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◆VI号キングタイガー"Tiger II" /ヤークトティーゲル駆逐戦車"Jagdtiger"
写真(上)1944年10月,ハンガリーの首都ブダペストを制圧したVI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstiger (Sd.Kfz. 182)(ヘンシェル型砲塔)
;Ungarn, Budapest.- "Unternehmen Greif", Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) bei Fahrt über breite Straße; PK Eins Kp Lw zbV Dating: Oktober 1944 Photographer: Faupel Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。



写真(上)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車A型(ポルシェ型砲塔)
;Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
解説 Photo ref;Nikon-D80-2013-DSC_1352 (Edited) 日付 2006年12月6日, 03:10 原典 King Tiger, The Tank Museum, Bovington. 作者 Roland Turner from Birmingham, Great Britain
写真はWikimedia Commons File:King Tiger, The Tank Museum, Bovington. (11633652923).jpg引用。



写真(上)2009年、フランス、ソミュール戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車(ヘンシェル型砲塔)
:貫通力の高い長砲身71口径8.8センチ戦車砲を装備した大戦末期のドイツ軍ティーゲルII重戦車は、量産性を高めるために、直線を取り入れたヘンシェル型の角ばった砲塔に変更された。奥にはティーゲル戦車(Tiger I)2輌とIII号戦車初期型1輌が並んでいる。 2dai
English: Tiger II. On display at Saumur Général Estienne museum. Date 18 July 2009 Source Own work Author Rama
写真はWikimedia Commons File:Tiger II mg 7800.jpg引用。



写真(上)2010年、イギリス南部、ドーセット州、戦車ボービントン戦車博物館に保管・展示されている12.8センチ砲装備のドイツ陸軍VI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186):解説 Bovington Tank Museum 270 Jagdtiger sdkfz186 日付 2010年7月7日, 14:42 原典 Bovington Tank Museum 270 Jagdtiger sdkfz186 作者 DAVID HOLT from London, England
写真は
Wikimedia Commons File:Flickr - davehighbury - Bovington Tank Museum 270 Jagdtiger sdkfz186.jpg引用。

1.ソ連赤軍の重戦車

写真(右)1942年夏,スターリングラード近郊で撃破されたソ連軍KW-1重戦車:ソ連軍のKB-1(ドイツはKW-1,英国はKV-1と表記)重戦車は,第二次大戦が始まった1939年から生産開始,戦車の名前は,国防相クリメント・ボロシロフ元帥にちなんだもの。
KB-1重戦車の30口径76.2ミリ砲は,当時の全てのドイツ軍戦車を撃破できるものだった。
Sowjetunion, bei Stalingrad.- Zerstörter sowjetischer Panzer KW-1 Dating: August 1942.写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


ソ連軍の KB-1(ドイツはKW-1,英国は KV-1と表記)重戦車は,1939年開発,T-34中戦車と類似の76.2ミリZIS-5戦車砲76mm ZIS-5)を装備していた。重装甲で重かったが,ディーゼルエンジンも550馬力あった。独ソ戦当初、最強の戦車で,1942年までに3000両生産。砲塔装甲は前面90ミリ,側面75ミリと厚く,ドイツの37ミリ対戦車砲を問題としなかった。
しかし,重量45トンという重さのため,トランスミッションの不具合が生じやすかった。

ソ連軍は KV-1重戦車を秘密兵器扱いし,フィンランド冬戦争には,T-34と同じく投入していない。フィンランドとの国境に近いレニングラードの工業で KV-1重戦車を製造していたにもかかわらずである。
1941年6月22日,ソ連に侵攻したドイツ軍は,国境近くでKB-1重戦車に直面し苦戦した。ドイツ軍がティーガー重戦車を投入したのは,これから2年後と遅い。

写真(右)1941年6-7月,ロシア北部で撃破されたソ連軍KW-2重戦車:ソ連軍のKB-2(ドイツはKW-2,英国はKV-2と表記)重戦車は,全長 6.95メートル,全幅 3.32メートル,全高 3.24メートル,重量 52トン。 速度 34 キロ/時(整地)・15キロ(不整地),航続距離 180キロ,兵装 20口径152mm榴弾砲M10(弾数36発),1939年制式,弾頭50キロ,最大射程12000メートル。7.62ミリ機銃3丁,エンジン550馬力。乗員 6人。
Sowjetunion-Nord.- Defekter russischer Panzer KW-2 am Straßenrand wird von deutschen Soldaten untersucht; PK 694 Dating: 1941 Juni - Juli Photographer: Nägele 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


ソ連軍のKB-2(ドイツはKW-2,英国はKV-2と表記)重戦車は,全長 6.95メートル,全幅 3.32メートル,全高 3.24メートル,重量 52トン。 速度 34 キロ/時(整地)・15キロ(不整地),航続距離 180キロ,兵装, 20口径152mm榴弾砲M10(弾数36発),1939年制式,弾頭50キロ,最大射程12000メートル。7.62ミリ機銃3丁,エンジン550馬力。乗員 6人。

KB-2(ドイツはKW-2,英国はKV-2と表記)重戦車は,1939年開発,20口径 152ミリM10榴弾砲を装備。152mm榴弾砲は,弾頭50キロで,薬莢は分離していたので,装填手は2人,乗員は6人だった。全長7メートル,装甲は砲塔前面110ミリ,側面75ミリでもあった。重量52トンでディーゼルエンジン550馬力は力不足だった。

KV-2は独ソ戦当初、最大級の重戦車だったが,砲弾の装填,路外走行に難点があり,1940-41年に200台が生産されたに過ぎない。

1941年当時,ソ連軍は命令を厳格に実行しようとするあまり,迅速な撤退ができなかったり,撤退時に施設・物資の破壊が不徹底なだったりした。第二次大戦前,1937年のソ連軍内部のトハチェフスキ粛清によって,ソ連軍の軍事専門家の指導力は低下し,共産党による軍の管理,政治委員(政治将校)コミサールCommissarsによる介入が強まった。

ソ連赤軍の重戦車:KW-1重戦車、KV-2自走砲を読む。
⇒1941年6月22日ソ連侵攻バルバロッサ作戦を読む。



2.VI号重戦車「ティーガー」(ティーゲル) Panzer VI "Tiger I"

wikipediaでは、T-34の登場とティーゲル重戦車の直接関連は、時系列的にありえないとの記事を載せている。しかし、これは歴史を後からのみしているものの陥りやすい誤りで、ドイツ軍がソ連赤軍の新鋭T-34に直面し苦戦したことで、ティーゲル重戦車の開発が優先し早急に進めることになった。戦争当時から、戦車の開発が、一介のヒトラーの一言ですんなりと決まるのではなく、彼をとりまくドイツ軍高級将校、大企業の経営者・技術者が推進力を発揮したのは、ソ連軍T-34戦車にドイツ軍が直面してからだった。

写真(右)1942-44年,カッセルのヘンシェル社で生産中のVI号重戦車「ティーゲル」 Panzer VI "Tiger I" :過重量の戦車は、軟弱な地盤では行動が制限された。また、生産コストが高く,量産のための配慮が少ない設計だったために,1300台しか生産されていない。
Panzer VI "Tiger I" beim Verladen auf einen Eisenbahn-Waggon im Henschel-Werk Kassel Dating: 1942/1944 ca. 写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


1941年5月26日、ヒトラーの大本営の一つ鷲の巣の戦争会議で、重戦車VK 4501(H)の基本設計が採用され、本格的に開発がはじまった。実は、これはヒトラーが当初予定していた「バルバロッサ作戦」によるソ連攻撃開始日と重なっており、フランスを降伏させたヒトラーは、対ソ戦を念頭にこの重戦車を開発しようとしたと考えられる。

もちろん、ヒトラーは、数カ月でソ連を降伏に追い込むつもりでいたが、直観的により長期にわたった場合に備えて、VK 4501(H)の開発を進めさせたようだ。アルベルト・シュペーアは、回顧録で、ソ連赤軍のT-34中戦車が登場し、その長砲身76.2ミリ砲の攻撃力、重装甲による防御力の高さから、ドイツ軍戦車に対して優勢であるとの報告を得たとき、大喜びした。ドイツの士官学校で教育を受けた高級将校、将軍たちは、長砲身の大口径砲を搭載した重戦車の必要性を理解できなかったが、ヒトラーは自らこのような戦車の必要性を直観的に理解できる天賦の才能があったことが証明されたというわけである。

ティーガー戦車(Panzerkampfwagen VI Tiger Ausf. E: Sd. Kfz. 181)は、ドイツ陸軍が第二次大戦勃発前の1937年に開発を企図した重戦車が原型である。当初は、重装甲を活かして敵陣地の正面攻撃、突破をすることを企図していた。しかし、重戦車に依らずとも、重砲による遠距離砲撃、爆撃機、特に急降下爆撃機による精密爆撃を用いれば、重戦車による陣地攻撃は必ずしも必要ではない。また、このような重戦車を運用するには、鉄道や舗装道路などの交通網が充実していることが求められるが、それは前線にあっては必ずしも望むことのできない条件である。

ヘンシェル・ゾーン社は、陸軍の要請でティーガー戦車(Panzerkampfwagen VI Tiger)の原型となるVK 3001(H)を開発したが、ドイツ陸軍は、第二次大戦勃発、1940年の対フランス侵攻作戦の勝利によって、このような重戦車の必要性に疑問をもったようだ。1941年には、ヘンシェル社、ポルシェ社が重量35トン、7.5センチ砲搭載の重戦車を再び設計したが、これでは当時実用化された新型の43口径7.5センチ戦車砲(7.5 cm KwK 40 L/43)搭載のIV号戦車F2型と大差ない。ヒトラーは、圧倒的な攻撃力をもつ8.8センチ高射砲を搭載する重戦車を要求し、これが重量45トンのVK 4501(H)と呼称されるようになる。

写真(右)1944年1-2月,ソ連東部戦線、VI号重戦車「ティーゲル」 Panzer VI "Tiger I"の砲塔を外して整備終了後、元の位置にはめ込んでいる。: 戦前から重戦車の構想はあったが、重戦車として基本方針が定まったのは、1941年5月のヒトラーの命令による。その直後、6月22日にバルバロッサ作戦にのっとって対ソ戦が始まり、重防御と大きな攻撃力(火力)を持つソ連赤軍のT-34戦車やKB-1,KB-2 重戦車に直面すると、それらを上回る最強戦車を目指すことになった。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-278-0875-25A Archive title: Sowjetunion.- Instandsetzung eines Panzers VI "Tiger I" unter Einsatz eines Strabokrans. Ausbau des Turms; PK 697 Dating: 1944 Januar - Februar Photographer: Wehmeyer 撮影。
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv・Bild 101I-278-0875-25A引用。


タイガー戦車(Pz.Kpfw VI Tiger SdKfz 181)は56口径8.8センチ戦車砲(8,8 cm KwK 36 L/56)の砲弾を92発を携行できる。 砲弾には何種類もある。
一般的な88 mm 39型徹甲弾(Panzergranate 39 :PzGr. 39)の場合、重量 10.20 kg 、初速 773 m/s、爆薬 0.059 kg (0.13 lb)。

垂直から30度傾けた装甲板に対する貫通能力(mm)は目標までの距離(m)に応じて以下の通り。
100 m 132 mm
500 m 110 mm
1000 m 99 mm
1500 m 91 mm
2000 m 83 mm
3000 m n/a

より強力な88 mm 40型徹甲弾(Panzergranate 40 :PzGr. 40)の場合、重量 7.30 kg 、初速 930 m/s 。

垂直から30度傾けた装甲板に対する貫通能力(mm)は目標までの距離(m)に応じて以下の通り。
100 m 171 mm
500 m 156 mm
1000 m 138 mm
1500 m 123 mm
2000 m 110 mm

タイガー戦車(Pz.Kpfw VI Tiger SdKfz 181)の動力は、ガソリン機関であり、ソ連T-34戦車のようなディーゼル機関ではない。エンジン排気量は2万1000cc、V12液冷マイバッハ製で出力550馬力である。後期型は、出力を700馬力の強化している。しかし、ガソリンエンジンは、ディーゼルエンジンに比べて燃費が悪く、補給輸送距離の長く、燃料不足のドイツ軍にとって、マイナス要因となった。

第二次大戦最大の戦車作戦となった「シタデレ(砦)作戦」には、8.8センチ高射砲(8.8 cm FlaK 18)改良の強力な戦車砲を装備したタイガー戦車(Pz.Kpfw VI Tiger SdKfz 181)が参戦した。1943年7月4日、ドイツ軍の「シタデレ(Zitadelle)作戦」が開始され、クルスクの突出部を南北両方向から攻撃した。この作戦で、ドイツ軍はソ連赤軍に大損害を与えたが、戦線は突破できず、地中海方面で、アメリカ・イギリス軍が1943年7月10日にイタリア、シチリア島への上陸作戦「ハスキー作戦」を開始した。結局、ドイツ軍のシタデレ作戦は、8月に失敗に終わった。

ソ連軍は米軍の武器貸与法に基づく軍事物資を,北海を越える輸送船団あるいはイランを抜けるトラック輸送によって,受け取っていた。米国製のM3Aスチュアート軽戦車は米国製で武器貸与法(レントアンドリース)によって,米国からソ連に軍事援助された。米英からソ連への援助ルートは,ペルシャ湾・黒海からからロシア南部に入るルートと,ノルウェー北岸から,ロシア北部に入るルートがあった。

スターリングラード攻防戦の時期、ソ連北部では新型VI号戦車ティーガーが、ソ連軍に対して投入された。重装甲,8.8センチ高射砲(8.8 cm FlaK 18)の改造型を装備,大出力エンジンを搭載した防御力,攻撃力の高い重戦車だった。

ソ連軍のT-34戦車は,1942年には大量投入されており,ドイツ軍がT-34に対抗できるティガー戦車を独ソ戦に実線投入したのは,1942年暮れ以降だった。それまで,ドイツ軍戦車は,T-34戦車を撃破することは困難だった。ティーガー戦車は,1942年当時,ソ連軍KW-1重戦車に勝っていた数少ない重戦車だったが,前線配備されるのは1942年後半からで,数も少なかった。ソ連南部ではスターリングラードの戦いに、ティーガー戦車は投入されていない。

写真(右)イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲル戦車:56口径8.8センチ戦車砲(8,8 cm KwK 36 L/56:携行砲弾数92発)を装備。
Panzer-kampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
解説 English: Panzer-kampfwagen VI in the Bovington Tank Museum 日付 2016年8月21日, 14:29:32 原典 投稿者自身による作品 作者 Jonathan Cardy
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) File:Panzer-kampfwagen VI in the Bovington Tank Museum 04.jpg引用


重装甲のティーガーI の装甲
車体前面100mm、側面60mm 砲塔前面120mm、側面および後方は80mm
上面・底部25mm

重装甲のティーガーI の鋳造砲塔前面は120mm、側面および後方は80mmの装甲で覆われている。車体前面は100mm、側面は60mmの装甲。ただし、上面と底部の装甲は25mmと薄く、機銃弾や砲弾の破片を防げる程度。高射砲を改造した56口径8.8センチ戦車砲(8,8 cm KwK 36 L/56:携行砲弾数92発)を搭載。

1942年7月23日,総統大本営(総司令部)の一つでウクライナに設置された「ヴェアヴォルフ」で,陸軍参謀総長ハルダー大将は,ヒトラーにソ連軍は計画的に退却しているとの推論を伝えたが,ヒトラーはソ連軍は崩壊一歩手前にあると確信していた。

カスピ海に注ぐボルガ川河畔スターリングラードに向かう第六軍用の燃料は,カフカス戦線に回された。そのため,第六軍のスターリングラード進撃は停滞してしまった。ソ連軍はこの時間を利用して,ドン川西岸カラーチに防衛線を張り,スターリングラードのへの兵力集中が可能になった。


3. VI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstiger (Sd.Kfz. 182)

写真(右)1944年6月,北フランス、演習場の71口径8.8センチ戦車砲を搭載したVI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182)A型ポルシェ砲塔型:曲線を多用したポルシェ社の砲塔は、避弾径始に優れていた。Panzer VI "Tiger II" (Königstiger)。
Archive title: Frankreich.- Panzersoldaten auf Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) am
解説 Frankreich, Park von Château Canteloup.- Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) mit Porscheturm der schweren Panzerabteilung 503 (1./s.Pz.Abt.503) unter Bäumen stehend; KBZ Ob. West Depicted place Canteloup 日付 1944年7月 写真家 Vennemann, Wolfgang
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


弾丸は、古来、球形の鉛製であり、これと火薬を銃身に仕込んで、火薬を燃焼させて、発射していた。これが500年間も続いた銃(gun)である。19世紀になると、第一に、銃身の内側に螺旋状の溝、すなわちライフルRifling)が採用された。ライフルは、日本では施条(しじょう)あるいは腔綫(こうせん)と呼ばれる。発射された弾丸を、回転させて弾道を安定化させ、飛翔距離を長くすることができた。第二に、弾丸が球形から円錐形・紡錘形のミニエー弾(ミニ弾)がフランスで開発された。南北戦争のゲッチスバークの戦いで、ライフル銃とミニ弾が使用され、南軍に1万名の死傷者を出した。第三が、金属製薬莢によって、弾丸と薬莢が一体化されたことである、南北戦争後、弾丸と金属製薬莢を一体化したカートリッジの採用が一般化した。第四に、1880年代に黒色火薬から無煙火薬に転換したことである。ニトログリセリンを使った無煙火薬によって、弾丸の砲口初速は秒速300メートルから、600メートルに高速化した。無煙火薬で発射された弾丸は、煙が出ないので、弾道が視認できなかったので、マグネシウムを仕込んだ曳光弾を5発に1発混ぜて弾道を目視確認できるようになった。弾丸のサイズが大きくなれば、発射に必要な火薬も多く必要で、破壊力も大きくなる。

写真(右)1944年6月,北フランス、演習中の4両のVI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182)A型ポルシェ砲塔型が、異なった仰角に71口径8.8センチ戦車砲を掲げて、砂埃を巻き上げながら走行している。:Panzer VI "Tiger II" (Königstiger)。
Frankreich.- Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) mit Porscheturm bei Fahrt in im ebenen Gelände; KBZ Ob. West
解説 Frankreich, Park von Château Canteloup.- Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) mit Porscheturm der schweren Panzerabteilung 503 (1./s.Pz.Abt.503) unter Bäumen stehend; KBZ Ob. West Depicted place フランス 日付 1944年6月 写真家 Wagner
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


写真(右)1944年7月,北フランス、VI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182)A型ポルシェ砲塔型 :森の中で作業しているのは、連合軍航空機に発見、攻撃されるのを防ぐためである。
Archive title: Frankreich.- Panzersoldaten auf Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) am
解説Frankreich, Park von Château Canteloup.- Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) mit Porscheturm der schweren Panzerabteilung 503 (1./s.Pz.Abt.503) unter Bäumen stehend; KBZ Ob. West Depicted place Canteloup 日付 1944年7月 写真家 Vennemann, Wolfgang
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


ティーガーII「キングタイガー」重戦車Panzer VI "Tiger II" (Königstiger)基本方針はティーガーIの防御力と攻撃力を向上させるものである。装甲は、パンテルと同様に傾斜が強くなり、車体にもその影響が窺われるが、重量は70トン近く、パンテルの45トン、ティガー?の60トンよりも遥かに重いため、トランスミッションはティーガーを高性能化したものである。

写真(右)1944年7月,スプレーで迷彩塗装を施されているVI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182) :森の中で作業しているのは、連合軍航空機に発見、攻撃されるのを防ぐためである。
Archive title: Frankreich.- Panzersoldaten auf Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) am Waldrand beim Besprühen mit Farbe (?); PK KBZ Ob. West Dating: Juni 1944 Photographer: Wagner Origin: Bundesarchiv
写真は,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・Bild101I-721-0398-23A引用(他引用不許可)。


ティーガーII「キングタイガー」重戦車Panzer VI "Tiger II" (Königstiger)の 搭載した動力は、パンテル、ティーガーI に装備されたエンジンと同じにマイバッハHL230-P30水冷ガソリンエンジンで、700馬力であるが、重量が70トンもあるために機動性は低い。トランスミッションは重量過多のために負荷が大きく、故障しやすかった。また、動力は、軽量のパンタテルと同じマイバッハ700馬力であるため、全開運転をせざるを得ない場合が多くなり、オーバーヒートが頻発した。

ティーガーII「キングタイガー」重戦車Panzer VI "Tiger II" (Königstiger)はティーガーI搭載の8,8センチ砲を56口径から71口径に長砲身化し、砲弾の初速を高速化し、貫通力を強化した。装甲も、傾斜を多用して防御力を強化した。

写真(右)1944-1945年7月,隊列を組んで行進するVI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182)B型ヘンシェル型砲塔:プロパガンダ用に勇ましいキングタイガーの写真を公開しているが、実際には100両の単位で実戦参加したことはないようだ。
Original title: info ... und nun der "Königstiger". Ein Wunderwerk deutscher Technik entstand in dem neuen Panzertyp "Königstiger". Aus seinem möchtigen schwergepanzerten Stahlleib ragt drohend das riesige Rohr eines tausendfach bewährten Flakgeschützes. In endloser Kette rollen die "Königstiger" zum Einsatz. Foto: Hamann Dating: Juni 1944 日付 1944年 写真家 Hamann
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


重防御のティーガーII の砲塔前面装甲は180 mm で、車体前面も150 mmある。側面は砲塔・車体とも80mmである。搭載しているのは、71口径8.8cm戦車砲(KwK43/2 L71)である。ティーガーII生産は、1943年9月の試作から1945年3月の生産終了までに492両で少ない。

写真(右)1944年10月,ハンガリーの首都ブダペストを制圧したVI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstiger (Sd.Kfz. 182) :矢の十字党によるクーデターでハンガリー指導者ホルティ摂政は追放され、ハンガリーは連合国と和平することなく、ドイツ側に立って戦い続けることになった。
Archive title: Ungarn, Budapest.- "Unternehmen Greif", Panzersoldaten in einem Panzer VI "Tiger II" (Königstiger); PK Eins Kp Lw zbV Dating: Oktober 1944 Photographer: Keiner Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


ハンガリーでも、1935年にナチ党の影響を受けた政党が生まれたが、第二次大戦の勃発する1939年の第二次大戦前に、矢の十字党Arrow Cross Party)が、サーラシ・フェレンツFerenc Szá lasi)によって創設された。これは、国家主義のファシズム政党で、ナチ党のハーケンクロイツがアーリア人の民族的な純潔を表したことの受けて、ハンガリー人(マジャール)の民族的純血を示すシンボルとして矢の十字を党の記章とした。

 しかし、矢の十字党Arrow Cross Party)は、直接行動により政権奪取を図っていたために、第二次世界大戦が勃発すると、ハンガリー指導者・摂政ホルティ・ミクローシュMiklós Horthy)により解体された。ドイツも、親ハンガリーの立場から体制側の摂政ホルティを支持したのである。指導者のサーラシは、ドイツに亡命を余儀なくされた。

 ハンガリーの指導者ホルティ・ミクローシュMiklós Horthy)提督によって矢十字党は解体されたものの、ナチ党および親独派の駐独大使ストーヤイ・デメの支持を得ていたため、ドイツでサーラシ・フェレンツFerenc Szá lasi)らが亡命組織を維持していた。1944年になるとドイツ敗色が濃厚となったと正確に予期したハンガリー摂政ホルティ・ミクローシュMiklós Horthy)提督は、連合国との講和を企図した。そこで、ドイツは、戦争継続を図るために、1944年3月22日、摂政ホルティに強いて、親ドイツ派の駐独大使ストーヤイ・デメを首相に就任させた。これが、ハンガリー制圧「マルガレーテ作戦」の発動である。ストーヤイ新首相は、禁止されていた矢十字党を復活させた。

写真(右)1944年10月15日頃,ハンガリーの首都ブダペスト、王宮近くのゲオルク広場、ハンガリーの矢十字党の兵士とVI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstiger (Sd.Kfz. 182) :搭載した主砲は、ティーガーI に装備されたのと同じ口径8.8センチ砲だが、長砲身71口径8.8センチ戦車砲(8.8 cm KwK 43)を搭載している。
タイトル Budapest, Panzer VI (Tiger II,Königstiger) English: Location: The Castle district of Buda, on St. George Square, near the Royal Castle. The photo shows the façade of the Palace of Archduke Joseph August of Austria (earlier Palace of the Counts Teleki). The Palace does not exist any more, as it was severely damaged during the siege of 1944, and completely demolished in the 1960s. Date and time: On 15 or 16 October 1944, when the Arrow Cross Party seized power. Schwere Panzer-Abteilung 503. Only Tiger II unit to go to Budapest[1] Depicted place ブダペスト 日付 1944年10月 写真家 Faupel
ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用File:Bundesarchiv Bild 101I-680-8282A-16A, Budapest, Panzer VI (Königstiger).jpg (他引用不許可)。


 1944年後半、ソ連軍がハンガリー国境に迫り、6月には西側連合軍が北フランスのノルマンディーに上陸、ヨーロッパ大陸反攻が始まった。ハンガリー摂政ホルティ・ミクローシュMiklós Horthy)提督は、ハンガリーを戦禍から救うため、1944年8月29日、親独ストーヤイ首相を解任、親米英派のラカトシュ・ゲーザ陸軍大将を首相に任命して、連合軍との休戦を企図した。そこで、ドイツはハンガリーを枢軸国にとどめて、戦争を継続させるために、1944年10月15日、ハンガリー摂政ホルティ・ミクローシュMiklós Horthy)提督を追放し、傀儡政権を樹立するために、「パンツァーファウスト作戦」を発動、ホルティの息子ら要人を誘拐し、ドイツ軍と矢十字党員の兵士ががブダペストを支配した。こうして矢の十字党Arrow Cross Party)に政権を掌握させ、新首相には、矢の十字党首サーラシ・フェレンツFerenc Szálasi)を就任させ、ハンガリーは引き続き、1945年までドイツとともに戦うことになった。

写真(右)1944年10月15日頃,ハンガリーの首都ブダペストを制圧したVI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstiger (Sd.Kfz. 182) :矢の十字党によるクーデターでハンガリー指導者ホルティ摂政は追放され、ハンガリーは連合国と和平することなく、ドイツ側に立って戦い続けることになった。
タイトル Budapest, marschierende Pfeilkreuzler und Panzer VI Info non-talk.svg 解説 Ungarn, Budapest. - Ungarische Pfeilkreuzler marschieren an einem deutschen Panzer VI (Königstiger) vorbei; PK Eins Kp Lw zbV Magyar: Magyar nyilaskeresztesek vonulnak egy német Királytigris mellett, 1944. október 15 után, Budai Vár, Szent Gy¨rgy tér Depicted place ブダペスト 日付 1944年10月 写真家 Faupel
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用File:Bundesarchiv Bild 101I-680-8283A-12A, Budapest, marschierende Pfeilkreuzler und Panzer VI.jpg(他引用不許可)。


VI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」(Panzer VI "Tiger II" Königstiger :Sd.Kfz. 182)が搭載した動力は、パンテル、ティーガーI に装備されたエンジンと同じマイバッハV12水冷ガソリンエンジンで、700馬力であるが、重量が70トンもあるために機動性は低い。トランスミッションは重量過多のために負荷が大きく、故障しやすかった。また、動力は、軽量のパンタテルと同じマイバッハ700馬力であるため、全開運転をせざるを得ない場合が多くなり、オーバーヒートが頻発した。

写真(右)1944年10月15日頃,ハンガリーの首都ブダペスト、王宮近くのゲオルク広場、ハンガリーの矢十字党の兵士とVI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstiger (Sd.Kfz. 182) :長砲身71口径8.8センチ戦車砲(8.8 cm KwK 43
タイトル Budapest, Panzer VI (Tiger II,Königstiger) 搭載。
English: Location: The Castle district of Buda, on St. George Square, near the Royal Castle. The photo shows the façade of the Palace of Archduke Joseph August of Austria (earlier Palace of the Counts Teleki). The Palace does not exist any more, as it was severely damaged during the siege of 1944, and completely demolished in the 1960s. Date and time: On 15 or 16 October 1944, when the Arrow Cross Party seized power. Schwere Panzer-Abteilung 503. Only Tiger II unit to go to Budapest[1] Depicted place ブダペスト 日付 1944年10月 写真家 Faupel
ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用File:Bundesarchiv Bild 101I-680-8282A-38A, Budapest, Panzer VI (Tiger II, Königstiger).jpg (他引用不許可)。


VI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstigerの動力は、マイバッハV12水冷ガソリンエンジンで、700馬力であるが、パンテル、ティーガーI に装備されたエンジンと同じは重量が70トンと過大となり、機動性が低下した上にトランスミッションは重量過多のために負荷が大きく、故障しやすかった。また、動力は、軽量のパンテルと同じマイバッハ700馬力であるため、全開運転をせざるを得ない場合が多くなり、オーバーヒートが頻発した。

写真(右)1944年10月15-16日,ハンガリーの首都ブダペストを制圧したVI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstiger (Sd.Kfz. 182) と40ミリ対戦車砲M1940を移動する兵士:腕章を巻いているので、ハンガリーの矢の十字党の兵士と思われる。重防御のティーガーII の砲塔前面装甲は180 mm で、車体前面も150 mmある。側面は砲塔・車体とも80mmである。搭載しているのは、71口径8.8cm戦車砲(KwK43/2 L71)である。ティーガーII生産は、1943年9月の試作から1945年3月の生産終了までに492両で少ない。
Archive title: Ungarn, Budapest. - Ungarische Pfeilkreuzler mit leichter Kanone (Pak), im Hintergrund ein deutscher Panzer VI (Tiger II, Königstiger); PK Eins Kp Lw zbV 解説 English: The soldiers on the foreground are moving a hungarian 40 mm MAWAG anti-tank gun M1940 (designated as 40.M or 40M). The King Tiger on the backround is of Schwere Panzer-Abteilung 503, an only Tiger II unit to go to Budapest[1] Depicted place ブダペスト 日付 1944年10月 写真家 Faupel
写真はWikimedia Commons File:Bundesarchiv Bild 101I-680-8283A-18A, Budapest, Pfeilkreuzler.jpg引用。


トーションバーサスペンションは、棒ばねの弾性を利用して起動時の衝撃を緩和し、転輪(直径80cm)も接地圧を分散するために千鳥足式配置を採用した。しかし、の転輪と転輪が重複して、間隔が狭くなったために、隙間に泥が付着し、凍結して起動困難になることがあった。また、損傷した転輪の交換にも、損傷していない転輪を外す必要があり、急速整備が困難であった。ソ連戦車は、千鳥足配置を採用せず、単純に大型転輪を並べただけで済ませていた。生産性もこの方式が優れている。

写真(右)1944-1945年,西側連合軍にバルジの戦いと呼ばれたドイツ軍最後のアルデンヌ大攻勢直前のVI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II" Königstiger (Sd.Kfz. 182) :オリジナルの映画解説では「ドイツ技術の結晶である新戦車 "キングタイガーが開発された。その強大な重装甲の車体から、長大な71口径8.8センチ戦車砲(8.8 cm KwK 43)が突出している。実戦投入可能な戦車軍団が準備万端、戦記を睨んでいる。」とある。
Original title: info ... und nun der "Königstiger". Ein Wunderwerk deutscher Technik entstand in dem neuen Panzertyp "Königstiger". Aus seinem mächtigen schwergepanzerten Stahlleib ragt drohend das riesige Rohr eines tausendfach bewährten Flakgeschützes. Einsatzbereit stehen sie in Reih und Glied. Foto: Hamann Archive title: Panzer VI "Tiger II" (Königstiger) mit unkenntlich gemachten Turmnummern Dating: 1944/1945 ca. Photographer: Hamann Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


ソ連軍は1943年1月10日から29日までに,ドイツ軍兵士1万6800人を捕虜とし,それから2月3日までにさらに,9万1000人を捕虜とした。

1942年11月中旬,第六軍には23万3000人のドイツ兵士,同盟国兵士がいたが,降伏時は10万7800人だった。1963年までに故国に戻ったのは6000人という。

写真(右):1944年12月,ドイツ軍最後のアルデンヌ攻勢によってバルジの戦いに参加したVI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182)B型ヘンシェル型砲塔。車体には、ドイツ空軍所属の降下猟兵が歩兵部隊として乗車しているようだ。
Description:Unidentified American prisoners are marched down the side of a road while a tank and and two motorcycles drive past. All others are unidentified. Somewhere in Belgium. From a group of captured German photographs. Date: ca. 1944 Related Collection: John M. Redding Papers ARC Keywords: Prisoners of war; Roads; Soldiers; Tanks (Military science); World War, 1939-1945; Motorcycles HST Keywords: Belgium; World War II - General File 写真は Harry S. Truman Library & Museum Accession Number: 63-680引用。


 弾丸と薬莢とからなるカートリッジCartridge)が砲弾である。カートリッジCartridge)は、日本では、実包(じっぽう)あるいは弾薬筒(だんやくとう)と呼ばれる。

 弾丸は、古来、球形の鉛製であり、これと火薬を銃身に仕込んで、火薬を燃焼させて、発射していた。これが500年間も続いた銃(gun)である。19世紀になると、第一に、銃身の内側に螺旋状の溝、すなわちライフルRifling)が採用された。ライフルは、日本では施条(しじょう)あるいは腔綫(こうせん)と呼ばれる。発射された弾丸を、回転させて弾道を安定化させ、飛翔距離を長くすることができた。第二に、弾丸が球形から円錐形・紡錘形のミニエー弾(ミニ弾)がフランスで開発された。南北戦争のゲッチスバークの戦いで、ライフル銃とミニ弾が使用され、南軍に1万名の死傷者を出した。第三が、金属製薬莢によって、弾丸と薬莢が一体化されたことである、南北戦争後、弾丸と金属製薬莢を一体化したカートリッジの採用が一般化した。第四に、1880年代に黒色火薬から無煙火薬に転換したことである。ニトログリセリンを使った無煙火薬によって、弾丸の砲口初速は秒速300メートルから、600メートルに高速化した。無煙火薬で発射された弾丸は、煙が出ないので、弾道が視認できなかったので、マグネシウムを仕込んだ曳光弾を5発に1発混ぜて弾道を目視確認できるようになった。弾丸のサイズが大きくなれば、発射に必要な火薬も多く必要で、破壊力も大きくなる。


写真(上左):1944年末、ベルギー、ドイツ軍の奇襲大作戦「アルデンヌ攻勢」に参加したドイツ軍VI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182)B型ヘンシェル型砲塔と車体後方に乗車するドイツ軍兵士

Description: A group of German Fallschirmjager (parachute troops) ride on top of a Tiger II tank going toward Ligneuville, Belgium. All are unidentified. From a group of captured German photographs. Date: ca. 1944 Related Collection: John M. Redding Papers ARC Keywords: Soldiers; Tanks (Military science); World War, 1939-1945 HST Keywords: Belgium; World War II - General File 写真はHarry S. Truman Library & MuseumAccession Number: 63-650引用。
写真(上右):1944年末、ベルギーからのアルデンヌ攻勢に参加したドイツ軍ティーガーII重戦車(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182)B型ヘンシェル型砲の車体後方に乗車するドイツ空軍の降下猟兵(空挺部隊):大戦後期になると、ドイツ空軍の降下猟兵の本来の任務である空挺作戦は全く行われなくなり、地上戦闘に陸路で投入されていた。
Description: A group of German Fallschirmjager (parachute troops) ride on top of a Tiger II tank going toward Ligneuville, Belgium. All are unidentified. From a group of captured German photographs. Date: ca. 1944 Related Collection: John M. Redding Papers ARC Keywords: Soldiers; Tanks (Military science); World War, 1939-1945 HST Keywords: Belgium; World War II - General File People Pictured: Rights: As far as the Library is aware, this item can be used freely without further permission. 写真はHarry S. Truman Library & Museum Accession Number: 63-675引用。


 ティーガー戦車の動力は、ガソリン機関であり、ソ連T-34戦車のようなディーゼル機関ではない。エンジン排気量は2万1000cc、V12液冷のマイバッハ製で出力550馬力である。後期型は、出力を700馬力の強化している。しかし、ガソリンエンジンは、ディーゼルエンジンに比べて燃費が悪く、補給輸送距離の長く、燃料不足のドイツ軍にとって、マイナス要因となった。


写真(上左):1944年末、ベルギーからのアルデンヌ攻勢に参加したドイツ軍VI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger; Sd.Kfz. 182)B型ヘンシェル型砲塔と車体後方に乗車するドイツ空軍の降下猟兵(空挺部隊)
:大戦後期になると、ドイツ空軍の降下猟兵の本来の任務である空挺作戦は全く行われなくなり、地上戦闘に陸路で投入されていた。

Description: A group of Luftwaffe Fallschirmjager sit on the back of a Tiger II tank heading toward Ligneuville, Belgium. All are unidentified. From a group of captured German photographs. Date: ca. 1944 Related Collection: John M. Redding Papers ARC Keywords: Soldiers; Tanks (Military science); World War, 1939-1945 HST Keywords: Belgium; World War II - General File 写真はHarry S. Truman Library & MuseumAccession Number: 63-688引用。
写真(上右):1944年末、ベルギーからのアルデンヌ攻勢に参加したドイツ軍ティーガーII重戦車ヘンシェル砲塔と車体後方に乗車するドイツ軍兵士
Description: Unidentified members of the German Luftwaffe ride on a German Tiger II tnak. Another unidentified German soldier offered a light from his motorcycle. Belgium. From a group of captured German photographs. Date: ca. 1944 Related Collection: John M. Redding Papers ARC Keywords: Soldiers; Tanks (Military science); World War, 1939-1945 HST Keywords: Belgium; World War II - General File People Pictured: Rights: As far as the Library is aware, this item can be used freely without further permission. 写真はHarry S. Truman Library & Museum Accession Number: 63-615引用。


写真(右):1944年12月,アルデンヌ攻勢によってバルジの戦いで捕虜にしたアメリカ軍兵士と脇を進撃するティーガーII型重戦車(ヘンシェル砲塔)。Description: A German tank drives past American prisoners marching in the opposite direction. Unknown location in Belgium. All soldiers are unidentified. From a group of captured German photographs. Date: ca. 1944 Related Collection: John M. Redding Papers ARC Keywords: Prisoners of war; Roads; Soldiers; Tanks (Military science); World War, 1939-1945 HST Keywords: Belgium; World War II - General File People Pictured: Rights: As far as the Library is aware, this item can be used freely without further permission. 写真は Harry S. Truman Library & Museum Accession Number: 63-625引用。

写真(右):1944年12月,アルデンヌ攻勢によってバルジの戦いで捕虜にしたアメリカ軍兵士と脇を進撃するティーガーII型重戦車(ヘンシェル砲塔)。車体後方・砲塔後方が識別できる。
Description:Unidentified American prisoners are marched down the side of a road while a tank and and two motorcycles drive past. All others are unidentified. Somewhere in Belgium. From a group of captured German photographs. Date: ca. 1944 Related Collection: John M. Redding Papers ARC Keywords: Prisoners of war; Roads; Soldiers; Tanks (Military science); World War, 1939-1945; Motorcycles HST Keywords: Belgium; World War II - General File 写真は Harry S. Truman Library & Museum Accession Number: 63-691引用。






4. 現存するVI号重戦車ティーガーII「キンググタイガー」Panzer VI "Tiger II"

写真(右)イギリス南部、ドーセット州、戦車ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車English: Panzerjäger Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186) ;ティーゲルII重戦車(71口径8.8センチ戦車砲装備)の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこに55口径12.8センチ砲(12,8 cm Pak44 L/55:携行砲弾数40発)を装備した駆逐戦車。戦車砲の射角は左右各10度、俯角は7度、仰角は15度まで運用可能。Jagdtiger in the Bovington Tank Museum
解説 Sd Kfz 186 Jagdtiger 日付 2010年4月18日, 12:32 原典 Sd Kfz 186 Jagdtiger Uploaded by tm 作者 Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons File:Sd Kfz 186 Jagdtiger (4535934199).jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車A型(ポルシェ型砲塔):VI号ティーゲルII戦車は、当初は曲面構造で避弾径始を考慮したポルシェ型砲塔だったが、量産性を高めるために、より直線的な角ばったヘンシェル型砲塔のB型に変更されている。 Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
解説 Germany - PzKpfw VI Ausf B Tiger II or Konig Tiger (SdKfz 182) heavy tank with 88mm KwK L/71 gun in a Porsche turret at the Bovington Tank Museum, Dorset, March 1998. Arguably the most impressive and futuristic tank of WWII. 日付 2015年12月9日, 13:35 原典 PzKpfw VI Ausf B Tiger II or Konig Tiger (SdKfz 182) 作者 Hugh Llewelyn from Keynsham, UK
写真はWikimedia Commons File:PzKpfw VI Ausf B Tiger II or Konig Tiger (SdKfz 182) (23003972053).jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車A型(ポルシェ型砲塔)と71口径8,8センチ戦車砲:曲面構造で避弾径始を考慮したポルシェ型砲塔。 Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
解説 Photo ref;Nikon-D80-2013-DSC_1351 (Edited) 日付 2006年12月6日, 03:10 原典 King Tiger, The Tank Museum, Bovington. 作者 Roland Turner from Birmingham, Great Britain
写真はWikimedia Commons File:King Tiger, The Tank Museum, Bovington. (11633408495).jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車A型(ポルシェ型砲塔)と71口径8,8センチ戦車砲:曲面構造で避弾径始を考慮したポルシェ型砲塔。 Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
Description Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (King Tiger) Date 18 April 2010, 12:28 Source Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (King Tiger) Uploaded by tm Author Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons File:Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (King Tiger) (4535909551).jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車A型(ポルシェ型砲塔)と71口径8,8センチ戦車砲:曲面構造で避弾径始を考慮したポルシェ型砲塔。磁気除け塗装は施されていない。
Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
Description Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (King Tiger) Date 18 April 2010, 12:28 Source Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (King Tiger) Uploaded by tm Author Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons File:Panzerkampfwagen VI Tiger II (300) in the Bovington Tank Museum front.jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車B型(ヘンシェル型砲塔): ヘンシェル型砲塔は直線を活用し、量産性を高めつつ、被弾しにくく、被弾時の砲弾の威力を減じることを配慮した砲塔を搭載している。初期に量産されたVI号ティーゲルII戦車A型は、ポルシェ社の曲線を使ったより避弾径始を考慮した砲塔を搭載していたが、これは量産性に劣るために、ヘンシェル社の砲塔のB型に変更された。
Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
解説 Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) 日付 2010年4月18日, 12:14 原典 Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) Uploaded by tm 作者 Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons File:Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) (4535852445).jpg引用。


写真(右)2016年、イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車:71口径8.8センチ対戦車砲には、磁力吸着地雷避けのプラスチック塗料は塗られていないが、車体前面・砲塔には縞模様に塗られている。奥には、フランス軍のソミュア戦車が見える。
English: This is the German Tank "Panzerkampfwagen VI Tiger II" often shortened to Tiger B. he ordnance inventory designation was Sd.Kfz. 182. It is also known under the informal name Königstiger[7] (the German name for the Bengal tiger), often translated literally as Royal Tiger, or somewhat incorrectly as King Tiger by Allied soldiers, especially by American forces. Date 17 August 2016 Source https://nationalinterest.org/ Author Unknown author
写真はWikimedia Commons File:Tiger II3.jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車: Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
解説 Photo ref;Nikon-D80-2013-DSC_1355 (Edited) 日付 2006年12月6日, 03:13 原典 King Tiger, The Tank Museum, Bovington. 作者 Roland Turner from Birmingham, Great Britain
写真はWikimedia Commons File:King Tiger, The Tank Museum, Bovington. (11634184806).jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車:71口径8.8センチ対戦車砲(8.8 cm Pak 43)の閉鎖栓を狭い砲塔内で扱いやすくした71口径8.8センチ戦車砲(8.8 cm KwK 43)を装備している。
Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
解説 Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) 日付 2010年4月18日, 12:19 原典 Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) Uploaded by tm 作者 Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons File:Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) (4535863615).jpg引用。


写真(右)2008年、イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車の車体正面:71口径8.8センチ対戦車砲には、磁力吸着地雷避けのプラスチック塗料は塗られていないが、車体前面・砲塔には縞模様に塗られている。
English: Close-up of Zimmerit on a Tiger II at Bovington Tank Museum Deutsch: Schutzmaterial Zimmerit der Chemischen Werke Zimmer - Berlin aufgebracht an einem Tiger II-Panzer im Bovington Camp, Tank Museum, in Dorset, South West England Date 2008 Source Own work Author Hohum
写真はWikimedia Commons File:Zimmerit Tiger II 2 Bovington.jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車の車体左下部:車体側方にア、シャベル、牽引用索、ロッドが装着されている。砲塔には、予備キャタピラが掛けられているが、これは補助装甲版としての役割もある。車体・砲塔には磁気除け塗装が塗られているが、キャタピラカバーには塗られていない。
Description Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) Date 18 April 2010, 12:18 Source Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) Uploaded by tm Author Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons File:Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) (4535862007).jpg引用。


写真(右)イギリス、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車の車体右下部:転輪とキャタピラも強度を持たせて頑丈にできており、キャタピラの幅も広く、重量を分散できるように配慮されている。車体本体には磁気除け塗装が塗られているが、キャタピラカバーには塗られていない。
Description Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) Date 18 April 2010, 12:23 Source Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) Uploaded by tm Author Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons File:Sd Kfz 182 Panzerkampfwagen VI Ausf B (Tiger 2) (4536523046).jpg引用。


写真(右)フランス、メーヌ=エ=ロワール県、ロワール川流域のソミュール市にあるソミュール戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車ヘンシェル型砲塔:「ティーガー」の名称を採用したために、ティーガーIの構想・設計を踏襲したように錯覚しやすいが、全く異なる設計である。パンター戦車を重装甲、71口径8.8センチ戦車砲(8.8 cm KwK 43)を搭載した重武装とした構想で、傾斜装甲が採用さている。Panzerkampfwagen VI Tiger II in the Musée des Blindés
解説 English: Tiger II. On display at Saumur Général Estienne museum. 日付 原典 投稿者自身による作品 作者 Rama
写真はWikimedia CommonsFile:Tiger II mg 7799.jpg引用。


写真(右)フランス、ソミュール戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車ヘンシェル型砲塔:大戦末期に登場した71口径8.8センチ対戦車砲(8.8 cm Pak 43)を改造した戦車砲を装備したドイツ軍重戦車。ヘンシェル型砲塔は直線を活用し、量産性を高めつつ、被弾しにくく、被弾時の砲弾の威力を減じることを配慮した砲塔を搭載している。初期に量産されたVI号ティーゲルII戦車A型は、ポルシェ社の曲線を使ったより避弾径始を考慮した砲塔を搭載していたが、これは量産性に劣るために、ヘンシェル社の砲塔のB型に変更された。
Panzerkampfwagen VI Tiger II in the Musée des Blindés
解説 English: Tiger II. On display at Saumur Général Estienne museum. 日付 原典 投稿者自身による作品 作者 Rama
写真はWikimedia Commons File:PzKpfw VI Ausf B Tiger II or Konig Tiger (SdKfz 182) (23003972053).jpg引用。


写真(右)フランス、ソミュール戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車ヘンシェル型砲塔:71口径8.8センチ戦車砲を装備した大戦末期のドイツ軍重戦車。ティーゲルII戦車は、当初は曲面構造で避弾径始を考慮したポルシェ型砲塔だったが、量産性を高めるために、ヘンシェル型の角ばった砲塔に変更されている。 Panzerkampfwagen VI Tiger II in the Musée des Blindés
解説 English: Tiger II. On display at Saumur Général Estienne museum. 日付 2013年9月11日, 13:01:33 原典 投稿者自身による作品 作者 Alf van Beem
写真はWikimedia CommonsFile:Tiger II mg 7799.jpg引用。


写真(右)フランス、ソミュール戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車ヘンシェル型砲塔71口径8.8センチ戦車砲を装備した大戦末期のドイツ軍ティーゲルII重戦車は、当初は曲面構造で避弾径始を考慮したポルシェ型砲塔だったが、量産性を高めるために、直線を取り入れたヘンシェル型の角ばった砲塔に変更されている。そうはいっても、後方からみたヘンシェル型砲塔が避弾径始に配慮した湾曲した構造になっていることがわかる。
Panzerkampfwagen VI Tiger II in the Musée des Blindés
解説 English: Tiger II. On display at Saumur Général Estienne museum. 日付 原典 投稿者自身による作品 作者 Rama
写真はWikimedia Commons File:PzKpfw VI Ausf B Tiger II or Konig Tiger (SdKfz 182) (23003972053).jpg引用。


写真(右)フランス、ソミュール戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車(ヘンシェル型砲塔)の後部71口径8.8センチ戦車砲を装備した大戦末期のドイツ軍ティーゲルII重戦車は、量産性を高めるために、直線を取り入れたヘンシェル型の角ばった砲塔に変更された。しかし、後方からみたヘンシェル型砲塔が避弾径始に配慮した湾曲した構造になっていることがわかる。
Panzerkampfwagen VI Tiger II in the Musée des Blindés
解説 English: Tiger II. On display at Saumur Général Estienne museum. Source Own work Author Rama
写真はWikimedia Commons File:Tiger II mg 7802.jpg引用。


写真(右)2010年、ドイツ、ニーダーザクセン州ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車B型(ヘンシェル型砲塔): 手前には、装備した71口径8.8センチ砲の砲弾が2種類並んでいる。ヘンシェル型砲塔は直線を活用し、量産性を高めつつ、被弾しにくく、被弾時の砲弾の威力を減じることを配慮した砲塔を搭載している。初期に量産されたVI号ティーゲルII戦車A型は、ポルシェ社の曲線を使ったより避弾径始を考慮した砲塔を搭載していたが、これは量産性に劣るために、ヘンシェル社の砲塔のB型に変更された。
Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
Deutsch: Deutsches Panzermuseum Munster in Munster (Örtze) English: German Tank Museum Date 7 July 2010 Source Own work Author Banznerfahrer
写真はWikimedia Commons File:Panzermuseum Munster 2010 0361.JPG引用。


写真(右)2010年、ドイツ、ニーダーザクセン州ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車B型(ヘンシェル型砲塔): 砲塔側面には予備のキャタピラを置いて補助装甲として用いている。左奥は、シュツルムティーゲル(タイガー突撃砲)。71口径8.8センチ砲は長砲身のため、画面に収まりきらない。車体正面右に7.92ミリ車載機関銃の銃塔(ボールマウント式)、車体中央には、夜間行動用のライトがあるが、夜間行動中に敵に発見されにくいように、光はスリットから照らされる。1時間当たり15キロ程度の行動能力だった。
Panzerkampfwagen VI in the Bovington Tank Museum
Deutsch: Deutsches Panzermuseum Munster in Munster (Örtze) English: German Tank Museum Date 7 July 2010 Source Own work Author Banznerfahrer
写真はWikimedia Commons File:Panzermuseum Munster 2010 0355.JPG引用。


写真(右)2010年、ドイツ、ニーダーザクセン州ミュンスター戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ティーゲルII戦車B型(ヘンシェル型砲塔)の後部:牽引に使用するフックは、戦車の大重量を反映して頑丈にできている。被弾に強いように、傾斜装甲が見て取れる。ミュンスター戦車博物館は1983年にオープン。
Deutsch: Deutsches Panzermuseum Munster in Munster (Örtze) English: German Tank Museum Date 7 July 2010 Source Own work Author Banznerfahrer
写真はWikimedia Commons File:Panzermuseum Munster 2010 0365.JPG引用。



5.VI 号重駆逐戦車 ヤークトティーガー Jagdpanzer VI Jagdtiger(Sd.Kfz.186)

写真(右)1945年,西側連合軍が鹵獲した、放棄されていたドイツ陸軍VI 号重駆逐戦車 ヤークトティーガー Jagdpanzer VI Jagdtiger (Sd.Kfz. 182)と17センチ砲搭載自走砲試作車Gesch?・tzwagen Tiger f?・r 17cm K72 (Sf):右に一部分が映っているのが17センチ砲搭載自走砲試作車。このほかVI号重戦車ティーガーII「キングタイガー」Panzer VI "Tiger II"(Königstiger)も一緒に鹵獲されている。
Catalogue number: STT 9110, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War, Alternative Namesobject category: Black and white, Object description: Jagdtiger. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・STT 9110引用


写真(右)1945年1月,ドイツ西部パーダーボルン近郊ハウステンベック、放棄されていた55口径128 mm Pak44 L/55(搭載砲弾数40発)搭載のドイツ陸軍VI 号重駆逐戦車 ヤークトティーガー Jagdpanzer VI Jagdtiger(Sd.Kfz. 182)重量75 t と17センチ砲搭載自走砲試作車Geschützwagen Tiger für 17cm K72 (Sf)を西側連合軍が鹵獲した。:右手前からVI号重戦車ティーガーII(Panzer VI "Tiger II" Königstiger)(砲身が内部爆発して破損)、ヤークトティーゲル重駆逐戦車、VI号戦車ティーガー?、?号戦車パンテルの順に並んでいる。
Catalogue number:BU 8016 Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War Alternative Namesobject category: Black and white CreatorSmales (Sergeant) No 5 Army Film & Photographic Unit Object description: Four German heavy tanks at the Panzer experimental establishment at Haustenbeck near Paderborn. Label:Four German heavy tanks at the Henschel tank testing ground at Haustenbeck near Paderborn, Germany, June 1945. 写真は,イギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・BU 8016引用


ヤークト=ティーゲル重駆逐戦車諸元:
全長10.654 m、車体長7.62 m、全幅3.625 m、全高2.945 m
重量75 t
速度:41.5 km/h(整地)、20 km/h(路外)、航続距離170 km(整地)、120 km(路外)
主砲:55口径12,8 cm Pak44 L/55(搭載砲弾数40発)
7.92mm MG34機関銃 1丁
装甲:戦闘室前面250 mm、 側面・後面80 mm、 上面40mm 車体前面上部150 mm、車体前面下部100 mm、側面80 mm、 底面25 mm
エンジン:マイバッハHL230P30V型12気筒液冷ガソリン700 hp/3,000 rpm (520 kW)
乗員6名

写真(右)メリーランド州アバディーン、アメリカ陸軍兵器博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Panzerjäger Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186) :大戦末期のドイツ軍ティーゲルII重戦車(71口径8.8センチ戦車砲装備)の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこに55口径12.8センチ砲(12,8 cm Pak44 L/55:搭載砲弾数40発)を装備した駆逐戦車。戦闘室側面のカギは、キャタピラを掛けて補助装甲板として活用するためのもの。Jagdtiger at the United States Army Ordnance Museum
解説 English: This is an angled view of the Jagdtiger tank killer that used to be located at the US Army Ordnance Museum in Aberdeen, Maryland. 日付 Summer of 2009 原典 投稿者自身による作品 作者 DZGuymed
写真はWikimedia Commons File:Jagdtiger Aberdeen Proving Grounds.jpg引用。


写真(右)メリーランド州アバディーン、アメリカ陸軍兵器博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186):Jagdtiger at the United States Army Ordnance Museum
解説 日付 2007年12月22日 原典 投稿者自身による作品 作者 Galen Parks Smith
写真はWikimedia Commons File:Jagdtiger low USAOM.jpg引用。


 ドイツ陸軍ヤークト=ティーガー重駆逐戦車は、第二次大戦末期、71口径8.8センチ戦車砲(8,8 cm Pak43 L/71)を装備したティーガーII重戦車の大型砲塔を除去し、大型戦闘室を設け、そこに55口径12.8センチ砲(12,8 cm Pak44 L/55:携行砲弾数40発)を装備した駆逐戦車。装甲は厚いが、曲面構造で避弾径始を考慮したものではなく、量産性を高めるために、直線を取り入れた構造になっている。

写真(右)イギリス南部、ドーセット州、戦車ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186):Jagdtiger in the Bovington Tank Museum
解説 English: Panzerjäger Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186) was a World War II German tank destroyer (self-propelled anti tank gun or Jagdpanzer) based on the chassis of the Tiger II (“King Tiger”) tank. It was in service from late 1944 to the end of the war. This photo was taken at the US Army Ordnance Museum, Aberdeen Proving Ground, MD. 解説 English: Jagdtiger in the Bovington Tank Museum 日付 2016年8月21日, 15:03:06 原典 投稿者自身による作品 作者 Jonathan Cardy
写真はWikimedia Commons File:Jagdtiger in the Bovington Tank Museum (front).jpg引用。



写真(右)2010年、イギリス南部、ドーセット州、戦車ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ陸軍VI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186)の胴体後方
;重高射砲を戦車砲に改造した12.8センチ砲を装備した駆逐戦車だが、過大な重量と燃料不足で行動が制限された。
解説 English: Sd Kfz 186 Jagdtiger in the Bovington tank museum. 日付 2010年4月18日, 12:34:52 原典 Flickr: Sd Kfz 186 Jagdtiger 作者 Simon
写真はWikimedia Commons File:Sd Kfz 186 Jagdtiger (Bovington).jpg引用。


ヤークト=ティーガー重駆逐戦車は、ティーガーII重戦車の71口径8.8センチ戦車砲(8,8 cm Pak43 L/71)装備の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこに55口径12.8センチ砲(12,8 cm Pak44 L/55:携行砲弾数40発)を装備した駆逐戦車。戦車砲の射角は左右各10度、俯角は7度、仰角は15度まで運用可能。装甲は厚いが、曲面構造で避弾径始を考慮したものではなく、量産性を高めるために、直線を取り入れた構造になっている。動力源は、マイバッハHL230P30 4ストロークV型12気筒液冷ガソリンエンジンで、700 馬力/3,000 rpm (520 kW)。しかし、大重量の車体を起動するには、ガソリン消費が課題になりすぎた。燃費が悪いために、燃料不足のドイツ軍では、訓練でも実戦でも行動に制約が多かった。

写真(右)イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館、VI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186)の後上方からのエンジン上面と戦闘室後方ハッチ(開放):ティーゲルII重戦車の71口径8.8センチ戦車よりもいっそう強力な55口径12.8センチ砲(12,8 cm Pak44 L/55:携行砲弾数40発)の砲弾装填部分が見える。搭載しているのは、マイバッハHL230P30 4ストロークV型12気筒液冷ガソリンエンジンで、700 馬力/3,000 rpm (520 kW)。 Jagdtiger in the Bovington Tank Museum
解説 English: The Tank Museum 日付 2013年10月16日, 11:47:02 原典 Wikimedia UK 作者 Nilfanion
写真はWikimedia Commons File:Jagdtiger in the Bovington Tank Museum (front).jpg引用。


写真(右)2017年、ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186):大戦末期のドイツ軍ティーゲルII重戦車(71口径8.8センチ戦車砲装備)の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、12.8センチ砲を装備。奥には、ドイツ軍のV号ヤークト・パンター駆逐戦車、シュツルム・ティーガー突撃砲が並んでいる。
Jagdtiger in the Kubinka Tank Museum
解説 German WW2 era Heavy Tank Destroyer Official designation:- Sd.Kfz 186 Panzerjäger Tiger Ausf. B Manufacturer:- Nibelungenwerk Built:- 1944 to 1945 Total Production:- 88 Main Armament:- 128mm Pak 44 L/55 The Jagdtiger (Hunting Tiger) was based on a lengthened Tiger II chassis. It weighed 71 tonnes and is the heaviest armoured vehicle of any type to achieve series production. The type suffered many mechanical problems due to its weight. This example is a Henschel variant which was built in April 1945. It was captured in near perfect condition when it was one of four that surrendered to Soviet forces at Amstetten. Austria, in May 1945. One of three surviving examples, it has recently been repainted into an accurate colour scheme and markings. It is on display in Hall 11 of the Patriot Museum Complex. Park Patriot, Kubinka, Moscow Oblast, Russia. 25th August 2017 日付 2017年8月25日, 11:47 原典 Jagdtiger [s/n 305083] – Patriot Museum, Kubinka 作者 Alan Wilson from Stilton, Peterborough, Cambs, UK
写真はWikimedia Commons File:Jagdtiger (s-n 305083) – Patriot Museum, Kubinka (38294634781).jpg引用。


写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186):大戦末期のドイツ軍ティーゲルII重戦車(71口径8.8センチ戦車砲装備)の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこに12.8センチ砲を装備した駆逐戦車。装甲は厚いが、曲面構造で避弾径始を考慮したものではなく、量産性を高めるために、直線を取り入れた構造になっている。マイバッハHL230P30 4ストロークV型12気筒液冷ガソリンエンジンで、700 馬力/3,000 rpm (520 kW)。 Jagdtiger in the Kubinka Tank Museum
解説 English: Panzerjäger Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186) was a World War II German tank destroyer (self-propelled anti tank gun or Jagdpanzer) based on the chassis of the Tiger II (“King Tiger”) tank. It was in service from late 1944 to the end of the war. This photo was taken at the US Army Ordnance Museum, Aberdeen Proving Ground, MD. 解説 Deutsch: Tank Museum, Kubinka 日付 2013年9月1日, 10:58:02 原典 投稿者自身による作品 作者 Hornet Driver
写真はWikimedia Commons File:Tank Museum, KubinkaDSC02337.JPG引用。



6.VI号ティーガー突撃戦車 Sturmtiger

 1943年3月、スターリングラード敗戦後にドイツ陸軍兵器局は、市街戦用の戦車として重戦車の構想をヒトラーに提案した。そして、VI号ティーガー重戦車を利用して、アルケット社で重突撃砲が計画された。

 重突撃砲を開発、生産することは、主力戦車の生産に混乱を及ぼすとして、装甲総監ハインツ・グデーリアン将軍は、市街戦用突撃戦車に懸念を示した。そこで、ティーガー重戦車を改造したの試作車が1943年10月20日にヒトラーに示されたものの、生産は少数のみとし、前線から修理・故障で回収されたティーガーIを改造して、重突撃戦車シュトルムティーガー"Sturmtiger")が生産されることとなった。

 突撃戦車シュトルムティーガー"Sturmtiger")の生産は、1943年9月15日に第1号車が完成し、9月中にアルケット社Alkett)で10輌が生産された。その後の生産を合わせても、1944年末までに18輌の完成にとどまっている。

VI号"シュトルムティーガー""Sturmmörserwagen":モーゼル突撃戦車)は、第二次世界大戦後期になってドイツ軍が使用した重装甲突撃自走砲である。原型は、VI号ティーガーI重戦車で、修理のために回収された車両をもとに生産された。搭載した火砲は、大口径38センチロケット臼砲で、1944年9月までに17輌がアルケット社Alkett)で改修・生産された。第1号車はその後、東部戦線ポーランドでソ連軍に対して実戦投入された。生産台数は、1944年8月から年末までに18輌が完成しただけである。

写真(右)ドイツ連邦、ニーダーザクセン州、ミュンスター戦車博物館(Deutsches Panzermuseum Munster)に保管展示中のドイツ陸軍VI号ティーゲル突撃戦車(シュトルムティーガー:Sturmtiger)の側面:市街戦で、鉄筋コンクリートの構造物も破壊できるモーゼル社の5.4口径380ミリ61式ロケット臼砲("38cm RW 61 L/5.4")を搭載。
解説 English: German Tank Museum Date 7 July 2010 Source Own work Author Banznerfahrer
写真は Wikimedia Commons, "Sturmtiger at the Panzermuseum Munster" File: Panzermuseum Munster 2010 0318.JPG引用。


シュトルムティーガー"Sturmtiger")諸元

全長 6.28 m
全幅 3.57 m
全高 2.85 m
重量 65 t
サスペンション トーションバースプリング式
最高速度 整地45 km/h、不整地24 km/h
航続距離 整地 100 km、不整地 60 km
搭載火器 38cm StuM61 L/5.4 ロケット臼砲(携行砲弾数14発)7.92ミリMG34機関銃
装甲:車体前面150 mm、側面80 mm、後面80 mm
発動機 マイバッハ HL 210 4ストロークV型12気筒液冷ガソリンエンジン650 馬力
乗員 5 名


7.V号戦車パンテルPanzer V "Panther" Sd.Kfz.171

写真(右)1944年,イタリア戦線に配備されたV号戦車パンテル(Panzer V "Panther"):1941年6月、バルバロッサ作戦によってドイツはソ連に侵攻したが、赤軍のT-34戦車に対峙したドイツ軍のIII号/IV号戦車はなすすべがなかった。そこで、ソ連赤軍T-34を参考にし、避弾経始を取り入れた装甲を施し、76.2ミリ砲(3インチ砲)以上の大口径戦車砲を装備するは次世代型戦車をドイツ軍も計画することになった。当初の、この「中戦車」の形状は、T-34に酷似していたが、砲塔を鋳造生産ではなく溶接で仕上げるしかないため、直線を多用する形状に変更された。
:Archive title: Italien, bei Florenz/Ravenna.- Panzer V "Panther" in Fahrt in hügeligem Gelände; PK Lfl 2 Dating: 1944 Photographer: Bayer Origin: Bundesarchiv
写真はドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


パンテル戦車Panzerkampfwagen V Panther :Sd.Kfz.171諸元
全長 8.66 m、車体長 6.87 m、全幅 3.27 m、全高 2.85 m
重量 44.8 t、ダブルトーションバー式懸架懸架
最高速度 50 km/h(整地)、30 km/h(不整地)
航続距離 170 - 250 km
兵装 70口径7.5センチ戦車砲(7,5 cm KwK 42 L/70)、携行砲弾数79発
7.92ミリMG34機関銃2丁、携行銃弾数4,200発
装甲:砲塔前面110 mm、 砲塔側後面45mm、車体前面80mm、車体側後面40mm
マイバッハMaybach HL230P30 水冷4ストロークV型12気筒ガソリンエンジン 700馬力 (520 kW)
乗員 5 名

70口径7.5センチ戦車砲(7,5 cm KwK 42 L/70:携行砲弾数79発)を装備した新型パンター戦車が初めて実戦に投入されたのは、1943年7月、東部戦線のクルクス突出部を挟撃するシタデレ作戦の時だった。しかし、クルスク攻防戦では、パンテル戦車は過剰重量のためにトランスミッション系統の故障に苦しめられ、稼働率が低くなった。

また、ヒトラーの命令で、ソ連赤軍の反抗に苦しめられたドイツ軍兵士は、臆病になっているとみなされ、新型パンテル戦車は、実戦経験のない新兵の戦車部隊に配備された。そのため、シタデレ作戦に参加したパンテル部隊は、士気は高かったものの、実戦経験がなく、戦車運用の熟練度が低く、パンテル戦車の新機軸も十分に活用することができなかった。結局、パンター戦車は、クルスク攻防戦では十分な活躍はできないまま敗退した。

⇒V号戦車パンテル戦車(Sd Kfz 171):Panzerkampfwagen V Panther を読む。

写真(右)イギリス南部、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のV号ヤークトパンター駆逐戦車 Jagdpanther (Sd. Kfz. 173):パンター戦車の砲塔を取り除いて、巨大な戦闘室を設け、そこにティーゲルII重戦車と同じ71口径8.8センチ戦車砲を装備した駆逐戦車。戦車砲の射角は左右各10度、俯角は7度、仰角は15度まで運用可能。Jagdpanther in the Bovington Tank Museum
解説 Bovington Tank Museum 241 88m panzerjager jagdpanther,sdkfz 173 日付 2010年7月7日, 14:25 原典 Bovington Tank Museum 241 88m panzerjager jagdpanther,sdkfz 173 作者 DAVID HOLT from London, England
写真はWikimedia Commons File:Flickr - davehighbury - Bovington Tank Museum 241 88m panzerjager jagdpanther,sdkfz 173.jpg引用。


V号駆逐戦車ヤークトパンターの装甲:
正面装甲は80mm(傾斜35度)、砲身付根は135mm(傾斜35度)、車体前面下部50ミリ(傾斜35度)
車体側面上部50mm、車体後面および車体側面下部40mm
車体下面前部25mm、戦闘室上面と車体下面後部が16mm。
1943年1月に開発がスタート、実物大モックアップが完成し1943年10月20日にヒトラーに提示された。ヤークトパンター駆逐戦車の生産は、MIAG社が担当し、1944年1月に最初の生産型5両が引き渡されたが、その後の生産台数は1944年2月7両、3月8両、4月10両、5月10両、6月6両と、米英軍のノルマンディー侵攻までに戦力化することはできなかった。

ヤークトパンター駆逐戦車の生産台数は1944年7月15両、8月14両、9月21両、10月8両、11月20両、12月44両、1945年1月30両であり、空襲や熟練工の不足のために量産ははかどらなかった。ヤークトパンター駆逐戦車は、攻撃、防御のバランスの取れた最良の駆逐戦車として高く評価されているが、1945年4月の生産終了までに合計415両が完成したに過ぎず、戦局を好転させることには寄与していない。

⇒V号駆逐戦車ヤークトパンター: Jagdpanther (Sd. Kfz. 173)を読む。


8.VIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205) Maus

写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205)の前部:大戦末期、ドイツ軍の試作した最大級の巨大戦車「マウス」。巨大な戦車にネズミと秘匿呼称を付けた。「マウス」はVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186)と同じ55口径 12.8cm KwK44戦車砲と37口径 7.5cm KwK44戦車砲の各1門を回転式砲塔に装備した。
全長10.085 m、車体長9.034 m、全幅3.67 m、全高3.63 m、重量188 t、乗員6名。
English: Pz.Kpfw VIII <Мaus> at the Kubinka tank museum. English: Processed with Fusion F.3 (HDR; Mode 1) 日付 2016年8月16日, 12:54:15 原典 投稿者自身による作品 作者 Alf van Beem
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Panzerkampfwagen Maus in the Kubinka Museum File:0641 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka (26308163302).jpg引用。


 マウス試作車1号車は車体のみで、1943年12月末に完成、走行試験を行った。砲塔を搭載した試作車が感染したのは、1944年6月でこれが試作2号車となる。走行試験の結果、重量過大で機動性が悪く、トランスミッション・エンジンの不調から信頼性も低かった。結局、1944年11月にはマウスの開発計画は中止された。

 しかし、1945年、ソ連赤軍のベルリン侵攻が間近に迫っており、試作車も戦力化し、実戦投入する方針が打ち出された。マウス試作2号車は、動力をダイムラー・ベンツの液冷ディーゼルエンジンに変換し、4月にベルリン防衛のために出撃したものの、起工不調で行動不能となってしまい、爆破処分された。ソ連軍は、後に試作1号車を無傷で、試作2号車を破壊された状態で鹵獲しており、技術的資料とするために、本国に送った。

写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205):巨大戦車「マウス」はVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186)と同じ55口径 12.8cm KwK44戦車砲に加えて、37口径 7.5cm KwK44戦車砲を同軸で回転式砲塔に装備。装甲は、砲塔前面220 mm、砲塔側・後面200 mm、砲塔上面60 mm。車体前面200 mm、車体側面180 mm、車体側面下部100 mm、車体後面160 mm、車体上面前部100 mm、車体上面中部・後部60 mm、底面50 mm。車体砲塔ともに平面構造で、前面は傾斜装甲となっており、曲面部分は少ない簡易な構造を採用している。
0630 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka 日付 2015年10月1日, 11:52 原典 0630 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka 作者 Uwe Brodrecht
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Panzerkampfwagen Maus in the Kubinka Museum File:0630 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka (26374542786).jpg引用。


VIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205)の諸元
全長10.085 m、車体長9.034 m
全幅3.67 m、全高3.63 m
重量188 t、乗員6名。
兵装:55口径12.8cm KwK44戦車砲1門、37口径7.5cm KwK44戦車砲1門
装甲: 砲塔前面220 mm、砲塔側・後面200 mm、砲塔上面60 mm
車体前面200 mm、車体側面180 mm、車体側面下部・上面前部100 mm
車体後面160 mm、車体上面中部・後部60 mm
底部50 mm

写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205):左は、1940年制式の60cmカール自走臼砲(きゅうほう:Mörser Karl、Karl-Gerät)で重量124t、全長11.15m、全幅3.16m、全高4.38m。
0651 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka 日付 2015年10月1日, 12:06 原典 0651 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka 作者 Uwe Brodrecht
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Panzerkampfwagen Maus in the Kubinka Museum File:0651 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka (26334341241).jpg引用。


1940年制式の60cmカール自走臼砲(きゅうほう:Mörser Karl、Karl-Gerät)で重量124t、全長11.15m、全幅3.16m、全高4.38m。ダイムラー・ベンツ MB503A V型12気筒液冷ガソリンエンジン(580 馬力)を搭載した自走砲。二次世界大戦時にドイツで開発・製造された、60cmもしくは54cmという超大口径の臼砲を搭載する自走砲である。

 1942年6月3日,ドイツ軍は,クリミアの要衝セワストポリをロケット弾,クルップ16口径42センチ「ガンマ」臼砲(重量140トン,射程14キロ),モーゼル60センチ「カール」臼砲(重量124トン,10キロ),クルップ80センチ「ドーラ」列車砲(重量1350トン,射程38キロ)を含む1300門の火砲で砲撃した。

写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205)の前部:「ネズミ」の秘匿呼称が付けられた巨大戦車の200ミリ装甲の砲塔にはVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車と同じ55口径 12.8cm KwK44戦車砲に加えて、37口径 7.5cm KwK44戦車砲まで搭載したため、機動力、防御力から、信頼性、量産性まで低下させた。
0641 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka 日付 2015年10月1日, 11:59 原典 0630 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka 作者 Uwe Brodrecht
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Panzerkampfwagen Maus in the Kubinka Museum File:0641 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka (26308163302).jpg引用。


VIII 号重戦車マウス(Panzer VIII Maus)の200ミリ装甲の重い砲塔にはVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車と同じ55口径12.8センチ戦車砲12.8cm KwK44)に加えて、37口径 7.5cm KwK44戦車砲まで搭載し、重量過大となった。大戦末期のドイツ陸軍が、機動力、防御力から量産性まで低下させる副砲を装備したのには、理解に苦しむ。日本軍の大戦中の最新鋭試作車五式戦車も同じく無用の副砲(37ミリ速射砲)を搭載していた。このような副砲は、重量の負担を大きくし、機動力を低下させ、装甲の上から防御力も犠牲にすることになる。構造が複雑なだけに、量産性も低くなる。副砲をなくして、砲塔を回転させる動力負担を軽減し砲塔内の空間を有効利用したほうが遥かに攻撃力にとってプラスである。

写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205)の前部:最大級の巨大戦車「マウス」はVI号ヤークトティーゲル駆逐戦車Tiger Ausf. B Jagdtiger (Sd. Kfz. 186)と同じ55口径 12.8cm KwK44戦車砲を回転式砲塔に装備した。装甲は、砲塔前面220 mm、砲塔側・後面200 mm、砲塔上面60 mm。車体前面200 mm、車体側面180 mm、車体側面下部100 mm、車体後面160 mm、車体上面前部100 mm、車体上面中部・後部60 mm、底面50 mm。
English: Pz.Kpfw VIII <Мaus> at the Kubinka tank museum. 日付 2016年8月16日, 12:56:35 原典 投稿者自身による作品 作者 Alf van Beem
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Panzerkampfwagen Maus in the Kubinka Museum File:0641 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka (26308163302).jpg引用。


写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205)の斜め後方:重量188 トンの巨大戦車「マウス」の動力は、水冷V型12気筒 MB509 ガソリンエンジン1,080hpあるいは液冷V型12気筒 MB517 過給器付きディーゼルエンジン1,200hp 。
English: Pz.Kpfw VIII <Мaus> at the Kubinka tank museum. 日付 2016年8月16日, 12:52:52 原典 投稿者自身による作品 作者 Alf van Beem
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Panzerkampfwagen Maus in the Kubinka MuseumFile:Pz.Kpfw VIII Maus in the Kubinka Museum.JPG引用。


VIII 号重戦車マウスPanzer VIII Maus)の動力は、水冷V型12気筒 MB509 ガソリンエンジン1,080hpあるいは液冷V型12気筒 MB517 過給器付きディーゼルエンジン1,200hp だったが、重量は188 トンもある上に、サスペンション、トランスミッションと構造的な負荷が大きくなり、機関や機構の信頼性も十分ではなかった。動力機構の問題で、VIII 号重戦車マウスは実用化できなかった。

写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205)の後部:動力は、水冷V型12気筒 MB509 ガソリンエンジン1,080hpあるいは液冷V型12気筒 MB517 過給器付きディーゼルエンジン1,200hp だったが、重量は188 トンもある上に、サスペンション、トランスミッションと構造的な負荷が大きくなり、機関や機構の信頼性も十分ではなかった。動力機構の問題で、VIII 号重戦車 マウスPanzer VIII Maus)は実用化できなかった。
0634 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka 日付 2015年10月1日, 11:55 原典 0630 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka 作者 Uwe Brodrecht
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Panzerkampfwagen Maus in the Kubinka Museum File:0641 - Moskau 2015 - Panzermuseum Kubinka (26308163302).jpg引用。


写真(右)ロシア、モスクワ郊外、クビンカ戦車博物館に保管・展示されているドイツ軍のVIII 号重戦車 マウス Panzerkampfwagen VIII (Sd.Kfz 205)の底部 :底部でも装甲は50ミリある。脱出や点検に使用する底部ハッチが見える。マウスの装甲は、砲塔前面220 mm、砲塔側・後面・車体前面200 mm、車体側面180 mm、車体側面下部・車体上面前部100 mm、車体後面160 mm、車体上面中部・後部60 mm、砲塔上面・底部50 mm。
English: Pz.Kpfw VIII Maus at the Kubinka tank museum. 日付 2016年8月16日, 13:16:36 原典 投稿者自身による作品 作者 Alf van Beem
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Panzerkampfwagen Maus in the Kubinka Museum File:Pz.Kpfw VIII Мaus bottom and tracks at the Kubinka pic2.JPG引用。


◆1942年7月14日,総統大本営「狼の巣」で,ヒトラーからユダヤ人問題の最終解決を命令された親衛隊国家長官ヒムラーは,運輸省に,停滞気味を鉄道運行を正常化し,ユダヤ人を迅速に輸送することを求めた。7月17日、ヒムラー長官は,アウシュビッツ収容所を視察し,オランダ・ユダヤ人のガス殺に立ち会った。

◆ヒトラー総統は,大戦直前,1939年1月30日のドイツ国会演説で、国際金融界のユダヤ人が、諸国民を再び大戦に引き込めば、その結果は、ボルシュビキとユダヤ人の勝利ではなく、欧州ユダヤ人の絶滅である,と予言していた。

 ユダヤ人・ソ連軍捕虜抹殺・奴隷労働化の方針は,最高機密だったが,それは,迫害が知れれば次のような支障が生じるからである。

1)ユダヤ人,ソ連軍捕虜が迫害されていることがわかれば,彼らは反抗する。そこで,抵抗を予防するために,東方への移送,労働すると偽り,強制収容所やその支所(労働キャンプ)に移送した。
2)ユダヤ人・ソ連捕虜の処刑という残虐行為は,連合国の戦争遂行理由を正当化する。そこで,処刑は秘匿する必要があった。
3)後方・前線のドイツ人にとって,ユダヤ人・ソ連軍捕虜の処刑は,人倫に悖ると反感を買う恐れがあった。そこで,ドイツ人にも処刑を秘匿した。

ユダヤ人,パルチザン,ソ連軍捕虜大量殺戮には,次のような障害があった。
1)殺戮に伴う処刑者の精神的負担
2)資源・労力をあまり要しない大量殺戮・死体処理の方法の開発・施設整備
3)大量殺戮発覚によるユダヤ人・スラブ人などの抵抗勢力の増大
 したがって,以上の障害を克服できる条件が整うまで,一時的にユダヤ人やソ連軍捕虜を収容したが,ゲットー・強制収容所では,食糧など物資不足,病気などによって,多数の住民・囚人がすでに死亡していた。ガス室がない状態でも,強制収容所では,大量殺戮が事実上行われていた。

◆電撃戦に必要なこのような兵器を開発,量産したドイツの技術は高度なものである。同時に,その軍事技術を何のために,誰が用いようとしたのかが問われなくてはならない。技術を開発し,それを体化させた兵器を作り出し,その兵器を運用するのは人間である。そして,その兵器のために破壊される財産や殺害される人間がいる。となれば,大量破壊,大量殺戮をもたらす技術を開発することが正当化どうかということにもなる。

◆ユダヤ人・パルチザン・ソ連軍捕虜の虐殺・虐待は,秘匿されてきたが,それは,殺戮を行っていることが知れ渡れば次のような支障が生じるからである。
1)敵は殺害されると知れば,抵抗をやめない。そこで,抵抗を弱めるために,姦計を弄して,処刑した。
2)残虐行為は,連合国の戦争遂行理由を正当化する。そこで,ユダヤ人,パルチザン,ソ連軍捕虜の虐殺は,連合国にも秘匿する必要があった。
3)後方・前線のドイツ人にとって,非人間的な虐殺・虐待は,士気を低下させる恐れがあった。そこで,ドイツ人にも虐殺・虐待を秘匿する必要があった。 

◆ナチスは,人種民族的偏見は,人種民族差別を正当化し,ドイツ民族はアーリア人の血を受け継ぐ優秀な民族であり,世界の覇権を握るべきである。他方,人種汚染して,ドイツを滅ぼそうとするユダヤ人,スラブ人は下等人種・劣等民族であり,排除しなければならないとした。

◆人種は,生物学的特長によるヒトの区分,民族は言語文化的な特長による人間の区分であって,人種は遺伝・DNAが支配する先天的要因,民族は出自・家庭・教育・国籍が支配する後天的要因による区分とされる。しかし,実際には,人種も民族も,区分は,実は明確ではない。生物学的にも,人類は連続的に変化し,DNAを踏まえれば,人「種」ではなく,亜種Subspeciesを区分できるに過ぎない。

人種民族差別は,為政者の裁量を基準に行われており,似非科学な偏見,恣意的なご都合主義,プロパガンダに基づいている。為政者とは,人種・民族を自分の意図に都合よく定義,特定の人種民族を差別,迫害するものである。

◆2011年9月2日・9日(金)午後9時からNHK-BS歴史館「側近がみた独裁者ヒトラー」でRudolf Hess ルドルフ・ヘス及びLeni Riefenstahl レニ・リーフェンシュタールにゲスト出演。再放送は9/4(日)12時、9/7(水)24時及び9/11(日)12時、9/13(水)24時。


2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。


◆毎日新聞「今週の本棚」に『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。

ハワイ真珠湾奇襲攻撃
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊

サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250/251:ハーフトラック
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
ソ連赤軍T-34戦車 ドイツIV号戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍1号戦車・2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
ハンセン病Leprosy差別

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