>ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV222"Wiking"/BV238飛行艇;鳥飼行博研究室
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◆ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV222バイキング/BV238飛行艇
写真(右)1942-1944年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )Bv 222C-9大型六発輸送機「ヴィーキング」"Wiking"
;ブラモBMW323Rファニール( Fafnir )空冷星型9気筒エンジン(1,000馬力)6基を装備したBV 222試作1号機は、1940年9月7日に初飛行した。しかし、戦局は、このような大型四発飛行艇を量産することを許さなかった。生産機数は、試作機を合わせて合計13機のみ。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932915 - Catalog:16_005041 - Title:Blohm & Voss Bv 222C-09 Nowarra photo - Filename:16_005041.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives PictionID:43932915 引用。

写真(右)1942-1944年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )Bv 222V-7 (C-07)六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking".試作7号機(TB+QL)
;ユンカース ユモJumo207Cディーゼルエンジン(1,000馬力)6基を装備したV7試作7号 (TB+QL)は、1943年4月1日に初飛行を行ったが、C型の原型となった。離陸最大重量50,000 kg、航続距離6,100 km。BV222飛行艇の量産型はC型で、量産型はC-09、C-010、C-011、C-12、C-13の4機のみ。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932903 - Catalog:16_005040 - Title:Blohm & Voss Bv 222V-7 Nowarra photo - Filename:16_005040.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog: 16_005040引用。


1.ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV222「ヴィーキング」"Wiking"六発大型飛行艇

写真(右)1940年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作1号機(登録コード:D-ANTE);BV 222試作1号機は、ブラモ BMW Bramo 323R ファニール(Fafnir)空冷星型9気筒エンジン(1,000馬力)6基を装備、民間登録記号D-ANTEをつけて、1940年9月7日に初飛行したが、戦局は、このような六発大型飛行艇を量産することを許さなかった。生産機数は、事実上試作機として合計13機のみ。
Beeldnummer 109 Collectie NIOD Trefwoorden Luftwaffe, Transportvliegtuigen, Vliegtuigen, Duitse strijdkrachten
Bijschrift: Blohm & Voss Bv 222 'Wicking', neues leutsches Grossflugboot. Das neue deutsche Grossraumflugboot 'Wicking' ist derzeit das grösste Flugboot der deutschen Lufwaffe. Das zweistöckige Boot ist 37 m lang und 5,6 hoch, die Spannweite der Tragfläche beträgt 46 m.
写真はFlikers, BeeldbankWo2 Beeldnummer 109引用。


1930年代後半、ドイツ・ルフトハンザ航空Deutsche Luft Hansa)は、大西洋航路で使用可能な長距離大型旅客輸送機を求めていたが、大重量、大量の燃料を積んで離陸する巨大な滑走路が不必要で、非常時には海上に不時着可能な安全性の高い飛行艇式の旅客輸送機が有利ではないかと目されていた。そこで、巨大旅客飛行艇の開発を、リヒャルト・フォークト博士に依頼し、BV 222飛行艇3機を発注した。試作機V1号機の製造は1938年1月から開始し、第二次大戦勃発1年後の1940年9月7日に、初飛行を実施した。ペイロードは、乗客92名あるいは救急担架72基で、最高速力は385 km/hで早いとはいえなかった。

写真(右)1940-1944年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作1号機;BV 222試作1号機は、リヒャルト・フォークトRichard Vogt)設計のブラモ BMW Bramo 323R 博士の主導で、ファニール(Fafnir)空冷星型9気筒エンジン(1,000馬力)6基を装備、1940年9月7日に初飛行したが、戦局は、このような六発大型飛行艇を量産することを許さなかった。生産機数は、事実上試作機として合計13機のみ。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932940 - Catalog:16_005043 - Title:Blohm & Voss Bv 222 V-1 D-ANTE Nowarra photo - Filename:16_005043.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog: 16_005043引用。


ドイツ・ルフトハンザ航空は、ドイツ〜アメリカ間を横断できる長距離旅客飛行艇を求めており、旅客16名、飛行時間20時間の要望を出していた。これにブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss)社が応じて開発したのが、リヒャルト・フォークトRichard Vogt)設計のBv 222大型輸送飛行艇だったが、試作機完成前の1939年9月に第二次世界大戦が勃発し、民間の長距離旅客機としての需要は途絶えてしまった。

写真(右)1940-1943年頃、停泊するブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発輸送飛行艇「ヴィーキング」"Wiking".試作1号機;BV 222試作1号機は、1940年9月7日に初飛行したが、実用化するために改良を施した。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932952 - Catalog:16_005044 - Title:Blohm & Voss Bv 222V-1 2nd marking Nowarra photo - Filename:16_005044.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog:16_005044引用。


大戦勃発に伴って、ブローム・ウント・フォス BV222大型飛行艇は、軍用への転換が期待され、試作機は1940年9月に初飛行に成功、軍用輸送機として実験的に配備されることとなった。軍隊輸送用に、機体に大型扉を設け、ノルウェー方面への輸送任務に投入されたのである。結果は良好だったが、試作2号機以降は、戦時であることを配慮して、防御兵装として、機関銃を装備するようになった。また、輸送任務だけではなく、長い航続距離を活かして、遠距離哨戒偵察機としても採用され、1943年には、BV222飛行艇に対艦船用レーダーのFuG200ホーエンツベル捜索レーダーを搭載した。

写真(右)1940-1944年、ブラモ(Bramo)323空冷星形エンジン6基を装備したブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking".試作1号機;BV 222試作1号機は、1940年9月7日に初飛行したが、戦局は、このような大型四発飛行艇を量産することを許さなかった。着水時に事故を起こしたのか、進水して機体前部が沈下した。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932977 - Catalog:16_005046 - Title:The end of Blohm & Voss Bv 222V-1 - Filename:16_005046.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog:16_005046引用。


 飛行機設計者リヒャルト・フォークトRichard Vogt)は、1894年12月19日、ドイツ南部、ヴュルテンベルク州シュヴェービッシュ・グミュントこ生まれた。第一次大戦に参加、復員後、シュトゥットガルト工科大学で、航空工学を学んだ。その後、1923年にリヒャルト・フォークトRichard Vogt)博士は、日本の川崎航空に招聘され、神戸でライセンス生産されていたドルニエ設計の機体をベースに、日本陸軍用に九二式複葉戦闘機、八八式複葉偵察機などを開発した。

1933年にナチ党政権下のドイツに帰国したリヒャルト・フォークトRichard Vogt)博士は、ブローム・ウント・フォス社の主任設計技師に就任した。ここで、ブローム・ウント・フォスBV 138飛行艇、Ha140水上雷撃機、 BV141偵察機(非対称機)、BV 222大型飛行艇 ヴィーキング、BV238巨人飛行艇などを開発した。第二次大戦でドイツが降伏した後は、アメリカ軍が枢軸国の高度技術取得のために行ったペーパークリップ作戦Operation Paperclip)の恩恵に浴し、アメリカに移住して、アメリカ軍の下で軍事研究に従事した。

写真(右)1940-1943年、飛翔するブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発輸送飛行艇「ヴィーキング」"Wiking".試作1号機の正面;BV 222試作1号機は、1940年9月7日にブラモ BMW Bramo 323R ファニール(Fafnir)空冷星型9気筒エンジン(1,000馬力)6基を装備して初飛行した。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43933148 - Catalog:16_005060 - Title:Blohm & Voss Bv 222V-1 - Filename:16_005060.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives PictionID: 43933148引用。


1937年、第二次大戦勃発2年前、ドイツ海軍総司令官エーリヒ・レーダーErich Raeder)提督は、国防軍総司令官ブロンベルク元帥に対して、沿岸防衛の範囲に関して、ドイツ海軍とドイツ空軍との分担の取り決めを依頼したが、実際に海軍と空軍の責任範囲について協定文書がまとまったのは、戦争直前の1939年2月3日だった。これは、ドイツ海軍司令部空軍代表General der Luftwaffe beim Oberbefehlshaber der Marine)を置き、戦時には海軍司令部空軍代表を海軍総司令官の指揮下に行動するというものである。しかし、ドイツ近海を離れた海上は、ドイツ空軍の責任範囲で、ドイツ海軍が作戦行動を行う場合のみ、ドイツ海軍が哨戒偵察の責任を負うとした。また、水上艦艇同士の海戦、航空機による機雷敷設については、海軍と空軍の合意のもとに、実施するとした。

しかし、ドイツ海軍潜水艦隊司令長官(Befehlshaber der U-Boote: BdUカール・デーニッツKarl D6ouml;nitz)提督の指揮する潜水艦Uボートは、当時、レーダーを搭載しておらず、船団攻撃のためには、空中哨戒偵察が効果的であると考えられ、1941年1月になって、潜水艦の交通破壊戦を支援するための長距離海上偵察部隊として、フォッケウルフFw200コンドルCondor)を配備した第40爆撃航空団の一部をドイツ海軍総司令官の指揮下に置くことが提言された。しかし、ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングHermann Goering)国家元帥は、航空兵力は全て空軍に所属するとの原則を強硬に主張し 海上哨戒偵察部隊は、ドイツ空軍が大西洋航空司令部の隷下として、潜水艦Uボート部司令部と協力することとなった。こうして、ドイツ海軍司令部空軍代表General der Luftwaffe beim Oberbefehlshaber der Marine)は、指揮権のない空軍の連絡絡官・副官のような存在となった。1941年12月、ドイツ海軍は艦載水上偵察機を除いた航空兵力の指揮も行ったが、形式的な指揮権は空軍の指揮下に入れ、海上作戦における航空兵力の指揮権は、ドイツ空軍が独占する形となった。

写真(右)1940-1944年、正面から撮影されたブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V2大型輸送機「ヴィーキング」"Wiking"試作2号機の6基のブラモ(Bramo)323空冷星形エンジン(1000馬力)
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932965 - Catalog:16_005045 - Title:Blohm & Voss Bv 222V-2 Nowarra photo - Filename:16_005045.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives PictionID: 43932965引用。


ドイツ語「U-Boot(ウーボート:Unterseeboot)」とは、水面下の艦船の意味で、狭義には、ドイツ海軍の潜水艦を意味する。英語でもU-Boat(ユーボート)といわれるが、これも第一次世界大戦および第二次世界大戦でイギリス本土を封鎖しようとした敵国ドイツ海軍の潜水艦を指示している。Uボートは、ハンブルクを中心としたブローム・ウント・フォスBlohm & Voss)など造船所で建造され、ドイツ海軍潜水艦隊司令長官(Befehlshaber der U-Boote: BdUカール・デーニッツKarl D6ouml;nitz)提督の指揮下に置かれた。第二次大戦当初、レーダーを搭載しておらず、目標とする敵艦船を目視によって発見するしかなかった。また、海面上5メートルもない潜水艦艦橋からの視界は限られており、敵発見は天候・気象にも依存した困難な任務だった。

 敵艦船発見を容易にするため、潜水艦の目となるような航空機によって、洋上哨戒偵察をすることが考えられた。しかし、ドイツでは空飛ぶ兵器、軍用機はみなドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングHermann Goering)の指揮下に置くという原則があった。そのため、ドイツ海軍航空隊は、海軍艦艇に搭載する偵察用艦載水上機程度しか保有を許されなかった。その後、1941年3月にはドイツ空軍第三航空軍の下に、大西洋司令部(Fl.F.Atlantic) が置かれ、ドイツ海軍潜水艦隊司令長官(Befehlshaber der U-Boote: BdU)と連携して、水上基地航空部隊や洋上航空部隊の作戦が展開されるようになった。特に、フォッケウルフFw200コンドル長距離偵察哨戒機を配備した第40爆撃航空団第1飛行隊(I/KG40)は、ドイツ海軍潜水艦隊司令長官(BdU)カール・デーニッツKarl D6ouml;nitz)提督隷下の潜水艦Uボートと連携した交通破壊戦に参加し、大きな戦果を挙げた。

写真(右)1941-1943年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-3六発輸送飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作3号機の胴体全部上方;動力銃座には、15ミリMG151機関銃1丁が搭載されている。V3 (当初の登録コード:DM+SD)は、1941年11月28日に初飛行し、1941年12月9日に、登録コードをLTS 222に変更した。V1が喪失したため、V3はドイツハンブルクで防御用の火器を搭載した。1943年6月20日、 Bv 222V3大型輸送飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作3号機は、南フランス大西洋岸のビスカロッス (Biscarrosse)で、Bv 222V‐5飛行艇試作5号機とともに、イギリス空軍(RAF)第264戦闘飛行隊(No. 264 Squadron)所属の デハビラント・モスキート(de Havilland Mosquitos)によって破壊された。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43933037 - Catalog:16_005051 - Title:New MG 157 turret on Blohm & Voss Bv 222V-3 after modification Nowarra photo - Filename:16_005051.TIF
写真はFlikers, SDASM ArchivesPictionID:43932965引用。


写真(右)1940-1944年、側面から撮影されたブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V‐5六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作5号機の主翼上面動力銃座(20ミリMG 151機関銃1丁);1943年6月20日、 南フランス大西洋岸のビスカロッス (Biscarrosse)で、Bv 222V‐5六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作5号機は、Bv 222V‐3飛行艇試作3号機とともに、イギリス空軍(RAF)第264戦闘飛行隊(No. 264 Squadron)所属の デハビラント・モスキート(de Havilland Mosquitos)によって破壊された。<
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932879 - Catalog:16_005038 - Title:Wing MG of Blohm & Voss Bv 222 V-5 after modification Nowarra photo - Filename:16_005038.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives PictionID:43932879 引用。


ブローム・ウント・フォス Blohm & Voss Bv 222C-0飛行艇は、偵察用として、防御用火器を搭載した。
機首銃座:13ミリMG 131旋回機銃1丁
胴体側方銃座:13ミリMG 131旋回機銃4丁
胴体後上方動力銃座:20ミリMG 151機関銃1丁
主翼上面動力銃座:20ミリMG 151機関銃1丁2基


写真(上)1940年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-1六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"試作1号機(登録コード:D-ANTE)
;BV 222試作1号機は、ブラモ BMW Bramo 323R ファニール(Fafnir)空冷星形エンジン(1000馬力)6基を装備、民間登録記号D-ANTEをつけて、1940年9月7日に初飛行したが、戦局は、このような六発大型飛行艇を量産することを許さなかった。生産機数は、事実上試作機として合計13機のみ。
Beeldnummer 110 Collectie NIOD
Trefwoorden Luftwaffe, Transportvliegtuigen, Vliegtuigen, Duitse strijdkrachten
Bijschrift Das Grossraumflugboot Blohm & Voss Bv 222 'Wicking'. Die Maschine ist das grösste Flugzeug der deutschen Lufwaffe. Die sechs Motoren arbeiten mit einer Stärke von 7000 PS und geben dem Grossflugboot eine hohe Geschwindigkeit und eine grosse Reichweite, so dass die BV 222 an allen Fronten eingesetzt werden kann. Die Spannweite beträgt 46, die Länge des Bootes 37 Meter. Platz für hundert Mann feldmarschmässig ausgerüsteter Infanterie. Die Fassungskraft der riesigen Maschine ist gewaltig. Tausende von Verwundeten und mehrere Divisionen hat sie shon während ihres Einsatzes im Osten, Süden und Westen der Front transportiert. An Güter würden bis zu sechs vollständige Triebswerke auf einem einzigen Fluge in dem zweistöckigen Grossraumflugboot überführt.
写真はFlikers, BeeldbankWo2 Beeldnummer 110 引用。


写真(右)1940-1942年、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )Bv 222V-8六発輸送飛行艇「ヴィーキング」"Wiking".試作8号機;BV-222 V-8試作8号機は、1942年8月21日、イタリア半島タラントから北アフリカ、リビア、トリポリに輸送任務に就いているときに、イギリス空軍ブリストル(Bristol)ボーファイター(Beaufighter)双発戦闘機に襲撃され、V-6とともに撃墜された。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932867 - Catalog:16_005037 - Title:Blohm & Voss Bv 222 V-8 Nowarra photo - Filename:16_005037.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog: 16_005037引用。


ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-8試作8号機は、1942年8月21日、イタリア半島タラントから北アフリカ、リビア、トリポリに物資輸送の任務に就いたが、地中海上で、イギリス空軍(RAF)双発戦闘機ブリストル(Bristol)ボーファイターに迎撃され、BV-222 V-6とともに撃墜された。

写真(右)1940-1944年、側面から撮影されたブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222 V-8大型輸送機「ヴィーキング」"Wiking"試作8号機;ブラモ BMW Bramo 323 ファニール(Fafnir)空冷星形エンジン(1000馬力)6基装備。飛行艇用の浅い海面に、機体を支える車輪台の上に置かれている。機体の後方の傾斜ランプは、胴体尾部と接近しており、整備や貨物の出し入れに便利なように配慮されている。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932891 - Catalog:16_005039 - Title:Blohm & Voss Bv 222 V-8 with military markings Nowarra photo - Filename:16_005039.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives PictionID:43932891 引用。


ブローム・ウント・フォス Blohm & Voss Bv 222 Wiking C六発大型飛行艇は、初期に生産された8機は、試作機としてV1からV8と命名された。BV-222飛行艇の後期生産型は量産機で、V-9が Bv 222C-0とされ、C-09からC-013までの形式で呼ばれることになる。

写真(右)1940-1944年、飛翔するブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )Bv 222C六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking";Bv 222 V-9は、量産機Bv 222 C-0となったが、固有機はC-09からC-013までの名称が与えられた。
Ray Wagner Collection Image PictionID:43932928 - Catalog:16_005042 - Title: Blohm & Voss Bv 222 C-010 Nowarra photo - Filename:16_005042.TIF
写真はFlikers, SDASM Archives Catalog:16_005042引用。


ブローム・ウント・フォス Blohm & Voss Bv 222 Wiking「ヴィーキング」飛行艇の発動機は、ブラモ BMW Bramo 323 ファニール空冷星型エンジン(1000馬力)6基だが、後に航続距離を延長するために、ユンカース ユモ Jumo207Cディーゼルエンジン(1000馬力)6基に換装された。ディーゼルエンジンのため、共同作戦行動をとるドイツ海軍潜水艦Uボートと同じディーゼル油(軽油)を使用したため、潜水艦による洋上での燃料補給・給油が受けやすくなった。C-013は、ユモJumo205C6基を装備している。

ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss) Bv 222の発動機は、当初、ブラモ 323 ファニール 空冷星型エンジン6基を装備していたが、後にユンカース ユモ 207ディーゼルエンジン6基に換装された。燃費のいいディーゼルエンジンで航続距離を延長し、さらにUボートの搭載した同じディーゼル燃料を洋上給油することができる利点がある。

写真(右)1940-1943年,輸送任務に就くドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 222大型輸送飛行艇(登録コード: X4+AH):飛行艇は、全長37m、全幅46m、全高5.6m、6基のブラモ BMW Bramo 323 ファニール( Fafnir )空冷星型9気筒エンジン(1,000馬力)で合計7000PSを発揮した。
Inventory: Bild 146 - Sammlung von Repro-Negativen Signature: Bild 146-1978-061-09
Original title: info BV 222 "Wiking" - neues deutsches Großflugboot Das neue deutsche Großraumflugboot der Blohm und Voss Werke BV 222 "Wiking", ist derzeit das größte Flugboot der deutschen Luftwaffe. Das zweistö&ckige Boot ist 37 Meter lang und 5,6 Meter hoch, die Spannweite der Tragflächen beträgt 46 Meter. Die sechs Motoren arbeiten mit einer Stärke von 7000 PS und geben ihm eine hohe Geschwindigkeit und große Reichweite. Starke Bewaffnung an Kanonen und Maschinengewehren gewä&hrleisten ihre Sicherheit und Luftü&berlegenheit bei feindlichen Luftangriffen.
S6355
Archive title: Flugboot Blohm & Voss Bv 222 V1 (Kennung X4+AH ?) im Flug Dating: 1940/1943 ca. Photographer: o.Ang. Agency: Transocean-Europapress Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録:Bundesarchiv Bild 146-1978-061-09, Großflugboot BV 222 "Wiking".jpg引用。


ブローム・ウント・フォス Blohm & Voss Bv 222六発大型飛行艇C-09は、1945年4月24日、ドイツ、ブレーメン北東40キロの湖、ゼードルフ(Seedorf)で、イギリス空軍第439戦闘飛行隊(No. 439 Squadron)所属のホーカー・テンペスト(Hawker Typhoon)によって破壊された。BV 222 C-011, C-012、C-013の3機は、連合軍によって鹵獲された。 C-012は、ノルウェー北部、ナルビク北100キロソレイサで鹵獲された。C-011、C-013は、アメリカ軍に鹵獲された。

写真(右)1942年3月12日、イタリア領リビア植民地、トリポリを偵察した西側連合勲偵察機によって、港湾に停泊待機中のドイツ空軍ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-222大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking"4機が写真撮影された。;ファニール(Fafnir)空冷星型9気筒エンジン(1,000馬力)6基を装備して、1940年9月7日に初飛行したBV222飛行艇は、合計13機が生産された。其の内の少なくとも4機が地中海方面、北アフリカに戸入された。
Title:80-G-350011 Tripoli Harbor, Libya
Caption:Aerial reconnaissance photograph dated 12 March 1942, with arrows marking the positions of four large German BV-222 transport flying boats. This is a halftoned image. Copyright Owner:National Archives
Original Creator: Original Date:Thu, Mar 12, 1942
After this Year:1939 Before this Year:1945
Original Medium:BW Photo
写真は, Naval History and Heritage Command Description: Catalog #:80-G-350011 109引用。


アメリカ、イギリス、オランダ、日本、イタリアの海軍は、航空隊として、飛行艇や水上機を多数配備されていたが、ドイツ軍では、これらの飛行艇・水上機の大半も、空軍の所属だった。あらゆる飛行機は、空軍の英雄ヘルマン・ゲーリング司令官が所轄するとされたため、ドイツ海軍の基地航空隊はほぼ皆無で、若干の艦載水上偵察機を保有するだけだった。空軍の隷下に置かれた飛行艇、水上機は、ドイツ海軍の指揮下にある艦艇、潜水艦との連携、通信には不都合な面があったようだ。

ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 222飛行艇試作機V1は、1941年8月19日までの7回の運航で、ハンブルクとノルウェー北部のヒルケネス間を合計65トンの貨物、負傷者221名をの負傷兵を運んだ。総飛行距離は3万キロに達した。1940年4月9日、ドイツのノルウェー侵攻に呼応して、ノルウェーの政治家ヴィドクン・クヴィスリングVidkun Quisling)は、自らを首班とする臨時政府を樹立し、1942年2月には、アドルフ・ヒトラーの下で、クヴィスリングは首相に任命され、ノルウェーは親ドイツ傀儡政権が支配するようになった。また、BV222飛行艇は、地球海方面面では、1941年10月16日から11月6日の17回の運航で、北アフリカに派遣されたドイツ・アフリカ軍団に対する物資を補給した。

写真(右)1942年12月,北アフリカ、チュニジア海岸で輸送任務に就くドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 222飛行艇:発動機はブラモ BMW Bramo 323 ファニール(Fafnir)6基を搭載、この6基ものエンジンを調整するために、BV222には機関士2名が搭乗した。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-446-1929-07
Archive title: Nordafrika, Tunesien.- Flugboot Blohm & Voss Bv 222; KBK Lw 7 Dating: Dezember 1942 Photographer: Bauer Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )Bv 222大型輸送飛行艇機「ヴィーキング」"Wiking"は、胴体は最上階が平坦な床板の大型貨物室で、貨物は主翼の後方右側に大型扉を装備しており、ここから出し入れした。

写真(右)1942-943年,フランス、輸送任務に就くドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 222飛行艇:6基のブラモ BMW Bramo 323 ファニール(Fafnir)を調整するために、BV222には機関士2名が搭乗した。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-618-2646-39 Archive title: Frankreich.- Nachschub, Transport. Landung eines Flugbootes Blohm & Voss Bv 222 Wiking, am Ufer wartende Soldaten, Treibstofffässer; KBK Lw zbV Dating: 1942/1943 Photographer: Beer Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


 ブローム・ウント・フォスBV 238飛行艇は、BV222飛行艇よりスケールが大きく、6基のディーゼルエンジンを搭載、より長距離飛行が可能だったが、試作1機だけが製造された。ヨーロッパからアメリカまでの飛行が可能な軍用機として、戦争末期にもかかわらず、試作が行われ、実機が完成、飛行試験をしている。

写真(右)1945年5月以降、ドイツ敗戦後、迷彩塗装をして隠匿されていたドイツ軍のブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss) Bv 222C-09六発大型飛行艇「ヴィーキング」"Wiking";年後になってアメリカ軍が鹵獲した機体。
Description A captured German Blohm & Voss BV 222 seaplane at Trondheim, Norway, undergoing tests by the U.S. Navy, probably 1945-46. Date between 1945 and 1946 Source U.S. Navy Naval Aviation News September 1948 [1] Author USN
写真はFlikers, Wikimedia Commons, File:BV222 USN Trondheim NAN9-48.jpg引用。



Blohm Voss BV 222 Wiking y Blohm Voss BV 238


2.ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238大型飛行艇

写真(右)1944年中頃,ドイツ、ドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238 V1飛行艇(登録コード:RO+EZ)
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-667-7143-02 Archive title: Flugboot Blohm & Voss BV 238V1 (Kennung RO+EZ) auf einem See wassernd; PK Eins Kp Lw zbV Dating: 1944 Mitte Photographer: Hoffmann Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録 ・Bundesarchiv Bild 101I-667-7143-02, Flugzeug Blohm - Voß BV 238 V1.jpg引用。


1941年、ドイツ航空省は、ブローム・ウント・フォスに長距離飛行可能な大型飛行艇の開発を依頼し、チェコで4分の1のサイズの実験機が製造された。

ドイツ、ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss)が開発したBV 238飛行艇は、全幅60.17 m、全長43.36 m、ダイムラー・ベンツDB 603液冷倒立V12気筒エンジン(1750 hp)6基を装備し、第2次世界大戦末期、1944年3月11日に飛行した世界最大級の飛行機である。ブローム・ウント・フォスBlohm & Voss BV 238V1の記録は、1947年11月2日にアメリカ、ヒューズが開発した H-4 ハーキュリーズHughes H-4 Hercules)試作機(全幅97.51 m、全長 66.65 )が海面を離れるまで、破られていない。

写真(右)1944年中頃,ドイツ、ドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238 V1飛行艇(登録コード:RO+EZ)
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-667-7142-24 Archive title: Flugboot Blohm & Voss BV 238V1 (Kennung RO+EZ) auf einem See wassernd; PK Eins Kp Lw zbV Dating: 1944 Mitte Photographer: Hoffmann Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録 ・Bundesarchiv Bild 101I-667-7142-24, Flugzeug Blohm - Voß BV 238 V1.jpg引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238 V1飛行艇(登録コード:RO+EZ) の諸元
搭乗員:12名
全長:43.36 m、全幅:60.17 m 、全高:12.80 m
翼面積:360平方メートル
空虚重量:5万4,700 kg
総重量:9万0,000 kg
発動機:ダイムラー・ベンツDB 603G 12気筒液冷エンジン1,900 馬力6基
最高速力:425 km/h、巡行速度:350 km/h
着水速度:143 km/h
実用常用限度:7,300 m
航続距離: 6,620 km

写真(右)1944年中頃,ドイツ、ドイツ空軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 238 V1飛行艇(登録コード:RO+EZ)
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-667-7143-06 Archive title: Flugboot Blohm & Voss BV 238 V1 (Kennung RO+EZ) im Flug über einem See; PK Eins Kp Lw zbV Dating: 1944 Mitte Photographer: Hoffmann Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録 ・Bundesarchiv Bild 101I-667-7143-06, Flugzeug Blohm - Voß BV 238 V1.jpg引用。


ブローム・ウント・フォス(Blohm & VossBV 238 V飛行艇 は、すなわち試作1号機の実しか完成していなかったが、1944年9月、ドイツ北部のシャール(Schaal)湖に待機中に、アメリカ陸軍航空隊第361戦闘飛行隊P-51ムスタング戦闘機の襲撃を受け、破壊さら、湖に沈んだ。


Blohm & Voss BV238 Flying Boat


3.ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 偵察飛行艇

ドイツ海軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv138飛行艇は、海上の哨戒偵察のために、燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載していた。軽油(ディーゼル油)は燃費がいいだけでなく、ドイツ海軍で普及していたディーゼル機関搭載の艦船と同じ燃料を使うことも都合が良かった。特に、ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv138飛行艇は、海上で密かにドイツ海軍潜水艦Uボート(ディーゼル機関搭載)と会合し、同じ軽油の燃料をゴムホースをつないで給油することができ。これによって、陸上の水上機・飛行艇基地に帰還することなく、長距離索敵飛行をすることができるようになった。

写真(右)1943年秋,ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇:ブローム・ウント・フォス社として、BV 138V1試作1号機が初飛行したのは、第二次大戦半年前の1939年2月と遅れたために、民間航空での使用されることはなく、軍用に回された。1941年、BV 138Cが登場し、実用に耐えると判断され、偵察飛行艇として採用された。BV138飛行艇は、227機生産され、大西洋、地中海でUボートと連携し船団捜索・攻撃に投入され、一部は、機雷掃海、物資兵員輸送の任務にも就いた。
Inventory:Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0111-12 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss BV 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


ドイツ語「U-Boot(ウーボート:Unterseeboot)」とは、水面下の艦船の意味で、狭義には、ドイツ海軍の潜水艦を意味する。英語でもU-boat(ユーボート)といわれるが、これも第一次世界大戦および第二次世界大戦でイギリス本土を封鎖しようとした敵国ドイツ海軍の潜水艦を指示している。Uボートは、第二次大戦当初、レーダーを搭載しておらず、目標とする敵艦船を目視によって発見するしかなかった。しかし、海面上5メートルもない潜水艦の艦橋上からの視界は限られており、敵発見は天候・気象にも依存した困難な任務だった。

 敵艦船発見を容易にするため、潜水艦の目となるような航空機によって、洋上哨戒偵察をすることが考えられた。しかし、ドイツでは空飛ぶ兵器、軍用機はみなドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングの指揮下に置くという原則があった。そのため、ドイツ海軍航空隊は、海軍艦艇に搭載する偵察用艦載水上機程度しか保有できなかった。その後、ドイツ海軍にも水上基地航空部隊が補強された、潜水艦と連携する水上偵察機、偵察用飛行艇が配備されるようになった。

写真(右)1943年秋、ノルウェー沖で、ドイツ海軍潜水艦Uボートと会合したブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇:手前では、潜水艦Uボート艦橋で隊員たちが話し込んでいる。同期生でもいれば、話が弾んだであろう。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0103-03 Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss Bv 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 飛行艇の原型は、ハンブルク航空機 (Hamburger Flugzeugbau)の企画になる中型長距離旅客機として計画された機体である。しかし、ブローム・ウント・フォッス社は、ドルニエ Do 18と同じく燃費の良いユンカース ユモ 205ディーゼルエンジン3基搭載することとして、長距離飛行を可能にした。1937年に完成したHa 138飛行艇は、双ビーム構造で太い胴体の為か、空中でも海上でも安定性が悪く、強度不足だった。そこで、その欠点を直すための大規模な改修作業が行われ、ブローム・ウント・フォス社が、BV 138V1試作1号機を初飛行させたのは、第二次大戦半年前の1939年2月にまでずれ込んでしまった。そのため、当初の目的だった民間旅客飛行艇として使用されることはなく、軍用に回された。

1941年に改良型のブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138C型が登場し、実用に耐えると判断され、偵察飛行艇として採用された。BV138飛行艇は、227機生産され、大西洋、地中海でUボートと連携し船団捜索・攻撃に投入され、一部は、機雷掃海、物資兵員輸送の任務にも就いた。

IMG src="https://archive.is/eJZdQ/81bddd40b3eeeb0e6e03421cf088bc72c4e4a847.jpg" width="605" Hspace="12" Vspace="12" Align="right">写真(右)1943年秋、ノルウェー北部、ベルゲン沖、ドイツ軍基地を発進するブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV 138 C-1飛行艇:基地で燃料の軽油を満たして、ノルウェー沖の連合軍輸送船団の偵察任務に就く様だ。手前では、基地の隊員たちが見送っているのであろう。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-507-B0104-25A Archive title: Norwegen, Eismeer.- Bergung / Versorgung eines Wasserflugzeugs Blohm & Voss BV 138 C-1 mit Hilfe eines U-Boots; PK Lfl 5 Dating: 1943 Herbst Photographer: Hirschfelder Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用


Bv 138 MS飛行艇は、磁力感応機雷を掃海する直径14.3メートルもある磁場コイルElectromagnetic coil)を、機体周囲に水平に搭載している。直径14.3mの円形リング状パイプ(磁場コイルガウス・リング)は、メルセデス・ニュルンベルク8気筒液冷エンジン(55馬力)を使って15kWのジェネレーター(発電気)を駆動して、電磁誘導によって、磁力線を生み出している。ジェネレーター(発電気)用の冷却器は、胴体下面にある箱型バルジに取り付けられている。

写真(右)1943-1944年頃,ドイツ海軍ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv 138 MS機雷掃海用飛行艇:機体の周囲に大直径の電磁誘導コイルを搭載したBv138飛行艇は、磁力感応式の機雷を誘爆、掃海することができる。掃海機としては、同じ電磁誘導コイルを使った磁力機雷掃海機は、ユンカースJu53/3m輸送機にも搭載されている。
SDASM Archives PictionID:43932657 - Catalog:16_005020 - Title:Blohm & Voss Bv 138 MS rebuilt from C-0 Nowarra photo - Filename:16_005020.TIF - - - - - - Image from the Ray Wagner Collection.
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:43932695引用。


ドイツのブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)Bv 138 MS飛行艇は、機首下面、主翼下面、胴体下面に円形パイプの電磁コイルを装備しているのが外観上の大きな特徴である。これは、直径14.3mの円形リング状のパイプ(ガウス・リング)で、電磁誘導によって電磁力を発生させ、磁力線によって、海底に仕掛けられた磁気感応式機雷を感応、起爆(誘爆)させる機雷掃海装置である。磁場コイルElectromagnetic coil)の電磁力は、機体に搭載したメルセデス・ニュルンベルク8気筒液冷エンジン(55馬力)を駆動して、15kWのジェネレーター(発電気)のよって電気エネルギーを作り、作動させる。このジェネレーター(発電気)に必要な冷却器は、胴体下面に突出したバルジに収められている。これは、飛行中の空冷効果を求めた設計である。

磁場コイルElectromagnetic coil)は大型で、機首・主翼。尾部の下面には取り付け具があるが、主翼後方に飛び出した、磁場コイルガウス・リング)、には、張線が繋がれていて、後上方にある支柱と繋いで、固定されている。Ju52輸送機を改造した機雷敷設機は、磁場コイルElectromagnetic coil)、ジェネレーター、冷却器などを装備したために、輸送機型に比較して1150キロ重量が増加した。

ブローム・ウント・フォス (Blohm & Voss )BV-138C飛行艇の諸元
全長: 19.85 m、全幅: 27.00 m
全高: 5.90 m
全備重量: 15,480 kg
発動機: ユンカース ユモJumo205Dディーゼルエンジン(880 馬力)3基
最高速力: 290 km/h
航続距離: 4,023 km
兵装:機首動力銃座 20ミリMG151/20 機関銃1丁、胴体後上方動力銃座 20ミリMG151/20 機関銃1丁、中央エンジンナセル後上方銃座:13.1ミリMG131旋回機関銃 1丁
搭載量:150キロ爆雷 4発
乗員: 6名

⇒写真集Album:ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV-138飛行艇を詳しく見る。


4.ドルニエ(Dornier)Do-24飛行艇

写真(右)1941年、オランダ領インドシナ(蘭印:インドネシア)、スラバヤの飛行艇基地に陸揚げされたオランダ海軍航空隊所属のドルニエ(Dornier)Do 24K-1 三発飛行艇X-7;機首、胴体に銃座が設けられている。1940年5月にオランダがドイツに侵攻され、占領されると、オランダの飛行機工場で製造していたDo-24飛行艇は、ドイツ空軍に引き渡され、工場ではドイツ軍のためにDo-24飛行艇を引き続き生産することになった。
Fotoafdrukken Koninklijke Marine
Beschrijving Dornier Do-24K-1 maritieme patrouillevliegboot X-7 (1938-1942) op de boei in de Saleh Baai (eiland Soembawa) met op de achtergrond torpedobootjager Hr.Ms. Banckert (1930-1942).
Plaats Soembawa, Nederlands-Indië Datering van 1938 Datering tot 1942
Trefwoorden Dornier Do 24, vliegboten, Banckert, Hr.Ms. (1930-1942), Admiralenklasse
Specifieke kenmerken
X-7 Vervaardiger Onbekend Copyright NIMH Kleur/Zwart-wit Zwart-wit
写真はNetherlands Institute for Military History (NIMH) Beeldbank.defensie.nl・Objectnummer 2158_012916引用。


⇒写真集Album:ドルニエ(Dornier)Do-24飛行艇を詳しく見る。


5.ドルニエ(Dornier)Do-26飛行艇

写真(右)1939-1943年,飛行中の迷彩塗装をほどこしたドイツ空軍ドルニエ(Dornier) Do 26飛行艇C型:試作2号機V-2を改修してドルニエ(Dornier)Do 26飛行艇C型とした。機首に15.1ミリMG151動力式銃塔を搭載し、主翼後上方にも機銃スポンソンを設けている。ドイツの国籍識別マークは、戦前は垂直尾翼の赤帯に白丸を背景にしたスワスチカ(ナチ党のカギ十字)だったが、戦時中は黒のスワスチカだけになった。
SDASM Archives Ray Wagner Collection Image PictionID:46170342 - Catalog:16_007484 - Title: Dornier Do 26 V-2 after conversion to C version Nowarra Collection - Filename:16_007484.TIF.
写真はFlickr, a Yahoo company,San Diego Air and Space Museum Archive,PictionID:46170354 引用。


⇒写真集Album:ドルニエ(Dornier)Do-26飛行艇を詳しく見る。


7.ドルニエ(Dornier)Do-X大型飛行艇


写真絵葉書(上)1930年、ドイツ、コンスタンツ湖、ドルニエ(Dornier)Do-X大型輸送飛行艇;シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力を流線型ナセルに縦列串型配置で12基装備、合計6600馬力。プロペラは4翅木製一体構造ガラスの丸窓もきれいに並んでいる。
Photographer: Unbekannt
Title: Dornier Flugschiff Do. X mit Motoren à 500 Ps
Impressum: Stuttgart : Graph. Kunst- u. Verlagsanstalt U. Weber & Co. Physical Description: Postcard Format: 9 x 14 cm
Categories: 1931-1940, Dornier DO X, Hydroplanes, View Collection, Unknown, 1921-1930, Product photography, Germany, Lake of Constance
Dating: 11/1932
Physical Description: Reproduction photography : glass-plate negative Format: 9 x 14 cm Record Name: PK_001251
写真はETH-Bibliothek Zürich・LBS_SR03-04009引用。


写真(右)1929年7月、ドイツ,ドルニエ社の格納庫、完成したばかりのドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929);Do-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出し、胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列縦型に配置している。正面から見ると、主翼上面にエンジンナセル6基が見えるが、これは前後2基のエンジンを縦列串型にエンジン12基を配置したため。エンジンは、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力で、流線型ナセルに縦列串型配置、12基の合計出力は6600馬力となる。
Original title: info Das grösste Flugboot der Welt "Do X" ein Wunderwerk deutscher Technik! Das grösste 12 Motoren-Flugboot der Welt "Do X" wurde in den Dornier-Werken in Altenrhein/Schweiz nach anderthalbjähriger Arbeit fertiggestellt. "Do X" , genannt das fliegende Hotelschiff, kann hundert Passagiere aufnehmen und 12 Motoren von insgesamt 6000 P.S. treiben das fliegende Hotel zu einer Höchstgeschwindigkeit von ca. 250 km. in der Stunde an. Höchster Komfort, wie Passagier-Deck, Tanzsaal, Salon, sind in dem Riesen-Flugboot vorhanden. Die Tragflächen des Flugbootes haben eines Länge von insgeamt 42 m. Eigens durch die Maschinen-zentrale werden unter dem Kommando eines Ingenieurs die 12 Motoren bedient. Blick in das grösste Flugboot der Welt "Do X" in den Dornier-Werken in Altenrhein/Schweiz.
Archive title: Altenrhein / Bodensee.- Flugboot Dornier X (D-1929) im Hangar Photographer Unknown Institution German Federal Archives Blue pencil.svg wikidata:Q685753 Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl (Bild 102) Accession number Bild 102-01224.
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X: File:Bundesarchiv Bild 102-08048, Flugschiff Do X im Hangar.jpg引用。


ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)は、合計3機が試作されたが、ドイツ・ルフトハンザで就航したのは1機のみ、その他2機はイタリアに売却され、技術習得、試験飛行に使用されて終った。ユンカースG38巨人輸送機も、2機のみの試作で終わっている。1929年に初飛行したドルニエとユンカースの初頭の巨人機は、大型機のために機構が複雑で、整備が困難であり、部品の管理も手間がかかったために、実用性・信頼性が低く、量産されずに終わった。そこで、ルフトハンザ航空は、ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)を「世界に誇るドイツの巨人旅客機」として宣伝材料として使用した。

写真:1929年12月20日、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X輸送飛行艇;ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV-222六発大型飛行艇より12年も古いドルニエDo-X 12発巨人型飛行艇は、シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置し合計 6600馬力を発揮できた。
Photographer: Photographisches Institut der ETH Zürich
Title: Flugschiff Dornier Do. X
Caption: Besteller: Leopold Karner, ETH-Professor für Baustatik, Hoch-und Brückenbau in Holz und Eisen. Reproduktion eines Papierabzugs
Dating: 20.12.1929
Physical Description: Reproduction photography : glass-plate negative Format: 9 x 12 cm
Categories: ETH, Photographical Institut, Photographisches Institut der ETH Zürich, Plans + Sketches, 1929, Airships, Dornier DO X, Product photography
Record Name: PI_29-B-0278.
写真はETH-Bibliothek Zürich・PI_29-B-0278引用。


写真(右)1929年7月、ドイツ、完成したばかりのドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)のコックピット;操縦桿は、大型のものが2輪ついているが、パワーステアリングではないので、大きな力がないと操作は困難であった。
Original title: info Das grösste Flugboot der Welt "Do X" ein Wunderwerk deutscher Technik! Das grösste 12 Motoren-Flugboot der Welt "Do X" wurde in den Dornier-Werken in Altenrhein/Schweiz nach anderthalbjähriger Arbeit fertiggestellt. "Do X" genannt das fliegende Hotelschiff, kann hundert Passagiere aufnehmen und 12 Motoren von insgesamt 6000 P.S. treiben das fliegende Hotel zu einer Höchstgeschwindigkeit von ca. 250 km. in der Stunde an. Höchster Komfort, wie Passagier-Deck, Tanzsaal, Salon, sind in dem Riesen-Flugboot vorhanden. Die Tragfl&aouml;chen des Flugbootes haben eines Länge von insgeamt 42 m. Eigens durch die Maschinen-zentrale werden unter dem Kommando eines Ingenieurs die 12 Motoren bedient. Blick in das grösste Flugboot der Welt "Do X" in den Dornier-Werken in Altenrhein/Schweiz.
Archive title: Altenrhein / Bodensee.- Flugboot Dornier X (D-1929) im Hangar
Photographer Unknown Institution German Federal Archives Blue pencil.svg wikidata:Q685753 Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl (Bild 102) Accession number Bild 102-08049 .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-08049, Flugschiff Dornier Do X, Cockpit.jpg引用。


写真(右)1929年、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇コックピットの正操縦士;大型双発機は、長時間飛行するために、操縦士の球形は必須である。そこで、操縦席を二つ設けている。その計器の配置には若干の差異があるが、後ろから見て、左が正操縦士、右が副操縦士の席である。一般的には、搭乗員の数が多くなると重量が嵩み飛行性能が悪化するので、正操縦士が機長を兼ねる場合が多いが、航法や通信を担当する搭乗員が機長の場合もある。しかし、大型機では、全般的な指揮を士気をとるには、指揮任務のみに当たる機長がつく。大型漁船でも、船運航責任者の船長よりも、運航と漁業の双方の監督指揮する「船頭」のほうが地位が高い。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022)
Beschrijving Vliegboten. Bestuurder van een twaalfmotorige Dornier-vliegboot.Duitsland, 1929. Serie van meerdere foto's.
Datum 1929 Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1929年7月、ドイツ、完成したばかりのドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の機関室;主翼上面にシーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型配置しているが、これら1基ずつ調整するのは容易ではない。Do X飛行艇は前後2基のエンジンを縦列串型に配置しているため、後方のエンジンが冷却不足になるリスクもあった。合計出力は6600馬力もあるので、燃料調整も難しかったであろう。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10658 Old signature: Bild 102-08051
Original title: info Das grösste Flugboot der Welt "Do X" ein Wunderwerk deutscher Technik! Das grösste 12 Motoren-Flugboot der Welt "Do X" wurde in den Dornier-Werken in Altenrhein/Schweiz nach anderthalbjähriger Arbeit fertiggestellt. "Do X", genannt das fliegende Hotelschiff, kann hundert Passagiere aufnehmen und 12 Motoren bedient.
Das Herz des Riesen-Flugbootes "Do X", die Mascohinen-Zentrale und Kommandoraum, von welcher aus die zw&oml;lf Motoren geleitet werden.Dating: Juli 1929
Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10658, Flugschiff Dornier "Do X", Maschinenzentrale.jpg引用。


写真(右)1929年、ドイツ、シーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力12基駆動して上昇するドルニエDo-X 飛行艇;肩翼上面にシーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力2基を縦列串型タンデム配置で6セット12基を搭載した。飛行艇の機首下面は、水・造波抵抗が少ないように鋭角になっているので、固定する木製台が敷かれている。手前の船では、記録・記念の撮影を行っているので、試験飛行の時であろう。プロペラは4翅木製一体構造である。ブロームウントフォス(Blohm & Voss)BV-222巨人飛行艇よりも12年も前に飛行している。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022)
Beschrijving Vliegboten. Twaalfmotorige vliegboot Dornier met honderd passagiers aan boord komt terug uit Amerika. Duitsland, 1929.
Datum 1929 Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1930年、ドイツ、シーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力12基駆動して離水するドルニエDo-X 飛行艇;肩翼上面にシーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力2基を縦列串型タンデム配置で6セット12基を搭載した。飛行艇の機首下面は、水・造波抵抗が少ないように鋭角になっているので、固定する木製台が敷かれている。手前の船では、記録・記念の撮影を行っているので、試験飛行の時であろう。プロペラは4翅木製一体構造である。ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV-222大型飛行艇より12年以上前に初飛行している。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022)
Beschrijving Vliegboten. Landing van een Dornier vliegboot. Plaats en land onbekend. 1930.
Datum 1930 Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1930 年8月、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の乗客用ラウンジ
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10251
Original title: info Das deutsche Riesenflugboot "Do X" rüstet für den Amerika-Flug ! Die ersten Probeflüge mit den neuen amerikanischen Curtis- Wright-Motoren sind vollendet. Blick in das Innere des mit allem Comfort ausgestatteten Riesen-Flugboots.
Dating: August 1930 Photographer: o.Ang. Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10251, Flugschiff Dornier Do X, Innenraum.jpg引用。


写真(右)1930 年8月、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の乗客用の豪華な特別室
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10252
Original title: info Das deutsche Riesenflugboot "Do X" rüstet für den Amerika-Flug ! Blick in den luxeriös ausgestatteten Speiseraum.
Dating: August 1930 Photographer: o.Ang. Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10252, Flugschiff Dornier Do X, Speiseraum.jpg引用。


ドルニエ(Dornie)Do X飛行艇D-1929は、前作のDo-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を維持する胴体中央部左右の張出式の浮き(フロート)、胴体上部のパラソル式主翼、主翼上面の縦列串型エンジン配置を踏襲している。ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)は、エンジンナセルは6カ所で、前後2基のエンジンを縦列串型に配置しているために、空気抵抗が半減できる。プロペラの回転は、前部が牽引式、後部が推進式である。

写真(右)1929年、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇の客室に座っている第一次世界大戦の20機撃墜のエース、フリードリッヒ・クリスチャンセン(Friedrich Christiansen:1879-1972)[奥]:彼は、第二次世界大戦中は、オランダにおけるドイツ国防軍の司令官になった。最終階級は空軍大将。丸いガラス窓には遮光用カーテンがついている。テーブルには、小鳥籠が置かれている。カナリアを飼育しているのであろうか。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022)
Beschrijving Friedrich Christiansen (1879-1972), o.a. vliegbootcommandant, oorlogsvlieger en later Duits militair bevelhebber in Nederland tijdens de Tweede Wereldoorlog. Hier met één van zijn officieren bij parkiet in vogelkooi in de salon van vliegboot Dornier Do-X. [1930].
Persoonsnaam Christiansen, Friedrich
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1930年、ドイツ(?)、陸地に引揚げたドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇の前で記念撮影する機長のフリードリッヒ・クリスチャンセン(Friedrich Christiansen:中央)と搭乗員たち;中央にいるのは、第一次世界大戦で撃墜20機のエースだったフリードリッヒ・クリスチャンセン(Friedrich Christiansen:1879-1972)は、第二次世界大戦中は、オランダにおけるドイツ国防軍の司令官になった。最終階級は空軍大将。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022)
Beschrijving Vliegboten. De bemanning van de Dornier vliegboot poserend voor de boot. Duitsland, 1930
Datum 1930 Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1929年10月21日、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖、ドルニエDo-X 巨人飛行艇(登録コード:D-1929)と乗客たちの搭乗記念写真;パラソル式主翼の上面に、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を2機ずつ流線型のナセルに収納して、縦列串型に配置している。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-08577
Original title: info Der Weltrecord-Flug des Dornier-Riesenflugbootes"Do X" mit 169 Passagieren in Altenrhein a/Bodensee!. Es ist das erste Mal, dass 169 Personen mit einem Luftfahrzeug beffördert wurden; ausser dem mitgefführten Betriebsstoff für 1200 km. was einem Gesamtgewicht von ca. 300 Passagieren entspricht. Die 169 Passagiere, welche den Recordflug des "Do X" mitmachten, vor dem Flugboot.
Archive title: Altenrhein / Bodensee.- Flugboot Dornier Do X (D-1929) mit Passagieren, Weltrekord-Flug am 21.10.1929
Dating: 21. Oktober 1929 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-08577, Flugschiff Dornier Do X mit Passagieren.jpg引用。


ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、Do-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出し、胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列串型に配置している。正面から見ると、主翼上面にエンジン6基が見えるが、これは前後2基のエンジンを縦列串型に配置しているためで、エンジンは12基ある。エンジンは、当初、1930年前半までは、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型配置で12基を装備した。

写真(右)1929年10月21日、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖、小型動力船でドルニエ(Dornier)Do-X 巨人飛行艇(登録コード:D-1929)に乗り移ろうとする乗客たち;シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型配置で12基装備。水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出し、胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列串型に配置している。正面から見ると、主翼上面にエンジン6基が見えるが、これは前後2基のエンジンを縦列串型に配置しているためで、エンジンは12基ある。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-08578
Original title: info Der Weltrecordflug des Dornier-Flugbootes "Do X" mit 169 Passagieren in Altenrhein a/B. Die Passagiere werden mittels Motorboote zu dem Recordflug an Bord des Flugschiffes gebracht. Dating: Oktober 1929
Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-08578, Flugschiff Dornier Do X.jpg引用。


写真(右)1929年10月、ドイツ、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の機内客室の乗客たち;169名もの乗客を乗せて飛行して、世界最多乗客飛行記録を樹立した。最後尾に立っているのは、ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)を開発したクラウディウス・ドルニエ技師(Claude Dornier)自身であろうか。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-
Original title: info Der Weltrecordflug des Dornier-Riesenflugbootes "Do X" mit 169 Passagieren in Altenrhein a/Bodensee. Es ist das erste Mal, dass 169 Personen mit einem Luftfahrzeug beffördert wurden; ausser dem mitgefführten Betriebsstoff für 1200 km. was einem Gesamtgewicht von ca. 300 Passagieren entspricht.
Blick in den Passagierraum des Flugbootes "Do X" mit den Passagieren während des Recordfluges.
Depicted place Flugschiff Dornier Do X
Date October 1929 Photographer Unknown Institution German Federal Archives Blue pencil.svg wikidata:Q685753 Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl (Bild 102) Accession number Bild 102-01224.
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・Bild 102-01224引用。


1929年10月、Do-X飛行艇は、世界最多の169名をのせて飛行することに成功した、この偉業を達成した開発者のクラウディウス・ドルニエ(Claudius Dornier)工学博士を讃えるドイツ技術栄冠記念ブロンズメダル(Medal, Dr. Dornier and the Triumph of German Technology )が発行され、次のように記名されている
"DR. ING. C. DORNIER ERBUAER DES Do. X 1929" - "Doctor (of Engineering) C. Dornier, creator of the Do X"; Reverse: relief of the Dornier Do. X depicted flying over the ocean depicted, embossed text "TRIUMPH DEUTSCHER TECHNIK START DES DO.X. MIT 169 MANN" - "Triumph of German technology - takeoff of the Do X with 169 people."

写真(右)1929年10月、ドイツ、ドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の機内客室の乗客たち;記録更新のための短時間の飛行であるため、乗客169名を乗せて飛んだ。最後尾に立っているのは、クラウディウス・ドルニエ技師(Claude Dornier)自身であろうか。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-01224
Original title: info Der Weltrecordflug des Dornier-Riesenflugbootes "Do X" mit 169 Passagieren in Altenrhein a/Bodensee. Es ist das erste Mal, dass 169 Personen mit einem Luftfahrzeug beffördert wurden; ausser dem mitgeff&:uuml;hrten Betriebsstoff für 1200 km. was einem Gesamtgewicht von ca. 300 Passagieren entspricht.
Blick in den Passagierraum des Flugbootes "Do X" mit den Passagieren während des Recordfluges.
Dating: Oktober 1929 Photographer: Pahl, Georg.
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・Bild 102-01224引用。


 ドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)記念ブロンズメダルの大きさは、直径6cm厚み 0.5cmである。 表には、ドルニエの肖像、裏には、肩翼式の主翼上面に、エンジンを縦列串型に12基もタンデム配置したドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)が描かれ、169名を乗せて飛行し世界記録を更新したことを謳っている。この飛行艇が搭載したエンジンは、当初、シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基で、これを流線型ナセルに装備した。しかし、出力不足だったために、エンジンを換装し、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7200馬力)に強化した

写真(右)1929年、ドイツ、シーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力2基を一組として、縦列串型タンデム配置12基を装備して飛翔する巨人機ドルニエ(Dornier)Do X巨大飛行艇(登録コード:D-1929):エンジンを換装後。
Verkehrsflugboot Dornier Do X im Flug über einer Wasserfläche. Ansicht von oben Datensatz 90030716
Erstflug : 1929 Persons and corporations: Urheber: Dornier-Metallbauten GmbH , Herstellerfirma
写真はEuropeana Collections Deutsche Fotothek Aufn.-Nr.: df_hauptkatalog_ 0017984引用。


写真(右)1929年、ドイツ、シーメンス(Siemens)社ジュピター "Jupiterエンジン520馬力2基を一組として、縦列串型タンデム配置12基を装備して飛翔する巨人機ドルニエ(Dornier)Do X大型旅客飛行艇(登録コード:D-1929):エンジン換装前。
Verkehrsflugboot Dornier Do X auf einer Wasserfläche. Ansicht von oben Datensatz 87705510 Erstflug : 1929
Persons and corporations: Urheber: Dornier-Metallbauten GmbH , Herstellerfirma Verkehrsflugboot Dornier Do X im Flug über einer Wasserfläche. Ansicht von oben
Datensatz 90030716 Foto: Unbekannter Fotograf, Techno-Photo Archiv Berlin, 1929/1930
写真はEuropeana Collections Deutsche Fotothek Aufn.-Nr.: df_hauptkatalog_0017983引用。


ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、主に旅客輸送を目的に開発されていたため、胴体側方には、丸井ガラス窓が大小20個ついている。機体が大きいので、窓は小さく見えるが、乗客にとって十分な視界を確保していると思われる。

ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、パラソル式主翼の上面にエンジンナセル6個を置いて、離着水時、波や飛沫をエンジンやプロペラが被ることがないように配置している。これらエンジンは前後の串型に装備されているので、エンジンは12基ある。これだけの数のエンジンの出力を同一出力に調整するのは難しい作業で、それが本機の稼働率を低くした一員である。

写真(右)1929年10月21日、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖畔、アルテンルハイン(Altenrhein)、ドルニエDo-X 巨人飛行艇(登録コード:D-1929)。シーメンスのジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)9気筒空冷星型エンジン525馬力を流線型ナセルに縦列串型配置で12基装備、合計6600馬力。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-09321 Old signature: Bild 102-08579
Original title: info Der Weltrecord-Flug des Dornier-Riesenflugbootes "Do X" mit 169 Passagieren in Altenrhein a/Bodensee! (Neueste Aufnahmen unseres nach dort entsandten Sonder-Bild-Bericht-Erstatters!) Es ist das erste Mal, dass 169 Personen mit einem Luftfahrzeug befördert wurden; ausser dem mitgeführten Betriebsstoff für 1200 km, was einem Gesamtgewicht von ca. 300 Passagieren entspricht. Die riesigen 12 Motoren des Flugbootes "Do X" mit seiner Gesamtstärke von 6000 P.S. welche den Recordflug ermöglichten. Die Passagiere sind alle an Bord udn das Flugboot ist zum Start fertig.
Archive title: Altenrhein / Bodensee.- Flugboot Dornier Do X (D-1929), Weltrekord-Flug am 21.10.1929 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-09321, Flugschiff Dornier "Do X".jpg引用。


写真(右)1930年11月、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖畔、ドルニエDo-X 旅客飛行艇(登録コード:D-1929)。エンジン換装後で、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7200馬力)に強化した。それ以前は、シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置で12機装備して合計 6600馬力だった。コックピの外側に”DO-X”と記入していない。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10659 Original title: info
Das Riesenflugboot "Do X" startet zum ersten Europa- und Amerika-Flug! Die riesige Motorenanlage des Flugbootes "Do X" mit den 12 Jupiter-Curtis-Wright-Motoren in einer Gesamtstärke von 6.600 P.S., welche dem Flugzeug eine Stundengeschwindkeit von über 200 km. geben. Archive title: Tatsächlich betrug die Gesamtleistung der Motoren 5640 kW (7680 PS) Dating: November 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10659, Flugschiff Dornier "Do X", Motorenanlage.jpg引用。


写真(右)1930年8月、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖畔、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7680馬力)に強化したドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)正面;機首は、海面上で波切の抵抗が少ないように鋭利な角度で組み合わされている。1929年の完成時にドルニエDo-X飛行艇Dornire DO-X)は、シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置で12基装備して合計 6600馬力だった。しかし、これでは50トンもある巨人飛行艇としてがアンダーパワーだった。そこで、エンジン変換がなされたのである。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10271 Original title: info Das deutsche Dornier-Riesen-Flugschiff "Do X" startete mit seinen neuen Motoren in einer Gesamtstärke von 7.000 PS in Altenrhein am Bodensee! Der Bug des deutschen Riesen-Flugbootes "Do X" mit den dahinterliegenden Motoren. Archive title: Tatsächlich betrug die Gesamtleistung der Motoren 5640 kW (7680 PS) Dating: August 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10271, Flugschiff Dornier Do X.jpg引用。


写真(右)1930年8月、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖(Bodensee)、小型動力船でドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)を見物に来た観光客たち;コックピと外側に”DO-X”と書いていない。Do-Jワール、Do-18飛行艇と同じく、水上安定性を確保するために、胴体中央部左右に浮きを張り出しが浮いているが、これは搭載重量が少ないためである。胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列串型にカーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力12基を2機ずつ箱型ナセルに縦列串型に搭載しているので、オリジナル解説の日時が正確であれば、エンジン変換は、1930年8月には終了していたことになる。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10270 Original title: info Das deutsche Dornier-Riesen-Flugschiff "Do X" startete mit seinen neuen Motoren in einer Gesamtstärke von 7.000 PS in Altenrhein am Bodensee! Das deutsche Riesen-Flugschiff "Do X" mit den neuen 12 Motoren von insgesamt 7.000 PS , welche dem Schiff eine Stundengeschwindigkeit von über 200 km geben, auf dem Bodensee. Dating: August 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10270, Flugschiff Dornier Do X.jpg引用。


ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)のエンジンナセルは6個あるが、エンジンは前後の縦列串型(タンデム)に装備しているので、エンジンは12基ある。これだけの数のエンジンを同一出力に調整するのは難しい作業で、それが本機の稼働率を低くした一員である。1933年のナチ党政権獲得前なので、尾翼には、ナチ党のスワスチカ(鍵十字)の国籍マークは描かれていない。

写真(右)1930年11月、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖畔、ドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)の後面;尾部は、垂直尾翼の都合で長くならざるを得ないが、重量軽減のために細長く軽量化している。1929年の完成時、シーメンス社ジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型(タンデム)配置で12基装備して合計 6600馬力だった。しかし、これでは50トンもある巨人飛行艇としてがアンダーパワーだった。そこで、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7680馬力)に強化した。主翼の上面のエンジンナセルの下には、ナセルの補強支柱を兼ねた人員落下防止のための柵・バーが設けられている。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10660 Original title: info Das Riesenflugboot "Do X" startet zum ersten Europa- und Amerika-Flug! Die gewaltige Steueranlage der "Do X", welche allein schon wie ein Flugzeug anmutet. Dating: November 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv.
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10660 , Flugschiff Dornier Do X.jpg引用。


ドイツのドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、1929年7月に完成した。これは、エンジン12基を縦列前後に串型配置し、乗客100名を乗せて飛行可能な重量70トンの巨人飛行艇である。1929年の完成時には、シーメンス社のジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を流線型ナセルに縦列串型配置で12機装備していた。これで合計出力は最大で 6600馬力だった。

 しかし、総重量5トンに達するドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)には馬力不足で、飛行性能が悪かったために、1930年8月には、エンジン変換、強化した。このエンジン変換後は、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力12基を2機ずつ箱型ナセルに縦列串型タンデム配置で搭載している。これで、合計出力は最大7680馬力を発揮できるようになった。

写真(右)1930年、オランダ、アムステルダム、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)に船を使って搭乗する:コックピと外側に”DO-X”とある。主翼の上面に装備されているのは、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7200馬力)である。これ以前の旧型では、シーメンス社ジュピター・カーチス・ライト(Jupiter-Curtis-Wright)エンジン525馬力12基を装備していた。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022) Beschrijving Vliegboten. De Dornier DO X - een enorme vliegboot - op het IJ. Langszij een boot van de Amsterdamse politie. Foto 1930. Datum 1930 Locatie Amsterdam Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1930年11月6日、オランダ、アルテンハイム(Altenheim?)、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇のと乗員たち;中央にいるのは、第一次世界大戦で撃墜20機のエースだったフリードリッヒ・クリスチャンセン(Friedrich Christiansen)。かれは、第二次世界大戦中は、オランダにおけるドイツ国防軍の司令官になった。最終階級は空軍大将。
Collectie / Archief Spaarnestad(1985年設立のオランダ、ハーレムの写真館で1300万枚の貴重な写真を保管) Beschrijving Aanloop Tweede Wereldoorlog(第二次大戦前). Duitsland. Friedrich Christiansen (1879 - 1972) Generaal Flieger ( generaal in Nazi Duitsland). Van 1940-1945 Wehrmachts bevelhebber in Nederland. Foto: De grootste vliegboot ter wereld de Duitse Dornier Dox na de laatste inspectie voor zijn reis naar de Verenigde Staten. Generaal Christiansen (midden in trui) woont de inspectie bij in Altenheim. 6 november 1930. Datum 6 november 1930 Locatie Altenheim Persoonsnaam Christiansen, generaal Friedrich Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1930年、オランダ、アムステルダム、ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇(登録コード:D-1929)を訪問したオランダ国防大臣ラウレンチィウス・ニコラス・デッカー(Laurentius Nicolaas Deckers:1883-1978)(左端):コックピと外側に”DO-X”とある。当時、カーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力を箱型ナセルに2基ずつ、合計12基(7200馬力)搭載している。
Collectie / Archief Het Leven (LEVEN 022) Beschrijving Vliegboten. In 1930 brengt de Minister van Defensie, Laurentius Nicolaas Deckers [1883-1978] een bezoek aan de vliegboot Dornier DO-X in Amsterdam. Datum 1930 Locatie Amsterdam Fotograaf Onbekend
写真はNationaal Archief: Spaarnestad Photo 引用。


写真(右)1930年11月5日、ドイツ南部、スイス国境のボーデン湖畔、アルテンルハイン(Altenrhein)、飛行機格納庫前のドルニエDo-X 飛行艇(登録コード:D-1929)。ここから大西洋周遊のために、オランダ、アムステルダムに飛んだ。;胴体上部に主翼をパラソル式に配備し、その上にエンジンを縦列串型にカーチス社コンカラー(Curtiss Conqueror) V型12気筒液冷エンジン610馬力12基を2機ずつ箱型ナセルに縦列串型に搭載。している。フランスのシェルブール、ポルトガルのリスボンンへのフライトを飛んだ。
Inventory: Bild 102 - Aktuelle-Bilder-Centrale, Georg Pahl Signature: Bild 102-10654 Original title: info Das Riesenflugboot "Do X" startet zum ersten Europa- und Amerika-Flug! Die erste Etappe führt das Flugschiff von Altenrhein/Schweiz nach Amsterdam. Von hier aus besucht das Flugboot die englische Hafenstadt Southhampton, wo sie vom Prinzen of Wales besichtigt wird. Dann fliegt sie weiter nach Cherbourg und Lissabon, von wo der endgültige Start über den Ozean nach Amerika stattfindet. Das Riesenflugboot "Do X" wird in Altenrhein am Bodensee aus der Halle gebracht. Archive title: Altenrhein / Bodensee.- Flugboot Dornier Do X (D-1929) vor Hangar Dating: November 1930 Photographer: Pahl, Georg Origin: Bundesarchiv .
写真はWikimedia Commons, Category:Dornier Do X・File:Bundesarchiv Bild 102-10654, Flugschiff Dornier "Do X" vor der Halle.jpg引用。


ドルニエ(Dornier)Do X飛行艇(登録コード:D-1929)は、1930年11月5日から1932年5月にかけて、18カ月をかけて、大西洋を周遊するデモ飛行を行った。

ドルニエDo-X 飛行艇による大西洋周遊ツアーには、ドルニエ社の創始者(Claude Dornier)と搭乗員14名で、1930年11月5日、ドイツのボーデン湖アルテンハイム(Altenrhein) を出発し、オランダのアムステルダム(Amsterdam)に到着した。アムステルダムを、11月10日に出発、イギリス南部ニューハンプシャー州カルショット(Calshoy)に到着。カルショットを11月14日に出発、フランスのラロッシュ近くを経由して、11月15日、ボルドー(Bordeaux)に到着。ボルドーを11月17日に発って、ブライ(Blaye)を経由し、11月20日、スペインのサンタンデール(Santander)に到着。サンタンデールを11月23日に発って、ラ・コルーニャ(La Coruna)に到着。スペインのラ・コルーニャを1930年11月27日に発って、ポルトガルのリスボン(Lissabon)に到着。リスボンでは、排気炎によってカバーが燃え上がり、左の主翼を火災で損傷。大西洋横断は中断、修理後に再開。

1931年1月31日、ドルニエDo-X巨人飛行艇は、大西洋横断を再開し、ポルトガルのリスボン(Lissabon)を出発、スペイン領カナリア諸島ラス・パルマス(Las Palmas)に到着。スペイン領サハラのリオデオロ、ポルトガル領ギニアビサウ(Guinea-Bissau)のブバケ(Bubaque)などアフリカ中西部を訪問。その後、5月30日、アフリカのポルトガル領ギニアビサウのボラマ(Bolama)を出発、 大西洋上、ポルトガル領カーボベルデ諸島プライア(Praia)に到着。6月4日、カーボベルデ諸島プライアを離水し、ブラジル東端沖のフェルナンド・デ・ノローニャ(Fernando de Noronha)島に到着。1931年6月5日、そこを発って、南米大陸ブラジル東岸ナタール(Natal)に到着した。ナタールを6月18日に出発し、バイア(Bahia)、ラゴアドアラムアマ(Lagoa do Araruama)を経由して、6月20日にリオデジャネイロに到着した。

リオデジャネイロを出発したのは、1931年8月5日になってからで、バイア、ナタール等を経由して、8月8日にパラ(Para)に到着した。ブラジルのパラの出発は、8月18日で、オランダ領スリナムのパラナリボ(Paramaribo)、プエルトリコ(アメリカ領)サン・フアン(San Juan)、キューバ東部アンティヤ(Antilla)を経由して、アメリカのフロリダ州マイアミ(Miami)に8月22日に到着した。マイアミを8月25日に発って、チャールストン(Charleston )を経由し、8月26日に、バージニア州ノーフォーク(Norfolk )に到着。翌1931年8月27日、ニューヨーク(New York)に到着した。

ニューヨークを出発したのは、1932年5月19日になってで、カナダ東岸ニューファウンドランドを経由して, 5月21日、大西洋のアゾレス諸島(ポルトガル領)オルタ(Holta)に到着。翌5月22日に出発し、スペインのビゴ(Vigo)に到着。翌5月24日、イギリス南部ニューハンプシャー州カルショット到着。翌5月24日、カルショットを出発し、ベルリン(Berlin)郊外ミュッゲル湖(Müggelsee) に到着した。


⇒写真集Album:ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇を詳しく見る。

2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。

2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。


◆毎日新聞「今週の本棚」に『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。


ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスの再軍備・人種差別:Nazism & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen
ヒトラー:Hitler
ヒトラー総統の最後:The Last Days of Hitler
自衛隊幕僚長田母神空将にまつわる戦争論
ハワイ真珠湾奇襲攻撃
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊

サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250/251:ハーフトラック
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad
ソ連赤軍T-34戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍1号戦車・2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
ハンセン病Leprosy差別

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