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◆フィアット(Fiat)G.12/G.212三発輸送機
写真(上)1942年、イタリア、イタリア空軍フィアット(FIAT) G 12 LGA三発輸送機
:垂直尾翼に白十字、主翼下面には、ファッシ3本を白丸に描いているが、どちらもファシスト・イタリア王国空軍の国籍記章である。
Velivolo da trasporto, monoplano ad ala bassa a sbalzo, trimotore, a struttura interamente metallica.​​ Caratteristiche tecniche:​ Lunghezza: 20,16 m Altezza: 4,90 m Superficie alare: 113,50 mq Apertura alare: 28,6 m Peso a vuoto: 8.890 kg Peso totale: 12.800 kg Velocità max: 396 km/h Autonomia: 1.740 h.
写真はMinistero Della Difesa, Immagini della Difesa Aeronautica Militare > Skip Navigation Links Mezzi > Aeromobili storici > FIAT G 12引用。



写真(上)2020年頃,イタリア、イタリア空軍フィアット(FIAT)G-212三発輸送機(142-5)
:1943年10月からドイツと戦ったイタリア空軍は、ファシストの国籍マークを廃止しイタリア三色国旗トルコローレの緑白赤の同心円の国籍マークを採用した。
Il G.212 “Aula Volante” è l'ultimo modello della fortunata e validissima serie di velivoli G.12 trimotori da trasporto, progettata dall'ing. Gabrielli ed iniziata nel 1940. Il G.212 del Museo è l'unico esemplare salvatosi ed anche unico trimotore Fiat ancora esistente.
Ministero Della Difesa, Immagini della Difesa Aeronautica Militare > Skip Navigation Links Storia > Museo Storico > Fiat G-212引用。

イタリア空軍フィアットCR32 ◆2011年9月2日・9日(金)午後9時からNHK-BS歴史館「側近がみた独裁者ヒトラー」でRudolf Hess ルドルフ・ヘス及びLeni Riefenstahl レニ・リーフェンシュタールを検討。再放送は9/4(日)12時、9/7(水)24時及び9/11(日)12時、9/13(水)24時。


1.フィアット(Fiat)G. 18 双発旅客輸送機

1922年10月29日、ムッソリーニは戦闘的ファッシを中核にした黒シャツ隊2万5000名を率いて、ローマに進軍し、イタリア国王から首相に任命された。そして、1922年12月、王家・党・政府の代表を集めたファシスト大評議会を設立、ムッソリーニ独裁の端緒を築いた。また、1923年2月1日、ファシスト黒シャツ隊を国防義勇軍(Milizia Volontaria per la Sicurezza Nazionale、MVSN)として国軍の一翼を担わせた。これは、ムッソリーニの護衛を目的とする親衛隊であり、イタリアの陸海空軍にもファシストの影響力を強化した。

写真(右)1935年10月12-28日,イタリア、ミラノ・航空展示会、フィアット社セクション、完成したばかりの新鋭フィアット(Fiat)G. 18 輸送機試作機:機首に”FIAT G. 18”と黒で記入されている。胴体下面には展示説明看板が置かれている。胴体左側面の昇降口にタラップが掛けられている。降着装置の支柱などの構造は、ダグラスDC-2/DC-3輸送機に酷似している。1935年3月18日初飛行で、生産数9機のみ。
Fiera di Milano - Salone internazionale aeronautico 1937 - Settore italiano Non identificato
Autore: Stabilimento Fotografico Crimella (1925/ 1975 ca.), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 12/10/1935 - 28/10/1935
Misure: 18 x 24
Note: In primo piano l'aereo passeggeri Fiat G 18
写真は,LombardiaBeniCulturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, P_1935_SA_62 引用。


毎年恒例のイタリア、ミラノ・航空展示会が、1935年10月12-28日,開催された。そのフィアット社セクションには、ジュゼッペ・ガブリエッリ(Giuseppe Gabrielli)技師の設計で1935年3月18日に初飛行したばかりの新鋭機フィアット(Fiat)G. 18 輸送機試作機が展示された。その胴体下面に置かれた新鋭機の展示説明看板には、G.18の諸元が記入されている。また、18座席ある客室を見学できるように、胴体左側面の昇降口にタラップが掛けられて、見学者が内部を除くことができるように配慮されている。G,18の引込み式ゴム主輪と支柱など降着装置の構造は、アメリカのダグラスDC-2/DC-3輸送機に酷似している。しかし、G.18は9機しか生産されなかった。

写真(右)1935-1940年頃,イタリア、イタリア航空(Avio Linee Italiane :ALI)所属のフィアット(Fiat)G. 18 双発旅客輸送機(I-ENEA):フィアット A.59空冷星形9気筒エンジン750hpを搭載した初期型。
Fiat G-18 Manufacturer: Fiat Designation: G-18.
写真は,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00079165引用。


フィアット(Fiat)G. 18 双発旅客輸送機は、フィアット(Fiat)A.59空冷星型9気筒エンジン700 hp (522 kW) (排気量27.7 L)2基を搭載した双発輸送機で、アメリカのダグラスDC-2と外見が似ている。1937年2月26日に初飛行したが、発動機の出力が低かったため、換装してフィアットA.80空冷星型14気筒エンジン 1,000 hp(750 kW)(排気量45.72L)2基を搭載した発展型G.16Vが作られ、性能は上々だった。しかし、初期型G.16は3基、発展型G.16Vも6機が製造されただけで、少数が使用されただけだった。ただし、1943年年のイタリア降伏後も残った機体が使用されている。


写真(右)1935-1940年頃,イタリア、イタリア航空(Avio Linee Italiane :ALI)所属フィアット(Fiat)G. 18 双発旅客輸送機(I-ETNA)
:フィアット(Fiat)G. 18の空冷星形9気筒エンジンを搭載した初期型は3基製造された。機体の胴体側面には9個のガラス窓が並んでいるが、主翼にも胴体にも国籍記章が描かれていない。
Italiano: Fiat G-18 con marche I-ETNA, numero si serie 3, della ALI Avio Linee Italiane; il velivolo compì il primo volo nel 1935 e rimase distrutto in un incidente di prova presso Milano il 16 novembre 1942 Date 18 September 2007, 18:13:46 Source Own work Author Paolobon140
写真はWikimedia Commons, Category:Fiat G.18 File:Fiat G-18 I-ETNA.jpg引用。


1935年3月18日に初飛行したフィアット(Fiat)G. 18旅客輸送は、乗客18座席のアメリカ製ダグラスDC-2輸送機のライバルである。発動機は、当初、フィアット(Fiat)A.59空冷星型9気筒エンジン700 hp (522 kW) (排気量27.7 L)2基を搭載し、3機が製造された。後期型G. 18 Vは、発動機をフィアット A.80 空冷星型14気筒エンジン 1,000 hp(750 kW)(排気量45.72L)2基に換装、出力を向上させたが、これがフィアット(Fiat)G. 18 V輸送機である。

イタリア航空(Avio Linee Italiane:ALI)は1926年ミラノで設立、1928年5月に、ローマ=ミュンヘン間の運行を開始した。そして、1931年にはローマ=ベルリンの航路を開いた。運航を開始した運航を始めた。1938年には、ヴェネチア=ミラノ=ツリン=パリ=ロンドン (Venice-Milan-Turin-Paris-London)の国際航路を運航した。1939年のイタリア航空(Avio Linee Italiane:ALIの保有機数は、合計16機で、アメリカ製ダグラスDC-2 (I-EROS)が1機、フィアット(Fiat)G.18/G.18Vが6機,サヴォイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)S.73三発輸送機6機である。1952年末廃業。

写真(右)1937年10月2-17日,イタリア、ミラノ・航空展示会、フィアット社セクション、イタリアフィアット社運航になるイタリア航空(Avio Linee Italiane :ALI)所属フィアット(Fiat)G. 18 V双発旅客輸送フィアット(Fiat)G. 18 V双発旅客輸送機(ION)とイタリア空軍フィアットB.50戦闘機(右上):フィアット(Fiat)G. 18 双発輸送機は、1935年3月18日初飛行で、生産数9機のみ。
Fiera di Milano - Salone internazionale aeronautico 1937 - Settore italiano Non identificato
Autore: Stabilimento Fotografico Crimella (1925/ 1975 ca.), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 02/10/1937 - 17/10/1937
Misure: 18 x 24
Note: In primo piano l'aereo Fiat G 18 V delle Avio Linee italiane; in posizione sopraelevata aereo da caccia Fiat G 50
写真は,LombardiaBeniCulturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, PAL_1937_SA_212引用。


イタリア空軍フィアットG.50戦闘機も、G.18輸送機と同じジュゼッペ・ガブリエッリ(Giuseppe Gabrielli)技師の設計になる。フィアットA.74 RC38空冷星形14気筒エンジン840hp (618 kW)搭載、1937年2月26日に初飛行するので、1937年10月2-17日,ミラノ航空展示会に出品された時期には、試作機はあっても、初飛行前だったことになる。生産期間は1935–1943年で、683機が量産された。

アメリカのダグラス(Douglas)DC-2輸送機は、全金属製、引込み脚式降着装置を備え低翼式で、1934年5月11日に初飛行した。1年後、1935年3月11日初飛行のイタリアのG.18輸送機は、アメリカで1年前に開発されたDC-2と前後反対の低翼形状(空力学的には同様の効果がある)、同じ構造の引込み式降着装置と尾翼を備え、スケールも似ている。フィアットG.18は、このダグラスDC-2輸送機の技術を取り込んで開発されたイタリア機であると考えられる。

フィアット(Fiat)G. 18の空冷星形9気筒エンジンから18気筒エンジンに強化・換装した発展型が、フィアット(Fiat)G. 18 V輸送機である。G.18Vは、最高速力400 km/h (250 mph)、乗客用18席、航続距離:1,675 km (1,041 マイル)の高性能機で、アメリカのダグラスDC-2輸送機と比較しても遜色のない性能だった。

写真(右)1940年4月12-27日,第二次大戦参戦2カ月前、イタリア、ミラノ・航空展示会、フィアット社セクションに展示準備をしているイタリアフィアット社運航になるイタリア航空(Avio Linee Italiane :ALI)所属フィアット(Fiat)G. 18 V双発旅客輸送機(I-ENEI):エンジンには保護カバーは掛けられていない。
Fiera di Milano - Campionaria 1940 - Area espositiva all'aperto della Fiat - Folla di visitatori
Autore: Non identificato (prima metà sec. XX), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 12/04/1940 - 27/04/1940 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/carta Misure: 13 x 18
Note: Alcuni operai lavorano all'allestimento dell'aereo Fiat G. 18 V. delle Avio Linee Italiane S. A. nell'area espositiva all'aperto della Fiat in piazza Italia.
写真は,LombardiaBeniCulturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, N_LS_1936-1946_299引用。


フィアット(Fiat)G.18V 輸送機の諸元
乗員:3名+乗客18名
全長:18.81 m (61 ft 9 in)
全幅:25.00 m (82 ft 1 in)
全高:5.01 m (16 ft 5 in)
主翼面積:88.3 m² (950 ft²)
空虚重量:7,200 kg (15,900 lb)
全備重量:10,800 kg (23,800 lb)
発動機:フィアット(Fiat)A.80 RC.41空冷星形18気筒エンジン 750 kW (1,000 hp)3基
最高速力:400 km/h (250 mph)
実用上昇限度:8,700 m (28,600 ft)
航続距離:1,675 km (1,041 miles)
上昇率:4.8 m/s (944 ft/min)

ダグラス(Douglas)DC-2フィアット(Fiat)G. 18 Vの比較
初飛行 1934年5月11日 1935年3月11日
全長 19.1 m  18.81 m
全幅: 25.9 m  25.00 m
全高: 4.8 m  5.01 m
主翼面積: 87.3m2  88.3 m2
空虚重量: 5,650 kg  7,200 kg
総重量: 8,420 kg  10,800 kg
発動機: ライトR-1820サイクロン空冷星型9気筒(29.88 L)  フィアットA.80空冷星型18気筒(45.72 L)
出力: 730 hp (540 kW)  1,000 hp(750 kW)
最高速力: 338km/h  400 km/h
巡航高度: 6,930 m   8,700 m
航続距離: 1,750 km  1,675 km
乗客座席数: 14人  18人 生産機数: 198機  9機

写真(右)1940年4月12-27日,第二次大戦参戦2カ月前、イタリア、ミラノ・航空展示会、フィアット社セクション、イタリア航空(Avio Linee Italiane :ALI)フィアット(Fiat)G. 18 V双発旅客輸送機(I-ENEI):エンジンには雨水や埃が入らないように保護カバーが掛けられている。子連れの婦人(左端)が見学に来ているが、子連れは珍しい。フィアット(Fiat)G. 18 双発旅客輸送機は、1935年3月18日初飛行で、生産数9機のみ。
Fiera di Milano - Campionaria 1940 - Area espositiva all'aperto della Fiat - Folla di visitatori
Autore: Non identificato (prima metà sec. XX), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 12/04/1940 - 27/04/1940 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/carta Misure: 13 x 18
Note: L'area espositiva all'aperto della Fiat in piazza Italia con visitatori. Al centro l'aereo Fiat G. 18 V. delle Avio Linee Italiane S. A.
写真は,LombardiaBeniCulturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, P_1940_317引用。


第二次大戦は1939年9月に勃発していたが、イタリア参戦は1940年6月でまだ中立国だった。1940年4月12-27日,イタリア、ミラノ・航空展示会は、中立国で平和だったイタリア最後の航空祭典だった。航空展では、フィアット社セクションに、イタリアフィアット社運航になるイタリア航空(Avio Linee Italiane:ALI)所属フィアット(Fiat)G. 18 V双発旅客輸送機(I-ENEI)が広場に展示された。展示広場の背後の大看板には「ファシストALI航空は世界を繋ぐ」と書かれていた。そして、拠点ローマから北アフリカ、バルカン半島を繋ぐ国際航路が、平時の偉業として、誇らしく図解されていたのである。

1939年9月から1940年4月まで、英仏独は大戦争の最中で、いくら「ファニーウォー」「座り込み戦争」とはいっても、ノルウェー戦や海上交通破壊戦のような激しい戦いもあった。つまり、中立国のイタリアは、英仏にもドイツにも貸しを作ることができる外交上優位な地位にあったといえる。1940年4月12-27日,第二次大戦参戦2カ月前、イタリア、ミラノ・航空展示会、フィアット社セクションのG.16旅客輸送機の展示場所では、巨大な看板にローマを拠点にした空路が図解され、平時の民間航空の発達がよくわかる。

しかし、世界市場に売り込むにはフィアット(Fiat)G. 18 V輸送機の信頼性、価格が制約となったようで、アメリカ製ダグラスDC-2のように世界各国から発注を受けることはできなかった。生産機数は、フィアット(Fiat)A.59空冷星型9気筒エンジン700 hp 搭載のG.18が3機、フィアット A.80 空冷星型14気筒エンジン 1,000 hp搭載のG.18Vが6機、合計9機にとどまった。

⇒写真集Album:ドイツフィアット(Fiat)G. 18 V輸送機を見る。


2.フィアット(Fiat) G.12 三発輸送機

フィアット(Fiat)G. 18旅客輸送機は、フィアット A.59空冷星形9気筒エンジン750hpを装備した原型で3機製造された。その後、出力不足と判断され、発動機を強化したフィアットG.18Vは、フィアット A.80空冷星形18気筒エンジン1,000 hp(750 kW )を装備し、6機が製造された。全金属製低翼機、引込み式降着装置を装備し、ダグラスDC-2に匹敵する斬新なデザインだった。フィアット(Fiat)G. 18輸送機は、イタリアの航空機開発能力の高さを示した。そして、この双発輸送機の後継機ともなる三発輸送機フィアット(Fiat)G.12 も同じような運命をたどることになる。


写真(上)1940年10月以降、1941年頃、イタリア、フィアット(Fiat)G.12 C 輸送機試作機(MM.60649)の試験飛行
:垂直尾翼にも胴体にも国籍マークはないが、イタリア航空(Avio Linee Italiane :ALI)所属は描かれている。男性1人が眺めているが、当時としては大型機であった。
Il prototipo MM.60649 rulla sul campo di Torino-Caselle all’inizio dei test.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat)G.12 輸送機は、全金属製、低翼単葉の大型旅客輸送機で、金属製3翅可変ピッチプロペラを三発(3発動機)で駆動した。引込み式降着装置で、主車輪はエンジンナセル後部に収納されるが、尾輪は固定式である。 コックピット操縦席に続いてと客室キャビンがあり、14座席が2列に配置され、乗客は胴体後方左側の昇降扉から入った。

写真(右)1939-1940年10月以前、イタリア、飛行機工場で製造中のフィアット(Fiat)G.12 C 輸送機試作機(MM.60649):フィアット G.12 の客室ガラス窓は片側6個並んでいる。その後方の資格の大きな穴が、乗客の昇降口である。機体を水平に保って製造している。下方に作業員2名が見える。尾翼はまだ取り付けられていない。
Particolare della fusoliera del prototipo assemblato nella sala dello stabilimento Fiat-Aeritalia di Torino..
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat)G.12 は。元来、民間旅客輸送機として設計された機体だが、1939年9月に第二次世界大戦が勃発し、1940年6月にイタリアが同盟国ドイツの側に立って参戦すると、民間輸送機としての活躍は大きく制限されたために、軍用輸送機として使用することが検討された。

写真(右)1939-1940年10月以前、イタリア、飛行機工場で製造中のフィアット(Fiat)G.12 C 輸送機試作機(MM.60649)と前方の量産中のフィアットBR.20双発爆撃機(双尾翼式): Fiat G.12 客室ガラス窓は片側6個並んでいる。垂直尾翼は取り付けが住んでいるが水平尾翼は作業中である。大きな主翼が左右脇に置かれて、取り付けを待っている。量産中のフィアットBR.20は、胴体後上方に回転式銃座を搭載している。
Il prototipo MM.60649 viene assemblato con Fiat BR.20 nel 1940.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


イタリア参戦時の1940年6月時点では、既にサボイア・マルケッティSM.73、SM.85などの固定脚の輸送機、SM.75、SM82、SM.83など引込み脚の輸送機が完成しており、フィアット(Fiat)G.12は、イタリア参戦直後の1940年10月15日であったために、量産する意義は乏しかった。結局、944年年までに30機が生産されたにとどまった。フィアット(Fiat)G.12は、発展型のフィアット G.212の原型となり、第二次大戦後のイタリアの民間航空で活躍した。


写真(右)1939-1940年10月以前、イタリア、飛行機工場でのフィアット(Fiat)G.12 C 輸送機試作機へのフィアットA.74 RC.42空冷星形14気筒エンジンの搭載

Particolare dei motori Fiat A.74 RC.42 sul prototipo in corso di completamento.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat)G.12 C 輸送機が装備したフィアットA.74 RC.42空冷星形14気筒エンジンは、1937年に開発されたばかりの新型エンジンで、フィアット(Fiat) CR.42 ファルコ(Falco)複葉戦闘機、フィアットG.50フレェッチア(Freccia)戦闘機などフィアット社の飛行機だけではなく、マッキ(Macch)C.200サエッタ(Saetta)戦闘機も搭載している。したがって、戦闘機用のエンジンを輸送機に搭載しているのであり、高性能は望めるが、エンジン価格が高くなるうえに、肝心の戦闘機へのエンジン供給が滞るリスクがあり、イタリア空軍戦力増強の視点では、賢明な選択とは言えなかった。

フィアットFiat A.74 RC.42空冷星形14気筒エンジンの諸元
気筒直径Bore: 140 mm (5.512 in)
気筒行程Stroke: 145 mm (5.709 in)
排気量Displacement: 31.25 L (1,906.9 cu in)
全長Length: 1,044mm (41.13 in)
直径Diameter: 1,195 mm (47.05 in)
乾燥重量Dry weight: 590 kg (1,246 ポンド)
燃料規格Fuel type: 87 オクタン(octane)


写真(右)1939-1940年10月以前、イタリア、飛行機工場でのフィアット(Fiat)G.12 T 輸送機のコックピット
:左席の正操縦士、右席の副操縦士の複式操縦装置がついている。レバーや計器は原則左右対称である。左右の操縦桿には、ともに紐が結ばれて、動かないように固定されているが、昇降舵・垂直尾翼の方向舵の調整中に、取り付け位置を安定させるためであろう。
Cabina di guida di una Fiat G.12 T in costruzione.
写真はMilitary Story, Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


飛行機の操縦桿を押せば、昇降舵(elevator)が動いて下に、引けば上に機体は動く。ただし、ハンドル(ステアリング)式の操縦桿なので、垂直尾翼の方向舵(rudder)にも連動している。操縦席の下にはペダルは、垂直尾翼の方向舵に連動していて、機体を左右に動かすものである。


写真(右)1939-1940年10月以前、イタリア、飛行機工場でのフィアット(Fiat)G.12 T 輸送機のコックピット
:床は、木製板が敷かれているが、金属製よりも軽量であり、機体の金属骨格の内部であるために、飛行機を支える強度は構造上不要である。木製床の間には、機体を支える鋼管の金属モノコック構造が見て取れる。
Cabina di guida di una Fiat G.12 T in costruzione..
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat)G.12は民間旅客用の客室だったが、それをイタリア陸軍仕様としたのがFiat G.12 T T 輸送機である。客室は兵士24人の簡易座席となり、内装も質素になった。客室キャビン床は、木製板が敷かれている。

フィアット(Fiat)G.12輸送機の客室木製床板は、金属板よりも強度は弱いが、軽量である。飛行機機体の構造の上では、胴体を支えるのは、金属骨格モノコックであり、これは客室キャビンの外側にある。したがって、客室キャビンの床面について、飛行機を支える強度は構造上不要である。

写真(右)1942年、イタリア、イタリア空軍フィアット(Fiat)G.12 輸送機:完成したばかりの機体なのか、胴体にも垂直尾翼にも何も書かれていない。
Vista dal basso del prototipo sul sito di Caselle. (crediti fotografici: collezione Aymeric Lopez).
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


1941年の春、イタリア空軍はフィアット(Fiat)G.12とG.12T輸送機合わせて50機の発注をし、さらにG.12とG.12Tの補助部品を発注した。後者は、イタリア陸軍向けの仕様で、外部は同じであるが、客室キャビンが兵士24人を搭載できるように座席配置が変更された。このイタリア陸軍仕様のフィアットG.12Tは、1941年5月15日に初飛行している。

写真(右)1942年、イタリア、イタリア空軍フィアット(Fiat)G.12 輸送機の正面:サボイア・マルケッティSM.75やSM.82よりも胴体は細く、容積は小さいが、主翼が大きく全幅が長いために、高空性能は改善されるであろう。
Questa vista frontale del prototipo consente di evidenziare le grandi dimensioni della Fiat G.12. (crediti fotografici: collezione Aymeric Lopez).Nella primavera del 1941, Regia Aeronautica mise un nuovo ordine per 50 unità G.12 e G.12 T. Questa versione, destinata all’esercito, non aveva subito alcuna modifica esterna, ma era dotata di sedili longitudinali che potevano benvenuto a 24 uomini nella stiva. La Fiat G.12 T volò per la prima volta il 15 maggio 1941.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


サボイア・マルケッティSM.82輸送機と同時期の設計のフィアット(Fiat)G.12輸送機だが、胴体が細く、主翼のスパンが長い点で、両者の識別は容易である。また、エンジンナセルには、シリンダーを覆うバルジがついているが、この分だけエンジンナセルの直径を細く絞り、空気抵抗を減らすことができると考えられていた。しかし、低速で燃費をよくしたい輸送機にとって、ここまで空気抵抗の減少にこだわるよりも、量産性の向上、整備の容易さを選択し、普通の円形カウリングで十分であったと思われる。

写真(右)1942年、イタリア、イタリア空軍フィアット(Fiat) G.12 輸送機輸送機3機の戦列とフィアットA.74 RC.42空冷星形エンジン
Le copertine della Fiat A.74 RC.42 erano caratterizzate dai loro numerosi capi....
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat)G.12三発輸送機の搭載発動機
フィアット(Fiat)G.12 C: 770hp (574-kW) フィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン(排気量31.25 L)
フィアットG.12 CA/LA: 750 hp (560 kW) アルファロメオ 128空冷星型9気筒エンジン(排気量28.6 L)
フィアットG.12 LB: 810hp (604-kW) ブリストル ペガサス48空冷星型9気筒エンジン(排気量28.7 L)
フィアットG.12 LP:1,065-hp (793-kW) プラット・アンド・ホイットニー R-1830ツインワスプ空冷星型9気筒エンジン(排気量29.98 L)

写真(右)1942年、イタリア、イタリア空軍第147輸送航空団601a飛行隊所属のフィアット(Fiat) G.12 T 輸送機とペットの犬と戯れる地上勤務整備員:胴体後方に白帯が描かれている。主翼から開いて空気の流れを主翼の上下で調整する動翼フラップは閉じている。
Fiat G.12 del 601a quadrato, 147 ° Gr.T.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フラップは、揚力を高めるために、主翼から開いて空気の流れを主翼の上下で調整する動翼である。主翼後縁のフラップを下げることで揚力が高まる。主翼には、エルロン、フラップ、スポイラーといった動翼が取り付けられている。また、水平尾翼には昇降舵(エレベーター)が取り付けられている。

写真(右)1942年4月、ギリシャ、ロードス島、飛行場をタキシングするイタリア空軍606a飛行隊所属のフィアット(Fiat) G.12 輸送機
Fiat G.12 del 606a quadrato rullando sull’aerodromo di Rodi nell’aprile 1942...
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


1912年のイタリア=トルコ戦争(伊土戦争)で、エーゲ海北野アナトリア半島を臨むドデカネス諸島はイタリアに占領された、1923年のローザンヌ条約でイタリアの領有が決まった。ドデカネス諸島ではロードス島が1,400 km2ある以外、全て300km2以下の小島である。

ギリシャは、1829年、アドリアノープル条約によってオスマン帝国から独立しており、第一次大戦を契機に、イタリアは、ロードス島を除くドデカネス諸島をギリシャに譲渡するような約束をしたが、1923年に政権を握ったイタリア首相ムッソリーニは、古代ローマ帝国の再興を掲げ、ドデカネス諸島も当然、ローマ地中海帝国の一部であるとして、ギリシャと対立した。第二次大戦中もイタリアの支配下にあったが、1943年9月にイタリアが連合国に降伏すると、ドイツ軍は、ドデカネス諸島、を占領し、その支配は1945年6月のヨーロッパ戦役終戦まで続いた。そして、1947年のパリ平和会議で、枢軸国時代のイタリア問題が解決された際、イタリアはドデカネス諸島をギリシャに譲渡し、ギリシャ領となった。

写真(右)1942年、イタリア領北アフリカ、リビア、トリポリ(Tripoli)30キロ、カルテル・ベニート(Castel Benito)基地、イタリア空軍第148輸送航空団第606a飛行隊所属のフィアット(Fiat) G.12 輸送機:胴体後方に白帯が描かれている。
Fiat G.12 del 606a quadrato, 148 ° Gr.T sul terreno di Castel Benito il 17 gennaio 1942...
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


ファシスト四天王、ムッソリーニの盟友でリビア総督イターロ・バルボ(Italo Balbo)空軍元帥は、1938年にリビアの首都トリポリから30キロにあるこのカルテル・ベニート(を拡張し、軍用飛行場として整備した。そして、民間航路としても、ローマ=マルタ島=トリポリ(Roma - Malta - Tripoli)、ローマ=チュニス=トリポリ(Roma - Tunisi - Tripoli)、ローマ=トリポリ=ベンガジ(Roma - Tripoli - Benghazi)の国際空路が開かれた。そして、1939年にはローマ=トリポリ(あるいはベンガジ)=カイロ=ハルツーム=アシュマラ=モガディシオ(Roma -Tripoli (Benghazi)- Cairo - Khartoum - Asmara - Addis Ababa - Mogadishu)とエジプト、スーダン、ソマリアまで7000キロの国際航路の経由地にもなった。

写真(右)1942年6月、イタリア、シチリア島カステル・ヴェトラーノ(Castel Benito)、兵士を乗せようとしているイタリア空軍フィアット(Fiat)G.12輸送機(606-5)
Soldati che si imbarcano sulla Fiat G.12 “606-5” a Castelvetrano nel giugno 1942.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


1939年の第二次世界大戦勃発直前、ムッソリーニは、イタリアの戦争準備ができていなことを口実に、ドイツとポーランドとの局地戦争であれば、イタリアからドイツへの経済援助は可能であるが、英仏も含めた欧州大戦に発展した場合、英仏とイタリアとの戦争開始が懸念されるために、ドイツに対する軍事援助はできないことと返答した。実際、ファイスと党幹部もイタリア国民も多くは、第二次欧州大戦が勃発しても、イタリアは参戦しないことを望んでいたのである。

1939年9月1日に第二次世界大戦が、ドイツがポーランドに侵攻し、それを契機に、9月3日、英仏がドイツに宣戦布告して第二次欧州大戦がはじまった。当初、イタリアは、1939年5月22日のドイツとの軍事同盟、いわゆる鋼鉄条約を結んでおり、ドイツと行動を共にし、参戦するのではないかとの観測もあった。しかし、ムッソリーニは、英仏がイタリアを攻撃することはないと確信し、バルカン半島のユーゴスラビア、アルバニア、ギリシャに対するイタリアの影響力を保持したがった。また、英仏と戦っているドイツは、中立国イタリアがあってこそ資源エネルギーを輸入できるのであり、英仏によるドイツ包囲は、イタリアのために不完全なものであった。つまり、中立国イタリアは、ドイツにとっても、英仏にとっても味方にしたい国であり、国際政治上のムッソリーニ優位性が際立っていると考えられていた。

イタリアのファシスト独裁政権の首相ベニート・ムッソリーニは、1939年9月に勃発した第二次世界大戦に1940年6月8日に参戦し、フランスを攻撃した。イタリアは、1940年5月のドイツによるフランス侵攻で、フランスが降伏する直前の1940年6月8日にイタリアは参戦し、フランスに勝利した戦勝国として、フランスの占領の利益を確保しようとした。

1940年6月8日、第二次大戦が勃発し、フランスがドイツに降伏する直前、ベニート・ムッソリーニは、娘婿で外務大臣チアーノ伯爵と一緒に、ミュンヘンに到着、アドルフ・ヒトラーと戦争の行く末について話し合った。西側連合国との戦争が始まっても、参戦していなかったイタリアの立場は、狡猾な外交と評価された一方で、戦争のできないファシストとして評判を下げてしまったと考えた。

イタリアは、第二次世界大戦に参戦せず、中立を保持し続け、戦争をやり過ごすことができたであろうか。もし中立のままであれば、スペインのフランコ・ファシスト政権と同じく、イタリアのムッソリーニ(60歳)・ファシスト政権もさらにさらに長続きしたかもしれない。

ムッソリーニは、戦闘的ファシストとして、盛んにイタリアの国威発揚、戦争を辞さない強い精神力をイタリア国民に求めてきたにも拘わらず、戦争に怯えているのかと疑われ、屈辱的な思いをしていた。ドイツの西方侵攻で1940年6月初旬にフランスが大敗北する中で、ムッソリーニは、ドイツに大打撃を受けたフランスに侵攻し、その降伏を要求し、フランス南部を占領しようとした。しかし、フランス軍の抵抗のために、進撃は停止してしまった。そこで、ヒトラーに頼み込んで、フランスに対する過大な領土要求をしたのである。これを求めるために、ムッソリーニは、戦闘に勝利したヒットラーに会いに出かけた。

イタリアのバドリオ首相は、1943年9月に連合国側に降伏し、10月にも、同盟国だったドイツに宣戦布告した。そして、裏切ったイタリア王国空軍は、古いファッシの国籍記章を廃止し、イタリア三色旗トルコローレを模した緑、白、赤の同心円を国籍マークとして採用した。しかし、戦後イタリアの国民投票が実施され、イタリア王政は廃止され、国王・皇太子は国外追放されてしまう。イタリア国王は、戦争の惨禍は全てファシスト政権、ムッソリーニも責任であるとみなしたが、イタリア国民は、ファシストに政権を任せ、ムッソリーニを首相に任命した国王の仕業を放免しなかった。

写真(右)1942年、イタリア、斑迷彩塗装を施したイタリア空軍フィアット(Fiat) G.12 輸送機:胴体後方に白帯が描かれている。この白い識別帯中央にはハッチが開いている。
Fiat G.12 marca ancora fusoliera privata. Notare il boccaporto aperto sulla striscia di identificazione bianca..
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat)G.12輸送機の胴体後方左側面に乗客用の昇降口の扉がある。そして、胴体後方右側面には、小型荷物の出し入れができるハッチがある。したがって、ドイツのJu90四発輸送機やJu252三発輸送機の持っていたような胴体後方下面の大型貨物積み降ろし可能な可動式ランプは備わっていない。

写真(右)1942年7月以降、イタリア、イタリア航空(?)フィアット(Fiat) G.12 LGA 輸送機(製造番号MM.60665;登録コードI-FAUN):l 18 maggio 1942, il MM.60662 tornò in fabbrica per due settimane di lavoro durante il quale ricevette la registrazione finale I-FOLG. La LATI ha ricevuto altri due LGA G.12, MM.60665 I-ALIM (quindi I-FAUN) nel luglio 1942 e MM.60666 I-ALIN (quindi I-FELI). Questi aerei sono stati utilizzati sulla rotta Roma-Siviglia-Lisbona prima di essere trasferiti nell’esercito.
Fiat G.12 LGA MM.60665 I-FAUN del Nucleo Comunicazioni LATI.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat)G.12 Lは、アルファ・ロメオ(Alfa Romeo)128 RC.18空冷星形エンジン搭載機で、22名の兵士を運搬できる。そして、G.12 GAは、燃料タンク増設した長距離輸送機で3機製造。したがってフィアット(Fiat)G.12 LGA 輸送機(MM.60665)は、アルファ・ロメオ(Alfa Romeo)128 RC.18空冷星形エンジン3基搭載の長距離兵員(22名)輸送機と思われる。

1942年5月18日、フィアット(Fiat)G.12 LGA(映像番号:MM.60662)は工場で2週間の改造を受け登録コードI-FOLGとして登録された。そして、1942年7月、さらに2機フィアット(Fiat)G.12 LGA、すなわち製造番号MM.60665、登録コード I-ALIM(I-FAUN)、製造番号MM.60666 I-ALIN(I-FELI)がイタリア航空(LATI)に引き渡された。これら合計3機のフィアット(Fiat)G.12 LGAは、イタリア航空(LATI)で、ローマ-セビリア-リスボン航路(イタリア=スペイン=ポルトガル間の国際航路)で使用されたが、後にイタリア空軍に引き渡された。


写真(上)1943年2月、北アフリカ、チュニジア、チュニス、イタリア空軍第605a飛行隊所属フィアット(Fiat)G.12 輸送機に乗りこもうとする兵士たち

Arrivo dei rinforzi a Tunisi che atterra da un G.12 dei 605a quadrati. nel febbraio del 1943..
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


連合国に降伏したイタリア王国のイタリア王国空軍の国籍マークは、ファシスト政権の時のファッシを模した国籍マークを廃止し、イタリア三色旗緑・白・赤の三色同心円に変更された。現在でも同じ緑・白・赤の三色同心円の国籍マークである。


写真(上)1943年、イタリア、シチリア島南西海岸、シャッカ(Sciacca)、イタリア空軍第605飛行隊所属フィアット(Fiat)G.12 輸送機(No.60651)
(左2番目の黄色のエンジンナセル):サボイア・マルケッティSM。75やSM.82よりも胴体は細く、容積は小さいが、主翼が大きく全幅が長いために、高空性能は改善されるであろう。
Color photo of the Second World War: Italian transport aircraft Fiat G.12 No.60651 from the 605 th squadron of the 148th group with traces of machine-gun fire from allied fighters. 1943.
.Nella primavera del 1941, Regia Aeronautica mise un nuovo ordine per 50 unità G.12 e G.12 T. Questa versione, destinata all’esercito, non aveva subito alcuna modifica esterna, ma era dotata di sedili longitudinali che potevano benvenuto a 24 uomini nella stiva. La Fiat G.12 T volò per la prima volta il 15 maggio 1941.
写真はMilitary Story , World War 2 photos in high resolution Italian Fiat G.12 transport aircraft with traces of fire引用。




ファシスト独裁イタリア王国の国籍マークは、ファッシ(束ねた武器)だったが、1943年7月、ベニート・ムッソリーニがイタリア国王によって首相を罷免され、陸軍のピエトロ・バドリオ元帥の新イタリア政府が樹立されら。バドリオ政権は、当初、戦争継続を表明していたが、これは欺瞞であり、秘かにイギリス、アメリカとの休戦交渉をしていた。1943年9月に、バドリオ率いるイタリア政府は、連合国に無条件降伏し、その後、イタリアは、同盟ドイツを裏切って、宣戦布告して戦いを始めた。

写真(右)1943年春、イタリア、シチリア島南西海岸、シャッカ(Sciacca)、イタリア空軍第148飛行隊所属フィアット(Fiat)G.12 輸送機4機とサヴォイア・マルケッティSM.82カングロ輸送機1機(左2番目の黄色のエンジンナセル):サボイア・マルケッティSM。75やSM.82よりも胴体は細く、容積は小さいが、主翼が大きく全幅が長いために、高空性能は改善されるであろう。
Fiat G.12 di 148 ° Gr.T a Sciacca nella primavera del 1943.
.Nella primavera del 1941, Regia Aeronautica mise un nuovo ordine per 50 unità G.12 e G.12 T. Questa versione, destinata all’esercito, non aveva subito alcuna modifica esterna, ma era dotata di sedili longitudinali che potevano benvenuto a 24 uomini nella stiva. La Fiat G.12 T volò per la prima volta il 15 maggio 1941.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat)G.12 輸送機のフィアットA.74空冷星形エンジンは、故障が頻繁に起こしたようで、1943年4月14日、フィアット(Fiat)G.12(MM.60673)(606-2)は、エンジンのシリンダーが破裂し、緊急着陸を余儀なくされた。また、4月16日、フィアット(Fiat)G.12(MM.60674)は、フィリクディ島でやはりエンジン故障に見舞われた。

1943年4月19日、地中海方面の輸送作戦任務に就くために、フィアット(Fiat)G.12(I-ALID)は、イタリア北部のヴェネツィアを離陸し、シチリア島シャッカに向かったが、機首の中央エンジンのコネクティングロッドが破損した結果、途上のイタリア半島ペルージャのサンテジディオ飛行で飛行を中断した。

1943年4月19日、この1日だけで、地中海方面の輸送作戦任務に就いていた大型輸送機16機を失う大損害をイタリア空軍は受けた。シチリア海峡では12機のサボイア・マルケッティSM.82輸送機、1機のサボイア・マルケッティSM.75輸送機、3機のフィアットG.12輸送機(MM.60698、60653、60676)が失われているが、これはイギリス空軍戦闘機の襲撃による被害である。を失い、実際の虐殺に見舞われました。4月22日、フィアットG.12輸送機(MM .60687)(606-6)は、チュニスに向かって、シチリア島シアッカを離陸したものの、敵機の襲撃を受けて、チュニジアのビゼルトの北30キロに不時着することを余儀なくされた。そして、もう1機のフィアットG.12輸送機(MM.60654)もチュニジアで撃墜されている。

図(右)フィアット(Fiat) G.12 C輸送機(原型)の三面図
Piano 3 viste di una Fiat G.12 C.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


フィアット(Fiat) G.12 C輸送機(原型)の諸元
乗員:3名 (正副操縦士、通信士)
設計者:ジュゼッペ・ガブリエッリ(Giuseppe Gabrielli)
初飛行:1940年10月15日
就役開始:1941年
生産機数:30機
全長:20,16 m
全幅:26,80 m
全高:4,90 m
主翼面積:113,50 m²
空虚重量:8 890 kg
最大離昇重量:12 800 kg
乗客:14名
発動機: フィアット(Fiat) A.74 RC.42空冷星形エンジン3基 770 馬力 (566 kW)
最高速力:396 km/h
巡航速力:308 km/h
航続距離:1 740 km
実用上昇限度:8 000 m (26 247 ft)
兵装:12.7ミリ ブレダ(Breda-SAFAT)旋回機関銃2丁

フィアット(Fiat) G.12を設計したジュゼッペ・ガブリエッリGiuseppe Gabrielli)は、1903年2月26日生まれ、トリノ工科大学を卒業し、ドイツのアーヘン工科大学でも航空力を学んだ航空設計技師の一人であった。彼が設計した飛行機は、フィアット G.12輸送機以外にも、 フィアット G.18輸送機、 G.50戦闘機、G.55戦闘機など第二次世界大戦中に活躍したイタリア軍用機があり戦後も、1960年代に制式されたフィアットG.91戦闘爆撃機を開発している。1987年11月29日, イタリア トリノで死去。


3.第二次大戦後も活躍したフィアット(Fiat) G.12 輸送機

写真(右)1946年9月12日以前,イタリア、ミラノ・航空展示会に出品する準備をしているイタリア空軍フィアット(Fiat) G.12 CA輸送機
Fiera di Milano - Campionaria 1946 - Area espositiva della Fiat Aviazione - Lavori di allestimento Non identificato
Autore: Non identificato (prima metà sec. XX), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 1946 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/vetro Misure: 9 x 12
Note: Allestimento dell'aeroplano trimotore per trasporti civili G12 NC 85 nell'area espositiva della Fiat Aviazione
写真は,LombardiaBeniCulturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, N_LS_1936-1946_401引用。


フィアット(Fiat) G.12 輸送機の試作機は、フィアット(Fiat)A.74 R.C.42空冷星形14気筒エンジン574 kW (770 hp)3基を装備し、1940年10月15日に初飛行した。しかし、イタリアは1940年6月から第二次世界大戦に参戦しており、戦時中だったために、G.12は民間輸送ではなく、軍用輸送機として少数が使用された。

フィアット(Fiat) G.12 輸送機の総生産機数は、30機と僅かであり、戦後になってイタリア航空が民間旅客輸送機として採用した。

フィアット(Fiat) G.12 CAの発動機は、アルファロメオ(Alfa Romeo)アルファ(Alfa)128空冷星形9気筒エンジン3基搭載の18人乗りの民間旅客輸送機で、戦後にイタリア航空に就役した。このイタリアのアルファロメオ(Alfa Romeo)アルファ(Alfa)128空冷星形9気筒エンジンの原型は、イギリスのブリストル(Bristol)ジュピター(Jupiter)空冷星形9気筒エンジンである。

写真(右)1946年9月12-29日,イタリア、ミラノ・航空展示会、イタリア機セクション、イタリア空軍フィアット(Fiat) G.12 CA輸送機:周囲にはたくさんの見物人が押しかけている。戦勝国の民間人としてよりも、ファシストとの内戦が終わって、ほっとしているのであろうか。
Fiera di Milano - Campionaria 1946 - FIAT - Aeroplano trimotore per trasporti civili G.12 CA
Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/carta Misure: 18 x 24 Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 12/09/1946 - 29/09/1946 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/carta Misure: 18 x 24
Note: Veduta dall'alto dell'eroplano trimotore per trasporti civili G.12 CA. Folla di visitatori lungo il viale della scienza e, sulla destra, strutture fieristiche danneggiate dai bombardamenti tra cui la torre dell'ex padiglione della Confederazione fascista dei commercianti
写真は,Lombardia Beni Culturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, PAL_1946_035 引用。


1940年6月、第二次世界大戦にドイツ同盟国として参戦したイタリアだったが、1943年9月に連合国側と休戦、無条件降伏した。しかし、1943年10月には、ドイツを裏切って連合国側に立って再び参戦したが、ファシズムを否定、ファッシの国籍記章を廃止している。その代わり、胴体後方左右側面、主翼左右上下面にイタリア三色旗トルコローレを模した緑、白、赤の同心円を国籍マークとして採用した。

写真(右)1946年9月12-29日,イタリア、ミラノ・航空展示会、イタリア機セクション、フィアット(Fiat) G.12 CA輸送機
Fiera di Milano - Campionaria 1946 - FIAT - Aeroplano trimotore per trasporti civili G.12 CA
Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/carta Misure: 18 x 24 Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 12/09/1946 - 29/09/1946 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/carta Misure: 18 x 24
Note: Veduta dall'alto dell'eroplano trimotore per trasporti civili G.12 CA. Folla di visitatori lungo il viale della scienza e, sulla destra, strutture fieristiche danneggiate dai bombardamenti tra cui la torre dell'ex padiglione della Confederazione fascista dei commercianti
写真は,Lombardia Beni Culturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, PAL_1946_036 引用。


フィアット(Fiat) G.12輸送機の諸元
乗員Crew: 4名
乗客Capacity: 兵士14名あるいは乗客 24名
全長Length: 20.1 m (65 ft 11 in)
全幅Wingspan: 28.6 m (93 ft 10 in)
全高Height: 4.9 m (16 ft 1 in)
主翼面積Wing area: 113 m2 (1,220 sq ft)
空虚重量Empty weight: 9,420 kg (20,768 lb)
総重量Gross weight: 15,000 kg (33,069 lb)
発動機Powerplant:フィアット(Fiat) A.74 R.C.42空冷星形14気筒エンジン 574 kW (770 hp)3基
プロペラPropellers: 3翅 恒速回転プロペラ3基

フィアット(Fiat) G.12輸送機の性能Performance
最高速力Maximum speed: 390 km/h (240 mph, 210 kn) at 5,000 m (16,404 ft)
巡航速力Cruise speed: 303 km/h (188 mph, 164 kn)
航続距離Range: 2,300 km (1,400 mi, 1,200 nmi)
実用上昇限度Service ceiling: 8,500 m (27,900 ft)
兵装Armament
7.7 mm (.303 in) ブレダ(Breda-SAFAT)旋回機関銃3丁

写真(右)1946年9月12-27日,イタリア、ミラノ・航空展示会、イタリア機セクション、イタリア空軍フィアット(Fiat) G.12 CA輸送機:周囲にはたくさんの見物人が押しかけているが、戦勝国の民間人としてよりも、ファシストとの内戦が終わって、ほっとしているのであろうか。服装は、スーツ姿、女性はみなスカートで、身なりを正して見学に臨んでいる。子供が見えないが、年少者は立ち入り禁止にしていたようだ。
Fiera di Milano - Campionaria 1946 - Area espositiva della Fiat Aviazione Non identificato
Autore: Non identificato (prima metà sec. XX), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 12/09/1946 - 27/09/1946 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/pellicola piana negativa (acetato) Misure: 6 x 6
Note: Visitatori all'entrata dell'aeroplano trimotore per trasporti civili G12 NC 85 della Fiat Aviazione
写真は,Lombardia Beni Culturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, N_PP_1936-1946_591引用。


連合国側に立ったイタリア空軍の国籍指標は、ファシズムを否定し、ファッシのマークは廃止した。その代わり、胴体後方左右側面、主翼左右上下面にイタリア三色旗トルコローレを模した緑、白、赤の同心円を描くようになった。

写真(右)1946年9月12-27日,イタリア、ミラノ・航空展示会、イタリア機セクション、フィアット(Fiat) G.12 CA輸送機:胴体後方左側面の昇降口から機内に乗り込むために見物人が押しかけ、行列している。本来は、尾輪式で機首が持ち上がっているが、見物人に便利なように、機体を水平にして、客室の傾斜をなくしている。
Fiera di Milano - Campionaria 1946 - Area espositiva della Fiat Aviazione Non identificato
Autore: Non identificato (prima metà sec. XX), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 12/09/1946 - 27/09/1946 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/pellicola piana negativa (acetato) Misure: 6 x 6
Note: Visitatori all'entrata dell'aeroplano trimotore per trasporti civili G12 NC 85 della Fiat Aviazione
写真は,Lombardia Beni Culturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria,N_PP_1936-1946_580引用。


第二次世界大戦が就園して1年後、1946年9月12-27日にイタリア、ミラノで開催された恒例の航空展示会では、イタリア機セクションに、再始動したイタリア航空界の機体も展示された。この代表格が大型輸送機のフィアット(Fiat) G.12 CA輸送機である。実際に、訪問者が機内を見学できるように展示された。

つまり、尾輪式のフィアット(Fiat) G.12 の尾輪の下に鉄塔を差し入れて、持ち上げ、胴体客室を地面と水平にして展示した。こうすれば、客室内部を見物する訪問客は、客室底面が水平で楽に移動でき、胴体後方の乗客口から入って、機首の搭乗員昇降口から降りることができた。フィアット(Fiat) G.12は、ダグラスDC-4と異なり、首輪式ではなく尾輪式なので、地上での待機姿勢は、本来は、機首が持ち上がって、尾輪が接地している。つまり、客室の床は、機首に向かって上り坂となり、移動に不便である。

写真(右)1946年9月12-27日,イタリア、ミラノ・航空展示会、イタリア機セクション、フィアット(Fiat) G.12 CA輸送機:胴体後方左側面の昇降口から機内に乗り込むために見物人が押しかけ、行列している。尾輪の下に持ち上げるための鉄塔を差し入れて、客室を地面と水平にして、内部を見物する観光客の便を図っている。首輪式ではなく尾輪式なので、地上での待機姿勢は、本来は、機首が持ち上がって、尾輪が設置しており、客室の床は、機首に向かって上り坂となる。
Fiera di Milano - Campionaria 1946 - Area espositiva della Fiat Aviazione Non identificato
Autore: Non identificato (prima metà sec. XX), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 12/09/1946 - 27/09/1946 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/pellicola piana negativa (acetato) Misure: 6 x 6
Note: Visitatori all'entrata dell'aeroplano trimotore per trasporti civili G12 NC 85 della Fiat Aviazione
写真は,Lombardia Beni Culturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, N_PP_1936-1946_575引用。





4.フィアット(Fiat) G.12 C マニュアル

写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C マニュアルの表紙:フィアット(Fiat) G.12 C は、フィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン770hp (574-kW) (排気量31.25 L)3基を搭載。

Fiat G. 12 C a cura di Horvàth BALAZS e Saverio RADOGNA selezione tratta dal Manuale per il montaggio
写真は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


マニュアル(manual)とは、
1) 飛行機・機械から道具・アプリケーションまでの使用説明書であり、取扱や手引きとして用いられる。
2) 操作・生産工程など作業手順を説明するが、写真・図解などを多用して、理解を円滑に進める。
という二つの目的がある。

他方、カタログは、取引相手・購入者などに対する飛行機・機械から道具・アプリケーションまで、機能を説明し、商品の性能を誇示する説明書である。

しかし、マニュアルとカタログを厳格に区別することはできない。マニュアルがカタログの役割を担い、マニュアルがカタログの役割を担うことがあるからである。


写真(上)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C輸送機
:フィアット(Fiat) G.12 C マニュアルの掲載になる。
Fiat G. 12 C a cura di Horvàth BALAZS e Saverio RADOGNA selezione tratta dal Manuale per il montaggio
写真は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機は、フィアット A.74 RC.42空冷星型エンジン770hp (574kW)3基を搭載した乗客14名の旅客機である。


図(上)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 正面図
:フィアット(Fiat) G.12 C は、フィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン770hp (574-kW) (排気量31.25 L)3基を搭載。
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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


フィアット(Fiat) G.12 LP 輸送機は、アメリカのプラット・アンド・ホイットニー R-1830 S1C3-G空冷星エンジン810hp (604kW)3基を搭載、乗客22人の民間旅客機である。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の胴体客室キャビンの上面構造図
:客室キャビンには、左右の窓際に2列6段12客席が並び、最後尾の座席は昇降用扉が内開きなので座席2席が並んでいる。フィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン770hp (574-kW) (排気量31.25 L)3基を搭載。
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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


フィアット(Fiat)G.12C 輸送機の客室キャビンには、左右の窓際に、客席2列6段12席が並び、最後尾には客室乗務員の小型座席2席があるので、合計14席である。

飛行機の主翼は、飛行機が空を飛ぶた揚力(機体を上方に向ける)を発生させるものだが、主翼には、エンジンを搭載する、燃料タンクを収納するという役割も重要である。主翼は飛行機の重心に位置しているために、そこに重量のあるエンジンと燃料タンクを設けることは、長距離飛行で燃料が消費されても重心位置が変化しないで済むので、飛行機の操縦に好都合である。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の側面図


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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


フィアット(Fiat)G.12輸送機、サヴォイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.73輸送機、S.M.81ピピストレッロ (蝙蝠)、SM.79 スパルヴィエーロ爆撃機は、尾輪式降着装置だったのに対して、アメリカのノースアメリカンB-25爆撃機、ダグラスDC-4E、DC-4輸送機は、首輪式(前輪式)降着装置だった。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の三面図


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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


飛行機の離着陸は、視界を確保する、揚げ角の微調整が不要であるという点で、尾輪式よりも主輪式のほうが操縦が容易である。ただし、降着装置を簡略化するには、首輪式(前輪式)よりも尾輪式のほうが軽量化できる。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の胴体側面と隔壁構造図
:金属骨組みに外壁がボルトで留められている。
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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


フィアット(Fiat) G.12 輸送機の主翼は、左右と中央部の三分割であり、それを頑丈なボルトで結合する。主翼後縁の補助翼、水平尾翼後縁の昇降舵(ラダー)、垂直尾翼後縁の方向舵は、操縦席の操縦ペダルと操縦桿によって操作される動翼である。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の胴体客室キャビンの座席配置と構造図
(第2図):金属骨組みに外壁がボルトで留められている。
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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


フィアット(Fiat)G.12 C 輸送機の胴体客室キャビンには、乗客用座席が3席5列で後尾座席は2席と1席で、合計18席が用意されている。


図(上)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の胴体客室キャビン(2列14席)側面図
:フィアット(Fiat) G.12 C は、フィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン770hp (574-kW) (排気量31.25 L)3基を搭載。
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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) S.A. AERONAUTICA DITALIA - TORINO引用。


フィアット(Fiat)G.12 C 輸送機の胴体客室キャビンには、民間豪華旅客機として、乗客用座席が2席6列と後尾は1列2席で、合計13席が用意されている。胴体後方左側には、乗客用の昇降扉があり、出入りの通路が必要なために、客席は2列ではなく1列に2座席を繋げている。


写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の機首とコックピットおよび3基のフィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン770hp (574-kW) (排気量31.25 L)と3翅可変ピッチ金属製プロパラが装備されている。
(第30図):
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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。



写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の左主翼エンジンナセル外側の断面と胴体後部
(第15図):エンジンナセルの膨らみが確認できるが、ここには引込み式降着装置が収納される。内翼と外翼とはボルトで結合されるが、これは強固で良質な金属骨格とボルトがないと歪みが生じてしまう。
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写真(上)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機のエンジン取付け架
(第31図):
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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。


フィアット(Fiat)G.12 C 輸送機の発動機は、1937年に開発されたフィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン770hp (574-kW) (排気量31.25 L)が搭載された。これは、フィアット(Fiat)CR.42戦闘機 Falco、G.50 戦闘機Frecciaと同じエンジンである。

フィアットFIAT A.74 RC.42空冷星型14気筒エンジンの諸元
ボアBore: 140 mm (5.512 in)
ストロークStroke: 145 mm (5.709 in)
排気量Displacement: 31.25 L (1,906.9 cu in)
全長Length: 1,044mm (41.13 in)
直径Diameter: 1,195 mm (47.05 in)
乾燥重量Dry weight: 590 kg (1,246 lb)
燃料オクタン価Fuel type: 87 octane
性能 Performance
離昇出力Power output: 870 cv (858 hp, 640 kW) /毎分2,520回転/海面
上 緊急出力 (take-off power); 960 cv (947 hp, 706 kW)/毎分2520回転/高度3,000 m
圧縮比Compression ratio: 6.7:1
出力重量比Power-to-weight ratio: 1.2 kW/kg (0.73 hp/lb)


写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の右エンジンナセル下の引込み式降着装置・ゴム主輪
(第9図):エンジン排気が機体や主輪を汚さないように、集合排気管が降着装置のところまで伸びている。発動機は、フィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン770hp (574-kW) (排気量31.25 L)が搭載された。
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フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の装備した発動機は、フィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン770hp (574-kW) (排気量31.25 L)3基であり、エンジンは低出力だったが、戦時では高出力のエンジンは、戦闘機や爆撃機に回されたため、第二線で使用される輸送機にあっては、低出力のエンジンで甘んじるのが、戦時体制として効果的だった。

エンジン排気には、煤塵が混じっているので、高熱の排気によって機体や主輪を汚したり、損傷したりしないように、排気を集めた集合排気管が降着装置の後端の位置まで伸びている。

フィアット(Fiat)G.12三発輸送機の搭載発動機
1)フィアットG.12 C: 770hp (574-kW) フィアットA.74 RC.42空冷星型14気筒エンジン(排気量31.25 L)
2)フィアットG.12 CA/LA: 750 hp (560 kW) アルファロメオ 128空冷星型9気筒エンジン(排気量28.6 L)
3)フィアットG.12 LB: 810hp (604-kW) ブリストル ペガサス48空冷星型9気筒エンジン(排気量28.7 L)
4)フィアットG.12 LP:1,065-hp (793-kW) プラット・アンド・ホイットニー R-1830ツインワスプ空冷星型9気筒エンジン(排気量29.98 L)


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の胴体部の尾輪とその取り付け図
:機内に引き込まれることなく、地上でも空中でも美林は固定され同じ位置にある。
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図は,MINISTERO DELL' AERONAUTICA AEROPLANO FIAT G. 12 C (Motor FIAT A. 74 RC. 42 S) SRIE II, S.A. :AERONAUTICA D'ITALIA - TORINO ISTRUZIONE E NORME PER IL MONTAMENT 引用。



写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機のコックピット操縦席の計器盤の配置図

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フィアット(Fiat)G.12 C 輸送機のコックピットには、正副操縦士が座る並列複式操縦装置が備わっている。左右の操縦桿は切り替えかのだが、操縦士の位置は動かないので、左右の操縦士の計器は原則として同じ配置である。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機コックピット操縦席からの主翼後縁部の補助翼・水平尾翼後縁部の昇降舵・垂直尾翼後縁部の方向舵の操縦索の配置
:金属骨組みに外壁がボルトで留められている。
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飛行機の尾翼にある昇降舵を上げると、水平尾翼が下がり、機首が下向きになり、上昇する。飛行機を操縦するのに操作する方向舵や昇降舵を操舵翼と呼ぶ。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機コックピット操縦席からの主翼後縁部の補助翼の操縦索の配置

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飛行機の尾翼にある昇降舵を下げると、水平尾翼に上向きの揚力がが発生する。飛行機の尾部に上向きの揚力が発生する。つまり、飛行機の重心より後方で上向きの力が作用して、飛行機は機首下げ方向に動く。したがって、水平尾翼が上がることで、機首が下向きになり、下降する。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の右主翼後縁の補助翼
(第16図)::主翼・補助翼の振動(フラッター)を防止するためのマスバランス(重り)が補助翼についている。
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主翼後縁の補助翼には、振動(フラッター)を防止するためのマスバランス(重り)が取り付けられている。


写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の右主翼とフラップ
(第18図):着地時と同じくフラップが引き下げられた状態。引き込み式膠着装置も下ろされて着陸する直前にフラップを開く。
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飛行機主翼後縁下面に設けられた平たいフラップは、揚力を高めるために、主翼から開いて空気の流れを主翼の上下で調整する動翼である。主翼後縁のフラップを下げることで揚力が高まる。主翼には、エルロン、フラップ、スポイラーといった動翼が取り付けられている。また、水平尾翼には昇降舵(エレベーター)が取り付けられている。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の垂直尾翼(後縁の方向舵)と水平尾翼(後縁の昇降舵)
(第3図):金属骨組みに外板が張られている。
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垂直尾翼の後縁の方向舵と水平尾翼の後縁の昇降舵は、コックピット操縦席の操縦桿と操縦ペダルを操作することで操作して、それによって方向と上下の昇降を制御できる。


写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の右主翼と後縁の補助翼の切り欠き
(第14図):金属骨組みに外板が張られている。
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フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機は並列複式操縦席で、左が正操縦士、右が副操縦士だが、操縦桿と操縦ペダルに違いはなく2組用意されている。


図(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の垂直尾翼とその後縁部の方向舵の構造図
(第5・6図):金属骨組みに外板が張られている。
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コックピット操縦席足元の左ラダー・ペダルを踏みこむと、方向舵は右に動き、重心より後方の尾部を左に、機首を右にふるモーメントが作用することによって、飛行機は右に旋回する。 飛行機を操縦するのに操作する方向舵や昇降舵を操舵翼と呼ぶ。


図(上)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の水平尾翼とその後縁部の昇降舵の構造図
:金属骨組みに外板が張られている。
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写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機の胴体内部の通信士席と通信装置

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空気には形状に沿って流れるが、主翼の後縁が下方に傾斜していると、その空気の流れが下向きに曲げられる。主翼で空気を下方に向けられた。この作用で押し下げられた空気の反作用で、揚力が発生する。つまり、揚力は、主翼上面の空気の流れが下向きに曲げらた反作用で発生しますたのである。空気は力の作用がなければ直進すすが、主翼で空気が下方で流れたからには、どこからか力が働いたといえる。空気の流れが曲げられると曲がった流線の内側と外側に圧力差が発生し、向心力が働くのである。


写真(右)イタリア、フィアット(Fiat) G.12 C 輸送機のコックピット機長席(後方に酸素ボンベがついている)・航法・通信士席・の配置図

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5.フィアット(Fiat) G.212 三発輸送機

写真(右)1947年,スウェーデン中部東岸、ウプサラ(Uppsala)基地、イタリア空軍セクション、フィアット(Fiat) G 212 三発輸送機:1947年1月19日初飛行、機首にはFIAT G.212され、胴体後方側面にイタリア三色旗トルコローレ緑白赤の同心円の国籍マークが描かれている。機首右下には、エンジン排気を集めてコックピット下方に排出する集合排気管が伸びているが、これは右側にのみあり、機首左にはない。右主翼のエンジンの集合排気管は、主翼を汚さないように、主翼外側の右下まで伸びている。 尾輪式なので、地上での待機姿勢は、本来は、機首が持ち上がって、尾輪が設置しており、客室の床は、機首に向かって上り坂となる。左後方には、アメリカ製のノースアメリカン(North American)P-51ムスタング(Mustang)20機以上が並んでいる。スウェーデンは、1945年2月、第二次世界大戦ドイツ敗戦の3か月前に、アメリカから50機のノースアメリカンP-51Dムスタングを輸入し、スウェーデン空軍はJ 26戦闘機と命名して、F13ウプサラ飛行隊に配備している。
Flygplan Fiat G.212, sannolikt på F 16 Upplands Flygflottilj, Ärna, Uppsala
Providing institution Upplandsmuseet (opens in new window) Creator Uppsala-Bild
Object Medium Plastnegativ Provider Swedish Open Cultural Heritage | K-samsök
Timestamp created 2019-06-05T15:30:13.520Z
写真は,Europeana experience Identifier http://kulturarvsdata.se/upmu/photo/UB005407 UB005407引用。


サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82輸送機は、戦前1937年11月3日初飛行の民間長距離旅客機、フィアット(Fiat) G.12は、1940年10月15日初飛行の民間輸送機だが、1940年6月に第二次世界大戦に参戦し、戦時体制にあったイタリア空軍で乗客24名の輸送機として採用された。その後継機で民間型機が戦後1947年1月17日に初飛行したフィアット(Fiat)G.212C三発輸送機である。

フィアット(Fiat) G.212三発輸送機は、1947年1月19日初飛行、1950年までに19機から26機が生産された。

写真(右)1948年4月29日-5月16日,イタリア、ミラノ・航空展示会、イタリア機セクション、フィアット(Fiat) G 212 G.P. 輸送機:尾輪の下に鉄塔を差し入れて、持ち上げ、客室を地面と水平にしてた。こうすれば、客室内部を見物する訪問客は不意兵な客室底面で楽に移動し、機首の搭乗員昇降口から降りることができる。首輪式ではなく尾輪式なので、地上での待機姿勢は、本来は、機首が持ち上がって、尾輪が設置しており、客室の床は、機首に向かって上り坂となる。右主翼のエンジンの集合排気管は、主翼を汚さないように、主翼外側下まで伸びている。機首右下に、エンジン排気を集めてコックピット下方に排出する集合排気管が伸びているので、機首左側に排気管はない。機首右下には、エンジン排気を集めてコックピット下方に排出する集合排気管が伸びているが、これは右側にのみあり、機首左にはない。右主翼のエンジンの集合排気管は、主翼を汚さないように、主翼外側の右下まで伸びている。
Fiera di Milano - Campionaria 1948 - Area espositiva della Fiat Stabilimento Fotografico Crimella
Autore: Stabilimento Fotografico Crimella (1925/ 1975 ca.), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 29/04/1948 - 16/05/1948 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/carta Misure: 18 x 24
Note: L'area espositiva della Fiat nel settore delle mostre delle costruzioni meccaniche (largo VIII). Al centro l'aereo G 212 G.P. Monterosa
写真は,Lombardia Beni Culturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, PAL_1948_118引用。


フィアット(Fiat)G.212 G.P.三発輸送機は、発動機にアメリカ製プラット・アンド・ホイットニー (Pratt & Whitney) R-1830-S1C3-G ツインワスプ(Twin Wasp)空冷星型エンジン794 kW (1,065 hp) 3基を装備した民間旅客輸送機で、乗客席は22席と少ないが、優美な形状の機体である。当時のライバルは、アメリカのダグラスC-54/DC-4四発輸送機で、大量生産されており、仕様機数も就役航路も格段に差を付けられていた。しかし、イタリアは、国産旅客機G.212を実用化することにこだわったのである。

写真(右)1948年4月29日-5月16日,イタリア、ミラノ・航空展示会、イタリア機セクション、フィアット(Fiat) G 212 G.P. 輸送機:尾輪の下に鉄塔を差し入れて、持ち上げ、客室を地面と水平にしてた。こうすれば、客室内部を見物する訪問客は地面と平行で水平な客室底面で楽に移動し、機首の搭乗員昇降口から降りることができる。首輪式ではなく尾輪式なので、地上での待機姿勢は、本来は、機首が持ち上がって、尾輪が設置しており、客室の床は、機首に向かって上り坂となる。
Fiera di Milano - Campionaria 1948 - Area espositiva della Fiat Stabilimento Fotografico Crimella
Autore: Stabilimento Fotografico Crimella (1925/ 1975 ca.), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 29/04/1948 - 16/05/1948 Materia/tecnica: gelatina bromuro d'argento/carta Misure: 18 x 24
Note: L'area espositiva della Fiat nel settore delle mostre delle costruzioni meccaniche (largo VIII) con folla di visitatori. Nell'area sono esposti l'aereo Fiat G 212 G.P. Monterosa e un trattore Fiat 52
写真は,Lombardia Beni Culturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, P_1948_116引用。


フィアット(Fiat) G.12三発輸送機の発動機を高出力のアメリカ製プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney)R-1830ツイン・ワスプ(Twin Wasp )空冷星形14気筒エンジン1200 hp (895 kW)(排気量30L)3基に換装した戦後の民間輸送機がフィアット(Fiat)G.212である。


写真(右)1947-1949年前半,スイス、チューリッヒ、イタリア、フィアット(Fiat) G.212CP三発輸送機(I-ELCE )
:1949年5月4日、イタリア北部、トリノでサッカークラブ「ACトリノ」メンバーを乗せて墜落、失われた。左主翼のエンジンの集合排気管は、主翼を汚さないように、主翼下まで伸びている。機首右下に、エンジン排気を集めてコックピット下方に排出する集合排気管が伸びているので、機首左側に排気管はない。
Italiano: SIAI S.82 transport-heavy bomber a Fezzan
Date before 1945
写真はWikimedia Commons, Category:I-ELCE (aircraft) File:Fiat G.212CP, I-ELCE der Avio Linee Italiana am Boden in Zürich-Kloten 02.jpg引用。

フィアット(Fiat) G.12三発輸送機は、1940年10月15日初飛行の民間輸送機だが、1940年6月に第二次世界大戦に参戦し、戦時体制にあったイタリア空軍で乗客24名の輸送機として採用された。戦後に、民間旅客輸送機として活躍した。

フィアット(Fiat) G.12のエンジンを換装し強化したフィアット(Fiat) G.212三発輸送機は、1947年1月19日初飛行、1950年までに19機から26機が生産された。


写真(右)1947-1949年前半,スイス、チューリッヒ、イタリア、フィアット(Fiat) G.212CP三発輸送機(I-ELCE )
:1949年5月4日、イタリア北部、トリノでサッカークラブ「ACトリノ」メンバーを乗せて墜落、失われた。
Italiano: SIAI S.82 transport-heavy bomber a Fezzan
Date 4.5.1949
写真はWikimedia Commons, Category:I-ELCE (aircraft) File:Fiat G.212CP, I-ELCE der Avio Linee Italiana am Boden in Zürich-Kloten 03.jpg引用。

フィアット(Fiat) G.12(G.212CP)三発輸送機(I-ELCE )は、1949年5月4日、トリノを飛び立ったが、乗客として同乗していたイタリアのサッカークラブ「ACトリノ」(後のトリノFC)のサッカー選手らが死亡した。


写真(右)1947-1949年前半,スイス、チューリッヒ、イタリア、フィアット(Fiat) G.212CP三発輸送機(I-ELCE )
:1949年5月4日、イタリア北部、トリノでサッカークラブ「ACトリノ」メンバーを乗せて墜落、損失。
Italiano: SIAI S.82 transport-heavy bomber a Fezzan
Date before 1945
写真はWikimedia Commons, Category:I-ELCE (aircraft) File:Fiat G.212CP, I-ELCE der Avio Linee Italiana am Boden in Zürich-Kloten.jpg引用。

フィアット(Fiat) G.212輸送機の諸元
乗員Crew: 3名
乗客Capacity: 乗客 34名
全長Length:23.06 m (75 ft 8 in)
全幅Wingspan: 29.34 m (96 ft 3 in)
全高Height: 8.14 m (26 ft 8 in)
主翼面積Wing area: 116.6 m2 (1,255 sq ft)
空虚重量Empty weight: 11,223 kg (24,742 lb)
総重量Gross weight: 17,436 kg (38,440 lb)
発動機Powerplant: プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney) R-1830-S1C3-Gツインワスプ(Twin Wasp)空冷星形14気筒エンジン794 kW (1,065 hp) 3基
プロペラPropellers: 3-翅 恒速回転プロペラ3基

写真(右)1947-1949年前半,スイス、チューリッヒ、イタリア、フィアット(Fiat) G.12(G.212CP)三発輸送機(I-ELCE )とスカンジナビア航空(Scandinavian Airlines System:SAS)ダグラスDC-4四発旅客輸送機(SE-BBF):1949年5月4日、イタリア北部、トリノで墜落、損失。スカンジナビア航空のダグラスDC-4輸送機は、1947年9月17日から、D北欧と北米の航路を運航している。
Italiano: SIAI S.82 transport-heavy bomber a Fezzan
Date before 4.5.1949
写真はWikimedia Commons, Category:I-ELCE (aircraft) File:Fiat G.212CP, I-ELCE delle Avio Linee Italiana a Boden Zürich-Kloten in secondo piano.jpg引用。

フィアット(Fiat) G.212輸送機の性能Performance
最高速力Maximum speed: 380 km/h (240 mph, 210 kn) 3,700 m (12,139 ft)
巡航速力Cruise speed: 300 km/h (190 mph, 160 kn)
航続距離Range: 3,000 km (1,865 mi, 1,620 nmi)
実用上昇限度Service ceiling: 7,500 m (24,600 ft)

写真(右)2011年,イタリア、ローマ北西50キロ、ブラッチャーノ湖畔、ヴィーニャ・ディ・ヴァッレ空軍歴史博物館(Museo storico dell'Aeronautica Militare di Vigna di Valle)バドーニ格納庫(Hangar Badoni)に展示保管されているフィアット(Fiat) G212CA三発輸送機(MM61804)と手前のイタリア空軍の装備したイギリス製スピットファイア(Spitfire)IX 戦闘機(MK805)
Description Displayed in Hangar BADONI. This is the best overall shot you can get. While the Spitfire fits nicely under the wing, it's a shame the rudder is obscured. Date 20 October 2011, 11:04 Source Fiat G212CA 'MM61804' with VS Spitfire IX 'MK805' Author Alan Wilson
写真はWikimedia Commons, Category: Fiat G.212 File:Fiat G212CA MM61804 with VS Spitfire IX MK805 (6495500317).jpg引用。

フィアット(Fiat) G212三発輸送機が搭載した発動機プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney) R-1830-S1C3-Gツインワスプ(Twin Wasp)空冷星形14気筒エンジン794 kW (1,065 hp) は、アメリカ軍のコンソリデーデット(Consolidated)B-24四発爆撃機リベレーター(Liberator)、PBY飛行艇カタリナ(Catalina)、ダグラス(Douglas)C-47軍用輸送機(DC-3同型)、グラマン(Grumman)F4F艦上戦闘機ワイルドキャット(Wildcat)も搭載している。

写真(右)2011年,イタリア、ローマ北西50キロ、ブラッチャーノ湖畔、ヴィーニャ・ディ・ヴァッレ空軍歴史博物館(Museo storico dell'Aeronautica Militare di Vigna di Valle)バドーニ格納庫(Hangar Badoni)に展示保管されているイタリア航空フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機(MM61804)
Description Deutsch: Savoia-Marchetti SM.82 im Luftwaffenmuseum Vigna di Valle Date 13 January 2017, 10:59:38 Source Own work Author Smolik
写真はWikimedia Commons, Category: Fiat G.212 File:Savoia-Marchetti S.M.82 Vigna di Valle DSCN0728 (2).jpg引用。

フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機の降着装置は、主輪式ではなく、尾輪式なので、地上での待機姿勢は、本来は、機首が持ち上がって、尾輪が設置しており、客室の床は、機首に向かって上り坂となる。

写真(右)2011年,イタリア、ローマ北西50キロ、ブラッチャーノ湖畔、ヴィーニャ・ディ・ヴァッレ空軍歴史博物館(Museo storico dell'Aeronautica Militare di Vigna di Valle)バドーニ格納庫(Hangar Badoni)に展示保管されているイタリア航空フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機(MM61804)
Description Displayed in Hangar BADONI. msn 19 Date 20 October 2011, 10:56 Source Fiat G212CA 'MM61804' Author Alan Wilson
写真はWikimedia Commons, Category: Fiat G.212 File:Fiat G212CA MM61804 (6495486785).jpg引用。

フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機の機首エンジン集合排気管は、機首右側にあり、機首左にはない。他方、サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82三発輸送機の機首エンジン集合排気管は、機首左側にあり、機首右にはない。ただし、SM.82もG.212も左右主翼のエンジンの集合排気管は、主翼を汚さないように、主翼外側の下まで伸びているのは、同じである。


写真(右)2011年,イタリア、ローマ北西50キロ、ブラッチャーノ湖畔、ヴィーニャ・ディ・ヴァッレ空軍歴史博物館(Museo storico dell'Aeronautica Militare di Vigna di Valle)バドーニ格納庫(Hangar Badoni)に展示保管されているイタリア航空フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機(MM61804)のエンジン下方

Description Displayed in Hangar BADONI. msn 19 Date 20 October 2011, 10:56 Source Fiat G212CA 'MM61804' Author Alan Wilson
写真はWikimedia Commons, Category: Fiat G.212 File:Fiat G212CA MM61804 (6495486785).jpg引用。


写真(右)2011年,イタリア、ローマ北西50キロ、ブラッチャーノ湖畔、ヴィーニャ・ディ・ヴァッレ空軍歴史博物館(Museo storico dell'Aeronautica Militare di Vigna di Valle)バドーニ格納庫(Hangar Badoni)に展示保管されているイタリア航空フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機(MM61804)の胴体側面には、乗客用のガラス窓8個が並んでいる。
:機首前方の機体は、イタリア空軍が採用した1935年12月17日初飛行のアメリカ製ダグラスDC-3ダコダ双発輸送機、アメリカ軍仕様のC-47 スカイトレイン(Skytrain)である。DC-3胴体側面には、ガラス窓6個が並んでいる。機首コックピットの前方上面が黒で塗装されているのは、銀色のままだと日航が反射して、操縦手の目を眩惑するのを防止するためである。
Description FIAT G.212 Date 8 April 2008 (upload date) Source Self-photographed Author Ciro
写真はWikimedia Commons, Category: Fiat G.212 File:FIAT G212.jpg引用。


写真(右)2011年,イタリア、ローマ北西50キロ、ブラッチャーノ湖畔、ヴィーニャ・ディ・ヴァッレ空軍歴史博物館(Museo storico dell'Aeronautica Militare di Vigna di Valle)バドーニ格納庫(Hangar Badoni)に展示保管されているイタリア航空フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機(MM61804)
:コックピット左側、正操縦手席の真上には、小型のガラス窓が設けられている。機首コックピット前方上面は、日光の反射による操縦手の眩惑を防止するための光除け黒塗装がなされている。
Description Displayed in Hangar BADONI. This shot taken from the Balcony / entrance to Hangar SKEMA. Date 20 October 2011, 11:09 Author Alan Wilson
写真はWikimedia Commons, Category: Fiat G.212 File:Fiat G212CA MM61804 (6495505271).jpg引用。

フィアット(Fiat)G.212 CA三発輸送機のコックピットの上面中央には、アンテナ支柱が1本あり、アンテナ線は碍子によって支柱1本に2本張られている。また、コックピット左側、正操縦手席の真上には、別のアンテナ支柱があり、コックピット上面に小型ガラス窓が設けられている。機首コックピット前方上面は、日光の反射による操縦手の眩惑を防止するための光除け黒塗装がなされている。


写真(右)イタリア、フィアット(Fiat)G.212三発輸送機の三面図
:William Green et al. The World's Fighting Planes 1954年ロンドン刊行に掲載された図解。
Description English: Silhouette of the Fiat G.212. The World's Fighting Planes (William Green and Gerald Pollinger, McDonald: London 1954) used 55 Crown Copyright silhouettes provided by the Controller of H.M. Stationery. An acknowledgements section on page 6 of the book identifies them by page. This image is one of those and since the publication date is pre-1957 is in the public domain.
Date 7 November 2009
Source The World's Fighting Planes, William Green and Gerald Pollinger, McDonald: London 1954
Author TSRL
写真はWikimedia Commons, Category: Fiat G.212 File:G212 Silh.jpg引用。

G.212 (航空機)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 では、「フィアット G.212 (Fiat G.212) とは、イタリアのフィアット社が1947年頃に製造したレシプロ3発旅客機で、"Aula Volante" と通称された。機首および両翼に各1機のエンジンを搭載した "G.12" シリーズ中の1機種。」とあるが、G.12シリーズというのは、2機種のみ、数十機の生産敷かされなかったことに触れておらず適切ではない。

フィアットG.12は、1940年10月15日の初飛行での民間輸送機だったが、すでにイタリアが第二次世界大戦に参戦した直後だったので、1944年までに30基の生産で終わった。しかし、イタリアは、第二次世界大戦後の民間航路の復興に期待し、G.12の発展型として、フィアット(Fiat)G.212三発輸送機を開発したが、その後継機と呼べる機体はない。

他方、サボイア・マルケッティの三発機は、固定脚のSM.73シリーズは,SM81、引込み脚のSM.75,SM.82と後継機があり、数十機から数百機が大量生産された。また、カプローニCa.310シリーズは、Ca.311,Ca.313,Ca.314と数百機ずつ量産されている。SM.73シリーズ、カプローニCa.310シリーズに比較して、「G.12シリーズ」は、G.12とG.212の2種類だけで、各々30機の生産にとどまっている。



5.サヴォイア・マルケッティSM.75三発輸送機


写真(上)1940-1943年前半頃,イタリア(?)、ファシスト・イタリア空軍サヴォイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.75輸送機(登録コード:60-?2)
;1937年初飛行、1938年より就役。アルファロメオ(Alfa Romeo)126 RC.34空冷星形9気筒エンジン750 CV (552 kW)3基搭載、最高速力363 km/h/4000 m、航続距離1720 km、 乗客18-25名。
Italiano: Savoia Marchetti SM.75 Date before 1950 Source /www.facebook.com/Regia.Aeronautica.1923.46/photos Author Unknown author
写真はWikimedia Commons, Category:Savoia-Marchetti SM.79 Catalog #: 01_00082281引用。

サヴォイア・マルケッティSM 73輸送機の後継機が、同じ会社のサヴォイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM 75輸送機であり、旅客と貨物の双方に利用する民間機として、イタリア航空(アラリットリオ:Ala Littoria)の要望に応えた機体で、設計はアレッサンドロ・マルケッティ技師である。前作のSM.73は、固定脚だったが、後継機SM.75では空気抵抗を減少させ、より高出力のエンジンを搭載して、引込み脚の降着装置を備えた。しかし、機体の基本構造は、SM.73と同じく軽量化を優先し、SM.75でも金属鋼管フレームの骨格に羽布張り、合板の胴体・主翼表面のつくりとした。

サヴォイア・マルケッティ Savoia Marchetti SM.75 輸送機の諸元
乗員Crew: 4名+銃手1名
乗客: 24 名
全長Length: 21.594763 m (70 ft 10.1875 in)
全幅Wingspan: 29.69 m (97 ft 5 in)
全高Height: 5.0991 m (16 ft 8.75 in)
主翼面積Wing area: 118.55 m2 (1,276.1 sq ft)
空虚重量Empty weight: 9,480 kg (20,900 lb) ** (with Piaggio engines 9,779.5 kg (21,560 lb))
堂銃床Gross weight: 14,470 kg (31,900 lb) ** (with Piaggio engines 14,769 kg (32,560 lb))
発動機:アルファロメオ(Alfa Romeo)126 R.C.34空冷星形9気筒エンジン560 kW (750 hp)3基
ピアッジョ(Piaggio) P.XI R.C.40空冷星形14気筒エンジン(1000hp)3基
性能Performance
最高速力Maximum speed: 369 km/h (229 mph, 199 kn)
2基稼働 245 km/h (152 mph)
巡航速力Cruise speed: 325 km/h (202 mph, 176 kn)
航続距離Range: 2,279 km (1,416 mi, 1,230 nmi)
実用上昇限度Service ceiling: 7,000 m (22,960 ft)

サヴォイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM 75輸送機の発動機は、アルファロメオ 126 RC.34 空冷星型9気筒エンジン559 kW (750 hp)3基で、最高速力363 km/h (195 kn, 224 mph)/高度6,250 m (20,500 ft)、航続距離1,720 km (928 nml, 1,061 ml)だった。乗員は4名。客室には乗客25名を収容可能だった。

⇒写真集Album:サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti )SM.75輸送機を見る。


6.サヴォイア・マルケッティSM.82カングロ(Canguro)輸送機

イタリア空軍サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82(Canguro:Kangaroo)三発輸送機は、1937年11月3日初飛行の民間長距離旅客機、フィアット(Fiat) G.12は、1940年10月15日初飛行の民間輸送機だが、1940年6月に第二次世界大戦に参戦し、戦時体制にあったイタリア空軍で乗客24名の輸送機として採用された

写真(右)1941-1943年頃,イタリア、イタリア空軍サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82(Canguro:Kangaroo)三発輸送機とフィアット(Fiat) G.12三発輸送機(奥3機目):SM.82輸送機は、1937年11月3日初飛行の民間長距離旅客機、フィアット(Fiat) G.12は、1940年10月15日初飛行の民間輸送機だが、1940年6月に第二次世界大戦に参戦し、戦時体制にあったイタリア空軍で乗客24名の輸送機として採用された。
Description Italiano: Savoia Marchetti SM.82 Marsupiale affiancato da Fiat G.12 Date before 1945 Source www.facebook.com/ alieuominiit- 385021521652120 /?fref=photo Author Unknown author .
写真はWikimedia Commons, Category:Savoia-Marchetti SM.82 File:Savoia Marchetti SM.82 Marsupiale affiancato da Fiat G.12.jpg引用。


サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82(Canguro:Kangaroo)三発輸送機は、1938年10月30日初飛行の民間長距離旅客機で、爆弾4トンを搭載できる爆撃機としても生産された。総生産機数は875機。同じような仕様の輸送機フィアット(Fiat) G.12は、1940年10月15日初飛行の民間輸送機で、1940年6月に第二次世界大戦に参戦し、戦時体制にあったイタリア空軍で乗客24名の輸送機として採用された。総生産機数30機のみ。

サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82輸送機は、前作SM-75旅客輸送機の後継機として、胴体を大型化して輸送力を増強した発展型だが、主翼、尾翼、降着装置などは前作SM.75輸送機を流用し、早期の実用化を図った。構造は。機首からコックピットまでは、金属骨格(モノコック)、でそのほかは、布張りを多用した。第二次大戦の始まった直後の1939年10月30日に初飛行した。

サヴォイア・マルケッティSM.82 サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM-82爆撃機カングロ(Canguro:Kangaroo)三発爆撃機の爆弾搭載仕様
800 kg (1,760 lb)爆弾4発
500 kg (1,100 lb)爆弾8発
250 kg (550 lb)爆弾8発
50 kg (110 lb) あるいは100 kg (220 lb)27発
100 kgクラスター爆弾 (56発の子爆弾収容)25発

サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82(Canguro:Kangaroo)三発輸送機には、胴体左側に人員用の出入り口扉があり、そこから小型貨物を人力で運び出すことができる。大型貨物は、SM.82輸送機の胴体下面にもうけられた貨物室の大型扉から積み下ろしをすることができた。

サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82(Canguro:Kangaroo)の貨物室は爆弾倉に改造することができた。爆撃手席は、機首下面に設けたガラス風防のある爆撃照準器を操作する。SM.82は長距離爆撃機としても使用することができたが、爆弾搭載量はピアッジオP.108四発爆撃機と同等で、航続距離も遜色ない。

サヴォイア・マルケッティSM.82 サヴォイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82カングロ輸送機の諸元
発動機:アルファ・ロメオ(Alfa Romeo)128 RC21 空冷星型9気筒 950馬力3基
全備重量: 9,300 kg
全幅: 29.68m
全長 22.95m
全高: 6.00m
主翼面積:118.60m2
空虚重量: 輸送機型 10,550 kg (23,259 lb) 、爆撃機型 11,200 kg (24,692 lb)
最大離昇重量: 輸送機型 18,020 kg (39,727 lb)、爆撃機型 18,410 kg (40,587 lb)
最高速力: 347-370Km/h(4,000m)
航続距離: 2,100 km-3,000km
実用上昇限度 6,000 m
乗客:40名

写真(右)2011年11月,イタリア、ローマ北西50キロ、ブラッチャーノ湖畔、ヴィーニャ・ディ・ヴァッレ空軍歴史博物館(Museo storico dell'Aeronautica Militare di Vigna di Valle)バドーニ格納庫(Hangar Badoni)に展示保管されているイタリア空軍サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82(Canguro:Kangaroo)三発輸送機と後継ライバルのイタリア航空フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機(MM61804)(奥):
Description 2 unique Italian trimotors, displayed together in Hangar BADONI. Date 20 October 2011, 11:00 Source Fiat G212 and Savoia-Marchetti SM82 Author Alan Wilson.
写真はWikimedia Commons, Category:Savoia-Marchetti SM.82 ile:Savoia Marchetti SM.82 Marsupiale affiancato da Fiat G.12.jpg引用。


サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82三発輸送機の機首左下には、エンジン排気を集めてコックピット下方に排出する集合排気管が伸びているが、フィアット(Fiat)G.212CA三発輸送機の機首エンジン集合排気管は、右側にあり、機首左にはない。左右主翼のエンジンの集合排気管は、主翼を汚さないように、主翼外側の下まで伸びているのは、SM.82もG.212も同じである。

サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.82(Canguro:Kangaroo)三発輸送機の搭載量(ペイロード)7トンで、燃料のガソリン2200リットル、巡航速力250 km/h (160 mph, 130 kn) で 2,100 km (1,300 mi, 1,100 nmi)の航続距離があった。これは、太平洋方面では、長距離とは言えないが、地中海・欧州方面では十分な航続力である。貨物室には、航空機用空冷エンジンなら6基、分解した複葉戦闘機CR42、四輪乗用車などの大型貨物を積み込むことができた。これは、胴体中央にある貨物室に収納されたが、積み出し口は、胴体中央底面に設けられた観音開きの大型扉を用いた。胴体底面の大型貨物扉は、カンガルーという命名に相応しい。人員輸送の場合は、定員40名である。

⇒写真集Album:サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.82輸送機を見る。


7.サヴォイア・マルケッティSM.79/SM.83輸送機

写真(右)1937年10月2-17日,イタリア、ミラノ・航空展示会、サヴォイア・マルケッティ SM.83輸送機:民間輸送機SM.79は軍用機に改造され量産されたが、これを再び輸送機仕様にしたのが、SM.83三発輸送機である。
Fiera di Milano - Salone internazionale aeronautico 1937 - Settore italiano Non identificato
Autore: Non identificato (prima metà sec. XX), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 02/10/1937 - 17/10/1937
Note: In primo piano alcuni visitatori nel settore italiano del Salone. Sullo sfondo l'aereo Savoia Marchetti SM 83 (Società idrovolanti Alta Italia-SIAI).
写真は,LombardiaBeniCulturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, P_1937_SA_175引用。


サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.79爆撃機の輸送機仕様SM.83の量産は、大戦前に43機であり、これにはイタリア空軍の発注13機も含まれる。しかし、イタリア以外にも、ベルギーのサベナ国際航空が4機を購入、ベルギー本土とアフリカ植民地領コンゴとの輸送用に使用した。また、ルーマニアも、民家航空用に3機を購入した。

1940年6月に、イタリアが第二次世界大戦に参戦すると、民間航路も軍の管理統制の下に置かれ、サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.83三発輸送機は、政府専用機とイタリア空軍輸送飛行中隊に編入され、高速人員輸送機としてしようされた。イタリア外務大臣チャーノの専用機は、SM-83三発輸送機(登録コード:I-LUCE; 製造番号 c/n 34001)である。

⇒写真集Album:サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti )SM-79爆撃機を詳しく見る。


8.サヴォイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM 73三発輸送機

写真(右)1943年9月以降,イタリア、イタリアの第二次世界大戦降伏後、連合国側に従ったイタリア空軍サヴォイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM 73三発輸送機:連合国側に立って戦ったイタリア王国空軍の国籍マークであるイタリア三色旗と同じ緑・白・赤の三色同心円の国籍記章を描いている。右後方のカプローニ(Caproni)Ca.311は、カプロニ社の開発した双発小型爆撃機で、輸出用としても製造されている。カプローニCa311の特徴は、機首を段無しガラス風防と胴体側面のガラス窓である。
SDASM Archives Savoia-Marchetti S73
写真はSmugMug+Flickr, San Diego Air and Space Museum Archive Savoia-Marchetti S73引用。


ファシスト独裁イタリア王国の国籍マークは、ファッシ(束ねた武器)だったが、1943年7月、ベニート・ムッソリーニがイタリア国王によって首相を罷免され、陸軍のピエトロ・バドリオ元帥の新イタリア政府が樹立されら。バドリオ政権は、当初、戦争継続を表明していたが、これは欺瞞であり、秘かにイギリス、アメリカとの休戦交渉をしていた。1943年9月に、バドリオ率いるイタリア政府は、連合国に無条件降伏し、その後、イタリアは、同盟ドイツを裏切って、宣戦布告して戦いを始めた。

連合国に降伏したイタリア王国のイタリア王国空軍の国籍マークは、ファシスト政権の時のファッシを模した国籍マークを廃止し、イタリア三色旗緑・白・赤の三色同心円に変更された。現在でも同じ緑・白・赤の三色同心円の国籍マークである。

サヴォイア・マルケッティ Savoia Marchetti SM 73 三発輸送機の諸元
乗員Crew: 4名
乗客Capacity: 18 名 + 362.9 kg (800 lb)
全長:Length: 17.4435 m (57 ft 2.75 in)
全幅Wingspan: 23.99452 m (78 ft 8.666 in)
全高Height: 4.60 m (15 ft 1 in) 主翼面積Wing area: 92.97 m2 (1,000.7 sq ft)
空虚重量Empty weight: 5,788 kg (12,760 lb)
総重量Gross weight: 9,280 kg (20,460 lb)
燃料搭載量Fuel capacity: 3,950 L (1,040 US gal; 870 英ガロン)
発動機Powerplant: ピアッジョ(Piaggio)ステラ(Stella)P.IX R.C.空冷星形9気筒エンジン520 kW (700 hp)3基
試作機発動機フランス製グローム・ノーヌ(Gnome-Rhone)447.42 kW (600 hp) 空冷9気筒エンジン
プロペラPropellers: 3-翅 金属製可変ピッチ
最高速力Maximum speed: 330 km/h (205 mph, 178 kn) At 4,000 m (13,123 ft)
2基駆動での最高速力: 270 km/h (168 mph)
巡航速力Cruise speed: 280 km/h (174 mph, 151 kn)
失速速力Stall speed: 90 km/h (56 mph, 49 kn)
航続距離Range: 1,600 km (994 mi, 864 nmi)
実用上昇限度Service ceiling: 7,398 m (24,272 ft)
2基駆動での上昇限度 4,399 m (14,432 ft)
上昇率Rate of climb: 3.333 m/s (656.1 ft/min)
上昇時間Time to altitude:
2,000 m (6,562 ft) /10 分
4,000 m (13,123 ft) /20 分
6,000 m (19,685 ft) /33 分

⇒写真集Album:サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti )SM-73輸送機を詳しく見る。


9.ピアッジョ(Piaggio)P.108 T 輸送機

写真(右)1942-1943年頃,イタリア、迷彩塗装を施したイタリア空軍ピアッジョ(Piaggio) P.108 T 大型輸送機
Piaggio, P.108 Title: Piaggio, P.108 Corporation Name: Piaggio Additional Information: Italy Designation: P.108 Tags: Piaggio, P.108
写真は, San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 01_00086769引用。


1941年3月26日に発注されたのがピアッジョ(Piaggio) P.108の軍用輸送機仕様で、試作機の初飛行は1942年9月7日と、イタリア降伏の1年前だった。この輸送機は、ピアッジョP.108T と命名され、胴体貨物室の容積は77 m³ (2,700 ft³)、兵士60名を搭載することができた。ただし、生産機数は12機のみ。

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10.フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-200コンドル輸送機

写真(右)1939年6月1日(第二大戦勃発3カ月前)、ノルウェー、オスロ飛行場、舗装された滑走路に駐機するドイツ・ルフトハンザ航空のフォッケウルフ FW 200 コンドル四発大型旅客輸送機「ノルドマルク」(Focke-Wulf Fw200 Condor D-AMHC "Nordmark" );BMW132G空冷星形9気筒エンジン720馬力を4基搭載、低翼式、全金属製の機体で、旅客用としては、乗客25人の乗せて、航続距離3,000Km以上を発揮した。
Lufthavn, 1 fly på bakken Focke-Wulf Fw200 Condor D-AMHC "Nordmark" fra lufthansa. Hakekors på haleparti. Sett fra siden. Fotografering: 1939 Eier: Olsen, Fred sikker Avbildet sted: NORGE 1 Fornebu sikker Aksesjon: 1998 Informant : Bodø Luftfartshistoriske Forening Identifier: NL.98220093 Part of collection: Norsk Luftfartsmuseum Owner of collection: Norsk Luftfartsmuseum Institution: Norsk Luftfartsmuseum Date published: December 19, 2014 Date updated: December 19, 2014 DIMU-CODE: 021015697362 UUID: 5913D936-5C3B-4FAC-98F4-CF2AE572D817
写真はNorsk Luftfartsmuseum ・Identifier: NL.98220093 引用。


1938年8月10日、フォッケウルフFw200コンドルは、ドイツのベルリンから北大西洋を横断して、アメリカのニューヨークへ飛行時間24時間56分で一気に無着陸で飛行した。帰国は、8月13日で、地球の自転にあった順風の為、飛行時間は19時間47分でベルリンに帰投した。1938年11月28日には、ベルリンから日本の東京への飛行にも成功している。

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11.日本航空輸送のグラス(Douglas)DC-2輸送機

写真(右)1934年12月-1935年頃、東京、羽田飛行場、メディアに公開された日本航空輸送のダグラス(Douglas)DC-2 輸送機:主輪は、エンジンナセル後方に引き込まれ、飛行中の空気抵抗を減少することができた。ただし、主輪の三分の一は機外に露出しているので完全な引き込み式ではない。しかし、当時は固定客が常識だったから、このような引き込み式は斬新な技術だった。
ダグラスDC2型14人乗り旅客機 1934/00/00 郵政博物館 日本郵政株式会社 登録記号がないことから、昭和9(1934)年12月に輸入され、羽田で公開された際の様子と推察される。
写真は, 郵政博物館文化財オンライン ダグラスDC2型14人乗り旅客機 引用。


アメリカのダグラス(Douglas)DC-2 輸送機の優秀さを評価した国策会社の日本航空輸送は、1934年にDC-2を採用することを決定し、中島飛行機に発注を出した。そこで、中島飛行機は、ダグラス社からライセンスを取得し、1936年2月にエンジンから機体構造まで部品を輸入して組み立てるノックダウン方式で試作1号機を完成させ納入した。

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12.グラス(Douglas)DC-3輸送機

写真(右)1937-1948年、スイス、チューリヒ郊外デューベンドルフ空港からロンドンへ向かう途中、ジョインビレ北西、シャトンリュプト=ソマーモント近くのマーンバレー上空を飛行するスイス航空のDC-3輸送機(機体コード:216 登録コード:HB-IRI) :左下はルー川沿岸のソマーモント村、中央手前はノメクール、航空機の先端下はギンドルクール=オーオルム。
Douglas DC-3-216, HB-IRI im Flug über dem Marnetal bei Chatonrupt-Sommermont, nordwestlich von Joinville, Blick nach Südwesten (SW) Photographer Swissair
Links unten: Nebental des Flüsschens Ru mit dem Dörfchen Sommermont, links der Mitte unter Flugzeug: Nomécourt, unter Flugzeugspitze: Guindrecourt-aux-Ormes. Vermutlich: Strecke Dübendorf - London Dating ca. 1937-1948 Orientation: Horizontal Format: 13 x 18 cm Colour schwarz/weiss Orientation
Reportage photography, Douglas DC-3-216, HB-IRI, Places, Haute-Marne
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR02-01836 引用。


1935年12月17日に初飛行したDST(Douglas Sleeper Transport)は、寝台14名分を二段ベットとして2列14寝台を配置したDC-3輸送機の原型である。DSTの寝台を乗客座席に変更したのがDC-3輸送機で、座席配置は3列7行21座席を確保することができた。DC-3は、DC-2の拡張型で、胴体幅が若干拡大され座席数は14席から21席に5割も増加したが、技術的にはDC-2と変わりがなく、燃費と製造コストはそれほど悪化しなかった。つまり、旅客機の乗客さえ確保できれば、DC-2よりもDC-3の方が経済効率が高く、収益を上げることができた。こうして、DC-3輸送機は、戦前から1941年6月の太平洋戦争勃発までに、アメリカのTWA、ユナイテッド航空、イースタン航空、デルタ航空のほかにも、スイス航空、KLMオランダ航空、日本航空輸送が採用した。

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13.アメリカ民間航空ダグラス(Douglas)DC-4輸送機

写真(右)1959年、アメリカ、イリノイ州シカゴ・ミッドウェー飛行場、ノースウェスト航空(Northwest Airlines)のダグラス(Douglas)DC-4旅客輸送機(登録コード:N67067)):アメリカ海軍のR5D-1軍用輸送機を譲り受けて民間航空で利用。
Midway Airport (Pat B.)
Chicago Midway Airport - Northwest Airlines - DC-4 (C-54A)
(1959) (N67067) Ex-Navy R5D-1
写真はSmugMug+Flickr, Midway Airport (Pat B.) 引用。


⇒写真集Album:アメリカ民間航空ダグラス(Douglas)DC-4輸送機を見る。

写真(右)1947年11月30日、アメリカ、イリノイ州シカゴ・ミッドウェー(Chicago Midway)空港、デルタ航空(Delta Air Lines)のダグラス(Douglas)DC-4輸送機(登録コードN88818、製造番号18353):滑走路上に駐車している荷物運搬車にもデルタ航空のロゴが入っている。デルタ航空は、1929年にルイジアナ州モンロー、デルタ・エア・サービスとして設立、1941年にアトランタ市に本社を移転しデルタ航空と名称変更。
Photographer Bill Proctor
Location Chicago Midway Airport - KMDW, USA - Illinois Aircraft type Douglas DC-4
Operator Delta Air Lines Registration N88818 Type Photograph.
Date 30 November 1947 Construction number 18353.
写真はSDASM Archives・Catalog #: 00065732引用。


1945年、第二次世界大戦が連合国の勝利のうちに終わったことで、軍用機ダグラス(Douglas)C-54 四発輸送機は、一部は軍用に残されたが、多くは民間に払い下げられ、ダグラスDC-4四発輸送機として、世界中を飛び回った。戦時中、ダグラスDC-4輸送機は、民間機DC-4としてはほとんど使用されず、主に軍用輸送機C-54「スカイマスター」として採用され、1947年8月までに、DC-4として80機、C-54として 1000機以上が製造された。

⇒写真集Album:マッカーサー専用機C-54輸送機「バターン」Bataamを見る。

⇒写真集Album:民間航空ダグラス(Douglas)DC-4旅客輸送機を見る。

⇒写真集Album:アメリカ海軍R5Dスカイマスター(Skymaster)輸送機を見る。


ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen
ヒトラー:Hitler
ヒトラー総統の最後:The Last Days of Hitler
ヒトラー暗殺ワルキューレ Valkyrie作戦: Claus von Stauffenberg
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇 イタリア空軍フィアットCR42
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
マッキ(Macchi)MC.200サエッタ戦闘機
マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ戦闘機
ボーイング(Boeing)247旅客機
ダグラス(Douglas)DC-2輸送機
ダグラス(Douglas)DC-3輸送機
サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.73輸送機
カプローニ(Caproni)Ca.135爆撃機
カント(CANT)Z.501飛行艇
カント(CANT)Z.506水上機
カント(CANT)Z.1007爆撃機
フィアット(Fiat)G.18V輸送機
フィアット(Fiat)G.212輸送機
カプローニ(Caproni)Ca.311偵察爆撃機
カプローニ(Caproni)Ca.311偵察爆撃機
サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.79爆撃機
サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.82輸送機
ピアジオP.108重爆撃機
ムッソリーニ救出作戦
イタリア独裁者ムッソリーニ
独裁者ムッソリーニ処刑

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