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◆イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ戦車 写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車 M4A4 (Sherman VC Firefly)Tank Medium (17 Pdr): );イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載したシャーマン・ファイアフライ戦車。オランダ軍の記章を付けているので、イギリス軍が第二次大戦中に使用していたものを、戦後になって、オランダ軍に譲渡したものと思われる。アーメルスフォールトは、アムステルダム南東40キロにある。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman M4 no T341213 pic9-001.JPG引用引用。


1.イギリス陸軍のアメリカ製 M4 中戦車 シャーマン Sherman

アメリカ陸軍M4シャーマン Sherman中戦車は、アメリカ参戦前の1940年夏に設計され、実戦投入は、1942年の北アフリカのエルアラメインにおける対ドイツ戦。出現当時は、ドイツ軍にM4シャーマン戦車を上回る対戦車戦闘能力を持った戦車はなかった。しかし、ドイツ軍戦車が短砲身ではなく長砲身43口径7.5センチ戦車砲を装備するようになり、さらに8.8センチ砲を装備するティーガー戦車を投入するに至って、M4シャーマン Sherman中戦車の個別性能の優位性は崩れはじめた。しかし、個別能力を数的優位で補い、終戦まで活躍した。重量30トン 時速40キロ 航続距離193キロ、装甲80ミリ、乗員5人。機関の信頼性、乗員の居住性に優れていた上に、量産や整備のしやすさにも十分配慮されていた。

写真(右)1945年2月17日、オランダ国境近くドイツ西部、ゴッホ、イギリス軍第8装甲旅団第4/7竜騎兵のアメリカ製M4シャーマンSherman戦車 :手前に移っているのは、M4 中戦車 シャーマン ファイアフライ Sherman Fireflyが搭載している長砲身58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(Ordnance Quick-Firing 17-pounder)。
Catalogue number: B 14678, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Jones (Sgt), Object description: Shermans of 4/7th Dragoon Guards, 8th Armoured Brigade move up to support the attack on Goch, 17 February 1945. Label: Sherman tanks of 4/7th Dragoon Guards, 8th Armoured Brigade move up to support the attack on Goch, Germany, 17 February 1945.  写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 14678)引用。


アメリカ製M4シャーマン Sherman中戦車の諸元
車体長:5.84 m (19.2 ft)
全幅:2.62 m (8 ft 7 in)
全高:2.67 m (8 ft 9 in)
重量:30.3 t
最高路上速度:38.6 km/h(整地)、19.3 km/h(不整地)
航続距離:193 km
主砲:37.5口径75mm戦車砲M3(90発)
車載機銃:砲塔上;0.50口径12.7ミリM2ブローニング機関銃M2 .50 cal. Machine Gun)×1(600発)、車体前面;7.62ミリ機関銃M1919×2(6,250発)
装甲:砲塔防盾:76 mm
砲塔:前面64-76 mm、側面50 mm、後面64 mm
車体:前面51 mm、側面38-45 mm、後面38.1 mm
エンジン:Continental R975 C4 4ストローク星型 9気筒空冷ガソリン400馬力
乗員:5 名

M4 シャーマン Sherman V (OP)戦車諸元
設計:1942年、生産期間:1942年5月−1943年9月、生産台数:7,499両
重量:31.6 トン、全長:6.05 m、全幅:2.62 m、全高:2.74 m
装甲:最大76 mm、乗員:5名
兵装:40口径75 mm M3 L/40砲 (搭載砲弾数90発)
車載機銃:0.50口径12.7ミリM2ブローニング機関銃M2 .50 Caliber Machine Gun:搭載弾丸数4,750発)
エンジン: Chrysler A57 Multibank 30シリンダー、21Lエンジン. 470 hp 2,700回転・毎分
馬力・重量比(Power/weight)12.2馬力/トン
トランスミッション:前進4段、後進1段
サスペンション:垂直車軸懸架装置Vertical Volute Spring Suspension (VVSS)
航続距離:160 km/605リットル(80オクタン)、最高時速(整地):40 - 48 km/h。

アメリカ軍が北アフリカ戦に加わったのは、1942年11月8日のトーチ作戦Operation Torch)で、ドワイト・アイゼンハワーDwight D. Eisenhower)中将(大将昇格は1944年3月)指揮下の部隊が参戦してからである。ただし、それ以前からイギリス軍はアメリカ製の戦車を貸与されていたので、北アフリカのイギリス軍に配備していた。

アメリカ陸軍M3グラント/リー中戦車

 M3グラント中戦車が完成した頃、ソ連赤軍はT-34戦車を装備しており、その搭載砲は,76.2ミリ(3インチ)砲で,アメリカの75ミリ砲と同等だった。T-34の砲塔は、当初圧延鋼板溶接構造だったが,生産性の高い鋳造構造に変更された。砲塔も車体周囲も傾斜装甲を施したT-34戦車は,避弾径始に配慮し,命中弾を横滑りさせて,貫通力を弱めることに成功した。

⇒ソ連赤軍T-34戦車:T-26,T-70,KB-1,KB-2

⇒アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車


1−2.アメリカ陸軍 M4 中戦車 シャーマン Sherman

写真(右)真横から見たアメリカ陸軍M4シャーマン Sherman戦車の記録写真
Catalogue number: MH 7592, Part of SCHOOL OF TANK TECHNOLOGY COLLECTION Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Object description: A side view of an M4 Sherman converted to a flamethrower tank. The additional armoured box on the hull rear containing the weapons fuel can be seen clearly. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (MH 7592)


 アメリカ陸軍M4シャーマン Sherman中戦車は、アメリカ参戦前の1940年夏に設計され、実戦投入は、1942年の北アフリカのエルアラメインにおける対ドイツ戦。出現当時は、ドイツ軍にM4シャーマン戦車を上回る対戦車戦闘能力を持った戦車はなかった。しかし、ドイツ軍戦車が短砲身ではなく長砲身43口径7.5センチ戦車砲を装備するようになり、さらに8.8センチ砲を装備するティーガー戦車を投入するに至って、M4シャーマン戦車の個別性能の優位性は崩れはじめた。しかし、個別能力を数的優位で補い、終戦まで活躍した。重量30トン 時速40キロ 航続距離193キロ、装甲80ミリ、乗員5人。機関の信頼性、乗員の居住性に優れていた上に、量産や整備のしやすさにも十分配慮されていた。

アメリカ陸軍M4シャーマン Sherman中戦車の諸元
車体長:5.84 m (19.2 ft)
全幅:2.62 m (8 ft 7 in)
全高:2.67 m (8 ft 9 in)
重量:30.3 t
最高路上速度:38.6 km/h(整地)、19.3 km/h(不整地)
航続距離:193 km
主砲:37.5口径75mm戦車砲M3(90発)
車載機銃:砲塔上;0.50口径12.7ミリM2ブローニング機関銃50 caliber M2 Browning Machine Gun)×1(600発)、車体前面;7.62ミリ機関銃M1919×2(6,250発)
装甲:砲塔防盾:76 mm
砲塔:前面64-76 mm、側面50 mm、後面64 mm
車体:前面51 mm、側面38-45 mm、後面38.1 mm
エンジン:Continental R975 C4 4ストローク星型 9気筒空冷ガソリン400馬力
乗員:5 名

写真(右)斜め前から撮影したアメリカ製のM4シャーマン Sherman I 戦車:75ミリ戦車砲を搭載し,車体前面に車載機銃も装備している。砲塔や車体の側面に記される白い星の記章はペイントされていない。車体上面のハッチ二つは、とも開いた状態にある。
Catalogue number: MH 4377, Part of FIGHTING VEHICLES RESEARCH & DEVELOPMENT ESTABLISHMENT, CHERTSEY, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Object description: M4 Sherman I. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (MH 4377)


M4シャーマン戦車は、M3グラント戦車の車体を利用し、そこに砲塔に75mm砲を搭載するスタイルで設計された。M4シャーマン戦車が制式になったのは、1941年10月で、これは日米開戦の直前だった。また、大量生産するために、鋳造生産の車体としたM4A1、板金溶接車体のM4の2種類が同時に量産された。M4A1はアメリカ参戦直後の1942年2月から量産が開始され、M4は1942年7月から量産が開始された。

写真(右)フランス、ソミュール、ソミュール・エスティエンヌ将軍戦車博物館(Musée des Blindés de Saumur Général Estienne)に展示されているアメリカ軍M4A2シャーマン中戦車
Title: M4 Sherman tank. On display at Saumur Général Estienne Museum., M4A2 Sherman in museums 2nd Armored Division (France) Sherman tanks in the Musée des Blindés Sherman tanks in French service Date Created/photographer: 2009/7/8, Rama
写真はWikimedia Commons>File: Sherman img 2302.jpg引用


写真(右)フランス中西部、メーヌ=エ=ロワール県ソミュール戦車博物館(Musée des blindés de Saumur Général Estienne)に展示してあるアメリカ軍M4A2シャーマン中戦車:M4A2 Sherman tank in the Musée des Blindés.フランスのソミュール戦車博物館は、アメリカのアバディーン陸軍兵器展示場、パットン戦車博物館、イギリスのボービントン戦車博物館、ロシアのクビンカ戦車博物館と同しく世界有数の戦闘車輛博物館。
Title: Photographed in the Musée des Blindés, France.. Philippe François Marie Leclerc de Hauteclocque, (22 November 1902 - 28 November 1947), was a French general during the Second World War. He became Marshal of France posthumously in 1952, and is known in France simply as le maréchal Leclerc or just Leclerc. Date Created/photographer: 2013/9/11, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File: M4A2 Sherman tank in the Musée des Blindés, France, pic-1.JPG引用

M4A2シャーマン中戦車は、フィッシャー戦車工場(Fisher Tank Arsenal)、プルマン・スタンダード自動車(Pullman-Standard Car Company)、アメリカ蒸気機関社(American Locomotive Co.)、バルドウィン蒸気機関製作所(Baldwin Locomotive Works)、フェデラル機械溶接(Federal Machine and Welder Co)で1942年4月から1944年5月までに8,053台生産された。ジェレラスモータース社GM6046ディーゼルエンジン(GM 6046 diesel)を搭載し、40口径75ミリ戦車砲(75 mm M3 L/40 gun)1門、収容砲弾数90発、0.50口径12.7ミリM2ブローニング機関銃50 caliber M2 Browning Machine Gun)1丁、7.62ミリ機関銃2丁を装備。重量30トン。 

写真(右)北フランス、ノルマンディー、アロマンシュの上陸地点に展示してあるアメリカ軍M4A2シャーマン中戦車:ゼネラルモーターズ(General Motors Company)社GM6046ディーゼル・エンジンを搭載、40口径75ミリ戦車砲1門を搭載。
Title: M4A2 Sherman tank "Berry-au-Bac" at Arromanches belonged to the 2nd Armored Division of General Leclerc. Philippe François Marie Leclerc de Hauteclocque, (22 November 1902 ー 28 November 1947), was a French general during the Second World War. He became Marshal of France posthumously in 1952, and is known in France simply as le maréchal Leclerc or just Leclerc. Date Created/photographer: 2014/6/23, Dennis Jarvis from Halifax, Canada
写真はWikimedia Commons>File: M4A2 Sherman tank "Berry-au-Bac" at Arromanches (Calvados, France) belonged to the 2nd Armored Division of General Leclerc - 23 June 2014.jpg引用

第二次世界大戦が1939年9月に勃発すると、アメリカは、1941年3月に武器貸与法に制定し、イギリスに対して、兵器から燃料・被覆など戦略物資を貸与、レンドリースを始めた。その際、ドイツ軍戦車を上回る大型強力な75ミリ戦車を搭載した戦車が望まれるようになった。

 しかし、第二次世界大戦当時のアメリカのM3スチュアート戦車は37ミリ砲を搭載する小型砲塔を備えた軽戦車にすぎず、大型砲を全周旋回砲塔に搭載するには、新たな設計が必要だった。そこで、砲塔に75ミリ砲を搭載するM4シャーマン戦車が量産可能になるまで、車体に75mm砲を搭載したM3グラント戦車が量産され武器貸与法によってイギリスに渡されることになった。

写真(右)アメリカ、ケンタッキー州ファートノックスのジョージ・パットン将軍博物館(General George Patton Museum)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車:ライト星形9気筒空冷エンジンを搭載し最高時速24マイル、40口径75ミリ戦車砲1門、50口径12.7ミリ機関銃1丁、7.62ミリ機関銃2丁を装備。
The General George Patton Museum is located in 4554 Fayette Avenue, Fort Knox, Kentucky
Title: This is a Sherman M4 Medium Tank, named Rosie. It weighs 36 tons, was powered by a Wright 9 cylinder radial air cooled engine, a manual transmission, and a top speed of 24 miles per hour. It was armed with one 75 millimeter gun, one 50 caliber machine gun and two 30 caliber machine guns. It was used in World War Two and the Korean conflict. Date Created/photographer: 2010/7/31, Dorian Wallender
写真はWikimedia Commons>File:M4 composite in the General George Patton Museum.jpg引用

 アメリカ軍が重装甲、大口径砲装備の重戦車を設計、量産できなかったのではない。第二次世界大戦参戦当時、アメリカにはLST(戦車揚陸艦)はなく、戦車のような重量物をクレーンで船倉に積載する設備に限りがあった。貨物船に装備された大型クレーンではたかだか重量10トンから20トン程度の貨物を吊り上げることしかできない。また、クレーンには、ウインチ(ワイヤー巻き上げ機)、モーター(油圧機)、吊り上げワイヤー、フック、カーゴブロック(滑車)も必要であり、その強度の上からも大重量の貨物は負荷大きく、備品を磨耗させるため、耐用年数も短縮させてしまう。

写真(右)イギリス、ロンドン、イギリス帝国戦争博物館(IWM)に展示されているアメリカ製M4A4シャーマン中戦車:このシャーマン中戦車は、1944年から1945年にかけて北西ヨーロッパで、イギリス軍近衛戦車師団によって使用された車両。このことは修理していた時に、車体に描かれていた部隊記号が発見されたことで判明した。クライスラー社製Chrysler A57 multibank空冷ガソリン・エンジン搭載、75ミリ砲装備、デトロイト戦車工場(Detroit Tank Arsenal)で 1942年7月から1943年11月までに7,499台生産された。Sherman M4A4 Medium Tank (Willie Pusher II)
Title: Sherman M4a4 Medium Tank (willie Pusher Ii) The most numerous variant of the Sherman tank in British service during The Second World War. Date Created/photographer: 2010/7/28, joost j. bakker from ijmuiden, the netherlands
History note: Service history unknow. However, when the object was stripped back for repainting on acquisition it was found to be carrying markings commensurate with a tank operating with the Guards Armoured Division in North West Europe, 1944-45. The M4A4 was the most common lend lease Sherman type used by the British Army.
写真はImperial War Museums>Wikimedia Commons>File:Sherman M4a4 Medium Tank (willie Pusher Ii) 4000.50.2.jpg引用


 当時の港湾に装備された大型クレーンでも、一般的には重量30トンの貨物扱う30トンクレーンであり、それが積み下ろしの限界であった。戦艦「大和」を艤装した呉海軍工廠もガントリークレーンを除けば、やはりコーワンズ&シェルドン製ジブクレーン30t×125ft(30トンクレーン)であった。つまり、クレーンCrane)施設が整っていない港湾も多く、30トン以上の戦車を迅速に陸揚げできない以上、重量40トンの戦車を開発しても、ヨーロッパやアジアで戦うイギリス軍やアメリカの遠征軍に運搬する手段が制限された。したがって、武器貸与法に基づいて外国に戦車を積出すことを考慮して、戦車の重量も30トン程度を限度と考えたのである。

写真(右)南ベルギー、フランス国境近くのエルムトン=シュル=ムーズ(Hermeton-sur-Meuse)に展示されているアメリカ軍M4A4シャーマン中戦車:クライスラー社製Chrysler A57 multibank空冷ガソリン・エンジン搭載、75ミリ砲装備、デトロイト戦車工場(Detroit Tank Arsenal)で 1942年7月から1943年11月までに7,499台生産された。Monuments featuring M4A4 Sherman,
Title: M4 Sherman tank Battling Annie. Date Created/photographer: 2010/7/28, joost j. bakker from ijmuiden, the netherlands
写真はWikimedia Commons>File:M4 Sherman tank Battling Annie.jpg引用

写真(右)南ベルギー、フランス国境近くのエルムトン=シュル=ムーズ(Hermeton-sur-Meuse)に展示されているアメリカ軍M4A4シャーマン中戦車:クライスラー社製Chrysler A57 multibank空冷ガソリン・エンジン搭載、75ミリ砲装備、デトロイト戦車工場(Detroit Tank Arsenal)で 1942年7月から1943年11月までに7,499台生産された。Monuments featuring M4A4 Sherman,
Title: M4 Sherman tank Battling Annie. Date Created/photographer: 2010/7/28, joost j. bakker from ijmuiden, the netherlands
写真はWikimedia Commons>File:M4 Sherman tank Battling Annie (1).jpg引用

M4 シャーマン Sherman V (OP)戦車諸元
設計:1942年、生産期間:1942年5月−1943年9月、生産台数:7,499両
重量:31.6 トン、全長:6.05 m、全幅:2.62 m、全高:2.74 m
装甲:最大76 mm、乗員:5名
兵装:40口径75 mm M3 L/40砲 (搭載砲弾数90発)
車載機銃:0.50口径12.7ミリM2ブローニング機関銃50 caliber M2 Browning Machine Gun;搭載弾丸数300発)
2丁 ×0.30口径7.62ミリ Browning M1919A4ブローニング機銃(搭載弾丸数4,750発)
エンジン: Chrysler A57 Multibank 30シリンダー、21Lエンジン. 470 hp 2,700回転・毎分
馬力・重量比(Power/weight)12.2馬力/トン
トランスミッション:前進4段、後進1段
サスペンション:垂直車軸懸架装置Vertical Volute Spring Suspension (VVSS)
航続距離:160 km 605リットル(80オクタン)、最高速度:40 - 48 km/h。

写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車のクライスラーA57マルチバンクエンジン:後方の戦車はアメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車 M4A4 (Sherman VC Firefly)Tank Medium (17 Pdr)で、第二次世界大戦中にイギリス軍が使用していたものを、戦後になって、オランダ軍に譲渡したものと思われる。アーメルスフォールトは、アムステルダム南東40キロにある。
Title: Sherman M4 at the Cavalry museum on the "Friends of the museum day". Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman M4 no T341213 pic9-001.JPG引用

第二次世界大戦で大活躍したM4シャーマン戦車、シャーマン・クラブファイル地雷処理戦車が搭載していたエンジンは、クライスラー社製の航空機用空冷星型エンジンで、クライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)と呼ばれた。30気筒cylinder、総排気量21リットル (1253立方インチ) 、470 馬力、回転数毎分2,700回転である。

写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車のクライスラーA57マルチバンクエンジン:アーメルスフォールトは、アムステルダム南東40キロにある。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman tank engine pic3.JPG引用

クライスラー社のクライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)は、6気筒エンジン5台の集合体で、1気筒当たり250.6 立方インチ (4.12 リットル)、ボアbore 3.4375" (87.3 mm)、ストローク 4.50" (114.3 mm)である。

写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車のクライスラーA57マルチバンクエンジン:空冷エンジンなので、巨大なファンが付いていて、外気を取り入れて加熱したシリンダーその他のエンジン部品を冷却する。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman tank engine pic4.JPG引用

M4シャーマン中戦車は、このほかコンチネンタル社製ライトR-975 Continental Wright R975 C1/C4)星形空冷ガソリンエンジン やゼネラルモーターズ社製GM 6046液冷ツインディーゼルエンジンGM 6046 Twindiesel)直列6気筒2ストロークなど、多様なエンジンを搭載することができた。



写真(右)フィンランド、ヘルシンキ北東100キロ、パロラ戦車博物館(General George Patton Museum)に展示してあるアメリカ軍M4シャーマン中戦車:重量31トン、ライト星形9気筒空冷エンジンを搭載し最高時速39キロ、40口径75ミリ戦車砲1門、装甲は12ミリから76ミリ(3インチ)。
Parola Tank Museum in Hameenlinna, 100 kilometres northeast of Helsinki, has a reputation as a tank enthusiast’s dream, boasting over 50 tanks and armored vehicles.
Title: English: M4 Sherman in Parola tank museum Suomi: M4 Sherman Taistelupanssarivaunu Taistelupaino 31 tonnia moottori 9-sylinterinen bensiini tähtimoottori 400 hv nopeus 39 km/h miehistö 5 miestä panssarointi 12-76 mm pääase 75 mm tykki. Date Created/photographer: 2010/7/31, Dorian Wallender
写真はWikimedia Commons>File:M4 composite in the General George Patton Museum.jpg引用

写真(右)台湾、成功嶺に展示されているアメリカ製M4A1シャーマン中戦車:このシャーマン中戦車は、中華民国の蒋介石隷下の国民党軍によって使用されたもの。
Sherman M4A4 Medium Tank (Willie Pusher II)
Title: 成功嶺展示的中華民國陸軍M4薛曼戰車,攝於2012年營區開放活動。M4A1 Sherman in museums Military equipment at Chengkungling. Date Created/photographer: 2010/10/6, 玄史生.
写真はImperial War Museums>Wikimedia Commons>File:M4 Sherman Tank Display in Chengkungling 20121006a.JPG引用


 第二次世界大戦の後期、1944年6月6日、北フランスのノルマンディ(Normandy)上陸後、西側連合軍は、8月25日にパリを解放し、フランス臨時政府はパリを首都とし、9月には、英仏海峡の要衝カレーを占領している。
 1944年9月には、ソ連赤軍はバルト諸国に侵攻、エストニアを占領し、 1944年9月12日には、ドイツ側に立っていたフィンランドがソ連と休戦している。

 1944年9月2日、西側連合軍は、ベルギーに侵入し、9月8日にはリェージュを解放したものの、海路補給の要衝となるアントワープのドイツ軍の抵抗は続き、ベルギー解放は、1944年11月3日にまでずれ込んだ。西側連合軍は、1944年9月17日に発動された空挺部隊を投入したマーケット・ガーデン作戦が失敗したため、ドイツ軍がベルギーやオランダの運河や海面下の土地を利用した防御陣地の攻略には時間を要した。

⇒アメリカ陸軍M3グラント/リー中戦車

⇒アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車


2−1.イギリス軍 シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly ―17ポンド速射砲搭載の対戦車戦車

武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給されイギリス軍が自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車、クルーセイダー巡航戦車よりも、アメリカで生産されイギリスに貸与されたM4シャーマン Sherman中戦車のほうが多い。しかし、イギリス軍はアメリカ製M4シャーマンの車体をそのままに、砲塔を新たに製造して従来の75ミリ戦車砲をイギリス、オードナンス社17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したM4シャーマン・ファイアフライを生産、配備した。大量に実戦投入されたのは、ノルマンディ(Normandy)上陸作戦後である。

写真(右)1944年6月7日、北フランス、ノルマンディ海岸ゴールド・ビーチ、イギリス軍第7装甲師団第22装甲旅団のアメリカ製M4シャーマンファイアフライSherman Firefly戦車が戦車揚陸艦LSTから海岸に上陸した。:M4シャーマンファイアフライ戦車は、従来の37.5口径75mm戦車砲M3を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したために、砲身が異常に長く見える。6日に上陸しカーンまで10キロメートル以内にまで侵攻した。
THE BRITISH ARMY IN THE NORMANDY CAMPAIGN 1944、Catalogue number: B 5130, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Laing (Sgt),   Object description: A Sherman Firefly of 22nd Armoured Brigade, 7th Armoured Division comes ashore from an LST (Landing Ship Tank), Gold area, 7 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5130)引用。


1944年6月のヨーロッパ侵攻時で、イギリス軍はノルマンディ地方のゴールドビーチに上陸したが、ゴールドは秘匿名称であり、実際の地名はアロマンシュ・レ・バンの海岸だった。イギリス軍は、大量の補給物資、兵力を揚陸するために、ここに巨大な人工埠頭「マルベリー港」(Mulberry harbour)」を建築した。これは、巨大な鋼鉄とコンクリート構造物の杭をいくつも遠浅の海に沈めて固定し、その間を、全長60mの巨大なコンクリート構造物を数十個繋いで構築する即製の港である。埠頭の全長は2キロほどとなる。 「マルベリー港」 (Mulberry harbour)の建設作業は、1944年6月7日に着手され、マルベリーAは6月16日夕方に完成した。しかし、6月19日から22日にかけて、マルベリー港 (Mulberry harbour)大きな時化に襲われ破損してしまった。

写真(右)1944年6月8日、北フランス、ノルマンディ海岸近くのドゥヴル=ラ=ディヴランドを進撃するイギリス軍のアメリカ製M4シャーマンファイアフライSherman Firefly戦車 :M4シャーマンファイアフライ戦車は、従来の37.5口径75mm戦車砲M3を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したために、砲身が異常に長く見える。6日の上陸からカーンまで10キロメートル以内にまで侵攻したイギリス軍のシャーマン戦車。
Catalogue number: B 5268, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Handford (Lt),   Object description: A view looking down from the church as a pair of Sherman Firefly tanks pass through Douvres-la Delivrande, 8 June 1944.  Associated items: SCENES IN THE NORMANDY BEACH-HEAD D+1, D+2 (PART 3) [Allocated Title] 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5268)引用。


第二次世界大戦末期、1944年6月6日、西側連合国軍は、6000隻の艦船を投入したヨーロッパ反攻オーバーロード作Operation Overlord)戦の一環として、ノルマンディーの5カ所の砂浜海岸に上陸した。ソード・ビーチSword Beach)とは、この上陸地点の1つに付された連合国側のコードネームで、イギリス軍と自由フランス軍とが上陸した。海岸でのドイツ軍の抵抗はわずかだったために、直ぐに内陸に浸透することができた。しかし、内陸部のカーンでイギリス軍は、ドイツ軍第21装甲師団の反撃を受け、進撃は停止させられた。

写真(右)1944年6月11日、北フランス、ノルマンディのイギリス軍第8装甲旅団第24ランサー(槍騎兵)のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライSherman Firefly 戦車:第8装甲旅団は、1942年、北アフリカでドイツアフリカ軍団と戦った歴史があり、歴戦部隊として、1944年のノルマンジー侵攻作戦に参加した。イギリスで槍騎兵といえば、真っ先に突撃する勇猛な舞台の代名詞。伝統と名誉を重んじる「槍騎兵」の名称は、第二次大戦でも勇ましさを強調するために戦車部隊や特殊部が使用した。
Catalogue number: B 5416, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Midgley (Sgt), Object description: A Sherman Firefly tank of 24th Lancers, 8th Armoured Brigade, near St Leger, 11 June 1944.
 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (B 5416)  


 イギリス造兵廠で生産されたM4シャーマン ファイアフライは、M4シャーマン Sherman中戦車の搭載していた37.5口径75mm戦車砲M3を長砲身58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換した改修型。終戦の1945年5月までに2000両以上で、ドイツ軍の重戦車ティガーよりも多い。

写真(右)1944年月6月13-16日、北フランス、ノルマンディ、カーン南西15キロのヴィレー=ボカージュで破壊されたイギリス軍のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライ中戦車:M4シャーマン中戦車の車体は右が前方で、後方を向いた砲塔には長砲身のオードナンス17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲を搭載している。シャーマンファイアフライ戦車の周囲にいるのはドイツ軍兵士。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-738-0275-03A Archive title: Frankreich, Villers-Bocage.- zerstörter Panzer M4 "Sherman" (Nummer T212728) wird von deutschen Soldaten begutachtet; PK Signal-Einsatz Dating: Juni 1944 Photographer: Grimm, Arthur
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) 引用Bundesarchiv> Picture database >Bild 101I-738-0275-03A 引用。


1944年6月6日、ノルマンディ上陸直後、1944年6月13日、北フランスのカーン南、ヴィレル・ボカージュに進撃してきたイギリス陸軍第7装甲師団の戦車部隊を、ドイツ軍ハインツ・フォン・ヴェステルンハーゲンSS少佐率いるSS第101重戦車大隊が迎撃した。6月13日午前、第7装甲師団の先遣隊はヴィレル・ボカージュに突入していたところ、SS第101重戦車大隊第2中隊長ミハエル・ヴィットマンが発見した。

写真(右)1944年月6月13-16日、北フランス、ノルマンディ、カーン南西15キロのヴィレー=ボカージュで破壊されたイギリス軍のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライ中戦車:M4シャーマン中戦車の車体は右が前方で、後方を向いた砲塔には長砲身のオードナンス17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲を搭載している。シャーマンファイアフライ戦車の周囲にいるのはドイツ軍兵士。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-738-0275-03A Archive title: Frankreich, Villers-Bocage.- zerstörter Panzer M4 "Sherman" (Nummer T212728) wird von deutschen Soldaten begutachtet; PK Signal-Einsatz Dating: Juni 1944 Photographer: Grimm, Arthur
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) 引用Bundesarchiv> Picture database >Bild 101I-738-0275-03A 引用。


 1944年6月6日、西側連合軍は、ヨーロッパ大陸反攻、ノルマンディ侵攻のために、6000隻の艦船を投入した「ネプチューン作戦」(Operation Neptune)に従って上陸した。ここでは、イギリスのバーナード・モントゴメリーBernard Montgomery:1887-1976)元帥を総指揮官に、西からオマール・ブラッドレーOmar Bradley:1893-1981)准将隷下アメリカ軍が「ユタ」(第4歩兵師団)・「オマハ」(第1歩兵師団)、マイルズ・デンプシーMiles Dempsey:1896-1969 )中将隷下のイギリス軍が「ゴールド」(第50歩兵師団)・「ジュノー」(カナダ第3歩兵師団)・「ソード」(第3歩兵師団)に侵攻した。

写真(右)1944年月6月13-16日、北フランス、ノルマンディ、カーン南西15キロのヴィレー=ボカージュで破壊されたイギリス軍のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライ中戦車:M4シャーマン中戦車の車体は右が前方で、後方を向いた砲塔には長砲身のオードナンス17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲を搭載している。M4シャーマン ファイアフライ Sherman Fireflyは、M4シャーマン戦車の搭載していた37.5口径75ミリ戦車砲M3を58.3口径オードナンス17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したために、砲塔が大型になり、砲塔後方が突出した形状になっているの周囲にいるのはドイツ軍兵士。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-738-0275-03A Archive title: Frankreich, Villers-Bocage.- zerstörter Panzer M4 "Sherman" (Nummer T212728) wird von deutschen Soldaten begutachtet; PK Signal-Einsatz Dating: Juni 1944 Photographer: Grimm, Arthur
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) 引用Bundesarchiv> Picture database >Bild 101I-738-0275-03A 引用。


 0900、ヴィットマン率いるのティゲル重戦車は、ヴィレル・ボカージュ南から生垣(ボカージュ)越しに攻撃をかけ、「ネプチューン作戦」(Operation Neptune)に従って、ノルマンディに上陸してきたイギリス軍のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly1輌、クロムウェル巡航戦車2輌を撃破した。そして、街道を進んでいた装甲戦闘車両、6ポンド対速射砲、M3Aスチュアート軽戦車などを撃破した。さらに、市街地に突入したドイツ軍ティーゲル重戦車は、M4シャーマン Sherman中戦車(第5王立戦車連隊)と装甲戦闘車輛を撃破した。しかし、イギリス軍クロムウェル巡航戦車、6ポンド速射砲による反撃を受けて、ヴィットマンのティーゲル重戦車は撃破された。

写真(右)1944年6月、北フランス、ノルマンディ、果樹の茂る農村を前進するイギリス軍第18騎兵隊第13大隊のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したのがM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly
ALLIED TANKS OF THE SECOND WORLD WAR, Catalogue number: B 5470, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit、 Object description: Sherman Firefly tanks of 13/18th Hussars in Normandy, June 1944..
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 5470)引用。


写真(右)1944年6月16日、北フランス(?)、灌木の茂る路上で戦闘準備に入るようなイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産されたイギリス・オードナンス社58.3口径17ポンド対戦車砲Ordnance QF 17-pounder)に変換したのが、ファイアフライ戦車。
THE NORMANDY CAMPAIGN 1944, Catalogue number: B 5546, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit、 Object description: A Sherman Firefly tank alongside a hedge, 16 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 5546)引用。


 アメリカ製M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車は、従来のM4シャーマン戦車の車体はそのままで、搭載していた75ミリ戦車砲を長砲身58.3口径オードナンス社の17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)に変換、装備した。つまり、76.2ミリ(3インチ)砲を搭載して対戦車能力を向上させたシャーマン戦車である。

写真(右)1944年7月9日、北フランス、カーンのルビゼに向かって砂塵を巻き上げながら前進するイギリス軍第27装甲旅団「ベルベベルデ」のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly Vc 戦車:従来の75ミリ戦車砲に換えて長砲身のイギリス製58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(17 Pounder Anti-Tank Gun)を装備して、対戦車能力を向上させたファイアフライ(蛍)。徹甲弾を使用して1,000mの距離からドイツ軍のティーゲル重戦車の正面装甲を撃破できる。
Catalogue number: B 6751, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Christie (Sgt), Object description: A Sherman Firefly of 27th Armoured Brigade advancing towards Lebisey, 9 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 6751)引用。


 トータライズ作戦Operation 'Totalise')は、ノルマンディ上陸後、西側連合軍占領地を東方のカーン方面に広げようと、攻勢を開始した。そして、ファレーズ北を占領し、ドイツ軍部隊の退路を断ちファレーズに包囲することができた。

ノルマンデー侵攻「オーバーロード」作戦Operation Overlord)の支作戦としてトータライズ作戦(Operation 'Totalise')で、ドイツ陸軍の第7軍装甲軍と第5装甲軍をファレーズ南方で包囲した。8月7日夜、イギリス空軍の四発重爆撃機による地上支援爆撃の後、装甲歩兵が進撃し、クルト・マイヤーKurt Meyer:1910-1961)准将が指揮する第12SS装甲師団「ヒトラーユーゲント」(Hitlerjugend)と戦った。「ヒトラーユーゲント」装甲師団は1926年生まれ、1943年時点で16歳あるいは17歳のドイツの少年を徴収した少年戦車師団だった。8月10日、ファレーズ北まで進撃したもののファレーズを占領することはできなかった。

写真(右)1944年7月14日、グッドウッド作戦に従事するイギリス軍第27装甲旅団「ベルベベルデ」B大隊所属のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly Vc 戦車:従来の75ミリ戦車砲に換えて長砲身のイギリス製58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(17 Pounder Anti-Tank Gun:QF;速射砲)を装備して、対戦車能力を向上させたM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)(蛍)戦車は徹甲弾を使用すれば、1,000mの距離からドイツ陸軍のティーゲル重戦車やパンテル戦車の正面装甲を撃破できる。シャーマン戦車の特徴であるエンジンの信頼性や整備のしやすさも引き継いでいるファイアフライ戦車は、ドイツ軍新鋭戦車よりも兵器としての強さは上であろう。ただし、ドイツ軍戦車には、東部戦線の激戦を戦った熟練の兵士が多数配属されていたから、彼ら兵士・戦車兵の能力を踏まえると、ドイツ軍戦車の総合戦力は決して侮れなかった。
Catalogue number: B 7557, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Christie (Sgt), Object description: Sherman Firefly Vc T212680 'Belvedere' of B Squadron, Staffordshire Yeomanry, 27th Armoured Brigade, carrying infantry during Operation 'Goodwood', 18 July 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7557)引用。


写真(右)1944年7月16日、北フランス、カーン西方のオドン渓谷を進撃するイギリス軍のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:M4シャーマン戦車の37.5口径75ミリ砲をイギリス・オードナンス社58.3口径17ポンド対戦車砲Ordnance QF 17-pounder)に変換したため、砲身が異常に長く見える。
Catalogue number: B 7423, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Midgley (Sgt), Object description: A Sherman Firefly advances during operations in the Odon valley, west of Caen, 16 July 1944.  Associated events: Caen 1944, North West Europe, Second World War  写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 7423)引用。


 1944年7月、米英連合軍は オーバーロード作戦 Operation Overlord)の一環として、ノルマンディ地方の要衝の カーンCane)に突入するために、歩兵師団6個、戦車旅団5個を投入した。ドイツ軍は歩兵師団4個、装甲師団3個、重戦車大隊1個で果敢に防戦したため、連合軍の攻勢は成功せず、3000人から3500人の死傷者を出した。 

写真(右)1944年7月18日、グッドウッド作戦中のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車とM4シャーマン中戦車
Catalogue number: B 7543, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Christie (Sgt), Object description: Sherman tanks and a Sherman Firefly move through Escoville during Operation 'Goodwood', 18 July 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7543)引用。


M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産されたイギリス・オードナンス社58.3口径17ポンド速射砲Ordnance QF 17-pounder)に変換したのがM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly )で、その17ポンド砲の貫通力は、30度の傾斜の装甲140 mm /457m、131 mm/914mあった。

写真(右)1944年7月18日、グッドウッド作戦中のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:Catalogue number: B 7513, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Laing (Sgt), Object description: Infantry and Sherman tanks wait to advance at the start of Operation 'Goodwood', 18 July 1944. A Sherman Firefly is in the foreground.  Label: British infantry and Sherman tanks wait to advance at the start of Operation 'Goodwood', Normandy, 18 July 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7513)引用。

M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したM4シャーマン・ファイアフライSherman Fireflyは、ドイツ軍戦車に対抗するために生産された。

写真(右)1944年7月18日、北フランス、オルネ、グッドウッド作戦中のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(QF:速射砲)に変換したファイアフライは、ドイツ軍戦車に対抗するために生産された。
THE BRITISH ARMY IN THE NORMANDY CAMPAIGN 1944, Catalogue number: B 7525, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit,Laing (Sgt), Object description: A Sherman Firefly crosses 'Euston Bridge' over the Orne as it moves up to the start line for Operation 'Goodwood', 18 July 1944.
 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7525)引用。


写真(右)1944年7月18日、北フランス、ファレーズ南20キロメートル、グッドウッド作戦の時期、厳重な偽装を施したイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したのがM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: B 7527, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)、 Object description: A heavily-camouflaged Sherman Firefly having just crossed a Bailey bridge over the Orne during Operation 'Goodwood', 18 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7527)引用。


ドイツ軍は、長砲身の速射砲を装備したM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)を、外観で直ぐに危険な戦車であると識別し、ファイアフライを排除するために、攻撃を集中する傾向があった。それを恐れたファイアフライ戦車に配属された米英連合軍戦車兵は、長砲身を短く見えるように砲身に迷彩塗装を施したり、厳重な偽装を施したりした。補助装甲として、車体と砲塔に隙間なくキャタピラを装着したM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)戦車もあった。

写真(右)1944年7月18日、ノルマンディ、グッドウッド作戦当初、歩兵を載せたイギリス軍アメリカ製M4シャーマンSherman戦車と奥3両目に長砲身76.2ミリ対戦車砲を搭載したM4シャーマンファイアフライ戦車、4両目にシャーマン・クラブフライル地雷掃除戦車:Catalogue number: B 7510, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Creato: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)、Object description: Sherman tanks carrying infantry wait for the order to advance at the start of Operation 'Goodwood', 18 July 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (B 7510)

連合軍の装甲師団の中核を担ったのがM4シャーマン Sherman中戦車であるが、長砲身のオードナンス17ポンド砲装備のM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)戦車、地雷除去用クラブファイル戦車、火炎放射戦車、工作車など各種のバージョンがあった。同一の戦車に汎用性を持たせたために、生産性だけでなく、整備や乗員の訓練の上でも好都合だった。

写真(右)1944年7月19日、北フランス、カーン近郊を進撃するイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:長砲身が前方を向いていると、前方に重心が傾いてしまうので、砲身を後方に向けている。
THE NORMANDY CAMPAIGN 1944, Catalogue number: B 7743, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit、Laing (Sgt)、 Object description: A Sherman Firefly tank near Faub de Vaucelles, 19 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7743)引用。


 M4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車が搭載したイギリス製の長砲身58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)は、1943年から生産された、装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)を装填できる強力な対戦車砲である。装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)は、質量の大きいタングステンを含む弾頭を用いて、貫通力を高める一方で、装弾筒は軽金属として軽量化も図っていて、初速毎秒1000メートルという高速化が可能になった。搭載砲弾数は77発。 車体前面に予備キャタピラを装着して補助装甲版として活用している。

写真(右)1944年7月31日、北フランス、カーン南西15キログラムメートル、オネ=シュル=オドンに向かって進撃するイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車が偵察部隊の装甲車を追い越している。:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲は、長砲身で、ドイツ軍の格好の標的となったために、長い砲身にも偽装を施している。
Catalogue number: B 8371, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Handford (Lt), Object description: A Sherman Firefly passes a scout car crew during the advance towards Aunay-sur-Odon, 31 July 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8371)引用。


 東部戦線では、1942年後半のスターリングラード攻防戦(Battle of Stalingrad)の時期には、ソ連赤軍の主力戦車はT-34/76中戦車で占められており、76.2ミリ戦車砲を搭載しており、ドイツ軍の43口径75ミリ砲装備IV号戦車を上回る性能を誇っていた。さらに、1944年初期からは、T-34戦車の砲塔を大型化し、85ミリ戦車砲を搭載したT-34/85中戦車も前線に配備された。したがって、1944年6月後半からの西部戦線の西側連合軍のオードナンス17ポンド砲装備のM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)戦車よりも、東部戦線のソ連赤軍のT-34/85中戦車の方が、早期からドイツ軍にとって対戦車戦闘の手ごわい相手だった。大戦中、T-34はは3万5,000輌、T-34/85は2万9,480輌も量産されている。

写真(右)1944年7月31日、北フランス、カーン南西15キロメートル、オネ=シュル=オドンに向かって進撃するイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車が偵察部隊の装甲車を追い越している。:1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲は、長砲身で、対戦車戦闘能力が向上した。
Catalogue number: B 8370, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Handford (Lt), Object description: A Sherman Firefly advances towards Aunay-sur-Odon, 31 July - 1 August 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8370)引用。


写真(右)1944年8月1日、北フランス、バイユー南30キロ、ル・ベニー=ボカージュの攻略記念撮影をしているイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車: M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したファイアフライは、ドイツ軍戦車に対抗するために生産された。
THE BRITISH ARMY IN NORMANDY 1944, Catalogue number: B 8343, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator:  5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)、 Object description: Tank crews crowd onto a Sherman Firefly to celebrate the capture of Le Beny Bocage, 1 August 1944.
 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8343)引用。


写真(右)1944年8月2日、北フランスバイユー南50キロメートル、サン=シャルル=ド=ペルシーを抜けてビールに進撃するイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車が偵察部隊の装甲車を追い越している。M4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車が搭載した1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲は、長砲身で、対戦車戦闘能力が向上した。
Catalogue number: B 8487, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Laing (Lt), Object description: Sherman Firefly tanks, trucks and infantry in the village of St Charles-de-Percy during the advance to Vire, 2 August 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8487)引用。


 ノルマンディ侵攻から数週間たった1944年の8-9月、イギリス軍バーナード・モントゴメリー(1887-1976)将軍隷下の装甲師団4個、装甲旅団2個はフランスを通り、ベルギーを目指した。低地の運河地帯はドイツ軍の守備が強固だったため、内陸への迂回路をとった。そこで、気まぐれの寄り道を連想させたため、「偉大な白鳥」‘Great Swan’(気ままなぶらつきの意味)と自嘲された。特に、第一次大戦の戦跡も多かったため、兵士たちは第一次大戦に参加した父親世代を思い返し感慨深かったようだ。また、年配の兵士には、自ら第一次大戦をこの地で戦った経験があったものもあった。(1 September 1944 The ‘Great Swan’ through France into Belgium参照)

写真(右)1944年8月7日、北フランス、トータライズ作戦開始時期、17ポンド砲弾の搭載作業に当たるイギリス軍第1ノーサンプトンシャー・ヨーマンリーのM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:17ポンドとは砲弾の重量のこと。炸薬量が多く、初速が早いことが確認できる。ノーサンプトンシャーは、イギリス南部、バーミンガム南東40キロメートル。
THE BRITISH ARMY IN NORMANDY 1944, Catalogue number: B 8793, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator:  5 Army Film & Photographic Unit Wilkes (Sgt)、 Object description: A Sherman Firefly crew of 1st Northamptonshire Yeomanry load ammunition into their vehicle before the start of Operation 'Totalise', 7 August 1944.
 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8793)引用。


写真(右)1944年、北フランス(?)、草原を疾走するイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車
MINISTRY OF INFORMATION SECOND WORLD WAR CENSORSHIP BUREAU LIBRARY OF PRESS PHOTOGRAPHS: CLASSIFIED PRINT COLLECTION, Catalogue number: BU 295, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit、 Object description: Sherman Firefly
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 295)引用。


 従来の75ミリ戦車砲に換えて長砲身のイギリス製58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(17 Pounder Anti-Tank Gun:QF;速射砲)を装備して、対戦車能力を向上させたM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)(蛍)は徹甲弾を使用すれば、1,000mの距離からドイツ陸軍のティーゲル重戦車やパンテル戦車の正面装甲を撃破できる。シャーマン戦車の特徴であるエンジンの信頼性や整備のしやすさも引き継いでいるは、ドイツ軍新鋭戦車よりも兵器としての強さは上であろう。ただし、ドイツ軍戦車には、東部戦線の激戦を戦った熟練の兵士が多数配属されていたから、彼ら兵士・戦車兵の能力を踏まえると、ドイツ軍戦車の総合戦力は決して侮れなかった。

写真(右)1944年8月5日、北フランス、街道を前進するイギリス軍M4ャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:右手前では自由フランスの従軍記者 ピエール・ルファーブルがM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車が戦闘区域に入ったことをラジオ放送した。
THE BRITISH ARMY IN NORMANDY 1944, Catalogue number: B 9477, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Hardy, Bert、 Object description: Pierre Lefevre, a Free French war correspondent, making a broadcast as a Sherman Firefly tank moves up to the battle area, 5 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8710)引用。


写真(右)1944年8月20日、北フランス、ファレーズ南20キロメートル、ピュタンジュ=ポン=エクルパン、イギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したのがM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: B 9477, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Hewitt (Sgt)、 Object description:A Sherman Firefly and other vehicles in the village of Putanges, 20 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 9477)引用。


 M4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車は、M4シャーマン戦車後期の鋳造車体に、新型砲塔を搭載して、それまでの75ミリ砲よりも長砲身で対戦車戦闘能力の高い58.3口径オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲Ordnance QF 17-pounder Towed Anti-Tank Gun)、すなわち76.2ミリ(3インチ)砲を装備した。M4シャーマンSherman 戦車は特に「ファイアフライ」(Firefly )と呼ばれた。

写真(右)1944年8月30日、北フランス、ルアーンとパリの中間、ベルノンでセーヌ川を渡河するイギリス軍第11装甲師団のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:このファイアフライ戦車も、長砲身が発見され、攻撃目標となることを避けようと、砲身に偽装を施している。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: B 9806, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)、 Object description:A Sherman Firefly tank of 11th Armoured Division crossing the Seine at Vernon, 30 August 1944..
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 9806)引用。


通常型のM4シャーマン Sherman中戦車の75ミリ戦車砲に換えて、長砲身の76.2ミリ17ポンド対戦車砲を搭載したM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)(蛍)戦車は、通常型のM4シャーマン中戦車と混成で配備されていた。

写真(右)1944年8月31日、北フランス、ルアーン東40キロメートル、ボーベ、イギリス軍近衛装甲師団のM4シャーマン・ ファイアフライ Sherman Firefly戦車の隊列を歓迎するフランス国内軍(French Forces of the Interior)の兵士たち:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を58.3口径オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲に変換したのがM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)(蛍)戦車。平服を着た民兵あるいはゲリラ兵と区別がつかない。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 301, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)、 Object description: Members of the FFI cheer as a Sherman Firefly of Guards Armoured Division passes along a road near Beauvais, 31 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 301)引用。


写真(右)1944年8月31日、北フランス、ルアーン東40キロメートル、ボーベ、イギリス軍近衛装甲師団のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車の隊列
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 298, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)、 Object description:A Sherman Firefly leads a column of Sherman tanks of Guards Armoured Division near Beauvais, 31 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 298)引用。


 ドイツ陸軍は、特殊砲弾として、ヴァルター・ドルンベルガー少将、ヴェルナー・フォン・ブラウン博士を中心に、A-4、後のV-2ロケット(Vergeltungswaffe)を開発した。A-4ロケットの発射実験は、1942年6月から8月にペーネミュンデ秘密基地で行われたが、みな失敗した。発射実験の初成功は10月3日だった。他方、ドイツ空軍は、V-1飛行爆弾を開発し、連合軍によるノルマンディ侵攻1週間後の1944年6月13日に北フランスから、イギリスのロンドンに向けて発射した。V-1に遅れて完成したV-2ロケットは、弾頭1トンで射程250km以上の弾道弾で、ドイツ陸軍は、1944年9月6日、ベルギーの基地からパリに向けて発射した。

写真(右)1944年9月1日、ベルギー、イギリス軍第11装甲師団のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車が歩兵を載せて前進している。M4シャーマン戦車の75ミリ砲をオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲に変換したのが、ファイアフライ戦車。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 827, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Palmer (Sgt)、 Object description:A Sherman Firefly tank and infantry of 11th Armoured Division during the advance in Belgium, 10 September 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 827)引用。


写真(右)1944年9月1日、北フランス、ベルギー国境まで50キロメートルのアラス郊外に入ったイギリス軍近衛装甲師団のアメリカ製M4シャーマンSherman戦車と手前のM4シャーマン・ファイアフライ中戦車のオードナンス58.3口径17ポンド76.2ミリ速射砲のマルズブレーキ(発射の反動による砲の後座を爆風を逆風にして抑制する装置)の付いた砲身:Catalogue number: BU 266, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Hewitt (Sgt),
Object description: Sherman tanks of Guards Armoured Division entering the outskirts of Arras, 1 September 1944. Label: Sherman tanks of Guards Armoured Division entering the outskirts of Arras, France, 1 September 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 266)引用。


 1944年9月に行われたマーケットガーデン作戦Operation Market Garden)は、オランダ南部、アイントホーフェン(Eindhoven)、ネイメーヘン(Nijmegen )、アルンヘム(Arnhem)の攻略を目指すもので、この作戦が成功すれば、オランダ沿岸を通って、ドイツ本土へ侵攻することができ、ドイツ・フランス国境の要塞「ジークフリード線」を迂回することが可能になる。また、ドイツ工業の中心地ルール、ライン地方へも、防備の薄い北方から迂回して侵入が可能なように思われた。

写真(右)1944年9月17日、オランダ(?)、マーケットガーデン作戦の初期、イギリス軍アイリッシュ近衛隊のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車がM4シャーマンを追い越して前進する。オランダの河川にかかる橋を交通要衝として奪取する空挺降下作戦を基軸として、オランダの港湾からの補給によって、ドイツ本土に侵攻する計画が、マーケットガーデン作戦だったが、空挺降下による架橋の奪取が失敗し、ドイツ軍の反撃を受けて、作戦は失敗に終わった。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 926, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit、 Object description: A Sherman Firefly dug-in near Gangelt, on the Dutch/German border, 1 January 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 926)引用。


1944年9月17日、マーケットガーデン作戦Operation Market Garden)では、第一に、空挺部隊(3個空挺師団)によるベルギー・オランダの交通要衝の橋を確保する手はずになり、大規模な降下作戦が実施された。

写真(右)1944年9月、オランダ、アルンヘムArnheim近郊でドイツ軍の反撃を受けて降伏したイギリス軍空挺部隊の兵士たち: 北フランスに上陸した西側連合軍は、ドイツドン度を目指していたが、低地のオランダには多数の河川や運河があり、そこにかかる架橋を無事に占領する必要があった。そこで、アメリカ軍、イギリス軍は、空挺部隊をオランダに降下させて架橋を確保しようとした。これが、マーケットガーデン作戦である。
Inventory: Bild 183 - Allgemeiner Deutscher Nachrichtendienst - Zentralbild Signature: Bild 183-S73820 Original title: info Scherl Bilderdienst Tiger zerschlagen Brückenkopf bei Arnheim Die bei Arnheim gelandeten anglo-amerikanischen Luftlandetruppen sind von deutschen Eingreifverbänden auf engstem Raum zusammengedrängt und zum grossen Teil vernichtet worden. Deutsche Panzertruppen haben an diesem Erfolg besonders Anteil. Die ersten Gefangenen werden eingebracht. MPK-Aufnahme, PK-Kriegsberichter Höppner (Sch), 205/45 Archivvermerk: Ort Arnheim Dating: September 1944 Photographer: Höppner, Willi 撮影.
写真はドイツ連邦アーカイブ引用(他引用不可)。


 1944年9月17日のマーケットガーデン作戦Operation Market Garden)開始当初は順調で、1944年9月18日、アメリカ第101空挺師団(US 101st Airborne Division)は、オランダのアイントホーフェンを解放し、住民は広場にこぞってダンスをするほどだった。翌19日には、イギリス第30軍団(British XXX Corps)がグレーヴを確保しネイメーヘンに迫ったものの、降下した空挺部隊と合流できず、ネイメーヘンを確保することも困難だった。こうして、連合軍は、兵力が分散してしまった上に、ドイツ軍の反撃は素早かった。
 また、連合軍空挺部隊の装備は軽火器のみであり、連合軍地上部隊が進撃してくる前に戦車や対戦車砲を備えたドイツ軍によって掃討されてしまう危険があった。

 1944年9月24日、ドイツ軍の戦車を投入した反撃に抗しきれず、連合軍はマーケット・ガーデン作戦を中止し、前線から離れた地点に降下していたイギリス第1空挺師団は撤退することになったが、ドイツ軍に阻まれて、多数の損害、捕虜を出した。

写真(右)1945年1月1日、ドイツ、オランダ国境近くのガンゲルト、イギリス軍のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:車体を地中に隠して砲塔だけを出すことによって、車高が低くなり、敵から発見されにくくなる。加えて、露出面積が狭くなり、敵からの砲撃の命中率も低下し、砲塔前面の強固な装甲を活かすことも可能になる。1944年末のドイツ軍のアルデンヌ攻勢では、当初、アメリカ軍は大損害を被ったが、バストーニュを守り抜き、航空支援も得て反撃に移った。1945年1月には、ドイツ空軍戦闘機部隊による連合軍航空基地への襲撃作戦が展開されたが、これにともなってドイツ側も大損害を被った。
THE CAMPAIGN IN NORTH WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: B 13283, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)、 Object description: A Sherman Firefly tank of the Irish Guards Group advances past Sherman tanks knocked out earlier during Operation 'Market-Garden', 17 September 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 13283)引用。


 マーケットガーデン作戦Operation Market Garden)による連合軍の侵攻を喰いとめたものの、1944年9月には、ドイツに保護を求めて亡命してくるフランス・オランダ・ベルギーの対独協力者、北フランス・ベルギー戦線で疲労困憊して退却してくるドイツ軍兵士が、アーヘンに退却してきていた。そこで、アーヘン住民は戦局の悪化、故郷が破壊されることへの不安を募らせていった。

第二次大戦緒戦でドイツが併合したフランス領ストラスブルクのナチ党指導者は「一番困るのは敗走してきた兵士の撒き散らす噂話だ。−退却してきた兵隊たちが民衆をひどく不安にさせている」と1944年9月初めに報告し、同様の報告がケルンからナチ党本部にも送られている。

 1944年9月10日、アーヘンを視察した親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーは、党・軍の幹部と民衆に向かって「敵軍は決してアーヘンに到達できない。市民の一斉避難は全く問題にならない」と演説したが、コートニー・ホッジス将軍指揮下のアメリカ第一軍は,9月11日にドイツ国境に達し、9月12日には、アーヘン突入を試みた。

写真(右)1945年2月16日、オランダ国境近くドイツ西部、ゴッホ、イギリス軍第8装甲旅団第4/7竜騎兵のM4シャーマン・ファイアフライ戦車:75ミリ戦車砲に換えて装備したのは長砲身58.3口径17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)。搭載砲弾数は77発。車体前面に予備キャタピラを装着して補助装甲板として活用している。
Catalogue number: B 7557, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Christie (Sgt), Object description: Sherman Firefly tanks move through the ruins of Kleve on their way to support the attack on Goch, 16 February 1945. Label: Sherman Firefly tanks move through the ruins of Kleve on their way to support the attack on Goch, Germany, 16 February 1945. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 7557)引用。


アーヘン死守を命ぜられたドイツ軍部隊は必死に抵抗し、連合軍側も進軍速度に武器弾薬・燃料など補給が追いつかなくなったため、アーヘンは陥落は、10月21日まで遅れることになった。
 退却するドイツ軍第116装甲師団の指揮官フォン・シュヴェリン中将は、「アーヘン市防衛責任者の権限において次のように命令する。計画と目的を持たない住民の全面避難行動を直ちに中止し市民は市に留まること。ただし目的の宿舎・食料・輸送方法が確実な人は市からの退去を認める。」こうして、戦火を生き延びた住民は、アメリカ占領下で生活を始めることになった。

 アメリカ軍によるドイツ占領行政(軍政)は、1944年10月21日のアーヘン占領から始まった。阿部正昭(1998)「アメリカ軍のドイツ占領開始と民衆ーアーヘン:1944年」)引用。

写真(右)1945年2月16日、ドイツ西部、オランダのエイントホーフェンとエッセンの中間にあたるゲルダーンを進むイギリス軍のM4シャーマン・ファイアフライ戦車
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45、Catalogue number: B 15229, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Christie (Sgt), Object description: A Sherman Firefly drives in Geldern, 6 March 1945. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 15229)引用。


75ミリ戦車砲に換えて長砲身58.3口径17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)を装備したファイアフライ戦車は、ドイツ軍から標的にされやすかった。そこで、長砲身を目立たないように、偽装網を全面的に被せていることが多い。

写真(右)1945年3月1日、ライン川に向かって進撃中に、オランダ国境近くドイツ西部、ウエーデムの廃墟を通過するイギリス軍M4シャーマン・ファイアフライ戦車:75ミリ戦車砲に換えて装備したのは長砲身58.3口径17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)。搭載砲弾数は77発。車体前面に予備キャタピラを装着して補助装甲板として活用している。
Catalogue number: B 14960, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit , Object description: Sherman Firefly tank seen through an archway in the ruined town of Uedem, during the advance to the Rhine, 1 March 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 14960)引用。


写真(右)1945年3月31日、ドイツ、ミュンスター西方20キロ、オランダ国境近くドイツ西部、シュタットローン近郊を通過するイギリス軍第7装甲師団のM4シャーマン・ファイアフライ戦車
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 2890, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Midgley (Sgt), Object description: Sherman Firefly of 7th Armoured Division near Stadtlohn, 31 March 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 2890)引用。


写真(右)1945年4月1日、ドイツ、ミュンスター西方20キロ、オランダ国境近くドイツ西部、シュタットローン近郊アーハウスを通過するイギリス軍第7装甲師団の17ポンド76.2ミリ速射砲搭載M4シャーマン・ファイアフライ戦車
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 3135, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Smith (Sgt), Object description: Sherman Firefly and other vehicles of 7th Armoured Division in Ahaus, 1 April 1945..
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 3135)引用。


 日本において「占領下の生活」とは、沖縄を除けば、1945年8月15日の日本の敗戦(天皇の停戦命令)以降に限られているが、ドイツではその1年前、敗戦に至らないうちに多数のドイツ市民がアメリカ、ソ連など軍政の下に置かれ、困難な生活を余儀なくされていた。一方に戦い続けるドイツ軍、他方に占領軍に従う市民があり、ドイツ人の立場は微妙なものになった。ドイツ国民の戦争継続の意思が崩壊してしまうことを危惧したドイツ軍兵士、SSは、対敵協力者とみなした市民や臆病なドイツ兵士を処刑、殺害するようになった。

写真(右)1945年4月17日、オランダ、アルンヘム西方15キロ、エーデからドイツ軍を排除するために、カナダ軍第5カナダ装甲師団のM4シャーマン・ファイアフライ戦車が第49ウェストリッジ師団第11王室スコットランド偵察フュージリアーの歩兵を支援している。車体の周囲に予備のキャタピラを隙間なく装着して、補助装甲板としている。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 4215, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Handford (Lt), Object description: A Sherman Firefly of 5th Canadian Armoured Division assists troops of 11th Royal Scots Fusiliers, 49th (West Riding) Division to clear the Germans from Ede, 17 April 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 4215)引用。


写真(右)1945年4月17日、オランダ、アルンヘム西方15キロ、エーデに入城し、住民から歓迎を受けるカナダ軍第5カナダ装甲師団のM4シャーマン・ファイアフライ戦車。17ポンド76.2ミリ速射砲装備。砲塔と車体の周囲に予備のキャタピラを隙間なく装着して、補助装甲としている。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 4219, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Handford (Lt), Object description: Dutch civilians cheer as a Sherman Firefly of 5th Canadian Armoured Division enters Ede, 17 April 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 4219)引用。


写真(右)1945年4月20日、ドイツ、ブレーメン=ハンブルク高速道路上で、厳重に偽装を施したイギリス軍アイリッシュ近衛部隊のM4シャーマン・ファイアフライ戦車(17ポンド76.2ミリ速射砲搭載)を背後に、歩兵がブレン軽機関銃とエンフィールド小銃を構えている。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 4157, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Johnson (Sgt), Object description: A camouflaged Sherman Firefly of the Irish Guards and infantry guard a section of the Bremen-Hamburg autobahn, 20 April 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 4157)引用。


武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給された。イギリス軍が自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車、クルーセイダー巡航戦車よりも、アメリカで生産されイギリスに貸与されたM4シャーマン中戦車のほうが多い。しかし、イギリス軍はアメリカ製M4シャーマンの車体をそのままに、砲塔を新たに製造して従来の75ミリ戦車砲をイギリス製17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車を生産、配備した。

写真(右)1945年5月4日、ドイツ、ハンブルク、イギリス軍第7装甲旅団の長砲身17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載したM4シャーマン・ファイアフライ中戦車:Catalogue number: BU 5255, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt)、  Alternative Names: object category: Black and white,  Object description: Sherman Firefly of 7th Armoured Division in Hamburg, 4 May 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 5255)引用。


 イギリス造兵廠で生産されたM4シャーマン ファイアフライは、M4シャーマン戦車の搭載していた37.5口径75mm戦車砲M3を長砲身58.3口径オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲に変換した改修型。M4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)(蛍)戦車の生産台数は、終戦の1945年5月までに2000両以上で、ドイツ軍の重戦車ティガーよりも多い。

写真(右)1945年5月4日、ドイツ、ハンブルク、イギリス軍第7装甲旅団のM4シャーマン・ファイアフライ中戦車:イギリス軍はアメリカ製M4シャーマンの車体をそのままに、砲塔を新たに製造して従来の75ミリ戦車砲をイギリス製17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したM4シャーマン・ファイアフライを生産、配備した。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45、Catalogue number: BU BU 5284, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Midgley (Sgt)、  Alternative Names: object category: Black and white,  Object description: A Sherman Firefly of 7th Armoured Division in Hamburg, 4 May 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 5284)引用。


写真(右)1945年5月4日、ドイツ、オランダ国境近くのケーヴェラアー(デュセルドルフ北西50キロ)、イギリス軍第8装甲旅団のM4シャーマンSherman中戦車に続く長砲身17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載したM4シャーマン・ファイアフライ中戦車
Catalogue number: B 15147, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Hutchinson (Sgt)、  Alternative Names: object category: Black and white,  Object description: Sherman tanks and transport of 8th Armoured Brigade moving through Kevelaer, 4 March 1945. Label: Sherman tanks and transport of 8th Armoured Brigade moving through Kevelaer, Germany, 4 March 1945. 
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 15147)引用。


武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給された。イギリス軍が自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車、クルーセイダー巡航戦車よりも、アメリカで生産されイギリスに貸与されたM4シャーマン中戦車のほうが多い。しかし、イギリス軍はアメリカ製M4シャーマンの車体をそのままに、砲塔を新たに製造して従来の75ミリ戦車砲をイギリス製17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したM4シャーマン・ファイアフライを生産、配備した。

写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ軍アメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車 M4A4 (Sherman VC Firefly)Tank Medium (17 Pdr)を正面から撮影:イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載したシャーマン・ファイアフライ戦車。オランダ軍の記章を付けているので、イギリス軍が第二次大戦中に使用していたものを、戦後になって、オランダ軍に譲渡したものと思われる。アーメルスフォールトは、アムステルダム南東40キロにある。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman M4 no T341213 pic9.JPG引用


写真(右)オランダ、アーメルスフォールトの騎兵隊博物館(Cavalry Museum, Bernhardkazerne)に展示してあるアメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車 M4A4 (Sherman VC Firefly)Tank Medium (17 Pdr) :イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載した元オランダ軍のシャーマンファイアフライ中戦車。
Title: Dutch Cavalry Museum, Bernhardkazerne, Amersfoort, The Netherlands. Date Created/photographer: 2013/10/5, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Sherman M4 no T341213 pic1.JPG引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)に展示してあるアメリカ製シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載した元オランダ軍のシャーマンファイアフライ中戦車。
Title: Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr). Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/4/18, Simon Q from United Kingdom
写真はWikimedia Commons>File:Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr) (4536201443).jpg引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)のイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):斜め後方から見ると、砲塔後面の物入れ張り出しが良くわかる。長砲身で前後のバランスをとることも考慮されていた。
Title: Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr).April 2010 in Dorset Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/4/18, Simon Q from United Kingdom.
写真はWikimedia Commons>File:Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr) (4536832318).jpg引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)に展示してあるイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):アメリカのクライスラー社(Chrysler)が1944年に製造した重量37トン、オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲搭載。手前は、イギリス軍チャーチル歩兵戦車、奥はイギリス軍クロムウェル巡航戦車。58.3口径オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲装備のM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly)(蛍)戦車は、いずれのイギリス戦車よりも攻撃力と防御力のバランスがとれていた。
Title: Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr). Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/4/18, Geni Permission (Reusing this file) GFDL CC-BY-SA
写真はFlickr images reviewed by File Upload Bot (Magnus Manske)>Wikimedia Commons>File:Sherman firefly bovington 2014.JPG引用


シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr)は、装甲75ミリ(3インチ)、重量37.45トン、クライスラー社のクライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)30気筒21リットル370馬力、走行1キロ当たりガソリン消費量2.5リットル(1ガロン当たり0.9マイル)、1馬力当たり重量13トン、最高時速35キロ、クライスラー社(Chrysler)製造、活動時期1944-1945年、乗員4名、イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲(Ordnance QF 17-pounder)1門を搭載。

写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)のイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):斜め後方から見ると、砲塔後面の物入れ張り出しが良くわかる。長砲身で前後のバランスをとることも考慮されていた。
Title: Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr).April 2010 in Dorset Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/4/18, Simon Q from United Kingdom.
写真は Wikimedia Commons> File:Sherman_Firefly_M4A4_Tank_Medium_(17_Pdr)_(4536201443).jpg引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)のイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr)のキャタピーラー(履帯)・水平懸架サスペンション:1944年、アメリカのクライスラー社(Chrysler)が製造したイギリス製オードナンス社17ポンド76.2ミリ速射砲搭載した乗員4名、重量37トンの駆逐戦車(対戦車戦車)。
Title: Bovington Tank Museum 134.Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/7/7, DAVID HOLT from London, England
写真はFlickr images reviewed by File Upload Bot (Magnus Manske)> Wikimedia Commons> File:Flickr - davehighbury - Bovington Tank Museum 134.jpg引用


M4シャーマン中戦車の懸架(サスペンション:Suspension)は、当初、垂直懸架サスペンション(VVSS:Vertical Volute Spring Suspension)で、ボギーにスプリングを垂直に配置していた。しかし、垂直懸架はスプリングのストロークが短く、大重量の戦車の安定化には不向きだった。そこで、スプリングを横に配置して、地形への追従性を良くして安定性を向上させた水平懸架サスペンション(HVSS:Holizontal Volute Spring Suspension)を導入した。水平懸架サスペンションの採用に合わせて、はキャタピラーの幅を拡張し、転輪も左右に二重に配置して接地圧を引き下げた。

M4シャーマン中戦車のキャタピラー(Caterpillar)(履帯)は、当初、シングルピン・シングルブロック式T66 Tracks だったが、大戦後期には、構造を強化したダブルピンダブルブロック式のT80 Tracks(Rubber Backed, Steel Chevron)を導入した。また鋼製キャタピラー(履帯)は、西ヨーロッパでは舗装道路を損傷してしまった。そこで、舗装道路の損傷を抑えるために、ゴム製のT84キャタピラー(Rubber chevron)が導入された。




2−2.アメリカ陸軍M4A1E8/M4A2/M4A4シャーマン(76mm)中戦車

写真(右)北フランス、ノルマンディー、空挺部隊博物館に展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A1: 76mm戦車砲M1を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用のM4シャーマン戦車。
Title: M4 A1 Sherman at Sainte-Mère-Église Airborne Museum, Manche, Normandy, France.. Date Created/photographer: 2015/5/1, Jebulon
写真はWikimedia Commons>File:M4 Sherman Utah Beach.jpg引用


 アメリカ製 M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車は、従来のM4シャーマン戦車の車体はそのままで、搭載していた75ミリ戦車砲を長砲身58.3口径オードナンス社の17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)に変換、装備した。つまり、76.2ミリ(3インチ)砲を搭載して対戦車能力を向上させたシャーマン戦車である。地上掃射にも対空射撃にも使用できる0.50口径12.7ミリM2ブローニング機関銃M2 .50 Caliber Machine Gun)を砲塔上に装備。

写真(右)北フランス、ノルマンディー、「ユタ・ビーチ」に展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A3E8: 76mm戦車砲M1を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用のM4シャーマン戦車。
Title: M4 Sherman at Utah Beach, Manche, Normandy, France. Date Created/photographer: 2015/5/1, Jebulon
写真はWikimedia Commons>File:M4 Sherman Utah Beach.jpg引用


イギリス陸軍が制式したシャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr)は、装甲75ミリ(3インチ)、重量37.45トン、クライスラー社のクライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)30気筒21リットル370馬力、走行1キロ当たりガソリン消費量2.5リットル(1ガロン当たり0.9マイル)、1馬力当たり重量13トン、最高時速35キロ、クライスラー社(Chrysler)製造、活動時期1944-1945年、乗員4名、イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲(Ordnance QF 17-pounder)1門を搭載。

写真(右)フランス、ソミュール、ソミュール・エスティエンヌ将軍戦車博物館(Musée des blindés de Saumur Général Estienne)に展示されているアメリカ軍M4A1E8シャーマン中戦車: 高射砲を改造した3インチ76.2ミリM7戦車砲(3-inch Gun M7 )を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体、エンジン、サスペンションはM4シャーマン戦車をそのまま利用している。
Title: M4 Sherman tank. On display at Saumur Général Estienne Museum., M4A1E8 tanks M4A1 Sherman in museums Sherman tanks in the Musée des Blindés Sherman tanks in French service 2nd Armored Division (France) Date Created/photographer: 2009/7/8, Rama
写真はWikimedia Commons>File:Sherman img 2301.jpg引用


M4シャーマン戦車が搭載していた75ミリ砲が対戦車戦闘では威力不足だったために、76mm戦車砲M1に変換したM4A3(76)W HVSS (Sherman IIIAY)中戦車が開発された。この戦車は"Sherman Easy Eight"の愛称で呼ばれ、アメリカ本土、クライスラー(Chrysler)社デトロイト戦車製造工場(Detroit Tank Arsenal)で1944 - 1945年の間、生産された。後期型は、76mm戦車砲M1の砲身長、戦車砲塔の容積と重量バランスを考慮して軽量化した76mm戦車砲M1A1に変換された。76mm戦車砲M1A1は砲身が15インチ (380 mm)短縮、従来の57口径から52口径に減少している。

写真(右)アメリカ、ケンタッキー州、フォートノックスのジョージ・パットン将軍博物館に展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A3E8(76)W "Easy Eight"
Title: M4 Sherman at the General George Patton Museum and Center of Leadership, Fort Knox, Kentucky.M4 Sherman. Tanks in the Patton Museum of Cavalry and Armor Date Created/photographer: 2011/5/25, Chris Light
写真はWikimedia Commons>File:M4 'Sherman Tank' P5250356.JPG引用

M4シャーマン中戦車の懸架(サスペンション:Suspension)は、当初、垂直懸架サスペンション(VVSS:Vertical Volute Spring Suspension)で、ボギーにスプリングを垂直に配置していた。しかし、垂直懸架はスプリングのストロークが短く、大重量の戦車の安定化には不向きだった。そこで、スプリングを横に配置して、地形への追従性を良くして安定性を向上させた水平懸架サスペンション(HVSS:Holizontal Volute Spring Suspension)を導入した。水平懸架サスペンションの採用に合わせて、はキャタピラーの幅を拡張し、転輪も左右に二重に配置して接地圧を引き下げた。

写真(右)アメリカ、ケンタッキー州、フォートノックスのジョージ・パットン将軍博物館に展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A3E8(76)W "Easy Eight": 76mm戦車砲M1改良型の76mm戦車砲M1A1は、砲身長戦車砲塔の容積と重量バランスを考慮して軽量化したため、76.2ミリ砲の砲身が15インチ (380 mm)短縮され、従来の57口径から52口径に減少した。
Title: M4 Sherman at the General George Patton Museum and Center of Leadership, Fort Knox, Kentucky.M4 Sherman. Tanks in the Patton Museum of Cavalry and Armor Date Created/photographer: 2011/5/25, Chris Light
写真はWikimedia Commons>File:M4 'Sherman Tank' P5250355.JPG引用

M4シャーマン中戦車のキャタピラー(履帯)は、当初、シングルピン・シングルブロック式T66 Tracks だったが、大戦後期には、構造を強化したダブルピンダブルブロック式T80 Tracks(Rubber Backed, Steel Chevron)を導入した。また鋼製キャタピラー(履帯)は、西ヨーロッパでは舗装道路を損傷してしまった。そこで、舗装道路の損傷を抑えるために、ゴム製のT84キャタピラー(Rubber chevron)が導入された。

GERMAN TANKS AND MILITARY VEHICLES OF THE SECOND WORLD WAR
写真(上)2016年3月18日、アメリカのインターネットオークションeBayで76.2ミリ戦車砲M1を搭載した1944年製M4A2E8シャーマン中戦車が入札にかけられた。
車体の塗装も転輪に装着している緩衝ゴムも真新しく見える。この車両は搭載しているオリジナルのディーゼルエンジンで稼働できる状態にある。即決買取価格は55万ドル(6100万円)もするが、歴史的価値がある。写真はBring a Trailer The best vintage and classic cars for sale online 引用

写真(上)2016年3月18日、インターネットオークションeBayで競売にかけられた1944年GM社製造の76.2ミリ戦車砲M1を搭載した1944年製M4A2E8シャーマン中戦車。即決買取価格は55万ドルで、入札の最終日は3月23日だった。
写真はBring a Trailer The best vintage and classic cars for sale online 引用


M4シャーマン中戦車「M4A2E8」のオークション(Yahooニュース2016年3月18日 )

第二次世界大戦時のアメリカが開発したM4シャーマン中戦車で、1944年にGM(General Motors :ゼネラルモーターズ)で生産されたデーゼルエンジン搭載の「M4A2E8」をレストアしたものがオークションeBayで販売された。主砲や搭載機銃など火器は使用不能にされているが、M4A2E8オリジナルのディーゼル・エンジンを搭載しており実際に走行が可能。M4シャーマン中戦車M4A2E8を20年以上していた所有者(オーナー)は、現金化するためにオークションで売り出したようだが、開始価格は1000ドル(約11万円)、即決価格は55万ドル(6100万円:$550,000)とされた。3月16日には$185,301.77、オークション5日で20万ドル(約2200万円)以上につり上がったが、入札はアメリカ国内限定での国内販売とされている。

M4A2シャーマン戦車は、GMのディーゼルエンジンを搭載し、初期型以外は長砲身でマルズブレーキを装備した76.2ミリM1戦車砲を主砲としている。使用国は、アメリカ以外にロシア、イギリス、フランス、ポーランドなど。

 第二次大戦中の戦車やモデルに関心の深い日本のファンの一部では未だに、アメリカ軍の兵器の性能や戦術を軽視して「物量」のみを評価する傾向が残っているが、それを反映してか、Wikipedia「M4中戦車」の解説は、次のように後継のシャーマン・ファイアフライ戦車に対しても、対日戦争(太平洋戦争)の活躍についても、多くを論じないまま、M4シャーマン戦車を過小評価している。

「優れた信頼性と量産性により、第二次世界大戦の連合国戦車の代名詞になった戦車。アメリカの高い工業力を基盤にして大量生産された。M4という形式名で呼ばれているものの、車体・発動機・砲塔・砲・サスペンション・履帯など多くのバリエーションを持つのは、各生産工場の得意とする生産方式・部品を活かして並行生産させたためであるが、構成部品の規格化により殆どの車体構成部品に互換性を持たせることに成功し、高い信頼性が保たれていた。敵対するナチス・ドイツの特にV号戦車パンターVI号戦車などに車輌単体での性能こそ劣っていたが、数で圧倒することができた。」 

  「北アフリカ及びヨーロッパでの米軍対ナチス・ドイツの戦いに加えて日本軍を敵とする太平洋戦争にも投入された。またイギリスカナダオーストラリアをはじめとするイギリス連邦加盟国の他、ソビエト連邦に4,000輌以上が、自由フランス軍ポーランド亡命政府軍にもレンドリースされている。」

「M4の75 / 76 mm 砲で十分」とするAGF(Army Ground Forces 陸軍地上軍)の甘い判断で、M26パーシングの配備が遅らされ、終戦まで連合国軍の主力戦車として活躍した。」

「第二次世界大戦後も朝鮮戦争印パ戦争中東戦争などで使用され、特にイスラエル国防軍はM4の中古・スクラップを大量にかき集めて再生し初期の陸戦力の中核として活用、その後独自の改良により「最強のシャーマン」と呼ばれるM50/M51スーパーシャーマンを生み出している。」

「第一線を退いた後も装甲回収車などの支援車両に改造され最近まで各国で使用されていた。M4A3E8型はMSA協定により日本の陸上自衛隊にも供与されて1970年代半ばまで使用され、70年代末には61式戦車と交代するかたちで全車が退役した。」(引用終わり)

  Wikipedia「M4シャーマン戦車」では、M4シャーマン戦車を、後年に量産されたドイツ陸軍のティーガー重戦車、パンテル中戦車と比較しているが、これは、設計時期も前線で大量配備された時期もが異なるので適切ではない。早期に配備が始まったM4シャーマン戦車が、T-34戦車を念頭に置いたドイツ軍の?号ティーゲル重戦車、?号パンテル中戦車よりも防御力、攻撃職の双方で劣っているのはやむを得ない。M4シャーマン戦車は、ドイツ陸軍の最多量産台数を誇る?号戦車と同等以上の戦闘能力を持っていた。また、17ポンド戦車砲を装備したM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車は、パンテル中戦車の装備した70口径7.5cm KwK 42戦車砲と同等以上の火力を誇っており、対戦車専用戦車、駆逐戦車としても活躍した。

 米陸軍のM4シャーマン戦車は、ドイツ軍の主力戦車である?号戦と対等以上だった。決して米軍戦車隊がドイツ軍戦車隊に劣勢だったわけではない。また、戦車戦とは敵味方の戦車が1対1で広場で戦う試合とは全く異なり、航空兵力の下、地上兵力の一部として活用され、配備される数量も重要な要素である。量産性、信頼性に優れているM4シャーマン戦車は、後継のM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車にも発展し、西側連合軍の中で、ドイツ陸軍の新鋭戦車を撃破するのに大きな役割を果たしたのである。




3.アメリカ軍 M4 シャーマン・クラブフライル地雷除去戦車 Sherman Crab flail

 西側連合軍がヨーロッパ大陸反攻ノルマンディ侵攻、オーバーロード作戦の際、上陸海岸に敷設されたドイツ軍の地雷を掃除する目的で、地雷除去戦車が開発された。地雷除去戦車の中核は、M4シャーマン戦車を利用したもので、車体前面に鎖付き回転ローラードラムを装備し、それを回転駆動させて地雷を爆破あるいは破壊することを企図した。M4シャーマン・クラブフライルSherman Crab Flail)と呼ばれた地雷除去戦車は、上陸作戦以降も、地雷爆破用に使用され、1945年4月のドイツ本土進攻にも先陣を切っている。

写真(右)1944年7月18日、グッドウッド作戦時のシャーマンクラブ・フライル地雷除去戦車とM4シャーマン戦車・M4シャーマン・ファイアフライ戦車・ハーフトラック救急車:シャーマン・クラブフライル地雷掃除戦車は、車体両側から前方にアームを伸ばし、そこに回転ローラーをつけ、装着した鎖を回す。後方から見ても、アームを取り付けているので明瞭に識別可能。回転ローラーは、車体前方にあるが、車体前後のバランスをとるために、アームは車体中央後方から伸びている。

Catalogue number: B 7521, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War.
Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt), Object description: Sherman tanks caryying infantry, a Sherman(correctly Churchill) Crab flail tank, and an ambulance halftrack assemble at the start of Operation 'Goodwood', 18 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 7521)引用。


 アメリカ製M4シャーマン Sherman Crab flail(クラブ・フライル)地雷除去戦車は、地雷除去のために鎖の付いたローラーを回転させると、土砂が舞い上がり、砂塵で前方視界が悪くなった。また、75ミリ戦車砲の砲口から砂塵が大量に入り込み、さらに砂塵で前方視界が悪くなるために、戦車砲を正面射撃することはできなかった。地雷除去の時には、クラブ・フライル戦車は、砲塔を後方を向ける必要があったのである。つまり、戦車砲を使用しながら、地雷除去をすることは原則できなかった。

アメリカ陸軍M4シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail


4.M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車 3-inch Gun Motor Carriage(GMC)

写真(右)1944年2月27日、イギリスで訓練中の王室カナダ砲兵隊第28中隊のアメリカ製 M10 ウォルブリン3インチ駆逐自走砲戦車:砲塔は後方を向いている。砲塔上の0.50口径ブローニング12.7ミリ車載機銃が大きく見える。王室カナダ砲兵隊は1855年創立の由緒ある砲兵隊で、ボーア戦争、第一次世界大戦でも戦っている。
Catalogue number: NA 12304, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Loughlin (Sgt),  Object description: M10 3-inch self-propelled guns of 98 Battery Royal Canadian Artillery, 27 February 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 12304)引用。


 1944年6月6日、西側連合国がオーバーロード作戦で上陸したノルマンディーの海岸は5カ所あるが、その一つのゴールドビーチには、イギリス軍が0725上陸した。上空には、ドイツ軍機の攻撃を妨害する阻塞気球げた。ドイツ軍の抵抗は弱く、隣のジュノー・ビーチに上陸したカナダ軍と連絡をと事が出来た。しかし、カーン・バイユー間の道路の確保、オマハ・ビーチに上陸したアメリカ軍と連絡はとれなかった。オマハビーチでは、ドイツ軍の反撃を受けたアメリカ軍が、内陸部に侵攻できなかったのである。

M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車M10 Wolverine 3-inch self-propelled gun)諸元
車体長:5.96 m、全幅:3.04 m、全高:2.57 m
重量:29.6 t
懸架方式:垂直コイル式スプリング・ボギー式(VVSS)
最高速度:48 km/h
航続距離:320 km
主兵装:50口径3インチ M7戦車砲(搭載砲弾数54発)
車載機銃:0.50口径12.7mm M2ブローニング機関銃×1(搭載弾丸数1,000発)
装甲:砲塔; 防盾57 mm、側・後面25.4 mm
車体; 前面38 mm、側面25.4 mm 後面19 mm
エンジン:GM6046 6気筒空冷ディーゼル×2基 420 馬力
乗員:5 名

写真(右)1944年8月11-14日、北イタリア、フィレンツェ(フローレンス)、イギリス軍第6装甲師団第72駆逐戦車連隊第111中隊のアメリカ製M10ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:3インチ戦車砲の仰角を上げて射程を延ばせるように、M10駆逐自走砲を坂道に乗せて、上向きにし、戦車砲の仰角を大きくしている。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 17797, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Radford (Sgt),  Object description: M10 tank destroyers of 'A' Troop, 111st Battery, 72nd Anti-Tank Regiment, 6th Armoured Division, in the Arno valley near Florence, 11 - 14 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (NA 17797)


写真(右)1944年8月12日、北イタリア、イギリス軍第6装甲師団第72駆逐戦車連隊のアメリカ製M10ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:大射程で火力支援を行うために、戦車の搭載する3インチ戦車砲の仰角を上げるために、M10駆逐自走砲を坂道に乗せて、仰角を大きくかかげている。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 17868, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 2 Army Film & Photographic Unit,  Object description: An M10 tank destroyer of 72nd Anti-Tank Regiment, 6th Armoured Division, in action, 12 August 1944. The gun is firing in the indirect fire support role.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 17868)引用。


1944年9月17日に開始されたオランダ中部への空挺部隊降下を中心とするマーケット・ガーデン作戦Operation Market Garden)が不調であったこと、1944年12月17日にドイツ軍の「ラインの守り作戦」によるバルジ反抗のために、ドイツ本土への西側連合軍の本格的な侵攻は、1945年に入ってからと遅れた。そのために、ソ連赤軍によるベルリン攻略に余裕を与え、戦後のドイツ分割統治において西側は大きな不利益を被ることになった。

 アイントホーフェン、ナイメーヘンなどにイギリス軍の空挺師団を降下させたが、後続すべき地上部隊の進撃が遅かった。また、オランダに駐留していたドイツ陸軍も反撃したため、連合軍の攻勢は停滞し、オランダ諸都市を解放することには成功したものの、ドイツ中枢部のライン、ルール工業地帯を占領することはできなかった。

オランダのワルヘレン島Walcheren Island)は、ベルギーの要港アントワープの沖にある島で、ドイツ軍は東岸を中心に防備を固めていた。ドイツ本土侵攻のためにアントワープを起点としたかった西側連合軍は、1944年10月末にワルヘレン島とオランダ本土を結ぶコーズウェーを攻撃した。西側連合軍の戦車は、ドイツ軍戦車と同様に、補助装甲板として、車体や砲塔にキャタピラや転輪、工具を装着した。他方、武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給され、イギリス軍では自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車も地雷除去戦車が生産されたが、アメリカで生産されイギリスに貸与されたアメリカ製M4シャーマン・クラブフライルSherman Crab地雷除去戦車のほうが数的に多かったほどである。

写真(右)北フランス、バイユー、ノルマンディ戦記念博物館に展示されているアメリカ軍M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリQF速射砲を搭載した砲塔後方が伸びているが、これはノーズヘビーの傾向を抑えるバランスの役割を果たしている。
Title: Destroyer Mus?・e-M?・morial de la Bataille de Normandie, Mus?・e-M?・morial de la Bataille de Normandie Date Created/photographer: 2008/7/13, DennisPeeters
写真はWikimedia Commons>File:Mus?・e-M?・morial de la Bataille de Normandie (6).JPG引用


M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage)は、M4A1シャーマン戦車が搭載した76ミリ戦車砲と共通の弾頭を使用して、同じ76.2mm口径である。しかし、砲身は若干長く、薬莢も装薬量が多く、より強力である。

 アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲は、アメリカ製3インチ高射砲を、イギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換し装備した駆逐戦車だが、砲塔上面には開放式(オープントップ)で装甲は全くされていないため、自走砲に近い。




⇒イギリス軍M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲戦車 3-inch Gun Motor Carriage(GMC)


5.イギリス陸軍 M10 アキリーズ 17ポンド駆逐自走砲戦車 GMC (Gun Motor Carriage)

写真(右)1944年10月12日、オランダ、イギリス軍王室砲兵隊第11装甲師団第75駆逐戦車5シャーウッド・フォレスト歩兵部隊と第93駆逐戦車連隊のアメリカ製 M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲をイギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換、改修した。
Catalogue number: NA 18091, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Evans, J L (Capt),  Object description: An Achilles tank destroyer of 75th Anti-Tank Regiment, 11th Armoured Division, Royal Artillery, Holland, 12 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (NA 18091)引用。


写真(右)1944年10月12日、オランダ、イギリス軍王室砲兵隊第11装甲師団第75駆逐戦車連隊のアキリーズ駆逐自走戦車:アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲をイギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換、改修した。
Catalogue number: B 10773, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Evans, J L (Capt),  Object description: An Achilles tank destroyer of 75th Anti-Tank Regiment, Royal Artillery, 11th Armoured Division, fires its 17-pdr gun at pillboxes on the German frontier, 12 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 10773)引用。


 アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲は、アメリカ製3インチ高射砲を、イギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換し装備した駆逐戦車だが、砲塔上面には開放式(オープントップ)で装甲は全くされていないため、自走砲に近い。

3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲のAPC(通常弾)M62は、敵のドイツ陸軍IV号戦車の搭載した48口径7.5センチ砲以上の能力がある。また、タングステン芯を使ったHVAP(高速徹甲弾)M93の場合、3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲の貫通力はドイツ軍の8.8センチ砲と同等の威力があった。

 M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車が搭載している3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲は、長砲身であり、この砲を装備したために、重心が前方に偏ってしまった。そこで、砲塔後部に張出しを付けて、そこに砲弾、機銃などを搭載して重心のバランスをとっていた。M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車の後期型からは、砲塔後面にカウンターウエイトを搭載、最終型ではカウンターウエイト後方を延長して道具箱を設けている。

写真(右)1945年3月24-31日、ドイツ、ライン川を渡河するイギリス軍M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:後方には空挺作戦に使用されたグライダーが放棄されているのが見える。M10ウォルブリンWolverine自走砲のアメリカ製3インチ高射砲をイギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換したのがアキリーズ駆逐自走戦車で、17ポンド対戦車砲をオープントップの砲塔に搭載した。砲塔上面は装甲のない開放式で、乗員の視界はよかったが、先に敵戦車を発見、撃破する必要があった。
Catalogue number: BU 2396, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Christie (Sgt),  Object description: Crossing the Rhine 24 -31 March 1945: An Achilles tank destroyer on the east bank of the Rhine moves up to link with airborne forces whose abandoned gliders can be seen in the background.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 2396)引用。


M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車の主砲は、3インチ M7戦車砲で、通常のM4シャーマン搭載の75ミリ戦車砲よりも対戦車戦闘能力は高かった。後に新型シャーマン・ファイアフライが搭載した76 ミリM1戦車砲と弾頭・口径は共通の76.2ミリ(3インチ)である。しかし、76.2ミリ(3インチ)薬莢は若干大型で装薬量が多く、砲身も長く、装甲貫通能力能力は若干勝っている。

写真(右)ベルギー、バストーニュ、バストーニュ歴史センターに展示されているイギリス軍M10アキリーズ駆逐自走砲(M10 Achilles Tank Destroyer)の側面写真: イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体はM4シャーマン戦車をそのまま利用している。バストーニュは、1944年末のドイツによるアルデンヌ攻勢の時期、米軍が死守した町。バストーニュ歴史センター(The Bastogne War Museum )の住所はColline du Mardasson, 5 - 6600 Bastogne (Belgium)
Title: Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre, Bastogne War Museum. Date Created/photographer: 2008/4/27, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre pic-002.JPG引用


リーエンフィールド歩兵小銃(Lee-Enfield ?4 Rifle)は口径0 .303インチ弾(7.69ミリ弾) 重量4 kg、全長1,118ミリ、初速744 m/s、射程3,000ヤード(2,743 m)

ブレン軽機関銃(Bren Light Machine Gun)は、チェコスロバキア製のZB26軽機関銃をベースに弾薬を7.92ミリ弾を.303弾(7.69ミリ弾)に変換してライセンス生産したもの。


⇒イギリス陸軍M10 アキリーズ 17ポンド駆逐自走砲戦車 GMC (Gun Motor Carriage)

⇒イギリス陸軍シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly
⇒イギリス陸軍マチルダMatilda 歩兵戦車
⇒アメリカ陸軍M3リーLee/グラントGrant中戦車
⇒イギリス陸軍クル―セイダーCrusader 巡航戦車
⇒アメリカ陸軍M4シャーマンSherman中戦車
⇒イギリス陸軍A27M クロムウェル 巡航戦車 Mk VIII Cromwell VI (A27M)
⇒イギリス陸軍A30 チャレンジャー巡航戦車 Cruiser Mk.VIII Challenger


6. シャーマン海岸装甲回収車BARV(Beach Armoured Recovery Vehicle)

写真(右)1944年2月8日、イギリス、ロンドンのアールズ・コート屋内展示場に置かれたシャーマン海岸装甲回収車BARV(Beach Armoured Recovery Vehicle:海岸装甲回収車)
Catalogue number:H 35624, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: War Office official photographer Stubbs (Sergeant), Object description: Sherman BARV (Beach Armoured Recovery Vehicle), Earls Court, London, 8 February 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (H 35624)引用。


 北フランスの砂浜海岸は軟弱な地盤で、戦車やトラックなどが不整地で動けなくなることが予測された。そのまま放置しておけば、波にさらわれてしまったり、これから上陸する部隊の障害物になったりする。そこで、上陸海岸で立ち往生した戦車など重量物を回収する戦闘車両として 、シャーマン回収車BARV(Beach Armoured Recovery Vehicle:海岸装甲回収車)が開発された。装甲を施しているのは、後方の安全地帯での作業ではなく、放火の飛び交う最前線での回収作業のためである。

さらに、海岸線に上陸を阻むために設けられたバリケードや機雷をダイバーを使って除去することも必要で、ダイバーを安全に所定地点に運ぶために装甲を施した水陸両用の車両が必要だった。

 シャーマン海岸装甲回収車BARVBeach Armoured Recovery Vehicleは、
?戦車よりも軽量で機動性が高いために真っ先に上陸して、航続する戦車が不整地で動けなくなった際にすぐに牽引できる位置にあるようにする、
?敵の放火を真っ先に浴びるのであれば、最前線での戦車回収をするためにも戦車並みの装甲を確保する、
?水陸両用車両とすることで、海岸に敷設された機雷や障害物をダイバーを使って掃除する、
という3つの特徴があった。

アメリカ陸軍 シャーマン海岸装甲回収車BARV(Beach Armoured Recovery Vehicle)


7.シャーマン回収車 (Sherman Recovery tank)

写真(右)1944年6月-7月、北フランス、カーン南5マイル、ファレーズ方面に向かうイギリス軍シャーマンSherman回収戦車。後方のM4シャーマン戦車との間隔が狭いので牽引しているようだ。 :M4シャーマン戦車の砲塔を除去し、軽量化したために、牽引能力は大幅に向上した。シャーマン海岸装甲回収車BARVは、水陸両用を目指しており、水上装甲の装備も備えた複雑な構造であり、全高も1メートル近く高い。しかし、シャーマン回収車は、砲塔を除去しただけの簡易型の工作車である。
Catalogue number: B 8910, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Object description: The town of Bourguebus, five miles south of Caen on the road to Falaise was cleared of the enemy by British infantry and tanks. Picture shows: A Sherman Recovery tank towing a crippled Sherman through the ruined town. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8910)引用。


2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。


◆毎日新聞「今週の本棚」に『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。


ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスの再軍備・人種差別:Nazism & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen
ヒトラー:Hitler
ヒトラー総統の最後:The Last Days of Hitler
自衛隊幕僚長田母神空将にまつわる戦争論
ハワイ真珠湾奇襲攻撃
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊

サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250/251:ハーフトラック
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad
ソ連赤軍T-34戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍1号戦車・2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
ハンセン病Leprosy差別

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