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◆ロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機/ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒機
写真(上)1940年以降、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機(登録コード:C-VX)
:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
Lockheed, Hudson Title: Lockheed, Hudson Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, Hudson
写真は,SDASM Archives Catalog #: 01_00092014引用。



写真(上)1939-1940年頃、舗装滑走路上でエンジンを駆動しているイギリス空軍所属のロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)
:。
Lockheed, 21, Hudson Title: Lockheed, 21, Hudson Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, 21, Hudson Repository: San Diego Air and Space Museum Archive Designation: 21 From the Charles M. Daniels Collection
写真はSDASM Archives,San Diego Air and Space Museum Archive・Catalog #: 01_00092021引用。



写真(上)1942年、イギリス保護国エジプト、カイロ郊外ピラミッド上空を飛翔するイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk VI 爆撃機(登録コード:AE626)
:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
THE ROYAL AIR FORCE IN EGYPT, SUMMER 1942 A Royal Air Force Lockheed Hudson Mk VI (AE626) aircraft of the Middle East Communications Flight flying over the pyramids. CreatorRoyal Air Force official photographerMaterials whole: acetate
写真は,IWM Catalogue number TR 1引用。


1.ロッキード(Lockheed)モデル Model 14「スーパー・エレクトラ」輸送機

アメリカの女流飛行家アメリア・イアハートは、1932年、ロッキード・ベガを単身操縦士の大西洋無着陸横断飛行を成功させたが、大統領夫人エレノア・ルーズベルトの後押しを受けて、赤道を回る世界一周旅行を計画した。1937年にアメリアが世界一周に使用した愛機ロッキード・エレクトラ10E の改良型ロッキード・エレクトラ14N(Lockheed Model 14-N Super Electra)は、翌1938年7月にアメリカの大富豪ハワード・ヒューズHoward Hughes:1905-1976)の愛機として世界一周に成功している。

写真(右)1938年7月以降、アメリカ、ニューヨーク、飛行場に飛来した大富豪ハワード・ヒューズ(Howard Hughes)の愛機ロッキード・スーパーエレクトラ14N(Lockheed Model 14-N2 Super Electra:登録コード NX18973)と出迎える人々:1938年7月10-14日、アメリカの大富豪ハワード・ヒューズ(Howard Hughes)は愛機ロッキード・エレクトラ14(登録コード:NX18973)で世界一周早回りの記録を達成した。
Three-quarter right front view of Howard Hughes' Lockheed Model 14, presumably after his around the world flight July 10-14, 1938, at Floyd Bennett Field, New York, where the flight began and ended. Crowds surround the aircraft. [A/C number NX18973]Last Name: Earhart First Name: Amelia Date 7/14/1938
写真は,National Air and Space Museum Archives・Local number NASM-163076引用。


大富豪ハワード・ヒューズHoward Hughes)は、1932年、20代にして、ヒューズ・エアクラフト社を創立し、ボーイング(Boeing)P-12B複葉戦闘機を改良し1933年、ロサンゼルスで時速212マイルの直線飛行記録を更新した。そして、世界一周飛行記録を出そうと、長距離飛行可能なシコルスキー(Sikorsky)大型飛行艇、1933年7月初飛行のダグラス(Douglas DC-1)双発輸送機(乗客12人・巡航速度180マイル (289 km/h) )を購入したが、航続距離は問題なく共、巡航速度が遅くなり、飛行時間記録を大きく書き換えることができなくなるリスクがあったため、より高速のロッキード・エレクトラ14N(Lockheed Model 14-N2 Super Electra:登録コード NX18973)を購入した。

1937年7月10日から14日、4人の搭乗員(クルー)の操縦運行する特別仕様のロッキード・エレクトラ14NLockheed Model 14-N2 Super Electra:登録コードNX18973) は、ニューヨーク州フロイド・ベネット飛行場(Floyd Bennett Field)から、パリ、モスクワ、シベリヤのオムスク(Omsk)、ヤクーツク(Yakutsk)、アメリカのアラスカのフェアバンクスを経由して、2万3,612キロを3日19時間14分で世界一周飛行(Round-the-World Flights)した。

写真(右)1938年、アメリカ、カリフォルニア州アラメダ海軍基地(Alameda )、ハワード・ヒューズが世界一周早回りに使用したロッキード(Lockheed) 14H2「スーパー・エレクトラ」(Super Electra)輸送機(登録コード:NC-18573)
Description Howard Hughes round-the-world flight Lockheed at Alameda in 1940. Date 26 February 2011, 22:08 Source Hughes Lockheed 14H Author Bill Larkins
写真はWikimedia Commons, Category:Lockheed Model 14 Super Electra File:Hughes Lockheed 14H (5483065329).jpg引用。


ハワード・ヒューズJr(Howard Hughes)がロッキード・エレクトラ14N(Lockheed Model 14-N2 Super Electra:登録コード NX18973)で高速世界一周をし、着陸した時に、実際の距離にはあと125マイル不足している可能性があった。そこで、急遽の再離陸で、公式記録は3日間23時間35分ともされるが、ハワード・ヒューズが世界一周早回り飛行記録(Round-the-World Flights)を更新したことに違いはない。それ以前の世界記録は、1931年にウィリー・ポストによる8日間の世界一周だったので、その二分の一の早さだったが、これは飛行家の熟練技術ではなく、飛行機ロッキード・エレクトラ14N(Lockheed Model 14-N2 Super Electra:登録コード NX18973)の性能が向上していたためである。

⇒写真集Album:ハワード・ヒューズJr(Howard Hughes)のスーパーエレクトラ(Super Electra)世界一周飛行見る。

写真(右)1938年、アメリカ、ワシントンD.C、アナコスティア海軍基地(Malton Airport)、アメリカ海軍長官専用機となったロッキード(Lockheed) 14H2「スーパー・エレクトラ」(Super Electra)輸送機(登録コード:XR4O-1、製造番号 1441))
Description English: The single U.S. Navy Lockheed XR4O-1 (BuNo 1441) at the NACA Langley Research Center in 1938. In 1938 the U.S. Navy ordered a staff transport version of the Lockheed Model 14-H2 Super Electra. It was delivered to the USN on 15 October 1938 and remained in the inventory until 1944. The aircraft spent most, if not all, of its service life based at Naval Air Station Anacostia, Washington D.C. (USA). The Lockheed Hudson was later developed from this plane. Date 1938 Source NASA photo EL-1997-00257 Author NASA Other versions caption bar cropped
写真はWikimedia Commons, Category:Lockheed Model 14 Super Electra File:Lockheed XR4O-1 at NACA Langley 1938.jpeg引用。


写真(右)1939年5月、アメリカ、カリフォルニア州オークランド飛行場、アメリカ海軍次官専用機となったロッキード(Lockheed)14「ロードスター」(Lodestar)輸送機 (登録コード:XR4O-1 ):星条旗を模した国籍記章は、青地の丸に白星、星中央に赤丸の1942年初頭まで使用されて形式である。太平洋戦争勃発後に、このアメリカの国籍記章は、青地の丸に白星となり、星中央の赤丸は廃止されている。
Description NRAB Oakland May 1939. The one only Lockheed 14 transport used for VIP flights and the Assistant Secretary of the Navy for Air. Date 5 August 2010, 15:04 Source Lockheed XR4O-1 (1441) Author Bill Larkins
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 Lodestar File:Lockheed XR4O-1 (1441) (4864540434).jpg引用。


アメリカのロッキードLockheed)ロッキード(Lockheed)社は、それまでオリオン(Orion)のような木製の飛行機を生産していたので、ロイド・シャーマン(Lloyd Stearman)とホール・ハイバード(Hall Hibbard)の設計になるロッキードLockheed)モデル Model 10「エレクトラ」輸送機は、ロッキード初の全金属製飛行機となった。 命名のエレクトラとは、夜空のプレアデス星団(Pleiades)の恒星からの命名である。試作機は、1934年2月23日に初飛行した。

写真(右)1938年、カナダ、ブリティッシュ コロンビア州(British Columbia)バンクーバー空港(Vancouver)、トランス・カナダ航空(Trans Canada Airlines)所属のロッキード(Lockheed) 14H2「スーパー・エレクトラ」(Super Electra)輸送機(登録コード:CF-TCE)
Description English: Lockheed Super Electra CF-TCE of Trans Canada Airlines Date 1938 Source This image is available from the City of Vancouver Archives under the reference number CVA 260-904 This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing. Flag of Vancouver (Canada).svg Author Steffens-Colmer Studios Ltd. and Don Coltman Company Photographs
写真はWikimedia Commons, Category:Lockheed Model 14 Super Electra of Trans Canada Airlines File:Lockheed Super Electra CF-TCE.jpg引用。


写真(右)1938年、イギリス、トランス・カナダ航空(Trans Canada Airlines)所属のロッキード(Lockheed) 14H2「スーパー・エレクトラ」(Super Electra)輸送機(登録コード:CF-TCJ )
Description English: Trans Canada Airlines Lockheed 14H2 c. 1938 (CF-TCJ). created image with Photoshop using a photograph originally posted on:[1] covered by Date circa 1938 Source Transferred from en.wikipedia to Commons. Author Bzuk at English Wikipedia
写真はWikimedia Commons, Category:CF-TCJ (aircraft) File:Lockheed 14.jpg引用。


ロッキードLockheed)">ロッキード(Lockheed)モデル Model 10A「エレクトラ」(Electra)は、民間輸送機として、アメリカ以外では、オーストラリア(Australia)、ブラジル(Brazil)、カナダ(Canada)、チリ(Chile)、キューバ(Cuba)、チェコ(Czech) 、メキシコ(Mexico)、オランダ(Netherland)、ニュージーランド(New Zealand)、パナマ(Panama)、ポーランド(Poland)、ルーマニア(Romania)、イギリス(United Kingdom)、ユーゴスラビア(Yugoslavia)で使用された。

写真(右)1939年、カナダ、オンタリオ州トロント・ピアソン空港(Malton Airport)、トランス・カナダ航空(Trans Canada Airlines)所属のロッキード(Lockheed) 14H2「スーパー・エレクトラ」(Super Electra)輸送機(登録コード:CF-TCJ )
Description English: TCA (Trans-Canada Airlines) Lockheed Electra 14H2s at Malton Airport C 1939 Date circa 1939 Author Trans Canada Airlines
写真はWikimedia Commons, Category:CF-TCJ (aircraft) File:Malton Airport 1939 - TCA Lockheed Electra 14H2s (14Hs).jpg引用。


ロッキードLockheed)モデル Model 10A「エレクトラ」(Electra)は、軍用機として、アメリカ軍以外では、アルゼンチン空軍(Argentine Air Force)、ブラジル空軍(Brazilian Air Force)、カナダ空軍(Royal Canadian Air Force)、ホンジュラス空軍(Honduran Air Force)、ニカラグア空軍(Nicaragua Air Force)、スペイン空軍(Spanish Republican Air Force)、日本軍、イギリス空軍(Royal Air Force)、ベネスエラ軍(Venezuela)で採用されている。

ロッキードLockheed)モデル Model 10「エレクトラ」(Electra)輸送機は、双発・単葉の全金属製引込み脚の高速輸送機で、同じく1930年代のアメリカで生産されたボーイング(Boeing)247双発輸送機、ダグラス(Douglas)DC-2双発輸送機と並んで、アメリカの航空技術の優秀さを世界に誇示することができた。

⇒写真集Album:ロッキード・スーパーエレクトラ(Super Electra)輸送機 見る。


2.ロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機

ロッキード 10 エレクトラ(Lockheed Model 10 Electra )の発動機を強化し、若干大型化した発展型が、ロッキード 14 スパー・エレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機だが、その軍用仕様がロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機である。

写真(右)1939-1940年頃、飛行するイギリス空軍第224飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson):1940年12月9日、ノルウェー方面で行方不明となった。
Lockheed, Hudson Title: Lockheed, Hudson Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, Hudson
写真はSDASM Archives,San Diego Air and Space Museum Archive・Catalog #: 01_00092023引用。


ロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機は、ロッキード社で製造されたアメリカ製爆撃機である。初飛行は、1938年12月10日で、1939年9月の第二次世界大戦勃発直後だった。ロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機は、第二次世界大戦の勃発を危惧したイギリス空軍・オーストラリア空軍が空軍力を急遽増強するために、ロッキードのモデル14「スーパー・エレクトラ」輸送機が原型とした軍用仕様の要求を出した。

写真(右)1939-1940年12月以前、イギリス空軍第224飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機Mk.I(Lockheed Hudson Mk.I)(登録コード: T9277):1940年12月9日、ノルウェー方面で行方不明となった。
Hudson Mark I, T9277 ‘QX-W’, of No. 224 Squadron RAF based at Leuchars, Fife, in flight off the Scottish coast. This was a late production Mark I, fitted with Hydromatic propellers and early ASV Mark 1 radar. T9277 went missing while on a patrol off Norway on 9 December 1940.Date between 1939 and 1945 IWM (E(MOS) 263)
写真は,IWM ・Catalogue number IWM (CH 996)引用。


アメリカのロッキードLockheed)10 エレクトラ(Electra)の発展型がロッキード 14 スパー・エレクトラ(Lockheed Model 14)で、発動機を強化し、乗客収容能力も向上させた。しかし、民間航空の需要は、ライバルのダグラスDC-3、ボーイングとの競争もあり、商業的には十分な成功を得ることはできなかった。

写真(右)1939-1940年頃、飛行するイギリス空軍のロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)
AL61A-336 Lockheed Hudson Images from an Album (AL-61A) which belonged to Mr. Lowry and was donated to the Leisure World Aerospace Club. Repository: San Diego Air and Space Museum Archive
写真はSDASM Archives,San Diego Air and Space Museum Archive・AL61A-336 引用。


ロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)の性能は軍用機として満足できるものだったため、アメリカ陸軍航空隊・アメリカ海軍航空隊も、イギリス・オーストラリアに倣って軍用仕様の哨戒爆撃機として制式した。

写真(右)1939-1940年頃、飛行するイギリス空軍第224飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson):1940年12月9日、ノルウェー方面で行方不明となった。
Lockheed, 21, Hudson Title: Lockheed, 21, Hudson Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, 21, Hudson Repository: San Diego Air and Space Museum Archive Designation: 21 From the Charles M. Daniels Collection
写真はSDASM Archives,San Diego Air and Space Museum Archive・Catalog #: 01_00092021引用。


wikipediaでは「ハドソン(Hudson)は、第二次世界大戦時にアメリカのロッキード社で製造された哨戒・爆撃機である。」というが、誤解を招く表現で正しくない。正確には、第二次世界大戦は1939年9月1日のドイツのポーランド侵攻から始まり、第二次世界大戦にアメリカが参戦したのは、1941年12月7日の日本のマレー半島侵攻、フィリピン攻撃・ハワイ攻撃ではじまった太平洋戦争からである。したがって、ハドソンはアメリカの爆撃機として実戦参加するより2年前に、イギリス空軍、オーストラリア空軍に制式され、第二次大戦勃発前から第一線の爆撃機として配備されていた。しかし、ハドソン哨戒爆撃機の原型は、ロッキード 14 スーパーエレクトラ(Lockheed 14 Super Electra)で、その初飛行は1937年7月29日と第二次大戦勃発の2年前だが、当時としては、斬新な全金属製単葉低翼、引込脚を採用し、14人乗りの最高速力250マイル(400km/h)の高速輸送機だった。

写真(右)1940年4月、イギリス本土北部、スコットランド、ウィック、イギリス空軍第269飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)の地上勤務員による整備作業:フラップは全開、エンジンカウリングは外され、胴体下面の爆弾倉も開いている。手前にあるのは、外されたエンジンカウリングのパーツである。
ROYAL AIR FORCE: 1939-1945: COASTAL COMMAND
Object description Ground staff servicing Hudson N7303/UA-B of No 269 Squadron, at Wick in northern Scotland, April 1940...
Creator Hensser H (Mr) Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 62)引用。


第二次大戦が勃発するとすぐに、大西洋上で実戦参加していた。そして、1941年12月の太平洋戦争時には、マレー半島方面で、イギリス空軍・オーストラリア空軍のハドソンが哨戒爆撃機として、日本軍のマレー侵攻部隊を海上や陸上で攻撃している。

写真(右)1940年4月、ノルウェー、アンダルセン(Andalsnes)、現地のオーバーオールを着た支援部隊将兵と打ち合わせをするイギリス空軍第224飛行隊所属のロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機(登録コード:N7264/QX-Q)の搭乗員:両端の搭乗員は、ライフジャケットを着用していて、支援部隊員の提示した書類を検分しようとしている。
ROYAL AIR FORCE: 1939-1945: COASTAL COMMAND
Object description The crew of a Hudson of No 224 Squadron, N7264/QX-Q, inspecting damage to their aircraft sustained during an operation to support troops landing at Andalsnes in Norway, April 1940....
Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 314)引用。


ロッキードLockheed)ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)の装備しているライト(Wright) GR-1820サイクロン 9(Cyclone 9 )空冷星型9気筒エンジン(1,100馬力)は、アメリカ軍のB-17 フライングフォートレス重爆撃機、F2A バッファロー艦上戦闘機、FM-2(ゼネラルモーターズ製F4F ワイルドキャット)、SBDドーントレス急降下爆撃機、カーチスSBC ヘルダイバー急降下爆撃機、ダグラス DC-3輸送機なども装備した信頼性の高い発動機である。

写真(右)1940年頃、イギリス、イギリス空軍ロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)コックピットの正副操縦士:手前の胴体前部との仕切り扉には、地図や筆記用具を入れることのできる収納スペースがついている。操縦士たちを保護するための装甲版など防弾設備は特に見当たらない。
ACTIVE SERVICE ON THE HOME FRONT
Object description Lockheed Hudons supplementing the strength of the Coastal Command, operating from British shores in the far north, are carrying out some of the offensive reconnaissance patrols over invaded Norway. This image shows a view of the pilots 'office'.
Creator Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 54)引用。


写真(右)1940年6月、イギリス、イギリス空軍第206飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)のコックピットでレーダースコープ(?)を覗く通信士:手前の胴体前部右には、航空で使用する酸素瓶がならんでいる。元はスーパーエレクトラ旅客機だったので、その時の乗客用窓が並んでいるが、窓のカーテン、手荷物収納ネット、つり革、読書灯など客用の設備は取り去られている。
ROYAL AIR FORCE: 1939-1945: COASTAL COMMAND
Object description The interior of a Lockheed Hudson Mk I of No. 206 Squadron RAF, June 1940. Label The interior of a Lockheed Hudson Mk I of No. 206 Squadron RAF, June 1940..
Creator Hensser H Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 283)引用。


写真(右)1940年7月初期、イギリス、ニュートン、ビルカム、イギリス空軍第206飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)
ROYAL AIR FORCE: 1939-1945: COASTAL COMMAND
Object description Bombing up a Hudson of No 206 Squadron at Bircham Newton, early June 1940.
Creator Hensser H (Mr) Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 283)引用。


ロッキード・ハドソンMk.I爆撃機(Lockheed Hudson Mk.I)の諸元
搭乗員:6名
全長:19.96m
全幅:14.33m
全高:4.80m
翼面積:51.19平方メートル
自重:5,484kg
全備重量:7,938kg
発動機:ライト(Wright) GR-1820サイクロン 9(Cyclone 9 )空冷星型9気筒エンジン 1,100馬力2基
最大速度:357km/h(高度2,400m)
巡航速度:249km/h
上昇率:305m/分
実用上限高度:6,400m
航続距離:1,835km
爆弾搭載量: 1,600ポンド(726kg)
7.7ミリ連装機銃搭載動力旋回銃座1基、前方固定7.7ミリ連装機銃1基

写真(右)1940年7月初期、ノルウェー、ビルカム、イギリス空軍第206飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機(Lockheed Hudson)への250ポンド爆弾搭載作業:爆弾は小型だが、専用の爆弾運搬車に乗せられて、トレーラーに牽引されて、爆弾倉の下にセットされた。
ROYAL AIR FORCE: 1939-1945: COASTAL COMMAND
Object description 250-lb GP bombs being loaded into a Lockheed Hudson Mark I of No. 206 Squadron RAF, at Bircham Newton, Norfolk..
Creator Hensser H (Mr) Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 283)引用。


ハドソン哨戒爆撃機の兵装は、機首前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃2挺、胴体後上方の動力旋回銃座12.7ミリ旋回機関銃2挺、さらに追加兵装として、胴体左右側面に12.7ミリ旋回機関銃各1挺と強力なものだった。当時、爆撃機の旋回機関銃に12.7ミリ口径の中口径の発射速度の高い防御機関銃を搭載していたのは、イタリアのブレダ12.7ミリ機関銃だけで、それもイタリア爆撃機には1−2挺と少数の搭載にとどまっていた。第二次大戦勃発時の爆撃機として、ハドソンは高速で重兵装の期待といえる。ハドソンがイギリスやオーストラリアで沿岸航空部隊に配備されたのは、機関銃による洋上の艦船襲撃と単機で使用する際の防御火力の強さが決め手だったと思われる。

写真(右)1940年4月、イギリス本土北部、ノーフォーク、ビッチャム・ニュートンを基地としたイギリス空軍第224飛行隊所属のロッキード・ハドソンMark I 爆撃機(Lockheed Hudson)の2機編隊:ドイツ海軍の北海での行動を5個中隊の哨戒機が偵察していた。
ROYAL AIR FORCE: 1939-1945: COASTAL COMMAND
Object description Two Lockheed Hudson Mark Is of No. 206 Squadron RAF based at Bircham Newton, Norfolk, flying at low-level over the North Sea during a reconnaissance sortie by five aircraft of the Squadron to observe the movements of German warships in the Heligoland Bight area.....
Creator Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 314)引用。


大西洋の戦いは、ドイツ海軍潜水艦Uボートの雷撃からイギリス輸送船団を護衛する戦いだが、これは海上、海中だけではなく、空中からの洋上哨戒、Uボートへの襲撃が有効だった。Uボートによる通商破壊戦を破綻さるために、ハドソン哨戒爆撃機は上空からのUボート狩りに大活躍したのである。

写真(右)1940年4月、イギリス本土北部、ノーフォーク、ビッチャム・ニュートンを基地としたイギリス空軍第206飛行隊所属のロッキード・ハドソンMark I 爆撃機(Lockheed Hudson)の2機編隊:ドイツ海軍の北海での行動を5個中隊の哨戒機が偵察していた。
ROYAL AIR FORCE: 1939-1945: COASTAL COMMAND
Object description Hudsons of No 206 Squadron in flight, June 1940.
Creator Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 313)引用。


ハドソン哨戒爆撃機の原型ロッキード14スーパーエレクトラ輸送機は、日本の立川飛行機がライセンス生産し、日本陸軍航空隊でロ式輸送機と命名され使用された。そして、ロ式輸送機の胴体を延長した貨物輸送機が、一式貨物輸送機として、日本陸軍航空隊に採用されている。

写真(右)1940年7月、イギリス本土北部、ノーフォーク州ビッチャム・ニュートン基地、イギリス空軍第206飛行隊所属のロッキード・ハドソンMark I 爆撃機(Lockheed Hudson)(登録コード: N7318):この搭乗員たちは、1940年6月に、ポーランド空軍(Polish Forces)シコルスキー(Władysław Sikorski)将軍と彼の参謀たちを、ブランスのボルドー(Bordeaux)から救出するのに成功している。
ROYAL AIR FORCE: 1939-1945: COASTAL COMMAND
Object description The crew of a Lockheed Hudson Mark I, N7318, of No. 206 Squadron RAF which rescued the Commander in Chief of Free Polish Forces, General Władysław Sikorski and his staff from Bordeaux, France, in June 1940, gather by the door of their aircraft at Bircham Newton, Norfolk. They are (left to right): Leading Aircraftman Garrity (from USA), navigator; Flight-Lieutenant W Biddle, pilot; unknown; and Leading Aircraftman W D "Spike" Caulfield, wireless operator/air gunner, who holds a wicker carrier containing a homing pigeon......
Creator Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums ・IWM (CH 358)引用。


写真(右)1939-1945年、ノルウェー沖に出撃するイギリス空軍所属のロッキード・ハドソン爆撃機Mark IV(Lockheed Hudson Mark IV)と胴体後上方の7.7ミリ連装機銃搭載の動力旋回銃座:銃座内の銃士に"グッドラック- グッド・ハンティング" と挨拶をかわす僚機の搭乗員。海上救命具のライフジャケットを首から掛けている。
R.A.F. COASTAL COMMAND ACTIVITIES : CREW OF A HUDSON AIRCRAFT.
Original wartime caption: Original wartime caption: "Good Luck - and Good Hunting!" - a rear gunner of a Hudson aircraft of Coastal Command wishing his pal good luck as he sets off on a "shipping strike" off Norway...
写真は,Imperial War Museums ・Catalogue number CH 5326引用。


イギリス軍の制式したブローニング(Browning)7.7ミリ機関銃の原型は、アメリカのブローニングM1919機関銃で、後者は第一次世界大戦末期にアメリカで開発された口径7.62ミリの空冷機関銃である。イギリス軍は、後継7.7ミリ(7.69?)の.303ブリティッシュ弾(薬莢は縁ありのリムド)を制式していたので、後継は7.7ミリに変更されている。

写真(右)1939-1945年、ノルウェー沖に出撃するイギリス空軍所属のロッキード・ハドソン爆撃機Mark IV(Lockheed Hudson Mark IV)のコックピット:操縦者用の計器盤とチャートを広げた航法士・爆撃手が見える。
R.A.F. COASTAL COMMAND ACTIVITIES : CREW OF A HUDSON AIRCRAFT.
Original wartime caption: The pilot of a Hudson aircraft of Coastal Command at the controls, showing also [right] the navigator - Pilot Officer J. Murphy.
写真は,Imperial War Museums ・Catalogue number IWM (CH 5329)引用。


イギリスは、ロッキード14 スーパーエレクトラ輸送機を原型とする爆撃機の開発をロッキードに出し、それを受けたロッキードがロッキード・ハドソン爆撃機Mark I(Lockheed Hudson Mark I)を開発した。イギリス空軍にロッキード・ハドソン爆撃機は、1939年5月に配属され、沿岸航空隊で主に哨戒、偵察に当たった。対Uボート潜水艦制圧作戦にも従事している。

写真(右)1939-1945年、ノルウェーのフィヨルドで撃破されたイギリス空軍所属のロッキード・ハドソン爆撃機Mark IV(Lockheed Hudson Mark IV)(登録コード: AE610)
THE AMAZING HOME FLIGHT OF THE R.A.F. COASTAL COMMAND LOCKHEED HUDSON AIRCRAFT.
Original wartime caption: A Lockheed Hudson aircraft of Britain's R.A.F. Coastal Command, while flying low in search of enemy shipping in a Norwegian fjord, had a big hole prized in the floor by a projecting rock on a small island, the roof of the pilot's cabin knocked off, the propellers bent, one engine temporarily disabled, and the radio damaged, but she was brought home over 300 miles of the North Sea without charts "by common sense and guess work" and crash-landed on a Scottish aerodrome at night without injury to the crew. This picture shows the aircraft after landing. (See A.M.Bulletin No.5655).
写真は,Imperial War Museums ・Catalogue number CH 4009引用。


ロッキード14スーパーエレクトラ(Lockheed Model 14 Super Electra)輸送機から発展したロッキード・ハドソン爆撃機 ロッキード・ハドソン爆撃機は、1938–1943年の間に2,941機が生産された。内訳は1,100馬力のライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン装備の350機のMk I、20機のMk II、1,200馬力のプラット&ホイットニー(Pratt & Whitney )R-1830 ツイン・ワスプ(Twin Wasp)空冷星形14気筒エンジン装備の309機のMk V、450機のMk VIである。

写真(右)1939-1945年、ノルウェーのフィヨルドで撃破されたイギリス空軍所属のロッキード・ハドソン爆撃機Mark IV(Lockheed Hudson Mark IV)(登録コード: AE610)
THE AMAZING HOME FLIGHT OF THE R.A.F. COASTAL COMMAND LOCKHEED HUDSON AIRCRAFT
Original wartime caption: For story see CH.4009 The aircraft after landing..
写真は,Imperial War Museums ・Catalogue number CH 4010引用。


ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)哨戒爆撃機が装備した後上方の旋回銃座は,ボールトンポールBoulton Paul Aircraft)が開発した世界初の実用型の動力回転銃座である。この動力回転銃座は、イギリス空軍のロッキード・ハドソン双発爆撃機、ブリストル・ブレニム双発爆撃機などに搭載され活躍した。しかし、自社開発のボールトンポール・デファイアントBoulton Paul Defiant)単発複座戦闘機は、後席に搭載した動力回転銃座の重量過大のために飛行性能が悪化し、失敗作となった。ボールトンポール・デファイアント戦闘機の失敗は、ボールトンポール(Boulton Paul Aircraft)動力回転銃座の威力を過大評価したためであろう。

写真(右)1939-1940年12月以前、イギリス空軍第224飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機Mk.I(Lockheed Hudson Mk.I)(登録コード: T9277):1940年12月9日、ノルウェー方面で行方不明となった。
Hudson Mark I, T9277 ‘QX-W’, of No. 224 Squadron RAF based at Leuchars, Fife, in flight off the Scottish coast. This was a late production Mark I, fitted with Hydromatic propellers and early ASV Mark 1 radar. T9277 went missing while on a patrol off Norway on 9 December 1940.Date between 1939 and 1945 IWM (E(MOS) 263)
写真は,Imperial War Museums ・Catalogue number IWM (CH 996)引用。



写真(上)1940-1942年、イギリス空軍第224飛行隊所属のロッキード・ハドソン爆撃機Mk.I(Lockheed Hudson Mk.I)(登録コード: T9277)
:1940年12月9日、ノルウェー方面で行方不明となった。
Hudson Mark IV, AE610, on the ground at the Aeroplane and Armament Experimental Establishment at Boscombe Down, Wiltshire. After undergoing flight evaluation at the A&AEE and the Royal Aircraft Establishment, AE610 served as a test aircraft with the Telecommunications Flying Unit and the Coastal Command Development Unit Creator Royal Air Force official photographer 写真は,Imperial War Museums ・IWM (E(MOS) 263)引用。


ロッキードLockheed)14 スーパー・エレクトラ(Model 14)を軍用仕様にしたのが、ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)哨戒爆撃機である。当時、イギリスは、ドイツとの抗争中であり、自国の航空機生産だけでは、戦力増強が困難だった。そこで、アメリカに支援を要請したのであるが、アメリカ軍も爆撃機を必要としており、供給能力に余裕はなかった。そこで、民間商業機のロッキード 14 スパー・エレクトラ(Lockheed Model 14)を軍用に使用するために改修することととしたのである。

写真(右)1941年、アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス郡バーバンク(Burbank)、ロッキード・ハドソンMark V爆撃機(Lockheed Hudson V)の生産ライン:第二次大戦は1939年9月に始まっていたが、アメリカは1941年12月までは、中立国の立場で、イギリスへの軍事援助をしていた。
Lockheed Hudson V production line Burbank plant 1941 [Lockheed X3788 via RJF] Title:Lockheed Hudson V production line Burbank plant 1941 [Lockheed X3788 via RJF] - Catalog:17_000279 - Filename:17_000279.tif - ---------Image from the René Francillon Photo Archive. Having had his interest in aviation sparked by being at the receiving end of B-24s bombing occupied France when he was 7-yr old, René Francillon turned aviation into both his vocation and avocation. Most of his professional career was in the United States, working for major aircraft manufacturers and airport planning/design companies. All along, he kept developing a second career as an aviation historian, an activity that led him to author more than 50 books and 400 articles published in the United States, the United Kingdom, France, and elsewhere. Far from “hanging on his spurs,” he plans to remain active as an author well into his eighties.
写真はSan Diego Air and Space Museum Archive,SDASM Archives ・PictionID:43264718 引用。


第二次大戦は1939年9月にヨーロッパで対ドイツ戦争として始まっていたが、アメリカは、1941年12月の日本軍によるフィリピン・ハワイへの攻撃までは、中立国の立場だった。しかし、アメリカ合衆国ルーズベルト大統領は、1941年3月11日に武器貸与法(Lend-Lease Acts)を可決させ、イギリスへの軍事援助をしていた。そして、1941年8月にイギリス同盟国カナダのニューファウンドランド沖で、イギリス首相チャーチルと会談し、大西洋憲章を発表して、反枢軸国の立場を表明した。

写真(右)1942年、イギリス保護国エジプト、カイロ郊外ピラミッド上空を飛翔するイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk VI 爆撃機(登録コード:AE626):1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
THE ROYAL AIR FORCE IN EGYPT, SUMMER 1942
A Royal Air Force Lockheed Hudson AE626 aircraft of the Middle East Communications Flight flying over the pyramids.
Creator Royal Air Force official photographer Materials whole: acetate
写真は,Imperial War Museums  Catalogue number TR 26引用。



写真(上)1942年、イギリス保護国エジプト、カイロ郊外ピラミッド上空を飛翔するイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk VI 爆撃機(登録コード:AE626)
:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
THE ROYAL AIR FORCE IN EGYPT, SUMMER 1942
A Royal Air Force Lockheed Hudson AE626 aircraft of the Middle East Communications Flight flying over the pyramids.
Label An RAF Lockheed Hudson aircraft of the Middle East Communications Flight flying over the Pyramids at Cairo, 1942.
Creator Royal Air Force official photographer Materials whole: acetate
写真は,Imperial War Museums  Catalogue number TR 27引用。


写真(右)1942年、イギリス保護国エジプト、カイロ郊外ピラミッド近郊の農地上空を飛翔するイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk VI 爆撃機(登録コード:AE626):1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。1940年代には農地だったこの付近には、現在は家屋が立ち並んでいる。
THE ROYAL AIR FORCE IN EGYPT, SUMMER 1942 A Royal Air Force Lockheed Hudson AE626 aircraft of the Middle East Communications Flight flying over the pyramids. Creator Royal Air Force official photographer Materials whole: acetate
写真は,Imperial War Museums  Catalogue number TR 28引用。


写真(右)1940-1942年頃、イギリス、イギリス空軍第269飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark I爆撃機(登録コード:N7303)の爆弾倉への人力による250ポンド爆弾の搭載作業:爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、都市爆撃ではなく、潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945.
Object description Armourers pull trolleys loaded with 250-lb GP bombs for loading into Lockheed Hudson Mark I, N7303 'UA-B', of No. 269 Squadron RAF at Wick, Caithness, for an offensive reconnaissance patrol over Norway.
Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,IWM IWM (CH 57)引用。


写真(右)1940-1942年頃、イギリス、スコットランド北部、ケイスネス、ウィック、イギリス空軍第224飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark I爆撃機(登録コード:N7264)のトレーラーによる牽引作業:このトレーラーは、搭載する爆弾の運搬作業にも使用された。ハドソンの爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、ノルウェー方面における潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。
ROYAL AIR FORCE COAST AL COMMAND, 1939-1945.
Object description Groundcrew examine a badly-damaged Lockheed Hudson Mark I, N7264 'QX-Q', of No. 224 Squadron RAF on its return to base at Wick, Caithness, from a sortie over Norway. N7264 was one of a battle flight of three Hudsons providing long-range fighter cover for Allied troops in Norway. While flying over Romsdal fjord in Andalsnes they were mistakenly fired on by HMS CURACOA. One Hudson was shot down and N7264 suffered severe damage to its wings and flaps, as well as two burst tyres. Despite this, Pilot Officer H O'Neill managed to bring his aircraft back to Wick where he made a safe touchdown.
Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CH 46)引用。


写真(右)1940-1942年頃、イギリス、スコットランド北部、ケイスネス、ウィック、イギリス空軍第269飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark I爆撃機(登録コード:N7303)が機体を水平にして前方固定機銃の弾道を調整している。:奥には、アブロ・アンソン(Avro Anson)Mark I双発爆撃機(登録コード: K6244)が駐機している。ハドソンの爆弾倉、フラップは全開状態で、エンジンカウリングも取り外され、エンジン整備が行われている。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945.
Object description Groundcrew servicing Lockheed Hudson Mark I, N7303 'UA-B', of No.269 Squadron RAF at Wick, Caithness. The aircraft has been secured in a flying position in order to test its forward firing machine-guns at the shooting-in butts. An Avro Anson Mark I, K6244, also of the Squadron, can be seen to the left.
Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CH 59)引用。


写真(右)1940年5月、イギリス、ノーフォーク、ビィッチャム・ニュートンを基地としたイギリス空軍第206飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark I爆撃機(登録コード:N7303)の胴体後上方に装備されたブローニング7.7ミリ連装機関銃搭載の動力回転銃塔と銃手のウォルター・スパイク・カルフィールド(Walter 'Spike' Caulfield):1940年5月31日、銃手のウォルター・スパイク・カルフィールド(Walter 'Spike' Caulfield)は、ダンケルク上空で迎撃してきた複数のドイツ空軍Me109戦闘機に反撃した功績により殊勲勲章を授与された。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945.
Object description Leading Aircraftman Walter 'Spike' Caulfield in the turret of a Hudson of No 206 Squadron. Caulfield was awarded the Distinguished Flying Medal for an action on the evening of 31 May 1940, in which his aircraft fought off several Me 109s over Dunkirk.
Label Leading Aircraftman Walter 'Spike' Caulfield in the turret of a Lockheed Hudson of No 206 Squadron, June 1940. .Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CH 301)引用。


写真(右)1940-1942年頃、イギリス、ノーフォーク、ビィッチャム・ニュートンを基地としたイギリス空軍第206飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark I爆撃機(登録コード:N7303)の無線士:発光通信機を使ってオルジス信号を送っている。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945. Object description The wireless operator/air gunner of a Lockheed Hudson Mark I of No. 206 Squadron RAF based at Bircham Newton, Norfolk, signals with an Aldis lamp to four other aircraft of the Squadron to "close formation" while returning from a reconnaissance sortie in the Heligoland Bight area.Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CH 339)引用。


写真(右)1940-1942年頃、イギリス、スコットランド北部、ケイスネス、ウィックを基地としたイギリス空軍第269飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark I爆撃機(登録コード:N7303)の爆撃手:携帯用の空撮用写真機Type F.24を操作している。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945.
Object description A sergeant bomb-aimer and photographer on board a Lockheed Hudson Mark I of No. 269 Squadron RAF at Wick, Caithness, demonstrates the use of a hand-held Type F.24 aerial camera from a port side window.
Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,IWM IWM (CH 58)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の爆弾倉の爆弾懸架装置:爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、搭載爆弾も250ポンドの小型爆弾が主流だった。潜水艦攻撃にはこれで十分だったのであろう。爆弾倉の扉には、重量軽減のための、バカ穴が多数あけられている。
WITH A HUDSON OF COASTAL COMMAND UNDERTAKING OFFENSIVE OPERATIONS AGAINST IMPORTANT ENEMY MILITARY
Object description Original wartime caption: This Hudson aircraft flying low in a thick haze over the Atlantic coast of France searching for its target, struck the sea, shuddered violently and bounced off the water. The port engine cut out and thinking a sea landing might be necessary the wireless operator sent out an S.O.S. The pilot nursed the aircraft and managed to make his home station where all the crew landed safely. The damage to the bomb doors.
Creator Royal Air Force official photographer Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 4472)引用。

写真(右)1940-1942年頃、イギリス、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の爆弾倉への爆弾搭載作業:爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、都市爆撃ではなく、潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
HUDSON PICTURES Object description Two Wright Cyclone Engines. Aircraft stationed at Gibraltar 3.8.42
Part o fWAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  Catalogue number IWM (GM 1405)引用。


写真(右)1940-1942年頃、イギリス、イギリス空軍第224飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の爆弾倉への250ポンド爆弾の搭載作業:爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、都市爆撃ではなく、潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945. Object description Armourers secure 250-lb GP bombs in the bomb-bay of a Lockheed Hudson of No. 224 Squadron RAF at Leuchars, Fife, prior to a sortie.
Creator Devon, Stanley (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 979)引用。


イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機は、胴体下面に開閉式扉の付いた本格的な爆弾倉を設けているが、爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、都市爆撃ではなく船舶攻撃や爆雷を搭載しての対潜水艦作戦といった主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。

写真(右)1942年頃、イギリス、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の爆弾倉への250ポンド爆弾の搭載作業:爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、都市爆撃ではなく、潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
WITH A HUDSON OF COASTAL COMMAND Object description Original wartime caption: Loading the bomb racks of a HUDSON before an attack on enemy fuel storage tanks. Creator Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 274)引用。

写真(右)1942年頃、イギリス、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の爆弾倉への250ポンド爆弾の搭載作業:爆弾搭載量は 750ポンド (340キロ)と小さく、都市爆撃ではなく、潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用された。爆弾倉の扉には、重量軽減のための、バカ穴が多数あけられている。
HUDSON BOUNCED ON THE SEA Original wartime caption: Loading the bomb racks of a Hudson before an attack on enemy fuel storage tanks.
Creator Royal Air Force official photographer Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 273)引用。

写真(右)1940年11月以前、イギリス、イギリス空軍第224飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機(登録コード:N7272)に試乗した地元の救命艇要員:潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用するので、海上不時着用時の救助について、実体験を通じて、打ち合わせをしたのであろう。この機体は、1940年11月20日に失われた。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945. Object description Local lifeboatmen were invited to spend a day at RAF Leuchars, near Dundee, March 1940. Here the squadron CO, Wing Commander E A Hodgson, helps one of their number out of a No 224 Squadron Hudson. This aircraft, N7272, was lost on 20 November 1940, when it ran out of fuel and had to be abandoned by its crew, eventually crashing in Loch Lomond. Creator Devon, Stanley (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of WAR MINISTRY OF INFORMATION SECOND WORLD WAR CENSORSHIP BUREAU LIBRARY OF PRESS PHOTOGRAPHS: CLASSIFIED PRINT COLLECTION
写真は,Imperial War Museums HU 91235引用。


写真(右)1940-1942年頃、イギリス、イギリス空軍第224飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機に乗り込む搭乗員たち:潜水艦哨戒や船舶攻撃など主に沿岸での哨戒爆撃に使用するので、海上不時着用にライフジャケット(救命胴衣)を着用し、非常時通信用の伝書鳩を飼育するカゴを携帯している。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945. Object description The crew of a Lockheed Hudson of No. 224 Squadron RAF, prepare to board their aircraft at Leuchars, Fife. The wireless operator/air gunner (far right) is carrying his log book, rations and a homing pigeon in a wicker carrier for emergency communications.
Creator Devon, Stanley (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 982)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk VI 爆撃機に乗り込もうとする無戦士:パラシュート(落下傘)を止めるハーネスを身につけている。手にしているのは、携行食糧レーション(ration)、航法記録(log book)、伝書鳩(緊急時の連絡用に使用)など。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original wartime caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 981)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機胴体後部右側にある扉から機内に乗り込む搭乗員と搭乗を手助けする地上勤務員:高空で隙間から冷たい外気が機内に流入しないように、扉の内側にバルジが装着されている。
HUDSON MARK 3 (LOCKHEED) Object description Two Wright Cyclone Engines.
Part  of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (GM 1405)引用。


ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)哨戒爆撃機の胴体後部右側にある扉は、搭乗員の出入りの時には外側に開くので、飛行中は空気抵抗のために開けることはできない。しかし、高空で隙間から冷たい外気が機内に流入すると機内温度の低下、気圧の低下が、搭乗員にとって負担となる。そこで、扉から外気が流れ込まないように、気圧低下を軽減できるように、扉内側のバルジが気圧低下時に膨張して隙間を埋める工夫がなされている。

写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の機首の爆撃手と爆撃照準器:爆撃手のガラス風防は、歪みが出ないように平面ガラスがはめ込まれている。
HUDSON PICTURES Object description Original wartime caption: [For caption see CH.978] The bomb-aimer at his sights in the extremely roomy nose of a Hudson.
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part  of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 985)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機コックピットで管制官からの発進指示を待っているパイロット:上部に地上照射用の環状照準器がついている。コックピットの側方ガラス風防は、開閉可能になっている。しかし、このような便利な仕組みは、コックピットの気密性を低下させてしまうために、航空を飛ぶ飛行機では、ゴムやプラスチックを使って、搭乗員空間の気密性を高めたり、コンプレッサーで空気を送るような気密室を備えたりするようになった。つまり、窓の開け閉めはできないようになっている。
HUDSON PICTURES Object description Original wartime caption: [For caption see CH.978] The pilot at the controls of his aircraft awaits the take off signal.
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part  of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 987)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体空間の無線通信士:ラジオ無線機を調整している通信士は、ライフジャケットを身に着けている。
HUDSON PICTURES Object description Original wartime caption: [For caption see CH.978] The wireless operator of a Hudson at his post. Creator Royal Air Force official photographer (Photographer)
Part  of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 992)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体空間の無線通信士:ライフジャケットを身に着けて、ラジオ無線機を調整している通信士は、低高度飛行のために機内温度が高いのか、腕まくりをしている。右上方には簡易携帯消火器が設置されている。正面奥の操縦席との間には、扉(左側)があるが、扉には収納ケースがあって、紙のシートを挟むことができる。
HUDSON PICTURES Object description Original wartime caption: The wireless operator contacts the home station by radio.Creator Royal Air Force official photographer (Photographer)
Part  of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 992)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体後上方の回転動力銃座とブローニング7.7ミリ連装機関銃:回転動力銃座には銃手のための防御装甲版な設置していないようだ。
HUDSON PICTURES Object description Original wartime caption: [For caption see CH.978] The air gunner at the controls of his two-gunned turret situated amindships. Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part  of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 986)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体後上方の回転動力銃座とブローニング7.7ミリ連装機関銃:真横から見た回転動力銃座には、後方に銃手がいて、前方にブローニング7.7ミリ連装機関銃があり、その中間に光像式射撃照準器が備えられてるのが明瞭にわかる。銃手のための防御装甲版な設置していないようだ。
WITH A HUDSON OF COASTAL COMMAND
Object description Original wartime caption: A rear-gunner gives the "thumbs up" on his return from patrol, having brought down an enemy aircraft.
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part  of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 290)引用。


写真(右)1942年7月24日、イギリス、ハンプシャー(Hampshire)、イースレット(Eastleigh),イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark III爆撃機(登録コード: V8977)コックピット:左が正パイロット、右が副パイロット・偵察員、機首につながる通路の先が航法士の座席となる。操縦士への防弾装甲版は設置されていないようだ。
AMERICAN AIRCRAFT IN RAF SERVICE 1939-1945: LOCKHEED L-214 & L-414 HUDSON. Object description Hudson Mark III, V8977: cabin interior with pilot's position on the left. Photograph taken at Eastleigh, Hampshire. Label Cockpit of a Lockheed Hudson Mk III at Eastleigh, Hampshire, 24 July 1942. Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (ATP 10925F)引用。


写真(右)1940-1942年頃、イギリス、離陸したイギリス空軍第224飛行中隊所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機Mark I(登録コード: N7342):一連の爆弾搭載作業からみて、爆弾倉には250ポンド爆弾の搭載されているはずだ。1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。
ROYAL AIR FORCE COASTAL COMMAND, 1939-1945.
Object description Lockheed Hudson Mark I, N7342 'QX-Z', of No 224 Squadron RAF takes off from Leuchars, Fife, on a sortie.Creator Devon, Stanley (Flight Lieutenant)
Royal Air Force official photographer Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 991)引用。


写真(右)1940-1943年頃、イギリス、イギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の主翼に立ったオーストラリア人パイロット:ドイツ北方、北海に浮かぶヘルゴラント島へ飛行する直前の撮影。
HUDSONS FLY OVER HELIGOLAND Object description Original wartime caption: A study of one of the pilots - he is an Australian. Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 307)引用。


写真(右)1940-1943年頃、ドイツ北方、北海に浮かぶヘルゴラント島上空を飛行するイギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機:コックピット左座席に座る正パイロットが、機首につながる通路から、爆撃手が操縦士とコンタクトをとっている最中。操縦士への防弾装甲版は設置されているようにみえる。
HUDSONS FLY OVER HELIGOLAND
Object description Original wartime caption: The Navigator who works on the "ground floor" in the transparent nose of the Hudson hands up a note to his pilot above giving details of a change of course.
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 318) 引用。


写真(右)1940-1943年頃、ドイツ北方、北海に浮かぶヘルゴラント島上空を飛行するイギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の機首の爆撃手・航法手:コックピット左座席に座る正パイロットが、機首につながる通路の先に、このガラス風防で囲まれた視界の良い機首空間がある。防弾装甲版は設置されているないようにみえる。
HUDSONS FLY OVER HELIGOLAND
Object description Original wartime caption: Well forward in the transparent nose of the aircraft, with the pilot, the navigator works out the course. He is sucking an unlighted pipe, smoking inside an aircraft is not allowed.
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 327)引用。


写真(右)1940-1943年頃、ドイツ北方、北海に浮かぶヘルゴラント島上空を飛行するイギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の爆撃手・航法士:コックピット左座席に座る正パイロットが、機首につながる通路の先に、このガラス風防で囲まれた視界の良い機首空間がある。防弾装甲版は設置されているないようにみえる。
HUDSONS FLY OVER HELIGOLAN
D Object description Original wartime caption: When the pilot has set the new course the navigator joins him 'upstairs' and offers him a piece of barley sugar to suck.
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer)
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 324)引用。


写真(右)1940-1943年頃、ドイツ北方、北海に浮かぶヘルゴラント島上空を飛行するイギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体で鳥籠に入った伝書鳩の世話をする通信士:コックピット左座席に座る正パイロットが、機首につながる通路の先に、このガラス風防で囲まれた視界の良い機首空間がある。防弾装甲版は設置されているないようにみえる。
HUDSONS FLY OVER HELIGOLAND Object description Original wartime caption: The wireless operator tends his pigeons. These are carried in case of forced landings. Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 329)引用。


写真(右)1940-1943年頃、イギリス、イギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体上方の天測窓を通して、ベリー信号弾ピストルを使って僚機と交信する準備をする通信士:ドイツ北方、北海に浮かぶヘルゴラント島へ飛行する直前の撮影。
HUDSONS FLY OVER HELIGOLAND Object description Original wartime caption: The wireless operator loading a Verey light pistol used for signalling. Creator Royal Air Force official photographer (Photographer)

Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 336)引用。


写真(右)1940-1943年頃、イギリス、イギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機の胴体上方の天測窓を通して、オルジススランプ信号機を使って僚機と交信する通信士:ドイツ北方、北海に浮かぶヘルゴラント島へ飛行する直前の撮影。
HUDSONS FLY OVER HELIGOLAND Object description Original wartime caption: As the formation turns for home, the wireless operator signals with an Aldis lamp to the other aircraft to "close formation".
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer)
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (CH 337)引用。


ドイツ北方、北海に浮かぶヘルゴラント島(Helgoland)島は、デンマーク領・イギリス領を経て、ドイツ領となった面積 2平方キロメートルの小島である。つまり、1714〜1814年はデンマーク領,14〜90年はイギリス領,ドイツ領東アフリカのザンジバルとの領土交換により 1890年以後ドイツ領となった。彩色砂岩の断崖が囲まれているために、港湾設備は桟橋に依存している。ドイツは、ヘルゴラント島を要塞化し、北海の勢力確保に利用しようとした。第一次世界大戦の勃発直後、1914年8月28日には、ヘルゴラント島沖で、イギリス海軍とドイツ海軍と海戦が生じている。

第一次世界大戦で、ドイツが降伏、ベルサイユ講和条約によりヘルゴラント島(Helgoland)島の軍事施設はすべて撤去されることになった。しかし、1935年、ドイツ再軍備によって、再び要塞化が図られた。第二次世界大戦末期、1945年4月18日、イギリス空軍による大空襲を受け、基地能力は喪失した。

第二次大戦後、ヘルゴラント島(Helgoland)島を占領したイギリス軍は、同島を爆撃演習場として利用した。1952年に、ヘルゴラント島(Helgoland)島は、西ドイツに返還され、以後、海の見える保養地として再建された。現在、免税店、海の観光地で、ブレーメン郊外のブレーマーハーフェンからフェリーが通っている。

写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機正面のライト・サイクロンエンジン
HUDSON PICTURES Original wartime caption: Original wartime caption: [For caption see CH.978] The wireless operator leaving the station to board his aircraft, carrying rations, log book and pigeon for emergency communication purposes.whole: acetate
写真はImperial War Museums,IWM Catalogue number IWM (CH 309)引用。


イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機は、1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機の発展型、ロッキード14・スーパーエレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機の軍用爆撃機仕様で、発動機は信頼性の高いライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン2基である。

写真(右)1942年頃、尾部から見たイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:胴体後上方に搭載した大きな動力回転銃座にはブローニング7.7ミリ連装機関銃が搭載されている。尾翼は、2枚の垂直尾翼がある双尾翼構造だが、これは飛行安定性の確保というよりも、主に回転銃塔の後方視界、特に真後ろ6時方向の視界と射界を確保して、防御力を高めるためである。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 330)引用。


ギリス空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)軽爆撃機の尾部にある尾翼は、2枚の垂直尾翼がある。つまり、双尾翼構造を採用しているが、その理由は、(1)飛行安定性の確保、(2)回転銃塔の後方視界、特に真後ろ6時方向の視界と射界の確保、という2点の理由がある。輸送機時代の双尾翼式は、飛行安定性の確保が主だったが、哨戒爆撃機としては、射界の向上ほうがより重要な理由となった。

写真(右)1942年頃、飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:胴体後上方に搭載した大きな動力回転銃座には、当初装備されていたのはブローニング7.7ミリ連装機関銃だった。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 330)引用。


写真(右)1942年頃、飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:胴体後上方に搭載した大きな動力回転銃座には、ブローニング7.7ミリ連装機関銃の銃身が見えているが、銃塔に対して装備している機関銃の口径が小さかったのは、イギリス軍では当初12.7ミリ口径の航空機用機関銃が実用化されていなかったためである。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums,IWM IWM (CH 285)引用。


アメリカで1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機は、発動機プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney)R-985ワスプ・ジュニア空冷星形9気筒エンジン440 hp (328 kW)2基を装備していた。この発動機をライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン850 hp (630 kW)に変換強化し、若干大型化したのが、1937年7月29日初飛行のロッキード14・スーパーエレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機である。そして、スーパーエレクトラ輸送機の爆撃機仕様が、イギリス軍が発注し制式したロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)軽爆撃機である。

写真(右)1942年頃、迷彩塗装を施してを飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用爆撃機仕様。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 352)引用。


写真(右)1942年頃、洋上を飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機の無戦士:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用爆撃機仕様で、発動機は2基のライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンを装備した。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 308)引用。


写真(右)1942年頃、飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:手前は僚機のエンジンカウリング上部の空気取り入れ口(エアインテーク)。胴体後上方に搭載した大きな動力回転銃座には、当初12.7ミリ口径の航空機用機関銃が実用化されていなかったためである、ブローニング7.7ミリ連装機関銃が搭載されているた。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 316)引用。


写真(右)1942年頃、飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用爆撃機仕様で、発動機は2基のライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンを装備した。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 353)引用。


写真(右)1942年頃、飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:手前は僚機のエンジンカウリング上部の空気取り入れ口(エアインテーク)。胴体後上方に搭載した大きな動力回転銃座には、当初12.7ミリ口径の航空機用機関銃が実用化されていなかったためである、ブローニング7.7ミリ連装機関銃が搭載されているた。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 350)引用。


写真(右)1942年頃、飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:手前は僚機のエンジンカウリング上部の空気取り入れ口(エアインテーク)。胴体後上方に搭載した大きな動力回転銃座には、当初12.7ミリ口径の航空機用機関銃が実用化されていなかったためである、ブローニング7.7ミリ連装機関銃が搭載されているた。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 288)引用。


写真(右)1942年頃、僚機と編隊を組んで洋上を飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用爆撃機仕様で、発動機は2基のライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンを装備した。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 281)引用。


写真(右)1942年頃、飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機下面:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機の発展型、1937年7月29日初飛行のスーパー・エレクトラの軍用爆撃機仕様で、発動機は、B-17フライングフォートレス重爆撃機と同型(但し排気タービンは未装備)のライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンを装備した。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. No. 206 Squadron, R.A.F.whole: acetate
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 286)引用。


写真(右)1942年頃、飛行するイギリス空軍第206飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk I 爆撃機下面:1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機の発動機プラット・アンド・ホイットニー(Pratt & Whitney)R-985ワスプ・ジュニア空冷星形9気筒エンジン440 hp (328 kW) をライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン850 hp (630 kW)に変換強化し、若干大型化した1937年7月29日初飛行のロッキード・モデル14スーパー・エレクトラ輸送機の軍用爆撃機仕様。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Two Wright Cyclone Engines. Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 999)引用。


写真(右)1942年頃、離陸する寸前のイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)MARK 2 爆撃機の編隊飛行:で、発動機はF2A バッファロー戦闘機やSBD ドーントレス急降下爆撃機など、太平洋戦争初期に退役した軍用機と同じライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジン2基を装備した。
HUDSON MARK 2 (LOCKHEED) Object description Two Wright Cyclone Engines
Part of IR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 2845)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス上空、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)MARK 2 爆撃機の編隊飛行:装備したライト(Wright)R-1820サイクロン(Cyclone)空冷星形9気筒エンジンは、F2A バッファロー艦上戦闘機やSBD ドーントレス艦上急降下爆撃機など、太平洋戦争初期に退役した軍用機と同じで、すでに大量生産されていた発動機である。
HUDSON MARK 2 (LOCKHEED) Object description Two Wright Cyclone Engines Part of IR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 2845)引用。


写真(右)1942年頃、イギリス、田園上空を飛行するイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)MARK 2 爆撃機の編隊飛行
HUDSON MARK 2 (LOCKHEED) Object description Two Wright Cyclone Engines.
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 2840)引用。


1937年7月29日初飛行のロッキード14・スーパーエレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機の軍用仕様写真(右)1942年頃、イギリス空軍第206飛行中隊(No.206 squadron)所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)MARK 3 爆撃機:降着装置のゴム製主輪は、エンジンナセル後方に引き込む形式だが、ゴム車輪の3分の1は、機外に露出しているのが確認できる。
HUDSON MARK 3 (LOCKHEED)
Object description Two Wright Cyclone Engines. Aircraft of No.206 squadron R.A.F
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 6570)引用。


ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark 3爆撃機は、1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ輸送機の機体構造を引き継いでいるために、降着装置は引込み式ではあるが、ゴム製主輪は、エンジンナセル後方に引き込んだ後も、ゴム車輪の3分の1は、機外に露出している。また、尾輪は、固定式で引込み式ではない。

写真(右)1942年8月3日、イギリス植民地ジブラルタル、ヘラクレスの柱(Pillars of Hercules)を背景にしたイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk 3爆撃機(登録コード:AE626):ジブラルタルは、スペイン南部アンダルシア地方に隣接したイギリスの海外領土で、1713年以来、地中海の要衝としてイギリスの軍事拠点となっている。長さ5km,幅1.2kmの半島で人口は3.4万人、総面積6.8平方kmの「欧州最後の植民地」である。現在でもイギリス駐留軍があり、それに関した軍需で経済が成り立っているジブラルタルではあるが、自由港であることろ活かし、自由貿易の拠点、低税率のショッピングやギャンブルの観光地として発達しつつある。
Two Wright Cyclone Engines. Aircraft stationed at Gibraltar 3.8.42.
Materials whole: acetate Catalogue numberGM 1405 Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (GM 1405)引用。


イギリス領ジブラルタルGibraltar)は、地中海と大西洋を繋ぐジブラルタル海峡の狭い水道を押さえている軍事的要衝である。ジブラルタル北側は、幅800mの中立地帯を挟んでスペイン南部アンダルシア地方カディス県に隣接してるが、1713年以来、イギリスの軍事拠点となり、地中海の制海権の要衝として機能してきた。領域は、全長5km,幅1.2kmの半島でり、現在の人口は3.4万人、総面積6.8平方kmの「欧州最後の植民地」である。

写真(右)1942-1944年頃、イギリス植民地ジブラルタル、ヘラクレスの柱(Pillars of Hercules)を背景にした南アフリカ連邦空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk 3爆撃機(登録コード:AE626):FLYING OVER THE ROCK OF GIBRALTAR Original wartime caption: A Ventura of the South African Air Force flying past the Rock of Gibraltar..Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums IWM (C 5261)引用。


イギリス領ジブラルタルGibraltar)に現在も駐屯するイギリス駐留軍に関連した軍需でジブラルタル経済が成り立っているが、自由港であることを活かし、自由貿易の拠点、低税率のショッピングやギャンブルの観光地として発達しつつある。

写真(右)1942年頃、イギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)MARK 3 爆撃機”Spirit of Lockheed-Vega Employees":胴体側方に白色で機体の固有名称”Spirit of Lockheed-Vega Employees"が記入されている。
HUDSON MARK 3 (LOCKHEED)
Object description Two Wright Cyclone Engines. Aircraft named "Spirit of Lockheed-Vega Employees"
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number IWM (CH 2652)引用。


写真(右)1942年以前、ドイツ軍の反撃で破損したが無事帰還したイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機と破損した穴に立って記念撮影した搭乗員たち:オランダにあるドイツ補給施設を攻撃した。
HUDSON ATTACKING GERMANY�S RUSSIAN SUPPLIES - HIT BUT HOME SAFELY (Picture issued 1942) Original wartime caption: While attacking an enemy convoy creeping at night up the Dutch coast with supplies for Germans on the Russian front, a Hudson of R.A.F. Coastal Command was hit by a medium-sized shell in the starboard wing. The hole was big enought for three of the crew to stand in, but nobody was wounded and the pilot flew his aircraft safely to base. The pilot (centre) with two of the crew all standing in the hole torn by the shell in the starboard wing. (The pilot is Squadron Leader P.G. Evans, DFC of Liverpool). Creator Royal Air Force official photographer (Photographer)
写真はImperial War Museums ,IWM Catalogue number CH 6720引用。


写真(右)1942年頃、イギリス、スコットランド北部、ケイスネス、ウィック基地から発進したイギリス空軍第48飛行中隊(No. 206 Squadron)のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mark V,爆撃機(登録コード:AM863):胴体後上方に搭載した大きな動力回転銃座には、当初装備されていたのはブローニング7.7ミリ連装機関銃だった。
HUDSON MARK 1 (LOCKHEED) Original caption: Hudson Mark V, AM863 ‘OY-E’, of No. 48 Squadron RAF based at Wick, Caithness, flying south over Loch Hempriggs. Part of AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED L-214 & L-414 HUDSON. Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CH 17908)引用。


写真(右)写真(右)1941-1944年頃、イギリス、スコットランド北部、ケイスネス、ウィック、イギリス空軍第48飛行中隊所属の飛翔するイギリス空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk V 爆撃機(登録コード: AM853 ):1934年2月23日に初飛行した全金属製、低翼のロッキード・モデル10エレクトラ高速輸送機の発展型、スーパー・エレクトラの軍用仕様。1940年代には農地だったこの付近には、現在は家屋が立ち並んでいる。
AIRCRAFT OF THE ROYAL AIR FORCE, 1939-1945: LOCKHEED L-214 & L-414 HUDSON. Hudson Mark V, AM853 'OY-K', of No.48 Squadron RAF based at Wick, Caithness, in flight along the Scottish coastline Creator Royal Air Force official photographer Materials whole: acetate Part of MINISTRY OF INFORMATION/BRITISH INFORMATION SERVICE, WASHINGTON DC
写真は,Imperial War Museums  IWM (COL 183)引用。


写真(右)1940-1941年頃、アメリカからの部品供給を受けて、オーストラリアで組み立てられたオーストラリア空軍第13飛行中隊(No. 13 Squadron)所属のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)Mk.I爆撃機(登録コード:s/n A16-66): 1941年11月28-29日、このA16-66は、他の3機のハドソン爆撃機とともに、第13飛行中隊に配備された。
A RAAF Lockheed Hudson Mk.I aircraft (s/n A16-66) in flight with Raymond Garrett as the pilot. Note the absence of a gun turret on this aircraft. On 28 and 29 November 1941, A16-66 had been involved with three other Hudsons from No. 13 Squadron RAAF in the fruitless search for survivors of the sinking of the HMAS Sydney. Each Hudson flew from dawn until dusk in parallel searches operating from Broome, Port Hedland and Carnarvon in Western Australia, but found nothing. 13 Squadron moved from Darwin to Ambon on 7 December 1941 to provide air support to the Dutch forces stationed there. Later, on 26 January 1942, A16-66 and two other Hudsons (A16-125 and -71) were destroyed on the ground when four Japanese A6M2 Zeros from the 3rd Kokatai that strafed Halong naval base on Ambon Island. Date 1941 Author Australian armed forces
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Hudson in Australian service File:Lockheed Hudson 13 Sqn RAAF in flight 1941.jpg引用。


写真(右)1940-1941年頃、アメリカからの部品供給を受けて、オーストラリアで組み立てられるオーストラリア空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機(登録コード:A-16-31)
Description a collection of historical pictures in the Public Domain from the Powerhouse Museum. Author Powerhouse Museum Collection Date between 1898 and 1945 Author Clyde works in Granville, NSW Permission Author Clyde works in Granville, NSW Permission (Reusing this file) Author died more than 70 years ago - public domain
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Hudson in Australian service File:Lockheed Hudson Bomber after repairs from The Powerhouse Museum.jpg引用。


写真(右)1940-1941年頃、アメリカからの部品供給を受けて、オーストラリアで組み立てられたオーストラリア空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機(登録コード:A-16-31)
Description English: Format: Glass plate negative. Rights Info: No known restrictions on publication. Repository: Clyde Engineering Photographic Collection, Powerhouse Museum Part Of: Powerhouse Museum Collection General information about the Powerhouse Museum Collection is available at www. powerhousemuseum .com Acquisition credit line: Gift of Clyde Engineering Pty Ltd, 1988
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Hudson in Australian service File:Lockheed Hudson Bomber A16-31 and employees (2821115256).jpg引用。


写真(右)1940-1941年頃、アメリカからの部品供給を受けて、オーストラリアで組み立てられたオーストラリア空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機(登録コード:A-16-31)
Description a collection of historical pictures in the Public Domain from the Powerhouse Museum. Author Powerhouse Museum Collection Date between 1898 and 1945 Author Clyde works in Granville, NSW Permission (Reusing this file) Author died more than 70 years ago - public domain
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Hudson in Australian service File:Lockheed Hudson bomber A-16-31 from The Powerhouse Museum.jpg引用。


当時、オーストラリアは、大英帝国のドミニオン自治領として、イギリスとの軍事同盟関係にあったが、第二次大戦直前から、イギリスの軍事物資供給能力への不安から、アメリカからハドソン爆撃機を大量導入した。そして、ここのアメリカからの軍用機大量導入を契機に、オーストラリアとアメリカとの軍事的関係が強化されることとなった。

写真(右)1940年7月25日、オーストラリア、ニューサウスウェールズ州シドニー上空を飛翔するオーストラリア空軍第13飛行中隊(13 Squadron)所属ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson) Mk.I 爆撃機(登録コード:A16-66): 太平洋戦争が始まった1941年12月7日、第13飛行中隊は、オーストラリア北端ダーウィン(Darwin)から、オランダ領東インド植民地アンボン(Ambon)に進出した。
Two RAAF Lockheed Hudson Mk.I aircraft (front: s/n A16-66) from No. 13 Squadron RAAF in flight. On 28 and 29 November 1941, A16-66 had been involved with three other Hudsons from No. 13 Squadron RAAF in the fruitless search for survivors of the sinking of the HMAS Sydney. Each Hudson flew from dawn until dusk in parallel searches operating from Broome, Port Hedland and Carnarvon in Western Australia, but found nothing. 13 Squadron moved from Darwin to Ambon on 7 December 1941 to provide air support to the Dutch forces stationed there. Later, on 26 January 1942, A16-66 and two other Hudsons (A16-125 and -71) were destroyed on the ground when four Japanese A6M2 Zeros from the 3rd Kokatai that strafed Halong naval base on Ambon Island. Date 25 July 1940
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Hudson in Australian service File:RAAF Hudsons 13 Sqn in flight 1940.jpg引用。


写真(右)1940年、オーストラリア、ニューサウスウェールズ州シドニー上空を飛翔するオーストラリア空軍ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機(登録コード:A16-35): このA16-35号機は、アメリカからの部品供給を受けて、オーストラリアで組み立てられ、1940年2月9日に就役し、第1飛行中隊に配属になった。
English: Australia: New South Wales, Sydney. RAAF Lockheed Hudson aircraft A16-35 in flight near Sydney Heads. Delivered to the RAAF on 9 February 1940, this Hudson served with No. 1 Squadron RAAF in Western Java during the Japanese onslaught of early 1942. On 22 February 1942, whilst stationed at Semplak aerodrome, which was completely without anti-aircraft defences, A16-35 was one of six Hudsons destroyed on the ground during a strafing attack by approximately twenty A6M Zeros. Date circa 1940
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Hudson in Australian service File:RAAF Hudson over Sydney Heads (AWM photo 128042).jpg引用。


写真(右)1942年頃、回収された不時着破損したオーストラリア空軍のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機(登録コード:A16-10):修理するか、あるいは部品パーツを回収・再使用する「共食い」に使用されるのであろう。
Category:Lockheed Hudson in Australian service Acquisition credit line: Gift of Clyde Engineering Pty Ltd, 1988 Date 1 January 1900, 00:00:00 Author Powerhouse Museum Collection Permission (Reusing this file) At the time of upload, the image license was automatically confirmed using the Flickr API. For more information see Flickr API detail. Flickr sets Clyde Engineering Collection · Aircraft
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed Hudson in Australian service File:A Lockheed Hudson Bomber A16-10 (2820266973).jpg引用。


写真(右)1942年頃、アメリカ陸軍航空隊のロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)爆撃機(登録コード:A16-10):イギリス軍仕様のハドソン爆撃機をアメリカ陸軍方式の塗装、国籍記章を施した機体であり、アメリカ陸軍がロッキードに発注したロッキード(Lockheed)A-28攻撃機ではない。
Lockheed Hudson in USAAC markings (not a Lockheed A-28). (U.S. Air Force photo)
Tags: HISTORIC, aircraft
Photo by: | VIRIN: 051122-F-1234P-002.JPG
写真は,National Museum of the U.S. Air Force VIRIN: 051122-F-1234P-002.JPG引用。


イギリス軍がアメリカのロッキード社に発注した ロッキード(Lockheed)ハドソン(Hudson)軽爆撃機の成功を見たアメリカ陸軍航空隊は、ロッキードにイギリス軍同様の哨戒爆撃機を発注したが、これがアメリカ陸軍航空隊のロッキード(Lockheed)A-28攻撃機である。アメリカ陸軍航空隊では、爆撃機には頭文字B、攻撃機にはAを付け、その後に昇順で二けたの数字を付けた機首形式番号の命名方式だった。ロッキードA-28攻撃機は、153機がアメリカで製造された。


3.ロッキード(Lockheed)18 ロードスター(Lodestar)輸送機

写真(右)1939年5月、アメリカ、カリフォルニア州オークランド飛行場、アメリカ海軍次官専用機となったロッキード(Lockheed)14「ロードスター」(Lodestar)輸送機 (登録コード:XR4O-1 ):星条旗を模した国籍記章は、青地の丸に白星、星中央に赤丸の1942年初頭まで使用されて形式である。太平洋戦争勃発後に、このアメリカの国籍記章は、青地の丸に白星となり、星中央の赤丸は廃止されている。
Description NRAB Oakland May 1939. The one only Lockheed 14 transport used for VIP flights and the Assistant Secretary of the Navy for Air. Date 5 August 2010, 15:04 Source Lockheed XR4O-1 (1441) Author Bill Larkins
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 Lodestar File:Lockheed XR4O-1 (1441) (4864540434).jpg引用。


1937年7月初飛行のロッキード14・スーパーエレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機は、高性能を追求したために、高価格となり、経済性がダグラスDC-3より劣ったために、販売実績は思わしくなかった。そこで、ロッキード 14 スーパーエレクトラ輸送機の経済性を改善するために、乗客を増やすこととし、そのために胴体後部を長して座席数を増設したのが、ロッキード 18 ロードスター輸送機である。ロッキード 18 ロードスター輸送機の試作1号機の初飛行は、1939年9月21日で、生産機は1940年2月2日に初飛行した。ロッキード 18 ロードスター輸送機の生産機数は、625機である。

写真(右)1941年8月4日、アメリカ、カリフォルニア州サンフランシスコ(San Francisco)、アメリカ海軍長官専用機となったロッキード(Lockheed)R5O-1「ロードスター」(Lodestar)輸送機 (製造番号:4250):星条旗を模した国籍記章は、青地の丸に白星、星中央に赤丸の1942年初頭まで使用された形式である。太平洋戦争勃発後に、このアメリカの国籍記章は、青地の丸に白星となり、星中央の赤丸は廃止されている。
Description Description Lockheed R5O-1 (4250) staff transport for the Secretary of the Navy. At San Francisco on August 4, 1941. Date 24 March 2010, 21:21 Source Lockheed R5O-1 Author Bill Larkins .
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 Lodestar File:Lockheed C-60A Lodestar ‘AM711 - AM’ (N3779G) (26703464486).jpg引用。


アメリカ軍機の国籍マークは、国旗の星条旗を模した国籍記章で、青地の丸に白星、星中央に赤丸を描いたものだった。しかし、太平洋戦争が勃発した後、1942年初頭になると、国籍記章は、青地の丸に白星だけとなり、星中央にあった赤丸は廃止されている。

写真(右)1942年8月7日、北アフリカ、イギリス保護国エジプト、エルアラメイン(Alamein)にイギリス空軍のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機で到着したウィストン・チャーチル(Winston Churchill)首相:軍用輸送機は、オリーブドラブの迷彩塗装を施されることが多かった。トルコは、第二次世界大戦には参戦していないので、カイロとの運航には軍用機ではなく民間機を使用した。
THE BRITISH COMMONWEALTH JOINT AIR TRAINING PLAN.
Object description Winston Churchill steps out of a Lockheed Lodestar aircraft after arriving in the Alamein area on 7 August 1942..
Creator Royal Air Force official photographer
Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  ME(RAF) 5060引用。


エル・アラメインは、南方のカッターラ低地のため、自動車の交通が困難で、アフリカ西側からエジプトに唯一のルートといってよかった。そこで、1941年7月1日、ドイツアフリカ軍団(DAK)ほかドイツ・イタリア枢軸軍の司令官エルヴィン・ロンメルErwin Eugen Rommel)将軍は、エル・アラメイン正面を攻撃したが、3週間後には、攻撃を継続できなくなり、撤退した。アメリカから、1941年に成立した武器貸与法に基づいて、M3中戦車、M4中戦車、P-40戦闘機など軍事援助を受けたイギリス軍は、1941年10月23日、大反攻に転じた。また、1942年11月8日には、トーチ作戦Operation Torch)に基づいて、アメリカ軍を中核とする西側連合軍はモロッコとアルジェリアへ上陸し、枢軸軍を東西から挟撃した。1943年5月7日、西側連合軍は、チュニジア北部の要港、ビゼルトとチュニスを占拠し、5月13日、北アフリカの枢軸国軍を降伏に追い込んだ。

写真(右)1943年頃、エジプト、カイロ上空を低空飛行するイギリス空軍のロッキード(Lockheed)R5O-1「ロードスター」(Lodestar)輸送機"Lake Marut"(登録コード:G-AGCM , 製造番号:1371)
ROYAL AIR FORCE: ITALY, THE BALKANS AND SOUTH-EAST EUROPE, 1942-1945.
Object description Lockheed Lodestar, G-AGCM "Lake Marut", of BOAC, flying over Cairo before landing at Heliopolis.
Creator Clark N S (F/O) Royal Air Force official photographer
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CNA 1110)引用。


写真(右)1943年7月以降、イタリア、シシリー島、傷病兵を運搬する南アフリカ空軍(SAAF)のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)患者輸送機(ambulance)"Lake Marut"(登録コード:G-AGCM , 製造番号:1371):胴体側面、国籍記章の脇の赤十字があるが、胴体上面・コックピット上部に巨大な赤十字記章が描かれている。西側連合軍は、1943年7月10日、ハスキー作戦(Operation Husky)にのっとって、イタリアのシチリア島西海岸に上陸した。ムッソリーニが失脚した後の1943年9月8日、イタリア王国は降伏した。しかし、その直後、ドイツ軍によってイタリア本土が占領され、イタリア国内での戦闘は、1945年春まで続いた。
ROYAL AIR FORCE: ITALY, THE BALKANS AND SOUTH-EAST EUROPE, 1942-1945.
Object description Army casualties on stretchers wait to be loaded into Lockheed Lodestar, 1371, an ambulance aircraft of the SAAF, at Catania, Sicily, for evacuation to hospitals in North Africa.
Creator Bridge B (Fg Off) Royal Air Force official photographer
Part of MINISTRY OF INFORMATION SECOND WORLD WAR COLOUR TRANSPARENCY COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CH 14015)引用。


カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ連邦は、大英帝国の自治領ドミニオンDominion)として、1939年9月3日、イギリスとともにポーランドを侵略したドイツに対してすぐに宣戦布告している。

写真(右)1943年、南アフリカ空軍第234飛行中隊(234 Squadron SAAF)のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機の前に立つ南アフリカ連邦首相ヤン・クリスティアン・スマッツ(Jan Christian Smuts)元帥:この輸送機は、元南アフリカ航空(South African Airways)の所属だった。南アフリカ連邦は、大英帝国のドミニオン(自治領)として、1939年9月3日、イギリスとともにポーランドを侵略したドイツに対してすぐに宣戦布告している。 軍用輸送機は、オリーブドラブの迷彩塗装を施されることが多かった。トルコは、第二次世界大戦には参戦していないので、カイロとの運航には軍用機ではなく民間機を使用した。
FIELD MARSHAL JAN SMUTS, PREMIER OF SOUTH AFRICA AND SUPREME COMMANDER OF THE UNION DEFENCES.
Object description Field Marshal Smuts standing in front of the aircraft in which he made his flying visits. It was an ex-South African Airways Lockheed Lodestar, which retained its natural metal finish when it became No 234 of the South African Air Force..
Creator Royal Air Force official photographer
Part of MINISTRY OF INFORMATION SECOND WORLD WAR COLOUR TRANSPARENCY COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (TR 30)引用。


イギリス連邦コモンウェルス(British Commonwealth)、1939年以前の自治領ドミニオンDominion)である南アフリカ連邦は、1939年9月3日、イギリスとともにポーランドを侵略したドイツに対して宣戦布告した。ヤン・クリスティアン・スマッツJan Christian Smuts)は、1870年イギリス領ケープ植民地マームズベリー、アフリカーナーの大農園主の息子として生まれ、1899年ボーア戦争ではイギリス軍と戦った。1910年、南アフリカ連邦が樹立されると、スマッツは内務大臣兼国防大臣の要職に就いた。

写真(右)1943年、南アフリカ空軍(SAAF)第234飛行中隊(234 Squadron)のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機の前に立つ南アフリカ連邦首相ヤン・クリスティアン・スマッツ(Jan Christian Smuts)元帥: 軍用輸送機は、オリーブドラブの迷彩塗装を施されることが多かった。トルコは、第二次世界大戦には参戦していないので、カイロとの運航には軍用機ではなく民間機を使用した。
FIELD MARSHAL JAN SMUTS, PREMIER OF SOUTH AFRICA AND SUPREME COMMANDER OF THE UNION DEFENCES.
Object description Field Marshal Smuts standing in front of the aircraft in which he made his flying visits. It was an ex-South African Airways Lockheed Lodestar, which retained its natural metal finish when it became No 234 of the South African Air Force..
Label Field Marshal Jan Smuts, Prime Minister of the Union of South Africa, standing in front of a Lockheed Lodestar aircraft of No. 234 Squadron SAAF.
Creator Royal Air Force official photographer
Part of MINISTRY OF INFORMATION SECOND WORLD WAR COLOUR TRANSPARENCY COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (TR 5)引用。


ヤン・スマッツJan Smuts)は、1914年から1918年の第一次世界大戦では、南アフリカ連邦軍を指揮して、南西アフリカのドイツ軍を制圧し、東アフリカでは、イギリス軍を率いてドイツ軍と戦っている。第一次大戦中の1917年から1919年までイギリス戦時内閣に加わり、1919年から1924年、1939年から1948年には南アフリカ連邦首相に就任している。ヤン・スマッツJan Smuts)は、1941年にイギリス陸軍元帥(Field Marshal)に昇進、ウィンストン・チャーチルの下、戦時内閣にも入閣した。1950年死去。

写真(右)1943年、スーダン、ジャバ、給油作業中のイギリス空軍のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機:軍用輸送機は、オリーブドラブの迷彩塗装を施されることが多かった。トルコは、第二次世界大戦には参戦していないので、カイロとの運航には軍用機ではなく民間機を使用した。
WINSTON CHURCHILL DURING THE SECOND WORLD WAR IN THE MID DLE EAST.
Object description A Lockheed Lodestar aircraft being refuelled at Juba in Sudan, January 1943.
Creator Royal Air Force official photographer
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (ME(RAF) 5060)引用。


写真(右)1943年頃、エチオピア(アビシニア:Abyssinia)、アジスアベバ(Addis Ababa)、イギリス海外航空(British Overseas Airways Corporation :BOAC)のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機(登録コード:G-AGIL): イギリス海外航空は、国営航空会社として、1939年11月24日, イギリス ロンドンに設立された。当時、カイロ=アンカラ間を、1週間に3便を運航していた。トルコは、第二次世界大戦には参戦していないので、カイロとの運航には軍用機ではなく民間機を使用した。
BRITISH OVERSEAS AIRWAYS CORPORATION AND QANTAS, 1940-1945.
Object description Lockheed Lodestar, G-AGIL of BOAC, parked at Addis Ababa, Abyssinia.
Creator Royal Air Force official photographer
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CH 15026)引用。


写真(右)1943年頃、トルコ、アンカラ、イギリス海外航空(British Overseas Airways Corporation :BOAC)のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機(登録コード:G-AGIL): イギリス海外航空は、国営航空会社として、1939年11月24日, イギリス ロンドンに設立された。当時、カイロ=アンカラ間を、1週間に3便を運航していた。トルコは、第二次世界大戦には参戦していないので、カイロとの運航には軍用機ではなく民間機を使用した。
BRITISH OVERSEAS AIRWAYS CORPORATION AND QANTAS, 1940-1945.
Object description Lockheed 18 Lodestar, G-AGIL"Lake Nyasa", of BOAC taxying at Ankara, Turkey, before taking off on the thrice-weekly service to Cairo...
Creator Royal Air Force official photographer
Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums  IWM (CNA 3627)引用。


写真(右)1947年4月、アメリカ合衆国、マサチューセッツ州コンコ―ド(Concord)飛行場、アメリカ陸軍航空隊所属のロッキード(Lockheed)C-60「ロードスター」(Lodestar)輸送機 :国籍記章もない無塗装でジュラルミンが銀色に光っている。
This is an example of what drives enthusiast / photographers crazy. The C-60 has been stripped of all paint and markings and there is no identity left. It was taken in April 1947 at Concord and probably became the Dollar Industries 18. Maybe....
Date 15 May 2011, 22:07 Source Lockheed18 Unknown Author Bill Larkins.
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 Lodestar File:Lockheed18 Unknown (5724945257).jpg引用。


ロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機は、すでに戦時大戦に入っていたために、民間需要は低迷した。そのため、アメリカ市場では民間機として31機の販売にとどまった。また、輸出用には、オランダが東インド植民地で使用するために、29機を発注したほか、南アフリカ航空21機、ニュージーランド国営航空13機、トランス・カナダ航空12機、ブリティシュ・エアウェーズ9機などの受注を受けた。ブラジルでは、民間航空に16機、軍用に8機のロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機を使用された。


写真(上)1947年8月、アメリカ合衆国、マサチューセッツ州コンコ―ド(Concord)飛行場に着陸するフラップを大きく下げたアメリカ陸軍航空隊所属のロッキード(Lockheed)C-60「ロードスター」(Lodestar)輸送機
:右主翼下面に登録コードNC-25635が大きく記入されている。国籍記章もない無塗装でジュラルミンが銀色に光っている。
Description Landing at Concord in August 1947. Date 15 May 2011, 22:07 Source Lockheed 18 N25635 Author Bill Larkins .
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 Lodestar File:Lockheed18 N25635 (5725501918).jpg引用。


民間需要は振るわなかったロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機だったが、1939年9月に第二次大戦が勃発すると、中立国アメリカでも戦時体制強化のために、アメリカ軍からの需要が増えた。軍用輸送機として ロッキード(Lockheed)C-56「ロードスター」(Lodestar)としてライト R-1820空冷星形9気筒エンジン1,200hp2基を装備、ロッキード(Lockheed)C-57「ロードスター」(Lodestar)としてプラット・アンド・ホイットニー R-1830空冷星形14気筒エンジン力1,200hp2基を装備した輸送機が制式されたのである。特に、空挺部隊用の ロッキード(Lockheed)C-60「ロードスター」(Lodestar)輸送機は、325機が製造されている。また、アメリカ民間航空所有機も含めて、アメリカ陸軍航空隊が徴用した機体も多かった。

写真(右)アメリカ、オハイオ州デイトン真東、ライト・パターソン空軍基地、国立アメリカ空軍博物館(National Museum of the United States Air Force)で保管されているアメリカ陸軍航空隊の使用したロッキード(Lockheed)C-60A-5 「ロードスター」(Lodestar)輸送機 (s/n 43-16445, c/n 2605) :国立アメリカ空軍博物館では、飛行機やミサイルを400機以上を展示、保管し、無料観覧させている。
Description A U.S. Army Air Force Lockheed C-60A-5-LO Lodestar (s/n 43-16445, c/n 2605) at the National Museum of the United States Air Force in Dayton, Ohio (USA). After its USAAF service it was sold to Aero Africaine (F-BAMA), later to G. L. Waggoner (N94549). It was acquired by the USAF Museum in 1981. Date Unknown date Source National Museum of the U.S. Air Force photo Author USAF .
写真は Wikimedia Commons, Category:Lockheed Model 18 museum aircraft File:Lockheed C-60A Lodestar USAF.jpg引用。


ロッキード(Lockheed)C-60A 「ロードスター」(Lodestar)輸送機の諸元
搭乗員:3名、乗客:18名
全長:15.19 m (49 ft 10 in) 全幅:19.96 m (65 ft 6 in) 全高:3.6 m (11 ft 10 in)
翼面積:51.2平方メートル(551 平方フィート)
空虚重量:5,670 kg (12,500 ポンド)、全備重量:7,938 kg (17,500 ポンド)
最大離陸重量:9,825 kg (21,000 ポンド)
発動機:ライト(Wright)R-1820-87空冷星形9気筒エンジン 1200馬力 (895 kW)
最高速力:428 km/h (266 mph)、巡航速力:322 km/h (200 mph)
実用上昇限度:7,740 m (25,400 ft)
航続距離:4,025 km (2,500 mi)
上昇時間 10,000 ft (3,050 m)まで 6.6分

ロッキード(Lockheed)18「ロードスター」(Lodestar)輸送機は、 アメリカ陸軍航空隊では ロッキードC-56/C-57/C-60輸送機、アメリカ海軍航空隊・アメリカ海兵隊・アメリカ沿岸警備隊では、ロッキードR5O輸送機の形式名称で制式された。

⇒写真集Album:ロッキード(Lockheed)・ロードスター(Lodestar)輸送機 見る。


4.ロッキード・ベガ・ベンチュラ(Lockheed Ventura)PV-1哨戒機

ロッキード 10 エレクトラ(Lockheed Model 10 Electra )の発動機を強化し、若干大型化した発展型が、ロッキード14・スーパーエレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機で、その軍用仕様がロッキード・ハドソン(Lockheed Hudson)爆撃機である。そして、ロッキード 14 スパー・エレクトラ(Lockheed Model 14)輸送機の胴体を延長し、乗客を増やし、発動機を強化したのが、ロッキード 18 ロードスター(Lockheed Model 18 Lodestar)輸送機で、その軍用の軽爆撃機仕様がロッキード・ベンチュラ(Lockheed Ventura)PV-1哨戒爆撃機ある。

写真(右)1940年頃、アメリカ、ロッキード・ベンチュラ(Ventura)爆撃機Mk.I(登録コード: AE658):イギリス軍ではベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名し、アメリカ軍ではPV-1と命名した。
Robert Reedy Collection Image - Catalog:Array - Title:Array - Filename:Reedy_0138 Lockheed Ventura Mk.I AE658 [mfr].tif - Robert Reedy was a native of Amarillo Texas. He attended college in Wichita Kansas, studying aeronautical engineering. On graduation he was quickly snapped up by Stearman Aircraft. During his subsequent career he made stops at Lockheed, Thorp and back to Lockheed where he retired as a vice president of sales. Reedy was involved in the design of several Stearman, Vega and Thorp types, the Lockheed P2V, Little Dipper, Big Dipper, and L-1011.
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum ・PictionID:46544170 引用。


アメリカから武器貸与法に基づいてイギリスに船舶で送られたロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機は,リバプール港 からスピーク空港(2002年からはリバプール・ジョン・レノン空港と名称変更)に運搬され、そこで組み立てられた。その後、通信飛行部隊、飛行機兵器実験部隊が、実機を試験飛行して、問題がなければ、実戦部隊に引き渡された。

写真(右)1940年頃、アメリカ、イギリス空軍に貸与されたロッキード・ベンチュラ(Ventura)爆撃機Mk.I(登録コード: AE658):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。
Lockheed, Vega Ventura Title: Lockheed, Vega Ventura Corporation Name: Lockheed Additional Information: USA Tags: Lockheed, Vega Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum ・Catalog #: 01_00092029引用。


アメリカのロッキード・ベンチュラ爆撃機(後のアメリカ海軍PV-1哨戒爆撃機)は、ロッキード10エレクトラの海軍用仕様発展型で、アメリカ海軍だけでなく、イギリス空軍でも「ベンチュラ」(Ventura)の名称で制式された。ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。ベンチュラVentura)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州の南部ベンチュラ郡のサンブエナ・ベンチュラ市のことで、1866年に市制を敷いた。2010年人口は10万人。

写真(右)1942-1944年、イギリス、リバプール、スピーク空港で組み立てられたイギリス空軍ロッキード・ベンチュラMark I軽爆撃機(Ventura Mark I)(登録コード:AE762):AE762は、イギリス空軍の第21飛行中隊(Squadrons)、その後、第299飛行中隊に配属されることになる。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description Searchlights illuminate a line of parked Lockheed Ventura GR Mark Vs of No. 22 Squadron SAAF at Gibraltar.Creator Ministry of Aircraft Production (MAP) Part of ROYAL AIR FORCE AIRCRAFT 1941-1959: ATP COLLECTION (GSA 325)
写真は,Imperial War Museums CH 8038引用。


イギリスでは、ロッキード14・スーパーエレクトラ輸送機をベースとしたハドソン哨戒爆撃機を採用したが、そのハドソンの後継機が、同じロッキードのベランチュラ哨戒爆撃機である。1940年にイギリスは、中立国だが事実上の同盟国のアメリカのロッキード社に対して、ハドソンの後継機として、ロッキード モデル18「ロードスター」を原型とするロッキード・ベンチュラ爆撃機(後のアメリカ海軍ロッキードPV-1Lockheed-Vega PV-1)を発注した。

写真(右)1943年、イギリス領ジブラルタル、アメリカから貸与されたイギリス空軍第22飛行中隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラMark V哨戒爆撃機GR( Lockheed Ventura GR Mark Vs):フランコ将軍のスペイン国民政府は、中立国とはいえ、枢軸寄りだった。ジブラルタルは、長年、イギリス領だったが、ヒトラーは、フランコに圧力をかけて、ジブラルタルを攻撃させる計画を推進しようとした。しかし、フランコは、スペインの船尾不足を理由に、第二次世界大戦には最後まで参戦しなかった。
AIR - A NEW ADDITION TO THE FAMOUS LOCKHEED FAMILY. Object description Searchlights illuminate a line of parked Lockheed Ventura GR Mark Vs of No. 22 Squadron SAAF at Gibraltar.Creator Daventry, Bertrand John Henry (Flight Lieutenant) Royal Air Force official photographer Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM IWM (CM 6226)引用。


写真(右)1943年、イギリス、アメリカから貸与されたイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、1941年から武器貸与法によって、イギリスへの大々的な軍事援助を実施していた。これは、軍事援助物資の代金支払いは、戦後の勝利してからでよいという気前のいい条件だった。
AIR - A NEW ADDITION TO THE FAMOUS LOCKHEED FAMILY. Object description Original wartime caption: For story see CH.8038 A three-quarter underside view of the Ventura.Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM CH 803910390引用。


イギリス海軍ではアメリカのロッキード14・スーパーエレクトラ旅客機を転用したハドソン爆撃機を制式した、その後継機として、同じロッキード・ロードスターを転用し、より強力な2000馬力級空冷エンジンを搭載したベンチュラ軽爆撃機を制式した。 これは、搭乗員は5名、最高速力518km/h、爆弾搭載量1400kgの高性能機で、。アメリカの武器貸与法に基づいて、イギリスに売却(代金は戦勝後払い)された機体である。イギリスでの制式に対応して、哨戒機を欲していたアメリカ海軍も同機種をロッキード・ベンチュラLockheed-Vega PV-1)として制式した。

写真(右)1943年、イギリス、僚機と雲海上を編隊飛行するイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機(Lockheed, PV-1 Vega Ventura):アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、軍用機、戦車などの第一線兵器をも武器貸与法によって、イギリスへ貸与している。武器貸与法成立前も、旧式駆逐艦などをイギリスに譲渡している。
THE LOCKHEED "VENTURA" LIGHT BOMBER IN SERVICE WITH THE R.A.F. Object description Original wartime caption: [Picture issued 1943] For story see CH.8256. Lockheed Ventura light bomber in flight. Part of WAR OFFICE SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,IWM CH 8257引用。


写真(右)1942-1944年、イギリス、ノーフォーク、フェルトウェル, 雲海上を飛行するオーストラリア空軍第464飛行中隊のロッキード・ベンチュラMark II軽爆撃機V-146(Lockheed, Ventura Mark II)(登録コード:AE939):アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、軍用機、戦車などの第一線兵器をも武器貸与法によって、イギリスへ貸与している。武器貸与法成立前も、旧式駆逐艦などをイギリスに譲渡している。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description Ventura Mark II, AE939 ‘SB-C’, of No. 464 Squadron RAAF based at Feltwell, Norfolk, in flight.. Brock, F. J. (Flying Officer) Royal Air Force official photographer Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真はImperial War Museums ,IWM CH 8259引用。


第二次世界大戦は、1939年9月にイギリス・フランスのドイツに対する宣戦布告で勃発したが、アメリカは、1941年12月まで中立国だった。しかし、アメリカは、1941年に武器貸与法を成立させ、イギリスへの大々的な軍事援助を実施し始めた。これは、軍事援助物資(輸出品)の代金支払いは、戦後の勝利してからでよいという気前のいい条件だった。

写真(右)1942-1944年、イギリス、アメリカから到着したばかりのイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機(Lockheed, Ventura)のコックピットと操縦計器盤:左側が正操縦士、右側が機首に通じる爆撃手の通路士である。
LOCKHEED VENTURA Object description Original wartime caption: cockpit.
Related period Second World War (production), Second World War (content)
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums CH 17983引用。


写真(右)1942-1944年、イギリス、アメリカから到着したばかりのイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機(Lockheed, Ventura)の胴体後上方の動力回転銃座の基部と銃手:左側には、水平尾翼のトリム調整のためのワイヤー回転装置がある。上部の大型金属骨格には、重量軽減のバカ穴があけられているが、そのほかの骨格には重量軽減のための穴は見当たらない。
LOCKHEED VENTURA Object description Original wartime caption: Interior view, raid upper turret, looking towards rear.
Related period Second World War (production), Second World War (content)
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,IWM CH 17987引用。


ロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機の金属骨格は堅牢な構造で、日本機のように、重量軽減のためのバカ穴がほとんどない。これは、大量生産を容易にするという量産性と頑丈な構造を確保することにつながった。重量増加は、発動機の大馬力によって相殺できるからである。飛行機機体の金属骨格に、重量軽減のための穴をあけないことは、量産性と強度を優先することでもあった。アメリカのスーパーエレクトラ、ロードスターなど民間輸送機を、軽爆撃機、哨戒爆撃機といった第一線で戦う軍用機に転用できた背景には、アメリカ飛行機の堅牢な設計と頑丈な構造が背景にあったのである。

写真(右)1942-1944年、イギリス、アメリカから到着したばかりのイギリス空軍のロッキード・ベガ・ベンチュラ軽爆撃機(Lockheed, Ventura)の胴体後下方の旋回機関銃の銃座と銃手:銃座の視界を確保するためのガラス風防が左右と正面に取り付けられている。
LOCKHEED VENTURA Object description Original wartime caption: Interior view looking towards rear guns.
Related period Second World War (production), Second World War (content)
Creator Royal Air Force official photographer (Photographer) Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums CH 17988引用。


イギリス軍が採用したアメリカ製ロッキード・ベンチュラLockheed Ventura)軽爆撃機の命名のもととなったベンチュラVentura)は、カリフォルニア州南部の都市で、20世紀初頭は席yつ開発に伴って発展した都市で、レジャーで使用できる洒落た港も備えている。

写真(右)1942-1944年、イギリス、ウィルトシャー、ハラビントン (Hullavington)の田園上空で,試験飛行を飛行するイギリス空軍の実験中央飛行学校のロッキード・ベンチュラMark I軽爆撃機(Ventura Mark I)(登録コード:AE748):アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、軍用機、戦車などの第一線兵器をも武器貸与法によって、イギリスへ貸与している。武器貸与法成立前も、旧式駆逐艦などをイギリスに譲渡している。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description Ventura Mark I, AE748, which served with the Empire Central Flying School at Hullavington, Wiltshire, on a test flight from Boscombe Down.Brock, F. J. (Flying Officer) Royal Air Force official photographer Part of AIR MINISTRY SECOND WORLD WAR OFFICIAL COLLECTION
写真は,Imperial War Museums CH 8038引用。


アメリカは、1941年3月に武器貸与法(Lend-Lease Acts)を成立させ、アメリカの安全保障上、重要であると大統領が考える国に対して、軍需物資を売却・譲渡・交換・貸与・処分する権限を与えた。そこで、ルーズベルト大統領はづいて、イギリスに対して、ロッキード・ベンチュラ軽爆撃機など兵器から燃料・被服・食料まで、あらゆる船舶を使ってイギリスに送り出した。イギリス中西部の主要港,リバプール港に荷揚げされたロッキード・ベンチュラ軽爆撃機は、リバプールのスピーク空港(2002年からはリバプール・ジョン・レノン空港と名称変更)に運搬され、そこで組み立てられた。その後、通信飛行部隊、飛行機兵器実験部隊が、組み立てられたロッキード・ベンチュラ軽爆撃機を1機ずつ試験飛行して、問題がないことを確かめた。問題がある場合は、修理・整備し直しがなされた。こうして準備ができたことが確認され、初めて実機が実戦部隊に引き渡されたのである。

写真(右)1942-1944年、イギリス、リバプール、スピーク空港で組み立てられたイギリス空軍ロッキード・ベンチュラMark I軽爆撃機(Ventura Mark I)(登録コード:AE762):AE762は、イギリス空軍の第21飛行中隊(Squadrons)、その後、第299飛行中隊に配属されることになる。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description Ventura Mark I, AE762, on the ground at Speke Airport, Liverpool, after undergoing post-delivery checks and modifications at the Lockheed reassembly plant. The airport terminal building, partially obliterated by the censor, is visible behind the aircraft. After trials with the Aeroplane and Armament Experimental Establishment and the Air Fighting Development Unit, AE762 served with Nos. 21 and 299 Squadrons RAF. Creator Ministry of Aircraft Production (MAP) Part of ROYAL AIR FORCE AIRCRAFT 1941-1959: ATP COLLECTION (GSA 325)
写真は,Imperial War Museums CH 8038引用。


アメリカは、1941年12月まで中立国だったが、軍用機、戦車などの第一線兵器をも武器貸与法によって、イギリスへ貸与している。リバプール港に船積みで到着したベンチュラ軽爆撃機は、リバプールのスピーク空港で組み立てられ、そこで、実験中央飛行学校による試験飛行、空戦開発部による試験飛行を行った。

写真(右)1942-1944年、イギリス, 南アフリカ空軍のロッキード・ベンチュラGR Mark V軽爆撃機(Ventura GR Mark V)(登録コード:FN957):未舗装の滑走路だが、戦時中は多数の飛行場が増設・拡張されたために、本土でも未舗装滑走路が一般的だった。
AMERICAN AIRCRAFT IN ROYAL AIR FORCE SERVICE 1939-1945: LOCKHEED V-146 VENTURA. Object description Ventura GR Mark V, FN957, on the ground at the Lockheed reassembly plant at Speke Airport, Liverpool. Following service with the Telecommunications Flying Unit and the Aeroplane and Armament Experimental Establishment, FN957 was assigned to the South African Air Force. Creator Ministry of Aircraft Production (MAP)Part of ROYAL AIR FORCE AIRCRAFT 1941-1959: ATP COLLECTION (GSA 325)
写真は,IWM ATP 12209F引用。


アメリカから武器貸与法に基づいてイギリスに船舶で送られたロッキード・ベンチュラ軽爆撃機は、リバプール港からスピーク空港(2002年からはリバプール・ジョン・レノン空港と名称変更)に運搬され、そこで組み立てられた。その後、通信飛行部隊、飛行機兵器実験部隊が、実機を試験飛行して、問題がなければ、実戦部隊に引き渡された。

写真(右)1942年9月4日、アメリカ陸軍航空隊のロッキード(Lockheed)B-34「ベンチュラ」(Ventura) Mk.II 爆撃機(登録コード:AJ 288、製造番号:4426):胴体中央側面の部隊マーク(アート)は、ヒトラーの顔が描かれ、「よっしゃ、ヒトラーの髪の毛をむしったゾ」とある。
Lockheed B-34 Lockheed Ventura Mk.II AJ 288 (No. 4426). Unusual side fuselage art has caricature of Hilter with "Yep! We're get'en in his hair." (U.S. Air Force photo) Download Image: Full Size (0.16 MB) Tags: bomber, HISTORIC, aircraft Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-016.JPG
Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-017.JPG
写真は,National Museum of the U.S. Air Force Photo by: | VIRIN: 060713-F-1234S-017.JPG引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機は、試作1号機が1941年7月に初飛行した。その直後の1941年末には、対日戦の勃発が迫っていたために、ロッキード社は、ロッキード・ベンチュラ(Ventura)哨戒爆撃機の開発と生産を迅速に進めようとし、アメリカ軍用の生産を優先してたために、イギリス軍にロッキード・ベンチュラ哨戒爆撃機が引き渡されたのは、1942年夏以降だった。

写真(右)1941-1943年、胴体下面の爆弾倉の扉を半開きにした状態のアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):舗装駐機場で生産ラインの最終工程を迎えている様だ。
: Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006429引用。


イギリス軍は、自国の航空機生産能力に限界があり、アメリカのロッキード社に哨戒爆撃機を発注した。これが、ロッキード・スーパーエレクトラ輸送機を原型にした軍用仕様のロッキード・ハドソン哨戒爆撃機である。しかし、1940年になると旧式化したと判断され、ロッキード社に対してハドソン哨戒爆撃機の発展型となる哨戒爆撃機の開発を依頼した。

 この1940年にロッキード社への発注に対して、ロッキード社は、ロッキード18 ロードスター輸送機を原型とするロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)を開発した。

写真(右)1941-1943年、増加燃料タンクを主翼下面に懸架したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後下方に7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。未舗装駐機場に駐機している。
: PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006430引用。


アメリカ海軍は、イギリス軍のアメリカ製ロッキード・ベンチュラLockheed-Vega PV-1)の優秀性を認め、同社に同型機を発注をした。これが、PV-1哨戒爆撃機で、1942年12月に納入された。PV-1は哨戒任務に使用するために、燃料の搭載量が従来の5,081L(1,345ガロン)から6,082L(1,607ガロン)へと増加された。

写真(右)1941-1943年、完成したばかりのアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):機首に地上銃撃用の前方固定7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。北方の濃霧域での哨戒任務に就くために、機首に大きく国籍記章を描いている。
: Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006428引用。


ロッキード・ベガ PV-1Lockheed-Vega PV-1)の初期型は、機首に爆撃照準手を配置しており、機首側面に4つのガラス風防窓が配されている。

  しかし、低空襲撃に使われたロッキード・ベガ PV-1は、水平爆撃機のような爆撃照準器は必要ではなく、後期型では爆撃照準手を廃して、開いた機首の空間に口径0.50インチ12.7ミリのブローニング機関銃をガンパックに搭載した。また、爆撃だけではなく、主翼左右下面に127ミリ(5インチ)HVARロケット弾8発が搭載できるようになった。ロケット弾は、3インチ口径火砲を搭載するよりも地上襲撃と艦船・潜水艦攻撃に有効だった。

写真(右)1941-1943年、完成したばかりのアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):増加燃料タンクを主翼下面に懸架したしている。機首に地上銃撃用の前方固定7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。北方の濃霧域での哨戒任務に就くために、機首に大きく国籍記章を描いている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006427引用。


 ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機は、アメリカ海軍の発注になり、1943年2月から沿岸哨戒部隊の第135飛行中隊(VP-135)に配備され、アリューシャン列島方面で活躍した。

 当時、アリューシャン列島のキスカ島、アッツ島には日本軍が配備されていて、千島列島北端の幌筵島・占守島から補給を受けていた。そこで、ロッキード・ベガ・ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒爆撃機は、アリューシャン列島の日本軍を攻撃しつつ、そこへの補給路を遮断する任務に就いたのである。

写真(右)1941年以降、増加燃料タンクを主翼下面に懸架したアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラPV-1哨戒爆撃機(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):胴体後下方に7.62ミリ連装機関銃の銃座が設けられている。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真はSmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006418引用。


ロッキード 10 エレクトラ輸送機の発展型がロッキード・スーパーエレクトラ輸送機で、そのさらなる発展型が、ロッキード・ロードスター輸送機である。これの軍用爆撃機仕様がロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機で、ハドソン哨戒爆撃機の発展型といえる。改良点は、発動機の強化で、プラット&ホイットニーSIA4-G ダブルワスプ1,800馬力を搭載した。爆弾搭載量は2,500ポンド(1,135Kg)で、さほど増加していない。

写真(右)1940年頃、斜め上方から俯瞰したアメリカ陸軍航空隊のロッキード・ベンチュラ(Ventura)B-34爆撃機(Lockheed B-34):胴体後上方に銃座は装備されていない。舗装された航空基地に駐機している。
Lockheed : B-34 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: B-34 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00005982引用。


 ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)は、第二次世界大戦中にアメリカ海軍制式のロッキード社製の哨戒爆撃機であるが、アメリカ海軍・イギリス空軍(ベンチュラ:Ventura)に続いて、アメリカ陸軍航空隊でもB-34/B-37の名称で制式されている。

写真(右)1941年以降、雪山の上空を飛翔するアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に動力回転銃座は設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006414引用。


第二次大戦勃発当初、イギリスは国内における航空機供給能力が十分ではなく、台頭するドイツの軍事力に対抗するために、外国の援助による急速な軍備増強が課題となっていた。そこで、アメリカですでに高速輸送機として実用化されていたロッキド14・スーパーエレクトラを軍用仕様として、哨戒爆撃機に改修することをロッキードに要請した。これが、ロッキード・ハドソン哨戒爆撃機である。

ハドソンの発展型として、ロッキード18・ロードスター輸送機の軍用仕様が要請され、ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機が開発され、1941年7月31日に初飛行した。ロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒輸送機は、アメリカで成立したばかりの武器貸与法に基づいて、アメリカからイギリスに貸与された。

写真(右)1941年以降、斜め前から見たアメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラ哨戒爆撃機PV-1(Lockheed, PV-1, Vega Ventura):全幅:20.0m、全長:15.8m、総重量:14,100kg、最高速力:502km/h/4210m、プラット&ホイットニーR2800空冷星形18気筒エンジン2,000馬力2基装備、兵装:ブローニング12.7ミリ連装機銃搭載の動力回転銃座1基、前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃2丁、後下方ブローニング7.7ミリ連装旋回機銃1基、爆弾搭載量1,125kg、乗員:4名。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006423引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機の原型は、ロッキード モデル10「エレクトラ」輸送機の発展型ロッキード・モデル18「スーパーエレクトラ」輸送機である。ベンチュラ哨戒爆撃機の形状は、ハドソン爆撃機と類似しているが、発動機はプラット&ホイットニーSIA4-G ダブルワスプ(離昇出力1,800馬力)2基に強化されている。

写真(右)1941年以降、俯瞰したアメリカ海軍航空隊所属のロッキードPV-1ベンチュラ哨戒爆撃機( Lockheed PV-1 Ventura):ベンチュラ(Ventura:アメリカの都市名)と命名したのは、イギリス軍である。胴体後上方に動力回転銃座は設けられている。
Lockheed : PV-1 : Ventura Manufacturer: Lockheed Designation: PV-1 Official Nickname: Ventura
写真は SmugMug+Flickr,San Diego Air and Space Museum Catalog #: 00006422引用。


ロッキード・ベガ PV-1 ベンチュラLockheed-Vega PV-1 Ventura)哨戒爆撃機の機首前面に地上機銃掃射用の7.7ミリ機関銃2丁を装備、防御用に胴体後上方にボールトンポール製7.7ミリ連装機関銃装備の動力銃塔を搭載した。また、胴体後方下面にも、7.7ミリ連装機関銃を設けている。ロッキード・ベンチュラ哨戒爆撃機の胴体下面爆弾倉には2,500ポンド(1,135kg)の爆弾搭載が可能である。

図(右)航空機認識訓練カードに描かれたアメリカ陸軍航空隊所属のロッキード・ベガ・ベンチュラB-34 爆撃機(LOCKHEED-VEGA VENTURA B-34 BOMBER)の三面図:敵機・味方機、戦闘機・爆撃機、防御銃座の位置などが、生死を分けるので、地上にいるうちに十分に機種識別訓練を施した。
Lockheed B-34 Ventura; Education, Type Recognition, Flash Cards, Aircraft Recognition Training Cards, WWII, USA. [ephemera] LOCKHEED-VEGA VENTURA B-34 BOMBER. Three-view (front, bottom, side) silhouette drawing of Lockheed B-34 Ventura aircraft; World War II aircraft type recognition training flash card; American made, circa 1940-1945  See more items in Videodisc Imagery Collection
写真は SmugMug+Flickr,National Air and Space Museum Archives Local number NASM-00186638引用。


ロッキード PV-1(Lockheed PV-1)の諸元
搭乗員:5名
全長:15.77 m
全幅:19.96 m
全高:3.63 m
翼面積:51.9 平方メートル
自重:9,160 kg 全備重量:14,096 kg
発動機:プラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)R-2800空冷星型18気筒エンジン離昇出力2,000馬力2基
最高速力:518 km/h/高度4,025 m)
巡航速度:274 km/h
着陸速度:134 km/h
上昇率:680 m/分
実用上限高度:8,015 m
航続距離:2,670 km
爆弾搭載量: 3,000ポンド(1,363Kg)またはMk13航空魚雷1本
翼下に5インチロケット弾(HVAR)8発
兵装:機首:前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃2丁
機首下面ガンパック:前方固定12.7ミリ機銃3丁
胴体後上方:12.7ミリ連装機銃1基
胴体後下方:7.62ミリ連装機銃

⇒写真集Album:ロッキード(Lockheed)・ベンチュラ(Ventura)PV-1哨戒爆撃機 見る。


5.ロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機

イギリスがアメリカのロッキードに発注したベンチュラPV-1哨戒爆撃機の発展型が、ロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機で、1943年11月に初飛行した。改良点は、飛行安定性を向上させるために、翼の形状の改良と主翼面積の増加、尾翼の形状改善、攻撃力・防御力の向上である。火器は、機首に前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃5丁、胴体後上方の動力銃塔にブローニング12.7ミリ連装機関銃、胴体後方下方にブローニング12.7ミリ連装機関銃で、口径が増強されている。また、爆弾倉が拡張され、爆弾搭載量も1.5倍になり、1,000ポンド(455kg)爆弾6発をできるようになった。主翼下面には、PV-1同様、HVAR5インチロケット弾4発、合計8発搭載可能である。

写真(右)1944-1945年、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機(Lockheed PV-2 Harpoon)取り扱い説明書:マニュアルの挿絵では、大型爆弾2発を爆弾倉から投下している。機首下面に前方固定12.7ミリ機関銃は描かれていない。胴体後上方には動力回転銃座が設けられている。
PictionID:38071469 - Catalog:Array - Title:Array - Filename:AL-81 Reed Kinert Album Image _00023.TIF - Images from an Album donated to the Museum by aviation artist Reeve Kinert--------------Please tag these images with any information you know about them so that we can permanently store this information with the original image file in our Digital Asset Management System ---SOURCE INSTITUTION: San Diego Air and Space Museum Archive Images from an Album donated to the Museum by aviation artist Reeve Kinert Date 22 July 2014, 14:26 Source AL-81 Reed Kinert Aviation Art Album Image Author SDASM Archives
写真はWikimedia Commons/Naval History and Heritage Command NH 94920 Lockheed PV-2 Harpoon Patrol Plane引用。


ロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機はPV-1ベンチュラの尾翼・主翼を大型化・改良し、武装を強化した発展型だが、発動機は同一であり、飛行性能は向上していない。生産機数は470機。戦争末期に。機首の前方固定12.7ミリ機関銃を8丁に増設したPV-2Dが開発され、1944年11月16日に100機が発注された。しかし、太平洋戦争終戦によって、完成機は35機のみだった。

ロッキード・PV-1ベンチュラの改良型ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機は、470機が製造されたが、太平洋戦争終戦によって、余剰機があふれた。そこで、アメリカ軍は、余剰機を同盟国・友好国に貸与することとし、1945年以降、日本、ブラジル、フランス、イタリア、ポルトガル、オランダがロッキード・ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機を採用した。

ロッキード・PV-1ベンチュラの改良型ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機は 470機生産されたほか、改造型としてPV-2C練習機が30機、武装強化型PV-2Dが35機生産された。つまり、ハープーン(Harpoon)PV-2哨戒爆撃機は総計535機が製造されたことになるが、これはPV-1ベンチュラが1,600機生産されたのに比較すると、アメリカ爆撃機としては、非常に少ない。

写真(右)1945年、アメリカ、カリフォルニア州、アメリカ海軍オークランド基地(Naval Air Station Oakland)、アメリカ海軍航空隊所属のロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機:機首下面に前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃が飛び出している。胴体後上方には動力回転銃座が設けられている。
Description A Lockheed PV-2 Harpoon in flight in 1945. Date 1945 Source U.S. Navy Naval Aviation News 15 September 1945 [1] Author USN
写真はWikimedia Commons,Category:Lockheed PV-2 Harpoon File:PV-2oak178 (4800374609).jpg引用。


ロッキード・ハープーン(Lockheed Harpoon)PV-2哨戒爆撃機の諸元
搭乗員 5名
全長:22.9m、全幅:15.9m、全高:4.00m
翼面積:63.7平方メートル
自重:9,530kg、全備重量:15,270kg
発動機:P&W R-2800空冷星型18気筒2,000馬力2基
最高速力:456km/h、巡航速力:275km/h
着陸速力:150km/h
上昇率:341m/分
実用上昇限度:7,280m
航続距離:4,720km
爆弾搭載量:6,000ポンド(2,710kg)またはMk13航空魚雷2本
機首上面:前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃2丁
機首下面:ガンポッドに前方固定ブローニング12.7ミリ機関銃3丁
胴体後上方:ブローニング12.7ミリ連装機関銃搭載の動力回転銃座
胴下後下方:ブローニング12.7ミリ連装旋回機関銃
翼下面:5インチロケット弾8発



2011年7月刊行の『写真・ポスターに見るナチス宣伝術-ワイマール共和国からヒトラー第三帝国へ』青弓社(2000円)では、反ユダヤ主義、再軍備、ナチ党独裁、第二次世界大戦を扱いました。
 ここでは日本初公開のものも含め130点の写真・ポスターを使って、ヒトラーの生い立ち、第一次大戦からナチ党独裁、第二次大戦終了までを詳解しました。
バルカン侵攻、パルチザン掃討戦、東方生存圏、ソ連侵攻も解説しました。

⇒写真集Album:ライト・ベランカ (Wright-Bellanca WB-2)「コロンビア」の大西洋横断飛行を見る。
⇒写真集Album:ユンカース(Junkers)W.33「ブレーメン」Bremenの大西洋横断飛行見る。
⇒写真集Album:ベランカCH-400「スカイロケット」の太平洋横断飛行を見る。
⇒写真集Album:ユンカース(Junker)A-50「報知日米親善号」の太平洋横断飛行を詳しく見る。
⇒写真集Album:ユンカース(Junker)W33「報知日米親善号」の太平洋横断飛行を詳しく見る。
⇒写真集Album:ユンカース(Junker)G-24輸送機を詳しく見る。
⇒写真集Album:ユンカース(junkers)Ju 52 輸送機を詳しく見る。
ドルニエ(Dornier)Do-X 飛行艇
ルフトハンザ航空ユンカース(Junkers)Ju90輸送機
ドイツ空軍ハインケル(Heinkel)He111爆撃機
ルフトハンザ航空フォッケウルフ(Focke-Wulf)Fw200コンドル輸送機
ドルニエ(Dornier)Do18飛行艇
ドルニエ(Dornier)Do24飛行艇
アラド(Arado)Ar-196艦載水上偵察機
ブロームウントフォッスBV138飛行艇
ブロームウントフォッスBV222飛行艇


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