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◆HK財政学:国立療養所とハンセン病患者の差別;国家による人権侵害

画像(上)15世紀Piero di Cosimoのフレスコ画、山上垂訓と癩病患者(?)の癒し。新約聖書のマルコ福音書(Mark 1:40-45)の場面右下、イエスが一人の癩病(ハンセン病)患者を癒している。ハンセン病患者が完全隔離されていたわけではないことがわかる。
The Sermon on the Mount and the Healing of the Leper (1481-82), fresco, Sistine Chapel, Cosimo Rosselli (1439-1507) Cappella Sistina, Il discorso della montagna e la guarigione del lebbroso.
画像は1st-Art-GalleryArtilim paintings gallery:Sermon on the Mount and Healing of the Leper painting by Piero di Cosimo引用。

はじめに

写真(右)イエスが癩(らい)病患者を癒す新約聖書の場面:新約聖書のマルコ福音書(Mark 1:40-45)など、何カ所にイエスがらい病患者を癒す話がある。イエスの噂を伝え聞いて、その恵みに預かりたいと信仰をもったハンセン病患者は、イエスの御言葉によって癒された。
Mark 1:40-45, for instance, is a paradigmatic healing story. It strikes us as a relatively simple, straightforward story—and portrays Jesus’ profound compassion for an individual in distress. But much more is going on in the story—much more that the evangelist wants us to understand.
画像はJesus Radicals Blog at WordPress.comTrinity Episcopal Church:Ashland's Episcopal Church引用。

13:21 ぱちんこ写真(右)国立打ハンセン病療養所では、入所しているハンセン病患者や後遺症を持つ元患者のリハビリテーションを目的に、パチンコも利用された。アミューズメントとはいっても、賭け事、散在ゲームとして格下に置かれることの多いパチンコだが、福祉に有用な使い方もある。筆者撮影。

2001年(平成13年)12月28日、政令第436号をもって公営住宅法施行令(昭和26年政令第240号)を改正、同居親族がない場合においても公営住宅に入居することができる者に、ハンセン病療養所入所者等を加えた。そして2002年(平成14年)10月11日、三重県営住宅条例の一部改正を行い、公営住宅に単身で入居できる者に、「ハンセン病療養所入所者等」を加え、さらに県独自施策として同じく「ハンセン病療養所入所者等」を優先入居対象に加えた。

学生のパイプ住宅写真(右) 国立ハンセン病療養所多磨全生園入園者用住宅を見学する東海大学教養学部人間環境学科鳥飼ゼミの学生。
東京都では、都営住宅の入居資格につき、60歳以上の世帯・心身障害者を含む世帯・原子爆弾被爆者を含む世帯・海外からの引揚者を含む世帯・ハンセン病療養所入所者等を含む世帯・小学校就学前の子どもがいる世帯の方は所得基準の緩和措置がある。筆者撮影。 。

精神障害者や特定の人種民族を差別・排除しようとする思想は、?優生学的偏見、?財政負担軽減、?治安回復、などを正当化の根拠としている。そして、現在、人間を生殖細胞、遺伝子レベルで詳細に分析し、生命力や治癒力の優劣を区分するという恣意的な研究も進んでいる。ヒトゲノムの解読、バイオテクノロジーの進化は、再び先端技術を装って、似非(えせ)科学の優生学を蔓延させる危険がある。 「生きるに値しない命」を選別するような優生学思想は、特定グループが自分たちの利益を損なうと考える都合の悪いグループを選別するために、恣意的に用いられるに違いない。科学的な装いの下に、自分勝手な傲慢な意図を隠して、気に入らない人間を排除することを許してはならない。

雑談:いまどきの古い大学教授

University & Education

<日本の大学教員とは------?>
従来の大学では,教員が自分の専門を自分のやり方で教授し,学生はそれを好奇心と眠気を持って聞くというスタイルがありました。また,大学教員は,学生にわかりやすく教えるという教師というよりも,世界的な研究を推進する学者,学問ばかりで世間を知らない,あるいは象牙の塔に籠もって研究すると評価されてきました。また,大学生の学力が大幅に低下してどうしようもないと酷評されていますが,本当でしょうか。

確かに,大学・短大への進学率が,20%程度の時代,それも大変が男子学生で,女子の四年生大学進学率が10%未満の時代には,そのような教員(公立では「教官」)が多かったかもしれません。しかし,いまや女子も含め,進学率が48%にも高まり,女子の四年制大学への進学も当たり前になった時代です。

◆にもかかわらず, 「大学では研究が重視され,教員が教育に不熱心なために,授業をつまらなくなっている----」と一部有名大、一部の教授を引き合いに出した議論があります。しかし、この議論は、日本の大衆化した大学には当てはまりません。もちろん,従来の一部,そのような傾向が残っていることは確かです。学会あるいはメディア・社会で評価されている有名教授でも,授業が面白くない----と思っている学生諸君もいるでしょう。いい加減な授業,教え方の下手な授業,レベルの低い授業は,いつでも,どこにもあったのだと思います。すべての学生を満足させる授業など,いつの時代でも稀だったのではないでしょうか。

◆「象牙の塔」に籠もって大学で研究している大学教授も,研究熱心でかつ教育不熱心な大学教授,研究不熱心で教育熱心な大学教授を,私は一人も存じあげません。研究はするが教育しない大学,あるいは教育は施すが研究しない大学など,聞いたことも見たこともありません。。つまり,大多数の大学では,高等教育の大衆化の中で、研究重視の弊害が表面化するほど,大学教授は研究や教育の双方に不熱心ではありません。研究と教育は両輪のように並んでいるものであって,片方では,大学は前進できないのです。

◆大学の研究運営方針といっても,体系化し,専門化できるほど十分な予算とスタッフを揃える事は,大半の大学にはなかなかできないというのは本当です。また,大学スタッフの全てが研究と教育に重きを置いているわけではないのです。結論から言えば,世界大学大学競争を踏まえれば,研究も教育もどちらも世界市場で評価されなければ,大学の評価が高まらないと考えられるのです。研究と教育は一体ですから,どちらかに偏重するしているということは,まずないのです。授業がつまらない教授は,研究にも不熱心でしょう。研究していない教授の授業は,レベルの低いものと決まっています。いわゆる最高学府というからには,研究と教育の双方が備わっているはずで,どちらか一方だけが欠けているということはないのです。欠けているとすれば,研究も教育も双方がいい加減なのだと思います。重点の置き方は異なっても,研究か教育かという二者択一の大学はありえないと思います。

◆現在,私立短期大学や四年制大学でも,定員が集まらず,外国人を形式的に入学させたり,定員割れになって倒産・廃校になったりしているのが現状です。2004年10月19日、文部科学省による学校法人北九州学院解散命令もでました。文部科学省は、北九州短期大学を経営していた学校法人北九州学院(柿原博理事長)に対し、私立学校法に基づく解散命令を出しましかた、これは1978年以降、大学生が在籍せず、運営停止状態となっていたからです。多数の中国人留学生がアルバイト目的で集めた山形県の酒田短期大学を経営する瑞穂学園にも2004年7月、解散命令がでています。福岡市の東和大学も、学生募集を中止、在校生が卒業する2009年度で廃校になる可能性が出ています。

有名とはいえないような大学・特定の学部、短期大学では入学希望や受験者が集まらない以上,大学経営は成り立ちませんから,学生集めを最優先することのにも十分に理由があることなのです。しかし,これは,教育も研究も双方を放棄する結果を生み出しました。人集めに狂奔する大学は,教育もいい加減なものだと思います。

◆新聞やTVに登場されるビジネスマンや評論家は,たくさんいらっしゃいます。その中には、有益な論も多いです。早稲田大学の改革など大きな成果を挙げた大学改革があるのも間違いないでしょう。教育改革かわら版は、大学受験を目指す高校生とその保護者向けに、国立大学法人化など大学改革に関する情報を提供して、公私の見解が広く掲載されています。大学競争など死語になったように見えますが、そこには、「平成19年度 全国主要公立高校の難関国立大学合格実績とその評価分析」として、旧帝国大学7校+東工大・一橋大+旧帝大以外の医学部医学科+国公立大合計合格者が誇らしげに掲載されています。これを見ると、世界最高峰の科学技術,文化を誇る日本ですが,研究や科学技術,教育の面から見て,世界に渡り合える「日本の最高学府」がたくさんあるように思えてきます。しかし,実は研究教育に関して,世界的に最高位の評価を受けている日本の大学は,それほど多くはありません。その証拠が,日本の大多数の大学では,入学希望者や定員の充足を気にせざるを得ない状況にあることです。少子化の影響だ,という人もいますが,これは短絡的です。世界の教育熱は高まっており,日本がすばらしい大学を擁しているのであれば,世界から優秀な留学生が勉強にやってくるはずです。日本語を学ぼうとする意欲的な学生が増えてくるはずです。

しかし,世界の学生,ビジネスマン,メディア関係者,留学生,研究者から一般市民まで,日本の大学に対する関心・興味は,それほど高くはないのが現状です。世界の大学ランキングからみても,日本の大学研究・大学教育の評価は,最高位のレベルにあるわけではありません。これは歴然としています。こうした状況で,研究重視で大学が成り立たないとか,大学教授が研究ばかりしているから,大学の授業がつまらないといったことは、ありえないのです。たぶん,教育も低位にあるから,世界評価が低いと考えられます。世界大学大学競争を踏まえれば,研究も教育もどちらも評価されていないので,大学の評価が高まりません。どちらかが評価されるのであれば,世界ランキングでは,最上位に大学名が登場してくることでしょう。


残念なことに,アジアの大学ランキングにも,日本の私学はほとんど出てこないのです。「今の日本の大学は------」といえば,日本の大学とその技術・教育が世界トップクラスの評価を受けていた,あるいはいると錯覚してしまいます。世界評価は,日本国内の内輪褒めとは違うのです。世界大学競争の時代では,国内外格差をを理解すべきです。多分,MBAをお持ちの識者や評論家の方々は,2006年ビジネススクール世界ランキングをご覧になって,自画自賛的な日本の大学評価はできないことをご存知だったので外国の大学でMBAを取得されたのでしょう。

国公私立大学を通じた大学教育改革の支援として、2007年度予算額:602億円(2006年度予算額:562億円)が投じられています。この大規模改革案では次の四点を重視しています。
1. 課程に応じた教育内容・方法の高度化・豊富化の充実
2. 現代的課題に対応できる人材養成と大学の多様な機能の展開
3. 社会の養成に応える専門職業人養成の推進
4. 国際競争力のある世界最高水準の研究教育拠点形成
つまり、 特色ある優れた取組みを支援するプロジェクトであり、選定された計画の大半は、有名大学のものなのです。有名大学ばかり見ていて、学力低下がはなはだしい大学生のいる大学は、恩恵を受けていません。しかし、大学生の大半が、このような大衆化した普通の大学に在籍しているのです。彼らを教育している大学教授が多いのです。大学内に格差もあるでしょうし、大学教授・大学生の格差はもっと大きいでしょう。そこで、大学上層部の手腕・能力と相まって、大学の経営・研究・教育方針は、異なってくるのです。しかし,すべての日本の大学は,グローバル化の中で,世界の大学と競争していことを定められているのです。世界大学競争のなかで,小手先の大学改革が,このような大競争時代にどこまで通用するかが問題です。

◆世界大学大学競争を踏まえれば,研究も教育もどちらも世界で評価されなければ,大学の評価が高まりません。少子化と高学歴化(大学の大衆化)のために,大多数の大学にとっては,魅力をアピール必要性は強まっています。そのために,スタッフ,施設,プログラムを準備することが求められています。

◆四年制大学への女子進学率は、1970年6.5%、1980年12.3%、1990年15.2%から2000年には31.5%へと大幅に上昇しています。大学教育の大衆化がすすめば、大学生は勉強のできるエリートだけではなく、勉強以外の興味から、進学してくる学生が多くなっています。そのなかで、高等教育を授けるべき大学が研究だけ重視していたのでは、学生の教育は進展しません。昔の旧制中学のような有能なエリートであれば、「教え方の下手な大学の授業」であっても、十分に知識をはぐくむことができたはずです。しかし、世界的に大学入試の大衆化が進行し、学生の大衆化の中で、学力の低下した入学者を対象に、大学が「下手な授業」を提供しても、全うな高等教育は不可能です。研究はいくらできても、教え方に魅力がなければ「興味ある授業」を行うことはできません。その意味で、「研究ばかりしている大学教授は、教員としては失格」という俗説は真実を含んでおり、下らない噂も、フィクション、間違いだけとは言い切れません。大学の教員は、研究と並んで教育に力を入れることが必要です。大学教授は、研究者兼教育者でもあるのですから、研究と教育の両輪を充実させることは、大衆化された大学では当然のことなのです。

大学改革の第一歩は、「興味ある授業」を展開できるような体制を作ることであり、それには、大学教授が研究を深めて自己研鑽を積み,その上で、教育にも十分配慮することが望まれます。十のことを知っていても,三のことしか教えることはできません。十のことを教えるには,三十のことを知っていることが求められます。世界大学競争のなかで,研究も教育のどちらか,できればどちらもできる大学教授がいてこそ,日本の大学評価が高まると考えられるのです。(以上は2008年の記述をそのまま掲載)

スマートシティ(?)にある鳥飼行博研究室写真館や電脳掲示板(?)ブログ掲示もご覧ください。

HK「財政学」コンテンツ

Key Issues in Public Finance

福祉財政など、政府による生活の質向上、ベーシックヒューマンニーズBasic Human Needs)の充足の施策が進展しています。日本では、開発途上国の人々の人間開発Human Development)を進めるために、予算を投じて援助を実施しています。

しかし、国家が財政政策によって、いつも人々を幸せにしてきたわけでも、生活を豊かにしてきたわけではありません。それどころか、国家が、予算を投じて人権差別をし、人々を苦しめてきたことすらあったので。その一例として、国家によるハンセン病差別、ハンセン病患者・元患者に対する人権侵害があげられます。これは、市民が偏見によって差別したり、いじめを加えたりするのとは異なって、国家が法律に基づいて、あるいは政策として、ハンセン病にかかった人々を強制隔離し、学校にも通わせず、一生涯、せまいs療養所や園に閉じ込めたのです。子供を産めないように手術をしたり、産んだ子供を標本にしていたりしたのです。国家の学としての財政学から見れば、福祉は国家のため、国力を増強するためのものであり、賢い専門家、勤勉で健康な労働者を生み出すために、人々の衛生管理・病気予防を目的に、「上から目線」の国家の学としての財政学が、20世紀末まで、実行に移されていたのです。

国家の学としての財政は、人権を侵害したこともあったのですが、その一つの事例が、ハンセン病患者とハンセン病が治癒した後も元患者を差別してきた国の政策で、これは丸ごと国家財政が支えてきたことなのです。鳥飼行博担当 HK「財政学」では、人々の真の生活の質向上を目指す環境平和学の視点で財政を見直します。



ハンセン病を正しく理解するために「人間回復の橋、心のかけ橋となれ」 岡山県政広報チャンネル (平成14年制作、平成16年改訂)
「ハンセン病の正しい知識、かつての隔離政策の状況、回復者やその家族への偏見・差別の実態、現在の生活などが描かれ、ハンセン病問題について正しい理解を進めるものです。」岡山県政広報チャンネル


映画『もういいかい ハンセン病と三つの法律』予告編 シネマトゥデイ (2012/08/22 公開)
「かつて隔離施設に送られたハンセン病患者たちについてそのあまりに不条理な法律と劣悪な環境での生活を取材し、100年にわたるハンセン病の歴史をひもとくドキュメンタリー。故郷や家族と離れ、特定の場所に隔離され、牢獄(ろうごく)のような施設での生活を強いられたという、ほとんど知られていないハンセン病患者の真実を現地での取材や当事者へのインタビューによって明らかにする。ハンセン病への社会的な差別にがくぜんとすると同時に、個人として社会として難病患者にどう向き合っていくべきか改めて考えさせられる。」 シネマトゥデイ

鳥飼ゼミナールでは、10年来、ハンセン病患者・元患者が強制隔離されていた多磨全生園研究室を訪問し、そこにあるハンセン病資料館を見学し、多磨全生園内を見て回り、多磨全生園に住んでいるハンセン病元患者、介護職員の皆さんからお話を伺っている。ゼミ活動の様子は、鳥飼研究室(http://torikai.starfree.jp/)左バナー「授業写真集にある、例えば2015年鳥飼ゼミ活動写真「ハンセン病資料館/全生園」、2014年鳥飼ゼミ活動写真「国立ハンセン病療養所多磨全生園」などを見てほしい。

20世紀末まで、財政を投入して日本政府が実施してきたハンセン病対策が、無癩県運動(県内のハンセン病患者を全て追い出す)、ハンセン病患者の強制隔離である。そして、ハンセン病が治癒した後も元患者を隔離し続けるという「終生隔離」が、事実上、1996年まで久しく続いていた。ここに隔離されたハンセン病患者は、児童であっても学校教育からは締め出された。犯罪者ではなくとも、外出はできずに、園内規則に違反すれば、所長権限で裁判なしに園内の監房(牢屋)に投獄された。子供を産めないように手術されたり、標本にするために子供を産まされたりした。国が建設・運営された国立病療養所は、療養ではなく、刑務所に近い存在だった。ハンセン病の治療は事実上放棄されていた。医師も看護師も看護士も、数千人に数人しか配置されれいなかった。ハンセン病患者の面倒を見たのは、軽症のハンセン病患者だった。患者同士が相互に看護と介護をしていたのである。与えられる食事も貧弱だったので、療養所内部には家庭菜園が作られた。水も外部から上水道を得ることはできなかったので、療養所の中で賄ったが、十分なものではなかった。そして、ハンセン病患者たちは、政府だけではなく、国民からも周囲の住民からも、蔑まれ、差別を受けていた。

国立療養所多磨全生園、ハンセン病資料館を訪れての感想をゼミ生が次のように書いている。

1)私たち鳥飼ゼミナール3年生は、7月10日に多磨全生園ハンセン病資料館を訪れました。私はそれまで、ハンセン病という病気のことを知りませんでした。フィールドワークの前にまずハンセン病という病の歴史や現在のことを学び、なぜ知らなかったのかというほどものすごい病気だと思いました。事前の予習でハンセン病という病に対して、もっと知っていきたいと思いました。

実際に多磨全生園に着いてみると普通の町のように感じました。しかし、辺りを見回すと病院はもちろん、教会やお寺、郵便局に神社など多磨全生園には生活をするために必要なものが全てと言っていいほど揃っていました。そこで改めて多磨全生園という場所で起こっていた歴史を感じることができました。35万haという広大な土地で、本当の町のように緑もあって町もあって公園もありますが、当時の患者さんの気持ちになると果たしてそれが本当に広いのかと考えさせられました。

私達は、地球だけでなく行こうと思えば宇宙にだっていくことができるのに、生涯をその隔離された空間で暮らしていくというのは私たちが当たり前のように生活している空間に比べたらとても厳しいものがあったのかなと思いました。

また、現在ではハンセン病という病は移らず、治すことができる病気になったのにもかかわらず現在でも差別が続いているということでした。社会的弱者に対して、人間というのは誰しもがその立場になるかわからないのにその人の気持ちや優しさを見失ってしまうのかなと思いました。法律や決まり事を決める前に、人がそういった相手を思う優しさを少しでも持つことができれば、ハンセン病だけでなく差別や迫害というものがなくなったり少なくなったりするのではないのかなとハンセン病という病気を通して感じることができました。


国立療養所多磨全生園に16歳で入所させられ、73年間たっても、その中に暮らし続けている小林さんの独身寮を訪ねたゼミ生が、お話を伺って、次のような感想を書いている。

2)私たち鳥飼ゼミナール3年生は、7月24日にハンセン病患者である小林さんのお話を聞くことができました。最初私はすごく緊張をしていましたが小林さんがとても気さくに話をしてくださり様々な実体験を話してくれました。私は、多磨全生園やハンセン病資料館を訪れ、ハンセン病患者の方が過去にされ続けてきた差別や隔離といったのに対して私自身の意見しかありませんでしたが、小林さんの実体験や現在になって過去を振り返ったり、現在の様子を聞いたりして、改めてハンセン病という病が複雑なものかというのを実感しました。

 小林さんは、多磨全生園の中で73年も生活を送っている方で、生い立ちからどのように多磨全生園に来てその後の暮らしを私たちにお話してくださいました。ハンセン病資料館では感じ取れなかった生々しいお話や、当時の嬉しかったこと辛かったこと、同じハンセン病患者でも考え方の違いがあること、本当に様々なことを聞くことができました。お話の中で、私が印象的なお話だなと思ったものは、草津にあるハンセン病の監房を世界遺産に登録しようとしていることに対して、小林さんは反対していることでした。小林さんは、「九州の軍艦島などの世界遺産登録も草津の監房もそうだが、日本という国が今まで隠して、負の遺産としてきたものを、世界遺産のように公に出す必要があるのか?そうした負の遺産を、後世に残すのもいいが、もっといいのは後世の人たちが負の遺産というのを知らないことのほうがよっぽどいいことなんじゃないだろうか」と言っていました。それに対して私は今まで、そう言った負の遺産というものを知ることによって、同じ過ちを繰り返さないという考えを持ちより良い方向に持っていけるのではないか?と思っていました。

しかし、小林さんの話にはすごく説得力がありなるほどなるほどと聞いていました。凄まじい実体験があるからこそ説得力がありました。また、小林さんは多磨全生園で暮らしているが、とても幸せだとも言っていました。生活をするのに何にも不自由しないし、ご飯だって毎日届けてくれて、マッサージも受けられて私は今満足しているとおっしゃっていました。幸せというのは、人間が沢山いるように、様々な種類があって人によって違い深いものがあるなと感じました。まだまだ、小林さんからお話を聞いたことで私自身考えさせられました。是非また機会が設けられたらさらにたくさんのお話をお聞きしたいです。


鳥飼担当 HK「財政学」の課題

Report Writing


講義で示した動画を踏まえて、鳥飼行博研究室(http://torikai.starfree.jp/)左バナー「授業写真集」にある
2015年鳥飼ゼミ活動写真「ハンセン病資料館/全生園」
2014年鳥飼ゼミ活動写真「国立ハンセン病療養所多磨全生園」
の2本を閲覧し、国家財政を投入して建設・運営された国立ハンセン病療養所多磨全生園とは、どのような国営施設なのかを具体的に説明しなさい。

提出期間は、2020年5月19日午後から2020年5月26日(火曜)23時59分まで、提出は1人1回。

1)「まとめレポート」をワード(word)で作成、ふさわしい題名,学番,学生氏名を明記。
2)まとめレポートの文字数は、1000文字以上、2400文字以下。他サイトの引用は不可。
3)このレポート課題はサンプルなので提出には及びません。実際の課題レポートは、授業支援システム(OpenLMS)に掲載。

東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程

TorikaiLab, Tokai University



教養学部の講義HK「財政学」は、環境平和学と持続可能な開発を踏まえて、財政学を多様な視点で扱う授業です。

当研究室へのご訪問ありがとうございます。論文,データ,写真等を引用する際は,URLなど出所を記載してください。ご意見,ご質問をお寄せ下さる時には,ご氏名,ご所属,ご連絡先を明記してくださいますようお願い申し上げます。 連絡先: torikai@tokai-u.jp
〒259-1292 神奈川県平塚市北金目4-1-1 
東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程
鳥飼 行博 TORIKAI Yukihiro
HK,Toka University,4-1-1 Kitakaname,Hiratuka
Kanagawa,Japan259-1292
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