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◆V号ヤークトパンター(Jagdpanther)駆逐戦車(Panzerjäger "Panther") 写真(上)20年、ドイツ連邦、ニーダーザクセン州、ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車(Jagdpanther (Sd.Kfz. 173);パンター戦車の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこにティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備した駆逐戦車。
Beschreibung: Jagdpanzer V Jagdpanther (Sd.Kfz. 173), ausgestellt im Panzermuseum Munster Source Own work Author Darkone (talk · contribs)
写真はWikimedia Commons, Category:Jagdpanther at the Panzermuseum Munster File:Jagdpanzer V Jagdpanther 1.jpg引用


写真(上)2017年、イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173); 全長 9.87 m、全長 6.87 m 、全幅 3.27 m、全高 2.715 m 、重量 45.5 t、最高速力 55km/h(整地)、25 km/h(不整地)、航続距離250km(整地)・150?(未整地)、兵装71口径8.8センチ戦車砲(Pak 43)、携行砲弾数60発 、7.92ミリMG34機関銃1丁、装甲:前面80 mm、側面52mm、後面40?、上面13?、Maybach HL230P30水冷4ストロークV型12気筒ガソリンエンジン700馬力 (520 kW)、乗員5 名。
English: Bovington Tank Museum: Jagdpanther Date 14 March 2017 Source Own work Author Morio
写真はWikimedia Commons, Category:Jagdpanther at the Panzermuseum Munster File:Jagdpanther rear-right 2017 Bovington.jpg引用。

1.大戦後半のIII号突撃砲からIV号駆逐戦車

ヒトラーは1935年のベルサイユ条約の軍備制限を破棄して再軍備宣言をし,軍備拡張の準備を公然と開始した。

ドイツ陸軍III号戦車Panzer III)は,1935年に開発が開始され、それまでのドイツ戦車とは異なって,搭乗員に,戦車長(専属)を追加して,5人とした。つまり,戦車長,操縦手,砲手,無線手(前方機銃手),装填手という機能別の乗員割りである。こうして,戦車長が指揮に専念できるようになり,機動力とならんで,戦車の集団用法が可能になった。

写真(右):ロシア連邦、サラトフ州、サラトフ戦勝博物館(Saratov Military Glory Museum)に保管展示されているドイツ軍のIII号突撃砲G後期型Sturmgeschütz III :48口径7.5センチ戦車砲を装備。III号突撃砲は戦争前から終戦まで1万輌とドイツ戦車(突撃砲・駆逐戦車を含む)の中では最多生産を誇る。
Description English: German StuG 40 Ausf. G in Museum of military glory, Saratov, Russia Date 22 October 2006 Source Own work Author Alex Rave
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) ・Category: Sturmgeschütz III Ausführung G in the Saratov Military Glory MuseumFile: StuG 40 Aust.G in Russia.JPG引用。


 1940年当時、新型のIII号戦車(重量22トン,46.5口径3.7センチ砲 KwK 36装備)とIV号戦車(重量22トン,24口径7.5センチ砲KwK 37 L/24装備)は少なかった。III号戦車は,それまでの2センチ砲より強力な3.7センチ砲で,射程1000メートルで30mmの装甲を貫徹できた。これは,当時の戦車を撃破できる威力があった。しかし,開発から5年後の1940年5月のフランス侵攻では,47口径の3.7センチ砲では英陸軍マチルダ戦車,フランス陸軍ソミュアS-35戦車の装甲には不十分だった。

ドイツ軍のIII号戦車J型は設計に変更を加えて、搭載予定がなかった長砲身60口径5センチ対戦車砲(5 cm PaK 38)を搭載した型である。実際、ドイツ軍は、ソ連の戦車の防御力が強く、予定していたラインメタル社の42口径5センチ対戦車砲(5 cm Panzerabwehrkanone 38)を改造した42口径5センチ戦車砲(5 cm Kampfwagenkanone 38 L/42) では威力不足であると感じていた。しかし、実は独ソ戦勃発の前年、1940年後半には、ヒトラーは、当時III号戦車(Pz Kpfw III)に搭載する42口径5センチ砲(5 cm Panzerabwehrkanone 38)では威力不足であると直観し、より強力なライメタル社の60口径5センチ対戦車砲(5 cm Panzerabwehrkanone 39)を搭載することを要求していた。

ヒトラーは,戦争当初から対戦車戦闘で有利な長射程の長砲身5センチ砲を装備するように命じていた。

しかし,保守的なドイツ参謀本部は,対戦車戦闘には3.7センチ砲で十分だと考えていた。実際,1941年まで,対戦車砲も3.7センチ砲だった。チェコのスコダ社やフランス軍は既に47ミリ対戦車砲を開発していたから,ドイツ軍の対戦車兵器は弱体だった。

対戦車砲は、砲尾が水平に開閉する構造で狭い砲塔の中での薬莢が飛び出して使用は不可能だった。戦車砲は、砲尾が垂直に開閉するように改造する必要があった。また、当時、ドイツ陸軍は最新の42口径5センチ戦車砲(5 cm KwK 38)の威力は十分あると判断していたために、長砲身60口径5センチ対戦車砲(5 cm PaK 38)をIII号戦車に搭載することに消極的だった。

独ソ戦を準備していたヒトラーは、1941年春になっても、III号戦車(Pz Kpfw III)には60口径5センチ対戦車砲が搭載されていないことを知り、42口径ではなく60口径砲への換装を厳命した。こうして、急遽、対戦車砲の戦車砲への改造が始まり、独ソ戦勃発後、半年近くも経った1942年末、60口径5センチ戦車砲(5cm Kampfwagenkanone 39 L/60)を搭載したIII号戦車J型が登場した。

写真写真(右)1944年,バルカン、ハンガリー、ドイツ軍の駆逐戦車Jagdpanzer 38(t) ヘッツァー"Hetzer" Panzerjäger 38(t):機械化されたのは一部の部隊であり、戦争後期のドイツ軍にも馬匹による輸送は重要な役割を担っていた。馬は弾薬箱を運搬しているようだ。既に生産されていた?号突撃砲の重量25トン以上だったが、新たな駆逐戦車は38(t)戦車を基にしているためにその半分の重量だった。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-715-0212A-06A Archive title: Balkan, Ungarn.- Jagdpanzer 38(t) "Hetzer" (Panzerjäger 38(t), Sd.Kfz.138/2) in einer Ortschaft neben beladenen Pferden / Mulis; KBZ HGr Sü dukraine Dating: 1944 Photographer: Kreutzer, Wilhelm撮影。 Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-715-0212A-06A"引用(他引用不許可)。


IV号戦車E型(PzKpfw IV Ausf.E)諸元
全備重量21トン,全長5.9メートル,全幅2.8メートル,車高2.7メートル
時速42キロ(整地),航続距離200キロ,乗員5人
兵装:7.5センチ24口径砲(KwK 37 L/24),7.92ミリMG34機銃2丁

対戦車戦闘能力を強化するためにPanzer IV (Sd. Kfz. 161)の7.5センチ砲は、短砲身24口径7.5cmセンチ戦車砲7.5cm KwK 37 L/24)から43口径、長砲身48口7.5cmセンチ戦車砲(7.5cm KwK 40 L/48)と長砲身となった。ソ連軍との戦いで経験を積んだドイツ軍はソ連軍の利点を取り入れた。白色の冬季迷彩服もそうだが、T-34戦車を真似た中戦車、長口径3インチ相当の大型戦車砲・対戦車砲の採用など、ソ連軍を参考にしている。

IV号戦車Panzer IV (Sd. Kfz. 161)がはじめに装備した火砲は,短砲身24口径7.5cm砲7.5cm KwK 37 L/24)だったが,これでは,火力支援はできても,対戦車戦闘能力は低かった。24口径7.5cm砲の貫通力は,500メートルで39ミリ,1000メートルで30ミリと,敵戦車の正面装甲貫通は困難だったためである。

1941年初頭,ヒトラーはドイツ陸軍III号戦車Pz.Kpfw. IIIに強力な60口径5cm砲(5 cm PaK 38)の搭載を命じていたが,保守的な陸軍将官は,機動性を重視して,重量の増える長砲身を搭載しなかった。

しかし,独ソ戦で直面したソ連赤軍のT-34は,37口径75ミリ砲を装備して,避弾に優れた装甲であり,ドイツ軍の対戦車砲では貫通できなかった。このため長砲身7.5センチ砲装備のF型が急遽開発された。 

IV号戦車 Sd. Kfz. 161 (Panzer IV) を読む。

駆逐戦車ヘッツァー諸元:
全長:6.27 m、車体長:4.87 m、全幅:2.63 m、全高:2.17 m
重量:15.75 t
速度:路上42 km/h、路外15 km/h、航続距離:177 km
主砲:48口径7.5cm PaK39 L/48(41発)、車載機銃:7.92mm MG34機銃1丁
装甲:車体前面60mm、側・後面20mm、底面10mm
動力:マイバッハ Hl 203 P 30直列6気筒液冷ガソリンエンジン 160 馬力
乗員:4 名

ヘッツアー駆逐戦車にとって、対戦車戦に有利な点は、
?隠密性(発見されにくい)を発揮できる、
?射撃の標的になりにくい、
?正面面積を狭くして重装甲を施しやすい、
という3点である。車高が低い方が有利であるといえる。

写真(右):1944年1-2月,ソ連東部戦線、IV号対戦車自走砲 Panzerjäger ナースホルンNashorn/ホルニッセHornisse:重量24 t の車体に長砲身71口径の8.8センチ対戦車砲を搭載した。この対戦車砲は、ティーガー?の8.8センチ砲よりも長砲身で強力である。ただしティーガー?は、重装甲だったが、ナースホルンは突撃砲ではなく自走砲であり、装甲は貧弱である。
戦闘室の上部をカバーで覆うことができるように湾曲した覆い支柱が戦闘室の前方に装備している。寒気を遮断して少しでも乗員のいる空間を暖かくするためである。車外の乗員は厚いコートを着込んでいる。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-278-0888-15 Archive title: Sowjetunion.- Kolonne von Panzerjäger Nashorn/Hornisse in Fahrt auf Straße; PK 697 Dating: 1944 Januar - Februar Photographer: Wehmeyer Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-279-0950-13"引用(他引用不許可)


IV号対戦車自走砲 Panzerjäger ナースホルンNashorn/ホルニッセHornisse諸元:

全長8.44 m、車体長7.26 m、全幅2.95 m、全高2.65 m

航続距離235 km(整地)
主砲:71口径8.8cm PaK 43/1(40発) 、7.92mm MG-34機銃 1丁
装甲:戦闘室全周・車体前面上部10 mm、車体前面下部30 mm
エンジン:マイバッハ HL 120 TRMガソリンエンジン 300 馬力
重量24 t、乗員4名

71口径8.8cm PaK 43は、1940年にドイツ国防軍が8.8 cm FlaK 18/36/37に代わる高射砲開発を進めたことが契機になり、1943年に戦車砲型が8.8 cm KwK 43と、対戦車砲型が71口径8.8cm PaK 43として採用された。これらは71口径の長砲身で、狭い戦闘室内での争点を考慮して、垂直鎖栓式閉鎖機、ボタン式の電気撃発装置を備えていた。砲尾の閉鎖機を開くと薬莢が排出されるが、砲弾の装填は手動であり、現在の戦車のような自動装填式の戦車砲はなかった。

ナースホルンと同じ71口径8.8cm PaK 43エレファント駆逐戦車、ヤークトパンター、ティーガーI、ヤークトテーゲル駆逐戦車にも装備されている。

対ソ戦の緒戦でドイツ陸軍は、ソ連赤軍のT-34、KV-1など重防御、76.2ミリ長砲身戦車砲を装備する戦車に苦戦した。そこで、対戦車戦能力を向上させるために、急遽、防御力は犠牲にしても、強力な戦車砲を装備して、ソ連赤軍戦車を撃破できる車両が望まれた。

ヒトラーも、ドイツ陸軍III号戦車Panzerkampfwagen III)をはるかに上回る攻撃力と防御力を持った対戦車戦闘車両を望んでおり、新型の71口径8.8センチ対戦車砲を搭載し対戦車戦を戦う車両としてホルニッセ(スズメバチ)、後にナースホルン(サイ)と呼ばれる対戦車自走砲が開発された。しかし、この車両が実戦に投入された時期は、1943年の夏からであり、遅かった。

写真(右):ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館(Kubinka Tank Museum)に保管展示されているドイツ軍のIV号対戦車自走砲 Panzerjäger ナースホルン "Nashorn" Sd.Kfz.164:強力な71口径8.8cm戦車砲を装備たIV号対戦車自走砲ナースホルンPanzerjäger "Nashorn":Sd.Kfz.164)は、攻撃力は高い反面、装甲は、戦闘室周囲10 mm、車体前面下部30 mmしかなく弱い。戦闘室から71口径8.8センチ対戦車砲が伸びている。車体前部には操縦席があるので、出入りに使用できるハッチで視界を確保している。
解説 Русский: Немецкая САУ Nashorn в Кубинке 日付 2009年3月 原典 фотоаппарат 作者 Галин Владимир Петрович
写真はWikimedia Commons・Category: Nashorn in Kubinka Tank Museum・"File: Nashorn in Kubinka.jpg引用。


IV号自走対戦車砲 Panzerjäger ナースホルンNashorn/ホルニッセHornisse諸元:

全長8.44 m、車体長7.26 m、全幅2.95 m、全高2.65 m
重量24 t
航続距離235 km(整地)
主砲:71口径8.8cm PaK 43/1(40発) 、7.92mm MG-34機銃 1丁
装甲:戦闘室全周・車体前面上部10 mm、車体前面下部30 mm
エンジン:マイバッハ HL 120 TRMガソリンエンジン 300 馬力
乗員4名

写真(右):北フランス、ヴィエルヴィル=シュル=メール、Dデイ博物館が保管・展示しているドイツ軍の71口径の8.8センチ対戦車砲(8.8 cm PaK 43 ):ヴィエルヴィル=シュル=メールは、ノルマンディー、バイユー北西20キロの集落。この Route de Grandcamp, 14710 Vierville-sur-Merに1944年6月のノルマンディー侵攻(オマハ・ビーチ)を記念したDデイ・オマハビーチ博物館Museum D-Day Omaha(電話: +33 2 31 21 71 80)。
Description Vierville-sur-Mer; D-day museum; Frankreich Date and time of data generation 15:44, 10 August 2008 Source Own work Author Kamel15 Permission (Reusing this file) GNU General Public License 撮影。
写真はWikimedia Commons,Category: PaK 43 at the Royal Military CollegeFile: Vierville-sur-Mer d-day museum 2008 PD 10.JPG引用。


独ソ戦開始の時期には,短砲身24口径7.5cm砲7.5cm KwK 37 L/24)を搭載した初期の突撃砲,自走砲(砲戦車)が多数投入された。これは,回転式砲塔をもたず,砲塔よりも余裕のある固定式の大型戦闘室に,大型の火砲を装備した戦闘車両である。突撃砲は,密閉された装甲戦闘室を備え,前線から突撃するときに使用された。自走砲は,開放式の戦闘室で,榴弾砲など装備し遠距離射撃を第一とするが,対戦車戦闘にも投入された。

写真(右):北フランス、ヴィエルヴィル=シュル=メール、Dデイ博物館が保管・展示しているドイツ軍の71口径の8.8センチ対戦車砲(8.8 cm PaK 43 ):ヴィエルヴィル=シュル=メールは、ノルマンディー、バイユー北西20キロの集落。この Route de Grandcamp, 14710 Vierville-sur-Merに1944年6月のノルマンディー侵攻(オマハ・ビーチ)を記念したDデイ・オマハビーチ博物館 Museum D-Day Omaha(電話: +33 2 31 21 71 80)。
Description Vierville-sur-Mer; D-day museum; Frankreich Date and time of data generation 15:43, 10 August 2008 Source Own work Author Kamel15 Permission (Reusing this file) GNU General Public License 撮影。
写真はWikimedia Commons,Category: PaK 43 at the Royal Military CollegeFile: Vierville-sur-Mer d-day museum 2008 PD 10.JPG引用。


71口径8.8cm PaK 43は、1940年にドイツ国防軍が8.8 cm FlaK 18/36/37に代わる高射砲開発を進めたことが契機になり、1943年に戦車砲型が8.8 cm KwK 43と、対戦車砲型が71口径8.8cm PaK 43としてIV号対戦車自走砲ナースホルンPanzerjäger "Nashorn":Sd.Kfz.164)の搭載砲に採用された。これらは71口径の長砲身で、狭い戦闘室内での争点を考慮して、垂直鎖栓式の閉鎖機、ボタン式の電気撃発装置を備えていた。砲尾の閉鎖機を開くと薬莢が排出されるが、砲弾の装填は手動であり、現在の戦車のような自動装填式の戦車砲はなかった。

写真(右):カナダ、オンタリオ州、キングストン、王立国防大学(Royal Military College)が保管・展示しているドイツ軍の71口径の8.8センチ対戦車砲(8.8 cm PaK 43 ):IV号対戦車自走砲ナースホルン(犀)のほか、エレファント駆逐戦車、ヤークトパンター駆逐戦車、ティガーII 重戦車に搭載された。
Description English: Pak 43 German 88 mm anti-tank gun displayed at the Royal Military College in Kingston, Ontario. Date 28 July 2015, 17:33:19 Source Own work Author JustSomePics 撮影。
写真はWikimedia Commons,Category: PaK 43 at the Royal Military CollegeFile:PaK 43 RMC 1.jpg引用。


71口径8.8センチ対戦車砲8.8cm PaK 43)の諸元
口径 88 mm
全長 9.2 mm、砲身長 6.35 m L/71
全幅 2.225 m、全高 1.7 m
重量 3,650 kg 、操作人員数 5名
砲弾 88mm x 822 R 、砲弾重量 10.2 kg
仰俯角 -8度から40度、旋回角 360度
発射速度 6-10発/分、砲口初速 1000 m/s
最大射程 15,150 m、有効射程 1,000-2000m

写真(右):カナダ、オンタリオ州、キングストン、王立国防大学(Royal Military College)が保管・展示しているドイツ軍の71口径の8.8センチ対戦車砲(8.8 cm PaK 43 ):IV号対戦車自走砲ナースホルン(犀)のほか、エレファント駆逐戦車、ヤークトパンター駆逐戦車、ティガーII 重戦車に搭載された。
Description English: Pak 43 German 88 mm anti-tank gun displayed at the Royal Military College in Kingston, Ontario. 28 July 2015, 17:35:37 Source Own work Author JustSomePics 撮影。
写真はWikimedia Commons,Category: PaK 43 at the Royal Military CollegeFile:PaK 43 RMC 4.jpg引用。


ドイツ軍の戦車は,短砲身24口径7.5cm砲7.5cm KwK 37 L/24)のような貫通力の低い火砲を搭載し、大口径,長砲身の対戦車砲を搭載していなかった。そこで,1942年春には,対戦車用に43口径7.5センチ砲StuK 40 L/43を装備した突撃砲が開発された。この突撃砲の主砲は,1942年秋には,48口径7.5センチ砲StuK 40 L/48へと強化され,事実上「駆逐戦車」となった。

写真(右):カナダ、オンタリオ州、キングストン、王立国防大学(Royal Military College)が保管・展示しているドイツ軍の71口径の8.8センチ対戦車砲(8.8 cm PaK 43 ):IV号対戦車自走砲ナースホルン(犀)のほか、エレファント駆逐戦車、ヤークトパンター駆逐戦車、ティガーII 重戦車に搭載された。
Description English: Pak 43 German 88 mm anti-tank gun displayed at the Royal Military College in Kingston, Ontario. 28 July 2015, 17:35:37 Source Own work Author JustSomePics 撮影。
写真はWikimedia Commons,Category: PaK 43 at the Royal Military CollegeFile:PaK 43 RMC 1.jpg引用。


ドイツ陸軍IV号対戦車自走砲ナースホルンPanzerjäger "Nashorn":Sd.Kfz.164)と同じ71口径8.8cm PaK 43はエレファント駆逐戦車、ヤークトパンター、ティーガー?、ヤークトテーゲル駆逐戦車にも装備されている。

IV号対戦車自走砲 ナースホルン "Nashorn" (Hornisse)Sd.Kfz.164 を読む。

写真(右)1944年頃,ドイツ陸軍IV号駆逐戦車Jagdpanzer IV Sd.Kfz.162 :48口径7.5センチ戦車砲を装備。低い車高で隠密性が高く、標的になりやすい前面露出面積も狭い。
Catalogue number STT 7134 Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION Subject periodSecond World War Alternative Namesobject category: Black and white Object description: Jagdpanzer IV, Label: German Jagdpanzer IV tank destroyer.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・STT 7134引用


ドイツ陸軍III号戦車Panzerkampfwagen III)には大きな砲塔を搭載できなかったため、砲塔を撤去して防御された大型戦闘室を設け,そこに7.5センチ砲を装備したのがIII号突撃砲Sturmgeschütz III)である。このIII号突撃砲は、終戦までドイツ軍の主力突撃砲となり、火力支援だけでなく、対戦車戦闘にも活躍した応急の陸戦兵器だったが、実用性も量産性も高かったために、III号突撃砲Sturmgeschütz III:StuG III)は終戦までに1万両が生産され、第二次世界大戦中のドイツ軍の装甲戦闘車輛のうちで最多の生産台数を誇っている。

  歩兵に火力支援する突撃砲は,III号戦車Pz.Kpfw. III )の車台上に,短砲身24口径7.5センチStuK37L/24大口径榴弾砲を搭載。火力は戦車よりも大きかった。1940年のフランス侵攻作戦にも,III号突撃砲は参加している。

その後,1942年以降,ソ連軍T-34に対抗するために,砲身に反動を緩和・減退するマズルブレーキmuzzle brake)を装着した長砲身 43口径7.5センチStuK40L/43を搭載,装甲を厚くした対戦車戦可能な突撃砲となった。1940年から敗戦まで1万両生産。

1936年開発、第二次大戦が勃発した1939年から生産されたIV号戦車Panzer IV)は,大直径のターレットリング,バスケット式の大型砲塔が特徴で,ここに24口径7.5センチ戦車砲(7.5cm KwK 37 L/24)搭載した。しかし、設計に余裕があったために、当初の計画にはなかった長砲身48口径7.5センチ戦車砲とそれに見合った大型砲弾を搭載することができた。また,操縦手,砲手のほかに戦闘指揮に専念できる戦車長の合計4名の乗員のために,車内通話装置が完備していた。また,昇降ハッチは,乗員分が装備されており,乗り降りはもちろん,緊急時の脱出にも配慮されていた。

IV号戦車(Panzer IV)A〜F型では24口径7.5 cm KwK 37 L/24 (携行砲弾数80〜122発)だったが、F〜G型では43口径75mm KwK 40(87発)を、末期H〜J型では48口径75mm KwK 40(87発)を搭載して、攻撃力を向上させてきた。

写真(右)1944年頃,ドイツ陸軍IV号駆逐戦車Jagdpanzer IV (Sd.Kfz.162)70口径7.5センチ砲搭載車両:IV号駆逐戦車の備砲を48口径7.5センチ砲から、V号戦車パンター(Panzer V "Panther")が搭載したのと同じ70口径という長大な7.5センチ戦車砲(7,5-cm-KwK42 L70)を搭載した対戦車装甲戦闘車両。長砲身化した発達型だが、砲身が長くなったために重心バランスが崩れ、前方が重く負荷がかかる傾向が強まった。
Catalogue number STT 8026 Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION Subject period Second World War Alternative Namesobject category: Black and white Object description: Jagdpanzer IV, Label: German Panzer IV/70 (V) tank destroyer. Also known as the Jagdpanzer IV.. 写真は,イギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・STT 8026引用


ドイツ陸軍IV号駆逐戦車Jagdpanzer IV Sd.Kfz.162は車高が低く、隠密性が高い。また、標的になりやすい前面露出面積も狭い。搭載しているのは、IV号戦車と同じ48口径7.5センチ砲(7.5 cm L/48)だが、対戦車戦闘能力は高い。搭載している48口径7.5センチ砲(7.5 cm L/48)は、IV号戦車の後期型が搭載した戦車砲で、対戦車戦闘能力は高い。ヤークトティーゲル重駆逐戦車が重装甲でも車高が高いのと対照的である。

写真(右)1944年頃,ドイツ陸軍IV号駆逐戦車Jagdpanzer IV (Sd.Kfz.162)70口径7.5センチ砲搭載車両(側面):?号駆逐戦車の後方のエンジン部分には、大型のカバーがあり、そこにエンジン冷却装置が取り付けられている。車体が低いためか、戦闘室と同じ高さに調節してある。この車体には、非磁気のプラスチックコーティングは塗られていない。
Catalogue number STT 8025, Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION Subject period Second World War Alternative Namesobject category: Black and white Object description: Panzer IV/70 (V) - Jagdpanzer IV. Label: German Panzer IV/70 (V) 'Jagpanzer IV' tank destroyer. 写真は,イギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・STT 8025引用


写真(右)1944年暮れ頃,西部戦線で西側連合軍に撃破されたドイツ陸軍IV号駆逐戦車Jagdpanzer IV (Sd.Kfz.162)70口径7.5センチ砲搭載車両:V号戦車パンテル(Panzer V "Panther")が搭載したのと同じ70口径という長大な7.5センチ戦車砲(7.5 cm KwK 42)を搭載した対戦車装甲戦闘車両。駆逐戦車の周囲には、磁力吸着式対戦車爆雷が吸着しないように非磁気のプラスチックのコーティングを施している。
Catalogue number STT 7160, Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION Subject period Second World War Alternative Namesobject category: Black and white Object description: Panzer IV/70 (V) - Jagdpanzer IV, Label: German Panzer IV/70 (V) tank destroyer. Also known as the Jagdpanzer IV. 写真は,イギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・STT 7160引用


IV号駆逐戦車は、備砲を48口径7.5センチ砲から、V号戦車パンター(Panzer V "Panther")が搭載したのと同じ70口径という長大な7.5センチ戦車砲(7,5-cm-KwK42 L70)を搭載した対戦車装甲戦闘車両に発展した。長砲身化した発達型となったものの、砲身が長くなったために重心バランスが崩れ、前方が重く負荷がかかる傾向が強まった。

写真(右)1944年暮れ頃,西部戦線で西側連合軍に撃破されたドイツ陸軍IV号駆逐戦車Jagdpanzer IV (Sd.Kfz.162)70口径7.5センチ砲搭載車両:IV号駆逐戦車の後方のエンジン部分には、大型のカバーがあり、そこにエンジン冷却装置が取り付けられている。写真では、エンジンの大型カバーを上に跳ね上げている。
Catalogue number STT 7159N, Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION Subject period Second World War Alternative Namesobject category: Black and white Object description: Knocked-out Panzer IV/70 (V) - Jagdpanzer IV. 写真は,イギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・STT 7159N引用


ドイツ軍の駆逐戦車には、IV号戦車の車体を流用したIV号駆逐戦車(70口径7.5センチ砲搭載)、38(t)戦車の車体を流用した駆逐戦車ヘッツァー(48口径7.5センチ砲搭載)、VI号戦車ティーゲルIの車体を流用したエレファント(フェルディナント)重駆逐戦車(71口径8.8センチ対戦車砲8.8cm PaK 43/L71搭載)、V号戦車パンテルの車体を流用したヤークトパンテル駆逐戦車(71口径8.8センチ砲搭載)、ティーゲルIIの車体を流用したヤークトティーガ駆逐戦車(12.8センチ砲搭載)がある。

IV号駆逐戦車 (Jagdpanzer IV) を読む。


2.V号戦車パンテル Panzer V "Panther" Sd.Kfz.171

wikipediaによれば、V号戦車パンテルPanzer V "Panther") Sd.Kfz.171の原型の開発は、第二次大戦勃発前の1938年、ドイツ陸軍が、従来の対戦車用のIII号戦車Panzer III)と火力支援用のIV号戦車を統合した新鋭中戦車を主力戦車として計画したことに始まる。戦前の初期計画「VK20.00」では、新型中戦車はIV号戦車Panzer IV)と同じ重量20トン台、搭載火砲はIII号戦車Panzer III)並みの5センチ砲で、目新しいところのない平凡な計画だった。

写真(右)1942-1943年,V号戦車「パンター」D型 Panzerkampfwagen Typ "Panther" Auf.D
Inventory: Bild 146 - Sammlung von Repro-Negativen Signature: Bild 146-1969-107-58 Original title: info Panther wachsen aus Panzerstahl. Die geballte Kraft des neuen deutschen Panzers "Panther" tritt uns aus diesem Bild entgegen. Er wirkt heute vernichtend als Panzerzerstörer an der Feindfront. Dating: 1942/1943 ca. Photographer: o.Ang. Origin: Bundesarchiv Photographer: o.Ang.
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv・File:Bundesarchiv Bild 183-H26258, Panzer V "Panther".jpg引用。


   新鋭中戦車はPz.Kpfw.V(V号戦車)の設計案が検討されていた時期、1941年6月に、独ソ戦が勃発した。そして、開戦当初よりドイツ軍はソ連軍T-34戦車に直面し、T-34戦車が当時のIII号戦車、IV号戦車を上回る攻撃力、防御力、機動性、量産性を備えていることに驚愕した。そこで、ソ連戦車に劣るIII号戦車、IV号戦車の発展型ではなく、T-34戦車の特徴を取り込んだ新鋭戦車が計画されるようになった。ハインツ・グデーリアン将軍を長とする戦車委員会(Panzerkommission)は、T-34戦車の特徴を次のように指摘した。

1.大口径長砲身76.2ミリ戦車砲を搭載して火力・貫通力が高く攻撃力が大きい。
2.避弾径始を活用した湾曲装甲、傾斜装甲を採用して防御力を向上している。
3.キャタピラ(履帯)の幅を広くし接地圧を軽減して不整地での機動性を向上させている。

 ハインツ・グデーリアンの戦車委員会の提言を踏まえて、VK20.00にT-34の特色を取り込み、新たに30トン級の中戦車の計画がVK30.02として更新された。そして、1941年11月末、ダイムラー・ベンツ社MAN社に30トン級新鋭中戦車VK30.02の開発が依頼され、設計完了の期限は、1942年4月とされた。

最初の量産型であるV号戦車パンターD型は、東部戦線、クルスク突出部を攻撃するツィタデレ(城塞)作戦に投入されたが、実戦での試用もないまま投入されたため、運用・機構の上で多くの問題が噴出した。特に、設計当初より防御力を向上し大型化したために、重量が超過し、転輪、動輪、変速機などトランスミッション上の不都合が表面化した。出力を強化したエンジンも、冷却が不十分で、機関加熱も発生した。パンター戦車を配備された戦車兵たちは、実戦経験のあるベテランは少なく、多くが新兵であったため、取り扱い、機動などの訓練も不十分なままだった。

V号戦車「パンテル」 (Sturmgeschütz V)諸元
全長:8.66 m
車体長:6.87 m
全幅:3.27 m
全高:2.85 m
重量:44.8 t
乗員:5名
エンジン:マイバッハ(Maybach HL230)V型12気筒液冷ガソリンエンジン
最大出力: 700 hp (520 kW)
最高速度: 路上45km/h
航続距離:170km
武装:70口径7,5cm KwK 42 L/70(携行砲弾数79発)、7.92mmMG34機関銃2丁(携行銃弾数4,200発)
装甲: 40〜110mm

VI号重戦車は、ヒトラーの関心を惹きつけ、V号戦車よりも先に完成し、「ティーガー(Tiger:虎)」と命名さた。そこで、V号戦車は、中戦車であることを強調し、俊敏な猛獣である「パンター(Panther:豹)」と命名された。これは、機動力の高さを印象付けている。

 V号戦車パンテルPanzer V "Panther")は、VK3002の計画時には35トン程度を想定していたが、搭載火砲の長砲身大型化、防御力強化のための装甲増加、すなわち車体前面を60mmから80mm、砲塔前面を80mmから100mmへと強化したため、重量が45トンまで増加してしまった。にもかかわらず、サスペンション、エンジンは当初のままだったために、機動力が低下しただけでなく、サスペンション・エンジンへの負荷が大きくなり、故障が頻発するようになってしまった。

写真(右)1943年9月-10月,ロシア南部、東部戦線に配備されたV号戦車パンテル(Panzer V "Panther" Sd.Kfz.171):70口径7.5センチ砲(7,5 cm KwK 42 L/70)を搭載した砲塔は、車体後方を向いている。まだら模様の迷彩を施しているが、この様式の迷彩は初期にのみ導入された。
Archive title:Rußland-Süd.- Panzer V "Panther"; KPZ, HG Nordukraine Dating: 1943 September - Oktober Photographer: Bauer Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


V号戦車Panzer V パンテル"Panther"の初の実戦投入は、1943年7月、東部戦線、「シタデル(城塞)作戦」の時のクルスク戦車戦である。初の量産型パンテルD型戦車は、シタデレ(城塞)作戦の投入のために、急遽、部隊編成され実戦投入されたため、問題も多かった。特に、防御力、攻撃力を向上させようとして、計画よりも10トン近く重量が増加し、転輪や起動輪、変速機などトランスミッション、サスペンションに過剰な負荷が加わり、故障が頻発した。エンジン加熱によって燃料漏れの場合に火災も発生した。つまり、V号戦車Panzer V パンテル"Panther"は、信頼性の低さ、稼働率の低さから、1943年夏のクルスク戦に実戦投入された第51戦車大隊、第52戦車大隊に配属されたものの、活躍が制限されてしまった。

 また、ヒトラーは、ソ連赤軍の強大さに怯えている実戦経験者を避けて、未熟練の、しかし士気の高い新兵を先鋭V号戦車Panzer V パンテル"Panther"に配属した。実戦経験の無い場合、十分な訓練期間、習熟期間が必要だったが、攻撃開始に間に合わせる都合上、時間的余裕もなかった。こうして、1943年夏のクルスク戦では、新鋭パンテル戦車は十分な活躍はできないまま、終わってしまった。

パンテル戦車Panzerkampfwagen V Panther :Sd.Kfz.171諸元
全長 8.66 m、車体長 6.87 m、全幅 3.27 m、全高 2.85 m
重量 44.8 t、ダブルトーションバー式懸架懸架
最高速度 50 km/h(整地)、30 km/h(不整地)
航続距離 170-250 km
兵装 70口径7.5センチ戦車砲(7,5 cm KwK 42 L/70)、携行砲弾数79発
7.92ミリMG34機関銃2丁、携行銃弾数4,200発
装甲:砲塔前面110 mm、 砲塔側後面45mm、車体前面80mm、車体側後面40mm
マイバッハMaybach HL230P30 水冷4ストロークV型12気筒ガソリンエンジン 700馬力 (520 kW)
乗員 5 名

1941年6月、バルバロッサ作戦によってドイツはソ連に侵攻したが、赤軍のT-34戦車に対峙したドイツ軍のIII号/IV号戦車はなすすべがなかった。そこで、ソ連赤軍T-34を参考にし、避弾経始を取り入れた装甲を施し、76.2ミリ砲(3インチ砲)以上の大口径戦車砲を装備するは次世代型戦車をドイツ軍も計画することになった。当初の、この「中戦車」の形状は、T-34に酷似していたが、砲塔を鋳造生産ではなく溶接で仕上げるしかないため、直線を多用する形状に変更された。

1942年5月、ドイツ陸軍は、V号戦車Panzer V)をパンテルA(Sd.Kfz.171)と命名したが、実は、並行して計画されたVI号ティーガー戦車のほうが、先にして完成、実戦投入されている。パンテルV号戦車(Sd.Kfz.171)は、当初の計画では重量35トンに抑える予定だったが、ヒトラーの要求で車体前面装甲を60mmから80mm、砲塔前面を80mmから100mmへと厚くしたために、重量は45トンに増加した。そのため、機動性の低下、トランスミッションなど機械系統の故障が問題となり、実用化が遅れ、稼働率も低下してしまった。

イタリアの降伏は、1943年9月8日だったが、その翌日の9月9日、西側連合軍は、イタリア本土、ナポリ南のサレルノSalerno)に上陸した。これが、奇襲を狙ったアヴァランチ作戦Operation Avalanche)であり、事前の艦砲射撃や航空地上支援を省いた速攻だった。西側連合軍は、すでにイタリアへは、ハスキー作戦Operation Husky)によって、シシリー島に上陸し、ドイツ軍を追い詰めていたから、これは順当な作戦に思えた。

年9月9日のサレルノ上陸、アヴァランチ作戦Operation Avalanche)は、イタリアの降伏と同じく、ドイツ軍側には、十部に予期された作戦だった。守備に就いていたドイツ陸軍第16装甲師団16. Panzer-Division )は、サレルノSalerno)に上陸した連合軍地上軍への反撃を開始し、橋頭堡に連合軍を追い詰めた。イタリア住民の歓迎を受けて、すぐにもナポリを占領、ローマへの進軍も容易であると考えた西側連合軍は、予想外の反撃を受けて、作戦を順調に進めることが難しくなった。

70口径7.5センチ戦車砲(7,5 cm KwK 42 L/70:携行砲弾数79発)を装備した新型V号戦車Panzer V)D型が初めて実戦に投入されたのは、1943年7月、東部戦線のクルクス突出部を挟撃するシタデレ作戦の時だった。しかし、クルスク攻防戦では、パンテル戦車は過剰重量のためにトランスミッション系統の故障に苦しめられ、稼働率が低くなった。

また、ヒトラーの命令で、ソ連赤軍の反抗に苦しめられたドイツ軍兵士は、臆病になっているとみなされ、新型パンテル戦車は、実戦経験のない新兵の戦車部隊に配備された。そのため、シタデレ作戦に参加したパンテル部隊は、士気は高かったものの、実戦経験がなく、戦車運用の熟練度が低く、パンテル戦車の新機軸も十分に活用することができなかった。結局、V号戦車パンターPanzer V Panther)は、クルスク攻防戦では十分な活躍はできないまま敗退した。

1943年7月、東部戦線のクルクス突出部を挟撃するシタデレ作戦に70口径7.5センチ砲を装備した新型V号戦車パンターPanzer V "Panther":Sd.Kfz.171)が初めて実戦使用された。しかし、過剰重量のためにトランスミッション系統の故障に苦しめられ、稼働率が低くなった。

また、ヒトラーの命令で、ソ連赤軍の反抗に苦しめられたドイツ軍兵士は、臆病になっているとみなされ、新型V号戦車パンテルPanzer V "Panther")は、実戦経験のない戦車兵に配備された。そのため、シタデレ作戦に参加したV号戦車パンテルPanzer V "Panther")の部隊は、士気は高かったが、戦車運用の熟練度が低く、パンテル戦車の新機軸も十分に活用することができなかった。結局、クルスク戦では十分な活躍はできなかった。

1943年初頭、マンシュタイン将軍は、ソ連東部戦線のハリコフ防衛線で戦局悪化を食い止め、春のうちに反撃に移ることを提言した。これがシタデレ(城塞)作戦Unternehmen Zitadelle )の期限であるが、攻撃時期は、新鋭V号戦車パンターPanzer V "Panther":Sd.Kfz.171)の整備が終わる夏まで遅れてしまった。ソ連軍の諜報網は、マンシュタインの反撃計画を探知しており、ドイツ軍のクルスク突出部での反撃に備え、防衛陣地の構築を急いでいた。ドイツ側もソ連軍のクルスク陣地構築を始めたことを知り、攻撃計画を再検討する動きもあった。しかし、ヒトラーは東部戦線の挽回を命じており、新鋭戦車がそろった1943年7月4日にシタデレ(城塞)作戦Unternehmen Zitadelle )を決行することが決まった。

 しかし、なんとドイツ軍が南北から装甲師団8個と歩兵師団を投入して攻撃しようとした前夜、ソ連軍の一斉砲火がドイツ軍を襲った。ソ連軍はドイツ軍の攻撃日時を探知し、そのまえに先制攻撃を仕掛けてきたのである。にもかかわらずドイツ軍はクルスク突出部での攻勢を開始した。ドイツ軍は、ソ連軍のトーチカ、対戦車砲、そして戦車によって防衛された陣地のため進撃速度は低下した。この時点で、シタデレ(城塞)作戦Unternehmen Zitadelle )の失敗は決まったようなものだった。

写真(右)1944年8月-9月,ソ連、東部戦線南部、クレーンのある施設で整備中のV号戦車パンテル(Panzer V "Panther" Sd.Kfz.171):戦車整備によって稼働率が向上するために、ドイツ軍は戦車の整備、修理、回収にも配慮していた。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-244-2323-27A Archive title: Ostfront - Süd, Instandsetzung eines Panzer V (Panther) PK 695 Dating: 1944 August - September Photographer: Waidelich 撮影。
Origin: Bundesarchiv
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


ソ連赤軍は、76.2ミリ砲装備のT-34中戦車がパンテル戦車に劣勢になることを懸念し、重防御の新型ドイツ洗車に対抗するために、T-34戦車の砲塔を大型化し、そこに76.2ミリ砲に変えて大口径の85ミリ砲を装備する新型T-34を量産した。これが、T34/85戦車である。旧型はT34/76戦車となった。ドイツ軍の「ティーガー」戦車や「パンテル」戦車は、強力な戦車砲を装備したソ連軍戦車に対抗するために、遠距離砲戦を余儀なくされたようだ。

ドイツ陸軍は、故障した戦車を回収するために18t ハーフトラックSd Kfz 9を使用した戦車回収車として使用していた。しかし、重量が45トンのV号戦車パンターPanzer V "Panther":Sd.Kfz.171)、50トン以上のティーゲルの回収には、18トンハーフトラックを3輌連結して重牽引しなければならなかった。そこで、この不便を解消するために、1台の戦車回収車で事足りるようにV号戦車パンテルPanzer V "Panther") の車体を活用したベルゲパンテル(Bergepanther)が開発された。ベルゲパンテル(Bergepanther)は、パンテル戦車の砲塔を撤去して、木製の蓋をし、車体にクレーンを搭載した戦車回収車である。

写真(右)1944年8月-9月,ソ連、東部戦線南部、ルーマニア、V号戦車パンターA型 Panzer V "Panther" Sd.Kfz.171:搭載したマイバッハMaybach HL230液冷ガソリンエンジンは信頼性の高いエンジンだったが、パンター戦車が設計当初より過重量となったために、実践投入されたときに、トランスミッション伝達系統に故障が頻発した。Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-244-2321-34 Archive title: Ostfront-Süd.- Rückzug von Rumänien nach Ungarn, Panzer V "Panther" Ausf. A.; PK 695 Dating: 1944 August - September Photographer: Waidelich 撮影。
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


1942年4月5日の極秘命令・総統指令41号では,作戦目的は,「東部作戦当初の原則を維持しつつ、中部では現状を守り、北部ではレニングラートを占領して,フィンランド軍と陸路連絡をつけ、南部ではカフカス地区へ突入する。冬期戦終了後でもありこの目標は集めうる兵力、資材および輸送事情により、段階的に達成されるものとする。そのためまず全兵力を南部戦区の主要作戦にむけ、ドン前面の敵を掃討し、ついで,カフカス(コーカサス)の油田およびカフカス山脈の道路を奪取するものとする。」とされた。

1943年夏、対ソ東部戦線は、北はレニングラードから中部のキエフ、南部のドニエプル川、黒海まで長大で、ドイツ陸軍兵力の過半を投入する最大の戦場となっていた。他方、アメリカ・イギリス連合軍は、1943年7月、イタリアのシシリー島に上陸、8月にこれを占領し、9月にはイタリア半島サレルノに上陸。イタリアが枢軸側から脱落したことで、ドイツ軍はイタリア半島へも陸軍兵力を増強することになった。

写真(右)1944年7月-9月,北フランス、対空偽装、迷彩塗装を施し、バズーカ砲対策のシュルツェンを車体側面したV号戦車パンター(Panzer V "Panther") :「シュルツェン」(Schürzen)とは、第二次世界大戦のドイツ軍戦車の砲塔や側面に追加された、対戦車弾、バズーカ砲、対戦車ライフルの対策として装備された増加装甲板。ここで信管を作動させ、爆発させれば、成形弾・ホローチャージの効果を減殺できる。戦車ほほか、突撃砲に装備された。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-301-1959-05 Archive title: Nordfrankreich.- Panzer V "Panther" (Turmnummer 432) in Ortschaft, auf eine Straße abbiegend, Ende Juli - Anfang September 1944; PK 698 Dating: 1944 Sommer Photographer: Genzler Origin: Bundesarchiv 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv File: Bundesarchiv Bild 101I-301-1959-05, Nordfrankreich, Panzer V (Panther).jpg引用。


ナチスは、1939年9月にがポーランドに侵攻すると、ドイツ国境に隣接するシュレジエン(シレジア)をドイツ本国に編入した。そしてシュレジエンに居住するポーランド系住民を東方のポーランド総督領へ追放し、ユダヤ系住民を狭いゲットーに囲い込んだ。そして、ドイツ系住民(民族ドイツ人)とドイツ本国からの移民を支配者民族とした。シュレジエン東部(ポーランド東部)には、ポーランド総督領と呼ばれる植民地となった。ポーランド総督領には、ユダヤ人を抹殺するために、ゾビボル、トレブリンカ、アウシュビッツなどに絶滅収容所が設置された。

第二次世界大戦の末期に実戦参加したイギリス軍のアキリーズM10 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車とは、アメリカ製M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲が搭載したアメリカ製3インチ高射砲3-inch Gun M5)を、アキリーズ駆逐自走戦車はイギリス製オードナンス76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換したもので、全周式砲塔に強力な対戦車砲を搭載した駆逐戦車である。しかし、砲塔上面には開放式(オープントップ)で装甲は全くされいないので、M4シャーマンSherman中戦車シャーマン ファイアフライSherman Fireflyのような戦車でなく、自走砲である。

写真(右)1944年10月24日、北イタリア、アドリア海近くのラヴェンナ南方20キロ、サヴィオ川を渡河するイギリス軍第93対戦車連隊のアキリーズ駆逐自走戦車(17ポンド対戦車砲装備):この架橋は、チャーチルChurchill ARK 架橋工作戦車が架けたもので、右奥には、主砲の70口径75ミリ砲を取り外されたドイツ陸軍パンテル戦車が川に残骸を晒している。
Catalogue number: NA 19727, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Palmer (Sgt),  Object description: An Achilles 17pdr tank destroyer of 93rd Anti-Tank Regiment crossing the River Savio on a Churchill ARK which was driven into the river, 24 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (NA 19727)引用。


アメリカのM10ウォルブリンM10 Wolverine GMC)は、アメリカ製3インチ高射砲3-inch Gun M5)を、イギリスのアキリーズ駆逐自走戦車17pdr SP Achilles)はイギリス製オードナンス76.2ミリ17ポンド速射砲Ordnance QF 17-pounder)に変換し装備した駆逐戦車。3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲のAPC(通常弾)M62は、ドイツ陸軍IV号戦車の搭載した48口径7.5センチ砲以上の能力がある。また、タングステン芯を使ったHVAP(高速徹甲弾)M93の場合、3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲の貫通力はドイツ軍の8.8センチ砲と同等の威力があった。

第二次世界大戦の後期、1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車速射砲は、M4シャーマン戦車の75ミリ砲をに変換したM4シャーマン・ファイアフライSherman Fireflyに搭載され、ドイツ軍戦車に対抗しようとした。

 イギリス製58.3口径オードナンス17ポンド対戦車速射砲17 Pounder Anti-Tank Gun:QF;速射砲)を装備して、対戦車能力を向上させたファイアフライ(蛍)は徹甲弾を使用すれば、1,000mの距離からドイツ陸軍のティーゲル重戦車やパンテル戦車の正面装甲を撃破できる。

アキリーズの搭載した17ポンド砲は、1943年から生産された、装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)を装填できる強力な対戦車砲である。装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)は、比重19.3と鉄の2.5倍質量で融点摂氏3,380度と高温でも変形しないタングステンTungsten)を含む弾頭を用いて、貫通力を高める一方で、装弾筒は軽金属として軽量化も図っていて、初速毎秒1000メートルという高速化が可能になった。アーキーズの攻撃力は強かったが、砲塔上面には開放式(オープントップ)で装甲は全くされていないため、自走砲に近く、防御力は弱い。

写真(右)フランス、メーヌ=エ=ロワール県、ソミュール戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号パンテル戦車(Sd.Kfz. 171)G型:ツィンメリット・コーティングを施している。ソミュール戦車博物館は、アメリカのアバディーン陸軍兵器博物館、イギリスのボービントン戦車博物館、ロシアのクビンカ戦車博物館と並ぶ規模と収蔵品のある戦車博物館である。第二次大戦のドイツ戦車としては、II号戦車、III号戦車、III号突撃砲、ティーガーI重戦車、ティーガーII重戦車も保管展示している。
解説 English: Panther tank. On display at Saumur Général Estienne museum. 原画像データの生成日時 2009年7月18日 (土) 17:26 作者 Rama
写真はWikimedia Commons, File:Panzer V, Panther pic-010.JPG引用


1944年6月、ノルマンディー侵攻でV号戦車パンターPanzer V "Panther":Sd.Kfz.171)と対峙したアメリカ陸軍M4シャーマン戦車は、その75mm戦車砲ではパンターの前面装甲を貫通できなかった。そこで、アメリカ軍はイギリス軍の長砲身76.2mm砲を装備したシャーマン・ファイアフライとM10駆逐戦車を投入した。しかし、戦車対戦車の戦いに絞って優劣を決めるのは誤りで、アメリカ軍もイギリス軍も強力な戦闘爆撃機による対地上攻撃によって多数のドイツ軍戦車を撃破している。

V号パンター戦車D型(Sd Kfz 171 Panzerkampfwagen V Ausf D Panther)諸元
全長:8.86m、車体長: 6.88m
全幅:3.43m、全高:2.95m
重量:43.0t、乗員: 5名
動力:マイバッハHL210P30 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 650馬力/3,000rpm
最大速度: 55km/h(整地)
航続距離: 160km
兵装:70口径7.5cm戦車砲KwK 42 L/70(携行砲弾数79発)
7.92mmMG34機関銃2丁(4,200発)

V号戦車パンターPanzer V "Panther")は、装甲砲塔前面110 mm 傾斜11度、側・後面45mm 傾斜25度、車体前面80mm 傾斜55度、車体側面40mm 傾斜40度、車体後面40mm 傾斜30度、乗員5 名。

写真(右)アメリカ、メリーランド州アバディーン、アメリカ陸軍兵器博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号パンター戦車G型(Sd Kfz 171 Panzerkampfwagen V Ausf G Panther):A型とは異なり、車体後部のエンジン部分の装甲版は、全部から徐々に傾斜している装甲板で保護ざれている。 砲塔防楯の半円形湾曲装甲が下方に延長され、下方に砲弾が飛び込まないように配慮されている。
Picture taken by myself, Mark Pellegrini, at the United States Army Ordnance Museum (Aberdeen Proving Ground, MD) on June 12, 2007. 日付 June 12, 2007 原典 投稿者自身による作品 Attribution ShareAlike 2.5
写真はWikimedia Commons, Panzerkampfwagen V Ausführung G in the United States Army Ordnance Museum引用。


現在、保管展示されているドイツ陸軍V号戦車パンター(Where can I find other preserved Panther Tanks)。

Panther Ausf. A - Wheatcroft Collection, England
Panther Ausf. A - Befehlspanzer Munster Germany (running condition)
Panther Ausf. A - (n° 224) Auto + Technik Museum, Sinsheim, Germany
Panther Ausf. A - (n° 243) Auto + Technik Museum, Sinsheim, Germany
Panther Ausf. A - (n° 413) Private Collection, Germany
Panther Ausf. A - (n° 256) Saumur Tank Museum France
Panther Ausf. A - (n° 211) Saumur Tank Museum France (稼働:running condition)
Panther Ausf. A - Omaha Overlord Museum, Colleville-sur-Mer, France
Panther Ausf. A - 501/503e RCC Mourmelon-le-Grand France
Panther Ausf. A - (n° 201) Royal Jordanian Tank Museum, Jordan
Panther Ausf. A - Australian Armour and Artillery Museum, Cairns, Queensland.
Panther Ausf. A - National Armor and Cavalry Museum, Fort Benning, GA,USA
Panther Ausf. A - U.S. Army Ordnance Museum, Fort Lee, VA, USA
Panther Ausf. A - The Collings Foundation, Stow, MA, USA (稼働:running condition)
Panther Ausf. A - Canadian War Museum (CWM) in Ottawa Canada
Panther Ausf. A or D Panzermuseum, Thun, Switzerland
Panther Ausf. D - Breda Netherlands
Panther Ausf. G - Bovington Tank Museum England (British Built)
Panther Ausf. G - Wehrtechnische Dienststelle, Trier, Germany (British Built)
Panther Ausf. G - Privately owned now confiscated by police, Germany (British Built)
Panther Ausf. G - National War and Resistance Museum, Overloon Netherlands
Panther Ausf. G - Houffalize Belgium
Panther Ausf. G - Grandmenil Belgium ? engine, gearbox and transmission are present
Panther Ausf. G - Celles Belgium
Panther Ausf. G - (n° 332) Saumur Tank Museum France
Panther Ausf. G - Kubinka Tank Museum Russia (稼働:running condition)
Panther Ausf. G - U.S. Army Ordnance Museum, Fort Lee, VA, USA
Panther Ausf. G - 2x National Armor and Cavalry Museum, Fort Benning, GA, USA
Source - Pierre-Oliver Buan - Surviving Panzers website


3.V号駆逐戦車 ヤークトパンテル Jagdpanther (Sd.Kfz. 173) 

写真(右)1944年7月,フランスに駐留するドイツ陸軍V号駆逐戦車 ヤークトパンター Jagdpanther (Sd.Kfz. 173):パンテル戦車の車体を利用して、テーゲル?と同じ長大な71口径8.8センチ砲を装備した対戦車戦闘用の車両(駆逐戦車)。乗員5 名。前面装甲80ミリ。
Archive title: Frankreich.- Soldaten auf Jagdpanther (Panzerjäger "Panther") bei Fahrt über Landstraße; PK KBZ OB West Dating: Juni 1944 Photographer: Wagner Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild101I-721-0396-21引用(他引用不許可)。


V号戦車パンテルPanzer V "Panther")から砲塔を除去し、車体上部に巨大な戦闘室を設けて、ここにパンテルの70口径7.5センチ戦車砲 (7,5 cm KwK 42 L/70:携行砲弾数79発)を上回る71口径8.8センチ砲(60発)を搭載した対戦車専用の駆逐戦車。エンジン、トランスミッションなど車体部分は、パンテルと同一で、前面装甲も80ミリ。重量はパンテルと同じ45トン。乗員 5 名

試作車完成は1943年10月だが、主力V号戦車パンターPanzer V "Panther")の生産を阻害するわけにはいかず、量産は1944年1月〜1945年4月の期間で僅か400両程度。実戦では、おもに西部戦線に投入され、ヤーボなど連合国機の地上攻撃のため、戦果も大きくないようだ。

他方、ソ連赤軍の自走砲SU-85SU-85 self-propelled gun)は、T-34の車体から砲塔を撤去して、低姿勢の戦闘室に55口径85mm戦車砲を装備した。重量29トン、前面装甲45 mm(傾斜50度)。1943年8月より生産開始、初の実戦投入は、クルスク戦後で、2300両生産。

SU-85の発展型が自走砲SU-100SU-100 self-propelled gun)で、火力を56口径100mm砲D-10 tank gun)に強化した自走砲。SU-100は、重量32トン、前面装甲75 mm(傾斜50度)。1944年9月より生産開始、1945年1月、東プロイセン、ハンガリーへの侵攻作戦に初めて実戦投入。1946年までに1,675輌生産。

写真(右)1944年7月,フランスに駐留するドイツ陸軍V号駆逐戦車 ヤークトパンテル Jagdpanther (Sd.Kfz. 173):テーゲル?と同じ71口径8.8センチ砲を装備し、ドイツ軍最強の駆逐戦車となった。しかし、ソ連のSU自走砲と比較すると、重量が重く、車高も高いために、駆逐戦車としての秘匿性は劣っていた。なにより生産は1944年1月〜1945年4月で合計415輌と少なく、戦力としては不十分だった。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-721-0396-09 Archive title: Frankreich.- Jagdpanther (Panzerjäger "Panther") bei Fahrt in freiem Gelände; PK KBZ OB West Dating: Juni 1944 Photographer: Wagner Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


V号パンター戦車の搭載した70口径7.5センチ砲よりも貫通力がある71口径8.8センチ対戦車砲(8.8 cm PaK 43 )が開発され、それを搭載したIV号対戦車自走砲ナースホルンPanzerjäger "Nashorn":Sd.Kfz.164;犀)が生産された。しかし、ナースホルンの防御力は弱かったため、重装甲を施した対戦車自走砲、すなわと駆逐戦車が提案された。これが、V号パンター戦車の車体を流用したヤークトパンター駆逐戦車である。

写真(右)1944年7月,フランスに駐留するドイツ陸軍V号駆逐戦車 ヤークトパンター Jagdpanther (Sd.Kfz. 173):車体測面には対戦車バズーカ対策の防楯を装着している。戦闘室後方には大きな乗員出入口が見える。車体後部に搭載したガソリンエンジンは、マイバッハHL230 P30、4ストロークV型12気筒液冷で、700馬力 (515 kW)の高出力だった。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-721-0397-18 Archive title: Frankreich, nach Invasion.- Jagdpanther, Panzerjäger "Panther" (8,8cm), (Sd.Kfz. 173) im Gelände; KBZ OB West Dating: Juni 1944 Photographer: Wagner Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild 101I-721-0397-18引用(他引用不許可)。


駆逐戦車とは、駆逐艦と同じデストロイヤー(破壊者)であるが、陸軍では対戦車戦用の装甲された戦闘室を持つ自走砲のこと。戦車は、360度回転可能な砲塔を持つが、駆逐戦車は、戦車から砲塔を撤去して、車体に大きな戦闘室を設けることで、戦車よりも大型の強力な対戦車砲を搭載しているのが普通である。車体上部に空間的に余裕のある戦闘室を新設することで、大賀派の火砲を搭載して攻撃力を向上させ、さらに車高を減らし車体を低くして敵から発見しにくくできる。そして、隠密性を向上させつつ、敵の砲弾の命中率を減少させるJことで、防御力も向上することができる。

駆逐戦車には、砲塔がないため、搭載した対戦車砲の旋回角度が大幅に制限され、射界が狭くなる。そこで、駆逐戦車は、原則的に、進行方向にある前方の一部分にいる敵しか射撃、攻撃することができない。左右の死角にいる敵に対しては、車体の向きを変更すれば攻撃可能であるが、そのためには余分な時間がかかってしまう。そそて、車体の方向転換を繰り返すことで、走行装置、変速装置に余分な負荷をかけ、操作も複雑になる。したがって、攻撃してくる敵の進行方向を予想して、あらかじめ砲を向けて体制を整えておく、待ち伏せ攻撃に向いているといえる。

写真(右)1944年秋頃(?),西側連合軍に撃破されたドイツ陸軍V号駆逐戦車ヤークトパンター Jagdpanther (Sd.Kfz. 173):手前に71口径8.8センチ砲弾が放置され、車体前面に偽装用の枝が立てかけられている。車体正面のボールマウントには機銃が未装着。キャタピラカバーは、左側が外れ右側も曲がっている。
Catalogue number STT 3583A, Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION, Subject period: Second World War, Alternative Namesobject category: Black and white, Object description: Jagdpanther , 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (STT 3583A)


V号駆逐戦車ヤークトパンター
装甲は正面80mm(傾斜35度)、砲身防盾135mm(傾斜35度)
車体前面下部50ミリ(傾斜35度)、車体側面上部50mm
車体後面・車体側面下部40mm
車体下面前部25mm、上面・車体下面後部16mm。

1943年1月に開発がスタート、実物大モックアップが完成し1943年10月20日にヒトラーに提示された。ヤークトパンター駆逐戦車の生産は、MIAG社が担当し、1944年1月に最初の生産型5両が引き渡されたが、その後の生産台数は1944年2月7両、3月8両、4月10両、5月10両、6月6両と米英軍のノルマンディー侵攻までに戦力化することはできなかった。

ヤークトパンター駆逐戦車の生産台数は1944年7月15両、8月14両、9月21両、10月8両、11月20両、12月44両、1945年1月30両であり、空襲や熟練工の不足のために量産ははかどらなかった。ヤークトパンター駆逐戦車は、ティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ対戦車砲8.8cm PaK 43/L71)を搭載して攻撃が大きく、傾斜装甲を使って防御とのバランスが取れた最良の駆逐戦車として高く評価されているといわれるが、1945年4月の生産終了までに合計415両が完成したに過ぎず、戦局を好転させることには寄与していない。

写真(右)1944年秋頃(?),西側連合軍に撃破されたドイツ陸軍V号駆逐戦車 ヤークトパンテル Jagdpanther (Sd.Kfz. 173)の後方:8.8センチ砲を搭載する大型の戦闘室。車体右側面後方に弾痕が4か所あいている。また、車体後方にも弾痕が2カ所あり、外装のタンクが破壊されている。
Catalogue number STT 7467, Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION, Subject period: Second World War, Alternative Namesobject category: Black and white, Object description: Jagdpanther , 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (STT 7467)


 弾丸と薬莢とからなるカートリッジCartridge)が砲弾である。カートリッジCartridge)は、日本では、実包(じっぽう)あるいは弾薬筒(だんやくとう)と呼ばれる。

写真(右)1944年秋頃(?),西側連合軍に鹵獲されたドイツ陸軍V号駆逐戦車ヤークトパンター Jagdpanther (Sd.Kfz. 173)の上面:長砲身8.8センチ砲を搭載する大型の戦闘室の上面には、ハッチ2カ所が開いているがハッチを占めたままでも周囲を観測できるプリズム式の観測器も確認できる。車体後方は、エンジンの換気・冷却を行うために、ファンが搭載されている。
Catalogue number STT 7468, Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION, Subject period: Second World War, Alternative Namesobject category: Black and white, Object description: Jagdpanther , 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (STT 7468)


 弾丸は、古来、球形の鉛製であり、これと火薬を銃身に仕込んで、火薬を燃焼させて、発射していた。これが500年間も続いた銃(gun)である。19世紀になると、第一に、銃身の内側に螺旋状の溝、すなわちライフルRifling)が採用された。ライフルは、日本では施条(しじょう)あるいは腔綫(こうせん)と呼ばれる。発射された弾丸を、回転させて弾道を安定化させ、飛翔距離を長くすることができた。第二に、弾丸が球形から円錐形・紡錘形のミニエー弾(ミニ弾)がフランスで開発された。南北戦争のゲッチスバークの戦いで、ライフル銃とミニ弾が使用され、南軍に1万名の死傷者を出した。第三が、金属製薬莢によって、弾丸と薬莢が一体化されたことである、南北戦争後、弾丸と金属製薬莢を一体化したカートリッジの採用が一般化した。第四に、1880年代に黒色火薬から無煙火薬に転換したことである。ニトログリセリンを使った無煙火薬によって、弾丸の砲口初速は秒速300メートルから、600メートルに高速化した。無煙火薬で発射された弾丸は、煙が出ないので、弾道が視認できなかったので、マグネシウムを仕込んだ曳光弾を5発に1発混ぜて弾道を目視確認できるようになった。弾丸のサイズが大きくなれば、発射に必要な火薬も多く必要で、破壊力も大きくなる。


4.現存するV号駆逐戦車 ヤークトパンテル Jagdpanther



完成したダイムラー・ベンツによるVK3002(DB)の設計案は、ターレットリングの直径を抑え、車体の小型化を追求して、T-34の形状を取り入れてた。しかし、サスペンションは、ドイツ軍がその後採用する大型転綸とリーフスプリングを採用していた。VK3002(DB)の設計案は、T-34に酷似しており、ソ連戦車のコピーのような印象を与えること、大型砲塔を鋳造する設備が整っていないこと、戦車内部が狭くなり居住性、操作性が低いことから、ドイツの独自設計との印象を与えるVK3002(MAN)が採用された。

 1942年5月、VK3002(MAN)の設計を生かして、V号戦車パンテルPanzer V "Panther")A型(Sd.Kfz.171)と命名された新鋭戦車が完成した。これが、後のV号駆逐戦車 ヤークトパンテル Jagdpantherの原型で車体として流用された。

写真(右)イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173):パンター戦車の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこにティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備した駆逐戦車。戦車砲の射角は左右各10度、俯角は7度、仰角は15度まで運用可能。Jagdpanther in the Bovington Tank Museum
解説 Bovington Tank Museum 241 88m panzerjager jagdpanther,sdkfz 173 日付 2010年7月7日, 14:25 原典 Bovington Tank Museum 241 88m panzerjager jagdpanther,sdkfz 173 作者 DAVID HOLT from London, England
写真はWikimedia Commons File:Flickr - davehighbury - Bovington Tank Museum 241 88m panzerjager jagdpanther,sdkfz 173.jpg引用。


初期のV号戦車パンテルPanzer V "Panther")D型が採用したマイバッハV12液冷ガソリンエンジンは650馬力、その後700馬力に引き上げられた。しかし、エンジンの信頼性が低かったために、エンジンガバナーを導入し、エンジンの回転数を減少させる改造を施した。その結果、エンジン出力は700馬力から600馬力へ低下した。

写真(右)イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173):パンター戦車の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこにティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備した駆逐戦車。Jagdpanther in the Bovington Tank Museum
解説 Sd Kfz 173 Jagdpanther 日付 2010年4月18日, 12:17 原典 Sd Kfz 173 Jagdpanther Uploaded by tm 作者 Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons File:Sd Kfz 173 Jagdpanther (4535859163).jpg引用。


 ガソリンは揮発性があり、引火しやすく、戦場での保管や使用にはリスクが伴う。したがって、ソ連赤軍のように戦車の燃料にはディーゼルのほうが有利である。また、燃費の観点からもガソリン機関(エンジン)よりディーゼル機関(エンジン)のほうが燃料を節約でき有利である。

ガソリンエンジンは、霧状のガソリンと空気の混じった混合気体点火プラグで火花を飛ばして着火し燃焼・爆発させる。これに対して、ディーゼルエンジンは、圧縮し高温化した空気(大気)に軽油燃料を霧状にして噴射し、自然着火させ、燃焼させて動力を得る。つまり、ガソリンエンジンは、点火プラグを着けているが、ディーゼルエンジンには、点火プラグはなく、シリンダー内の圧縮比(最少容積と最大容積の比)が高い。

写真(右)2017年、イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)車体後上面:車体中央部は、避弾経始に優れた戦闘室に8.8センチ砲を搭載し、車体後部に発動機を搭載、エンジンはパンター戦車と同一で、エンジン冷却換気用ベンチレーター(ventilator)が2基備わっている。車体前部には変速機、操縦装置が配置されている。車体中央の戦闘室には、ナースホルン対戦車自走砲やティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を搭載している。。
Jagdpanther in the Bovington Tank Museum
解説 English: Bovington Tank Museum: Jagdpanther Date 14 March 2017 Source Own work Author Morio
写真はWikimedia Commons File:Jagdpanther rear-left 2017 Bovington.jpg引用。


 しかし、V号戦車パンテルPanzer V "Panther")は、ガソリンの引火リスクを引き下げるために、自動消火装置を装備した。また、マイバッハMaybach HL230液冷ガソリンエンジンは大出力の割には起動時の騒音が小さく、比較的静かだったため、秘匿行動には有利だった。

他方、ソ連赤軍T-34戦車はディーゼルエンジンを装備していたものの、排気管に消音装置(マフラー)を装備しておらず、パンテル戦車よりも騒音が大きかったようだ。これは、秘匿行動の不便だけではなく、戦車乗員の疲労やコミュニケーション困難にも繋がる弱点である。

 日本陸軍の採用した戦車用の空冷ディーゼルは騒音がやかましく、振動も大きい。日本海軍の採用した艦本式ディーゼル機関も、ドイツUボートのディーゼル機関に比して、騒音や振動大きかった。潜水艦のエンジンの大きな騒音・振動は、敵の対潜水艦探知を容易にするという致命的な欠陥になった。戦車の騒音も隠密的行動をするときに妨げとなる。

写真(右)2010年、イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)車体左側面後部:車体中央部は、避弾経始に優れた戦闘室に8.8センチ砲を搭載し、車体後部に発動機を搭載、車体前部には変速機、操縦装置が配置されている。
Jagdpanther in the Bovington Tank Museum
解説 Sd Kfz 173 Jagdpanther 日付 2010年4月18日, 12:16 原典 Sd Kfz 173 Jagdpanther Uploaded by tm 作者 Simon Q from United Kingdom
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Jagdpanther in the Bovington Tank Museuma> File:Sd Kfz 173 Jagdpanther (4535856059).jpg引用。


当初、パンター戦車の7.5センチ砲を8.8センチ砲に強化した新型砲塔搭載のパンターIIの計画があったが、これは1943年5月には中止となった。代わって、パンターIの車体を利用した駆逐戦車に71口径8.8センチ砲を搭載する計画が進められ、これがヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)となった。つまり、パンター戦車の砲塔を撤去した後に、傾斜装甲版で囲まれた戦闘室を設け、ナースホルン対戦車自走砲、ティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備した駆逐戦車が完成したのである。この駆逐戦車の発動機は、マイバッハHL230 P304ストロークV型12気筒液冷ガソリン(700 hp:515 kW)で、これは原型となったパンター戦車と同一である。車体後部の発動機には、エンジン冷却用換気用ベンチレーター(ventilator)2基が備えられている。

写真(右)2020年、イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)車体後上面:パンター戦車の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこにティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備した駆逐戦車。隣は、1944年に登場した85ミリ砲装備のソ連赤軍T-34-85中戦車で、T-34-76の火力強化型である。
English: Jagdpanther at Bovington tank museum. One of the handful made post war Date October 2020 Source photo by user:geni Author Geni Permission (Reusing this file) CC-BY-SA 4.0
写真はWikimedia Commons File:Jagdpanther rear-left 2017 Bovington.jpg引用。


ドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)車体前面右側には、歩兵を排除するためのボールマウント式の7.92ミリ機関銃が装備され、車体右フェンダー上面には、夜間行動用のライトが装着されている。パンター戦車とは違って、車体上面に戦車長用のキューポラ式ハッチはない。これは、砲塔を回転して敵を捜索する必要がないためである。

写真(右)2011年、イギリス南部、ロンドン、帝国戦争博物館(Imperial War Museum)に保管・展示されているドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)車体上面:パンター戦車の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこにティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備した駆逐戦車。
Jagdpanther Tank Killer Date 18 October 2011, 06:32 Source Jagdpanther Tank Killer Uploaded by tm Author Tony Hisgett from Birmingham, UK
写真はMedia in category " Jagdpanther at the Imperial War Museum London " File:Jagdpanther rear-left 2017 Bovington.jpg引用。


1944年以降、ドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車、パンター戦車、ティーガーII戦車などには、砲塔や車体側面に、磁気吸着地雷を避けるためのプラスチック製の磁気除け塗装(Zimmerit)が塗られるようになった。しかし、その後も西側連合軍は、磁気吸着地雷を使用しなかったため、資源と手間を省く目的で、この磁気除け塗装(Zimmerit)は1944年末には廃止されている。

写真(右)2006年、イギリス南部、ロンドン、帝国戦争博物館(Imperial War Museum)に保管・展示されているドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)車体上面:車体側面には、磁気吸着地雷を避けるためのプラスチック製の磁気除け塗装(Zimmerit)が塗られているが、上面には磁気除け塗装(Zimmerit)は施されていない。
current 13:08, 14 July 2006
写真はMedia in category " Jagdpanther at the Imperial War Museum London" File:Jagdpanther Tank Killer (6264900038).jpg引用。


ドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)は、V号パンター戦車の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設けたため、ティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備できるようになった。砲塔がないために戦車砲の射界は制約されるが、防御戦闘では、車高2.71 mとパンター戦車の車高2.99 mより30?低い分だけ隠密性が増した。また、広範な傾斜装甲板を採用したために、量産性と防御力も高かったと思われる。ヤークトパンターは、駆逐戦車としての性能は優れていたが、生産期間1943〜1945年の間に僅か415輌のみが生産されたに過ぎなかった。したがって、ドイツ空軍が制空権を失った1944年後半以降、前線に投入できたヤークトパンター駆逐戦車は半数程度と考えられ、戦局には影響を与えていない。

写真(右)2007年、イギリス南部、ロンドン、帝国戦争博物館(Imperial War Museum)に保管・展示されているドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)車体上面:車体表面には、磁気吸着地雷を避けるためのプラスチック製の磁気除け塗装(Zimmerit)が塗られている。パンター戦車の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこにティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備した駆逐戦車。
Jagdpanther, en:Imperial War Museum, London Date 17 March 2007 (original upload date) Source Transferred from en.wikipedia to Commons. Author Ekem at English Wikipedia
写真はMedia in category " Jagdpanther at the Imperial War Museum London" File:Jagdpanther.IWM.jpg引用。


ドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)の現存車両は、下記の博物館である。
ボービントン戦車博物館:後期生産型。終戦後、ハノーファーの生産工場内に未完成状態で放置されていたものを、試験のために王立電気機械工兵(英語版)が組み立てた車両。
帝国戦争博物館:初期生産型。ベルギーで破壊された車両で、機関部の左側面に3発の貫通痕がある。現在はロンドンではなく、ロンドン東方、ケンブリッジシャー(Cambridgeshire)のダックスフォード(Duxford)で展示。
ムンスター戦車博物館:ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州
クビンカ戦車博物館:ロシア連邦モスクワ郊外
ソミュール戦車博物館:フランス、メーヌ=エ=ロワール県ソミュール市
ジンスハイム自動車・技術博物館:ドイツ連邦共和国のバーデン=ヴュルテンベルク州ジンスハイム市
トゥーン戦車博物館:スイス連邦ベルン州トゥーン(Thun)
アメリカ陸軍兵器博物館:アメリカ、メリーランド州アバディーンのアバディーン基地

写真(右)2011年、イギリス南部、ロンドン、帝国戦争博物館(Imperial War Museum)に保管・展示されているドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)車体右側面:機関部分に3発の弾痕がある。また、戦闘室後方のハッチも内部爆発で吹き飛ばされたのか失われている。
English: German "Jagdpanther" tank at Imperial War Museum, London Deutsch: Jagdpanzer "Jagdpanther" im Imperial War Museum, London Date 6 August 2011 Source Own work Author Scargill
写真はMedia in category " Jagdpanther at the Imperial War Museum London " File:Iwm094.jpg引用。


ドイツ陸軍V号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)は、1944年に登場した強力な駆逐戦車である。パンター戦車の砲塔を除去した後に、傾斜装甲板で覆われた戦闘室を設置し、そこにIV号ナースホルン対戦車自動砲と同じ71口径8.8センチ戦車砲を搭載している。V号ヤークトパンターは、攻撃力と防御力のバランスの取れた強力な駆逐戦車ではあるが、生産台数は僅か415輌のみだった

写真(右)2013年、ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンタ−駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173):大戦末期のドイツ軍ティーゲルII重戦車(71口径8.8センチ戦車砲装備)と同じ火砲を搭載している。曲面構造の避弾径始を考慮したものではないが、量産性を高めるために、直線を取り入れた傾斜装甲板を全面的に取り入れている。
Русский: Противотанковая самоходная установка «Ягдпантера» (SdKfz 173) в Центральном музее бронетанкового вооружения и техники в Кубинке.
Дата 8 июня 2013, 12:01:22
Источник собственная работа Автор Mike1979 Russia
写真はWikimedia Commons File:Jagdpanther IWM.jpg引用。


写真(右)2013年、ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンタ−駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173):大戦末期のドイツ軍ティーゲルII重戦車(71口径8.8センチ戦車砲装備)と同じ火砲を搭載している。曲面構造の避弾径始を考慮したものではないが、量産性を高めるために、直線を取り入れた傾斜装甲板を全面的に取り入れている。
Русский: Противотанковая самоходная установка «Ягдпантера» (SdKfz 173) в Центральном музее бронетанкового вооружения и техники в Кубинке. Date 8 June 2013, 12:02:36 Source Own work Author Mike1979 Russia
写真はMedia in category "Jagdpanther in the Kubinka Tank Museum" File:Jagdpanther in the Kubinka Museum 02.jpg引用。


写真(右)2013年、ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンタ−駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173)車体左側の前部転輪:大戦末期の量産戦車にも拘わらず、転輪の配置は接地圧を分散しやすい千鳥足配置を採用している。この方式は、転輪の交換にも手間と時間がかかり不利だったが、走行性能、機動性を優先した凝った設計と構造を採用している。量産性を高めるためには、このような千鳥足配置は不向きである。
Русский: Противотанковая самоходная установка «Ягдпантера» (SdKfz 173) в Центральном музее бронетанкового вооружения и техники в Кубинке. Date 8 June 2013, 12:02:36 Source Own work Author Mike1979 Russia
写真はMedia in category "Jagdpanther in the Kubinka Tank Museum" File:0624 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka (25797653823).jpg引用。


写真(右)ドイツ連邦、ニーダーザクセン州、ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンタ−駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173):ヤークトパンタ−駆逐戦車は、パンター戦車のシャーシを利用して、砲塔を撤去したパンテル戦車に巨大な戦闘室を設けて71口径8.8センチ対戦車砲8.8cm PaK 43/L71)を搭載した。手前に砲弾が展示されている。Jagdpanther at the Panzermuseum Munster
解説 Deutsch: Deutsches Panzermuseum Munster in Munster (Örtze) English: German Tank Museum 日付 2010年7月7日 原典 投稿者自身による作品 作者 Banznerfahrer
写真はWikimedia CommonsFile: Panzermuseum Munster 2010 0433.JPG引用。


駆逐戦車ヤークトパンテル Jagdpanther (Sd.Kfz. 173)は、テーガーII重戦車と同じ71口径8.8センチ対戦車砲8.8cm PaK 43/L71)を装備し、ドイツ軍最強の駆逐戦車となった。しかし、ソ連のSU自走砲と比較すると、重量が重く、車高も高いために、駆逐戦車としての秘匿性は劣っていた。なにより生産は1944年1月〜1945年4月で合計415輌と少なく、戦力としては不十分だった。

写真(右)ドイツ連邦、ニーダーザクセン州、ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンタ−駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173):ヤークトパンタ−駆逐戦車は、パンター戦車の足回りをほぼそのまま活用して、ティーゲルII重戦車と同じ大口径71口径8.8センチ戦車砲を搭載した駆逐戦車。直線的な急傾斜の前面装甲板を持っている。Jagdpanther at the Panzermuseum Munster
解説 Deutsch: Deutsches Panzermuseum Munster in Munster (Örtze) English: German Tank Museum 日付 2010年7月7日 原典 投稿者自身による作品 作者 Banznerfahrer
写真はWikimedia CommonsFile: Panzermuseum Munster 2010 0435.JPG引用。


写真(右)ドイツ連邦共和国、ニーダーザクセン州、ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173)の戦闘室後部:装甲板のつなぎ目が明瞭に判別できる。キャタピラと転輪を保護する外板が設けられている。ホローチャージ砲弾の場合、この外板で爆発するために、被弾時の破壊効果が削減できる。Jagdpanther at the Panzermuseum Munster
解説 Deutsch: Deutsches Panzermuseum Munster in Munster (Örtze) English: German Tank Museum 日付 2010年7月7日 原典 投稿者自身による作品 作者 Banznerfahrer
写真はWikimedia Commons File:Panzermuseum Munster 2010 0439.JPG引用。


写真(右)ドイツ連邦共和国、ニーダーザクセン州、ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173)の側面:車体側面には、砲身を洗浄する槓桿格納塔が残っている。機関部には、予備のキャタピラを置いて、補助装甲団としての機能を持たせている。
Deutsch: Deutsches Panzermuseum Munster in Munster (Örtze) English: German Tank Museum Date 7 July 2010 Source Own work Author Banznerfahrer
写真はWikimedia Commons File:Panzermuseum Munster 2010 0435.JPG引用。


写真(右)2010年、ドイツ連邦共和国、ニーダーザクセン州、ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173)の戦闘室正面:防盾取り付け部分に砲弾の弾痕があるが、貫通はしていないようである。砲塔取り付け基部は、大型リベットで留められた後期型である。
解説 Deutsch: Deutsches Panzermuseum Munster in Munster (Örtze) English: German Tank Museum Date 7 July 2010 Source Own work Author Banznerfahrer
写真はWikimedia Commons File:Panzermuseum Munster 2010 0431.JPG引用。


写真(右)ドイツ連邦共和国、ニーダーザクセン州、ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車Jagdpanther (SdKfz 173)の戦闘室正面:前面下部に砲弾が滑った弾痕がある3カ所見受けられるが、いずれも掠っただけで貫通はしていない。砲塔取り付け基部は、大型リベットで留められた後期型である。
Beschreibung: Jagdpanther, die Bugplatte zeigt Beschussschäden Source Own work Author Darkone (talk · contribs)
写真はWikimedia Commons File:Jagdpanzer V Jagdpanther 2.jpg引用。



5.VI号重駆逐戦車ヤークトティーガー Jagdpanzer VI Jagdtiger (Sd.Kfz. 182)

写真(右)1944年7月,スプレーで迷彩塗装を施されているVI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182) :森の中で作業しているのは、連合軍航空機に発見、攻撃されるのを防ぐためである。ティーガーII「キングタイガー」重戦車Panzer VI "Tiger II" (Königstiger)の基本方針はティーガーIの防御力と攻撃力を向上させるものである。装甲は、パンテルと同様に傾斜が強くなり、車体にもその影響が窺われるが、重量は70トン近く、パンテルの45トン、ティガーIの60トンよりも遥かに重い。そこで、トランスミッションはティーガーを高性能化したものを装備した。
Archive title: Frankreich.- Panzersoldaten auf Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) am Waldrand beim Besprühen mit Farbe (?); PK KBZ Ob. West Dating: Juni 1944 Photographer: Wagner Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild101I-721-0398-23A引用(他引用不許可)。


⇒VI号重戦車ケーニヒステーィゲル/キングタイガーを読む。

写真(右)1945年1月,ドイツ西部パーダーボルン近郊ハウステンベック、連合軍が鹵獲したドイツ陸軍VI号重戦車ティーガーIIとVI号重駆逐戦車ヤークトティーガー Jagdpanzer VI Jagdtiger (Sd.Kfz. 182) :右手前からVI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger)(砲身が内部爆発して破損)、ヤークトティーゲル重駆逐戦車、VI号戦車ティーガー?、?号戦車パンテルの順に並んでいる。
Catalogue number:BU 8016 Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War Alternative Namesobject category: Black and white CreatorSmales (Sergeant) No 5 Army Film & Photographic Unit Object description: Four German heavy tanks at the Panzer experimental establishment at Haustenbeck near Paderborn. Label:Four German heavy tanks at the Henschel tank testing ground at Haustenbeck near Paderborn, Germany, June 1945. 写真は,イギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・BU 8016引用


ヤークト=ティーガー重駆逐戦車諸元:
全長10.654 m、車体長7.62 m、全幅3.625 m、全高2.945 m
重量75 t
速度:41.5 km/h(整地)、20 km/h(路外)、航続距離170 km(整地)、120 km(路外)
主砲:55口径128 mm Pak44 L/55(搭載砲弾数40発)
7.92mm MG34機関銃 1丁
装甲:戦闘室前面250 mm、 側面・後面80 mm、 上面40mm 車体前面上部150 mm、車体前面下部100 mm、側面80 mm、 底面25 mm
エンジン:マイバッハHL230P30V型12気筒液冷ガソリン700 hp/3,000 rpm (520 kW)
乗員6名

⇒ドイツ装甲師団チェコ38(t),III号,IV号戦車,III号突撃砲,IV号駆逐戦車,ヘッツァーを読む。
⇒VI号重駆逐戦車ヤークトティーゲル Jagdpanzer VI Jagdtiger を読む。


6. 1944年の西側連合軍の対戦相手ーV号ヤークトパンターのライバル

オードナンス75ミリQF速射砲Ordnance QF 75 mm)にはアメリカ製M4シャーマン中戦車の搭載した75mm砲と共通の砲弾が使用できる(薬莢は3インチ砲用を接合)ので、弾丸の量産の上では好都合だった。イギリス軍には多数のシャーマン中戦車が貸与されていたからである。弾丸と薬莢が一体化した実包としてみると、チャーチルの75ミリ速射砲・砲弾とシャーマンの75ミリ戦車砲・砲弾は、後半の薬莢レベルでことなるので、互換性はないが、前半の弾丸部分は同一である。

HE榴弾が使えない6ポンド速射砲では、敵火力拠点の制圧に不便であったが、榴弾が実用化され爆発力を向上させたことで汎用性が高まった。6ポンド速射砲に換えて、QF75mm速射砲を装備したチャーチルMk.VI歩兵戦車の生産台数は200 輌と少ない。この次のタイプのチャーチルMk.VIIは1944年6月のノルマンディ上陸戦に初実戦投入され1600輌も量産されている。チャーチル歩兵戦車の総生産台数は7,368輌。

イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV

写真(右)1944年6月26日、イギリス軍第11装甲師団司令部のクロムウェルCromwell 巡航戦車、その後に続くのは2両のセントー巡航戦車。
THE BRITISH ARMY IN THE NORMANDY CAMPAIGN 1944, NEAR MALTON IN YORKSHIRE, 29 SEPTEMBER 1942、 Catalogue number: B 6011, Part of MINISTRY OF INFORMATION SECOND WORLD WAR COLOUR TRANSPARENCY COLLECTION, Production date: 1944-06-26、Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Colour, Creator: War Office official photographer, 
Object description: A Cromwell command tank, named 'Taureg II', of 11th Armoured Division HQ leads a Centaur OP tank with dummy gun and two Shermans during Operation 'Epsom', 26 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 6011)引用。


A27M巡航戦車Mk.VIII クロムウェルCruiser Tank Mk VIII Cromwell )が搭載した オードナンス社18.65口径95ミリ速射榴弾砲 Ordnance QF 95-mm howitzer)は、1942年開発、1944年から部隊配備された火力支援用の榴弾砲で、95 mm (3.7 インチ:in) L/18.65は、発射速度7発/分、初速330 m/s (1,100フィート: ft/s)、有効射程距離7,315 m (8,000 ヤード:yd)

⇒イギリス陸軍A27M クロムウェル 巡航戦車 Mk VIII Cromwell VI (A27M)

写真(右)1944年頃、イギリス、イギリス軍のA30 チャレンジャー(Challenger)巡航戦車
TANKS AND AFVS OF THE BRITISH ARMY 1939-45、 Catalogue number: MH 4105、Part of MINISTRY OF SUPPLY (KIDBROOKE) COLLECTION, Subject period: Second World War、  Alternative Names: object category: Black and white、Object description: Cruiser tank Challenger (A30). Standard production.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MH 4105)引用。


⇒イギリス陸軍A30 チャレンジャー巡航戦車 Cruiser Mk.VIII Challenger

写真(右)イギリス、イギリス軍のA34 コメット巡航戦車 Cruiser Tank Cometの記録写真(斜め前方よりの撮影):TANKS AND AFVS OF THE BRITISH ARMY 1939-45、 Catalogue number: KID 957, Part of MINISTRY OF SUPPLY (KIDBROOKE) COLLECTION、 Subject period: Second World War、Alternative Names: object category: Black and white,
Object description: Cruiser tank Comet I (A34)
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (KID 957)引用。


A34 コメット巡航戦車 Cruiser Tank Cometの諸元:
全長:7.77 m、車体長:6.55 m、全幅:3.04 m、全高:2.67 m
重量:33 t、 乗員:5 名
最高時速:50 km/h(整地)、航続距離:250 km
兵装:77 ミリHV、7.92ミリベサ機関銃2丁
砲塔装甲:前面102ミリ、側面 64ミリ、後面 57ミリ
車体装甲:前面下部 64ミリ、前面 74ミリ、側面上部32ミリ+14ミリ、後面32ミリ
車体上面 20-25ミリ、砲塔上面25ミリ
発動機:ロールスロイス・ミーティアMeteor液冷ガソリンエンジン600 馬力 (447 kW)
生産台数: 1944年143輌、1945年5月まで598輌。

イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車

写真(右)1945年5月4日、ドイツ、オランダ国境近くのケーヴェラアー(デュセルドルフ北西50キロ)、イギリス軍第8装甲旅団のM4シャーマンSherman中戦車に続く長砲身17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載したM4シャーマン・ファイアフライ中戦車
Catalogue number: B 15147, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Hutchinson (Sgt)、  Alternative Names: object category: Black and white,  Object description: Sherman tanks and transport of 8th Armoured Brigade moving through Kevelaer, 4 March 1945. Label: Sherman tanks and transport of 8th Armoured Brigade moving through Kevelaer, Germany, 4 March 1945. 
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 15147)引用。


イギリス軍の巡航戦車は「C」で始まる歴史的単語にすると命名方法があったため"Challenger "(艦船の名称として頻繁に採用された)と命名された。Mk.VIII クロムウェルCromwell巡航戦車(A27)の攻撃力を強化するために、砲塔にM4シャーマン ファイアフライと同じイギリスのオードナンス社17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲Ordnance QF 17-pounder)を搭載。

 第二次世界大戦の初期、武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給されイギリス軍が自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車、クルーセイダー巡航戦車よりも、アメリカで生産されイギリスに貸与されたM4シャーマン Sherman中戦車のほうが多い。しかし、イギリス軍はアメリカ製M4シャーマンの車体をそのままに、砲塔を新たに製造して従来の75ミリ戦車砲をイギリス、オードナンス社58.3口径オードナンス17ポンド速射砲(76.2ミリ)対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)に変換したM4ファイアフライSherman Firefly Vc )を生産、配備した。したがって、量産性にも装備訓練にも手間がかかる、チャレンジャー戦車を開発した理由は、イギリスの威信のためだった。

⇒イギリス陸軍シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly

写真(右)フランス、ソミュール、ソミュール・エスティエンヌ将軍戦車博物館(ソミュール戦車博物館)に展示されているアメリカ軍M4A1E8シャーマン中戦車: 高射砲を改造した3インチ76.2ミリM7戦車砲(3-inch Gun M7 )を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体、エンジン、サスペンションはM4シャーマン戦車をそのまま利用している。
Title: M4 Sherman tank. On display at Saumur Général Estienne Museum., M4A1E8 tanks M4A1 Sherman in museums Sherman tanks in the Musée des Blindés Sherman tanks in French service 2nd Armored Division (France) Date Created/photographer: 2009/7/8, Rama
写真はWikimedia Commons>File:Sherman img 2301.jpg引用


M4シャーマン戦車が搭載していた75ミリ砲が対戦車戦闘では威力不足だったために、76mm戦車砲M1に変換したM4A3(76)W HVSS (Sherman IIIAY)中戦車が開発された。この戦車は"Sherman Easy Eight"の愛称で呼ばれ、アメリカ本土、クライスラー(Chrysler)社デトロイト戦車製造工場(Detroit Tank Arsenal)で1944 - 1945年の間、生産された。後期型は、76mm戦車砲M1の砲身長、戦車砲塔の容積と重量バランスを考慮して軽量化した76mm戦車砲M1A1に変換された。76mm戦車砲M1A1は砲身が15インチ (380 mm)短縮、従来の57口径から52口径に減少している。

写真(右)1944年8月12日、北イタリア、イギリス軍第6装甲師団第72駆逐戦車連隊のアメリカ製M10ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:大射程で火力支援を行うために、戦車の搭載する3インチ戦車砲の仰角を上げるために、M10駆逐自走砲を坂道に乗せて、仰角を大きくかかげている。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 17868, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 2 Army Film & Photographic Unit,  Object description: An M10 tank destroyer of 72nd Anti-Tank Regiment, 6th Armoured Division, in action, 12 August 1944. The gun is firing in the indirect fire support role.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 17868)引用。


アメリカ製 M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車M10 Wolverine 3-inch self-propelled gun)は、アメリカ製3インチ高射砲を、イギリス製76.2ミリ17ポンド速射砲(Ordnance QF 17-pounder)に変換し装備した駆逐戦車だが、砲塔上面には開放式(オープントップ)で装甲は全くされていないため、自走砲に近い。

3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲のAPC(通常弾)M62は、敵のドイツ陸軍IV号戦車の搭載した48口径7.5センチ砲以上の能力がある。また、タングステン芯を使ったHVAP(高速徹甲弾)M93の場合、3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲の貫通力はドイツ軍の8.8センチ砲と同等の威力があった。

⇒イギリス軍M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲戦車 3-inch Gun Motor Carriage(GMC)

  写真(右)1944年10月12日、オランダ、イギリス軍王室砲兵隊第11装甲師団第75駆逐戦車5シャーウッド・フォレスト歩兵部隊と第93駆逐戦車連隊のアメリカ製 M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲をイギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換、改修した。
Catalogue number: NA 18091, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Evans, J L (Capt),  Object description: An Achilles tank destroyer of 75th Anti-Tank Regiment, 11th Armoured Division, Royal Artillery, Holland, 12 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (NA 18091)引用。


M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車の主砲は、3インチ M7戦車砲で、通常のM4シャーマン搭載の75ミリ戦車砲よりも対戦車戦闘能力は高かった。後に新型シャーマン・ファイアフライが搭載した76 ミリM1戦車砲と弾頭・口径は共通の76.2ミリ(3インチ)である。しかし、76.2ミリ(3インチ)薬莢は若干大型で装薬量が多く、砲身も長く、装甲貫通能力能力は若干勝っている。

M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車の3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲は、長砲身であり、この砲を装備したために、重心が前方に偏ってしまった。そこで、砲塔後部に張出しを付けて、そこに砲弾、機銃などを搭載して重心のバランスをとっていた。M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車の後期型からは、砲塔後面にカウンターウエイトを搭載、最終型ではカウンターウエイト後方を延長して道具箱を設けている。

⇒イギリス陸軍M10 アキリーズ 17ポンド駆逐自走砲戦車 GMC (Gun Motor Carriage)


◆2011年9月2日・9日(金)午後9時からNHK-BS歴史館「側近がみた独裁者ヒトラー」でRudolf Hess ルドルフ・ヘス及びLeni Riefenstahl レニ・リーフェンシュタールにゲスト出演。再放送は9/4(日)12時、9/7(水)24時及び9/11(日)12時、9/13(水)24時。
◆毎日新聞「今週の本棚」に,『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。
◆2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
そこでは、ポーランド侵攻、ゲットー設置、ホロコースト、レジスタンス弾圧、東方生存圏、ソ連侵攻バルバロッサ作戦も解説しました。

サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo

VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
アンネの日記とユダヤ人
ハンセン病Leprosy差別

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