘密再軍備の 規模と迅速さの意味合いを確認するために、まず、1920年から32年の民 間機と軍用機の生産の統計を確認しておこう。
表4−3から明らかなように、1920−32年の間の軍用機生産が合計でわ ずかに343機であり、飛行機生産の一割程度であることがわかる。民間機 から軍用機への改造はこの程度の機数があれば経験を蓄積でき、最低限必 要な設計変更を行ったということであろう。ともあれ、この統計でヴェル サイユ体制下・空軍力禁止下の軍用機生産規模を確認することが出来る。 ヴェルサイユ体制下13年間の総生産機数は3284機である。ミルヒ計画 はわずか2年間に4千機を超える大々的な計画となっている。いかにナチ 政権とともに軍用機生産の飛躍的拡大が目指されたかがわかるであろう。 そして、それが可能であったのは、非常にポピュラーなユンカース52、あ るいはドルニエ機、例えば周知のドルニエ「クジラ」が特別の困難もなく長距離偵察機に転換できたからであった6。当時の飛行機の発達段階からして、民間旅客機と軍用機との相互転用関係、用途・機能の転回は非常に 容易なレベルにあったといえよう。

もう一つ確認できることは、この秘密再軍備計画において主要な実戦用 ないし作戦用軍用機は、ドルニエ、ハインケル、ユンカースの三社が担っ ていたということであり、他の機種ではアラドが一部戦闘機に食い込んで いるだけであった。その他のワイマール期の多数の航空機生産企業は、パ イロット訓練用の練習機中心であり、語の厳密な意味からは軍用機とは必 ずしも言えない類の機種の生産を託されただけである。

したがって、ハイ ンケル、ユンカース、そしてドルニエに焦点を当てることは、ヴェルサイ ユ体制下ドイツ航空機産業の発達、生産と市場の軍需用から民需用への転 回、さらには民需用から軍需用への再転回、秘密再軍備の実態を考える上 では妥当な選択ではないだろうか。 ナチ政権初期の秘密再軍備政策以降、軍用機は、ワイマール期航空機生 産企業のうち旅客機等の民間機で最先端の実績を上げ、それを国内外で提 供し、世界的な評価を確立した優良企業に託された、ということであろう。

永岑三千輝(2016) 「ヴェルサイユ体制下ドイツ航空機産業と秘密再軍備(4)」 「『横浜市立大学論叢』Vol.67、No.1・2 引用終わり。


Die Anfänge von Claude Dornier :クロード・ドルニエの映像


Claude Dornier :クロード・ドルニエ伝記映像

2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。


◆毎日新聞「今週の本棚」に『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。


ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスの再軍備・人種差別:Nazism & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen
ヒトラー:Hitler
ヒトラー総統の最後:The Last Days of Hitler
自衛隊幕僚長田母神空将にまつわる戦争論
ハワイ真珠湾奇襲攻撃
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊

サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250/251:ハーフトラック
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad
ソ連赤軍T-34戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍1号戦車・2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
ハンセン病Leprosy差別

2018年9月9日開設の鳥飼研究室「ドルニエ(Dornier)Do-18/Do-24/Do-26飛行艇 」へのご訪問ありがとうございます。データ引用の際は,出所を明記するか,リンクをしてください。
連絡先: torikai@tokai-u.jp
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目4-1-1 
東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程 鳥飼 行博
TORIKAI Yukihiro, HK,Toka University,4-1-1 Kitakaname,Hiratuka,Kanagawa,Japan259-1292
Fax: 0463-50-2078
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