Search the TORIKAI LAB Network

Googleサイト内

◆高射砲及算定具に就いて(昭和18年10月)日本航空學會講演會:陸軍兵技少佐 杉本清藏
写真(上):1943年、ドイツ(?)、鉄道高射砲の荷台に設置されたドイツ空軍クルップ1936年式8.8センチ高射砲(8,8cm Flak 36)
:防盾が付いているのは、対ソビエト連邦東部戦線における地上戦での野砲としての使用も想定されているため。
Photographer Hagen [Reichsgebiet, 1943].- Eisenbahnflak; Eins. Kp. Lw. zbV Title Eisenbahnflak Info non-talk.svg Date 1943 Collection German Federal Archives Current location Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-638-4208A-255
写真はWikimedia Commons Category:8.8 cm FlaK 18/36/37 File:Stanowisko działa arylerii przeciwlotniczej na wybrzeżu Adriatyku (2-2455).jpg引用。

写真(上)1943年11月、イギリス、イギリス海軍艦船に搭載されたイギリス海陸軍QF 3インチ 20cwt3インチ高射砲(QF 3 inch 20 cwt anti-aircraft gun)と弾薬を抱える水兵砲手
:砲手は、厚い手袋をして弾薬を取り扱い、硝煙から身を守る頭巾を被っている。第一次世界大戦のQF 18ポンド砲を改造した高射砲で、口径を3.3インチ(84mm)から3インチ(76mm)に縮小したが、薬莢・装薬は18ポンド砲を流用。「20cwt」とは砲身・砲尾の重量20cwt(2,240ポンド)。
English: The Royal Navy, November 1943 A naval gunner holding a shell. Date 1943 This is photograph TR 1451 from the collections of the Imperial War Museums. Author Royal Navy official photographer
写真はWikimedia Commons Category:QF 3 inch 20 cwt File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-20, Nordfrankreich, schweres Flakgeschütz.jpg引用。



写真(上)1944年6月21日、北フランス、ドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)あるいは10.5センチ高射砲(Flak 38 /39)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)と操作要員たち
:測距儀と弾道計算機の一体型の高射算定具で、ツァイス・イコン(Zeiss Ikon)が、1937年から開発を始めた。
Photographer Kurth Archive description Frankreich-Nord.- Soldaten mit Flak-Entfernungsmessgerät, Ende Juli - Anfang September 1944; PK 698 Title Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser Depicted place Nordfrankreich Date 21 June 1944 Collection German Federal Archives Current location Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-301-1957-11
写真はWikimedia Commons Category:Kommandogerät 40 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-11, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


写真(右):1944年6月21日、北フランス、ドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)あるいは10.5センチ高射砲(Flak 38 /39)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)と操作要員たち>:測距儀と弾道計算機の一体型の高射算定具で1941年から部隊配備。。
Photographer Kurth Nordfrankreich.- Soldaten mit Flak-Entfernungsmessgerät, Ende Juli - Anfang September 1944; PK 698 Title Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser Info non-talk.svg Depicted place Nordfrankreich Date 21 June 1944 Collection German Federal Archives Current location Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-301-1957-12n
写真はWikimedia Commons Category:Cannon 76/40 Model 1916 File:A Visit To An Anti-aircraft Ship, England, 1940 D851.jpg引用。


飛行船 1.常識講座 高射砲及算定具に就いて(昭和18年10月27日 日本航空學會講演會にて講演)陸軍兵技少佐 杉本清藏

私は只今御紹介に與りました杉本兵技少佐であります.本夕は(陸軍技術本部附)天晶[恵]閣下がお出でになる御豫定でありましたが突然御用が出來て參りまして私が代理として參上致しました次第で御座います。所が私は生憎お話が最 も不得手な所へもつて參りまして何分突然のことでもありましたので何等の準備がしてありません。

更に困りますのは兵器のお話を致しますのにこの會場にあの大きな重いものは到底持込むことが出來ない爲めに實物無しに徒手空拳でお話をしなければならないことでございまして何とかいい工夫がないものかといろいろ考へてみましたが別段名案も浮かびません.そこで致し方なく心臟に任せまして持ち前の訥辯で平素自分のやつて居りますことの一端を申上げて責任 を免れ度 いと決心を致しました次第でございます。さぞお聞苦しいことと存じますがどうか暫くの間お清聽を御願ひ致します。

題目はそれにありますやうに「高射砲と算定具に就いて」といふ極めて固いお話でございますが本日は主として現代の高射砲はどういふ兵器を使つてどんなやうな具合にして射撃をするかといふことの極めて大要を申上げることに致します。

写真(右):1916年頃、ドイツ、ドイツ軍の偵察用観測気球と気球を係留する多数の地上勤務員:船体中央しうたには、ゴンドラが吊り下げられているが、これが偵察員を乗せる籠である。胴体側面(胴体下面前部)に白縁黒鉄十字の国籍マークが大きく記入されているが、これは前線近くで、味方撃ちを防止するためである。
German Caquot type obsevation balloon during WWI PictionID:45171307 - Title:German Caquot type obsevation balloon during WWI - Catalog:12_0332 - Filename:12_0332.tif - ---Image from the Lighter Than Air (LTA) collection----Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はWikimedia Commons Category:Anti-balloons warfare 引用。


尚下手なお話を致しますより映畫で御覽になつて頂いた方がよからうと考へお話の後に映畫を準備してございますからこれを御覽になつてお話の下手な所を埋め合せて頂きたいと思ひます。

先づ現代の高射砲はどんな兵器を使つてをるかといふことを申上げます前に一應過去の ものは どうであつたかといふことを申上げるのが順序かと存じますので既に御承知のことでありますが一應高射砲の生立からその誕生に遡りまして申上げることに致します。

写真(右):1916年頃、ドイツ、ドイツ軍の偵察用観測気球と気球を係留する多数の地上勤務員:船体中央しうたには、ゴンドラが吊り下げられているが、これが偵察員を乗せる籠である。胴体側面と下面中央に大きな白縁黒鉄十字の国籍マークが大きく記入されているが、これは前線近くで、味方撃ちを防止するためである。
German Parseval-Siegsfeld type observation balloon 1916 PictionID:45171319 - Title:German Parseval-Siegsfeld type observation balloon 1916 - Catalog:12_0333 - Filename:12_0333.tif - ---Image from the Lighter Than Air (LTA) collection------Please Tag these images so that the information can be permanently stored with the digital file.---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はWikimedia Commons Category:Anti-balloons warfare 引用。


ロシア軍 M1902型 「一體高射砲は何時生まれたのだらう」といふ質問に出遭 ますと「それは飛行機が出來てから生まれたのだらうといふ答が普通でございまして正にその通りで間違ひはないと思ひます.飛行機を射つ高射砲は飛行機が出來てから出來 たのに違ひございません。併し高射砲の恰好をした大砲は飛行機が出來上るよりもずつ と昔,明治3年に誕生して居ります.この明治3年の頃は御承知の如く「ヨーロツパ」に於きましては普佛戰爭の眞最中でありましてこの時「パリ」に包圍されました佛軍は全く手も足も出なくなり何とかして城外との聯絡をしなければならないといふので思案致しました結果、例の氣球を利用し初めの中はこの氣球で通信文位を持ち出す程度でございましたが段 々と鳩も乘り、犬も乘り、人間も乘るといふやうな具合になつて參りまして、文獻に依りますと六十何箇の氣球を使ひ相當澤出のものを運び出したり城外と城内との通信聯絡をした樣であります。

これが分つた攻撃軍は默つてをりません。何とかして彼奴を射ち落してやらないと具合が惡いといふ事になつて,明治3年12月に「クルツプ」會社は5門の氣球射撃砲を攻撃軍に提供してをります.この大砲は今迄の大砲と異ひまして―それ迄に使つてをりました大砲は野砲又は重砲の種類で主として地上にあるものを射つてをつ たのでありますから上の方を向くには極めて不便であつたのでありますがこの時「クルツプ」會社の作つた大砲は臺の上に砲身を乘せましてこの砲身が自由に俯仰するのみならずその方向も自由に左右に振向けることの出來るもので今迄の大砲とは全く恰好の變つたものになつた譯であります。

写真(右):1916年頃、ドイツ、ドイツ軍の野戦対空陣地、たマキシム(Maxim)水冷式高射機関銃、野砲改造の気球射撃砲、左では観測・測距具を操作し、双眼鏡を用いて観測している。:第一次世界大戦中に使用されたイギリスのヴィッカース重機関銃も、マキシム水冷式機関銃の改良型だが、QF 1ポンド・ポンポン砲(QF 1 pounder pom-pom gun)は、速射砲、事実上の高射機関砲の走りである。アメリカもQF 1ポンド・ポンポン砲を装備していた。
SDASM Archivesの諸元: 重量 186.0 kg(銃及び砲尾) 全長 1866.9 mm 銃身長 1,105 mm mm(砲腔) 砲弾 0.45 kg(1 ポンド)通常弾 口径 37 mm 初速 367 m/秒 最大射程 4,110 m(Mk.I野戦砲架)
GAL-44 1st Aero sq Album Image_000173 These photos are from an album (AL-44) donated to the Museum from Arthur J. Coyle. The album includes images of the 1st Aero Squadron in France during the First World War. Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真は SDASM Archives 引用。


写真(右):1916年頃、ドイツ、ドイツ軍の野戦対空陣地、移動後、陣地では砲架・車輪を切り離した3.7センチ・マキシム(Maxim)水冷式高射機関銃、野砲改造の気球射撃砲、左では観測・測距具を操作し、双眼鏡を用いて観測している。:第一次世界大戦中に使用されたイギリスのヴィッカース重機関銃も、マキシム水冷式機関銃の改良型である。アメリカ、ロシア、イタリア、フィンランド、オスマン帝国もこのマキシム機関銃を装備していたので、第一次大戦では敵味方が同し機関銃で戦っていたといえる。
English: The German "Flaming Onion" Anti-Aircraft Gun being used by a two-man crew keeping watch for enemy aircraft. Date 30 March 2013 Author Unknown/Unlisted
写真はWikimedia Commons Category:QF 1 pounder pom-pom 引用。


さうしてこの砲の口徑は3.7糎[3,7-cm-Maschinenkanone:マキシム3.7センチ機関砲]であつたといふことであります。尚この大砲で面白いことは馬力の車を輕くしたやうな馬車の上に取付けてをりまして馬で引かせて氣球の方に飛んで行つてそれでパンパンと射落さうといふ仕組のものでありました。

写真(右):1910年代、フランス、フランス陸軍装甲貨物車の荷台に乗せられた気球攻撃用の75mm気球射撃砲:荷台後端左右に、高射砲を水平にセットするための油圧式支柱が取り付けられている。車輪はパンクしないようにソリッド・ゴムタイヤのようだ。
AL-145 W.J. O'Dwyer World War One Image PictionID:41831148 - Title:AL-145 W.J. O'Dwyer World War One Image - Catalog:AL-145 103 - Filename:AL-145 103.tif - Image from an album of World War One Images which belonged to W.J. O'Dwyer---Repository: San Diego Air and Space Museum
写真はWikimedia Commons SDASM Archives 引用。


この大砲がどれ位の效力を示したかといふことは,各種の文献が各々區々でありましてはつきり致してをりません,或るものに依ると「一つだけ何處かの森の上で射落したがその氣球 の中には人間が乘つてゐなくて通信文だけだつた」といふ説もございますし,或文献には「その氣球が果して大砲の爲に落ちたのかどうかは判らない」といふのもあり,又或るものにはまるで氣球の所に彈丸が届かない.又は馬で追駈けたが遂に當らなかつたといふのもあります題目はそれにありますやうに「高射砲と算定具に就いて」といふ極めて固いお話でございますが本日は主として現代の高射砲はどういふ兵器を使つてどんなやうな具合にして射撃をするかといふことの極めて大要を申上げることに致します。

写真(右):1910年代、ドイツ、気球攻撃用のドイツ軍自走式クルップ気球射撃砲(Krupp balloon gun):車輪を前方に寄せて折り曲げることができる。
"Krupp balloon gun". German anti-balloon and anti-aircraft gun mounted on high-angle field carriage. 1 negative : glass ; 5 x 7 in. or smaller. Date undated. possibly 1910s Source US-LibraryOfCongress-BookLogo.svg This image is available from the United States Library of Congress's Prints and Photographs division under the digital ID ggbain.08651.. the United States Library of Congress's Prints and Photographs division under the digital ID ggbain.08651
写真はWikimedia Commons Category:Anti-balloons warfare File:Krupp balloon gun LCCN2014688639.tif引用。


何方に致しましてもはつきりと致しませんが,當らなかつたにしても― 他に原因があるかも知れませんが―この大砲が出來てか畫間は氣球を上げる事がなくなつたといふのは事實のやうであります。その後も引續きこの大砲の研究を繼續しをりましたならば後になつて狼狽せずに濟んだと思ひますが喉元を過ぎますと熱さを忘れるといふのが人情の常と見えましてその後ずつとこの種の大砲の研究は杜絶してをつたやうであります。

ところがそれから30有餘年を經まして明治36年にお馴染の「ライト」兄弟が飛行機を飛ばす,40年にはアメリカは航空隊を作る,各國もこれにならふといふことになつて愈々再び前の氣球射撃砲が必要になつて來たのであります。

写真(右):1900年、ドイツ、気球攻撃用のドイツ軍自走式クルップ気球射撃砲(Krupp balloon gun)
English: Title: Krupp balloon gun Abstract/medium: 1 negative : glass ; 5 x 7 in. or smaller. Date 1900 Source Library of Congress Author Bain News Service, publisher US-Library Of Congress the United States Library of Congress's Prints and Photographs division under the digital ID ggbain.08648
写真はWikimedia Commons Category:Anti-balloons warfare File:Krupp balloon gun LCCN2014688639.tif引用。


早くもこれに着眼してをりましたのは獨逸でございまして,明治の17年には飛行船の研究班が出來,37年には航空隊が出來,更に39年に二つの會社に命じまして飛行船の射撃砲を製作させました。この動機はお隣の國の佛蘭西の方で氣球に發動機を付けた奴が出來たといふので製造を命じたらしいのでありますが,その命令を受けたのが「ラインメタル」(Rheinmetall)と「クルツプ」(Krupp)であります。

ラインメタル」の方は39年に立派な大砲を造 りましてこれを自動車の展覽會に出し又世界に向つて發表してをります.この時の大砲も前の「クルツプ」の大砲と同じ流れを汲むものでありまして架臺の上で砲身が左右に旋囘し俯仰する.それから前の大砲は馬力の車に取り付けて居たのを變へまして今度は裝甲自動車の上に載せたのであります.口徑は5糎になつてをります.口徑を大き くしたのは以前には彈丸が届かなかつたといふので大きなものにした のだらうと思ひます。

更に面白いのは彈丸でありまして,この彈丸は射ち出されてから或所まで參りますと彈丸の中から角が出まして彈丸の旋囘を利用してこの角で氣球に穴を開けようといふ思想のものであります.これで形だけは高射砲に似た空の目標を射つ大砲が出來たことになりますが、未だ飛行船相手のものでありまして飛行機を相手とするものではなかつたわけであります。從つて名前もこの時は未だ高射砲と呼ばずに對氣球射撃砲と呼ばれて居ります。高射砲といふ名前が附きましたのはそれからずつと後の前歐洲大戰が始つてからであります。

図(右):1916年、第一次世界大戦中に、ギリシャのテッサロニキを空襲、高射砲による反撃を受けるドイツ軍のツェッペリン(Zeppelin)軍用飛行船:第一次世界大戦初期、イタリアはドイツを裏切って、1915年5月にイギリス・フランスの協商側に立って参戦した。そして、1916年にはルーマニア王国を加わったが、ドイツ、ブルガリア王国、オーストリア=ハンガリー帝国は、ルーマニアの3分の2を占領した。しかし、1917年、ギリシャ王国が協商国として参戦し、1918年にブルガリアを降伏させた。
Author Unknown author Description English: Zeppelin over Thessaliniki in World War I. The Zeppelin was destroyed and the debris were assembled and the entire skeleton was exposed for several weeks in front of the White Tower. In this sketch one can see shooting coming from the Axios gate and the Lembet/Zeitenlik military camp out of the city in the west (left side), the Eptapyrgion citadel at the north, and the III Army camp at the West (also out of the walls, right side) Date 1916 Collection Archives State Agency Blue pencil.svg wikidata:Q12279299 Current location Central State Archive, Sofia Accession number Fonds: 1599K "Иван Андонов" Inventory: 1 Archival unit: 1998 Sheet no.: 12 Source Bulgarian Archives State Agency:9
写真はWikimedia Commons Category:Zeppelin airships File:BASA-1599K-1-1998-12b-World War I, 1916.JPG引用。


然るに一方飛行機の方はその後急速な進歩を遂げまして忽ちの中に軍事的の價値は飛行船を凌駕するといふやうな状態になつて來たゝめに,何とかして飛行機に對する大砲を作らなければ不可ないといふので各國共慌て出したのですが,この慌て出した頃に前歐洲大戰が勃發したのであります。

從つて各國共飛行機はあつたけれどもこれを射つ大砲は無いといふ状態でありまして有史以來 三千年の間海や陸に數百度の試煉を經て陸に100萬の大兵を擁し,海の方には100萬噸の軍艦を特つて國防の鐵壁を誇つてゐた歐洲各國も空から臨むと全く無防備同然であつて,どうして空襲を防禦して行くかといふことすら判らなかつた位でありまして,大戰が始りましてからも盛にこの研究をし論議を續けたのでありますが,この研究の眞最中に早くも「パリー」は獨逸の飛行機に依り,「ロンドン」は飛行船に依り爆撃の洗禮を受け,英佛側も負けず劣らず直ちにライン沿岸の工業地帶報復的の爆撃を行ひ,これに引續き大戰間急速な飛行機の發達と共に爆撃は1囘は1囘より巧妙に,より猛烈を加へ遂には軍事施設は勿論のこと銃後の老幼婦女まで殺戮するといふやうな慘状を呈したのであります。

写真(右):1918年8月14日、フランス北部、ベルギー国境20キロ、ケメル(Carvin)、イギリス陸軍第61高射砲隊 D(第4)砲兵中隊QF 13ポンド 20cwt高射砲(QF 13 pounder 9 cwt):第一次世界大戦初期のQF 18ポンド砲を改造した高射砲で、口径を3.3インチ(84mm)から3インチ(76mm)に縮小したが、薬莢・装薬は18ポンド砲を流用したために、砲口初速、射高が向上した。「13cwt」とは砲身・砲尾の重量9cwt(1,008ポンドで、1cwt は 1ハンドレッドウェイトで112ポンドである。重量 7.5 t 銃身長 2,353 mm(砲腔)・2.463 mm(全体) 砲弾 5.67 kg(榴散弾) 口径 76.2 mm(3インチ) 反動 水圧復座式 仰角 0° - 80° 旋回角 360° 発射速度 8 発/分 初速 655 m/秒 有効射程 5,790 m
English: IWM caption : "THE HUNDRED DAYS OFFENSIVE, AUGUST-NOVEMBER 1918. Gunners of the D Battery, 61st Anti-Aircraft Section, Royal Garrison Artillery by their 13 pounder 9 cwt anti-aircraft gun. Near Carvin. Date Taken on 14 August 1918 Source IWM LondonT This is photograph Q 7166 from the collections of the Imperial War Museums. Author John Warwick Brooke (1886–1929)
写真はWikimedia Commons Category:QF 13 pounder 9 cwt File:Bundesarchiv Bild 101I-258-1324-13, Südfrankreich, Flak-Stellung an Küste.jpg引用。


戰爭が終りましてから前獨逸皇帝は「次の世界大戰には開戰後24時間を出でずして歐洲の都市は全く灰儘に歸し歐洲の文明はこゝに全く終りを告げるだらう」と云つたとのことであります.果してこの豫言が適中したかどうかといふことは別問題と致しまして,これを以て如何に當時の空襲が人心に大きな刺戟を與へたかといふことがお判りになると思ひます題目はそれにありますやうに「高射砲と算定具に就いて」といふ極めて固いお話でございますが本日は主として現代の高射砲はどういふ兵器を使つてどんなやうな具合にして射撃をするかといふことの極めて大要を申上げることに致します。

尚下手なお話を致しますより映畫で御覽になつて頂いた方がよからうと考へお話の後に映畫を準備してございますからこれを御覽になつてお話の下手な所を埋め合せて頂きたいと思ひます。

写真(右):1940年、イギリス、イギリス海軍対空艦艇上のヴィッカース QF 2ポンド四連装対空機関砲(Vickers QF 2 pounder "pom-pom" gun):イギリス海軍艦艇や沿岸砲台に配備された対空戦闘に使用された。
重量 239 kg (Mk.II) 356–416kg (Mk.VIII)
全長 95.65 in (2,430 mm) (Mk.II) 115.6 in (2,940 mm)
銃身長 1,574.8 mm (39.37口径) 口径 40 mm
発射速度 200発/分 (Mk.II) 96発/分 (Mk.VIII; 同期射撃) 115発/分 (Mk.VIII; 同期射撃)
銃口初速 2,040 ft/s (620 m/s) (Mk.II) 2,400 ft/s (730 m/s) (Mk.VIII)
最大射程 6,800 yds (6,220 m)
English: A Visit To An Anti-aircraft Ship, England, 1940 A good portrait of a 2 pounder multiple pom-pom gun on board an anti-aircraft ship, somewhere in England, 1940. The crew is closed up ready for action. Date 1940
Author Ministry of Information Photo Division Photographer Permission (Reusing this file) D 851 IWM Part of Ministry of Information Second World War Official Collection
写真はWikimedia Commons Category:QF 2 pounder pom-pom File:A Visit To An Anti-aircraft Ship, England, 1940 D851.jpg引用。


かういふ具合になつて參りますと各國の當局者も何時迄も研究をしたり論議をしたりしてをる譯には行きません。そこで不取敢獨逸は先程申しましたほんの僅かの大砲ではありますが、これを以て防空に用ひ「フランス」は又今迄馬の引張つてをつた野戰に使ふ野砲を車の付いたまゝ引張つて來まして之を架臺の上に載せて「パリー」の防空に當らせたのであります。その數も僅かに16門しか無かつたとのことであります。

写真(右):1943-1944年、オーストラリア海軍ネイピア (HMAS Napier (G97))甲板上に装備されたヴィッカース QF 2ポンド四連装対空機関砲(Vickers QF 2 pounder "pom-pom" gun):1940年11月28日就役のオーストラリア海軍N級駆逐艦「ネイピア」は、基準排水量1,773 英トン (1,801 トン)、最高速力36ノット、航続距離 5,500マイル、45口径12cm連装砲塔3基、ヴィッカース39口径40mm4連装ポンポン砲1基、ボフォース60口径40mm単装機関砲1門、エリコン20mm単装機関銃3丁、62口径12.7mm4連装機関銃2基、53.3cm5連装魚雷発射管1基。
English: "Pom-pom gun crews on H.M.A.S. Napier". Date between circa 1943 and circa 1944 Source Series/Collection: Argus newspaper collection of war photographs. World War II. the State Library of Victoria under the Accession Number: H98.105/3245
写真はWikimedia Commons Category:QF 2 pounder pom-pom File:Multiple pom-poms on HMAS Napier WWII-2.jpeg引用。


「フランス」の使つたこの大砲は飛行機を射つには役に立たないといふことを獨逸では既に試驗濟みであつたのでありますが,「フランス」では無いよりはいゝからといふので己むを得ず使つたのだらうと思ひます。

又「イギリス」は軍艦に使つてをりました「ポンポン」砲QF 2 pounder pom-pom gun)12門を取敢ず官衙の屋上に据附けて「ロンドン」の防空に當てました。

写真(右):1916-1918年、バルカン半島、アルバニア、アドリア海に面した固定砲兵陣地のイタリア陸軍1916年式76ミリ海軍砲(Cannon 76/40 Model 1916):イギリス海軍砲として、艦艇や沿岸砲台に配備された対水上戦闘、対空戦闘に使用できる両用砲である。原型は、イギリス・アームストロング1916年式76ミリ両用砲(76 mm Armstrong Model 1916)
English: The Italian Army in Albania, 1916-1918 Italian gunners maneuvering an anti-aircraft gun on the Adriatic coast. Date (First World War)  Q 19108 Imperial War Museums
写真はWikimedia Commons Category:Cannon 76/40 Model 1916  File:The Italian Army in Albania, 1916-1918 Q19108 (cropped).jpg 引用。


然しこれだけではどうしても完全な防禦の出來る筈はありません。大正4年には「イギリス」は50門、「フランス」は60門、「ドイツ」は200門を急速に裝備しました。之等の大砲も初めの大砲と構造機能は似たやうなものでございますが,大正5年「イギリス」はアームス トロング3吋砲を備へその數も150とし,又「フランス」は80門,「ドイツ」は500門を裝備して居ります。

写真(右):1916年、第一次世界大戦時、中央ヨーロッパ、山腹の砲座に固定装備されたオーストリア=ハンガリー帝国軍のイギリス製1916年式76ミリ海軍砲(Cannon 76/40 Model 1916):後方の山頂には、対空監視哨がある。同盟国から三国協商国に寝返ったイタリア軍から鹵獲した高射砲かもしれない。写っているオーストリア=ハンガリー軍の兵士は、イタリアが放棄した戦利品(高射砲)の前で記念撮影したのであろう。
イギリス海軍に開発されたアームストロング1916年式76ミリ両用砲(76 mm Armstrong Model 1916)砲を購入したイタリアは、艦艇や沿岸砲台に配備して、対水上戦闘、対空戦闘に使用する両用砲として配備した。
イタリア軍1916年式76ミリ海軍砲(Cannon 76/40 Model 1916)の原型は、イギリス・アームストロング1916/35年式76ミリ海軍砲(76 mm Armstrong Model 1916)砲の弾薬重量は5.65 kgで砲口初速は690 m / sと1930年代の高射砲としては低速で、命中率の高さも期待できない。艦船搭載用の海軍砲だったため、実用発射速度は10発/分以下で、発射速度も遅い。

なので、第一次大戦時に実戦使用され、1930年代には旧式化していた。しかし、信頼性があり、軽量で使いやすかったためか、第二次世界大戦でも実戦使用された。 イギリス・アームストロング1916年式76ミリ両用砲(76 mm Armstrong Model 1916)は、イギリス海軍用に開発された。海軍艦艇に搭載したり、沿岸砲台に配備されたりして、対水上戦闘、対空戦闘に使用された。イタリアも本砲を評価し、ジェノバに本拠地を置くアンサルド (Ansaldo)で、ライセンス生産を行った。
写真はWikimedia Commons Category:Cannon 76/40 Model 1916  File:Lot-2642-33 (33454493596).jpg引用。


次で6年には「イギリス」が250,「フランス」が108,獨逸は1500,最後 の大正7年にはイギ リス400,フランス192(一説には250位であつたといふ説もございます),「ドイツ」は2000門を裝備し何とかこの頃になりまして數は纏つて參りましたが、その頃には大戰は終りました。

写真(右)1918−1919年、第一次世界大戦時あるいは終戦時、固定砲座に据え付けられたイタリア海軍1916年式76ミリ海軍砲:イタリア軍は、イギリス製アームストロング76ミリ海軍砲を沿岸砲あるいは対空高射砲として、陸上固定配置して使用した。
イギリス製アームストロング1916年式76ミリ海軍砲は、イタリアがライセンスを購入し国産化した。ただし、イタリアでは、ブレダ・メッカニカ・ブレシャーナ(Breda Meccanica Bresciana)が1935年ではなく、製造されたために、ブレダ1935年式65口径20ミリ機関砲(Breda 20/65 Mod. 1935)と呼称された。旧式化した1943年以降も、沿岸砲として海岸に配備され、対艦船防御や対空戦闘に使用された。
イタリアの兵器メーカーBREDA(ブレダ)、すなわちソチエタ・イタリアーナ・エルネスト・ブレーダ・ペル・コストゥルツィオーニ・メッカニケ(Società Italiana Ernesto Breda per Costruzioni Meccaniche)が1886年にミラノに創設したメーカーで、当初は蒸気機関車や鉄道関連機械を製造し、その後、戦闘車輛、軍用機の生産をも担うようになった。
Description English: Cannone da 7640
Date 2 January 1917
Source La Guerra Nelle Raccolte Della Sezione Fotografica Del Comando Supremo Del R Esercito
https://play.google.com/books/reader?id=pqWFMtR0OrAC&hl=en&pg=GBS.PA377
Author Unknown author
写真はWikimedia Commons Category:Cannon 76/40 Model 1916  File:Cannone da 7640.jpg引用。


この樣な裝備によりまして飛行機を射落した數を調べて見ますと「ドイツ」に於きまして約1500,「フランス」は500,「イギリス」は305,「イタリー」でも120位の飛行機を射落してをります。この數と戰闘機射落した數との比率を取つてみますと,國に依つて違つてをりますが大旨飛行機で射落した數の約4分の1になつてをります。

それでありまから強ちこの頃の高射砲で當らなかつたといふことは云へないのであります.殊 に1918年,大正7年の夏以後に於ける「パリー」の防空は最も理想的であつたさうでありまして,その防空の要領は「パリー」の中心から50キロ乃 至80キロの所に週邊監視哨を置き,市街の周圍には約200門の高射砲と100門の機關銃を置き,更に要所々々には阻塞氣球を置いて,飛行場には58機の戰闘機が常に待機してをるといふ嚴めしい防備であつたと言ます。

写真(右):1940年7月29日、イギリス、イギリス陸軍自動貨物車の荷台に搭載されたQF 12ポンド 12cwt高射砲(12 pounder 12 cwt anti-aircraft gun)
弾薬Shell QF 12.5 lb (5.7 kg) 口径Calibre 3 inch (76.2 mm) ライフルBreech single-motion screw 仰角Elevation 0° - 85° 回転Traverse 360° 砲口初速Muzzle velocity 2,200 ft/s (670 m/s) 最大発射速度Maximum firing range 20,000 ft (6,100 m)
English: The British Army in the United Kingdom 1939-45 12-pdr mobile gun, Littlestone-on-Sea, near Dungeness in Kent, 29 July 1940. Date 29 July 1940 H 2584 from the collections of the Imperial War Museums. Author War Office official photographer
写真はWikimedia Commons Category:QF 12 pounder 12 cwt AA gun File:Multiple pom-poms on HMAS Napier WWII-2.jpeg引用。


丁度この防備が出來上つた頃だらうと思ひますが「イギリス」の方にやつて行く積りのドイツの飛行船が道を間違へて「パリー」の上空にやつて參りまして4隻射落され,又これと前後しまして12隻の飛行船で「パリー」を襲撃しようとしたのが7隻 射落されて「パリー」の上 空に到着したのは僅かに5隻に過ぎなかつたといふことであります.これ以後「ドイツ」は「パリー」にし飛行船を以てする爆撃は斷念し飛行機を用ひた樣でありますが,その飛行機も使用總機數500機 の中1割の50機が落された といふ記録になつてをります.流石勇敢な獨逸飛行家ですら「パリー」を爆撃する爲には往復20キロの高射砲地帶を通過しなければな らないので,こゝを地獄だと言つて恐れたといふ話であります。

写真(右):1914-1918年、第一次大戦中、ドイツ陸軍航空隊のアルバトロス(Albatros) C.I(機体番号229)多用途機。複座で偵察・軽爆撃などの多用途に使用された。:第一次大戦中の軍用機は複葉機だったが、1930年代以降、単葉・全金属製・高速の飛行機が開発された。
Flugzeug Albatros C.I , Besatzung Record group N 1645 Bild - Schmeck, Heinrich und Paul.- Bildbestand Inventory information (BASYS-Invenio) Original title [Fotoalbum] Heinrich Schmeck 1914-1918.- Archive title Frankreich (?).- Aufklärungsflugzeug Albatros C.I (?), (Kennung 229) vor Hanger / Zelt auf Feldflugplatz stehend. Davor vier deutsche Soldaten (u.a. Pilot).
写真は、Digitales Bildarchiv des Bundesarchivs Signature N 1645 Bild-00273 引用。

これを見ますと當時の高射砲彈は相當命中した樣に考へますが一面これを命中率の方から調べ てみます とこの表の樣になつて居ります.これも記録に依りまして區々でありますがこの表に依つて申上げますと大正3年,4年は「命中彈僅少にして統計無し」となつてをり,この頃が丁度野砲を仰向けた命中を使用した時代であります.一 説には100萬發に1發,10萬發に1發といふ數字にもなつてをりますが何れにしてもこれは獨逸皇帝しなかつたと解釋する方が至當かと思ひます。

写真(右):1917年6月、ベルギー上空を飛行するドイツ軍のゴーダ(Gotha)G.IV 405/16爆撃機:ロンドン空襲に投入されたゴーダ(Gotha)G.IVは白色塗装を施したために白いゴータと呼ばれた。当初は、昼間空襲を持ししたが、イギリスの戦闘機の迎撃や高射砲による対空砲火が増強されて損害が多くなったため、夜間爆撃に変更された。乗員:3名 全長:11.86m 全幅:23.70m 重量:3640kg 出力:260hp  最高速度:139km/h 失速速度:64km/h 飛行時間:8時間 機銃:7.92 mm パラベラム(Parabellum) MG 14 前方・後方旋回機銃各1挺 爆弾:16発(合計500kg)1916ー1917年に230機生産。
Deutsch: Beim Kagohl III, die Englandflieger Die Gotha GIV 405/16 im Fluge über Belgien, Oblt. von Trotha’s Flugzeug Date June 1917 Source http://www.thomasgenth.de Author Unknown author
写真はWikimedia Commons Category:Gotha G.IV File:Gotha G IV Flug.jpg引用。


写真(右):1914-1918年、第一次大戦中、イタリア戦線に墜落したドイツ軍のLVG (エルファウゲー)C.VI複葉機は、ドイツのヨハニスタール航空(Johannisthal; L.V.G.; LVG)が開発した単発複葉複座の偵察爆撃機(?):不時着しようとしたのか、鉄条網に激突し大破したようだ。
初飛行:1918年 翼幅:13.62 m 全長:7.87 m 全高:3.20 m 翼面積:42.90 m2 空虚重量:930 kg 通常離陸重量:1340 kg 発動機:ベンツ製 Bz IV 液冷エンジン ×1 出力:200 馬力 最高速度:165 km/h 巡航速度:142 km/h 実用航続距離:420 km 上昇力:252 m/min 実用飛行上限高度:6000 m 乗員:2 名 武装:LMG14パラベルム 7.92 mm機銃 ×1(後部座席) 後期型:同上、および LMG 08/15 シュパンダウ 7.92 mm機銃 ×1(前方射撃用) 80 kgまでの軽爆弾
World War One Aircraft crash German in Italy Catalog #: 10_0016588 Title: World War One Aircraft crash German in Italy Date: 1914-1918 Additional Information: World War One Aircraft crash German in Italy Tags: World War One Aircraft crash German in Italy, World War One Aircraft crash German in Italy, 1914-1918 Repository: San Diego Air and Space Museum Archivee
写真は、SDASM Archives 引用。

大正5年は1萬發に1發,これは「フランス」の統計であります.その次の大正6年には「イギリス」の統計で8000發に1發となり少しよくなつて來てはをりますが大したこともあ りまぜん.そ の翌年「フランス」は3000發に1發,これはこの年の始めには4500發に1發で終り頃になりまして1500發に1發となりその平均値であります.「イギリス」は同年の終頃には1000發に1發で略「フランス」と同等な記録を示して居ります。

以上の數字から考へますと如何に贔負目に見ましてもよく命中したとは云へないのでありまして,パゲヂイ將軍でありましたか飛行機が高射砲に射落されるといふやうな場合には高射砲の方が間違つたか,飛行機の方が間違つたのだ」と言つたさうでありますが,パゲチオ將軍のみならず誰しも命中しないものだと考へるのは當然であります.併し當らないからと云つて直ぐに匙を投げるのは早計でありまして,一應先づ何故に命中しなかつたかを檢討し然る後對策を講ずべきが至當かと考へます。

写真(右):1914-1918年、第一次大戦中、墜落したフランス軍のニューポール 23(Nieuport 23)複葉戦闘機:第一次大戦時は、機械の不調、搭乗員の操作ミス・疲労、悪天候、強度不足などで多数の飛行機が事故で墜落したが、その前後に、高射砲や鉄器からの銃撃を受けていれば、敵の「撃墜記録」としてカウントされることが多く、それが第一次世界大戦時には、対空砲火で多数の飛行機が撃ち落されたという神話が生まれた背景に指摘できる。
ニューポール 23は、大量生産されたニューポール17(Nieuport 17)複葉戦闘機の兵装をプロペラ同調ヴィッカース(Vickers)前方固定機関銃1挺としたのが変更点である。ニューポール17(Nieuport 17)複葉戦闘機諸元: 全長: 5.8 m 全高: 2.4 m 翼幅: 8.2 m 翼面積: 14.75 m2 空虚重量: 375 kg 運用時重量: 550 kg 動力: ル・ローヌ 9J 回転式空冷星型9気筒、110 hp 最高速力: 164 km/h 航続距離: 249 km 実用上昇限度: 5,300 m 上昇率: 3,000 mまで11.5分 兵装* フランス軍/イギリス軍仕様) ルイス7.7mm機関銃1挺(プロペラ同調なしで上翼装備)。
World War One Aircraft crash Nieuport 23 Lt. Schafner Catalog #: 10_0016747 Title: World War One Aircraft crash Nieuport 23 Lt. Schafner Date: 1914-1918 Additional Information: World War One Aircraft crash Nieuport 23 Lt. Schafner Tags: World War One Aircraft crash Nieuport 23 Lt. Schafner, World War One Aircraft crash Nieuport 23 Lt. Schafner, 1914-1918 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive.
写真は、SDASM Archives 引用。


然らば何故にこの當時の高射砲が命中しなかつたかと申しますと先づ最初のニヶ年 は先程も申上げ ましたやうに本當の高射砲ではございませんし又砲のみならず彈丸も惡く破裂しないものが相當あつたといふことでありますから當らたいのも無理 はなかつたと思ひます.大體飛行機の高 さまで彈丸が届かなかつたといふ話 もあります。

次にこの年の終頃に使はれた裝甲自動車に乘つた大砲も餘り效力がなかつた樣でありまして,大砲に大半の罪があつたものと考へます.「イギリス」では敵の爆彈よりもこの裝軍自動車が血眼になつ オツクスツオードの街を驅け廻る方が餘程恐ろしかつたと言ふ話もあります。

その次の大正5年には先程申上げましたやうに 「アームストロング」砲なども出來てをりますし訓練も行届いて居りますから,相當の效果を擧げなければならない筈でありますが依然としてこの數字であります。

これから見ますとの原因はどうも大砲でもなし又訓練でもない.射ち方が惡いのではないか,云ひ換へますと狙ひを定める所謂照準機が惡いのではないかといふことを疑はざるを得なくなります。

写真(右):1914-1918年、第一次大戦中、墜落したフランス軍のニューポール 27(Nieuport 27)複葉戦闘機:飛行機は空中飛行させるために軽量化されており、表面は羽布でおおった構造だった。木製部位も多いので、地上に激突すれば、地面に大きな穴をあけることはなく、表面で大きく破損した。
ニューポール 27(Nieuport 27)複葉戦闘機の諸元: 全長: 5.88 m 全高: 2.44 m 翼幅: 8.18 m 空虚重量: 354 kg 運用時重量: 544 kg 発動機: ル・ローヌ(Le Rhône)ロータリーエンジン90 kW (120 hp) 最高速力: 187 km/h 実用上昇限度: 5,550 m 上昇率: 5,000 mまで22分 兵装* フランス軍/イタリア軍仕様) プロペラ同調ヴィッカース(Vickers)前方固定機関銃1挺 イギリス軍仕様) ルイス7.7mm機関銃1挺(プロペラ同調なしで上翼装備)。
World War One Aircraft crash Nieuport 27 Lt. Davis Catalog #: 10_0016769 Title: World War One Aircraft crash Nieuport 27 Lt. Davis Date: 1914-1918 Additional Information: World War One Aircraft crash Nieuport 27 Lt. Davis Tags: World War One Aircraft crash Nieuport 27 Lt. Davis, World War One Aircraft crash Nieuport 27 Lt. Davis, 1914-1918 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真は、SDASM Archives 引用。


写真(上):1914-1918年、第一次大戦中、墜落したフランス軍のニューポール 27(Nieuport 27)複葉戦闘機
:第一次大戦時は、機械の不調、搭乗員の操作ミス・疲労、悪天候、強度不足などで多数の飛行機が事故で墜落したが、その前後に、高射砲や鉄器からの銃撃を受けていれば、敵の「撃墜記録」としてカウントされることが多く、それが第一次世界大戦時には、対空砲火で多数の飛行機が撃ち落されたという神話が生まれた背景に指摘できる。
World War One Aircraft crash Nieuport 27 Catalog #: 10_0016748 Title: World War One Aircraft crash Nieuport 27 Date: 1914-1918 Additional Information: World War One Aircraft crash Nieuport 27 Tags: World War One Aircraft crash Nieuport 27, World War One Aircraft crash Nieuport 27, 1914-1918 Repository: San Diego Air and Space Museum Archive).
写真は、SDASM Archives 引用。

勿論當時の當局者もいち早くそれに氣付いてをりまして大正5年には「フランス」は 高射砲用の照準裝置を作りまして翌6年 にはこれを全線に配布しました題目はそれにありますやうに「高射砲と算定具に就いて」といふ極めて固いお話でございますが本日は主として現代の高射砲はどういふ兵器を使つてどんなやうな具合にして射撃をするかといふことの極めて大要を申上げることに致します。

写真(右):1940年5月14日、イギリス、ロンドン近郊、ケント、ヘイズ、土嚢で囲まれた対空陣地に据え付けられたイギリス陸軍第99高射砲隊第303砲兵中隊QF 3インチ 20cwt3インチ高射砲(QF 3 inch 20 cwt anti-aircraft gun):第一次世界大戦初期のQF 18ポンド砲を改造した高射砲で、口径を3.3インチ(84mm)から3インチ(76mm)に縮小したが、薬莢・装薬は18ポンド砲を流用したために、砲口初速、射高が向上した。「20cwt」とは砲身・砲尾の重量20cwt(2,240ポンド)。
English: 3-inch gun crew of 303rd Battery, 99th Anti-Aircraft Regiment, Royal Artillery, in action at Hayes Common in Kent, May 1940. 3-inch gun crew of 303rd Battery, 99th Anti-Aircraft Regiment, Royal Artillery, in action at Hayes Common in Kent, May 1940. Date Taken in May 1940 IWM London This is photograph H 1388 from the collections of the Imperial War Museums.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3 inch 20 cwt File:3-inch gun crew of 303rd Battery, 99th Anti-Aircraft Regiment, Royal Artillery, in action at Hayes Common in Kent, May 1940. H1388.jpg引用。


尚下手なお話を致しますより映畫で御覽になつて頂いた方がよからうと考へお話の後に映畫を準備してございますからこれを御覽になつてお話の下手な所を埋め合せて頂きたいと思ひます。

併しとれは高射砲の照準機と申しましてもほんの野戰砲の照準機を改良した程度のもので甚だ幼稚なものであつたに違ひありませんが,それ以前は殆ん ど照準機無しで盲滅法射つたといふことになるわけであります.かういふ状態 では到底早 い飛行機に彈丸を當 てるといふことは無理な註文でありまして,命中率の惡かつたのも當然のことゝ存じます。

写真(右):1940年5月14日、イギリス、ロンドン近郊、ケント、ヘイズ、土嚢で囲まれた対空陣地に据え付けられたイギリス陸軍第99高射砲隊第303砲兵中隊QF 3インチ 20cwt3インチ高射砲(QF 3 inch 20 cwt anti-aircraft gun)の砲尾で弾薬を装填する砲手:第一次世界大戦QF 3インチ 20cwt3インチ高射砲は、重量 1,020 kg(砲身・閉鎖機) 5,990 kg (全体、移動砲架) 銃身長 135 in (45口径) 140 in(3,600 mm、全体) 操作要員 11 名 口径 76.2 mm(3インチ) 砲尾 半自動垂直鎖栓式 反動 27.94cm 仰角 -10° - 90° 旋回角 360° 発射速度 16-18 発/分 初速 760 m/秒 (12.5ポンド弾)・610 m/秒 (16ポンド弾) 有効射高 4,880 m 最大射高 6,800 m (12.5ポンド弾) 7,160 m (16ポンド弾)
IWM caption reads : "3-inch gun crew of 303rd Battery, 99th Anti-Aircraft Regiment, Royal Artillery, in action at Hayes Common in Kent, May 1940." Comment : This appears to be a QF 3 inch 20 cwt gun. Español: La descripción del Museo Imperial de la Guerra dice: Dotación de un cañón de 3 pulgadas de la 303ª Batería, 99º Regimiento Antiaéreo, Artillería Real, en acción en Hayes Common (Kent), en mayo de 1940. Date May 1940 H 1386 from the collections of the Imperial War Museums.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3 inch 20 cwt File:3inch20cwtAAgun HayesCommonMay1940.jpg引用。


凡そ動く目標に對して射撃を致しますのには飛行機に限らず,軍艦に對しても戰車に對してでも同樣でありますが動かない目標に對するやうな射撃をしたのでは彈丸が當らないことは申し上げる迄 もない事であります.靜止をしてをる目標でございましたならばその目標の距離を計つて,彈道が彎曲する量だけ砲身を仰向けにして發射致しまして近温ぎた,遠過ぎた,或は右へ寄つた左へ寄つたとその射彈の偏差を觀測しだんだん修正致しまして射彈を目標に導くのであります.

かういふやうな動かない目標に對してゞもあの歐洲大戰の時の統計から見ますと人間1人を斃すのに人間の個人重量の約60倍の金屬量を使つてをります.この簡單な射撃に對してすらさうであります.

況して動く目標に對して同じ樣な射撃をしたならば彈丸は猶當らないのは明瞭であります.動く目標に對しては靜止目標を射撃する時の仕事の外に目標が何方の方にどういふやうな速度で動てをるかといふことを計りまして,彈丸が到着する瞬時にこの目標が何處まで移動するかといふ所謂目標の未來位置を推定しまして,そこに彈丸が破裂するやうに射撃をしなければな りません。

つまり動く目標に對して彈丸を命中させようと致しますためには先づ第一に目標の現在の位置を測定 する.次に目標の移動の状態,即ち移動速度移動方向を正しく測定する.第三には彈丸が空中を飛行して目標に到達する迄にこの目標は何處まで動くかといふ未來の位置を定める.さうしてこの未來の位置に彈丸が破裂するやうに發射諸元を測定する.更に風があつたならば風の影響までも計算して風に基く發射諸元を修正し,その結果を大砲と彈丸の信管とに與へて發射するといふ順序になります。

所が同じ動く目標でも飛行機のやうな早い目標になりますとこの外に未だ面倒な條件が増えて行きます.それは今 申上げました總ての仕事を一瞬に,一擧同時に片付 けなけれ ばならないといふことであります.發射諸元は前にも申しました樣に目標 の移動状態,現在の位置などの關係から計算されるものでありますから,飛行機のやうに速い目標に對 しては現在の位置,移動状態等を計るのに時間が掛つたならばその時間内の目標の移動に伴つて誤差が出て參りまして眞の正しい發射諸元は何時迄經つても計算が出來ないわけであります。

写真(右):1941年10月23日、イギリス、ノーフォーク、イギリス陸軍QF 3.7 インチ 高射砲(QF 3.7 inch AA gun)用の距離算定用の測距儀(rangefinder)を操作するイギリス補助郷土部隊(Auxiliary Territorial Service: ATS)の婦人兵士:高射砲操作のために、標的の飛行機の高度・飛行速度・距離・移動方向を計測して照準を算定する算定機は、アメリカではDirector、イギリスではPredictorと呼称し、日本陸軍では高射算定具、日本海軍では高射装置と呼称した。後方には、イギリス陸軍QF 3.7インチ高射砲(QF 3.7 inch AA gun)が置かれているが、移動用のゴム車輪を付けたままの状態で待機している。
The British Army in the United Kingdom 1939-45 ATS women operate a rangefinder at the anti-aircraft training camp at Weybourne in Norfolk, 23 October 1941. A mobile 3.7-inch gun can be seen in the background. Date 23 October 1941 H 14985 from the collections of the Imperial War Museums. Author Puttnam (Lt), War Office official photographer Permission (Reusing this file) Part of War Office Second World War Official Collection.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3.7 inch AA gun File:The British Army in the United Kingdom 1939-45 H14985.jpg 引用。


今一つの條件は今迄の射撃よりも計算も照準も精密でなければならないことでありまして移動の遲い目標ならば勿論精密に越したことはありませんが,大 體の見當が付きましたならば1發射つて見て惡かつたならば次に修正して射つて見るといふことが出來ますが,飛行機のやうに速い目標にはそれが出來ません.修正してから射てば當るだらうといふやうに考へますが修正して次の彈丸を發射 する頃には目標の位置が前 とは變つて居りますから,例へば前に50米修正すればよかつたとしても次には50米か40米か判りません.かういふ面倒なことになつて來ますから野戰砲重砲等の照準機を改良した程度の照準機では,到底役に立たないわけであります。

写真(右):1941年10月23日、イギリス、ノーフォーク、イギリス陸軍QF 3.7 インチ 高射砲(QF 3.7 inch AA gun)用の高射算定機(Predictor)を操作するイギリス補助郷土部隊(Auxiliary Territorial Service: ATS)の婦人兵士:高射砲用の照準算定機は、アメリカではDirector、イギリスではPredictorと呼称し、日本陸軍では高射算定具、日本海軍では高射装置と呼称した。背景には、イギリス陸軍QF 3.7 インチ 高射砲(QF 3.7 inch AA gun)が見える。
The British Army in the United Kingdom 1939-45 ATS women operate a predictor at the anti-aircraft training camp at Weybourne in Norfolk, 23 October 1941. A 3.7-inch gun can be seen in the background. Date 23 October 1941 This is photograph H 14972 from the collections of the Imperial War Museums. Author Puttnam (Lt), War Office official photographer.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3.7 inch AA gun File:The British Army in the United Kingdom 1939-45 H14972.jpg 引用。


前世界大戰で隨分辛い經驗を甞めさせられた各國はこの戰爭が終 りましてから否戰爭中から既にこの種の對空射撃の兵器の完成に努力 をしたのでありまして,その苦心の結果が今次の大戰に遺憾なく現れてをります。

今次大戰では先づ「ドイツ」は開戰後1ヶ年足らず約11ヶ月の間に1300機の飛行機を撃墜してをります.又ソ聯と「フインランド」との戰爭Winter War)に於きましてはあの短期間にも拘らず「フインランド」の高射砲隊すら270何機といふ飛行機を射落してをりまして,その命中率は54發に對して1發といふ割合になつてをるといふことであります。

図(右):1915年、第一次世界大戦でイギリス軍QF 3インチ 20cwt高射砲(QF 3 inch 20 cwt anti-aircraft gun)用の3インチ(76.2mm)Mk.I型12.5ポンド尖頭弾薬(砲弾と装薬)(QF 3 inch Mk I (12.5 lb) Shrapnel shell and cartridge)の内部構造図:上部の砲弾にはNo.84時限信管を装着され破裂後に金属破片となる金属弾が仕込まれている。株の装薬には、高高度まで砲弾を飛ばすための装薬が仕込まれている。弾薬全体の重量はの重量は20ポンド 11オンス 14ドラム (20 lb 11 oz 14 drams)で、9.4キロ相当である。
Diagram of British QF 3 inch Mk I (12.5 lb) Shrapnel shell and cartridge, 1914. As used by QF 3 inch 20 cwt anti-aircraft gun. The propellant charge is 2 lb 7 6/16 oz of Cordite M.D., Size 11. Total weight of complete cartridge is 20 lb 11 oz 14 drams. Date 1915. Facsimile reprint published by Imperial War Museum and Naval & Military Press, 2003. Source Plate LXXXV & Page 412-413, 436 in "Treatise on Ammunition" 10th Edition, 1915. Author War Office, UK..
写真はWikimedia Commons Category:QF 3 inch 20 cwt File:QF3inchShrapnelCartridgeMkI.jpg引用。


では現代の高射砲隊はどんな兵器を使つてをるかと申しますと先づ主體である高射砲はその口徑が前大戰當時5糎或は7糎位でありましたものが8糎になり,9糎になり,10糎12糎となり更に15糎にもならうとしてをります。

又 その最大射高は昔は5000米 或は6000米 程度であつたものが その後7000米に延び9000米1萬米と逐次増大して今では1萬米以上になつてをります。

特に最も著しい發達を遂げましたのは中口徑の高射砲でありまして「ドイツ」ではこれを輕高射砲と申してをりますが,この砲は發射速度が早く機關銃と同樣に1分間に200發位の彈丸を次から次へと發射し,口徑は3糎位2000米乃至〜5000米位の最大射高を持つてをります。

これが今次の大戰では相當各所で活躍しでをりまして「スペイン」戰爭人民戰線派Frente Popular)の如きは「ドイツ」製の輕高射砲[2 cm Flak 303.7 cm Flak 18] 18門あれば地上から7千呎[フィート:2038m]までは敵機の通過し難い障壁を作り得る」とまで激賞してをります。

図(右):1916-1918年、第一次世界大戦でイギリス軍の高射砲弾や国使用されたイギリス80/44Mark.V型 時計信管・時限信管(British No. 80/44 Mark V Time Fuze)の外観:第一次世界大戦初期のQF 18ポンド砲を改造したイギリス軍QF 3インチ 20cwt3インチ高射砲(QF 3 inch 20 cwt anti-aircraft gun)やQF 12ポンド 12cwt高射砲(Qf 12 pounder 12 cwt anti-aircraft gun)の弾薬に使用された高射砲用の時計信管。射撃前に標的となる飛行機の高度・距離・進行方向、速力を計算し、その未来位置を目掛けて発射し、その砲弾が未来位置で目標に到達する飛行時間に達すると、榴弾が破裂。内部に仕込んだ破片が周囲に飛び散り、飛行機に損害を与える。
Diagram showing British No. 80/44 Mark V Time Fuze, World War I. This was the basic No. 80 Time and Percussion Fuse, with the percussion mechanism removed and replaced by a wooden block. Its primary use was for anti-aircraft guns. The removal of the percussion mechanism eliminated the danger of high-explosive shells which failed to explode correctly in the air after the expiration of the preset time, exploding when they struck the ground. Date circa. 1916-1918 Source British ordnance manual circa. 1918 Author War Office, UK.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3 inch 20 cwt File:No80-44TimeFuze.jpg引用。


彈藥も亦進歩しまして遠距離にまで到達する樣に形状が改良せられ破壞威力 も増大してをります.更に彈丸を破裂させる時計信管も著しく改良され,その作動が正確となり殊に近頃は時計仕掛の信管所謂時計信管が使はれる樣になり破裂の時期が正確になると共にどんな上空に飛んで行きましても破裂しないものはなくなつて居ります。


図(上):1917年12月、第一次世界大戦でイギリス軍QF 3インチ 20cwt3インチ高射砲(QF 3 inch 20 cwt anti-aircraft gun)とQF 12ポンド 12cwt高射砲(Qf 12 pounder 12 cwt anti-aircraft gun)の高射砲弾に使用されたイギリス80/44Mark.V型 時計信管・時限信管(British No. 80/44 Mark V Time Fuze)の内部構造図
:図(左)はNo.2信管取付孔に装着されたNo.80/44時限信管。図(右)は榴弾用のNo. 80/44信管取付孔 で組立てられた信管の重量は2 ポンド 13½ オンス (1.29 kg)である。
Diagrams of British No 80/44 time fuze with Adaptor No. 11 and Gaine No. 2 (left); and with No. 44/80 Mk IV as gaine (right). These were used as special anti-aircraft fuzes. The 44/80 fuze acted as a gaine to convert the relatively weak flash of the 80 fuze, originally intended for shrapnel shells, into a strong flash necessary to ignite high-explosive anti-aircraft shells. Total weight of assembled fuze : 2 lb 13½ oz (1.29 kg). Date 1917 Source Royal Laboratory. "Fuze Diagrams" December 1917. Supplied by Allan Brown : British Ordnance Collectors Network http://www.bocn.co.uk Author Royal Laboratory.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3 inch 20 cwt File:No80-44TimeFuze.jpg引用。


次に前大戰には不完全であつた射撃指揮具は之亦長足の進歩をして居ります.先づ目標の位置を計 る裝置から申上げますと,現在の位置を計るためには方 向角 と高低角,即ち上下の角を眼鏡で計ることは昔も今も變りありませんが,空 中目標の座標を決定するための他の一元である直距離,若くは高度 を計る兵器が著しい進歩をして居 ります.昔は測量と同じ原理で地上の1000米か2000米離れた2地 點か ら目標 を狙ひ,その時の角度から距離を計るものでありましたが,これでは計るのが面倒であると共に測る爲めに時間が掛つて仕方がありません。

写真(右):1942年12月、イギリス沿岸部、対空掩体壕の中のイギリス陸軍QF 3.7インチ(94mm)高射砲(QF 3.7 inch AA gun)と双眼鏡による対空監視任務に就くイギリス補助郷土部隊(Auxiliary Territorial Service: ATS)の婦人兵士:コート、厚手の手袋と、厚手のロングスカートを着用して、ヘルメットを被って戦時臨戦態勢を強調している。背景の奥には、防空掩体壕内にイギリス陸軍QF 3.7 インチ 高射砲(QF 3.7 inch AA gun)が据え付けられている。
English: A member of the ATS (Auxiliary Territorial Service) serving with a 3.7-inch anti-aircraft gun battery, December 1942. ATS spotter with binoculars at the anti-aircraft command post, with a 3.7 inch anti-aircraft gun in the background. Date 1942 This is photograph TR 460 from the collections of the Imperial War Museums. Author Malindine E G (Lt), Tanner (Lt), War Office official photographer.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3.7 inch AA gun File:A member of the ATS (Auxiliary Territorial Service) serving with a 3.7-inch anti-aircraft gun battery, December 1942. TR460.jpg 引用。


8.8センチ高射砲 又2地點が遠く離れてをりますと一機の場合は未だいゝのですが編隊等の場合には各間違つた目標を狙ふ心配があり間違つた目標を狙へば妙な結果が出て參りますので,何とかして1地點で計りたかつたのでありまして、當時距離を計る道具として海軍で使つてをつた測遠機を使用しましたが,大型なものを使ふには構造が不備で速い飛行機を追ひかけつゝ狙ふことが出來ず小型の測定精度の惡いものしか用ひませんでしたが,今日では非常に進歩致しまして基線長が2米,3米 或は4米もある大型の精度のよいものが,野戰の高射砲隊にすら使 れてをるといふやうな状態になつて來てをります。

これらを使用致しましたならば1萬米以上の上空の目標でも極く短時間の中に易々と精密に計ることが出來ます。

写真(右):1942年12月、イギリス沿岸部、対空掩体壕の中のイギリス陸軍QF 3.7インチ(94mm)高射砲(QF 3.7 inch AA gun)と双眼鏡による対空監視任務に就くイギリス補助郷土部隊(Auxiliary Territorial Service: ATS)の婦人兵士:コート、厚手の手袋と、厚手のロングスカートを着用して、ヘルメットを被って戦時臨戦態勢を強調している。背景の奥には、防空掩体壕内にイギリス陸軍QF 3.7 インチ 高射砲(QF 3.7 inch AA gun)が据え付けられている。
English: A member of the ATS (Auxiliary Territorial Service) serving with a 3.7-inch anti-aircraft gun battery, December 1942. ATS spotter with binoculars at the anti-aircraft command post, with a 3.7 inch anti-aircraft gun in the background. Date 1942 This is photograph TR 453 from the collections of the Imperial War Museums. Author Malindine E G (Lt), Tanner (Lt), War Office official photographer.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3.7 inch AA gun File:The Auxiliary Territorial Service at An Anti-aircraft Gun Site in Britain, December 1942 TR453.jpg 引用。


又 昔は距離だけしか計れなかつたので測遠機といふ名前が附いてをつたのでありますが,今 高射砲隊の使つてをるものは高さも距離も思ふが儘に計り得る樣な構造となり之を測高機と呼んで居ります。

併しこのやうに測高機が進歩して參りまして精 密に計ることが出來ましてもこれは光線を利用した兵器でありまして,曇,雨天とか,夜間になりますと忽ちにして機能を失ふわけであります.そこで優秀な照空燈聽昔機が出來てをりますが更に最近は新聞雜誌で御承知の通り超短波を利用しましてこの反射を利用しまして見えない敵機の位置迄も精密に計ることが出來るやうになり,この測定の精度も動もすれば光學兵器の精度を凌駕する程にまでなつて參りました。

写真(右):1942年12月、イギリス沿岸部、対空掩体壕の中のイギリス陸軍QF 3.7インチ(94mm)高射砲(QF 3.7 inch AA gun)と双眼鏡による対空監視任務に就くイギリス補助郷土部隊(Auxiliary Territorial Service: ATS)の婦人兵士:コート、厚手の手袋と革製の腰巻を着用し、雑袋を準備し、ヘルメットを被って戦時臨戦態勢を強調している。背景の左奥には、防空掩体壕内にイギリス陸軍QF 3.7 インチ 高射砲(QF 3.7 inch AA gun)が据え付けられている。
English: The Auxiliary Territorial Service at An Anti-aircraft Gun Site in Britain, December 1942 An ATS spotter with binoculars at the anti-aircraft command post. A 3.7 inch anti-aircraft gun can be seen in the background. Date 1942 This is photograph TR 454 from the collections of the Imperial War Museums. Flag of the United Kingdom.svg Author Malindine E G (Lt), Tanner (Lt), War Office official photographer.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3.7 inch AA gun File:A member of the ATS (Auxiliary Territorial Service) serving with a 3.7-inch anti-aircraft gun battery, December 1942. TR455.jpg 引用。


次に之等の現在の位置と移動方向,移動速度を利用致しまして未來の位置を計り未來の位置に對する發射條件をきめる兵器はと申しますと,昔は大砲に取付 けた眼鏡と簡單な計算裝置でこれを照準具と呼んでをりましたがこの照準具では兎角精度 も惡く使用にも不便であります.即ち大砲には複雜な機械を取付けるといふ餘積もありませんし,又これを取付けたと致 しましても發射の衝撃の爲めに直ぐがたがたになつてしまひます.又衝撃のある所で照準するのは照準が不便なばかりでなく不正確にもなりますし1發射てば,砲口煙のために一面が煙だらけになつて次の照準が出來なくなります。

写真(右):1942年12月、イギリス沿岸部、対空掩体壕の中のイギリス陸軍QF 3.7インチ(94mm)高射砲(QF 3.7 inch AA gun)と双眼鏡による対空監視任務に就くイギリス補助郷土部隊(Auxiliary Territorial Service: ATS)の婦人兵士:コート、厚手の手袋と革製の腰巻を着用し、雑袋を準備し、ヘルメットを被って戦時臨戦態勢を強調している。背景の左奥には、防空掩体壕内にイギリス陸軍QF 3.7 インチ 高射砲(QF 3.7 inch AA gun)が据え付けられている。
English: The Auxiliary Territorial Service at An Anti-aircraft Gun Site in Britain, December 1942 An ATS spotter with binoculars at the anti-aircraft command post. A 3.7 inch anti-aircraft gun can be seen in the background. Date 1942 TR 454 from the collections of the Imperial War Museums. Flag of the United Kingdom.svg Author Malindine E G (Lt), Tanner (Lt), War Office official photographer.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3.7 inch AA gun File:The Auxiliary Territorial Service at An Anti-aircraft Gun Site in Britain, December 1942 TR454.jpg 引用。


そこで最近では思ひ切つて大砲からかういふやうなものを取り外して全く大砲から離れた位置へ,照準をする眼鏡も,未來位置を計算する計算裝置[高射指揮装置]とも,發射諸元を計算する裝置もみんな一纏めにして廣々と安定した位置でゆつくりと照準し算定が出來 るといふ裝置が發達して參りました.これに高射算定具(anti-aircraft director)といふ名前を付けてをります。

写真(右):1943年8月27日、イギリス、ノーフォーク、整備された対空掩体壕の中でイギリス陸軍QF 3.7インチ(94mm)高射砲(QF 3.7 inch AA gun)用の高射算定機(Predictor)を操作するイギリス補助郷土部隊(Auxiliary Territorial Service: ATS)の婦人兵士:高射砲用の高度測定着、距離剪定用の測距儀を操作しているが、このような情報を統合する算定機は、アメリカではDirector、イギリスではPredictorと呼称し、日本陸軍では高射算定具、日本海軍では高射装置と呼称した。背景の左奥には、防空掩体壕内にイギリス陸軍QF 3.7インチ高射砲(QF 3.7 inch AA gun)が据え付けられている。
English: The British Army in the United Kingdom 1939-45 ATS girls operate predictors, height-finders and range-finders at a 3.7-inch anti-aircraft battery, 27 August 1943. Date between 1939 and 1945 This is photograph H 32337 from the collections of the Imperial War Museums. Flag of the United Kingdom.svg Author Taylor (Lt), War Office official photographer Permission (Reusing this file) Imperial War Museum on the IWM Non Commercial Licence. Part of War Office Second World War Official Collection.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3.7 inch AA gun File:The British Army in the United Kingdom 1939-45 H32337.jpg 引用。


先程の命中率の表の中の昭和7年「イギリス」が2發に1發の命中彈を得てをりますのは「イギリス」がお得意の「ビツカース」の高射算定具を使つて試驗射撃した時の成果であります.目標の高度は2000米から3000米の低空で而も演習の結果でありますからこの數字が直ちに實戰に當て嵌まるとは參りませんが,兎も角昔と較べますと格段の進歩をして居ることが御想像れると思ひます。

写真(右)1944年4月25日、フィンランド、フィンラン軍第31対空部隊(31.Rask.It.Ptri)のイタリア製ブレダ1935年式76ミリ高射砲(76 ItK 16/35 BrK (Breda))の水平方向の照準を定める射撃手:フィンランド軍は、ブレダ1916年式76ミリ海軍砲(Cannon 76/40 Model 1916)原型とするブレダ1935年式76ミリ高射砲(76 ItK 16/35 BrK (Breda))を購入し配備した。
31.Rask.It.Ptri: Ilmator juntatykin (m/Breda) miehistö suoralla suuntauksella ammuttaessa.
Kapteeni Leo Vepsäläinen, valokuvaaja Aineistotyyppi Valokuva Organisaatio Sotamuseo Kuvaustiedot 1944-04-25 Kapteeni Leo Vepsäläinen, valokuvaaja
写真は,Finnish Defence Forces, Finnish Wartime Photograph Archive sa-kuva-131939引用。


写真(右)1944年4月25日、フィンランド、丸太で囲われた半地下式高射砲陣地、フィンラン軍第31対空部隊(31.Rask.It.Ptri)のイタリア製ブレダ1935年式76ミリ高射砲(76 ItK 16/35 BrK (Breda))to 8人の対空要員:1939/1940年、対ソビエト冬戦争では、フィンランドがイタリアからブレダ1935年式76ミリ高射砲(QF 12-pounder 12 cwt naval gunのイタリアライセンス生産)を購入したが、この高射砲は冬戦争には間に合わず、次の1941年対ソビエト継続戦争で、フィンランド軍が76 ItK 16/35 BrK (Breda)として実戦使用した。
31.Rask.It.Ptri: Tykin (m/Breda) suorasuuntausa-mmuksessa. Kapteeni Leo Vepsäläinen, valokuvaaja 1944 Aineistotyyppi Valokuva Organisaatio Sotamuseo Kuvaustiedot 1944-04-25
写真は,Finnish Defence Forces, Finnish Wartime Photograph Archive sa-kuva-131940引用。


写真(右):1943年3月2日、対ソビエト連邦「継続戦争」、フィンランド、ヘルシンキ、対空用掩体壕に陣取るフィンランド国防軍の第1対空連隊((It.R 1): 32.Rask.It.Ptri:)のソ連製1931年式76ミリ対空高射砲 (Russian: 76-мм зенитная пушка обр. 1931 г.) を操作する8名の将兵:高射砲には冬季迷彩塗装を施している。後方の掩体壕には、シートが置かれている。操作要員は、外套を着ているが、白冬季のヤッケは着用していない。
フィンランド、ヘルシンキ、対空用掩体壕に陣取るフィンランド国防軍の第1対空連隊((It.R 1): 32.Rask.It.Ptri:)のソ連製1931年式76ミリ対空高射砲 (Russian: 76-мм зенитная пушка обр. 1931 г.) は、製造期間 1938年から1940年 重量 4,300 kg 口径 76.2 mm 仰角 -3° ~ 82° 旋回角 360° 発射速度 毎分10-20発 有効射程 9,250 m (到達高度) 最大射程 14,600 m。弾薬重量 6.5kg 砲口初速 816m/s 最大射高 9250m。
Helsingin ilmatorjunta: Ilmatorjuntarykmentti 1 (It.R 1): 32. Rask.It Ptri: tykki tulivalmiina. Neuvostoliittolainen 76 mm:n raskas ilmatorjuntakanuuna. Aineistotyyppi Valokuva Organisaatio Sotamuseo Kuvaustiedot 1943-03-02 Kapteeni Leo Vepsäläinen, valokuvaaja
写真は FINNA Fl. File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-14, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


写真(右):1943年3月2日、対ソビエト連邦「継続戦争」、フィンランド、ヘルシンキ、対空用掩体壕に陣取るフィンランド国防軍の第1対空連隊((It.R 1): 32.Rask.It.Ptri:)のソ連製1931年式76ミリ対空高射砲 (Russian: 76-мм зенитная пушка обр. 1931 г.) とイギリスのビッカース4m測距儀を操作する4名の将兵:M1931高射砲は、改良型のM1938高射砲が1938から生産され、更新されていった。M1938では、ドイツの8,8?高射砲と同様の、取り外し可能な移動式車輪を備え、十字砲架を採用した。ただし、性能は変わらなかったために、M1938高射砲の口径を85ミリに拡大したM1939高射砲が開発された。フィンランドは、1939-1040年の対ソ冬戦争(Winter War)で多数のソ連製1931年式76ミリ高射砲を鹵獲し、自国軍用に 76 ItK/31 として配備している。またドイツ軍も、1941年6月の対ソ侵攻で、本高射砲を多数鹵獲し7.62 cm Flak M.31(r) として使用した。
Helsingin ilmatorjunta: Ilmatorjuntarykmentti 1 (It.R 1): 32. Rask.It Ptri: tykki tulivalmiina. Neuvostoliittolainen 76 mm:n raskas ilmatorjuntakanuuna. ORGANISAATIO Sotamuseo KUVAUSTIEDOT 1943-03-02 Kapteeni Leo Vepsäläinen, valokuvaajaja
写真は FINNA Fl. File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-14, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


又その翌年には敵米國は4發に1發の命中彈を出してをります.これはその當時出來ました「スペリー」の高射算定具の試驗射撃の結果であります.お遠くのお方にはお判りにならないかと思ひますがこの圖はその内部の機構を展開した圖面であります.このやうに色々巧妙な機構を使ひまして,精密な機械部品に依り先程申上げました所の發射諸元を計算するのであります。

写真(右):1943年3月2日、対ソビエト連邦「継続戦争」末期、フィンランド、ヘルシンキ、フィンランド国防軍第1対空連隊((It.R 1): 32.Rask.It.Ptri:)のソ連製1931年式76ミリ対空高射砲 (Russian: 76-мм зенитная пушка обр. 1931 г.) とイギリスのビッカース射撃管制用高射算定機を操作する4名の将兵:フィンランドの使用した高射砲は、ほかにもフランス製1914年式ピュトー75ミリ高射砲(75 ItK 97/14 PK (Puteaux))、イギリス製ビッカース・アームストロング1931年式76mm重対空高射砲(Vickers Model 1931; 76 ItK/34)、イタリアのブレダ1916/35年式76ミリ海軍砲(76 ItK 16/35 BrK (Breda))、チェコスロバキア製1937年式シュコダ75ミリ高射砲 (75 ItK/37 Skoda)、スウェーデン製ボフォース1927年式76ミリ対空高射砲(Bofors 76 mm M1927)、ソ連製1938年式76ミリ高射砲(M1938 енитная пушка обр. 1938 г.)、ドイツの8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)を使用した。
Helsingin ilmatorjunta: Ilmatorjuntarykmentti 1 (It.R 1): 32.Rask.It.Ptri: tulenjohtue toiminnassa. Kapteeni Leo Vepsäläinen, valokuvaaja 1943 Valokuva ORGANISAATIO Sotamuseo KUVAUSTIEDOT 1943-03-02 Kapteeni Leo Vepsäläinen, valokuvaaja
写真は Category:Kommandogerät 40 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-14, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


この算定具[高射射撃盤]の最も特徴とする所は敵の飛行機 が複雜なる行動をとりましても亦少し位高さを變へましても平氣で射 撃が出來るといふ特徴を持つてをります.尚この算定具は 「アメリカ」[Sperry anti-aircraft Directors]のみならず「イギリス」[Vickers anti-aircraft Predictor]にも使はれてをるらしく思はれます。

写真(右):1944年6月18日、対ソビエト連邦「継続戦争」末期、フィンランド、フィンランド国防軍の指揮官に率いられてイギリスの射撃管制用高射算定機を操作する対空部隊将兵4名:フィンランドは、ヴィッカース測距儀も使用している。
Sot.virk. Eino Nurmi, valokuvaaja 1944 AINEISTOTYYPPI Valokuva ORGANISAATIO Sotamuseo KUVAUSTIEDOT 1944-06-18 Sot.virk. Eino Nurmi, valokuvaaja
写真は Category:Kommandogerät 40 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-14, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


写真(右):1944年6月18日、対ソビエト連邦「継続戦争」終盤、フィンランド、対空用掩体壕で、簡易式の基線1m程度の測距儀を操作する4名の将兵:フィンランドの使用した高射砲は、スウェーデン製ボフォース1927年式76ミリ対空高射砲(Bofors 76 mm M1927)フランス製1914年式ピュトー75ミリ高射砲(75 ItK 97/14 PK (Puteaux))、イギリス製ビッカース・アームストロング1931年式76mm重対空高射砲(Vickers Model 1931; 76 ItK/34)、イタリアのブレダ1916/35年式76ミリ海軍砲(76 ItK 16/35 BrK (Breda))、チェコスロバキア製1937年式シュコダ75ミリ高射砲 (75 ItK/37 Skoda)、ソ連製1931年式76ミリ対空高射砲 (Russian: 76-мм зенитная пушка обр. 1931 г.))、ドイツの8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)などがある。
Ilmatorjunnan tulenjohtue-elimet toiminnassa hyökkäysten aikana. Sot.virk. Eino Nurmi, valokuvaaja 1944 NÄYTÄ MUUT VERSIOT (4) Aineistotyyppi Valokuva Organisaatio Sotamuseo Kuvaustiedot 1944-06-18 Sot.virk. Eino Nurmi, valokuvaaja
写真は FINNA.Fl 引用。


尚此方にございますのは 「スペリー」高射算定具(Sperry anti-aircraft Directors) の要領圖であります.要領こそ違へ目的は同じものであります。

この「スペリー」の算定具[Director]は「アメリカ」の得意の算定具でありまして,數年前初めて出來た頃のものは實に下手い非道いものでありましたが最近は根本的に改良されまして相當立派な侮り難いものになつてをります.これを使ふのにも最初のものは兵員が8名掛りになつてをりましたが現在では4名で使ふ樣になつてをります。

写真(右):1944年6月18日、対ソビエト連邦「継続戦争」末期、フィンランド、高射算定器を操作するフィンランド国防軍対空連隊((It.R ) の操作員4名と指揮官:後方の対空掩体壕には、フィンランドがソ連赤軍から鹵獲したか、ドイツから譲渡されたソ連製1931年式76ミリ対空高射砲 (Russian: 76-мм зенитная пушка обр. 1931 г.)が設置されている。
Ilmatorjunnan tulenjohtue-elimet toiminnassa hyökkäysten aikana. Sot.virk. Eino Nurmi, valokuvaaja 1944 Aineistotyyppi Valokuva Organisaatio Sotamuseo Kuvaustiedot 1944-06-18
写真は FINNA.Fl">FINNA.Fl引用。


「ビツカース」の高射算定具(Vickers anti-aircraft Predictor)は「スペリー」高射算定具(Sperry anti-aircraft Directors)よりも小型でありまして構造も比較的簡單でありますが,何しろ早くら作つてをります關係からその工作も機構も極めて巧妙であります.共にこれは侮り難い算定具であります。

写真(右):2008年8月、南アフリカ、ヨハネスバーグ、国立軍事博物館に保管展示されているイギリス陸軍QF 3.7インチ(94mm)高射砲(QF 3.7 inch AA gun)用の第1高射算定機(Number 1 Mark III Predictor):1930年代にヴィッカース社No.1照準算定機が開発されたが、これは1934年までにロッキング・バー式照準機からマグスリップ(Magslip)式受信ダイアル式に改良され、照準器で目標を追尾する代わりに情報を指示針に表示し、それを調整するようにした。No.1照準算定機の後継機は、1937年から搭乗したアメリカのスペリー社M3A3高射算定機の利点を取り入れたNo.2照準算定機である。これは、飛行機の高速化・高高度化に対応したもので、最高速力400マイル/時 (640 km/h) ・高度25,000フィート(7,600 m)で飛行する航空機を追尾することが可能になった。
English: A Number 1 Mark III Predictor used with the QF 3.7 inch AA gun. The device is a mechanical analog computer used to track aircraft and control the attached anti aircraft weapons. South African National Museum of Military History, Johannesburg Date 25 August 2008 Source Own work Author NJR ZA.
写真はWikimedia Commons Category:QF 3.7 inch AA gun File:AA-Predictor-Nr1MarkIII-001.jpg引用。


只この「ビツカース」の高射算定具[Vickers anti-aircraft Predictor]は一つ缺點とでも申しませうか「スペリー」高射算定具(Sperry anti-aircraft Director)のやうに目標が高度を變へた場合には一寸射撃 が困難になります.從つてビツカースの方では何とかして高度を變へた場合にでも射撃が出來る樣にといふので色々ど研究してをるやうでありますが この形式ではそれが一寸面倒でありましてこの點では「スペリー」高射算定具のやうな性能は出し得ないのではないかと思ひます。

写真(右):1943年8月、ドイツ、ベルリン(Berlin)市内パンコウ、カーコウ(Karow)ドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)と上半身裸になって日光浴を楽しむハインツ・ラートケ(Heinz Radtke)らドイツ空軍対空要員(正面):ツァイス・イコン(Zeiss Ikon)が、1937年から開発を始めた高射砲用の射撃照準算定機で、1941年から量産された。
Deutsch: 8,8cm-Flak-Batterie in Berlin-Karow, Luftwaffenhelfer des Jahrgangs 1927 am Kommandogerät 40 (August 1943) English: 8,8cm-anti-aircraft battery in Berlin-Karow, Luftwaffenhelfer (born 1927) on the Kommandogerät 40 (August 1943) Date August 1943 Source Family Archive Norbert Radtke Author Heinz Radtke
写真はWikimedia Commons Category:Kommandogerät 40 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-16, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


現在算定具を使つてをりますのは獨り以上申しました「アメリカ」と「イギリス」ばかりではありません.「ドイツ」には「ツアイス」の算定具があり,「イタリー」には「ガリレオ」の算定具がありまして夫々特徴のあるものを使つてをります.青龍刀と雨傘しか持つてゐないと思はれる 蒋介石の軍隊すら生意氣にも算定具を持つてをると言ふ状態でありまして算定具がなければ高射砲の射撃は出來ないとまで云はれる位であります。

写真(右):1944年6月11日、北フランス、ドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)あるいは10.5センチ高射砲(Flak 38 /39)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)と操作要員:ツァイス・イコン(Zeiss Ikon)が、1937年から開発を始めた高射砲用の射撃照準算定機で、1941年から量産された。
Photographer Kurth Frankreich-Nord.- Soldaten mit Flak-Entfernungsmessgerät, Ende Juli - Anfang September 1944; PK 698 Title Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser Info non-talk.svg Depicted place Nordfrankreich Date 21 June 1944 Collection German Federal Archives Current location Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-301-1957-16
写真はWikimedia Commons Category:Kommandogerät 40 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-13, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


8.8センチ高射砲 このやうに現在使はれてをる高射算定具は多種多樣でありその特徴も構造も區々でありますが外形は大體どれも似たやうなものでありまして縱横高さ共に60糎から70糎位の方形の箱の中に發射諸元を計算 する爲めの機械部品を納めて,この箱は三脚又は架臺の上にのつかつてをり箱ごと自由に左右に旋廻するやうになつてをります。

箱の外部に は眼鏡 とハンドルが附いてをりましてこの眼鏡を覗きながらハンドルで目標を追駈ける.さうして先程申上げました測高機から得た高度を絶えず眼鏡の目盛に合はせる.かういふやうな操作をやりまして發射諸元の計算が内部の機械裝置で計算されまして出來た發射諸元は電纜に依りまして電氣的に砲車の受信器に傅はるやうになつてをります。

写真(右):1944年6月11日、北フランス、ドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)あるいは10.5センチ高射砲(Flak 38 /39)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)を覗き込む操作要員(正面):ツァイス・イコン(Zeiss Ikon)が、1937年から開発を始めた高射砲用の射撃照準算定機で、1941年から量産された。
Photographer Kurth Frankreich-Nord.- Soldaten mit Flak-Entfernungsmessgerät, Ende Juli - Anfang September 1944; PK 698 Title Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser Depicted place Nordfrankreich Date 21 June 1944 Collection German Federal Archives Current location Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-301-1957-13
写真はWikimedia Commons Category:Kommandogerät 40 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-16, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


電氣的に發射諸元を傳へるには「ホイートストン」電極の原理を應用したもの「ソルシンモーター」セルシン(selsyn motor):回転軸の回転位置の制御使用される多相回転機)のやうな特殊な電動機を使ふもの等種々の方法があります。

写真(右):1944年6月11日、北フランス、ドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)あるいは10.5センチ高射砲(Flak 38 /39)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)を覗き込む操作要員(裏面)
Photographer Kurth Frankreich-Nord.- Soldaten mit Flak-Entfernungsmessgerät, Ende Juli - Anfang September 1944; PK 698 Title Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser Depicted place Nordfrankreich Date 21 June 1944 Collection German Federal Archives Current location Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-301-1957-13
写真はWikimedia Commons Category:Kommandogerät 40 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-14, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


8.8センチ高射砲 砲車には今迄の照準具の代りに算定具から送られた發射諸元を受ける受信器が付けてありまして受信した諸元に依つて受信器の針が動きます.受信器にはこの針の外にハンドルを廻せば動く所の別の針があり照準手は目標を狙ふ代りに二つの針を絶えず合せるといふやうに操作をすれば算定具から送られた諸元を砲車に與へることが出來誰でも容易に照準が出來るのでありますから,砲手の仕事も大變樂になり同時に發射速度も速くなり且目標を捉へましてから第1發目の彈丸が出て行く迄時間 も極めて短縮されて參りまして,目標を捉へてから數秒後には射撃を開始することが出來る程になつて參りました。

写真(右):1942年、南フランス、ドイツ空軍移動式クルップ1936年式8.8センチ高射砲(8,8cm Flak 36):防盾が付いているので、地上戦での野砲としての使用も意識されているようだ。左手前にあるのが、高射砲移動用のゴム車輪で、取り外されている。
Photographer Micheljack Süd-Frankreich.- Soldaten beim Aufstellen einer schweren Flugabwehrkanone 8,8cm Flak 36 an der Küste / auf der Höhe einer Bucht; PK 696 Title Südfrankreich, Flak-Stellung an Küste Info non-talk.svg Depicted place Südfrankreich Date 1942 Collection German Federal Archives Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-258-1324-13
写真はWikimedia Commons Category:8.8 cm FlaK 18/36/37 File:Bundesarchiv Bild 101I-258-1324-13, Südfrankreich, Flak-Stellung an Küste.jpg引用。


写真(右):1944年6月21日、北フランス、ドイツ空軍移動式クルップ1936年式8.8センチ高射砲(8,8cm Flak 36):防盾が付いているので、地上戦での野砲としての使用も意識されているようだ。左手前にあるのが、高射砲移動用のゴム車輪で、取り外されている。
Photographer Kurth Archive description Frankreich-Nord.- schweres Flak-Geschütz in Stellung auf Feld, Ende Juli - Anfang September 1944; PK 698 Title Nordfrankreich, schweres Flakgeschütz Depicted place Nordfrankreich Date 21 June 1944 Collection German Federal Archives Propagandakompanien der Wehrmacht - Heer und Luftwaffe (Bild 101 I) Accession number Bild 101I-301-1957-20
写真はWikimedia Commons Category:8.8 cm FlaK 18/36/37 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-20, Nordfrankreich, schweres Flakgeschütz.jpg引用。


然しまだこれだけで は安心が出來ません.寢てをる時にでも敵機がやつて參りますとなりますと仕末が惡くなりますから先程申しました超短波の兵器の一種で,測定の精度はそれ程でなくてもいゝから敵機が來たぞ!といふことを遠距離から判る兵器も使はれてをります。

以上の樣に對空兵器は最近長足の進歩を致しまして將來も尚何處まて進歩するかといふことの想像も出來たい位であ ります。

但し一言お斷りを申上げておきますが高射砲が斯くの如進歩は致しましたが これがために私は高射砲が將來の防空の王座を獨占するといふやうなことを申上げた積りではないのであります.飽く迄高射砲は高射砲でありましてその分野があります。

高射砲には飛行機の樣に輕快に移動することの出來ないといふ缺點を持つてをりまして自分のをる所に來る奴でなければ射てません.無限の遠距離まで射撃が出來て而も百發百中の射撃が出來たならば兎も角と致しまして,さうでなかつたならば現在野戰に於きまして1キロの正面に必要なる大砲の門數は70門80門でも足りない.心持のいゝ所は90門といふやうな状態であります.野戰の移動の遲い目標に對して此の如くであります。

写真(上):2006年6月、フィンランド、ヘルシンキ沖、スオメンリナ、軍事博物館に保管展示されているドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)あるいは10.5センチ高射砲(Flak 38 /39)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)正面
English: Kommandogerät 40, german rangefinder and mechanical analog computer for directing anti-aircraft guns. Deutsch: Kommandogerät 40, mechanischer Analogrechner zur Ermittlung der Schusswerte für Flugabwehrkanonen. This example displayed in Manege Military Museum in Suomenlinna fortress, Helsinki. In Finnish service it was called "Lambda". Photo taken on June 10, 2006. Source: Photo by me, User:Balcer. Date 10 June 2006 (according to Exif data) Source Own work Author Balcer~commonswiki
写真はWikimedia Commons Category:Kommandogerät 40 File:Kommandogerat 40 director helsinki 3.jpg引用。


写真(右):2006年6月、フィンランド、ヘルシンキ沖、スオメンリナ、軍事博物館に保管展示されているドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)あるいは10.5センチ高射砲(Flak 38 /39)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)の裏操作面:ツァイス・イコン(Zeiss Ikon)が、1937年から開発を始めた高射砲用の射撃照準算定機で、1941年から量産された。
English: Kommandogerät 40, german rangefinder and mechanical analog computer for directing anti-aircraft guns. Deutsch: Kommandogerät 40, mechanischer Analogrechner zur Ermittlung der Schusswerte für Flugabwehrkanonen. This example displayed in Manege Military Museum in Suomenlinna fortress, Helsinki. In Finnish service it was called "Lambda". Photo taken on June 10, 2006. Source: Photo by me, User:Balcer. Date 10 June 2006 (according to Exif data) Source Own work Author Balcer~commonswiki
写真はWikimedia Commons Category:Kommandogerät 40 File:Bundesarchiv Bild 101I-301-1957-16, Nordfrankreich, Flak-Entfernungsmesser.jpg引用。


写真(右):2006年6月、フィンランド、ヘルシンキ沖、スオメンリナ、軍事博物館に保管展示されているドイツ空軍8.8センチ高射砲(Flak 18 /36)あるいは10.5センチ高射砲(Flak 38 /39)用の4m測距儀付きの1940年式自動高射算定機(Kommandogerät 40)の左斜め正面:ツァイス・イコン(Zeiss Ikon)が、1937年から開発を始めた高射砲用の射撃照準算定機で、1941年から量産された。
English: Kommandogerät 40, german rangefinder and mechanical analog computer for directing anti-aircraft guns. Deutsch: Kommandogerät 40, mechanischer Analogrechner zur Ermittlung der Schusswerte für Flugabwehrkanonen. This example displayed in Manege Military Museum in Suomenlinna fortress, Helsinki. In Finnish service it was called "Lambda". Photo taken on June 10, 2006. Source: Photo by me, User:Balcer. Date 10 June 2006 (according to Exif data) Source Own work Author Balcer~commonswiki
写真はWikimedia Commons Category:Kommandogerät 40 File:Kommandogerat 40 director helsinki 2.jpg引用。


況して動く而も快速移動目標中の快速移動目標である飛行機に對しましては,この計算から參りましたならば何門の高射砲が必要 であるかといふことは自ら明瞭であり,大都市の周圍に果してそれだけの大砲が賄ひ得るか否かといふ ことも考へなければならないことでありまして,かういふやうな高射砲の性質から考へましても防空には依然として,これは皆さん方の御關係してゐらつしや る飛行機の御協力に よらなければならないものと存じます。

前の歐洲大戰の終りに「フランス」フオツシユFerdinand Foch)元帥は「次に來たるべき大戰には肉彈戰よりも寧ろ科學戰であらう.勝敗の決を定める所の重要なる要素は色々の科學的工作の優劣に依るだらうといふことを言つたさうでありますが,今や正にその時でありまして現在只今科學の決戰期であります。

私は この下手い話を御清聽下さつたことを茲にお禮を申上げますと共に,現下の決戰に最も重要な兵器を作つてをられます皆樣方の益々御自愛御健闘あらんことをお祈りする次第であります。

常識講座「高射砲及算定具に就いて」(昭和18年10月27日 日本航空學會講演會にて講演)陸軍兵技少佐 杉本清藏引用終わり)

⇒写真集Album:フィンランド海軍艦艇の対空火器を見る。

⇒写真集Album:ブレダ1916/35年式76ミリ海軍砲(Cannon 76/40 Model 1916)を見る。

⇒写真集Album:フィンランド軍の対空高射砲を見る。

⇒写真集Album:フィンランド軍の防空監視哨を見る。


2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。

ナチ党ヒトラー独裁政権の成立:NSDAP(Nazi);ファシズムの台頭
ナチ党政権によるユダヤ人差別・迫害:Nazis & Racism
ナチスの優生学と人種民族:Nazis & Racism
ナチスの再軍備・人種差別:Nazism & Racism
ドイツ国防軍のヒトラー反逆:Ludwig Beck
ゲオルク・エルザーのヒトラー暗殺未遂:Georg Elser
ヒトラー暗殺ワルキューレ Valkyrie作戦: Claus von Stauffenberg
ナチスT4作戦と障害者安楽死:Nazism & Eugenics
ハンセン病Leprosy差別
ポーランド侵攻:Invasion of Poland;第二次大戦勃発
ワルシャワ・ゲットー写真解説:Warsaw Ghetto
ウッジ・ゲットー写真解説:Łódź Ghetto
ヴィシー政権・反共フランス義勇兵:Vichy France :フランス降伏
ワルシャワゲットー蜂起:Warsaw Uprising
アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅
アウシュビッツ・ビルケナウ収容所の奴隷労働:KZ Auschwitz
マウトハウゼン強制収容所:KZ Mauthausen

◆毎日新聞「今週の本棚」に『写真・ポスターから学ぶ戦争の百年 二十世紀初頭から現在まで』(2008年8月25日,青弓社,368頁,2100円)が紹介されました。ここでは,第二次大戦,ユダヤ人虐殺・強制労働も分析しました。

与謝野晶子の日露戦争・日中戦争
石川啄木を巡る社会主義:日清戦争・日露戦争から大逆事件
魯迅(Lu Xun)の日本留学・戦争・革命・処刑
文学者の戦争;特攻・総力戦の戦争文学
戦争画 藤田嗣治のアッツ島玉砕とサイパン島玉砕
統帥権の独立から軍閥政治へ:浜田国松と寺内寿一の腹切り問答

ポーランド侵攻:Invasion of Poland
バルカン侵攻:Balkans Campaign;ユーゴスラビア・ギリシャのパルチザン
バルバロッサ作戦:Unternehmen Barbarossa;ソ連侵攻(1)
スターリングラード攻防戦;Battle of Stalingrad :ソ連侵攻(2)

自衛隊幕僚長田母神空将にまつわる戦争論
ハワイ真珠湾奇襲攻撃
ハワイ真珠湾攻撃の写真集
開戦劈頭の「甲標的」特別攻撃隊
サイパン玉砕戦:Battle of Saipan 1944
沖縄玉砕戦と集団自決:Battle of Okinawa 1945
沖縄特攻戦の戦果データ
戦艦「大和」天1号海上特攻 The Yamato 1945
人間爆弾「桜花」Human Bomb 1945
人間魚雷「回天」人間爆弾:Kaiten; manned torpedo
海上特攻艇「震洋」/陸軍特攻マルレ艇
日本陸軍特殊攻撃機キ115「剣」

日本陸軍八九式中戦車・九一式重戦車
フランス軍シャール 2C(FCM 2C)・イギリス軍ヴィッカースA1E1・日本陸軍九一式重戦車
ソ連赤軍T-34戦車ソ連赤軍T-35多砲塔重戦車
ソ連赤軍KV-1重戦車・KB-2重自走砲;Kliment Voroshilov

フィアット(FIAT)アウトブリンダ(Autoblindo)AB41装甲車
ドイツ軍Sd.Kfz. 221-4Rad四輪装甲車/Sd.Kfz. 231-6Rad六輪装甲車
ドイツ軍の八輪偵察重装甲車 Sd.Kfz. 231 8-Rad
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250ハーフトラック
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.250ハーフトラック
ドイツ軍装甲車Sd.Kfz.251ハーフトラック
ドイツ陸軍I号戦車/47mm対戦車自走砲
ドイツ陸軍チェコ38(t)戦車:Panzerkampfwagen 38(t)
ドイツ陸軍2号戦車
ドイツ陸軍3号戦車
ドイツ陸軍4号戦車・フンメル自走砲
ドイツ陸軍マーダー対戦車自走砲 Panzerjäger 38(t) Marder
ドイツ陸軍ヘッツァー駆逐戦車 Jagdpanzer 38(t) 'Hetzer'
ドイツ陸軍III号突撃砲 Sturmgeschütze III
ドイツ陸軍IV号戦車(Panzerkampfwagen IV:Pz.Kpfw.IV)
ドイツ陸軍ナースホルン,フンメル自走砲,IV号駆逐戦車,ブルムベア突撃砲
VI号ティーガー重戦車
ドイツ陸軍VI号キングタイガー"Tiger II" /ヤークトティーゲル駆逐戦車"Jagdtiger"
V号パンター戦車
ドイツ陸軍V号ヤークトパンター(Jagdpanther)駆逐戦車

イギリス軍マチルダMatilda歩兵戦車
イギリス陸軍A22 チャーチル歩兵戦車: Churchill Infantry Tank Mk IV
イギリス陸軍バレンタイン(Valentine)歩兵戦車
イギリス陸軍クロムウェル(Cromwell)巡航戦車
M10ウォルブリン(Wolverine)/アキリーズ(Achilles)駆逐自走砲GMC
イギリス軍クルーセーダーCrusader/カヴェナンター/セントー巡航戦車
イギリス軍M4A4シャーマン・ファイアフライ Sherman Firefly戦車
英軍M10ウォルブリン/アキリーズ駆逐自走砲GMC
イギリス陸軍コメット巡航戦車

アメリカ軍M3Aスチュアート軽戦車/M3グラント/リー中戦車
アメリカ軍グラント(Grant)/リー(Lee)中戦車
アメリカ陸軍M4シャーマン中戦車Sherman Tank
シャーマン・クラブフライル地雷処理戦車 Sherman Crab Flail

フォッカー(Fokker)F.VIIb-3mトライモーター三発輸送機
シェルバ(Cierva)/ピトケイアン(Pitcairn)/ケレット(Kellett)のオートジャイロ
ロッキード(Lockheed)モデル 10 エレクトラ (Electra)輸送機
ロッキード14スーパーエレクトラ(Super Electra)/ロードスター(Lodestar)輸送機
ボーイング(Boeing)247旅客機
ダグラス(Douglas)DC-1旅客輸送機
ダグラス(Douglas)DC-2輸送機
ダグラス(Douglas)DC-3輸送機
ダグラス(Douglas)DC-4E旅客機
ダグラス(Douglas)C-39軍用輸送機
ダグラス(Douglas)C-47スカイトレイン(Skytrain)輸送機
アメリカ陸軍ダグラス(Douglas)C-54 スカイマスター(Skymaster)輸送機
アメリカ海軍ダグラス(Douglas)R5D スカイマスター(Skymaster)輸送機

ユンカース(Junkers)F.13輸送機
ユンカース(Junkers)W33輸送機「ブレーメン」(Bremen)大西洋横断飛行
ユンカース(Junkers)A50軽飛行機「ユニオール」"Junior"
ユンカース(Junkers)W.33輸送機/W.34水上機
ユンカース(Junkers)K43f水上機
巨人機ユンカース(Junkers)G38輸送機/九二式重爆撃機
ユンカース(Junkers)G.24輸送機/K30(R42)水上偵察爆撃機
ユンカース(Junkers)G.31輸送機
ユンカース(Junkers)Ju52/3m輸送機
ハインケル(Heinkel)He70高速輸送機ブリッツ(Blitz)
ハインケル(Heinkel)He111輸送機
ルフトハンザ航空フォッケウルフFw200輸送機/ドイツ空軍コンドル哨戒偵察機
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機

フィリックストウ(Felixstowe)F2/F3/ポート(Porte)/フューリー(Fury)/F5 飛行艇
カーチス(Curtiss)H-16/海軍航空工廠(NAF)F.5L 双発飛行艇
NAF H-16民間仕様エアロマリン(Aeromarine)75飛行艇
軍航空工廠(NAF)F.5L/ カーチス(Curtiss)H-16飛行艇の生産
NAF H-16民間仕様エアロマリン(Aeromarine)75飛行艇
スーパーマリン(Supermarine)サザンプトン(Southampton)双発飛行艇
サンダース・ロー(Saunders-Roe)A.19 / A.29 クラウド(Cloud)双発飛行艇
ブラックバーン(Blackburn)アイリス(Iris)/ パース(Perth)飛行艇
ショート(Short)シンガポール(Singapore)四発飛行艇
スーパーマリン(Supermarine)ウォーラス(Walrus)水陸両用飛行艇
スーパーマリン(Supermarine)シーオッター(Sea Otter)水陸両用飛行艇
スーパーマリン(Supermarine)ストランラー(Stranraer)飛行艇
シコルスキー(Sikorsky)S-36水陸両用飛行艇
シコルスキー(Sikorsky)S-38水陸両用飛行艇
シコルスキー(Sikorsky)S-40飛行艇「アメリカン・クリッパー」"American Clipper"
シコルスキー(Sikorsky)S-42飛行艇アメリカン・クリッパー"American Clipper"
マーチン(Martin)M-130チャイナ・クリッパー/M-156四発飛行艇
ボーイング(Boeing)314飛行艇クリッパー"Clipper"

フィンランド内戦:Finnish Civil War
フィンランド対ソ連 1939‐1940年「冬戦争」Talvisota
ソ連フィンランド第二次ソ芬継続戦争Continuation War
フィンランド空軍の対ソ連1939年「冬戦争」1941年「継続戦争」
第二次ソ芬継続戦争のフィンランド海軍(Merivoimat)
第二次対ソビエト「継続戦争」1944年流血の夏、フィンランド最後の攻防戦
ブレダ1916/35年式76ミリ海軍砲(Cannon 76/40 Model 1916)
ブレダ20ミリ65口径M1935機関砲(Breda 20/65 Mod.1935)
フィンランド軍の対空機関銃◇Anti-aircraft machineguns
フィンランド軍の高射砲;Anti-aircraft Guns
フィンランド海軍の対空火器◇Anti-aircraft firearm:Fin Navy
フィンランド軍の防空監視哨

ドルニエ(Dornier)Do-Jワール/スパーワール飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do-26四発高速飛行艇
ブローム・ウント・フォス(Blohm & Voss)BV222バイキング/BV238飛行艇
ハインケル(Heinkel)He 59 救難機/水上偵察機
ハインケル(Heinkel)He 60 複葉水上偵察機
ドルニエ(Dornier)Do-22偵察爆撃機
ハインケル(Heinkel)He 114 艦載水上偵察機
ハインケル(Heinkel)He115水上偵察機
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇

ドイツ空軍ルフトバッフェ(Luftwaffe)Bf110,FW58,Go242
ヘンシェル(Henschel)Hs129地上攻撃機
ウルフ(Focke-Wulf)Fw 58 ワイエ"Weihe"練習機
ジーベル(Siebel)Fl 104/ Si 204/ C2A 連絡機
ヘンシェル(Henschel)Hs-126近距離偵察機
フィーゼラー(Fieseler)Fi-156シュトルヒ連絡機
フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw-189偵察機ウーフー"Uhu"
ブロームウントフォスBlohm & Voß BV-141偵察機
ハインケル(Heinkel)He-51複葉戦闘機/アラド(Arado)Ar68
ハインケル(Heinkel)He 100(He 113)戦闘機
メッサーシュミット(Messerschmitt)Me-109 E/F 戦闘機
メッサーシュミット(Messerschmitt)Me-109 G/K 戦闘機
フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw190戦闘機
フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw190D戦闘機
ハインケル(Heinkel)He280/He162ジェット戦闘機
ユンカース(Junkers)Ju-87スツーカ急降下爆撃機
ドルニエ(Dornier)Do 17 爆撃機
ドルニエ(Dornier)Do 215偵察機
ドルニエ(Dornier)Do 217爆撃機
ドルニエ(Dornier)Do 17/215/217 カウツ(Kauz)夜間戦闘機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ドイツ空軍ユンカース(Junkers)Ju-88爆撃機
ユンカース(Junkers)Ju88 D偵察機/S高速爆撃機
ユンカース(Junkers)Ju88 C/R/G夜間戦闘機
ユンカース(Junkers)Ju-188爆撃機
ユンカース(Junkers)Ju388高高度偵察機

ドイツ空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング元帥
エルンスト・ハインケル(Ernst Heinkel)教授
ムッソリーニ救出作戦
イタリア独裁者ムッソリーニ
独裁者ムッソリーニ処刑
ウィンストン・チャーチル Winston Churchill 首相
マンネルヘイム(Mannerheim)元帥のフィンランド対ソ連「冬戦争」「継続戦争」

サヴォイア=マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.73輸送機
カント(CANT)Z.501ガビアーノ(Gabbiano)飛行艇
カント(CANT)Z.506アイローネ(Airone)水上機
サヴォイア=マルケッティSM.75 Marsupial(有袋類)輸送機
サヴォイア・マルケッティSM.82カングロ輸送機
フィアット(Fiat)G.18V輸送機
フィアット(Fiat)G.12/G.212三発輸送機
サボイア・マルケッティ(Savoia Marchetti)SM.79爆撃機
フィアット(Fiat)BR.20/イ式重爆撃機
サヴォイア・マルケッティ(Savoia-Marchetti)SM.84爆撃機
カント(CANT)Z.1007爆撃機
カプローニ(Caproni)Ca.135爆撃機
カプローニ(Caproni)Ca.310偵察爆撃機
カプローニ(Caproni)Ca.311軽爆撃機
ピアジオP.108重爆撃機
マッキ(Macchi)MC.200サエッタ戦闘機
マッキ(Macchi)MC.202フォゴーレ"Folgore"戦闘機
マッキ(Macchi)MC.205Vべルトロ"Veltro"戦闘機


Flag Counter
2022年12月22日開設の当サイトへのご訪問ありがとうございます。写真,データなどを引用する際は,URLなど出所を明記してください。
連絡先: torikai007@yahoo.co.jpp
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目4-1-1
東海大学HK社会環境課程 鳥飼 行博
TORIKAI Yukihiro, HK,Toka University,4-1-1 Kitakaname,Hiratuka,Kanagawa,Japan259-1292
Fax: 0463-50-2078
東海大への行き方|How to go


Thank you for visiting our web site. The online information includes research papers, over 10,000 photos and posters published by government agencies and other organizations. The users, who transcribed thses materials from TORIKAI LAB, are requested to credit the owning instutution or to cite the URL of this site. This project is being carried out entirely by Torikai Yukihiro, who is web archive maintainer.
Copyright © Torikai Yukihiro, Japan. 2022 All Rights Reserved.