Search the TORIKAI LAB Network

Googleサイト内
◆マッキ(Macchi)MC.202フォゴーレ"Folgore"戦闘機
写真(上)1942-1943年頃,イタリア、イタリア空軍マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC-202)
;1940年8月10日初飛行、1941年6月より部隊配備。ファシスト独裁独裁イタリアの国籍マークは、ファッシ(束ねた武器)である。後に、ムッソリーニが首相を罷免されバドリオ元帥の政府が樹立され、降伏すると、イタリア軍の国籍マークは、緑・白・赤の三色旗の三色旗と同じ同心円となった。
Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
Title: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt"" Corporation Name: Macchi
Official Nickname: Folgore ""Thunderbolt"" Additional Information: Italy
Designation: M.C. 202
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 01_00082281引用。


写真(上)2016年,アメリカ、ワシントンDC、スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で保管展示中のイタリア空軍(Aeronautica)マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC-202)熱帯仕様
;エアインテークの前に防塵フィルターが装着され迷彩塗装も乾燥砂漠地帯に併せている。
Overall: 11 ft. 5 in., 5043lb., 29 × 34 ft. (348cm, 2287.5kg, 883.9 × 1036.3cm) Wingspan: 10.6 m (34 ft 8 ½ in) Length: 8.8 m (29 ft ½ in) Height: 3 m (9 ft 11 ½ in) Weights: Empty, 2,338 kg (5,196 lb) Gross, 2,963 kg (6,585 lb) Photographer: Eric Long
Source: Smithsonian's National Air and Space Museum
Posted on Wed, January 25, 2017
写真は,Smithsonian's National Air and Space Museum  C.202 Folgore引用。

フィアットG.50bis ◆2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術―ワイマール共国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、WW2も詳解しました。
◆2011年9月2日・9日(金)午後9時からNHK-BS歴史館「側近がみた独裁者ヒトラー」でRudolf Hess ルドルフ・ヘス及びLeni Riefenstahl レニ・リーフェンシュタールを検討。再放送は9/4(日)12時、9/7(水)24時及び9/11(日)12時、9/13(水)24時。


1.原型マッキ(Macchi)MC.200サエッタ"Saetta"戦闘機

写真(右)1940-1942年頃,イタリア、イタリア空軍マッキMC-200サエッタ戦闘機(Macchi MC.200 Saetta:電光):ファシスト独裁国家イタリアの国籍マークがあり、イタリア国旗を模して、緑・白・赤の三色旗が描かれている。格闘性能は良かったが、最高速力や武装の点で、イギリス空軍スピットファイア―戦闘機、ホーカーハリケーン戦闘機よりも劣っていたが。
Ray Wagner Collection Image PictionID:45646584 - Title:Macchi Mc.200 - Filename:16_006956.TIF - ---Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive - Catalog:16_006956 引用。


 レジアーネRe2002 マッキMC-200サエッタ戦闘機Macchi MC.200 Saetta)の原型は、1936年のイタリア空軍増強計画(プログラムR)でイタリアの主要航空機メーカーのマッキ社が開発した軽快な戦闘機で、高速記録を誇るシュナイダーカップの世界最速のイタリア水上機を開発したマリオ=カストルディの設計である。1934年10月、シュナイダーカップでマッキMC.72高速水上機は、世界最速の709.2km/hの世界記録を樹立した。これは現在もプロペラ式水上機の世界最速記録である。

1937年12月24日に初飛行したマッキMC-200サエッタ戦闘機Macchi MC-200 Saetta)、1939年8月に部隊配備したフィアットA74RC38空冷星型14気筒870馬力搭載の軽快な戦闘機で、視界を向上するために半開放式の風防を小高く盛り上げた胴体上に設置した。空気抵抗は若干増加しても、視界の良好さを優先したのである。

写真(右)アメリカ、オハイオ州、デイトン(Dayton)、ライト・パターソン空軍基地内、アメリカ空軍博物館(National Museum of the United States Air Force)に保管されている迷彩塗装のファシスト・イタリア空軍マッキMC.200サエッタ戦闘機(Macchi MC-200 Saetta):ファシスト独裁独裁イタリアの国籍マークは、ファッシ(束ねた武器)である。
​Costruito in numerosi esemplari nel corso di tutta la seconda guerra mondiale, il Macchi MC.200 si rivelò una macchina dalle caratteristiche alquanto scadenti e dal pilotaggio complesso, talvolta rischioso, a causa di alcuni difetti nella progettazione dell’ala. Tali problemi furono risolti solo dopo l’introduzione di una nuova ala, che venne adottata anche dai successivi caccia Macchi MC.202 e MC.205, grazie alla quale questo caccia fu in grado di fornire prestazioni competitive e contribuire allo svolgimento delle operazioni in Africa e in Russia. Dotato di armamento leggero (due sole mitragliatrici da 12.7 mm) il MC.200 trovò impiego su tutti i fronti di guerra. Dopo la guerra i velivoli superstiti svolsero ruoli di addestramento sino al 1947.写真は,MINISTERO DELLA DIFENSA HANGAR BADONI> MACCHI MC-200引用。


第二次大戦中、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.200サエッタ(Saetta)戦闘機は、12.7 mm機関銃2丁のみの軽武装であり、イタリア空軍主力戦闘機としてすべての戦線で使用された。北アフリカ作戦に参加したMC.200サエッタ戦闘機は、ロシア東部戦線にも投入された。そして、第二次大戦後、生き残った航空機は1947年まで練習機として、現役で使用された。

マッキMC200サエッタ マッキMC.200サエッタ戦闘機Macchi MC.200 Saetta)の諸元
乗員:1名
全長:8.19m
全幅:10.57m
全高:3.51m
主翼面積:16.8m2
発動機:フィアット A74RC38空冷星型14気筒エンジン870馬力
全備重量:2,208kg
最大速度:503 km/h /4500 m
航続距離:570 km
実用上昇限度:8900 m 武装:12.7mmブレダ(Breda)-SAFAT機銃2丁

マッキ(Macchi)MC.200サエッタ"Saetta"は、1940年6月のイタリア参戦時に主力戦闘機として配備されていた。開戦当時、最高速力500km/hは、世界的水準であり、良好な旋回性能、上昇率と良好な視界など格闘戦闘能力の高さは、イタリア空軍の保守的な戦闘機パイロットを満足させるものだった。当時日本陸軍キ27中島九七式戦闘機、海軍九六艦上戦闘機よりも遥かに高速で、武装も強力であり、世界標準以上の出来である。しかし、日本wikipediaでは、マッキ(Macchi)MC.200は「部隊配属が開始された1939年時点で既にその性能の限界は見えていた」と誤った判断をしている。

⇒写真集Album:マッキ(Macchi)MC.200サエッタ"Saetta"戦闘機を見る。


2.マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機

写真(右)1942-1940年頃,イタリア、イタリア空軍マッキMC-202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC-202)試作機:1940年8月10日初飛行したが、当初は、液冷エンジンの冷却器(ラジエーター)は、アメリカ軍カーチスP-40戦闘機と同様、機首のエンジン下方に設けられていたが、空気抵抗が大きく、飛行性能に悪影響を与えたようだ。
Description Macch M.C.202 Folgore prototype Date upload 25.09.2006 Source it.wikipedia.org Author Unknown author
写真はWikimedia Commons, Category:Macchi MC.202 File:Macchi M.C.202D prototype.jpg引用。


イタリア空軍マッキMC.200サエッタ戦闘機(Macchi MC-200 Saetta)は、高性能系戦闘機だったが、敵対するイギリス空軍ホーマー「ハリケーン」戦闘機、スパーマリン「スピットファイア」戦闘機に比較して、低速であり、それらに対抗可能な次世代戦闘機が求められた。そこで、イタリア空軍は、同盟国ドイツのメッサーシュミットBf109戦闘機の高性能に注目し、MC.200サエッタ戦闘機に同じDB601液冷エンジンを搭載することで、性能向上する発展型のマッキ(Macchi)MC.202戦闘機を試作するようにマッキに発注したのである。

写真(右)1941-1942年頃,イタリア、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機試作機:垂直尾翼には、緑・白・赤の縦三色旗(Tricolore italiano)が描かれている。1940年8月10日初飛行したが、当初は、液冷エンジンの冷却器(ラジエーター)は、機首のエンジン下方から胴体後方下面に移動されている。1941年6月より部隊配備された。
Description English: Macchi C.202 Folgore prototype Date 1941 Source Ministero Aeronautica - Roma Author fotografo ufficiale
写真はWikimedia Commons,Category:Macchi MC.202 File:Macchi M.C.202D prototype.jpg引用。


高性能の戦闘機の条件は、軽量で空戦性能の高い機体より、大出力のエンジンで高速を発揮でき、武装も強力であることとの考えがアメリカから広まり、空戦のあり方も格闘ではなく一撃離脱であるとの考えが広まる中、イタリア空軍でも大出力エンジンを搭載した高速の戦闘機が試作されることになった。しかし、イタリア国内には、爆撃機用の大直径の空冷星形エンジンしかなく、それでは空気抵抗が大きくなり高性能は望めないとい考えられた。そこで、盟国ドイツのBf109戦闘機が搭載しているダイムラー・ベンツDB601液冷倒立V型12気筒1,100馬力エンジンを搭載する戦闘機が望まれた。

イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機は、大量配備された戦闘機として、連合国の戦闘機と互角以上の性能を誇っていたが、量産されたのは、1150機に過ぎず、喪失機の埋め合わせにも不足するほどであり、戦局の好転に寄与することはできなかった。

写真(右)1941年10月、イタリア、ローマ、空軍基地のイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のパイロットを検閲するイタリア統領(Duce)ムッソリーニ:飛行服に身を包んだパイロットが、イタリア統領(Duce)ムッソリーニと言葉を交わしている。
Un pilota discorre con il Duce e un'autorità dell'Aeronautica Italiana davanti ad un'aereo da combattimento.
Creation date: 10.1941 Institution: Instituto Luce - Cinecittà Provider: EFG - The European Film Gateway
写真は, Europeana Dataset: 08602_EFG_Instituto_Luce_Cinecitta Identifier: AttualitaA41-136118 Institution: Instituto Luce - Cinecittà 引用。


イタリア空軍[REGIA AERONAUTICA FIGHTER]マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレフォルゴーレ戦闘機(Macchi MC.202 Folgore)は、馬力不足だったマッキMC.200サエッタ戦闘機が搭載した空冷エンジンを、ドイツのメッサーシュミットBf109Eに搭載されていたダイムラーベンツDB601液冷エンジン1175馬力に変換して、性能を大幅に向上された。エンジン冷却器(ラジエター)を胴体中央下面に搭載し、コックピットも空気抵抗を減少させるために低い位置に戻して、密閉風防に改造されている。液冷エンジン搭載によって、胴体は1m延長された。

写真(右)1941年10月、イタリア、ローマ、空軍基地のイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のパイロットを検閲するイタリア統領(Duce)ベニート・ムッソリーニ:コックピットに収まったイタリア統領(Duce)ムッソリーニが飛行服のパイロットと言葉を交わしている。
Mussolini all'interno dell'abitacolo del velivolo da combattimento discorre con il pilota e l'autorità dell'aeronautica (si vede lo stemma del fascio sulla fusoliera).
Creation date: 10.1941
Institution: Instituto Luce - Cinecittà
Provider: EFG - The European Film Gateway
写真は, EuropeanaDataset: 08602_EFG_Instituto_Luce_Cinecitta Identifier: AttualitaA41-136118 Institution: Instituto Luce - Cinecittà 引用。


写真(右)1941年10月、イタリア、ローマ、空軍基地のイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のパイロットを検閲するイタリア統領(Duce)ムッソリーニ:飛行服に身を包んだパイロットが、ムッソリーニにローマ式敬礼をしている。
Mussolini ripreso nell'abitacolo dell'aereo.
Creation date: 10.1941 Institution: Instituto Luce - Cinecittà Provider: EFG - The European Film Gateway
写真は, Europeana Dataset: 08602_EFG_Instituto_Luce_Cinecitta codice foto: A00136121引用。


写真(右)1941年10月、イタリア、ローマ、空軍基地のイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のパイロットを検閲するイタリア統領(Duce)ベニート・アミールカレ・アンドレーア・ムッソリーニ(Benito Amilcare Andrea Mussolini:1883年7月29日-1945年4月28日処刑):飛行服に身を包んだイタリア空軍MC-202戦闘機パイロットが、ベニート・ムッソリーニと話をしている。後方にはサボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.79スパルヴィエーロ(Sparviero:ハイタカ)三発爆撃機が2機写っている。
Un pilota discorre con il Duce e un'autorità dell'Aeronautica Italiana davanti ad un'aereo da combattimento
Creation date: 10.1941
Institution: Instituto Luce - Cinecittà
Provider: EFG - The European Film Gateway
写真は, Europeana codice foto: A00136119 Dataset: 08602_EFG_Instituto_Luce_Cinecitta引用。


マッキ(Macchi)MC.200サエッタ"Saetta"(稲妻)戦闘機がマッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"(電光)戦闘機に発展した過程は、日本の三式戦「飛燕」が搭載したダイムラーベンツDB601液冷エンジン国産版が不調で空冷エンジンに載せ替えて登場した五式戦とは全く逆方向だった。これから見ると、日本の川崎や愛知の液冷エンジン工作技術の水準は、イタリアのアルファロメオの水準よりも低かったことがわかる。

マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ戦闘機は、イタリア空軍第21航空団第356飛行隊機として、1942年9月 ロシアに派兵されている。

写真(右)1941年10月、イタリア、ローマ、空軍基地のイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のパイロットを検閲するイタリア統領(Duce)ムッソリーニ:飛行服に身を包んだパイロットが、イタリア統領(Duce)ムッソリーニと言葉を交わしている。左奥にはサボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.79スパルヴィエーロ(Sparviero:ハイタカ)三発爆撃機が見える。
Un pilota discorre con il Duce e un'autorità dell'Aeronautica Italiana davanti ad un'aereo da combattimento.
Creation date: 10.1941 Institution: Instituto Luce - Cinecittà Provider: EFG - The European Film Gateway
写真は, Europeana Dataset: 08602_EFG_Instituto_Luce_Cinecitta Identifier: AttualitaA41-136118 Institution: Instituto Luce - Cinecittà 引用。


マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の量生産開始から約1年、1942年春、風防前面に防弾ガラスを装備し、左右主翼下面に落下式増槽あるいは爆弾を懸架する戦闘爆撃機型も開発された。また、搭載したダイムラーベンツDB601液冷エンジン1175馬力をより高出力の発揮できるダイムラーベンツDB605液冷エンジン1475馬力をイタリア国産化しライセンス生産したアルファロメオRA1050RC58に換装したマッキMC.205ベルトロが開発された。

写真(右)1942年4月17日、イタリア中部、ローマ北東25キロ、グイドーニア・モンテチェーリオ、マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機を配備したイタリア空軍をハンガリーのフェレンツヴィタス(Ferenc Vitas)将軍(右)を訪問した。:後方の飛行機格納庫は迷彩塗装が施されている。
Guidonia Il generale ungherese Ferenc Vitas visita l'aeroporto militare di Guidonia.
Creation date: 16.04.1942-17.04.1942
Institution: Instituto Luce - Cinecittà Provider: EFG - The European Film Gateway
Providing country: Italy First published in Europeana: 2020-11-22
Location: Italy Aeroporto di Montecelio Guidonia
写真は European Commission 写真は,Europeana experience Identifier AttualitaA140361 Collection name 08602_EFG_Instituto_Luce_Cinecitta Timestamp created 2020-11-22T21:25:10.106Z 引用。




写真(右)1942-1943年頃,イタリア、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:1940年8月10日初飛行、1941年6月より部隊配備。ファシスト独裁イタリアの国籍マークは、ファッシ(束ねた武器)である。後に、ムッソリーニが首相を罷免されバドリオ元帥の政府が樹立され、降伏すると、イタリア軍の国籍マークは、緑・白・赤の三色旗の三色旗と同じ同心円となった。
Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt"" Title: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt"" Corporation Name: Macchi Official Nickname: Folgore ""Thunderbolt"" Additional Information: Italy Designation: M.C. 202 Tags: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 01_00082283引用。


既に量産に入っていたMC.200サエッタ戦闘機は、空冷エンジン搭載だったが、小直径の小型エンジンを搭載していたため、DB601液冷エンジンの搭載によっても、機体の構造変更は僅かで済むと考えられた。そこでMC200を設計したマリオ・カストルディ技師は、DB601液冷エンジンを搭載できるようにMC200サエッタ戦闘機の機首とエンジン懸架を改造し、重心バランスをとるために胴体を60センチ延長して改造機を考案した。これがマッキ(Macchi)MC.202戦闘機で、強力なエンジンを搭載し、プロペラ回転トルクが大きいので、垂直尾翼のねじりではなく、左主翼を右主翼よりも20センチ延長して、トルクを打ち消すような機体構造とした。

写真(右)1942-1943年頃,イタリア、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:MC.202のエンジン左側面の空気取り入れ口(エアインテーク)には防塵除去フィルターが装着されている。マッキMC-200戦闘機に空冷星形エンジンをドイツの開発したダイムラーベンツDB601液冷エンジンを国産化したものに変換したことで、マッキMC-202戦闘機(Macchi MC-202)は最高速力は595キロと、イギリス空軍ホーカーハリケーン戦闘機より優れた飛行性能を誇った。
Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
Title: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
Corporation Name: Macchi
Official Nickname: Folgore ""Thunderbolt""
Additional Information: Italy Designation: M.C. 202
Tags: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive - Catalog #: 01_00082279 引用。


原型となったマッキ(Macchi)MC.202戦闘機は、ドイツ製のDB601Aエンジン(1,175馬力)を搭載し、プロペラはイタリア製ピアッジョP.1001可変ピッチを付けて1940年8月に初飛行した。強力なエンジンに換装したマッキ(Macchi)MC.202は、最高速力は時速600キロ、上昇時間は6000メートルまで6分で、MC200を引き継いで高度の格闘性能も維持することができた。試験飛行で問題となったのは、良好な視界を確保することで、風防後端の後方ガラス窓を取り止め、風防後半に絞り込んだ金属製フェアリングをつなぎ、操縦席左右後方の視界を確保した。また、エンジン強化で重量も増加したために、尾輪は大型化し、引き込み式尾輪は、空気抵抗を減少させるフェアリングを付けたうえで固定式尾輪に変換された。

写真(右)1942-1943年頃,イタリア、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:1941年6月より部隊配備。ファシスト独裁イタリアの国籍マークは、ファッシ(束ねた武器)である。後に、ムッソリーニが首相を罷免されバドリオ元帥の政府が樹立され、降伏すると、イタリア軍の国籍マークは、緑・白・赤の三色旗の三色旗と同じ同心円となった。
Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt"" Title: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt"" Corporation Name: Macchi Official Nickname: Folgore ""Thunderbolt"" Additional Information: Italy Designation: M.C. 202 Tags: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 01_00082281引用。


マッキMC.202(Macchi MC-202)試作1号機(M.M.445)は、DB601A液冷エンジン1,175馬力、ピアッジョP.1001可変ピッチ・定速3翅プロペラを搭載、1940年8月に初飛行し、大幅な速度向上が見られた。上昇力時間も6000mまで6分と飛行性能の向上から、すぐに量産に入ることが決まった。

写真(右)1943年,南イタリア、未舗装飛行場、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:垂直尾翼には、緑・白・赤の縦三色旗(Tricolore italiano)に変えて白十字が描かれている。1941年6月より部隊配備された。
Description Italien-Süd.- Jagdflugzeug (Macchi Mc.202 "Folgore" oder Macchi Mc.205 "Veltro") der italienischen Luftwaffe auf Feldflugplatz; PK Lfl 2 Title Süditalien, italienisches Flugzeug Macchi
Depicted place Süditalien Date 1943
Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
写真はWikimedia Commons,Category:Macchi MC.202 File:Bundesarchiv Bild 101I-468-1415-07, Süditalien, italienisches Flugzeug Macchi.jpg引用。


マッキMC.202 ドイツのダイムラー・ベンツDB601液冷エンジンの部品は、ボールベアリングを多用し、過給機や油圧システムに高度な品質管理が求められるのもであり、決して容易にライセンス生産できるものではない。実際に、日本陸軍は川崎が、日本海軍は愛知がダイムラーベンツDB601液冷エンジンのライセンス生産をライセンス料を二重払いしてまで開始したが、欠陥品や低品質のエンジンしかライセンス生産できず、結局、大戦末期にはDB601エンジンのライセンス生産は事実上停止されてしまった。

他方、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202のアルファロメオは、ダイムラー・ベンツDB601液冷エンジンをRA1000RC41(1175馬力)として量産し、実用上も問題なく1941年7月から部隊引渡しが開始され、実戦部隊が戦果を上げている。アルファロメオは、工作機械をドイツから輸入したのかもしれないが、 マッキ(Macchi)MC.202を1300機も量産したイタリアのエンジン生産技術は大したものである。

写真(右)1943年,南イタリア、未舗装飛行場、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:垂直尾翼には、緑・白・赤の縦三色旗(Tricolore italiano)に変えて白十字が描かれている。1941年6月より部隊配備された。
Description Italien-Süd.- Jagdflugzeug (Macchi Mc.202 "Folgore" oder Macchi Mc.205 "Veltro") der italienischen Luftwaffe auf Feldflugplatz; PK Lfl 2 Title Süditalien, italienisches Flugzeug Macchi
Depicted place Süditalien Date 1943
Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
写真はWikimedia Commons,Category:Macchi MC.202 File:Bundesarchiv Bild 101I-468-1415-08, Süditalien, italienisches Flugzeug Macchi.jpg引用。


マッキ(Macchi)MC.202戦闘機の生産は、1941年5月から開始され、マッキ社以外にも、直ぐにブレダ社でも生産が始まり、1年後の1942年5月からはSAIアンブロシーニ社も量産を始めた。しかし、MC.202戦闘機のボトルネックは、ドイツから輸入するDB601液冷エンジンであり、ドイツ国内でも主力戦闘機メッサーシュミットBf109、Bf110に搭載されていたために、イタリア空軍は十分な供給を受けることはできなかった。そこで、同エンジンをマッキ(Macchi)MC.202用にイタリアで国産することとし、準備がなされた。こうして、1942年以降、イタリアのエンジンメーカー、アルファロメオでダイムラー・ベンツDB601液冷エンジンをRA1000RC41(1175馬力)の名称のもとに国産化できるようになった。

写真(右)1943年,南イタリア、未舗装飛行場上空を低空飛行するイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機と地上に待機しているドイツ空軍第51戦闘航空団「メルダース」所属メッサーシュミットBf109G戦闘機:垂直尾翼には、緑・白・赤の縦三色旗(Tricolore italiano)に変えて白十字が描かれている。1941年6月より部隊配備された。
Italien-Süd.- Jagdflugzeuge Messerschmitt Me 109 (des Jagdgeschwader 51 "Mölders" / JG 51 ?) auf Feldflugplatz, darüber italienisches Jagdflugzeug (Macchi Mc.202 "Folgore" oder Macchi Mc.205 "Veltro") fliegend; PK Lfl 2 Title Süditalien, Flugzeuge auf Feldflugplatz
Depicted place Süditalien Date 1943
Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
写真はWikimedia Commons,Category:Macchi MC.202 File:Bundesarchiv Bild 101I-468-1415-09, Süditalien, Flugzeuge auf Feldflugplatz.jpg引用。


写真(右)1943年,南イタリア、未舗装飛行場上空を低空飛行するイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"と地上に待機しているマッキMC.202フォルゴーレ戦闘機:垂直尾翼には、緑・白・赤の縦三色旗(Tricolore italiano)に変えて白十字が描かれている。1941年6月より部隊配備された。
Italien-Süd.- Jagdflugzeug (Macchi Mc.202 "Folgore" oder Macchi Mc.205 "Veltro") der italienischen Luftwaffe auf Feldflugplatz; PK Lfl 2 Title Süditalien, italienisches Jagdflugzeug Macchi
Depicted place Süditalien Date 1943
Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
写真はWikimedia Commons,Category:Macchi MC.202 File:Bundesarchiv Bild 101I-468-1415-18, Süditalien, italienisches Jagdflugzeug Macchi.jpg引用。


マッキMC-202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC-202)は、空冷星形14気筒エンジンを搭載したM.C.200サエッタの発動機を、ドイツのダイムラー・ベンツDB.601水冷倒立V型12気筒エンジン1,100馬力に換装して、性能を向上させた戦闘機である。

マッキ(Macchi)MC.202の設計者はMC200サエッタの設計者と同じマリオ・カストルディ技師で、全高を低くして空気抵抗を減らし、エンジン換装のために胴体は60センチ長くなった他、エンジンの出力向上でプロペラ回転トルクモーメントが大きくなったため、主翼に傾き・捩れを付けるのではなく、左翼を右翼よりも20センチ延長して、トルクを打ち消す設計とした。

写真(右)1943年,南イタリア、未舗装飛行場上空を低空飛行するイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機に乗り込むパイロット:垂直尾翼には、緑・白・赤の縦三色旗(Tricolore italiano)に変えて白十字が描かれている。1941年6月より部隊配備された。
Italien-Süd.- Jagdflugzeug (Macchi Mc.202 "Folgore" oder Macchi Mc.205 "Veltro") der italienischen Luftwaffe auf Feldflugplatz, Pilot beim Ein- oder Aussteigen; PK Lfl 2
Title Süditalien, italienisches Jagdflugzeug Macchi Depicted people Pilot Eugenio Salvi
Depicted place Süditalien Date 1943
Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
写真はWikimedia Commons,Category:Macchi MC.202 File:Bundesarchiv Bild 101I-468-1415-10, Süditalien, italienisches Jagdflugzeug Macchi.jpg引用。


イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機は、イタリアの第二次世界大戦の参戦翌年、1941年7月から部隊配備がなされた。第一次世界大戦イタリアのエースF.バラッカに因んだ第4航空団第9飛行隊は、旧式戦闘機で北アフリカに派遣され、イギリス空軍ハリケーン戦闘機、スピットファイア戦闘機と戦ったが、飛行性能が劣っていたために、本国に撤退した。そこで、新型のマッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機に転換配備され、訓練を続けた。その後、1941年9月にシチリア島に配備された戦果を挙げた。

写真(右)1943年,南イタリア、未舗装飛行場上空を低空飛行するイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機に乗り込むパイロットと手助けする地上勤務整備員:垂直尾翼には、緑・白・赤の縦三色旗(Tricolore italiano)に変えて白十字が描かれている。1941年6月より部隊配備された。
Italien-Süd.- Jagdflugzeug (Macchi Mc.202 "Folgore" oder Macchi Mc.205 "Veltro") der italienischen Luftwaffe auf Feldflugplatz, Pilot beim Ein- oder Aussteigen; PK Lfl 2
Title Süditalien, italienisches Flugzeug Macchi Depicted people Pilot Eugenio Salvi
Depicted place Süditalien Date 1943
Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I)
写真はWikimedia Commons,Category:Macchi MC.202 File:Bundesarchiv Bild 101I-468-1415-10, Süditalien, italienisches Jagdflugzeug Macchi.jpg引用。


イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機に対して、イギリス空軍は、ハリケーン戦闘機の劣勢に気づき、スピットファイア戦闘機のエンジン強化によって性能向上を図り、さらにアメリカ陸軍航空隊のカーチスP-40戦闘機、後に高速のリパブリックP-47サンダーボルト戦闘機、ロッキードP-38ライトニング戦闘機が対峙した。そして、双発爆撃機による瀬術爆撃だけではなく、アフリカからイタリア本土に対する戦略爆撃が、ボーイングB-17フライングファートレス、コンソリデーテッドB-24リベレーターという四発重爆撃機によって始まった。

写真(右)1943-1944年頃,アメリカ(?)、アメリカ軍が鹵獲したイタリア空軍イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:アメリカ軍がファシスト軍から鹵獲した機体を調査のためにアメリカに運んだものと思われる。バドリオ元帥の反ファシスト政府が連合国に降伏し、イタリア軍の国籍マークは、緑・白・赤の三色旗の三色旗と同じ同心円となった。
Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt"" Title: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
Corporation Name: Macchi Official Nickname: Folgore ""Thunderbolt"" Additional Information: Italy Designation: M.C. 202 Tags: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 01_00082282引用。


イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の飛行性能は高かったが、武装が前作MC200サエッタ戦闘機と同じ12.7ミリ機関銃2丁で、左右主翼に追加した7.7ミリ機関銃2丁を含めても、軽武装のままだった。主翼の7.7ミリ機関銃を、20ミリ機関銃パックに換装した武装強化型は、飛行性能が引き下げられ実戦には使用されなかった。

写真(右)1943年3月19日、北アフリカ、チュニジア、マレット・ライン(Mareth Line)の戦いに参加したイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機
English: An Italian pilot about to enter into a Macci 202 during the Battle of Mareth, North Africa, (March 1943).
Date 19 March 1943 Author Unknown author
写真はWikimedia Commons, Category: Macchi MC.202 File:An Italian pilot about to enter into a Macci 202 during the battle.jpg引用。


写真(右)1943年、イタリア植民地リビア、トリポリ飛行場の格納庫に残された、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機とMC.200サエッタ戦闘機の残骸:機首に口径12.7mm2丁、左右主翼に口径7.7 mm (0.303インチ) ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁
Wrecked Italian fighters in a destroyed hangar at Castel Benito airdrome, Tripolis, Libya, in early 1943. Visible are three Macchi MC.200 Saetta figthers and a single MC.202 Folgore (2nd plane from the right). Original caption: "Enemy air equipment and installations took a heavy pounding from bombers of the United States Army Air Forces as they pursued Marshal Erwin Rommel's retreating Afrika Korps through Libya and Tripoli to the Tunisian coast. This was once a hangar at Castel Benito Airdrome." Date early 1943
写真は、Category:Macchi C.202 Folgore File:Castel Benito airfield destroyed hangar 1943.jpg引用。


マッキMC202Folgore マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ "Folgore"戦闘機の諸元
乗員Crew: 1
全長Length: 8.85 m (29 ft 0 in)
全幅Wingspan: 10.58 m (34 ft 9 in)
全高Height: 3.49 m (11 ft 5 in)
主翼面積Wing area: 16.82 m2 (181.0 sq ft)
空虚重量Empty weight: 2,491 kg (5,492 lb)
最大離昇重量Max takeoff weight: 2,930 kg (6,460 lb)
発動機Powerplant: アルファロメオ(Alfa Romeo)RA.1000 R.C.41-Iモンスーン(Monsone)V-12気筒液冷エンジン, 864 kW (1,159 hp) /毎分2,500回転/離陸時
プロペラ: 3-翅恒速回転プロペラ(constant-speed propeller)

三面図(右)イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機
Description English: Macchi MC.202 Italian fighter
Date 11 December 2011 Source Own work Author Kaboldy
写真はWikimedia Commons,Category:Macchi MC.202 File:Macchi MC.202.svg引用。


マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ "Folgore""Folgore"戦闘機の性能Performance
最高速力Maximum speed: 600 km/h (370 mph, 320 kn) /5,600 m (18,400 ft)
航続距離Range: 765 km (475 mi, 413 nmi)
実用上昇限度Service ceiling: 11,500 m (37,700 ft)
上昇率Rate of climb: 18.1 m/s (3,560 ft/min)
翼面荷重Wing loading: 174.2 kg/m2 (35.7 lb/sq ft)
出力比Power/mass: 0.35 kW/kg (0.21 hp/lb)
兵装Armament
12.7ミリ(0.500 in) ブレダ(Breda-SAFAT)機関銃2丁/機首(携行弾数 360/400発)
7.7ミリ (0.303 in) ブレダ(Breda-SAFAT)機関銃2丁/主翼(携行弾数 500発)
50キロ (110 lb), 100キロ(220 lb) あるいは160キロ(350 lb)爆弾2発
100リットル (26.4 US gal; 22.0 imp gal) 落下式増槽2個


3.現存するマッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機

写真(右)アメリカ、スミソニア国営航空宇宙博物館(Smithsonian Air and Space Museum)、イタリア空軍イタリア空軍マッキ(Macchi)MC-202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:MC202のエンジン左側面の空気取り入れ口(エアインテーク)には防塵除去フィルターが装着されている。マッキMC-200戦闘機に空冷星形エンジンをドイツの開発したダイムラーベンツDB601液冷エンジンを国産化したものに変換したことで、マッキMC-202戦闘機(Macchi MC-202)は最高速力は595キロと、イギリス空軍スピットファイア―戦闘機と互角の飛行性能だった。
Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt"" Title: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt"" Corporation Name: Macchi Official Nickname: Folgore ""Thunderbolt"" Additional Information: Italy Smithsonian Air and Space Museum. CMD Photo Designation: M.C. 202 Tags: Macchi, M.C. 202, Folgore ""Thunderbolt""
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive - Catalog #: 01_00082280引用。


ドイツのダイムラー・ベンツDB601を搭載したイタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレは、高性能戦闘機だったが、スピットファイアの性能向上型が登場すると、対抗できるように性能向上が求められた。そこで、メッサーシュミットBf109F型からG型へと同様に、MC202のDB601液冷エンジンをより高出力のDB605液冷12気筒エンジン1,475馬力のイタリア国産型に換装し、性能向上を果たすことになった。これが、イタリア空軍マッキMC-205ベルトロ戦闘機(Macchi MC 205 Veltro Greyhound")で、1942年4月19日初飛行、1943年2月より部隊配備された。しかし、戦争中期以降の量産だったために、総生産数は262機と少ない。

写真(右)2016年,アメリカ、ワシントンDC、スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で保管展示中のイタリア空軍(Aeronautica)マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC.202)熱帯仕様;ファシスト政権時代の古代ローマのファッシ(束ねた斧)の国籍マークを左右主翼に描いている。他方、垂直尾翼に描かれたのは、白十字にサヴォイア王家の紋章をあしらった華麗な記章を描いている。
Brief Description Virtually unknown outside Italy, the C.202 Folgore was the best fighter aircraft fielded in significant numbers by the Regia Aeronautica (Italian Royal Air Force or RA) during World War II.
Engine: Alfa Romeo R. A. 1000 R. C. 411 Monsonie (Monsoon, a license-built DB 601), liquid-cooled twelve-cylinder vee, 1,075 horsepower
Date 29 December 2016, 08:33:35
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive Inventory Number A19600332000引用。

マッキMC.202 イタリア空軍(Aeronautica)マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ戦闘機は、1150機量産された主力戦闘機となったが、この量産数は、アメリカ、ソ連、イギリス、日本の飛行機生産機数から見れば、過小である。イタリアが1943年夏に連合国に無条件降伏した時には、マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機は、100機程度しか現存していなかった。

イタリア降伏後も残っていた(Aeronautica)マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ戦闘機は、ムッソリーニを元首とする新ファシスト政権のイタリア社会共和国(サロ政権)と連合国に寝返ったイタリア王国バドリオ政権とに分かれて、戦うことになった。これは、イタリア人同士が敵味方に分かれて戦う内戦、市民戦争でもあるが、同じ戦闘機を使って戦ったのである。ただし、イタリア王国空軍では、西側連合国軍から貸与された戦闘機が、その後主力になった。また、1945年に第二次大戦が連合国の勝利に終わると、イタリア国内では、再び生き残っていたマッキ(Macchi)MC.202戦闘機が配備された。


写真(上)2016年,アメリカ、ワシントンDC、スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で保管展示中のイタリア空軍(Aeronautica)マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC.202)熱帯仕様
;迷彩塗装は乾燥砂漠地帯に併せている。
Virtually unknown outside Italy, the C.202 Folgore was the best fighter airplane fielded in significant numbers by the Regia Aeronautica (Italian Royal Air Force or RA) during World War II. Photographer: Eric Long
Source: Smithsonian's National Air and Space Museum
Posted on Wed, January 25, 2017
写真は,Smithsonian's National Air and Space Museum  C.202 Folgore引用。


写真(上)2016年,アメリカ、ワシントンDC、スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で保管展示中のイタリア空軍マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC-202)熱帯仕様
;エアインテークの前に防塵フィルターが装着されている。
Description Macchi C202 Folgore Date 5 June 2016, 11:11 Source Macchi C202 Folgore Author Tony Hisgett from Birmingham, UK
写真はSmugMug+Flickr.,San Diego Air and Space Museum Archive File:Macchi C202 Folgore (27183367383).jpg引用。

写真(右)2016年,アメリカ、ワシントンDC、スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で保管展示中のイタリア空軍(Aeronautica)マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC-202)熱帯仕様の機首下面;下方のライトブルー(空色)塗装部分は、降着装置の左右主輪カバー。
This airplane demonstrated that Italy could design and build fighter aircraft to world-class standards. Aeronautica Macchi S. p. A. designed and built the Folgore (Lightning), which was based on an earlier Macchi design powered by a radial engine, the C.200 Saeta (Thunderbolt). To create the Folgore, Macchi's chief of design, Mario Castoldi, adapted the Saeta airframe to the German Daimler-Benz DB 601 liquid-cooled engine. Italy was a significant air-faring nation during the mid-1930s but its aviation industry began to lag late in the decade, particularly in engine development. Photographer: Eric Long
Source: Smithsonian's National Air and Space Museum
Posted on Wed, January 25, 2017
写真は,Smithsonian's National Air and Space Museum  Inventory Number A19600332000引用。

イタリア空軍(Aeronautica)マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ戦闘機熱帯仕様の機首側面の空気取入れ口(エアインテーク)には、砂塵がエンジン内部に入らないように防塵フィルターが装備されている。砂漠地帯では、砂塵が舞うために、排気管やその他の開口部から砂塵の侵入で稼働率が低下しやすかった。降着装置の主輪大には大きなカバーで完全に覆われているが、メッサーシュミットBf109Gでは主輪の直径が増大し、主翼上面に突出部(バルジ)を設けたり、降着主輪のカバーの一部を省略して切り欠きだけにしたりと、空力学的な洗練性が失われていた。

写真(右)2016年,アメリカ、ワシントンDC、スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で保管展示中のイタリア空軍(Aeronautica)マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC-202)熱帯仕様の胴体中央部のコックピットと胴体下面の冷却器(ラジエーター);風防の後方の赤△は燃料注入口でこの下に胴体燃料タンクがある。主翼下面・胴体下面はライイトブルー(空色)塗装で下方から青空を見上げた時の迷彩塗装となっている。冷却器の内部もライトブルーに塗装されている。
Italy was a significant air-faring nation during the mid-1930s but its aviation industry began to lag late in the decade, particularly in engine development. No indigenous, in-line powerplant of sufficient power was available when the war started so early in 1940 Macchi had to import the German engine as a private venture. The results were impressive. Flat out, the Folgore was almost 97 kph (60 mph) faster than the Saeta's speed of 502 kph (312 mph).Photographer: Eric Long
Source: Smithsonian's National Air and Space Museum
Posted on Wed, January 25, 2017
写真は,Smithsonian's National Air and Space Museum  Inventory Number A19600332000引用。

写真(右)2016年,アメリカ、ワシントンDC、スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で保管展示中のイタリア空軍(Aeronautica)マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC.202)熱帯仕様の尾部と尾輪・フェアリング;尾輪は固定式だが、前方に空気抵抗減少のためのカバーを装備している。乾燥砂漠地帯に併せて尾輪は橇でもソリッドタイヤでもなく、直径の大きいチューブ式タイヤを装備している。復元機ではあるが、垂直尾翼に描かれた華麗なイタリア国籍記章が明瞭にわかる。
Physical Description: Single-seat, single-engine, low-wing monoplane fighter of all-metal monocoque construction; retractable, tailwheel-type landing gear. Photographer: Eric Long
Source: Smithsonian's National Air and Space Museum
Posted on Wed, January 25, 2017
写真は,Smithsonian's National Air and Space Museum  Inventory Number A19600332000引用。

イタリア空軍(Aeronautica)マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ戦闘機は、MC.200サエッタ戦闘機の空冷星形エンジンをドイツのダイムラーベンツ(Daimler-Benz)DB 601液冷エンジンイタリア国産化し換装した機体だった。冷却器(ラジエーター)は胴体下面に設けているが、これはBF109が左右主翼下面に分けて冷却器を二分し装備したのとは異なっている。

マッキMC.202 しかし、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ戦闘機のエンジンも冷却器の位置も、1941年(昭和16年)12月に初飛行した日本陸軍三式戦闘機「飛燕」とは類似していた。マッキMC.202「雷電」(フォゴーレ)戦闘機のほうが1940年8月10日初飛行、1941年6月部隊配備で遥かに先行していたため、太平洋戦域ニューギニア戦線で三式戦に直面したアメリカ軍が、三式戦をメッサーシュミットBf-109あるいはマッキMC.202のコピーと誤解したのも無理はなかった。

写真(右)2016年,アメリカ、ワシントンDC、スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で保管展示中のイタリア空軍(Aeronautica)マッキMC.202フォルゴーレ戦闘機(Macchi MC.202)熱帯仕様の尾部・垂直尾翼;乾燥砂漠地帯に併せて尾輪は橇でもソリッドタイヤでもなく、直径の大きいチューブ式タイヤを装備している。復元機ではあるが、垂直尾翼に描かれた華麗なイタリア国籍記章が明瞭にわかる。
Physical Description: Single-seat, single-engine, low-wing monoplane fighter of all-metal monocoque construction; retractable, tailwheel-type landing gear. Photographer: Eric Long
Source: Smithsonian's National Air and Space Museum
Posted on Wed, January 25, 2017
写真は,Smithsonian's National Air and Space Museum  Inventory Number A19600332000引用。

イタリア空軍の国籍マークは、第二次大戦で戦っている最中、垂直尾翼に白十字を描き、その中央にイタリア・サヴォイア桜花の紋章を描いていた。これは、ファシスト空軍の時代であるが、後に、西側連合軍に無条件降伏した後は、イタリア三色旗トルコローレの緑白赤の同心円を胴体側面に描いている。

イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機Macchi MC.202)の諸元
乗員:1名
生産数:1 150機
全長:8.85 m
全幅:10.58 m
全高:3.49 m
主翼面積:16.82 m²
重量 空虚重量:2,491 kg
最大離陸重量:2,930 kg
発動機 アルファロメオ(Alfa Romeo)RA.1000 R.C.41-I Monsone液冷V-12気筒エンジン1,175 hp
最高速力:595 km/h / 5600 m
航続距離:765 km
実用上昇限度:11,500 m
12.7ミリBreda-SAFAT 機関銃2丁(各360発)、7.7ミリBreda-SAFAT 機関銃2丁(各500発) 160kg爆弾 ×2


4.マッキ(Macchi)MC.202カタログ

写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機カタログ:マッキMC.200サエッタ戦闘機に空冷星形エンジンをドイツの開発したダイムラーベンツDB601液冷エンジンを国産化したものに変換、最高速力は595キロとイギリス空軍スピットファイア―戦闘機と互角の飛行性能を誇った。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA: selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC-202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA: selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


ファシスト独裁国家イタリアの国籍マークは、主翼上面と下面にファッシ(束ねた武器)、垂直尾翼にイタリア軍の国籍マークは、1940年6月の第二次世界大戦に参戦前までは、緑・白・赤の三色旗トルコローレを派手に描いた。しかし、1940年6月にイタリアが第二次世界大戦に参戦すると、敵から発見されやすい派手な三色旗の国籍マークは廃止され、白十字に塗り直された。

写真(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC-202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA: selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


マッキMC.202サエッタ戦闘機の空冷星形エンジンをドイツの開発したダイムラーベンツDB601エンジンを国産化した液令エンジンに換装したことで、マッキ(Macchi)MC.202戦闘機は、最高速力は595キロと、イギリス空軍ハリケーン戦闘機上、スピットファイア―戦闘機とは互角の飛行性能を発揮した。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の胴体後半の金属骨格構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA: selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機胴体後半の金属外板の構造図:当時普及していた金属骨格の外側にパネルをリベットで留めるモノコック構造を採用している。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA: selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機体は、当時普及していた金属骨格の外側にジュラルミンなど軽金属製パネルをリベットで留めるモノコック構造を採用している。

写真(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピットのガラス風防と後上部のフェアリング・操縦士計器盤とコックピットの底面板および尾部末端のフェアリングの構造図:床板には、操縦桿と操縦ペダルのための穴が開いている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の胴体中央部の部品配置・構造図:当時普及していた金属骨格の外側にパネルをリベットで留めるモノコック構造を採用している。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の胴体中央コックピットの操縦席の構造図:操縦士の頭部後方には、防弾用装甲版があって、操縦士を銃撃から保護している。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の胴体中央コックピットの操縦席の構造図:操縦士の頭部後方には、防弾用装甲版があって、操縦士を銃撃から保護している。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。



図(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の胴体中央コックピットの操縦席の正面防弾ガラス風防の構造図
:積層構造の防弾ガラスのほかに、操縦士の頭部後方にも、防弾用装甲版があって、操縦士を銃撃から保護している。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の胴体中央コックピットの操縦席からの主翼にある主輪引込み式降着装置・尾部にある固定式尾輪の操作図:操縦席から補助翼・方向舵・昇降舵。の操作をする。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


左右主翼後縁にある補助翼 (エルロン:Aileron)は、飛行機を旋回(横転、ロール)する際の舵である。つまり、補助翼は飛行機の前後中心軸をを回転させ、姿勢を変え、方向を決める舵である。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機コックピットの操縦席からの主翼にある主輪引込み式降着装置の配線図:操縦席から主輪を主翼の根元に引き込むの操作をする。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の左主翼にある引込み式降着装置と主輪の部品構造図:操縦席から主輪を主翼の根元に引き込むの操作をする。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の左右主翼にあるゴム主輪を引込み格納するスペースと降着装置を収めた後にリファインする主輪収納扉の構造図:操縦席から主輪を主翼の根元に引き込むの操作をする。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の左主翼:主翼の付け根は、胴体中央の主翼付け根部分とボルトで連結される。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


空気には形状に沿って流れるが、主翼の後縁が下方に傾斜していると、その空気の流れが下向きに曲げられる。主翼で空気を下方に向けられた。この作用で押し下げられた空気の反作用で、揚力が発生する。つまり、揚力は、主翼上面の空気の流れが下向きに曲げらた反作用で発生しますたのである。空気は力の作用がなければ直進すすが、主翼で空気が下方で流れたからには、どこからか力が働いたといえる。空気の流れが曲げられると曲がった流線の内側と外側に圧力差が発生し、向心力が働くのである。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の左主翼主翼には前縁にスロットを設けるスリット、後縁に補助翼が設けられている。主翼付け根と主翼外側は、頑丈なボルトで連結される。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


つまり、主翼上面の曲がっているところを流れる気流の流線の内側は低圧となる。他方、翼下面では、気流は直進するので、圧力が上昇し高圧となる。空気の流れが下向きに曲げられた翼上面では圧力が低下し、空気が直進する翼下面では圧力が上昇する。このように空気の流れを曲げた反作用は翼上面・下面の圧力差として翼に揚力として働くのである。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の左主翼後縁の補助翼の構造図主翼には前縁にスロットを設けるスリット、後縁に補助翼が設けられている。主翼付け根と主翼外側は、頑丈なボルトで連結される。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


飛行機は揚力を得るために、主翼の上面と下面では形状が異なる。上面の空気が下面より早く流れれば、気圧の差から揚力が働き、機体は上に持ち上げられる。しかし、主翼は付け根から先端まで捩じりがあったり、形状が異なったりと複雑で、それを支える桁も最新の注意が必要である。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首の液令エンジン取付け架の構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


マッキMC.200サエッタ戦闘機の空冷星形エンジン取付け架とマッキ(Macchi)MC.202戦闘機のそれとは、全く形状が異なるので、空冷エンジンから液令エンジンへの変換は容易なことではない。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の垂直尾翼と方向舵の構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


方向の姿勢を制御する操縦翼の方向舵(ラダー:rudder)は、垂直尾翼の後縁にあって,コックピット操縦席の方向ペダル(ラダー・ペダル)を踏むことで制御される。右ラダー・ペダルを踏みこむと、方向舵は左に操作され、右向き揚力が発生するので、重心を中心に、機首を左にふるモーメントが生まれ,飛行機は左に旋回する。反対に、左ラダー・ペダルを踏みこむと、方向舵は右に操作され、機首を右にふるモーメントにより、飛行機は右に旋回する。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の水平尾翼と昇降舵の構造図:飛行機胴体尾部の水平尾翼の後縁の昇降舵は、飛行機の上下の姿勢を変化させるものである。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


飛行機胴体尾部の水平尾翼の後縁にある昇降舵は、エレベーター(elevator)の名の通り、飛行機の進行方向の上下の動きを制御する舵(動翼)である。昇降舵を上げれば、機首上げで上昇し、昇降舵を下げれば機首下げで加工する。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席からの主翼の補助翼、垂直尾翼の方向舵、水平尾翼の昇降舵の操作図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首のエンジンとプロペラ軸の構造図:プロペラのピッチを調整する可変装置がプロペラ軸の基部に取り付けられている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


マッキ(Macchi)MC.202は, アルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hpを搭載したが、これは、ドイツのダイムラー・ベンツDB.601液令倒立V型12気筒1,100馬力)を原型としたイタリア製の発動機である。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席からのエンジン・プロペラスピナの構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席からのスロットルレバーによる機首エンジンの操作図:アルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hpを搭載。


1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


エンジンへの燃料供給を調整してエンジン回転数・出力を調整するのがスロットルレバーであり、速力調整のアクセルの役割がある。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の引込み式降着装置と降着装置収納庫と降着装置の操作図:プロペラのピッチを調整する可変装置がプロペラ軸の基部に取り付けられている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席からの水平尾翼の傾きを変化させるトリム・タブ調整装置の操作図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


燃料の消費や搭載量変化に応じて、水平尾翼の取付け傾きを調整して、重心を合わせるのがトリム・タブ調整である。


図(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の固定式尾輪降着装置と尾輪後方の尾端の紡錘型フェアリング

1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席からの胴体燃料タンクのエンジンへの燃料供給調とシステムの配置図:アルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hpを搭載。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首にあるエンジン潤滑油と潤滑油空冷冷却装置および潤滑油の配管図:アルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hpまでの潤滑油配管の配置が示されている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席からの胴体中央下面のアルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hpの冷却液用冷却器と冷却液供給システムの配管図置図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席下面に装備されたエンジン冷却液の冷却器の構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


マッキ(Macchi)MC.202は、前方から高空の冷たい空気を大量に取り込んで、加熱したアルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hp(ダイムラー・ベンツDB.601液令倒立V型12気筒1,100馬力)を冷却後に沸騰した冷却液を冷却器に送り込んで、高高度の冷たい大気で再び冷却し、それをエンジン冷却に再利用する。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首にあるアルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hp(ダイムラー・ベンツDB.601液令倒立V型12気筒1,100馬力)用の空気取り入れ口(エアインテイク)・引込み式降着増値の藏合図潤滑油と潤滑油空冷冷却装置および潤滑油の配管図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首上面の搭載された前方固定12.7 mm (0.50インチ)ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁の操作配線図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の火器は、機首上面に12.7 mm (0.50インチ)ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁(弾薬360/400発)を装備し、左右主翼内に7.7 mm (0.303インチ) ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁(弾薬500発)を装備したが、これは1942年には火力不足だった。

図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首上面の前方固定12.7 mm (0.50インチ)ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁の部品と弾倉(弾薬360/400発)の構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の左主翼の搭載された翼内前方固定7.7 mm (0.303インチ) ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃の部品と弾倉の構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Natale LAPEDOTA e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Catalogo Nomenclatore
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,Catalogo Nomenclatore per velivolo caccis "ARE. MACCHI C. 202" AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。



5.マッキ(Macchi)MC.202マニュアル

写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機マニュアル:マッキMC.200サエッタ戦闘機に空冷星形エンジンをドイツの開発したダイムラーベンツDB601液冷エンジンを国産化したものに変換、最高速力は595キロとイギリス空軍スピットファイア―戦闘機と互角の飛行性能を誇った。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
写真は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


イタリア統領(Duce)ベニート・ムッソリーニ(Benito Mussolini)は、フランス敗北後の領土要求をヒトラーに拒否され、地中海帝国イタリアの面目を施すことができなかった。ヒトラーは、戦争に寄与していなイタリアの領土要求を拒否して当然と考えたが、ムッソリーニは不名誉を被り、イタリア人の誇りを傷つけられた。ムッソリーニは、ヒトラーに対して仕返しをしようと、ドイツに相談することなく、併合していたアルバニアから16万のイタリア軍で、1940年10月28日、ギリシャに侵攻する。

しかし、準備不足のイタリア軍は、勇敢なギリシャ軍の反撃を受け、かえってイタリア領アルバニアに押し返されてしまう。そして、ギリシャから、枢軸国に地中海東部を支配されないように、イギリス軍は、ギリシャ沖のクレタ島に進駐し、守備を固めた。

写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:前掲カタログの写真と同じだが、より鮮明な印刷に変更されている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
写真は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機:前掲カタログの写真と同じだが、より鮮明な印刷に変更されている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
写真は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。



図(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の三面図

1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機刊行になるMC.202公式カタログより引用。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。



図(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席と操縦席の酸素吸入装置と酸素瓶の構造図

1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席:右側よりの眺め。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の"戦闘機のコックピット操縦席後方内部(左側):操縦席・床面・酸素ボンベ・通信装置が描かれている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のコックピット操縦席内側(右側)
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の"戦闘機のコックピット操縦席左側に設けられたスロットルレバー:燃料の気筒への吸入量を調節して、エンジン出力を制御する。座席を外してあるので、コックピットの床板が識別できる。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の"戦闘機のコックピット操縦席内側(左側):座席を外してあるので、コックピットの床板が識別できる。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。



写真(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の3翅可変ピッチプロペラと機首上面内部

1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。



写真(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首上面内部とコックピット操縦席の内部

1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のエンジン取付け架
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


マッキ(Macchi)MC.202は、アルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hpを搭載したが、これは、ドイツのダイムラー・ベンツDB.601液令倒立V型12気筒1,100馬力)を原型としたイタリア製の発動機である。

写真(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のエンジン取付け架に収まったアルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令エンジン1,175 hp
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


マッキ(Macchi)MC.202戦闘機の原型は、発動機として、ドイツ製ダイムラー・ベンツDB.601液令倒立V型12気筒1,175馬力を搭載したが、ドイツでもBf109戦闘機用に生産されており、イタリアのMc.202戦闘機用に十分に輸出するのは困難と考えられた。そこで、搭載するダイムラー・ベンツDB.601をイタリア製のアルファ・ロメオ(Alfa Romeo)R.A.1000 RC.41液令倒立V型12気筒1,175馬力として国産化することになった。


写真(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首正面・左右主翼の引込み式降着装置と右ゴム主輪降着装置

1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。



図(上)1942年頃、イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の引込み式ゴム主輪と固定式尾輪降着装置

1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の主翼と補助翼の構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のエンジン冷却器本体の側面構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機のエンジン冷却器の収納ケースの側面構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首部分の内部構造図:機首上面の潤滑油タンクの間から12.7 mm (0.50インチ)ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁の銃身が出ている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の火器は、機首上面に12.7 mm (0.50インチ)ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁(弾薬360/400発)を装備し、左右主翼内に7.7 mm (0.303インチ) ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁(弾薬500発)を装備したが、これは1942年には火力不足だった。

図(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首上部の12.7 mm (0.50インチ)ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁と操縦桿の射撃装置および光像式射撃照準器の配置図:各機銃には薬室に弾薬を装填する手動式槓桿がついている。弾倉は描かれていない。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の機首上部の12.7 mm (0.50インチ)ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁の部品と弾倉(弾薬360/400発)および操縦桿の射撃装置の配置図側面構造図:前面ガラス風防の内側には、光像式射撃照準器がセットされている。
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。


図(右)イタリア、ファシスト・イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202フォルゴーレ"Folgore"戦闘機の左主翼内の7.7 mm (0.303インチ) ブレダ(Breda)-SAFAT機関銃2丁(弾薬500発)と操縦席からの操作構造図
1942年ファシスト暦20年ローマ刊行のマッキ飛行機MC.202公式マニュアルより引用。
Macchi M.C. 202: a cura di Pietro BARULLI e Saverio RADOGNA : selezione tratta dal Manuale per il montaggio
図は、MINISTERO DELL' ARERONAUTICA,ARE. MACCHI C. 202 con motore R. A. 1000 R. C. 411 AERONAUTICA MACCI - ROMA 1942 XX引用。



5.マッキ(Macchi)MC.205ベルトロ戦闘機

写真(右)1942-1943年頃,イタリア、イタリア空軍マッキMC.205ベルトロ戦闘機(Macchi, MC.205, Veltro Greyhound"):MC.200よりエンジン換装で機首が長くなった。MC.202同様、地中海沿岸の乾燥地域で使用するため、エアインテークには、防塵除去フィルターが装着されている。1942年4月19日初飛行、1943年2月より部隊配備。1943年9月、イタリアが胸腺した時、マッキMC205 戦闘機は66機が残存していたが、イタリア王国の側に6機が、ムッソリーニ側に29機が使用され、北イタリアのファシスト側のために生産が続けられたという。
Title: Macchi, M.C. 205, Veltro ""Greyhound"" Corporation Name: Macchi Official Nickname: Veltro ""Greyhound"" Additional Information: Italy Designation: M.C. 205 Tags: Macchi, M.C. 205, Veltro ""Greyhound""
写真はÖsterreichische Nationalbibliothek,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #:  01_00082287引用。


イタリア空軍マッキ(Macchi)MC.202よりエンジン換装で機首が長くなった。MC.202同様、地中海沿岸の乾燥地域で使用するため、エアインテークには、防塵除去フィルターが装着された。1942年4月19日初飛行、1943年2月より部隊配備。1943年9月、イタリアが休戦した時、マッキMC205 戦闘機は66機が残存していたが、イタリア王国の側に6機が、ムッソリーニ側に29機が使用され、北イタリアのファシスト側のために生産が続けられたという。

イタリア空軍マッキMC.205ベルトロ戦闘機(Macchi MC 205 Veltro Greyhound")の諸元
全長:8.85 m
全幅:10.58 m
全高:3.05m
翼面積:16.8m²
空虚重量:2,581kg
最大離陸重量:3,900kg
発動機:フィアット R.A.1050 RC.58 ティフォーネ1,475hp
性能 最大速度:640km/h(高度7,500m)
航続距離:855km
実用上昇限度:11,500 m
兵装:12.7mm ブレダ-SAFAT 機銃2丁(各370発)、 7.7mm ブレダ-SAFAT 機銃2丁(各500発)
爆弾搭載量 320kg

写真(右)1942-1943年頃,イタリア、イタリア空軍マッキMC.205Vベルトロ戦闘機(Macchi, MC 205V Veltro Greyhound"):主翼の機関銃をブレダ7.7ミリ機関銃からモーゼル20ミリMG151/20 機関砲(250発)に換装した武装強化型。MC.200よりエンジン換装で機首が長くなった。エアインテークには防塵除去フィルターが装着されている。
Ray Wagner Collection Image PictionID: 45646646 - Title: Macchi Mc.205 - Filename: 16_006961.TIF - ---Image from the Ray Wagner Collection. Ray Wagner was Archivist at the San Diego Air and Space Museum for several years and is an author of several books on aviation
写真はÖsterreichische Nationalbibliothek,San Diego Air and Space Museum Archive - Catalog: 16_006961引用。


⇒写真集Album:マッキ(Macchi)MC.205ベルトロ戦闘機を見る。


6.フィアット(Fiat)CR.42ファルコ(Falco)戦闘機

写真(右)2007年7月、イギリス、ロンドン、イギリス空軍RAF博物館(Royal Air Force Museum London)が保管している連合国軍が鹵獲したイタリア王室空軍第56飛行隊第95飛行中隊第18飛行小隊所属フィアット(Fiat)CR.42ファルコ(Falco)複葉戦闘機(製造管理番号:MM5701)右側面:エンジンカウリングを黄色に塗装したのは、同盟国ドイツ軍と共通の味方識別マークを採用したためである。
RAF Museum Hendon Date 29 July 2007, 14:09 Source Falco Author allen watkin from London, UK.
写真はWikimedia Commons,Category:Fiat CR.42 at RAF Museum London File:Falco (942936894).jpg引用。


⇒写真集Album:フィアット(Fiat)CR.42ファルコ(Falco)複葉戦闘機を見る。


7.イタリア空軍爆撃機

写真(右)1940-1941年頃,北アフリカ戦線に投入されたイタリア空軍ユンカースJu-87急降下爆撃機B型Picchiatello:ドイツ軍から貸与された機体。イタリア空軍は、単発の急降下爆撃機を持っていなかったために、ドイツ軍から貸与されたJu87急降下爆撃を配備した。垂直尾翼の白十字がイタリアの国籍マークである。
Junkers Ju 87 PictionID: 44219789 - Title: Junkers Ju 87 - Catalog: 16_005403 - Filename: 16_005403.TIF- - Image from the Ray Wagner Collection.
Bestanddeelnummer 28036_019
写真は,SDASM Archives,Catalog:16_005403 引用。


ドイツ空軍ユンカースJu-87B-2 ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-87は、1940年の西方戦役やイギリス本土航空決戦に使用されたが、低速で弱武装のために多大な損害を受けたため、西部戦線からは撤収して、北アフリカ戦線、地中海戦線、東部戦線にまわされた。東部戦線においては地上支援や対地攻撃に使用されたが、地中海方面では、イギリス海軍空母「イラストリアス」を爆撃し大破させるなど対艦船攻撃にも威力を発揮した。しかし、さすがに1944年になると、連合国軍戦闘機の高速化から、昼間攻撃への投入は不可能となり、夜間地上攻撃やグライダー曳航に使用された。

ドイツ空軍のユンカースJu 87急降下爆撃機B-2 trop型は、ユモ(Jumo)211D 1,200PS(883kW、1,184hp)液冷エンジンを搭載した熱帯仕様の機体で、砂塵や乾燥地での装備を備えており、北アフリカや地中海で活動するイタリア空軍にも貸与された。ドイツ空軍からイタリア空軍が受領したユンカースJu-87B-2急降下爆撃機は、イタリアではPicchiatello「急降下」と名づられたが、Picchiatelloには「へそ曲がり」「とび上がり者」などの俗語もあった。

⇒写真集Album:ユンカース(Junkers)Ju-87急降下爆撃機を見る。

写真(右)1940-1942年頃,イタリア、イタリア空軍サボイア・マルケッティSM.79三発爆撃機(Savoia-Marchetti SM.79):ファシスト独裁国家イタリアの国籍マークは、主翼上面と下面にファッシ(束ねた武器)、垂直尾翼にイタリア軍の国籍マークは、緑・白・赤の三色旗の三色旗を描いた。SM-79は雷撃機として、胴体下面に航空魚雷を搭載するもできた。性能は芳しくなかったが、実用性が高く、艦船攻撃にも成果を上げた。
Savoia-Marchetti SM.79 PictionID: 42002960 - Title: Savoia-Marchetti SM.79 - - Filename: 15_003032.TIF -
Image from the Charles Daniel's Collection Italian Aircraft
写真はÖsterreichische Nationalbibliothek,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog: 15_003032 引用。


サボイアマルケッティSM-79爆撃機 イタリア空軍サボイア・マルケッティSM-79Savoia Marchetti SM.79)三発爆撃機の原型は、三発高速旅客機で1934年10月に初飛行した。発動機は、競技用特別機ではピアッジョPIXRC2(1,000馬力)を搭載し、1935年、1000kmと2000kmのコースで世界最速記録を達成した。ここで三発のは、1000馬力級のエンジンがなく、双発機ではエンジンの馬力不足で飛行性能が低下してしまうためである。しかし、機首にエンジンがあることで、前方視界が制限され、爆撃手席も機首先端に設けることができなくなった。また、機首に防御用旋回機関銃を搭載することもできなかった。

この高性能に注目したイタリア空軍は、爆撃機型の開発をサボイア・マルケッティに指示し、SM-79三発爆撃機試作機は、1936年7月に初飛行した。飛行性能は良好で、イタリア空軍では爆撃機として改装することを要請し、爆撃機が1936年に初飛行した。

1936年7月17日、スペイン内戦が勃発し、イタリアは、フランコ将軍の国民戦線側に遠征軍を派遣したが、この時の空軍兵力の中に高速の爆撃機サボイア・マルケッティSM-79が含まれていた。イタリア空軍にとって、これは実戦試験の一環としての意味があった。

サボイアマルケッティSM-79雷撃機 1937年に、スペイン内乱に投入されたサボイア・マルケッティSM-79Savoia Marchetti SM.79)三発爆撃機は、延べ5000回の出撃を行い、その機体の信頼性、実用性も高さを裏付けた。また、これと同時にレース機としての開発も行われ好成績をあげた。1939年9月に勃発した第二次世界大戦に、イタリアは1940年6月に参戦したが、その時のイタリア空軍サボイア・マルケッティSM-79三発爆撃機配備の爆撃飛行隊11個に及び、爆撃機の主力となっていた。サボイア・マルケッティSM-79三発爆撃機生産機数は1936年から1943年までで、合計1218機量産産された。

その後、1941年12月に太平洋戦争が勃発すると、日本海軍攻撃機による雷撃が多大の戦果を挙げたことにより、イタリア空軍もサボイア・マルケッティSM-79三発爆撃機の良好な運動性と実用性の高さに注目して、多数を45センチ航空魚雷を搭載する雷撃機として地中海方面の艦船攻撃に投入するようになった。

サボイア・マルケッティSM-79(Savoia Marchetti SM.79)三発爆撃機の諸元
初飛行:1934年9月28日
乗員Crew: 6名
全長Length: 16.2 m
全幅Wingspan: 20.2 m
全高Height: 4.1 m
主翼面積Wing area: 61.7 m2
空虚重量Empty weight: 7,700 kg (16,976 lb)
総重量Gross weight: 10,050 kg (22,156 lb)
発動機Powerplant: 空冷星形9気筒アルファロメオ(Alfa)128 R.C.18 エンジン 860馬力(642 kW)
最高速力Maximum speed: 460 km/h (290 mph, 250 kn)/高度3,790 m (12,430 ft)
航続距離Range: 2,600 km (1,600 mi, 1,400 nmi)
実用上昇限度Service ceiling: 7,500 m (24,600 ft)

防御用火器Guns: 12.7 ミリ (0.5 in) ブレダ(Breda-SAFAT)前方固定機関銃1丁(コックピット上部)
12.7ミリ(0.5 in)ブレダ(Breda-SAFAT)旋回機関銃2丁(後上方・後下方)
7.7 ミリ (0.303 in)機関銃2丁(胴体左右側方)
爆弾Bombs: 爆弾倉 1,200 kg (2,645 lb)
あるいは胴体下面: 45センチ航空魚雷1-2本
生産期間:1936-1943年
総生産機数: 1218機

カント Z.1007 ⇒写真集Album:サボイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.79爆撃機 を見る。

⇒写真集Album:カプローニ Ca311軽爆撃機 を見る。

カントとは、カンティエーリ・リウニーティ・デッラドリアーティコ(Cantieri Aeronautici e Navali Triestini:CANT)の略称である。カント Z.1007「アルシオーネ」 (かわせみ)三発爆撃機は、1937年3月初飛行、1939年5月に部隊配備された。胴体上部には回転銃座を設けて12.7ミリ口径イソッタ・フラスキーニ・スコッチ( Isotta-Fraschini Scotti)M1933機関銃を搭載している。1943年までに660機が量産された。

⇒写真集Album:カント(CANT)Z.1007爆撃機を見る。


ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen
ヒトラー:Hitler
ヒトラー総統の最後:The Last Days of Hitler
ヒトラー暗殺ワルキューレ Valkyrie作戦: Claus von Stauffenberg
アンネの日記とユダヤ人
与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機/Ju388高高度偵察機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機⇒ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機/夜間戦闘機
ドイツ空軍(Luftwaffe)メッサーシュミット戦闘機
ドイツ空軍フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-190戦闘機
ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥 カプローニ Ca311


マッキ(Macchi)MC.200サエッタ戦闘機
ボーイング(Boeing)247旅客機
ダグラス(Douglas)DC-2輸送機
ダグラス(Douglas)DC-3輸送機
サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.73輸送機
カプローニ(Caproni)Ca.135爆撃機
カント(CANT)Z.501飛行艇
カント(CANT)Z.506水上機
カント(CANT)Z.1007爆撃機
フィアット(Fiat)G.18V輸送機
フィアット(Fiat)G.212輸送機
カプローニ(Caproni)Ca.310偵察爆撃機
カプローニ(Caproni)Ca.311軽爆撃機
サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.79爆撃機
サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.82輸送機
ピアジオP.108重爆撃機
ムッソリーニ救出作戦
イタリア独裁者ムッソリーニ
独裁者ムッソリーニ処刑

2020年12月31日開設鳥飼行博研究室当サイトへのご訪問ありがとうございます。写真,データなどを引用する際は,URLなど出所を明記してください。
連絡先: torikai007@yahoo.co.jpp
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目4-1-1
東海大学HK社会環境課程 鳥飼 行博
TORIKAI Yukihiro, HK,Toka University,4-1-1 Kitakaname,Hiratuka,Kanagawa,Japan259-1292
Fax: 0463-50-2078
東海大への行き方|How to go
Flag Counter
Thank you for visiting our web site. The online information includes research papers, over 9000 photos and posters published by government agencies and other organizations. The users, who transcribed thses materials from TORIKAI LAB, are requested to credit the owning instutution or to cite the URL of this site. This project is being carried out entirely by Torikai Yukihiro, who is web archive maintainer.


Copyright © Torikai Yukihiro, Japan. 2020/12/31 All Rights Reserved.