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◆M10ウォルブリン(Wolverine)/アキリーズ(Achilles)駆逐自走砲GMC写真(上)1945年3月20日,イギリス陸軍王室工兵修理部隊が補修している架橋を超えるイギリス軍アキリーズ17ポンド自走砲(Achilles 17-pdr self-propelled gun):THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number:BU 2853、Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION、 Subject period:Second World War、 Alternative Namesobject category: Black and white、 Creator:No 5 Army Film & Photographic Unit Jones (Sgt)
Object description: An Achilles 17-pdr self-propelled gun passes Royal Engineers repairing a bridge during the advance on Coesfeld, 30 March 1945. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 2853)引用。


1.イギリス陸軍のアメリカ製 M4 中戦車 シャーマン Sherman

アメリカ陸軍M4シャーマン Sherman中戦車は、アメリカ参戦前の1940年夏に設計され、実戦投入は、1942年の北アフリカのエルアラメインにおける対ドイツ戦。出現当時は、ドイツ軍にM4シャーマン戦車を上回る対戦車戦闘能力を持った戦車はなかった。しかし、ドイツ軍戦車が短砲身ではなく長砲身43口径7.5センチ戦車砲を装備するようになり、さらに8.8センチ砲を装備するティーガー戦車を投入するに至って、M4シャーマン Sherman中戦車の個別性能の優位性は崩れはじめた。しかし、個別能力を数的優位で補い、終戦まで活躍した。重量30トン 時速40キロ 航続距離193キロ、装甲80ミリ、乗員5人。機関の信頼性、乗員の居住性に優れていた上に、量産や整備のしやすさにも十分配慮されていた。

写真(右)1945年2月17日、オランダ国境近くドイツ西部、ゴッホ、イギリス軍第8装甲旅団第4/7竜騎兵のアメリカ製M4シャーマンSherman戦車 :手前に移っているのは、M4 中戦車 シャーマン ファイアフライ Sherman Fireflyが搭載している長砲身58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(Ordnance Quick-Firing 17-pounder)。
Catalogue number: B 14678, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Jones (Sgt), Object description: Shermans of 4/7th Dragoon Guards, 8th Armoured Brigade move up to support the attack on Goch, 17 February 1945. Label: Sherman tanks of 4/7th Dragoon Guards, 8th Armoured Brigade move up to support the attack on Goch, Germany, 17 February 1945.  写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 14678)引用。


アメリカ製M4シャーマン Sherman中戦車の諸元
車体長:5.84 m (19.2 ft)
全幅:2.62 m (8 ft 7 in)
全高:2.67 m (8 ft 9 in)
重量:30.3 t
最高路上速度:38.6 km/h(整地)、19.3 km/h(不整地)
航続距離:193 km
主砲:37.5口径75mm戦車砲M3(90発)
車載機銃:砲塔上;ブローニング12.7ミリM2重機関銃×1(保有弾数600発、全長1635mm, 銃身長1143mm、重量38.2kg、発射速度450-550発/分、銃口初速894m/s)
車体前面;ブローニング7.62ミリM1919 機関銃×2(保有弾数6,250発、全長1635mm, 銃身長609mm、重量14.7kg、発射速度550発/分、銃口初速853m/s)
装甲:砲塔防盾:76 mm
砲塔:前面64-76 mm、側面50 mm、後面64 mm
車体:前面51 mm、側面38-45 mm、後面38.1 mm
エンジン:Continental R975 C4 4ストローク星型 9気筒空冷ガソリン400馬力
乗員:5 名

M4 シャーマン Sherman V (OP)戦車諸元
設計:1942年、生産期間:1942年5月−1943年9月、生産台数:7,499両
重量:31.6 トン、全長:6.05 m、全幅:2.62 m、全高:2.74 m
装甲:最大76 mm、乗員:5名
兵装:40口径75 mm M3 L/40砲 (搭載砲弾数90発)
車載機銃:0.50口径12.7ミリBrowning M2HBブローニング機銃 (搭載弾丸数300発), 2丁 ×0.30口径7.62ミリ Browning M1919A4ブローニング機銃(搭載弾丸数4,750発)
エンジン: Chrysler A57 Multibank 30シリンダー、21Lエンジン. 470 hp 2,700回転・毎分
馬力・重量比(Power/weight)12.2馬力/トン
トランスミッション:前進4段、後進1段
サスペンション:垂直車軸懸架装置Vertical Volute Spring Suspension (VVSS)
航続距離:160 km/605リットル(80オクタン)、最高時速(整地):40 - 48 km/h。

アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車

アメリカ軍が北アフリカ戦に加わったのは、1942年11月8日のトーチ作戦Operation Torch)で、ドワイト・アイゼンハワーDwight D. Eisenhower)中将(大将昇格は1944年3月)指揮下の部隊が参戦してからである。ただし、それ以前からイギリス軍はアメリカ製の戦車を貸与されていたので、北アフリカのイギリス軍に配備していた。

 M3グラント中戦車が完成した頃、ソ連赤軍はT-34戦車を装備しており、その搭載砲は,76.2ミリ(3インチ)砲で,アメリカの75ミリ砲と同等だった。T-34の砲塔は、当初圧延鋼板溶接構造だったが,生産性の高い鋳造構造に変更された。砲塔も車体周囲も傾斜装甲を施したT-34戦車は,避弾径始に配慮し,命中弾を横滑りさせて,貫通力を弱めることに成功した。

 1944年6月6日、ノルマンディー上陸後、西側連合軍は、8月25日にパリを解放し、フランス臨時政府はパリを首都とし、9月には、英仏海峡の要衝カレーを占領している。
 1944年9月には、ソ連赤軍はバルト諸国に侵攻、エストニアを占領し、 1944年9月12日には、ドイツ側に立っていたフィンランドがソ連と休戦している。

 1944年9月2日、西側連合軍は、ベルギーに侵入し、9月8日にはリェージュを解放したものの、海路補給の要衝となるアントワープのドイツ軍の抵抗は続き、ベルギー解放は、1944年11月3日にまでずれ込んだ。西側連合軍は、1944年9月17日に発動された空挺部隊を投入したマーケット・ガーデン作戦が失敗したため、ドイツ軍がベルギーやオランダの運河や海面下の土地を利用した防御陣地の攻略には時間を要した。


2−1.イギリス軍 シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly ―17ポンド速射砲搭載の対戦車戦車

1941年3月の武器貸与法(Lend-Lease Act)によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給され、イギリス軍だけでも314億ドル相当の軍事物資が貸与された。イギリス軍が自前で配備したチャーチル歩兵戦車クルーセイダー巡航戦車よりも、アメリカで生産されイギリス軍に貸与されたM4シャーマン Sherman中戦車のほうが多い。しかし、英首相チャーチルの指導の下で、イギリス軍はアメリカ製M4シャーマン中戦車(Medium Tank M4 Sherman)の車体をそのままに、砲塔を新たに製造して従来の75ミリ戦車砲をイギリス製17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したM4シャーマン・ファイアフライ(Sherman Firefly)を生産、配備した。

写真(右)1944年6月7日、北フランス、ノルマンディ海岸ゴールド・ビーチ、イギリス軍第7装甲師団第22装甲旅団のアメリカ製M4シャーマンファイアフライSherman Firefly戦車が戦車揚陸艦LSTから海岸に上陸した。:M4シャーマンファイアフライ戦車は、従来の37.5口径75mm戦車砲M3(75 mm Gun M3:97発搭載)を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したために、砲身が異常に長く見える。THE BRITISH ARMY IN THE NORMANDY CAMPAIGN 1944、Catalogue number: B 5130, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Laing (Sgt),   Object description: A Sherman Firefly of 22nd Armoured Brigade, 7th Armoured Division comes ashore from an LST (Landing Ship Tank), Gold area, 7 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5130)引用。


1944年6月のヨーロッパ侵攻時で、イギリス軍はノルマンディ「ゴールドビーチ」に上陸したが、ゴールドは秘匿名称であり、実際の地名はアロマンシュ・レ・バンの海岸だった。イギリス軍は、大量の補給物資、兵力を揚陸するために、ここに巨大な人工埠頭「マルベリー港」(Mulberry harbour)」を建築した。これは、巨大な鋼鉄とコンクリート構造物の杭をいくつも遠浅の海に沈めて固定し、その間を、全長60mの巨大なコンクリート構造物を数十個繋いで構築する即製の港である。埠頭の全長は2キロほどとなる。 「マルベリー港」 (Mulberry harbour)の建設作業は、1944年6月7日に着手され、マルベリーAは6月16日夕方に完成した。しかし、6月19日から22日にかけて、マルベリー港 (Mulberry harbour)大きな時化に襲われ破損してしまった。

第二次世界大戦末期、1944年6月6日、西側連合国軍は、ヨーロッパ反攻オーバーロード作Operation Overlord)戦の一環として、ノルマンディーの5カ所の砂浜海岸に上陸したに。ソード・ビーチSword Beach)とは、この上陸地点の1つに付された連合国側のコードネームで、イギリス軍と自由フランス軍とが上陸した。

M4シャーマンファアフライ戦車は、M4シャーマン戦車の搭載していた37.5口径75ミリ戦車砲M3を58.3口径オードナンス17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したために、砲塔が大型にり、砲塔の後方が突出した形状になっている。また、58.3口径オードナンス17ポンド砲は、砲身が異常に長く見える。6日の上陸からカーンまで10キロメートル以内にまで侵攻した。海岸でのドイツ軍の抵抗はわずかだったために、直ぐに内陸に浸透することができた。しかし、内陸部のカーンでイギリス軍は、ドイツ軍第21装甲師団の反撃を受け、進撃は停止させられた。

 イギリス造兵廠で生産されたM4シャーマン ファイアフライは、M4シャーマン Sherman中戦車の搭載していた37.5口径75mm戦車砲M3を長砲身58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換した改修型。終戦の1945年5月までに2000両以上で、ドイツ軍の重戦車ティガーよりも多い。

写真(右)1944年月6月13-16日、北フランス、ノルマンディ、カーン南西15キロのヴィレー=ボカージュで破壊されたイギリス軍のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライ中戦車:M4シャーマン中戦車の車体は右が前方で、後方を向いた砲塔には長砲身のオードナンス17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲を搭載している。シャーマンファイアフライ戦車の周囲にいるのはドイツ軍兵士。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-738-0275-03A Archive title: Frankreich, Villers-Bocage.- zerstörter Panzer M4 "Sherman" (Nummer T212728) wird von deutschen Soldaten begutachtet; PK Signal-Einsatz Dating: Juni 1944 Photographer: Grimm, Arthur
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) 引用Bundesarchiv> Picture database >Bild 101I-738-0275-03A 引用。


ノルマンディ侵攻直後、1944年6月13日、北フランスのカーン南、ヴィレル・ボカージュに進撃してきたイギリス陸軍第7装甲師団の戦車部隊を、ドイツ軍ハインツ・フォン・ヴェステルンハーゲンSS少佐率いるSS第101重戦車大隊が迎撃した。6月13日午前、第7装甲師団の先遣隊はヴィレル・ボカージュに突入していたところ、SS第101重戦車大隊第2中隊長ミハエル・ヴィットマンが発見した。

写真(右)1944年月6月13-16日、北フランス、ノルマンディ、カーン南西15キロのヴィレー=ボカージュで破壊されたイギリス軍のアメリカ製M4シャーマン ファイアフライ中戦車:M4シャーマン中戦車の車体は右が前方で、後方を向いた砲塔には長砲身のイギリス製58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(17 Pounder Anti-Tank Gun)を搭載している。シャーマンファイアフライ戦車の周囲にいるのはドイツ軍兵士。
Inventory: Bild 101 I - Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe Signature: Bild 101I-738-0275-03A Archive title: Frankreich, Villers-Bocage.- zerstörter Panzer M4 "Sherman" (Nummer T212728) wird von deutschen Soldaten begutachtet; PK Signal-Einsatz Dating: Juni 1944 Photographer: Grimm, Arthur
写真はウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons) 引用Bundesarchiv> Picture database >Bild 101I-738-0275-03A 引用。


 1944年6月6日、西側連合軍は、ヨーロッパ大陸反攻のために、ノルマンディに「ネプチューン作戦」(Operation Neptune)」に従って上陸した。ここでは、イギリスのバーナード・モントゴメリーBernard Montgomery:1887-1976)元帥を総指揮官に、西からオマール・ブラッドレーOmar Bradley:1893-1981)准将隷下アメリカ軍が「ユタ」(第4歩兵師団)・「オマハ」(第1歩兵師団)、マイルズ・デンプシーMiles Dempsey:1896-1969 )中将隷下のイギリス軍が「ゴールド」(第50歩兵師団)・「ジュノー」(カナダ第3歩兵師団)・「ソード」(第3歩兵師団)に侵攻した。

 0900、ヴィットマン率いるのティゲル重戦車は、ヴィレル・ボカージュ南から生垣(ボカージュ)越しに攻撃をかけ、イギリス軍のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly1輌、クロムウェル巡航戦車2輌を撃破した。そして、街道を進んでいた装甲戦闘車両、6ポンド対速射砲、M3Aスチュアート軽戦車などを撃破した。さらに、市街地に突入したドイツ軍ティーゲル重戦車は、M4シャーマン Sherman中戦車(第5王立戦車連隊)と装甲戦闘車輛を撃破した。しかし、イギリス軍クロムウェル巡航戦車、6ポンド速射砲による反撃を受けて、ヴィットマンのティーゲル重戦車は撃破された。

写真(右)1944年6月16日、北フランス(?)、灌木の茂る路上で戦闘準備に入るようなイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲に変換したのが、ファイアフライ戦車。
THE NORMANDY CAMPAIGN 1944, Catalogue number: B 5546, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit、 Object description: A Sherman Firefly tank alongside a hedge, 16 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 5546)引用。


 アメリカ製 M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車は、従来のM4シャーマン戦車の車体はそのままで、搭載していた75ミリ戦車砲を長砲身58.3口径オードナンス社の17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)に変換、装備した。つまり、76.2ミリ(3インチ)砲を搭載して対戦車能力を向上させたシャーマン戦車である。

 トータライズ作戦Operation 'Totalise')は、ノルマンディー侵攻後、西側連合軍占領地を東方のカーン方面に広げようと、攻勢を開始した。そして、ファレーズ北を占領し、ドイツ軍部隊の退路を断ちファレーズに包囲することができた。

ノルマンデー侵攻「オーバーロード」作戦Operation Overlord)の支作戦としてトータライズ作戦(Operation 'Totalise')で、ドイツ陸軍の第7軍装甲軍と第5装甲軍をファレーズ南方で包囲した。8月7日夜、イギリス空軍の四発重爆撃機による地上支援爆撃の後、装甲歩兵が進撃し、クルト・マイヤーKurt Meyer:1910-1961)准将が指揮する第12SS装甲師団「ヒトラーユーゲント」と戦った。「ヒトラーユーゲント」装甲師団は1926年生まれ、1943年時点で16歳あるいは17歳のドイツの少年を徴収した少年戦車師団だった。8月10日、ファレーズ北まで進撃したもののファレーズを占領することはできなかった。

 1944年7月、連合軍は オーバーロード作戦 Operation Overlord)の一環として、ノルマンディー要衝の カーンCane)に突入するために、歩兵師団6個、戦車旅団5個を投入した。ドイツ軍は歩兵師団4個、装甲師団3個、重戦車大隊1個で果敢に防戦したため、連合軍の攻勢は成功せず、3000人から3500人の死傷者を出した。 

 M4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車が搭載したイギリス製の長砲身58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)は、1943年から生産された、装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)を装填できる強力な対戦車砲である。装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)は、質量の大きいタングステンを含む弾頭を用いて、貫通力を高める一方で、装弾筒は軽金属として軽量化も図っていて、初速毎秒1000メートルという高速化が可能になった。搭載砲弾数は77発。 車体前面に予備キャタピラを装着して補助装甲版として活用している。

写真(右)1944年7月31日、北フランス、カーン南西15キロメートル、オネ=シュル=オドンに向かって進撃するイギリス軍M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車が偵察部隊の装甲車を追い越している。:1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲は、長砲身で、シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車の対戦車戦闘能力が向上した。
Catalogue number: B 8370, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Handford (Lt), Object description: A Sherman Firefly advances towards Aunay-sur-Odon, 31 July - 1 August 1944. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8370)引用。


 ドイツ陸軍は、特殊砲弾として、ヴァルター・ドルンベルガー少将、ヴェルナー・フォン・ブラウン博士を中心に、A-4、後のV-2ロケット(Vergeltungswaffe)を開発した。A-4ロケットの発射実験は、1942年6月から8月にペーネミュンデ秘密基地で行われたが、みな失敗した。発射実験の初成功は10月3日だった。他方、ドイツ空軍は、V-1飛行爆弾を開発し1944年6月13日に北フランスから、イギリスのロンドンに向けて発射した。V-1に遅れて完成したV-2ロケットは、弾頭1トンで射程250km以上の弾道弾で、ドイツ陸軍は、1944年9月6日、ベルギーの基地からパリに向けて発射した。

ノルマンディ上陸から数週間たった1944年の8-9月、イギリス軍バーナード・モントゴメリー(1887-1976)将軍隷下の装甲師団4個、装甲旅団2個はフランスを通り、ベルギーを目指した。低地の運河地帯はドイツ軍の守備が強固だったため、内陸への迂回路をとった。そこで、気まぐれの寄り道を連想させたため、「偉大な白鳥」‘Great Swan’(気ままなぶらつきの意味)と自嘲された。特に、第一次大戦の戦跡も多かったため、兵士たちは第一次大戦に参加した父親世代を思い返し感慨深かったようだ。また、年配の兵士には、自ら第一次大戦をこの地で戦った経験があったものもあった。(1 September 1944 The ‘Great Swan’ through France into Belgium参照)

写真(右)1944年8月7日、北フランス、トータライズ作戦開始時期のイギリス軍第1ノーサンプトンシャー・ヨーマンリーのM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:3インチ砲弾を搭載しているが、炸薬量が多く、初速が早いことが確認できる。ノーサンプトンシャーは、イギリス南部、バーミンガム南東40キロメートル。
THE BRITISH ARMY IN NORMANDY 1944, Catalogue number: B 8793, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator:  5 Army Film & Photographic Unit Wilkes (Sgt)、 Object description: A Sherman Firefly crew of 1st Northamptonshire Yeomanry load ammunition into their vehicle before the start of Operation 'Totalise', 7 August 1944.
 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8793)引用。


 マーケットガーデン作戦Operation Market Garden)は、オランダ南部、アイントホーフェン(Eindhoven)、ネイメーヘン(Nijmegen )、アルンヘム(Arnhem)の攻略を目指すもので、この作戦が成功すれば、オランダ沿岸を通って、ドイツ本土へ侵攻することができ、ドイツ・フランス国境の要塞「ジークフリード線」を迂回することが可能になる。また、ドイツ工業の中心地ルール、ライン地方へも、防備の薄い北方から迂回して侵入が可能なように思われた。

M4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車は、M4シャーマン戦車後期の鋳造車体に、新型砲塔を搭載して、それまでの75ミリ砲よりも長砲身で対戦車戦闘能力の高い58.3口径オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲Ordnance QF 17-pounder Towed Anti-Tank Gun)、すなわち76.2ミリ(3インチ)砲を装備した。M4シャーマンSherman 戦車は特に「ファイアフライ」(Firefly )と呼ばれた。

ファイアフライが75ミリ戦車砲に換えて装備したのは長砲身58.3口径17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)で搭載砲弾数は77発。車体前面に予備キャタピラを装着して補助装甲板として活用している。

写真(右)1944年8月31日、北フランス、ルアーン東40キロメートル、ボーベ、イギリス軍近衛装甲師団のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車の隊列
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 298, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt)、 Object description:A Sherman Firefly leads a column of Sherman tanks of Guards Armoured Division near Beauvais, 31 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 298)引用。


1944年9月17日、マーケットガーデン作戦Operation Market Garden)では、第一に、空挺部隊(3個空挺師団)によるベルギー・オランダの交通要衝の橋を確保する手はずになり、大規模な降下作戦が実施された。

 マーケット・ガーデン作戦Operation Market Garden)当初は順調で、1944年9月18日、アメリカ第101空挺師団US 101st Airborne Division)は、オランダのアイントホーフェンを解放し、住民は広場にこぞってダンスをするほどだった。翌19日には、イギリス第30軍団(British XXX Corps)がグレーヴを確保しネイメーヘンに迫ったものの、降下した空挺部隊と合流できず、ネイメーヘンを確保することも困難だった。こうして、連合軍は、兵力が分散してしまった上に、ドイツ軍の反撃は素早かった。
 また、連合軍空挺部隊の装備は軽火器のみであり、連合軍地上部隊が進撃してくる前に戦車や対戦車砲を備えたドイツ軍によって掃討されてしまう危険があった。

写真(右)1944年9月、オランダ、アルンヘムArnheim近郊でドイツ軍の反撃を受けて降伏したイギリス軍空挺部隊の兵士たち: 北フランスに上陸した西側連合軍は、ドイツを目指していたが、低地のオランダには多数の河川や運河があり、そこにかかる架橋を無事に占領する必要があった。そこで、アメリカ軍、イギリス軍は、空挺部隊をオランダに降下させて架橋を確保しようとした。これが、マーケットガーデン作戦である。
Inventory: Bild 183 - Allgemeiner Deutscher Nachrichtendienst - Zentralbild Signature: Bild 183-S73820 Original title: info Scherl Bilderdienst Tiger zerschlagen Brückenkopf bei Arnheim Die bei Arnheim gelandeten anglo-amerikanischen Luftlandetruppen sind von deutschen Eingreifverbänden auf engstem Raum zusammengedrängt und zum grossen Teil vernichtet worden. Deutsche Panzertruppen haben an diesem Erfolg besonders Anteil. Die ersten Gefangenen werden eingebracht. MPK-Aufnahme, PK-Kriegsberichter Höppner (Sch), 205/45 Archivvermerk: Ort Arnheim Dating: September 1944 Photographer: Höppner, Willi 撮影.
写真はドイツ連邦アーカイブ:Bundesarchiv引用。


 1944年9月24日、ドイツ軍の戦車を投入した反撃に抗しきれず、連合軍は、マーケット・ガーデン作戦Operation Market Garden)を中止し、前線から離れた地点に降下していたイギリス第1空挺師団は撤退することになったが、ドイツ軍に阻まれて、多数の損害、捕虜を出した。

写真(右)1945年1月1日、ドイツ、オランダ国境近くのガンゲルト、イギリス軍のM4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車:車体を地中に隠して砲塔だけを出すことによって、車高が低くなり、敵から発見されにくくなる。加えて、露出面積が狭くなり、敵からの砲撃の命中率も低下し、砲塔前面の強固な装甲を活かすことも可能になる。1944年末のドイツ軍のアルデンヌ攻勢では、当初、アメリカ軍は大損害を被ったが、バストーニュを守り抜き、航空支援も得て反撃に移った。1945年1月には、ドイツ空軍戦闘機部隊による連合軍航空基地への襲撃作戦が展開されたが、これにともなってドイツ側も大損害を被った。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45, Catalogue number: BU 926, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit、 Object description: A Sherman Firefly dug-in near Gangelt, on the Dutch/German border, 1 January 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 926)引用。


 マーケットガーデン作戦Operation Market Garden)による連合軍の侵攻を喰いとめたものの、1944年9月には、ドイツに保護を求めて亡命してくるフランス・オランダ・ベルギーの対独協力者、北フランス・ベルギー戦線で疲労困憊して退却してくるドイツ軍兵士が、アーヘンに退却してきていた。そこで、アーヘン住民は戦局の悪化、故郷が破壊されることへの不安を募らせていった。

第二次大戦緒戦でドイツが併合したフランス領ストラスブルクのナチ党指導者は「一番困るのは敗走してきた兵士の撒き散らす噂話だ。−退却してきた兵隊たちが民衆をひどく不安にさせている」と1944年9月初めに報告し、同様の報告がケルンからナチ党本部にも送られている。

 1944年9月10日、アーヘンを視察した親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーは、党・軍の幹部と民衆に向かって「敵軍は決してアーヘンに到達できない。市民の一斉避難は全く問題にならない」と演説したが、コートニー・ホッジス将軍指揮下のアメリカ第一軍は,9月11日にドイツ国境に達し、9月12日には、アーヘン突入を試みた。

アーヘン死守を命ぜられたドイツ軍部隊は必死に抵抗し、連合軍側も進軍速度に武器弾薬・燃料など補給が追いつかなくなったため、アーヘンは陥落は、10月21日まで遅れることになった。
 退却するドイツ軍第116装甲師団の指揮官フォン・シュヴェリン中将は、「アーヘン市防衛責任者の権限において次のように命令する。計画と目的を持たない住民の全面避難行動を直ちに中止し市民は市に留まること。ただし目的の宿舎・食料・輸送方法が確実な人は市からの退去を認める。」こうして、戦火を生き延びた住民は、アメリカ占領下で生活を始めることになった。

 アメリカ軍によるドイツ占領行政(軍政)は、1944年10月21日のアーヘン占領から始まった。阿部正昭(1998)「アメリカ軍のドイツ占領開始と民衆ーアーヘン:1944年」)引用

写真(右)1945年2月16日、ドイツ西部、オランダのエイントホーフェンとエッセンの中間にあたるゲルダーンを進むイギリス軍のM4シャーマン・ファイアフライ戦車:75ミリ戦車砲に換えて長砲身58.3口径17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)を装備したため、ドイツ軍から標的にされやすかった。そこで、長砲身を目立たないように、偽装網を全面的に被せてある。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45、Catalogue number: B 15229, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit, Christie (Sgt), Object description: A Sherman Firefly drives in Geldern, 6 March 1945. 写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 15229)引用。


 日本において「占領下の生活」とは、沖縄を除けば、1945年8月15日の日本の敗戦(天皇の停戦命令)以降に限られているが、ドイツではその1年前、敗戦に至らないうちに多数のドイツ市民がアメリカ、ソ連など軍政の下に置かれ、困難な生活を余儀なくされていた。一方に戦い続けるドイツ軍、他方に占領軍に従う市民があり、ドイツ人の立場は微妙なものになった。ドイツ国民の戦争継続の意思が崩壊してしまうことを危惧したドイツ軍兵士、SSは、対敵協力者とみなした市民や臆病なドイツ兵士を処刑、殺害するようになった。

 武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給された。イギリス軍が自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車、クルーセイダー巡航戦車よりも、アメリカで生産されイギリスに貸与されたM4シャーマン中戦車のほうが多い。しかし、イギリス軍はアメリカ製M4シャーマンの車体をそのままに、砲塔を新たに製造して従来の75ミリ戦車砲をイギリス製17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車を生産、配備した。

イギリス造兵廠で生産されたM4シャーマン ファイアフライは、M4シャーマン戦車の搭載していた37.5口径75mm戦車砲M3を長砲身58.3口径オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲に変換した改修型。終戦の1945年5月までに2000両以上で、ドイツ軍の重戦車ティガーよりも多い。

写真(右)1945年5月4日、ドイツ、オランダ国境近くのケーヴェラアー(デュセルドルフ北西50キロ)、イギリス軍第8装甲旅団のM4シャーマンSherman中戦車に続く長砲身17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載したM4シャーマン・ファイアフライ中戦車:武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給された。イギリス軍が自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車、クルーセイダー巡航戦車よりも、アメリカで生産されイギリスに貸与されたM4シャーマン中戦車のほうが多い。しかし、イギリス軍はアメリカ製M4シャーマンの車体をそのままに、砲塔を新たに製造して従来の75ミリ戦車砲をイギリス製17ポンド(76.2ミリ)対戦車砲に変換したM4シャーマン・ファイアフライを生産、配備した。
Catalogue number: B 15147, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Hutchinson (Sgt)、  Alternative Names: object category: Black and white,  Object description: Sherman tanks and transport of 8th Armoured Brigade moving through Kevelaer, 4 March 1945. Label: Sherman tanks and transport of 8th Armoured Brigade moving through Kevelaer, Germany, 4 March 1945. 
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 15147)引用。


イギリス軍第8装甲旅団第4/7竜騎兵のM4シャーマン・ファイアフライ戦車は、75ミリ戦車砲に換えて装備したのは長砲身58.3口径17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)。搭載砲弾数は77発。車体前面に予備キャタピラを装着して補助装甲板として活用していた。

写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)に展示してあるイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr):アメリカのクライスラー社(Chrysler)が1944年に製造した重量37トン、オードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲搭載。
Title: Sherman Firefly M4A4 Tank Medium (17 Pdr). Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/4/18, Geni Permission (Reusing this file) GFDL CC-BY-SA
写真はFlickr images reviewed by File Upload Bot (Magnus Manske)>Wikimedia Commons>File:Sherman firefly bovington 2014.JPG引用


シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr)は、装甲75ミリ(3インチ)、重量37.45トン、クライスラー社のクライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)30気筒21リットル370馬力、走行1キロ当たりガソリン消費量2.5リットル(1ガロン当たり0.9マイル)、1馬力当たり重量13トン、最高時速35キロ、クライスラー社(Chrysler)製造、活動時期1944-1945年、乗員4名、イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲(Ordnance QF 17-pounder)1門を搭載。

写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館(the Bovington Tank Museum)のイギリス軍シャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr)のキャタピーラー(履帯)・水平懸架サスペンション:手前は、イギリス軍チャーチル歩兵戦車、奥はイギリス軍クロムウェル巡航戦車。17ポンド速射砲を装備したシャーマン・ファイアフライは、いずれのイギリス戦車よりも攻撃力と防御力のバランスがとれていた。1944年、アメリカのクライスラー社(Chrysler)が製造したイギリス製オードナンス社17ポンド76.2ミリ速射砲搭載した乗員4名、重量37トンの駆逐戦車(対戦車戦車)。
Title: Bovington Tank Museum 134.Sherman Firefly in the Bovington Tank Museum. Date Created/photographer: 2010/7/7, DAVID HOLT from London, England
写真はFlickr images reviewed by File Upload Bot (Magnus Manske)>Wikimedia Commons>File:Flickr - davehighbury - Bovington Tank Museum 134.jpg引用


M4シャーマン中戦車の懸架(サスペンション:Suspension)は、当初、垂直懸架サスペンション(VVSS:Vertical Volute Spring Suspension)で、ボギーにスプリングを垂直に配置していた。しかし、垂直懸架はスプリングのストロークが短く、大重量の戦車の安定化には不向きだった。そこで、スプリングを横に配置して、地形への追従性を良くして安定性を向上させた水平懸架サスペンション(HVSS:Holizontal Volute Spring Suspension)を導入した。水平懸架サスペンションの採用に合わせて、はキャタピラーの幅を拡張し、転輪も左右に二重に配置して接地圧を引き下げた。

M4シャーマン中戦車のキャタピラー(履帯)は、当初、シングルピン・シングルブロック式T66 Tracks だったが、大戦後期には、構造を強化したダブルピンダブルブロック式T80 Tracks(Rubber Backed, Steel Chevron)を導入した。また鋼製キャタピラー(履帯)は、西ヨーロッパでは舗装道路を損傷してしまった。そこで、舗装道路の損傷を抑えるために、ゴム製のT84キャタピラー(Rubber chevron)が導入された。

イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ戦車


2−2.アメリカ陸軍M4A1E8/M4A2/M4A4シャーマン(76mm)中戦車

写真(右)北フランス、ノルマンディー、空挺部隊博物館に展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A1: 76mm戦車砲M1を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用のM4シャーマン戦車。
Title: M4 A1 Sherman at Sainte-Mère-Église Airborne Museum, Manche, Normandy, France.. Date Created/photographer: 2015/5/1, Jebulon
写真はWikimedia Commons>File:M4 Sherman Utah Beach.jpg引用


 アメリカ製 M4シャーマン ファイアフライ Sherman Firefly戦車は、従来のM4シャーマン戦車の車体はそのままで、搭載していた75ミリ戦車砲を長砲身58.3口径オードナンス社の17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)に変換、装備した。つまり、76.2ミリ(3インチ)砲を搭載して対戦車能力を向上させたシャーマン戦車である。

第二次大戦の後期、イギリス陸軍が制式したシャーマン・ファイアフライ中戦車M4A4 Tank Medium (17 Pdr)は、装甲75ミリ(3インチ)、重量37.45トン、クライスラー社のクライスラーA57マルチバンク(Chrysler A57 Multibank)30気筒21リットル370馬力、走行1キロ当たりガソリン消費量2.5リットル(1ガロン当たり0.9マイル)、1馬力当たり重量13トン、最高時速35キロ、クライスラー社(Chrysler)製造、活動時期1944-1945年、乗員4名、イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲(Ordnance QF 17-pounder)1門を搭載。

M4シャーマン戦車が搭載していた75ミリ砲が第二次大戦後期の対戦車戦闘では威力不足になったために、76mm戦車砲M1に変換したM4A3(76)W HVSS (Sherman IIIAY)中戦車が開発された。この戦車は"Sherman Easy Eight"の愛称で呼ばれ、アメリカ本土、クライスラー(Chrysler)社デトロイト戦車製造工場(Detroit Tank Arsenal)で1944 - 1945年の間、生産された。後期型は、76mm戦車砲M1の砲身長、戦車砲塔の容積と重量バランスを考慮して軽量化した76mm戦車砲M1A1に変換された。76mm戦車砲M1A1は砲身が15インチ (380 mm)短縮、従来の57口径から52口径に減少している。

写真(右)アメリカ、ケンタッキー州、フォートノックスのジョージ・パットン将軍博物館に展示されているアメリカ軍M4シャーマン中戦車M4A3E8(76)W "Easy Eight": アメリカ製M4A3E8(76)W "Easy Eight"は76mm戦車砲M1改良型の76mm戦車砲M1A1を搭載、砲身が長く戦車砲塔の容積と重量バランスを考慮して軽量化したため、76.2ミリ砲身を15インチ (380 mm)短縮、従来の57口径から52口径に減少した。
Title: M4 Sherman at the General George Patton Museum and Center of Leadership, Fort Knox, Kentucky.M4 Sherman. Tanks in the Patton Museum of Cavalry and Armor Date Created/photographer: 2011/5/25, Chris Light
写真はWikimedia Commons>File:M4 'Sherman Tank' P5250356.JPG引用

M4シャーマン中戦車の懸架(サスペンション:Suspension)は、当初、垂直懸架サスペンション(VVSS:Vertical Volute Spring Suspension)で、ボギーにスプリングを垂直に配置していた。しかし、垂直懸架はスプリングのストロークが短く、大重量の戦車の安定化には不向きだった。そこで、スプリングを横に配置して、地形への追従性を良くして安定性を向上させた水平懸架サスペンション(HVSS:Holizontal Volute Spring Suspension)を導入した。水平懸架サスペンションの採用に合わせて、キャタピラーの幅を拡張し、転輪も左右に二重に配置して接地圧を引き下げた。

M4シャーマン中戦車のキャタピラー(履帯)は、当初、シングルピン・シングルブロック式T66 Tracks だったが、大戦後期には、構造を強化したダブルピンダブルブロック式T80 Tracks(Rubber Backed, Steel Chevron)を導入した。また鋼製キャタピラー(履帯)は、西ヨーロッパでは舗装道路を損傷してしまった。そこで、舗装道路の損傷を抑えるために、ゴム製のT84キャタピラー(Rubber chevron)が導入された。

M4A2シャーマン戦車は、GMのディーゼルエンジンを搭載し、初期型以外は長砲身でマルズブレーキを装備した76.2ミリM1戦車砲を主砲としている。使用国は、アメリカ以外にロシア、イギリス、フランス、ポーランドなど。

 第二次大戦中の戦車やモデルに関心の深い日本のファンの一部では未だに、アメリカ軍の兵器の性能や戦術を軽視して「物量」のみを評価する傾向が残っているが、それを反映してか、Wikipedia「M4中戦車」の解説は、次のように後継のシャーマン・ファイアフライ戦車に対しても、第二次大戦(太平洋戦争)の活躍についても、多くを論じないまま、M4シャーマン戦車を過小評価している。

「優れた信頼性と量産性により、第二次大戦連合国戦車の代名詞になった戦車。アメリカの高い工業力を基盤にして大量生産された。M4という形式名で呼ばれているものの、車体・発動機・砲塔・砲・サスペンション・履帯など多くのバリエーションを持つのは、各生産工場の得意とする生産方式・部品を活かして並行生産させたためであるが、構成部品の規格化により殆どの車体構成部品に互換性を持たせることに成功し、高い信頼性が保たれていた。敵対するナチス・ドイツの特にV号戦車パンターVI号戦車などに車輌単体での性能こそ劣っていたが、数で圧倒することができた。」 

  「北アフリカ及びヨーロッパでの米軍対ナチス・ドイツの戦いに加えて日本軍を敵とする太平洋戦争にも投入された。またイギリスカナダオーストラリアをはじめとするイギリス連邦加盟国の他、ソビエト連邦に4,000輌以上が、自由フランス軍ポーランド亡命政府軍にもレンドリースされている。」

「M4の75 / 76 mm 砲で十分」とするAGF(Army Ground Forces 陸軍地上軍)の甘い判断で、M26パーシングの配備が遅らされ、終戦まで連合国軍の主力戦車として活躍した。」

第二次世界大戦後も朝鮮戦争印パ戦争中東戦争などで使用され、特にイスラエル国防軍はM4の中古・スクラップを大量にかき集めて再生し初期の陸戦力の中核として活用、その後独自の改良により「最強のシャーマン」と呼ばれるM50/M51スーパーシャーマンを生み出している。」

「第一線を退いた後も装甲回収車などの支援車両に改造され最近まで各国で使用されていた。M4A3E8型はMSA協定により日本の陸上自衛隊にも供与されて1970年代半ばまで使用され、70年代末には61式戦車と交代するかたちで全車が退役した。」(引用終わり)

  Wikipedia「M4シャーマン戦車」では、M4シャーマン戦車を、後年に量産されたドイツ陸軍のティーガー重戦車、パンテル中戦車と比較しているが、これは、設計時期も前線で大量配備された時期もが異なるので適切ではない。早期に配備が始まったM4シャーマン戦車が、T-34戦車を念頭に置いたドイツ軍のVI号ティーゲル重戦車、V号パンテル中戦車よりも防御力、攻撃職の双方で劣っているのはやむを得ない。M4シャーマン戦車は、ドイツ陸軍の最多量産台数を誇るIV号戦車と同等以上の戦闘能力を持っていた。また、17ポンド戦車砲を装備したM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車は、パンテル中戦車の装備した70口径7.5cm KwK 42戦車砲と同等以上の火力を誇っており、対戦車専用戦車、駆逐戦車としても活躍した。

 第二次世界大戦で大活躍した米陸軍のM4シャーマン戦車は、ドイツ軍の主力戦車である?号戦と対等以上だった。決して米軍戦車隊がドイツ軍戦車隊に劣勢だったわけではない。また、戦車戦とは敵味方の戦車が1対1で広場で戦う試合とは全く異なり、航空兵力の下、地上兵力の一部として活用され、配備される数量も重要な要素である。量産性、信頼性に優れているM4シャーマン戦車は、後継のM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車にも発展し、西側連合軍の中で、ドイツ陸軍の新鋭戦車を撃破するのに大きな役割を果たしたのである。

アメリカ軍M4A4シャーマン(ファイアフライ)中戦車


3.アメリカ陸軍 M7 105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage)

写真(右)1942年11月2日、北アフリカ、イギリス軍第1装甲師団のアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage) の戦闘室の側方に105ミリ榴弾砲を収納している砲兵。
THE BRITISH ARMY IN TUNISIA 1943、Catalogue number: E 18869, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 1 Army Film & Photographic Unit Groom (Sgt),  Object description: A Priest 105mm self-propelled gun of 1st Armoured Division is prepared for action, 2 November 1942..
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (E 18869)引用。


アメリカ陸軍が開発した M7 105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage)は、M3リー/グラント中戦車の車体の上に、大型の戦闘室を設けそこに105mm榴弾砲M2(収容砲弾数69発)を搭載した自走砲で、乗員は7名。僧侶(プリエスト)の説教台のような円筒砲座には車載機銃として、12.7ミリ:0.50口径ブローニングBrowningM2重機関銃 1挺(収容弾丸数300発)を装備した。

写真(右)1943年4月22日、北アフリカ、チュニジア、イギリス軍第1装甲師団第11王室騎馬砲兵隊のアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage) :M3リー中戦車の車体の上に大型の戦闘室を設けて105ミリ榴弾砲を搭載した自走砲で、乗員は7名。
Catalogue number: NA 2313, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Loughlin (Sgt),  Object description: Priest 105mm self-propelled gun of 11th Royal Horse Artillery (Honourable Artillery Company), 1st Armoured Division, 22 April 1943.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 2313)引用。


写真(右)1943年9月12日、イタリア南、シシリー島、イギリス軍に配備されたアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage) : 
THE BRITISH ARMY IN SICILY 1943、Catalogue number: NA 4384, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Keating, Geoffrey (Major),  Object description: A military policeman directs a Priest 105mm self-propelled gun, 12 July 1943.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 4384)引用。


イタリアの降伏は、1943年9月8日だったが、その翌日の9月9日、西側連合軍は、イタリア本土、ナポリ南のサレルノSalerno)に上陸した。これが、奇襲を狙ったアヴァランチ作戦Operation Avalanche)であり、事前の艦砲射撃や航空地上支援を省いた速攻だった。西側連合軍は、すでにイタリアへは、ハスキー作戦Operation Husky)によって、シシリー島に上陸し、ドイツ軍を追い詰めていたから、これは順当な作戦に思えた。

写真(右)1944年1月17日、イタリア、イギリス軍のアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage) の戦闘室の側方に105ミリ榴弾砲を収納している砲兵。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 10923, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Johnson (Sgt),  Object description: The crew of a Priest 105mm self-propelled gun filling the shell racks, 17 January 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 10923)引用。


1943年9月9日のサレルノ上陸、アヴァランチ作戦Operation Avalanche)は、イタリアの降伏と同じく、ドイツ軍側には、十部に予期された作戦だった。守備に就いていたドイツ陸軍第16装甲師団16. Panzer-Division )は、サレルノSalerno)に上陸した連合軍地上軍への反撃を開始し、橋頭堡に連合軍を追い詰めた。イタリア住民の歓迎を受けて、すぐにもナポリを占領、ローマへの進軍も容易であると考えた西側連合軍は、予想外の反撃を受けて、作戦を順調に進めることが難しくなった。

写真(右)1944年1月31日、イタリア、アンチオ、イギリス軍のアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage)とその手前に集められた105ミリ榴弾
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 11636, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Menzies (Sgt),  Object description: Shells being prepared for a Priest 105mm self-propelled gun in action at Anzio, 31 January 1944. Label: Shells being prepared for a Priest 105mm self-propelled gun in action at Anzio, Italy, 31 January 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 11636)引用。


アメリカ軍 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC が搭載した火砲は、22.5口径M101 105mm榴弾砲105 mm M2A1 (M101A1) howitzerで1941年にアメリカ軍が制式した榴弾砲で、砲口初速472メートル/秒、有効射程約1万1,160メートル。現在でも利用されている堅牢な構造の優秀砲である。

写真(右)1944年9月27日、北タリア、フィレンツェ=ラベンナ間、サン・ゴデンツォ近くのムラグリオン峠上、イギリス軍第6装甲師団のアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage):エンジン:コンチネンタルContinental R-975 C1星型9気筒空冷ガソリンエンジン400馬力。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 19040, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Hunter (Sgt),  Object description: A Priest 105mm self-propelled gun of 6th Armoured Division near the top of the Muraglione Pass between San Godenzo and San Benedetto, 27 September 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 19040)引用。


M7プリースト105ミリ自走榴弾砲105mm SP M7 Priest)は、M3中戦車の車台をベースにした機械化部隊随伴の 自走砲で、1941年6月に開発された。105mm砲弾を69発搭載。1942年中に2,000両が生産され、その後1944年10月までにさらに1100両が生産された。M12 155ミリ自走加農砲も開発された。

写真(右)1944年5月17日、イタリア、イギリス軍第6装甲師団第12王室騎馬砲兵隊のアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage)
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 15052, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Fox (Sergeant),  Object description: A Priest 105mm self-propelled gun of 12th Royal Horse Artillery (Honourable Artillery Company), 6th Armoured Division, 17 May 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 15052)引用。


 M7プリースト105mm自走榴弾砲は、M3中戦車の車台をベースにした機械化部隊随伴の自走砲で、1941年6月に開発された。105mm砲弾を69発搭載。1942年中に2,000両が生産され、その後1944年10月までにさらに1100両が生産された。M12 155ミリ自走加農砲も開発された。

写真(右)1944年5月28日、イタリア、イギリス軍第24野砲連隊第22大隊のアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage) の乗員7名が揃って食事を摂っている。 :M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲には、上陸地点の「アンチオ」の固有名称がつけられている。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 15646, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Spittle (Sergeant),  Object description: The crew of a Priest 105mm self-propelled gun of 22/24th Field Regiment eat a meal beside their vehicle, christened 'Anzio', 28 May 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 15646)引用。


写真(右)1944年6月6日、ノルマンディ海岸エルマンヴィル=シュル=メール近くのイギリス軍王室近衛砲兵隊第33野戦砲兵大隊のアメリカ製 M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲 GMC (Gun Motor Carriage) : ノルマンディ海岸の上陸地点は、ソード・ビーチ、ジュノー・ビーチ、ゴールド・ビーチ、オマハ・ビーチ、ユタ・ビーチの5カ所だったが、後方への空挺部隊降下も行われている。
D-DAY - BRITISH FORCES DURING THE INVASION OF NORMANDY 6 JUNE 1944、Catalogue number: B 5032, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt),  Object description: A battery of M7 Priest 105mm self-propelled guns from 33rd Field Regiment, Royal Artillery, near Hermanville-sur-Mer, 6 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5032)引用。


写真(右)アメリカ、ケンタッキー州、ジョージ・パットン将軍博物館に展示されているアメリカ軍M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲: 105ミリ榴弾砲を、M3リー戦車の車体、のちにはM4シャーマン戦車の車体に戦闘室を設けて固定した自走砲。
M7 priest self propelled 105 millimeter howitzer tank. Title: Image title: 105mm self propelled howitzer. M7 Priest in the Patton Museum of Cavalry and Armor Date Created/photographer: 2006-01-01, Nevada Tumbleweed (Mark Holloway)
写真はWikimedia Commons>File:M7B1 Priest.jpg引用


写真(右)イスラエルIsrael、港町ハイファHaifa, イスラエル砲兵隊博物館に展示されているアメリカ製M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲: 105ミリ榴弾砲を、M3リー戦車の車体、のちにはM4シャーマン戦車の車体に戦闘室を設けて固定したのがM7プリエスト105ミリ自走榴弾砲
M7 priest self propelled 105 millimeter howitzer tank. in the Beyt ha-Totchan Museum Title: Image title: 105mm Gun Motor Carriage M7 "Priest" in Beyt ha-Totchan, Zichron Yaakov, Israel.Date Created/photographer: 2007-10-00, Bukvoed
写真はWikimedia Commons>File:M7-Priest-beyt-hatotchan-08.jpg引用


M7プリエスト105ミリ自走榴弾砲の諸元 全長:6.02m
全幅:2.88m
全高:2.95m
重量:22.9t
乗員:7名
懸架方式:垂直渦巻きスプリング・ボギー式(VVSS:Vertical Volute Spring System)
最高時速:(整地)24 マイル;39 km/h
 (不整地)15 マイル;24 km/h
航続距離:120マイル;193km
兵装:105mm榴弾砲M2(収容砲弾数69発)
車載機銃12.7ミリ:0.50口径ブローニングBrowningM2重機関銃 1挺(収容弾丸数300発)
エンジン:コンチネンタルContinental R-975 C1星型9気筒空冷ガソリンエンジン400馬力(254 kW)


4.アメリカ軍 M12 155ミリ自走加濃砲 GMC (Gun Motor Carriage)

写真(右)1944年6月10日、ノルマンディ、バイユー近くのイギリス軍第987野戦砲兵大隊のアメリカ製 M12 155ミリ自走加濃砲 GMC (Gun Motor Carriage)
Catalogue number: B 5413, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt),  Object description: An American M12 GMC 155mm self-propelled gun of 987th Field Artillery Battalion near Bayeux, 10 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 5413)引用。


M12 155ミリ自走加濃砲 GMC諸元
全長:6.73 m、全幅:2.67 m、全高:2.7 m
重量: 26トン
装甲:車体前面50mm
兵装:38.2口径M1917 155mmカノン砲、 搭載弾薬 10発
ライトコンチネンタル R975 EC2 空冷星形9気筒ガソリンエンジン(340馬力)
行動距離 220 km

 1941年6月に開発開始、1942年2月に試作車が完成したM12 155ミリ自走加濃砲 GMCは、フランス設計の38.2口径155mm加農砲M1918M1を、M3リー中戦車の車台に搭載した自走砲。 四角形の戦闘室は、、前面、左右側面を垂直な0.5インチ(12.7mm)厚の装甲板で囲んでいる。

 M12 155ミリ加農砲M1918M1は、左右旋回角左右各15度、仰角−3〜30度で、射会は広い。42キロの榴弾は、最大射程1万8,000メートルに達する。しかし、大型砲弾のために、車載可能な弾丸は10発分に過ぎない。また、弾頭と薬莢が一体化していない分離装薬式であったために、装填に手間がかかり、発射速度は毎分4発程度に制限された。


5.M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車
3-inch Gun Motor Carriage(GMC)


写真(右)1944年2月27日、イギリスで訓練中の王室カナダ砲兵隊第28中隊のアメリカ製 M10 ウォルブリン3インチ駆逐自走砲戦車:砲塔は後方を向いている。砲塔上の0.50口径ブローニング12.7ミリ車載機銃が大きく見える。王室カナダ砲兵隊は1855年創立の由緒ある砲兵隊で、ボーア戦争、第一次世界大戦でも戦っている。
Catalogue number: NA 12304, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Loughlin (Sgt),  Object description: M10 3-inch self-propelled guns of 98 Battery Royal Canadian Artillery, 27 February 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 12304)引用。


写真(右)1944年5月25日、イタリア、ピエディモンテ・サン・ジェルナモ、第2ポーランド軍第2ワルシャワ装甲旅団第2対戦車連隊のM10 ウォルブリン3インチ駆逐自走砲戦車A M10 tank destroyer "Wolverine"
Catalogue number: NA 15437, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Production date:1944-05-25、Subject period: Second World War、Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Johnson (Sgt) (Photographer), Object description: A M10 tank destroyer "Wolverine" of the 2nd Anti-Tank Regiment (2nd Warsaw Armoured Brigade, 2nd Polish Corps) in position outside Piedimonte San Germano, 25 May 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (NA 15437)引用。


写真(右)1944年6月6日、ノルマンディのソードビーチに上陸したイギリス軍第20駆逐戦車連隊のアメリカ製 M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:M4シャーマン中戦車の砲塔を取り除き、オープントップの大型の旋回砲塔として、そこに大型の3インチ(76.2 mm)高射砲を搭載した。大きな傾斜角の付いた車体とオープントップ式砲塔側面は、命中弾の衝撃・貫通力を減じる避弾経始を考慮している。
D-DAY - BRITISH FORCES DURING THE INVASION OF NORMANDY 6 JUNE 1944、Catalogue number: BU 3514, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt),  Object description: An M10 Wolverine 3-inch self-propelled gun of 20th Anti-Tank Regiment on Queen Red beach, Sword area, 6 June 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 3514)引用。


 第二次世界大戦の後期、1944年6月6日、西側連合国がオーバーロード作戦で上陸したノルマンディーの海岸は5カ所あるが、その一つのゴールドビーチには、イギリス軍が0725上陸した。上空には、ドイツ軍機の攻撃を妨害する阻塞気球げた。ドイツ軍の抵抗は弱く、隣のジュノー・ビーチに上陸したカナダ軍と連絡をと事が出来た。しかし、カーン・バイユー間の道路の確保、オマハ・ビーチに上陸したアメリカ軍と連絡はとれなかった。オマハビーチでは、ドイツ軍の反撃を受けたアメリカ軍が、内陸部に侵攻できなかったのである。


WW II : RARE COLOR FILM : D-DAY : JUNE 5TH 1944

写真(右)1944年6月6日、ノルマンディのソードビーチに上陸したイギリス軍 M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車(左奥):M4シャーマン中戦車の砲塔を取り除き、オープントップの大型の旋回砲塔として、そこに大型の3インチ(76.2 mm)高射砲を搭載。第3師団の兵士、ユニバーサル・キャリアー(ブレン・キャリアー)、ボフォース40ミリ対空機関砲が見える。
D-DAY - BRITISH FORCES DURING THE INVASION OF NORMANDY 6 JUNE 1944、Catalogue number: B 5093, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt),  Object description: 3rd Division troops sheltering behind Universal Carriers (one with a towed 6-pdr AT gun) on Queen beach, Sword area, 6 June 1944. An M10 Wolverine 3-in self-propelled gun and a Bofors anti-aircraft gun can be seen in the background.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5093)引用。


 第二次世界大戦の後期、1944年6月7日、イギリス軍が上陸したノルマンディーのゴールドビーチでも、第79装甲師団ウエストミンスター竜騎兵隊のアメリカ製シャーマン Sherman Crab flailクラブ・フライル地雷掃除戦車が、車体前面の回転ローラー(クラブ・フライル)の重量過多で砂浜にのめり込んで動けなくなっている。ソードビーチに上陸したイギリス第79装甲師団第22竜騎兵のシャーマン クラブ・フライルSherman Crab flail地雷除去戦車にも砂浜で故障したか、軟弱な土地にのめり込んだのか、動けなくなった戦車があった。砂浜には、車両の運行に都合がいいように金網式舗装通路が作られた。

写真(右)1944年6月6日、ノルマンディのソードビーチに上陸したイギリス軍第5突撃連隊のチャーチル Churchill AVRE戦車の前でイギリス軍医療部隊・看護兵が応急処置をしている。右奥は、第20対戦車連隊のM10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:M4シャーマン中戦車の砲塔を取り除き、オープントップの大型の旋回砲塔として、そこに大型の3インチ(76.2 mm)高射砲を搭載。
D-DAY - BRITISH FORCES DURING THE INVASION OF NORMANDY 6 JUNE 1944、 Catalogue number: B 5095, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt),  Object description: Medics attending to wounded in the lee of a Churchill AVRE from 5th Assault Regiment, Royal Engineers, on Queen beach, Sword area, 6 June 1944. An M10 Wolverine 3-inch self-propelled gun from 20th Anti-Tank Regiment can be seen in the background.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5095)引用。


写真(右)1944年6月6日、ノルマンディのソードビーチに上陸したイギリス軍第20駆逐戦車連隊のアメリカ製 M10 ウォルブリン3インチ駆逐自走砲戦車:同伴するイギリス軍第3歩兵師団を支援する砲撃をしている。車体前面、砲塔側面など至る所に荷物や予備転輪を置いているが、これは補助装甲板としての機能も期待しているようだ。
Catalogue number: B 5088, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt),  Object description: An M10 Wolverine 3-inch self-propelled gun of 20th Anti-Tank Regiment provides cover for infantry of 3rd Division as they advance inland from Queen beach, Sword area, 6 June 1944. Associated events: D-Day, Normandy Landings 1944, North West Europe, Second World War. 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 5088)引用。


写真(右)1944年8月、北フランス、カーン近郊、ファレーズの戦闘で戦死したポーランド軍兵士の墓標と前進するポーランド軍第1ポーランド装甲師団の M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:戦車の砲塔とは異なり、全周可能な砲塔ではあっても、上面は開放したあり、装甲はない。駆逐自走砲は、装備している戦車砲は、高射砲を改造したもので攻撃力が強いが、防御力が弱い。
THE POLISH ARMY IN THE NORMANDY CAMPAIGN, 1944、Catalogue number: MH 1413, Part of ZIMNAL MARIAN (LIEUTENANT COLONEL) COLLECTION 03 Production date1944-08 ,
Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: Polish official photographer,  Object description: M10 Tank Destroyer (Wolverine) of the 1st Polish Armoured Division passing by a soldier's grave during the Battle of Falaise Pocket.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (MH 1413)引用。


M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車M10 Wolverine 3-inch self-propelled gun)諸元
車体長:5.96 m、全幅:3.04 m、全高:2.57 m
重量:29.6 t
懸架方式:垂直コイル式スプリング・ボギー式(VVSS)
最高速度:48 km/h
航続距離:320 km
主兵装:50口径3インチ M7戦車砲(搭載砲弾数54発)
車載機銃:0.50口径12.7mm M2ブローニング機関銃×1(搭載弾丸数1,000発)
装甲:砲塔; 防盾57 mm、側・後面25.4 mm
車体; 前面38 mm、側面25.4 mm 後面19 mm
エンジン:GM6046 6気筒空冷ディーゼル×2基 420 馬力
乗員:5 名

写真(右)1944年8月4日、北フランス、カーン南西30キロメートルのモンシャンから南東5キロのヴァシーに向かうイギリス軍第1装甲連隊(第1ポーランド装甲師団)第2中隊のアメリカ製 M10 ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:戦車の砲塔とは異なり、全周可能な砲塔ではあっても、上面は開放したあり、装甲はない。駆逐自走砲は、装備している戦車砲は、高射砲を改造したもので攻撃力が強いが、防御力が弱い。つまり、敵に見つからないように偽装して、いち早く敵を発見し先制攻撃することが求められる。このM10駆逐自走砲も、砲塔や車体に樹木を置いて偽装を凝らしている。
Catalogue number: B 8604, Part of MINISTRY OF INFORMATION SECOND WORLD WAR PRESS AGENCY PRINT COLLECTION,
Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt),  Object description: An M10 tank destroyer and other vehicles on the Vassy road, 4 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8604)引用。


写真(右)1944年8月12日、北フランス、イギリス軍王室砲兵隊のアメリカ製M10ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:遊動輪のベアリングが故障したらしく、誘導輪を外して軸受を点検している。
Catalogue number: B 9045, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Gee (Sgt),  Object description: The crew of a Royal Artillery M10 Wolverine self-propelled anti-tank gun check the bearings on the idler wheel axle, 12 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 9045)引用。


第二次世界大戦の後期、1944年9月17日、オランダ中部、ドイツとの国境地帯へ空挺部隊を降下させるマーケット・ガーデン作戦Operation Market Garden)が開始された。

1944年9月17日に開始されたオランダ中部への空挺部隊降下を中心とするマーケット・ガーデン作戦Operation Market Garden)が不調であったこと、1944年12月17日にドイツ軍の「ラインの守り作戦」によるバルジ反抗のために、ドイツ本土への西側連合軍の本格的な侵攻は、1945年に入ってからと遅れた。そのために、ソ連赤軍によるベルリン攻略に余裕を与え、戦後のドイツ分割統治において西側は大きな不利益を被ることになった。

 アイントホーフェン、ナイメーヘンなどにイギリス軍の空挺師団を降下させたが、後続すべき地上部隊の進撃が遅かった。また、オランダに駐留していたドイツ陸軍も反撃したため、連合軍の攻勢は停滞し、オランダ諸都市を解放することには成功したものの、ドイツ中枢部のライン、ルール工業地帯を占領することはできなかった。

写真(右)1944年11月、オランダ、ホーヘ・ズワールーエ(ロッテルダム・アントワープ間)のイギリス軍第1装甲連隊(第1ポーランド装甲師団)第2中隊のアメリカ製M10ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:激戦中の観測哨。対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、M4シャーマン中戦車の装備した75mm砲よりも対戦車戦闘能力に優れていた。
THE POLISH ARMY IN THE NORTH-WEST EUROPE CAMPAIGN, 1944-1945、Catalogue number: HU 106416, Part of MINISTRY OF INFORMATION SECOND WORLD WAR PRESS AGENCY PRINT COLLECTION,
Subject period: Second World War Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No 5 Army Film & Photographic Unit Mapham J (Sgt),  Object description: A M10 tank destroyer (Wolverine) of the 2nd Battery, 1st Anti-Tank Regiment (1st Polish Armoured Division) being used as an observation post during the heavy fighting at the Dutch town of Hooge Zwaluwe, November 1944. The destroyer is named 'Gdynia I'.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (HU 106416)引用。


オランダのワルヘレン島Walcheren Island)は、ベルギーの要港アントワープの沖にある島で、ドイツ軍は東岸を中心に防備を固めていた。ドイツ本土侵攻のためにアントワープを起点としたかった西側連合軍は、第二次世界大戦の末期、1944年10月末にワルヘレン島とオランダ本土を結ぶコーズウェーを攻撃した。西側連合軍の戦車は、ドイツ軍戦車と同様に、補助装甲板として、車体や砲塔にキャタピラや転輪、工具を装着した。他方、武器貸与法によって、アメリカからイギリス、ソ連に大量の軍事物資が供給され、イギリス軍では自前で生産、配備したチャーチル歩兵戦車も地雷除去戦車が生産されたが、アメリカで生産されイギリスに貸与されたアメリカ製M4シャーマン・クラブフライルSherman Crab地雷除去戦車のほうが数的に多かったほどである。

写真(右)1944年8月11-14日、北イタリア、フィレンツェ(フローレンス)、イギリス軍第6装甲師団第72駆逐戦車連隊第111中隊のアメリカ製M10ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:3インチ戦車砲の仰角を上げて射程を延ばせるように、M10駆逐自走砲を坂道に乗せて、上向きにし、戦車砲の仰角を大きくしている。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 17868, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Radford (Sgt),  Object description: M10 tank destroyers of 'A' Troop, 111st Battery, 72nd Anti-Tank Regiment, 6th Armoured Division, in the Arno valley near Florence, 11 - 14 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・引用 IWM (NA 17868)


写真(右)1944年8月12日、イタリア、イギリス陸軍第6機甲師団第72駆逐戦車連隊のアメリカ製M10ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:大射程で火力支援を行うために、戦車の搭載する3インチ戦車砲の仰角を上げるために、M10駆逐自走砲を坂道に乗せて、仰角を大きくかかげている。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 17868, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 2 Army Film & Photographic Unit,  Object description: An M10 tank destroyer of 72nd Anti-Tank Regiment, 6th Armoured Division, in action, 12 August 1944. The gun is firing in the indirect fire support role.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM NA 17797引用。


写真(右)1944年8月27-28日、北イタリアのゴシック線を進撃するイギリス軍第5シャーウッド・フォレスト歩兵部隊と第93駆逐戦車連隊のアメリカ製 M10ウォルブリンWolverine(クズリ)3インチ駆逐自走砲戦車:M10ウォルブリン駆逐自走砲戦車の車体上には大きな袋が積まれている。これは、部隊移動の際の荷物・私物と思われる。
Catalogue number: NA 18091, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 2 Army Film & Photographic Unit Lupson (Sgt),  Object description: An M10 tank destroyer of 93rd Anti-Tank Regiment passes infantry of the 5th Sherwood Foresters during the advance to the Gothic Line, 27-28 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA NA 18091)引用。


写真(右)アメリカ本土、ケンタッキー州、ファートノックス、ジョージ・パットン将軍博物館(General George Patton Museum )に展示されているアメリカ軍M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): 高射砲を改造した3インチ76.2ミリM7戦車砲(3-inch Gun M7 )を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体、エンジン、サスペンションはM4シャーマン戦車をそのまま利用している。
Title: M-10 Wolverine display at the General George Patton Museum and Center of Leadership, Fort Knox, Kentucky., Bastogne War Museum. Date Created/photographer: 2011/5/25, Chris Light
写真はWikimedia Commons>File:M-10 Anti-Tank Tank P5250349.JPG引用


 第二次世界大戦末期に登場したM10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage)の3インチ M7戦車砲は、後にM4A4シャーマン戦車が搭載した76mm M1戦車砲と同じ76.2mm口径であるが、より長砲身であり、薬莢も装薬が多い分だけ大型化している。

写真(右)アメリカ本土、ケンタッキー州、ファートノックス、ジョージ・パットン将軍博物館(General George Patton Museum )に展示されているアメリカ軍M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): 搭載している3インチ76.2ミリM7戦車砲(3-inch Gun M7 )は、M4A1シャーマン戦車が搭載した76ミリ戦車砲と共通の弾頭を使用して、同じ76.2mm口径である。しかし、砲身は若干長く、薬莢も装薬量が多く、より強力である。
Title: M-10 Wolverine display at the General George Patton Museum and Center of Leadership, Fort Knox, Kentucky. Date Created/photographer: 2011/5/25, Chris Light
写真はWikimedia Commons>File:M-10 P5250345.JPG引用


写真(右)フランス、ヴェクランの戦争記念碑に展示されているアメリカ軍M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): 高射砲を改造した 50口径3インチ戦車砲M7(3-inch Gun M7 :収容砲弾数54発)を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体、エンジン、サスペンションはM4シャーマン戦車をそのまま利用している。
Title: M10 Wolverine TD war memorial at Veckring, France. Date Created/photographer: 2010/9/23, Alf van Beem
写真はFile:M10 Wolverine TD war memorial at Veckring, France pic1.JPG引用


写真(右)フランス、ヴェクランの戦争記念碑に展示されているアメリカ軍M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): 高射砲を改造した3インチ76.2ミリM7戦車砲(3-inch Gun M7 )を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲。車体はM4シャーマン戦車をそのまま利用し、エンジンはゼネラルモーターズ社の6気筒GM6046空冷ディーゼル2基を搭載している。
Title: M10 Wolverine TD war memorial at Veckring, France. Date Created/photographer: 2010/9/23, Alf van Beem
写真はFile:M10 Wolverine TD war memorial at Veckring, France pic2.JPG引用


写真(右)フランス、ヴェクランの戦争記念碑に展示されているアメリカ軍M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): 高射砲を改造した3インチ76.2ミリM7戦車砲(3-inch Gun M7 )を搭載して、装甲は砲塔防盾 57mm、側後面 25.4mm(1インチ)、車体前面38mm、側面25.4mm、後面19mmで弱い。
Title: M10 Wolverine TD war memorial at Veckring, France. Date Created/photographer: 2010/9/23, Alf van Beem
写真はFile:M10 Wolverine TD war memorial at Veckring, France pic4.JPG引用


写真(右)フランス、ヴェクランの戦争記念碑に展示されているアメリカ軍M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): 高射砲を改造した3インチ76.2ミリM7戦車砲(3-inch Gun M7 )を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲。これに対して、イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリQF速射砲をM4シャーマン戦車の車体に搭載したのがM10アキリーズ駆逐自走砲である。両者とも車体、エンジン、サスペンションはM4シャーマン戦車をそのまま利用している。
Title: M10 Wolverine TD war memorial at Veckring, France. Date Created/photographer: 2010/9/23, Alf van Beem
写真はFile:M10 Wolverine TD war memorial at Veckring, France pic5.JPG引用


写真(右)北フランス、バイユー、ノルマンディ戦記念博物館に展示されているアメリカ軍M10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): イギリスの58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(17 Pounder Anti-Tank Gun:QF;速射砲)を搭載した砲塔後方が伸びているが、これはノーズヘビーの傾向を抑えるバランスの役割を果たしている。
Title: Destroyer Musée-Mémorial de la Bataille de Normandie, Musée-Mémorial de la Bataille de Normandie Date Created/photographer: 2008/7/13, DennisPeeters
写真はWikimedia Commons>File:Musée-Mémorial de la Bataille de Normandie (6).JPG引用


写真(右)台湾、裝甲兵学校戦車公園に展示されている台湾軍のM10ウォルブリン駆逐自走砲(M-10 Wolverine GMC: Gun Motor Carriage): 3インチ76.2ミリM7戦車砲(3-inch Gun M7 )を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲は、西側連合軍の同盟国の中華民国にも貸与された。日本もアメリカ軍からM4シャーマン戦車を貸与されている。
Title: 裝甲兵學校戰車公園保存的M10驅逐戰車。Tanks in Armor Training Command and Armor School. Date Created/photographer: 2010/3/2, 玄史生
写真はFile:M10 Tank Destroyer at Tanks Park, Armor School 20130302.jpg引用



7.イギリス陸軍 M10 アキリーズ 17ポンド駆逐自走砲戦車 GMC (Gun Motor Carriage)

写真(右)1944年5月、中部イタリア、カッシーノ攻防戦の廃墟を収容所に向かう3名のドイツ軍捕虜(POW)、その後ろにM10 アキリーズ 17ポンド駆逐自走砲戦車 GMCが破壊、放置されている。:後方のモンテ・カッシーノの山頂に破壊された修道院が見える。ポーランド軍とイギリス軍は、第四次攻勢を仕掛けてカッシーノを占領し、ローマへの道が開けた。
THE CAMPAIGN IN ITALY: THE ADVANCE ON CASSINO, MAY 1944、Catalogue number: TR 1797, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION, Production date: 1944-05-18、 Subject period: Second World War Alternative Names: object category: object category: Photography, Creator: No. 2 Army Film & Photographic Unit Bowman, C. (Sergeant), Object description: Three German prisoners walking along the devastated Highway 6, the route to Rome from Cassino. Label: Three German prisoners walking back through the Allied lines at Cassino in Italy, May 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (TR 1797)引用。


 第二次世界大戦の後期、1943年から生産された58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲は、M4シャーマン戦車の75ミリ砲をに変換したM4シャーマン・ファイアフライSherman Fireflyに搭載され、ドイツ軍戦車に対抗しようとした。
 長砲身のイギリス製58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(17 Pounder Anti-Tank Gun:QF;速射砲)を装備して、対戦車能力を向上させたファイアフライ(蛍)は徹甲弾を使用すれば、1,000mの距離からドイツ陸軍のティーゲル重戦車やパンテル戦車の正面装甲を撃破できる。シャーマン戦車の特徴であるエンジンの信頼性や整備のしやすさも引き継いでいるファイアフライ戦車は、ドイツ軍新鋭戦車よりも兵器としての強さは上であろう。ただし、ドイツ軍戦車には、東部戦線の激戦を戦った熟練の兵士が多数配属されていたから、彼ら兵士・戦車兵の能力を踏まえると、ドイツ軍戦車の総合戦力は決して侮れなかった。

写真(右)1944年6月31日、北フランス、カーン南35キロメートル、コーモン=シュル=オルヌ南を進撃するイギリス軍のアキリーズM10 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車:アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲を、イギリス・オードナンス社58.3口径17ポンド対戦車砲Ordnance QF 17-pounder)に変換した駆逐戦車だが、砲塔上面には開放式で装甲は全くされていない。
Catalogue number: B 8507, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt),  Object description: Achilles 17-pdr tank destroyers advance during the advance south of Caumont, 31 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8507)引用。


 1944年7月、西側連合軍は オーバーロード作戦 Operation Overlord)の一環として、ノルマンディ地方の要衝の カーンCane)に突入するために、歩兵師団6個、戦車旅団5個を投入した。ドイツ軍は歩兵師団4個、装甲師団3個、重戦車大隊1個で果敢に防戦したため、連合軍の攻勢は成功せず、3000人から3500人の死傷者を出した。 

写真(右)1944年7月31日、北フランス、ルアーン南西20キロメートル、コーモンを進撃するイギリス軍のアキリーズM10 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車:長くて重い主砲のバランスをとるために、砲塔を後方に旋回させ、前方にバランスが偏るのを防止して進んでいる。白いレーンを伸ばして地雷除去をした場所を示しており、そこに沿って前進している。
Catalogue number: B 8284, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 5 Army Film & Photographic Unit Laing (Sgt),  Object description: Achilles 17-pdr tank destroyers advance along lanes cleared of mines during the advance south of Caumont, 31 July 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 8284)引用。


3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲のAPC(通常弾)M62は、敵のドイツ陸軍IV号戦車の搭載した48口径7.5センチ砲以上の能力がある。また、タングステン芯を使ったHVAP(高速徹甲弾)M93の場合、3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲の貫通力はドイツ軍の8.8センチ砲と同等の威力があった。

写真(右)1944年8月2日、北フランス、カーン南西30キロメートルのオネ=シュル=オドンに向かって前進するイギリス軍のアキリーズM10 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車:車体は前方を向いているが、M4シャーマン ファイアフライ Sherman Fireflyと同じ17ポンド対戦車砲を搭載したオープントップ(上面開放式)砲塔の後部を前進方向に向けて、車載器銃を構えている。
Catalogue number: B 8283, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Gee (Sgt),  Object description: Achilles 17-pdr tank destroyers passing through Cahanges during the advance towards Aunay-sur-Odon, 2 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 8283)引用。
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第二次世界大戦の末期に実戦参加したイギリス軍のアキリーズM10 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車とは、アメリカ製M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲が搭載したアメリカ製3インチ高射砲を、イギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換したもので、全周式砲塔に強力な対戦車砲を搭載した駆逐戦車である。しかし、砲塔上面には開放式(オープントップ)で装甲は全くされいないので、M4シャーマンSherman中戦車シャーマン ファイアフライSherman Fireflyのような戦車でなく、自走砲である。

写真(右)1944年8月17日、北フランス、イギリス軍のアキリーズM10 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車は、M4シャーマン・ファイアフライSherman Fireflyと同じイギリス・オードナンス社58.3口径17ポンド対戦車砲Ordnance QF 17-pounder)を搭載しているために、主砲を前方に向けていると前方に重心が偏ってしまう。そこで、運行時には、砲塔を後方に向けて、車体中央に重心が来るようにして進むことが多い。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45、 Catalogue number: BU 175, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator: No. 5 Army Film & Photographic Unit Wilkes (Sgt),  Object description: An Achilles 17-pdr self-propelled gun enters the devastated village of Pont Anthou, 26 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 175)引用。


アキリーズの搭載した17ポンド砲は、1943年から生産された、装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)を装填できる強力な対戦車砲である。装弾筒付徹甲弾APDS:Armor Piercing Discarding Sabot)は、質量の大きいタングステンを含む弾頭を用いて、貫通力を高める一方で、装弾筒は軽金属として軽量化も図っていて、初速毎秒1000メートルという高速化が可能になった。

写真(右)1944年10月4日、オランダ、イギリス軍王室砲兵隊第11装甲師団第75駆逐戦車連隊第117大隊のアキリーズM10 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車:アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲を長砲身58.3口径オードナンス社の17ポンド対戦車砲17 Pounder Anti-Tank Gun)に変換、改修した。
Catalogue number: B 10489, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Hewitt (Sgt),  Object description: Achilles tank destroyer of 'A' Troop, 117 Battery, 75th Anti-Tank Regiment, 11th Armoured Division in Holland, 4 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 10489)引用。


写真(右)1944年10月4日、オランダ、イギリス軍王室砲兵隊第11装甲師団第75駆逐戦車連隊第117大隊のアキリーズM10 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車:車体は前方を向いているが、17ポンド対速射QF砲、3インチ(76.2ミリ) M7戦車砲を搭載したオープントップ(上面開放式)砲塔は後方を向いている。
Catalogue number: B 10490, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Hewitt (Sgt),  Object description: M10 17-pdr tank destroyer (Achilles) of 117 Battery, 75th Anti-Tank Regiment, Holland, 4 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 10490)引用。


 M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車が搭載しているイギリス製58.3口径オードナンス17ポンド対戦車砲(17 Pounder Anti-Tank Gun:QF;速射砲)は、長砲身であり、この砲を装備したために、重心が前方に偏ってしまった。そこで、砲塔後部に張出しを付けて、そこに砲弾、機銃などを搭載して重心のバランスをとっていた。

写真(右)1944年8月27-28日、イタリア、ドイツ軍のゴチック線を攻撃に向かうイギリス軍第5シャーウッドフォレスト歩兵師団第93駆逐戦車連隊のアメリカ製 M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲をオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲Ordnance QF 17-pounder Towed Anti-Tank Gun)、すなわち76.2ミリ(3インチ)砲に変換、改修した。
THE BRITISH ARMY IN ITALY 1944、Catalogue number: NA 18091, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 2 Army Film & Photographic Unit Lupson (Sgt),  Object description: An M10 tank destroyer of 93rd Anti-Tank Regiment passes infantry of the 5th Sherwood Foresters during the advance to the Gothic Line, 27-28 August 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (NA 18091)引用。


M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車の後期型からは、砲塔後面にカウンターウエイトを搭載、最終型ではカウンターウエイト後方を延長して道具箱を設けている。M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車は、第二次世界大戦の末期、連合軍によるノルマンディ侵攻以降に、対ドイツ戦に参加している。

写真(右)1944年10月12日、オランダ、イギリス軍王室砲兵隊第11装甲師団第75駆逐戦車5シャーウッド・フォレスト歩兵部隊と第93駆逐戦車連隊のアメリカ製 M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲をオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲Ordnance QF 17-pounder Towed Anti-Tank Gun)、すなわち76.2ミリ(3インチ)砲に変換、改修した。
Catalogue number: B 10776, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Evans, J L (Capt),  Object description: An Achilles tank destroyer of 75th Anti-Tank Regiment, 11th Armoured Division, Royal Artillery, Holland, 12 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 10776)引用。


M4シャーマン戦車の75ミリ砲を1943年から生産されたイギリス・オードナンス社58.3口径17ポンド速射砲Ordnance QF 17-pounder)に変換したのがM4シャーマン・ファイアフライSherman Firefly。砲の貫通力は、30度の傾斜の装甲140 mm /457m、131 mm/914mあった。しかし、イギリス軍はシャーマン戦車というアメリカ戦車の貸与に満足せず、独自開発の新鋭戦車にこだわり、M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車を開発した。

写真(右)1944年10月12日、オランダ、イギリス軍王室砲兵隊第11装甲師団第75駆逐戦車連隊のアキリーズ駆逐自走戦車:アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲をイギリス軍シャーマン・ファイアフライSherman Firefly戦車が搭載したイギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換、改修した。
Catalogue number: B 10773, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No 5 Army Film & Photographic Unit Evans, J L (Capt),  Object description: An Achilles tank destroyer of 75th Anti-Tank Regiment, Royal Artillery, 11th Armoured Division, fires its 17-pdr gun at pillboxes on the German frontier, 12 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 10773)引用。


 アメリカ製M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲 は、アメリカ製3インチ高射砲を、イギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換し装備した駆逐戦車だが、砲塔上面には開放式(オープントップ)で装甲は全くされていないため、自走砲に近い。

写真(右)1944年10月24日、北イタリア、アドリア海近くのラヴェンナ南方20キロ、サヴィオ川を渡河するイギリス軍第93対戦車連隊のM10 アキリーズ駆逐自走戦車(17ポンド対戦車砲装備):この架橋は、チャーチルChurchill ARK 架橋工作戦車が架けたもので、右奥には、主砲の70口径75ミリ砲を取り外されたドイツ陸軍パンテル戦車が川に残骸を晒している。
Catalogue number: NA 19727, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Palmer (Sgt),  Object description: An Achilles 17pdr tank destroyer of 93rd Anti-Tank Regiment crossing the River Savio on a Churchill ARK which was driven into the river, 24 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (NA 19727)引用。


写真(右)1944年10月24日、、北イタリア、アドリア海近くのラヴェンナ南方20キロ、サヴィオ川を渡河するイギリス軍第93対戦車連隊のM10 アキリーズ駆逐自走砲戦車(オードナンス17ポンド速射砲搭載):この架橋は、チャーチルChurchill ARK 工作戦車が車体を川に自ら沈めて架けたもの。手前はチャーチルChurchill ARK 工作戦車が装備している折り畳みできる橋の部分を展開したもの。
Catalogue number: NA 19759, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Palmer (Sgt),  Object description: An Achilles 17pdr tank destroyer crossing the River Savio on a Churchill ARK which was driven into the river, 24 October 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (NA 19759)引用。


写真(右)1944年11月22日、オランダ、エッセン北西35キロメートル、べリンゲの西方より攻勢を開始したイギリス軍のM10 アキリーズ 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車:スコットランド第2アーガイル・サザーランド・ハイランダーズ連隊の歩兵を載せている。
Catalogue number: B 12030, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Norris (Sgt),  Object description: Infantry of 2nd Argyll and Sutherland Highlanders riding on Achilles 17-pdr tank destroyers during the advance east of Beringe, 22 November 1944.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (B 12030)引用。


写真(右)1945年2月8日、北フランス、エッセン北西35キロメートル、ライヒスヴァルト攻勢の開始時のイギリス軍のM10 アキリーズ 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車:17ポンド対戦車砲を装備した砲塔に乗員4人が立っているのがわかる。アメリカ製 M10ウォルブリンWolverine3インチ駆逐自走砲の搭載していたアメリカ製3インチ高射砲を、イギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換した駆逐戦車だが、砲塔上面には開放式で装甲は全くされていない。
Catalogue number: BU 1795, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Barker (Lt),  Object description: Achilles 17-pdr tank destroyer at the start of the Reichswald offensive, 8 February 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 1795)引用。


写真(右)1945年2月8日、ドイツ、ベリタブル作戦時のイギリス軍第15スコットランド師団のM10 アキリーズ 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車:ベリタブル作戦は、ライン川とマーズ側に挟まれた地域のドイツ軍を相当する作戦で、イギリス軍のバーナード・モントゴメリー元帥によって、2月8日から3月11日まで続いた。M10 アキリーズ 17-pdr tank destroyer (Achilles) 駆逐自走砲戦車には、アメリカ軍・西側連合軍の味方識別記章の城の星が描かれている。
THE BRITISH ARMY IN NORTH-WEST EUROPE 1944-45、 Catalogue number: BU 1730, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Hewitt (Sgt),  Object description: Achilles 17-pdr tank destroyers of 15th (Scottish) Division assemble for Operation 'Veritable', 8 February 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・IWM (BU 1730)引用。


写真(右)1945年2月20日、オランダのネイメーヘン南東20キロのドイツ、マース川近くのゴッホ近郊、M10 アキリーズ駆逐自走戦車(17ポンド対戦車砲装備):アキリーズ駆逐自走砲戦車の車体前面には、ガソリンタンクが3個置かれているyが、本来、引火しやすい燃料を車体前面に置くことはしない。中身のないカラのタンクあるいは戦闘の生じる心配のない状況でのことであろう。イギリス軍第15スコットランド師団のバーバー中将が戦車兵と話している。
Catalogue number: B 14769, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Hewitt (Sgt),  Object description: Major-General C M Barber, GOC of 15th (Scottish) Division in conversation with the crew of an Achilles 17-pdr tank destroyer near Goch, 20 February 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 14769)引用。


写真(右)1945年2月20日、オランダのネイメーヘン南東20キロのドイツ、マース川近くのゴッホ近郊ハッスム、M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:17ポンド対戦車砲を装備した砲塔に乗員4人が立っているのがわかる。砲塔上面は装甲のないオープントップだったために、乗員の視界はよかったが、先に敵戦車を発見、撃破する必要があった。
Catalogue number: B 14767, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Christie (Sgt),  Object description: An Achilles 17-pdr tank destroyer uses a building as cover in Hassum, near Goch, 20 February 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (B 14767)引用。


M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車の主砲は、3インチ M7戦車砲で、通常のM4シャーマン搭載の75ミリ戦車砲よりも対戦車戦闘能力は高かった。後に新型シャーマン・ファイアフライが搭載した76 ミリM1戦車砲と弾頭・口径は共通の76.2ミリ(3インチ)である。しかし、76.2ミリ(3インチ)薬莢は若干大型で装薬量が多く、砲身も長く、装甲貫通能力能力は若干勝っている。

写真(右)1945年3月24-31日、ドイツ、ライン川を渡河するイギリス軍M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:後方には空挺作戦に使用されたグライダーが放棄されているのが見える。M10ウォルブリンWolverine自走砲のアメリカ製3インチ高射砲をイギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換したのがアキリーズ駆逐自走戦車で、17ポンド対戦車砲をオープントップの砲塔に搭載した。砲塔上面は装甲のない開放式で、乗員の視界はよかったが、先に敵戦車を発見、撃破する必要があった。
Catalogue number: BU 2396, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Christie (Sgt),  Object description: Crossing the Rhine 24 -31 March 1945: An Achilles tank destroyer on the east bank of the Rhine moves up to link with airborne forces whose abandoned gliders can be seen in the background.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 2396)引用。


写真(右)1945年3月29日、オランダのネイメーヘン南東20キロのドイツ、マース川近くのゴッホ近郊ハッスム、イギリス軍近衛戦車旅団のチャーチル歩兵戦車が、故障したアメリカ第17空挺師団M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:空挺作戦に便利なように、降下兵たちの服には、大きなポケットがついており、パラシュートの索が引っかからないように、表面が円滑で突起が少ない。ヘルメットも両脇に突出部がない。M10ウォルブリンWolverine自走砲のアメリカ製3インチ高射砲をイギリス製76.2ミリ17ポンド対戦車砲に変換したのがアキリーズ駆逐自走戦車である。17ポンド対戦車砲をオープントップの砲塔に搭載したM10 アキリーズ駆逐自走砲戦車。砲塔上面は装甲のないだったために、乗員の視界はよかったが、先に敵戦車を発見、撃破する必要があった。
Catalogue number: BU 2740, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 5 Army Film & Photographic Unit Midgley (Sgt),  Object description: Churchill tanks of 6th Guards Tank Brigade carrying paratroopers from the American 17th Airborne Division pass through Dorsten, 29 March 1945. On the right is an Achilles 17-pdr tank destroyer.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (BU 2740)引用。


写真(右)1945年4月25日、北イタリア、フェッラーラ近郊を前進する第2ランカシャー・フュージリアー(連隊)の兵士を支援するイギリス軍M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車:第2ランカシャー・フュージリアー(連隊)の兵士は、ブレン機関銃、エンフェールド小銃で武装している。M10 アキリーズ駆逐自走砲戦車は、草木で偽装を施している。
Catalogue number: NA 24363, Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION,
Subject period: Second World War, Alternative Names: object category: Black and white, Creator:No. 2 Army Film & Photographic Unit Wooldridge (Sgt),  Object description: Men of the 2nd Lancashire Fusiliers, supported by Achilles 17pdr tank destroyers, wait to go forward near Ferrara, 22 April 1945.
写真はイギリス帝国戦争博物館 Imperial War Museum登録・ IWM (NA 24363)引用。


リーエンフィールド歩兵小銃(Lee-Enfield ?4 Rifle)は口径0 .303インチ弾(7.69ミリ弾) 重量4 kg、全長1,118ミリ、初速744 m/s、射程3,000ヤード(2,743 m)

ブレン軽機関銃(Bren Light Machine Gun)は、チェコスロバキア製のZB26軽機関銃をベースに弾薬を7.92ミリ弾を.303弾(7.69ミリ弾)に変換してライセンス生産したもの。

写真(右)ベルギー、バストーニュ、バストーニュ歴史センターに展示されているイギリス軍M10アキリーズ駆逐自走砲(M10 Achilles Tank Destroyer)の側面写真: イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体はM4シャーマン戦車をそのまま利用している。バストーニュは、1944年末のドイツによるアルデンヌ攻勢の時期、米軍が死守した町。バストーニュ歴史センター(The Bastogne War Museum )の住所はColline du Mardasson, 5 - 6600 Bastogne (Belgium)
Title: Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre, Bastogne War Museum. Date Created/photographer: 2008/4/27, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre pic-001.JPG引用


写真(右)ベルギー、バストーニュ、バストーニュ歴史センターに展示されているイギリス軍M10アキリーズ駆逐自走砲(M10 Achilles Tank Destroyer)の側面写真: イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体はM4シャーマン戦車をそのまま利用している。バストーニュは、1944年末のドイツによるアルデンヌ攻勢の時期、米軍が死守した町。バストーニュ歴史センター(The Bastogne War Museum )の住所はColline du Mardasson, 5 - 6600 Bastogne (Belgium)
Title: Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre, Bastogne War Museum. Date Created/photographer: 2008/4/27, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre pic-002.JPG引用


写真(右)ベルギー、バストーニュ、バストーニュ歴史センターに展示されているイギリス軍M10アキリーズ駆逐自走砲(M10 Achilles Tank Destroyer)の側面写真: イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体はM4シャーマン戦車をそのまま利用している。バストーニュは、1944年末のドイツによるアルデンヌ攻勢の時期、米軍が死守した町。バストーニュ戦争博物館(The Bastogne War Museum )の住所はColline du Mardasson, 5 - 6600 Bastogne (Belgium)
Title: Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre, Bastogne War Museum. Date Created/photographer: 2008/4/27, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre pic-003.JPG引用


写真(右)ベルギー、バストーニュ、バストーニュ戦争博物館に展示されているイギリス軍M10アキリーズ駆逐自走砲(M10 Achilles Tank Destroyer)の側面写真: イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載した砲塔後方が伸びているが、これはノーズヘビーの傾向を抑えるバランスの役割を果たしている。
Title: Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre, Bastogne War Museum. Date Created/photographer: 2008/4/27, Alf van Beem
写真はWikimedia Commons>File:Destroyer M10 at Bastogne Historical Centre pic-004.JPG引用


写真(右)イギリス、ボーヴィントン戦車博物館に展示されているイギリス軍M10アキリーズ駆逐自走砲(M10 Achilles Tank Destroyer)の側面写真: イギリスのオードナンス17ポンド76.2ミリ速射砲を搭載して攻撃力を強化した対戦車戦闘用の駆逐自走砲で、車体はM4シャーマン戦車をそのまま利用している。
Title: USA - M10 gun motor carriage (or tank destroyer) as modified in the UK for the British Army witha 17pdr gun; at the Bovington Tank Museum, Dorset, March 1998. Date Created/photographer: 2015/12/10, Hugh Llewelyn from Keynsham, UK
写真はWikimedia Commons>File:M10 (23567843501).jpg引用





2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。


◆毎日新聞「今週の本棚」に『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。

ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスの再軍備・人種差別:Nazism & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen
ヒトラー:Hitler
ヒトラー総統の最後:The Last Days of Hitler
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊
サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250/251:ハーフトラック
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
ソ連赤軍T-34戦車
VI号ティーガー重戦車
V号パンター戦車
ドイツ陸軍1号戦車・2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車・突撃砲
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
イギリス軍マチルダMatilda/バレンタインValentine歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス軍クルーセーダーCrusader/ カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス陸軍クロムウェル/チャレンジャー/コメット巡航戦車
アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ヒトラー暗殺ワルキューレ Valkyrie作戦: Claus von Stauffenberg
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ハンセン病Leprosy差別

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