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◆アメリカ軍シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail 写真(上)イギリス、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン・クラブファイル地雷処理戦車:車体前面の回転ローラーに連動するチェーン(鎖:クラブ・フライル)の衝撃で敷設された地雷を起爆し破壊することで、安全な通り道を確保する。敵陣地に反撃するために、砲塔に搭載した75ミリ戦車砲を残している。
Title: Sherman Crab with flail. Photographed at the Tank Museum, Bovington. Date Created/photographer: 2014/10/15, Rodw
写真はWikimedia Commons>File:M4A4 Sherman V Flail Crab (4536574134).jpg引用


1.アメリカ軍シャーマン・マーキス・フライル地雷処理戦車Sherman "Marquis" Flail Tank

写真(右)1942-1943年頃、アメリカ製M4シャーマン戦車の車体を改修したシャーマン・マーキスSherman "Marquis" Flail Tank フライル戦車:砲塔を除去して車体前面に鎖をつけた回転ローラーを装備している。シャーマン戦車は75ミリ砲を装備した砲塔があったが、重量軽減のためか、主砲は除去されている。この型の後に、75ミリ砲を搭載した砲塔をそのまま残した地雷掃除戦車が開発された。
Catalogue number: MH 9289, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Object description: A side profile of a Sherman "Marquis" Flail Tank.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (MH 9289)引用。


写真(右)1944年6月の北フランス、ノルマンディー侵攻に投入された地雷掃除専用のシャーマン Shermanクラブ・フライル戦車:車体前面に鎖をつけた回転ローラー(クラブ・フライル)を装備して、鎖の衝撃で敷設された地雷を破壊する。爆破の衝撃や破片から乗員を保護するために装甲が施されている。
Catalogue number: MH 9334, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Object description: Sherman Marquis flail.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MH 9334)引用。



2.アメリカ軍 M4 シャーマン ロブスター・フライル地雷処理戦車Sherman Lobster flail

写真(右)1943年頃、イギリス、M4シャーマン対地雷偵察キャスター戦車Sherman V with AMRCR (anti-mine reconnaissance castor roller:大型転輪の付いたキャスターを押しながら、その重量で地雷を爆破して前進する地雷除去戦車。
TANKS AND ARMOURED FIGHTING VEHICLES OF THE BRITISH ARMY 1939-45、Catalogue number: MH 14125, Part of CHERTSEY COLLECTION, Subject period: Second World War、Object description: Sherman V with AMRCR (anti-mine reconnaissance castor roller)
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (MH 14125)引用。


 1942年8月19日、「ディエップ奇襲上陸作戦」(Dieppe Raid)が実施された。カナダ軍・イギリス軍を中核にしたコマンド部隊6,000人がチャーチル歩兵戦車30両のとともに上陸したが、優勢なドイツ軍の反撃にあって半数以上の損害をだし、作戦は大失敗に終わった。この上陸で、軟弱な砂浜や障害物を乗り越えることも、トーチカの守備隊への攻撃も困難であることが判明した。そこで、作戦失敗を活かして、敵の防備する海岸に上陸する際、その障害・防備を打ち破ることのできる特殊装甲工作車両の必要性が認識されたのである。

写真(右)1943年10月16日、イギリスイギリス軍第79装甲師団所属のM4シャーマン対地雷偵察キャスター戦車Sherman V with AMRCR (anti-mine reconnaissance castor roller:大型転輪の付いたキャスターを押しながら、その重量で地雷を爆破して前進する地雷除去戦車。
TANKS AND ARMOURED FIGHTING VEHICLES OF THE BRITISH ARMY 1939-45、Catalogue number: H 33676, Part of CHERTSEY COLLECTION, Subject period: Second World War、Creator:War Office official photographer Baynes (Sgt)、 Object description: Sherman of 79th Armoured Division fitted with AMRCR (anti-mine reconnaissance castor roller), 16 October 1943.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (H 33676)引用。


 1942年8月19日のディエップ奇襲上陸作戦Dieppe Raid)では、イギリスが新鋭チャーチル歩兵戦車Churchil)を投入した。この戦車は、重装甲と攻撃力、すなわち対歩兵に軽快な戦車砲を砲塔に搭載し、大型榴弾を発射できる大口径砲を車体に搭載していた。つまり、対歩兵・対戦車能力を併せ持っており、奇襲上陸に大きな威力を発揮すると期待されていた。しかし、軟弱な砂浜海岸や障害物でその機動が制限され、十分な威力を発揮できずに、立ち往生してしまったのである。


3.アメリカ軍シャーマン キャスター・ローラー地雷処理戦車Sherman Castor Roller

写真(右)1944年4月27日、イギリス、ノルマンディー侵攻に投入予定の第79装甲師団の地雷掃除用のM4シャーマン キャスター・ローラー地雷処理戦車Sherman Castor Roller:車体前方にキャスターの付いた張出を付けて、その重量で埋設された地雷の上を通り、信管を起動させて爆破処理する。
Catalogue number: H 38079, Part of CHERTSEY COLLECTION, Subject period: Second World War、Object description: Sherman Lobster flail.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (H 38079)引用。


 1942年8月のディエップ奇襲上陸作戦Dieppe Raid)の失敗を受けて、イギリス軍は、ヨーロッパ大陸侵攻、北アフリカ侵攻時の上陸作戦のためには、海岸に上陸する際の特殊装甲工作車が必要であると認めるようになった。こうして、装甲車両王立工作車(AVRE:Armoured Vehicle Royal Engineers)と称される工兵部隊用の特殊車両が開発されるようになったのである。

写真(右)1944年4月27日、イギリス、M4シャーマン キャスター・ローラー地雷処理戦車Sherman Castor Rollerは、同じ地雷掃除用のM4シャーマンSherman Lobster flailロブルター・フライル戦車の先駆車である。
TANKS AND ARMOURED FIGHTING VEHICLES OF THE BRITISH ARMY 1939-45、Catalogue number: MH 14028, Part of CHERTSEY COLLECTION, Subject period: Second World War、Object description: Sherman Lobster flail.
写真は
イギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MH 14028)引用。

 装甲車両王立工作車(AVRE:Armoured Vehicle Royal Engineers)の母体となったのは、イギリス製チャーチル戦車やマチルダ戦車、あるいはアメリカ製M4シャーマン中戦車など、既存の戦車で装甲が施された車両だった。つまり、海岸に上陸するに際して、敵の下記の反撃を想定し装甲車が、砂浜海岸の軟弱地盤を支障なく装甲するキャタピラ式の車両が求められたが、新規の設計・生産では効率が悪いので、結局、既存の戦車を利用することになった。

写真(右)1943-1944年頃、イギリス(?)、ヨーロッパ大陸侵攻に投入予定の地雷掃除用のM4シャーマンSherman Lobster flailロブルター・フライル戦車:クラブ・フライルとは異なって、穴の開いた回転円板では、そこに巻き揚げた土砂が詰まってしまい、円滑な回転ができなくなったと考えられる。回転ローラーを支えるアーム(支柱)に、土砂除けのカバーが無いと、アームにも土砂が堆積し、左右あるいは前後のバランスを崩したたのかもしれない。
TANKS AND ARMOURED FIGHTING VEHICLES OF THE BRITISH ARMY 1939-45、Catalogue number: MH 14126, Part of CHERTSEY COLLECTION, Subject period: Second World War、Object description: Sherman Lobster flail.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (MH 14126)


 砂浜海岸への上陸作戦のために準備された工兵部隊用の特殊車両は、装甲車両王立工兵隊指揮官パーシー・ホバートPercy Hobart:1885-1957)少将に因んで「ホバーツ・ファニーズ」(Hobart's Funnies:ホバートの奇妙な連中)と自嘲気味に呼ばれることになった。戦車を改造した特殊車両は、特異な装備をして、車両の形状も異彩を放っていたからである。

写真(右)1943-1944年頃、イギリス(?)、俯瞰したM4シャーマンSherman Lobster flailロブルター・フライル戦車:長い支柱の先についている回転盤は、クラブ・フライルでは、円筒状に変更されている。
TANKS AND ARMOURED FIGHTING VEHICLES OF THE BRITISH ARMY 1939-45、Catalogue number: MH 14028, Part of CHERTSEY COLLECTION, Subject period: Second World War、Object description: Sherman Lobster flail.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (MH 14126)



4.アメリカ軍シャーマン クラブ・フライル地雷撤去Sherman Crab flail

写真(右)カナダ、オンタリオ(Ontario)州、ボーデン軍事博物館(Base Borden Military Museum)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン・クラブファイル地雷処理戦車:ボーデン軍事博物館(Base Borden Military Museum)は、1990年代にトロントから100キロのカナダ軍ボーデン基地(CFB Borden:1916年に開設)敷地内にある。
Title: M4A4 flail at at Base Borden Military Museum. Date Created/photographer: 2015/8/9, JustSomePics
写真は,Wikimedia Commons>File:M4A4 flail tank Base Borden Military Museum 1.jpg引用


写真(右)カナダ、オンタリオ(Ontario)州、ボーデン軍事博物館(Base Borden Military Museum)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン・クラブファイル地雷処理戦車:ボーデン軍事博物館(Base Borden Military Museum)で展示・保管されている第二次大戦の戦闘車輛としては、イギリス軍のマチルダII歩兵戦車、アメリカ軍のM3リー中戦車、M4シャーマン中戦車、ドイツ軍のヘッツァー軽駆逐戦車などが展示されている。
Title: M4A4 flail at at Base Borden Military Museum. Date Created/photographer: 2015/8/9, JustSomePics
写真は,Wikimedia Commons> File:M4A4 flail tank Base Borden Military Museum 2.jpg引用


写真(右)イギリス、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン・クラブファイル地雷処理戦車
Title: Sherman Crab with flail. Photographed at the Tank Museum, Bovington. Date Created/photographer: 2014/10/15, Rodw
写真はWikimedia Commons>File:Sherman Crab at Tank Museum 03.JPG引用


ボービントン戦車博物館The Bovington Tank Museum)は、イギリス、ドーセット州、ボービントンに第二次大戦後の1947年に開設された装甲戦闘車輛の博物館で、 第一次世界大戦に登場したイギリス陸軍マーク I 戦車、ロールス・ロイス装甲車、ルノーB1から、第二次世界大戦に登場したイギリス軍のマチルダI歩兵戦車、マチルダII歩兵戦車、チャーチル歩兵戦車、コメット巡航戦車、アメリカ軍のM3リー中戦車、M4シャーマン中戦車、シャーマン ファイアフライ、M10駆逐自走砲、ソ連軍のSU-76自走砲、T-26軽戦車、T-34中戦車、ドイツ軍の1932年開発開始のI号戦車Panzerkampfwagen I)、II号戦車、III号戦車、IV号戦車、V号戦車パンテルPanzerkampfwagen V Panther)、VI号戦車ティーゲルPanzerkampfwagen VI Tiger)、ティーガーIIなどが展示されている。

写真(右)ボービントン戦車博物館に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン・クラブファイル地雷処理戦車:回転ローラーに鎖が結ばれており、鎖の先端に鉄球が付けられている。回転ローラーの支柱の内側の様子が良くわかる。
Title: Sherman Crab with flail. Photographed at the Tank Museum, Bovington. Date Created/photographer: 2014/10/15, Rodw
写真は,Wikimedia Commons>File:Sherman Crab at Tank Museum 02.JPG引用


写真(上)イギリス、ドーセット州、ボービントン戦車博物館に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン・クラブファイル地雷処理戦車:回転ローラーに繋がれた鎖(チェーン)で地面を叩いて、敷設してある地雷を爆破しながら進み、地雷除去をして安全な通り道を確保する。
Title: M4A4 Sherman V Flail Crab. Date Created/photographer: 2010/4/18, Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons>File:M4A4 Sherman V Flail Crab (4536574134).jpg引用


 地雷除去戦車とは、戦車の前面に張出したローラー・キャスター・鎖などを回転させ、その重量や衝撃で、地雷を起動させ爆破する戦車である。
?雷爆破の衝撃が大きいこと、
?対戦車地雷起爆に必要な重量や衝撃が大きいこと、
?地雷処理作業中に敵からの反撃を受けること、
を考慮して、装甲戦闘車輛として計画され、場合によっては敵に攻撃を加えることも考慮して、火砲を搭載している。地雷除去装置には各所あるが、第二次大戦当時の西側連合軍では、鎖を回転させ、その衝撃で地雷を起爆させる、地雷掃除方式が普及していた。現代では、鋤によって地雷を掘り返す方式も多い。



 1942年8月19日、戦局悪化の打開とソ連指導者(共産党書記長)スターリンのヨーロッパ侵攻による第二戦の形成要求に応じる形で、英首相チャーチルは、本格的なヨーロッパ侵攻前の試験的な奇襲作戦として「ディエップ奇襲上陸作戦」(Dieppe Raid)が実施された。これは、北フランスのディエップに上陸し、防備手薄な小規模なドイツ軍部隊を攻撃、6時間で直ちに撤退する奇襲である。つまり、いまだにドイツ軍は優勢であり、ヨーロッパ反攻は不可能な状況にあることを認識し、北フランスに橋頭堡を築くのではなく、政治的効果、イギリス軍の士気高揚を狙った短期的作戦であった。

写真(右)1943-1944年、イギリスにおいて、地雷掃除試験をしているアメリカ製M4シャーマン Shermanクラブ・フライル地雷除去戦車:回転ローラーを支えるアーム(支柱)には、土砂除けのカバーがない。しかし、実戦に投入されることになる改良型では、支柱の上端をカバーで覆うように変更されている。
Catalogue number: STT 9486, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War.
Alternative Names: object category: Black and white, Object description: A Sherman Crab mine clearing flail tank in action during tests in the UK, 1943-1944.
Labe: A Sherman Crab flail tank in action during mine clearing tests in the UK, 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (STT 9486)引用。


 西側連合軍がヨーロッパ大陸反攻ノルマンディー上陸、オーバーロード作戦の際、上陸海岸に敷設されたドイツ軍の地雷除去作業の目的で、地雷掃除戦車が開発された。地雷除去戦車の中核は、M4シャーマン戦車を利用したもので、車体前面に鎖付き回転ローラードラムを装備し、それを回転駆動させて地雷を爆破あるいは破壊することを企図した。M4シャーマン・クラブフライルSherman Crab Flail)と呼ばれた地雷除去戦車は、上陸作戦以降も、地雷除去作業、地雷爆破用に使用され、1945年4月のドイツ本土進攻にも先陣を切っている。

写真(右)1944年4月27日、イギリス、ヨーロッパ大陸侵攻に投入予定のイギリス王室工兵隊パーシー・ホバート少将指揮下の第79装甲師団の地雷掃除用のアメリカ製M4シャーマンSherman Crab Mark II クラブ・フライル地雷除去戦車:ノルマンディー上陸作戦のために準備された工兵部隊用の特殊車両は、指揮官に因んで以Hobart's Funnies(ホバートの仲間たち)と通称された。回転ローラーを支えるアーム(支柱)には、土砂除けのカバーが装着されている。
Catalogue number: H 38079, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War、Object description: Sherman Crab Mark II minesweeping flail tank, one of Hobart's 'funnies', used to clear already identified minefields. Label: Sherman Crab Mk II flail tank, one of General Hobart's 'funnies' of 79th Armoured Division, during minesweeping tests in the UK, 27 April 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (H 38079)引用。


シャーマン・クラブフライルSherman Crab Mk II flail)は、敷設された地雷を除去するため、回転ローラーに鎖(チェーン)を装備した車輌で、シャーマン・クラブフライルとも呼ばれた。車体前面に鎖をつけた回転ローラー(クラブ・フライル)を装備して、鎖の衝撃で敷設された地雷を破壊する。地雷除去作業の爆破の衝撃や破片から乗員を保護するために装甲が保護こされている。

写真(右)1944年4月27日、イギリスにおいて、地雷掃除試験をしているアメリカ製M4シャーマン Shermanクラブ・フライル地雷除去戦車:回転ローラーに繋がれた鎖(チェーン)で地面を叩いて、敷設してある地雷を爆破しながら進み、地雷掃除をして安全な通り道を確保する。砂埃が舞い上がり、75ミリ砲の砲身に砂塵が侵入するのを防ぐ、車体前部に重い回転ローラーを装備したため、後方にバランスを寄せる、という2点の理由から、砲塔を後方に向けている。
THE BRITISH ARMY IN THE UNITED KINGDOM 1939-45、Catalogue number: H 38080, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War.
Alternative Names: object category: Black and white, Creator:War Office official photographer Mapham J (Sgt)、 Object description: Sherman crab flail tank under test, 79th Armoured Division, 27 April 1944.
Labe: A Sherman Crab flail tank in action during mine clearing tests in the UK, 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (H 38080)引用。


  アメリカ陸軍M4シャーマン・クラブフライルSherman Crab Mk II flail)が、地雷除去作業をすると、砂が舞い上がり、戦車砲の砲口に異物が入り込んだ。そこで、戦車の砲塔を180度回転して、後方に砲身を向けて、地雷掃除作業を行った。つまり、地雷除去作業と敵への砲撃を同時に行うことはできなかった。

地雷写真(右)1944年6月6日、北フランス、ノルマンディーのソードビーチ、動けなくなったシャーマン Sherman Crab flail地雷掃除戦車とアメリカ製のジープ:車体前面の回転ローラーに連動するチェーン(鎖:クラブ・フライル)の衝撃で敷設された地雷を破壊、地雷掃除する。手前の浅瀬には、イギリス軍の捕虜となったドイツ軍兵士の集団が映っている。
Catalogue number: B 5089, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt), Object description: A group of German prisoners standing in the water next to a disabled Sherman Crab flail tank watch as a jeep is towed from the sea, Queen beach, Sword area, 6 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5089)引用。


第二次世界大戦末期、1944年6月6日、西側連合国軍は、ヨーロッパ反攻オーバーロード作Operation Overlord)戦の一環として、ノルマンディーの5カ所の砂浜海岸に上陸したに。ソード・ビーチSword Beach)とは、この上陸地点の1つに付された連合国側のコードネームで、イギリス軍と自由フランス軍とが上陸した。海岸でのドイツ軍の抵抗はわずかだったために、直ぐに内陸に浸透することができた。しかし、内陸部のカーンでイギリス軍は、ドイツ軍第21装甲師団の反撃を受け、進撃は停止させられた。

  地雷写真(右)1944年6月7日、北フランス、ノルマンディーのゴールドビーチ、動けなくなった第79装甲師団ウエストミンスター竜騎兵隊のアメリカ製シャーマン Sherman Crab flailクラブ・フライル地雷掃除戦車:車体前面の回転ローラー(クラブ・フライル)の重量過多で砂浜にのめり込んでしまったようだ。上空には、ドイツ軍機の攻撃を妨害する阻塞気球が上がっている。
Catalogue number: B 5141, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing(Sgt), Object description: A Sherman Crab flail tank of the Westminster Dragoons, 79th Armoured Division, disabled on the beach, Gold area, 7 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 5141)引用。


 1944年6月6日、西側連合国がオーバーロード作戦で上陸したノルマンディーの海岸は5カ所あるが、その一つのゴールドビーチには、イギリス軍が0725上陸した。ドイツ軍の抵抗は弱く、隣のジュノー・ビーチに上陸したカナダ軍と連絡をと事が出来た。しかし、カーン・バイユー間の道路の確保、オマハ・ビーチに上陸したアメリカ軍と連絡はとれなかった。オマハビーチでは、ドイツ軍の反撃を受けたアメリカ軍が、内陸部に侵攻できなかったのである。

  写真(右)1944年6月7日、ノルマンディ海岸ソードビーチのイギリス第79装甲師団第22竜騎兵のシャーマン クラブ・フライルSherman Crab flail地雷除去戦車:砂浜で故障したか、軟弱な土地にのめり込んだのか、動けなくなったM4シャーマン クラブ・フライルSherman Crab flail地雷掃除戦車。左は、軟弱な砂浜での自動車や戦車の走行を助けるための金網式舗装通路。
Catalogue number: B 5192, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Mapham J (Sgt), Object description: A disabled Sherman Crab flail tank (turret number '94') of 22nd Dragoons, 79th Armoured Division, lies abandoned on Queen White beach, Sword area, 7 June 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5192)引用。


 1944年6月6日、西側連合軍は、ヨーロッパ大陸反攻のために、ノルマンディに「ネプチューン作戦」(Operation Neptune)」に従って上陸した。ここでは、イギリスのバーナード・モントゴメリーBernard Montgomery:1887-1976)元帥を総指揮官に、西からオマール・ブラッドレーOmar Bradley:1893-1981)准将隷下アメリカ軍が「ユタ」(第4歩兵師団)・「オマハ」(第1歩兵師団)、マイルズ・デンプシーMiles Dempsey:1896-1969 )中将隷下のイギリス軍が「ゴールド」(第50歩兵師団)・「ジュノー」(カナダ第3歩兵師団)・「ソード」(第3歩兵師団)に侵攻した。

写真(右)1944年6月18日、北フランス、ノルマンディーのグッドウッド作戦初期のシャーマン Sherman Crab flailクラブ・フライル地雷掃除戦車:地雷除去に使用する回転ローラー(クラブ・フライル)は、車体の前面に装着され、未使用時には引揚げらている。したがって、車体前方に重量が偏ってしまい、バランスが悪くなる。そのためか、車体後部上面や砲塔後方上面には、テントや工具のようなものをたくさん積載している。
Catalogue number: B 7496, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Christie (Sgt),  Object description: Sherman Crab flail tanks wait to advance at the start of Operation 'Goodwood', 18 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 7496)引用。


写真(右)1944年7月18日、グッドウッド作戦時のシャーマン クラブ・フライル地雷除去戦車とM4シャーマン・ファイアフライ戦車・M4シャーマン戦車・ハーフトラック救急車
Catalogue number: B 7521, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War.
Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt), Object description: Sherman tanks caryying infantry, a Sherman(correctly Churchill) Crab flail tank, and an ambulance halftrack assemble at the start of Operation 'Goodwood', 18 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7521)引用。


 M4シャーマン Sherman Crab flailクラブ・フライル地雷掃除戦車は、地雷除去を行わないときも、回転ローラー(クラブ・フライル)を車体の前面に装着していたために、車体前方に重量が偏ってしまい、バランスが悪かった。整地であれば、重量バランスの悪さは、航続距離の短縮程度の問題で済むが、不整地であれば、戦車の自量30トンと回転ローラーの重量が加わって、機動性が大きく損なわれた。
 海岸付近で動けなくなったM4シャーマンクラブ・フライル地雷掃除戦車は、ドイツ軍による反撃を受けたというよりも、機動性が低いために砂浜のような軟弱な地盤で立ち往生してしまった車両も少なくない。



写真(右)1944年7月18日、グッドウッド作戦開始時期、ベリー橋を使ってオルヌ川を渡河するシャーマン Shermanクラブ・フライル地雷除去戦車:ベリー橋のベリーとは城郭の外壁のことで、2本の鉄の格子で強度を保ち、その間に架橋するもので、第二次大戦中に応急架橋として連合軍工兵部隊が後半に使用した。
Catalogue number: B 7498, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War.
Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Christie (Sgt), Object description: A Sherman Crab flail tank crosses a Bailey bridge over the Orne, as it moves up to the start line for Operation 'Goodwood', 18 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7498)引用。


  写真(右)1944年7月18日、グッドウッド作戦開始時期、オルヌ川にかけたベリー橋を通過するシャーマン Shermanクラブ・フライル地雷除去戦車:シャーマン・クラブフライル地雷掃除戦車は、車体両側から前方にアームを伸ばし、そこに回転ローラーをつけ、装着した鎖を回す。後方から見ても、アームを取り付けているのが明瞭である。回転ローラーは、車体前方にあるが、車体前後のバランスをとるために、アームは車体中央後方から伸びている。
Catalogue number: B 7499, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War.
Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Christie (Sgt), Object description: A Sherman Crab flail tank crosses a Bailey bridge over the Orne, as it moves up to the start line for Operation 'Goodwood', 18 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 7499)引用。


  写真(右)1944年10月17日、オランダ南東、フェブラリに向かうイギリス軍シャーマン Sherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車:ノルマンディー上陸作戦では、砂浜海岸に敷設された地雷を爆破するために、戦車の前方に取り付けたローラーから伸びる鎖を回転させ、その衝撃で地雷を爆破、破壊した。
Catalogue number:BU 1213, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Norris (Sgt),  Object description: A Sherman Crab flail tank during the advance towards Venraij, 17 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 11632)引用。


アメリカ製M4シャーマンSherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車は、地雷除去のために鎖の付いたローラーを回転させると、土砂が舞い上がり、砂塵で前方視界が悪くなった。また、75ミリ戦車砲の砲口から砂塵が大量に入り込み、さらに砂塵で前方視界が悪くなるために、戦車砲を正面射撃することはできなかった。地雷除去の時には、Sherman Crab flail(クラブ・フライル)戦車は、砲塔を後方を向ける必要があったのである。つまり、戦車砲を使用しながら、地雷除去をすることは原則できなかった。

写真(右)1944年11月1日、オランダ、ワルヘレン(アントワープ西岸沖)に上陸したイギリス軍シャーマン Sherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車:LCT(戦車揚陸舟艇)からオランダのワルヘレン島に上陸した地雷除去戦車。前面に装備した回転ローラー(クラブ・フライル)の衝撃で敷設された地雷を破壊できる。手前の浅瀬には、イギリス軍の捕虜となったドイツ軍兵士の集団が映っている。
Catalogue number: B 11632, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Crocker (Sgt),  Object description: A Sherman Crab flail tank coming ashore from an LCT during the invasion of Walcheren Island, 1 November 1944. 
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 11632)引用。


オランダのワルヘレン島Walcheren Island)は、ベルギーの要港アントワープの沖にある島で、ドイツ軍は東岸を中心に防備を固めていた。ドイツ本土侵攻のためにアントワープを起点としたかった西側連合軍は、1944年10月末にワルヘレン島とオランダ本土を結ぶコーズウェーを攻撃した。

写真(右)1945年4月14日、オランダ中部、アルンヘムに突入したイギリス軍の先頭を進むシャーマン Sherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車:1944年9月、オランダ中部への空挺部隊降下(マーケット・ガーデン作戦)が不調の時に攻撃したが、失敗した。再度の攻撃で攻略したが、初めの作戦失敗から半年も経過していある。
Catalogue number: BU 3515, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Hewitt (Sgt),  Object description: A Sherman Crab flail tank in front of burning buildings in Arnhem, 14 April 1945. Associated places: Arnhem, Gelderland, Netherlands.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 3515)引用。


写真(右)1945年4月14日、オランダ中部、アルンヘムに突入したイギリス軍の先頭を進むシャーマン Sherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車:1944年9月、オランダ中部への空挺部隊降下(マーケット・ガーデン作戦)が不調だったこともあって、ドイツ本土への西側連合軍の本格的な侵攻は、1945年に入ってからとなった。
Catalogue number: BU 3514, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Hewitt (Sgt),  Object description: Sherman Crab flail tanks in front of burning buildings in Arnhem, 14 April 1945. Associated events: Arnhem 1944, Operation Market Garden, North West Europe, Second World War.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 3514)引用。


 ノルマンディー上陸作戦後の1944年8月、ファレーズ包囲戦Falaise Pocket)でドイツ軍戦車部隊に大打撃を与えた西側連合軍は、8月25日にはパリを解放アントワープAntwerpen)を奪還した。そこで、イギリス軍は、ソ連軍によるベルリン攻略The Fall of Berlin)前に、ドイツ本土に深く攻め込み、ドイツの工業地帯であるラインを占領し、早期にドイツを降伏させることを期待した。

 こうして、1944年9月17日、オランダ中部、ドイツとの国境地帯へ空挺部隊を降下させるマーケット・ガーデン作戦Operation Market Garden)が開始された。

 アイントホーフェンEindhoven)、ナイメーヘンなどにイギリス軍の空挺部隊 Parachute Infantry Regiment)を降下させたが、後続すべき地上部隊の進撃が遅かった。また、オランダに駐留していたドイツ陸軍も反撃したため、連合軍の攻勢は停滞し、オランダ諸都市を解放することには成功したものの、ドイツ中枢部のラインラント、ルール地方Ruhrgebiet)を占領することはできなかった。

写真(右)1945年5月4日、ドイツ、オランダ国境近くのケーヴェラアー(デュセルドルフ北西50キロ)、イギリス軍第8装甲旅団のシャーマン・クラブフライルSherman Crab地雷除去戦車:補助装甲板として、車体や砲塔にキャタピラや転輪、工具を装着している。武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給された。イギリス軍が自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車も地雷除去戦車が生産されたが、アメリカで生産されイギリスに貸与されたアメリカ製M4Sherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車のほうが数的に優位にあったようだ。
Catalogue number: B 15148, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Hutchinson (Sgt)、  Alternative Names: object category: Black and white,  Object description: Sherman Crab flail tank of 8th Armoured Brigade passing the church in Kevelaer, 4 March 1945. Label: A Sherman tank of 8th Armoured Brigade in Kevelaer, Germany, 4 March 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録 IWM (B 15148)引用。





5.ドイツ軍の地雷 Land Mine

地雷land mine)とは、地表から地中に、車両や人間が通った時に爆発するように仕掛ける(敷設する)爆弾あるいは手榴弾であり、爆発方法は、接触したり圧力が加わったりすることで爆発する感応式地雷、時限発火式の時限式地雷、遠隔操作して爆発させる操作式地雷などがある。また、地雷land mine)の対象は人間から戦車まで各種あるが、地雷も対象に応じた爆発力、規模く方法を用いている。しかし、一般的には高度な技術を要せず使用する資源エネルギーもわずかで済ませる安価なものが多い。そこで、多数の地雷を広範囲に埋設した地雷原も設けられた。

地雷写真(右)1942年1月24日、北アフリカ戦線、チュニジアでドイツ軍の対戦車地雷を安全化するイギリス連邦軍の南アフリカ連邦軍兵士。
Catalogue number E 7602 Department Photographs Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War Alternative names object name: Official photograph object category: Photography Creator No 1 Army Film & Photographic Unit Clements (Sgt) Category photographs IWM (E 7602) Purchase & License Share and Reuse This item is available to be shared and re-used under the terms of the IWM Non Commercial Licence Object description South African sappers making German Teller mines safe, 12 January 1942.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (E 7602)File: Commonwealth Forces in North Africa 1941 E7602.jpg引用。


敷設した地雷land mine)の多くは、敵の目標物に被害を与えることなく放置されてしまう可能性が高いが、その敷設した地雷の数%に敵の対象物がかかれば、十分に効果を発揮したとみなすことができる。また、直接地雷による被害を与えなくとも、地雷が敷設してある、地雷原land mine field)と敵軍が心配すれば、敵の機動力や行動を制約し、進撃を遅らせることができる。したがって、単純な構造で安価に大量に配備することのできる地雷は、主に防御兵器として、有効に攻撃を阻止できるため、現在でも効果的な防御兵器であると考えられている。

地雷写真(右)1943年2月24日、北アフリカ戦線、チュニジアでドイツ軍の仕掛けた対戦車地雷を掘り出したイギリス陸軍第8野戦王室工兵大隊の兵士。
Catalogue number NA 853 Department Photographs Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War Alternative names object name: Official photograph object category: Photography Creator No. 2 Army Film & Photographic Unit Stubbs (Sergeant) Categoryphotographs IWM (NA 853) Purchase & License Share and Reuse This item is available to be shared and re-used under the terms of the IWM Non Commercial Licence Object description A sapper of 8th Field Squadron Royal Engineers lifts a mine on the Thala-Kasserine road, 24 February 1943.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA853)File: The British Army in Tunisia 1943 NA853.jpg引用。


第二次世界大戦中のドイツ陸軍は、対人地雷S-マインSplitter-Springmine)を開発したが、これは触角式信管を備えており、そこに接触すると、地上から1メートルの高さまで跳ね上がってから、空中で爆発する。つまり、対人地雷S-マインSplitter-Springmine)は、周囲に鉄片をまき散らして、接触した敵兵の周囲にいた人員も殺傷することができる。他方、感応式対戦車地雷は、対象物が200キログラム程度の圧力を加えると起爆するので、兵士など重量の軽い場合には踏んでも、接触しても起爆することはない。

地雷写真(右)1943-1944年、北フランスあるいはベルギーの大西洋岸、ドイツ軍兵士が大西洋防壁Atlantikwallsとして海岸上陸障害物を構築している。木材を砂浜海岸に組み立てて、連合軍の上陸用舟艇を座礁させる、あるいは障害物先端に装着した地雷で破壊する。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-297-1716-34 Archive title: Belgien/ Frankreich.- Atlantikwall, Aufstellen von Hindernissen am Strand; PK 698 Dating: 1943/1944 Photographer: Schwoon, Karl .
写真はWikimedia Commons, ドイツ連邦アーカイブ Bundesarchiv Bundesarchiv Bild 101I-297-1716-34, Atlantikwall, Aufstellen von Hindernissen.jpg引用。


地雷写真(右)1943-1944年、北フランスあるいはベルギーの大西洋岸、ドイツ軍兵士が大西洋防壁Atlantikwallsとして海岸上陸障害物を構築している。木材を砂浜海岸に組み立てて、連合軍の上陸用舟艇を座礁させる、あるいは障害物先端に装着した地雷で破壊する。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-297-1716-28 Archive title: Im Westen, Belgien/Frankreich.- Atlantikwall, Aufbau von Hindernissen am Strand; PK 698 Dating: 1943/1944 Photographer: Schwoon, Karl.
写真はWikimedia Commons, ドイツ連邦アーカイブ Bundesarchiv Bundesarchiv Bild 101I-297-1716-28, Im Westen, Belgien-Frankreich, Atlantikwall.jpg引用。


地雷写真(右)1943年4-7月、北フランスあるいはベルギーの大西洋岸、ドイツ軍兵士が大西洋防壁Atlantikwallsとして構築された対戦車用コンクリート障害物と砂浜海岸の「ロンメルのアスパラガス」。ロンメルのアスパラガスは、木材を砂浜海岸に組み立てて、連合軍の上陸用舟艇を座礁させる、あるいは障害物先端に装着した地雷で破壊する障害物。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-293-1464-29 Archive title: Frankreich-Nord/Belgien.- Soldaten vor einer Wallmauer des Atlantikwalls, April/Juli 1943; PK 698 Dating: 1943 Mitte Photographer: Lüthge.
写真はWikimedia Commons, ドイツ連邦アーカイブ Bundesarchiv Bundesarchiv Bild 101I-293-1464-29, Nordfrankreich-Belgien, Soldaten vor Wallmauer.jpg引用。


地雷写真(右)1944年4月18日、北フランス、カレー Pas de Calaisの大西洋岸、ドイツ軍兵士が大西洋防壁Atlantikwallsとして構築した対戦車用鉄筋障害物「チェコの針鼠」(Czech hedgehog)。
Inventory: Bild 101 I - Propaganda-kompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-719-0240-26 Archive title: Frankreich, Pas de Calais.- Inspektion des Atlantikwalls durch Generalfeldmarschall Rommel.- Soldat neben Panzerhindernissen aus Stahl ("Tschechenigel") am Strand; PK KBZ OB West Dating: 18. April 1944 Photographer: Jesse.
写真はWikimedia Commons, ドイツ連邦アーカイブ Bundesarchiv Bundesarchiv Bild 101I-719-0240-26, Pas de Calais, Atlantikwall, Panzersperren.jpg引用。


チェコのヘッジホッグ」(Czech hedgehog)は、金属や木材を砂浜海岸に組み立ててた障害物で、連合軍の上陸用舟艇を座礁させ、戦車の侵入を防ぐ。第二次世界大戦前、ドイツの侵略を警戒していたチェコスロバキアでは、ドイツとの国境に要塞を築き、長大な対戦車用障害物「チェコのヘッジホッグ」(Czech hedgehog)を設けた。

地雷写真(右)1944年6月、北フランス、ユタビーチ(Utah beach)に仕掛けられた対上陸用舟艇用の地雷。木の杭の頂上部に対戦車地雷を金具と針金で固定している「ロンメルのアスパラガス Rommel's asparagus)」の一つ。干潮時には、砂浜上に露出しているが、干潮時には海面下にあって目視することはできない。:ユタビーチは、1944年6月6日の西側連合軍のノルマンディ上陸作戦でアメリカ陸軍セオドア・ルーズベルト・ジュニア准将指揮する第4歩兵師団が上陸した海岸の秘匿名称で最も西側に位置する上陸海岸。ソード -ビーチ、ジュノー -ビーチ、ゴールド -ビーチなど5上陸地点の一つ。最も激戦が展開されたのがアメリカ陸軍第1歩兵師団の上陸したオマハビーチ。
English: Utah beach defences with mine, 1944. (Teller mine) 日付 published in 1948 原典 American Forces in Action Series, UTAH Beach to Cherbourg (6 June--27 June 1944) 作者 Historical Division, War Department (USA) .
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) Category: Teller mineFile: USA-A-Utah-p7b.jpg引用。


フランスを征服したヒトラーは、イギリス本土上陸を考えたが、制空権を掌握できず、矛先をソ連侵攻に向けた。しかし、西部戦線を軽視したわけではなく、特に独ソ戦が長期化することが判明した1943年以降は、西側連合軍のヨーロッパ大陸反攻を予期し、北フランスからオランダ、スカンジナビアまで「大西洋防壁」(Atlantic Wall)と呼ぶことになる防備を固めた。特に、イギリス本土から至近距離にある北フランスが、西側連合軍の有力な上陸地点として考えられた。

 西側連合軍のヨーロッパ大陸反攻を予期したドイツ軍は、特に北フランスを優先上陸地点と想定し、地雷500万個を敷設する準備をした。そして、砲台、トーチカ、機銃座、地雷原land mine field)、鉄条網、対戦車障害物、空挺部隊障害物など「大西洋防壁」(Atlantic Wall)を構築し始めた。防備の重点は、海岸の水際防御に置かれ、上陸容易な砂浜海岸や海岸から内陸に向かう道路に多数の地雷を敷設し、地雷原land mine field)を構築した。空挺部隊、すなわちパラシュート降下兵、グライダー降下兵に対しては、平坦地にも「ロンメルのアスパラガス Rommel's asparagus)」と呼ばれる木製・コンクリート製。金属製の障害物を構築した。さらに、オランダのように低地が多い地域では、堤防を決壊させて、進水させる計画も進められた。砲台としては、ドイツ海軍の最新最大口径の40センチ艦砲まで準備し、分厚いコンクリートで対空・対艦の防備を施した沿岸砲台を建設した。

地雷写真(右)1944年6月19日、北フランスで地雷に吹き飛ばされたユニバーサルキャリアー(ブレン機関銃運搬車)の周囲で時期感応式の地雷探知機を操作してドイツ軍の敷設した地雷を捜索するイギリス軍兵士。:イギリス陸軍第5軍写真班の撮影。
Catalogue number B 5777 Department Photographs Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War Alternative names object name: Official photograph object category: Photography Creator No 5 Army Film & Photographic Unit Midgley, A. N. (Sergeant) Categoryphotographs IWM (B 5777) Purchase & License Share and Reuse This item is available to be shared and re-used under the terms of the IWM Non Commercial Licence Object description The remains of a universal carrier blown up by a mine in Tilly-sur-Seulles, 19 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5777)File: The British Army in the Normandy Campaign 1944 B5777.jpg引用。


地雷land mine)を除去する、すなわち掃除のために、西側連合軍は、地雷原land mine field)で戦車の車体前面にキャスターを着けて圧力をかけたり、ドラムに繋いだ鎖を回転させたり、重量のあるローラーで圧力をかけたりして、爆発処理しようと考えた。しかし、このような機械化によって、敷設された全ての地雷を発見、爆発させることは困難であり、最終的には人間が磁気感応式の地雷探知機を使ったり、銃剣や針金を使ったりして、手作業で地雷land mine)を除去しなければならない。

地雷写真(右)1944年7月31日、北フランスで地雷に遭遇したイギリス軍が、磁気式地雷探知機でドイツ軍の敷設した対人地雷を捜索している。:手前に倒れているのは、ドイツ軍兵士。
Catalogue numberB 8302 Department Photographs Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War Alternative names object name: Official photograph object category: Black and white CreatorNo 5 Army Film & Photographic Unit Malindine E G (Capt) Categoryphotographs IWM (B 8302) Purchase & License Share and Reuse This item is available Object description Troops use a mine detector along the side of a road during the offensive south of Caumont, 31 July 1944. A dead German lies in the foreground.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 8302)File: The British Army in Normandy 1944 B8302.jpg引用。


 ドイツ軍が構築した大西洋沿岸の海岸防御陣地は、「大西洋防壁」(Atlantikwall)と呼ばれ、軍需大臣フリッツ・トート博士の組織した労働者建設部隊、トート機関が中核となり、多数の現地外国人労働者を徴用・募集して建設された。したがって、工事の内容や進行状況から装備した兵器、地雷原land mine field)や「ロンメルのアスパラガス Rommelspargel)」の位置まで、スパイによって西側連合軍に筒抜けになっていた。

地雷写真(右)1944年8月1日、北フランス、ノルマンディ海岸近くのバイユー東10キロ、ヴィエンヌ=アン=ベッサン、イギリス軍兵士が鹵獲したドイツ軍の対戦車兵器、パンツァーシュレック( Panzerschreck:バズーカ砲)、パンツァーファウスト(携行用対戦車ロケット弾)の大型成型弾と小型成型弾、対戦車地雷(Mine Anti Tank Tellermine):Catalogue number B 8540 Department Photographs Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War Alternative names object name: Official photograph object category: Black and white Creator No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt) Category photographs IWM (B 8540) Purchase & License Share and Reuse This item is available to be shared and re-used under the terms of the IWM Non Commercial Licence Object description Instructors at a 59th Division school for potential NCOs at Vienne-en-Bessin demonstrate various German anti-tank weapons, including a Panzerschreck, two types of Panzerfaust and anti-tank mines, 1 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 8540)引用。


地雷写真(右)1944年9月17-20日、オランダ、マーケットガーデン作戦、ライン川下流のワール川にかかるナイメーヘン(Nijmegen)架橋にドイツ軍が仕掛けた爆破用の地雷を掃除したイギリス陸軍の工兵部隊:ナイメーヘンからは10キロでドイツに至る国境の町。イギリス陸軍第5軍写真班の撮影。
Catalogue number B 10174 Department Photographs Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION Subject period Second World War Alternative namesobject name: Official photograph object category: Black and white Creator No 5 Army Film & Photographic Unit Midgley, A. N. (Sergeant) Categoryphotographs IWM (B 10174) Purchase & License Share and Reuse This item is available to be shared and re-used under the terms of the IWM Non Commercial Licence Object description Nijmegen and Grave 17 - 20 September 1944: British engineers removing the charge which the Germans had set in readiness to blow the Nijmegen bridge.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 10174)File: Operation 'market Garden' (the Battle For Arnhem)- 17 - 25 September 1944- Nijmegen and Grave 17 - 20 September 1944 B10174.jpg引用。


地雷写真(右)第二次大戦前にドイツ軍が1935年に開発した対戦車円盤型地雷 Mine Anti Tank Tellermineの金属収納ケース。:Mine Anti Tank Tellermine
Catalogue number:MUN 3419 Department:Exhibits Materialswhole: metal Alternative names:full name: Mine Anti Tank Tellermine simple name: mine, anti-tank : German Category:Weapons and ammunition
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MUN 3419)引用。


 1935年型円盤型対戦車地雷Tellermine 1935)は、金属製で円板状の地雷であり、目的は敵戦車を撃破することであり、兵士のように軽い重量では作動しない。重量weight 8.7 kg、爆薬はTNT4.9 kgが内蔵されている。 信管の作動圧力は、重量79.3 kgか181.4 kgであり、この後に登場する対戦車地雷よりも軽量で作動、爆発する構造である。

 1935年型円盤型対戦車地雷Tellermine 1935)は、1935年に開発された対戦車地雷だが、第二次大戦中も多数使用され、西側連合軍の側でもノルマンディ侵攻の時にこの地雷に直面している。この対戦車地雷は、ドイツGermanyだけでなく、枢軸側に参戦しソ連と戦ったフィンランドFinlandも使用されている。

地雷写真(右)第二次大戦前にドイツ軍が1935年に開発した対戦車円盤型地雷 Mine Anti Tank Tellermineの金属製収納ケース。:Mine Anti Tank Tellermine
Catalogue number:MUN 3419 Department:Exhibits Materialswhole: metal Alternative names:full name: Mine Anti Tank Tellermine simple name: mine, anti-tank : German Category:Weapons and ammunition
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MUN 3419)引用。


 1935年型円盤型対戦車地雷Tellermine 1935)は、1935年に開発された対戦車用地雷で、第二次世界大戦初期まで、ドイツ軍の主力対戦車地雷として使われている。直径320mm、全高80mm、重量9kg、爆薬のTNT(トリニトロトルエン:trinitrotoluene)5.2kg、信管作動圧力80〜180kg、装甲貫通力24mm。後期の地雷と比較すると、信管作動圧力が低く、軽量車輛でも起爆する構造となっている。第二次世界大戦初期、独ソ戦が勃発するまでは、本格的に重戦車が戦いに参加することはなかったからである。

地雷写真(右)第二次大戦中にドイツ軍が1943年に開発した対戦車円盤型地雷Mine Anti Tank Tellermine。:初期の地雷は、収納ケースや安全装置も耐久性があり、堅牢なものが作られている。しかし、量産するには、資源や手間がかかりすぎるために、第二次大戦後期からは、簡易型が地雷の主流になった。Mine Anti Tank Tellermine
Catalogue number:MUN 3419 Department:Exhibits Materialswhole: metal Alternative names:full name: Mine Anti Tank Tellermine simple name: mine, anti-tank : German Category:Weapons and ammunition
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 5130)引用。


対人地雷Anti-personnel mines)は、殺すことよりも負傷させる目的で開発された地雷である。兵士が死亡してしまえば、そのまま放置されるが、負傷して生きているのであれば救助しなくてはならず、その救援のための兵力を割く必要が出る。そして、負傷した兵士を後方に送還し、医療処置を施し続けなければいけなくなる。

 対人地雷Anti-personnel mines)は、こうして医療や看護の経費を敵に負わせることで、敵の国力を低下させる。さらに、後送される途中、そして本国に帰還した負傷者をたくさんの人々が目撃することで、後方に精神的打撃と恐怖心を引き起こし、戦意や士気の低下を引き起こさせる効果も期待できる。

地雷写真(右)第二次大戦中にドイツ軍が開発した対人地雷S.Mi.35 (Sprengen Mine 1935):S.Mi.35 (Sprengen Mine 1935) (S-Mine & Schrapnellmine 35) anti-personnel mine
Catalogue number:MUN 3318 Department:Exhibits Display status:IWM London Materials:whole: metal Dimensionswhole: Depth 100 mm, Diameter 100 mm, Height 235 mm, Width 100 mm Alternative namesfull name: S.Mi.35 (Sprengen Mine 1935) (S-Mine & Schrapnellmine 35) anti-personnel mine simple name: mine, land, anti-personnel : German Category:Weapons and ammunition
Label: The Sprengen Mine 1935, also known as the 'S-Mine ', or 'Schrapnellmine 35', was a German Second World War anti-personnel device, that could be activated by direct pressure on the igniter in the top, or by a pull on one or more tripwires attached to pull igniters. It could also be fired electrically.
Physical description: mine, igniter the mine comprises an outer steel canister, with an inner steel cylinder that is surrounded by 350 steel balls. When activated, a small explosive charge would eject the inner cylinder from its canister several feet above the ground, before the main charge detonated, causing the steel balls to be dispersed in all directions, with an effective range of about 150-200 yards. This particular example has a pressure igniter, and has a diameter of 10cm, and an overall height of 23cm. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MUN 3318)引用。


埋設された対人地雷Anti-personnel mines)は、自己破壊装置を内蔵していない限り、長期間作動しつづけ、その地域を危険な状態にとどめ置く。それは、敵の交通や補給などを阻害することになるが、同時に、地雷の敷設された可能性を恐れて、農業地帯や都市の人々の経済活動が阻害される。

地雷写真(右)第二次大戦中にドイツ軍が開発した対人地雷S.Mi.35 (Sprengen Mine 1935):S.Mi.35 (Sprengen Mine 1935) (S-Mine & Schrapnellmine 35) anti-personnel mine
Catalogue number:MUN 3318 Department:Exhibits Display status:IWM London Materials:whole: metal Dimensionswhole: Depth 100 mm, Diameter 100 mm, Height 235 mm, Width 100 mm Alternative namesfull name: S.Mi.35 (Sprengen Mine 1935) (S-Mine & Schrapnellmine 35,) anti-personnel mine simple name: mine, land, anti-personnel : German CategoryWeapons and ammunition
Label: The Sprengen Mine 1935, also known as the 'S-Mine ' or Schrapnellmine 35', was a German Second World War anti-personnel device, that could be activated by direct pressure on the igniter in the top, or by a pull on one or more tripwires attached to pull igniters. It could also be fired electrically. Physical description: mine, igniter the mine comprises an outer steel canister, with an inner steel cylinder that is surrounded by 350 steel balls. When activatわ wa-rugaed, a small explosive charge would eject the inner cylinder from its canister several feet above the ground, before the main charge detonated, causing the steel balls to be dispersed in all directions, with an effective range of about 150-200 yards. This particular example has a pressure igniter, and has a diameter of 10cm, and an overall height of 23cm.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 5130)引用。


 攻撃対象が定まっている他の兵器に比較して、対人地雷Anti-personnel mines)は相手を選ばないという無差別性が強い。戦時中、対人地雷が埋められた兵士しか近寄らない最前線や軍事基地も、戦後も民間人の経済活動や占領軍の行動に悪影響を与える。大人と子供にも区別なく作動する対人地雷は、非人道的兵器といえる。

地雷写真(右)1942年にドイツ軍が開発した対戦車地雷Mine Anti Tank M1942。
Mine Anti Tank M1942
Catalogue number:Catalogue number:MUN 3315 Department:Exhibits Materials:whole: metal Alternative names:full name: Mine Anti Tank M1942 simple name: mine, land : German CategoryWeapons and ammunition.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MUN 3315)引用。


ドイツ軍の開発した1942年型対戦車地雷Tellermine M1942)は、円板上で直径324mm、全高102mm、重量9kg、爆薬TNT(トリニトロトルエン:Trinitrotoluene)5.2kg、作動圧力340kg、装甲貫通力24mm。

 対戦車地雷Anti-tank mine)の円盤中央に信管がセットされているが、その上に敷設前には起爆しないようにネジ式の安全装置がつけられている。対戦車用地雷は、軽い衝撃、たとえば兵士が踏んだとしても起爆しない。起爆するのは、中央の信管に300キログラムの圧力がかかった時である。

 重量のある1942年型対戦車地雷Tellermine M1942)には、鋼製丸棒でできた携行用ハンドルが付けられている。携行ハンドルを固定する金具がついている。円盤中央上には、直径15cmの感圧板があり、その下に信管がセットされている。1935年型対戦車円盤地雷Anti-tank mine)の作動圧力は80〜180kgと軽かったが、戦車の重量が重くなるにつれて、作動にはより高い圧力を必要とするように改良された。1943年型対戦車円盤地雷は、信管作動する感圧は340kgに引き上げられている。

地雷写真(右)第二次大戦中にドイツ軍が1943年に開発した対戦車地雷Mine Anti Tank Tellermine M1943。:円盤の中央部に信管がセットされているが、敷設前には起爆しないように蓋式の安全装置がつけられている。対戦車用地雷は、軽い衝撃、たとえば兵士が踏んだとしても起爆しない。起爆するのは、中央の信管に300キログラム以上の圧力がかかった時である。
Catalogue number:MUN 3401 Department:Exhibits Materialswhole: metal Alternative names:full name: Mine Anti Tank Tellermine M1943 simple name: mine, land : German Category:Weapons and ammunition
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MUN 3401)引用。


2016年10月、銀座の松竹シネマ試写室でデンマーク・ドイツ合作映画『LAND OF MINE』(日本語タイトル「ヒトラーの忘れもの」)を試写室で鑑賞した。この映画は、第28回東京国際映画祭に『地雷と少年兵』のタイトルで上映され、最優秀男優賞受賞した。ドイツ軍は、大西洋防壁Atlantikwall)の北端デンマークの砂浜海岸に200万個の対人地雷、対戦車地雷を敷設したが、ドイツ敗戦後に、ヒトラーユーゲント出身の少年兵たちが地雷撤去作業を強要される物語である。

地雷写真(右)第二次大戦中にドイツ軍が1943年に開発した対戦車円盤型地雷Mine Anti Tank M1943。:Mine Anti Tank M1943
Catalogue number:MUN 3314 Department;Exhibits Materialswhole: metal Alternative names:full name: Mine Anti Tank M1943 simple name: mine, land : German Category:Weapons and ammunition Physical description:mine
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MUN 3314)引用。


1945年5月、ドイツ敗北後、捕虜のドイツ兵たちは、ドイツ軍が大西洋防壁Atlantikwall)の一環としてデンマーク海岸線に埋めた200万個地雷を撤去させるために、動員された。その中には、10代の少年兵たちも多数含まれていた。少年兵は、地雷撤去作業の経験はなかったが、デンマーク軍・イギリス軍の指導下で最低限の訓練を受けさせられて、慌ただしく地雷が敷設されているデンマーク西海岸へに派遣された。彼らを指揮するデンマーク軍もイギリス軍は、5年間に及ぶナチス支配の報復を図り、少年兵を憎悪していたため、食料も居住環境も劣悪なまま、地雷撤去作業に従事させた。作業失敗や誘爆によって多数の少年兵が命を落としたが、それに対する同情も憐れみも見られなかった。

地雷写真(右)1943年、イタリア、シシリー島(?)、海岸で対戦車地雷を両手に下げているドイツ軍あるいはイタリア軍兵士。地雷の掃除は危険な作業だったので、捕虜に強要して地雷除去をさせることもたびたびあった。1943年9月のイタリア降伏後、戦意を失いドイツ軍に武装解除され、捕虜となったイタリア軍兵士は、強制労働や地雷撤去作業に使役された。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-303-0598-04 Archive title: Italien.- Soldaten mit freiem Oberkörper (Pioniere ?) beim Verlegen von Minen an einem Strand; PK 699 Dating: 1943 Photographer: Lüthge.
写真はWikimedia Commons, ドイツ連邦アーカイブ Bundesarchiv登録File: Bundesarchiv Bild 101I-303-0598-04, Italien, Soldaten mit Minen an einem Strand.jpg引用。


地雷写真(右)1943年7月10日-8月17日、イタリア、シシリー島パレルモに進撃する途上、アメリカ軍はドイツ軍が保管していた大量の地雷を発見、鹵獲した。
Catalogue number:MUN 3315 Department: Exhibits Materialswhole: metal Alternative namesfull name: Mine Anti Tank M1942 simple name: mine, land : German Category:Weapons and ammunition The Drive for Messina 10 July - 17 August 1943: A huge dump of German Teller mines captured by the Americans near Roccopalunba during their drive on Palermo. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MUN 3318)引用。


ドイツ軍の開発した1943年型対戦車円盤型地雷(Tellermine M1943)は、円板状で直径 318mm、全高 92mm、重量 8,2kg、爆薬5.2kg、点火圧力320kg、 装甲貫通力24mm。



6.イギリス軍マチルダ・バロンMatilda Baron flail tankフライル地雷除去戦車

マチルダ・バロン写真(右)1942-1943年頃、ヨーロッパ大陸侵攻・北アフリカ侵攻に配慮して開発されたマチルダ・バロンMatilda Baron flail tankフライル地雷除去戦車の側面記録写真:イギリス製マチルダ戦車の砲塔を除去し軽量化し、車体前面に鎖をつけているが、回転した鎖は、棍棒やゴルフのクラブのようなので、クラブ・フライルと呼ばれた。鎖を回転して衝撃で地雷を爆破する。アームが伸びているが、その先のローラーを回転させるトランスミッションが内蔵されたアームが伸びている。
TANKS AND ARMOURED FIGHTING VEHICLES OF THE BRITISH ARMY 1939-45、 Catalogue number: MH 3681, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: War Office official photographer Watson (Gnr), Object description: Matilda Baron flail tank in action.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MH 3681)引用。


マチルダ・バロン写真(右)1942-1943年頃、ヨーロッパ大陸侵攻・北アフリカ侵攻に配慮して開発されたマチルダ・バロンMatilda Baron flail tankフライル地雷除去戦車の側面記録写真:イギリス製マチルダ戦車の砲塔を除去し軽量化し、車体前面に鎖をつけているが、回転した鎖は、棍棒やゴルフのクラブのようなので、クラブ・フライルと呼ばれた。鎖を回転して衝撃で地雷を爆破する。アームが伸びているが、その先のローラーを回転させるトランスミッションが内蔵されたアームが伸びている。
Catalogue number: MH 3682, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: War Office official photographer Watson (Gnr), Object description: Matilda Baron flail tank in action.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MH 3682)引用。


 1942年8月19日、戦局悪化の打開とソ連のスターリンのヨーロッパ侵攻による第二戦の形成要求に応じる形で、本格的なヨーロッパ侵攻前の試験的な奇襲作戦として「ディエップ奇襲上陸作戦」(Dieppe Raid)が実施された。これは、北フランスのディエップに上陸し、防備手薄な小規模なドイツ軍部隊を攻撃、6時間で直ちに撤退する奇襲である。つまり、いまだにドイツ軍は優勢であり、ヨーロッパ反攻は不可能な状況にあることを認識し、北フランスに橋頭堡を築くのではなく、政治的効果、イギリス軍の士気高揚を狙った短期的作戦であった。

 1942年8月19日、「ディエップ奇襲上陸作戦」(Dieppe Raid)が実施された。カナダ軍・イギリス軍を中核にしたコマンド部隊6,000人がチャーチル歩兵戦車30両のとともに上陸したが、優勢なドイツ軍の反撃にあって半数以上の損害をだし、作戦は大失敗に終わった。この上陸で、軟弱な砂浜や障害物を乗り越えることも、トーチカの守備隊への攻撃も困難であることが判明した。そこで、作戦失敗を活かして、敵の防備する海岸に上陸する際、その障害・防備を打ち破ることのできる特殊装甲工作車両の必要性が認識された。

写真(右)1942-1943年頃、ヨーロッパ大陸侵攻・北アフリカ侵攻に配慮して開発されたマチルダ・バロンMatilda Baron flail tankフライル地雷除去戦車:イギリス製マチルダ戦車の砲塔を除去し軽量化し、車体前面に鎖をつけた回転ローラー(クラブ・フライル)を装備して、鎖の衝撃で敷設された地雷を破壊する。爆破の衝撃や破片から乗員を保護するために装甲が施されている。
Catalogue number: H 31847, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: War Office official photographer Watson (Gnr), Object description: Matilda Baron flail.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (H 31847)引用。


1942年8月19日のディエップ奇襲上陸作戦Dieppe Raid)では、イギリスが新鋭チャーチル歩兵戦車を投入した。この戦車は、重装甲と攻撃力、すなわち対歩兵に軽快な戦車砲を砲塔に搭載し、大型榴弾を発射できる大口径砲を車体に搭載していた。つまり、対歩兵・対戦車能力を併せ持っており、奇襲上陸に大きな威力を発揮すると期待されていた。しかし、軟弱な砂浜海岸や障害物でその機動が制限され、十分な威力を発揮できずに、立ち往生してしまったのである。

 1942年8月のディエップ奇襲上陸作戦Dieppe Raid)の失敗を受けて、イギリス軍は、北アフリカ侵攻 (North African Campaign)、ヨーロッパ大陸侵攻の時の上陸作戦のためには、海岸に上陸する際の特殊装甲工作車が必要であると認めるようになった。こうして、装甲車両王立工作車(AVRE:Armoured Vehicle Royal Engineers)と称される工兵部隊用の特殊車両が開発されるようになったのである。

写真(右)1942年11月5日、マチルダ・バロンMatilda Baron flail tankフライル地雷除去戦車:北アフリカの砂漠に投入されたマチルダ・バロンフライル地雷除去戦車は、イタリア軍、ドイツ軍の敷設した対戦車地雷を破壊し、突破口を開くことができたのであろうか。
THE BRITISH ARMY IN NORTH AFRICA 1942、Catalogue number: E 19019, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 1 Army Film & Photographic Unit Fox (Sgt), Object description: Matilda Scorpion flail tank, 5 November 1942.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (E 19019)引用。


 装甲車両王立工作車(AVRE:Armoured Vehicle Royal Engineers)の母体となったのは、イギリス製チャーチル戦車やマチルダ戦車、あるいはアメリカ製M4シャーマン中戦車など、既存の戦車で装甲が施された車両だった。つまり、海岸に上陸するに際して、敵の下記の反撃を想定し装甲車が、砂浜海岸の軟弱地盤を支障なく装甲するキャタピラ式の車両が求められたが、新規の設計・生産では効率が悪いので、結局、装甲車両王立工作車(AVRE:Armoured Vehicle Royal Engineers)は既存の戦車を利用することになった。

写真(右)1942年11月5日、北アフリカ、マチルダ・バロンMatilda Baron flail tankフライル地雷除去戦車:撮影場所が指定されていないが、戦車の塗装と状況から見て、北アフリカの砂漠に投入されたものだが、実戦に何台投入されたのであろうか。
THE BRITISH ARMY IN NORTH AFRICA 1942、Catalogue number: E 18868, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 1 Army Film & Photographic Unit Groom (Sgt), Object description: A Matilda Scorpion flail tank, 2 November 1942.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (E 18868)引用。


 砂浜海岸への上陸作戦のために準備された工兵部隊用の特殊車両は、装甲車両王立工兵隊指揮官パーシー・ホバートPercy Hobart:1885-1957)少将に因んで「ホバーツ・ファニーズ」(Hobart's Funnies:ホバートの奇妙な連中)と自嘲気味に呼ばれることになった。戦車を改造した、装甲車両王立工作車(AVRE:Armoured Vehicle Royal Engineers)は、特異な装備をして、車両の形状も異彩を放っていたからである。

イギリス陸軍マチルダMatilda歩兵戦車を見る。


7.イギリス軍バレンタイン・スコーピオン・フライルValentine Scorpion flail地雷除去戦車

写真(右)1943-1944年頃(?)、イギリス(?)、バレンタイン地雷処理ローラー装備戦車(Valentine with AMRA :anti-mine roller attachment):重量のあるローラーを前進させてその重みで地雷を爆発させ、地雷の無い安全な通り道を確保する地雷処理戦車。地雷処理中にも敵の攻撃を受けることが予測されるために、防御里局と反撃力のある戦車が地雷処理に使われた。
TANKS AND ARMOURED FIGHTING VEHICLES OF THE BRITISH ARMY 1939-45、 Catalogue number: MH 14147, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM、 Subject period: Second World War、 Alternative Names: object category: Black and white、 Object description: Valentine with AMRA (anti-mine roller attachment).
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (MH 14147)引用。


写真(右)1943年頃(?)、イギリス(?)、バレンタイン・スコーピオン・フライルValentine Scorpion flail地雷除去戦車(蠍):
TANKS AND ARMOURED FIGHTING VEHICLES OF THE BRITISH ARMY 1939-45、 Catalogue number: MH 9308, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM、 Production date; 1942, Subject period: Second World War、 Alternative Names: object category: Black and white、 Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit、 Object description: Valentine Scorpion flail.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (MH 9308)引用。


バレンタイン・スコーピオン・フライル地雷除去戦車Valentine Scorpion flail)は、バレンタイン歩兵戦車の砲塔もオードナンス43口径QF 6ポンド57ミリ砲Mk.IIIを撤去して、車体前部に地雷を爆破して撤去する鎖を取り付けた特殊車両。鎖はローラーによって回転して、地面を叩きながら進んでゆく。地雷を鎖による衝撃で起動し爆破する。この爆破の衝撃を避けるように、車体前面には爆破除けの防備用楯が取り付けられている。そして、大量生産されたM4中戦車を改造したSherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車が量産された。

さらに、戦場で戦車が壕に埋まったり、軟弱地盤に足をとられたりした場合、車体を若干持ち上げて、牽引することで、脱出できる場合が多い。戦場で動けなくなった戦車を素早く改修、修理して前線に復帰させることで、兵力の維持は、新兵や新しい戦車の供給を待つよりも早期に回復できる。そこで、走行を施して、敵の攻撃を予期しつつ、戦車を回収、牽引できる装甲回収車が開発、部隊配備されるようになった。


8.イギリス軍チャーチル対地雷キャスターローラー戦車Churchill AMRCR(Anti-Mine Reconnaissance Castor Roller)

写真(右)1943-1944年頃、ヨーロッパ大陸反攻用に開発されたイギリス軍のチャーチルChurchill対地雷偵キャスターローラー戦車AMRCR(Anti-Mine Reconnaissance Castor Roller):地雷が敷設してある海岸を、重量のあるキャスターを押して、圧力をかけて事前に地雷を爆破する地雷除去戦車。試作のみで実戦には投入されなかった。
Catalogue number: MH 14037, Part of CHERTSEY COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: War Office official photographer Baynes (Sgt), Object description: Churchill with AMRCR(Anti-Mine Reconnaissance Castor Roller) equipment.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (MH 14037)引用。


 1942年8月19日、「ディエップ奇襲上陸作戦」(Dieppe Raid)が実施された。カナダ軍・イギリス軍を中核にしたコマンド部隊6,000人がチャーチル歩兵戦車Churchill)30両のとともに上陸したが、優勢なドイツ軍の反撃にあって半数以上の損害をだし、作戦は大失敗に終わった。この上陸で、軟弱な砂浜や障害物を乗り越えることも、トーチカの守備隊への攻撃も困難であることが判明した。そこで、新鋭チャーチル歩兵戦車を投入した作戦失敗を活かして、敵の防備する海岸に上陸する際、その障害・防備を打ち破ることのできる特殊装甲工作車両の必要性が認識されたのである。



 1942年8月19日のディエップ奇襲上陸作戦Dieppe Raid)では、イギリスが新鋭チャーチル歩兵戦車Churchill)を投入した。この戦車は、重装甲と攻撃力、すなわち対歩兵に軽快な戦車砲を砲塔に搭載し、大型榴弾を発射できる大口径砲を車体に搭載していた。つまり、対歩兵・対戦車能力を併せ持っており、奇襲上陸に大きな威力を発揮すると期待されていた。しかし、軟弱な砂浜海岸や障害物でその機動が制限され、十分な威力を発揮できずに、チャーチル歩兵戦車は立ち往生してしまったのである。

 1942年8月のディエップ奇襲上陸作戦Dieppe Raid)の失敗を受けて、イギリス軍は、ヨーロッパ大陸侵攻、北アフリカ侵攻時の上陸作戦のためには、海岸に上陸する際の特殊装甲工作車が必要であると認めるようになった。こうして、装甲車両王立工作車(AVRE:Armoured Vehicle Royal Engineers)と称される工兵部隊用の特殊車両が開発されるようになったのである。

 装甲車両王立工作車(AVRE:Armoured Vehicle Royal Engineers)の母体となったのは、イギリス製オードナンス50口径6ポンド57ミリQF速射砲Mk.VOrdnance QF 6-pounder Mk.V)装備のA22 チャーチル歩兵戦車Churchill)やマチルダ戦車、あるいはアメリカ製M4シャーマン中戦車など、既存の戦車で装甲が施された車両だった。つまり、海岸に上陸するに際して、敵の下記の反撃を想定し装甲車が、砂浜海岸の軟弱地盤を支障なく装甲するキャタピラ式の車両が求められたが、新規の設計・生産では効率が悪いので、結局、既存の戦車を利用することになった。大量生産されていたM4中戦車を改造したSherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車が最も普及するようになったのは当然だった。



 砂浜海岸への上陸作戦のために準備された工兵部隊用の特殊車両は、装甲車両王立工兵隊指揮官パーシー・ホバートPercy Hobart:1885-1957)少将に因んで「ホバーツ・ファニーズ」(Hobart's Funnies:ホバートの奇妙な連中)と自嘲気味に呼ばれることになった。戦車を改造した特殊車両は、特異な装備をして、車両の形状も異彩を放っていたからである。


9.イギリス戦車 A27L セントー(ケンタウル)ドーザー工作戦車 Centaur Dozer

写真(右)1943年頃、イギリス、イギリス軍A27L セントー(ケンタウル)Centaur Dozer.ドーザー工作戦車ARMOURED FIGHTING VEHICLES, Catalogue number: MH 13993, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM 、 Subject period: Second World War、  Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)
Object description: Centaur Dozer.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM(MH 13993)引用。


写真(右)1943年頃、イギリス、イギリス軍A27L セントー(ケンタウル)Centaur Dozer.ドーザー工作戦車:ARMOURED FIGHTING VEHICLES, Catalogue number: MH 13993, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM 、 Subject period: Second World War、  Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)
Object description: Centaur Dozer.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM(MH 13993)引用。


写真(右)1943年頃、イギリス、イギリス軍A27L セントー(ケンタウル)Centaur Dozer.ドーザー工作戦車 :ARMOURED FIGHTING VEHICLES, Catalogue number: MH 14081, Part of FIGHTING VEHICLE ESTABLISHMENT CHOBHAM 、 Subject period: Second World War、  Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)
Object description: Centaur Dozer.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM(MH 14081)引用。



10.イギリス軍 クロムウェル工作戦車 Cromwell ARV

写真(右)1943年頃、イギリス、斜め前方から見たイギリス軍のクロムウェル工作戦車Cromwell ARV :Mk.VIII クロムウェル巡航戦車 (A27)の砲塔を撤去して軽量化し、牽引力を強化し、最前線での使用を考慮して装甲を残した戦車回収車。
TANKS AND AFVS OF THE BRITISH ARMY 1939-45、 Catalogue number: MH 3665、Part of MINISTRY OF SUPPLY (KIDBROOKE) COLLECTION, Subject period: Second World War、  Alternative Names: object category: Black and white、Object description: Cromwell ARV.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MH 3665)引用。


写真(右)1943年頃、イギリス、斜め後方から見たイギリス軍のクロムウェル工作戦車Cromwell ARV :Mk.VIII クロムウェル巡航戦車 (A27)の砲塔を撤去して軽量化し、牽引力を強化し、最前線での使用を考慮して装甲を残した戦車回収車。
TANKS AND AFVS OF THE BRITISH ARMY 1939-45、 Catalogue number: MH 3666、Part of MINISTRY OF SUPPLY (KIDBROOKE) COLLECTION, Subject period: Second World War、  Alternative Names: object category: Black and white、Object description: Cromwell ARV.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (MH 3666)引用。



11. シャーマン海岸装甲回収車BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle)

写真(右)1944年2月8日、イギリス、ロンドンのアールズ・コート屋内展示場に置かれたシャーマン海岸装甲回収車BARV(Beach Armoured Recovery Vehicle:海岸装甲回収車)
Catalogue number:H 35624, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: War Office official photographer Stubbs (Sergeant), Object description: Sherman BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle), Earls Court, London, 8 February 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (H 35624)引用。


 北フランス侵攻に際して、上陸する砂浜海岸に敷設された地雷を掃除するために、M4中戦車を改造したSherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車を投入することが決まっていた。しかし、上陸地点の軟弱な地盤で、戦車やトラックなどが不整地で動けなくなることが予測された。そのまま放置しておけば、波にさらわれてしまったり、これから上陸する部隊の障害物になったりする。そこで、上陸海岸で立ち往生した戦車など重量物を回収する戦闘車両として 、シャーマン回収車BARV(Beach Armoured Recovery Vehicle:海岸装甲回収車)が開発された。装甲を施しているのは、後方の安全地帯での作業ではなく、放火の飛び交う最前線での回収作業のためである。

さらに、海岸線に上陸を阻むために設けられたバリケードや機雷をダイバーを使って除去することも必要で、ダイバーを安全に所定地点に運ぶために装甲を施した水陸両用の車両が必要だった。

写真(右)1944年6月2日、イギリス南部ペットワースPetworthからゴスポートGosportへ移動中のイギリス軍第13/18騎兵連隊のアメリカ製M4シャーマンSherman戦車とシャーマン海岸装甲回収車BARV(Beach Armoured Recovery Vehicle) : 数日後に迫ったノルマンディ侵攻のDデイに合わせて、港での乗船準備に向かうところ。
Catalogue number:H 38987, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Mapham J (Sgt), Object description: A Sherman BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle) and Sherman tanks of 13th/18th Royal Hussars during the regiment's move from Petworth to Gosport, prior to embarking for D-Day, 2 June 1944. Label: A Sherman BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle) and Sherman tanks of 13th/18th Royal Hussars during the regiment's move from Petworth to Gosport, prior to embarking for D-Day, 2 June 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (H 38987)引用。


 シャーマン海岸装甲回収車Sherman BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle)は、M4シャーマンA2戦車をベースにして、車体から砲塔を撤去、軽量化し、そこにウインチやワイヤーなど牽引に必要な用具を搭載した戦車回収車。海岸から上陸するときには、戦車水陸両用(BARV:Beach Armoured Recovery Vehicle)であり、海岸付近に敷設された機雷を除去するためのダイバーも乗り込んでいた。

  写真(右)1944年6月6日、イギリス南岸ゴスポートGosportから戦車上陸用舟艇 LCT 610に積載されてノルマンディ海岸に向かうイギリス軍第27装甲旅団第13/18騎兵連隊のアメリカ製M4シャーマンSherman戦車とその前に置かれたシャーマン海岸装甲回収車BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle)
Catalogue number:H 38987, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Mapham J (Sgt), Object description: Sherman tanks and other vehicles of 13th/18th Royal Hussars, 27th Armoured Brigade, aboard LCT 610 approaching the French coast, 6 June 1944. The Sherman tank in the foreground (T147161 '10' 'Balaclava') is a RHQ tank. In front of it is a Sherman BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle). 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (H 38987)引用。


 シャーマン海岸装甲回収車BARVBeach Armoured Recovery Vehicleは、
?戦車よりも軽量で機動性が高いために真っ先に上陸して、航続する戦車が不整地で動けなくなった際にすぐに牽引できる位置にあるようにする、
?敵の放火を真っ先に浴びるのであれば、最前線での戦車回収をするためにも戦車並みの装甲を確保する、
?水陸両用車両とすることで、海岸に敷設された機雷や障害物をダイバーを使って掃除する、
という3つの特徴があった。

写真(右)1944年6月14日、海岸で動けなくなったベッドフォード・トラックを牽引するシャーマン海岸装甲回収車BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle) :ノルマンディ上陸地点のようだが、イギリスの海岸でトラックを揚陸艦まで牽引しているのかもしれない。
Catalogue number:B 5578, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, No 5 Army Film & Photographic Unit Morris (Sgt), Object description: A Sherman BARV tows a disabled Bedford articulated lorry and trailer off the beach, 14 June 1944.
 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5578)引用。


 シャーマン海岸装甲回収車(BARV:Beach Armoured Recovery Vehicle) は、M4シャーマン戦車より前に置かれているので、上陸時にはM4より先に上陸することになる。これは、砲塔がなく水陸両用で機動性に富んだシャーマン海岸装甲回収車BARV が戦車に先行することで、?海岸付近の機雷をダイバーを使って掃除する、?戦車が軟弱地盤で立ち往生した場合に、ワイヤーや鎖を使って即座に牽引し、脱出させること、という2点が企図されている。

 シャーマン海岸装甲回収車(:Beach Armoured Recovery Vehicle)には、水陸両用車両として、海岸に敷設された機雷や障害物をダイバーを使って掃除するといった現在のシールズのような任務も考慮されていたが、実際にはこの任務には、海上機動性が求められ、水陸両用車よりも上陸用舟艇を利用したほうが効果的と判断できる。また、最前線での海岸部の掃除は、秘匿作業で行ったほうが有利であり、大騒音を立てる水陸両用車の使用は敵に発見、攻撃を受けやすい。そこで、シャーマン海岸装甲回収車(BARV:Beach Armoured Recovery Vehicle)を用いた機雷除去作業は実戦では実施されていないようだ。

他方、M4中戦車を改造したSherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車はノルマンディ侵攻に大量投入されている。


12.シャーマン回収車 (Sherman Recovery tank)

写真(右)1944年6月-7月、北フランス、カーン南5マイル、ファレーズ方面に向かうイギリス軍シャーマンSherman回収戦車。後方のM4シャーマン戦車との間隔が狭いので牽引しているようだ。 :M4シャーマン戦車の砲塔を除去し、軽量化したために、牽引能力は大幅に向上した。シャーマン海岸装甲回収車BARVは、水陸両用を目指しており、水上装甲の装備も備えた複雑な構造であり、全高も1メートル近く高い。しかし、シャーマン回収車は、砲塔を除去しただけの簡易型の工作車である。
Catalogue number: B 8910, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Object description: The town of Bourguebus, five miles south of Caen on the road to Falaise was cleared of the enemy by British infantry and tanks. Picture shows: A Sherman Recovery tank towing a crippled Sherman through the ruined town. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8910)引用。


写真(右)1944年8月6日、北フランス(?)、穴にはまって動けなくなったM4シャーマン戦車を牽引して救出しようと働いているイギリス軍工兵とイギリス軍シャーマンSherman回収戦車。 横になったM4シャーマン戦車の車体前面に大型の隙のような金属板が埋め込まれているが、これはキャタピラが土砂で滑らないようにする導板である。シャーマン回収車は、M4中戦車を改造した特殊工作戦車ではあるが、地雷除去用のクラブ・フライル(Sherman Crab flail)地雷掃除戦車とは異なって、戦車砲塔を除去し、牽引装置を備えただけの簡易工作車ではあるが、その牽引能力の大きさをもって活躍していた。
Catalogue number: B 8741, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Gee (Sgt),  Object description: A tank recovery unit works to extricate a Sherman from a ditch, 6 August 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8741)引用。


写真(右)1945年3月24日、ドイツ、ライン川を渡河したイギリス軍シャーマンSherman回収戦車と特殊装甲工兵車両。 :M4シャーマン戦車の砲塔を除去し、牽引装置などを装着しただけの簡易工作車だが、車体、サスペンション、エンジンはM4戦車と同じなので、軽量になった分だけ、牽引能力は向上している。
Catalogue number: B 8910, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Malindine E G (Capt),  Object description: A Sherman ARV and other specialised armour moving up to cross the Rhine, 24 March 1945. Label: A Sherman ARV (armoured recovery vehicle) and other specialised armour moving up to cross the Rhine, 24 March 1945. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 8910)引用。


写真(右)1945年4月20日、ドイツ、ハンブルク=ブレーメンの道路で仮設架橋が崩落し転落したイギリス近衛師団アイルランド近衛歩兵連隊(IG)のM4シャーマン中戦車を牽引して回収しようとしているシャーマンSherman回収戦車 :転落したM4シャーマン戦車は大重量なので、牽引には、ワイヤーでも鎖でもなく、ロッドを繋いだものを使用している。左はシャーマンSherman回収戦車、右端は、ゴムタイヤの牽引車で、牽引にはワイヤーを使用しているようだ。M4シャーマン戦車の車体前面には転輪が3個あり、補助装甲板として機能している。また、車体前面と砲塔の周囲は樹木で偽装されている。このような実戦に投入された戦車の上面を撮影した写真は珍しく貴重である。
Catalogue number: BU 4162, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Johnson (Sgt), 
Object description: Recovery vehicles prepare to tow a Sherman tank of the Irish Guards out of a stream where it landed after collapsing a bridge on the slip road leading to the Bremen-Hamburg autobahn, 20 April 1945. The tank was evenutally recovered undamaged.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 4162)引用。


シャーマン海岸装甲回収車(BARV: Beach Armoured Recovery Vehicle)は、水陸両用を目指しており、水上装甲の装備も備えた複雑な構造であり、全高も1メートル近く高い。しかし、 シャーマン回収車Sherman ARV ( Armoured Recovery Vehicle)は、同じくM4中戦車を改造したクラブ・フライル(Sherman Crab flail)地雷掃除戦車とは異なって、砲塔を除去し、牽引装備を追加したより簡易仕様の工作車である。


13.アメリカ陸軍 M4 中戦車 シャーマン Sherman

写真(右)フランス、ソミュール、ソミュール・エスティエンヌ将軍戦車博物館(Musée des blindés de Saumur Général Estienne)に展示されているアメリカ軍M4A2シャーマン中戦車
Title: M4 Sherman tank. On display at Saumur Général Estienne Museum., M4A2 Sherman in museums 2nd Armored Division (France) Sherman tanks in the Musée des Blindés Sherman tanks in French service Date Created/photographer: 2009/7/8, Rama
写真はWikimedia Commons>File:Sherman img 2302.jpg引用


 アメリカ陸軍M4シャーマン Sherman中戦車は、アメリカ参戦前の1940年夏に設計され、実戦投入は、1942年の北アフリカのエルアラメインにおける対ドイツ戦。出現当時は、ドイツ軍にM4シャーマン戦車を上回る対戦車戦闘能力を持った戦車はなかった。しかし、ドイツ軍戦車が短砲身ではなく長砲身43口径7.5センチ戦車砲を装備するようになり、さらに8.8センチ砲を装備するティーガー戦車を投入するに至って、M4シャーマン戦車の個別性能の優位性は崩れはじめた。しかし、個別能力を数的優位で補い、終戦まで活躍した。重量30トン 時速40キロ 航続距離193キロ、装甲80ミリ、乗員5人。機関の信頼性、乗員の居住性に優れていた上に、量産や整備のしやすさにも十分配慮されていた。

アメリカ陸軍M4シャーマン Sherman中戦車の諸元
車体長:5.84 m (19.2 ft)
全幅:2.62 m (8 ft 7 in)
全高:2.67 m (8 ft 9 in)
重量:30.3 t
最高路上速度:38.6 km/h(整地)、19.3 km/h(不整地)
航続距離:193 km
主砲:37.5口径75mm戦車砲M3(90発)
車載機銃:砲塔上;12.7ミリ重機関銃M2×1(600発)、車体前面;7.62ミリ機関銃M1919×2(6,250発)
装甲:砲塔防盾:76 mm
砲塔:前面64-76 mm、側面50 mm、後面64 mm
車体:前面51 mm、側面38-45 mm、後面38.1 mm
エンジン:Continental R975 C4 4ストローク星型 9気筒空冷ガソリン400馬力
乗員:5 名

写真(右)フランス中西部、メーヌ=エ=ロワール県ソミュール戦車博物館に展示してあるアメリカ軍M4A2シャーマン中戦車:M4A2 Sherman tank in the Musée des Blindés.フランスのソミュール戦車博物館は、アメリカのアバディーン陸軍兵器展示場、パットン戦車博物館、イギリスのボービントン戦車博物館、ロシアのクビンカ戦車博物館と同しく世界有数の戦闘車輛博物館。
Title: Photographed in the Musée des Blindés, France.. Philippe François Marie Leclerc de Hauteclocque, (22 November 1902 ? 28 November 1947), was a French general during the Second World War. He became Marshal of France posthumously in 1952, and is known in France simply as le maréchal Leclerc or just Leclerc. Date Created/photographer: 2013/9/11, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:M4A2 Sherman tank in the Musée des Blindés, France, pic-1.JPG引用

M4シャーマン戦車は、M3リーLee/グラントGrant中戦車の車体を利用し、そこに砲塔に75mm砲を搭載するスタイルで設計された。M4シャーマン戦車が制式になったのは、1941年10月で、これは日米開戦の直前だった。また、大量生産するために、鋳造生産の車体としたM4A1、板金溶接車体のM4の2種類が同時に量産された。M4A1はアメリカ参戦直後の1942年2月から量産が開始され、M4は1942年7月から量産が開始された。

M4A2シャーマン中戦車は、フィッシャー戦車工場(Fisher Tank Arsenal)、プルマン・スタンダード自動車Pullman-Standard Car Company)、アメリカ蒸気機関社(American Locomotive Co.)、バルドウィン蒸気機関製作所(Baldwin Locomotive Works)、フェデラル機械溶接(Federal Machine and Welder Co.)で1942年4月から1944年5月までに8,053台生産された。ジェレラスモータース社GM6046ディーゼルエンジン(GM 6046 diesel)を搭載し、40口径75ミリ戦車砲(75 mm M3 L/40 gun)1門、収容砲弾数90発、50口径12.7ミリ機関銃1丁、7.62ミリ機関銃2丁を装備。重量30トン。 

写真(右)北フランス、ノルマンディー、アロマンシュの上陸地点に展示してあるアメリカ軍M4A2シャーマン中戦車:ゼネラルモーターズ(General Motors Company)社GM6046ディーゼル・エンジンを搭載、40口径75ミリ戦車砲1門を搭載。
Title: M4A2 Sherman tank "Berry-au-Bac" at Arromanches belonged to the 2nd Armored Division of General Leclerc. Philippe François Marie Leclerc de Hauteclocque, (22 November 1902 ー 28 November 1947), was a French general during the Second World War. He became Marshal of France posthumously in 1952, and is known in France simply as le maréchal Leclerc or just Leclerc. Date Created/photographer: 2014/6/23, Dennis Jarvis from Halifax, Canada
写真はWikimedia Commons>File:M4A2 Sherman tank "Berry-au-Bac" at Arromanches (Calvados, France) belonged to the 2nd Armored Division of General Leclerc - 23 June 2014.jpg引用

第二次大戦が1939年9月に勃発すると、アメリカは、1941年3月に武器貸与法に制定し、イギリスに対して、兵器から燃料・被覆など戦略物資を貸与、レンドリースを始めた。その際、ドイツ軍戦車を上回る大型強力な75ミリ戦車を搭載した戦車が望まれるようになった。

 しかし、当時のアメリカのM3スチュアート戦車は37ミリ砲を搭載するにすぎず、大型砲を全周旋回砲塔に搭載するには、新たな設計が必要だった。そこで、砲塔に75ミリ砲を搭載するM4シャーマン戦車が量産可能になるまで、車体に75mm砲を搭載したM3グラント戦車が量産され武器貸与法によってイギリスに渡されることになった。

写真(右)アメリカ、ケンタッキー州ファートノックスのジョージ・パットン将軍博物館(General George Patton Museum)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車:ライト星形9気筒空冷エンジンを搭載し最高時速24マイル、40口径75ミリ戦車砲1門、50口径12.7ミリ機関銃1丁、7.62ミリ機関銃2丁を装備。
The General George Patton Museum is located in 4554 Fayette Avenue, Fort Knox, Kentucky
Title: This is a Sherman M4 Medium Tank, named Rosie. It weighs 36 tons, was powered by a Wright 9 cylinder radial air cooled engine, a manual transmission, and a top speed of 24 miles per hour. It was armed with one 75 millimeter gun, one 50 caliber machine gun and two 30 caliber machine guns. It was used in World War Two and the Korean conflict. Date Created/photographer: 2010/7/31, Dorian Wallender
写真はWikimedia Commons>File:M4 composite in the General George Patton Museum.jpg引用

 アメリカ軍が重装甲、大口径砲装備の重戦車を設計、量産できなかったのではない。参戦当時、アメリカにはLST(戦車揚陸艦)はなく、戦車のような重量物をクレーンで船倉に積載する設備に限りがあった。貨物船に装備された大型クレーンではたかだか重量10トンから20トン程度の貨物を吊り上げることしかできない。また、クレーンには、ウインチ(ワイヤー巻き上げ機)、モーター(油圧機)、吊り上げワイヤー、フック、カーゴブロック(滑車)も必要であり、その強度の上からも大重量の貨物は負荷大きく、備品を磨耗させるため、耐用年数も短縮させてしまう。

写真(右)イギリス、ロンドン、イギリス帝国戦争博物館(IWM)に展示されているアメリカ製M4A4シャーマン中戦車:このシャーマン中戦車は、1944年から1945年にかけて北西ヨーロッパで、イギリス軍近衛戦車師団によって使用された車両。このことは修理していた時に、車体に描かれていた部隊記号が発見されたことで判明した。クライスラー社製Chrysler A57 multibank空冷ガソリン・エンジン搭載、75ミリ砲装備、デトロイト戦車工場(Detroit Tank Arsenal)で 1942年7月から1943年11月までに7,499台生産された。Sherman M4A4 Medium Tank (Willie Pusher II)
Title: Sherman M4a4 Medium Tank (willie Pusher Ii) The most numerous variant of the Sherman tank in British service during The Second World War. Date Created/photographer: 2010/7/28, joost j. bakker from ijmuiden, the netherlands
History note: Service history unknow. However, when the object was stripped back for repainting on acquisition it was found to be carrying markings commensurate with a tank operating with the Guards Armoured Division in North West Europe, 1944-45. The M4A4 was the most common lend lease Sherman type used by the British Army.
写真はImperial War Museums>Wikimedia Commons>File:Sherman M4a4 Medium Tank (willie Pusher Ii) 4000.50.2.jpg引用


 当時の港湾に装備された大型クレーンでも、一般的には重量30トンの貨物扱う30トンクレーンであり、それが積み下ろしの限界であった。戦艦「大和」を艤装した呉海軍工廠もガントリークレーンを除けば、やはりコーワンズ&シェルドン製ジブクレーン30t×125ft(30トンクレーン)であった。つまり、クレーンCrane)施設が整っていない港湾も多く、30トン以上の戦車を迅速に陸揚げできない以上、重量40トンの戦車を開発しても、ヨーロッパやアジアで戦うイギリス軍やアメリカの遠征軍に運搬する手段が制限された。したがって、武器貸与法に基づいて外国に戦車を積出すことを考慮して、戦車の重量も30トン程度を限度と考えたのである。

写真(右)南ベルギー、フランス国境近くのエルムトン=シュル=ムーズ(Hermeton-sur-Meuse)に展示されているアメリカ軍M4A4シャーマン中戦車:クライスラー社製Chrysler A57 multibank空冷ガソリン・エンジン搭載、75ミリ砲装備、デトロイト戦車工場(Detroit Tank Arsenal)で 1942年7月から1943年11月までに7,499台生産された。Monuments featuring M4A4 Sherman,
Title: M4 Sherman tank Battling Annie. Date Created/photographer: 2010/7/28, joost j. bakker from ijmuiden, the netherlands
写真はWikimedia Commons>File:M4 Sherman tank Battling Annie.jpg引用

写真(右)南ベルギー、フランス国境近くのエルムトン=シュル=ムーズ(Hermeton-sur-Meuse)に展示されているアメリカ軍M4A4シャーマン中戦車:クライスラー社製Chrysler A57 multibank空冷ガソリン・エンジン搭載、75ミリ砲装備、デトロイト戦車工場(Detroit Tank Arsenal)で 1942年7月から1943年11月までに7,499台生産された。Monuments featuring M4A4 Sherman,
Title: M4 Sherman tank Battling Annie. Date Created/photographer: 2010/7/28, joost j. bakker from ijmuiden, the netherlands
写真はWikimedia Commons>File:M4 Sherman tank Battling Annie (1).jpg引用

M4 シャーマン Sherman V (OP)戦車諸元
設計:1942年、生産期間:1942年5月−1943年9月、生産台数:7,499両
重量:31.6 トン、全長:6.05 m、全幅:2.62 m、全高:2.74 m
装甲:最大76 mm、乗員:5名
兵装:40口径75 mm M3 L/40砲 (搭載砲弾数90発)
車載機銃:0.50口径12.7ミリBrowning M2HBブローニング機銃 (搭載弾丸数300発), 2丁 ×0.30口径7.62ミリ Browning M1919A4ブローニング機銃(搭載弾丸数4,750発)
エンジン: Chrysler A57 Multibank 30シリンダー、21Lエンジン. 470 hp 2,700回転・毎分
馬力・重量比(Power/weight)12.2馬力/トン
トランスミッション:前進4段、後進1段
サスペンション:垂直車軸懸架装置Vertical Volute Spring Suspension (VVSS)
航続距離:160 km 605リットル(80オクタン)、最高速度:40 - 48 km/h。

写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車のクライスラーA57マルチバンクエンジン:後方の戦車はアメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車 M4A4 (Sherman VC Firefly)Tank Medium (17 Pdr)で、第二次世界大戦中にイギリス軍が使用していたものを、戦後になって、オランダ軍に譲渡したものと思われる。アーメルスフォールトは、アムステルダム南東40キロにある。
Title: Sherman M4 at the Cavalry museum on the "Friends of the museum day". Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman M4 no T341213 pic9-001.JPG引用

M4シャーマン戦車、シャーマン・クラブファイル地雷処理戦車が搭載していたエンジンは、クライスラー社製の航空機用空冷星型エンジンで、クライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)と呼ばれた。30気筒cylinder、総排気量21リットル (1253立方インチ) 、470 馬力、回転数毎分2,700回転である。

写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車のクライスラーA57マルチバンクエンジン:アーメルスフォールトは、アムステルダム南東40キロにある。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman tank engine pic3.JPG引用

クライスラー社のクライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)は、6気筒エンジン5台の集合体で、1気筒当たり250.6 立方インチ (4.12 リットル)、ボアbore 3.4375" (87.3 mm)、ストーク 4.50" (114.3 mm)である。

写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車のクライスラーA57マルチバンクエンジン:空冷エンジンなので、巨大なファンが付いていて、外気を取り入れて加熱したシリンダーその他のエンジン部品を冷却する。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman tank engine pic4.JPG引用

M4シャーマン中戦車は、このほかコンチネンタル社製ライトR-975 Continental Wright R975 C1/C4)星形空冷ガソリンエンジン やゼネラルモーターズ社製GM 6046液冷ツインディーゼルエンジンGM 6046 Twindiesel)直列6気筒2ストロークなど、多様なエンジンを搭載することができた。



写真(右)フィンランド、ヘルシンキ北東100キロ、パロラ戦車博物館(General George Patton Museum)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車:重量31トン、ライト星形9気筒空冷エンジンを搭載し最高時速39キロ、40口径75ミリ戦車砲1門、装甲は12ミリから76ミリ(3インチ)。
Parola Tank Museum in Hameenlinna, 100 kilometres northeast of Helsinki, has a reputation as a tank enthusiast’s dream, boasting over 50 tanks and armored vehicles.
Title: English: M4 Sherman in Parola tank museum Suomi: M4 Sherman Taistelupanssarivaunu Taistelupaino 31 tonnia moottori 9-sylinterinen bensiini tähtimoottori 400 hv nopeus 39 km/h miehistö 5 miestä panssarointi 12-76 mm pääase 75 mm tykki. Date Created/photographer: 2010/7/31, Dorian Wallender
写真はWikimedia Commons>File:M4 composite in the General George Patton Museum.jpg引用

写真(右)台湾、成功嶺に展示されているアメリカ製M4A1シャーマン中戦車:このシャーマン中戦車は、中華民国の蒋介石隷下の国民党軍によって使用されたもの。
Sherman M4A4 Medium Tank (Willie Pusher II)
Title: 成功嶺展示的中華民國陸軍M4薛曼戰車,攝於2012年營區開放活動。M4A1 Sherman in museums Military equipment at Chengkungling. Date Created/photographer: 2010/10/6, 玄史生.
写真はImperial War Museums>Wikimedia Commons>File:M4 Sherman Tank Display in Chengkungling 20121006a.JPG引用



14.米軍M4A3E8中戦車/英軍シャーマン・ファイアフライ Firefly−76ミリ砲・17ポンド速射砲

写真(右)1944年6月16日、北フランス(?)、灌木の茂る路上で戦闘準備に入るようなイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したのが、ファイアフライ戦車。
THE NORMANDY CAMPAIGN 1944, Catalogue number: B 5546, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit、 Object description: A Sherman Firefly tank alongside a hedge, 16 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 5546)引用。


 イギリス製の長砲身58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)は、1943年から生産された、装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)を装填できる強力な対戦車砲である。装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)は、質量の大きいタングステンを含む弾頭を用いて、貫通力を高めた。装弾筒は軽金属として軽量化し初速は毎秒1000メートルの高速。搭載砲弾数は77発。

写真(右)1944年7月26-28日、北フランス、ノルマンディ海岸「ゴールドビーチ」に建設された巨大人工港マルベリーに戦車揚陸艦LSTから揚陸されるポーランド第1軍団第10装甲騎兵旅団第1装甲連隊B中隊のアメリカ製M4シャーマンSherman戦車:ノルマンディ海岸バイユー北10キロのアロマンシュ=レ=バンにコンクリート、鉄筋、浮橋を利用した巨大な人工桟橋、港が建設され、そこから揚陸した物資が、上陸した連合軍へ補給された。
THE POLISH ARMY IN THE NORMANDY CAMPAIGN, 1944, Catalogue number: B 8460, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Production date1944-08 , Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Harrison (Sgt) (Photographer)
Object description: A Sherman tank of the "B" Squadron, 1st Armoured Regiment (10th Armoured Cavalry Brigade, 1st Polish Armoured Division) disembarking from a LST landing craft onto the Mulberry artificial harbour at Arromanches, 26-28 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 8460)引用。


1944年6月のヨーロッパ侵攻時で、イギリス軍はノルマンディ「ゴールドビーチ」に上陸したが、ゴールドは秘匿名称であり、実際の地名はアロマンシュ・レ・バンの海岸だった。イギリス軍は、大量の補給物資、兵力を揚陸するために、ここにきょっだいな人口埠頭「マルベリー港」(Mulberry harbour)」を建築した。これは、巨大な鋼鉄とコンクリート構造物の杭をいくつも遠浅の海に沈めて固定し、その間を、全長60mの巨大なコンクリート構造物を数十個繋いで構築する即製の港である。埠頭の全長は2キロほどとなる。 「マルベリー港」 (Mulberry harbour)の建設作業は、1944年6月7日に着手され、マルベリーAは6月16日夕方に完成した。しかし、6月19日から22日にかけて、マルベリー港 (Mulberry harbour)大きな時化に襲われ破損してしまった。

写真(右)1944年7月26-28日、北フランス、ノルマンディ海岸アロマンシュ=レ=バン(バイユー北10キロ)、「ゴールドビーチ」に建設されたマルベリー人工港の浮橋を渡るイギリス軍第1装甲旅団第10装甲騎兵旅団(第1ポーランド装甲師団)B中隊のアメリカ製M4シャーマンSherman戦車
Catalogue number: B 8463, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Harrison (Sgt),
Object description: A Sherman tank of the "B" Squadron, 1st Armoured Regiment (10th Armoured Cavalry Brigade, 1st Polish Armoured Division) commencing its journey to shore along a floating bridge at Arromanches, 26-28 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8463)引用。


 トータライズ作戦Operation 'Totalise')は、ノルマンディー侵攻後、西側連合軍占領地を東方のカーン方面に広げようと、攻勢を開始した。そして、ファレーズ北を占領し、ドイツ軍部隊の退路を断ちファレーズに包囲することができた。

写真(右)1944年7月31日、北フランス、カーン南西15キロメートル、オネ=シュル=オドンに向かって進撃するイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車が偵察部隊の装甲車を追い越している。:1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲は、長砲身で、対戦車戦闘能力が向上した。
bject description A Sherman Firefly advances towards Aunay-sur-Odon, 31 July - 1 August 1944.Catalogue number: B 8370, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Handford (Lt), Object description: A Sherman Firefly advances towards Aunay-sur-Odon, 31 July - 1 August 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8370)引用。


写真(右)アメリカ、インディアナ州、グリフィスに展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A3E8(76)W "Easy Eight": 76mm戦車砲M1改良型の76mm戦車砲M1A1は、砲身長戦車砲塔の容積と重量バランスを考慮して軽量化したため、76.2ミリ砲の砲身が15インチ (380 mm)短縮され、従来の57口径から52口径に減少した。
Title: Sherman Tank on display in Griffith, Indiana. Date Created/photographer: 2013/7/5, Paulmcdonald
写真はWikimedia Commons>File:Griffith Sherman Tank 1.JPG引用

 アメリカ製 M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車は、従来のM4シャーマン戦車の車体はそのままで、搭載していた75ミリ戦車砲を長砲身58.3口径オードナンス社の17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)に変換、装備した。つまり、76.2ミリ(3インチ)砲を搭載して対戦車能力を向上させたシャーマン戦車である。

写真(右)北フランス、ノルマンディー、「ユタ・ビーチ」に展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A3E8: 76mm戦車砲M1を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用のM4シャーマン戦車。
Title: M4 Sherman at Utah Beach, Manche, Normandy, France. Date Created/photographer: 2015/5/1, Jebulon
写真はWikimedia Commons> File:M4 Sherman Utah Beach.jpg引用


写真(右)北フランス、ノルマンディー、空挺部隊博物館に展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A1: 76mm戦車砲M1を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用のM4シャーマン戦車。
Title: M4 A1 Sherman at Sainte-Mère-Église Airborne Museum, Manche, Normandy, France.. Date Created/photographer: 2015/5/1, Jebulon
写真はWikimedia Commons>File:M4 Sherman Utah Beach.jpg引用


 シャーマン・ファイアフライ中戦車は、イギリス王立造兵廠RuhrgebietRoyal Arsenalで、M4シャーマン戦車の搭載していた37.5口径75mm戦車砲M3を長砲身58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換した改修型。終戦の1945年5月までに2000両以上で、ドイツ軍の重戦車ティガーよりも多い。

写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ軍アメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車 M4A4 (Sherman VC Firefly)Tank Medium (17 Pdr)を正面から撮影:イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載したシャーマン・ファイアフライ戦車。オランダ軍の記章を付けているので、イギリス軍が第二次大戦中に使用していたものを、戦後になって、オランダ軍に譲渡したものと思われる。アーメルスフォールトは、アムステルダム南東40キロにある。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman M4 no T341213 pic9.JPG引用


写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車 M4A4 (Sherman VC Firefly)Tank Medium (17 Pdr) :イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載した元オランダ軍のシャーマンファイアフライ中戦車。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman M4 no T341213 pic1.JPG引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)に展示してあるアメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載した元オランダ軍のシャーマンファイアフライ中戦車。
Title: Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr). Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/4/18, Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons>File:Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr) (4536201443).jpg引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)に展示してあるイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):アメリカのクライスラー社(Chrysler)が1944年に製造した重量37トン、オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲搭載。
Title: Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr). Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/4/18, Geni Permission (Reusing this file) GFDL CC-BY-SA
写真はFlickr images reviewed by File Upload Bot (Magnus Manske)>Wikimedia Commons>File:Sherman firefly bovington 2014.JPG引用


シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr)は、装甲75ミリ(3インチ)、重量37.45トン、クライスラー社のクライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)30気筒21リットル370馬力、走行1キロ当たりガソリン消費量2.5リットル(1ガロン当たり0.9マイル)、1馬力当たり重量13トン、最高時速35キロ、クライスラー社(Chrysler)製造、活動時期1944-1945年、乗員4名、イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲(Ordnance QF 17-pounder)1門を搭載。

写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)のイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):側面から撮影。17ポンド砲弾が手前に展示してある。1944年にアメリカのクライスラー社(Chrysler)が製造したイギリス製オードナンス社17ポンド76.2ミリ速射砲搭載した乗員4名、重量37トンの駆逐戦車(対戦車戦車)。
Title: Bovington Tank Museum 120 sherman firefly.Bovington Tank Museum 120 sherman firefly. Date Created/photographer: 2010/7/7, DAVID HOLT from London, England
写真はFlickr images reviewed by File Upload Bot (Magnus Manske)>Wikimedia Commons>File:Flickr - davehighbury - Bovington Tank Museum 120 sherman firefly.jpg引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)のイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):俯瞰して中央に合わせて撮影。手前は、イギリス軍チャーチル歩兵戦車、奥はイギリス軍クロムウェル巡航戦車。17ポンド速射砲を装備したシャーマン・ファイアフライは、いずれのイギリス戦車よりも攻撃力と防御力のバランスがとれていた。1944年、アメリカのクライスラー社(Chrysler)が製造したイギリス製オードナンス社17ポンド76.2ミリ速射砲搭載した乗員4名、重量37トンの駆逐戦車(対戦車戦車)。
Title: Bovington Tank Museum 008.Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/7/7, DAVID HOLT from London, England
写真はFlickr images reviewed by File Upload Bot (Magnus Manske)>Wikimedia Commons>File:Flickr - davehighbury - Bovington Tank Museum 008.jpg引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)のイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr)のキャタピーラー(履帯)・水平懸架サスペンション:手前は、イギリス軍チャーチル歩兵戦車、奥はイギリス軍クロムウェル巡航戦車。17ポンド速射砲を装備したシャーマン・ファイアフライは、いずれのイギリス戦車よりも攻撃力と防御力のバランスがとれていた。1944年、アメリカのクライスラー社(Chrysler)が製造したイギリス製オードナンス社17ポンド76.2ミリ速射砲搭載した乗員4名、重量37トンの駆逐戦車(対戦車戦車)。
Title: Bovington Tank Museum 134.Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/7/7, DAVID HOLT from London, England
写真はFlickr images reviewed by File Upload Bot (Magnus Manske)>Wikimedia Commons>File:Flickr - davehighbury - Bovington Tank Museum 134.jpg引用


M4シャーマン中戦車の懸架(サスペンション:Suspension)は、当初、垂直懸架サスペンション(VVSS:Vertical Volute Spring Suspension)で、ボギーにスプリングを垂直に配置していた。しかし、垂直懸架はスプリングのストロークが短く、大重量の戦車の安定化には不向きだった。そこで、スプリングを横に配置して、地形への追従性を良くして安定性を向上させた水平懸架サスペンション(HVSS:Holizontal Volute Spring Suspension)を導入した。水平懸架サスペンションの採用に合わせて、はキャタピラーの幅を拡張し、転輪も左右に二重に配置して接地圧を引き下げた。

M4シャーマン中戦車のキャタピラー(履帯)は、当初、シングルピン・シングルブロック式T66 Tracks だったが、大戦後期には、構造を強化したダブルピンダブルブロック式T80 Tracks(Rubber Backed, Steel Chevron)を導入した。また鋼製キャタピラー(履帯)は、西ヨーロッパでは舗装道路を損傷してしまった。そこで、舗装道路の損傷を抑えるために、ゴム製のT84キャタピラー(Rubber chevron)が導入された。


◆毎日新聞「今週の本棚」に,『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。
◆2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを扱い、ポーランド侵攻、ソ連侵攻バルバロッサ作戦、ノルマンディ侵攻、ラインの守り作戦も解説しました。

ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスの再軍備・人種差別:Nazism & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen
ヒトラー:Hitler
ヒトラー総統の最後:The Last Days of Hitler
自衛隊幕僚長田母神空将にまつわる戦争論
ハワイ真珠湾奇襲攻撃
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊
サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250/251:ハーフトラック
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad
ソ連赤軍T-34戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍1号戦車・2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ヒトラー暗殺ワルキューレ Valkyrie作戦: Claus von Stauffenberg
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
ハンセン病Leprosy差別

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