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◆ブロームウントフォスBlohm & Voß BV-141偵察機
写真(上)1940-1941年頃、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-5試作5号機 A型偵察機
BMW132空冷星形9気筒エンジン860hp搭載。近距離偵察機は、地上軍と密接な連携をとる直接協力偵察「直協」で、大戦勃発当初は、ヘンシェルHs126が当たっていた。
Ray Wagner Collection Image PictionID: 43932793 - Title: Blohm & Voss Bv 141V-5 Nowarra photo - Filename:16_005031.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はImperial War Museums SDASM Archives- Catalog:16_005031引用。


写真(上)1942年5月6日、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV 141 V11試作11号機 B-0型偵察機(登録コード:NC + RB)
BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560hp搭載。電撃戦の地上軍と航空軍の連携を図るために、1941年6月に東部戦線が勃発してからもソ連相手に活躍する新型の近距離偵察機が求められた。
BV 141 - das erste unsymmetrische Flugzeug der Welt! Weitere Stärkung der Schlagkraft unserer Luftwaffe. Die Flugzeugwerke der weltbekannten Schiffswerft Blohm & Voss haben für die deutsche Luftwaffe mit der BV 141 ein in Aufbau und Formgebung vollkommen neuartiges Flugzeugmuster entwickelt, das bei seinen ersten Einsätzen im Ostfeldzug überragende Erfolge verbuchen konnte. Title Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 Photographer Stöcker
6 May 1942 German Federal Archives Current location Sammlung von Repro-Negativen (Bild 146) 写真はWikimedia Commons,  Category:Blohm & Voss BV 141- https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bundesarchiv_Bild_146-1980-117-01,_Aufkl%C3%A4rungsflugzeug_Blohm_-_Vo%C3%9F_BV_141.jpg引用。

1.ドイツ空軍ヘンシェル(Henschel)Hs 126近距離偵察機

写真(右)1937-1938年頃,第二次世界大戦突入前のドイツ空軍ヘンシェル(Henschel)Hs 126近距離偵察機:1935年のドイツ再軍備宣言、ドイツ空軍の設立以降、尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ (Hakenkreuz:ナチ党のカギ十字)を描いた国籍マークだった。しかし、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、尾翼の赤帯と白丸のスワスチカ (Swastika:ハーケンクロイツ)は敵から発見されやすかったために廃止になり、ハーケンクロイツだけなった。
SDASM Archives Henschel, Hs 126 PictionID:44219292 - Title:Henschel, Hs 126 - Catalog:16_005362 - Filename:16_005362.TIF
写真はSDASM Archives・PictionID:44219292 引用(他引用不許可)。

ドイツ空軍ヘンシェル(Henschel)Hs 126近距離偵察機は、1936年8月初飛行、1937年から量産された複座近距離偵察機である。 ドイツ空軍ヘンシェル(Henschel)Hs 126 近距離偵察機は、単葉でパラソル翼で視界がよい。飛行場だけではなく、平坦な草地ど未整備な土地であっても、丈夫な脚と離着陸距離の短さのために、離着陸ができた。不整地に近い野戦飛行場で使用できたために、地上軍との協力関係も密接になった。

ヘンシェルHS-126 ドイツ機の国籍記章は、1933年1月末、ナチ党政権となってから、当初は、黒白赤三色ストライプの国章だったが、1935年以降、再軍備宣言がなされ、ドイツ空軍が創立されると、赤帯に白丸とハーケンクロイツを描いた国章が決まった。その後、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、赤帯と白丸は目立つために敵からの標的にされやすかった。そこで、黒色のハーケンクロイツのみが小さく描かれるように変更された。

高翼式主翼、固定式降着装置という堅実な設計のヘンシェル(Henschel)Hs 126近距離偵察機の初飛行は1936年8月、試作3号機が搭載している発動機はBMWブラモ323空冷星型9気筒エンジンだが、量産型A型はそれを引き継いだ。しかし、次の量産型ヘンシェル(Henschel)Hs 126 Bでは、より普及していたBMW132空冷星形9気筒エンジンに変換されている。

写真(右)1941-1942年頃,泥濘の飛行場に着陸しているドイツ空軍ヘンシェル (Henschel) HS-126 近距離偵察機:主輪カバーを外してあるのは雪が主輪カバーに詰まって、主輪が回転しなくなってしまうため。垂直尾翼には、水平尾翼を支える支柱が2本伸びているのが分かる。降着装置は、主輪も尾輪も固定式である。
Fotocollectie Spaarnestad Onderwerpen Reportage / Serie Duitse luchtmacht door Noord-Afrika Beschrijving Noord-Afrika. Een Duits verkenningsvliegtuig van het type Henschel Hs 126 op een door regenbuien modderig geworden vliegveld
写真はNationaal Archief, Het Genootschap voor het Nationaal Archief en Spaarnestad Photo 引用。


図(右)ドイツ空軍ヘンシェル (Henschel) HS-126 偵察機の三面図
English: Henschel Hs 126 Date 21 October 2014, 09:55:07 Source Own work Author Kaboldy
図は,Category:Henschel Hs 126 File:Henschel Hs-126.svg引用。


1939年夏、第二次大戦勃発時には、ヘンシェル(Henschel)Hs 126B-1偵察機が登場したが、この機体はA型のBMW132空冷星形9気筒エンジン(排気量27.7L)をブラモBramo323A空冷星形9気筒エンジン(排気量26.8L)エンジンに変換し、高高度性能と短距離離着陸性能を向上させている。

ヘンシェル (Henschel) HS-126 近距離偵察機諸元
初飛行:1936年8月
量産期間:1938–1941年
生産機数: 935機
全長: 10.85 m
全幅: 14.50 m
全高: 3.75m
全備重量: 3,275 kg
発動機: ブラモBramo323A-1 空冷9気筒エンジン(排気量26.8 L) 850 hp
最高速力: 356 km/h
航続距離: 720 km
武装 7.92ミリMG17前方固定機銃1丁、7.92ミリMG15旋回機銃1丁
爆弾搭載量: 100 kg
乗員: 2名

1940年6月のフランス降伏で,ヘルマン・ゲーリングHermann Göring)は、元帥より上位の国家元帥に昇進。1940年8月以降の英国本土航空決戦は失敗に終わったが,1941年6月のソ連侵攻「バルバロッサ作戦」では東部戦線に兵力を集中させ,奇襲に成功,大戦果を挙げた。
1942-1943年冬,スターリングラード空輸を請合ったが,失敗。1944年以降のドイツ本土防空戦でも,大損害を被った。


2.アラド(Arado)Ar 198 偵察機試作機


写真(上)1938年3月頃,ドイツ、第二次世界大戦突入1年半前に完成したアラド(Arado)Ar 198 V1偵察機試作1号機(D-ODLG、工場製造番号c/n 2651)
:1937年のドイツ航空省の単発3座全周視界の近距離偵察機の競争試作に応じて、アラド社が開発し1938年3に初飛行させた機体。試作1機のみで不採用となった。
SDASM Archives
Ray Wagner Collection Image
Myhra_00625 D-ODLG Arado Ar198 V-1 c/n 2651 David Myhra Collection Image--.
写真は,SDASM ArchivesFollow・- Myhra_00625 引用。


1937年初めの段階で、パラソル翼のHs126近距離偵察機が完成し、飛行試験を行っていたので、ドイツ空軍は、単発複座の近距離偵察機を確保し、陸軍との曲折協力任務にも応じることができる状態だった。しかし、ドイツ航空省RLMは、Hs126近距離偵察機後継機として、単発3座で、パラソル翼以上の全方位視界を確保できる近距離偵察機の競争試作をアラド(Arado),ブロームウントフォス(Blohm & Voss :当初Hamburger Flugzeugbau Division), フォッケウルフ(Focke- Wulf), ヘンシェル(Henschel)の4社に命じた。これに忠実に応じたのが、単発3座のアラド(Arado)Ar 198とブロームウントフォスBv 141試作機だった。

写真(右)1938年3月頃,ドイツ、第二次世界大戦突入1年半前に完成したアラド(Arado)Ar 198 V1偵察機試作1号機(D-ODLG):胴体下面にガラス風防を張って、下方の地上視界を確保している。初飛行は1938年3月。
Description Photo of Arado Ar 198 recon aircraft left front. Author or copyright owner Lennart Bonenne Source (WP:NFCC#4) http://www.histaviation.com/ar_198.html Date of publication March 1938 Use in article (WP:NFCC#7) Arado Ar 198
写真はWikipedia,Category:Abandoned military aircraft projects of Germany・File:Arado Ar 198 recon aircraft.jpg引用。

1936年のドイツ航空省の単発3座近距離偵察機の試作要請をアラド(Arado),ブロームウントフォス(Blohm & Voss :当初Hamburger Flugzeugbau Division), フォッケウルフ(Focke- Wulf), ヘンシェル(Henschel)の4社に出した。単発とした理由は、未舗装野外滑走路でも使用できるように短距離滑走で離着陸可能な条件を満たすための重量制限であろう。

1935年のドイツ再軍備宣言、ドイツ空軍の設立以降、尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ (Hakenkreuz:ナチ党のカギ十字)を描いた国籍マークだった。しかし、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、尾翼の赤帯と白丸のスワスチカ (Swastika:ハーケンクロイツ)は敵から発見されやすかったために廃止になり、ハーケンクロイツだけなった。

写真(右)1938年3月以降,ドイツ、舗装滑走路に待機するアラド(Arado)Ar 198 V1偵察機試作1号機(D-ODLG):1938年2月25日にアラド(Arado)Ar 198試作1号機が初飛行した。しかし、すぐに不採用が決定した。
写真は,kitchener.lord・- Arado Ar 198引用。


アラド(Arado)Ar 198V-1諸元
乗員Crew: three
全長Length: 11.80 m (38 ft 9 in)
全幅Wingspan: 14.90 m (48 ft 11 in)
全高Height: 4.51 m (14 ft 10 in)
主翼面積Wing area: 35.20 m2 (378.9 sq ft)
空虚重量Empty weight: 2,400 kg (5,290 lb)
総重量Gross weight: 3,031 kg (6,683 lb)
発動機Powerplant: BMW-Bramo 323A 空冷星形9気筒エンジン 670 kW (900 hp)
最高出力Maximum speed: 359 km/h (223 mph, 194 kn) 高度 3,500 m (11,485 ft)
航続距離Range: 1,081 km (672 mi, 584 nmi)
実用上昇限度Service ceiling: 8,000 m (26,250 ft)
兵装Armament
7.92 mm MG 17 前方固定機関銃1挺、MG 15旋回機関銃2丁
爆弾搭載量Bombs: 50 kg (110 lb) SC50 主翼下面の4基の爆弾懸架

図(右)1938年3月以降,第二次世界大戦突入前のアラド(Arado)Ar 198 V1偵察機試作1号機(D-ODLG)樹脂キットのケース挿絵:1935年のドイツ再軍備宣言、ドイツ空軍の設立以降、尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ (Hakenkreuz:ナチ党のカギ十字)を描いた国籍マークだった。しかし、鍵十字マークの掲載が禁止されている欧州諸国もあるため、挿絵では架空の記章を描いている。1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、尾翼の赤帯と白丸のスワスチカ (Swastika:ハーケンクロイツ)は敵から発見されやすかったために廃止になり、ハーケンクロイツだけなった。
Description Photo of Arado Ar 198 recon aircraft left front. Author or copyright owner Lennart Bonenne Source (WP:NFCC#4) http://www.histaviation.com/ar_198.html Date of publication March 1938 Use in article (WP:NFCC#7) Arado Ar 198
写真はamazon.co.jp,Planet Models 1 : 72 Arado Ar 198樹脂キット# plt071・ASIN ‎B00SNUVAGC引用。


アラドの開発した BMW-Bramo 323A (900 hp)670 kW 1基搭載のアラド(Arado)Ar 198V1偵察機試作1号機(D-ODLG)は、1938年3月に初飛行したが、採用されなかった。


3.ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)Ha-141 試作機

1938年3月にアラド(Arado)Ar 198試作1号機が初飛行したが、その直前1938年2月25日にリヒャルト・フォークト博士の設計になるハンブルクHa141自主試作機(ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 V2試作2号機)が初飛行している。

写真(右)1938年,ドイツ、側方から見たハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141独自試作機=ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141V-2 偵察機試作2号機(登録コード:D-ORJE):リヒャルト・フォークト設計で、ハンブルク航空の自主試作として1938年2月25日に初飛行した。のちに航空省の認可を得て、V2試作2号機と命名された。
SDASM Archives
Ray Wagner Collection Image
PictionID:43932744 - Title:Blohm & Voss Bv 141V-2 Nowarra photo - Filename:16_005027.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation -.
写真は,SDASM ArchivesFollow・- Catalog:16_005027引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)Bv 141V1試作機1号機の原型となるハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141自主試作機(登録コード:) は、1938年2月に初飛行した。自主試作の意味は、ドイツ航空省はリヒャルト・フォークトRichard Vogt)博士設計の左右非対称の異形の偵察機が、飛行機の常識を無視したものと判断して、試作機製造のための資金支援を拒否したことために、ハンブルク航空が自社経費で独自試作したことによる。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、飛行するハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141自主試作機;ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-2偵察機試作2号機(登録コード:D-ORJE):V2試作2号機とされたが、完成も初飛行もV1試作1号機よりも半年早いのが、原形のHa 141自主試作機で日本で仕事をしていた時期も長いドイツ人リヒャルト・フォークト技師の設計になり、1938年2月25日に初飛行している。
SDASM Archives
Myhra_00613 David Myhra Collection Image HA 141 (BV 141 V2)-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum .
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00613引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141は、左胴体先端にBMW132空冷星形9気筒エンジン、右主翼上に全面ガラス張りのコックピットを備えた非対称の偵察機である。Bv 141の原型Ha141(Bv141V2)は、左右対称の尾翼で、1938年2月25日に初飛行した。

ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141の場合、胴体・エンジンからコックピットを離した左右非対称とした機体構造が、良好な視界とトルクの相殺に有効に左右したため、操縦性は低下しなかったと考えられる。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、飛行場で待機するハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141-0(登録コード:D-ORJE);ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 V2 試作2号機(BV 141 A-O)偵察機(真正面):段のある局面コックピットなので、自主試作の第1号機である。
SDASM Archives
Myhra_00616 David Myhra Collection Image BV 141 V2 (Ha 141-0)-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum
写真は,SDASM Archives・Myhra_00616引用。


日本の川崎航空に招かれた経験を持つドイツ人リヒャルト・フォークト技師は、Ha141自主試作機を設計し、1938年2月25日に初飛行させた。競争試作ライバルのアラド(Arado)Ar 198試作1号機の初飛行は、その後の1938年3月である。また、航空省が試作を認可したBv 141V-1偵察機試作1号機(登録コード:D-OTTO)は、Ha141を原型とし、1938年9月に初飛行している。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、雪の残る舗装飛行場で待機するハンブルクHa 141;ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141V-2 偵察機試作2号機(登録コード:D-OTTO):日本で仕事をしていた時期も長いドイツ人リヒャルト・フォークト技師の設計になり、段なしのコックピットである。
SDASM Archives
Myhra_00626 David Myhra Collection Image BV 141 V1.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00626引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141偵察機は、日本で仕事をしていた時期も長いドイツ人リヒャルト・フォークトRichard Vogt:1894-1979)博士が、良好な視界を確保する目的で、偵察員席を胴体から離したために、左右非対称の設計となった。ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141の原型は、ハンブルク航空Ha141自主試作機で、BMW132空冷星形9気筒エンジン1基を装備し、1938年2月25日に初飛行した。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、飛行しているハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141独自試作機機(D-ORJE)(ブロームウントフォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-2 偵察機試作2号機):航空省が認可しなかったため、当初は試作V番号なし。のちに航空省は認可したが、Bv141V1試作1号機とはせずにBv141V2試作う2号機と命名した。コックピットは、段があり、後方が操縦席、機首には偵察員の席がある。
SDASM Archives
Ray Wagner Collection Image
PictionID:43932732 - Title:Blohm & Voss Bv 141V-2 Nowarra photo - Filename:16_005026.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation.
写真は,SDASM ArchivesFollow・- Catalog:16_005026引用。


1936年1月に新生ドイツ空軍技術開発局長に就任した第一次大戦以来の名パイロットエルンスト・ウーデットは、左右非対称機に興味を示した。そこで、ブロームウントフォス(Blohm & Voss)前身のハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141は、自社負担でHa 141 試作1号機を完成させ、1938年2月25日に初飛行させた。この試作機には、難点もあったが、これは試作機にはつきものであり、ウーデット将軍自身もハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)が自主試作した Ha 141を試験飛行したこともあって、航空省は、ブロームウントフォスに対して2機の試作機、ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141V1試作1号機(D-OTTO)、V3試作3号機(D-OLGA)の生産を認めた。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、飛行しているハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141(登録コード:D-ORJE);ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-2偵察機(登録コード:D-ORJE):コックピットは、段があり、後方が操縦席、機首には偵察員の席がある。
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PictionID:43932732 - Title:Blohm & Voss Bv 141V-2 Nowarra photo - Filename:16_005026.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation.
写真は,SDASM Archives・- Catalog:16_005026引用。


ヒトラー政権になっても、1935年3月のドイツ再軍備宣言までは、プロイセン軍、旧ドイツ帝国軍の伝統である黒白赤三色の国章を、ドイツ機の尾翼に描いて、国籍マークとしていた。しかし、1935年、ヒトラーが再軍備を宣言し、第一次世界大戦の撃墜王ヘルマン・ゲーリングの下、ドイツ空軍が設立されると、ドイツ軍機は、尾翼に赤帯に白丸とスワスチカ(ハーケンクロイツ:ナチ党のカギ十字)の国籍マークを採用した。スワスチカは、ナチ党のイデオロギー、政治思想を軍人にまで浸透させることを反映したもので、軍人の忠誠宣言がドイツに対してでは、ヒトラーに対する忠誠を誓うものと変更されたのと同じ動機である。また、高速の機体の国籍、敵味方の認識をしやすくするため、機体・主翼の上下にも、白の縁取り付きの黒色バルカンクロス(鉄十字)の国章を追加した。

1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、激しい航空戦が展開され、敵の空襲も予期する必要があったため、尾翼の赤帯と白丸のハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字:スワスチカ)は敵から発見されやすいいとして、取りやめになった。その代わり、ナチ党のイデオロギーを示す国章として、尾翼に黒色白縁取りのナチ党のカギ十字(スワスチカ)を付け足した。ハインケルHe 60 のような旧式水上偵察機は、第一線で活動してはいないはずだが、このような古い機種についても国政マークの変更を行っている。後に、白渕が目立ちやすいとして、黒のバルカンクロス(スワスチカ)、ハーケンクロイツの白の縁取りは廃されている。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141-0自主試作機;ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-2偵察機試作2号機(登録コード:D-ORJE)が搭載したBMW 132N空冷星形9気筒エンジン860hp:Ha 141-0(Bv141 V2試作2号機)は、完成も初飛行もBv141 V1試作1号機よりも半年早い1938年2月25日に初飛行している。しかし、原形のHa 141は、フォークト技師の非対称飛行機の設計がドイツ航空省から異端であると認められず、ハンブルク航空の独自試作となったため、ドイツ航空省の試作機形式のVは付与されなかった。
SDASM Archives
Myhra_00636 David Myhra Collection Image BMW 132N 9-Cylinder Radial Air-Cooled.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00636引用。


ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141-0自主試作機;ブロームウントフォスBlohm & Voß Bv 141 V-2偵察機試作2号機(登録コード:D-ORJE)が搭載したBMW 132N空冷星形9気筒エンジンは、アメリカのプラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney)R-1690(排気量:27.7L) ホーネット空冷星形9気筒エンジンのドイツBMW社ライセンス生産の名称である。BMWは、1928年1月、プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney)からR-1690 ホーネットのライセンス生産の権利を購入し生産したが、ドイツ軍仕様として、空気と燃料の混合燃焼のために、ガソリンを霧状に噴射してシリンダーに送り、吸入した空気と混合する燃料噴射(fuel injection)を採用している。

本来、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141(登録コード:D-ORJE)は、ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141試作1号機V1のはずだが、これは航空省認可を得られない自主試作でありVの名称を与えられていない。ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141試作機(D-ORJE)はBv141V2試作2号機という時系列順序が反対の命名になってしまった。換言すれば、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141試作機(D-ORJE)(Bv141V2試作2号機)が完成した後で、航空省の認可したBv141V1試作1号機(D-OTTO)が生産され、1938年9月に初飛行したのである。

写真(右)1930年代,ドイツ、ブロームウントフォスBlohm & VoßBv 141の主任設計技師リヒャルト・フォークト(Richard Vog)博士(1894年12月19日- 1979年1月):
SDASM Archives
Myhra_00604 David Myhra Collection Image Blohm & Voss (Richard Vog).
写真は,SDASM Archives・Myhra_00604引用。


リヒャルト・フォークト(Richard Vogt)は、第一次世界大戦に出征するも、負傷して帰宅。1916年8月に除隊し、フリードリヒスハーフェンのツェッペリン飛行船社に就職。ドルニエ社のクラウディウス・ドルニエの恩顧を得て、第一次大戦敗戦後にシュトゥットガルト工科大学で学び、博士の学位を得た。

その後、クラウディウス・ドルニエの推挙で、1923年から1933年まで10年近く日本の神戸のドルニエ機をライセンス生産していた川崎造船所(後の川崎航空機)へ派遣され、主任設計技師の地位を得て活躍した。この間、1927年に川崎KDA-2陸軍八八式偵察機(710機生産)、1930年に川崎KDA-5陸軍九二式戦闘機(385機生産)を生み出している。

1933年、ヒトラー政権樹立後のドイツに帰国し、、新たに航空機生産に参入していたブローム・ウント・フォス造船所傘下のハングル航空の飛行機主任技師として招聘された。同社ではHa 136単葉練習機、Ha 137急降下爆撃機を設計したが、制式されずに終わった。

リヒャルト・フォークト(Richard Vogt)博士の設計になるブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141が左右非対称にもかかわらず、飛行安定性や操縦性に問題がなかったのは、プロペラ回転によるトルクが機体に与える影響について、このトルクを打ち消すように左右非対称が使われた。つまり、胴体から離して主翼上にコックピットを設け、主翼も長くすることで、重心が片側に偏向し、コックピットの側が錘として機能することで、トルクで機体が回転する力を打ち消すことになった。

写真(右)1960年代(?),アメリカで活動していた時期のリヒャルト・フォークト(Richard Vog)博士
SDASM Archives
Myhra_00662 David Myhra Collection Image Richard Vogt Prior To His Death In The U.S.-
写真は,SDASM Archives・Myhra_00662引用。


第二次世界大戦勃発直前に、ブローム・ウント・フォスBV 138三発飛行艇、Ha 139水上機、Ha 140水上雷撃機、 BV 141偵察機を設計し、戦時中も1940年にBV 222大型六発飛行艇ヴィーキング(Viking)を1944年にドイツ最大級のBV 238大型六発飛行艇を完成させている。

1945年5月のドイツの敗戦後、アメリカは優秀なドイツ人科学者をアメリカに集め働かせするペーパークリップ作戦を展開したが、フォークトもアメリカ空軍に誘われ、アメリカに移り住んだ。そして、1954年までオハイオ州デイトンのアメリカ空軍基地で、航空機専門家として雇われた。1979年1月、カリフォルニア州サンタバーバラで心筋梗塞のため84歳で死去。

リヒャルト・フォークト(Richard Vog)設計の飛行機で最も興味深いのは、制式されなかったとはいえ左右非対称の形状のブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 偵察機であろう。1940年までにブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 V試作機は、V1からV3まで3機が製造され、増加試作機として、BV 141 A-0が5機、合計8機が生産された。

左右非対称ではあるが、飛行安定性、操縦性は確保されていた。当初は、ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141は発動機としてBMW132空冷星形9気筒エンジンを搭載したが、830馬力では出力不足だったようで、競争試作のライバルだったフォッケウルフ Fw 189偵察機に後塵を拝することになった。


4.ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 試作機 A型

写真(右)1938-1939年,ドイツ、舗装滑走路に待機するブロームウントフォス(Blohm & Voß)Bv 141V-1偵察機試作1号機(登録コード:D-OTTO):日本、川崎航空で10年近く主任設計技師を務めたドイツ人リヒャルト・フォークト(Richard Vogt)技師は、1933年にドイツに帰国、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)の航空部門となったハンブルク航空の主任設計者として活躍した。彼の設計になるHa141-0は、1938年2月25日に初飛行、Bv 141V-1は1938年9月に初飛行した。
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PictionID:43932720 - Title:Blohm & Voss Bv 141V-1 Filename: 16_005025.TIF - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation.
写真は,SDASM ArchivesFollow・- Catalog:16_005025引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 V1試作1号機(D-OTTO)は、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141(登録コード:D-ORJE)Bv141V2試作2号機よりも機体が若干大型化し、右主翼に設けられたコックピットも大型化し形状が変化して、全面平面ガラス風防となった。しかし、ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 V1試作1号機は、1938年10月5日に事故で破損してしまった。

そこで残った試験飛行は、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)Bv141 V3試作3号機(D-OLGA)1機で続行され、再度機体の大型化が図られ、降着装置の間隔も拡大されて、地上安定性が改善された。また、兵装も施され、7.92mmMG17前方固定機関銃2挺、コックピット後端の360度全集可能な銃座に7.92mmMG15旋回機関銃1挺が装備された。また、胴体には、偵察用の大型写真機が設けられ、主翼下面には50キロ爆弾4発を装備できるように爆弾懸架が設けられた。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、舗装滑走路に待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141V-1偵察機試作1号機(登録コード:D-OTTO):日本で活動していた時期も長いドイツ人リヒャルト・フォークト技師の設計になる。原型Ha141は、1938年2月25日初飛行、航空省が認可したBv 141V-1偵察機試作1号機は、1938年9月に初飛行した。原形のHa141自主試作機は1938年2月25日に初飛行した。ライバルアラド(Arado)Ar 198試作1号機の初飛行は、1938年3月である。
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Myhra_00627 David Myhra Collection Image BV 141 V1 "Otto"-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM ArchivesFollow・Myhra_00627引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voß)Bv141V3試作3号機は、航空省の要求を満たしたために、航空省は先行生産型として5機の先行生産型の生産をを命じたが、これらがBv141A-0近距離偵察機で工場製造番号360から364を割り当てられている。ただし、同時に先行生産型であっても、試作Vの名称も付与され、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)Bv141 V4からV8が割り当てられている。

写真(右)1938年10月,ドイツ、未舗装の飛行場で着陸を誤ったブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V1"D-OTTO" 偵察機試作1号機(登録コード:D-OTTO):リヒャルト・フォークト技師の設計になり、段なしのコックピットである。
Myhra_00627 David Myhra Collection Image BV 141 V1 "Otto"-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・Myhra_00627引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141は、試作のみに終わったとはいえ、奇抜な設計師匠の下に完成した最も異形の飛行機である。この契機は、ドイツ航空省が1937年に各社に競争試作を要請した3人乗り単発で最大限の視界を確保できる偵察機であり、それにブロームウントフォスのリヒャルト・フォークトRichard Vogt:1894-1979)博士が、胴体からコックピットを離して設けるという左右非対称飛行機の設計で答えたのである。

写真(右)1938年10月,ドイツ、未舗装の飛行場で着陸を誤ったブロームウントフォスBlohm & VoßBv 141 V1 "OTTO" 偵察機試作1号機(登録コード:D-OTTO):リヒャルト・フォークト技師の設計になり、段なしのコックピットである。
Myhra_00617 David Myhra Collection Image BV 141 V1 (D-Otto)-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・Myhra_00617引用。


写真(右)1938年10月,ドイツ、未舗装の飛行場で着陸を誤ったブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V1 "OTTO" 偵察機試作1号機(登録コード:D-OTTO)コックピットの後上方旋回機関銃銃座:7.92mmMG15機関銃1挺をここに装備できる。
Myhra_00634 David Myhra Collection Image BV 141 V1--.
写真は,SDASM Archives・Myhra_00634引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141は、ドイツ航空省が1937年に各社に競争試作要請にこたえて、3人乗り単発で最大限の視界を確保できる全面ガラス風防のコックピットを主翼上に設けて、発動機は胴体先端にBMW132空冷星形9気筒エンジン搭載した。このような非対称の飛行機で、胴体構造に視界を邪魔されないで済む。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、飛行しているブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)HA 141-0 (BV 141 V4)偵察機試作4号機(登録コード:D-OLLE):コックピットは、段があり、後方が操縦席、機首には偵察員の席がある。
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Myhra_00576 David Myhra Collection Image HA 141-0 (BV 141 V4) D-Olle.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00576引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 V 試作機(Prototypes)
Ha 141-0 - D-ORJE; 段有りコックピット(stepped cockpit)BV 141 V2
BV 141 V1 - WNr 141-00-0171; D-OTTO その後 BL+AU
BV 141 V2 - WNr 141-00-0172; D-ORJE その後 PC+BA
BV 141 V3 - WNr 141-00-0359; D-OLGA その後 BL+AA

BV 141 A-0​ 前期先行生産型(Pre-series)
BV 141 A-01(V4); WNr 01010360; D-OLLE;
BV 141 A-02(V5); WNr 01010361 BL+AB
BV 141 A-03(V6); WNr 01010362; BL+AC
BV 141 A-04(V7); WNr 01010363; BL+AD
BV 141 A-05(V8); WNr 01010364; BL+AE

Bv141A-01近距離偵察機V4(D-OLLE)は、試作機V3とほぼ同じで、1939年初頭に初飛行し、ㇾヒリン秘密試験場で審査されたが、着陸時に再び降着装置の故障で損傷した。そこで、Bv141A-02近距離偵察機V5(D-OLLE)がレヒリンで1940年1月まで審査に用いられた。しかし、当時、すでにライバルのFw189が良好な性能を発揮しており、1940年4月に、Bv141Aは出力不足を理由にキャンセルされている。

航空省は、Bv141V1、V2,V3の試作機3機に次いで、5機の先行生産、事実上、増加試作機を認めながら、Bv141制式せずに、代わりに、同時に競争試作に応じたフォッケウルフの提出したり城家に範の双発Fw 189偵察機を制式したのである。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、舗装飛行場で引込み式降着装置をテストするブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141V-1 偵察機試作1号機(登録コード:D-OTTO):引き込み脚が稼働したときに機体を支える支柱が、主翼を支えている。支柱の上げ下げ装置を補強していないのがA型である。水平尾翼は左右対称なのでBv141 A初期型で、尾輪も動かないように木枠で固定されている。
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Myhra_00596 David Myhra Collection Image BV 141 Port Main Landing Gear-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00596引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141は左右非対称だったが、プロペラ回転によるトルクが機体に与える悪影響をそれが相殺したために、飛行安定性や操縦性に問題がなかった。つまり、胴体から離して主翼上にコックピットを設け、主翼も長くすることで、ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141の重心が片側に偏向し、コックピットの側が錘として機能することで、プロペラ回転によるトルクで機体がぶれる力を打ち消すことができた。

つまり、胴体・エンジンからコックピットを離した左右非対称の機体構造が、良好な視界とトルクの相殺に繋がったのである。

写真(右)1939年後半,ドイツ、着陸時に降着装置の故障で不時着したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)HA 141 A-0 (BV 141 V4)偵察機試作4号機(登録コード:D-OLLE)
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Myhra_00577 David Myhra Collection Image BV 141 "Olle" After A Forced (V4) Landing As A Result Of Hydralic Failure-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00577引用。


Bv141A-01近距離偵察機V4(D-OLLE)は、試作機V3とほぼ同じで、1939年初頭に初飛行し、ㇾヒリン秘密試験場で審査されたが、着陸時に再び降着装置の故障で損傷した。そこで、Bv141A-02近距離偵察機V5(D-OLLE)がレヒリンで1940年1月まで審査に用いられた。しかし、当時、すでにライバルのFw189が良好な性能を発揮しており、1940年4月に、Bv141Aは出力不足を理由にキャンセルされている。3名の搭乗するコックピットは、初期型よりも大型化し、平面ガラス風防で覆われている。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、未舗装の飛行場で着陸を誤ったらしいブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-4偵察機試作4号機(登録コード:D-OLLE):日本の川崎飛行機で10年近く飛行機設計の仕事をしていたドイツ人リヒャルト・フォークト技師の設計になり、段なしのコックピットである。
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- Catalog: 16_005030 - Title: Blohm & Voss Bv 141V-4 Nowarra photo - Filename: 16_005030.TIF .
写真は,SDASM ArchivesFollow・PictionID: 43932781引用。


写真(右)1938-1939年,ドイツ、飛行中のブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-3偵察機試作3号機(登録コード:D-OLGA)上面:リヒャルト・フォークト技師の設計になり、前方段、後方段有りのコックピットである。尾翼の国籍記章は、第二次大戦勃発前の赤帯白丸に黒のナチ党鍵十字。
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Ray Wagner Collection Image PictionID:43932757 - Title:Blohm & Voss Bv 141 V-3L Nowarra photo - Filename:16_005028.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM ArchivesFollow・- Catalog:16_005028引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141の原型しているハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) Ha 141 自主試作機の発動機は、BMW131空冷星形90気筒エンジン860馬力1基で、1938年2月25日に初飛行した。ブロームウントフォス(Blohm & Voß)前期型BV-141 A試作1号機V1ha 1938年9月に初飛行した。その後、後期型BV-141 Bは、より強力なBMW801空冷星形14気筒エンジン1560馬力換装し、1941年1月に初飛行している。

写真(右)1939-1940年,ドイツ、飛行機格納庫内で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-3 偵察機試作3号機(登録コード:(D-OLGA;ただに後にBL-AAに変更)のコックピット後半と主翼後縁のフラップ:胴体には整備用なのかは梯子がおかれている。
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Myhra_00641 David Myhra Collection Image BV 141 V3 "D-Olga" Originally But Changed To BL & AA.
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00641引用。


写真(右)1939-1940年,ドイツ、飛行機格納庫内で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-3 偵察機試作3号機(登録コード:(D-OLGA;ただに後にBL-AAに変更)のコックピット前半分:右端の胴体先端にBMW132空冷星形9気筒エンジン1基が搭載されている。
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Myhra_00623 David Myhra Collection Image BV 141 V3 (D-Olga Then Changed To BL - AA).
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00623引用。


写真(右)1938-1939年,ドイツ、飛行場で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 V-4 偵察機試作4号機(登録コード:D-OLLE):日本で仕事をしていた時期も長いドイツ人リヒャルト・フォークト技師の設計になり、段なしのコックピットである。
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PictionID: 43932769 - Title: Blohm & Voss Bv 141V-3 (V-4?) Nowarra photo - Filename: 16_005029.TIF.
写真は,SDASM Archives・- Catalog:16_005029 引用。


ヒトラーの第三帝国は,弱肉強食の掟を奉じ,弱いものを支配し,領土を拡張した。ヒトラーは,激烈な生存闘争を生き残り,生存圏を確保するには,弱肉強食の戦争にあって,敵を殲滅する勝利が不可欠であると考えた。

写真(右)1940年1月、ドイツ、雪で覆われた飛行場で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141V-6偵察機試作6号機:雪原となった飛行場で待機するBV-141V6試作6号機は、BMW132空冷星形9気筒エンジン1基を装備している。
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PictionID: 43932805 - Title: Blohm & Voss Bv 141V-6 Delivered January 1940 Nowarra photo - Filename: 16_005032.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file..
写真は,SDASM Archives・- - Catalog: 16_005032 引用。


1941年6月、ドイツ軍はソ連に侵攻し、開戦当初は奇襲により東部戦線の前線に配備されていた多数のソ連空軍機を地上で破壊した。そして、北方軍集団ではレニングラードを、中央軍集団はスモレンスクを、南方軍集団はキエフを目指し、損害を被りながらも順調に前進した。

写真(右)1940-1941年,ドイツ、飛行場で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 V8 試作8号機(BV 141 A-O)偵察機(正面):BV-141 Aは前期型で試作機とおなじく発動機はBMW132空冷星形9気筒エンジン850馬力で出力不足だった。後期型BV-141Bは発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1600馬力に強化した。
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Myhra_00580 David Myhra Collection Image BV 141 V8 (BV 141 A-O)-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum
写真は,SDASM Archives・Myhra_00580引用。


しかし、ドイツ中央軍集団から南方軍集団へ装甲師団を増援部隊として抽出、派遣したために、中央軍集団では、計画してモスクワ侵攻が遅れてしまうこととなった。モスクワ攻撃は、失敗に終わった。

写真(右)1942年,ドイツ、未舗装の飛行場で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 V8 試作8号機(BV 141 A-O)偵察機(正面):搭載した発動機BMW132空冷星形9気筒エンジン850馬力は、ユンカースJu-52/3m輸送機やヘンシェルHs-123急降下爆撃機と同じだったが、BV 141には出力不足だった。
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Ray Wagner Collection Image PictionID:43932818 - Catalog:16_005033 - Title:Blohm & Voss Bv 141V-8 - Filename:16_005033.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真は,SDASM Archives・- Catalog:16_005033 -引用。


ヒトラーは、ソ連南方の石油、鉄鉱石などの地下資源を確保したかったのだが、結局、カフカスの油田を攻略することはできなかった。ドイツ側の損害は、バルバロッサ作戦の当初から、西部戦線とは比較にならないほど膨大だったが、これはソ連赤軍が徹底抗戦し、その保有していた兵器も優れていたためである。

写真(右)1942年,ドイツ、飛行場で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 V5 試作5号機(BV 141 A-O)偵察機(真正面)
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Myhra_00579 David Myhra Collection Image BV 141 V5 (BV 141 A-O)
写真は,SDASM Archives・Myhra_00579引用。


ドイツ東部戦線では、天候・気象要因の影響が大きかったのは事実であるが、秋雨の泥将軍、雪の冬将軍などを、ナポレオンのモスクワ攻撃の時から天候・気候はわかっていた話であり、そのためにドイツ軍がモスクワを攻略できなかったわけではない。「タイフーン作戦」のモスクワ前面の敗退した理由を天候のせいにしたり、ユーゴスラビアの裏切りでバルバロッサ作戦の発動が1カ月延期されたせいにするのは、正当ではない。これらは、ソ連赤軍の抗戦力の高さをを認めたくない軍人や知識人の俗説であろう。

写真(右)1940年頃、ドイツ、舗装滑走路上に待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141A偵察機:BMW132空冷星形9気筒エンジン1基を装備した偵察機を、市民とヒトラーユーゲントの少年が見学している。異形の偵察機で、インパクトがあったが、実際には試作のみで制式されていないので、公開しても問題がなかったのである。
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Perma_000188 Permann Collection Perman collection Image BV 141 asymetrical aircraft - recon over the Eastern Front--Please tag these photos so information can be recorded.---Note: This material may be protected by Copyright Law (Title 17 U.S.C.)--Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・Perma_000188 Permann Collection引用。


ヒトラーは,1941年,独ソ戦開始後,卓上談話(『ヒトラーのテーブル・トーク1941-1944(上)』三交社,1994年)で,次のように述べている。

ブロームウントフォスBV141 1941年9月23日ヒトラー卓上談話:「ドイツ世界とスラブ世界の間には,現時いつには境界がある。それをどこに引くかはわれわれが決めることだ。ドイツ世界を東方に拡張する権利がある。------成功すれば全て正当化される。これは,経験的にいえることだ。優秀な民族が狭苦しい土地に押し込められ,文明の名に値しないものどもが,世界でも有数の広大な肥沃な土地を占めているのは許しがたい。----強者が自らの意思を主張する,これが自然の掟だ。世界は常に変わらず,その法則に支配される。

1941年10月10日ヒトラー卓上談話:「戦争は原始的な形態に戻ってきた。民族対民族の戦いは影をひそめ,広大な土地の所有権を巡る戦いが主流になってきた。----戦争は今日では,天然資源を求めて起こる。暗黙の掟によって,こうした資源は征服者のものとなる。----この絶え間のない闘争は自然淘汰の掟であり,最もふさわしい者だけが生き残る。

写真(右)1938-1939年,ドイツ、飛行場で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 A偵察機の右主翼と引込み式降着装置:引込み式降着装置は、メッサーシュミットBf109戦闘機と同じく外側に稼働して主翼内の車輪格納庫に収容される。胴体の水平尾翼は、コックピット後方に左側が見えているので、左右対称の水平尾翼を備えたBv141A型であると推測できる。
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Myhra_00591 David Myhra Collection Image BV 141 Starboard Side.
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00591引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141の前期型BV-141A-01は、1940年1月まで実施されたレヒリンの飛行審査では、良好な試験結果だった。しかし、フォッケウルフ社の政治力が勝っていたためか、発動機(BMW132空冷星形9気筒エンジン870馬力1基)が出力不足であるとの理由で、1940年4月には採用キャンセルの判定が下った。そこで、出力不足の欠点を改良するために、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)は後期型BV-141Bを開発し、2倍の出力の1560馬力を誇るBMW801空冷星形14気筒エンジン1基を搭載した。


5.ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß) BV-141 B 偵察機

写真(右)1942年,ドイツ、未舗装の飛行場で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141B-0 偵察機(正面):前期型BV-141Aが搭載した発動機BMW132空冷星形9気筒エンジン850馬力は、ユンカースJu-52/3m輸送機やヘンシェルHs-123急降下爆撃機と同じだった。そこで、出力強化したBMW801空冷星形14気筒エンジン1560馬力に変換したのが、後期型BV 141Bである。
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Ray Wagner Collection Image PictionID:43932830 - Catalog:16_005034 - Title:4th Blohm & Voss Bv 141B-0 - Filename:16_005034.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真は,SDASM Archives・-Catalog:16_005034 引用。


戦前1938年に試作した時の初代ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 141 A偵察機は、発動機BMW132空冷星形9気筒エンジンの出力が870馬力と低かったため、非採用となった。そこで、ブロームウントフォス改良型では、発動機出力を大幅に強化し、Fw190と同じBMW801A空冷星形14気筒エンジン1560馬力に換装した試作機を開発した。これが、1941年1月に飛行した改良型のブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 B-0である。

写真(右)1940年頃,ドイツ、舗装の飛行場に待機するブロームウントフォスBlohm & Voß Bv 141B偵察機:BV-141V試作機の発動機をBMW801A空冷星形14気筒エンジン1560馬力に強化したのがBV-141Bである。尾翼は、垂直尾翼は1枚で、水平尾翼は左側が長く、右が短い左右非対称の形状である。
Myhra_00590 David Myhra Collection Image BV 141 V11-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・Myhra_00590引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 141 B型では、後方射撃の射界を広げるために、胴体尾部にある水平尾翼は、左側にオフセットさせ、非対称の形状とした。このため破損した水平尾翼のように見える。

写真(右)1942年,ドイツ、側方から見たブロームウントフォスBlohm & Voß Bv 141B偵察機:コックピット後方に搭乗用梯子が設けられている。1938年2月25日に初飛行したBV-141V試作機の発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1500馬力に強化したのがBV-141Bである。
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PictionID: 43932842 - Title:Blohm & V0ss Bv 141B - Filename: 16_005035.TIF - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真は,SDASM Archives・- Catalog:16_005035引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 B-0 後期先行生産型(Pre-series):BMW 801A空冷星形14気筒エンジン1560hp搭載、A-05より主翼を2 m× 2 m 拡張
B-01 (V9) - WNr 0210001; NC+QZ; 1941年1月9日初飛行
B-02 (V10) - WNr 0210002; NC+RA; 1941年6月1日初飛行
B-03 (V11) - WNr 0210003; NC+RB
B-04 (V12) - WNr 0210004; NC+RC
B-05 (V13) - WNr 0210005; NC+RD
B-06 (V14) - WNr 0210006; NC+RE
B-07 (V15) - WNr 0210007; NC+RF
B-08 (V16) - WNr 0210008; NC+RG
B-09 (V17) - WNr 0210009; NC+RH
B-10 (V18) - WNr 0210010; NC+RI

写真(右)1942年,ドイツ、斜め後上方から見た低空飛行するブロームウントフォスBlohm & Voß BV 141 V9偵察機:1938年2月25日に初飛行したBV-141V試作機の発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1500馬力に強化したのがBV-141Bである。
SDASM Archives
Myhra_00583 David Myhra Collection Image BV 141 V9-- Repository: San Diego Air and Space Museum
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00583引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141の発動機は、前期型BV-141Aは、BMW132空冷星形9気筒エンジン870馬力1基だったために出力不足だった。後期型BV-141B-0は、2倍の馬力のBMW801A空冷星形14気筒エンジン1560馬力1基に出力が強化されている。


写真(上)1941-1942年,ドイツ、斜め後上方から見た低空飛行するブロームウントフォスBlohm & Voß BV 141 偵察機V9(?)
:1938年2月25日に初飛行したBV-141V試作機の発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1500馬力に強化したのがBV-141Bである。
SDASM Archives
Myhra_00581 David Myhra Collection Image-
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00581引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 A偵察機は前期型で試作機とおなじく発動機はBMW132空冷星形9気筒エンジン850馬力で出力不足だった。後期型ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 B偵察機は発動機をBMW801A空冷星形14気筒エンジン1560馬力に強化した。


図(上)1942年,ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 B偵察機の正面図
:胴体先端にBMW801空冷星形14気筒エンジン1560馬力装備、左右主翼に50キロ爆弾懸架2基、合計4基を装備。ただし、BV-141Bの垂直尾翼は、コックピット後方旋回機関銃の射界を解消するために、右水平尾翼は極端に短くされた。図では左右対称になっているのは、実機と異なる。左右主翼下面に2基、合計4基の爆弾懸架には50キロ爆弾が搭載されている。
SDASM Archives
Myhra_00642 David Myhra Collection Image--
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00642引用。


BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560馬力に出力強化されたブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)Bv 141 B-0は、V9からV13まで5機の増加試作が認められた。このA型改良型のブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 B-0試作1号機V9(登録コード:NC-OZ)が初飛行したのは、1941年1月9日である。そして、これらのブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141は、なんと1943年5月15日まで公式評価試験で審査を続けられた。


写真(上)1942年,ドイツ、飛行するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141B偵察機
:BV-141V試作機の発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1560馬力に強化したのがBV-141Bである。左右主翼下面に2基、合計4基の爆弾懸架が見える。
SDASM Archives
Myhra_00585 David Myhra Collection Image BV 141 B-02 V10--Repository: San Diego Air and Space Museum
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00585引用。


1938年2月25日に初飛行したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141初期試作機の発動機BMW132N空冷星形9気筒エンジン860馬力をBMW801A空冷星形14気筒エンジン1560馬力に強化したのがBV-141V9からV13までの5機のBv141 B後期先行生産型(Pre-series)である。


写真(右)1941年1月以降,ドイツ、前下方から見た飛行中のブロームウントフォス(Blohm & Voß)Bv 141 B偵察機
:1938年2月25日に初飛行したBV-141V試作機の発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1560馬力に強化した第1号機がBV-141 V9試作9号機で(Blohm & Voß)Bv 141 B偵察機試作1号機として、1941年1月9日に初飛行した。
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Myhra_00586 David Myhra Collection Image Bv 141B (BMW B01A).
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00586引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141B偵察機1号機のBV-141V9は1941年1月9日に初飛行し、Bv141 B-02偵察機2号機 V10(WNr 0210002; NC+RA)は1941年6月1日初飛行した。BV-141 B-04 (V12) (WNr 0210004; NC+RC)はBV-141Bの試作4号機である。


写真(上)1941年1月以降,ドイツ、後方から見たブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 B偵察機V9試作9号機(登録コード:NC-OZ)の右主翼の平面ガラス風防で覆われた大型コックピット

SDASM Archives
Myhra_00609 David Myhra Collection Image BV 141 V9.
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00609引用。


1938年2月25日に初飛行したハンブルク航空Ha141-0自主試作機を原型に、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 A偵察機5機が完成した。しかし、ドイツ航空省は、発動機の出力不足を理由に、BV-141 Aの採用を見送った。そこで、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)は、A型の発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1560馬力に大幅に強化したBV-141 V9試作9号、すなわちブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 B偵察機試作1号機を完成させ、1941年1月9日に初飛行に成功させた。

写真(右)1942年,ドイツ、未舗装の飛行場で待機するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141B偵察機:BV-141V試作機の発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1560馬力に強化したのがBV-141Bである。
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Ray Wagner Collection Image
PictionID: 43932854 - - Title: Blohm & Voss Bv 141B - Filename: 16_005036.TIF - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真は,SDASM Archives・-Catalog:16_005036 引用。



写真(上)1941-1942年,ドイツ、飛行場から発進したブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV-141 B-04 (V12) (製造番号:WNr 0210004; 登録コード:NC+RC)後期先行生産型(Pre-series)
:後期先行生産型Bv141Bは、BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560馬力を装備、左右非対称の水平尾翼が特徴である。
SDASM Archives
Myhra_00588 David Myhra Collection Image BV 141 V12
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00588引用。


写真(右)1941-1942年頃,左後方の僚機から撮影された飛行中のブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 B偵察機:コックピット中央にアンテナ支柱(マスト)があって、アンテナ線を垂直尾翼まで張っているようだ。
SDASM Archives
Myhra_00550 David Myhra Collection Image
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00550用。


写真(右)1941-1942年頃,随伴する僚機から撮影された飛行中のブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)Bv 141 B偵察機:BV-141Aの発動機をBMW801空冷星形14気筒エンジン1560馬力に強化したが、最高速力など飛行性能はそれほど向上してはいない。
SDASM Archives
Myhra_00640 David Myhra Collection Image
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00640 引用。



写真(上)1941-1942年,ドイツ、飛行場で対空偽装網で隠蔽されたブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B-04 (V12) (製造番号:WNr 0210018; 登録コード:GK+GH)後期先行生産型(Pre-series)
:尾翼の付け根が折れている上に、コックピットのガラス風防もすべて除かれている。。水平尾翼は、左右非対称の形状である。
SDASM Archives
Myhra_00601 David Myhra Collection Image GK + GH-
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00601引用。



写真(上)1941-1942年,飛行場で対空偽装網で隠蔽されたブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B-04 (V12) (製造番号:WNr 0210018; 登録コード:GK+GH)後期先行生産型(Pre-series)
:尾翼の付け根が折れている上に、コックピットのガラス風防もすべて除かれている。
SDASM Archives
Myhra_00602 David Myhra Collection Image GK + GH--
写真は,SDASM Archives・- Myhra_00602引用。


写真(右)1942年,近距離偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B
Inventory: Bild 146 - Sammlung von Repro-Negativen
Signature: Bild 146-1980-117-02
Original title: info Das erste unsymmetrsiche Flugzeug der Welt BV 141
Archive title: Aufklärungsflugzeug Blohm und Voß BV 141 - Flugzeug auf Rollfeld Dating: 1942 Photographer: Hoffmann 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 146-1980-117-02"引用。


フォッケウルフFw-189と競争試作で敗れたとはいえ、単発3座偵察機ブローム・ウント・フォスBlohm & Voß BV-141 Bは左に寄った胴体機首エンジン、右主翼上操縦席・偵察席を離して設けているために、左右非対称の世界的に珍しい形状の飛行機だった。尾翼も左側のみ通常の大きさで、右翼は垂直尾翼に固定するために僅かに突出しているに過ぎない。まるで、尾翼の右側に被弾して破損したかのような状態に見えてくる。

写真(右)1941-1942年、飛行中のブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B単発3座偵察機の後方:コックピットは右主翼にあり、発動機は胴体先端にある。コックピット後上方にはラインメタル(Rheinmetall)7.92ミリMG15旋回機関銃の円形銃座が見える。左右主翼の爆弾懸架には50キロ爆弾2発を搭載できる爆弾懸架2基が見える。塗装も実戦部隊のように迷彩塗装である。
Myhra_00584 David Myhra Collection Image
写真は,SDASM Archives Myhra_00584引用。


写真(右)1941-1942年、飛行場の退避壕で出撃準備のなったブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B単発3座偵察機の演出写真:コックピット下面左寄りにラインメタル(Rheinmetall)7.92ミリMG17前方固定機関銃2丁の銃口が見える。左右主翼の爆弾懸架には50キロ爆弾2発、合計4発200kgが搭載されている。塗装も実戦部隊のように迷彩塗装である。
Myhra_00598 David Myhra Collection Image Note: 2 X Bombs Under Each Wing
写真は,SDASM Archives Myhra_00598引用。


写真(右)1941-1942年、雪の積もった飛行場で整備中のブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B単発3座偵察機のコックピット後方:コックピット後上方にラインメタル(Rheinmetall)7.92ミリMG15旋回機関銃1丁を装備できる円形銃座が見える。コックピット後端コーンにもラインメタル(Rheinmetall)7.92ミリMG15旋回機関銃1丁を装備できる。塗装も実戦部隊のように迷彩塗装である。
Myhra_00610 David Myhra Collection Image BV 141 V9-
写真は,SDASM Archives Myhra_00598引用。


写真(右)単発3座偵察機ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 Bコックピット後上方のラインメタル(Rheinmetall)7.92ミリMG15旋回機関銃銃座:MG15の鞍型弾倉は、片方にベルト給弾、もう片方に撃ち終わったベルトを収納する。空薬莢は、中央下にある楕円ボールがた金属製撃ちガラ薬莢収納庫に排出される。
David David Myhra Collection Image
写真は,SDASM Archives Myhra_00652引用。


ラインメタル(Rheinmetall)7.92ミリMG15機関銃は、1935年のドイツ再軍備宣言前、1932年に制式された機関銃である。再軍備宣言後、ドイツ空軍が創設されると、航空機の旋回機関銃として採用された。

固定機関銃としては、7.92ミリMG17機関銃が制式されているが、これは装填方式が異なっている。ドイツ空軍機の旋回機関銃として普及したMG15機関銃だが、大戦中盤からは、より発射速度を向上させた7.92ミリMG81Z連装機関銃に代替されていった。しかし、ラインメタル7.92ミリMG15機関銃は、大戦全期間を通じて部隊で使用され、地上戦にも多数が投入された。

写真(右)1940-1942年、コックピット末端外側から見た単発3座偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 Bコックピット末端のラインメタル(Rheinmetall)7.92ミリMG15旋回機関銃銃座 :機関銃が下方に取り付けられているように見えるが、末端のガラスコーンは360度回転するので、射撃範囲は全周囲360度に及んでいる。
David Myhra Collection Image
写真は,SDASM Archives Myhra_00659引用。


ラインメタル(Rheinmetall) 7.92ミリMG15機関銃の諸元
口径 7.92mm
銃身長 595mm
使用弾薬 7.92x57mmモーゼル弾
装弾数 75発入り鞍型(double-drum)弾倉
作動方式 ショートリコイル 回転ボルト式
全長 1,078 mm
重量 12.4kg
発射速度 1,000-1,050発/分
銃口初速 755-840m/s

写真(右)1940-1942年、1940-1942年、コックピット内部から見た単発3座偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 Bコックピット末端のラインメタル(Rheinmetall)7.92ミリMG15旋回機関銃銃座。
David Myhra Collection Image
写真は,SDASM Archives Myhra_00650引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 Bの右主翼に設けられた大型コックピットは平面ガラスで大半を覆われ、後端はコーン上になっていて全周囲360度回転する7.92ミリMG15旋回機関銃銃座が設置された。胴体末端の水平尾翼は、機関銃射撃の邪魔にならないように、右側が短くなった非対称形状に改良されている。

写真(右)1942年初期,飛行中の近距離偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe
Signature: Bild 101I-602-B1226-11
Archive title: Aufklärungsflugzeug Blohm und Voß BV 141.- Im Westen 1942. Flugzeug in der Luft (Aufnahme von der Seite); KBK Lw zbV
Dating: 1942 Anfang
Photographer: Scholz
Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-602-B1226-11"引用


側面から見たブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141近距離偵察機は、エンジンを装備した胴体機首と主翼上に設けられた操縦席・偵察員席のあるコックピットが重なって見える。これは、BV-141が、左右非対称の形状であるためで、胴体から離したコックピット配置は、良好な視界を保証したという。非対称の形状は、独創的なアイディアだったが、量産性・整備性と搭乗員の信頼感の上からは、問題があったようだ。結局、BV-141採用されることなく終わった。


BV 141 - The Most Asymmetrical Airplane of WW2
Dark Skies:  It didn’t look like it should be able to fly. Despite Blohm & Voss being a famed ship and seaplane builder during World War 2, it might be the creation of the BV 141 for which it is most

写真(右)1942年,近距離偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 Bに乗り込むかのような搭乗員:あたかも実戦部隊に配備された機体のように見せている。左右非対称の特異なブロームウントフォスBlohm & Voß BV-141 Bを実用化したドイツ空軍の演出をしたプロパガンダ写真である。
Inventory: Bild 183 - Allgemeiner Deutscher Nachrichtendienst - Zentralbild Signature: Bild 183-2005-0725-526 Original title: info Blohm & Voss - BV 141 kurz vor dem Start Foto : P.K. Luftwaffe 2722-42 Archive title: Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 vor dem Start.- Piloten vor der Maschine Dating: 1942 Origin: Bundesarchiv 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 183-2005-0725-526"引用


写真(右)1942年1月,格納庫の扉付近に並んだ迷彩塗装を施したブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機:BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560hpを搭載した。
Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, drei Maschinen vor Hangar; KBK Lw zbV
Title Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 Info non-talk.svg
Date January 1942 Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
Accession number Bild 101I-602-B1227-12A Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv
写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・"File:Bundesarchiv Bild 101I-602-B1227-12A, Aufklärungsflugzeug Blohm - Voß BV 141.jpg"引用。


1923年から1933年まで川崎航空機に招聘されたリヒャルト・フォークトRichard Vogt, 1894-1979)は、日本陸軍の制式になった九二式複葉戦闘機、八八式複葉偵察機などを設計して、日本の飛行機設計に多大な影響を与えるとともに、日本人の技師の育成にも寄与している。

川崎の主任設計技師だったリヒャルト・フォークトRichard Vogtが設計したブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141原型Ha141は、左右非対称の異形の機体ではあったが、1938年2月に初飛行に成功した。そして、ドイツ航空省の認可を得て、1940年までにV1から試作機8機が生産され、評価審査が行われた。

しかし、BV 141 A試作機の搭載したBMW 132N空冷星形9気筒エンジン870馬力は低出力であり、より小型のアルグス空冷倒立エンジン470馬力2基を装備した競争試作機フォッケウルフ Fw 189偵察機に敗れ、不採用になった。

写真(右)1942年1月,格納庫の扉付近に並んだ迷彩塗装を施したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機:BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560hpを搭載した。
Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, drei Maschinen vor Hangar; KBK Lw zbV
Title Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 Info non-talk.svg
Date January 1942 Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
Accession number Bild 101I-602-B1227-05A
Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv
写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・"File:Bundesarchiv Bild 101I-602-B1227-05A, Aufklärungsflugzeug Blohm - Voß BV 141.jpg"引用。


飛行場に並べられたプロパガンダ用の写真をみると、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141は、実用化された機体のように見える。しかし、Bv141は、実際には13機しか生産されていなかった。逆に、このような非実用機であるからこそ、宣伝用写真に登場させ敵を攪乱したり、ドイツ空軍の技術力を見せつけたりするのに好都合だった。

部隊配備されることのない制式でない軍用機であるからこそ、写真を公表し、敵を攪乱するのに都合がよかったのである。

ドイツ空軍では、制式されず不採用になったハインケルHe-112戦闘機、He-100戦闘機なども同様に、戦時中のプロパガンダ写真に多数登場し公表されていた。これも敵を撹乱する宣伝戦の一環だったのである。

写真(右)1942年初期,近距離偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1227-16A Old signature: Bild 146-1980-117-03 Archive title: Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141.- Im Westen 1942; KBK Lw zbV Dating: 1942 Anfang Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-602-B1227-16A"引用


写真(右)1942年1月,格納庫の前に並んだ迷彩塗装を施したブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機:BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560hpを搭載した。
Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, drei Maschinen vor Hangar; KBK Lw zbV Title Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 Info non-talk.svg Date January 1942 Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-602-B1227-15A Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv
写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・"File:Bundesarchiv Bild 101I-602-B1227-15A, Aufklärungsflugzeug Blohm - Voß BV 141.jpg"引用。


写真(右)1942年初期,格納庫の扉付近に待機するブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機:BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560hpを搭載した。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1227-10A Aufklärungsflugzeuge Blohm + Voss BV 141 Date 1942 Collection German Federal Archives Blue pencil.svg wikidata:Q685753 Current location Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-602-B1227-08A Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv 写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・"File:Bundesarchiv bild 101I-602-B1227-08A, Aufklärungsflugzeuge Blohm - Voß BV 141.jpg"引用。


写真(右)1942年初期,近距離偵察機ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B:格納庫に4機、格納庫のすぐ前に1機が駐機している。空冷エンジンを搭載した機首とは離れた位置に操縦席・偵察員席を設けた特異な左右非対称な機体がよくわかる。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1227-10A Archive title: Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm & Voss , fünf Maschinen im Hangar; KBK Lw zbV Dating: 1942 Anfang Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-602-B1227-10A"引用


写真(右)1942年,ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機:格納庫にある3機の全容と1機の右主翼が、格納庫のすぐ前に1機が駐機している。格納庫内の機体には、プロペラを外しているものがある。
Aufklärungsflugzeuge Blohm + Voß BV 141 im Hangar Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, Maschinen im Hangar; KBK Lw zbV Date 1942 Collection Current location Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-602-B1227-09A Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv 写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・File:Bundesarchiv bild 101I-602-B1227-09A, Aufklärungsflugzeuge Blohm - Voß BV 141 im Hangar.jpg引用。


写真(右)1942年初期,ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1227-02A Archive title: Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, zwei Maschinen im Hangar; KBK Lw zbV Dating: 1942 Anfang Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-602-B1227-02A"引用。


写真(右)1942年初期、後方から見た単発3座偵察機ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1227-17A Archive title: Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, Maschine auf Flugplatz, Rückansicht; KBK Lw zbV Dating: 1942 Anfang Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-602-B1227-17A"引用


エンジンの搭載された機首と操縦席・偵察席を別個に設けており、左右非対称のブロームウントフォスBlohm & Voß BV-141は、操縦性や安定性を確保するのが難しそうである。他方、地上・下方視界は最大限に広げられているので、近距離偵察、地上部隊との共同作戦には便利である。

写真(右)1942年初期,近距離偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B:後方斜めから見ると、エンジンの搭載された機首のすぐ後方にと操縦席・偵察席が設置されているかのように錯覚させられる。実際には、ブロームウントフォスBlohm & Voß BV-141は世界的に珍しい左右非対称の機体で、地上・下方視界を最大限に拡大できる設計となっている。
Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, Maschinen im Hangar; KBK Lw zbV Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
Dating: 1942 Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv Bild 101I-602-B1227-09A
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"File:Bundesarchiv bild 101I-602-B1227-09A, Aufklärungsflugzeuge Blohm - Voß BV 141 im Hangar.jpg"引用


写真(右)1942年初期,近距離偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B:エンジンを搭載した機首とは別の操縦席が並んで映っているために、この写真では何機が映っているのかわかりにくい。実際に3機が並んで映っている。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1226-25 Archive title: Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, drei Maschinen auf Flugplatz; KBK Lw zbV Dating: 1942 Anfang Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv
写真は,Category:Blohm & Voss BV 141・"Bild 101I-602-B1226-25"引用。


写真(右)1942年初期,近距離偵察機ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141:空冷エンジンを搭載した機首とは別の離れた位置に操縦席を設けた。この写真では3機が並んで映っている。大量生産されず試作と先行量産のみで終わったが、非対称の平面図は特異な存在感を誇っている。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1226-27 Archive title: Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 , drei Maschinen auf Flugplatz; KBK Lw zbV Dating: 1942 Anfang Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv 
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-602-B1226-27"引用。


写真(右)1942年1月,ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機:エンジンを搭載した機首とは別の操縦席が並んで映っているために、何機が映っているのかわかりにくいが、実際には3機が並んで映っている。
Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, drei Maschinen auf Flugplatz; KBK Lw zbV Title Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 Info non-talk.svg Date January 1942 Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv Bild 101I-602-B1226-28
写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141 "File:Bundesarchiv Bild 101I-602-B1226-28, Aufklärungsflugzeug Blohm - Voß BV 141.jpg"引用。


写真(右)1942年1月,飛行するブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機:BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560hp、3翅金属プロペラを搭載した。
Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, Maschine im Flug; KBK Lw zbV. Title Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 Info non-talk.svg Date January 1942 Bild+101I-602-B1226-24 Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv
写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・"File:Bundesarchiv Bild 101I-602-B1226-24, Aufklärungsflugzeug Blohm - Voß BV 141.jpg"引用。


写真(右)1942年5月6日,飛行するブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機の下面:尾輪は固定式なので、主輪と異なって引込みはできない。BMW801A空冷星形14気筒エンジン1560hp、3翅金属プロペラを搭載した。
BV 141 - das erste unsymmetrische Flugzeug der Welt!Title Date 6 May 1942 Bild 183-B21073 Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv
写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・"File:Blohm&Voss BV-141 im Flug (Bundesarchiv Bild 183-B21073).jpg"引用。


写真(右)1942年初め,近距離偵察機ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 Bのコックピット操縦席:機体から偵察席・操縦席のあるコックピットを離すことで、下方も含めて良好な視界を確保している。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1227-40 Archive title: Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, Pilot in Kanzel; KBK Lw zbV Dating: 1942 Anfang Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-602-B1227-40"引用


写真(右)1942年初め,ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 Bの操縦席近距離偵察機:周囲を平面ガラスで覆った視界の良いコックピットはフォッケウルフFw-189偵察機ウーフーと似ているが、機首のエンジンから離れているために、左右非対称であり、下面も良好な視界を確保できる構造になっている。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-602-B1226-03 Archive title: Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, Pilotenkanzel; KBK Lw zbV. Dating: 1942 Anfang Photographer: Scholz Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・"Bild 101I-602-B1226-03"引用。


1942年初頭のドイツ側は,南部での大攻勢目指し,4月,「ブラウ」(青)作戦が決まった。この目標は,南方軍集団(司令官フォン・ボック元帥)によって,ソ連軍の防衛力を打ち砕き,スターリングラードを制圧,ついでカフカスの油田など戦争経済資源を奪取することとされた。

しかし、ドイツのブラウ作戦は、カフカスの油田とスーリングラード占領の2目標を追うことになり,軍集団を二分するという失策を犯してしまう。戦力を分散投入してしまったために,どちらの目標も達成できなかった。

ゲーリングは,1941年11月、包囲されたスターリングラードへの空輸を請合ったが、結局は補給はできず、輸送機部隊は大損害を受けた。スターリングラードのドイツ第6軍は、1943年2月に降伏した。さらに、北アフリカのドイツ軍も、チュニジアに追い詰められ、1942年5月に降伏し北アフリカ戦線は崩壊した。1943年からはドイツ本土も西側連合軍重爆撃機による昼夜にわたる空襲を受けるようになる。

1943年にドイツ本土上空の制空権争奪戦が起こると、ドイツ空軍では戦闘機生産に資源、労力を集中すべきであるとの防空優先の考えが強まり、近接直接支援を旨とするBv141近距離偵察機のような機種を新規採用する余裕はなかった。逆に、偵察機、爆撃機を減産してまで、戦闘機を増産すべきであるとの意見が強まったのである。

写真(右)1942年1月,飛行するブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機コックピットのガラス風防を磨く整備士:平面ガラスなので歪みが少なく、良好か視界を確保できる。操縦席は、コックッピトの左側に寄せられて設置されている。引込み式降着装置の主輪支柱が見える。
Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, Maschine im Flug; KBK Lw zbV.
Title Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 Info non-talk.svg
Date January 1942
Bild 101I-602-B1226-02
Photographer: Scholz
Origin: Bundesarchiv
写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・"File:Bundesarchiv Bild 101I-602-B1226-02, Aufklärungsflugzeug Blohm - Voß BV 141.jpg"引用。


1941年にはブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141のエンジンをBMW 801(1700馬力)に強化したBV 141 B型が開発されたが、このような機種は、既存のもので十分間に合った上に、1943年には戦局が悪化して、戦闘機増産が必要になったこともあって、BV 141偵察機は先行量産型を含め13機が生産されたにとどまった。

ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 B-1​ 後期先行生産型(Pre-series):BMW 801エンジン搭載
WNr 0210011; GK+GA
WNr 0210012; GK+GB
WNr 0210013; GK+GC
WNr 0210014; GK+GD
WNr 0210015; GK+GE
WNr 0210016; GK+GF
WNr 0210017; GK+GG
WNr 0210018; GK+GH
WNr 0210019; GL+AG; BV 141 V1試作1号機D-OTTOの改造
WNr 0210020; GL+AH; BV 141 A-01(V4)試作4号機 D-OLLEの改造

写真(右)1942年1月,飛行するブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B近距離偵察機コックピット後端の偵察席で動画ムービーカメラを構える搭乗員:コックピット後端は曲面ガラスのコーンになっていて、7.92mmMG15旋回機関銃1丁を装備できる。開放されているのは、銃座でここから後方射撃をすることができる。コックピット上面には、アンテナ線を張るための無線アンテナ支柱の根元が写っている。
Reichsgebiet.- Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141, Maschine im Flug; KBK Lw zbV.
Title Aufklärungsflugzeug Blohm + Voß BV 141 Info non-talk.svg
Date January 1942
Bild 101I-602-B1226-09
Photographer: Scholz
Origin: Bundesarchiv
写真はWikimedia Commons, Category:Blohm & Voss BV 141・"File:Bundesarchiv Bild 101I-602-B1226-09, Aufklärungsflugzeug Blohm - Voß BV 141.jpg"引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141は、近距離偵察機の競争試作機として、フォッケウルフFw-189偵察機ウーフーと同時期に開発された左右非対称の偵察機。空冷エンジンを搭載した機体から、コックピット・偵察員席を離して設けることで、良好な視界、特に下方の地上視界を最大限に確保している。

1941年1月9日初飛行のブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)Bv 141 B-0試作10号機V10は、良好な成績であり、1941年秋、ドイツのザクセン州グローセンハイン(Grossenhaim)に試験的に部隊配備されることになった。そして、その直後に、他のブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 Bとともに、東部戦線にある部隊に配備することが要請された。しかし、完成したばかりのBMW801A空冷星形14気筒エンジン1560馬力は、まだ信頼性が低く、故障が頻発したためか、BV 141 B-0の部隊配備は、1942年春にはキャンセルされてしまった。

ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)Bv 141 B-0試作10号機V10は、1941年1月9日初飛行し、良好な性能だったために、1941年秋、ドイツのザクセン州グローセンハイン(Grossenhaim)に試験的に部隊配備することになった。BV141B近距離偵察機は、対ソビエト東部戦線の実戦部隊に試験的に配備される予定だったが、キャンセルされた。

結局、ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)Bv 1411B-0試作13号機V13を最後に制式されることなく、試作のみで生産はすべてキャンセルされて終わった。


Blohm & Voss BV 141 A
水平尾翼が左右対称のブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV 141 A初期型の試験飛行の様子。

ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß) BV-141のエンジンは、当初の搭載したBMW 132Nエンジンが865馬力と力不足だったために、B型ではフォッケウルフFw-190戦闘機と同系のBMW 801(出力1,560馬力)にエンジンを強化した。しかし、BMW 801のような高出力エンジンを近距離の直協任務の機体に使用することは、ドイツ空軍の戦闘力を低下させると判断され、量産はされなかった。


6.ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß) BV-141 の図解

図(右)1941年初期,ドイツ、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B偵察機の右主翼上のコックピット左側面図:アンテナ支柱が立っている。搭乗員は3名で、後上方7.92ミリMG15旋回機関銃1丁が図解されている。コックピット末端のコーンのガラス風防を開放して、備えてある7.92ミリMG15旋回機関銃1丁を射撃することもできる。コックピット前下方に7.92ミリMG17前方固定機関銃2丁が装備できる。
SDASM Archives
Myhra_00535 David Myhra Collection Image--.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00535引用。



図(上)1941年初期,ドイツ、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B偵察機の右主翼上のコックピット左側面構造図
:コックピット中央の円は、主翼とコックピットを貫いて、胴体に繋げる支柱。支柱の後方に地上偵察用の大型写真機が下向きに設置されている。コックピット後上方とコックピット末端のコーンのガラス風防内部に7.92ミリMG15旋回機関銃各1丁を搭載。コーン下部ガラス風防を開放して、7.92ミリMG15旋回機関銃1丁を全周360度回転させることができる。
SDASM Archives
Myhra_00534 David Myhra Collection Image--.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00534引用。



図(上)1941年初期,ドイツ、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B偵察機の右主翼上のコックピット上面構造図
:コックピット前下方の7.92ミリMG17前方固定機関銃2丁は左側にオフセットされている。コックピット中央の円筒は、主翼とコックピットを貫いて、胴体に繋げる支柱。支柱の後方左に地上偵察用の大型写真機が下向きに設置されている。コックピット後上方とコックピット末端のコーンのガラス風防内部に7.92ミリMG15旋回機関銃各1丁を搭載。コーン下部ガラス風防を開放して、7.92ミリMG15旋回機関銃1丁を全周360度回転させることができる。
SDASM Archives
Myhra_00534 David Myhra Collection Image--.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00534引用。


図(右)1941年初期,ドイツ、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 B偵察機の右主翼上のコックピット構造図:搭乗員は3名で、下方に7.92ミリMG17前方固定機関銃2丁、後方2か所に7.92ミリMG15旋回機関銃各1丁とそれぞれの弾倉・給弾が図解されている。
SDASM Archives
Myhra_00543 David Myhra Collection Image--.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00543引用。


図(右)1941年初期,ドイツ、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B-1偵察機の右主翼上のコックピット操縦席と操縦計器盤・操縦桿の図解:操縦席はコックピット先端の左側にオフセットされている。
SDASM Archives
Myhra_00540 David Myhra Collection Image--.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00540引用。


1941年1月に初飛行したBV 141 B近距離偵察機のコックピットは、主翼に設けられていて、大半を平面ガラス風防で覆われているので、視界は下方も含めて非常に良い。しかし、胴体とコックピットが離れているので、左右非対称の構造となっている。また、A型とは異なって、B型の水平尾翼は垂直尾翼に左側にオフセットさせていて、左右非対称な形状である。そこで、操縦が困難であるとの印象を受ける。

しかし、単発機のプロペラ機では、プロペラが一方方向に回転するために、機体が回転するトルクが発生するので、左右対称な形状であっても、機体に受けるトルクのために、主翼に上反角を付けたり、左右の主翼の長さを若干変更したり、あるいは垂直尾翼を若干傾けたりして、プロペラの回転トルクが機体に与える悪影響を相殺しなければならない。

他方、左右非対称なブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141の場合は、胴体から離して主翼上にコックピットを設けたために、左右の重心が片側に偏向し、コックピットの側が錘の役割になることから、プロペラ回転トルクを撃ちけることができた。そこで、左右非対称にもかかわらず、操縦性に大きな問題は発生しなかったのである。

図(右)1941年初期,ドイツ、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B-1偵察機の右主翼上のコックピット操縦席と操縦桿・フットペダルの図解:操縦席はコックピット先端の左側にオフセットされている。
SDASM Archives
Myhra_00535 David Myhra Collection Image--.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00535引用。


飛行機コックピット操縦席の前下方にあるフットペダルは、方向舵(ラダー)に連動しているので、ラダー・ペダルとも呼ばれる。例えば、左足で左のフット・ペダルを踏みこむと、上から見て時計回りに左右のフット・ペダルが回転し、そこと操縦索(ワイヤー)で連結している垂直尾翼後縁の方向舵が左へ曲がる。すると垂直尾翼で右向き揚力が発生して、反時計回りのモーメントが生まれ、尾翼は右に、機首は左に曲がる。つまり、左のフット・ペダルを踏み見込むと、方向舵が操作され、飛行機が左に曲がすのである。

飛行機コックピット操縦席の前下方にある操縦桿は、水平尾翼後縁の昇降舵(エレベーター)に連動している。例えば、操縦桿を手前に引くと、昇降舵は上に動き、水平尾翼の上面と下面の気流の格差から、下方の揚力が発生し、尾部が下がるために、機首は持ち上がり、上昇する。反対に、操縦桿を押すと、昇降舵は下に動き、水平尾翼に上向きの揚力を生み出すので、機首は引き下げられ、下降する。

写真(右)1939年頃,ドイツ、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 B偵察機の右主翼上のコックピット様式別構造図:コックピット中央の円は、主翼とコックピットを貫いて、胴体に繋げる支柱。
SDASM Archives
Myhra_00628 David Myhra Collection Image Seating Arrangements For The BV 141's Three Man Crew.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00628引用。


平面ガラスで前面を覆われた大型コックピットは右主翼に設けられており、コックピット中央下方に主翼にコックピットを接続する円筒支柱が貫いて胴体に繋がっている。この後方下向きに写真偵察用のカメラが設置される。コックピット最前方は操縦席だが、機首に爆撃照準手を配置することもできた。

コックピット後方には、段があり、後方2席は偵察員用であるが、7.92ミリMG15旋回機関銃のコックピット後上方銃座とコックピット末端銃座の配置が示されている。

日本で仕事をしていた時期も長いドイツ人リヒャルト・フォークト技師が、ドイツ航空省の「良好な視界を持つ単発三座偵察機」の要求に応じて設計したのが、左右非対称の異形の飛行機がブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141である。胴体から離れて設けられた段なしコックピットの視界は抜群である。

ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voß)BV 141 B-02諸元:
乗員:4人
全長:13.95 m
全幅:17.46 m
全高:3.6 m
翼面積:53.15 m平方メートル
空虚重量:4,700 kg
全備重量:5,700 kg
エンジン;BMW 801空冷星形14気筒エンジン、 出力:1,160 kW(1,560 hp)
最高速度:370km/h /3,510m
上昇限度:10000m
上昇率:570 m/分
航続距離:1200km
武装:
7.92ミリMG 17 旋回機関銃2丁
7.92ミリMG 15 固定機関銃2丁

図(右)1938年,ドイツ、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) HA 141-0自主試作機;ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV-141 V2試作2号機の三面図:左右非対称という試作機は、ドイツ航空省RLMの認可を受けられずに、公的資金は得られなかった。そこで、会社の独自負担で自主試作されたのがHa141-0である。ドイツ航空省の試作機Vの形式は認められなかった。
SDASM Archives
Myhra_00618 David Myhra Collection Image HA 141-0 (BV 141 V2). --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00621引用。


リヒャルト・フォークト技師の設計になり、1938年2月25日に初飛行した。しかし、ドイツ航空省の認可を得られなかったために、公的資金が受けられないままに、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau) 、すなわちブロームウントフォスブロームウントフォス(Blohm & Voß)が自社経費で自主試作した。したがって、Ha 141試作1号機は、ドイツ航空省の試作機Vの形式は認められなかったので、Ha-141-0と呼称されている。

その後、ドイツ航空省はハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)Ha-141-0を認可して、試作機Vの名称を付けた。しかし、Ha-141-0にBv141 V2試作2号機の形式を割り当てた。Ha141を原型にしたBv141 V1試作1号機が初飛行したのは、1938年9月だったので、Ha 141(Bv141 V2試作2号)よりも半年後の機体が、Bv141 V1試作1号機という紛らわしいことになった。

図(右)1939年,ドイツ、ブロームウントフォスブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV-141 A-O偵察機の三面図:リヒャルト・フォークト(Richard Vogt)技師の設計になる。
SDASM Archives
Myhra_00621 David Myhra Collection Image BV 141 A-O-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00621引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141は、1938年2月25日に初飛行した。1940年までに、BV 141 V1からV3、すなわち試作1号機から3号機が完成した。そして、BV 141 A-0量産型が5機生産された。こうして、ブロームウントフォスBlohm & Voß BV 141偵察機は、合計8機が生産された。

非対称機ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voß)BV 141偵察機は、飛行安定性、操縦性に問題はなかったが、搭載したBMW 132空冷星形9気筒エンジンでは出力不足で、競争試作ライバルのフォッケウルフ (Focke-Wulf)Fw 189双発偵察機に敗れ、制式されずに終わった。

1938年2月25日に初飛行したブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 Aは,出力不足だったBMW 132空冷星形9気筒エンジンをBMW 801空冷星形14気筒エンジンに大幅に強化し、水平尾翼を左側にオフセットさせた。これが発展型のブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141 Bで、1941年1月に初飛行した。


図(上)1940年,ドイツ、リヒャルト・フォークト(Richard Vogt)設計になるブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV 141 V10 偵察機試作10号機の三面図
:BV 141 Aとは主翼の形状・主翼面積、水平尾翼の形状が異なり、搭載した発動機も出力を強化されている。
SDASM Archives
MMyhra_00587 David Myhra Collection Image BV 141 V10-- Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00626引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)Bv 141AのBMW 132空冷星形9気筒エンジンをBMW 801空冷星形14気筒エンジンに大幅に強化し、水平尾翼を左側にオフセットさせ左右非対称の形状とし、主翼を大型化して平面形状を改良したのがBv141Bである。右主翼の平面ガラスで覆われた段無しコックピットは、A型とB型ではほぼ同じ形状である。


図(上)1940年,ドイツ、リヒャルト・フォークト(Richard Vogt)設計になるブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV 141 B 偵察機の三面図と諸元
:左右主翼下面に50キロ爆弾用の爆弾懸架各2基が設置されている。
SDASM Archives
Myhra_00548 David Myhra Collection Image--Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00626引用。



図(右)1940年,ドイツ、ブロームウントフォス(Blohm & Voß)BV 141 B 偵察機の三面図と諸元
:ドイツ航空省RLMの公式図面と思われる。 SDASM Archives
San Diego Air and Space Museum
Myhra_00549 David Myhra Collection Image BV 141-B.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00549引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)BV 141 Bは、A型のBMW132N空冷星形9気筒エンジンをBMW 801A空冷星形14気筒エンジンに換装して、出力を860馬力から1560馬力に大幅に強化したが、エンジンの出力強化に応じてエンジン直径が大型化し、胴体も太くなった。また、エンジンカウリングの先端が丸みを帯びた形状に変化した。

さらにブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)BV 141 Bでは、右主翼のコックピット後方7.92ミリMG15ラインメタル旋回機関銃の射界向上のために、水平尾翼を左側にオフセットさせた非対称形状とした。この左右非対称の水平尾翼によって、後期のBv141B型は、前期のBv141Aと容易に識別可能である。

ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)Bv 141 Bは、前作BV 141 Aよりも主翼が大型化して、主翼面積が大きくなり、形状も前後対象になった。ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)Bv 141A型では水平尾翼は左右対称だったが、BV 141B型では、コックピット後方の7.92mmMG15旋回機関銃の射撃の邪魔にならないように、右水平尾翼は極端に縮小された。


図(右)1940年,ドイツ、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 B偵察機の補助翼(aileron:エルロン)・昇降舵(elevator:エレベーター)の操縦索の結節機構の部品図解と構造図

SDASM Archives
San Diego Air and Space Museum
Myhra_00541 David Myhra Collection Image BV 141-B.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00541引用。


左右主翼外側後縁に設けられる補助翼 (aileron)は、飛行機のバンク(横転・ロール)操作のための動翼である。補助翼を操作して、機体の前後軸を中心に機体を回転させることで、飛行機を左右のどちらかにバンク(横転・ロール)させるのである。他方、左右主翼内側後縁に設けられるフラップは、飛行機の揚力を増大させるための高揚力装置であり、着陸時や空中旋回の時に、速力低下による揚力減少による失速を防ぐものである。

操縦桿を手前に引くと、水平尾翼後縁の昇降舵(elevator:エレベーター)は上に動き、水平尾翼の上下の気流の流れに格差ができて、下向の揚力が生み出される。すると、重心の後部の尾部が下がり、重心の前部にある機首が上がる動きが生じる。そこで、飛行機は、機首を持ち上げて上昇することができる。逆に、操縦桿を押すと、昇降舵は下に動き、上方向の揚力が生み出されるので、尾部が上がり、機首が下がるために、機体は下降する。


図(右)1940年,ドイツ、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 B偵察機の主翼内側後縁のフラップ・垂直尾翼後縁の方向舵(rudder:ラダー)の操縦索の結節機構の部品図解と構造図

SDASM Archives
San Diego Air and Space Museum
Myhra_00544 David Myhra Collection Image BV 141-B.
写真は,SDASM Archives・-Myhra_00544引用。


左右主翼内側後縁に設けられるフラップは、飛行機の揚力を増大させるための高揚力装置であり、着陸時や空中旋回の時に、速力低下による揚力減少による失速を防ぐ動翼である。

方向舵(rudder:ラダー)は、飛行機の操縦用の動翼で、左足で左のフット・ペダル(ラダーペダル)踏み込むと、上から見て左右のフットバーが、時計回りに回転し、左右両端から繋がっている操縦索のうち、左が引っ張り、右が緩むために、操縦索とつながっている方向舵が左へきれる。すると、垂直尾翼に右向きの揚力が生み出されるために、尾翼部分は上から見て反時計回りのモーメントが発生し、反対に機首では時計周りのモーメントが発生するために、機体は右に回転する。

胴体先端に操縦席がある左右対称の飛行機であれば、胴体全部のコックピット操縦席の操縦桿・フットペダルから操縦索は、胴体尾部の昇降舵・方向舵に直線的に繋ぐことができ、簡易な構造となるが、ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)BV 141の場合は、右主翼にコックピット操縦席があり、胴体は主翼左側に偏っている。そこで、胴体の尾部にある昇降舵・方向舵に直線的に操縦索を配置することは不可能で、鍵型にまげて繋ぐ必要があり、結節金具が不可欠になるとともに、操作機構が複雑化し、故障や被弾時の操縦不能のリスクが大きくなる。

トルクを打ち消すので左右非対称飛行機であっても、操縦性の悪化は見られなかったとはいっても、軍用機である以上、戦闘での被弾に弱い操縦機構は、搭乗者に不安を抱かせる。

図(右)1938-1939年,ドイツ、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 Bの引込み式降着装置の車輪カバーの構造図:支柱の上げ下げ装置を補強したB型と思われる。引き込み脚が稼働したときの図解。飛行機の脚の引込みには、電動式か油圧式が用いられた。
SDASM Archives
Myhra_00630 David Myhra Collection Image BV 141 Port Main Wheel Gear.
写真は,SDASM Archives・Myhra_00630引用。


ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141偵察機の引き込み脚は、メッサーシュミットBf109戦闘機と同じく外側に稼働して主翼内の車輪格納庫に収容される。

Bf190では地上姿勢の車輪間隔が狭いために、地上安定性が悪く、地上で滑走時期にトルクもあって事故が多発した。しかし、ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141では車輪間隔が十分あったために、地上安定性に問題はなかったようだ。

図(右)1938-1939年,ドイツ、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voß)BV 141 Bの引込み式降着装置:引き込み脚が稼働したときの図解で、着陸時の衝撃を矢割れげるために、主輪を支える引き込み脚支柱には緩衝装置が組み込まれている。
SDASM Archives
Myhra_00635 David Myhra Collection Image BV 141 Port Main Wheel Gear Landing Gear-- Please do not use this photo without permission. --Repository: San Diego Air and Space Museum.
写真は,SDASM Archives・Myhra_00635引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)BV 141は、初期V試作機がV1、V2、V3の3機、A前期型がV4、V5、V6、V7、V8の5機、B-0先行量産型B-1がV9、V10、V11、V12、V13の5機と、改造機も含めて合計13機が生産された。しかし、1942年春には、東部戦線での実験的な部隊配備の計画もキャンセルされしまい、ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV 141制式されずに終わった。

ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)BV 141 Bは、BV 141 A搭載した発動機BMW 132空冷星形9気筒エンジン870hpをBMW 801A空冷星形14気筒エンジン1560hpに換装した性能向上型だったが、フォッケウルフFw-190戦闘機と同じエンジンを近距離偵察機に使用するのであれば、より高速で汎用性のあるFw190戦闘機に写真機を搭載して近距離偵察機と使用するほうが有効である、と判断される。飛行機の歴史の中で非対称機は興味深いが、戦時中のドイツにとって、ブローム・ウント・フォス(Blohm und Voss)Bv 141近距離偵察機を量産する利点は、大戦中盤にはほとんどなかったのである。


7.近距離偵察機フォッケウルフFw-189ウーフー(ふくろう)

1937年初め、ドイツ航空省RLMは、Hs126近距離偵察機が新鋭機として完成していた状況で、その後継機の競争試作をアラド(Arado),ブロームウントフォス(Blohm & Voss :当初Hamburger Flugzeugbau Division), フォッケウルフ(Focke-Wulf), ヘンシェル(Henschel)の4社に命じた。要求は、単発3座で、パラソル翼以上の全方位視界を確保できる近距離偵察機である。これにアラド(Arado)Ar 198とブロームウントフォスBv 141試作機は忠実に応じたが、フォッケウルフ(Focke-Wulf)は前線での整備が容易である、短距離リチュア栗久我容易である、との条件を満たすことができるとして,単発機の仕様を無視して、双発機の試作機Fw189を開発し競争試作に臨んだ。

写真(右)1942年頃(?)、舗装された飛行場滑走路に待機するドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw 189A近距離偵察機:アルグスエンジンが駆動しており、2翅プロペラが回転している。
Object description: Focke-Wulf Fw 189A. The twin-fuselage Fw 189 was designed as a light-bomber but saw service mostly as a short-range reconnaissance and liaison aircraft on the Eastern Front.
Creator: Royal Air Force official photographer Materials whole: Nitrate
Catalogue number: CH 16123
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums 登録 GERMAN MILITARY AIRCRAFT 1939-1945; IWM CH 16123引用。


フォッケウルフFw-189ウーフー(Focke-Wulf Fw 189 "Uhu" )近距離偵察機の諸元
全長: 12.02 m 全幅: 18.39 m
全高: 3.10 m 翼面積: 38.00平方メートル
全備重量: 3,945 kg 自重: 2,800 kg
発動機: アルグス As 410A-1 空冷倒立12気筒エンジン(465 hp)2基
最高速力: 349 km/h(2600 m)
上昇限度: 7300 m
航続距離: 670 km
武装 7.92ミリ機銃 4丁、爆弾 200 kg
乗員: 3 名

1937年と早い時期に近距離偵察機としてフォッケウルフ社で開発されたFw 189偵察機 「 ウーフー」(ミミズク)は、双胴式でエンジンから話した機首を全面ガラス張りとして良好な視界を得ていた。この機首に3名の乗員が全員密集して搭乗したために、乗員相互の連絡も容易だった。試作機は、1938年7月に初飛行し、競争試作のブローム・ウント・フォス BV 141近距離偵察機と比較された。

フォッケウルフFw 189偵察機は、双発機であり、片方のBV141よりもエンジン被弾の場合、生還率が高いから採用されたとの説もあるが、軍用機の採択は、性能以上に信頼性(ブランド力)や政治力がものをいうのであり、フォッケウルフ社の航空産業における優位性が採用の理由であろう。

Fw 189偵察機 ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw 189A近距離偵察機は、ソ連軍からその特異な双胴式形状から「空飛ぶ額縁」と呼ばれた。装備していた発動機は、アルグス As 410空冷倒立V型12気筒エンジン465 hp2基である。このエンジンは、日本陸軍オートジャイロ「カ」号観測機も装備したが、日本で生産したエンジンは故障が多く、使い物にならず、エンジンは、空冷星形に変更されている。

アルグス(Argus)As 410空冷倒立V型12気筒エンジン登録の諸元
ボア×ストローク:105 mm×115 mm
排気量:11.9 L
全長:1,585 mm
全幅:660 mm
全高:970 mm
乾燥重量:315 kg
総重量:336 kg(潤滑油込み)
燃料供給方式: キャブレター
出力:465 PS (459 hp, 342 kW) /3,100 rpm

写真(右)1943年,フランス、近距離偵察機フォッケウルフFw-189ウーフー(梟):雪解けにあわせた白色とグリーン系統の斑迷彩塗装を施している。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-611-2116-07 Archive title: Frankreich.- Aufklärungsflugzeug Focke-Wulf Fw 189 "Uhu" im Flug; KBK Lw zbV Dating: August 1942 Photographer: Kulbe Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


フォッケウルフFw 189偵察機は、巨大な全面ガラス張り機首で視界がよく、偵察任務に適していたため、フクロウの大きな目を思わせ。「ウーフー」(フクロウ)の愛称を付けられた。双胴式の双発機で、機首が独立していて、そこに搭乗員3名が乗るので、搭乗員相互の連絡もしやすかった。フォッケウルフFw-189近距離偵察機は、低速で敵地上空を旋回し、地上の様子を偵察し、写真を撮影した。1944年までにこの種の偵察機としては864機と多数が生産され、地上部隊との近接支援に多用された。

しかし、1943年に入ると、ドイツ空軍は制空権を失い始め、航空機燃料の不足、熟練搭乗員の不足、連合軍爆撃機によるドイツ本土空襲、連合軍戦闘機の性能向上のために、このような低速で軽武装の航空機の活躍はできなくなった。

ドイツ空軍は,東部戦線に1945機を準備した。これはドイツ空軍兵力の 61%に当たる。使用可能な第一線機は,双発爆撃機510機,単発急降下爆撃機290機,単発戦闘機440機など1280機を数えた。

東部戦線には,レープ元帥の北方軍集団に第一航空軍(ケラー),ボック元帥の中央軍集団に第二航空軍(ケッセリング),ルントシュテット元帥の南方軍集団に第四航空軍(レール)を配備し,第五航空軍(シュトンプ)はオスロに本部を置いた。つまり,バルバロッサ作戦にはドイツ空軍四個航空軍を配備した。

Fw 189 A-0: 実用試験機
Fw 189 A-1: 初の量産型。前方7.92ミリMG 15機関銃2丁、後方2カ所に7.92ミリMG 17旋回機銃2丁、主翼下面に50 kg爆弾合計4発搭載可能。写真機はRb 20/30あるいはRb 50/30空対地カメラ1基搭載。
Fw 189 A-1 trop: 北アフリカ・地中海方面での砂塵除けなど熱帯仕様。空気取り入れ口に砂塵防止フィルターを設け、不時着用の緊急備品を備えていた。
Fw 189 A-1/U2: 要人VIP輸送機でFw 189 A-1の改造型。
Fw 189 A-2: 後方旋回機銃をMG 15から同7.92ミリ口径ながら発射速度を高めた7.92ミリ連装機銃MG 81Zに強化した。
Fw 189 A-3: Fw 189 A-2の熱帯仕様。
Fw 189 A-4: 地上攻撃型で、20ミリMG 151/20機関銃2丁を湯職付根に装備。搭乗員・エンジンへの下方装甲版も追加し防御力を向上した。

ドイツ空軍フォッケウルフFocke-Wulf Fw 189近距離偵察機は、機首に7.92ミリMG-15機銃,操縦席後方に7.92ミリMG-81連装機銃を装備。白色の冬季迷彩を施している。爆撃もできる双発の地上直接協力偵察機で,50キロ爆弾を合計4発搭載できた。フォッケウルフFw-189近距離偵察機は大戦後半にヘンシェルHs-126の後継機として東部戦線に投入された。

写真(右)1943年6月10日、フィンランド、ソ連軍と対峙したドイツ空軍フォッケウルフFw-189A近距離偵察機の機首
Saksalainen kevyt pommikone. Vänrikki V.Hollming, valokuvaaja
Saksalainen kevyt pommikone. Lentokone on Focke-Wulf Fw 189 A.
Aineistotyyppi ?Valokuva Kuvaustiedot: 1943-06-10
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


ドイツ空軍フォッケウルフFw-189A近距離偵察機は、機首は前面がガラス風防で覆われており、視界は抜群だった。 7.92ミリMG-15機銃,操縦席後方に7.92ミリMG-81連装機銃を装備。白色の冬季迷彩を施している。爆撃もできる双発の地上直接協力偵察機で,50キロ爆弾を合計4発搭載できた。フォッケウルフFw-189近距離偵察機は大戦後半にヘンシェルHs-126の後継機として東部戦線に投入された。

ドイツ空軍フォッケウルフFw-189 A近距離偵察機は、視界の良さを最優先し、双胴、双発で中央部に乗員用ゴンドラを備えるという特異な構造だった。1941年に部隊配備が始まり、頑丈な降着装置と堅牢な機体構造から未整備の飛行場が多い東部戦線でも実用性が高かった。また、被弾時でも高い生存性を発揮して、地上攻撃にも投入されている。

ドイツ空軍フォッケウルフFw-189 A近距離偵察機偵察任務に特化した個性的な構造だったが、BV141もFw189以上に特異な非対称の構造を採用している。後方2カ所に旋回機銃を装備し、社会を広くし、左右主翼下面に装着した爆弾架2カ所には、50キロ爆弾を合計4個搭載することができた。ドイツ空軍のほか、ハンガリー空軍にも貸与され東部戦線で使用された。

フォッケウルフFw189 1937年、ドイツ航空省は、地上部隊と連携できる近距離偵察機の開発を各社に養成し、フォッケウルフ社はそれに応じて、Fw-189近距離偵察機を開発した。Fw189の特色は、堂々指揮として、胴体から離した機首を前面ガラス張りにした視界の良さで、その形状から"Uhu” ウーフー (ミミズク)と呼ばれた。ソ連軍は、本機を「空飛ぶ額縁」と呼んだ。

ドイツ空軍フォッケウルフFw 189 A-3近距離偵察機は、双胴式双発機で、中央部にガラス張りの機首を設け、後部までも円錐状にガラス張りとしたために、視界がとてもよかった。乗員は、3名で、全てこの機首に搭乗し、相互の連絡を取るのにも都合が良かった。また、車輪間隔も広いために、不整地であっても、安定性を維持するのが容易だった。

ドイツ空軍フォッケウルフFw-189偵察機は、ドイツ航空省が1937年に要請した近距離偵察機で、これにはフォッケウルフ社、ブロームウントフォス社が応じた。後者が開発したのが、単発非対称機ブロームウントフォス BV 141偵察機であり、前者が開発したのが、Fw189"Uhu"ウーフー(ミミズク)双発機である。ソ連軍兵士は、騒動で中央に空が見えたために「空飛ぶ額縁」と呼んだ。

双胴式の双発機のフォッケウルフFw189は視界が抜群に良く、中央部の胴体は前部、後部ともガラスで覆われていて、エンジンも離れているために視界が確保できた。乗員3名は、この広い視界が確保された機首に登場したが、これは搭乗員相互の連絡をよくすることになった。

ドイツ空軍フォッケウルフFw-189偵察機の飛行性能の特徴は、低速安定が高いことで、これは地上偵察に有利である。ドイツ東部戦線で使用され始めたのは、1941年6月のドイツのソ連侵攻「バルバロッサ作戦」緒戦からで、その後、1944年までに864機が生産されている。

⇒写真集フォッケウルフFw-189「ウーフー」"Uhu"偵察機を見る。


8.指揮連絡機フィーゼラー(Fieseler)Fi-156シュトルヒ(Storch)

シュトルヒ 1935年、新生ドイツ空軍は、新型連絡機の開発をすすめた。この時に連絡機の仕様が出され、各社の競争入札がなされることになったが、フィーゼラーは、短距離離着陸性能(STOL性)を重視し、離陸には向かい風で50m、着陸には20mで運用可能な機体を提案した。Fi 156A試作機は、1936年春に初飛行し、V型8気筒240馬力のアルグス As 10Cを搭載、地上連絡に便利なように低速の50km/hでも運用でき、離陸は45m、着陸18mはで十分な短距離離着陸が可能だった。量産型Fi 156Aは、1937年からぶたいはいびがはじまったので、第二次世界大戦では緒戦から大活躍している。

フィーゼラー(Fieseler)Fi-156「シュトルヒ」(Storch:コウモリ)連絡機(Fieseler Fi 156 "Storch")の諸元
全長10メートル
全幅 14メートル
主翼面積 26平方メートル
全備重量1260キロ
発動機:AS410空冷エンジン240馬力
最高速力:175キロ
航続距離 380キロ
生産機数:1937年-1945年;2600機

Fi-156"シュトルヒ"連絡機は,滑走路でない草原にも離着陸できたので、地上部隊との連絡に重宝された。

ドイツ空軍の爆撃機は,モスクワ攻防戦にほとんど登場してこないが,これは装甲師団の進撃が早すぎて,後方の航空基地整備が遅れたこと,厳寒・悪天候による飛行および飛行機整備の困難,補給不足が原因と考えられる。いずれにせよ,航空支援を得られないまま行ったモスクワ攻撃は、失敗に終わった。

シュトルヒ 1941年8月,モスクワまで100キロと迫ったドイツ国防軍の中央軍集団に対して,主力となる装甲師団を南下させた。この目的は,
1)南方のソ連軍から中央軍集団の側面を防備し,ハリコフでソ連軍を包囲撃滅すること,
2)ソ連の戦争経済に必要なウクライナの穀物地帯,鉄鉱石鉱山,工業地帯を占領し,カフカスの油田からの石油輸送を停止させること,
3)クリミア半島を占領し,ルーマニアに対する黒海を利用した航空攻撃,海軍の策動を抑えること,
の3点だった。

1941年6-7月、バルバロッサ作戦でソ連軍の航空基地攻撃に大活躍したドイツ空軍だったが,1942年の東部戦線では,スターリングラード空輸作戦以外,大軍をまとめて投入することはなくなった。

1942年,ドイツ空軍爆撃機は,東部戦線各地の個別の戦術的な地上支援に使用され,敵の工業地帯,発電所,交通中枢への戦略爆撃は行わなかった。モスクワ空襲も,独ソ戦緒戦以外、少数機が散発的に行っただけだった。

1943年9月12日,イタリア、グラン・サッソに幽閉されていたベニート・ムッソリーニを救出した時のフィーゼラー(Fieseler)Fi-156「シュトルヒ」(Storch:コウモリ)連絡機:SS武装親衛隊のオットー・スコルツェニー(Otto Skorzeny)に率いられたドイツ降下猟兵を主体とするドイツ軍特殊部隊は、グライダーで突入して、ムッソリーニを救出した。そのご、荒れ地を滑走路代わりにして離着陸できるフィーゼラーFi156"シュトルヒ"Fieseler Fi 156 "Storch")で、ムッソリーニを安全地帯に空輸した。

⇒写真集フィーゼラー(Fieseler)Fi-156連絡機を見る。




◆2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術―ワイマール共国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、WW2も詳解しました。
◆2011年9月2日・9日(金)午後9時からNHK-BS歴史館「側近がみた独裁者ヒトラー」でRudolf Hess ルドルフ・ヘス及びLeni Riefenstahl レニ・リーフェンシュタールを検討。再放送は9/4(日)12時、9/7(水)24時及び9/11(日)12時、9/13(水)24時。

ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
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開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊
サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250/251:ハーフトラック
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
ソ連赤軍T-34戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍1号戦車・2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ヒトラー暗殺ワルキューレ Valkyrie作戦: Claus von Stauffenberg
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
ハンセン病Leprosy差別

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