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■中国
中国のバイオマスエネルギー:ローカルコモンズ里山での薪採取
貴州省の低地と山村
貴州省の持続可能な農業:肥やしと堆肥
雲南省の窯業:剣川県の農村家内工業の粘土瓦生産
雲南省のタバコ生産
雲南省の牧畜:ローカルコモンズ入会地
雲南省の白族定期市
雲南省の仏教:白族の祭礼
雲南省剣川県の古鎮
北京市街地:公衆トイレ/中日友好病院
北京の食品製造工場:燕京ビール/三元乳業
北京の地下鉄・河南省の寝台列車
中国河南省の農村と薪採取
河南省開封市の繁華街
四川省丹巴県甘孜蔵族の農業とバイオマス/堆肥
福建省南靖県お茶生産
福建省南靖の生活/農業
成都平原の三星堆遺跡:長江文明:四川青銅器文化

■フィリピン
カリンガ州棚田の田植え
Rice Terrace, Kalinga

カリンガ州棚田の稲刈り
Rice Terrace, Cordillera
カリンガ州山村の小学校
Elementary School at Kalinga

カガヤン州ツゲガラオの市場
Market of Tuguegarao, Cagayan

マニラのスモーキーマウンテン
Smokey Mountain, Manila

メトロマニラのスラム街:ケソン市リテック/パヤタス
マニラのパヤタス廃棄物処分場:スカベンジャー
セブ市のアルミ再生工場:サンドダイカスト
バタンガスの自動車工場:修理と廃車リサイクル
セブ島の造船所

■タイ王国
写真解説:タイ農村の米作
写真解説:タイの家内工業:養蚕とシルク反物
写真解説:タイの牧畜・繊維作物生産
論文「タイの家内工業とワークシェアリング」

文部科学省・科学研究費補助金の報告書

1.アジア太平洋の地域コミュニティにおけるコモンズ管理と草の根民活論(2011)基盤研究(C)2010-2011
2.アジア太平洋の地域コミュニティにおける個人経営体を重視した社会開発と環境保全(2005)基盤研究(C)2003-2005

3.開発途上国における個人経営体と草の根の環境ODA(2002)基盤研究(C)2001-2002

4.開発途上国における個人経営体に対する草の根の環境ODA(2003)基盤研究(C)1998

5.開発途上国の小規模産業における雇用吸収力と経済援助(1993)奨励研究(A)1993

6.開発途上国の小規模産業における個人経営体のもつ雇用吸収力と経済援助(1992)奨励研究(A)1992

7.開発途上国の諸産業における契約形態についての理論的・実証的研究(1989)東京大学・特別研究員PD


「政府開発援助 : その現状と問題点:日本と欧州連合の場合」東海大学紀要. 教養学部 28,311-320,1998 (東海大学出版会/東海大学)
◆多様な文化や価値観を持った人々の共生が,持続可能な平和を構築するのに必要であり、多民族・多人種の共生の視点が重要になってきた。この概念は、人種民族差別,特定グループの迫害,優生学とは,真っ向から対立する。つまり,戦争と平和の問題は,サステイナビリティー(持続可能性)の議論と重なり合う部分が多い。この複合的な分野を扱う学問が環境平和学である。


ハンセン病年表
1873年(明治6)  ノルウェーの医師アルマウェル・ハンセン、らい菌(mycobacterium leprae)を発見

1907年(明治40)  「癩予防ニ関スル件」公布

1909年(明治42)  府県連合立(公立)癩療養所創設

1931年(昭和6)  「癩予防法」(旧法)公布

1941年(昭和16)  公立癩療養所を国立へ移管、国立療養所として発足

1943年(昭和18)  米国でプロミン(プルミン)の治らい効果発表

1946年(昭和21)  日本でプロミンの合成成功

1949年(昭和24)  プロミン予算化

1953年(昭和28)  「らい予防法」(新法)公布

1960年(昭和35)  WHO(世界保健機関)が外来治療管理の方向を勧告

1996年(平成8)  「らい予防法の廃止に関する法律」施行

1998年(平成10)  らい予防法違憲国家賠償請求訴訟提起(熊本地裁)

2001年(平成13)  ハンセン病国家賠償訴訟で熊本地裁が元患者側全面勝訴の判決

「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」公布、施行

和解に関する基本合意書調印

2002年(平成14)  和解に関する基本合意書調印

2005年(平成17)  ハンセン病問題に関する検証会議が厚労相に最終報告書提出

2006年(平成18)  国外に開設されたハンセン病療養所入所者に国内と同水準の補償金を支給

改正ハンセン病補償法の施行

2007年(平成19)  国立ハンセン病資料館再開館

2008年(平成20)  「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」国会成立

2009年(平成21)  「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」施行

◆多様な文化や価値観を持った人々の共生が,持続可能な平和を構築するのに必要であり、多民族・多人種の共生の視点が重要になってきた。この概念は、人種民族差別,特定グループの迫害,優生学とは,真っ向から対立する。つまり,戦争と平和の問題は,サステイナビリティー(持続可能性)の議論と重なり合う部分が多い。この複合的な分野を扱う学問が環境平和学である。


ハンセン病年表
1873年(明治6)  ノルウェーの医師アルマウェル・ハンセン、らい菌(mycobacterium leprae)を発見

1907年(明治40)  「癩予防ニ関スル件」公布

1909年(明治42)  府県連合立(公立)癩療養所創設

1931年(昭和6)  「癩予防法」(旧法)公布

1941年(昭和16)  公立癩療養所を国立へ移管、国立療養所として発足

1943年(昭和18)  米国でプロミン(プルミン)の治らい効果発表

1946年(昭和21)  日本でプロミンの合成成功

1949年(昭和24)  プロミン予算化

1953年(昭和28)  「らい予防法」(新法)公布

1960年(昭和35)  WHO(世界保健機関)が外来治療管理の方向を勧告

1996年(平成8)  「らい予防法の廃止に関する法律」施行

1998年(平成10)  らい予防法違憲国家賠償請求訴訟提起(熊本地裁)

2001年(平成13)  ハンセン病国家賠償訴訟で熊本地裁が元患者側全面勝訴の判決

「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」公布、施行

和解に関する基本合意書調印

2002年(平成14)  和解に関する基本合意書調印

2005年(平成17)  ハンセン病問題に関する検証会議が厚労相に最終報告書提出

2006年(平成18)  国外に開設されたハンセン病療養所入所者に国内と同水準の補償金を支給

改正ハンセン病補償法の施行

2007年(平成19)  国立ハンセン病資料館再開館

2008年(平成20)  「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」国会成立

2009年(平成21)  「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」施行

再生トイレットペーパの製造工程

1)古紙回収(原料)
2)溶解
3)精選
4)脱墨
5)洗浄
6)減菌・漂白
7)抄紙
8)加工
9)製品保管  

ビール製造工程
?製麦:大麦から麦芽へ
1)仕込み:麦芽から麦汁へ
?発酵:麦汁からビールへ
2)貯酒:ビールの低温での熟成
3)濾過:おり、酵母を除去し生ビールへ
4)缶詰:容器に酸素が入らないように注入

華僑(かきょう)とは、中国、特に広東省、福建省を僑郷(華僑のふるさと)として、海外に移住した中国人を指す。現在、世界に2000万人いるとされるが、清朝時代、満州族の王朝・官僚に抵抗して亡命した中国人漢民族から、経済的な成功のチャンスを求めた中国人まで、移住の動機はさまざまである。

アヘン戦争後、列国の中国半植民地化の動きの中で、窮乏化たり、海外ビジネスのチャンスをつかもうとしたりした南部の中国人が多数、海外に移民した。半封建・半植民地のもとで生活に窮した人々は、戦争や農民反乱の混乱から逃れて、大量に海外へと流出していった」「福建省の場合も、元代以降大規模移民が始まっている。もともと山がちで耕地が少なく、多くの人口を抱えていたという事情に加えて、自然災害の発生、海外貿易の発展といったことが、そうした大量移民を出現させる背景であった。」との華僑の解釈もある。

 しかし、筆者の研究では、華僑は、窮乏化した労働者の海外出稼ぎだけでなく、新たなビジネスチャンスを求めた積極的な海外渡航が契機になっていることも多く、その出身者も中間層以上の中国人も例外ではない。孫文の革命運動を支えた興中会、中国同盟会会員の中には多数の華僑があるが、彼らは富裕層ともいえる。また、中国辛亥革命後、華僑が海外送金や外国情報の提供、外交仲介で、国民政府を手助けした。


平成26年(2014年)11月13日

環境省の「エコタウン等における資源循環社会と共生した低炭素地域づくり補助金事業」について、川崎市が申請した「川崎エコタウンにおける廃プラスチック油化ビジネス」に係るFS(フィージビリティ・スタディ)調査事業が採択案件として決定した。

川崎エコタウンにおける廃プラスチック油化ビジネス」事業内容

(1)FS調査の目的
複合プラスチック製品全般へのリサイクル技術の適用が期待されているプラスチックの油化ビジネスについて、事業採算性確保が可能な事業モデルを川崎エコタウン地域で検討していくことで、川崎エコタウン全体の資源循環の取組と低炭素化の促進、さらには市内環境産業の振興を促進する。

(2)FS調査項目
ア 油化ビジネス事業化可能性調査
イ 油化技術高度化に向けた技術FS調査
ウ 低炭素化・地域活性化等の効果測定

(3)実施機関
ア 統括組織 川崎市
イ 協力組織 JFE環境、?リコー、日本フューチャーエコシステムズ、NTTデータ経営研究所
ウ 推進体制(各調査事項の主な推進組織)

(ア)事業全体とりまとめ
川崎市
(イ)油化ビジネス事業化可能性調査
(ウ)油化技術高度化に向けた技術FS調査
(エ)低炭素化・地域活性化等の効果測定

「エコタウン等における資源循環社会と共生した低炭素地域づくり補助金事業」とは、循環資源の循環的利用と低炭素化の両方でのゼロエミッションを実現する先進的なモデル地域を形成し、循環型社会の形成及び地球環境の保全に資することを目的とした事業のこと。


川崎国際環境技術展2015
Kawasaki International Eco-Tech Fair 2015

今、かわさきから世界に伝えたい、環境技術

環境に配慮した技術やノウハウを幅広く集め、ビジネスマッチングの活性化を目指す。

アジア地域を中心に優れた環境技術を移転し、国際貢献を目指す
アジアの環境問題に即応する環境技術から地球規模の環境問題を解決する最先端の環境技術まで幅広く展示
海外から環境分野の関係者が集結する国際的なビジネスマッチングの場
マッチングをサポートし、環境技術の海外への移転を促進する展示会

「ビジネスマッチングを強力にサポート」
マッチングを幅広い分野で強力にサポートする支援機関が集結
海外との商談では通訳やコーディネーターを配置
出展者名刺交換会等において、顧客開拓や情報交換等異業種交流が可能
WEB上から来場者や出展者間のアポイントも簡単に予約・確認が可能

 川崎の見どころにかわさき産業ミュージアムがある。これは、建物はなく、川崎区全域を展示場に見立てた分散型ミュージアム。急速に進んだ日本の近代化を支え、20世紀の日本の地位を築いた産業技術の発展の歴史を物語る近代化遺産(地域の活性化に役立てる目的で大臣が認定)や産業文化財(産業の発展を示す遺構)は、産業構造・社会構造の変化とともに今急速に失われつつある。これらは、それぞれの地域の発展や変遷、そこに暮らす人々の生活や文化を後世に伝える重要な証である。京浜工業地帯の中枢の川崎区には、これらの貴重な資料が数多く残存している。「これは川崎区を特徴づける社会的資源であり、区民と企業の共通の誇りとして、新たな地域づくりの中核となり得る」。

川崎市の現状」には、「川崎市の人口は、現在140 万人に達しており、今後も増加し2030 年には150 万人を超えると推計されています。また、全国で減少の続く生産年齢人口についても、川崎市では今後も増加が続き、2025 年にピーク(101.3 万人)を迎えることが予想されます。川崎市の人口増加率は大都市の中でも高く、9 年連続で1 位となっています。人口増加要因として、社会増加比率が他の大都市と比較しても著しく高いことに加え、自然増加比率も大都市中1 位となっています。また、出生率婚姻率も大都市中1 位となっています。一方、2015(平成27)年をピークに年少人口は減少することが見込まれており、老年人口も増加してきていることから、今後、高齢化が急速に進展することが予想されます。川崎市は、前述したとおり、産業都市としての性格を有する一方、昼夜間人口比率をみると87.1%と大都市の中で最も低くなっており、ベッドタウンとしての性格も有しています。また、我が国全体では労働力人口は減少傾向にありますが、川崎市では労働力人口は増加傾向にあります。また、労働力率は大都市中1位となっています」とある。

川崎市の製造業の状況」には、「川崎市は戦前・戦後を通じて京浜工業地帯の 中核として、日本経済の発展を支えてきた工業都市であり、現在でも鉄鋼、石油、化学、電機、情報通信等の大企業の主要生産拠点が数多く立地しているほか、優れた技術を持つ多くの中小企業が集積しています。直近10 年間の製造業の推移をみると、全国、 川崎市ともに事業所数、従業者数は減少傾向にあります。1999(平成11)年から2009(平成21)年にかけて、事業所数は全国、川崎市ともに3割の減少となっています。一方、従業者数は、全国では17.5%の減少となっていますが、川崎市では41.2%減少しており、全国に比べて川崎市の減少率が大きくなっています。事業所数や従業者数が減少する一方、製造品出荷額等は全国、川崎市ともに2003(平成15)年以降増加傾向にありましたが、2009(平成21)年には世界金融危機の影響を受け、大きく減少しており、特に川崎市では全国に比べて減少率が大きくなっています。また、産業別内訳をみると、事業所数では一般機械、金属製品等の加工組立型が2/3 を占めますが、製造品出荷額等では石油、化学、鉄鋼等素材型が2/3 を占めています。一方、知識集約型・高付加価値型の産業構造への転換に伴い、市内に立地する事業所の性格も生産拠点から研究開発拠点へと変化してきています。また、臨海部は石油精製、発電所、ガス等のエネルギー関連施設が立地しており、首都圏のエネルギー供給拠点となっています。さらに、川崎市内には多くの外資系企業や中小企業庁が選ぶものづくり300 社が立地しています」とある。
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◆マニラ首都圏の市場:鳥飼ゼミ海外研修
ぱさい
1.国際協力人口問題をフィールド調査を踏まえて研究します。
2.2010年のフィリピン共和国の面積は30万平方キロ(日本の80%)、人口9900万人、GDP2000億ドルで、工業部門がGDPの30%以上を占めています。フィリピンの1人当たりGDPは2,100ドルと日本の5%で、マニラ首都圏(人口1100万人)は、GDPの30%を占める国内では豊かな地域ですが、スラム街も広がっています。
3.2011年8月、東海大学社会環境課程鳥飼ゼミのフィリピン研修で学生が調査をしたケソン市パヤタスとリテックのスラム街について写真解説します。
4.写真解説一覧も参照。
〇東海大学新教養学部の文系と理系を融合した新人間環境学科では、社会環境課程が廃止され、鳥飼ゼミの海外研修・フィールド調査・国際社会ゼミナールの授業はありません。

フィリピン棄物

Garbarge Slum

 
 

マニラ首都圏

 Metro Manila


ジープ
フィリピンのマニラ首都圏Metro Manila)のケソン市(Quezon City)。メトロレールManila Metro Rail Transit:MRT)のケソン駅からパヤタス行きのジプニーを探していたら、リテック(リテールと聞こえる)行きに乗れと。
ジープ
マニラ首都圏Metro Manila)のメトロレールManila Metro Rail Transit:MRT)のケソン駅からジプニーに乗車。満員になると発車する。20分でリテック(リテールと聞こえる)に着く。
ばす
フィリピンのメトロマニラにあるケソン市Quezon City)の人口は200万人以上。メトロレイルのケソン駅とリテールの間の「共和国通り」には、バスも走っている。車掌が行き先を書いた看板を手にして、客を集めている。
バス車内
マニラ首都圏Metro Manila)のケソン市Quezon City)。「共和国通り」を走っているバスの車内。メトロレイルのケソン駅とリテール間で、車掌が切符を売っている。前もって頼めば、指定した場所についたときに教えてくれる。
バスいぐれしあ
フィリピン Philippinesマニラ首都圏に位置するケソン市Quezon Cityの共和国大通り(Commonwealth Avenue)。左後方にある緑の屋根は、巨大なイグレシア・ニ・クリスト・セントラル教会(Iglesia Ni Cristo - Central Temple )。メトロレイルの駅とリテック(リテールと聞こえる)の間には、ジプニー、バスが多く走行しており、自家用車は日本ほど多くはない。公共交通機関が発達しているので、自家用車がなくとも不便はない。

ケソン市リテックス

 Litex, Quezon City


リテックス
ケソン市(人口220万人)リテック(Litex)の市場向かいパヤタス(Payatas)に行くジプニー(Jeepney)が出る。パヤタスではスラムを見学し、住民に聞き取り調査を行った。 リテール
 マニラ首都圏ケソン市東部に位置するリテック(Litex)。中央、赤のナイキ印のTシャツのおじさんは、バスやジプニーのために、声をかけて乗客を探している客引き。これも都市インフォーマル部門の仕事。運転手や車掌は、1回1ペソくらいを道路に投げたり、客引きに渡したりする。フィリピンにいた日本人の大半は客引きを誤解している。 リテール歩道橋
リテック(Litex)の中心となる共和国通りには、バスやジープニーが引っ切り無しに通る。そこで、歩行者が道路を横切らないように、鉄の柵が据えられている。 リテール
リテックのジープニーJeepney)。ここからパヤタス(Payatas)に行くジプニーが出る。

ケソン市パヤタス

 Payatas, Quezon City


パヤタス
パヤタスの小学校近く。
 政府による社会保障給付費も受け取れず、生活保護支給もない状況で、スラムバラックが拡大する。 パヤタス
ケソン市パヤタスの低所得層住宅地、スラムバラック。このあたりはスクオッターsquatter:不法占拠者)かもしれないが、自治組織のバランガイがある。
パヤタス住宅
マニラ首都圏パヤタスの低所得層住宅地。政府による社会保障生活保護も不十分であれば、貧しい住民の中には、やむを得ず不法占拠者となる場合もある。
パヤタス住宅
パヤタス住宅、スラムバラック。排水路の近く。
スラムの商売

Business Model

サリサリ
パヤタスにもたくさんのサリサリ(雑貨店)がある。スラムでなくとも雑貨店(Sari-sari store)はたくさんある。タガログ語で「いろいろあること」をサリサリ(Sari-sari store)といい、雑貨店をサリサリ・ストア(Sari-sari store)と呼ぶ。
サリサリは、フィリピンの伝統的な個人営業コンビニ(Convenience store)で、「萬屋」(よろずや)である。
炭火焼
メトロマニラのパヤタスの炭火焼。豚肉、ソーセージ、鶏肉などの串肉を炭火で焼いてくれる。パヤタス住宅地での炭火の串肉焼屋の露天商いはほかにもたくさんある。
炭火焼
マニラ首都圏ケソン市パヤタススラム街炭火焼。レストランの高級な串肉炭火焼とは違って、路上にたくさんある。

炭売り
 パヤタスの生業。炭(ウリン)を買ってきて、小分けをして売る準備をする。
 政府による社会保障給付費も受け取れず、生活保護支給額もゼロであるからこそ、スラムに草の根民活が発達する。 炭売り
2011年3月、パヤタススラム街では、炭をまとめ買いし、それを小さな袋に分けている。それを販売する。 
パヤタスの子供

 Children Dreaming


子供たち
マニラ首都圏ケソン市パヤタススラム街裏通りで遊ぶ子供たち。スラム街でも靴はおろか、草履も履いていない子供たちも少なくない。 右のコンクリートブロックの二階建ての家屋は、施工から見て、自分たちでブロックを積み上げて建築されたもの。
街並み子供
マニラ首都圏ケソン市パヤタススクオッターsquatter:不法占拠者)のバラック裏通りで遊ぶ子供たち。政府による社会保障生活保護も不十分であっても、家族があれば子供たちは育ってゆく。

車あそび
パヤタススラム街で木製の車体にタイヤを取り付けたおもちゃの自動車で遊ぶ。
スラム街の住居

housing

コンロ
マニラ首都圏ケソン市パヤタスのスラム地区。調理では焜炉(こんろ)調理用ストーブが主流。燃料は薪炭。
スラムバラック
マニラ首都圏ケソン市パヤタススラム街バラック。トタンや金網で屋根や周囲を覆っている。右のほうでは、自動車の車輪の金具を再利用している。
もともと、排水路や貯水池のあるな窪地で、住んでいる住民がいなかったために、不法占拠者(スクオッターsquatter)がここに仮ごしらえの住居を建築した。それが恒常的な居住地となり、住居も次第に増え、構造的にもしっかりしたものに変化していった。

スラムバラック
マニラ首都圏ケソン市パヤタスのスラムバラックでも電気が利用できる。消費電力検針メーターがまとめて設置してある。決して盗電が一般的なのではない。

水供給

water supply


パヤタス水
マニラ首都圏ケソン市パヤタスの飲料水販売所。ガラス越しに水ボトルが見えたので中を見せていただいた。 政府による社会保障生活保護も不十分であるからこそ、スラムでは草の根民活の動きがある飲料水ボトルを小型トラックに運ぶ少年。後方には、水のろ過装置と水タンクがある。
パヤタス水
マニラ首都圏ケソン市パヤタスの飲料水販売所。パヤタスの飲料水販売所では水ボトル、プラスチックカバーを封印する。ボトルの栓にプラスチックがバーをかけて、ドライヤーの熱で溶かして封印し、低所得層向けに飲料水を販売する。自動車でまとめて購入してゆく業者、バランガイ(集落)も多い。
ヘルスセンター

 Community Health Centre


ヘルス
マニラ首都圏ケソン市パヤタスのコミュニティ・ヘルスセンターCommunity Health Centre)。ごみ集積場のすぐ隣にある。 ヘルス
地域医療センター(コミュニティ・ヘルスセンター:Community Health Centre)では、婦人、子供が多い。これは、妊産婦検診が主要な仕事のためである。

リテックスの商業

Litex Market, Quezon City


夕方リテール
マニラ首都圏ケソン市リテック。パヤタスからジプニーで10分のリテックの商業地区。廉いお店がずらりと並ぶ。夕方は、薄暗いのは、経費節約の節電のため。 夕方リテール
マニラ首都圏ケソン市パヤタスからジプニーで10分のリテック。貧困者が多いが、ジプニーやトラックが行き交っているので、公共交通機関には不自由しない。 夕方リテール
マニラ首都圏ケソン市リテックの商業地区。共和国通りと命名しただけあって、道路は広く、駐車スペースも十分ある。もっとも、自家用車保有者が少ないためでもあるが。政府による社会保障生活保護も不十分であるからこそ、民活はしぶとく粘り強い。 夕方リテール
ケソン市リテールの商業地区。路上に青マンゴを並べて売る露天商。路上での販売が規制されていようとも、会社に雇用されていなければ、お金を稼ぐために都市インフォーマル部門urban informal sector)に雇用機会を見つけるしかない。 夕方リテール
マニラ首都圏ケソン市リテックの商業地区の横断歩道で、カラマンシ(レモン)を袋に入れて売っている「立ち売り」。これも都市インフォーマル部門urban informal sector)の生業である。 夕方リテール
マニラ首都圏ケソン市リテック。お店の前にさらに小さな露店が重なる。これも、都市インフォーマル部門urban informal sector)の労働集約的産業。 夕方リテール
マニラ首都圏ケソン市リテック・マーケット。 リテール歩道橋
 商売が盛んなケソン市リテック。カリトン(三輪荷車)物を運ぶ仕事をして駄賃を稼ぐお年寄り。政府による社会保障生活保護も不十分であり、高齢者も貧困者も働くしかない。老人ホームのような施設入居の機会も生活資金も得ることができないのである。リテール歩道橋
ケソン市リテック「共和国通り」にかかる歩道橋。 夕方リテール
マニラ首都圏ケソン市リテックの商業地区の歩道橋footbridge)。バスやジプニーの停留所が近いのでたくさんの人が行き来している。 リテール
マニラ首都圏ケソン市リテック歩道橋footbridge)でお金を求める障碍者。政府による社会保障生活保護も不十分なため、ポリオのような身体不自由な障碍をもてば、仕事を得ることはまずできない。人通りの多い歩道に家族に運んでもらい、恵みを乞うて生活する。本人の同意を得て撮影・転載不可。 夕方リテール
ケソン市リテックの露天商(urban informal sector)。政府による社会保障給付費も受け取れず、生活保護支給もないからこそ、草の根民活の都市インフォーマル部門が興隆する。 夕方リテール
ケソン市パヤタスからジプニーで10分のケソン市リテック商業地区。
夕方リテール
フィリピンのマニラ首都圏Metro Manila)ケソン市リテールからジプニーで20分以上かけてケソン市中心部に向かう。
ケソン
ケソン市(Quezon City)。メトロレールManila Metro Rail Transit:MRT)のケソン駅。夜になると、パヤタスやリテックにはないような有名チェーン店のネオンサインがまぶしい。

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org)のカリンガ州の説明
カリンガ州Province of Kalinga)は、フィリピン北部ルソン島コルディリェラ行政地域Cordillera Administrative Region, CAR)に属するである。北にアパヤオ州、西にアブラ州、南にマウンテン州、東にカガヤン・バレー地方イサベラ州カガヤン州と接している。1995年2月14日、旧カリンガ・アパヤオ州(Province of Kalinga-Apayao)が2つに分割されて誕生した。面積は3,119.7km²、人口は174,023人(2000年)、州都はタブクTabuk)である。



Wikipedia(http://ja.wikipedia.org)の引用
ルソン
I – イロコス地方
北イロコス | 南イロコス | ラウニオン | パンガシナン
II – カガヤン・バレー地方
バタネス | カガヤン | イサベラ | ヌエヴァ・ヴィスカヤ | キリノ
III – 中部ルソン地方
アウロラ | バターン | ブラカン | ヌエヴァ・エシハ | パンパンガ | タルラック | サンバレス
IV-A – カラバルソン地方
バタンガス | カヴィテ | ラグナ | ケソン | リサール
IV-B – ミマロパ地方
西ミンドロ | 東ミンドロ | マリンドゥク | ロンブロン | パラワン
V – ビコール地方
アルバイ | 北カマリネス | 南カマリネス | カタンドゥアネス | マスバテ | ソルソゴン
コルディリェラ行政地域
アブラ | アパヤオ | ベンゲット | イフガオ | カリンガ | マウンテン
マニラ首都圏
マニラ首都圏の行政区画
ヴィサヤ
VI – 西ヴィサヤ地方
アクラン | アンティーケ | 西ネグロス | カピス | ギマラス | イロイロ
VII – 中部ヴィサヤ地方
ボホール | セブ | 東ネグロス | シキホル
VIII – 東ヴィサヤ地方
ビリラン | 東サマル | レイテ | 北サマル | サマル | 南レイテ
ミンダナオ
IX – サンボアンガ半島地方
北サンボアンガ | 南サンボアンガ | サンボアンガ・シブガイ
X – 北部ミンダナオ地方
東ミサミス | 西ミサミス | カミギン | 北ラナオ | ブキドノン
XI – ダバオ地方
コンポステラ・バレー | ダバオ | 南ダバオ | 東ダバオ
XII – ソクサージェン地方
南コタバト | コタバト | スルタン・クダラット | サランガニ
XIII – カラガ地方
北アグサン | 南アグサン | 北スリガオ | 南スリガオ | ディナガット・アイランズ
ムスリム・ミンダナオ自治区
バシラン | 南ラナオ | マギンダナオ | スールー | タウイタウイ
東海大学

University


ヘルス
マニラ首都圏ケソン市パヤタスのヘルスセンターにて。2011年3月の聞き取り調査時。

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東海大への行き方|How to go

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