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◆ロッキード・ベンチュラ(Lockheed Ventura)PV-1哨戒爆撃機
写真(上)1941年以降、斜め上方から俯瞰したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・PV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura)
:ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に銃座は設けられていない。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed, PV-1, Vega Ventura Title: Lockheed, PV-1, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, PV-1, Vega Ventura Repository: San Diego Air and Space Museum Archive Designation: PV-1
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 01_00092027引用。



写真(上)1943年2月23日、アメリカ東部、ワシントンD.C. アナコスティア(Anacostia)海軍基地の上空を飛行する 、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・PV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1 Ventura)
:1942年初頭に制定された、青丸白星(赤縁取りの白袖なし)の国籍記章を描いている。
Title:Lockheed PV-1 Ventura Patrol Plane (Bu# 29724) Caption:In flight over NAS Anacostia, D.C., on 23 February 1943. Description: Catalog #:NH 94916 Copyright Owner:Naval History and Heritage Command Original Creator: Original Date:Tue, Feb 23, 1943
写真は,Naval History and Heritage Command NH 94916 Lockheed PV-1 Ventura Patrol Plane (Bu# 29724) 引用。



写真(上)1943年夏、アリューシャン列島、爆弾搭載作業中のアメリカ海軍飛行場、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・PV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1 Ventura)
:トラックが爆弾を専用トレーラーに乗せて運搬してきた。濃霧の作戦地なので、1943年以降に制定された、赤縁取りの白袖青丸白星の機首に大きく国籍記章を描いている。
Title:LOCKHEED PV-1 VENTURA patrol plane Caption:Loaded with bombs at an Aleutians Airbase, circa summer 1943. Note use of chain fall hoist mounted on back of a truck. Description: Catalog #:80-G-K-14626 Copyright Owner:National Archives
写真は,Naval History and Heritage Command 80-G-K-14626 LOCKHEED PV-1 VENTURA patrol plane 引用。



写真(上)1945年5月、フランス植民地モロッコ、ポール・リョーテ(Port Lyautey)海軍基地(現ケニトラ)、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・PV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1 Ventura)
:1933年以降、初代モロッコ総督ユベール・リョーテ将軍にちなみポール・リョーテ(Port Lyautey)と命名された港町は、1913年に軍港としてフランスによって開かれた。1956年の独立と同時に「小さな橋」を意味する「ケニトラ」に変更された。
Title:N.A.S. Port Lyautey, Morocco. Caption:Three Lockheed PV-1 VENTURA patrol planes taxi to the staring position on the runway, guided by the plane director's red flag and yellow jeep, circa May 1945 Description: Catalog #:80-G-K-5246 Copyright Owner:NARA Original Creator: After this Year:1940 Before this Year:1949
写真は,Naval History and Heritage Command 80-G-K-5246 N.A.S. Port Lyautey, Morocco. 引用。


1.ロッキード(Lockheed)モデル Model 14「スーパー・エレクトラ」輸送機

写真(右)1939年−1941年12月以前、アメリカ、トランスカナダ航空(Trans Canada Airlines)のロッキード・スーパーエレクトラ14N(Lockheed Model 14-H2 Super Electra):1939年に就役した機体だが、1960年代まで使用された。
Lockheed, Model 14-H2, Super Electra Catalog #: 01_00091662 Title: Lockheed, Model 14-H2, Super Electra Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA, Aircraft originally delivered to Trans Canada Airlines in 1939. Still flying as corporate transport until scrapped in the mid '60s. Tags: Lockheed, Model 14-H2, Super Electra Repository: San Diego Air and Space Museum Archive Designation: Model 14-H2 From the Collection of Charles M. Daniels
写真は,San Diego Air and Space Museum Archive2・引用。


アメリカのロッキードLockheed)社は、それまでオリオン(Orion)のような木製の飛行機を生産していた。他方、ロイド・シャーマン(Lloyd Stearman)とホール・ハイバード(Hall Hibbard)の設計になるロッキード(Lockheed)モデル Model 10 エレクトラ輸送機は、ロッキード初の全金属製飛行機となった。 エレクトラとは、夜空のプレアデス星団(Pleiades)の恒星からの命名である。試作機は、1934年2月23日に初飛行した。

ロッキードLockheed)(Lockheed)モデル Model 10A「エレクトラ」(Electra)は、民間輸送機として、アメリカ以外では、オーストラリア(Australia)、ブラジル(Brazil)、カナダ(Canada)、チリ(Chile)、キューバ(Cuba)、チェコ(Czech) 、メキシコ(Mexico)、オランダ(Netherland)、ニュージーランド(New Zealand)、パナマ(Panama)、ポーランド(Poland)、ルーマニア(Romania)、イギリス(United Kingdom)、ユーゴスラビア(Yugoslavia)で使用された。

写真(右)、機首左側面の貨物室の扉を開けて積み下ろし作業をしているロッキード(Lockheed)14 スーパー・エレクトラ(Super Electra)輸送機
Lockheed : 14 : Super Electra Catalog #: 00068237 Manufacturer: Lockheed Designation: 14 Official Nickname: Super Electra Notes: Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真は San Diego Air and Space Museum Archive2・引用。


ロッキードLockheed)モデル Model 10「エレクトラ」(Electra)輸送機は、双発・単葉の全金属製引込み脚の高速輸送機で、同じく1930年代のアメリカで生産されたボーイング(Boeing)247双発輸送機、ダグラス(Douglas)DC-2双発輸送機と並んで、アメリカの航空技術の優秀さを世界に誇示することができた。

ロッキードLockheed)モデル Model 10A「エレクトラ」(Electra)は、軍用機として、アメリカ軍以外では、アルゼンチン空軍(Argentine Air Force)、ブラジル空軍(Brazilian Air Force)、カナダ空軍(Royal Canadian Air Force)、ホンジュラス空軍(Honduran Air Force)、ニカラグア空軍(Nicaragua Air Force)、スペイン空軍(Spanish Republican Air Force)、日本軍、イギリス空軍(Royal Air Force)、ベネスエラ軍(Venezuela)で採用されている。

⇒写真集Album:ロッキード・スーパーエレクトラ(Super Electra)輸送機 見る。


2.ロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機

写真(右)1941年、アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス郡バーバンク(Burbank)、ロッキード・ハドソンMark V爆撃機(Lockheed Hudson V)の生産ライン:第二次大戦は1939年9月に始まっていたが、アメリカは1941年12月までは、中立国の立場で、イギリスへの軍事援助をしていた。
Lockheed Hudson V production line Burbank plant 1941 [Lockheed X3788 via RJF] Title:Lockheed Hudson V production line Burbank plant 1941 [Lockheed X3788 via RJF] - Catalog:17_000279 - Filename:17_000279.tif - ---------Image from the René Francillon Photo Archive. Having had his interest in aviation sparked by being at the receiving end of B-24s bombing occupied France when he was 7-yr old, René Francillon turned aviation into both his vocation and avocation. Most of his professional career was in the United States, working for major aircraft manufacturers and airport planning/design companies. All along, he kept developing a second career as an aviation historian, an activity that led him to author more than 50 books and 400 articles published in the United States, the United Kingdom, France, and elsewhere. Far from “hanging on his spurs,” he plans to remain active as an author well into his eighties.
写真はSan Diego Air and Space Museum Archive,SDASM Archives ・PictionID:43264718 引用。


ロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機は、ロッキード社で製造されたアメリカ製爆撃機である。初飛行は、1938年12月10日で、1939年9月の第二次世界大戦勃発直後だった。ロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機は、第二次世界大戦の勃発を危惧したイギリス空軍・オーストラリア空軍が空軍力を急遽増強するために、ロッキードのモデル14「スーパー・エレクトラ」輸送機が原型とした軍用仕様の要求を出した。

写真(右)1940-1943年頃、イギリス北端、スコットランド、ウィック(Wick)基地、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson) Mark I爆撃機(登録コード:N7264 'QX-Q')の右側面:ノルウェーに出撃、帰還した。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945.
Groundcrew examine a badly-damaged Lockheed Hudson Mark I, N7264 'QX-Q', of No. 224 Squadron RAF on its return to base at Wick, Caithness, from a sortie over Norway. N7264 was one of a battle flight of three Hudsons providing long-range fighter cover for Allied troops in Norway. While flying over Romsdal fjord in Andalsnes they were mistakenly fired on by HMS CURACOA. One Hudson was shot down and N7264 suffered severe damage to its wings and flaps, as well as two burst tyres. Despite this, Pilot Officer H O'Neill managed to bring his aircraft back to Wick where he made a safe touchdown. Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official
写真は,Imperial War Museums CH 46引用。


ロッキード・ハドソンMk.I爆撃機(Lockheed Hudson Mk.I)の諸元
搭乗員:6名
全長:19.96m
全幅:14.33m
全高:4.80m
翼面積:51.19平方メートル
自重:5,484kg
全備重量:7,938kg
発動機:ライト(Wright) GR-1820サイクロン (Cyclone)空冷星型9気筒エンジン 1,100馬力2基
最大速度:357km/h(高度2,400m)
巡航速度:249km/h
上昇率:305m/分
実用上限高度:6,400m
航続距離:1,835km
爆弾搭載量: 1,600ポンド(726kg)
ブローニング7.7ミリ連装機銃搭載の動力旋回銃座1基、機首上部前方固定7.7ミリ機銃2基

写真(右)1941−1943年頃、飛行するイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機Mark.IIIの下面:引込み式の胴体下腹部旋回機関銃を装備したのがMark.IIIだが、エンジンは1,100馬力のライト(Wright)R-1820サイクロン9(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン装備で、これは、ハドソンMark.I、Mark.IIと共通である。
HUDSON MARK 3 (LOCKHEED). Creator Two Wright Cyclone Engines. Aircraft of No.206 squadron R.A.F
写真はImperial War Museums,IWM Catalogue number IWM (CH 6570)引用。


ロッキードLockheed) 14 スーパー・エレクトラ(Model 14)を軍用仕様にしたのが、ロッキード・ハドソン哨戒爆撃機である。当時、イギリスは、ドイツとの抗争中であり、自国の航空機生産だけでは、戦力増強が困難だった。そこで、アメリカに支援を要請したのであるが、アメリカ軍も爆撃機を必要としており、供給能力に余裕はなかった。そこで、民間商業機のロッキード 14 スパー・エレクトラ(Lockheed Model 14)を軍用に使用するために改修することととしたのである。

第二次大戦は1939年9月にヨーロッパで対ドイツ戦争として始まっていたが、アメリカは、1941年12月の日本軍によるフィリピン・ハワイへの攻撃までは、中立国の立場だった。しかし、アメリカ合衆国ルーズベルト大統領は、1941年3月11日に武器貸与法(Lend-Lease Acts)を可決させ、イギリスへの軍事援助をしていた。そして、1941年8月にイギリス同盟国カナダのニューファウンドランド沖で、イギリス首相チャーチルと会談し、大西洋憲章を発表して、反枢軸国の立場を表明した。

イギリス軍の制式したブローニング(Browning)7.7ミリ機関銃の原型は、アメリカのブローニングM1919機関銃で、後者は第一次世界大戦末期にアメリカで開発された口径7.62ミリの空冷機関銃である。イギリス軍は、後継7.7ミリ(7.69?)の.303ブリティッシュ弾(薬莢は縁ありのリムド)を制式していたので、後継は7.7ミリに変更されている。

イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機は、胴体下面に開閉式扉の付いた本格的な爆弾倉を設けているが、爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、都市爆撃ではなく船舶攻撃や爆雷を搭載しての対潜水艦作戦といった主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。

写真(右)1940-1942年頃、イギリス、イギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の爆弾倉:爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、都市爆撃ではなく、潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。
Original wartime caption: This Hudson aircraft flying low in a thick haze over the Atlantic coast of France searching for its target, struck the sea, shuddered violently and bounced off the water. The port engine cut out and thinking a sea landing might be necessary the wireless operator sent out an S.O.S. The pilot nursed the aircraft and managed to make his home station where all the crew landed safely. The damage to the bomb doors..Creator Royal Air Force official photographer (Photographer)
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 4472)引用。


ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体後部右側にある扉は、搭乗員の出入りの時には外側に開くので、飛行中は空気抵抗のために開けることはできない。しかし、高空で隙間から冷たい外気が機内に流入すると機内温度の低下、気圧の低下が、搭乗員にとって負担となる。そこで、扉から外気が流れ込まないように、気圧低下を軽減できるように、扉内側のバルジが気圧低下時に膨張して隙間を埋める工夫がなされている。

写真(右)1940年5月以降、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体後上方の回転動力銃座とブローニング7.7ミリ連装機関銃:真横から見た回転動力銃座には、後方に銃手がいて、前方にブローニング7.7ミリ連装機関銃があり、その中間に光像式射撃照準器が備えられてるのが明瞭にわかる。銃手のための防御装甲板は設置していないようだ。
Leading Aircraftman Walter 'Spike' Caulfield in the turret of a Hudson of No 206 Squadron. Caulfield was awarded the Distinguished Flying Medal for an action on the evening of 31 May 1940, in which his aircraft fought off several Me 109s over Dunkirk.t.
Creator Hensser H (Mr) Royal Air Force official photographer
写真はImperial War Museums,IWM IWM (CH 301)引用。


イギリスは、ロッキード14 スーパーエレクトラ輸送機を原型とする爆撃機の開発をロッキードに出し、それを受けたロッキードがロッキード・ハドソン爆撃機Mark I(Lockheed Hudson Mark I)を開発した。イギリス空軍にロッキード・ハドソン爆撃機は、1939年5月に配属され、沿岸航空隊で主に哨戒、偵察に当たった。対Uボート潜水艦制圧作戦にも従事している。

ロッキード14スーパーエレクトラ(Lockheed Model 14 Super Electra)輸送機から発展したロッキード・ハドソン爆撃機 ロッキード・ハドソン爆撃機は、1938–1943年の間に2,941機が生産された。内訳は1,100馬力のライト(Wright)R-1820サイクロン9(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン装備の350機のMk I、20機のMk II、1,200馬力のプラット&ホイットニー(Pratt & Whitney )R-1830 ツイン・ワスプ(Twin Wasp)空冷星形14気筒エンジン装備の309機のMk V、450機のMk VIである。

ロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)の性能は軍用機として満足できるものだったため、アメリカ陸軍航空隊・アメリカ海軍航空隊も、イギリス・オーストラリアに倣って軍用仕様の哨戒爆撃機として制式した。

カラー写真(右)1940−1941年、アメリカ、アメリカ陸軍航空隊のロッキード(Lockheed)A-29-LO ハドソン(Hudson)爆撃機((s/n 41-23403)):胴体下腹部旋回機関銃を装備したのはハドソンMark.IIIと共通している。発動機はA-28が1,200馬力のプラット&ホイットニー(Pratt & Whitney )R-1830 ツイン・ワスプ(Twin Wasp)空冷星形14気筒エンジン装備で82機の生産なのに対して、A-29は1,200 hp (890 kW) ライト R-1820 サイクロン 9(Wright R-1820 Cyclone 9)装備で418機生産と異なる。A-29は、アメリカ陸軍航空隊に153機が引き渡され、残りは武器貸与法に基づいてイギリス空軍に引き渡された。A-29を輸送機仕様としたA-29Aは、武器貸与法にも続いて384機がイギリスとオーストラリア、カナダなどドミニオンに貸与されハドソン IIIAと呼ばれた。アメリカ海軍に20機が引き渡されPBO-1と命名され使用された。さらに練習機としたAT-18が300機生産されたが、銃手訓練用のAT-28は217機、航法訓練用で胴体腹部銃座を撤去したAT-18Aは83機生産されている。
A U.S. Army Air Force Lockheed A-29-LO Hudson (s/n 41-23403) in flight. Date circa 1941 Source National Museum of the U.S. Air Force photo 051122-F-1234P-014 Author USAAF
写真はWikimedia Commons,IWM File:Lockheed A-29 Hudson USAAF in flight c1941.jpg引用。


アメリカで1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機は、発動機プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney)R-985ワスプ・ジュニア空冷星形9気筒エンジン440 hp (328 kW)2基を装備していた。この発動機をライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン850 hp (630 kW)に変換強化し、若干大型化したのが、1937年7月29日初飛行のロッキード・モデル14スーパー・エレクトラ輸送機である。そして、スーパーエレクトラ輸送機の爆撃機仕様が、イギリス軍が発注し制式したロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)軽爆撃機である。

カラー写真(右)1941−1943年頃、飛行するアメリカ陸軍航空隊のロッキード(Lockheed)A-29ーLOハドソン(Hudson)爆撃機(s/n 41-23403):引込み式の胴体下腹部旋回機関銃を装備したのがMark.IIだが、エンジンは1,200 hp (890 kW) のライト(Wright)R-1820サイクロン9(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン装備で、これは、ハドソンMark.I、Mark.IIと共通である。
A U.S. Army Air Force Lockheed A-29-LO Hudson (s/n 41-23403) in flight. Date circa 1941 Source National Museum of the U.S. Air Force photo 051122-F-1234P-014 Author USAAF
写真はWikimedia Commons,IWM File:Hudson V 48 Sqn RAF in flight 1942.jpg引用。


⇒写真集Album:ロッキード(Lockheed)・ハドソン(Hudson)爆撃機 見る。


3.ロッキード(Lockheed)18 ロードスター(Lodestar)輸送機

1937年初飛行のロッキード 14 スーパーエレクトラ輸送機は、高性能を追求したために、高価格となり、経済性がダグラスDC-3より劣ったために、販売実績は思わしくなかった。そこで、ロッキード 14 スーパーエレクトラ輸送機の経済性を改善するために、乗客を増やすこととし、そのために胴体後部を長して座席数を増設したのが、ロッキード 18 ロードスター輸送機である。ロッキード 18 ロードスター輸送機の試作1号機の初飛行は、1939年9月21日で、生産機は1940年2月2日に初飛行した。ロッキード 18 ロードスター輸送機の生産機数は、625機である。

写真(右)1941年8月4日、アメリカ、カリフォルニア州サンフランシスコ(San Francisco)、アメリカ海軍長官専用機となったロッキード(Lockheed)R5O-1「ロードスター」(Lodestar)輸送機 (製造番号:4250):星条旗を模した国籍記章は、青地の丸に白星、星中央に赤丸の1942年初頭まで使用された形式である。太平洋戦争勃発後に、このアメリカの国籍記章は、青地の丸に白星となり、星中央の赤丸は廃止されている。
Description Description Lockheed R5O-1 (4250) staff transport for the Secretary of the Navy. At San Francisco on August 4, 1941.
Date 24 March 2010, 21:21 Source Lockheed R5O-1 Author Bill Larkins
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 Lodestar File:Lockheed C-60A Lodestar ‘AM711 - AM’ (N3779G) (26703464486).jpg引用。


アメリカ軍機の国籍マークは、国旗の星条旗を模した国籍記章で、青地の丸に白星、星中央に赤丸を描いたものだった。しかし、太平洋戦争が勃発した後、1942年初頭になると、国籍記章は、青地の丸に白星だけとなり、星中央にあった赤丸は廃止されている。

エル・アラメインは、南方のカッターラ低地のため、自動車の交通が困難で、アフリカ西側からエジプトに唯一のルートといってよかった。そこで、1941年7月1日、ドイツアフリカ軍団(DAK)ほかドイツ・イタリア枢軸軍の司令官エルヴィン・ロンメルErwin Eugen Rommel)将軍は、エル・アラメイン正面を攻撃したが、3週間後には、攻撃を継続できなくなり、撤退した。アメリカから、1941年に成立した武器貸与法に基づいて、M3中戦車、M4中戦車、P-40戦闘機など軍事援助を受けたイギリス軍は、1941年10月23日、大反攻に転じた。また、1942年11月8日には、トーチ作戦Operation Torch)に基づいて、アメリカ軍を中核とする西側連合軍はモロッコとアルジェリアへ上陸し、枢軸軍を東西から挟撃した。1943年5月7日、西側連合軍は、チュニジア北部の要港、ビゼルトとチュニスを占拠し、5月13日、北アフリカの枢軸国軍を降伏に追い込んだ。

写真(右)1943年、南アフリカ空軍第234飛行中隊(234 Squadron SAAF)のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機の前に立つ南アフリカ連邦首相ヤン・クリスティアン・スマッツ(Jan Christian Smuts)元帥::南アフリカ連邦は、大英帝国のドミニオン(自治領)として、1939年9月3日、イギリスとともにポーランドを侵略したドイツに対してすぐに宣戦布告している。 軍用輸送機は、オリーブドラブの迷彩塗装を施されることが多かった。トルコは、第二次世界大戦には参戦していないので、カイロとの運航には軍用機ではなく民間機を使用した。
ROYAL AIR FORCE OPERATIONS IN THE MIDDLE EAST AND NORTH AFRICA, 1939-1943.
Object description Lockheed Lodestar, 1371, of a SAAF air ambulance unit, waits to evacuate casualties at a landing ground in the Western Desert..
Creator Clark N S (F/O) Royal Air Force official photographer
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CM 2808)引用。


1939年9月のイギリスの対ドイツ宣戦布告と同調して、イギリス自治領(ドミニオン)の南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダも第二次世界大戦に参戦した。しかし、アメリカは、1941年12月まで、参戦していない。

西側連合軍は、1943年7月10日、ハスキー作戦(Operation Husky)にのっとって、イタリアのシチリア島西海岸に上陸した。ムッソリーニが失脚した後の1943年9月8日、イタリア王国は降伏した。しかし、その直後、ドイツ軍によってイタリア本土が占領され、イタリア国内での戦闘は、1945年春まで続いた。

イギリス連邦コモンウェルス(British Commonwealth)、1939年以前の自治領ドミニオンDominion)である南アフリカ連邦は、1939年9月3日、イギリスとともにポーランドを侵略したドイツに対して宣戦布告した。ヤン・クリスティアン・スマッツJan Christian Smuts)は、1870年イギリス領ケープ植民地マームズベリー、アフリカーナーAfrikaners)の大農園主の息子として生まれ、1899年ボーア戦争ではイギリス軍と戦った。1910年、南アフリカ連邦が樹立されると、スマッツは内務大臣兼国防大臣の要職に就いた。

ヨーロッパから南アフリカに移住したアフリカーナーAfrikaners)出身でイギリスとも戦ったことのある ヤン・スマッツJan Smuts)は、1914年から1918年の第一次世界大戦では、南アフリカ連邦軍を指揮して、南西アフリカのドイツ軍を制圧し、東アフリカでは、イギリス軍を率いてドイツ軍と戦っている。第一次大戦中の1917年から1919年までイギリス戦時内閣に加わり、1919年から1924年、1939年から1948年には南アフリカ連邦首相に就任している。

写真(右)1943年頃、トルコ、アンカラ、イギリス海外航空(British Overseas Airways Corporation :BOAC)のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機(登録コード:G-AGIL):イギリス海外航空は、国営航空会社として、1939年11月24日, イギリス ロンドンに設立された。当時、カイロ=アンカラ間を、1週間に3便を運航していた。トルコは、第二次世界大戦には参戦していないので、カイロとの運航には軍用機ではなく民間機を使用した。
BRITISH OVERSEAS AIRWAYS CORPORATION AND QANTAS, 1940-1945.
Object description Lockheed 18 Lodestar, G-AGIL"Lake Nyasa", of BOAC taxying at Ankara, Turkey, before taking off on the thrice-weekly service to Cairo...
Creator Royal Air Force official photographer
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CNA 3627)引用。


イギリス海外航空(British Overseas Airways Corporation :BOAC)は、国営航空会社として、1939年11月24日, イギリス ロンドンに設立された。戦後、1974年3月31日、イギリス海外航空(British Overseas Airways Corporation:BOAC)イギリス欧州航空と合併して現在はブリティッシュ・エアウェイズ(British Airways)となり、解散している。

写真(右)1947年4月、アメリカ合衆国、マサチューセッツ州コンコ―ド(Concord)飛行場、アメリカ陸軍航空隊所属のロッキード(Lockheed)C-60「ロードスター」(Lodestar)輸送機 :国籍記章もない無塗装でジュラルミンが銀色に光っている。
This is an example of what drives enthusiast / photographers crazy. The C-60 has been stripped of all paint and markings and there is no identity left. It was taken in April 1947 at Concord and probably became the Dollar Industries 18. Maybe....
Date 15 May 2011, 22:07 Source Lockheed18 Unknown Author Bill Larkins.
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 Lodestar File:Lockheed18 Unknown (5724945257).jpg引用。


ロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機は、すでに戦時大戦に入っていたために、民間需要は低迷した。そのため、アメリカ市場では民間機として31機の販売にとどまった。また、輸出用には、オランダが東インド植民地で使用するために、29機を発注したほか、南アフリカ航空21機、ニュージーランド国営航空13機、トランス・カナダ航空12機、ブリティシュ・エアウェーズ9機などの受注を受けた。

写真(右)1952年3月、アメリカ合衆国、カリフォルニア州オークランド飛行場、ブリティシュ・アメリカン石油会社(B/A)所属のロッキード(Lockheed) 18「ロードスター」(Lodestar)輸送機 (登録コード:CF-BAO) :窓枠付近だけは反射除けのためか青色ラインが塗装されているが、国籍記章はなく無塗装でジュラルミンが銀色に光っている。
British American Oil Company. Oakland March 1952. Date 30 August 2010, 15:13 Source Lockheed 18 CF-BAO Author Bill Larkins
Date 15 May 2011, 22:07 Source Lockheed18 Unknown Author Bill Larkins.
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 Lodestar File:Lockheed 18 CF-BAO (4942790211).jpg引用。


民間需要は振るわなかったロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機だったが、1939年9月に第二次大戦が勃発すると、中立国アメリカでも戦時体制強化のために、アメリカ軍からの需要が増えた。軍用輸送機として ロッキード(Lockheed)C-56「ロードスター」(Lodestar)としてライト R-1820空冷星形9気筒エンジン1,200hp2基を装備、ロッキード(Lockheed)C-57「ロードスター」(Lodestar)としてプラット・アンド・ホイットニー R-1830空冷星形14気筒エンジン力1,200hp2基を装備した輸送機が制式されたのである。特に、空挺部隊用の ロッキード(Lockheed)C-60「ロードスター」(Lodestar)輸送機は、325機が製造されている。また、アメリカ民間航空所有機も含めて、アメリカ陸軍航空隊が徴用した機体も多かった。

ロッキード(Lockheed)C-60A「ロードスター」(Lodestar)輸送機の諸元
搭乗員:3名、乗客:18名
全長:15.19 m (49 ft 10 in) 全幅:19.96 m (65 ft 6 in) 全高:3.6 m (11 ft 10 in)
翼面積:51.2平方メートル(551 平方フィート)
空虚重量:5,670 kg (12,500 ポンド)、全備重量:7,938 kg (17,500 ポンド)
最大離陸重量:9,825 kg (21,000 ポンド)
発動機:ライト(Wright)R-1820-87空冷星形9気筒エンジン 1200馬力 (895 kW)
最高速力:428 km/h (266 mph)、巡航速力:322 km/h (200 mph)
実用上昇限度:7,740 m (25,400 ft)
航続距離:4,025 km (2,500 mi)
上昇時間 10,000 ft (3,050 m)まで 6.6分

ロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機は、 アメリカ陸軍航空隊では ロッキードC-56/C-57/C-60輸送機、アメリカ海軍航空隊・アメリカ海兵隊・アメリカ沿岸警備隊では、ロッキードR5O輸送機の形式名称で制式された。

⇒写真集Album:ロッキード(Lockheed)・ロードスター(Lodestar)輸送機 見る。


4.ロッキード・ベンチュラ(Lockheed Ventura)PV-1哨戒機

写真(右)1940年頃、アメリカ、ロッキード・ベンチュラ(Ventura)爆撃機Mk.I(登録コード: AE658):イギリス軍ではベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名し、アメリカ軍ではPV-1と命名した。
Robert Reedy Collection Image - Catalog:Array - Title:Array - Filename:Reedy_0138 Lockheed Ventura Mk.I AE658 [mfr].tif - Robert Reedy was a native of Amarillo Texas. He attended college in Wichita Kansas, studying aeronautical engineering. On graduation he was quickly snapped up by Stearman Aircraft. During his subsequent career he made stops at Lockheed, Thorp and back to Lockheed where he retired as a vice president of sales. Reedy was involved in the design of several Stearman, Vega and Thorp types, the Lockheed P2V, Little Dipper, Big Dipper, and L-1011.
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum・PictionID:46544170 引用。


ロッキード 10 エレクトラ(Lockheed Model 10 Electra )の発動機を強化し、若干大型化した発展型が、ロッキード 14 スパー・エレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機で、その軍用仕様がロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機である。そして、ロッキード 14 スパー・エレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機の胴体を延長し、乗客を増やし、発動機を強化したのが、ロッキード 18 ロードスター(Lockheed Model 18 Lodestar)輸送機で、その軍用の軽爆撃機仕様がロッキード・ベンチュラ(Lockheed Ventura)PV-1哨戒爆撃機ある。

写真(右)1942年、アメリカ、ロッキード・ベンチュラ(Ventura)爆撃機Mk.I(登録コード: AE658):イギリス軍ではベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名し、アメリカ軍ではPV-1と命名した。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura.
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum ・Catalog #: 00006406引用。


アメリカから武器貸与法に基づいてイギリスに船舶で送られたロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機は,リバプール港 からスピーク空港(2002年からはリバプール・ジョン・レノン空港と名称変更)に運搬され、そこで組み立てられた。その後、通信飛行部隊、飛行機兵器実験部隊が、実機を試験飛行して、問題がなければ、実戦部隊に引き渡された。

写真(右)1943年6月4日、アメリカ西岸、ワシントン州、サラトガ海峡、航空魚雷Mark XIII を空中投下したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・PV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1 Ventura):機首上下にブローニング12.7ミリ機関銃を搭載。1943年以降に制定された、赤縁取りの白袖がない青丸白星の国籍マークを描いている。
Title:Lockheed PV-1 "Ventura" Description:Photo #: 80-G-356150 Lockheed PV-1 Ventura patrol plane Dropping a Mark XIII torpedo over Saratoga Strait, Washington, 4 June 1943. Note the wooden stabilizer fitted around the tail of this torpedo, and exhaust from its engine. Official U.S. Navy Photograph, now in the collections of the National Archives. Catalog #:80-G-356150
写真は,Naval History and Heritage Command 80-G-356150 Lockheed PV-1 "Ventura" 引用。


写真(右)1942-1945年頃、アメリカ海軍のロッキード・ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒機
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,San Diego Air and Space Museum Archive・Catalog #: 00006440引用。


ロッキード社が民間向けスーパーエレクトラ旅客機を原型に、軍用爆撃機仕様に転用したのが、イギリス空軍の発注したハドソン爆撃機である。これが第二次大戦直前・直後のことで、イギリスの航空兵力増強、さらにオーストラリアなどのイギリス自治領(ドミニオン)の軍需拡大から、ロッキード社のベストセラーになった。そこで、ロッキード社は、スーパーエレクトラを若干大型化した後継機ロードスター輸送機を原型とした軍用のベンチュラ哨戒爆撃機をイギリス空軍向けに開発した。

写真(右)1942-1945年頃、アメリカ海軍のロッキード・ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒機
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,San Diego Air and Space Museum Archive・Catalog #: 00006441引用。


ロッキード・ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒機は、ハドソン爆撃機の1000馬力のライト GR-1820空冷9気筒エンジンよも排気量の大きな2000馬力プラット&ホイットニー R-2800空冷星形18気筒エンジンを搭載し、1942年末に実戦投入され、アメリカの武器貸与法にのっとって、イギリス向けに大量生産されたのは、ハドソン爆撃機と同じである。また、アメリカ陸軍航空隊は、ベンチュラ哨戒爆撃機をB-34レキシントン爆撃機と命名して少数採用し、アメリカ海軍航空隊はPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機として制式した。その後、PV-1ベンチュラの発動機はそのままに、主翼面積を増加し、搭載量を増加したPV-2ハープーン哨戒爆撃機も開発された。

写真(右)1940年頃、アメリカ、イギリス空軍に貸与されたロッキード・ベンチュラ(Ventura)爆撃機Mk.I(登録コード: AE658):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。
Lockheed, Vega Ventura Title: Lockheed, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, Vega Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum ・Catalog #: 01_00092029引用。


アメリカのロッキード・ベンチュラ爆撃機(後のアメリカ海軍PV-1哨戒爆撃機)は、ロッキード10エレクトラの海軍用仕様発展型で、アメリカ海軍だけでなく、イギリス空軍でも「ベンチュラ」(Ventura)の名称で制式された。ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。ベンチュラVentura)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州の南部ベンチュラ郡のサンブエナ・ベンチュラ市のことで、1866年に市制を敷いた。2010年人口は10万人。

写真(右)1940年頃、斜め上方から俯瞰したイギリス空軍に貸与されたロッキード・ベンチュラ(Ventura)PV1/B-34爆撃機(Lockheed B-34):胴体後上方に銃座は装備されていない。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005982引用。


 ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)は、第二次世界大戦中にアメリカ海軍制式のロッキード社製の哨戒爆撃機であるが、アメリカ海軍・イギリス空軍(ベンチュラ:Ventura)に続いて、アメリカ陸軍航空隊でもB-34/B-37の名称で制式されている。

写真(右)1940年頃、アメリカ、イギリス空軍に貸与されたロッキード・ベンチュラ(Ventura)PV1爆撃機
sdasm image catalogbd lockheed pv 12.jpg - title--bd lockheed pv -- - filenamebd lockheed pv 12.jpg--Born digital image that was acquired by the San Diego Air and Space Museum
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum  pictionid56895933 -引用。


イギリスでは、ロッキード輸送機をベースとしたハドソン哨戒爆撃機を採用したが、そのハドソンの後継機が、同じロッキードのベランチュラ哨戒爆撃機である。1940年にイギリスは、中立国だが事実上の同盟国のアメリカのロッキード社に対して、ハドソンの後継機として、ロッキード モデル18「ロードスター」を原型とするロッキード・ベンチュラ爆撃機(後のアメリカ海軍ロッキードPV-1Lockheed-Vega PV-1)を発注した。

写真(右)1942-1944年、イギリス、リバプール、スピーク空港で組み立てられたイギリス空軍ロッキード・ベンチュラMark I軽爆撃機(Ventura Mark I)(登録コード:AE762):AE762は、イギリス空軍の第21飛行中隊(Squadrons)、その後、第299飛行中隊に配属されることになる。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description Searchlights illuminate a line of parked Lockheed Ventura GR Mark Vs of No. 22 Squadron SAAF at Gibraltar.Creator Ministry of Aircraft Production (MAP) Part of ROYAL AIR FORCE AIRCRAFT 1941-1959: ATP COLLECTION (GSA 325)
写真は,Imperial War Museums CH 8038引用。


写真(右)1943年、イギリス領ジブラルタル、アメリカから貸与されたイギリス空軍第22飛行中隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラMark V哨戒爆撃機GR( Lockheed Ventura GR Mark Vs)
AIR - A NEW ADDITION TO THE FAMOUS LOCKHEED FAMILY. Object description Searchlights illuminate a line of parked Lockheed Ventura GR Mark Vs of No. 22 Squadron SAAF at Gibraltar.Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums,IWM IWM (CM 6226)引用。


フランコ将軍のスペイン国民政府は、中立国とはいえ、枢軸寄りだった。ジブラルタルは、長年、イギリス領だったが、ヒトラーは、フランコに圧力をかけて、ジブラルタルを攻撃させる計画を推進しようとした。しかし、フランコは、スペインの戦備不足を理由に、第二次世界大戦には最後まで参戦しなかった。

写真(右)1943年、イギリス、アメリカから貸与されたイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura)
AIR - A NEW ADDITION TO THE FAMOUS LOCKHEED FAMILY. Object description Original wartime caption: For story see CH.8038 A three-quarter underside view of the Ventura.Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums,IWM CH 803910390引用。


イギリス海軍ではアメリカのロッキード・スーパーエレクトラ旅客機を転用したハドソン爆撃機を制式した、その後継機として、同じロッキード・ロードスターを転用し、より強力な2000馬力級空冷エンジンを搭載したベンチュラ軽爆撃機を制式した。 これは、搭乗員は5名、最高速力518km/h、爆弾搭載量1400kgの高性能機で、。アメリカの武器貸与法に基づいて、イギリスに売却(代金は戦勝後払い)された機体である。イギリスでの制式に対応して、哨戒機を欲していたアメリカ海軍も同機種をロッキード・ベンチュラLockheed-Vega PV-1)として制式した。

写真(右)1943年、イギリス、未舗装飛行場に待機しているイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Vega Ventura)のブローニング7.7ミリ連装機関銃搭載の動力旋回銃座:向かって左、胴体上部には、方位測定用のループアンテナが見える。 イギリスに貸与された軍用機。アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、1941年から武器貸与法によって、イギリスへの大々的な軍事援助を実施していた。これは、軍事援助物資の代金支払いは、戦後の勝利してからでよいという気前のいい条件だった。
THE LOCKHEED "VENTURA" LIGHT BOMBER IN SERVICE WITH THE R.A.F. Object description Original wartime caption: [Picture issued 1943] For story see CH.8256. Gun turret of the Ventura. Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 8264)引用。


写真(右)1943年、イギリス、未舗装飛行場に待機しているイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Vega Ventura)
THE LOCKHEED "VENTURA" LIGHT BOMBER IN SERVICE WITH THE R.A.F.
Object description Original wartime caption: [Picture issued 1943] For story see CH.8256. Head on view of the Ventura.
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 8263)引用。


イギリス空軍ロッキード・ハドソン爆撃機の後継機ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)爆撃機は、1940年2月にイギリスが開発を依頼している。そして、第二次世界大戦勃発後、アメリカが参戦する前の1941年7月31初飛行した。イギリス空軍はハドソン爆撃機の後継機として188機を発注し、最終的には、400機が引き渡されている。アメリカ海軍が採用したロッキード・ベガ・PV-1ベンチュラ哨戒爆撃機は、部隊配備が1942年12月に始まり、実戦には1943年2月から投入されている。アメリカ海軍では、ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)は、アメリカ海軍に1,600機が引き渡された。他方、アメリカ陸軍はベンチュラをB-34爆撃機の名称で採用し、250機を配備した。

写真(右)1943年、イギリス、僚機と雲海上を編隊飛行するイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機(Lockheed, PV-1 Vega Ventura):アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、軍用機、戦車などの第一線兵器をも武器貸与法によって、イギリスへ貸与している。武器貸与法成立前も、旧式駆逐艦などをイギリスに譲渡している。
THE LOCKHEED "VENTURA" LIGHT BOMBER IN SERVICE WITH THE R.A.F.
Object description Original wartime caption: [Picture issued 1943] For story see CH.8256. Lockheed Ventura light bomber in flight.
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums,IWM CH 8257引用。


写真(右)1943年、イギリス、僚機と編隊飛行するイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、軍用機、戦車などの第一線兵器をも武器貸与法によって、イギリスへ貸与している。武器貸与法成立前も、旧式駆逐艦などをイギリスに譲渡している。
THE LOCKHEED "VENTURA" LIGHT BOMBER IN SERVICE WITH THE R.A.F.
Object description Original wartime caption: [Picture issued 1943] For story see CH.8256. Lockheed Ventura light bomber in flight.
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums,IWM CH 8258引用。


写真(右)1942-1944年、イギリス、ノーフォーク、フェルトウェル, 雲海上を飛行するオーストラリア空軍第464飛行中隊のロッキード・ベンチュラMark II軽爆撃機V-146(Lockheed, Ventura Mark II)(登録コード:AE939)
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA.
Object description Ventura Mark II, AE939 ‘SB-C’, of No. 464 Squadron RAAF based at Feltwell, Norfolk, in flight.
Brock, F. J. (Flying Officer) Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM CH 8259引用。


第二次世界大戦は、1939年9月にイギリス・フランスのドイツに対する宣戦布告で勃発したが、アメリカは、1941年12月まで中立国だった。しかし、アメリカは、1941年に武器貸与法を成立させ、イギリスへのロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)など大々的な軍事援助を実施し始めた。これは、軍事援助物資(輸出品)の代金支払いは、戦後の勝利してからでよいという気前のいい条件だった。

写真(右)1942年頃、イギリス、アメリカから到着したばかりのイギリス空軍第21飛行中隊のロッキード・ベガ・ベンチュラMark I軽爆撃機V-146(Lockheed, Ventura Mark II)(登録コード:AE686)
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA.
Object description Ventura Mark II, AE939 ‘SB-C’, of No. 464 Squadron RAAF based at Feltwell, Norfolk, in flight..
Brock, F. J. (Flying Officer) Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums CH 8257引用。


写真(右)1942-1944年、イギリス、アメリカから到着したばかりのイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機( Ventura)のコックピットと操縦計器盤:左側が正操縦士、右側が機首の爆撃手席に至る通路である。
LOCKHEED VENTURA Object description Original wartime caption: cockpit.
Related period Second World War (production), Second World War (content)
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums CH 17983引用。


写真(右)1942-1944年、イギリス、アメリカから到着したばかりのイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機(Lockheed, Ventura)の胴体後上方の動力回転銃座の基部と銃手:左側には、水平尾翼のトリム調整のためのワイヤー回転装置がある。上部の大型金属骨格には、重量軽減のバカ穴があけられているが、そのほかの骨格には重量軽減のための穴は見当たらない。
LOCKHEED VENTURA Object description Original wartime caption: Interior view, raid upper turret, looking towards rear.
Related period Second World War (production), Second World War (content)
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,IWM CH 17987引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)軽爆撃機の金属骨格は堅牢な構造で、日本機のように、重量軽減のためのバカ穴がほとんどない。これは、大量生産を容易にするという量産性と頑丈な構造を確保することにつながった。重量増加は、発動機の大馬力によって相殺できるからである。飛行機機体の金属骨格に、重量軽減のための穴をあけないことは、量産性と強度を優先することでもあった。アメリカのスーパーエレクトラ、ロードスターなど民間輸送機を、軽爆撃機、哨戒爆撃機といった第一線で戦う軍用機に転用できた背景には、アメリカ飛行機の堅牢な設計と頑丈な構造が背景にあったのである。

写真(右)1942-1944年、イギリス、アメリカから到着したばかりのイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機(Lockheed, Ventura)の胴体後下方の旋回機関銃の銃座と銃手:銃座の視界を確保するためのガラス風防が左右と正面に取り付けられている。
LOCKHEED VENTURA Object description Original wartime caption: Interior view looking towards rear guns.
Related period Second World War (production), Second World War (content)
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums CH 17988引用。


イギリス軍が採用したアメリカ製ロッキード・ベンチュラLockheed Ventura)軽爆撃機の命名のもととなったベンチュラVentura)は、カリフォルニア州南部の都市で、20世紀初頭は席yつ開発に伴って発展した都市で、レジャーで使用できる洒落た港も備えていいる。

写真(右)1943年2月27日、イギリス、ノーフォーク、メッドフォード(Methwold), イギリス空軍第464飛行中隊のロッキード・ベガ・ベンチュラMark II軽爆撃機V-146(Lockheed, Ventura Mark II)(登録コード:AE939):未舗装の滑走路だが、戦時中は多数の飛行場が増設・科k徴されたために、本土でも未舗装滑走路が一般的だった。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description Ventura Mark II, AE939 ‘SB-C’, of No. 464 Squadron RAAF, on the ground at Feltwell, Norfolk. Trievnor J (Fg Off) Royal Air Force official photographer Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM CH 8257引用。


写真(右)1942-1944年、イギリス、ノーフォーク、フェルトウェル, オーストラリア空軍第21飛行中隊のロッキード・ベガ・ベンチュラMark I軽爆撃機V-146(Lockheed, Ventura Mark I)(登録コード:AE660):未舗装の滑走路だが、戦時中は多数の飛行場が増設・拡張されたために、本土でも未舗装滑走路が一般的だった。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description Ventura Mark I, AE660 ‘YH-Y’, of No. 21 Squadron RAF, on the ground at Methwold, Norfolk, wearing the special markings applied to “Eastland” aircraft during Exercise SPARTAN. Label Lockheed Ventura Mk I of No. 21 Squadron RAF at Methwold, Norfolk, 27 February 1943. Ministry of Aircraft Production (MAP) Part of ROYAL AIR FORCE AIRCRAFT 1941-1959: ATP COLLECTION (GSA 325)
写真は,Imperial War Museums ATP 12110C引用。


アメリカは、1941年3月に武器貸与法(Lend-Lease Acts)を成立させ、アメリカの安全保障上、重要であると大統領が考える国に対して、軍需物資を売却・譲渡・交換・貸与・処分する権限を与えた。そこで、ルーズベルト大統領はづいて、イギリスに対して、ロッキード・ベンチュラ軽爆撃機など兵器から燃料・被服・食料まで、あらゆる船舶を使ってイギリスに送り出した。イギリス中西部の主要港,リバプール港に荷揚げされたロッキード・ベンチュラ軽爆撃機は、リバプールのスピーク空港(2002年からはリバプール・ジョン・レノン空港と名称変更)に運搬され、そこで組み立てられた。その後、通信飛行部隊、飛行機兵器実験部隊が、組み立てられたロッキード・ベンチュラ軽爆撃機を1機ずつ試験飛行して、問題がないことを確かめた。問題がある場合は、修理・整備し直しがなされた。こうして準備ができたことが確認され、初めて実機が実戦部隊に引き渡されたのである。

写真(右)1942-1944年、イギリス南西部、ウィルトシャー (Wiltshire) 、ハラビントン (Hullavington)の田園上空、試験飛行を飛行するイギリス空軍の実験中央飛行学校のロッキード・ベンチュラMark I軽爆撃機(Ventura Mark I)(登録コード:AE748): ハラビントン飛行場はイギリス空軍基地として、1937年に開設された。2016年にイギリス国防省が国内軍用地の統廃合を実施、ハラビントン飛行場は民間に売却されることになった。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA.
Object description Ventura Mark I, AE748, which served with the Empire Central Flying School at Hullavington, Wiltshire, on a test flight from Boscombe Down.
Brock, F. J. (Flying Officer) Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums CH 8038引用。


イギリス南西部、ロンドン西部のウィルトシャー (Wiltshire) 、ハラビントン (Hullavington)飛行場は第二次大戦2年前の1937年にイギリス空軍基地として建設された。しかし、2016年にイギリス国防省は、国内軍用地の統廃合を実施、ハラビントン飛行場は民間に売却されることになった。ハラビントン飛行場を、掃除機、空調家電、加湿空気清浄機、照明などを扱うダイソン社Dyson)が購入し、空軍基地跡地に電気自動車開発拠点を開設、飛行機格納庫Hangar)を改造した事務所を設けている。

写真(右)1942-1944年、イギリス、リバプール、スピーク空港で組み立てられたイギリス空軍ロッキード・ベンチュラMark I軽爆撃機(Ventura Mark I)(登録コード:AE762):AE762は、イギリス空軍の第21飛行中隊(Squadrons)、その後、第299飛行中隊に配属されることになる。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description
Ventura Mark I, AE762, on the ground at Speke Airport, Liverpool, after undergoing post-delivery checks and modifications at the Lockheed reassembly plant. The airport terminal building, partially obliterated by the censor, is visible behind the aircraft. After trials with the Aeroplane and Armament Experimental Establishment and the Air Fighting Development Unit, AE762 served with Nos. 21 and 299 Squadrons RAF.
Creator Ministry of Aircraft Production (MAP) Part of ROYAL AIR FORCE AIRCRAFT 1941-1959: ATP COLLECTION (GSA 325)
写真は,Imperial War Museums CH 8038引用。


アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、軍用機、戦車などの第一線兵器をも武器貸与法によって、イギリスへ貸与している。リバプール港に船積みで到着したベンチュラ軽爆撃機は、リバプールのスピーク空港で組み立てられ、そこで、実験中央飛行学校による試験飛行、空戦開発部による試験飛行を行った。

写真(右)1943年、イギリス、ドイツ空軍フォッケウルフFw-190戦闘機の迎撃を受けて被弾、100マイルを飛行して不時着したイギリス空軍のロッキード・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):搭乗員はドミニオン、オーストラリア軍兵士で、不時着後、見聞に現地に戻ってきたところで記念撮影した。
RETURNS IN BADLY DAMAGED VENTURA
Object description Original wartime caption: Attacked in mid-Channel when on a daylight bombing raid, FLYING OFFICER WILBUR DAVID PARSONS, an Australian flew his badly damaged Ventura nearly 100 miles back, and crash-landed successfully, without injury to any of his crew - all fellow Aistrallans. The Ventura, which had been attacked by Focke Wulf 190s had its port elevator shot through the wings, fuselage and tyres. Picture (issued 1943) shows - Flying Officer Parsons standing beside his Ventura after landing. He comes from Rieby, Beaconsfield, Tasmania.
Royal Air Force official photographer Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums,IWM CH 10390引用。


写真(右)1942-1944年、イギリス, 南アフリカ空軍のロッキード・ベンチュラGR Mark V軽爆撃機(Ventura GR Mark V)(登録コード:FN957):未舗装の滑走路だが、戦時中は多数の飛行場が増設・拡張されたために、本土でも未舗装滑走路が一般的だった。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA.
Object description Ventura GR Mark V, FN957, on the ground at the Lockheed reassembly plant at Speke Airport, Liverpool. Following service with the Telecommunications Flying Unit and the Aeroplane and Armament Experimental Establishment, FN957 was assigned to the South African Air Force.
Creator Ministry of Aircraft Production (MAP)Part of ROYAL AIR FORCE AIRCRAFT 1941-1959: ATP COLLECTION (GSA 325)
写真は,Imperial War Museums ATP 12209F引用。


アメリカから武器貸与法に基づいてイギリスに船舶で送られたロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)軽爆撃機は、リバプール港からスピーク空港(2002年からはリバプール・ジョン・レノン空港と名称変更)に運搬され、そこで組み立てられた。その後、通信飛行部隊、飛行機兵器実験部隊が、実機を試験飛行して、問題がなければ、実戦部隊に引き渡された。

写真(右)1942年9月4日、アメリカ陸軍航空隊のロッキード(Lockheed)B-34「ベンチュラ」(Ventura) Mk.II 爆撃機(登録コード:AJ 354)
Lockheed B-34 Lockheed AJ 354, taken Sept. 4, 1942. (U.S. Air Force photo) Download Image: Full Size (0.2 MB) Tags: bomber, HISTORIC, aircraft
Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-017.JPG
写真は,National Museum of the U.S. Air Force Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-017.JPG引用。


写真(右)1942年9月4日、アメリカ陸軍航空隊のロッキード(Lockheed)B-34「ベンチュラ」(Ventura) Mk.II 爆撃機(登録コード:AJ 288、製造番号:4426):胴体中央側面の部隊マーク(アート)は、ヒトラーの顔が描かれ、「よっしゃ、ヒトラーの髪の毛をむしったゾ」とある。
Lockheed B-34 Lockheed Ventura Mk.II AJ 288 (No. 4426). Unusual side fuselage art has caricature of Hilter with "Yep! We're get'en in his hair." (U.S. Air Force photo)
Download Image: Full Size (0.16 MB) Tags: bomber, HISTORIC, aircraft Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-016.JPG
Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-017.JPG
写真は,National Museum of the U.S. Air Force Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-017.JPG引用。


写真(右)1942年9月4日、アメリカ陸軍航空隊のロッキード(Lockheed)B-34「ベンチュラ」(Ventura) Mk.II 爆撃機(登録コード:AJ 311)のコックピット:複座式の操縦座席で、左が正パイロット、右が副パイロットの座席となっている。
Lockheed B-34 Lockheed B-34 Cockpit
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写真は,National Museum of the U.S. Air Force Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-013.JPG引用。


写真(右)1941-1943年、斜めから見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に銃座は設けられていない。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed
Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006439引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機は、試作1号機が1941年7月に初飛行した。その直後の1941年末には、対日戦の勃発が迫っていたために、ロッキード社は、ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)哨戒爆撃機の開発と生産を迅速に進めようとし、アメリカ軍用の生産を優先してたために、イギリス軍にロッキード・ベンチュラ哨戒爆撃機が引き渡されたのは、1942年夏以降だった。

写真(右)1941-1943年、胴体下面の爆弾倉の扉を半開きにした状態のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):舗装駐機場で生産ラインの最終工程を迎えている様だ。
: Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed
Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006429引用。


 イギリス軍は、自国の航空機生産能力に限界があり、アメリカのロッキード社に哨戒爆撃機を発注した。これが、ロッキード・スーパーエレクトラ輸送機を原型にした軍用仕様のロッキード・ハドソン哨戒爆撃機である。しかし、1940年になると旧式化したと判断され、ロッキード社に対してハドソン哨戒爆撃機の発展型となる哨戒爆撃機の開発を依頼した。この1940年にロッキード社への発注に対して、ロッキード社は、ロッキード18 ロードスター輸送機を原型とするロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)を開発した。

写真(右)1941-1943年、増加燃料タンクを主翼下面に懸架したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後下方に7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。未舗装駐機場に駐機している。
: PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed
Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006430引用。


アメリカ海軍は、イギリス軍のアメリカ製ロッキード・ベンチュラLockheed-Vega PV-1)の優秀性を認め、同社に同型機を発注をした。これが、PV-1哨戒爆撃機で、1942年12月に納入された。PV-1は哨戒任務に使用するために、燃料の搭載量が従来の5,081L(1,345ガロン)から6,082L(1,607ガロン)へと増加された。

写真(右)1941-1943年、側方から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に動力回転銃座は設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006431引用。


写真(右)1941-1943年、完成したばかりのアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):機首に地上銃撃用の前方固定7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。北方の濃霧域での哨戒任務に就くために、機首に大きく国籍記章を描いている。
: Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006428引用。


ロッキード・ベガ PV-1Lockheed-Vega PV-1)の初期型は、機首に爆撃照準手を配置しており、機首側面に4つのガラス風防窓が配されている。しかし、低空攻撃が多いために、爆撃照準種は必要ではなく、後期型では爆撃照準手を廃して、開いた機首の空間に口径0.50インチ12.7ミリのブローニング機関銃をガンパックに搭載した。また、爆撃だけではなく、主翼左右下面に127ミリ(5インチ)HVARロケット弾8発が搭載できるようになった。

写真(右)1941-1943年、完成したばかりのアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):増加燃料タンクを主翼下面に懸架したしている。機首に地上銃撃用の前方固定7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。北方の濃霧域での哨戒任務に就くために、機首に大きく国籍記章を描いている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006427引用。


 ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機は、アメリカ海軍の発注になり、1943年2月から沿岸哨戒部隊の第135飛行中隊(VP-135)に配備され、アリューシャン列島方面で活躍した。当時、アリューシャン列島のキスカ島、アッツ島には日本軍が配備されていて、千島列島北端の幌筵島・占守島から補給を受けていた。そこで、ロッキード・ベガ・ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒爆撃機は、アリューシャン列島の日本軍を攻撃しつつ、そこへの補給路を遮断する任務に就いたのである。

写真(右)1943年頃、飛行するアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura)(登録コード:S-B-89):機首上部に前方固定機関銃の銃身が見えている。太く短い胴体は、輸送機として容積を確保するには有益だったが、空力的には、飛行安定性を損なってしまったようだ。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006408引用。


全長 51 ft 5 in (15.7 m)、全幅 65 ft 6 in (20 m)、主翼面積51.2平方メートルのロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)哨戒爆撃機は、太く短い胴体、小さく先のとがった主翼が特徴で、いかにも飛行安定性に問題がありそうである。

写真(右)1941-1943年、増加燃料タンクを主翼下面に懸架したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベランチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):胴体後下方に7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed, PV-1, Vega Ventura Title: Lockheed, PV-1, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, PV-1, Vega Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 01_00092028引用。


第二次世界大戦勃発後、しかしアメリカが参戦する前の1941年7月31初飛行したロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)だったが、前年の1940年2月にイギリスがハドソン爆撃機の後継機として188機を発注していた。イギリス空軍には、400機が引き渡されている。アメリカ海軍が採用したロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)哨戒爆撃機は、1942年12月に部隊配備開始、実戦投入は1943年2月からで、1,600機が生産された。アメリカ陸軍ではB-34爆撃機の名称で制式し、250機を配備した。

写真(右)1941-1943年、増加燃料タンクを主翼下面に懸架したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベランチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):胴体後下方に7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed, PV-1, Vega Ventura Title: Lockheed, PV-1, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, PV-1, Vega Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006410引用。


写真(右)1941-1943年、増加燃料タンクを主翼下面に懸架したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベランチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):胴体後下方に7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed, PV-1, Vega Ventura Title: Lockheed, PV-1, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, PV-1, Vega Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006411引用。


写真(右)1941-1943年、アメリカ本土上空、増加燃料タンクを主翼下面に懸架したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベランチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura)の飛行:胴体後下方に7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed, PV-1, Vega Ventura Title: Lockheed, PV-1, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, PV-1, Vega Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006405引用。


第二次世界大戦勃発から太平洋戦争の初期まで、アメリカ軍の国籍マークは、青丸白星、白★中央に赤の小丸を描いている。このマークは1942年前半からは、白星の中央の赤小丸を覗いて、青丸白星だけとなった。

写真(右)1941-1943年、洋上を飛行するアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベランチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura)(登録コード:SB-85)の飛行:国籍マークは、機首にも大きな青丸白星、主翼左右両側にも青丸白星を記入している。胴体後下方に12.7ミリ連装機関銃の動力回転銃座が設けられている。
Lockheed, PV-1, Vega Ventura Title: Lockheed, PV-1, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, PV-1, Vega Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006420引用。


太平洋戦争の初期、北方の濃霧や天候変化が激しい地域で活動するアメリカ軍哨戒機の国籍マークは、機首にも大きな青丸白星、主翼左右両側にも青丸白星を記入している。太平洋戦争の中期には、青丸白星に青縁付き白袖を追加している。そして、この国籍マークを胴体両側と、左主翼上面、右主翼下面に記入した。つまり、太平洋戦争の中期から末期には、アメリカ軍機の国籍は、主翼の片側にしかついていない。

写真(右)1941-1943年、洋上を飛行するアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベランチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura)(登録コード:SB-85)の飛行:国籍マークは、機首にも大きな青丸白星、主翼左右両側にも青丸白星を記入している。ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方にブローニング12.7ミリ連装機銃搭載の動力回転銃座が設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006400引用。


写真(右)1941年以降、雪山の上空を飛翔するアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に動力回転銃座は設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006414引用。


第二次大戦勃発当初、イギリスは国内における航空機供給能力が十分ではなく、台頭するドイツの軍事力に対抗するために、外国の援助による急速な軍備増強が課題となっていた。そこで、アメリカですでに高速輸送機として実用化されていたロッキド14・スーパーエレクトラを軍用仕様として、哨戒爆撃機に改修することをロッキードに要請した。これが、ロッキード・ハドソン哨戒爆撃機である。その後、ハドソンの発展型として、ロッキード18・ロードスター輸送機の軍用仕様が要請され、ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機が開発され、1941年7月31日に初飛行した。ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)哨戒機は、アメリカで成立したばかりの武器貸与法に基づいて、アメリカからイギリスに貸与された。


カラー写真(上)1943年2月、アラスカ、アリューシャン列島、飛行場で整備中のアメリカ海軍第5哨戒飛行中隊所属のロッキード・ベンチュラPV-1哨戒機(Lockheed Ventura PV-1)とPBY-5Aカタリナ飛行艇(左)
:濃霧の極北戦線では、敵味方の識別が少しでも容易になるように、機首に大きな国籍記章を描いている。
Title: Lockheed PV-1 Venturas of patrol squadron VPB-135 on a Aleutian airfield in February 1943. Two Consolidated PBY-5A Catalinas of another patrol squadron are also visible. Date February 1943 Source U.S. Navy Naval History Center [1], USN photo 80-G-K-8133. Author USN
写真はWikimedia Commons, Category:Patrol Squadron 5 (United States Navy)・File:PBY-5A PV-1 Aleutians 1943.jpg引用。


カラー写真(右)1944年、アメリカ、カリフォルニア州の南部沿岸を飛行しているアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):増加燃料タンクを主翼下面に懸架した。胴体後下方に7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。舗装された航空基地に駐機している。
WWII-Pacific-War-Eagles-Color-Photos-5 PV-1 Ventura flies over Southern California coast in 1944.
写真はSmugMug+Flickr,Pearl Harbor Aviation Museum 引用。


ロッキード 10 エレクトラ輸送機の発展型がロッキード・スーパーエレクトラ輸送機で、そのさらなる発展型が、ロッキード・ロードスター輸送機である。ロッキード・スーパーエレクトラの軍用仕様がハドソン哨戒爆撃機で、ロードスターの軍用爆撃機仕様がロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機である。つまり、ハドソン哨戒爆撃機の発展型がベガ PV-1 ベンチュラといえる。

カラー写真(右)1943-1944年、アメリカ、カリフォルニア州バーバンク、ベガ飛行機工場、生産最終ラインのアメリカ海軍航空隊ロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):プラット&ホイットニーR-2800 ダブルワスプ空冷星型18気筒(排気量45.9L)エンジン2,000馬力の最終取り付け作業中で、主翼外側下面に、マリンブルー塗装の増加燃焼タンク550L相当が懸架されている。女子労働者も飛行機生産に参加している。
Pearl Harbor Aviation MuseumFollow WWII-Kodachrome-images-from-National-Archives-22 WWII PV-1 is Given Final Checkup at Vega Aircraft Corporation Plant in Burbank, California. 80-GK-15969
写真はSmugMug+Flickr,Pearl Harbor Aviation Museum引用。


ロッキード・ハドソン哨戒爆撃機(1938年12月10日初飛行)からロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ哨戒爆撃機(1941年7月31日初飛行)への改良点は、発動機の強化で、F4Uコルセア、FG-1、F6Fヘルキャット、F7Fタイガーキャット艦上戦闘機と同じプラット&ホイットニーR-2800 ダブルワスプ空冷星型18気筒(排気量45.9L)エンジン2,000馬力を搭載したことである。爆弾搭載量は2,500ポンド(1,135Kg)で、さほど増加していない。

写真(右)1941年以降、カナダ軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):機首先端のガラス風防を残したイギリス軍仕様。楓を模したカナダ空軍の国籍マークを記入している。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006424引用。


写真(右)1941年以降、アメリカ西部(?)、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura)の戦列:機首のガラス風防を廃止し、ソリッド化した。アメリカ陸軍航空隊では、ノースアメリカンB-25爆撃機のように、艦船攻撃でも地上攻撃でも、12.7ミリ機関銃による掃射を重視したので、機首ガラス風防は廃止される傾向があった。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006426引用。


写真(右)1943-1944年、正面から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):増加燃料タンクは、主翼下面に懸架されていない。機首下面正面には、資格のガラス窓があるが、これは爆撃照準器を据え付けた爆撃手の席である。未舗装駐機場に駐機している。
: PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006438引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ哨戒爆撃機は、機首上面に艦船や地上を銃撃する前方固定式ブローニング12.7ミリ機関銃を備えている。また、後方の防御用に胴体後上方に、ブローニング12.7ミリ連装機関銃を備えた動力回転銃座が設けられているが、装備機関銃は、従前のイギリス空軍ハドソン(Hudson)爆撃機では7.7ミリ連装機関銃だったので、防御力は大いに向上している。これが可能になったのは、発動機がライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン1200馬力 (895 kW)から、ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒機は、プラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)R-2800空冷星型18気筒エンジン2,000馬力に増強・変換されたためである。

写真(右)1941-1943年、斜め前から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):増加燃料タンクが、主翼下面に懸架されている。機首下面正面には、資格のガラス窓があるが、これは爆撃照準器を据え付けた爆撃手の席である。未舗装駐機場に駐機している。
: PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006437引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ哨戒爆撃機は、ライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン1200馬力 (895 kW)から、ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒機は、プラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)R-2800空冷星型18気筒エンジン2,000馬力に変換され、この発動機の出力大幅向上によって、最高速力が時速246 マイル(397 km/h)から 322 マイル (518 km/h)に向上、爆弾搭載量が1,600ポンド(726kg)から3,000ポンド(1,400 kg)に増加、防御火力が7.7ミリ機関銃から12.7ミリ機関銃の強化することが可能になった。

写真(右)1941年以降、側面から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に動力回転銃座が設けられているが、ハドソン軽爆撃よりも胴体が延長されているために、銃座の位置が尾翼から離れている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006435引用。


ロッキード・ベガ・PV-!ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura)の胴体後上方にある動力回転銃座(12.7ミリ連装機関銃)の位置は、ハドソン軽爆撃の回転銃座(7.7ミリ連装機銃)の位置よりも、尾翼から離れた位置に設置されている。これはハドソンの全長44 ft 4 in (13.51 m)に対して、ベンチュラは全長 51 ft 5 in (15.7 m)と2メートル以上も胴体が延長されているためである。

写真(右)1941年以降、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):機首のガラス風防を廃止し、ソリッド化した。アメリカ陸軍航空隊では、ノースアメリカンB-25爆撃機のように、艦船攻撃でも地上攻撃でも、12.7ミリ機関銃による掃射を重視したので、機首ガラス風防は廃止される傾向があった。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006440引用。



写真(上)1941年末以降、雪の山並みの上空を飛翔するアメリカ陸軍航空隊所属のロッキード・ベンチュラ・ベガ爆撃機B-34(Lockheed Lockheed, PV-1, Vega Ventura)
:胴体後側方の国籍記章は、太平洋戦争に参戦して以降に定められた形式。胴体後上方に機関銃塔が装備されている。
Lockheed, PV-1, Vega Ventura Title: Lockheed, PV-1, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, PV-1, Vega Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 01_00092026引用。


写真(右)1941年以降、斜め前から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ハドソンとベンチュラの主翼の形状が、先端がとがっているが、ハープーンでは主翼は一般的な短冊形に改修されているので、区別は容易である。胴体後上方に動力回転銃塔は設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006423引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機の原型は、ロッキード モデル10「エレクトラ」輸送機の発展型ロッキード・モデル18「スーパーエレクトラ」輸送機である。ベンチュラ哨戒爆撃機の形状は、ハドソン爆撃機と類似しているが、発動機はプラット&ホイットニーSIA4-G ダブルワスプ(離昇出力1,800馬力)2基に強化されている。


写真(右)1943年、飛行中のアメリカ海軍飛行場、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・PV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1 Ventura)
:トラックが爆弾を専用トレーラーに乗せて運搬してきた。濃霧の作戦地なので、1943年以降に制定された、赤縁取りの白袖青丸白星の機首に大きく国籍記章を描いている。
Title:Lockheed PV-1 Ventura Patrol Plane (Bu# 29724) Caption:Photographed circa late 1943. Note evidence of change from 1942-43 insignia to the later "star and bar" pattern and Donald Duck cartoon on aft fuselage. Description: Catalog #:NH 94917 Copyright Owner:Naval History and Heritage Command Original Creator: After this Year:1940 Before this Year:1949
写真は,Naval History and Heritage Command NH 94917 Lockheed PV-1 Ventura Patrol Plane (Bu# 29724) 引用。


写真(右)1941年以降、俯瞰したアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に、ブローニング12.7ミリ連装機関銃を備えた動力回転銃座が設けられているが、装備機関銃はイギリス空軍ハドソン爆撃機では7.7ミリ連装機関銃だったので、防御力を大きく向上している。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006422引用。


ロッキード・ハドソン爆撃機のライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン1200馬力 (895 kW)から、ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ哨戒爆撃機は、プラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)R-2800空冷星型18気筒エンジン2,000馬力に変換され、この発動機の出力大幅向上によって、最高速力が時速246 マイル(397 km/h)から 322 マイル (518 km/h)に向上、爆弾搭載量が1,600ポンド(726kg)から2,500ポンド(1,135kg)あるいは3,000ポンド(1,400 kg)に増加、防御火力が7.7ミリ機関銃から12.7ミリ機関銃の強化することが可能になった。

写真(右)1941年以降、海岸線上空を飛翔するアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Ventura):主翼外側下面に流線型の燃料増槽を懸架している。ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に動力回転銃座は設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006421引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機の機首前面に地上機銃掃射用の7.7ミリ機関銃2丁を装備、防御用に胴体後上方にボールトンポール製7.7ミリ連装機関銃装備の動力銃塔を搭載した。また、胴体後方下面にも、7.7ミリ連装機関銃を設けている。ロッキード・ベンチュラ哨戒爆撃機の胴体下面爆弾倉には2,500ポンド(1,135kg)の爆弾搭載が可能である。

写真(右)1941年以降、海岸線上空を飛翔するアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Ventura):主翼外側下面に流線型の燃料増槽を懸架している。ハドソンとベンチュラの主翼の形状が、先端がとがっているが、ハープーンでは主翼は一般的な短冊形に改修されているので、区別は容易である。胴体後上方に動力回転銃座は設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006412引用。


アメリカ軍の国籍記章は、
(1)第二次大戦時から太平洋戦争初期:青丸に白星、中央に小さな赤丸
(2)太平洋戦争初期・後期:青縁付きの白袖を付けた青丸に白星
(3)太平洋戦争・第二次大戦末期:後期:青縁付きの赤線入り白袖を付けた青丸に白星
と、戦時中に3回変更されている。

写真(右)1941年以降、飛行中のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に動力回転銃座は設けられている。 全幅:20.0m、全長:15.8m、総重量:14,100kg、最高速力:502km/h/4210m、プラット&ホイットニーR2800空冷星形18気筒エンジン2,000馬力2基装備、兵装:ブローニング12.7ミリ連装機銃搭載の動力回転銃座1基、前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃2丁、後下方ブローニング7.7ミリ連装旋回機銃1基、爆弾搭載量1,125kg、乗員:4名。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006417引用。



写真(上)1945年初頭、イギリス領マライ、ボルネオ島ブルネイに向かうアメリカ海軍のロッキード・ベンチュラPV-1哨戒機(Lockheed Ventura PV-1)
:1945年5月24日、アメリカ第7艦隊がリリースした写真。
Title:Lockheed PV-1 "Ventura" Patrol Bombers Caption:En route to Brunei, Borneo, with bombs and rockets for a 30 minute strike, circa early 1945. Photo released by Com. 7th Fleet 24 May 1945. Description: Catalog #:80-G-331264 Copyright Owner:National Archives Original Creator: After this Year:1939 Before this Year:1945
写真はWikimedia Commons, Category:Patrol Squadron 5 (United States Navy)・80-G-331264 Lockheed PV-1 "Ventura" Patrol Bombers 引用。


写真(右)1943年初期、オーストラリア東岸、クイーンズランド州ケアンズ沖合、グリーン島、ニュージーランド空軍第487飛行中隊のロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, Ventura)と搭乗員とイギリス空軍に勤務しているニュージーランド軍下士官たち
Description English: New Zealand non-commissioned aircrew serving with the RAF in No. 487 Squadron RNZAF at Methwold in front of Lockheed Ventura EG-A in early 1943. Date 1943 Source Sourced from James Saunders' Venturer Courageous 1983 Hutchinson ISBN 0 09 154600 1 Transferred from en.wikipedia; transferred to Commons by User:Rcbutcher using CommonsHelper. Original uploader was Winstonwolfe at en.wikipedia 3 June 2007 (original upload date) Author British service personnel
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Ventura in New Zealand service File:Lockheed PV-1s RNZAF Green Island 1944.jpeg引用。


写真(右)1944年頃、尾部を支柱で高く上げて機体を水平に保った白色塗装のアメリカ海軍航空隊ロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Ventura):主輪も滑走路から離れているので、機首に装備したブローニング12.7ミリ機関銃の弾道調整ではなく、水平儀など精密機材の調整が行われているのであろう。主翼下面に曹操は懸架していない。機首上面に地上銃撃用の前方固定12.7ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。白色塗装は、氷の張った海や雪で覆われたアリューシャン列島など、北方迷彩塗装である。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00006434引用。


写真(右)1944年頃、尾部を支柱で高く上げて機体を水平に保った白色塗装のアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Ventura):主輪も滑走路から離れているので、機首に装備したブローニング12.7ミリ機関銃の弾道調整ではなく、水平儀など精密機材の調整が行われているのであろう。主翼下面に曹操は懸架していない。機首上面に地上銃撃用の前方固定12.7ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00006433引用。


写真(右)1944年頃、飛行する白色塗装のアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Ventura):機首上面に地上銃撃用の前方固定12.7ミリ連装機関銃の銃座が、胴体後上方に12.7ミリ連装機関銃装備の動力回転銃塔が設けられている。白色塗装は、氷の張った海や雪で覆われたアリューシャン列島など、北方迷彩塗装である。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00006413引用。


写真(右)1944年頃、飛行する白色塗装のアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機( Lockheed PV-1 Ventura):機首上面に地上銃撃用の前方固定12.7ミリ連装機関銃の銃座が、胴体後上方に12.7ミリ連装機関銃装備の動力回転銃塔が設けられている。白色塗装は、氷の張った海や雪で覆われたアリューシャン列島など、北方迷彩塗装である。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed
Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00006433引用。


アメリカ軍では、星条旗をもじった青丸白星白袖の国籍記章を胴体両側と左主翼上面、右主翼下面に記入するので、主翼両側にアメリカ軍の国籍マークが描かれることはない。ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)機首上面に地上銃撃用の前方固定12.7ミリ連装機関銃の銃座が、胴体後上方に12.7ミリ連装機関銃装備の動力回転銃塔が設けられている。白色塗装は、氷の張った海や雪で覆われたアリューシャン列島など、北方迷彩塗装である。

写真(右)1944年頃、編隊飛行する白色塗装のアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Ventura):機首上面に地上銃撃用の前方固定12.7ミリ連装機関銃の銃座が、胴体後上方に12.7ミリ連装機関銃装備の動力回転銃塔が設けられている。白色塗装は、氷の張った海や雪で覆われたアリューシャン列島など、北方迷彩塗装である。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00006407引用。


写真(右)1944年頃、飛行する白色塗装のアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機( Lockheed PV-1 Ventura):機首上面に地上銃撃用の前方固定12.7ミリ連装機関銃の銃座が、胴体後上方に12.7ミリ連装機関銃装備の動力回転銃塔が設けられている。白色塗装は、氷の張った海や雪で覆われたアリューシャン列島など、北方迷彩塗装である。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed
Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00006409引用。


写真(右)1944年頃、白色迷彩塗装のアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機(Lockheed PV-1 Ventura)の戦列:未舗装の駐機場に8機が並んでいる。アメリカ軍では、星条旗をもじった国籍記章を胴体両側と左主翼上面、右主翼下面に記入するので、主翼両側にアメリカ軍の国籍マークが描かれることはない。白色塗装は、氷の張った海や雪で覆われたアリューシャン列島など、北方迷彩塗装である。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed
Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Archive Catalog #: 00006441引用。


写真(右)1944年5月3日、白色塗装のアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機( Lockheed PV-1 Ventura):増加燃料タンクを主翼下面に懸架したしている。機首に地上銃撃用の前方固定7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。北方の濃霧域での哨戒任務に就くために、機首に大きく国籍記章を描いている。
Lockheed PV-1 Ventura. [photograph] Manufacturer: Lockheed One-half right front view of a U.S. Navy Lockheed PV-1 Ventura on the ground, hangar and other aircraft in the background, May 3, 1944.
Date 5/3/1944 photographer Arnold, Rudy 1902-1966
写真は SmugMug+Flickr,National Air and Space Museum Archives Local number NASM-XRA-4810引用。



写真(右)1945年、ブラジル、ブラジルに駐屯した白色塗装のアメリカ海軍のロッキード・ベンチュラPV-1哨戒機(Lockheed Ventura PV-1)
:手前の機首も奥の機体もおなじロッキード・ベンチュラPV-1哨戒機である。
Title:Brazilian Air Base Caption:U.S. Navy Sailors work with a practice bomb at an air base in Brazil, circa 1945 . Note fire watch in center, and Lockheed PV-1 VENTURA in background, with U.S. and Brazilian flags flying from mast beyond it
Description: Catalog #:80-G-K-5151 Copyright Owner:NARA
写真は, Naval History and Heritage Command・80-G-K-5151 Brazilian Air Base 引用。



写真(右)1944-1945年、ブラジル、ナタール、ブラジルに駐屯したアメリカ海軍のロッキード・ベンチュラPV-1哨戒機(Lockheed Ventura PV-1)
:手前のトラクターで、機体を移動している。後方には、ダグラスDC-3輸送機の海軍使用ダグラスR5D輸送機が見える。
Title:Naval Air Facility, Natal, Brazil
Caption:Ground crewmen ride an aircraft tractor past a LOOKHEED PV-1 VENTURA patrol plane, circa 1944-45. Note the DOUGLAS R5D in the back ground.
Description: Catalog #:80-G-K-14604 Copyright Owner:National Archives
写真は, Naval History and Heritage Command・80-G-K-14604 Naval Air Facility, Natal, Brazil 引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)が、白色迷彩塗装された一連の写真があるが、北方海域の氷海における迷彩塗装のようにも思えるが、実は、ブラジル駐屯のアメリカ海軍哨戒部隊の塗装のようだ。

戦争末期の1944年、あるいは欧州戦後の1945年5月以降、あるいは太平洋戦争終戦後の1945年8月以降には、日本軍、ドイツ軍から中南米・カリブ海地域への攻撃は考えにくく、たかだか少数の潜水艦に対する対潜哨戒任務程度しか危険な任務はなかった。このような安泰な後方にあって、航空部隊が華やかで、斬新な白色塗装を施したのであろうか。

青い海に白波が立つので、白色でも洋上飛行に際しては、敵艦・敵機から発見しにくく、迷彩塗装になるのであろうか。


写真(上)1945年、ブラジル、ブラジルに駐屯したアメリカ海軍のロッキード・ベンチュラPV-1哨戒機(Lockheed Ventura PV-1)
:中央に火の見櫓、マストにはブラジル国旗がはためいている。一連の白色塗装のPV-1は、北方海域の迷彩塗装ではなく、ブラジル駐屯のアメリカ海軍哨戒部隊の塗装のようだ。戦争末期、あるいは戦後のため、日本やドイツからの攻撃は考えにくく、華やかな白色塗装を施したのであろうか。
Title:Brazilian Air Base Caption:U.S. Navy Sailors work with a practice bomb at an air base in Brazil, circa 1945 . Note fire watch in center, and Lockheed PV-1 VENTURA in background, with U.S. and Brazilian flags flying from mast beyond it Description: Catalog #:80-G-K-5151 Copyright Owner:NARA
写真は, Naval History and Heritage Command・80-G-K-5151 Brazilian Air Base 引用。


写真(右)1944年12月21日、オーストラリア東岸、クイーンズランド州ケアンズ沖合、グリーン島、ニュージーランド空軍第30支援部隊が整備するロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, Ventura):主翼下面に懸架する流線型の増加燃料タンクが地上に置かれている。
Ground staff personnel of No. 30 Servicing Unit, Royal New Zealand Air Force, overhauling Lockheed PV-1 Ventura patrol bombers on Green Island, 21 December 1944. Object description Description Ground staff personnel of No. 30 Servicing Unit, Royal New Zealand Air Force, overhauling Lockheed PV-1 Ventura patrol bombers on Green Island, 21 December 1944. .
Date 21 December 1944
Author William Donald Martin, Australian armed forces Permission (Reusing this file) Image copyright: Copyright expired - public domain
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Ventura in New Zealand service File:Lockheed PV-1s RNZAF Green Island 1944.jpeg引用。


写真(右)1944年12月21日、オーストラリア東岸、クイーンズランド州ケアンズ沖合、グリーン島、ニュージーランド空軍第30支援部隊が整備するロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, Ventura):エンジンカウリングを外して、エンジン整備台を使ってのエンジン整備作業。整備台が不足しているので、ドラム缶に乗って整備している地上勤務員もいる。
Ground staff personnel of No. 30 Servicing Unit, Royal New Zealand Air Force, overhauling a Lockheed PV-1 Ventura patrol bomber on Green Island, 21 December 1944. Date Taken on 21 December 1944 Object description Description Ground staff personnel of No. 30 Servicing Unit, Royal New Zealand Air Force, overhauling Lockheed PV-1 Ventura patrol bombers on Green Island, 21 December 1944. .
Date 21 December 1944
Author William Donald Martin, Australian armed forces Permission (Reusing this file) Image copyright: Copyright expired - public domain
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Ventura in New Zealand service File:No 30 Servicing Unit RNZAF with PV Green Island 1944.jpeg引用。



5.ロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機

図(右)航空機認識訓練カードに描かれたアメリカ陸軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34 爆撃機(LOCKHEED-VEGA VENTURA B-34 BOMBER)の三面図:胴体後上方に、動力回転銃塔が設けられている。敵機・味方機、戦闘機・爆撃機、防御銃座の位置などが、生死を分けるので、地上にいるうちに十分に機種識別訓練を施した。
Lockheed B-34 Ventura; Education, Type Recognition, Flash Cards, Aircraft Recognition Training Cards, WWII, USA. [ephemera] LOCKHEED-VEGA VENTURA B-34 BOMBER. Three-view (front, bottom, side) silhouette drawing of Lockheed B-34 Ventura aircraft; World War II aircraft type recognition training flash card; American made, circa 1940-1945  See more items in Videodisc Imagery Collection
写真は SmugMug+Flickr,National Air and Space Museum Archives Catalog #: 00006442引用。


ロッキード PV-1(Lockheed PV-1)の諸元
搭乗員:5名
全長:15.77 m
全幅:19.96 m
全高:3.63 m
翼面積:51.9 平方メートル
自重:9,160 kg 全備重量:14,096 kg
発動機:プラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)R-2800空冷星型18気筒エンジン離昇出力2,000馬力2基
最高速力:518 km/h/高度4,025 m)
巡航速度:274 km/h
着陸速度:134 km/h
上昇率:680 m/分
実用上限高度:8,015 m
航続距離:2,670 km
爆弾搭載量: 3,000ポンド(1,363Kg)またはMk13航空魚雷1本
翼下に5インチロケット弾(HVAR)8発
兵装:機首:前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃2丁
機首下面ガンパック:前方固定12.7ミリ機銃3丁
胴体後上方:12.7ミリ連装機銃1基
胴体後下方:7.62ミリ連装機銃

写真(右)1941-1944年頃、斜め上方から俯瞰したイギリス軍のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機(Lockheed B-34):アメリカ陸軍航空隊のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機をイギリスに貸与した。胴体後上方に銃座は装備されていない。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005981引用。


 ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)哨戒爆撃機は、第二次世界大戦中にアメリカのロッキード社が、自社のロードスター輸送機をベースに開発、製造した機体だが、元来はアメリカ海軍ではなく、イギリス空軍向けに、ベンチュラ(Ventura)軽爆撃機として製造された。イギリス空軍、アメリカ海軍航空隊に次いで、アメリカ陸軍航空隊でもB-34ベランチュラ爆撃機として採用された。

写真(右)1941-1944年頃、斜め上方から俯瞰したイギリス軍のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機(Lockheed B-34):アメリカ陸軍航空隊のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機をイギリスに貸与した。胴体後上方に銃座は装備されていない。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005982引用。


 ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)は、第二次世界大戦中にアメリカ海軍制式のロッキード社製の哨戒爆撃機であるが、アメリカ海軍・イギリス空軍(ベンチュラ:Ventura)に続いて、アメリカ陸軍航空隊でもB-34爆撃機/B-37の名称で制式されている。

写真(右)1941-1943年、イギリス軍のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。アメリカ陸軍航空隊のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機をイギリスに貸与した。胴体後上方に銃座は装備されていない。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005984引用。


アメリカ製のロッキード(Lockheed)B-34爆撃機は、 武器貸与法(lend-lease)によって、ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)として 200機が生産されたが、実際にイギリス空軍(RAF)やイギリス自治領(ドミニオン)に引き渡されたのは、僅か66機に過ぎなかった。残り124機は、アメリカ陸軍航空隊(USAAF)に引き渡され、主に訓練機として使用された。これが、アメリカあ陸軍にとっては、初めてのベンチュラ(Venturas)であり、最終的には264機のベランチュラ(Ventura)IIが引き渡されたが、これはロッキード(Lockheed)Model 37と命名された。

写真(右)1941-1943年、待機しているイギリス軍のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。アメリカ陸軍航空隊のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機をイギリスに貸与した。胴体後上方に銃座は装備されていない。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005996引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラ(Lockheed Vega Ventura)は、第二次世界大戦中、アメリカのロッキード社が自社のロッキード・ロードスター輸送機を軍用爆撃機とした機体で、イギリス空軍の発注になり、ベンチュラMK.I爆撃機、次にベンチュラMK.II爆撃機が開発された。その後、アメリカ海軍航空隊PV-1ベンチュラ哨戒爆撃機として制式し、アメリカ陸軍航空隊もB-34爆撃機の名称で制式した。

写真(右)1941-1943年、待機しているイギリス軍のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。アメリカ陸軍航空隊のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機をイギリスに貸与した。胴体後上方に銃座は装備されていない。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005983引用。


実は、第二次世界大戦勃発前、イギリス空軍は、自国の飛行機供給能力の制約以上の航空軍の拡張をドイツに対抗するために必要としていた。そこで、飛行機供給能力に余剰のあったアメリカ、ロッキード社に沿岸警備に使用できる爆撃機を発注した。これが、イギリス空軍の制式したロッキード・ハドソン爆撃機である。ハドソン爆撃機を発注していたイギリスは、その後継機として、1940年に一層強力な哨戒爆撃機の開発をロッキードに発注した。これが後のベンチュラ爆撃機である。

写真(右)1941-1943年、飛行するイギリス軍のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。アメリカ陸軍航空隊のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機をイギリスに貸与した。胴体後上方に銃座は装備されていない。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005989引用。


ロッキード社は、ロッキード18ロードスター輸送機をベースとして、発動機をP&Wダブル・ワスプR-2800(2,000hp)に返還したベンチュラ爆撃機を開発し、試作1号機は1941年7月に初飛行した。イギリスは、ベンチュラ爆撃機に満足し675機を発注したが、折あしく、日本軍による東南アジア侵攻・ハワイ奇襲攻撃があり、太平洋戦争が勃発した。アメリカも急速に航空兵力を拡張したため、ベンチュラ爆撃機が実際にイギリスに引き渡されたのは1942年夏以降だった。イギリス軍はベンチュラMK.1爆撃機を制式し、188機が生産された。また、その発展型のベンチュラMK.2も発注された。

写真(右)1941-1943年、丘陵地帯を飛行するイギリス軍のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。アメリカ陸軍航空隊のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機をイギリスに貸与した。胴体後上方に銃座は装備されていない。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005985引用。


イギリス空軍は、ベランチュラMKIIを487機を発注したが、実際に引き渡されたのは196機で、残りは太平洋戦争に投入するためにアメリカ軍に回された。また、イギリス自治領のカナダ、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドも、イギリス空軍と同じベンチュラ爆撃機を採用している。同じ機体を、アメリカ海軍はPV-1ベンチュラ哨戒機、アメリカ陸軍はロッキード・B-34レキシントン( Lexington)爆撃機と命名して制式した。

写真(右)1943年、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed B-34 Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。胴体後上方に銃座は設けられていない。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005978引用。


アメリカ陸軍航空隊は、イギリス空軍の採用したベンチュラ爆撃機にロッキード・B-34レキシントン( Lexington)と命名して制式した。これは、イギリスが発注していたベンチュラ爆撃機を、アメリカ軍向けに250機を転換したのである。また、発動機をライトR-2600としたベンチュラ爆撃機18機をB-37として制式した。

写真(右)1943年、飛行中のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 Vega Ventura):アメリカの国籍マークは、青丸白星、白★中央に赤丸の1942年初頭まで採用された旧式なものである。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006000引用。


アメリカ陸軍航空隊制式のアメリカ製ロッキード・B-34レキシントン( Lexington)は、全部でB-34-VE(20機)、B-34A-VE(167機)、B-34B-Ve3(13機)の3形式がある。最初の形式であるB-34-VE爆撃機(VEとはロッキード社ベガLockheed’s Vega子会社)で、レキシントン(Lexington)ベンチュラIIA (Ventura IIA)の愛称が与えられ、20機が生産された。これらの機体は、アメリカ陸軍航空隊(USAAF)に配備され、実戦投入された。

写真(右)1944年、飛行中のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):アメリカ軍の国籍マークは、1944年後半に採用された青丸白星に白袖の記章である。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005986引用。


アメリカ陸軍航空隊が制式したロッキード・B-34レキシントン( Lexington)に防御力向上に不可欠といえる胴体後上方の回転銃塔が、必ずしも設けられていないのは、航法・銃撃・操縦の練習、標的曳航をしての諸劇訓練など練習機としての各種訓練飛行が主な任務だったためであろう。

写真(右)1943年、飛行中のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005987引用。


アメリカ製ロッキード・B-34レキシントン( Lexington)の二番目の形式はB-34A-VE レキシントン(Lexington)爆撃機機で、167機が生産された。そのうち66機は、イギリス空軍と自治領(Commonwealth)にベランチュラ(Ventura)IIA爆撃機として制式されたが、これはアメリカ陸軍航空隊(USAAF)のB-34A-1-VE爆撃機である。残りの101機は、アメリカ陸軍航空隊(USAAF)に配備され、そのうち57機はB-34A-2-VE爆撃練習機となり、28機はB-34A-3-V銃撃訓練機となり、16機はB-34A-4-VE標的携行機(target tugs)となった。

写真(右)1943年、飛行中のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005988引用。


最後の13機のアメリカ陸軍航空隊B-34B-Ve レキシントン(Lexington)爆撃機は、航法訓練機として使用された。

写真(右)1943年、正面から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):アメリカの国籍マークは、青丸白星で、1942年春以降、第二次大戦末期まで使われた形式である。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005991引用。


アメリカ軍の国籍記章は、
(1)第二次大戦時から太平洋戦争初期:青丸に白星、中央に小さな赤丸
(2)太平洋戦争初期・後期:青縁付きの白袖を付けた青丸に白星
(3)太平洋戦争・第二次大戦末期:後期:青縁付きの赤線入り白袖を付けた青丸に白星
と、戦時中に3選している。

写真(右)1943年、正面から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):アメリカの国籍マークは、青丸白星で、1942年春以降、第二次大戦末期まで使われた形式である。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005978引用。


写真(右)1943年、正面から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):アメリカの国籍マークは、青丸白星で、1942年春以降、第二次大戦末期まで使われた形式である。主翼後端から胴体に梯子が立てかけられている。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005979引用。


写真(右)1943年、離陸準備のためエンジンを駆動中のイギリス空軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):アメリカの国籍マークは、青丸白星で、1942年春以降、第二次大戦末期まで使われた形式である。主翼後端から胴体に梯子が立てかけられている。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005995引用。


写真(右)1943年、飛行場で待機中のイギリス空軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):アメリカの国籍マークは、青丸白星で、1942年春以降、第二次大戦末期まで使われた形式である。主翼後端から胴体に梯子が立てかけられている。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005983引用。


ロッキード・B-34爆撃機(Lockheed B-34A Lexington)諸元
空虚重量Empty Weight: 7836 kg
総重量Take-off Weight: 11612 kg
離陸最大重量Maximum Take-off Weight: 12587 kg
全幅 Wingspan: 19.96 m
全長 Length: 15.67 m
全高 Height: 3.62 m
主翼面積 Wing Area: 51.19 m2
翼面荷重 Wing Loading: 227.03 kg/m2
発動機搭載数 Number of Engines: 2基
発動機形式 Type: プラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)R-2800-31 (491 kW)
プロペラ ハミルトン・スタンダード(Hamilton Standard)水圧ピッチ調整(Hydromatic)
燃料搭載量 Fuel Tank Capacity: 2139L
最大燃料搭載量 2953 L

写真(右)1943年、飛行機格納庫から引き出された真新しいのロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura)を工場労働者が歓迎している。:機首にはガラス風防がはめ込まれ、先端には爆撃照準器も搭載されている様だ。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005990引用。


ロッキード・B-34爆撃機(Lockheed B-34A Lexington)の性能
最高速力 Maximum Speed: 506.9 km/h 高度 4724 m
巡航束力 Cruise Speed: 370.1 km/h
上昇率 Time to Climb to: 8.2 分/4572 m
実用上昇限度 Service Ceiling: 7315 m
航続距離 Range: 1528.9 km
最大航続距離 Maximum Range: 4184.3 km

写真(右)1943年、飛行中のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):ゴム主輪など降着装置は、嫣然ナセルに完全に引き込むが、前型のハドソン爆撃機は、主輪の三分の一がエンジンナセルの外に飛び出したままである。アメリカの国籍マークは、青丸白星で、1942年春以降、第二次大戦末期まで使われた形式である。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006001引用。


ロッキード・B-34爆撃機(Lockheed B-34A Lexington)の兵装
2x 固定12,7 mm機関銃
2x 旋回 12,7 mm 機関銃
2x ガンパック装備12,7 mm機関銃
2x 旋回 12,7 mm機関銃/マーチン動力旋回銃塔(Martin 250CE)
爆弾搭載量:1361 kg pum

写真(右)1943年、飛行中のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34爆撃機(Lockheed, B-34 , Vega Ventura):イギリスの命名ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)を引き継いだアメリカ陸軍航空隊の爆撃機。胴体後上方に銃座は設けられていない。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005999引用。


ロッキード・B-34レキシントン( Lexington)は、2,000hpのプラットアンドホイットニー(Pratt & Whitney)R-2800-31空冷星形18気筒エンジンを装備し、前方固定0.50インチ12.7ミリ機関銃を機首に、胴体後上方にマーチン・ターレット(Martin dorsal turret)が, 0.30インチ機関銃も備えられていた。ロッキード(Lockheed)B-34ベンチュラ(Ventura)II爆撃機の爆弾搭載量は、3,000ポンドである。

ロッキード 10 エレクトラ(Lockheed Model 10 Electra )の発動機を強化し、若干大型化した発展型がロッキード 14 スパー・エレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機で、1937年7月29日初飛行、354機が生産された。その軍用仕様がロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機で、1938年12月10日初飛行で、2,941機生産された。

ロッキード 14 スパーエレクトラ輸送機の胴体を 5 feet 6 inches (1.68 m)延長し、乗客を増やし、発動機を強化したのが、ロッキード 18 ロードスター(Lockheed Model 18 Lodestar)輸送機で、1939年9月21日初飛行し、625機が生産された。そのロードスターの軍用仕様がロッキード・ベンチュラ(Lockheed Ventura)PV-1哨戒爆撃機で、1941年7月31日初飛行で、3,028機生産された。

ロッキード・PV-1ベンチュラの主翼 551 ft2 (51.2 m2) を 686 ft2 (63.7 m2)に大型化し、武装を強化した改良型が、ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機で、1943年12月3日初飛行で、ある。しかし、PV-2ハープーン(Harpoon)は、PV-1ベンチュラと同一の発動機一であり、飛行性能は重量増加で若干低下した。生産機数は470機生産されたほか、改造型としてPV-2C練習機が30機、武装強化型PV-2Dが35機生産された。つまり、ハープーン(Harpoon)PV-2は総計535機が生産されたが、ベンチュラPV-1の1,600機に比して、3分の1である。


6.ロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機

イギリスがアメリカのロッキードに発注したベンチュラPV-1哨戒爆撃機の発展型が、ロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機で、1943年11月に初飛行した。改良点は、飛行安定性を向上させるために、翼の形状の改良と主翼面積の増加、尾翼の形状改善、攻撃力・防御力の向上である。火器は、機首に前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃5丁、胴体後上方の動力銃塔にブローニング12.7ミリ連装機関銃、胴体後方下方にブローニング12.7ミリ連装機関銃で、口径が増強されている。また、爆弾倉が拡張され、爆弾搭載量も1.5倍になり、1,000ポンド(455kg)爆弾6発をできるようになった。主翼下面には、PV-1同様、HVAR5インチロケット弾4発、合計8発搭載可能である。

写真(右)1944年以降、機首にHarpoonと白色で記入したアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-2ハープーン哨戒爆撃機(Lockheed : PV-2 Harpoon):青縁付きの白袖を付けた青丸に白星の国籍指標は、左主翼外側下面に流線型の燃料増槽を懸架していないが、ロケット弾の発射装置(ランチャー)を装備押している。胴体後上方にブローニング12.7ミリ機関銃装備の動力回転銃座。機首の上面と下面に前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃銃座・ガンパックが設けられている。ハドソンとベンチュラの主翼の形状が、先端がとがっているが、ハープーンでは主翼は一般的な短冊形に改修されているので、区別は容易である。
Lockheed : PV-2 Harpoon Manufacturer: Lockheed Designation: PV-2 Official Nickname: Harpoon
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006442引用。


ロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機はPV-1ベンチュラの尾翼・主翼を大型化・改良し、武装を強化した発展型だが、発動機は同一であり、飛行性能は向上していない。生産機数は470機。戦争末期に。機首の前方固定12.7ミリ機関銃を8丁に増設したPV-2Dが開発され、1944年11月16日に100機が発注された。しかし、太平洋戦争終戦によって、完成機は35機のみだった。

ロッキード・PV-1ベンチュラの改良型ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機は、470機が製造されたが、太平洋戦争終戦によって、余剰機があふれた。そこで、アメリカ軍は、余剰機を同盟国・友好国に貸与することとし、1945年以降、日本、ブラジル、フランス、イタリア、ポルトガル、オランダがロッキード・ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機を採用した。

従前のハドソン、前作ベンチュラでは、主翼の形状が、先端がとがっているのに対して、発展型のハープーンでは主翼は一般的な短冊形に改修されているので、区別は容易である。

図(右)アメリカ、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機の三面図:機首下面に前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃が飛び出している。胴体後上方には動力回転銃座が設けられている。従前のハドソン、前作ベンチュラでは、主翼の形状が、先端がとがっているのに対して、発展型のハープーンでは主翼は一般的な短冊形に改修されているので、区別は容易である。
Three-side-drawing of a Lockheed PV-2 Harpoon, used by the U.S. Navy. Description Three-side-drawing of a Lockheed PV-2 Harpoon, used by the U.S. Navy. Date Unknown date Source U.S. Navy Naval History Center website [1] Author USN
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed PV-2 Harpoon File:Aankomst Harpoons vliegtuig op Valkenburg, Bestanddeelnr 904-7530.jpg引用。


ロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機の諸元
搭乗員 5名
全長:22.9m、全幅:15.9m、全高:4.00m
翼面積:63.7平方メートル
自重:9,530kg、全備重量:15,270kg
発動機:P&W R-2800空冷星型18気筒2,000馬力2基
最高速力:456km/h、巡航速力:275km/h
着陸速力:150km/h
上昇率:341m/分
実用上昇限度:7,280m
航続距離:4,720km
爆弾搭載量:6,000ポンド(2,710kg)またはMk13航空魚雷2本
機首上面:前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃2丁
機首下面:ガンポッドに前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃3丁
胴体後上方:ブローニング12.7ミリ連装機関銃搭載の動力回転銃座
胴下後下方:ブローニング12.7ミリ連装旋回機関銃
翼下面:5インチロケット弾8発

ロッキード・PV-1ベンチュラの改良型ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機は 470機生産されたほか、改造型としてPV-2C練習機が30機、武装強化型PV-2Dが35機生産された。つまり、ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機は総計535機が製造されたことになるが、これはPV-1ベンチュラが1,600機生産されたのに比較すると、アメリカ爆撃機としては、非常に少ない。

⇒写真集Album:ロッキード・PV-2 ハープ―ン(Lockheed Harpoon)哨戒機 見る。



2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。

⇒写真集Album:ライト・ベランカ (Wright-Bellanca WB-2)「コロンビア」の大西洋横断飛行を見る。
⇒写真集Album:ユンカース(Junkers)W.33「ブレーメン」Bremenの大西洋横断飛行見る。
⇒写真集Album:ベランカCH-400「スカイロケット」の太平洋横断飛行を見る。
⇒写真集Album:ユンカース(Junker)A-50「報知日米親善号」の太平洋横断飛行を詳しく見る。
⇒写真集Album:ユンカース(Junker)W33「報知日米親善号」の太平洋横断飛行を詳しく見る。
⇒写真集Album:ユンカース(Junker)G-24輸送機を詳しく見る。
⇒写真集Album:ユンカース(junkers)Ju 52 輸送機を詳しく見る。
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
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