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マニラの排ガス対策:マニラ首都圏では、粒子状物質の21%、窒素酸化物の83%、一酸化炭素の99%、硫黄酸化物の12%が自動車の排気ガスによるものと推定(1990年調査)。

マニラ・オートサロン2009

フィリピン名物ジープニーを乗りこなそう

ジープニーの車窓からフィリピン交通事情

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フィリピンで建築事業/東海工業

日東電工 | フィリピンに販売加工拠点を新設

フィリピン・セブ島及び沿岸域の水質汚染域 における生物生息環境回復事業

黒い斑点に汚れる海岸の石

平成17年度環境再生保全機構地球環境基金助成事業



日・フィリピン経済関係

日系企業の海外活動に当たっての環境対策 (フィリピン)

フィリピンにおける大気汚染削減とエネルギー政策

平成17年度環境再生保全機構地球環境基金助成事業

<公式報告書>

各国便り「中国農村部における意図せざる環境保全」『かけはし』第94号、国際研修協力機構,4頁,2009年10月

各国便り「フィリピン」 『かけはし』第79号、国際研修協力機構,4頁,2007年4月

『アジア太平洋地域における人口・エネルギー・廃棄物 : アジア太平洋の地域コミュニティにおける個人経営体を重視した社会開発と環境保全 −科学研究費補助金基盤研究(C)(2)研究成果報告書 ; 平成15-17年度』東海大学印刷業務課,105頁,2006年3月

万城目正雄・鳥飼行博共著『開発途上国からの研修生等受入れに伴う実態調査:技能実習生フォローアップ(第6回)調査報告書』国際研修協力機構,75頁,2003年3月

『開発途上国の草の根民活論 : 人口・家内工業・廃棄物を巡って−平成13・14年度科学研究費成果報告書』東海大学印刷業務課,135頁,2003年3月

鳥飼行博・成家克徳・三好敏夫・万城目正雄共著『開発途上国からの研修生等受入れに伴う実態調査:技能実習生フォローアップ(第5回)調査報告書』国際研修協力機構,82頁,2002年3月

高橋彰・鳥飼行博他3名2番目共著『外務省国別評価報告書 フィリピン共和国』外務省経済協力局評価室,91頁,1999年3月

Japanese Evaluation Team (TAKAHASHI,Akira,and Yukihiro TORIKAI et al.) Evaluation of the Japanese Development Assistance toward the Philippines. Ministry of Foreign Affairs, pp.1-48, 1998/09,外務省

文部科学省・科学研究費補助金の報告書

1.アジア太平洋の地域コミュニティにおけるコモンズ管理と草の根民活論(2011)基盤研究(C)2010-2011
2.アジア太平洋の地域コミュニティにおける個人経営体を重視した社会開発と環境保全(2005)基盤研究(C)2003-2005

3.開発途上国における個人経営体と草の根の環境ODA(2002)基盤研究(C)2001-2002

4.開発途上国における個人経営体に対する草の根の環境ODA(2003)基盤研究(C)1998

5.開発途上国の小規模産業における雇用吸収力と経済援助(1993)奨励研究(A)1993

6.開発途上国の小規模産業における個人経営体のもつ雇用吸収力と経済援助(1992)奨励研究(A)1992

7.開発途上国の諸産業における契約形態についての理論的・実証的研究(1989)東京大学・特別研究員PD



「政府開発援助 : その現状と問題点:日本と欧州連合の場合」東海大学紀要. 教養学部 28,311-320,1998 (東海大学出版会/東海大学

「地球環境問題の実態」東海大学紀要. 教養学部 28,1998 (東海大学出版会/東海大学)

「工業化戦略の有効性 : 貿易と国際分業をふまえて」
Effectiveness of Industrial Policies in Developing Economies
東海大学紀要. 教養学部 28,1998 (東海大学出版会/東海大学)

「環境政策と開発戦略に関する研究」東海大学紀要. 教養学部 26,337-342,19950000(ISSN 03892018) (東海大学出版会/東海大学)

「地球環境問題とその対策 : リサイクル,環境税,国際環境規格,環境ODA」
Economics for Sustainable Development
東海大学紀要. 教養学部 26,1995 (東海大学出版会/東海大学)

「資本進出と経済介入に関する一考察 : 日本の朝鮮経営,ODA,海外直接投資,コンディショナリティーの功罪を巡って」
The Capital Flow to Developing Countries and Japan's Commitment
(東海大学紀要. 教養学部 25,69-94,1994(東海大学出版会/東海大学)

「国際資本移動の構造と冷戦後の世界 : 資本供給国としての日本の役割」
The Structure of Capital Flow and The Post-Cold War : Japan's Role as a Capital Supplier
東海大学紀要. 教養学部 24,1993 (東海大学出版会/東海大学)

「政府開発援助と開発途上国の雇用メカニズム」
Official Development Assistance and the Job Creation Mechanism in LDCs
東海大学紀要. 教養学部 23,1992 (東海大学出版会/東海大学)

「契約選択の経済学 : フィリピンにおける漁業契約の内容とその選択」
Economics of Contract Choice : Contracts of the Small-scale Fishing in the Philippines
東海大学紀要. 教養学部 21,1990 (東海大学出版会/東海大学)


























Flag Counter

◆スモーキーマウンテンのバラック生活と農業:鳥飼ゼミ研修
スモーキ
トンド地区の向かいにある旧スモーキーマウンテンの住民宅を訪問した鳥飼ゼミナール
1.2010年のフィリピン共和国の面積は30万平方キロ(日本の80%)、人口9900万人、GDP2000億ドルで、工業部門がGDPの30%以上を占めます。1人当たりGDPは2,100ドルと日本の5%で、マニラ首都圏(人口1100万人)は国内では豊かな地域ですが、貧困問題もあります。
2.2015年8月、東海大学教養学部人間環境学科鳥飼ゼミナールは、恒例となったフィリピン研修としてマニラ首都圏マニラ市の旧スモーキーマウンテン(Smokey Mountain)を訪問し、住民のリサイクル、炭焼き、農業、水供給の調査しました。
3.スモーキーマウンテンは一般立ち入り禁止で、無断侵入は犯罪です。wikipediaフィリピン語のSmokey Mountainの項目がないことからも、立ち入り許可がされない理由が推測できます。
4.写真解説一覧セブ州アルミ再生工場フィリピン自動車産業スラムの屑屋ツゲガラオの市場棚田の田植え稲の収穫と豆脱穀棚田の早乙女ブツブツの鍛冶屋柴刈り・薪採取とバイオマススモーキーマウンテン箒作り家内工業2014年廃棄物処分場ゼミ研修2015年マニラのスラム街ゼミ研修箒材料タイガーグラスの収穫も参照。

マニラ首都圏マニラ市

Manila 2015


 

公共交通

 Trafic


ジープ
マニラ市にあるトンド地区スモーキーマウンテンには、ジープとトライシクルで行くことができる。タクシーで行こうとすれば、乗車拒否にあう。 コンクリの壁ゼミ生
マニラ市にあるトンド地区スモーキーマウンテンに向かうジープに乗った鳥飼ゼミナールの学生。 コンクリの壁ゼミ生
マニラ市にあるトンド地区スモーキーマウンテン近くを走るトライシクル。 コンクリの壁ゼミ生
マニラ市にあるトンド地区スモーキーマウンテン近くを走るトライシクルに乗った鳥飼ゼミナール。
スモーキーマウンテン

 Smokey Mountain 2015


コンクリの壁ゼミ生
マニラ市にあるスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)のごみ山。コンクリで覆われており、立ち入り禁止となっている。許可申請の出し方が分かっても、危険な場所であり、まず立ち入り許可は得ることはできない。だからと言って、無断侵入、不法侵入は犯罪であり、すべきではない。 コンクリの壁ゼミ生
マニラ市にあるスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)のごみ山近くで廃材の買い取り、木炭を製造する業者がある。トンド地区の住民は、廃材を彼らのところに運んで売却する。荷車いっぱいで100-200ペソになる。廃材集め1
マニラ市にあるスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)は、マニラ北港近くのごみ捨て場で、2年前までは炭焼きがなされていた。しかし、2013年以降は、危険なためか廃止された。現在、スモーキーマウンテンの隣で、炭焼きの原料を買取する業者がトラックでやってくる。 廃材集め2
マニラ市にあるスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)下では、炭焼きをする業者が、廃材を買い取っている。トラックで廃材を、パガニバンに運んで、炭を焼いているという。 カモテの葉を袋
マニラ市にあるスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)下で、カモテの葉を袋(サック)に入れて、市場に売りに行く住民に出会った。 廃材集め3
マニラ市にあるスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)は、マニラ北港近くのごみ捨て場で、炭焼きの原料となる廃材を買取り、トラックで運搬する業者。マニラ市にあるスモーキーマウンテン下にいる業者は、荷車1台分の廃材を150ペソから250ペソで買ってくれる。 廃材集め4
マニラ市にあるスモーキーマウンテンで、炭焼きの原料となる廃材を買取り、トラックで運搬する業者。

 1950年代から使われていたマニラ北港近くの廃棄物捨て場は、1980年代には「スモーキーマウンテン」と呼ばれるほど巨大なごみ山となり、ごみが燃える煙が立ち上るようになった。フィリピン政府は、世界のメディアによって貧困の象徴とされ報道される続けることに危惧し、1994年にごみ投棄を停止するとした。そして、ごみから有価物を回収するために住み込んでいるスラム住民の立ちんぼ気を開始した。しかし、ごみ処分が中止されてから30年が経過、再びこの「スモーキーマウンテン」に住む人々が増えている。もとのごみ山が堆肥化し、カモテなどイモ栽培が可能で、廃材を用いた木炭づくり・炭焼きも行われている。
スモーキーマウンテン入口

 Smokey Mountain 2015


のぼり
マニラ市スモーキーマウンテン(Smokey Mountain)に上る鳥飼行博ゼミナール。 バラック
マニラ市スモーキーマウンテンの上に住んでいる住民のバラックは廃材、ベッドのスチール枠、ビニールシート、廃タイヤなどの廃品を主な建築資材としている。

都市貧困地区 スモーキーマウンテンには、次のようにある。
「フィリピンのゴミ処理場では、ゴミを焼却せず、ゴミ捨て場に投棄(野積み)されます。一日にマニラ首都圏から出るゴミの総重量は約6,000?と言われ、それらのゴミを受け入れる捨て場は、マニラ首都圏内に複数あります。 私たちが支援する「スモーキーマウンテン」は、マニラ首都圏マニラ市トンド地区に位置しています。多くの住人は収入を得るために、ゴミの中からリサイクル可能なゴミ(鉄、銅、プラスチックなど)を拾います。一日の収入は70〜150ペソ(約150〜320円)と大変少なく、苦しい生活を強いられています。 2012年度現在、約6,500人もの人々がスモーキーマウンテンに暮らしていると言われています。スモーキーマウンテンと呼ばれ始めた由来は、自然発火したゴミの山から煙が立つ様子からです。」 バラックごみ山 hspace=10
マニラ首都圏Metro Manila)中央部のスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)のごみの山は台地状に整備されている。現在は100世帯以上が、このようなバラックの住居に住んでいる。 バラックかもて葉っぱ
マニラ首都圏マニラ市Manila City)トンドから見たスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)はごみ山の跡地だが、カモテ(サツマイモ類)の畑が広がり緑の丘になっている。カモテの葉っぱを収穫して、市場に売ることで生計を得ている。束ねてある出荷前のカモテの葉を見せていただいた。 バラック住民
廃棄物処分場がパヤタス移転したため、マニラ市の旧スモーキーマウンテン(Smokey Mountain)にはカモテの畑が広がり、生活する住民が100世帯以上いる。毎年のように、鳥飼ゼミの学生が、カモテを作ると農家、ごみを回収するスカベンジャー、ごみを掘り出す家族にインタビューしている。 鳥飼ぜみ
マニラ首都圏Metro Manila)マニラ市トンドのスモーキーマウンテンを訪問した鳥飼ゼミナール。
現在、廃棄物最終処分場はケソン市(人口220万人)パヤタス(Payatas)に移転した。鳥飼行博ゼミは、このスラムを見学し、住民に聞き取り調査を行った。現在はイモ(kamote)を栽培する農家が多いが、2年前(2013年8月)までは木炭を生産して売る炭焼きもあった。

廃棄物処分場跡地の家族

 Life & Work


女子供
スモーキーマウンテンの三世代同居の一家。 女子供
スモーキーマウンテンの三世代同居の一家。 女水タンク
メトロマニラケソン市Quezon City)より西部にあるマニラ市のスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)のバラック竪居を案内していただき、雨水をためる水タンクを眺める鳥飼ゼミの学生。大規模な廃棄物最終処分場の跡地で、周囲にはスラム街もある。二十年前、ここのあたりはトタン板に囲まれた小屋やジャンクショップ(屑屋)が並んでいた。
スカベンジャー
マニラ首都圏スモーキーマウンテンのバラック住居を巡回し、聞き取りを行った鳥飼行博ゼミの学生たち。スラムに限らないが、トタン屋根Corrugated iron roof)は吹き飛ばされやすいので、古タイヤなど使えそうな物を載せておくことが多い。
ごみ山上の保育園

Kinder Garden 2015


保育園く
マニラ首都圏マニラ市のスモーキーマウンテンにある保育園は、キリスト教会NGOが運営している。
ごみ山上の生活人

Washing 2015

女子供
スモーキーマウンテンに住む大家族の一家にインタビューした鳥飼ゼミナールの学生たち。ぜみ家中
マニラ市スモーキーマウンテンの上の住む住民のバラック住居の中を見せてもらった鳥飼ゼミ。スクオッターsquatter:不法占拠者)。 と言われているが、フレンドリーである。

「<LOOB>スモーキーマウンテン [2010年03月27日」には、次のようにある。
「LOOBの国際協力プログラムにゴミ投棄場(スモーキーマウンテン)の地域住民支援があります。
フィリピンでは、ダイオキシンをはじめとした有害物質を吐き出すためか、ゴミ焼却場禁止法を世界で初めて制定しました。 ゴミの処分問題については、各国も頭を悩ませていて、例えばニューヨークでのゴミの処分方法の歴史を見ると、 
窓から通りへ投棄→海洋・河川へ投棄→回収・埋め立て→海洋投棄を再開→埋め立て地へ投棄→焼却処分→「衛生的」埋め立て場
と手を変え品を変えてきています。お分かりのように、ゴミの処分問題というのは、一部の国では、一部の政治家や大手ゴミ処分企業関係者による汚職が存在していて、コネや金がものをいう世界なのです。
政策レベルでは、ゴミの分別やゴミの堆肥化、再利用などは基本ですが、 私たち消費者にとっては、いかにゴミを出さないかを一人ひとりが考え、 実行することが重要なのは言うまでもありません。」


せんたく
 マニラ首都圏マニラ市のスモーキーマウンテン。有価物を再回収したのか、木炭を作って売りに行くのか、それともカモテやレモングラスを栽培して売りに行くのか。現在、最終処分場はパヤタス(Payatas)に移転しており、廃棄物がスモーキーマウンテンに持ち込まれることはない。 ここにはジープニーなど交通手段も完備している。
せんたく2
マニラ市のスモーキーマウンテンでは、廃材を利用して、木炭が生産されている。炭焼きから木炭を買い取って、下の町まで担いで行く。ごみ最終処分場は、ケソン市パヤタスに移転してしまったので、いまは新たに大量のごみが搬入されることはない。 せんたく鳥飼ゼミ
マニラ市スモーキーマウンテンに住む貧困者は、雨水を貯めて洗濯している。バラックを訪問して住民と話す鳥飼ゼミの学生たち。スモーキーマウンテンの旧ごみ山の上に、スクオッターsquatter:不法占拠者)の人たちが暮らしている。 ばらっく鳥飼2
 マニラ首都圏マニラ市のスモーキーマウンテンを訪問し、貧困生活を余儀なくされている住民にお話を伺う鳥飼行博ゼミナール。カモテ(kamote)栽培して暮らす農家が多い。 バラック鳥飼3 hspace=10
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンを訪問し、貧困生活を余儀なくされている住民にお話を伺う鳥飼行博ゼミナール。カモテ(kamote)栽培して暮らす農家が多い。2015年8月撮影。

 政府による社会保障給付費も受け取れず、生活保護支給もない状況で、スラムバラックが拡大する。 バラック鳥飼4 hspace=10
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンを訪問し、貧困生活を余儀なくされている住民にお話を伺う鳥飼行博ゼミナール。 バラック鳥飼5 hspace=10
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンを毎年訪問している鳥飼行博ゼミナール。


マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの地図

廃棄物処分場跡地の生活

 Life & Work


家族小屋1
スモーキーマウンテンの元廃棄物最終処分場では、現在100世帯以上が暮らしている。鳥飼ゼミは毎年訪問し聞き取りをしている。

政府による社会保障生活保護も不十分なため、自ら仕事を生み出す「起業」が当たり前で、これが草の根民活といわれる所以である。 かもて
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンで暮らす一家。カモテの葉っぱを栽培して、それをリヤカーで市場に運搬する。2015年8月撮影。
かもて
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンのごみ山の上で、カモテの葉っぱを栽培して、それをリヤカーで市場に運搬する。

フィリピン スモーキーマウンテンからの移住者の炭焼きによる仕事作りには、次のようにある。
「既に日本では炭万長者になることはできませんが、フィリピンではまだ人口の50%の人たちが炭を燃料にしていて、オイルやガスとかも高くなってきているので、フィリピンの一般層や貧困層にガスを使う時代が来るのかはわかりません。
炭の需要はあるので、炭万長者が出てくるかわかりませんが、食っていけて、子供たちが学校に行けるようになるほどの収入が得られるような事業がスタートできればと思います。
2日目の朝は、前日の夕方みつけたところからドラム缶を運ぶことから始めました。ドラム缶1個手に入れるのもなかなか大変で、日本のようにはいかない。」
家族3ぜみ
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンでの暮らす一家と尋ねた鳥飼ゼミナール。2015年8月撮影。

Kiva Japan  フィリピンには、次のようにある。
「Claritaさんは9人の子どもを持つ親として、一生懸命働き家族を養う既婚女性です。 Claritaさんは、フィリピンで木炭の売買をするほか、野菜の栽培・販売からも収入を得ています。ClaritaさんはNWTF*から2万5000ペソ**の融資を受け、販売用在庫として木炭を追加で仕入れる予定です。
ClaritaさんはNWTFから過去12回の融資を受けて、この商売を続けています。Claritaさんは、一生懸命働くことが、お金を貯めて商売を大きくするという夢の実現につながると信じています。
*フィリピンにある小規模金融機関で、Kivaのパートナーのひとつ。 参照URL:http://www.kiva.org/partners
**1フィリピン・ペソ(PHP)=約2.32円(2013年7月10日現在) 参照URL:http://www.oanda.com/currency/converter/ いろり
スモーキーマウンテンの上には、バラックの住居が並んでいる。煮炊きのエネルギーは、廃材を中心にしたバイオマスエネルギー。これは再生可能エネルギーである。スモーキーマウンテンの麓からトンド、LRTまでジプニーが運航している。 スラムバラックを見て回って、近所の家によらせていただき、お話を伺った。
政府による社会保障も生活保護ガイドも不十分であっても、家族は働き工夫して生活している。
スモーキマウンテンに住む貧困者も、焜炉(調理用ストーブ)を使っていた。フィリピンでは、中層以下の世帯で、料理や給湯には焜炉(こんろ)調理用ストーブを使うのがふつう。燃料は薪炭。
 パヤタスのスラム街では、炭をまとめ買いし、それを小さな袋に分けて売る木炭販売世帯がある。パヤタスの調理では焜炉(こんろ)調理用ストーブが主流。燃料は薪炭。 あかちゃん住居
マニラ首都圏パヤタススモーキーマウンテンのバラック小屋は、身近にある廃材を材料にして作られている。鳥飼行博ゼミの学生たちが一軒ずつ回ってインタビューした。
低所得層住宅地では、政府による社会保障生活保護も不十分であれば、貧しい住民の中には、やむを得ず不法占拠者となる場合もある。 男性室内1
マニラ市パヤタスに移る前の旧スモーキーマウンテンに暮らす家族。廃材やビニールシートを材料にした狭いバラックに暮らしているが、室内を見せてくれ、インタビューにも応じてくれた。ごみ山跡では農業が営まれている。 男性室内2
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンに住む家族。コミュニティ・ヘルスセンターCommunity Health Centre)のような公共施設が、ごみ山の上にあるはずもない。 洗濯
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテン上のバラック家屋では、雨水を利用して洗濯をしている。2013年8月撮影。
ごみ山に住む家族

 Family


水運び1
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテン上のバラックで、家族の暮らしがある。若いお兄さんが水運びをしていた。手伝おうとした鳥飼ゼミの学生は住民の運んでいた水タンクが重すぎてバランスが取れず、結局、担ぐことができなかった。 水運び2
洗濯のために、雨水を、バラック屋根から雨樋で大型プラスチックタンクに移して貯水する。飲料水は、麓の水道から水を買って運ぶ。若いお兄さんが運ぶ水水タンクが重すぎてバランスが取れず、結局、鳥飼ゼミの学生は、水タンクを運ぶことはできなかった

アクセス:共生社会をめざすには、次のようにある。
■地区の歴史&活動の経緯
戦後 マニラ市トンド地区にゴミ捨て場が設置される。ゴミが発酵して発生するメタンガス、それによって自然発火して出る煙から「スモーキーマウンテン」と呼ばれるようになる。ゴミ拾いで生計を立てる人々が住みつくようになる。
1995年 政府により、11月にスモーキーマウンテンが閉鎖され、住民は立ち退きさせられる。
2000年 かつてあったゴミ捨て場から少し離れたマニラ湾沿いに、現在のゴミ捨て場が設置される。ここでもまた、多くのゴミ拾いで生計を立てる人々が暮らすようになり、スモーキーマウンテンと呼ばれるようになる。
2001年 政府による立退きや嫌がらせから生活を守るため、住民組織がつくられる。ゴミ捨て場に暮らす世帯数がどんどん増加。アクセスの関係者が時折、地域を訪問するようになる。
2006年 地域内に多目的保健センターを建設。
2007年 ボランティア・ヘルス・ワーカーの育成、多目的保健センターでの健康相談など、保健衛生プログラムを本格的にスタート。年間2000人以上の手当てをしている。(引用終わり) 水はこび4
マニラ首都圏マニラ市スラムは、スモーキーマウンテンの上にもできている。

都市貧困地区 スモーキーマウンテンには、次のようにある。
「フィリピンのゴミ処理場では、ゴミを焼却せず、ゴミ捨て場に投棄(野積み)されます。一日にマニラ首都圏から出るゴミの総重量は約6,000?と言われ、それらのゴミを受け入れる捨て場は、マニラ首都圏内に複数あります。 私たちが支援する「スモーキーマウンテン」は、マニラ首都圏マニラ市トンド地区に位置しています。多くの住人は収入を得るために、ゴミの中からリサイクル可能なゴミ(鉄、銅、プラスチックなど)を拾います。一日の収入は70〜150ペソ(約150〜320円)と大変少なく、苦しい生活を強いられています。 2012年度現在、約6,500人もの人々がスモーキーマウンテンに暮らしていると言われています。スモーキーマウンテンと呼ばれ始めた由来は、自然発火したゴミの山から煙が立つ様子からです。」
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの上にあるスラム地区。もともと、廃棄物の山で住民はいなかったが、畑作を営む不法占拠者がここに住居を建築した。それが恒常的な居住地となり、住居も次第に増え、構造的にもしっかりしたものに変化した。 水運び5
 マニラ首都圏マニラ市のスモーキーマウンテンで、生活する一家。水運びに挑戦した鳥飼ゼミの学生だが、担ぐだけで動くことはできなかった。

「スクオッターの生活実践 ―― マニラの貧困世界のダイナミズム 石岡丈昇」には、次のようにある。
「スクオッターは行政サービスからは取り残されたエリアである。選挙を控えた地元政治家が集票のために道路を整備するなどを除けば、生活基盤整備が施されることはまずない。たとえば熱帯特有の強い雨が降った際には、多くの家屋が床上浸水になる。また、台風の時期には、家ごと吹き飛ばされるケースも少なくない。スクオッターは、インフラ整備の面では、脆弱な場所なのである。」

「だが、スクオッターの内部を歩いてみると、そこでは脆弱な貧困地域というイメージを覆す数々の生活の機微に触れることができる。インフラ整備が施されないため、住民は自ら生活空間を創出する。排水路を整備し、街灯を設営し、祭りを開催し、固有の生活を創造していくのだ。たしかに貧しくはあるが、そこに息づく自前性・自律性の力は相当のものだ。ここでは、そうしたスクオッターのおびたただしい生活実践を紹介していこう。スクオッター住民の生活実践を見てみると、そこが社会的周辺地域ではなく、危機を生き延びる叡智の集積する先進地域であることが読み取れるはずだ。」 水運び5
 マニラ首都圏マニラ市のスモーキーマウンテンで水を運ぶ住民。これに挑戦した鳥飼ゼミの学生だが、担ぐだけで動くことはできなかった。 水運び
マニラ市トンド地区のごみ積場跡のスモーキーマウンテンの住民で家に飲料水を運ぶ住民の力強さに感銘を受けた鳥飼ゼミナール。 水売場
マニラ市にあるスモーキーマウンテン近くのトンド地区では、飲料用の上水が販売されている。トンドのスラム住民の多くも、室内に上水道が敷設されていないので、ここで飲料水を購入する。
バラックの室内

Housing


室内はく
マニラ市スモーキーマウンテンのバラック室内。有価物回収作業、カモテ(イモ)栽培者が多い低所得層居住区がある。広い農地のあるスラムバラックは、廃棄物最終処分場の上に位置する。
室外かもて袋
2015年8月、マニラ市スモーキーマウンテンで、カモテの葉を収穫して袋に詰めた。これから出荷しようとする世帯からお話を伺った。 室外聞き取り
マニラ首都圏スモーキーマウンテンスクオッターsquatter:不法占拠者)に聞き取りをした鳥飼ゼミナール。
ざいだん模様情報 :20年ぶりのマニラ紀行(下) その後のスモーキー・マウンテンには次のようにある。
「ロハス大通りを北上し、マニラ湾に注ぐパッシング川にかかるロハス橋を渡って直進すると、およそあたりの景色と似つかわしくない高さ40メートルほどの黒々とした小山が、視界をさえぎった。これが、世界に悪名をはせたゴミ捨て場スラム街、スモーキー・マウンテン跡だった。
 もともとこの辺は、海辺の漁民の村だったそうです。ニッパヤシの漁民の家があった。昔は、カキ、ハマグリ採りの家族がピクニックにやってきた」。穴田さんの解説だ。マニラ生活17年、フィリピン人の高級官僚を夫にもつ穴田さんは、元スモーキー・マウンテンの住民たちを援助するボランティア活動のリーダーでもある。
 フィリピンの好ましからざる名所は、いつできたのか。車中、その由来を聞いた。事のおこりは1954年、マニラ市がこの場所をゴミの投棄場所に指定したことに始まる。市の清掃局のトラックは、収集した家庭ゴミを投棄していった。焼却など手間がかかるので、ゴミの山がある程度の大きさになったら、土をかぶせるつもりでいた。ところが、ゴミの中には、空きビン、空き缶、プラスチックなど再生可能な資源がある。貧しい人々には、まさに宝の山で、ゴミをあさる人々の仕事場になってしまった。現地では、この人たちをScavengerと英語読みしている。スカベンジャーたちは、ゴミの山のふもとに堀立小屋をつくり、職住超接近のスラム街を形成した。20ヘクタールほどのスモーキー・マウンテンには最盛期、5000家族、2万7000人が住んでいたという。
 汚物の中を大きな竹カゴを背負い、ゴミ漁りにはげむ老若男女。『ゴミを漁りて、山に登る。ああ、貧なるかな』であった。」
聞き取り
マニラ市の海沿いにあるごみ積場跡のスモーキーマウンテンスクオッターsquatter:不法占拠者)がスラムバラックをたてて住んでいる。

ざいだん模様情報 :20年ぶりのマニラ紀行(下) その後のスモーキー・マウンテンには次のようにある。
「あの頃のスモーキー・マウンテンは、もはやない。だが、ゴミ捨て場から1キロほど離れたところに、元住民たちに提供した30棟ほどの仮説住宅の村落があった。2階建の長屋で、一見して倉庫風だ。ここに2700家族がすし詰め状態で住んでいた。
 住民の声を聞くべく穴田さんとともに、村落に入った。1世帯に割り当てられた仮住宅のスペースは、わずか3メートル×4メートル、6畳間ひとつの大きさだ。ベニヤ板のドアをあけると、1メートル四方ほどの狭いたたきがあり、カーテン越しに部屋の中が見える。窓が小さい。廃物利用とおぼしきテーブルと小さな戸棚がある。部屋の中にはトイレも洗面所もない。屋内の廊下や階段には、所狭しと洗濯物が吊るしてある。」(引用終わり)

要介護世帯の生活

 Elderly Care


宅聞き取り
スモーキーマウンテンスクオッターに聞き取り調査。室内でハンモックを張り寛いでいる所をお邪魔した。 宅聞き取りゼミ hspace=10
マニラ首都圏スモーキーマウンテンスクオッターの人たちからお話を伺った鳥飼ゼミナール。

「私の夢は大人になるまで生きたい」人権コラム(平成23年11月11日号) には、次のようにある。
「先日、沖縄在住のビデオカメラマン、池間哲郎さんの話の入ったCDを聴く機会がありました。
 池間さんがフィリピンのマニラ市にあるスモーキーマウンテンで働いている六歳の女の子に、あなたの夢は何ですかと聞くと、笑顔で「私の夢は大人まで生きることです」と話したそうです。
 スモーキーマウンテンとは、ゴミ捨て場を中心に広がる世界有数のスラム地域で、そこには三万人が暮らしています。生活のために裸足でゴミの中からビンや空き缶を拾い、お金にかえています。三歳の子どもも働いています。貧しいので食事は一日に一回で、生き延びるのが非常に難しい状況です。十五歳まで生き延びる子どもは三人に一人ともいわれています。  こうした環境の中でも、多くの子どもたちは、両親と暮らし、お母さんやお父さんを大事に思い、非常に尊敬しています。子どもたちも働いているので親の素晴らしさが分かっているのです。池間さんは一生懸命に生きている子どもたちが自分の人生の師に思えたそうです。
 私はこの話を聴いて、子どもたちは苦しみや痛みを家族と共有しているから、お金や物がなくても家族とのつながりを強く持って暮らしているのだろうと思いました。また、大人になるまで生きられない子どもがいるという現実の中で、社会同和教育指導員として命や人権の大切さを伝えることの重みを改めて認識させられました。  (社会同和教育指導員・西村正元) 」 老人宅聞き取りゼミ
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテン鳥飼行博ゼミは、元のごみ山の上にできた農地を見学させていただき、聞き取りを行った。ここは、生ごみのたい肥化場所ではないが、ごみを覆うために土が被せられている。
 政府による社会保障生活保護も不十分であるからこそ、スラムではリサイクル小規模事業=草の根民活の動きがある。 老人宅
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの上にあるバラックに住む足の不自由な婦人。バラックの周囲にはカモテが植えられている。スモーキーマウンテンで一番盛んな生業は、カモテ(Kamote)栽培である。 老人宅
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンは、かつて廃棄物最終処分場があったが、今はケソン市パヤタスに移っており、そこが第二のスモーキーマウンテンと呼ばれるようになった。ここのバラックで、足の不自由な母親の介護をしながら生活をしている。
スラムバラック2013老人
マニラ首都圏マニラ市スラムバラック。屋根は、袋やトタンで覆っている。壁は、ベニヤ、トタン板、幕屋を張った構造である。2013年8月撮影。

フィリピン スモーキーマウンテンからの移住者の炭焼きによる仕事作り試作1日目(子供たちの洗礼、材料集め)には、次のようにある。 
「フィリピン人は怠けものの傾向があるとよく言われていて、確かにそのような一面はあるものの、スモーキーマウンテンから政府の進める移住計画で、移住先のバティアにある日本で言う仮設住宅っぽい長屋の人たちと一緒に過ごしていると、目を見張るほどの働きっぷりをしていることがある。バティアだけでなく、マニラでも「オレだったら3日どころか、30分でもやりたくない、いや、できないだろうなという仕事に出くわすことがある。いくつかをあげてみると、
1.灼熱の車道の真ん中で、片手にタバコやお菓子や水、ジュースなどの入った棚のような箱のようなものを抱えて、道行く車たちに販売。危険だし、タバコと木製っぽい棚だけでも結構な重さっぽいのに、そのうえ人によっては水のボトルを何本も。腕がどんだけ疲れるんだろう。

2.石を運ぶ女性。バイクの脇にサイドカーみたいなのがついて、人や荷物を運んでいるトライシクルという乗り物があって、その自転車バージョンをなんと言うのかわからないが、移住先のバティアでもよく魚屋とかパン屋とかゴミ集めとかが行商にきたり地域内で回っていたり、子供たちの遊び道具や井戸でくんだ水の移動に使われていたりする。」

農作物

Products 2013


ガビ
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンで栽培されているガビ。gabiは、タガログ語/ビコール語で、タロ芋あるいは里芋のこと。第二のスモーキーマウンテンが、ケソン市パヤタスにできたが、その周囲にはスラム街が広まっている。ただし、自治組織バランガイが組織されており、その運営になるリサイクル施設がある。ラックを保有して、分別した有価物を工場に運搬、売却して利益を上げている。 イモ
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンにあるサツマイモ(Kamote)とガビ(タロイモ)の畑。
 下は、マニラ北港は内貿貨物および旅客の基地となっており、水深5m〜8m、長さ220m〜250m、幅80m〜100mの9つの桟橋により構成される櫛形港湾(岸壁総延長1,200m)である。主として国内コンテナの取り扱いに利用されている。 カモテカホイと北港
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンにあるレモングラスの畑。レモングラスは香りがよいため、お茶や薬草として使われるが、販売用に栽培されている。スラムバラックに住む子供たちの玩具は、ごみとして捨てられたものを回収したリサイクル品や拾った廃材・プラスチックを材料とした自作のもの。

スモーキーマウンテンの上水道

Agricultural Products


水供給1北港
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンにあった廃棄物最終処分場に、棲みついた貧困者。飲料水の供給は、下町の水道管から水を引き給水できる場所が1カ所だけある。しかし、水圧が低く、タンクに水をためるのに数十分かかってしまう。そこで、ここで水汲みをしているのは、おもに子供たちで、10リットル以下のボトルに水をため、自宅に運んでいる。
ごみ処分場は、パヤタスに移転した。 水供給2北港
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンのすぐ西側はマニラ北港。下町から、旧廃棄物処分場跡地まで、ゴムホースによって上水道が供給されている。ただし水圧が低く、水をためるのに時間がかかる。周囲は、スモーキーマウンテンの上で栽培されているカモテ、カモテカホイ(キャッサバ)、レモングラス。 水供給3北港
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンでは下町から、ゴムホースによって上水道が供給されている。しかし、これによって水を賄っている世帯は、全住民の1割ほどと思われる。
マニラ北港の先に、ごみ埋め立て地にもあるが、より大規模な最終処分場は、ケソン市パヤタスにある。 水供給4北港
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンでは下町から、ゴムホースによって上水道が供給されている。しかし、これによって水を賄っている世帯は、全住民の1割ほどと思われる。 スモーキーマウンテン
鳥飼行博ゼミでは、マニラ首都圏マニラ市スラムから、スモーキーマウンテンに上り、そこにバラックを建てて住んでいる人たちに聞き取り調査をした。水汲みに来ているが、水道の水圧が低く、水がたまるのは遅い。そこで待っている間、子供たち同士で遊んでいる。

トンドの上水道

Agricultural Products


水場
トンド地区の水売り場。上水道を敷設されている世帯が、ゴムホースで水を買いに来た人たちに水を売る。水を買いに来る人は、カリトン(荷車)にドラムタンク、コンテナタンクなど水容器を乗せて運んでくる。 水場
トンド地区の水売り場。上水道を敷設されている世帯が、ゴムホースで水を買いに来た人たちに水を売る。水を買いに来る人は、カリトン(荷車)にドラムタンク、コンテナタンクなど水容器を乗せて運んでくる。 水場
トンド地区の水売り場。上水道を敷設されている世帯が、ゴムホースで水を買いに来た人たちに水を売る。水を買いに来る人は、カリトン(荷車)にドラムタンク、コンテナタンクなど水容器を乗せて運んでくる。

スモーキーマウンテンの農作物

Agricultural Products


カモテ畑
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンで栽培されているカモテ(サツマイモ)、バナナレモングラスの畑。都市部のスラムでも農業が行われている。 かもて2
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの上で栽培されているカモテやレモングラス。若いレモングラスが植えられている。 かもて3
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの居住者たちは、カモテ、レモングラスを販売用に栽培し、バナナを自家消費用に栽培する。 かもてトライシクル1
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの居住者たちは、カモテの葉を収穫して、束ねる。そして、自転車式のトライシクルに乗せて、近くの市場に販売に行く。 バナナ
スモーキーマウンテンの旧ごみ集積場跡地で栽培されているバナナ、レモングラス、カモテ佳カホイ。 バナナ
スモーキーマウンテンのバナナ栽培地、カモテ栽培地を巡る鳥飼ゼミナール。
パヤタススラムでもレモングラス、カモテ(イモ類)、バナナ、トウモロコシなど農作物のガーデニングをしている。
パヤタススラムでもレモングラス、カモテ(イモ類)、バナナ、トウモロコシなど農作物のガーデニングをしている。

スモーキーマウンテンの商業

Garbage-dump 1978


さりさり1 hspace=10
1978年のマニラ市のごみ捨て場。マニラ湾岸トンド近くのスモーキーマウンテンSmokey Mountain)の上にあるサリサリストア。

スモーキマウンテンの上には都市インフォーマル部門urban informal sector)もある。路上での販売が規制されていようとも都市インフォーマル部門urban informal sector)の労働集約的産業が住民の生活の糧となっている。マニラ首都圏の商業地区の横断歩道で、カラマンシ(レモン)を袋に入れて売っている「立ち売り」もいる。政府による社会保障給付費も受け取れず、生活保護支給もないからこそ、草の根民活の都市インフォーマル部門が興隆する。マニラ首都圏ケソン市パヤタスからジプニーで10分のリテックにも貧困者が多いが、ジプニーやトラックが行き交っているので、公共交通機関には不自由しない。 さりさり2
マニラ市トンドのスモーキーマウンテン(Smokey Mountain)はごみ捨て場跡地。そのスモーキーマウンテンの上に住む住民の中にサリサリストアを営む世帯が10軒ほどある。
政府による社会保障給付費も受け取れず、生活保護支給額もゼロであるからこそ、スラムに草の根民活が発達する。

サリサリストア
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの上バラックのサリサリストアで鳥飼行博ゼミ学生たちは買い物をした。同じスモーキーマウンテンに住む子供たちが買いに来ている。2013年3月撮影。 サリサリストア
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの上にある商店(サリサリ)で働く女の子。翌年、同じ女の子に聞き取りをしたら、既婚者で、赤ちゃんもいた。この時既に結婚していたのかもしれない。2013年8月撮影。
パヤタスダンピングサイト

 Payatas Dumping Site 2002


パヤタス有価物回収
2002年2月、ケソン市パヤタスごみ集積場の入り口:ここからダンプカーでゴミを搬入する。スカベンジャーもここから入ってくる場合が多い。ごみ運搬ダンプカー出入り口には、空き缶ごみ運搬トラックやダンプカーでつぶしてもらうように置いてある。打ち捨ててあるのではなく、空き缶を集めたスカベンジャーの占有物である。 パヤタス有価物回収
2002年2月、パヤタス最終処分場ゲート近くで、ごみとして出された廃棄物から、空き缶などの有価物を収集してたスカベンジャー。これからジャンクショップに売りに行く。
 2011年には、このメインゲートには柵ができて、出入り口も舗装されて、ごみ山とは見えないように花壇や緑で覆われている。出入り口付近のジャンクショップ仮小屋、住居も撤去されている。
スモーキーマウンテンの家族

Children Dreaming


若夫婦1
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンの若い夫婦。 若夫婦2
マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンにできたバラック家屋に住む若い夫婦。赤ちゃんのポリオが心配だ。
  政府による医療保険生活保護も不十分であっても、家族が病気になっても、治療が受けられない。マニラ市トンドでは、裏通りいっぱいに家ができている。
政府による社会保障生活保護も不十分であるからこそ、民活はしぶとく粘り強い。
東海大学

Tokai University 2015

スモーキーマウンテン登り口鳥飼ゼミナール
鳥飼行博ゼミでは、毎年、マニラ首都圏マニラ市スモーキーマウンテンに上り、そこにバラックを建てて住んでいる人たちに聞き取り調査をしている。
マニラ市のスモーキーマウンテンに住民のお宅にお伺いし、インタビューした鳥飼ゼミナール。室内を見せていただいた。スモーキーマウンテンの上には、カモテ、ガビ、レモングラスの栽培地があり、そのほか露店も(都市インフォーマル部門urban informal sector)もある。会社に雇用される機会がない以上、収入を得るには都市インフォーマル部門urban informal sector)に雇用機会を見出すしかない。 噴水
鳥飼行博ゼミでは、毎年、マニラ首都圏マニラ市マニラ市でゼミ研修を実施している。サンタ・ クルーズ・パリッシュ・チャーチ、カリエド近くにあるスペイン風の噴水キャリエド・ファウンテン(Carriedo Fountain)に集った鳥飼ゼミナール。ここは、中国人街、スモーキーマウンテン、イントラムロスに行くにも便利な場所だ。 噴水2
鳥飼行博ゼミでは、毎年、マニラ首都圏マニラ市マニラ市でゼミ研修を実施している。カリエド駅(Carriedo LRT Station)すぐ近くにあるスペイン風の噴水に集った鳥飼ゼミナール。18世紀、ガレオン船の交易で財を成したドン・フランシスコ・デ・キャリエド(Don Francisco de Carriedo)は、1万ペソの資材を投じて、マニラの上水道を整備したが、それを記念するのが、1891年のキャリエド噴水(Carriedo Fountain)。サンタ・ クルーズ・パリッシュ・チャーチの眺めがよい。
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鳥飼 行博 TORIKAI Yukihiro
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