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マニラで公共交通機関に電動ジープニー導入へ

環境にやさしいジープニー

待望のジープニー路線図が発売

マニラの排ガス対策:マニラ首都圏では、粒子状物質の21%、窒素酸化物の83%、一酸化炭素の99%、硫黄酸化物の12%が自動車の排気ガスによるものと推定(1990年調査)。

マニラ・オートサロン2009

フィリピン名物ジープニーを乗りこなそう

ジープニーの車窓からフィリピン交通事情

昭和ゴム化学工業所

フィリピンで建築事業/東海工業

日東電工 | フィリピンに販売加工拠点を新設

フィリピン・セブ島及び沿岸域の水質汚染域 における生物生息環境回復事業

黒い斑点に汚れる海岸の石

平成17年度環境再生保全機構地球環境基金助成事業



日・フィリピン経済関係

日系企業の海外活動に当たっての環境対策 (フィリピン)

フィリピンにおける大気汚染削減とエネルギー政策

平成17年度環境再生保全機構地球環境基金助成事業

<公式報告書>

各国便り「中国農村部における意図せざる環境保全」『かけはし』第94号、国際研修協力機構,4頁,2009年10月

各国便り「フィリピン」 『かけはし』第79号、国際研修協力機構,4頁,2007年4月

『アジア太平洋地域における人口・エネルギー・廃棄物 : アジア太平洋の地域コミュニティにおける個人経営体を重視した社会開発と環境保全 −科学研究費補助金基盤研究(C)(2)研究成果報告書 ; 平成15-17年度』東海大学印刷業務課,105頁,2006年3月

万城目正雄・鳥飼行博共著『開発途上国からの研修生等受入れに伴う実態調査:技能実習生フォローアップ(第6回)調査報告書』国際研修協力機構,75頁,2003年3月

『開発途上国の草の根民活論 : 人口・家内工業・廃棄物を巡って−平成13・14年度科学研究費成果報告書』東海大学印刷業務課,135頁,2003年3月

鳥飼行博・成家克徳・三好敏夫・万城目正雄共著『開発途上国からの研修生等受入れに伴う実態調査:技能実習生フォローアップ(第5回)調査報告書』国際研修協力機構,82頁,2002年3月

高橋彰・鳥飼行博他3名2番目共著『外務省国別評価報告書 フィリピン共和国』外務省経済協力局評価室,91頁,1999年3月

Japanese Evaluation Team (TAKAHASHI,Akira,and Yukihiro TORIKAI et al.) Evaluation of the Japanese Development Assistance toward the Philippines. Ministry of Foreign Affairs, pp.1-48, 1998/09,外務省

文部科学省・科学研究費補助金の報告書

1.アジア太平洋の地域コミュニティにおけるコモンズ管理と草の根民活論(2011)基盤研究(C)2010-2011
2.アジア太平洋の地域コミュニティにおける個人経営体を重視した社会開発と環境保全(2005)基盤研究(C)2003-2005

3.開発途上国における個人経営体と草の根の環境ODA(2002)基盤研究(C)2001-2002

4.開発途上国における個人経営体に対する草の根の環境ODA(2003)基盤研究(C)1998

5.開発途上国の小規模産業における雇用吸収力と経済援助(1993)奨励研究(A)1993

6.開発途上国の小規模産業における個人経営体のもつ雇用吸収力と経済援助(1992)奨励研究(A)1992

7.開発途上国の諸産業における契約形態についての理論的・実証的研究(1989)東京大学・特別研究員PD



「政府開発援助 : その現状と問題点:日本と欧州連合の場合」東海大学紀要. 教養学部 28,311-320,1998 (東海大学出版会/東海大学

「地球環境問題の実態」東海大学紀要. 教養学部 28,1998 (東海大学出版会/東海大学)

「工業化戦略の有効性 : 貿易と国際分業をふまえて」
Effectiveness of Industrial Policies in Developing Economies
東海大学紀要. 教養学部 28,1998 (東海大学出版会/東海大学)

「環境政策と開発戦略に関する研究」東海大学紀要. 教養学部 26,337-342,19950000(ISSN 03892018) (東海大学出版会/東海大学)

「地球環境問題とその対策 : リサイクル,環境税,国際環境規格,環境ODA」
Economics for Sustainable Development
東海大学紀要. 教養学部 26,1995 (東海大学出版会/東海大学)

「資本進出と経済介入に関する一考察 : 日本の朝鮮経営,ODA,海外直接投資,コンディショナリティーの功罪を巡って」
The Capital Flow to Developing Countries and Japan's Commitment
(東海大学紀要. 教養学部 25,69-94,1994(東海大学出版会/東海大学)

「国際資本移動の構造と冷戦後の世界 : 資本供給国としての日本の役割」
The Structure of Capital Flow and The Post-Cold War : Japan's Role as a Capital Supplier
東海大学紀要. 教養学部 24,1993 (東海大学出版会/東海大学)

「政府開発援助と開発途上国の雇用メカニズム」
Official Development Assistance and the Job Creation Mechanism in LDCs
東海大学紀要. 教養学部 23,1992 (東海大学出版会/東海大学)

「契約選択の経済学 : フィリピンにおける漁業契約の内容とその選択」
Economics of Contract Choice : Contracts of the Small-scale Fishing in the Philippines
東海大学紀要. 教養学部 21,1990 (東海大学出版会/東海大学)

ケソン市Quezon City)は人口200万人以上で、大規模な廃棄物最終処分場とスラム街がある。特に、パヤタス通りには、トタン板に囲まれたジャンクショップ(屑屋)が並んでいる。そのような場所にも、キリスト教会があるが、普通の家と変わらないバラック造りである。

キアポ市場の市場にある露店は、都市インフォーマル部門urban informal sector)の生業である。会社に雇用されていなければ、お金を稼ぐために都市インフォーマル部門urban informal sector)に雇用機会を見出すしかない。
 政府による社会保障生活保護も不十分であるからこそ、スラムではリサイクル小規模事業=草の根民活の動きがある。
マニラ首都圏に多い都市インフォーマル部門urban informal sector)は、イントラムロスではほとんど見かけない。

 マニラ市エルミタ地区から、デビソリア(Divisoria)行きジプニーで20分のところに、キアポ市場がある。キアポ地区は、16のバランガイ(Barangays:最小の行政単位)からなる人口2.5万人の地区。キリスト教徒のほか、イスラム教徒も住んでいる。

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◆マニラ市イントラムロス世界遺産ゼミ研修:IntramurosSan Agustin Church taken by Torikai
1.フィリピン共和国の面積は30万平方キロ(日本の80%)、人口9900万人、GDP2000億ドルで、1人当たりGDPは2,100ドルと日本の5%です。
2.2009年フィリピンの地域別一人当たり所得(1985年基準価格)をみると、全国平均は1万5528ペソに対して、メトロマニラ(Metro Manila:マニラ市と周辺市区)は4万838ペソと全国平均の2.6倍の高水準であるのに対して、ムスリム自治区3572ペソ(全国平均の23%)、ルソン島南部ビコール地方7650ペソ(同49%)、中部ルソン地方1万1636ペソ(75%)と低水準です。
3.当室は,2016年8月に鳥飼ゼミ外国研修で訪れたマニラ市イントラムロス世界遺産を解説します。写真解説廃棄物リサイクルスモーキーマウンテンも参照。

マニラ首都圏

 Metro Manila


 

マニラ市フィリピン諸島銀行

Bank of the Philippine Islands


銀行
メトロマニラ(マニラ首都圏)マニラ市フィリピン諸島銀行Bank of the Philippine Islands)。 銀行ジープ
マニラ市フィリピン諸島銀行Bank of the Philippine Islands)前のジプニー。

マニラ市サンタ・クルール教会

Sta. Cruz Church


こじき
メトロマニラ(マニラ首都圏)マニラ市サンタ・クルース教会Sta. Cruz Church)前の物乞い。 サンタ・クルース1
メトロマニラ(マニラ首都圏)マニラ市サンタ・クルース教会Sta. Cruz Churchサンタ・クルース2
メトロマニラ(マニラ首都圏)マニラ市サンタ・クルース教会Sta. Cruz Churchサンタ・クルース3
メトロマニラ(マニラ首都圏)マニラ市サンタ・クルース教会Sta. Cruz Church)の日曜礼拝に参加した鳥飼ゼミナール。 教会玄関
メトロマニラ(マニラ首都圏)マニラ市サンタ・クルース教会Sta. Cruz Church)玄関の大きな敷石。 教会正面
メトロマニラ(マニラ首都圏)マニラ市サンタ・クルース教会Sta. Cruz Church)正面外観。 教会正面2
メトロマニラ(マニラ首都圏)マニラ市サンタ・クルース教会Sta. Cruz Church)正面とカリエド噴水(Carriedo Fountain)。

噴水Carriedo
マニラ首都圏マニラ市サンタ・クルール教会Sta. Cruz Church)とカリエド噴水(Carriedo Fountain)をバックにした鳥飼ゼミナール。 噴水Carriedo
マニラ首都圏マニラ市サンタ・クルール教会Sta. Cruz Church)とカリエド噴水(Carriedo Fountain)をバックにした鳥飼ゼミナール。 噴水Carriedo
マニラ首都圏マニラ市サンタ・クルール教会Sta. Cruz Church)とカリエド噴水(Carriedo Fountain)をバックにした鳥飼ゼミナール。 噴水Carriedo
マニラ首都圏マニラ市サンタ・クルール教会Sta. Cruz Church)とカリエド噴水(Carriedo Fountain)をバックにした鳥飼ゼミナール。 噴水鳥飼ゼミナール2
マニラ首都圏マニラ市のカリエド噴水(Carriedo Fountain)の鳥飼ゼミナール。

中国人街
マニラ首都圏マニラ市のカリエド噴水(Carriedo Fountain)前には、中国人街オンビン通に通じるウェルカムゲートがある。
アドゥアーナ/インテンデンシア

Aduana/Intendencia Building


ビル戦禍1
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロス(Intramuros)は、第二次大戦中に戦禍を被ったが、その跡が保存されている。第二次大戦の1945年、日本軍が籠城し、米軍と攻防戦が繰り広げられた。1942年の日本軍フィリピン上陸の時、米軍はマニラをオープンシティ(無防備都市)とした。その後、米軍はバターン半島に籠城したが、苦戦の末、これを降伏させた日本軍は「バターン死の行進」と呼ばれるPOW(戦争捕虜)虐待事件を起こした。1945年、日本軍は海軍を中心にマニラに残留し、マニラを死守しようとした。 ビル戦禍2
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロス(Intramuros)には、1945年、太平洋戦争末期、日本軍の海軍部隊などが籠城し、米軍と戦った。その跡が、ところどころに保存されている。 戦禍ビル3
マニラ市イントラムロスの税関/銀行建築物は、アドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)ともよばれる。1823年に税関として建設が開始された1829年に新古典主義(ネオ・クラシック:Neo-Classical tradition)の石造りの大型建築物として完成した。20世紀に入ると、中央銀行(Central Bank)としても使用さた時期もある。しかし、第二次大戦での戦禍を受けた。戦後、1979年には大火災に見舞われ放置された。しかし、1997年にイントラムスの復元の一環で、Aduana(アドゥアーナ)も整備、保管されることになった。
戦禍大ビル4
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)。 戦禍大ビル5
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)。第二次大戦の戦禍で破壊されている。 戦禍大ビル兵士
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)。第二次大戦の戦禍も残る。鳥飼ゼミナールは、スペイン衛兵の服装をしたフィリピン警察と一緒に記念撮影させていただいた。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)。第二次大戦の戦禍が残されている。第二次大戦時の砲弾跡(弾痕)のある個所を確認した鳥飼ゼミナール。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)。第二次大戦の戦禍、弾痕が残されている。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)には、第二次大戦の砲撃・爆撃の戦禍の跡が残っている。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)。 戦禍鳥飼ゼミナール1
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)前でスペイン衛兵姿のフィリピン警察と記念撮影していただいた鳥飼ゼミナール。 戦禍鳥飼ゼミナール2
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)前でスペイン衛兵姿のフィリピン警察と記念撮影していただいた鳥飼ゼミナール。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)前でスペイン衛兵姿のフィリピン警察と記念撮影していただいた鳥飼ゼミナール。 戦禍ビル
マニラ市イントラムロスのマニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)には、第二次大戦の砲撃・爆撃の戦禍の跡が残っている。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスのマニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)には、第二次大戦の砲撃・爆撃の戦禍の跡が残っている。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)の案内板。 戦禍大ビル
マニラ市イントラムロスに残されている税関/銀行建築物のアドゥアーナ(Aduana Building)あるいはインテンデンシア(Intendencia Building)窓や扉には、鉄格子が取り付けられている。


マニラ市イントラムロスの地図
イントラムロスの戦禍

 Altar

マニラ記念碑
マニラ首都圏マニラ市にある第二次大戦のマニラ市街戦追悼碑。 サンチアゴ要塞(Fort Santiago)、その周囲にあった壕は埋め立てられて、名門ゴルフクラブ「クラブ イントラムロス 」になっている。
戦争2
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロス(Intramuros)にある第二次大戦のマニラ市街戦追悼碑。 メトロレールManila Metro Rail Transit:MRT)、ジプニー(Jeepney)を乗り継いで、カリエドから行くことができる。フィリピンの自家用車は日本ほど多くはない。公共交通機関が発達しているので、自家用車がなくとも不便はない。
戦争3
マニラ市イントラムロス(Intramuros)の第二次大戦のマニラ市街戦追悼碑。
戦争碑文
マニラ市イントラムロス 2013年8月の鳥飼ゼミ外国研修では、マニラ首都圏(Metro Manila)にある第二次大戦のマニラ市街戦追悼碑を訪れた。

マニラ大聖堂(カテドラル)

 Catedral


大聖堂
マニラ首都圏(Metro Manila)イントラムロス(Intramuros)にあるマニラ大聖堂(Manila Cathedral)。

 ucanews.com(Manila Cathedral to reopen after two years )によれば、マニラ大聖堂の大改修には2年間かかるといっていた。
Cardinal Luis Antonio Tagle, archbishop of Manila, said restoration work on the prime basilica of the Philippines will continue until next year, but the church will reopen by December.
“The workers said they will try to finish it by December, at least the interior, but restoration work to the exterior will continue,” Tagle said. “Let us pray that it will be fulfilled,” he added.
The Manila Cathedral, known formally as the Cathedral Basilica of the Immaculate Conception, closed its doors in February 2012 for major repairs. A detailed survey showed the cathedral was unstable due to soil liquefaction, causing cracks in the walls and ceilings.
Construction experts sounded the alarm and warned of a possible collapse should a strong tremor strike Manila.
The survey also showed signs that groundwater was seeping into the church flooring, which darkened the marble in some places.
Having also found other problems, including damaged pipes, more than P64 million ($US1.5 million) was raised for repairs to the historic church, located in the heart of Manila’s old Intramuros district.
Last December, Tagle himself staged a concert that raised P14 million ($325,000) for renovation work on the 54-year old structure.
“Other problems were also found as the renovation was ongoing and so we decided to just have them all fixed,” Tagle said.
“It’s hard if you just fix some parts and then close it again later for repair,” he added.
Since the renovation started, the cathedral had been closed to Masses, baptisms, weddings and other services. The cathedral was originally built in 1581 but has been destroyed and rebuilt several times due to fire, quakes, typhoons and bombings in World War II.
大聖堂
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス(Intramuros)にあるマニラ大聖堂(Manila Metropolitan Cathedral-Basilica)。 周囲は、住宅街ではなく、行政・商業・高等教育地区で、落ち着いた雰囲気で、観光客も多い。 大聖堂内部 hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスの大聖堂内部。カトリックの日曜礼拝が行われていた。 大聖堂内部 hspace=10
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス(Intramuros)のにあるマニラ大聖堂(Manila Metropolitan Cathedral-Basilica)内部。 大聖堂内部 hspace=10
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスにある1581年創建のマニラ大聖堂(Manila Cathedral)。現在、2年間かけて修復作業が行われた。 大聖堂鳥飼ゼミナール hspace=10
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス(Intramuros)の大聖堂前の鳥飼ゼミナール。 大聖堂鳥飼ゼミナール2 hspace=10
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス(Intramuros)の大聖堂前の鳥飼ゼミナール。 大聖堂鳥飼ゼミナール3 hspace=10
マニラ首都圏のマニラ市イントラムロス(Intramuros)のにあるマニラ大聖堂(Manila Cathedral)前の鳥飼ゼミナール。 大聖堂運搬 hspace=10
マニラ市イントラムロスの大聖堂(カテドラル)。 大聖堂運搬 hspace=10
マニラ市イントラムロスの大聖堂(カテドラル)から自動車で運び出される聖像。修理・修復のために、カテドラルから工房に運搬されていた。 大聖堂運搬 hspace=10
マニラ市イントラムロスの大聖堂(カテドラル)から自動車で運び出される聖像。修理・修復のために、カテドラルから工房に運搬されていた。  
カサ・マニラ博物館

 Casa Manila Museum


カサ
マニラ市イントラムロス(Intramuros)のスペイン風邸宅のカサ・マニラは、スペイン統治下の16世紀頃に建てられたバロック建築の石造のマンションである。
カサ
2016年8月、マニラ首都圏マニラ市イントラムロス(Intramuros)のスペイン風邸宅のカサ・マニラ博物館」(Casa Manila Museum:カサは家の意味)
カサ
マニラ市イントラムロス(Intramuros)のスペイン風邸宅のカサ・マニラ博物館の中庭。 キアポ(Quiapo)地区は庶民的だが、ここは高級である。
カサ
マニラ市イントラムロス(Intramuros)のスペイン風邸宅のカサ・マニラ。LRT1号線メトロレール(Light Rail Transit)のカリエド駅を降りるとすぐに市場通りがある。ここをまっすぐに行くとキアッポ教会に至る。ここから北へ行くと、デパートやや土産物屋もあり、日本人にも人気なデビソリア(Divisoria)市場がある。
カサ自転車1
マニラ市イントラムロス(Intramuros)のスペイン風邸宅のカサ・マニラ博物館のある中庭で、竹製フレームのレンタサイクルが並んでいた。 カサ自転車2
マニラ市イントラムロス(Intramuros)のスペイン風邸宅のカサ・マニラ博物館のある中庭で、竹製フレームのレンタサイクルが並んでいた。
サン・アウグスチン教会

San Agustin Church

教会外観
マニラ首都圏マニラ市のバロックBaroque様式サン・アグスチン教会(San Agustin Church)教会は、ユネスコ世界文化遺産Cultural property)。本来は、左右に鐘楼(ベルタワー)があったが、1880年の地震で、左側の鐘楼は破損し撤去された。

スラムバラックとは違って、外国人もひっきりなしに観光にやってくる。
 この地区の住宅には水道がひかれている。政府による社会保障も医療保障を受けられるような高級公務員、高級軍人・将校も通ってくる。
鐘1
 マニラ首都圏マニラ市世界文化遺産Cultural property)のサン・アグスチン教会San Agustin Church)の落ちた釣鐘(bell:1829年製造)が教会に展示してあった。2014年8月には、教会の博物館玄関に展示してあったが、移動していた。 鐘2
 マニラ首都圏マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)に展示してある鋳造された。重量3.4トン。教会入場は無料だが、隣の教会博物館に入場料が求められる。ミサの時間帯には、正面玄関が解放され、無料で聖堂に入場できる。
  教会彫刻
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の玄関木製彫刻。
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)は、スペイン統治下、1587年から1606年に建設、マニラのバロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として、世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)で登録されている。フィリピン最古の教会建築である。  教会彫刻
マニラ首都圏マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の玄関木製彫刻。
  教会狛犬1
マニラ市をはじめとする17の行政地域の集合がメトロマニラ(マニラ首都圏)。マニラ市世界遺産Cultural property)サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の玄関の両脇に置かれた狛犬。
  教会狛犬1
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の玄関の両脇に置かれた狛犬。教会は、ユネスコの世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に登録されている。 
サン・アグスチン教会

San Agustin Church


礼拝堂
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の玄関から礼拝堂内部へ。日曜礼拝・ミサの最中だった。
   ミランダ広場(Plaza Miranda)のキアポ(Quiapo)教会は、新しく庶民的だが、ここは格調高い装飾である。 礼拝堂
マニラ市世界遺産Cultural property)((San Agustin Church)の礼拝堂。
スペイン統治下の1587年〜1606年に建てられたバロック建築の石造の教会で、世界遺産に登録されたマニラのバロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)4教会の一つ。
サン・アグスチン教会San Agustin Church)は現存するキリスト教会としては、フィリピン最古の教会建築である。 礼拝堂
マニラ市バロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として登録されているサン・アグスチン教会San Agustin Church)の玄関から礼拝堂中央のドーム。
礼拝堂
マニラ市http://www.phtourguide.com/san-agustin-church-in-intramuros-manila/">サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の礼拝堂のドーム天井。
礼拝堂
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の玄関から礼拝堂内部。中庭のある回廊に続くゲートには、鉄格子があり1866年の記章が入っている。
礼拝堂
マニラ市サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の礼拝堂奥の主祭壇。ユネスコの世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に1993年登録された。
礼拝堂
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の礼拝堂内部に入った鳥飼ゼミナール。
礼拝堂
マニラ市イントラムロスのサン・アグスチン教会(San Agustin Church)はユネスコ世界文化遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)に登録されている。その礼拝堂内部の鳥飼ゼミナール。 礼拝堂
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の礼拝堂。
世界遺産条約は、普遍的な価値を有する遺跡や自然地域などを、人類のための次世代まで遺産として保全し、そのための国際協力をすることを目的としている。世界遺産は、観光化、経済振興、いわんや商店街やホテル業・旅行業の活性化のためのものではない。1972年にユネスコ総会で採択されが、日本は、この条約の保全の趣旨を理解できす、企業も観光による営利、商業化を優先してきた。世界遺産として保全すべきだとの認識を以って、世界の文化遺産及び自然遺産の保護の分野における国際協力に寄与する決意をしたのは遅かった。日本が世界遺産条約を批准したのは、なんと1992年になってである。 聖堂
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)は、1993年に世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に登録された。
聖堂
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)主祭壇。 聖堂
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)。 聖堂
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)。 教会聖堂
マニラ首都圏Metro Manila)中央部のマニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)主祭壇聖堂。 鉄格子
マニラ首都圏マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)礼拝堂の1866年製造の鉄格子。
教会十字架
マニラ首都圏マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)。処刑されるために十字架を背負ってゴルゴダの丘へ向かうイエス・キリスト。
  キアポ市場ミランダ広場(Plaza Miranda)には、カトリックのブラックナザレ聖堂(The Minor Basilica of the Black Nazarene)のモダンな様式とは異なったバロック様式である。
教会内部の墓所

 Cemeteries

教会墓
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の墓所。  教会脇墓
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の墓所。 
教会の博物館

San Agustin Church Museum

マリア像
マニラ首都圏マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の聖母子像。聖堂脇の博物館には歴史ある聖像、宝物、陶器、家具、絵画などが展示されている。  帆船 hspace=10
マニラ首都圏Metro Manila)中央部のマニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)に展示してある帆船ガレオン船Galleon)の模型。スペインは、メキシコのアカプルコの港を拠点に、フィリピンとの間で交易をしていた。これは、季節風を利用した帆船のガレオン船Galleon)で物資を箱ぷ物で、ガレオン貿易とも呼ばれる。季節風を利用するので、半年以上かかる場合が多く、年1回程度しか、マニラ=アカプルコ間を交易できなかった。ガレオン船Galleonの交易品は、中国からマニラにもたらされた陶磁器(セラミック)、生糸・絹織物などである。その代金は、メキシコ産の銀(メキシコ銀)でアカプルコからマニラに搬送された。 展示学生
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館の展示を眺める鳥飼ゼミナール。  
サンアウグスチン教会図書館

 Library


図書館
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の図書館。サン・アグスチン教会(San Agustin Church)は、1993年に世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に登録されている。 図書館
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の図書館。世界遺産条約は、普遍的な価値を有する遺跡や自然地域などを、人類のための次世代まで遺産として保全し、そのための国際協力をすることを目的としている。世界遺産は、観光化、経済振興、商店街やホテル業・旅行業の活性化のためのものではない。1972年にユネスコ総会で採択されが、日本は、この条約の保全の趣旨を理解できす、企業も観光による営利、商業化を優先してきた。世界遺産として保全すべきだとの認識を以って、世界の文化遺産及び自然遺産の保護の分野における国際協力に寄与する決意をしたのは遅かった。日本が世界遺産条約を批准したのは、1992年と遅い。 図書館
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の図書館。  図書館
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の図書館。 図書館
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の図書館。 
サンアウグスチン教会の医療

 Medical Care


薬草
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の薬草の標本。薬草の形状が具体的に描写されている。薄暗い中で原色図が退色しないように保管されている。教会は、世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に1993年登録されている。
  薬草ビン1
マニラ市世界文化遺産スペイン風バロック様式のサン・アグスチン教会San Agustin Church)の図書館。世界遺産条約は、普遍的な価値を有する遺跡や自然地域などを、人類のための次世代まで遺産として保全し、そのための国際協力をすることを目的としている。世界遺産は、観光化、経済振興、商店街やホテル業・旅行業の活性化のためのものではない。1972年にユネスコ総会で採択されが、日本は、この条約の保全の趣旨を理解できす、企業も観光による営利、商業化を優先してきた。世界遺産として保全すべきだとの認識を以って、世界の文化遺産及び自然遺産の保護の分野における国際協力に寄与する決意をしたのは遅かった。日本が世界遺産条約を批准したのは、1992年と遅い。  薬草ビン3本
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の薬草を保管するビン。神聖ローマ帝国Holy Roman Empire)の双頭の鷲の紋章が入っている。   乳鉢
マニラ市世界文化遺産スペイン風バロック様式のサン・アグスチン教会San Agustin Church)の薬草を粉末処理する乳鉢Mortar)と乳棒Pestle)。
教会内部の石階段

 Stone Steps

教会階段ゼミ3人
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の階段。 
スペイン統治下の1587年〜1606年に建設されたサン・アグスチン教会は、バロック様式のカトリック教会で、マニラのバロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として、世界遺産に登録されている。現存するキリスト教会としては、フィリピン最古。 教会階段ゼミ2
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の階段。世界遺産条約は、普遍的な価値を有する遺跡や自然地域などを、人類のための次世代まで遺産として保全し、そのための国際協力をすることを目的としている。世界遺産は、観光化、経済振興、商店街やホテル業・旅行業の活性化のためのものではない。1972年にユネスコ総会で採択されが、日本は、この条約の保全の趣旨を理解できす、企業も観光による営利、商業化を優先してきた。世界遺産として保全すべきだとの認識を以って、世界の文化遺産及び自然遺産の保護の分野における国際協力に寄与する決意をしたのは遅かった。日本が世界遺産条約を批准したのは、1992年と遅い。 教会階段ゼミ3
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の階段。 教会階段4
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産、スペイン風バロック様式のサン・アグスチン教会San Agustin Church)の階段。 教会階段ゼミ4
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の階段。 
この教会は、ユネスコ世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に1993年登録されている。
教会階段ゼミ5
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の階段。 教会階段ゼミ6
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産スペイン風バロック様式のサン・アグスチン教会San Agustin Church)の階段。 教会階段7
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の階段。 教会階段ゼミ8
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市世界文化遺産スペイン風バロック様式のサン・アグスチン教会San Agustin Church)の階段。 
教会の博物館

Ceramics


柿右衛門
マニラ首都圏マニラ市マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会San Agustin Church)の柿右衛門様式輸出用陶磁器(フィリピン輸入品)。教会入場ではなく教会博物館に入場料が求められる。ミサの時間帯に、ミサの時間帯には、正面玄関が解放され、無料で聖堂に入場できる。 
Some of the things worth taking a look at are the pottery and jar collection which were donated to the church and porcelain room containing excavated artifacts from the San Agustin complex. 陶器
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館San Agustin Church Museum)に展示された陶器類。
スペインの帆船ガレオン船Galleon)による交易の対象となった。 大壺
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)のフィリピン製と思われる輸出用壺
コロンブスのサンタ・マリア号などでよく知られているカラック船は、マストの数は3〜4本、横帆と縦帆を備え、貨物の積載容量も大きいガレオン船Galleon)へと発展した。 陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された陶器類。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された陶器類。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された陶器類。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された陶器類。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された日本風の陶器類。
貿易に使われた帆船ガレオン船Galleon)は、日本も建造した。これがサン・ファン・バウティスタ号San Juan Bautista)で、仙台藩・伊達政宗が江戸時代にスペイン人提督セバスティアン・ビスカイノの助けを得て建造した。総トン数500トンで、書初回航海は、月浦からメキシコのアカプルコへ向けた航海で、アカプルコからは、浦賀に到着している。 陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された日本風の陶器類。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された日本風の陶器類。
貨物の積載容量が大きいガレオン船Galleon)は、メキシコのアカプルコからメキシコ銀を運び、中国製や日本製の磁器(セラミック)と交易された。 陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された磁器類。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された極東の輸出用磁器。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された極東の輸出用磁器。 陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された陶器類。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された陶器類。
サン・ファン・バウティスタ号San Juan Bautista)のようなガレオン船Galleon)によって交易対象となった。 陶器海底1
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)では、中世中国の沈没船かガレオン船Galleon)の積み荷だった陶器を海底から派遣している。それをイメージさせる中国陶器の展示。大量の貨物を積み込むことのできるガレオン船Galleon)は、メキシコのアカプルコからメキシコ銀を運び、それを代金に中国製や日本製の陶器を購入、スペインに持ち帰った。
陶器海底2
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)では、中世中国の沈没船の積み荷だった磁器を海底から派遣している。それをイメージさせる中国陶器の展示。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された磁器。
陶器
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館(San Agustin Church Museum)に展示された中国製磁器。
スペインの帆船ガレオン船Galleon)によって、メキシコのアカプルコに運ばれた磁器の代金は、メキシコ銀で支払われた。
教会の構造

Structure

教会
マニラ市イントラムロス世界遺産サンアウグスチン教会の構造。 教会
マニラ市イントラムロス世界遺産サンアウグスチン教会の構造。 教会
マニラ市イントラムロス世界遺産サンアウグスチン教会の建設に用いられた建設機材。高い位置に据え付けて、重い石やレンガを滑車を使って、上層部に引き上げる。 教会
マニラ市イントラムロス世界遺産サンアウグスチン教会の建設に用いられた建設機材。高い位置に据え付けて、重い石やレンガを滑車を使って、上層部に引き上げる。この滑車が2台残され展示されていた。 教会
マニラ市イントラムロス世界遺産サンアウグスチン教会の建設に用いられた建設機材。高い位置に据え付けて、重い石やレンガを滑車を使って、上層部に引き上げる。この滑車が2台残され展示されていた。
教会の中庭(パティオ)

Patio


教会中庭
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)と周囲の回廊(Ground Floor Hallway)。  中庭
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会博物館San Agustin Church Museum)中庭。サン・アグスチン教会は、スペイン統治下、1587年から1606年に建設されたバロック様式のカトリック教会。マニラのバロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として、世界遺産に登録された、フィリピン最古の教会建築。 中庭2
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭。
この教会は、ユネスコ世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に1993年登録されている。
中庭鳥飼ゼミナール
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭。 中庭2
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭。 中庭噴水
マニラ市のユネスコ世界文化遺産(UNESCO World Heritage:Cultural Property)サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)の噴水。 中庭噴水学生1
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)の噴水maeno 鳥飼ゼミナール。
中庭噴水学生2
マニラ市ユネスコ世界文化遺産(UNESCO World Heritage:Cultural Property)サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)の噴水と鳥飼ゼミナール。 中庭噴水
マニラ市中心部にあるユネスコ世界文化遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)の噴水。この教会は、ユネスコ世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に1993年登録されている。

中庭噴水
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)の噴水。
中庭噴水
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)の噴水。 中庭
マニラ市マニラ市中心部にあるユネスコ世界文化遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)指定のサン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)は周囲を回廊に囲まれている。
教会の回廊

Claustro(Cloister)


下回廊
マニラ市マニラ市にあるユネスコ世界遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)周囲の回廊。スペイン統治下、1587年から1606年に建設されたサン・アグスチン教会は、バロック様式のカトリック教会で、フィリピン最古の教会建築である。マニラのバロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として、世界遺産に登録されている。
下回廊
ユネスコ世界遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)に登録されているサン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)周囲の回廊。 下回廊
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)周囲の回廊。
下回廊
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)周囲のClaustro(Cloister)。この教会は、ユネスコ世界遺産条約Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」−1972年採択,1975年発効)に1993年バロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として登録されている。

下回廊
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭(パティオ)周囲の回廊Claustro(Cloister)。世界遺産条約は、普遍的な価値を有する遺跡や自然地域などを、人類のための次世代まで遺産として保全し、そのための国際協力をすることを目的としている。世界遺産は、観光化、経済振興、いわんや商店街やホテル業・旅行業の活性化のためのものではない。1972年にユネスコ総会で採択されが、日本は、この条約の保全の趣旨を理解できす、企業も観光による営利、商業化を優先してきた。世界遺産として保全すべきだとの認識を以って、世界の文化遺産及び自然遺産の保護の分野における国際協力に寄与する決意をしたのは遅かった。日本が世界遺産条約を批准したのは、なんと1992年になってである。 下回廊1
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭周囲の回廊。 回廊2
ユネスコ世界遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)に登録されているサン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭周囲のClaustro(Cloister)。

中回廊1
スペイン統治下、1587年から1606年に建設された世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭周囲の二階Claustro(Cloister)。サン・アグスチン教会は、バロック様式のカトリック教会で、フィリピン最古の教会建築である。マニラのバロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として、世界遺産に登録されている。 中回廊からの中庭2
マニラ市イントラムロスで、ユネスコ世界遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)にバロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として登録されているサン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭周囲の二階回廊。 中回廊2
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭周囲の二階回廊Claustro(Cloister)。中庭3
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の中庭周囲の二階回廊Claustro(Cloister)。
サン・アグスチン教会博物館

Museum


いす1
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスのサンアウグスチン教会はユネスコ世界文化遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)に登録されている。その併設する博物館には、スペインアンティークAntique)椅子があり、神聖ローマ帝国の双頭の鷲の紋章が入っている。 双頭の鷲2
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の椅子の背もたれ(双頭の鷲の紋章)。1496年カスティーリャ・レオン王国の女王イザベラとアラゴン王子フェルナンドの子供たちは、ハスプブルグ家王子マクシミリアン、ブルゴーニュ家公女マリーの家系に嫁いでいる。その血縁のため神聖ローマ帝国Holy Roman Empire)皇帝カール5世はスペイン王の地位を引き継ぎ、カルロス1世としてスペイン王に即位した。そこでスペインもハプスブルク家・神聖ローマ帝国Heiliges Römisches Reich)と同じ「双頭の鷲」も紋章を採用する。 いす3
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)に保管されているアンティーク家具Antique Funiture)の木製ベンチ。背もたれには、双頭の鷲の紋章が入っている。神聖ローマ帝国Holy Roman Empire)・ハプスブルク帝国の皇帝が双頭の鷲を紋章としたが、神聖ローマ皇帝カール5世は統一スペインのカルロス1世も兼任し、トレドを最初の首都とした。そこで、トレドの紋章は神聖ローマ帝国の「双頭の鷲」となった。カルロス1世退位後スペイン王に即位したのが息子フェリペ2世で、彼が1561年にマドリードに遷都した。 椅子背もたれ
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)に展示されているスペイン統治時代のアンティーク家具。椅子の背もたれ。
椅子絵画女子
マニラ市サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館二階に展示されているスペイン統治時代のアンティーク家具Antique Funiture)。 教会家具学生
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の博物館を見学した鳥飼ゼミナール。
  教会家具学生
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスのサン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館展示のアンティーク家具Antique Funiture)を見学した鳥飼ゼミナール。
教会家具絵画
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスのサン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館二階。
教会家具学生
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスのサン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館を見学した鳥飼ゼミナール。
家具
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の博物館を見学した鳥飼ゼミナール。 いす建築
マニラ首都圏マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の椅子とテーブル。象嵌細工が施されている。
  教会家具
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスのサン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館の棚。
象嵌を施された箱
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。象嵌を施された箱。
  象嵌を施された箱
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。象嵌を施された箱。
  象嵌を施された箱
マニラ市イントラムロスのサン・アグスチン教会(San Agustin Church)はユネスコ世界文化遺産(UNESCO World Heritage Site:Cultural Property)に登録されている。その併設博物館にある象嵌を施された箱。材質は堅い木製で、マホガニーのようである。 安楽椅子
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。安楽椅子。
  いす建築
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。アンティーク家具Antique Funiture)調度品。
いす建築
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。アンティーク家具Antique Funiture)調度品の展示室。
絵画
マニラ市サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館二階に展示されているスペイン統治時代の宗教画。聖母マリア。 絵画
マニラ市サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館二階に展示されているスペイン統治時代の宗教画。グアダルーペGuadalupe)。メキシコのものが有名。 木造
マニラ市サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館二階に展示されているスペイン統治時代の聖人木像。   
サン・アグスチン教会博物館

Museum


宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。宗教画の展示室。
  宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。十二使徒の一人 イスカリオテのユダJudas Iscariot)は、イエスをローマ帝国官憲に売った。当時、ユダヤ人はローマ帝国の版図にある植民地だった。ローマ帝国では、救世主を自称し皇帝の権威をないがしろにするもの、ユダヤの王のように民族独立運動を起こすものは「反逆者」/犯罪者とみなされる。イスカリオテのユダJudas Iscariot)は、大祭司の僕(しもべ:官憲)に、私が口づけしたものがイエスだ、と告げてイエスを逮捕させた。ペテロは剣をふるって抵抗し、大祭司のしもべ(僕)の耳を切り落としたが、イエスは弟子たちに抵抗しないように諭した。
  宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。イスカリオテのユダJudas Iscariot)に銀貨30枚で裏切られたはイエスは、ローマ総督(代官)ポンティオ・ピラトPontius Pilate)による取り調べを受け、拷問を受け、頭に茨の冠をはめられ辱められた。
  宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。ローマ総督(代官)ポンティオ・ピラトPontius Pilate)はイエスに罪を認めなかったが、パリサイ人の反感を買うことを恐れて、結局、イエスを特赦することもせず、処刑することに同意してしまう。処刑が決まったイエスは、磔のためにゴルゴダGolgotha)の丘まで、十字架を背負って歩くことを命じられる。聖母マリアMary the Mother of Jesus)たち、女性信徒はイエスを心配し悲嘆にくれて見守っている。しかし、十二使徒など男性信徒は、イエスに関わっていることが知れれば処罰されてしまうと恐れて、イエスを見放して、遁走した。一晩のうちに、弟子のペトロには、エルサレムの住民に、三回もイエスの弟子だったろう、と尋ねられたが、「自分はイエスなど知らない」と三回も嘘をついて逃げ切った。イエスは、イスカリオテのユダJudas Iscariot)の裏切りを予言しただけでなく、逮捕前、ペテロに「お前は三回私を知らないと言う」と予言していた。この時、ペテロは、そんなことは絶対ありません、あなたに従います、と信仰を誓ったのにもかかわらず。このペテロが、教会を立ち上げ、初代ローマ教皇(法王)とみなされる。 宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。周囲の男たちは、救世主なら自分を救ってみろ、ユダヤの王万歳、などと叫んで、ゴルゴダGolgotha)の丘に向かうイエスを冒涜して楽しんだ。憔悴していたイエスを見かねたヴェロニカVeronica)は、駆け寄ってイエスの顔をハンカカチーフで拭った。するとそのハンカチにイエスの顔が現れた。イエスが逮捕され、処刑されるとなると、使徒の男たちですら後難を恐れてイエスから離れてしまっていた。そんな時、イエスに従っていたのはヴェロニカVeronica)のようなか弱い女性たちだった。
宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。処刑が決まったイエスは、磔になるためにゴルゴダの丘Golgotha)まで、十字架を背負って歩いた。しかし、憔悴したイエスはもはや「ヴィア・ドロローサVia Dolorosa)(悲しみの道)」のすべてを自ら重い十字架を背負い歩くことはできなくなる。ローマの兵士は、イエスに代わって、見物していたクレネ人シモンに十字架を運ぶように命じた。シモンは「十字架を背負う」とは、自分には関係がない人のために重荷を負うことと悟った。イエスは人を救うために自ら死を選んだ。
  宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。処刑場所はエルサレム城壁の外にあるカルバリの丘(ヘブル語ではゴルゴタの丘)。そこまでの道は現在「ヴィア・ドロローサVia Dolorosa)(悲しみの道)」と呼ばれている。ゴルゴダで十字架磔にされるイエスは着物を全てはぎとられ、籤(くじ)引きでローマ兵士たちがぶんどってしまう。
    宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産Cultural property)サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。聖母マリアMary the Mother of Jesus)らが見守る中、ゴルゴダの丘で苦しんだ挙句、イエスは十字架の磔刑によって殺された。その時、真っ暗になり、雷鳴が轟いた。エルサレムの神殿の幕が上から下に真っ二つに裂けた。それまで一般人が入れなかった至聖所を隔てる幕が裂けたことで、誰もが福音に与ることができるようになった。
宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。宗教画を見た鳥飼ゼミナール。
  宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。宗教画を描いた木製扉。
  宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。宗教画を描いた木製扉
宗教画
マニラ市イントラムロス世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)博物館。
サンアウグルチン教会博物館

 Stone Steps


階段下り
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)は、スペイン統治下、1587年から1606年に建設された。マニラのバロック様式教会群(Baroque Churches of the Philippines)として、世界遺産に登録され、フィリピン最古の教会建築である。 階段下り
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の鳥飼ゼミナール。 階段下り女子
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)。 階段絵画
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)。 階段鳥飼行博
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)。 階段鳥飼ゼミナール
マニラ市世界文化遺産サン・アグスチン教会(San Agustin Church)の鳥飼ゼミナール。

教会入口
マニラ市イントラムロス世界遺産サンアウグスチン教会の博物館入口。 教会
マニラ市イントラムロス世界遺産サンアウグスチン教会の博物館入口の鳥飼ゼミナール。
サンチアゴ要塞

Fort Santiago

 
要塞堀
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスIntramuros)のサンチアゴ要塞(Fort Santiago)の大手門。スペインによって、1589年から石垣の砦・要塞が建設され、1592年に竣工。その後、1606年に石垣で市街地(64ヘクタール)を囲ったイントラムロスとなった。
要塞堀
イントラムロスには、LRT(ライトレールトランジット)ジープニーJeepney)を乗り継いで行くことができる。 要塞入口
マニラ首都圏(Metro Manilaマニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞Fort Santiago)大手門。サンチャゴ要塞は、旧市街イントラムロスの北端、パシグ河畔にある16世紀に作られたスペインの軍事施設である。その後、スペインを支配したアメリカ、日本もここを利用した。 要塞堀
スペインは、マニラに1589年から石垣で囲んだサンチアゴ要塞Fort Santiago )の建設に着手。ここはその大手門にあたる。1592年竣工。その後、石垣は、市街地(64ヘクタール)を囲むように拡張され、イントラムロス(Intramuros)となった。
城壁
マニラ市イントラムロス、サンチアゴ要塞(Fort Santiago)の城壁。
城壁
19世紀になると、大砲の威力が大きくなり、中世の城とは異なり、城壁は低く、厚みを増して、砲撃にも耐えられるようになった。また、城壁上に大砲を馬で曳き上げてすえつけられるように、城壁内側に、スロープを設けてある。スペイン時代の石垣には、第二次大戦末期のマニラ市街戦の戦禍の跡が残っている。
サンチアゴ要塞

Fort Santiago

カレッサ
マニラ首都圏(Metro Manila)、1589年建設のサンチアゴ要塞Fort Santiago )の内部。ここには、観光用の馬車がある。中国人街(China Town)のビノド、オンビンの通り近くにも馬車(カレッサ)があるが、そこよりも観光地らしい豪華な形である。馬車はフィリピン語でカレッサと呼ばれて、観光だけでなく、日常生活に使われている。
ホセ牢獄
マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞Fort Santiago)。この監獄に幽閉されていたホセ・リサール(Jose Rizal)は、1896年12月、叛徒の首謀者として刑場で銃殺、処刑された。35歳だった。

 ホセ・リサールJose Rizal)は、マドリード大学などヨーロッパで学び、医師となったが、スペインを批判した小説『ノリ・メ・タンゲレ』(Noli me Tangere:私に触れるな、の意)を発表した。
 そして、スペインからフィリピンに帰国し、フィリピン人の民族的独立を促そうとしたが、宗主国への反乱を心配するスペイン側に危険人物とみなされた。
ホセ看板
 マニラ首都圏マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞Fort Santiago)に、ホセ・リサール(Jose Rizal)は監禁されていた。そのことを記念するプレート。
要塞ゼミ3人
マニラ首都圏Metro Manila)イントラムロスのサンチアゴ要塞(Fort Santiago)の最奥、コアにあたる場所にホセ・リサールJose Rizal)祈念館がある。 要塞ゼミ
サンチアゴ要塞(Fort Santiago)のホセ・リサール(José Rizal)祈念館付近からは、パシグ川が見渡せる。 要塞ゼミ
サンチアゴ要塞(Fort Santiago)のホセ・リサール(José Rizal:1861-1896)祈念館付近からは、パシグ川が見渡せる。 要塞ゼミ3人
サンチアゴ要塞(Fort Santiago)のホセ・リサール(Jose Rizal)祈念館付近からは、パシッグ川Pasig River)が見渡せる。
要塞牢獄
フィリピン Philippinesマニラ首都圏のイントラムロスのサンチアゴ要塞(Fort Santiago)の弾薬庫入口。牢獄ともなり第二次大戦中は、抗日活動容疑者が収監されていたという。 

ホセ・リサールは、1888年2月、横浜を経由して、ヨーロッパに亡命。その後、1892年6月、ひそかに帰国し、翌月、フィリピン民族同盟(ラ・リガ・フィリピナ:La Liga Filipina)を結成し、フィリピン人自身の民族的自覚を促しフィリピン自治を求めようとしたが、逮捕され、しばらくして処刑される。サンチアゴ要塞は、重要性自販の監獄として機能していた。ホセ・リサール(José Rizal:1861-1896)もここに囚われていたが、1896年12月30日、スペイン軍によって銃殺刑に処せられた。
地下牢
マニラ首都圏(Metro Manilaイントラムロス、サンチアゴ要塞(Fort Santiago)の地下牢獄。以前は入場できたが、危険なため、現在は立ち入り禁止。
 Used by the Japanese military, after they captured Manila, numerous Filipino and American prisoners were tortured and executed in the infamous dungeons. Some reports estimate that as many as 2500-3000 Filipinos were executed in Intramuros and Fort Santiago during the last days of Japanese occupation.
リサール祈念館

Rizal Shrine

椅子
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市のサンチアゴ要塞(Fort Santiago)にあるリサール祈念館は改修中だったが、要塞内の見物が臨時祈念館として開館している。そこに展示してある瀟洒な椅子。
家具
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館に展示してある、ホセ・リサールJose Rizal)のタイプライター収納ケースと椅子。 ノーリー・メー・タンゲレ
 ホセ・リサールJose Rizal)は、マニラのサントトマス大学(University of St. Thomas)を経て、1882年、マドリッド大学(University of Madrid)を卒業。5年間、ヨーロッパに滞在した。1886年、ハイデルベルク大学(University of Heidelberg)で医学を学び、小説『ノーリー・メー・タンゲレ』(Noli me Tangere)を刊行し、フィリピンのカトリック教会を批評した。  ホセ日本人
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市のサンチアゴ要塞のホセ・リサールJose Rizal)祈念館の「オセイさん」肖像画。フィリピン宗主国スペインを批判したため危険人物とされた医師で作家のホセ・リサールJose Rizal)は、1888(明治21)年2月、ヨーロッパ亡命の途上、横浜に立ち寄った。そのとき「オセイサン」(臼井勢似子)と会い、愛人とした。しかし、リサールは彼女を日本に残したまま、ヨーロッパに一人旅だった。 寝台
1892年、ホセ・リサール(Jose Rizal)は、ヨーロッパからひそかに帰国しホセ・リサール(ラ・リガ・フィリピナ:La Liga Filipina )を結成、フィリピン自治の基盤づくりを目指したが、逮捕、処刑される。 テーブル
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞Fort Santiago)、リサール祈念館は改修中だったが、要塞内の見物が臨時祈念館として開館している。ホセ・リサールJose Rizal)所縁のテーブル。
家具
ホセ・リサールJose Rizal)は、小説『ノーリー・メー・タンゲレ』(Noli me Tangere)の作者でフィリピン独立のヒーロー。
時計
マニラ首都圏のマニラ市Manila City)イントラムロスのサンチアゴ要塞(Fort Santiago)のホセリサール(Jose Rizal)博物館にある時計。

パシグ川

Pasig River

要塞パシグ1
マニライントラムロス、サンチアゴ要塞(Fort Santiago)からみたパシッグ川Pasig River)。 要塞2
マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞(Fort Santiagoパシグ3
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサールJose Rizal)祈念館前からみたパシッグ川Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール1
マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール(José Rizal)祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール2
マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール(José Rizal)祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール3
マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール4
マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール5
マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール6
マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール7
マニラ市のサンチアゴ要塞Fort Santiago)、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。1521年3月17日、マゼランがフィリピンに到達し、1565年には、スペイン領メキシコ総督府がミゲル・ロペス・デ・レガスピ率いる スペイン軍をセブに派遣した。レガスピは北進し、1571年にはマニラを支配する。 パシグ鳥飼ゼミナール8
マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール9
マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。 パシグ鳥飼ゼミナール10
マニラ市のサンチアゴ要塞Fort Santiago)、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川(The Pasig River)。 パシグ2
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川Pasig River)。 パシグ3
マニラ首都圏マニラ市のサンチアゴ要塞、ホセ・リサール祈念館前からみたパシッグ川。

サンチアゴ要塞の大砲

Gun

キャノン
マニラ首都圏(Metro Manila)サンチアゴ要塞に展示してある19世紀の大砲Gun)、砲弾(shell)、米軍の航空機用爆弾(右手前)。 キャノン
マニラ首都圏(Metro Manila)サンチアゴ要塞に展示してある近世の大砲Gun)。砲弾は、近代の榴弾。 キャノン
マニラ首都圏(Metro Manila)サンチアゴ要塞に展示してあるスペイン軍の大砲Gun)。 要塞砲
マニラ首都圏(Metro Manila)サンチアゴ要塞に展示してある19世紀の大砲Gun)Old Spanish guns, Philippines。 キャノン
サンチャゴ要塞に展示してある大砲と砲弾を眺める鳥飼ゼミナール。 キャノン
サンチャゴ要塞に展示してある大砲と砲弾の重量を体感する鳥飼ゼミナール。 砲弾 hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の大手門を入ると19世紀の臼砲と砲弾が残っている。 キャノン
サンチャゴ要塞に展示してある大砲。後方は、第二次大戦末期のマニラ市街戦による砲弾跡(弾痕)の残るコンクリートビル。

第二次大戦の戦禍

World War 2

戦禍ビル
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の建物。第二次大戦の1945年、日本軍が籠城し、米軍と攻防戦が繰り広げられた。 戦禍ビル
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の建物。第二次大戦の1945年、日本軍が籠城し、米軍と攻防戦が繰り広げられた。 戦禍ビル
1942年、日本軍がフィリピン上陸の時、米軍はマニラをオープンシティ(無防備都市)としたが、バターン半島に籠城したが、日本軍の激しい攻撃を受け降伏した。その後、1944年に米軍がフィリピンレイテ島に、1945年にルソン島に上陸し、日本軍との激闘が始まった。 戦禍ビル
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の建物。第二次大戦、1945年の日米攻防戦の時の砲弾の跡が残っている。 戦禍ビル
サンチャゴ要塞に残る第二次大戦下、アメリカ軍の砲撃を受けたビル(日本軍が使用)の残骸。 戦禍ビル
サンチャゴ要塞に残る第二次大戦下、アメリカ軍の砲撃を受けたビル(日本軍が使用)の残骸。 戦禍ビル
サンチャゴ要塞に残る第二次大戦下、アメリカ軍の砲撃を受けたビル(日本軍が使用)の残骸。 ビル hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の大手門を入ると19世紀の臼砲と第二次大戦中の弾痕を残すコンクリート建造物が残っている。 みやげ hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の大手門を入ると19世紀の臼砲と第二次大戦中の弾痕を残すコンクリート建造物が残っている。

サンチアゴ土産物屋

Souvenir Shop

みやげ hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の土産物屋。
サンチアゴ要塞

Fort Santiago

 
大手門 hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の再建された大手門。大手門 hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の再建された大手門。 門鳥飼行博 hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の大手門。第二次大戦中、大手門をアメリカ陸軍M$シャーマン戦車が突破する写真が残っているが、この城壁はそのまま残されている。現在でも、1945年3月のマニラ市街戦の弾痕が残っている。 城門 hspace=10
マニラ首都圏(Metro Manila)マニラ市イントラムロスのサンチアゴ要塞の大手門。
マニラ市イントラムロス

Intramuros, Manila City


馬車1
首都圏マニラ市イントラムロスには、観光客を待っている馬車(カレッサ:Kalesa・Calesa)が来ている。キリスト教会(Christian Church)やスペイン風の館もある。
馬車2
首都圏マニラ市イントラムロスには、観光客を待っている馬車(カレッサ・Kalesa・Calesa)が走っている。
馬車3
マニラ市馬車(カレッサ・Kalesa・Calesa)。

トライシクル

Carriedo, Manila City



トライシクル
マニラ首都圏ケソン市(Quezon City)リテックス、共和国通り(Commonwealth Ave)に沿って、貧困者も含めて、庶民の市場ができて賑わっている。色々な野菜、果物が売っていて、売り手と買い手が対面して取引する。

2002年、経営コンサルタントC.K.プラハラード(2002)『ネクスト・マーケット』で、40億人以上の以上の人々が1日2ドル以下(世帯年収1500ドル以下)で暮らしている貧困者を対象としたBOP(Bottom of The Pyramid)の概念を提唱し、貧困者を救済すべき社会的弱者としてではなく、自助努力を続ける意欲的な個人経営体起業家として、あるいは顧客や消費者として認識すべきでると提唱した。

 BOPビジネスは、それまで貧困者に目を向けてこなかった経営者やビジネスマンには革新的な提言だった。開発途上国の貧困者を、援助対象やソーシャルセイフティネットの対象とする政策的アプローチではなく、ビジネスパートナーあるいは顧客として、互いに経済発展を目指すことを提唱したからである。 トライシクル
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスからカリエドまで、サイドカー付き三輪バイク(Tricycle)に乗った鳥飼ゼミナール。1台に10人乗車。
 グリーンツーリズム振興とは、財政負担をして観光客を誘致して、農作物の販売祖促進することだが、庶民の市場では、様々なたくさん商品が安く売られている。なぜ、増税して公的経費負担をして、都市インフォーマル部門から農産物の市場や露天商を遊離させ、正規の観光客を呼び寄せなくてはならないのか。 トライシクル3
マニラ首都圏(NCR) マニラ市では路上の民活、都市インフォーマル部門の活気を見ることができる。このサイドカー付き三輪バイクのトライシクル(Tricycle)も値段交渉をしながら、売り手と買い手が対等の立場で対峙する庶民の乗り物である。 トライシクル4
マニラ首都圏庶民の市場にはサイドカー付き三輪バイクのトライシクル(Tricycle)が走っている。庶民の市場は、キアッポ、バクラランもそうだが、露天商が中核となる。露天商とは、道路や歩道上に簡易な店を出す零細商人で、常設的に店を出すもの,定期市や縁日に出店するものがある。日本でもフィリピンでも、本来は、露天であっても営業許可が必要である。しかし、世界、特に開発途上国では、営業許可を得ず、不正規に露天を営む者の都市インフォーマル部門が主流である。 トライシクル払い5
マニラ首都圏マニラ市イントラムロスからカリエドまでサイドカー付き三輪バイクのトライシクル(Tricycle)に乗ってきた鳥飼ゼミナール。
 露天で、小魚を販売する露天商。表示してある15 1/2 KALAHATEとは、小魚0.5kg(1/2キログラム)当たり15ペソ(60円)。
マニラ首都圏の庶民的な大規模市場キアッポバクラランと比較して、より安価なものが多く、外国人もまず来ないのが、ここリテックスの市場である。
しはらい
マニラ市カリエドにサイドカー付き三輪バイクのトライシクル(Tricycle)で到着した鳥飼ゼミナール。 はらい3
マニラ市カリエドのサイドカー付き三輪バイクのトライシクル(Tricycle)。1台に鳥飼ゼミナール10名が乗車して到着した。1人10ペソ。露天と同じく都市インフォーマル部門、個人営業なので、売り手と買い手(消費者)が、対等に取引できる。

21世紀に入って、SNSソーシャルネットワーキングサービス)などソーシャルメディアが普及し、その利用が盛んになる中で、若者から働き盛りのものまで、コミュニケーション行動が単純化し、従前の対面コミュニケーション礼儀を伴わない非人的コミュニケーションが選択される傾向が強まった。これは、機械親和的なコミュニケーションであるが、SNSを通じたが新たに強化されることも意味している。コミュニケーションの幅を著しく狭まった半面、SNSによりその頻度は膨大になった。これは、市場における需要者と供給者の取引についてもあてはまる。ソーシャルネットワーキングサービスによる取引が盛んになったために、コミュニケーション行動と密接な関係を持つサービスの形態も変化した。 はらい5
マニラ首都圏ケソン市(Quezon City)リテックス、庶民の市場のココナツの殻。果肉のコプラを削って絞れば、ココナツオイルを採油できる。ココナツの殻は、油を含んでいるので燃えやすく、薪の焚き付けに重宝する。 はらい6
マニラ首都圏ケソン市(Quezon City)リテックスの裏通りは住宅地。パヤタスのごみ集積場からは遠いが、市場のごみから有価物のPET、段ボールガラス瓶、プラスチックを集めている世帯にお話を伺った。 はらい8
マニラ首都圏ケソン市(Quezon City)リテックスの裏通りは住宅地。パヤタスのごみ集積場からは遠いが、市場のごみから有価物のPET,段ボール、ガラス瓶、プラスチックを集めている世帯にお話を伺った。 カリエド車
マニラ首都圏ケソン市(Quezon Cityリテックス市場。お金を稼ぐために都市インフォーマル部門urban informal sector)に雇用機会を見つけるしかない。
マニラ首都圏Metro Manila),ケソン市リテック公設市場。パヤタスからジプニーで10分離れているリテック市場肉類販売コーナー。貧困者が多いが、ジプニーやトラックが行き交っているので、公共交通機関には不自由しない。
マニラ首都圏Metro Manila),ケソン市リテック公設市場の肉販売。公設市場で指定場所で売る商人は、都市インフォーマル部門の露天商とは異なる。
東海大学

University

鳥飼行博ゼミ hspace=10
2016年8月、マニラ首都圏マニラ市のサンチアゴ要塞の鳥飼ゼミナール。マニラ市のバランガイキャプテン、フィリヘルスの診療所、ケソン市のジャンクショップ店主、労働者、ごみを回収するスカベンジャーへの聞き取り調査も行った。

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東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程
鳥飼 行博 TORIKAI Yukihiro
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東海大への行き方|How to go
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