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◆『日本蚕糸會社』社員、五十嵐飛行兵の御遺族に『日章旗』をお返ししたい!


『日本蚕糸會社』社員、五十嵐飛行兵に贈られた日章旗。
・アメリカ軍に戦利品として捕獲された日章旗ですが、現在の持ち主が返還を希望しています。持ち主は、アメリカ合衆国ロスアンゼルス市郊外の日系人三世の方です。この経緯を、以下の資料で解説します。画像、資料はすべて石黒善夫氏から提供を受けたもので、そのまま掲載しています。


『日本蚕糸會社』社員、五十嵐飛行兵の御遺族に『日章旗』をお返ししたい!
本稿に掲載した『日章旗』の現在の所有者は、アメリカ、ロスアンゼルス市(Los Angeles)郊外に居住している日系人三世である。今の所有者は、この日章旗を五十嵐飛行兵のご遺族に1日も早く、返還したいと切望している。この日章旗が現在の所有者の手に渡ったのは、所有者の祖父、日系1世が、太平洋戦争時、兵役でアメリカ艦船に乗船していた時、同艦に特攻してきた飛行機或いは、海上に不時着した日本機の飛行兵「五十嵐」氏が身に着けていたものを拾得した。しかし、艦名、拾得時の状況、日時さえも3代の経過で不明となってしまった。拾得した際、同飛行兵の首は無く絶命していたと言われる。搭乗員が日本人であったことから、日系の祖父は親近感、憐憫の情から継代して、今まで3代に渡って所有していた(以上、後述する柳澤 保氏から)

 最近になって、拾得者から3代目、現在の日系人が、 ロスアンゼルス(Los Angeles)郊外の柳田和昭氏(後述)に持ち込んで来て相談し、ここに掲載した英文名簿資料は作成された。柳田氏は、屋久島出身の一世で60歳台、ロスアンゼルス市郊外でKAZU CO.,LTDという飛行機、ヘリコプター乗員養成学校の経営、そのほか航空機関連の仕事をしている。実際には、この英文資料作成は柳田氏の娘さん、春(HARU)さんが主体で行われ、その日系人及び柳澤氏が立ち会った。英文名簿の最後の方に、鹿児島に多い名前だとか、江戸時代から由来した名前で読みにくいとか記述がある。また、3,4人の女性名の署名もある。この日章旗は、白絹製、大きさは、大き目の風呂敷程度で大きくはない。70年近くの時間経過があるが、保存状態は非常に良い。旗の中央に赤く染め抜いた日の丸の染料は着物使われるもので殆ど褪色してない。絹布は小サイズで搭乗員が身に肌身まとい、海水に浸ることが無かったと言われる(柳澤氏)。本稿に掲載した『日章旗』はアメリカの柳田氏からmailの添付資料でタイトルは『Kamikaze Flag』となっている。

私に遺族探しの話が来たキッカケは、アメリカ在住の柳田氏と面識ができた3年前である。柳田氏が郷里、屋久島に帰省の時、飛行学校の日本人教え子15人合い揃って、各自、4台の自家用機に分乗して、屋久島に参集し実家での宴会に招待頂いた。長野県の教え子は3人いて、4人乗りのパイパー機の1席分が空いている、私は、松本空港(信州まつもと空港)から同乗させてもらった。長野県の3人の中に柳澤氏(KAZU CO.,にてヘリコプター操縦免許取得、私の友人)がいた。

柳澤氏は柳田氏の別格の友人であり、屋久島の宴会場で初めて私は、柳田氏に紹介された。その時は、日章旗の話は無かった。翌年の2011年に柳澤氏はアメリカでの飛行研修の為、渡米して柳田氏に会った時、今回の日章旗の話が出た。私が日章旗返還の遺族探しを要請されたのは、五十嵐飛行兵の出身職場が、『日本蚕糸會社』、その職場の下部組織?『向上會』が、製糸会社であった為、若い時の現役の職場が「横浜生糸検査所」だった事から出来るのではと思われたらしい。しかし、私は郡是片倉昭栄神栄等の製糸會社等の名前なら知っているが、『日本蚕糸會社』、『向上會』の名前は知らない。

柳田氏は、その分野では有名な人で日本人、米国人の軽飛行機、ヘリコプター操縦者を多く養成しており、日本雑誌『航空ファン』に何回も掲載記事がある。航空機の操縦技量にも優れ、ソ連製の軍用機、「アントノフ」を修理し、アメリカ国内、国外を移動運搬した(柳澤氏)という。また、柳田氏は、過去何回もの来日の際に、ゼロ戦搭乗員など関係者にも日章旗の話をしたが進展していないようである。日章旗に寄せ書きした方々も今では、80歳、90歳を越える年齢であり、時間的余裕も無い。私は、柳田、柳澤両氏に「拾得してから時間が経ちすぎていて、遺族はもう見つからない。見つかったとして、返還されても既に遺物だ。アメリカ、日本どちらかの戦争博物館に引き取ってもらうのが、適切だ!」と何回も申し上げたが、所有している現在の日系人は、強く遺族に返還したい、と言っているそうである。

何故今頃になって、そんな話を持ち出してくるのか?戦後の一時期、このような類の日章旗返還の話は多く出た時があり、マスコミ報道でも話題になった。拾得した最初の祖父一世日系人が返還の行動を何故起こさなかったのか?柳澤氏、柳田氏に詰問しても明快な返答は無い。しかし、柳澤氏はその後も、遺族探しの話を引続いてするので、本誌『千曲会報』に投稿する事にした。日章旗に寄せ書きされている方々の名前を認識できるのは、上田専門卒業でも、80歳台後半、90歳台の養蚕科、製糸科、紡織科卒業で中でも蚕糸関係の会社に就職された方々と、その子孫、関係者に限られるのではと思われます。しかし、一万数千部の発行部数を誇る千曲会報に掲載できれば、偶然に関係者の目に留まり、なにか手掛かりが得られる可能性もある。

追記)本稿に掲載した英文資料を、20年近く長野市に在住しているネイテイブのアメリカ人に日章旗資料と合わせて見せた。彼は即座に『この資料は日本に精通していない若い日系人が作成したものだ』と言い切った。私も同様に思っていた。次に私と同年の日本人男性の意見は、『最初の旗の所有者は、返したいとは考えていなかった。今になって本当に返したいのか、漠然とした話で真意は不明だ』と言う。 また、『最初の旗を拾った一世は、何年も隠匿所有していて二世に渡り、三世になってようやく返還する気持ちになったのでは?』。この本物の日章旗をアメリカで見た柳澤氏は、
旗を所要している三世とは連絡はついていない。柳澤氏の熱心な要請により行動を起こし、本稿にあえて投稿した。本稿の別刷りの数通を、関係機関に郵送し判定を待ちたいと思う。

連絡先: 石黒善夫. E-mail isiguro.yosio@orchid.plala.or.jp
柳澤 保、柳田和昭E-mail kaaco@verizon.net
(投稿 繊維農学科14回卒業 石黒善夫)

1. CELEBRATING DEPARTURE

2. Nippon Sanshi Gaisha (silk company) �C these signatures are possibly from those that worked at this company where the pilot possibly worked at. This is possibly why the name of the silk company is written on this flag. Thought to be one of two companies in Japan.

3. Wishing you luck in the battle (wish, bushi, luck, long lasting)

4. Kojokai (possibly silk company club name) �C to reach up, look forward, moving forward, bright future
5. Presenting to Igarashi-kun (Mr. Igarashi) �C this flag was a gift to him
6. Sezo Kago
7. Futsuo Hinomoto
8. Hiroshi Sueguchi (? �C difficult to read kanji and also a bit illegible)
9. Lyric from a song - Chuyu giretsu = courage, honest, powerful = wishing you to become these and stay that way´
10. Masao Kamijo (wrote above �C this person is someone of importance) 11. Sakata (last name of male/female, no first name)
12. Genji Otsuki
13. Masao Chino
14. Nobuyoshi Aihara
15. Kikuji/Kikuharu(!) Hayashiguchi
16. Koji (last name is illegible)
17. Masakazu/Shoichi Urashima
18. Mataichi Komuro
19. Masao Toda
20. Satoru Akada
21. Yoshihiro Hagimoto
22. Yutaka Kurihara
23. Hachiro Takase (?)
24. Umakichi Hashimoto
25. Kiyo Kitajima
26. Fusako Kashiwagi
27. Wai Nakajima
28. Mineko Matsumoto
29. Sumi Fukuchi
30. Yukie Nakahara
31. Harue Kobe
32. Nickname = Nonbei (a name they give to drinkers)
33. Tatsuo Nishi (thought to be the title, Nonbei, for this person)
34. Yoshio Ookawachi
35. Not a name = Shin ho shin (don¨t know what it means)
36. Sakurabana = cherry blossom = but can be also read as a name = Ooka = to die cleanly = even if you blossom and welt, it won¨t leave a mess = symbolism for beautiful death
37. Sumiko Murayama
38. Yoneko Ikegami
39. Prayer = yoku funto inoru = fight hard
40. Power supply/engine room representative relayed above prayer
41. Fuyuko Narutomi (guessing this to be a young girl since she wrote very small to be respective to others ability to write their message)
42. Narata Yoshino
43. Yuki Oota
44. Shizuka Fukiage
45. Kiyono Yamaguchi
46. Tadami Kamiyanagi
47. Shigetada Oosawa
48. Shigeo Motomura �C wrote across versus vertical
49. Jinichi Jojima
50. Fumiko Honjo
51. Seichiro Nishimura
52. Heihachi Ito
53. Tookichi Kawazoe
54. Masao Suko
55. Shigetada Togo
56. Illegible
57. Shuichi Kitajima
58. Yamako Fusaichi
59. Sakichi Inoue
60. Chozo Harada
61. Terue Bannai
62. Izumi Kubota
63. Hizuru Kakigawa
64. It could be a last name or group name and it is guess to be Shinkyo (new capital) but this doesn¨t make sense so it was read as Yonehara
65. Kimiyo Yamazaki
66. Kazumi Kawazoe
67. Yoshizo Hisamoto
68. Hachiro Kuboyama
69. Kanemori Maehata
70. Akira Douzono
71. Kenzo Hisatomi
72. Haruyo Aihara
73. Mutsuo (1st name written only) �C this could be the first name of Mr. Igarashi or one of his family member (written large thus this is assumed?!)

Above names in the #30¨s are commonly found in Kagoshima Names are from Edo period so not commonly heard any more Very difficult to read many of them due to kanji used is old generation/form. Names written above may be inaccurate due to the fact that kanji can be read differently depending on person¨s preferences. This is 68-70 years old (from 1943-45). Type of red dye is not supposed to fade´Supposed to get darker with time. This is the same for colors used in kimono.

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