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◆ダグラス(Douglas)DC-3旅客輸送機
写真(上)1937-1939年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空のダグラスDC-3旅客輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRA)
:スイス航空は、14人乗りのDC-2に続いて21人乗りのDC-3を採用した。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRA in Dübendorf DC-3 in Dübendorf, 1937-1939. Reportage mit ca. 25 Bildern (Auswahl digitalisiert, keine zusätzlichen Motive vorhanden) Dating: 1937-1939 Photography : nitrate-negative Format: 4,5 x 6 cm Entry + Exit, Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRA, Aerodrome Dübendorf, Tails + Flight control surfaces
写真は, ETH-Zürich Record Name: LBS_SR01-00958 引用。



写真(上)1937-1939年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空のダグラスDC-3旅客輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRA)
:DC-3には胴体後方左右に乗客を21人乗せるための昇降扉が設けられている。乗客用昇降扉には、DC-2のような丸窓は開いていない。乗客昇降ラッタルが左右の乗客用扉に設置されている。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRA in Dübendorf DC-3 in Dübendorf, 1937-1939. Reportage mit ca. 25 Bildern (Auswahl digitalisiert, keine zusätzlichen Motive vorhanden) Dating: 1937-1939 Photography : nitrate-negative Format: 4,5 x 6 cm Entry + Exit, Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRA, Aerodrome Dübendorf, Tails + Flight control surfaces
写真は, ETH-Zürich Record Name: LBS_SR01-00955引用。



写真(上)1937-1955年、スイス連邦、飛行するスイス航空のダグラスDC-2旅客輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRA)

Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRA im Flug DC-3 in Dübendorf, 1937-1955. Dating: 1937-1939 Photography : nitrate-negative Orientation: Horizontal Format: 13 x 18 cm Product photography, Propeller-driven aircraft, Swissair, Douglas DC-3-216, HB-IRA, Swissair
写真は, ETH-Zürich Record Name: LBS_SR02-01844 引用。



写真(上)1946-1948年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空のダグラスDC-3D旅客輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRB)、DC-3D旅客輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRC)
:スイス航空のDC-3輸送機(HB-IRC, HB-IRN, HB-IRX)3機は 1964年まで現役で飛行し、その後、スイス飛行学校(SLS:Swissair Aviation School)に送られて1969年まで使用された。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3D, HB-IRB am Boden in Dübendorf DC-3 in Dübendorf Dating: 1946-1948 Photography : nitrate-negative Orientation: Square Format: 6 x 6 cm Dübendorf, Aerodrome Dübendorf
写真は, ETH-Zürich Record Name: LBS_SR01-03320引用。



写真(上)2006年5月、オランダ、レリスタット(Lelystad )空港、アボドローム (Aviodrome)航空博物館のダコタ・デーに参加したフィンランド航空ダグラスDC-3旅客輸送機(OH-LCH “Hotel”/ DO-11​)
:フィンランドのDC-3は、1942年製造のパンアメリカン航空用で、1948年にフィンランドが中古機を購入した。
English: Some oldies here, made during the Dakota Day at the Aviodrome aviation museum in Lelystad, The Netherlands on the 28th of May 2006. A fine collection of airworthy Dakota's visited the airfield. Date 28 May 2006, 10:59 Source Dakota Day 2006 Aviodrome Lelystad Date 28 May 2006, 12:56 Author Archangel12
写真はWikimedia Commons, Category:Dakota Day 2006 File:Dakota Day 2006 Aviodrome Lelystad (6662618481).jpg引用。

◆2011年9月2日・9日(金)午後9時からNHK-BS歴史館「側近がみた独裁者ヒトラー」でRudolf Hess ルドルフ・ヘス及びLeni Riefenstahl レニ・リーフェンシュタールを検討。再放送は9/4(日)12時、9/7(水)24時及び9/11(日)12時、9/13(水)24時。


1.ダグラス(Douglas)DC-1 輸送機

写真(右)1934-1939年前半、トランス・ワールド航空 (Trans World Airlines: TWA)ダグラス(Douglas)DC-1 輸送機(NC-C223Y):ダグラス(Douglas)DC-1試作機は、DC-2 輸送機の原型となった。実際にはDC-1とDC-2は同一機体の改造型といってよかった。
Douglas DC-1 CATALOG #: Blaine_00263 Title: Douglas DC-1 Collection: Miles Blaine Collection Repository : San Diego Air and Space Museum Archive.
写真は, SDASM Archives  San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00065481引用。


全金属製、低翼、引込み式脚のダグラスDouglas)DC-1は、初飛行を1933年7月1日に成功させ、その後の試験飛行や改修作業が行われた。しかし、当時の世界の航空会社の主力旅客輸送機は、フォード トライモーター、ロッキード双発輸送機などアメリカ製が多かった。そこで、ダグラス社も世界の航空会社に対するDC-1/DC-2輸送機を喧伝し、売り込みを図った。イタリアのフィアット(Fiat)G. 18 Vの開発にも影響を与えた。

ダグラスDouglas)DC-1は、ライト(Wright)GR-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒右エンジン690 hp (510 kW)2基装備、12座席の旅客機で生産機数は1機である。

ダグラスDouglas)社は新型機DC-1の売り込みに、DC-1/DC-2輸送の実機を使ったデモンストレーション飛行を行った。DC-1のような金属製の斬新な巨体が軽々と飛翔する様子は格好の宣伝材料で、DC-1によるアメリカ大陸横断飛行は、13時間5分の記録を作った。

アメリカのトランス・ワールド航空は、エンジン出力の向上、搭乗客数の2席増員の注文を付けて、ダグラスDouglas)DC-1/DC-2を20機発注した。このTWA仕様DC-1改修型がDC-2と、新しい名称で新型機として登場したのである。

⇒写真集Album:ダグラス(Douglas)DC-1 輸送機を見る。


2.ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機

写真(右)1939-1945年5月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、空港ビル前のスイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機:機首先端には、2個の照明灯がついているのがDC-2で、DC-3には照明灯はついていない。発動機のライト(Wright)GR-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンには3翅プロペラがついているが、エンジンは停止している。
Photographer: Swissair Title: Motorenwechsel an einer Douglas DC-2 der Swissair mit Neutralitätsbemalung in der Motorenwerkstatt am Flugplatz in Dübendorf
Caption: Dating: 1939-1945 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aerodrome Dübendorf
写真は, ETH-Zürich Record Name 引用。


写真(右)1939-1945年5月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、空港ビル前のスイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機:発動機のライト(Wright)GR-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒右エンジンには、移動式整備用階段が2基を据えて点検している。機首先端の2個の照明灯はDC-2の特徴で、DC-3の機首には照明灯はないので区別しやすい。
Photographer: Swissair Title: Motorenwechsel an einer Douglas DC-2 der Swissair mit Neutralitätsbemalung in der Motorenwerkstatt am Flugplatz in Dübendorf
Caption: Dating: 1939-1945 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aerodrome Dübendorf
写真は, ETH-Zürich Record Name 引用。


ダグラスDouglas DC-2)の諸元
乗員Crew: 2-3名
搭載乗客数Capacity: 14名
全長Length: 61 ft 11.75 in (18.8913 m)
全幅Wingspan: 85 ft 0 in (25.91 m)
全高Height: 16 ft 3.75 in (4.9721 m)
主翼面積Wing area: 939 sq ft (87.2 m2)
空虚重量Empty weight: 12,408 lb (5,628 kg)
総重量Gross weight: 18,560 lb (8,419 kg)
発動機Powerplant: ライト(Wright)GR-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン2基
プロペラPropellers: 3翅可変ピッチ金属製プロペラ(3-bladed variable-pitch metal propellers)

写真(右)1939-1945年5月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、空港ビル前のスイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機:DC-2機首先端には、2個の照明灯がついているが、DC-3には照明塔はついていない。機首最先端の中央にある穴は、コックピットや客室キャビンへの空気取り入れ口である。コックピット上のループアンテナは、方位測定用の航法無線受信機である。
Photographer: Swissair Title: Motorenwechsel an einer Douglas DC-2 der Swissair mit Neutralitätsbemalung in der Motorenwerkstatt am Flugplatz in Dübendorf
Caption: Dating: 1939-1945 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aerodrome Dübendorf
写真は, ETH-Zürich Record Name 引用。


ダグラスDouglas DC-2)の性能
最高速力Maximum speed: 210 mph (340 km/h, 180 kn) at 8,000 ft (2,400 m)
巡行速力Cruise speed: 190 mph (310 km/h, 170 kn) at 8,000 ft (2,400 m)
航続距離Range: 1,000 mi (1,600 km, 870 nmi)
実用上昇限度Service ceiling: 22,450 ft (6,840 m)
上昇率Rate of climb: 1,000 ft/min (5.1 m/s)
翼面荷重Wing loading: 19.8 lb/sq ft (97 kg/m2)
出力重量比Power/mass: 0.082 hp/lb (0.135 kW/kg)

写真(右)1938年2月、スイス南東部、エンガディン(Engadin)渓谷、標高1700メートルに位置するサメーダン (Samedan) 空港、飛行機格納庫前のスイス航空所属ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機(機体コード:115-D, 登録コード:HB-ISI)と乗客たち:飛行機後方左の乗客用扉は開いていて、搭乗用の移動式階段が据えつけられている。厚手のコートと防止の乗客が氷上と昇降口に立っている。降着用の引き込み式車輪には木製の車輪止めがはめられている。サメーダンは、サンモリッツ近郊のスキーリゾートなのでカジュアルな服装の客が多いようだ。
Photographer: Swissair Title: Erster Direktflug London - Samedan mit der Douglas DC-2-115-D, HB-ISI
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Douglas DC-2, HB-ISI auf dem Flugplatz Samaden"
Dating: 2/1938 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 2,4 x 3,6 cm
Categories:Douglas DC-2-115-D, HB-ISI, Reportage photography, Samedan, Aerodrome Samedan,
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00901-01引用。


ダグラス(Douglas) DC-2輸送機は、全幅:25.78m 、全長:18.88m、 総重量:8,160kg、発動機は、アメリカ製ライト サイクロンSGR-1820-F空冷星形9気筒エンジン750馬力2基搭載、速力320km/hで、搭乗員4名、乗客14名を運搬できた。

写真(右)1935年7月8日、スイス航空所属ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機のコックピットの複式操縦桿と足元のフットペダル(方向舵操作)
Photographer Walter Mittelholzer (1894–1937)
Title: Cockpit einer Douglas DC-2 der Swissar
Dating: 8.7.1935
Is Part Of: Flug London, 8.7.1935. Reportage mit 63 Bildern (alle digitalisiert)
Photography : negative Colour: black and white
Orientation: Vertical Format: 2,4 x 3,6 cm
Availability: Free download and use Copyright Notice: ETH-Bibliothek Zürich, Bildarchiv/Stiftung Luftbild Schweiz / Fotograf: Mittelholzer, Walter / LBS_MH02-43-0061 / Public Domain Mark
写真は, ETH Library Record Name: LBS_MH02-43-0061 引用およびWikimedia Commons Category:Douglas DC-2 File:ETH-BIB-Cockpit-Weitere-LBS MH02-43-0061.tif引用。


ダグラスDouglas)社は、DC-2の拡張型ダグラス(Douglas)DC-3をベストセラーとして発展し第二次大戦末期にはDC-4四発大型輸送機を、戦後にはその発展型のDC-6輸送機を1946年に初飛行させ、1946年から1958年に704機を量産している。ジェット機としては、ダグラス DC-8(Douglas DC-8)輸送機を1958年6月1日に初飛行させ556機を量産している。次のDC-9輸送機は1965年2月25日に初飛行、1965年から1982年に976機も量産されている。

ダグラスDouglas)のライバル、ボーイングは、1957年12月20日にボーイング707を初飛行させ、1957年から1982年までに1,010機も生産したが、ダグラス社は1967年にマクダネル社に買収されて、そのマクダネル・ダグラスも、1997年にボーイング社と吸収合併されている。ボーイングは、1969年にボーイング747「ジャンボジェット」(500人乗り)を完成させ、1994年6月12日にボーイング777を初飛行させ、1445機も量産して大いに興隆したのである。

写真(右)1945年5月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、格納庫で整備中のスイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機(機体コード:115-D, 登録コード:HB-IS)の発動機ライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン
Photographer: Swissair Title: Motorenwechsel an einer Douglas DC-2 der Swissair mit Neutralitätsbemalung in der Motorenwerkstatt am Flugplatz in Dübendorf
Caption: Dating: 1939-1945 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Reportage photography, Maintenance + Servicing + Engine test, Aerodrome Dübendorf
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-02214引用。


ライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンの諸元
ボア 6 ​1⁄8 in (155.6 mm)
ストローク 6 ​7⁄8 in (174.6 mm)
全長 47.76 in (1,213 mm)
直径 4.25 in (1,378 mm)
排気量 29.87L (1,823in³)
乾燥重量 1,184 lb (537 kg)
出力 1,000 hp (746 kW)

wikipediaでは「DC-2は優秀で近代的な旅客機として世界各国の市場から高く評価されたが、これをベースに機体サイズを拡大した後続モデルのDC-3が輸送力の面でDC-2以上の大幅向上を達成し、市場のニーズがそちらに移行したため、DC-2の生産数は156機にとどまった。 」とあるが、100機以上生産されれば、当時の航空産業ではベストセラーに近い成功作である。イタリアのフィアット(Fiat)G. 18 Vは9機、後継機フィアットG.12は30機の生産に留まっている。

写真(右)1935-1948年、ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機(SP-ASK)の客室キャビンのエアホステスと乗客:客席7座席左右2列14席で、大きなガラス窓とカーテン付きで乗客の視界も確保されている。上部側面には、乗客用小物収納ネットがあり、その下の通風孔は回転式で風向きを変更できる。
Frau in einer Douglas DC-2 der Swissair Date 1935-1948 Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm Bord service, Cabin service,Douglas DC-2, Swissair Archive
写真は,ETH-Zürich LBS_SR01-00720 引用。


1930年代の旅客輸送機では、機内食ではあっても、食事を機内で温める手段は、電熱器、保温ポットの余熱を使っていたようだ。しかし、サンドイッチ、スナック、果物であれば、そのまま提供できるので、このような軽食を機内に持ち込んで、それを乗客に提供していた。

写真(右)11934-1945年、ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機(SP-ASK)の客室キャビンでワインを準備するエアホステスと乗客:突き当りはWCで右側の丸窓がある部分が乗客の昇降用扉である。乗客の座席頭部にはクッションが用意されている。かつて飛行機旅行の楽しみは、空からの眺めだった。当時の飛行機の運用高度は、数千メートルで、夜間飛行や曇天の飛行はほとんどなく、街並み、田園、山岳地、海岸など空からの景色は、乗客たちの楽しみだった。
Airhostess Heidi Oberholzer in der Kabine einer Douglas DC-2 der Swissair Date 1934-1945 Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm Flight Attendants, Hostess, Reportage photography, Bord service, Cabin service, Aerodrome Dübendorf
写真は,ETH-Zürich LBS_SR02-10746引用。


飛行機では、乗客の空腹を満たすために機内食を提供するのではなく、優雅にふるまうアイテムとして、食事や雑誌が提供され、それを見事に演出するホステスが求められたのである。これは、21世紀の大衆化された飛行機旅客輸送とは全く異なるといえる。客層が異なればそれにふさわしいスタッフが出てくるのである。

写真(右)1935-1948年、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO) の2列7席合計14席の客室キャビン:乗客がいないので、座席のつくりがよくわかる。
Kabine einer Douglas DC-2 der Swissair Photographer Swissair
Dating 1935-1948 Physical Description
Fotografie : Nitratnegativ Colour schwarz/weiss
Orientation Square Format: 6 x 6 cm
Die DC-2 hatte 14 Sitze, ausschliesslich Fensterplätze
写真は, ETH-Zürich Record Name  LBS_SR01-00032 引用。


1928年3月初飛行のフォッカー・ユニバーサル(Fokker Super Universal)単発輸送機は、1924年11月初飛行のフォッカー F.VII単発輸送機の発展型で、日本も購入し、のちに中島飛行が国産化した。そして、日本航空運輸は、フォッカー・ユニバーサルを使って1929年7月から、東京-大阪-福岡間の国内線定期旅客輸送を、フォッカー F.VIIと併用して開始した。そして、フォッカー・ユニバーサル水上型によって、福岡-韓国南部の蔚山-京城(ソウル)-平壌-大連の国際線も開拓した。

日本陸軍は、民間寄付献納機として、フォッカー患者輸送機を1932年「愛國40号」、1938年「愛國268号」と命名し、合計2機を受領し、患者輸送機として運用している。しかし、スイス航空が1930年代に実用化していたようなダグラス(Douglas) DC-2 患者輸送仕様のような大型患者輸送機は、開発するつもりはなかったし、第二次大戦中には、専用の患者輸送機は就役させていない。

写真(右)1935-1948年、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO) の客室キャビンを使った患者輸送機仕様:医師が看護している席は、後ろ向きになっているが、これは座席を反対向きに変更できるためであろう。後方には普通に座席が並んでおり、女性患者が横たわっているベッドは、客室キャビン後方右側に設置されている。
Photographer: Swissair
Title: Krankentransport in einer Douglas DC-2 der Swissair
Caption: Dating: 1935-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Copyright Notice: ETH-Bibliothek Zürich, Bildarchiv/Stiftung Luftbild Schweiz / Fotograf: Swissair
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00712 引用。


スイス航空ダグラス(Douglas) DC-2輸送機(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO)は、一般的な旅客輸送機だったが、1934年に本気が導入された当初から、客室キャビン後尾の座席を配置を変更することで臨時の患者輸送機としても使用できた。つまり、患者が横たわることができるベッドを、客室キャビン後方右側に設置し、その隣に医師の座席を確保した。また、患者の枕もとの座席には、家族や同乗者も座ることができたが、これらの席は、後ろに横たわった患者を見守ることができるように、座席の向きが前方ではなく、後方を向くように配置された。

1932年中国大陸、特に満州での戦闘を契機に、日本陸軍は、傷病兵の空輸を担当する患者輸送機の開発を民間航空会社に依頼し、石川島がイギリス製デ・ハビランド DH.83 フォックス・モス複葉輸送機を改造し、担架を2人分搭載できる小型患者輸送機を開発した。そして、1934年4月に試作1号機を完成、審査を経た後、1935年2月から少数が生産された。


写真(上)1935年2月12日、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-2旅客輸送機(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITE)

Douglas DC-2 115-B, HB-ITE im Flug über Oberiberg, Blickrichtung grosser und keiner Mythen, Rigi, Pilatus Photographer: Swissair ating: 12.2.1935 Photography : glass-plate negative Colour: black and white Horizontal Format: 6 x 9 cm Douglas DC-2 115-B, HB-ITI, low altitude (oblique), Mountains, Oberiberg
写真は, ETH-Zürich Record Name 引用。


写真(右)1935年2月12日、スイス中部、オーバーイベルク、リギ山上空を飛翔するスイス航空ダグラス(Douglas)DC-2旅客輸送機(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO)
Douglas DC-2 115-B, HB-ITI im Flug über Oberiberg, Blickrichtung grosser und keiner Mythen, Rigi, Pilatus Photographer: Swissair ating: 12.2.1935 Photography : glass-plate negative Colour: black and white Horizontal Format: 6 x 9 cm Douglas DC-2 115-B, HB-ITI, low altitude (oblique), Mountains, Oberiberg
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR02-10701 引用。


ダグラス(Douglas) DC-2をアメリカ大陸横断飛行するとして改装する企画が持ち上がったが、客室キャビンに寝台を並列配置するには、胴体幅が狭かった。DC-2の乗客座席は、2列7行の14座席だったからである。そこで、胴体幅を拡張する大きな改造が実施され、ダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)が開発され、1935年12月17日に初飛行した。

⇒写真集Album:ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機を見る。


3.ダグラス(Douglas)DC-3輸送機

写真(右)1937-1938年、スイス連邦、チューリヒ郊外デューベンドルフ空港に着陸しようとするスイス航空デハビランド(de Havilland)D.H. 89Aドラゴン・ラピード(Dragon Rapide)(HB-IXE)、手前は左からスイス航空ダグラスDC-2輸送機(115-D、HB-ISI)、スイス航空ユンカース(Junkers)Ju-86輸送機(B-1, HB-IXE)、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3ダグラスDC-3輸送機(216、HB-IRI) :スイス航空は、イギリス、アメリカ、ドイツ、オランダ(フォッカー)の機体を輸入して国際線に就航させていた。
Junkers Ju-86 B-1, HB-IXE am Boden in Dübendorf Photographer Swissair
Links: DC-2 HB-ISI, dahinter DC-3 HB-IRI, De Havilland DH-89 HB-APA (1937 von der Swissair als HB-ARA von der Ostschweizer Aero-Gesellschaft übernommen und neu immatrikuliert) und eine Koolhoven FK-50 der Alpar bei der Landung Dating 1937-1938 Orientation: Horizontal Format: 13 x 18 cm Colour schwarz/weiss Orientation
Douglas DC-2-115-D, HB-ISI, Aerodrome Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRI, de Havilland Dragon Rapide D.H. 89A, HB-APA, Junkers Ju-86 B-1, HB-IXE
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR01-01023-A引用。


ダグラスDouglas)が開発したダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)あるいは後継機のDC-4旅客輸送機になると、要人輸送にも使用できるような「贅沢な空の旅」の概念が広まった。そこで、機内食についても、機内小型発電機を搭載し、電気を利用した電熱器、オーブン、ポット、トースターなどが導入されている。このような設備は、飛行機の搭載量に余裕がある大型機でないと利用は困難であるが、すでに航空を飛行する飛行機では、搭乗員用の電熱服、温風器が実用化されていたから、それをふまえれば、旅客にも同様以上のサービスを提供することができた。つまり、乗客は、機内食として、温かい食事を食べられるようになった。

De Havilland DH.89 デ・ハビランド DH.89 ドラゴン・ラピード(Dragon Rapide)複葉輸送機の諸元
搭乗員:1名
乗客:8(最大)
全長:10.5 m
全幅:14.6 m
全高:3.1 m
主翼面積:32 m²
空虚重量:1,460 kg
全備重量:2,490 kg
発動機:デ・ハビランド(De Havilland)ジプシークイン(Gipsy Queen)空冷エンジン200 hp(150 kW)(排気量9.2L)2基
最高速力:253 km/h 航続距離:920 km
実用上昇限度:5,090 m
生産期間:1934-1946年
生産機数:731機

イギリスのデ・ハビランド DH.89ドラゴン・ラピード複葉輸送機は、1934年4月17日に試作機が初飛行し、1934年7月から, イギリスの地方航空でロンドンとイギリス北部の島々やスコットランドを無薄部航路に就役した。また、イギリス西岸のマン島とリバプール、マンチェスターを結ぶ路線にも使用された。こうして、1939年9月の第二次世界大戦勃発前までに、 205機が生産され、民間輸送機として世界中で使用された。

デ・ハビランド DH.89ドラゴン・ラピード原型は ドラゴン6"Dragon Six”あるいはドラゴン・ラピード“Dragon Rapide”などと称された。これは、デ・ハビランド DH.89が短距離離着陸が可能で、使いやすく信頼性があったためであるが、乗客数、速力、航続距離の上では、DC-2,DC-3よりもはるかに劣っていた。

写真(右)1939年9月(?)、第二次大戦勃発時、スイス連邦、チューリッヒ(Zürich)郊外、デュードルフ(Dübendorf)空港スイス航空ダグラス飛行機格納庫の手前に3機のスイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:268, 登録コード:HB-IRU)他、中ほどにフォッカー(Fokker)F VIIa単発輸送機(HB-LBO)、奥に3機のスイス航空ダグラスDC-2輸送機(115D HB-ISI)、DC-2(HB-?)他が格納されている。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-2 und Douglas DC-3 der Swissair im Hangar in Dübendorf
Caption:Flugeinstellung bei Kriegsausbruch im September 1939. Die HB-IRU wurde 1940 an ABA nach Schweden verkauft und am 22.10.1942 von der Deutschen Luftwaffe abgeschossen Dating: ca. 1939 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 2,4 x 3,6 cm
Categories:
Dübendorf, Aerodrome Dübendorf, World War II, Douglas DC-3-268, HB-IRU,
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-02409-28引用。


スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:268, 登録コード:HB-IRU)は1939年製造、製造番号(Construction Number)C/N 2132、 ライト(Wright) R-1820エンジン2基搭載、座席数32席、1940年5月16日に除籍、スウェーデン航空に売却され、1942年10月22日にドイツ・ルフトハンザ航空に移籍された。

写真(右)1937-1948年、スイス、チューリヒ郊外デューベンドルフ空港からロンドンへ向かう途中、ジョインビレ北西、シャトンリュプト=ソマーモント近くのマーンバレー上空を飛行するスイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216 登録コード:HB-IRI) :左下はルー川沿岸のソマーモント村、中央手前はノメクール、航空機の先端下はギンドルクール=オーオルム。
Douglas DC-3-216, HB-IRI im Flug über dem Marnetal bei Chatonrupt-Sommermont, nordwestlich von Joinville, Blick nach Südwesten (SW) Photographer Swissair
Links unten: Nebental des Flüsschens Ru mit dem Dörfchen Sommermont, links der Mitte unter Flugzeug: Nomécourt, unter Flugzeugspitze: Guindrecourt-aux-Ormes. Vermutlich: Strecke Dübendorf - London Dating ca. 1937-1948 Orientation: Horizontal Format: 13 x 18 cm Colour schwarz/weiss Orientation
Reportage photography, Douglas DC-3-216, HB-IRI, Places, Haute-Marne
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR02-01836 引用。


ダグラスDouglas)のダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)は、寝台14名分を二段ベットとして2列14寝台を配置した。DSTは、アメリカン航空で1936年6月25日に就航した。そして、ダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)を乗客座席に変更したのがDC-3輸送機で、座席配置は3列7行21座席を確保することができた。

ダグラス(Douglas)DC-3輸送機もアメリカン航空によって採用され1936年9月に就航したのである。ダグラス(Douglas)DC-3輸送機は、DC-2の拡張型で、胴体幅が若干拡大され座席数は14席から21席に5割も増加したが、技術的にはDC-2と変わりがなく、燃費と製造コストはそれほど悪化しなかった。

つまり、旅客機の乗客さえ確保できれば、ダグラスDouglas)DC-2よりもダグラス(Douglas)DC-3輸送機の方が経済効率が高く、収益を上げることができた。こうして、ダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)を原型とするDC-3輸送機は、戦前から1941年6月の太平洋戦争勃発までに、アメリカのTWA、ユナイテッド航空、イースタン航空、デルタ航空のほかにも、スイス航空、KLMオランダ航空、日本航空輸送から採用された。

写真(右)1938-1939 年、スイス、飛行するスイス航空のダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216 登録コード:HB-IRA)
Photographer: Unbekannt Title: Douglas DC-3-216, HB-IRI im Flug über der Landspitze Dungeness in Kent Caption: Das Bild ist im Geschäftsbericht 1938 der Swissair abgedruckt. Daraus lassen sich die Datierung (1938-1939) und der Fotograf (A. Künzle) ableiten bzw. ablesen. Unter dem Fotograf A. Künzle könnte sich der Pilot Alfred Künzle verbergen. Es ist davon auszugehen, dass das Bild bearbeitet wurde und dann als LBS_SR02-01839 für publizistische Zwecke verwendet worden ist Dating: 1938-1939 Is Part Of: Impressum: Physical Description: Photography : gelatine silver print Colour: black and white Orientation: Horizontal Format: Other size Special Size: 10,5 x 15 cm, Ausschnitt 10 x 14,5 cm Categories: Douglas DC-3-216, HB-IRI, Places, Kent, View Collection, Unknown, Product photography, Propeller-driven aircraft, Swissair, Swissair
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name: Ans_05035-610 引用。


『日本航空學会誌』 昭和17年7月 第9巻第87號によるダグラス (Douglas)DC-3輸送機の説明
「主翼:後縁は直線,前縁は外翼より後退角を附し,5°の上反角を持ちテーパー著しく,縱横比の大きな主翼であつて,翼型は翼付根附近NACA 2215,翼端附近でNACA2206を用ひてゐる.主翼はアルタラッド24-ST及び24-SRTの合金製の多劃式構造で,兩翼端は取外しが出來る.補助翼は羽布張りで重量釣合及び空力的釣合を保つてゐるが,左舷補助翼の内側後端には横の安定維持のために調整タブがついてゐる.開き下げ翼は胴體底部を通つて補助翼にまで伸び,128km/hの時に30秒内外で下げ,上げの操縱が出來るが,これは油壓操作で行はれる.」

写真(右)1938-1948年、スイス、飛行するスイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:227A 登録コード:HB-IRO)の下面
Douglas DC-3-227A, HB-IRO mit halb eingefahrenen Fahrwerken Photographer Swissair
Links unten: Nebental des Flüsschens Ru mit dem Dörfchen Sommermont, links der Mitte unter Flugzeug: Nomécourt, unter Flugzeugspitze: Guindrecourt-aux-Ormes. Vermutlich: Strecke Dübendorf - London Dating ca. 1938-1948 Orientation: Vertical Format: 5,7 x 8,5 cm Colour schwarz/weiss Orientation
Reportage photography, Douglas DC-3-227A, HB-IRO
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR01-02734引用。


スイス航空ダグラスDouglasDC-3輸送機の主翼根元は直線型、両端は後方に傾斜しているが、この形状は、DC-1、DC-2輸送機を引く継いでいる。降着装置は、エンジンナセルに引き込むが、主輪は下三分の一が機外に露出している。

写真(右)1938-1948年、スイス、飛行するスイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:226 登録コード:HB-IRA)の正面
Douglas DC-3-216, HB-IRA im Flug Photographer Swissair
Links unten: Nebental des Flüsschens Ru mit dem Dörfchen Sommermont, links der Mitte unter Flugzeug: Nomécourt, unter Flugzeugspitze: Guindrecourt-aux-Ormes. Vermutlich: Strecke Dübendorf - London Dating ca. 1938-1948 Orientation: Square Format: 6 x 6 cm Colour schwarz/weiss Orientation
Product photography, Propeller-driven aircraft, Swissair, Douglas DC-3-216, HB-IRA
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR01-00690引用。


『日本航空學会誌』 昭和17年7月 第9巻第87號による説明
ダグラス(Douglas) DC-3型及びDST型 ― 旅 客 輸 送 機;低 翼 片持 單 葉 陸 上 機;乘員3名,乘客:(DC-3型)21名,(DST型)13名;全金屬製;引込脚,尾 輪;ライト・サイクロンGR-1820-G202A型空冷星型9氣筒過給機付發 動 機(正規出力:高 度2,100m,,300r.p.m.で1,000HP)2臺,又 はP. & W.ツウィン・ワスプSIC 3-G型空冷二重星型14氣筒發動機(正規出力:高 度2,290m, 2,550r.p.m.で1,050HP)2臺;ハ ミル トン・ス タ ン ダ ード金屬製3翼定速プロペラ。

本機は世界の航空輸送の發達に貢獻したDC-2型14人 乘旅客輸送機よりも更に大型化したものであつて,而も惡癖のない操縱性や安全性や快適さは増々高められた.昭和10年の末に本機 第1號が完成した.DC-3型とDST(Douglas Sleeper Transport)型との相異點は備装のみあつてで,他は全く同じものでる.(引用終わり)

写真(右)1937-1955年、スイス、飛行するスイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216 登録コード:HB-IRA)
Douglas DC-3-216, HB-IRA-216 im Flug Photographer Swissair
Links unten: Nebental des Flüsschens Ru mit dem Dörfchen Sommermont, links der Mitte unter Flugzeug: Nomécourt, unter Flugzeugspitze: Guindrecourt-aux-Ormes. Vermutlich: Strecke Dübendorf - London Dating ca. 1937-1955 Orientation: Horizontal Format: 13 x 18 cm Colour schwarz/weiss Orientation
Swissair, Douglas DC-3-216, HB-IRA
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR02-01843 引用。


当時の飛行機は固定脚が大半だったが、ダグラス(Douglas)DC-1、DC-2を引き継いでダグラス(Douglas) DC-3輸送機も引き込み脚を採用し、エンジンナセル後方の空間に降着装置が引き込まれる。しかし、完全な引き込み式ではなく、主輪のゴムタイヤは、下三分の一が機外に露出したままになっている。

写真(右)1937-1955年、スイス、飛行するスイス航空のダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216 登録コード:HB-IRA) :このDC-3輸送機は、1937-1955年の12年間以上、スイス航空で使用された。
Douglas DC-3-216, HB-IRA im FlugPhotographer Photographer Swissair Dating ca. 1937-1955 Physical Description Fotografie : Glasplattennegativ Special Size 13 x 18 cm Colour schwarz/weiss Orientation Querformat Categories ◾Sachkatalog > Architektur >Profanbauten + Profanarchitektur > Verkehrsbauten > Flughafen > Aufnahmegebäude (Dübendorf)
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR02-01842引用。


ダグラスDouglas)DC-2をアメリカ大陸横断飛行するダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)として改装する企画が持ち上がったが、客室キャビンに寝台を並列配置するには、胴体幅が狭かった。DC-2の乗客座席は、2列7行の14座席だったからである。そこで、胴体幅を拡張する大きな改造が実施され、ダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)が開発され、1935年12月17日に初飛行した。

写真(右)1937-1955年、スイス、飛行するスイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:226 登録コード:HB-IRI)
Douglas DC-3-216, HB-IRI im Flug Photographer Swissair
Links unten: Nebental des Flüsschens Ru mit dem Dörfchen Sommermont, links der Mitte unter Flugzeug: Nomécourt, unter Flugzeugspitze: Guindrecourt-aux-Ormes. Vermutlich: Strecke Dübendorf - London Dating ca. 1937-1955 Orientation: Horizontal Format: 13 x 18 cm Colour schwarz/weiss Orientation
Swissair, Swissair, Douglas DC-3-216, HB-IRI
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR02-01699 引用。



写真(上)1937-1948年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港の上を低空飛行するスイス航空のダグラスDC-2旅客輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRA)

Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRA im Flug DC-3 in Dübendorf, 1937-1939. Reportage mit ca. 25 Bildern (Auswahl digitalisiert, keine zusätzlichen Motive vorhanden) Dating: 1937-1939 Photography : nitrate-negative Orientation: Square Format: 6 x 6 cm Snow, Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRA, Aerodrome Dübendorf
写真は, ETH-Zürich Record Name: LBS_SR01-00812 引用。


写真(右)1937-1948年、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港の上空を飛び立つスイス航空のダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216 登録コード:HB-IRA)
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRA im Landeanflug auf den Flugplatz Dübendorf Dating: 1937-1948 Impressum: Physical Description: Photography : nitrate-negative Format: 6 x 6 cm Categories: Reportage photography, Snow, Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRA, Aerodrome Dübendorf, Propeller-driven aircraft, Swissair, Swissair, Swissair Archive Bildidentifikation Quelle: 816
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR01-00816 引用。


写真(右)1936年冬、スイス、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港の空港ビルを背景にしたスイス航空のダグラス(Douglas)DC-2(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO) とDC-3輸送機(機体コード:216 登録コード:HB-IRA) (奥):連絡用自転車が乗り捨てられている。
Douglas DC-2 115-B, HB-ITO und Douglas DC-3-216, Douglas DC-3-216, HB-IRA in Zürich-Dübendorf Photographer Unbekannt Dating ca. 1936 Caption Stempel verso: Archiv: R. Küng Physical Description Fotografie : Silbergelatine-Abzug Format Spezialmass Special Size 11 x 15 cm, Ausschnitt 10,5 x 14,5 cm Colour schwarz/weiss Orientation Querformat Categories ◾Sachkatalog > Architektur > Profanbauten + Profanarchitektur > Verkehrsbauten > Flughafen > Aufnahmegebäude (Dübendorf)
写真は, ETH-Zürich Record Name Ans_05035-544 引用。


wikipediaでは「DC-2は優秀で近代的な旅客機として世界各国の市場から高く評価されたが、これをベースに機体サイズを拡大した後続モデルのDC-3が輸送力の面でDC-2以上の大幅向上を達成し、市場のニーズがそちらに移行したため、DC-2の生産数は156機にとどまった。」とあるが、100機以上生産されれば、当時の航空産業ではベストセラーに近い成功作である。イタリアのフィアット(Fiat)G. 18 Vは9機、後継機フィアットG.12は30機の生産に留まっている。

ダグラス DC3 ダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)、ダグラスDC-3は、輸送機としては世界最多の1万機以上が量産されたベストセラーであり、使用した国も、アメリカ、イギリス、フランス、オランダのような連合国でも、日本、イタリアのような枢軸国でも使用された。ただし、形式の上では、DC-3輸送機の軍用仕様C-47輸送機として生産されたものが多く、その中で戦後まで生き残った機体は、戦後に民間輸送機に改造されたものも少なくない。

ダグラスDC-3を国産化した国は、アメリカに加えて、ソビエト連邦と日本でもダグラス社から製造権を購入してライセンス生産が行われている。

写真(右)1939年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機のコックピット上面にあるアンテナ支柱(マスト)と環状ループアンテナ(方位測定アンテナ):アンテナ支柱(マスト)から垂直尾翼の上部に2本のアンテナ線が張られ、碍子で結ばれている。
Swissair Title: Runde, vom Cockpit aus drehbare Peilantenne, vor dem Kurzwellen-Antennenmast bei einer Vorkriegs-Douglas DC-2 und -Douglas DC-3
Dating: 1931-1939 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Special Size: 6 x 6 cm
Categories: Cockpit + Aircraft radiocommunication and navigation compartment, Douglas DC-3
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-02345引用。


ダグラス(Douglas)DC-2とDC-3輸送機コックピット上方のアンテナ支柱(マスト)から垂直尾翼の上部に2本のアンテナ線が張られ、碍子で結ばれている。コックピット下方の支柱にはピトー管がついていて、流入する空気圧力から、飛行機の速力を計算する。貨物室扉は胴体後方左側にあるので、右胴体側面に出入口はない。

写真(右)1937-1939年、スイス連邦、チューリッヒ(Zürich)郊外、デュードルフ(Dübendorf)空港スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機(3-216, HB-IRA)の機首左方の貨物ハッチを開けての積み込み作業(前下方からの撮影):手前にはスイス航空の貨物運搬車が待っている。貨物ハッチは横に開く。強度を維持するために開口部は、大きいとは言えない。
Photographer: Swissair Title: Gepäckeinlad in die Douglas DC-3-216, HB-IRA in Dübendorf
Dating: 1937-1939 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRA, Aerodrome Dübendorf, Freigth and baggage services,
Copyright Notice: ETH-Bibliothek Zürich, Bildarchiv/Stiftung Luftbild Schweiz / Fotograf: Swissair / LBS_SR01-01933 / CC BY-SA 4.0
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00961 引用。


ダグラス DC3 『日本航空學会誌』 昭和17年7月 第9巻第87號によるDC-3輸送機の説明
DST(Douglas Sleeper Transport)型の場合: 操縱室はDC-3型の場合と同じ.旅客室は7つに區劃される.即ち胴體兩側に3室づつと,胴體の前方右側に旅客2人に對する私室所謂展望室とからなる.各室の座席は上段下段の寝臺に換へ得る.展望室を除いた客室内部は長さ5・94m幅2・34m,高さ1・93mの 廣さである.展望室は長さ2・2m,幅1・37m,高さ1・98m0.座席の幅は0・915mで3段に背受の位置を調節し得る.寝 臺の下段は長さ1・95m幅0・915m,上段は長さ1・95m,幅0・762mで,不用時は天井に折疊む.厨房室(バー)は胴體の左側にあり,丁度客室前方左側にある.化粧室及び更衣室は男女別にあり,何れも客室の後方で,右側に男子,左側に女子となつてゐる.客室の設備はDC-3型と同じであり,二つの郵便貨物室 は客室の前方で,右側は0・991m3の容積,左側は2・17m3の容積.外部より荷物を積込ための扉は操縱者の丁度 後方の左側に設けてある.荷物室は3・12m3の大きさで,化粧室の後方にあり,左側にこれの積込用扉がある.(北 川)」

写真(右)1937-1948年、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機の機首左方の貨物ハッチを開けての積み下ろし作業(前下方からの撮影):カートに乗せられた多数の規定の大きさの梱包された荷物が到着した。ハッチは上に跳ね上げて開口する。強度を維持するために開口部は、大きいとは言えない。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3 der Swissair beim Verladen
Caption: Dating: 1937-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Nose, Reportage photography, Douglas DC-3, Dübendorf, Aerodrome Dübendorf, Propellers, Freigth and baggage services,
Copyright Notice: ETH-Bibliothek Zürich, Bildarchiv/Stiftung Luftbild Schweiz / Fotograf: Swissair / LBS_SR01-01933 / CC BY-SA 4.0
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00883-02 引用。


スイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機コックピットの上にはアンテナ支柱があり、碍子2個がついていて、そこからアンテナ線2本張が水平尾翼方向にられている。荷物ハッチの前方にある乗客用の昇降口があるが、小型の丸窓がついている。DC-2 輸送機胴体後方左側には荷物用ハッチがあり、上に引き上げて開口する。しかし、開口部の大きさは、強度を維持するために制限されており、荷物の大きさ制限も厳しく、大型の荷物を積み込むには不便だった。

写真(右)1935-1948年、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO) 機首コックピットのすぐ後ろの左方の貨物室ハッチ(下側方からの撮影):カートに乗せられた多数の規定の大きさの梱包された荷物が到着した。機首貨物ハッチは横に開口し強度を維持するためにハッチの裏側に補強材がついている。強度を維持するために開口部は、大きいとは言えない。
Photographer: Swissair Title: Frachtverlad in den vorderen Gepäckraum einer Douglas DC-2 der Swissair in Dübendorf
Caption: Dating: 1935-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Nose, Reportage photography, Dübendorf, Aerodrome Dübendorf, Freigth and baggage services,
Copyright Notice: ETH-Bibliothek Zürich, Bildarchiv/Stiftung Luftbild Schweiz / Fotograf: Swissair / LBS_SR01-01933 / CC BY-SA 4.0
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00216 引用。


民間旅客機DC-2は機首に照明灯2個を装備し、夜間着陸や夜間の運用の便を図っていた。しかし、後継機のDST(Douglas Sleeper Transport)DC-3もDC-2軍用仕様のC-39輸送機も、照明灯を撤去している。その理由は、
1)敵から発見されやすいため、
2)量産性向上のため、
3)照明灯の運用実績と有効性が低かった、
という3点が指摘できる。

写真(右)1945年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機(機体コード:276, 登録コード:HB-IRE) 胴体後左方の貨物ハッチを開けての荷物積み込み作業(前上方からの撮影):カートに乗せられた多数の規定の大きさの段ボールに梱包された荷物が到着した。ハッチは上に跳ね上げて開口する。
Photographer: Swissair Title: Frachtverlad in eine Douglas DC-3 der Swissair in Dübendorf
Caption:Lastwagen von Jacky Maeder & Co Internationale Transporte Dating: ca. 1945 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Special Size: 11 x 15 cm, Ausschnitt 10 x 14,5 cm
Categories: Douglas DC-3, Dübendorf, Aerodrome Dübendorf, Freigth and baggage services,Lorries + Delivery truck
Copyright Notice: ETH-Bibliothek Zürich, Bildarchiv/Stiftung Luftbild Schweiz / Fotograf: Swissair / LBS_SR01-01933 / CC BY-SA 4.0
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-02631 引用。


スイス航空ダグラス(Douglas)DC-2輸送機の荷物積み下ろし作業には、機外に2名、機内にも2名が働いた。DC-2輸送機の荷物室は機体最後尾にあるので、天井も低くなり、荷物室内は狭いので、大人より小柄な少年荷物運搬員も働いていた。DC-3輸送機では、より大きな荷物用ハッチに改良されている。いずれにせよ、荷物用ハッチの開口部に即した大きさに荷物をルール規則している。

写真(右)1939年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機(機体コード:276, 登録コード:HB-IRE) 胴体後左方の貨物ハッチろ開けての積み込み作業(後上方からの撮影):カートに乗せられた多数の規定の大きさの段ボールに梱包された荷物が到着した。ハッチは上に跳ね上げて開口する。強度を維持するために開口部は、大きいとは言えない。
Photographer: Swissair Title: Frachtverlad in die Douglas DC-3-276, HB-IRE in Dübendorf
Caption:Dübendorf, Aerodrome Dübendorf, Douglas DC-3-276, HB-IRE, Freigth and baggage services Dating: ca. 1945 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Special Size: 11 x 15 cm, Ausschnitt 10 x 14,5 cm
Categories: Douglas DC-2 115-B, HB-ITO, Dübendorf, Aerodrome Dübendorf, World War II, Freigth and baggage services, Product photography, Propeller-driven aircraft, Swissair,
Copyright Notice: ETH-Bibliothek Zürich, Bildarchiv/Stiftung Luftbild Schweiz / Fotograf: Swissair / LBS_SR01-01933 / CC BY-SA 4.0
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-02629 引用。


ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機の機体後方左側に荷物用ハッチがあった。荷物室は、客室キャビンの後方で、乗客の搭乗する搭乗口の後ろに搭乗ドアがあったが、幅が狭いので、ここから大型荷物を運び入れることはない。乗客の荷物は、専用の人力運搬用カートに乗せて飛行機の脇まで運び、貨物室左の荷物用ハッチを上に開けて、手で荷物を運びあげる。

写真(右)1935-1948年、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-2 輸送機(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO) の貨物室に荷物を運び入れるスイス航空の地上勤務員:荷物用ハッチの前方には、乗客の搭乗する昇降用のステップがかけられていて、搭乗ドアが開放・固定されている。小雨があったのか、荷物運搬用のカートにはシートがあり、たたまれている。荷物を運び入れるには、機外に2名、機内にも2名の勤務員がいるのが普通だったようだ。
Frachtverlad in den hinteren Gepäckraum einer Douglas DC-2 der Swissair in Dübendorf Photographer Swissair
Dating 1935-1948 Physical Description
Fotografie : Nitratnegativ Colour schwarz/weiss
Orientation Square Format: 6 x 6 cm
Reportage photography, Dübendorf, Aerodrome Dübendorf, Freigth and baggage services
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00228 引用。


ダグラス(Douglas)DC-2輸送機の胴体後方の貨物室ハッチよりも、DC-3の貨物室ハッチは二回り大きく、荷物積み下ろし・積み込みの作業が少しは容易になった。DC-3輸送機では、より大きな貨物ハッチ(扉)に改良されていhttps://www.1999.co.jp/10772100るが、貨物室ハッチの開口部に即して、荷物の大きさを規則している。荷物出し入れの作業には、機外に2名、機内にも2名が働くのが一般的だったようだ。DC-2やDC-3輸送機の荷物室は機体最後尾にあるので、天井も低くなり、荷物室内は狭いので、大人より小柄な少年荷物運搬員も働いていた。

写真(右)1937-1948年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRA) 胴体後左方の貨物積み下ろし用ハッチから顔を出しているスイス航空少年荷物係:外板を金属モノコックに留める鋲の様子が明瞭にわかる。帽子にはSWISSAIRと記入されている。
Photographer: Swissair Title: Swissair-Gepäckboys in der Luke des Gepäckraums einer Douglas DC-3 der Swissair in Dübendorf
Caption: Dating: 1937-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Horizontal Format: 2,4 x 3,6 cm
Hostessen und Gepäckboys, 1937-1948. Reportage mit ca. 20 Bildern Categories: Reportage photography, Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRA,
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00243-01引用。


ダグラス (Douglas)DC-3輸送機はDC-2よりも大きな荷物用ハッチに改良されている。胴体が太く拡大されたために、ハッチの開口部を強度を維持して大きくすることが可能になった。

スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空の地上勤務員の服装は、オーバーオールのような巻頭衣で、飛行機の機体や備品にひっかからないようになっている。人力で段ボールに入れられた荷物を詰め込むが、ハッチの開口部は強度を維持するために大きいとは言えない。機内荷物室にも地上勤務員がいて荷物を整理し積み込んでいるのであろう。尾輪には、空気抵抗を減少させるカバーはついていないが、尾輪を止めるフォークは、流線形で空気抵抗に配慮しているようだ。

写真(右)1935-1937年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機コックピットの正副操縦士席:計器盤と操縦桿は、複式操縦なので左の正操縦士と右の副操縦士とで1対揃っている。中央にあるのは、羅針儀・水平儀で、2人の足元にはフットペダルがあり、垂直尾翼方向舵を操作する。
Photographer: Swissair Title: Cockpit einer Douglas DC-3 der Swissair mit Walter Mittelholzer am Steuer
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Douglas DC-3. Der Führerstand während des Fluges, links der Pilot und rechts der Funker. Besonders gut sichtbar ist die abgefederte Aufhängevorrichtung des Kompasses." Dating: 1935-1937 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aircraft radiocommunication and navigation compartment, Reportage photography, Mittelholzer, Walter , Flight pioneers, Douglas DC-3, Cockpit, Bord engineers
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00116 引用。


フラップは、揚力を高めるために、主翼から開いて空気の流れを主翼の上下で調整する動翼である。主翼後縁のフラップを下げることで揚力が高まる。主翼には、エルロン、フラップ、スポイラーといった動翼が取り付けられている。また、水平尾翼には昇降舵(エレベーター)が取り付けられている。

写真(右)1937-1948年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機コックピットの計器盤と正副操縦士席:計器盤と操縦桿は、複式操縦なので左右1対揃っている。中央にあるのは、羅針儀・水平儀で、足元にはフットペダルがあり、垂直尾翼方向舵を操作する。
Photographer: Swissair Title: Cockpit einer Douglas DC-3 der Swissair mit Walter Mittelholzer am Steuer
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Douglas DC-3. Der Führerstand während des Fluges, links der Pilot und rechts der Funker. Besonders gut sichtbar ist die abgefederte Aufhängevorrichtung des Kompasses." Dating: 1935-1937 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aircraft radiocommunication and navigation compartment, Reportage photography, Mittelholzer, Walter , Flight pioneers, Douglas DC-3, Cockpit, Bord engineers
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-02321引用。


飛行機の操縦桿を押せば、昇降舵(elevator)が動いて下に、引けば上に機体は動く。ただし、ハンドル(ステアリング)式の操縦桿なので、垂直尾翼の方向舵(rudder)にも連動している。操縦席の下にはペダルは、垂直尾翼の方向舵に連動していて、機体を左右に動かすものである。

飛行機主翼後縁下面に設けられた平たいフラップは、揚力を高めるために、主翼から開いて空気の流れを主翼の上下で調整する動翼である。主翼後縁のフラップを下げることで揚力が高まる。主翼には、エルロン、フラップ、スポイラーといった動翼が取り付けられている。また、水平尾翼には昇降舵(エレベーター)が取り付けられている。

写真(右)1966年3月21日、スイス連邦、チューリッヒ郊外、クローテン(Kloten)空港、スイス飛行学校(SLS:Swissair Aviation School)で訓練用に使用していたダグラス(Douglas)DC-3 輸送機のコックピットの正副操縦士:計器盤と操縦桿は、複式操縦なので左右1対揃っている。中央にあるのは、羅針儀・水平儀で、足元にはフットペダルがあり、垂直尾翼方向舵を操作する。
Photographer: Swissair Title: Schulung und Training im Cockpit einer Douglas DC-3 der Schweizerischen Luftverkehrsschule (SLS) in Zürich-Kloten
DC-3 mit neuer Instrumentierung Dating: 21.3.1966 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Horizontal Format: 9 x 12 cm
Categories: Cockpit + Aircraft radiocommunication and navigation compartment, Airport Zurich, Douglas DC-3, Kloten, Schweizerische Luftverkehrsschule (SLS),
写真は, ETH-Zürich Record NameLBS_SR03-09357-07 引用。


スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(HB-IRC, HB-IRN, HB-IRX)3機は 1964年まで20年間も就役していたが、老朽化したために体液となり、スイス飛行学校(SLS:Swissair Aviation School)に送られて飛行実習生の訓練機として1969年まで使用された。スイス飛行学校(SLS:Swissair Aviation School)は、チューリッヒ空港、公式にはチューリッヒ郊外クローテンに位置するチューリッヒ=クローテン空港に置かれた。この飛行場は、スイスで最大規模で最も就航数が多い。

写真(右)1939年5月15日、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3旅客輸送機(216、HB-IRA)の客室キャビン
Photographer: Swissair Title: Flugpassagiere in der Kabine der Douglas DC-3-216, HB-IRA
Caption1939 führte die Swissair mit der DC-3 HB-IRA drei Propagandaflüge (Süd, Nord und West) zur Landesausstellung aus. Der 2. Flug führte vom 15.5. bis zum 21.5.1939 über die Nordroute, von Zürich über Warschau, Kaunas, Riga, Tallinn, Helsinki, Stockholm, Oslo, Kopenhagen, Berlin und zurück nach Zürich. Pilot war Flugkapitän Nyffenegger, Chefpilot der Swissair
Dating: 15.5.1939 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Douglas DC-3, Product photography, Propeller-driven aircraft, Swissair, Cabin,
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR08-06-018-AL 引用。


ダグラス (Douglas)DC-3旅客輸送機の座席後面には、小物用ポケットが設けられている。天井・壁は局面で、緩衝用クッションが張られている。両脇に大型化された荷物棚と敷居が見える。21座席とはいっても、民間輸送では満席になることはあまりなく、余裕をもって腰かけているようだ。効率優先の軍用仕様とはこの点が異なっている。最前列の機内テーブルは、正面の隔壁に折りたたまれている。

ダグラス(Douglas)DC-3旅客輸送機は、肘掛け付リクライニング・ソファーが3列7座合計21座席あり、座席後面には、小物用ポケットが設けられている。座席には、機内食用のテーブルを取り付けることができるが、最前列の機内テーブルは、正面の隔壁に折りたたまれている。天井・壁は局面で、緩衝用クッションが張られている。両脇上側には、大型化された荷物棚と敷居が見える。DC-2では収納ネットだったが、DC-3では棚型にして収容能力は数倍になった。しかし、DC-2の14座席からDC-3の21座席に増加したとはいっても、民間航空輸送では高額なフライト料金だったために、21席すべてが満席になることはなく、余裕をもって腰かけることができた。

写真(右)1937年(?)、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(B-5-DK)の客室キャビン:床面を整備され、肘掛け付きソファー・リクライニングの座席を2列7座21座席分を設置した。壁側面には、緩衝用のクッションが張られ、上部には照明塔とスイッチが見える。天井は局面で両脇に大型化された荷物棚と敷居が見える。窓ガラスには、開け閉め可能な遮光カーテンがあり、座席後面には、小物用ポケットが設けられている。正面のコックピット扉には、NO ENTRANCE「立入禁止」と書いてある。
Photographer: Swissair Title: Kabine einer Douglas DC-3 der Swissair
Dating: ca. 1937 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Horizontal Format: 13 x 18 cm
Categories: Douglas DC-3, Dübendorf, Aerodrome Dübendorf、Cabin
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR02-10822引用。


ダグラス(Douglas)DC-3輸送機は、1930年代後半から頑丈な床面に、肘掛け付きソファー・リクライニング座席を2列7座21座席を配置し、客室キャビン壁側面には、衝撃緩衝用・エンジン騒音軽減用のクッションが張られている。乗客の読書や記帳の弁を図って、上部には個人使用できる照明塔とスイッチがついている。客室キャビン天井は、大型胴体の金属モノコックを生かして局面になっていて、両脇にはDC-2より大型化された荷物棚と棚敷居が見える。

写真(右)1937-1948年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機: 戦争が終わると、C-47の軍用仕様4列28座席は不評で、3列21座席の余裕を持った座席配置に変更されている。:
Photographer: Swissair Title: Kabine einer Douglas DC-3 der Swissair in Revision
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Douglas DC-3. Der Führerstand während des Fluges, links der Pilot und rechts der Funker. Besonders gut sichtbar ist die abgefederte Aufhängevorrichtung des Kompasses." Dating: 1937-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Product photography, Douglas DC-3, Swissair, Cabin
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00939引用。


ダグラス(Douglas)DC-3輸送機の客用の窓ガラスは、DC-2と同じく窓際の乗客1名当て1枚の大きな四角いガラス窓で、開け閉め可能な遮光カーテンがついている。座席の前には、前の乗客の座席後面に、小物用ポケットがある。客室キャビンの最先端の正面には、コックピットに通じるコックピット扉があり、そこには、乗客の出入りを禁止する"NO ENTRANCE”「立入禁止」の注意書きがある。

写真(右)1937-1948年、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(B-5-DK)の客室キャビン、エアホステスが前席から後席の乗客に話しかけている。:ソファー・リクライニングの座席を2列7座21座席分の脇には、大きなガラス窓があって視界が良い。窓ガラスには、開け閉め可能な遮光カーテンがあり、座席後面には、小物用ポケットが設けられている。
Photographer: Swissair Title: ssagier und Hostess in der Kabine einer Douglas DC-3 der Swissair
Dating: 1937-1948 Hostessen und Gepäckboys, 1937-1948. Reportage mit ca. 20 Bildern (Auswahl digitalisiert, keine zusätzlichen Motive vorhanden)
Colour: black and white Orientation: Horizontal Format: 2,4 x 3,6 cm
Categories: Flight Attendants, Hostess, Reportage photography, Bord service, Cabin service
写真は, ETH-Zürich LBS_SR01-00246-01 引用。


ダグラス(Douglas)DC-2輸送機の乗客数が14名と少ないので、DC-3は乗客21名と1.5倍も多く遥かに優れており、効率よいために大量生産されたというのは、のちに民需と軍需が増加した時期、すなわち第二次欧州大戦が、日米参戦で第二次世界大戦に拡大してからの話である。1930年代までは、座席数の際は、それほど問題にならなかったようだ。そのために、生産数は第二次大戦にアメリカが参戦しないうちは、DC-2の160機、DC-3の600機と差異はそれほど大きくなはい。民間航空は、旅の余裕と贅沢さという点で、効率重視の軍用輸送とは異なっていた。この差異を知らないと、DC-2を過小評価することになる。

写真(右)1947-1969年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-2輸送機(B-5-DK)の21座席ある客室キャビン:ソファー・リクライニングの座席を3列7座21座席分が設置されている。窓ガラスには、開け閉め可能な遮光カーテンがついている。窓の下にある丸い取手は取り外し可能な緊急脱出口、その脇の取り外し可能な灰皿・吸い殻ケースが見える。座席後面には、小物用ポケットが設けられている。
Photographer: Swissair Title: Kabine einer Douglas DC-3 der Swissair
Caption:Kabine für 21 Passagiere. Die Vorkriegs-DC-3 hatten die Einstiegstüren auf der rechten Rumpfseite, in der Mitte ist die Toilettentüre, rechts die Büffet-Schranktüre
Dating: 1937-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: DC-3, Seating, Product photography, Propeller-driven aircraft, Swissair
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00622 引用。


1937年の就役していたダグラスDouglasDC-2旅客機の座席は、ソファー・リクライニング・シートで、全部で2列7座14席だった。また、特定座席の脇には、取り外し可能な緊急脱出口が設けられている。丸い取っ手があって、それを回転させると、客室側面が外れて、不時着後に脱出できる。

ダグラス(Douglas) DC-3輸送機の乗客数は、民間仕様で3列7座21座席分が設けられている。他方、ダグラス(Douglas) DC-3軍用仕様C-47輸送機で7座4列席28座席分が設けられている。

写真(右)1947-1969年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、スイス航空ダグラス(Douglas)C-47 軍用輸送機(B-5-DK)の客室キャビンと貨物室:C-47はアメリカ陸軍仕様であるために、乗客よりも貨物室を優先した軍用輸送機である。木製板の床面をが整備され、ソファー・リクライニングの座席を2列3座6座席分を設置されている。左側は、乗客通路と荷物移動スペースを兼ねている。壁側面には、緩衝用のクッションが張られ、四角の窓ガラスには、開け閉め可能な遮光カーテンがついている上に、貨物室と客室を隔てる大型のカーテンも装備している。座席後面には、小物用ポケットが設けられている。
Photographer: Swissair Title: Frachtinnenraum der Douglas DC-3, HB-IRX
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Douglas DC-3. Der Führerstand während des Fluges, links der Pilot und rechts der Funker. Besonders gut sichtbar ist die abgefederte Aufhängevorrichtung des Kompasses."
Dating: 1947-1969 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Vertical Format: 13 x 18 cm
Categories: Cargo and luggage compartment, Seating, Douglas C-47 B-5-DK DC-3 Freighter, HB-IRX, Product photography, Freight aircraft, Propeller-driven aircraft, Swissair, Cabin, Swissair, Swissair Archive
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR03-05523 引用。


1937年の就役していたスイス航空のダグラスDouglas)DC-2旅客機は、ソファー・リクライニングの座席を3列7座21座席分が設置されている。座席の脇には、取り外し可能な灰皿ケース、壁側面には、緩衝用のクッションが張られ、四角の窓ガラスには、開け閉め可能な遮光カーテンがついている。座席後面には、小物用ポケットが設けられている。

写真(右)1937年6月-1955年3月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、飛行機格納庫併設の修理工場、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRI)の引き込み式降着装置の整備作業:車輪の上げ下げが検査できるように、機体は三脚で支えられている。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRI in der Werkstatt
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Dieses Bild zeigt eine Douglas DC-3 in der Werft der Swissair. Jedes Flugzeug wird nach einer bestimmten Anzahl Flugstunden überholt, indem die wichtigsten Bestandteile demontiert, einzeln geprüft und evtl. repariert werden. Erst nach genauer Kontrolle wird die Montage wieder in Angriff genommen. Vor Übergabe des revidierten Flugzeuges an den Streckendienst findet eine Fertigkontrolle und ein eingehender Probeflug statt." Dating: 22.6.1937-28.3.1955 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aerodrome Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRI
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00520 引用。


『日本航空學会誌』 昭和17年7月 第9巻第87號によるダグラス(Douglas) DC-3輸送機の説明

胴體:DC-2型 の胴體 は橢圓型 に似た斷面であつたが,DC-3型は殆ど圓形に近い斷面となし,著しく太くなつた割合に抵抗の増加は認められない.胴體はアルクラッド24-ST及び24-SRT合金の張殼式構造である.
尾翼:固 定翼は主翼構造 と同 じ多劃式構造であるが,可動翼は羽布張りで,これ等には調整タブを夫々付けてある.
降 着裝 置:引込型式で,車輪の上下操作は發動機驅動の油壓装置 により25秒以内で行はれる.

写真(右)1935-1948年6月-1955年3月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、飛行機格納庫併設の修理工場、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRI)の引き込み装置の点検作業:車輪の下げているが、機体は三脚で支えられている。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRI in der Werkstatt
Dating: 1935-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Maintenance + Servicing + Engine test, Aerodrome Dübendorf, Propellers
写真は, ETH-Zürich Record Name  LBS_SR01-01211 引用。


ダグラスDouglas)DC-2輸送機とDC-3輸送機の発動機は全く同じライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン(一部はP&Wツインワスプ空冷星形14気筒エンジン)であるが、エンジン出力が向上したために最高速力はDC-2の340 km/h,からDC-3の368 km/hに向上している。

写真(右)1937年6月-1955年3月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、飛行機格納庫併設の修理工場、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機(機体コード:115-D, 登録コード:HB-IS)の引き込み装置の点検作業:車輪の上げ下げが検査できるように、機体は三脚で支えられている。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRI in der Werkstatt
Caption:Fahrwerktest bei aufgebocktem Flugzeug. In der Werft Dating: ca. 1935 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aerodrome Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRI
写真は, ETH-Zürich Record Name  LBS_SR01-00516 引用。


ダグラスDouglas)DC-1 輸送機は、1930年代中頃、戦闘機でも固定脚が一般的だった時代に、引き込み脚の降着装置を備え、DC-2輸送機でこの引き込み脚を完全に実用化した。胴体を大型化したダグラス(Douglas) DC-3輸送機では、重量がDC-2輸送機の11,430 kgから13,190 kg に増加したために、降着装置は同様の構造だが、強度を高めて頑丈なものとなった。また、エンジン出力も同じ排気量ながら向上されている。

写真(右)1937年6月-1955年3月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、飛行機格納庫併設の修理工場、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3 輸送機(機体コード:115-D, 登録コード:HB-IS)の引き込み装置の点検作業:車輪を上げているが、機体は三脚で支えられている。
Photographer: Swissair Title: Douglas DC-3-216, HB-IRI in der Werkstatt
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Das rechte Fahrgestell einer DC-3 ist eingezogen. Unter dem Rad ist die Aufbockvorrichtung sichtbar, auf welcher das Flugzeug während dieser Funktionsprüfung des Fahrgestellmechanismus ruht.". In der Werft 22.6.1937-28.3.1955 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aerodrome Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRI
写真は, ETH-Zürich Record Name  LBS_SR01-00517引用。


『日本航空學会誌』 昭和17年7月 第9巻第87號によるダグラス(Douglas) DC-3輸送機の説明
艤 裝:(DC-3型の場合)主翼の前方に操縱室があり,旅客室から通廊を經てこゝに行ける.複操縱装置付,操縱室の天井には非常脱出口があ る.客室内は廣く長さ8・44m,幅2・34m,高さ1・98mあり,24人の旅客席が設けてある.即ち左側に2人掛座席8列,右側に1人掛座席8列でその間に廊下がある.厨房室は胴體の左側で2人掛座席の後方にあり,化粧室はその後方にある.而も客室入口扉の接近したところにある.旅客 室は完全な防音裝置が施されて噪音度は72デシベルを越えない.その外換氣,媛房等を備へる.客室の前方の通路の兩側に2ヶ所づゝ計4ヶ 所に郵便貨物室がある.右側のそれは前方0・991m3,後方1・42m3,左側のそれは前方0・38m3,後方1・42m3の大きさであつて,この2室は續 いてゐるからまた一つの大きな室にすることも出來る.操縱席の背後で左側には外部より貨物を積込むための扉を設けてある,容積4・42m3の貨物室は厨房室(バ ー)及び化粧室の後部にあり,左側に外部より貨物を積込むための扉を設ける.夜間飛行に對する裝備品,無線通信裝置等は勿論備へてある.

写真(右)1937年6月-1955年3月、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、飛行機格納庫併設の修理工場、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRI)の引き込み式降着装置の整備作業:車輪の上げ下げが検査できるように、機体は三脚で支えられている。発動機ライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンは、ナセルとともに外されている。
Photographer: Swissair Title: Douglas Douglas DC-3-216, HB-IRI in der Werkstatt
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Das Fahrgestell ist einziehbar. Die Räder werden mittels Oeldruck nach vorn in die Motorgondel hochgezogen.". In der Werft Dating: 22.6.1937-28.3.1955 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Aerodrome Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRI
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00515 引用。


『日本航空學会誌』 昭和17年7月 第9巻第87號によるダグラス(Douglas) DC-3輸送機の説明
動力装置: 發動機 はDC-3型もDST型も同じものを装備.2個の主然料タンク(794L)は墓準翼の桁前方に置れ,2個の補助燃料タンク(760L)はその桁の後方に,1個の滑油タンク(126L)は各發動機ナセル内に置れる.

写真(右)1937年-1948年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、飛行機格納庫併設の修理工場、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRI)の発動機の整備作業:車輪の上げ下げが検査できるように、機体は三脚で支えられている。発動機ライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンナセルは、外されている。
Photographer: Swissair Title: Flugzeug- und Motoren-Revision einer Douglas DC-3 in der Werft der Swissair in Dübendorf
Caption:Zeitgenössische Bildbeschreibung des Swissair-Marketings: "Das Fahrgestell ist einziehbar. Die Räder werden mittels Oeldruck nach vorn in die Motorgondel hochgezogen.". In der Werft Dating: 1937-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 6 x 6 cm
Categories: Douglas DC-3, Dübendorf, Maintenance + Servicing + Engine test, Aerodrome Dübendorf
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-00652引用。


ダグラス本DC3 ダグラス(Douglas) DC-3輸送機の発動機であるライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンは、シリンダー(気筒)のボア6.125インチ (155.58mm)、ストローク 6.875インチ (174.63mm)、全長 48.23インチ (1,225.04mm)、エンジン直径 55.10インチ(1,399.54mm)

ダグラスDouglas)寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)DC-3搭載のライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンの排気量は 1,823立方インチ(29.87 L)、乾燥重量は 1,310ポンド (594kg)、離昇出力は 1,200hp(895kW)/毎分2,500回転で、第二次大戦までに大実用化され、大量生産されたエンジンの中で信頼性が高く、高い性能を誇っている。

ダグラス(Douglas) DC-3のライトR-1820 サイクロンは、1931年から実用化された空冷星形9気筒エンジンエンジンで、カーチス・ライトは、サイクロン9気筒エンジンを複列して18気筒化し排気量を2倍の3350立方インチの大型エンジンの開発を始めた。これがライト R-3350 サイクロン 18(Wright R-3350 Cyclone)である。このエンジンは、廃棄タービンを装備し航空における出力を向上しており、ボーイングB-29四発重爆撃機に搭載された。

写真(右)1937-1948年、スイス連邦、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、飛行機格納庫併設の修理工場、スイス航空ダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-IRI)の発動機の整備作業:発動機ライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンナセルは、外されている。車輪の上げ下げが検査できるように、機体は三脚で支えられている。
Photographer: Swissair Title: Wartungsarbeiten an einer Douglas DC-3 der Swissair in der Werft am Flugplatz in Dübendorf
Caption:Der linke Aussenflügel sowie der Motor sind demontiert Dating: 1937-1948 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Square Format: 2,4 x 3,6 cm
Categories: Douglas DC-3, Dübendorf, Maintenance + Servicing + Engine test
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR01-02396-37 引用。


ダグラスDouglas)DC-2 輸送機の発動機は、信頼性の高いライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン730 hp(540 kW)で、既に1931年にライト社が開発、実用化し1933年1月30日初飛行のカーチス T-32 コンドルII(Curtiss T-32 Condor II)、1935年3月20日初飛行のグラマンF3F (Grumman F3F)、1935年4月初飛行のダグラスDouglas)B-18 ボロ(Bolo)爆撃機、1935年7月22日初飛行のボーイングB-17 フライングフォートレス(Boeing B-17 Flying Fortress)など多数の機体、特に爆撃機が装備している。

写真(右)1937-1948年、スイス、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港の空港ビルから眺めたスイス航空(Swissair)のデハビランド(De Havilland)ドラゴン(Dragon)DH-89(登録コード:HB-APA)輸送機、DC-3輸送機(機体コード:226, 登録コード:HB-IRI) 、ダグラスDC-2(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITA)(最奥左):手前のフェンスのうち側では見送りや見物の人々が集まり、右には登場する乗客が待機している。ただし、右のDC-3の昇降口には乗客がすでに集まっている。
Zuschauerterrasse und die Douglas DC-2 115-B, HB-ITA, Douglas DC-3-216, HB-IRI und De Havilland Dragon DH-89, HB-APA auf dem Flugplatz Dübendorf
Photographer Swissair Dating 1937-1948
Caption Die Fracht ist vom Camion in die HB-IRO umgeladen worden
Physical Description Fotografie : Nitratnegativ Format 6 x 6 cm Colour schwarz/weiss
Orientation Square Categories Douglas DC-2 115-B, HB-ITA, Reportage photography, Dübendorf, Douglas DC-3-216, HB-IRA, Aerodrome Dübendorf, de Havilland Dragon Rapide D.H. 89A, HB-APA
写真は, ETH-Zürich LBS_SR01-01065引用。


ダグラスDouglasDC-3輸送機のライト(Wright)R-1820 サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンは、カーチス・ライト社のベストセラーとなり、ダグラスDouglas)DC-1、DC-2輸送機、ボーイングB-17 フライングフォートレス重爆撃機、ブリュスター (Brewster) F2A バッファロー艦上戦闘機、ゼネラルモーターズFM-2艦上戦闘機、ダグラス(Douglas)SBD ドーントレス艦上爆撃機、カーチスSBC ヘルダイバー艦上急降下爆撃機、ロッキード L-18 ロードスター輸送機/哨戒爆撃機が装備した発動機である。

デハビランドDH.89 デハビランド(De Havilland)ドラゴン(Dragon)ラピードDH-89複葉機は、1934年4月17日に初飛行した木製・複葉羽布張り主翼・固定脚という堅実な設計だった。全長10.5 m、全幅14.6 m、全高3.1 m、主翼面積32 m²、空虚重量1,460 kg、全備重量2,490 kgで、発動機製自社のデハビランド(De Havilland)ジプシークイン(Gipsy Queen)空冷6気筒エンジン205 hp (153 kW)2基を搭載し、乗客8名、最高速力253 km/h、航続距離920 kmだった。

wikipediaでは「ドラゴン・ラピードは主に近距離旅客機として運用され、戦時中は軍事用として運用された。またイギリスで1930年代に開発されたほかの航空機よりも操縦性に優れていたため、最も商業的成功を収めた機体であった。」と説明しているが、デハビランド(De Havilland)ドラゴン(Dragon)DH-89複葉機は、民間旅客機としては200機程度の生産で、その後、第二次世界大戦中はイギリス空軍にデハビランド・ドミニエ機上練習機として制式され、500機が生産された。つまり、民間旅客機と練習機と合計でデハビランドDH-89複葉機は、727機が量産され、1946年の生産終了後も堅牢な構造を生かして、長期間、世界中で活躍し続けた。

写真(右)1946年4月16日、スイス、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港の空港ビルから眺めたスイス航空(Swissair )のダグラスDC-2(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO)(最奥)とダグラスDC-3D輸送機(登録コード:HB-IRB)、DC-3輸送機(機体コード:227A, 登録コード:HB-IRO) (手前):DC-2もDC-3ともに10年間もスイス航空に就航の老朽機である。
Douglas DC-3-227A, HB-IRO und Douglas DC-3D, HB-IRB sowie Douglas DC-2 115-B, HB-ITEPhotographer
Photographer Swissair Dating 25.4.1946
Caption Die Fracht ist vom Camion in die HB-IRO umgeladen worden
Physical Description Fotografie : Nitratnegativ Format 6 x 6 cm Colour schwarz/weiss
Orientation Quadrat Categories ◾Sachkatalog > Verkehrsmittel > Luftverkehr > Flugzeugtyp nach Hersteller > Douglas > Douglas DC-2 115-B, HB-ITE
写真は, ETH-Zürich Metadata for image LBS_SR01-03078引用。


写真(右)1946年4月16日、スイス、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港の空港ビルから眺めたスイス航空(Swissair )DC-3D輸送機(登録コード:HB-IRB)、DC-3輸送機(機体コード:227A, 登録コード:HB-IRO) と奥のダグラスDC-2(機体コード:115-B, 登録コード:HB-ITO)(最奥)とダグラス:DC-2もDC-3ともに10年間もスイス航空に就航しているベテランである。
Douglas DC-3-227A, HB-IRO und Douglas DC-3D, HB-IRB sowie Douglas DC-2 115-B, HB-ITEPhotographer
Photographer Swissair Dating 25.4.1946
Caption Die Fracht ist vom Camion in die HB-IRO umgeladen worden
Physical Description Fotografie : Nitratnegativ Format 6 x 6 cm Colour schwarz/weiss
Orientation Quadrat Categories ◾Sachkatalog > Verkehrsmittel > Luftverkehr > Flugzeugtyp nach Hersteller > Douglas > Douglas DC-2 115-B, HB-ITE
写真は, ETH-Zürich LBS_SR01-03075 引用。


写真(右)1946-1950年、スイス連邦、飛行するスイス航空ダグラス(Douglas)C-47 輸送機(B-5-DK:HB-IRD):主車輪は引き込み式だが、離陸したばかりなので、まだ引き込まれていない。尾輪は固定式なので、引き込みはできない。コックピットの上のアンテナ支柱からアンテナ線が2本、垂直義翼上部まで張られているが、つなぎ目には、碍子がある。コックピット下方の支柱は、ピトー管で、正面から流入する風圧を使って、速度を計測する。
Photographer: Swissair Title: Douglas C-47 B-5-DK DC-3 Freighter, HB-IRD im Flug
Caption:Kabine für 21 Passagiere. Die Vorkriegs-DC-3 hatten die Einstiegstüren auf der rechten Rumpfseite, in der Mitte ist die Toilettentüre, rechts die Büffet-Schranktüre
Dating: 1946-1950 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Horizontal Format: 9 x 14 cm
Categories: C-47 B-5-DK DC-3 Freighter, HB-IRD,
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR03-10823 引用。


ダグラスDC3 ダグラスDouglas)寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)は、寝台14名分を二段ベットとして2列14寝台を配置した。DSTは、アメリカン航空で1936年6月25日に就航した。そして、DSTの寝台を乗客座席に変更したのがDC-3輸送機で、座席配置は3列7行21座席を確保することができた。DC-3輸送機もアメリカン航空によって採用され1936年9月に就航したのである。DC-3は、DC-2の拡張型で、胴体幅が若干拡大され座席数は14席から21席に5割も増加したが、技術的にはDC-2と変わりがなく、燃費と製造コストはそれほど悪化しなかった。

つまり、旅客機の乗客さえ確保できれば、ダグラスDouglas)DC-2よりもDC-3の方が経済効率が高く、収益を上げることができた。こうして、DC-3輸送機は、戦前から1941年6月の太平洋戦争勃発までに、アメリカのTWA、ユナイテッド航空、イースタン航空、デルタ航空のほかにも、スイス航空、KLMオランダ航空、日本航空輸送から採用された。

写真(右)1937-1948年、スイス、チューリッヒ郊外、デュードルフ空港、飛行格納庫で整備中のスイス航空のDC-3輸送機:エンジンナセル外側に集合排気管が長く伸びて排煙で機体を汚さないように配慮している。機首に記入されたSWISSAIRのデザインは後期のものなので、戦後の撮影であろう。DC-3輸送機は、1937-1955年の12年間以上、スイス航空で使用された。
Douglas DC-3 der Swissair Photographer Swissair
Physical Description: Photography : nitrate-negative Dating ca. 1937-1948 Orientation: Horizontal Format: 2,4 x 3,6 cm Colour schwarz/weiss Orientation Querformat
Categories Nose, Douglas DC-3, Dübendorf, Aerodrome Dübendorf, Propellers, Hangars + Aircraft hangars
写真は,ETH-Bibliothek, ETH Zürich Record Name LBS_SR01-09014-43 引用。


ダグラスDC3 『日本航空學會誌 昭和17年7月 第9卷 第87號』p.838に、次のようなダグラス(Douglas) DC-3の説明がある。
「(DC-3)本機は世界の航空輸送の發達に貢獻したDC-2型14人乘旅客輸送機よりも更に大型化したものであつ て,而も惡癖のない操縱性や安全性や快適さは増々高められた.昭和10年の末に本機第1號が完成 した.DC-3型とDST型との相異點は備装のみあつてで,他は全く同じものである.」

写真(右)1990年10月24日、ドイツのベルリン・テーゲル空港へ飛行するためにスイス航空の古典的仕様に塗装されているダグラス(Douglas)DC-3輸送機(機体コード:216, 登録コード:HB-ISB):ベルリン・テーゲル空港でダグラスDC-3、HB-ISBによるベルリンの航空交通の再開の祝典が開催され、そのためにDC-3輸送機(HB-ISB)が記念飛行することとなり、特別記念フライト用に「Classic Air」として古典的なSwissairのロゴが塗装された。
Photographer: Swissair Title: Feier zur Wiederaufnahme des Berlin-Verkehrs mit der Douglas DC-3, HB-ISB in Berlin-Tegel
Caption:Die DC-3, HB-ISB wurde für diesen Flug von der "Classic Air" gechartert und mit dem Swissair-Logo bemalt Dating: 24.10.1990 Physical Description: Photography : nitrate-negative
Colour: black and white Orientation: Horizontal Format: 2,4 x 3,6 cm
Categories: Erstflug nach Berlin DC-3, 1990. Reportage mit 158 Bildern (Auswahl digitalisiert, keine zusätzlichen Motive vorhanden)
写真は, ETH-Zürich Record Name LBS_SR05-090051-14 引用。


ダグラスDC3

オランダ、アムステルダム東50キロ、レリスタット(Lelystad )空港、アボドローム (Aviodrome)航空博物館には2機のダグラス(Douglas)C-47、2機のダグラス(Douglas)DC-2輸送機がある。

ダグラスDouglas)DC-2のうち1機は、1934年のマックロバートソン飛行レース(MacRobertson Air Race)でオーストラリアのクイーンズランド州チャールビル (Charleville)に出場し、総合2位になったKLMオランダ航空(KLM Royal Dutch Airlines)のダグラスDC-2(登録コード:PH-AJU)の復元機で、飛行可能な状態にある。


写真(上)2006年5月、オランダ、アムステルダム東50キロ、レリスタット(Lelystad )空港、アボドローム (Aviodrome)航空博物館、スカンジナビア航空ダグラス(Douglas)DC-3ダコダ(Dakota)旅客輸送機
:原型はダグラスC-47軍用輸送機(製造番号:c/n 13883, 登録コード:SE-CFP)で、その払い下げを受けてDC-3民間旅客機仕様に改造された。アボドロームには2機のダグラスC-47、2機のDC-2輸送機がある。
Some oldies here, made during the Dakota Day at the Aviodrome aviation museum in Lelystad, The Netherlands on the 28th of may 2006. A fine collection of airworthy Dakota's visited the airfield. SE-CFP was the Swedish contribution to this event and this is a Douglas C-47A with c/n 13883. It is operated by the Flygande Veteraner and the livery is clearly an early SAS colourscheme. Date 28 May 2006, 12:56 Author Archangel12
写真はWikimedia Commons, Category:Dakota Day 2006 引用。


ダグラスDC3 wikipedia「医療用航空機」の項目には「アメリカでは第二次世界大戦中に練習機のボーイング・ステアマン モデル75の後部座席を撤去し、負傷兵を担架ごと乗せられるようにした救急輸送型「N2S Ambulance」を配備していた。」とある。日本人には、軍用飛行機には詳しい人が多いので、医療用の患者輸送機についても、戦時でも国際的に運行を保証された病院船と同じように軍用機から説いている。

しかし、実際には、1930年代からスイス航空では、フォッカー単発機を使った百日咳の治療飛行、DC-2双発輸送機を使った金持ちスキー客の骨折患者輸送など、第二次世界大戦が勃発する前から、民間需要を当てにした患者輸送機が発達していたのである。日本では、親方日の丸の国策会社が「民間航空」と称しており、国庫補填による赤字経営が当然だったが、諸国の民間航空の運用について外国語文献も含めて知見を広めると、様々なことがわかる。


4.ダグラス(Douglas)C-47軍用輸送機

写真(右)1942年、アメリカ、アメリカ陸軍航空隊のダグラス(Douglas)C-47 軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain):貨物室扉は胴体後方左側にあるので、右胴体側面に出入口はない。アメリカ軍飛行機の国籍マークは、1942年から1943年前半までは、青丸白星だが、1943年後半から青丸白星と袖(スターアンドストライプ)を採用した。
Douglas : C-47 Manufacturer: Douglas Designation: C-47 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00047033引用。


1936年から就航したダグラスDC-3輸送機は、アメリカ、スイスなどで大活躍しており、既に十分ンア実績と信頼性が保証されていた。そこで、1939年9月に、第二次世界大戦が勃発すると、未だに中立国だったアメリカも参戦の準備をはじめる中で、主力輸送機として実績あるダグラスDouglas)C-47輸送機として、1940年9月16日に147機の製造を命じた。発注されたダグラス(Douglas)C-47量産第1号機がアメリカ陸軍に引き渡されたのは、太平洋戦争勃発2週間後の1941年12月23日である。

写真(右)1943-1945年、中国、インド・ビルマ・中国戦線の補給任務に就いたアメリカ陸軍航空隊のダグラス(Douglas)C-47 軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain):給油タンクローリーからゴムホースで、主翼の燃料タンクに燃料補給を受けている。
C-47 Subject: The Flying Tigers - China Title: C-47
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00994引用。


アメリカ陸軍航空隊のダグラスDouglasDC-3の軍用仕様ダグラス(Douglas)C-47輸送機スカイトレイン(Skytrain)は、実用性が高く信頼できる輸送機として、アメリカ海軍はR4D輸送機の形式名を与えて制式し、イギリス空軍はダコタ(Dakota)輸送機と命名して部隊配備した。純粋なダグラスDC-3民間輸送機は600機程度の量産にとどまったが、ダグラス(Douglas)C-47輸送機スカイトレイン(Skytrain)は、第二次世界大戦の最中、太平洋戦争にアメリカが突入した直後の1941年12月23日に初飛行し、戦時中に1万174機が大量生産されている。

写真(右)1943-1945年、中国、インド・ビルマ・中国戦線の輸送任務に就いたアメリカ陸軍航空隊のダグラス(Douglas)C-47 軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain):胴体左後方の大型貨物用扉がついているように見える。
C-47 Subject: The Flying Tigers - China Title: C-47
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 01001引用。


ダグラスDouglas)DC-3ダコダ旅客輸送機の軍用仕様が、ダグラス(Douglas)C-47輸送機スカイトレイン(Skytrain)で、活躍したのは、第二次世界大戦がはじまってからである。要人輸送、物資輸送、空挺作戦に使用されたが、アメリカ陸軍航空隊の他にも、アメリカ海軍、イギリス空軍も多数配備した。

アメリカ軍の飛行機の国籍マークは、青丸地に白星・中央に赤丸で、垂直尾翼には赤と白のストライプ模様が塗装されていた。しかし、第二次世界大戦参戦後は目立ちすぎるとして、白星中央の赤丸は廃止、垂直尾翼の赤白のストライプも廃止され、青丸地白星となった。 アメリカ軍機の「青丸地白星」の国籍マークは、1943年前半まで採用された。

写真(右)1945年、中国、インド・ビルマ・中国戦線、アメリカ陸軍航空隊のダグラス(Douglas)C-47 軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain):胴体左後方の大型貨物用扉があるので、その周辺に人員と貨物が集まっている。
C-47 Laohwangpalg 1945 Subject: The Flying Tigers - China Title: C-47 Laohwangpalg 1945
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 01000引用。


ダグラスDouglas)C-47輸送機は、民間旅客用だったダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)DC-3の乗客昇降扉を拡大し、観音開きとした大型貨物扉を取り付けた。これによって、人間が持つことのできる荷物の大きさであれば、問題なく積み下ろしができるようになった。また、重量ある貨物を積載するために、貨物室の床面もが強化され、乗客用にはソファーではなく、簡易な折り畳み式座席として、重量軽減と貨物室のスペース確保を容易にした。座席であれば、DC-3では3列7座合計21名だったところ、1列増加して4列7座合計28名の人員を乗せることができた。

写真(右)1944年、中国、インド・ビルマ・中国戦線の輸送任務に就いたアメリカ陸軍航空隊のダグラス(Douglas)C-47B 軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain)の編隊飛行:機首にエンブレムを描いている。胴体左後方の大型貨物用扉がついている。
Douglas C-47B, 43-15384 04340017 Jack D. Canary Special Collection Photo Jack Canary was a Tech Rep with North American Aviation in China during World War Two. After the War, he continued to work with NAA and also built and restored aircraft. He worked as a consultant on the film “Tora, Tora, Tora” and was killed while flying a PT-22 for the film in 1968..
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive 引用。


アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス郊外、イングルウッド(Inglewood)、ダグラス(Douglas Aircraft Company)ロングビーチ飛行機工場では、1935年7月28日のボーイングB-17F ("Flying Fortress")重爆撃機( heavy bomber)、1939年1月23日初飛行のダグラスA-20 ハボック("Havoc")攻撃機(assault bomber)、1941年12月23日初飛行のダグラス(Douglas)C-47輸送機スカイトレイン(Skytrain)などを生産していた。

写真(右)1944年6月頃、イギリス(?)、ノルマンディー上陸作戦前後、アメリカ陸軍空軍第29飛行隊のダグラス(Douglas)C-47A軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain)の発動機プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney)ツインワスプ(Twin Wasp)空冷二重星形14気筒エンジン1,200hp (排気量29.978L)など機体の整備作業:機首には、大編隊を組むときに便利なようにW6と大きな符号が振られている。専用の高い踏み台に乗った整備員が機首内部を点検作業をしている。窓枠には、搭乗する兵士が小銃で射撃できるような簡易銃座が設けられている。
Douglas : C-47 : Skytrain Manufacturer: Douglas Designation: C-47 Official Nickname: Skytrain.
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00013265引用。


ダグラス寝台機DST(Douglas Sleeper Transport)ダグラスDouglas)DC-3輸送機および1941年12月23日初飛行のダグラス(Douglas)C-47輸送機スカイトレイン(Skytrain)の発動機は、直径55.10インチ (1,399.54mm) のライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン1,200hp(排気量29.87L)あるいは直径48.03インチ (1,220 mm)のプラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney)ツインワスプ(Twin Wasp)空冷二重星形14気筒エンジン1,200hp (排気量29.978L)2基を装備している。同出力であれば、エンジン直径が小さなほうが空気抵抗は小さくなるので、飛行性能は向上する。

ダグラスDouglas)C-47輸送機が実施した初めての大規模な空挺作戦は、1943年7月の地中海、イタリア領シシリー島攻略「ハスキー作戦」の時である。この時には、空挺部隊の兵士4,000名が降下した。また、1年後の1944年6月のノルマンディー侵攻D-Dayのときは、アメリカ、イギリス、カナダなど西側連合国軍の兵士 5万名が降下した。

写真(右)1944年6月頃、イギリス(?)、ノルマンディー上陸作戦前後のアメリカ陸軍空軍第29飛行隊のダグラス(Douglas)C-47A軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain)(50-DL, s/n 42-24198):機首には、大編隊を組むときに便利なように5Xと大きな符号が振られている。胴体左後方の大型貨物用扉があるが、胴体右に扉はない。窓枠には、搭乗する兵士が小銃で射撃できるような簡易銃座が設けられている。
Carl Gwartney Collection Image Carl Gwartney Image: From the Album 1944 England Holland; Gwartney served in the 29th Troop Carrier Squadron --- filenamegwartney 0331.tif---Please tag these photos so information can be recorded.---Note: This material may be protected by Copyright Law (Title 17 U.S.C.)--Repository: San Diego Air and Space Museum
C-47A-50-DL, s/n 42-24198, coded 5X-Z. Assigned 29th TCS, 313th TCG, 52nd TCW, 9th AF. Condemned /salvaged 1947.
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive pictionid72185750-引用。


1944年6月のノルマンディ侵攻「オーヴァーロード作戦」に際しては、アメリカ軍、イギリス軍を中核とする西側連合国軍は、多数の航空機が味方の艦艇や地上軍の上空を飛行するために、味方撃ちの誤射が懸念された。」そこで、味方機であることを明確にするために、1944年の上陸作戦準備段階で、アメリカ陸軍航空隊第8空軍との第9空軍では、白黒インベイジョン・ストライプを導入した。これは、主翼と胴体に白黒ストライプの塗装をして、味方識別を容易にするもので、当初は、主翼上下面一周、胴体後方の上下面一周に幅46センチ白帯3本と黒帯2本を交互に描いた。

写真(右)1945年1月、ノルウェー北部、ノルマンディー上陸作戦前後のストライプを残しているアメリカ陸軍空軍ダグラス(Douglas)C-47軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain)に乗り込むノルウェー警察軍の将兵たち:胴体左後方の大型貨物用扉があるが、片方だけを開けて人員を乗せている。窓枠には、搭乗する兵士が小銃で射撃できるような簡易銃座が設けられている。
Balchen and C-47 Unit SDASM.TITLE: Balchen and C-47 Unit SDASM.CORPORATION NAME: Douglas SDASM.DATE: 1945 SDASM.LOCATION: North Norway SDASM.ADDITIONAL INFORMATION: Norwegian âPolice Troopsâ load a Balchen C47 for transport for north Norway in January 1945. SDASM.COLLECTION: Bernt Balchen Collection SDASM.TAGS: Balchen and C-47 Unit,Douglas ,North Norway.
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive SDASM.CATALOG: Balchen_000042 引用。


ダグラスDouglas)C-47 軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain)は、民間機ダグラスDouglas)DC-3旅客輸送機のアメリカ陸軍仕様で、乗員4名(正副パイロット、航法士、通信士)、搭載人員 27名である。患者輸送機"Aerial Ambulances" として使用するときは、ベッド18台、看護士3名が同乗可能である。DC-3のアメリカ海軍仕様はR4Dと命名されている。

写真(右)1966年2月、ベトナム南部、サイゴン郊外、ビエンホア(Biên Hòa)、ベトナム戦争初期のアメリカ陸軍ダグラス(Douglas)C-47D軍用輸送機スカイトレイン(43-48579):1965年11月から1975年4月30日のベトナム戦争では、アメリカは南の資本主義国「南ベトナム」を支援して社会主義国「北ベトナム」との戦争に軍事介入した。1973年1月のパリ和平協定で、北ベトナムとアメリカは「アメリカ軍正規軍の全面撤退と外部援助の禁止」、「北ベトナムのアメリカ軍捕虜の釈放」、停戦に合意した。アメリカ軍が、ベトナムから全面撤退したことで、南ベトナム軍は北ベトナム軍の攻勢に押されることになり、1975年4月にサイゴンが陥落した。
SDASM.TITLE: Douglas C-47D, 43-48579, Bien Hoa, Feb66, Dave Menard SDASM.CATALOG: 01_00092781 SDASM.CORPORATION NAME: Douglas SDASM.DESIGNATION: C-47 SDASM.ADDITIONAL INFORMATION: Douglas C-47D, 43-48579, Bien Hoa, Feb66, Dave Menard..
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive Douglas C-47D, 43-48579, Bien Hoa, Feb66, Dave Menard-引用。


アメリカ軍の飛行機の国籍マークは、青丸地に白星・中央に赤丸で、垂直尾翼には赤と白のストライプ模様が塗装されていた。しかし、第二次世界大戦の戦時では目立ちすぎるとして、白星中央の赤丸は廃止、垂直尾翼の赤白のストライプも廃止され、青丸地白星となった。

アメリカ軍機の「青丸地白星」の国籍マークは、1943年前半まで採用された。

しかし、戦局が好転し、アメリカ機の制空権が確保された状況では、同士討ちを避けるために、より明瞭な国籍マークが求められた。そこで、1943年6月以降は、「青丸地白星」に白袖がつく「スターアンドストライプ」が採用された。

戦後、1947年6月以降は、「スターアンドストライプ」白袖ストライプの中央に赤のストライプが引かれて、一層華麗さが増した。1943年後半から星と袖(スターアンドストライプ)が採用された当初は白袖の中に赤のストライプが入っていない。1947年6月に赤のストライプを引いている。

写真(右)1971年5月11日、アメリカ、カリフォルニア州の砂漠に放置保管されていると思われるアメリカ陸軍ダグラス(Douglas)C-47A軍用輸送機スカイトレイン(Skytrain):後方にはダグラスDC-4民間輸送機/C-54軍用輸送機がおかれている。余剰になった飛行機を雨の降らない野外で保管するには、乾燥地が適しているが、再利用に供されたり、部品提供に使用されたりすることはあまりなかったのかもしれない。
Douglas C-47A 93173 Army MASDC 11May71 [PBL via RJF] PictionID:43810385 - Title:Douglas C-47A 93173 Army MASDC 11May71 [PBL via RJF] - Catalog:17 - Filename:17.S_000494.tif - --------Image from the René Francillon Photo Archive. Having had his interest in aviation sparked by being at the receiving end of B-24s bombing occupied France when he was 7-yr old, René Francillon turned aviation into both his vocation and avocation. Most of his professional career was in the United States, working for major aircraft manufacturers and airport planning/design companies. All along, he kept developing a second career as an aviation historian, an activity that led him to author more than 50 books and 400 articles published in the United States, the United Kingdom, France, and elsewhere. Far from “hanging on his spurs,” he plans to remain active as an author well into his eighties..
写真はSDASM Archives, San Diego Air and Space Museum Archive pictionid72185750-引用。


⇒写真集Album:ダグラス(Douglas)C-47スカイトレイン(Skytrain)輸送機を見る。


5.ダグラス(Douglas)DC-4輸送機


写真(上)1947年、スウェーデン、ストックホルム・ブロンマ空港(Stockholm-Bromma)、アメリカ海外航空(American Overseas Airlines)のダグラス(Douglas)DC-4-1009旅客輸送機(登録コード:NC90905)
:1945年アメリカのダグラス社で製造された機体を民間航空で利用した。後方には、ダグラスDC-3双発輸送機(登録コード:SE-BBO)など2機が駐機している。
Description Aircraft at Bromma Airport near Stockholm City. The aircraft in the foreground is a Douglas DC-4, the two in the background are Douglas DC-3's. Flygplan på Bromma flygplats nära Stockholms innerstad. Flygplanet i förgrunden är en Douglas DC-4, de i bakgrunden är båda Douglas DC-3. Parish (socken): Bromma Province (landskap): Uppland Municipality (kommun): Stockholm County (län): Stockholm Photograph by: Fredrik Bruno Date: 1947 Format: Colour slide Date 1947 Source Stockholm, Bromma, Uppland, Sweden Author Swedish National Heritage Board
写真はWikimedia Commons, Category:NC90905 (aircraft) File:Stockholm, Bromma, Uppland, Sweden (6925253605).jpg引用。


ダグラスDC4 ダグラス(Douglas)DC-4旅客輸送機は、前輪式(首輪式)の引込み式降着装置を備えている。引込み方は、まず最初に、機首下面に出ていた首輪(前輪)を前方に引き上げて、完全に機首の格納庫に収納し、それから収納庫の扉を閉鎖する。次に、左右主翼付け根の主輪を前方に引揚げ、エンジンナセルに設けた格納庫に収納し、扉を閉鎖する。首輪の引込み方は、前作のDC-3双発輸送機と同じである。

アメリカでは、ノースアメリカンB-25爆撃機、ダグラスA-20ハボック攻撃機、ベルP-36エアコブラ戦闘機、ロッキードP-38ライトニング戦闘機から、ボーイングB-24リベレーター爆撃機、ボーイングB-29スーパーフォートレス爆撃機、DC-4輸送機、C-54輸送機に至るまで多数の軍用機・民間機が、首輪式の降着装置を採用している。こうして、アメリカから使いだした首輪式が現在の飛行機の一般的な降着装置となった。

写真(右)1947-1949年、スウェーデン、ストックホルム・ブロンマ空港(Stockholm-Bromma)、格納庫の前に駐機するスカンジナビア航空(Scandinavian Airlines System:SAS)のダグラス(Douglas)DC-4旅客輸送機"Sigtrygg Viking"と手前のダグラスDC-3双発輸送機(登録コード:SE-BAA)
Description Svenska: Bromma flygplats: SAS-maskin "Sigtrygg Viking" (DC-4) samt en DC-3:a tillhörande Swedish Air Lines Date between 1947 and 1949
Source SAS/Swedish Air Lines Author ingen uppgift.
写真は Wikimedia Commons, Category:SE-BAA (aircraft)・File:Bromma DC-4 DC-3.jpg引用。


スカンジナビア航空(SAS:Scandinavian Airlines System)は、北欧3国のデンマーク・ノルウェー・スウェーデンの航空運輸会社で、第二次大戦直後の1946年8月に設立された。2020年3月現在、エアバスA320neo(New Engine Option:ネオ)、ボーイング737 など飛行機157機を保有、運航している。


写真(右)1950年10月9日、オランダ、アムステルダム空港(?)、KLMオランダ航空(Delta Air Lines)のダグラス(Douglas)DC-4輸送機(中央の丸窓)とオランダエア(Aero-Holland)のダグラスDC-3ダコダ双発輸送機PH-TFA (手前と奥の四角窓の2機)
:オランダエア(Aero-Holland)は 1949年から1953年までオランダ始発の飛行機を運航していた。1949年11月20日、オランダエアのダグラスDC-3ダコダ双発輸送機がノルウェーで墜落事故を起こし、34名が死亡、1名が生き残った。
Nederlands: Collectie / Archief : Fotocollectie Anefo
Reportage / Serie : [ onbekend ] Beschrijving : Dakota van de "Aero-Holland"
Datum : 2 april 1948 Instellingsnaam : Dakota
Fotograaf : Vrind, Luuk / Anefo Auteursrechthebbende : Nationaal Archief
Materiaalsoort : Negatief (zwart/wit) Nummer archiefinventaris : bekijk toegang 2.24.01.04
Bestanddeelnummer : 902-6664 Date 2 April 1948
Bestanddeelnummer : 050-0763
Date 9 October 1950
Author Anefo .
写真は Wikimedia Commons, Category:Douglas DC-4 of KLM・File:Japanse krijgsgevangen halen de zakken uit het vliegtuig en laden ze op vrachtwa, Bestanddeelnr 115-5-5.jpg引用。


DC-4四発輸送機は、機首下面の前輪(首輪)と左右主翼エンジンナセル下面の主輪の3カ所にゴム輪がついていて、地上での停止姿勢は、胴体と地面が水平になる。他方、ダグラスDC-3ダコダ双発輸送機は、左右主翼下の主輪2か所と胴体後部下の尾輪1か所の降着装置のために、3点姿勢となる。この場合は、地上では機首が上を向いて持ち上げる姿勢になっている。つまり、キャビンは坂道になっており、人員・貨物の移動に障害がある。

写真(右)1955年8月17日、スイス連邦、チューリッヒ空港に並んだスイス航空のダグラス(Douglas)DC-4輸送機(登録コード:HB-ILA)、DC-3輸送機、ロッキード・コンステレーション輸送機:アメリカのダグラス社サンタモニカ工場で1947年に製造された機体で、使用期間は9年程度であり、まだ古くはない機体といえる。
Photographer Werner Friedli (1910–1996)
Title Flughafen Zürich-Kloten
Description Tiefgeflogen Depicted place Kloten
Date 17 August 1955 Medium Fotografie : Negativ
Dimensions 13 x 18 cm Collection ETH Library
写真は Wikimedia Commons, Category:Douglas DC-4 ・File:ETH-BIB-Flughafen Zürich-Kloten-LBS H1-018634.tif引用。


ダグラスDouglas)DC-4四発輸送機は、第二次世界大戦勃発、アメリカ参戦直後の1942年2月14日に初飛行の四発大型長距離旅客輸送機。戦時を反映して、直ぐにアメリカ陸軍の軍用輸送機・C-54 スカイマスター、海軍用のR5Dとして制式され、ダグラス社カリフォルニア州サンタモニカ飛行機工場(Douglas - Santa Monica California )で量産され、世界大戦終結翌年の1946年までに1,134機もが大量生産された。

ダグラスDC4(C54E) 1945年、第二次世界大戦が連合国の勝利のうちに終わったことで、軍用機ダグラスDouglas)C-54 四発輸送機は、一部は軍用に残されたが、多くは民間に払い下げられ、ダグラスDC-4四発輸送機として、世界中を飛び回った。

戦時中、ダグラスC-54輸送機は、民間機DC-4としてはほとんど80機、C-54として 1000機以上が製造された。しかし、戦後には、民間航空で大活躍した。

⇒写真集Album:民間航空ダグラス(Douglas)DC-4旅客輸送機を見る。

⇒写真集Album:アメリカ海軍R5Dスカイマスター(Skymaster)輸送機を見る。

⇒写真集Album:マッカーサー専用機C-54輸送機「バターン」Bataamを見る。


6.DC-2の手本ボーイング(Boeing)247輸送機

ボーイング(Boeing)247輸送機の発動機は、プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney )R-1340 S1H1-G ワスプ(Wasp)空冷星形9気筒エンジン500 hp (370 kW) 2基である。プロペラは2翅可変ピッチだが、後期型は3翅に変更されている。


写真(上)2018年、アメリカ東部、ワシントンD.C.、スミソニアン航空宇宙博物館(Smithsonian's National Air and Space Museum)で保管展示中のボーイング(Boeing)247 D 輸送機(登録コードc/r NR257Y)の垂直尾翼
:1934年10月のマックロバートソン飛行レース(MacRobertson Air Race)に機長ロスコーエ・ターナー(Roscoe Turner)大佐(1895-1970)で輸送機部門2位、総合第3位に入ったボーイング社とアメリカにとって記念すべき機体。翼のついたボーイングのロゴ、登録コードc/rのNR257Yが記入されており、ボーイング・シアトル工場で製造されたことがわかる。
Boeing 247-D Vertical StabilizerTitle: Boeing, 247 Created: 03/19/2018 Photographer: Eric Long Official Nickname: Source: Smithsonian's National Air and Space MuseumCopyright/Owner: Smithsonian Institution.
写真は, Smithsonian Institution Smithsonian's National Air and Space Museum  ID #: A19540069000-NASM2018-1057000061517引用。


ボーイング(Boeing)247輸送機は,それ以前、アメリカで国産され広く使用されていた1926年6月11日初飛行の肩翼式フォード・トライモータ(Ford Trimotor)三発輸送機の最高速力212 km/hより100 km/hも高速で、航続距離820kmより長距離の1207kmを飛ぶことができた。斬新なデザインの旅客輸送機である。また、搭乗できる乗客数も10名で、客室キャビンの座席は、2列5行の10席が確保され、アメリカ大陸飛行も可能だった。

こうして、ボーイング(Boeing)247輸送機は、ユナイテッド航空によって採用され、60機が350万ドルで発注された。また、ドイツルフトハンザ航空(Lufthansa)が2機、中華民国が1機、コロンビアのアビアンカ航空(Avianca )が10機、を発注している。

写真(右)1934-1938年頃、アメリカ、マックロバートソン飛行レースに出場したボーイング(Boeing)247 D 輸送機。右翼上面に大きく登録コードc/r NR257Yが記入されている。:1934年10月のイギリス=オーストラリア長距離(1万1,300マイル:1万8,200 km)飛行レースのマックロバートソン飛行レース(MacRobertson Air Race)に尾翼のレース参加番号5番で出場した。レース結果は、輸送機部門台2位、総合第3位に入った。胴体側面には、ユナイテッド航空のロゴもマックロバートソン飛行レースのロゴもない。しかし、垂直尾翼には、翼のついたボーイングのロゴが描かれている。また、製造番号c/rのNR257Yも記入されている。。
Boeing, 247 Title: Boeing, 247 Manufacturer: Boeing Designation: 247 Official Nickname: Notes: In Flight Repository : San Diego Air and Space Museum Archive.
写真は, SDASM Archives San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00061517引用。


1934年10月のイギリス=オーストラリア長距離(1万1,300マイル:1万8,200 km)マックロバートソン飛行レース(MacRobertson Air Race)に参加したボーイング(Boeing)247 D 輸送機レースナンバー5番(製造番号c/r:NR257Y)は、アメリカからイギリスまで大西洋を海路横断するときに、すでに垂直尾翼にレース参加番号5番、翼のついたボーイングのロゴ、製造番号c/r:NR257Yが記入されている。

ボーイング(Boeing)247 D 輸送機(製造番号c/r NR257Y)は、1934年10月のマックロバートソン飛行レース(MacRobertson Air Race)、飛行距離1万1,300マイル(1万8,200 km)、賞金1万5,000ポンド、に出場した。この機体は、長距離飛行用に量産型に8個の燃料タンクを増設したもので、レースナンバー5番をもらっている。

レース結果は、92時間 55分で、輸送機部門で第2位となったが、この時の第1位は、KLMオランダ航空所属のアメリカ製ダグラスDC-2輸送機(PH-AJU)レースナンバー44番で、飛行時間90時間13分だった。総合部門では第3位である。総合第一位は、1934年9月8日初飛行のイギリスのデハビランド(de Havilland)DH.88 コメット(Comet)双発レーサー専用機(G-ACSS)で70時間54分であった。

ボーイング(Boeing)247輸送機は、全金属構造、引き込み脚の降着装置、低翼の最新技術を実用化した高速輸送機で1933年2月8日に初飛行した。当時は、金属骨格に木製あるいは羽布張、複葉、固定脚の飛行機が多かったことを思うと、民間旅客輸送機で、このような最新技術を実用化したのは、驚異的だった。

⇒写真集Album:ボーイング(Boeing)247 輸送機を見る。


7.DC2をお手本にしたフィアット(Fiat)G. 18 輸送機


写真(右)1939年6月,ポーランド、ワルシャワ飛行場、イタリア航空(Avio Linee Italiane :ALI)所属フィアット(Fiat)G. 18 V双発旅客輸送機(I-ELIO)
:ポーランド北部グダニア(Gdynia:グダニスク)=ローマ航路の開業前、ワルシャワ空港でテスト飛行中のフィアット(Fiat)G. 18 。
Description Avio Linee Italiane Fiat G.18
Date 1935 Source Giuseppe Gabrielli
Author Unknown author
写真はWikimedia Commons, Category:Fiat G.18 File:Samolot włoski na lotnisku w Warszawie (1939).jpg引用。


毎年恒例のイタリア、ミラノ・航空展示会が、1935年10月12-28日,開催された。そのフィアット社セクションには、ジュゼッペ・ガブリエッリ(Giuseppe Gabrielli)技師の設計で1935年3月18日に初飛行したばかりの新鋭機フィアット(Fiat)G. 18 輸送機試作機が展示された。その胴体下面に置かれた新鋭機の展示説明看板には、G.18の諸元が記入されている。また、18座席ある客室を見学できるように、胴体左側面の昇降口にタラップが掛けられて、見学者が内部を除くことができるように配慮されている。G,18の引込み式ゴム主輪と支柱など降着装置の構造は、アメリカのダグラスDC-2/DC-3輸送機に酷似している。しかし、G.18は9機しか生産されなかった。

フィアット(Fiat)G. 18旅客輸送機は、ジュゼッペ・ガブリエッリGiuseppe Gabrielli)技師の設計でフィアット A.59空冷星形9気筒エンジン750hpを装備した原型で3機製造された。その後、出力不足と判断され、発動機を強化したフィアットG.18Vは、フィアット A.80空冷星形18気筒エンジン1,000 hp(750 kW )を装備し、6機が製造された。全金属製低翼機、引込み式降着装置を装備し、ダグラスDC-2に匹敵する斬新なデザインだった。フィアット(Fiat)G. 18輸送機は、イタリアの航空機開発技術水準の高さを示した。

フィアット(Fiat)G. 18旅客輸送機の空冷星形9気筒エンジンから18気筒エンジンに強化・換装した発展型が、フィアット(Fiat)G. 18 V輸送機である。G.18Vは、最高速力400 km/h (250 mph)、乗客用18席、航続距離:1,675 km (1,041 マイル)の高性能機で、アメリカのダグラスDC-2輸送機と比較しても遜色のない性能だった。

写真(右)フィアット(FIAT) G 18輸送機の三面図:客席9座席左右2列18席分の窓ガラスがついている。飛行機旅行の楽しみは、空からの眺めだった。当時の飛行機の運用高度は、数千メートルなので、街並み、田園、山岳地、海岸など空からの景色は、旅客輸送に重要だった。胴体が箱形なのは、内部構造の余裕と使いやすさのためである。
Fiat G.12, transport. (Regia Aeronautica Photos).
写真は, Alchetron.com ~ Free Social Encyclopedia for the World Alchetron Fiat G.18引用。


アメリカのダグラス(Douglas)DC-2輸送機は、全金属製、引込み脚式降着装置を備え低翼式で、1934年5月11日に初飛行した。1年後、1935年3月11日初飛行のイタリアのG.18輸送機は、アメリカで1年前に開発されたDC-2と前後反対の低翼形状(空力学的には同様の効果がある)、同じ構造の引込み式降着装置と尾翼を備え、スケールも似ている。フィアットG.18は、このダグラスDC-2輸送機の技術を取り込んで開発されたイタリア機であると考えられる。

ダグラス(Douglas)DC-2フィアット(Fiat)G. 18 Vの比較
初飛行 1934年5月11日 1935年3月11日
全長: 19.1 m  18.81 m
全幅: 25.9 m  25.00 m
全高: 4.8 m  5.01 m
主翼面積: 87.3m2  88.3 m2
空虚重量: 5,650 kg  7,200 kg
総重量: 8,420 kg  10,800 kg
発動機:ライトR-1820サイクロン空冷星型9気筒(29.88 L)  フィアットA.80空冷星型18気筒(45.72 L)
出力: 730 hp (540 kW)  1,000 hp(750 kW)
最高速力: 338km/h  400 km/h
実用上昇限度: 6,930 m   8,700 m
航続距離: 1,750 km  1,675 km
乗客座席数: 14人  18人
生産機数: 198機  9機

⇒写真集Album:フィアット(Fiat)G. 18 輸送機を見る。


8.フィアット(Fiat) G.12 三発輸送機


写真(上)1940年10月以降、1941年頃、イタリア、フィアット(Fiat)G.12 C 輸送機試作機(MM.60649)の試験飛行
:垂直尾翼にも胴体にも国籍マークはないが、イタリア航空(Avio Linee Italiane :ALI)所属は描かれている。フィアットFiat A.74 RC.42空冷星形14気筒エンジン搭載で、当時としては大型機であった。
Il prototipo MM.60649 rulla sul campo di Torino-Caselle all’inizio dei test.
写真はMilitary Story , Organizzazione Paladino Ispettorato Militare del Lavoro Aviazione Fiat G.12引用。


イタリアには、イタリアには高出力エンジンないので三発機を開発したというのは、誤解であろう。イタリアには、フィアットG.18のような高性能な双発輸送機もあった。また、なにより1920年代から1930年代にかけて、世界ではフォッカー F.VIIb3mトライモーターが大活躍し、ドイツのユンカースG.24、G.31、Ju52/3mタンテのような三発輸送機も多数就役していた。こうした三発輸送機の伝統と歴史を見ると、イタリアの三発輸送機もそれを引き継いでいるのであって、決してエンジン制約のためではないことが理解できる。

⇒写真集Album:フィアット(Fiat)G.12輸送機を見る。


9.サヴォイア・マルケッティSM.83輸送機

写真(右)1937年10月2-17日,イタリア、ミラノ・航空展示会、サヴォイア・マルケッティ SM.83輸送機:イタリアのセクターのさまざまなスタンドが設けられている。右から左へ:、サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)、イタリアの水上飛行機会社(SIAI)、その奥にSM 79(Sparviero)が展示されている。アドリア海の造船所。
Fiera di Milano - Salone internazionale aeronautico 1937 - Settore italiano Stabilimento Fotografico Crimella
Autore: Non identificato (prima metà sec. XX), fotografo principale Luogo e data della ripresa: Milano (MI), Italia, 02/10/1937 - 17/10/1937
Note: Veduta di vari stand del settore italiano. Da destra a sinistra gli stand: Savoia Marchetti (Società italiana aeroplani idrovolanti-SIAI), con in mostra l'aereo SM 79 Sparviero; Aeronautica Lombarda; Cantieri Riuniti dell'Adriatico.
写真は,LombardiaBeniCulturali Collocazione: Milano (MI), Archivio Storico Fondazione Fiera Milano, fondo Fondo Fiera campionaria, PAL_1937_SA_230引用。


サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM-79は、乗客席8席の高速旅客輸送機で、第二次大戦前から爆撃機として量産されていた。そこで、このSM.79を原型に、再度、乗客10席の高速旅客機としたのが、サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM-83旅客輸送機で、1937年10月2-17日に開催された,ミラノ・航空展示会で展示され、世界に向けてイタリアの航空技術の優秀性を誇示した。しかし、実際に、SM.83が初飛行したのは、ミラノ航空展示会終了後の1937年11月19日である。

⇒写真集Album:サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti )SM-79爆撃機を詳しく見る。


ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
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ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
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