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◆メッサーシュミット(Messerschmitt)Me-109 E/F 戦闘機
写真(上)1940年,西部戦線、ドイツ空軍メッサーシュミット(Messerschmitt)Bf 109E-4戦闘機の戦列
:オーバーオールを着込んだ列機の部下と一緒に記念撮影。エンジン側方には、手動回転式の慣性始動器(イナーシャ)を回すクランク・レバーが差し込んである。主翼に装備した20ミリMGFF機関砲2門は搭載弾数120発、機首上面の7.92ミリMG17機関銃2丁は、踏査弾数2000発。操縦席背後に10ミリ厚の防弾鋼板を設けた。手動エンジン操作(Manual Engine Control)によってエンジン冷却器(ラジエーター)の空気取入れ量を調整できる。最高速力:580km/h、高度5000m、上昇限度:11,000m、離陸距離:400m。
Messerschmitt Bf 109E-4 Nowarra collection PictionID:44217186 - Title:Messerschmitt Bf 109E-4 Nowarra collection - Catalog:16_005508 - Filename:16_005508.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,SDASM Archives , PictionID:44217186引用。



写真(上)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で整備中のドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機
:E(エーミール Emil)は、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB601 Aa.冷倒立12気筒エンジン1175馬力を標準装備。Bf109には整備兵2名が機首を点検しているが、それをモーゼル小銃を肩にした警備兵が見物している。
Lufthavn. tysk militert fly pæ bakken, Bf109. To vaktsoldater og to mekanikere ved flyet . Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m.. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trændelag Vernes sikker Eierskap Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130033 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548419 UUID: A89DA4BE-4479-4001-BB93-46E019BD0FBB
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130033 引用。

◆2011年9月2日・9日(金)午後9時からNHK-BS歴史館「側近がみた独裁者ヒトラー」でRudolf Hess ルドルフ・ヘス及びLeni Riefenstahl レニ・リーフェンシュタールを検討。再放送は9/4(日)12時、9/7(水)24時及び9/11(日)12時、9/13(水)24時。

1.第二次大戦2年前に登場したメッサーシュミットBf-109戦闘機

1934年,バイエルン航空機Bayerische Flugzeugwerke:BF)は、単葉、全金属製、モノコック構造、密閉式のガラス風防、引込脚といった当時の先端技術をすべて取入れ、強力なエンジンで、小さく軽い機体を引っ張る高速戦闘機の開発を始めた。設計上参考にされたのは、Bf 108連絡機・小型輸送機で、設計者は同じロベルト・ルッサー技師だった。その後,バイエルン航空機Bayerische Flugzeugwerke:BF)は、メッサーシュミット社となったため、MEの略称も併用され、Bf109戦闘機は、Me109戦闘機とも呼ばれるようになる。大戦中のパイロットは、Bf109と呼称するものが多かったようだが、ドイツ航空産業の雄「メッサーシュミット」の名称を広めようとしたのは当然のことで、公式文書でMe 109となっているとの反論、バイエルン航空機で設計したのでBf109と呼ぶべきだとの説は、産業界のメッサーシュミットの重要性に思い至れば、解消される。

写真(右)1936年9月16日、ユンカース社ユモJumo 210液冷倒立12気筒エンジンを装備したメッサーシュミットBf 109戦闘機試作1号機V1:Bf109戦闘機A型は、ダイムラーベンツDB600の実用化ができていなかったため、ユンカース社ユモJumo 210液冷倒立12気筒エンジンを装備した。第二次大戦のドイツ空軍主力戦闘機メッサーシュミットBf 109は、大戦勃発の3年前に試作機が完成した。ガラス風防には、枠が多く、エンジン冷却器ラジエーターは機首下面に大きく空気取入れ口を開けている。プロペラも2翅である。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:44220845 - Catalog:16_005488 - Title:Messerschmitt Bf 109V-1 16 Sept 1936 - Filename:16_005488.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:44220845引用。


写真(右)1930年代、ユンカース社ユモJumo 210液冷倒立12気筒エンジン:気筒(シリンダー)のボア(Bore): 124 mm、ストローク (Stroke): 136 mm、排気量(Displacement): 19.7 L。当初は600馬力しかなかったが、1936年には660馬力迄向上した。引き続き、エンジンの馬力強化のために、Jumo211が開発されるが、これは気筒数は同じで、Jumo210を発展させたタイプである。ハインケル・アーカイブ(Heinkel Archiv)が保管していた写真。1936年に、Jumo210を大型化、発展させたJumo211液冷倒立12気筒エンジンが完成している。気筒(シリンダー)のボア: 150 mm、 ストローク: 165 mm、排気量: 34.99 L。 ユンカースJu88爆撃機はユンカース・ユモJumo211エンジン(エアインテーク正面左)装備することになった。
Ray Wagner Collection Image PictionID:46169149 - Catalog:16_007389 - Title:Flugmotor Jumo 210 Heinkel Archiv, Stuttgart - Filename:16_007389.TIF
写真は,SDASM Archives, Catalog:16_007389 引用。


Bf 109の発動機は、当初のA型では、ダイムラーベンツDB601の実用化ができていなかったため、ユンカース社ユモJumo 210液冷倒立12気筒エンジンを装備した。B型以降に装備したのはダイムラー・ベンツDB601液冷エンジン(後期型はDB605エンジン)で、シリンダーは高圧で駆動するために構造上精度・素材品質も高く保つ必要があった。また、燃料噴射ポンプが装備されたが、これは気化器を通さず直接シリンダーに燃料噴射をするポンプで、飛行機の態勢いかんにかかわらず、安定的なエンジン駆動ができた。バトル・オブ・ブリテンにあって、気化器を装備したスピットファイア戦闘機は、マイナスGが強くかかるとシリンダーへの燃料供給が停止する欠点があったが、Bf109戦闘機は、燃料直接噴射ポンプがあったために、その欠点はなかった。

 さらに、ダイムラー・ベンツDB601液冷エンジンは、倒立V型シリンダーであったため、エンジンを貫通して胴体内機関砲をプロペラスピナ先端から発射することも可能だった。このよう複雑な機構は、生産効率や整備性の上で困難があったが、技術的優位を活かす自信があったダイムラーベンツは、あえて複雑な機構のエンジンを開発したのである。

写真(右)1935年以降,メッサーシュミットBf109戦闘機試作4号機V4:1935年までは、ドイツ軍伝統の黒白赤三色ストライプの国章だったが、1935年のドイツ再軍備宣言、ドイツ空軍の設立以降は、尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字)を描いた国章とされた。その後、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、赤帯と白丸のハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字)は目立つために敵からの標的にされやすかったので取りやめになった。
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109V Catalog #: 01_00085167 Title: Messerschmitt, BF 109V Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: BF 109V Tags: Messerschmitt, BF 109V Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085167引用。


1939年9月1日、ポーランド侵攻時には,特別部隊(のちのアインザッツグルッペ)が投入され,公務員,教師,医師,聖職者,ユダヤ人,地主,商店主など,ポーランドの文化・国家の維持に有益な人物,インテリゲンツィアを処置していた。
総統(Führer)アドルフ・ヒトラーにも空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングHermann Göring)元帥にとても、ワルシャワ空爆に躊躇は一切なかったと考えられる。

写真(右)1935年以降,メッサーシュミットBf109戦闘機試作5号機V5:水平尾翼は太い支柱で固定されている。
SDASM Archives Messerschmitt Bf 109V-5 Nowarra collection PictionID:44220821 - Title:Messerschmitt Bf 109V-5 Nowarra collection - Catalog:16_005486 - Filename:16_005486.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085167引用。


1935年までは、ドイツ軍伝統の黒白赤三色ストライプの国章だったが、1935年にドイツ再軍備宣言German re-armament)、ドイツ空軍にヘルマン・ゲーリングが総司令官として着任、ナチ化が推進された。尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字)を描いた国章とされた。その後、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、赤帯と白丸のハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字)は目立つために敵からの標的にされやすかったので取りやめになった。

写真(右)1935年以降,メッサーシュミットBf109戦闘機試作7号機V7:水平尾翼は細い支柱で固定されている。1935年までは、ドイツ軍伝統の黒白赤三色ストライプの国章だったが、1935年の再軍備宣言、ヘルマン・ゲーリングのドイツ空軍総司令官就任以来、尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字)を描いた国章とされた。その後、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、赤帯と白丸のハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字)は目立つために敵からの標的にされやすかったので取りやめになった。
SDASM Archives Messerschmitt Bf 109V-7 Nowarra collection PictionID:44220833 - Title:Messerschmitt Bf 109V-7 Nowarra collection - Catalog:16_005487 - Filename:16_005487.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085167引用。



2.スペイン内戦から第二次大戦緒戦まで使われたメッサーシュミットBf-109戦闘機B型/D型

写真(右)1937年-1938年,メッサーシュミットBf109戦闘機B型試作機(?):機体の塗装は、機首上面がパイロットに光反射がこないように黒色に塗っているが、その他の部分は無塗装のようだ。プロペラは2翅で、エンジン冷却器(ラジエータ)の空気取入れ口は、機首下面に大きなものが一つ空いている。
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109 Catalog #: 01_00082403 Title: Messerschmitt, Bf 109 Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085089引用。


写真(右)1937年-1938年,メッサーシュミットBf109戦闘機B型の正面:プロペラは2翅で、エンジン冷却器(ラジエータ)の空気取入れ口は、機首下面に大きなものが一つ空いている。
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109b Catalog #: 01_00085122 Title: Messerschmitt, BF 109b Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: BF 109b Tags: Messerschmitt, BF 109b Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085122引用。


メッサーシュミットBf109戦闘機のプロペラの金属製羽根の数は、D型までは2翅プロペラで、E型以降になって3翅プロペラになった。発動機は、搭載するエンジンが、B型・D型はユモJumo210液冷倒立V型12気筒で冷却器(ラジエーター)は機首下面にあったが、E型以降はより強力なダイムラー・ベンツ DB 601液冷倒立V型12気筒を搭載し、冷却器は主翼左右下面に二分割して設置している。

写真(右)1937年8月11日,メッサーシュミットBf109戦闘機B-1型:ダークグリーン系の二色迷彩塗装を施している。水平尾翼は支柱で固定されている。
SDASM Archives Messerschmitt Bf 109B-1 (or C-1) photo taken 11 Aug 1937 Nowarra collection PictionID:44220872 - Title:Messerschmitt Bf 109B-1 (or C-1) photo taken 11 Aug 1937 Nowarra collection - Catalog:16_005490 - Filename:16_005490.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085167引用。


兵装は7.92ミリMG17機銃4丁と貧弱に見えるが、これは当時の標準(2丁)以上の装備である。第二次欧州世界大戦にBf109DあるいはE型に改良された。航続距離が短いことや主脚幅が狭くエンジンが強力なために,未舗装滑走路における地上安定性は良くなかった。

写真(右)1937-1939年,メッサーシュミットBf109戦闘機B型:国籍マークには変則的に、垂直尾翼に尾翼の赤帯と白丸に黒のスワスチカ (Swastika:ハーケンクロイツ)を描いている。しかし、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、尾翼の赤帯と白丸に黒のスワスチカ(卍)は敵から発見されやすかったために廃止になり、ハーケンクロイツだけなった。水平尾翼は支柱で固定されている。ダークグリーン系の二色迷彩塗装を施している。
SDASM Archives PictionID:44220897 - Catalog:16_005492 - Title:Messerschmitt Bf 109B Peter Bowers collection - Filename:16_005492.T- - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: PictionID:44220897引用。


写真(右)1937年-1938年,メッサーシュミットBf109戦闘機:機首側面に、流れ飛ぶような排気ガス噴出孔がみえる。プロペラは2翅で、エンジン冷却器(ラジエータ)の空気取入れ口は、機首下面に大きなものが一つ空いている。
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109
Catalog #: 01_00082401 Title: Messerschmitt, Bf 109
Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany
Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109
Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00082401引用。


1935年までは、ドイツ軍伝統の黒白赤三色ストライプの国章だったが、1935年3月のドイツ再軍備宣言ヘルマン・ゲーリングのドイツ空軍司令官就任以降は、尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ (Hakenkreuz:ナチ党のカギ十字)を描いた国章とされた。その後、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、赤帯と白丸のハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字)は目立つために敵からの標的にされやすかったので取りやめになった。水平尾翼は支柱で固定されている。

写真(右)1936-1937年頃,スペイン内戦にドイツ義勇軍コンドル軍団の戦闘部隊として派兵されたメッサーシュミットBf109戦闘機B-1型:スペイン内戦にドイツ義勇軍コンドル軍団の戦闘部隊として派兵されたメッサーシュミットBf109戦闘機E-1型:国籍マークは、胴体の黒丸と垂直尾翼の黒の×十字でファシストのファランヘ党、フランコ将軍の反乱軍側に立って参戦した。スペイン内戦には当初はBf109戦闘機B型が投入されたが、1938年にはBf109戦闘機E型が投入されている。プロペラは2翅で、エンジン冷却器(ラジエータ)の空気取入れ口は、機首下面に大きなものが一つ空いている。
SDASM Archives Messerschmitt Me 109B-1 Peter Bowers collection PictionID:44217238 - Title:Messerschmitt Me 109B-1 Peter Bowers collection - Catalog:16_005512 - Filename:16_005512.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085089引用。


ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109戦闘機は、計画では新型のダイムラー・ベンツDaimler-Benz DB601Aエンジンを搭載する予定だったが、完成せず,ユンカースJumo211エンジンを搭載。
Messerschmitt Me 109 Bは,1937年のスペイン内乱 (Spanish Civil War)において,ドイツのコンドル軍団 (Legion Condor)に配備,派遣された。二機編隊ロッテを2組合わせた四機編隊シュワルムによる集団一撃離脱戦術を生み出した。

写真(右)1939年頃,メッサーシュミットBf109戦闘機B型の側面:2翅プロペラで、エンジン冷却器(ラジエータ)の空気取入れ口は、機首下面に大きなものが一つ空いている。1935年のドイツ再軍備宣言、ドイツ空軍の設立以降、尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ (Hakenkreuz:ナチ党のカギ十字)を描いた国籍マークだった。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:44220885 - Catalog:16_005491 - Title:Messerschmitt Bf 109B-0 Nowarra collection - Filename:16_005491.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.--- Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog:16_005491引用。


全金属製低翼単葉、引込み式降着装置のメッサーシュミットBf109戦闘機は、1935年5月28日初飛行した。その後、メッサーシュミットBf-109B戦闘機が、スペイン内戦が戦われ、日中戦争が勃発した1937年に部隊配備された。しかし、Bf-109B戦闘機の兵装は、7.92ミリ機関銃のみであり、当時の主力戦闘機ハインケルHe51複葉機と火力は大差なかった。1938年、ドイツによるオーストリア併合、ズデーテンラント併合の時期には、He51複葉機に代わって、メッサーシュミットBf-109B戦闘機が主力となっていた。第二次世界大戦が勃発する1939年の諸島、メッサーシュミットBf-109B戦闘機E型(エミール)が搭乗した。そして、1939年9月のドイツによるポーランド侵攻に投入され、第二次大戦緒戦のドイツ空軍主力戦闘機となった。

ドイツのヒトラー総統は、1934年1月26日、ドイツ・ポーランド不可侵条約を締結していたが、それを1939年4月28日に一方的に破棄して、1939年9月1日、ポーランドに侵攻した。空襲に参加したヘルマン・ゲーリングHermann Göring)総司令官のドイツ空軍機はアルベルト・ケッセルリング (Albert Kesselring)元帥の第1航空軍,アレクサンデル・レール第4航空軍で,あわせて1302機を保有していた。さらに,空軍総司令部直轄として,輸送機,偵察機など133機があり,陸軍にも偵察機,連絡機など288機が配備されていた。また,ドイツ本土防空部隊は,216機を保有していた。

したがって,ドイツ軍は,総計1929機をポーランド戦に投入したことになる。これはドイツ空軍兵力の三分の二に相当した。当時の主力爆撃機はドルニエDo-17とユンカースJu87だった。

対するポーランドの航空兵力は,自国設計・国内生産の機体も含めて、第一線機900機(爆撃機150機,戦闘機315機,偵察機325機,海軍機50機など)だった。これは、当時の小国としては、強力な空軍力であり、イギリス、フランスは、士気の低いソ連軍よりも、勇敢なポーランド軍の方を同盟相手として選ぶことになった。イギリスもフランスもポーランドの独立を保証する順次協定を結び、これを破ってポーランドに侵攻したドイツに対して最後通牒を告げ、宣戦布告をしたのである。

ポーランド軍機は,果敢に攻撃をかけてきたが,ドイツ空軍Messerschmitt Me 109 B戦闘機に撃退された。部品,燃料に不足をきたし,稼動機数は急速に低下した。

写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル、不時着したドイツ空軍のメッサーシュミットBf109D戦闘機「65」 ; D(エーミール Emil)は、D型はユモJumo210液冷倒立V型12気筒を装備し、金属製2翅プロペラを装備、エンジン冷却器(ラジエーター)は、機首下面に設置されている。
Tysk fly som nødlandet ved Tverfjellet vest for Bretningen. 2. verdens krig. Stor-Elvdal Historielag. Dette flyet var stasjonert pæ Værnes flyplass som en del av jagerflyskolen der. Flyet var en Messerschmitt Bf 109 D-1 med kode +65, tilhørte JFS3, og hadde WerkNr (prod.nr.) 2578. Flere bilder/info her: https://ktsorens.tihlde.org/flyvrak/sollia.html Skrevet av Lars Otto Wollum pæ DM: Flyet ble demontert av tyske soldater og delene kjørt med hest ned til plassen Sjøli sør for Setningsjøen hvor de ble hentet av tyske soldater med lastebiler. Mange fotografier eksisterer, mange av bygdens ungdommer besøkte stedet hvor flyet nødlandet. Setningsjøen ligger ca 3 km nedenfor flyets hale
Identifier: SEH.1203 Owner of collection: Stor-Elvdal historielag Institution: Glomdalsmuseet Date published: March 19, 2014 Date updated: March 22, 2017 DIMU-CODE: 011012979444 UUID: 1F8E7959-B7AC-4EE1-9008-9C4AB12A19B4
写真はGlomdalsmuseet, Stor-Elvdal historielag・Identifier: NL.03130021 引用。


1939年9月1日,ドイツ軍ポーランド侵攻の2日後,9月3日,英首相ネヴィル・チェンバレンNeville Chamberlain)は,対独宣戦布告をした。ラジオ演説は沈痛な面持ちで,戦争を開始せざるを得ないことを訴えた。しかし,開戦から半年以上,西部戦線は停滞しており,「座り込み戦争」(Phoney War)とも称された。

 
写真(上)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル、不時着したドイツ空軍のメッサーシュミットBf109戦闘機D型の胴体に馬乗りになって遊ぶ民間人たち
;プロペラスピナーの先端には、20ミリモーターカノンの銃口があるが、ここには機関銃は装備されていない。装備するつもりで、銃口をプロペラ軸とスピナーに開けたものの、実際にモーターカノンが装備されたのは、2年後の1942年に登場するF型に至ってからである。D(エーミール Emil)は、D型はユモJumo210液冷倒立V型12気筒を装備し、金属製2翅プロペラを装備。機首エンジン下面の冷却器(ラジエーター)は、不時着時に雪を飲み込んでしまった。
Fly - Messerschmidt Bf 109 D-1, Sollia, Hedmark. Fotografering: 1941 Fotograf: Øvergærd, Jo Identifier: ntm 1981/12-001 Part of collection: NTM Owner of collection: Norsk Teknisk Museum Institution: Norsk Teknisk Museum Date published: August 11, 2014 Date updated: October 30, 2014 DIMU-CODE: 011014284741 UUID: 3DE0B7C2-5909-4428-8E14-C095FC6D2AA5
写真はNorsk Teknisk Museum・Identifier: ntm 1981/12-001 引用。


1940年4月9日,英軍に先んじて,ドイツ軍がノルウェーに侵攻,その後,4月14日,トロンヘイムに英仏軍,ポーランド軍の連合軍1万2000名を上陸させた。ナルヴィクNarvik)にも,4月20日に連合軍3万名を上陸させた。1940年5月10日,ドイツ軍のベルギー,オランダに侵攻に直面して,連合軍はナルヴィクを撤退。チェンバレンは,戦局悪化と対独宥和政策の破綻の責任を取って,首相を辞任。 戦時挙国一致内閣として,1940年5月10日にウィンストン・チャーチルWinston Churchill)がイギリス首相に就任した。


3.第二次世界大戦緒戦のBf-109戦闘機E型 エミール(Emil)

写真(右)1938年,メッサーシュミットBf109戦闘機E-1型:SDASMのオリジナル解説ではD-1としている。しかし、搭載エンジンダイムラー・ベンツ DB 601液冷倒立V型12気筒を搭載し、冷却器(ラジエーター)も機首下面には設置していないので、D型ではない。1935年までは、ドイツ軍伝統の黒白赤三色ストライプの国章だったが、1935年3月のドイツ再軍備宣言ヘルマン・ゲーリングのドイツ空軍司令官就任以降は、尾翼に赤帯に白丸とハーケンクロイツ (Hakenkreuz:ナチ党のカギ十字)を描いた国章とされた。その後、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、赤帯と白丸のハーケンクロイツ(ナチ党のカギ十字)は目立つために敵からの標的にされやすかったので取りやめになった。水平尾翼は支柱で固定されている。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:44219128 - Catalog:16_005499 - Title:Messerschmitt Bf 109D-1 Nowarra collection - Filename:16_005499.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085167引用。


メッサーシュミットBf109戦闘機のプロペラの金属製羽根の数は、D型までは2翅で、E型以降になって3翅プロペラになった。発動機は、搭載するエンジンが、B型・D型はユモJumo210液冷倒立V型12気筒で冷却器(ラジエーター)は機首下面にあったが、E型以降はより強力なダイムラー・ベンツ DB 601液冷倒立V型12気筒を搭載し、冷却器は主翼左右下面に二分割して設置している。

写真(右)1937年-1938年,スペイン内戦にドイツ義勇軍コンドル軍団の戦闘部隊として派兵されたメッサーシュミットBf109戦闘機E-1型:国籍マークは、胴体の黒丸と垂直尾翼の黒の×十字でファシストのファランヘ党、フランコ将軍の反乱軍側に立って参戦した。プロペラは3翅で、エンジン冷却器(ラジエータ)の空気取入れ口は、機首下面に大きなものが一つ空いている。
SDASM Archives Messerschmitt Me 109E-1 in Spain Peter Bowers collection PictionID:44217251 - Title:Messerschmitt Me 109E-1 in Spain Peter Bowers collection - Catalog:16_005513 - Filename:16_005513.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:44217251引用。


写真(右)1939年,メッサーシュミットBf109戦闘機E-1型:1935年までは、ドイツ軍伝統の黒白赤三色ストライプの国章だったが、1935年の再軍備宣言、ドイツ空軍の設立以降は、尾翼に赤帯に白丸とスワスチカ (Swastika:ナチ党のカギ十字)を描いた国章とされた。その後、1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、赤帯と白丸のスワスチカ (Swastika:ナチ党のカギ十字)は目立つために敵からの標的にされやすかったので取りやめになった。
SDASM Archives Messerschmitt Bf 109E-1 1939 PictionID:44217278 - Title:Messerschmitt Bf 109E-1 1939 - Catalog:16_005515 - Filename:16_005515.TIF - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085167引用。


1939年9月1日,ドイツ軍ポーランド侵攻の2日後,9月3日,英首相ネヴィル・チェンバレンNeville Chamberlain)は,対独宣戦布告をした。ラジオ演説は沈痛な面持ちで,戦争を開始せざるを得ないことを訴えた。しかし,開戦から半年以上,西部戦線は停滞しており,「座り込み戦争」(Phoney War)とも称された。

  写真(右)1940年,飛行場に設けた掩体壕に偽装網をかけて待機、整備中のドイツ空軍メッサーシュミット(Messerschmitt)Bf 109E戦闘機:機首に7.92ミリMG17機関銃左右合計2丁、主翼内のエリコン社20ミリ機関砲MGFF左右合計2門は外されている。掩体壕は未舗装だが、金属製の網が敷かれていて、円滑な出し入れが可能となるように配慮されている。右にある燃料用のドラム缶は、倒して転がして運搬できるように縁取りがされている。
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109b Catalog #: 01_00085106 Title: Messerschmitt, BF 109b Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: BF 109b Tags: Messerschmitt, BF 109b .---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085106引用。


しかし,1940年1月10日,ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングHermann Göring)隷下の第二航空軍所属の連絡機Me-108タイフーン (Me 108 Taifun)が,悪天候によって,ベルギーに不時着する事故が発生した。この連絡機には,ドイツ軍参謀が搭乗しており,その携帯していた参謀本部のゲルブ計画書(フランス侵攻作戦計画)が,ベルギー軍にわたってしまった。本来,このような機密書類を携帯して空路を飛ぶことは禁止されていたが,連戦連勝の中,機密保持についておろそかになっていた。


ベルギー軍が入手したドイツ軍のフランス侵攻作戦計画は,当然,英仏軍に手渡されたことは疑うべくもなかった。飛行機事故で,ドイツのフランス侵攻ゲルフ計画が連合軍に明らかになってしまったために,ドイツ軍は,侵攻変更を余儀なくされた。ドイツ陸軍参謀本部が立案したフランス侵攻作戦「ゲルブ」(黄)計画は,第一次大戦のシュリーフェン計画と同様であった。

英国ウィンストン・チャーチル (Winston Spencer- Churchill)首相は,米国の武器貸与法を利用した軍事援助によって,徹底抗戦を戦う覚悟をしていた。1940年7月10日から10月31日まで,ヘルマン・ゲーリングHermann Wilhelm Göring:1893-1946)のドイツ空軍は、英国本土の軍事施設(航空基地、軍港、レーダー施設など)、工業地帯を大空襲した。これに対して、英空軍戦闘機部隊は,ドーバー海峡を挟んで,ドイツ空軍の爆撃機,戦闘機を果敢に迎撃し,「バトルオブブリテン」といわれるほどだった。イギリス空軍は,ドイツ空軍の英本土空襲を持ちこたえた。

写真(右)1940年頃,フランス北部、イギリス本土攻撃を準備中と思われるドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機E-3型:主翼にエリコン20ミリMGFF機関砲が突出している。
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109E Catalog #: 01_00085105 Title: Messerschmitt, BF 109E Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: BF 109E Tags: Messerschmitt, BF 109b Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085105引用。


ドイツ空軍司令官ヘルマン・ゲ-リング (Hermann Goering)国家元帥は,1940年8月からの英本土航空「鷲」作戦に際して,ドイツ空軍がイギリス空軍機を駆逐し,イギリスを征服してみせると豪語した。しかし,ドイツ側の被害は甚大で,イギリス戦闘機の抵抗が続いたために,1940年9月7日から,ロンドン夜間空襲を開始した。


Me109戦闘機E型(Emil:エーミール)は、発動機はダイムラー・ベンツ (DB601A) で、E-1は機首上面・左右主翼に7.92ミリMG17機関銃4丁を搭載しただけで、兵装は軽微だった。E-2型は、当初の計画通り、エンジンを貫通し、プロペラ軸から発射する20ミリ機関銃 (MG FF)を搭載するモーターカノン装備型となるはずだったが、大口径機関砲の振動のために、モーターカノンは搭載できなかった。

しかし、生産が始まっていたために、Bf 109戦闘機 E型のプロペラスピナ先端には、20ミリ機関砲の砲口があいたままとなった。E-3型は、武装強化のために主翼に20ミリMG FF機関砲を搭載した。Bf 109戦闘機E-4型には、同口径の20ミリMG FF/Mをが装備し、榴弾を使用することが可能になった。

写真(右)1940年,飛行中のドイツ空軍メッサーシュミット(Messerschmitt)Bf 109E-3戦闘機(CE-BM):機首に7.92ミリMG17機関銃左右合計2丁、銃口を黄色のペイントで塗装している。主翼内には強力なスイス、エリコン社の20ミリ機関砲MGFF左右合計2門装備している。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:44217305 - Catalog:16_005517 - Title:Messerschmitt Bf 109E-3 CE-BM 1952 - Filename:16_005517.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:44217305引用。


メッサーシュミットMe109E戦闘機は、機首に7.92ミリMG17機銃 2丁,主翼に20ミリMGFF(エリコン)機銃2丁装備で,ダイムラー・ベンツDB601Aエンジン(1100馬力),最大速度570キロ, 航続距離 660キロ。1935年から1945年まで,総生産数3万3000機で,Bf109は世界最多の戦闘機となった。

写真(右)1940年、オランダに不時着し上下さかさまに横転したドイツ空軍第52戦闘航空団第5飛行戦隊のメッサ―シュミットBf 109E-8戦闘機(製造番号 6387):損傷率65%という。
Het over de kop geslagen toestel van Schöpe. De Bf 109E-8 van de 5./JG 52 met Werknr. 6387 en de registratie ‘Schwarze 8’ raakte bij het ongeval voor 65 procent beschadigd. Beeld NIMH.
写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1940年、オランダ北部、ドレンテ州フローニンゲン・エールデ飛行場で偽装されているドイツ空軍第54戦闘航空団第3飛行戦隊のメッサ―シュミットBf 109E-8戦闘機:機首に7.92ミリMG17機銃 2丁,主翼に20ミリMGFF(エリコン)機銃2丁装備で,ダイムラー・ベンツDB601Aエンジン(1100馬力),最大速度570キロ, 航続距離 660キロ。1935年から1945年まで,総生産数3万3000機で,世界最多の戦闘機となった。
Nogmaals een BF 109 van de 3./JG54 op Eelde. Duidelijk te zien zijn de ter camouflage aangebrachte 'sloten' op het start- en landingsterrein: donkergeverfde stroken gras.. Beeld NIMH . 写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1940-1941年、オランダ北部、ドレンテ州フローニンゲン・エールデ飛行場に駐機しているドイツ空軍メッサ―シュミットBf 109E戦闘機とフォッケウルフFw-44スティグリッツ練習機:
Eelde, winter 1940/1941. Drie BF 109's en een Fw 44 Stieglitz, bijgenaamd ‘Zitterlitz’, staan op het start- en landingsterrein geparkeerd. De Fw 44 is vermoedelijk een verbindingsmachine van de 3./JG 54. Opvallend is verder dat de Balkenkreuze op de vleugels van de Messerschmitts zijn afgedekt met doeken om ontdekking vanuit de lucht te bemoeilijken. Beeld NIMH. 写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


Me109E戦闘機諸元
兵装:機首7.92ミリMG17機銃 2丁,主翼20ミリMGFF(エリコン)機銃2丁装備
ダイムラー・ベンツDB601Aエンジン (1100馬力),最大速度570キロ, 航続距離 660キロ
生産機数(1935-1945年)3万3000機。

写真(右)1939年,メッサーシュミット(Messerschmitt)Bf 109E-1B戦闘爆撃機型:Bf 109戦闘機E型は制空戦闘機だが、イギリス本土航空決戦では急降下爆撃機、双発爆撃機の損失が多くなった。そこで、戦闘機に爆弾を搭載して空襲する戦闘爆撃機型のBf109が誕生した。機首に7.92ミリMG17機関銃左右合計2丁、主翼内に強力なスイス、エリコン社の20ミリ機関砲MGFF左右合計2門装備している。後方には、双尾翼式のドルニエDo-17双発爆撃機が写っている。
SDASM Archives Messerschmitt Bf 109E-1B (E-4B?) Nowarra collection PictionID:44219116 - Title:Messerschmitt Bf 109E-1B (E-4B?) Nowarra collection - Catalog:16_005498 - Filename:16_005498.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation --- ---Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:44219116引用。


写真(右)1940年、オランダ、北ホラント州、北海に面したデ・コーイ空軍基地、第54戦闘航空団第9飛行戦隊メッサ―シュミットBf 109E戦闘機:メッサーシュミットMe109E戦闘機: ダイムラー・ベンツDB601Aエンジン(1100馬力),最大速度570キロ, 航続距離 660キロ。機首に7.92ミリMG17機銃 2丁,主翼に20ミリMGFFエリコン機銃2丁装備で,1935年から1945年まで,総生産数3万3000機で,世界最多の戦闘機となった。
Frankreich.- Vier Jagdflugzeuge Vliegveld De Kooy is voornamelijk gebruikt door eenmotorige jachtvliegtuigen. Hier staat in november 1940 een Bf 109 van de 9./JG 54 op het westelijke gedeelte van het vliegveld geparkeerd. Links op de achtergrond is de antenne van een radiozender te ontwaren. Beeld NIMH. 写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


Me109戦闘機E型は、愛称「エーミール」(Emil)で、ダイムラーベンツDaimler-Benz DB601A液冷エンジン1175馬力を搭載、バトルオブブリテン当時の主力戦闘機だった。E-1は、機首上面に2丁、左右主翼に各々1丁の7.92ミリMG17機銃を装備したが、プロペラ軸を通して20ミリMGFF機関砲が発射可能な構造だったが、機銃整備・調整が間に合わずに、機首プロペラ軸の機関銃(モーターカノン)は未搭載だった。

イギリス空軍スーパーマリーン スピットファイア 戦闘機 Mk.Ia:イギリス本土航空決戦でドイツ空軍のメッサーシュミットBf109戦闘機E型と対等に戦った。


ドイツ空軍主力戦闘機メッサーシュミットBf 109戦闘機E-2型は、モーターカノンとしてスイスのエリコン社の開発した20ミリMGFF機関砲を搭載した。しかし、20ミリ機関砲の発射時の振動が大きく、機種上面の7.92ミリMG17機銃と共振し大きな振動を起こしてしまう。

そこで、Bf 109戦闘機E-3型とE-4型では機首プロペラ軸の機関銃(モーターカノン)を撤去して、主翼内に20ミリMGFF機関砲を搭載した。E-5型とE-6型はE-4を改造し、小型カメラを搭載した偵察機である。

 また、爆撃機に随伴、護衛するには、航続距離の延長が不可欠だったため、E-7型では、胴体下面に金属製300L入り落下増槽を懸架可能にした。部隊配備は、1940年夏だった。

ドイツ空軍Bf 109 E-1戦闘機の機首上面に2丁の7.92ミリMG17機銃が搭載されていて、プロペラ・スピナーには、20ミリ機関銃発射口が儲けられている。しかし、機首プロペラ軸の機関銃(モーターカノン)は、振動が大きく実用に適さないと判断されE型での搭載は見送られることになる。


ドイツ軍の主力は,ゲルト・フォン・ルントシュテット総司令官が率いるA軍集団で,エヴァルト・フォン・クライスト将軍が率いる装甲集団が,ルクセンブルク,セダンを突破して,マール川を超え,ソンム川北岸をダンケルクに向かって突進した。ベルギーにあった連合軍は,退路を遮断されるのを恐れて退却を開始したが,A軍集団の装甲軍集団は,「電撃戦」というに相応しい機動力を発揮して,連合軍がフランス本土,パリへ退却するのを阻止してしまった。そこで,連合軍は,英仏海峡に面したダンケルクへと追い詰められた。

 そのまま連合軍敗残部隊の集結したダンケルクに、ドイツ軍装甲軍を突入させれば、イギリス軍、フランス軍とも壊滅していたと思われるが、進撃を停止させ、ヘルマン・ゲーリングHermann Wilhelm Göring)のドイツ空軍部隊だけが、ダンケルクの連合軍を空襲攻撃した。イギリス軍は、ダイナモ作戦と称して、大小各種船舶を大動員に、ダンケルクからイギリス本土に地上部隊を運搬、救出してしまった。

写真(右)1941-1942年頃,ドイツ、ドイツ空軍メッサーシュミット(Messerschmitt)Me 109E戦闘機とアラド(Arado)Ar-196水上偵察機の生産工程:ドイツ空軍主力戦闘機で,E型は初めてエンジンのプロペラ軸を通してマウザー(モーゼル)20ミリMG151/20 機関銃1丁を装備する予定だったが、結局実用化できないままだった。しかし、プロペラ軸先端の機銃八遮光はそのまま残されている。
Inventory:Bild 146 - Sammlung von Repro-Negativen Signature: Bild 146-1977-108-21
Archive title: Flugzeug-produktion/-wartung.- Arado Ar 196 in einer Werkhalle/Hangar Dating: 1939/1945 ca. Photographer: o.Ang. Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild 146-1977-108-21 引用(他引用不許可)。


写真(右)1940年6-7月、電撃戦の時期のオランダ、ロッテルダム南に位置する南ホラント州の港湾都市、ワールハーヴェン、ドイツ空軍第54戦闘航空団(JG54)のメッサ―シュミットBf 109E戦闘機2機:未舗装の飛行場だが、奥には港湾で船への積み卸しを行う大型のガントリークレーンが10基ほど写っている。現在、ロッテルダムは、ヨーロッパ最大の貿易港である。
Reeds enkele dagen nadat de Blitzkrieg ten einde was gekomen, arriveerden in juni 1940 Messerschmitt 109’s van het Jagdgeschwader 54 op Waalhaven. Zij bleven hier tot medio juli 1940. Beeld NIMH. 写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1940年、オランダ、ユトレヒト東20キロ、スーステルベルグ、第54戦闘航空団第3飛行戦隊(III/JG54)メッサ―シュミットBf 109E戦闘機の発進:手前には、木の枝を組み合わせて作った小屋があるが、対空偽装を兼ねたもの。但し、雨漏りを避けるためか、屋根の部分にシートを張っている。飛行場も未舗装のようで、牧草地を利用して、対空偽装しているのであろうか。
Terwijl op de voorgrond een Bf 109 van de III./JG 54 staat geparkeerd, komt op de achtergrond een toestel van dezelfde eenheid landen. De III./JG 54 was tussen eind juni en begin juli 1940 op Soesterberg gestationeerd.. Beeld NIMH. 写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1940年冬、オランダ南部、北ブラバント州、ウーンスドレヒト空軍基地、第52戦闘航空団第1飛行戦隊(I/JG54)メッサ―シュミットBf 109戦闘機E型「エミール」とフォッケウルフFw-58「ワイエ」練習機・連絡機
De Fluzeugwerft op vliegveld Woensdrecht in het vroege voorjaar van 1941. In deze hangaar vond het grotere onderhoud en de reparaties aan vliegtuigen plaats. Voor de hangaar staan twee Bf 109’s van de I./JG 52 en een Fw 58 Weihe-verbindingsvliegtuig. Rechts op de foto verrijdbare camouflageschermen om voor de ingang van de vliegtuigloods te plaatsen. Beeld NIMH. 写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1940年、オランダ南部、北ブラバント州、ウーンスドレヒト空軍基地で整備中の第52戦闘航空団第1飛行戦隊(I/JG54)メッサ―シュミットBf 109E戦闘機:タイヤにシートをかけているが、エンジンの潤滑油・燃料がゴム製主輪にこぼれないようにしている様だ。エンジンの排気管の上にある金属カバーは、本来、パイロットが排気に伴う煙・発光で幻惑されないようにするためのものだが、整備するときの足掛けとしても使われている。
Grondpersoneel van de I./JG 52 maakt in het vroege voorjaar van 1941 op vliegveld Woensdrecht een Bf 109 gereed voor een nieuwe vlucht. Omdat het toestel op het landingsterrein staat geparkeerd zijn er wat camouflagenetten over de vleugels getrokken.. Beeld NIMH. 写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1940年、オランダ南部、北ブラバント州、ウーンスドレヒト空軍基地で整備中の第52戦闘航空団第1飛行戦隊(I/JG54)メッサ―シュミットBf 109戦闘機E型:主翼の下に外されたDB601エンジンカバーが置かれている。また、主翼には対空偽装用のネットが懸けられている。この写真でも、主輪2個を覆っている汚れ防止カバーが確認できる。
Nog een foto van de Bf 109 van de I./JG 52 op Woensdrecht, nu vanuit een andere invalshoek.. Beeld NIMH. 写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場のコンクリート舗装の駐機場のドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機E型の前で記念写真を撮った3人の将兵:スピナー先端に銃口はあるが、モーターカノンは装備されていない。主翼左右に20mmMGFF 機関銃各1丁合計2丁を搭載した。20mmMGFF機関銃は、初速600m/s、発射速度540発/分、ドラム弾倉に各60発を収容。
Lufthavn, tysk militert personell ved et fly.Bf109
Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m..
Identifier: NL.03130003
Subject: Lufthavn, tysk militert personell ved et fly.Bf109
Fotografering: 1940
Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes
Giver/siste eier: Mæsel, Knut
Identifier: NL.03130003
Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum
Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014
DIMU-CODE: 021015548389 UUID: 6F5EC1A2-03C7-4716-AE15-383770E7A9A2
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130003 引用。


ドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機E型のプロペラ・スピナー先端には、プロペラ軸から通じる黒い穴が開いている。これは、モーゼル社の20ミリモーターカノンの銃口になる予定だったものだが、実際にはモーターカノンは実用化できず、機関砲は装備されていない。そこで、事前に生産してしまった銃口の開いたスピナーをそのまま装着するしかなくなった。

メッサーシュミットBf109戦闘機E型は、主翼左右にスイスのエリコン社の開発し20mmMGFF 機関銃各1丁合計2丁を搭載した。20mmMGFF機関銃は、初速600m/s、発射速度540発/分、60発ドラム弾倉を採用した。

写真(右)1941年-1944年頃、ノルウェー、ドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機F型 F(フリードリヒ:Friedrich)と防寒用の飛行服を着たパイロット。機首のプロペラスピナーにモーターカノンの20ミリ機関銃の銃口が見える。;モーターカノンには、F-3型までは15.1ミリMG151機関銃1丁(ベルト給弾200発)、F-4型以降は20ミリMG151/20機関銃(ベルト給弾150発)をエンジン後方に装備。機首上面の7.92ミリMG17機銃(2丁)は、初速840m/秒、発射速度1000発/分、ベルト給弾1丁当たり500発、合計1000発で変化なし。
En person som stær foran et fly, Messerschmitt Bf 109.
Avbildet person: Fay, Hans
Giver/siste eier: Korsnes, Egil sikker
Fotografering: 1940 - 1945
Identifier: NL.05120027
Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum
Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014
DIMU-CODE: 021015551748 UUID: 1E5E009E-842A-490A-8914-8651C7CF49D3
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.05120027引用。


Bf109戦闘機が20ミリモーターカノンを装備したのは、Bf 109 F型 F(フリードリヒ:Friedrich)になってからで、ダイムラー・ベンツ DB 601 N/E液冷エンジンの後方に15.1ミリMG151機関銃(ベルト給弾200発)あるいは20ミリMG151/20機関銃1丁(ベルト給弾150発)をモーターカノンとして、12個あるシリンダーの間を銃身を通し、プロペラ軸を貫通させて、スピナー先端の銃口から弾丸を発射する。したがって、プロペラ圏外から発射するので、プロペラ同調装置は不必要で、発射速度が速く、機体中心にあるために、運動によるモーメントを受けにくく、弾道直進性も良くなり、命中率が高まる。F型を引き継ぐG型でも、このモーターカノンは採用され、Bf109の武装強化に貢献している。

写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場、ドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機E型機首に装備した7.92ミリMG17機関銃のベルト給弾装置の整備作業(後方のスワスチカ卍からみて左右逆様の裏焼写真:mirror image of printing);7.92mmMG17機銃は、初速840m/s 発射速度1000発/分、ベルト給弾各500発、2丁合計1000発。手前の人物も、本来は右手にドライバーを持った右利きである。右の整備兵のズボンには尻当てがついている。
Lufthavn, tysk militert personell klargjør ammunisjon til et fly Bf109
Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m..
Identifier: NL.03130008
Subject: Lufthavn, tysk militert personell ved et fly.Bf109
Fotografering: 1940
Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes
Giver/siste eier: Mæsel, Knut
Identifier: NL.03130008
Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum
Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014
DIMU-CODE: 021015548394 UUID: B0598F9A-0741-4911-95FA-DD15F3D7F26A
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130008引用。


Bf109戦闘機は、A型からG型初期まで、機首のエンジン上に、7.92ミリMG17機関銃2丁を装備し続けた。この7.92ミリMG1機関銃機銃は、初速840m/s、発射速度1000発/分、ベルト給弾1000発。20ミリMG-FF機関銃と比較すると、発射速度は速いが、弾丸が軽量のため威力が小さく、射程距離もやや短い。しかし、軽量・小型のBf109戦闘機では、大型の機関銃を装備する余地が限られており、長い間、この7.92ミリMG17機関銃が使用されている。この機関銃は、陸軍の使用するモーゼル小銃、MG34機関銃、MG42機関銃とも同じリムレスの7口径.92ミリの弾丸であり、汎用性があった上に、量産・補給の観点からも、扱いやすく信頼性のある機関銃だった。

日本陸海軍は、イギリス軍の小銃弾を参考にしたセミ・リムドあるいはリムドの口径7.7ミリであり、威力が小さかったために、太平洋戦争勃発後に、7.92ミリ弾を使った7.92ミリMG15旋回機関銃を制式している。しかし、固定機関銃の7.92ミリMG17機関銃は、実用化できなかった。その理由は、機関銃に不可欠な高品質の小型複座バネ・装填排出装置を生産できず、機械装填に使用があったためである。他方、手動旋回機銃であれば、弾丸を手で装填・排出できるために、この小型複座バネ・装填排出装置を省略できる。日本軍の技術力・金属加工技術の低さのから、世界一流の航空機用小口径機関銃の生産はできなかった。

写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル、飛行場で待機するドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機パイロットたち(後方の「1」からみて左右逆様の裏焼写真:mirror image of printing);E(エーミール Emil)は、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB601 Aa.冷倒立12気筒エンジン1175馬力を標準装備。全長8.64 m、全高2.50 m。
Lufthavn, tysk militert personell ved et fly. Bf109 Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m.. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes sikker Eierskap Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130006 Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548392 UUID: 8A44E3A5-4C06-473C-BB5B-207F7C7C2905
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130006 引用。


写真[1](右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場の木製板で舗装された駐機場に不時着したドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「8」(卍の方向からみて左右逆の裏焼写真:mirror image of printing):機体後方では、腹ばいになった整備員が胴体下を覗き込んでいる。プロペラ先端が地面とぶつかり湾曲している。エンジンカバーが外れている。手前に、強風に備える主翼止めのコンクリート錘があるが、タキシングしている最中に、ここに衝突する接触事故を起こしたのかもしれない。周囲には見物する将兵の影が並んでいる。
Lufthavn, tysk militert personell ved havarert fly Bf109 Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m..Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130010 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: March 31, 2016 DIMU-CODE: 021015548396 UUID: C3E793FF-1F79-4CDE-8D58-E28BD9599EFB
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130028 引用。


写真[2](右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場の木板舗装の駐機場で事故を起こしたドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「8」の周囲に集まったドイツ空軍将兵たち(卍の方向からみて左右逆の裏焼写真:mirror image of printing):タキシングしている最中に、コンクリート錘と接触事故を起こしたのであれば、人的被害はなかったであろう。見物気分で写真を撮影している空軍将兵の人影が手前にみえる。手前の将兵は、強風に備える主翼止めのコンクリート錘を点検している。
Lufthavn, tysk militert personell ved et havarert fly.Bf109 Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130001 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548387 UUID: A0910612-9675-4BC0-A78D-636D5FF353DC
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130001 引用。


写真[3](右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場、事故を起こしたドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機。引き起こされたが、プロペラの先端が湾曲している。整備員が主翼下を点検している。(上と同じ機体なので左右逆の裏焼写真:mirror image of printing):主翼には、20ミリMG-FF機関銃を搭載しているが、その薬莢排出口が、斜めに入る太陽光で主翼下面に映し出されている。
Lufthavn, tysk militert personell ved et fly. Bf109 med skadet propell. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130007 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548393 UUID: 1CAB1C90-BFC0-4050-A67B-1BE5636A9DAE
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130024 引用。


写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場の木製板で舗装された駐機場に不時着したドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「N9」「N5」:「N9」右の尾部に黒い穴が開いているが、これはここに鉄の棒を通して、尾部を持ち上げて水平にするのに使用する。右の機体は、プロペラが2翅のBf109D型である。
Lufthavn, tyske militere fly pæ bakken, Bf109 Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130013 Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548399 UUID: CEAC158B-9133-4291-8904-9EC8053527EE
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: Identifier: NL.03130013 引用。


写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場の木製板で舗装された駐機場に不時着したドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「N9」「N5」右遠方に「N10 」:中央奥には、フォッケウルフFw-200コンドル輸送機/哨戒偵察機1機が駐機している。文献で、トロンハイムに飛行したとあるが、厳格に言うとトロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場を使っていたようだ。
Lufthavn, tyske militere fly pæ bakken, Bf109 Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130014 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548400 UUID: 09A76820-E603-4989-9A3F-8CB30FB6B719
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: Identifier: NL.03130013 引用。


写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場でコンクリート舗装された駐機場で発進準備をするドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機と風防を閉める手助けをする整備兵。:翼端を黄色のような目立つカラーで塗っているのは、対空識別用のもので、友軍の対空誤射を防止するためか。部隊識別のためか。
Lufthavn, tysk militert personell ved et fly.Bf109 Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130002 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548388 UUID: 597697FF-CF74-4DD6-9376-CD97EADE530A
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130028 引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場上空を上昇しているドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「10」(写真を拡大すると「10」の文字が鏡文字で裏焼の写真:mirror image of printing);E(エーミール Emil)は、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB601 Aa.冷倒立12気筒エンジン1175馬力を標準装備。全幅9.87 m、全長8.64 m、全高2.50 m。
Lufthavn, tysk militert fly i luften og flere fly pæ bakken Bf109Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes sikker Eierskap Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130011 Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548397 UUID: B19BF86B-CEE2-4767-BF57-FE915E57CEC1
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130011引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル、編隊飛行中のドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「10」;E(エーミール Emil)は、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB601 Aa.冷倒立12気筒エンジン1175馬力を標準装備。 G(グスタフ Gustav)型になって、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB605液冷倒立12気筒エンジン1450馬力を装備することができた。
Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trændelag Vernes sikker Eierskap Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130020 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548406 UUID: 27FFD21C-C20E-456B-A463-3FE7C59FB298
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130020引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル、編隊飛行中のドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「10」; E(エーミール Emil)は、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB601 Aa.冷倒立12気筒エンジン1175馬力を標準装備。全幅9.87 m、全長8.64 m、全高2.50 m。
Fly: Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes sikker Eierskap Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130021 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548407 UUID: B9CF1AF4-AF02-449D-BF00-CC90FA80C615
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130021 引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル、編隊飛行中のドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「10」; E(エーミール Emil)は、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB601 Aa.冷倒立12気筒エンジン1175馬力を標準装備。全幅9.87 m、全長8.64 m、全高2.50 m。
Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes sikker Eierskap Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130023 Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548409 UUID: 3215CA87-31F7-4076-8266-A69C33FAE3C5
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130023 引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、木の板を敷き詰めて舗装したスチェールダル飛行場で待機するドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「3」奥に「13」; E(エーミール Emil)は、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB601 Aa.冷倒立12気筒エンジン1175馬力を標準装備。全幅9.87 m、全長8.64 m、全高2.50 m。
Tysk militere fly pæ bakken Bf109 Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m.. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130024 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548410 UUID: 5B58B2C3-AE17-4627-9C4F-4BFE8C97EC4D
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130024 引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、木の板を敷き詰めて舗装したスチェールダル飛行場で待機するドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「9」(奥は「14」)と木製の兵舎;兵舎には、迷彩塗装が施されている。
Lufthavn. tyske militere fly på bakken Bf109. Bygninger, to vaktsoldater. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut NL.03130031 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548417 UUID: 50005C64-063B-4C15-A141-61E352DD2F7B
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.031300231引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、木の板を敷き詰めて舗装したスチェールダル飛行場で待機するドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「9」(奥は「14」)と木製の兵舎; 兵舎には、迷彩塗装が施されている。右の兵舎手前には2名のドイツ軍警備兵がこちらに歩いてくる。
Lufthavn. tyske militere fly på bakken Bf109. Bygninger, to vaktsoldater. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130030 Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548416 UUID: A9C126DC-085A-4CA5-AD10-23809A048397
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130030 引用。


写真(上)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で整備中のドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機;Bf109をモーゼル小銃を肩にかけた兵士が警備している。手前には、Bf109の機首のエンジンカバーが置かれている。カバーの溝は、機首に搭載した7.92ミリMG17機関銃の発射口。警備兵の腰に下げている金属製円筒容器は、防毒面(ガスマスク)ケース。
Lufthavn. tysk militert fly pæ bakken, Bf109. To vaktsoldater og to mekanikere ved flyet . Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trændelag Vernes sikker Eierskap Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130035 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548421 UUID: 5E458056-AE44-440F-8193-E16B8C961094
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130035 引用。


ドイツ空軍メッサーシュミットBf109E(エーミール Emil)は、ダイムラー・ベンツ (Daimler Benz)DB601 Aa.冷倒立12気筒エンジン1175馬力を標準装備。

写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で機体を水平にして、胴体上面・主翼に装備した機銃軸を調整するドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「2」;胴体後方にアンテナ支柱を立てて、無線電話用のアンテナ線を垂直尾翼上(方向舵にかからない)の突出部まで張っているのが分かる。アンテナ線の両端には、碍子が取り付けられている。全幅9.87 m、全長8.64 m、全高2.50 m。
Lufthavn, tysk militert fly på bakken, Bf109. Noen personer ved flyet.. Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m..Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130018 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548404 UUID: 03DF87D0-3814-4F96-8ADB-B1504C1FC8D3
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130018 引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で機体を水平にして、胴体上面に装備した7.92ミリMG17機関銃の機銃軸・プロペラ同調装置を調整するドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「2」;操縦席の風防が開かれているが、その倒された風防の側に操縦士の頭部後方を守る防弾装甲版が取り付けられている。スピナーも外されている胴体下には、補助支柱が建てられていて、安定をよくしている。コックピット後方にアンテナ支柱を立てて、無線電話用のアンテナ線を垂直尾翼上(方向舵にかからない)の突出部まで張っているのが分かる。アンテナ線の結び目には、碍子が取り付けられている。
Lufthavn, tysk militert fly på bakken, Bf109. En personer på flyet... .Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130019 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548405 UUID: 26813F7C-719F-4C54-8E7F-0E5336E899F7
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130019 引用。


写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で木製板を敷き詰めた駐機場でドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機のコックピットを点検する半裸の整備兵;胴体後方にアンテナ支柱を立てて、碍子を取り付けて、無線電話用のアンテナ線を張っている。写真には写っていないが、左の垂直尾翼上(方向舵にかからない)の突出部まで伸びている。
Lufthavn, tysk militert fly på Bf109.To personer på flyet... Fly: Bf109.Produsentland Tyskland. Motor: 1stk.1175 hk Daimler Benz DB 601 Aa.Vingespenn:9.87 m. Lengde: 8.64 m. Hyde:2.50 m..Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130015 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548401 UUID: 6CAE019D-46BA-4B06-A843-86173500B186
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130015 引用。


写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で木製板を敷き詰めた駐機場でドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「7」の主翼に乗り機首を点検する整備兵;コックピットにパイロットは既に乗り込んでいる。コックピット後方に、防弾装甲版があるが、それには水平に補助支柱がついているようだ。胴体後方にアンテナ支柱を立てて、碍子を取り付けて、無線電話用のアンテナ線を張っている。写真には写っていないが、左の垂直尾翼上(方向舵にかからない)の突出部まで伸びている。
Lufthavn, tysk militert fly på Bf109.To personer på flyet... Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130028 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548414 UUID: D1BDAFC0-7945-4AB2-800C-453CA10DFC65
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130028 引用。


写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で木製板を敷き詰めた駐機場でドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「7」の主翼にのって機首を点検する整備兵;胴体後方にアンテナ支柱を立てて、碍子を取り付けて、無線電話用のアンテナ線を張っている。写真には写っていないが、左の垂直尾翼上(方向舵にかからない)の突出部まで伸びている。
Lufthavn, tysk militert fly på bakken, Bf109.To personer på flyet. .Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130028 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015548414 UUID: D1BDAFC0-7945-4AB2-800C-453CA10DFC65
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130028 引用。


写真(上)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で木製板を敷き詰めた駐機場から発進準備のため、車輪止めを外そうとするドイツ空軍第5戦闘航空団第2飛行戦隊(II./JG 5)メッサーシュミットBf109E戦闘機「12」;機首に幸運の象徴「四葉のクローバー」( shamrock )の部隊マークがある。胴体後方にアンテナ支柱を立てて、碍子を取り付けて、無線電話用のアンテナ線を張っている。後に第5戦闘航空団第2飛行戦隊(II./JG 5)は、第4戦闘航空団第4飛行戦隊(IV./JG 4)へと再編成される。
Lufthavn, tysk militert fly på Bf109. Personer ved flyet. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130036 Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548422 UUID: B35401FD-9AD3-423C-88D0-2EFB660FE627
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130026 引用。


写真(右)1940年夏、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場で木製板を敷き詰めた駐機場でドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機「10」のコックピット前方を点検する整備兵;主翼には20ミリMGFF機関銃の銃身が見えている。主翼両側には、強風が吹いたときにあおられないようにするため、コンクリート製らしい錘があり、その上に金属製の把手を付けている。ここにロープロ結んで、主翼を固定するのである。
Lufthavn, tysk militert fly på bakken, Bf109.To personer på flyet. Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130016 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015548402 UUID: 8ED67C30-3BF6-4267-936F-A2237A6B63D4
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130016 引用。


写真(右)1940年、ノルウェー中部、ヌール・トロンデライグ県トロンハイム西20キロ、スチェールダル飛行場、胴体下面のラックに300リットル入落下式増加燃料タンクを装備したドイツ空軍のメッサーシュミットBf109E戦闘機。奥のBf109E「10」も増加燃料タンクを装備している。;胴体中央下面の懸架(ラック)は、Bf109独特のもので、Fw190のETC501ラックとは異なる。降雪があるので、滑走路の除雪作業が大変であろう。
Lufthavn. tyske militere fly på bakken Bf109. Snø på bakken.... Fotografering: 1940 Avbildet sted: Stjørdal Nord-Trøndelag Vernes Giver/siste eier: Mæsel, Knut Identifier: NL.03130029 Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.03130024 引用。


写真(右)1940年、ノルウェー、オスロ北西40キロ、リンゲリケに不時着したドイツ空軍のメッサーシュミットBf109戦闘機E型;主翼下面に20ミリMG-FF機関銃を収納する丸いバルジが、弓による反射光で明瞭に確認できる。右側には、軍用機から技術や文書など軍事機密が盗まれたり、飛行機が破壊されたりしないように警備兵らしき人物が控えている。
Ett havaret fly som ligger ute på et snødekt vann, Messerschmitt Me 109. En person står bak flyet. Fjell i bakgrunnen. Messerschmitt Me 109 som nødlandet ute på Sperillen, ca. 18 km nordvest for Hænefoss. Bildet ble tatt i smug da vakten som passet på flyet snudde seg vekk. Fotografen var ca. 20 å r på tidspunktet. Avbildet sted: Norge Ringerike Sperillen sikker Specific subject terms: Nødlanding Giver/siste eier: Sjøgren, Christoffer sikker Fotografering: 1940 - 1945 Fotograf: Midthaug, Arne Identifier: NL.05170001 Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: November 21, 2014 DIMU-CODE: 021015552513 UUID: B8592B6B-BFA5-4AD4-A08F-02C993F557F5
写真はNorsk Luftfartsmuseum・Identifier: NL.05170001 引用。


写真(右)1940年、ノルウェー、オスロ北西40キロ、リンゲリケに不時着したドイツ空軍のメッサーシュミットBf109戦闘機E型;主翼下面に20ミリMG-FF機関銃を収納する丸いバルジが、弓による反射光で明瞭に確認できる。手前の人物は、見物に来たのか、スキー板を履いている。
Ett havaret fly som ligger ute på et snødekt vann, Messerschmitt Me 109. En person står bak flyet. Fjell i bakgrunnen. Messerschmitt Me 109 som nødlandet ute på Sperillen, ca. 18 km nordvest for Hænefoss. Bildet ble tatt i smug da vakten som passet på flyet snudde seg vekk. Fotografen var ca. 20 å r på tidspunktet. Avbildet sted: Norge Ringerike Sperillen sikker Specific subject terms: Nødlanding Giver/siste eier: Sjøgren, Christoffer sikker Fotografering: 1940 - 1945 Fotograf: Midthaug, Arne Identifier: NL.05170002 Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Date updated: December 18, 2014 DIMU-CODE: 021015552514 UUID: 337BAACD-82E7-4F74-B313-D6D1BD4C52FE
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.05170002 引用。


写真(右)1941年,北アフリカ戦線の砂漠用斑迷彩を施したメッサーシュミットBf 109戦闘機E-4 /Trop型:Tropとは熱帯仕様の略称で、空中や飛行場では砂塵が待っていることが多く、エンジン過給機の空気取入れ口から砂塵がエンジンに侵入すると故障、不調の原因になった。そこで、飛行場や空中で砂塵を吸い込まないように、過給機用の空気取り入れ口(エアインテーク)に砂塵侵入防止フィルターを装着した。このフィルターの分だけ、過給機が長く伸びているのが分かる。
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109 Catalog #: 01_00082368 Title: Messerschmitt, Bf 109 Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00082368引用。


メッサーシュミットBf 109戦闘機E型 /Trop(熱帯仕様)は、過給機用の空気取り入れ口(エアインテーク)に砂塵侵入防止フィルターを装着したために、過給機が長く伸びている。また、コックピットが地上で日射によって加熱しないように、待機時に使用する日よけ傘を取り付ける差込口、砂漠での不時着に備え狩猟用のモーゼル小銃なども装備した。この過給機エアインテークのフィルターは、ソ連東部戦線の未整備飛行場でも有効とされ、東部戦線に配備された戦闘機にも装着されている。

Bf 109戦闘機D型までの兵装は、機首上面と主翼に各々7.92ミリMG17機関銃左右2丁、合計4丁だった。しかし E-1では、翼内の7.92ミリ機銃をより強力なスイス、エリコン社の20ミリ機関砲MGFFに換装している。F型以降、主翼内の機銃装備はしなくなったが、爆撃機迎撃のために兵装を強化する際は、主翼下にガンポッドを装着して20ミリ機関砲を搭載した。

写真(右)1941年,北アフリカ戦線の砂漠用斑迷彩を施したメッサーシュミットBf 109戦闘機E-4 /Trop型の編隊:北アフリカのリビア沿岸を飛行する熱帯仕様がE-4 /Tropで、機首側面のアフリカ大陸とトラを描いたエンブレムは、第27戦闘航空団(JG27)の所属機。JG27は1941年4月から北アフリカ戦線に投入され、砂漠のキツネ、エルヴィン・ロンメル大将隷下のドイツ・アフリカ軍団を空中支援した。
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109, Catalog #: 01_00082367 Title: Messerschmitt, Bf 109, Corporation Name: Messerschmitt Official Nickname: Additional Information: Germany Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109, Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00082367引用。


写真(右)1942年頃,北アフリカ戦線で破壊され、イギリス軍が鹵獲したドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機E型:エンジンカバー、ガラス風防もなくなっており、点検口も開いたままになっている。
SDASM Archives Messerschmitt Bf 109E PictionID: 44219091 - Title:Messerschmitt Bf 109E - Catalog: 16_005496 - Filename: 16_005496.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation -----Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:44219091引用。


写真(右)1940年にスピットファイアとの戦闘でイギリス本土に不時着したメッサーシュミットBf109戦闘機E型を鹵獲、1941年に修理し試験飛行させている。:主翼、胴体後方には、イギリス空軍の国籍マーク、三色蛇の目模様が描かれている。主翼に装備されていたエリコン20ミリMGFF機関銃は撤去され、銃身の穴だけ残っている。
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109 Catalog #: 01_00082384 Title: Messerschmitt, Bf 109 Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085167引用。


写真(右)1940年にスピットファイアとの戦闘でイギリス本土に不時着したメッサーシュミットBf109戦闘機E型を鹵獲、1941年に修理し試験飛行させている。:主翼、胴体後方には、イギリス空軍の国籍マーク、三色蛇の目模様が描かれている。
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109 E-3 Catalog #: 01_00085089 Title: Messerschmitt, BF 109 E-3 Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085089引用。


写真(右)1940年にスピットファイアとの戦闘でイギリス本土に不時着したメッサーシュミットBf109戦闘機E型を鹵獲、1941年に修理し試験飛行させている。:主翼、胴体後方には、イギリス空軍の国籍マーク、三色蛇の目模様が描かれている。
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109b Catalog #: 01_00085120 Title: Messerschmitt, BF 109b Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: BF 109b Tags: Messerschmitt, BF 109b Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085105引用。


写真(右)1940年にスピットファイアとの戦闘でイギリス本土に不時着したメッサーシュミットBf109戦闘機E型を鹵獲、1941年に修理し試験飛行させている。:主翼、胴体後方には、イギリス空軍の国籍マーク、三色蛇の目模様が描かれている。Bf 109戦闘機D型までの兵装は、機首上面と主翼に各々7.92ミリMG17機関銃左右2丁、合計4丁だった。次のBf 109戦闘機E型では、F型の翼内7.92ミリ機銃をより強力なスイス、エリコン20ミリMGFF機関銃に換装している。ただし、イギリス軍の鹵獲したこの機体からは、主翼のエリコン20ミリMGFF機関銃が撤去され、銃身の穴だけ残っている。
SDASM Archives No Description Catalog #: Iraq_00745 Collection: Edwin Newman Collection Album #: AL4-A Page #: 5 Picture on Page: 10 Description : No Description
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive, Catalog #: Iraq_00745引用。


写真(右)2015年、ドイツ、ベルリン、ドイツ技術博物館 (Deutsches Technikmuseum Berlin)に展示されているドイツ空軍メッサーシュミット(Messerschmitt)Bf 109 戦闘機E-3型:過給機の空気取入れ口エアインテークair intake)は、機首側面に密着しており、気流の乱れを生じさせ、冷却効果も低くなった。そこで、F型からは、エアインテークair intake)を機首側面から離して、気流を撹乱しないように配慮した構造に変化している。機首上面に2丁の7.92ミリMG17機関銃を装備したが、機銃の取り付けのためか上面に2つの小さなバルジが明瞭に見て取れる。F型では、そのようなバルジを突出させないで済むように、機首、機体をより凹凸のないように平面化し、空気抵抗の減少を計っている。
Description Nederlands: Messerschmitt Bf 109E in het Deutsches Technikmuseum Berlin. English: Messerschmitt Bf 109E at the Deutsches Technikmuseum, Berlin. Date 21 April 2017, 10:16:12 Source Own work Author Ad Meskens
写真はWikimedia Commons, Category:Bf 109E at Deutsches Technikmuseum Berlin, File:Berlin Technikmuseum Messerschmidt Bf109E 02.jpg引用。


写真(上)2016年、イギリス、ロンドン、イギリス空軍博物館(RAF Museum London)、主翼を取り外した第52戦闘航空団ドイツ空軍メッサーシュミット(Messerschmitt)Bf 109 戦闘機E-4B型。主翼は外されて、右側に置かれ断面の構造が分かる。:1940年11月27日、第66飛行隊スピットファイアSpitfire)戦闘機に撃墜され、不時着した機体。12月にイギリス空軍修理工場に送られ復元された。1941年2月25日に修理が終わり、飛行することに成功した。1942年3月からは、「敵機航空隊」に配属され、試験や乗員訓練などに使用された。左後方は、ドイツ空軍ユンカースJu-88A双発爆撃機、右後方はハインケルHe-111H双発爆撃機で、共に1940年のイギリス本土爆撃に使用されたタイプである。
Description Built as a Messerschmitt Bf109E-4 fighter and served with JG51 'Molders' but later converted to a Bf109E-4/B fighter-bomber and used by I/JG52 as depicted in a basic camouflage scheme of RLM74/75/76 (grey-green/grey-violet/light grey-blue) with an overlay of RLM02 (grey) mottle and RLM04 (yellow) nose - the latter for identification purposes wich would have totally negated the otherwise excellent camouflage scheme! At the Battle of Britain Hall, RAF Museum, Hendon, 13 September 2015. Date 13 September 2015, 11:03 Source Messerschmitt Bf109E-4/B Author Hugh Llewelyn from Keynsham, UK
Description Nederlands: Messerschmitt Bf 109E in het Deutsches Technikmuseum Berlin. English: Messerschmitt Bf 109E at the Deutsches Technikmuseum, Berlin. Date 21 April 2017, 10:16:12 Source Own work Author Ad Meskens
写真はWikimedia Commons, Category:Messerschmitt Bf 109E at RAF Museum London, File:Messerschmitt Bf109E-4-B ‘4101 - Black 12’ (DG200) (33115891765).jpg引用。


写真(上)2016年、イギリス、ロンドン、イギリス空軍博物館(RAF Museum London)、主翼を取り外した第52戦闘航空団のドイツ空軍メッサーシュミット(Messerschmitt)Bf 109 戦闘機E-4B型。主翼は外されて、右側に置かれ断面の構造が分かる。:1940年11月27日、スピットファイアSpitfire)戦闘機に撃墜され、不時着した機体。
Description The RAF Museum chose to celebrate the 100th Anniversary of the service by dismantling and closing the museum dedicated to its finest hour, the Battle of Britain Museum. Every cloud has a silver lining, however, and during May 2016 the aircraft were in a part dismantled state, allowing for some interesting photos. Delivered in September 1940 and operated with 2/JG51 based at Wissant near Calais. Flew as ‘Black 12’, the markings it wears today. Shot down on 27th November 1940 by a 66sqn Spitfire and forced landed next to the flight office on RAF Manston Airfield, with very little damage sustained. The aircraft was moved to RAF Hucknall for repair in December 1940 and on 25th February 1941 it flew again, now in RAF camouflage and markings, with the serial ‘DG200’. The rebuilt included parts of other shot down Bf109s, including '1418' and '6313'. In March 1942 it joined 1426 Enemy Aircraft Flight, based Duxford, the unit moving to RAF Collyweston in April 1943. By September 1943 newer aircraft were available and ‘DG200’ was stored along with Fiat CR42 ‘BT474’ for future museum use. Stored at various locations including RAF Biggin Hill. It also appeared statically at various exhibitions and displays. Restored as Black 12 at St Athan in 1970, it finally went on permanent display in 1978 when the Battle of Britain Hall opened and remained there until 2016. RAF Museum, Hendon, London, UK. 28th May 2016 Date 28 May 2016, 09:38 Source Messerschmitt Bf109E-4/B ‘4101 / Black 12’ (DG200) Author Alan Wilson from Stilton, Peterborough, Cambs, UK
写真はWikimedia Commons, Category:Messerschmitt Bf 109E at RAF Museum London, File:Messerschmitt Bf109E-4-B ‘4101 - Black 12’ (DG200) (33115891765).jpg引用。


ドイツの工業技術は、素材、規格に優れていたために、左右の主翼wing)を機体にボルトで結合して製造した。このような構造であれば、陸上を自動車や列車で、海上を船舶で運搬するときでも、主翼を外してコンパクトにまとめることができる。他方、日本軍機は、左右の主翼を一体化し、それを胴体に固定した。若干の重量軽減には役に立ったが、輸送には不便だった。左右一体化の主翼を大きく損傷した場合、両翼全てを交換しなければならず、これができない以上、日本機の修理、整備は困難となり、稼働率の低下を招いた。

メッサーシュミットBf109 1941年1月から6月まで、第二次世界大戦で、フランスを降したドイツ・イタリアに日本陸軍山下奉文航空総監を団長とする軍事視察団が派遣された。山下使節団は、ドイツの電撃戦に見習おうと、航空兵力と事情軍の連携にも注目していた。しかし、電撃戦には、制空権を掌握することが必要で、それには今日りょっくな戦闘機が不可欠だった。

山下使節団は、レーゲンスブルクにあるメッサーシュミット航空機工場も訪問し、新鋭機のBf 109の公開飛行を見学し、研究用に購入することを決めた。本来は、戦時中に第一線機の輸入は難しかったが、ヒトラーの好意で同盟国日本に売却することが認められたのである。そして、まだ、アメリカもソ連もドイツと交戦する前だったので、1941年6月にはBf 109 E-7戦闘機3機が海上航路で日本まで輸送され、神戸港に運ばれた。そして、岐阜県の各務原飛行場に陸路運ばれて、組み立てられた後に、飛行審査が行われることになった。そして、陸軍飛行実験部実験隊のパイロットがBf109を操縦士、飛行試験が行われた。

メッサーシュミットからは、ドイツ空軍での経験もあるテストパイロットのヴィルヘルム・シュテーアが来日しており、かれが日本陸軍に操縦、空戦を伝授したが、先に日本大使館に勤めていた駐在在日武官フリッツ・ロージヒカイト大尉はは、Bf109を操縦して、日本陸軍戦闘機パイロットに2機編隊の「ロッテ」、4機編隊の「シュワルム」の編隊空戦術を伝授した。ドイツ語のできない日本人パイロットは、4機編隊空戦を「ロッテ戦法」と呼称し、その重要性を理解した。すでに日本陸軍航空隊は、1939年前半のノモンハン事件で、ソ連赤軍空軍の重武装I-16単葉低翼戦闘機による一撃離脱戦法の洗礼を受けており、ソ連空軍の編隊空戦・無線電話・装甲板装備の防弾装備についての情報を得ていた。

メッサーシュミットBf109 輸入さらたBf109戦闘機は、日本陸軍の新鋭機中島キ44二式単座戦闘機「鍾馗」と空戦審査が行われ、キ44の性能が見直された。輸入機Bf109戦闘機のDB601液冷エンジンの整備不十分だったためか、キ44よりも速力・加速度・上昇性能・格闘戦能力が下回っていた。こうして、新鋭機キ44戦闘機は、キ43一式戦闘機「隼」より劣っているとされたが、キ44はドイツ空軍新鋭戦闘機Bf109に匹敵する以上の存在であることが明らかになった。実際には、ドイツ空軍の新鋭機はエンジン出力を向上したBf 109 Fだったが、日本は旧型Eと比較をしたのである。

1941年6月、日本陸軍は同盟国ドイツからメッサーシュミットBf 109 E-7戦闘機を3機輸入した。これは、ドイツがフランスに勝利した1年後であり、Bf109の優秀性を認めていたからに他ならない。このメッサーシュミットBf 109戦闘機は、日本陸軍の開発した中島二式単戦(鍾馗)とも模擬空戦を実施したほか、日本陸軍の優秀なパイロットが試乗し、空を飛んだ。

しかし、日本では、一撃離脱を旨とする重戦闘機は評価されず、旋回半径が大きい、失速が急激に来るなど、Bf109を適切に評価できないで終わった。また、搭載したダイムラーベンツDB601液冷12気筒エンジンの整備困難や量産性を考慮した部酷な構造は、重量軽減、飛行性能向上のために繊細な手間のかかる工作を好んだ日本の航空機メーカーや設計者には受け入れがたかったようだ。


4.空力学的に洗練されたBf-109戦闘機F型 フリードリヒ (Friedrich)

写真(右)1941年,ドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機F型:E型と異なって、機首左の過給機空気取入れ口が、機首から離れた位置にまで伸びているが、これは境界層を乱さないように配慮したためである。尾翼を支える支柱もなくなった。操縦席のガラス風防は、枠を少なくして視界向上を図り、さらに角形にして強度を向上させている。パイロットが乗り込むには、ヒンジ式の番で開く。これと比較すると、日本戦闘機の風防は、軽量なスライド式で一見便利だが、強度不足の問題があった。
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109 Catalog #: 01_00082390 Title: Messerschmitt, Bf 109 Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00082390引用。


F型は、E型と異なって、機首左の過給機空気取入れ口が、機首から離れた位置にまで伸びているが、これは機体表面の境界層を、突出物によって乱さないように配慮したためである。水平尾翼を支える支柱も撤去され、空気抵抗の減少につながった。

写真(右)1943年頃,ドイツ空軍メッサーシュミットBf109F戦闘機初期型:Bf 109戦闘機F型では、機首の機関銃は、E型までと同じ7.92ミリMG17機関銃2丁だが、胴体エンジン後方に15.1ミリMG151機関銃1門をモーターカノンとして装備し、プロペラ軸を通じて弾丸をスピナー先端の銃口から発射できる。これは、プロペラ越しの射撃ではないので同調装置はいらず、発射速度が速くなる。また胴体中央で重心近くにあるため弾道が安定している。
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109 Catalog #: 01_00082380 Title: Messerschmitt, Bf 109 Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00082380引用。


Bf 109戦闘機の操縦席(コックピット)のガラス風防は、枠を少なくし、さらに平面ガラスを採用して、パイロットの視界向上を図っている。また、ガラス風防の窓枠は堅牢な構造で、強度を向上させており、機体転覆や不時着時のパイロットの安全性を高めている。パイロットが操縦席に乗り込む際には、ガラス風防をヒンジ式の番で開く。これと比較すると、日本戦闘機の風防は、軽量なスライド式で一見便利だが、強度不足の問題があった。

写真(右)1943年頃,ドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機F初期型
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109 Catalog #: 01_00082375 Title: Messerschmitt, Bf 109 Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00082375引用。


Bf 109戦闘機F型(Messerschmitt Me 109 F)の兵装は、機首上面の機関銃は、E型までと同じ7.92ミリMG17機関銃2丁だが、胴体エンジン後方にマウザー(モーゼル)15.1ミリMG151機関銃または20ミリMG151/20 機関銃1丁をモーターカノンとして装備した。そして、15.1ミリ機関銃は、プロペラ軸を通じて弾丸をスピナー先端の銃口から発射するのである。これは、プロペラ越しの射撃ではないので同調装置はいらず、弾丸の発射速度を低下させないで済む。さらに、飛行中は、機体が動揺し、様々なベクトルでGがかかるが、モーターカノンは、機関銃が機体胴体中央で重心近くにあるために、弾道が安定しており、命中率も高いと考えられる。

写真(右)1943年頃,ソ連、東部戦線、ドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機F型初期型:未舗装の飛行場で、迷彩塗装をしたBf 109戦闘機F型(Messerschmitt Me 109 F)。胴体下面に300リットル入りの落下式増加燃料タンク(増槽)を取り付けているのは、移動中だからであろうか。エンジンの排気管から出た煤煙で機体側面に黒いススが付着している。
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109f, Emil Catalog #: 01_00085126 Title: Messerschmitt, BF 109f, Emil Corporation Name: Messerschmitt Official Nickname: Emil Additional Information: Germany Designation: BF 109f Tags: Messerschmitt, BF 109f, Emil Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085126引用。


1940年6月のフランス降伏で,ヘルマン・ゲーリングHermann Göring)は、元帥より上位の国家元帥に昇進。1940年8月以降の英国本土航空決戦は失敗に終わったが,1941年6月のソ連侵攻「バルバロッサ作戦」では東部戦線に兵力を集中させ,奇襲に成功,大戦果を挙げた。

写真(右)1942年末頃,北アフリカ戦線でイギリス軍に鹵獲された破損したドイツ空軍メッサーシュミットBf109F戦闘機:ガラス風防もエンジンカバーも外れているが、プロペラ外観は正常に見える。Bf 109戦闘機F型(Messerschmitt Me 109 F)のモーターカノン15.1ミリMG151機関銃または20ミリMG151/20 機関銃は、操縦席足元の中央に位置しており、そこからプロペラ軸を通じて弾丸をスピナー先端の銃口から発射する。主翼に機銃装備はない。
SDASM Archives Messerschmitt Bf 109E PictionID:44219078 - Title:Messerschmitt Bf 109E - Catalog:16_005495 - Filename:16_005495.TIF - - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation ---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:44219078引用。


写真(右)1942年末頃,北アフリカ戦線でイギリス軍に鹵獲された破損したドイツ空軍メッサーシュミットBf109F戦闘機の残骸:いずれもガラス風防も機首エンジン部分もない機体が並んでいる。右の手前から3機目は、メッサーシュミットBf108「タイフーン」軽輸送機の残骸である。
SDASM Archives larson coll. Photo_240 Photo from the Lou Larson Collection. These photos were donated to the Museum in September of 2012. Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,larson coll. Photo_240引用。


写真(右)1941-1942年,ソビエト連邦、ドイツ空軍メッサーシュミットMe 109 F-4戦闘機:エンジンのエアインテークには砂塵除けのフィルターはない。ドイツ空軍主力戦闘機で,初めてエンジンのプロペラ軸を通してマウザー(モーゼル)20ミリMG151/20 機関銃1丁を実用化したのがF型だった。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-412-1615-05 Archive title: Sowjetunion.- Betanken eines Jagdflugzeugs Messerschmitt Me 109 F-4 auf einem Feldflugpplatz. Tankwagen von Pferd gezogen; KBK Lw 5 Dating: 1941/1942 Photographer: Kotzenberg Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild 101I-412-1615-05 引用。


写真(右)1941-1942年頃,ソビエト連邦、ドイツ空軍メッサーシュミットMe 109 F-4戦闘機プロペラ軸装備の20ミリMg151/20機関銃の整備作業:エンジンのエアインテークには砂塵除けのフィルターはない。ドイツ空軍主力戦闘機で,初めてエンジンのプロペラ軸を通してマウザー(モーゼル)20ミリMG151/20 機関銃1丁を実用化したのがF型だった。
Sowjetunion.- Monteure bei Wartung eines Jagdflugzeugs Messerschmitt Me 109; Reinigung des Rohres der Maschinenkanone; KBK Lw 4 Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-395-1533-06A
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild 101I-395-1533-06A 引用。


写真(右)1943年4月,ソビエト連邦、ドイツ空軍第52戦闘航空団所属のメッサーシュミットMe-109F戦闘機:砂塵がエンジン内部に入らないように、エンジンのエアインテークには砂塵除けのフィルターが装着されている。先端部にあるの開閉式吸入口は開いている。ドイツ空軍主力戦闘機で,エンジンのプロペラ軸を通してマウザー(モーゼル)20ミリMG151/20 機関銃1丁を装備していた。望遠レンズで撮影したためか、機首が短縮されて写っている。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-633-3849-30 Archive title: Ostfront.- Feldflugplatz. Jagdgeschwader 52, 13. (slowakische) Staffel. Jagdflugzeug Messerschmitt Bf 109; KBK Lw zbV Dating: April 1943 Photographer: Ritter, Heinz Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


舗装されていない滑走路が一般的だった地中海方面や東部戦線では、エンジン内部に砂塵が吸い込まれて、エンジンが故障するリスクが高まった。そこで、砂塵がエンジン内部に入らないように、エンジンのエアインテークには砂塵除けのフィルターが装着されるようになった。先端部にあるの開閉式吸入口は開いている。低空でなければ、砂塵は少ないので、吸入口の扉は開けているが、地上では砂塵が多いので、口を閉じて円筒状のフィルター越しに空気を吸入する。

高速を出せば、風圧によりエアインテークに流れる空気は、十分にあるが、風圧を効率的に利用するためには、胴体突出して開口部を境界層の外に設けている。これは、境界面での空気の流れを妨げない工夫で、空気抵抗を減らす効果もある。P-51 ムスタングのエアインテークも、機体下部の中央部にあるが、境界層を乱さないように突出した形状になっている。他方、Bf109 戦闘機E形までは、エアインテークを境界層に設けており、境界層から離して吸入口を設けたのはF型以降である。日本陸軍キ61川崎三式戦闘機のエアインテークは、最後まで境界層に設けられていた。

Messerschmitt Me 109 Fは,機首にモーターカノンとしてマウザー(モーゼル)15.1ミリMG151機関銃または20ミリMG151/20 機関銃,ラインメタル13.1ミリMG131機銃 2丁,主翼に機銃は装備しなかった。ダイムラー・ベンツDB601エンジン (1200馬力),最大速度630キロ, 航続距離 580キロ。

1941年6月21日,バルバロッサ作戦開始の前日のドイツ軍東部戦線配備兵力

兵員300万人,戦車3580両,火砲7184門,車両60万台,ウマ75万頭。航空機1830機.

対峙するソ連軍は,兵員450万人,10個軍だった。

ソ連軍は,北方には30個師団,8個機甲旅団,中部に45個師団,14個機甲旅団,南部に64個師団,14個機甲旅団を配備

ソ連空軍は白ロシア(ベラルーシ)に6000機を配置。

写真(右)1941年9月20日、オランダの基地で空襲を受けてか上下さかさまに横転したドイツ空軍第52戦闘航空団第2飛行戦隊メッサ―シュミットBf 109F戦闘機:上空から発見されないように、飛行機には偽装網が掛けられているが、降着用の車輪が根元から吹き飛んでしまったようだ。
Nog een foto van het startongeval van 20 september 1941. Duidelijk is te zien dat de Bf 109 bijna in het barakkenkamp ligt. Voor het toestel ligt een onklaar gemaakte zeemijn die dient ter ‘versiering’ van het barakkenkamp. Beeld NIMH.
写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1941年、オランダの基地の掩体壕前、ドイツ空軍第52戦闘航空団第1飛行戦隊メッサ―シュミットBf 109F戦闘機:右後方には軽輸送機として使用されたフォッケウルフFw58ヴァイエが待機している。
De Fluzeugwerft op vliegveld Woensdrecht in het vroege voorjaar van 1941. In deze hangaar vond het grotere onderhoud en de reparaties aan vliegtuigen plaats. Voor de hangaar staan Bf 109’s van de I./JG 52 en een Fw 58 Weihe-verbindingsvliegtuig. Rechts op de foto verrijdbare camouflageschermen om voor de ingang van de vliegtuigloods te plaatsen. Beeld: NIMH .
写真はオランダ国防省,Minister van Defensie


写真(右)1942年8月11日、フィンランドに駐屯したドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下、第54戦闘航空団(JG54)「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型:ドイツ空軍機は、1941年6月の対ソ連戦からフィンランドにも駐屯したが、ドイツ空軍機は、フィンランド軍にも貸与され、フィンランド軍所属のBf109戦闘機もあった。
Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Kommando I/JG 54, jonka kalustona olivat Bf 109 F-4 -hävittäjät. Kuvassa mekaanikot vääntävät käynnistysveiviä. Aineistotyyppi: ?Valokuva Kuvaustiedot: 1942-08-11 Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Aiheet: 1942-08-11.
写真はフィンランド博物館,MUSEOT FINNA引用。


写真(右)1942年8月11日、フィンランドに駐屯したドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下第54戦闘航空団(JG54)「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型:ドイツ空軍機は、1941年6月の対ソ連戦からフィンランドにも駐屯したが、ドイツ空軍機は、フィンランド軍にも貸与され、フィンランド軍所属のBf109戦闘機もあった。
Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Kommando I/JG 54, jonka kalustona olivat Bf 109 F-4 -hävittäjät. Kuvassa mekaanikot vääntävät käynnistysveiviä. Aineistotyyppi: ?Valokuva Kuvaustiedot: 1942-08-11 Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Aiheet: 1942-08-11.
写真はフィンランド博物館,MUSEOT FINNA引用。


写真(右)1942年8月11日、フィンランドに駐屯したドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下第54戦闘航空団(JG54)「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型:モーターカノンには、F-3型までは15.1ミリMG151機関銃1丁(ベルト給弾200発)、F-4型以降は20ミリMG151/20機関銃(ベルト給弾150発)をエンジン後方に装備。機首上面の7.92ミリMG17機銃(2丁)は、初速840m/秒、発射速度1000発/分、ベルト給弾1丁当たり500発、合計1000発を装備した。モーターカノンを搭載した連合軍機は、アメリカのベルP-39エアコブラが37ミリ機関砲を備えていた。
Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Kommando I/JG 54, jonka kalustona olivat Bf 109 F-4 -hävittäjät. Kuvassa mekaanikot vääntävät käynnistysveiviä. Aineistotyyppi: ?Valokuva Kuvaustiedot: 1942-08-11 Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Aiheet: 1942-08-11.
写真はフィンランド国防省,MUSEOT FINNA引用。


ヘルマン・ゲーリングHermann Göring)のドイツ空軍第一航空軍Luftflotte 1)に属していたJG54は、1941年6月21日、バルバロッサ作戦初日,ヴィルヘルム・リッター・フォン・レープWilhelm Ritter von Leeb)元帥を司令官とする北方軍集団(レープ元帥)を支援し、フィンランド、バルチック海周辺、レニングラードで戦った。1941年から1943年には、JG54は、レニングラード包囲戦、イイリメニ湖周辺のソ連軍攻撃のために、フィンランドにも駐屯した。

写真(右)1942年8月11日、フィンランドに駐屯したドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下第54戦闘航空団(JG54)「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型:モーターカノンとして、マウザー(モーゼル)20ミリMG151/20 機関銃1丁を操縦席足元に搭載し、プロペラ軸を通して、プロペラスピナ先端の銃口から発射した。連合軍機では、アメリカのベルP-39エアコブラがモーターカノンの37ミリ機関砲を備えていた。
Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Kommando I/JG 54, jonka kalustona olivat Bf 109 F-4 -hävittäjät. Kuvassa mekaanikot vääntävät käynnistysveiviä. Aineistotyyppi: ?Valokuva Kuvaustiedot: 1942-08-11 Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Aiheet: 1942-08-11.
写真はフィンランド博物館,MUSEOT FINNA引用。


第54戦闘航空団Jagdgeschwader 54 )「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)は、それまでBf109戦闘機を装備していたが、1943年2月からは、JG54にもフォッケウルフ Fw190が配備されることになった。1943年の時点で、JG54第1飛行戦隊には、ヴァルター・ノヴォトニー大尉(257機撃墜)、ルドルフ・ラーデマッハ少尉(126機)などのトップクラスのエースを擁していた。

写真(右)1942年8月11日、フィンランドに駐屯したドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下、第54戦闘航空団(JG54)「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型:1943年から、JG54の第1、2、4飛行戦隊は、ドイツ軍の北方軍集団を支援するため、ラトビア、エストニア、クールラント、東プロイセン地域で戦った。
Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Kommando I/JG 54, jonka kalustona olivat Bf 109 F-4 -hävittäjät. Kuvassa mekaanikot vääntävät käynnistysveiviä. Aineistotyyppi: ?Valokuva Kuvaustiedot: 1942-08-11 Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Aiheet: 1942-08-11.
写真はフィンランド博物館,MUSEOT FINNA引用。


メッサ―シュミットBf 109戦闘機F型は、枢軸軍では初めてモーターカノンを搭載した戦闘機で、モーターカノンには、F-3型までは15.1ミリMG151機関銃1丁(ベルト給弾200発)、F-4型以降は20ミリMG151/20機関銃(ベルト給弾150発)をエンジン後方の操縦席足元に搭載し、プロペラ軸を通して、プロペラスピナ先端の銃口から発射した。F型は機首上面に7.92ミリMG17機銃(2丁)は、初速840m/秒、発射速度1000発/分、ベルト給弾1丁当たり500発、合計1000発を装備しているが、これはその前のE型と同じである。連合軍機では、アメリカのベルP-39エアコブラがモーターカノンの37ミリ機関砲を備えていた。

写真(右)1942年8月11日、フィンランドに駐屯したドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下第54戦闘航空団(JG54)「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型
Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Kommando I/JG 54, jonka kalustona olivat Bf 109 F-4 -hävittäjät. Kuvassa mekaanikot vääntävät käynnistysveiviä. Aineistotyyppi: ?Valokuva Kuvaustiedot: 1942-08-11 Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Aiheet: 1942-08-11.
写真はフィンランド博物館,MUSEOT FINNA引用。


第54戦闘航空団Jagdgeschwader 54 )第1飛行戦隊は、第70戦闘航空団第1飛行隊として、1939年7月、ニュルンベルクで編成されたたため、エンブレムは、ニュルンベルクの紋章に由来する「緑のハート」となった。第54戦闘航空団第1飛行戦隊が成立したのは、第二次大戦勃発直後の1939年9月15日だった。

写真(右)1942年8月11日、フィンランドに駐屯したドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下第54戦闘航空団(JG54)「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型
Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Saksalainen hävittäjälaivue Petäjärvellä. Kommando I/JG 54, jonka kalustona olivat Bf 109 F-4 -hävittäjät. Kuvassa mekaanikot vääntävät käynnistysveiviä. Aineistotyyppi:Valokuva Kuvaustiedot:1942-08-11 Sot.virk. G.Feldhoff, valokuvaaja Aiheet:1942-08-11.
写真はフィンランド博物館,MUSEOT FINNA引用。


第54戦闘航空団Jagdgeschwader 54 )第2飛行戦隊は、第138戦闘航空団第1飛行戦隊として、1938年のアンシュルス以降に、オーストリアで編成され、1940年4月に第54戦闘航空団第2飛行戦隊となった。

写真(右)1942年8月13日、フィンランドに駐屯したドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下、第54戦闘航空団(JG54)「緑のハート」(グリュン・ヘルツ)のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型:メッサ―シュミットBf 109戦闘機F型は、枢軸軍では初めてモーターカノンを搭載した戦闘機で、モーターカノンには、F-3型までは15.1ミリMG151機関銃1丁(ベルト給弾200発)、F-4型以降は20ミリMG151/20機関銃(ベルト給弾150発)をエンジン後方の操縦席足元に搭載し、プロペラ軸を通して、プロペラスピナ先端の銃口から発射した。F型は機首上面に7.92ミリMG17機銃(2丁)は、初速840m/秒、発射速度1000発/分、ベルト給弾1丁当たり500発、合計1000発を装備しているが、これはその前のE型と同じである。
Luftflotte 1:n komentaja, kenraalieversti Alfred Kellerin lentokoneen saattokone Mensuvaaran kentällää. Mensuvaara 1942.08.13.  Kuvaustiedot:1942-08-13 Carl Rosenqvist, valokuvaaja Aiheet:1942-08-13.
写真はフィンランド国防省,The Finnish Defence Forces引用。


第54戦闘航空団Jagdgeschwader 54 )第3飛行戦隊は、プロイセンの第21戦闘航空団第1飛行戦隊が起源で、第二次大戦直前の1939年7月15日に成立した。1939年9月のポーランド侵攻には、第54戦闘航空団の第2飛行戦隊、第3飛行戦隊が参加している。

写真(右)1942年8月31日、フィンランド上空を飛ぶドイツ空軍第一航空軍アルフレート・ケラー司令官隷下のメッサ―シュミットBf 109戦闘機F型またはG型:G型は、最高速力620km/h以上で、飛行中は機首が大きく、尾翼部分のシルエットは小さく見える。
Saksalainen hävittäjiä Messerschmitt 109 suojaa lauttaosastoa. Sot.virk. C.G. Rosenqvist, valokuvaaja Aineistotyyppi: ?Valokuva Kuvaustiedot: 1942-08-31 Sot.virk. C.G. Rosenqvist, valokuvaaja Aiheet: 1942-08-31.
写真はフィンランド国防省,Museot Finna引用。


Bf 109戦闘機F型では、機首の機関銃を、それまでの7.92ミリMG17機関銃2丁としながらも、大口径高初速のモーゼル15.1ミリMG151機関銃1門をモーターカノン式にエンジン後方に装備し、プロペラ軸を通じて弾丸をスピナー前端の銃口から発射する。

写真(右)1943年頃,枢軸国のルーマニア軍の使用したドイツ製メッサーシュミットBf109戦闘機F型(G初期型?):
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109g, Gustav Catalog #: 01_00085149 Title: Messerschmitt, BF 109g, Gustav Corporation Name: Messerschmitt Official Nickname: Gustav Additional Information: Germany Designation: BF 109g Tags: Messerschmitt, BF 109g, Gustav Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085149引用。


1933年に王立陸軍参謀総に就任したイオン・アントネスクIon Antonescu)将軍は、1937年には国防大臣を務めたが、国家主義的武装団体の鉄衛団と連携しようとして、反政府活動の容疑で投獄された。すぐに釈放されたが、今度は、ソ連の領土割譲要求を拒否すべきであるとの国家主義的立場をとり、国王カロル2世と対立し、再度投獄された。しかし、ドイツの働きかけで、イオン・アントネスクIon Antonescu)は、1940年に釈放されると、反ソ連の立場を明確にして、カロル2世を退位させ、自らが政府首班となった。ヒトラーを真似て、国民投票を行い、「国家指導者」という独裁的地位に就任した。

写真(右)1943年頃枢軸国のルーマニア軍の使用したドイツ製メッサーシュミットBf109戦闘機F型(G初期型?):
SDASM Archives Messerschmitt, Bf 109 Catalog #: 01_00082393 Title: Messerschmitt, Bf 109 Corporation Name: Messerschmitt Additional Information: Germany Designation: Bf 109 Tags: Messerschmitt, Bf 109
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00082393引用。


ルーマニアの国家指導者イオン・アントネスクIon Antonescu)将軍は、三国軍事同盟に加わり、1941年6月、ドイツのソ連侵攻に際して、枢軸国側に立って参戦した。そして、ソ連南部のオデッサ、スターリングラード、カフカスへ侵攻したが、1942年冬、イオン・アントネスクIon Antonescu)でソ連軍の反撃を受け壊滅的打撃を受けた。1944年夏、ルーマニア東部にソ連軍が迫ると、ルーマニア国内は動揺し、1944年8月23日、ルーマニア国王ミハイ1世は反アントネスクのクーデターを起こし、政権を奪取し、枢軸国側より離脱、ソ連と和睦して、ソ連軍側に立って、対ドイツ戦争に加わった。

写真(右)第3戦闘航空団(Jagdgeschwader 3 :JG 3)ウーデット "Udet"の部隊エンブレムを描いたドイツ空軍メッサーシュミットBf109F-2戦闘機(復元機):Bf 109戦闘機の20モーターカノンは、操縦席足元の中央に位置しており、そこからプロペラ軸を通じて弾丸をスピナー先端の銃口から発射する。主翼に機銃は装備してはいない。
SDASM Archives Messerschmitt, BF 109f, Emil Catalog #: 01_00085125 Title: Messerschmitt, BF 109f, Emil Corporation Name: Messerschmitt Official Nickname: Emil Additional Information: Germany Designation: BF 109f Tags: Messerschmitt, BF 109f, Emil
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,Catalog #: 01_00085125引用。


メッサ―シュミットBf 109戦闘機F型は、枢軸軍では初めてモーターカノンを搭載した。これは、マウザー(モーゼル)15.1ミリMG151機関銃あるいは20ミリMG151/20 機関銃1丁で、コックピット足元に搭載して、銃身からプロペラ軸を通して、プロペラスピナ先端の銃口から弾丸を発射した。連合軍機では、アメリカのベルP-39エアコブラがモーターカノンの37ミリ機関砲を備えていた。

写真(右)1942年,ソビエト連邦、東部戦線、ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109F戦闘機の操縦席後方に上半身を入れて偵察用のカメラを搭載している。:操縦席風防の上部には、後方を警戒するためのバックミラーが装着されている。イギリス空軍のスピットファイアのような単発戦闘機も、バックミラーを装着することが多かったので、その影響を受けたのかもしれない。胴体側方の点検扉からも整備員が手を入れて何か調整している様だ。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-607-1846-17 Archive title: Sowjetunion.- Einbau / Installation einer Luftbildkamera in das Heck einer Messerschmitt Bf 109; KBK Lw z.b.V Dating: 1942 Photographer: Väth Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1942年,ソビエト連邦、東部戦線、ドイツ空軍メッサーシュミットBf109F-5戦闘偵察機の操縦席後方に上半身を入れて偵察用のカメラを搭載している。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-607-1846-07 Archive title: Sowjetunion.- Einbau / Installation einer Luftbildkamera in das Heck einer Messerschmitt Bf 109; KBK Lw z.b.V Dating: 1942 Photographer: Väth Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109G3型は、戦闘偵察機で、G0型、G1型のような与圧操縦室はなく、偵察任務のために、大型カメラを胴体操縦席後方に搭載した。

写真(右)1943年1月,北アフリカ戦線、チュニジア、ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109F戦闘機:エアインテークには、砂塵の侵入を防ぐフィルターが装着されている。空気は低空では、網の目になったフィルター側面から取り入れる。中空以上では、インテーク先端の扉を開けて正面から空気を取り入れる。プロペラスピナには、20ミリ機関銃、エンジンカバーには、機首上面の7.92ミリ機関銃の銃口が開いている。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-421-2056-35 Archive title: Nordafrika, Tunesien.- Feldflughafen, Pilot vor Start in Flugzeug Messerschmitt Bf 109 mit Geschwader-Kennzeichen "Pik As", Jagdgeschwader 53; KBK Lw 6 Dating: 1942/1943 ca. Photographer: Marnowitz Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1942-1943年,北アフリカ戦線、チュニジア、ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109F戦闘機:パイロットは、海面に不時着した時に使用するライフベストを着用している。黒いパイプは、ライフジャケットに口から息を吹き込んで空気を補充するパイプである。プロペラスピナには、20ミリ機関銃、エンジンカバーには、機首上面の7.92ミリ機関銃の銃口が開いている。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-418-1841-35A Archive title: Nordafrika, Tunesien.- Luftwaffensoldat und Pilot mit Schwimmweste vor Flugzeug Typ Messerschmitt Bf 109; KBK Lw 6 Dating: 1942/1943 ca. Photographer: Kamm, Richard Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1942-1943年,イタリア戦線、シシリー島、ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109F戦闘機の発動機カバーを開けて点検作業:プロペラスピナには、20ミリ機関銃、エンジンカバーには、機首上面の7.92ミリ機関銃の銃口が開いている。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-418-1846-10A Archive title: Italien, Sizilien.- Mechaniker bei der Arbeit am Motor eines Jagdflugzeugs Messerschmitt Me 109, im Hintergrund Soldaten und Bodenpersonal; KBK Lw 6 Dating: Januar 1943 Photographer: Ketelhohn, Karl Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


 ヘルマン・ゲーリングのドイツ空軍Bf 109戦闘機F型では、機首の機関銃を、それまでの7.92ミリMG17機関銃2丁としながらも、大口径のマウザー(モーゼル)15.1ミリMG151機関銃あるいは20ミリMG151/20 機関銃1丁を操縦席足元に搭載し、プロペラ軸を通して、プロペラスピナ先端の銃口から発射した。連合軍機では、アメリカのベルP-39エアコブラがモーターカノンの37ミリ機関砲を備えていた。Bf 109戦闘機G型では、機首の7.92ミリMG17機関銃2丁から、より大口径の13.1ミリMG131機関銃2丁に強化した。そこで、この13.1ミリ弾の薬莢を排出するパイプのバルジ(突出部)がある。

写真(右)1943年1月,イタリア戦線、シシリー島、ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109F戦闘機の発動機カバーを開けて点検作業:プロペラスピナには、20ミリ機関銃、エンジンカバーには、機首上面の7.92ミリ機関銃の銃口が開いている。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-418-1846-13A Archive title: Italien, Sizilien.- Mechaniker bei der Arbeit am Motor eines Jagdflugzeugs Messerschmitt Me 109, im Hintergrund Soldaten und Bodenpersonal; KBK Lw 6 Dating: Januar 1943 Photographer: Ketelhohn, Karl Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年1月,イタリア戦線、シチリア島、ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109F戦闘機の発動機カバーを開けて点検作業:プロペラスピナには、20ミリ機関銃、エンジンカバーには、機首上面の7.92ミリ機関銃の銃口が開いている。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-418-1846-11A Archive title: Italien, Sizilien.- Mechaniker bei der Arbeit am Motor eines Jagdflugzeugs Messerschmitt Me 109; KBK Lw 6 Dating: Januar 1943 Photographer: Ketelhohn, Karl Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


写真(右)1943年1月,イタリア戦線、シチリア島、ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109F戦闘機とフォッケウルフFw-190 A戦闘機の戦列:モーターカノンのモーゼルMG151/20 20ミリ機関銃、エンジン上部の7.92ミリ機関銃2丁は、貧弱な武装だったので、爆撃機の迎撃には火力不足だった。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe
Signature: Bild 101I-418-1846-14A
Archive title: Italien, Sizilien.- Flugplatz, Bodenpersonal bei der Arbeit an Jagdflugzeug Messerschmitt Me 109 des Jagdgeschwader 53 (Jg 53 "Pik As"). Im Hintergrund Focke-Wulf FW 190; KBK Lw 6
Dating: Januar 1943 Photographer: Ketelhohn, Karl Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


ドイツ空軍メッサーシュミットBf-109戦闘機F型(フリッツ)は、ドイツ軍がソ連に侵攻した1941年6月から大々的に使用され、それまでのE型(エミール)よりも強力なエンジンを搭載し、空力学的な洗練さを求めた機体だった。そして、E型に代わって主力戦闘機となったが、問題は兵装が20ミリ機関銃1丁、7.92ミリ機関銃2丁と火力不足だったことだった。熟練パイロットであれば火力不足もカバーできるが、新米パイロットでは攻撃力が大幅に低下した。また、対戦闘機戦闘ではなく、対十打公家機器迎撃戦が本格化すると、火力不足で、重爆撃機の迎撃はできなくなった。ただし、F型では胴体下部に落下式増槽(300L)を常時装備できるよう改良されたため、それまでの航続距離の不足の問題は解消された。


5.エンジン強化、最多生産型のBf-109戦闘機G型 グスタフ(Gustav)

ドイツのソ連侵攻バルバロッサ作戦では、1941年6月22日早朝に攻撃が始まったが、北方軍集団の目標は、レニングラード攻略だった。レニングラードは、ソ連海軍バルト艦隊の基地であり、フィンランド湾、バルト海にあったソ連海軍潜水艦は脅威だった。また、ナチ党の反共産主義のイデオロギーの上で、ボルシェビキの本拠地と見なされ、ヒトラーは当初より、レニングラードの徹底的壊滅を指示していた。北方軍集団司令官レープ元帥隷下、第16軍司令官ブッシュ将軍、第18軍司令官キュッヒラー将軍ともにナチ党イデオロギーに心酔していた軍人であり、対ソ戦初期の快進撃の後方で、親衛隊アインザッツグルッペ(特殊行動部隊)による危険人物・ユダヤ人の処刑を黙認した。

写真(右)1942年,メッサーシュミットMe109G戦闘機の操縦席でメモを取るパイロット
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe
Signature: Bild 101I-607-1846-26 Archive title: Sowjetunion.- Start / Landung, Pilot im offenen Cockpit einer Messerschmitt Bf 109; KBK Lw z.b.V
Dating: 1942 Photographer: Väth Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


メッサーシュミットMe109E型の発動機は、ダイムラーベンツDaimler-Benz DB601Aでボア(シリンダ内径)は150mmであったが、メッサーシュミットMe109F型のDB605では154mmへと大型化したために、シリンダ数は12気筒で同じでもエンジン排気量は33.9Lから35.7Lへと容積が増加し、出力がアップした。

ドイツ軍はモスクワに次ぐソ連第2大都市レニングラードを900日近く包囲し、空襲、砲撃により破壊され、包囲された人々からは死傷者100万名がでたが、レニングラードは陥落しなかった。独ソ戦の緒戦で、ソ連軍は大敗北を続けたが、その士気は衰えなかった理由は、ソビエト人の意識や大ロシア意識といったアイデンティティー、共産党・スターリンによる鉄の規律、ソ連軍兵器の優秀性、極東配備のソ連軍の西方派遣も指摘できるが、レニングラードが包囲されても抵抗し続けたことは、ソ連の人々を勇気づけ、モスクワ陥落もあり得ないとの地震を付けさせることになった。1945年、スターリンは、レニングラードに英雄都市の称号を与えた。

メッサーシュミットMe109戦闘機G型は、F型同様、機首プロペラシャフトにモーターカノンとして、20ミリMG151/20機銃1丁、機首上面に13.1ミリMG131機銃2丁を装備。Me109Fは,機首上面に7.92ミリMG17機銃2丁だったが、機首上面に搭載した固定機銃が大型になったことでG標準型の機首には突出部(バルジ)がある。ダイムラー・ベンツDB601エンジン (1475馬力),最大速度630キロ, 航続距離 580キロ。

バルクホルンは、1943年1月11日、105機撃墜で柏葉付騎士鉄十字章を授与され、1943年8月8日、ドイツ空軍で15番目の150機撃墜王となある。9月1日、バルクホルンは大尉に昇進し、第52戦闘航空団第II飛行隊(II./JG52)の飛行隊長に就任。11月30日、5番目の200機撃墜、1944年2月13日、3番目の250機撃墜、1945年1月4日、エーリヒ・ハルトマンに次いで2番目の300機撃墜を達成。

ドイツ軍のソ連侵攻「バルバロッサ作戦」開始の時期,今までの空軍,陸軍の攻撃順序が逆転している。1940年5月のベルギー・フランス侵攻では,グライダー空挺部隊によるエバン・エマール要塞を奇襲攻略するために,空軍が陸軍よりも先に出撃する必要があった。攻撃開始時間は,陽光が不可欠だった。

他方,1941年6月22日,ソ連侵攻「バルバロッサ作戦」の攻撃時間は,6月22日0315で,ドイツ陸軍は早暁に行動を起こして奇襲効果を高めた。

ドイツ空軍(総司令官ヘルマン・ゲーリングHermann Göring))は,対ソ侵攻の東部戦線に、4個の航空軍を配備,第一線機1280機を揃えた。内訳は,ハインケルHe-111,ユンカースJu-88など双発爆撃機510機,ユンカースJu87など急降下爆撃機290機,メッサーシュミットMe109単発戦闘機440機,Me110双発駆逐機40機,長距離偵察機120機である。
ソ連空軍は,その2倍の飛行機を保有していると予測された。

メッサーシュミットBf-109G戦闘機は、最高速度630-680キロの快速戦闘機だったが,30ミリ機関砲1門,13.1ミリ機銃2丁の兵装は,爆撃機を迎撃するには貧弱だった。

写真(右)1943年,イタリア戦線、ドイツ空軍第51 戦闘航空団(JG 51)所属のメッサーシュミットBf-109G戦闘機:21センチ空対空ロケット榴弾Wgr.21装備機;G型では、機首装備の機銃が7.92ミリから13.1ミリに大型化し機首に13.1ミリ機関銃の瘤(バルジ)が突出している。また、G型では、主翼下面に21センチ空対空ロケット榴弾を装備して、爆撃機迎撃に用いられた。しかし、初速が遅く、弾道が放物線を描くように運動する上に、時限信管で爆発する仕組みだったため、命中率が悪かった。これに、近接信管が装備されれば、有効性は高まったであろう。機首の13.1ミリ機関銃の瘤(バルジ)、両翼のロケット弾吊り下げ装置のため、空気抵抗が大きく、性能低下が甚だしかった。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-526-2306-36 Archive title: Balkan.- Wartung / Einrichtung eines Maschinen-gewehrs unter der Tragfläche einer Messerschmitt Bf 109; Lw Kdo Südost Dating: 1943 Photographer: Karnath Origin: Bundesarchiv
ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


1943年,ドイツ本土と同様、イタリア戦線で活躍したドイツ空軍第51 戦闘航空団(JG 51)所属のメッサーシュミットBf-109G戦闘機G型にも、主翼下面に21センチ空対空ロケット榴弾Wgr.21が装備されて、爆撃機迎撃に用いられた。しかし、21センチ空対空ロケット榴弾Wgr.21は、地上戦用に開発された口径21センチのロケット弾であり、初速は遅く、弾道も安定していない。大重量のロケット弾は、低初速で、弾道が放物線を描くように運動する上に、時限信管で爆発する仕組みだったため、命中率が悪かったのである。21センチ空対空ロケット榴弾Wgr.21に、アメリカ軍の開発したような近接式信管が装備さたならば、命中率の低さを相殺して、有効性は高まったであろう。

メッサーシュミットBf-109G戦闘機機首に13.1ミリ機関銃の瘤(バルジ)もあり、両翼に21センチ空対空ロケット榴弾Wgr.21を吊り下げたため、空気抵抗が大きく、空中飛行性能が著しく低下してしまった。この機種では、対戦闘機戦闘は不可能である。

1942-1943年冬、ヘルマン・ゲーリングHermann Göring)はスターリングラード空輸を請合ったが,失敗。1944年以降のドイツ本土防空戦でも,大損害を被った。

メッサ―シュミットBf 109戦闘機E型では、機首に7.92ミリ2丁、主翼に20ミリMG-FF機関銃を装備したが、F型では機首プロペラ軸を使ったモーターカノンを装備する予定だったため、主翼の機関銃は撤去された。しかし、モーターカノン20ミリ機関銃の配備が遅れ、それだけでは爆撃機迎撃には火力が不足したために、主翼下面に20ミリMG151/20機関銃を増設した武装強化型も生産された。

ヘルシンキ・マルミ空港は、1930年代から首都ヘルシンキの国際空港として使用され、国内路線としても、極地のペツァモ(Petsamo)まで結ばれていた。1939年、ソ連との冬戦争が勃発すると、マルミ空港は、フィンランド空軍が接収し、軍飛行場となった。また、1941年6月からのソ連との継続戦争でも軍飛行場として、ドイツ空軍機も駐留した。しかし、1944年9月にフィンランドがソ連と休戦すると、マルミ空港はソ連軍の管理下に置かれることになった。

 第二次大戦緒戦から終戦まで、ドイツ空軍の主力戦闘機メッサーシュミットBf109は戦い続けた。戦闘機の中では世界最多の3万機以上が生産された。世界最多生産の機体は、ソ連空軍イリューシン Il-2地上襲撃機(シュトゥルモヴィーク Il-2)で3万6,000機生産だが、Bf109は発展型、派生型の多さを軍を抜いている。そのBf109の中でも最多生産型がG型で、離昇出力1,475馬力のダイムラー・ベンツDB605液冷エンジンを搭載している。機首上面の兵装は、それまでの7.92ミリMG17機関銃2丁から13.1ミリMG131機関銃に変換、火力を強化したが、G型のモーターカノンはF型同様、20ミリMG151/20機関銃1丁で、登場した1943年には火力不足だった。それでも、武装強化型を含めて、1943年2月から1945年2月までにメッサーシュミットBf109戦闘機の中でも、各型最多の1万3,000機が製造されている。

  ドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機G型は、機首に13.1ミリMG131機関銃を搭載したために、機銃保弾子の排出シュートが大型化し、機首側面にボイレ(バルジ:膨らみ)ができた。また、G型は主翼下面に20mm機銃ゴンドラ各1挺追加装備した火力強化型もあり、四発大型爆撃機の迎撃戦に投入された。メッサーシュミットBf109戦闘機G-6は、エアインテークに防塵フィルターを装備したTorop型もあり、東部戦線、西部戦線、地中海・バルカン戦線、極北・バルト海、フィンランド戦線など、ドイツ空軍のあるところすべての戦線に投入された。

ドイツ軍の迎撃戦闘機は、敵連合軍機に発見されないように、対空用偽装網でカモフラージュし隠匿された場所に駐機しており、出撃時には、そこから滑走路に向かう。しかし、1944年には、燃料不足の為に、地上でのタキシングは禁止あるいは制限されていた。燃料不足は、パイロットの訓練飛行時間の短縮にもつながり、熟練パイロットの減少に対処するため、爆撃機、偵察機から戦闘機への操縦転換も計画された。

1943年8月のハンブルクの大空襲、1943年8月17日の秘密兵器実験場ペーネミュンデへの空襲でショックを受けたドイツ空軍参謀総長ハンス・イエショネク(Hans Jeschonnek)大将は、ラステンブルク(Rastenburg)の総統大本営(狼の巣)で自殺した。ただし、ペーネミュンデとの関連性を秘匿するために、イェショネク大将の死亡日は、その前日の1943年8月19日として公表された。

 後任の参謀総長に任命されたのはギュンター・コルテン大将だが、彼も1年たたない1944年7月20日、ヒトラー暗殺未遂事件に巻き込まれ、総統大本営で爆死した。

ドイツ空軍参謀総長の初代ヴェーフェル、2代ケッセルリンク、3代シュトゥンプ、4代イェショネク、5代コルテン、6代クライプ、7代コラーと続くが、権力の永続化を狙う総司令官ゲーリングとの信頼関係を気づくことは難しかったようだ。

ドイツ本土は,1943年前半から,昼間は米陸軍航空隊B-17「フライング・フォートレス」,B-24「リベレーター」重爆撃機に,夜間は英空軍「ランカスター」「ハリファックス」重爆撃機による戦略爆撃に晒された。

ドイツ本土爆撃に際し、アメリカ陸軍航空隊は、軍需工場など軍事施設を爆撃目標として狙う昼間精密爆撃を行った。これは、
1)操縦に連動する精密なノルデン爆撃照準器に信頼を置いた、
2)爆撃機に12.7ミリ機銃を多数装備し防御に自信があった、
という理由である。

他方、イギリス空軍は、中型爆撃機による昼間爆撃を行った際に大きな損害を受けており、四発の重爆撃機は米軍爆撃機より低速であったため、夜間の絨毯爆撃、都市爆撃を行った。

 こうして、米英二つの航空兵力が行ったドイツ本土空襲によって,ドイツの産業,交通,市民生活は,次第に困難な状況に陥った。

ドイツ空軍戦闘機部隊は,1943年前半までは,連合軍爆撃部隊を迎撃し,大きな戦果をあげていた。
 しかし,1944年後半には,熟練搭乗員と燃料の不足,数的劣勢,性能の相対的低下のために,連合軍の爆撃機部隊に,有効な反撃を加えることができなくなっていた。

制空権が失われた以上,連合軍による欧州侵攻を防衛することは,ドイツ軍にとって不可能なことになった。

実際,1944年6月に,米英加を中心とする連合軍がノルマンディーに上陸すると,ドイツ軍はカーンで包囲され,大損害を被った。ドイツ陸軍地上部隊だけで,連合軍に反撃を加えることは,困難だった。

写真(右)1943年3月,イタリア南部、メッサーシュミットMe109戦闘機の胴体下面に装着する300L落下式増加燃料タンク:F型初期までの発動機ダイムラーベンツDaimler-Benz DB601Aのボア(シリンダ内径)は150mmであったが、DB605では154mmへと大型化したために、シリンダ数は12気筒で同じでもエンジン排気量は33.9Lから35.7Lへと容積が増加し、出力がアップした。燃費も出力増加、重量増加で悪化し、航続距離が短くなった。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-468-1416-04 Archive title: Italien-Süd, Sizilien, bei Comiso (?).- Soldat der Luftwaffe beim Transport von Zusatztanks für Flugzeuge; PK Lfl 2 Dating: 1943 März - April Photographer: Ketelhohn, Karl Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


ドイツ空軍メッサーシュミットBf109戦闘機F型初期までは、発動機ダイムラーベンツDaimler-Benz DB601Aのボア(シリンダ内径)は150mmであったが、F型後期型、G型以降では154mmのボア(シリンダ内径)のDB605を搭載した。発動機は、同じ12気筒でシリンダ数は同じだが、エンジン排気量は、33.9Lから35.7Lへと増加し、出力が向上した。

他方、エンジンを強化したBf109戦闘機のG型など後期型では、E型など初期型と比較してエンジン出力の増加、重量の増加で、燃費が悪化し、航続距離は短縮してしまった。

ヘルマン・ゲーリングHermann Göring)の成功は,緒戦に限られたために,戦争末期には,ゲーリング国家元帥の権威は地に落ちていた。
1939年9月,ポーランド侵攻緒戦の国会演説でヒトラーが「私が倒れたらゲーリングが続く」といった演説、その後の1941年6月29日の法令を根拠に,自らを後継者として自認していた。これを元に,1945年4月23日のベルリン攻防戦の最中に、ヘルマン・ゲーリングHermann Göring)国家元帥はヒトラーに対して、連絡が取れなくなった場合、自分がドイツの最高指導者の地位を引き継ぎたいと電文を発した。しかし、ヒトラーは、これをヘルマン・ゲーリングHermann Göring)の裏切りと感じ、激怒してゲーリングの公職追放・監禁を命じた。

ニュルンベルグ国際軍事裁判では、犯罪組織(犯罪集団)に所属していると訴追対象となったが、これは、ナチ党指導部、内閣(政府)、親衛隊(SS)、突撃隊(SA)、親衛隊保安本部(ゲシュタポ・SD)、参謀本部・国防軍最高司令部の6組織である。また、ニュルンベルグ国際軍事裁判の事犯としては、ユダヤ人大量殺戮、ホロコーストが未曽有の殺戮と認識され、C級戦犯の「人道に対する罪」として裁かれた。死刑対象者は、1946年10月16日に絞首刑にされ、有期刑対象者はベルリン郊外のシュパンダウ刑務所に収監された。

写真(右)2013年、ドイツ、ベルリン・ガトー飛行場軍事史博物館(Militärhistorisches Museum Flugplatz Berlin-Gatow)に展示されているドイツ空軍メッサーシュミット(Messerschmitt) Bf 109戦闘機G-2型(構造製造番号:Werk-Nummer 160756):ドイツ空軍の98機撃墜王グスタフ・レーデル(Gustav Rödel:1915-1995)大尉が、1942年11月当時、第27戦闘航空団第2I飛行戦隊指揮官だった時の乗機「黄4」を再現した塗装。機体後部側面に飛行戦隊指揮官を表す3重シェヴロンを描いている。出撃回数980回。
Description ME109 AT THE LUFTWAFFEN MUSEUM RAF GATOW BERLIN GERMANY JUNE 2013 Date 9 June 2013, 14:57 Source ME109 AT THE LUFTWAFFEN MUSEUM RAF GATOW BERLIN GERMANY JUNE 2013 Uploaded by MainFrame Author calflier001
写真はWikimedia Commons,Category:Messerschmitt Me 109 at the Luftwaffenmuseum Berlin-Gatow,File:ME109 AT THE LUFTWAFFEN MUSEUM RAF GATOW BERLIN GERMANY JUNE 2013 (9118774129).jpg引用。


⇒写真集Alubum:メッサーシュミット(Messerschmitt)Me-109G/K戦闘機を見る。



6.爆撃機迎撃・地上攻撃に投入されたフォッケウルフFw-190戦闘機

ドイツ空軍Fw190A-5 戦闘機:空冷14気筒二列星形BMW801エンジン搭載。日本陸軍が研究用に購入したのもA-5型で、実用試験では空戦性能も試された。


ドイツ最優秀のDB601液冷エンジンは,Bf-109戦闘機,Bf-110戦闘機(駆逐機)に優先配備されていた。そこで、このDB601液冷エンジンを装備できなかった弱小メーカーのフォッケウルフ社は,爆撃機用だった空冷BMW801空冷星型エンジンを搭載した戦闘機を開発せざるを得なかった。

こうして開発されたのがフォッケウルフFw-190戦闘機で,対戦闘機,対爆撃機の戦闘を念頭に、小型で速力が速く、操縦も容易な方針で設計された。

緒戦では、イギリス空軍のスーパーマリン・スピットファイア戦闘機に対して,有利に戦いを進めることができた。頑丈で,装甲板も施された機体は,爆弾搭載能力,被弾・防弾能力も高く,戦闘爆撃機としても活躍した。

⇒写真集Alubum:フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw190戦闘機を見る。


2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。


◆毎日新聞「今週の本棚」に『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。

ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen
ヒトラー:Hitler
ヒトラー総統の最後:The Last Days of Hitler
沖縄特攻戦の戦果データ
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250/251:ハーフトラック
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
ソ連赤軍T-34戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ヒトラー暗殺ワルキューレ Valkyrie作戦: Claus von Stauffenberg
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
ハンセン病Leprosy差別

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