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◆森林の機能としての外部経済



写真(上)2012年8月、フィリピン共和国ルソン島北部、コルディリェラ行政地方カリンガ州ティンラヤン町山村で、棚田の収穫をする農家に聞き取りをした。標高1200メート。自然と調和した暮らしというのは、貧困と同居であるが、住民は生活の中に楽しみを見つけている。日本人がわざわざ来てくれれば、みんな歓迎してくれるのはそのためである。彼らの農業、木材、食物、薬草、病気、天候・気象、水に関する豊富な経験的な知識には驚かされる。


写真(右)2013年3月,フィリピン共和国ルソン島北部、コルディリェラ行政地方(CAR:Cordillera Administrative Region)カリンガ州チコ川渓谷にあるティンラヤン町、稲作や生活について、聞き取り調査を実施した。筆者撮影。

コルディリェラ行政地方(Cordillera Administrative Region (CAR))のチコ川上流のイフガオ州は、世界遺産のバナウェ・ライステラスで有名である。その北東のカリンガ州の山村は、田植えが一段落した農閑期の3月、ホウキの材料となるイネ科多年草のタイガーグラス(Tiger Grass:Thysanolaena maxima)刈取り作業があり、その後、天日の乾燥される。これで天然材料のほうきを製造するのである。


写真(右)2013年3月,フィリピン共和国ルソン島北部、コルディリェラ行政地方カリンガ州山村ダナナオの集落上部にある棚田。山林の合間に棚田が開拓されている。 筆者撮影。

マニラ国家首都圏(NCR:National Capital Region)から陸路なら3日かかるコルディリェラ行政地方カリンガ州の山村では、同労集約的技術に依存した産業が住民たちの生業となっている。中心は棚田における稲作であるが、タイガーグラスを収穫しての箒づくりが、家内制工業あるいは内職として行われている。家庭用エネルギーの供給は、調理に使う木炭や廃材などバイオマスエネルギーが担っているが、電気の通っていない家も多く、手作業での箒づくりに、化石燃料消費は伴わない。


写真(右)2012年3月、フィリピン共和国ルソン島北部、カリンガ州山村の家屋。数十年前までは、コゴン草のような茅葺家屋だったが、維持・補修に労力がかかるので、長持ちするトタン屋根がほとんどである。採取した柴を家屋の周囲や軒下に保管・乾燥している。高床式米蔵の前もある。コルディリェラ行政地域(Cordillera Administrative Region (CAR))は、アブラ州/アパヤオ州/ベンゲット州/イフガオ州/カリンガ州/マウンテン州の6州である。2010年人口センサスによれば、CAR総人口は、161万6,867人。筆者撮影。


Virtual Lecture Series鳥飼行博研究室やVirtual Classバーチャルクラス掲示もご覧ください。


生協東海大学出版部などでテキスト(教科書)『開発と環境の経済学―人間開発論の視点から』東海大学出版部の入手が可能です。「環境協力論」「環境政策I/II」授業は、テキストが必須です。入手しないと講義は理解できません。

「森林破壊」講義コンテンツ

Environmental Cooperation



林野庁『平成30年度森林・林業白書』でも、森林とそれにかかわる行政を担う官庁の考え方は、「みんなのための森」という認識を示している。

「将来にわたって森林が有する様々な機能を発揮していくためには、「伐(き)って、使って、植える」という形での循環利用をしていかなくてはならない。そのためには、林業の成長産業化の実現や森林の適切な整備・保全が極めて重要である」「日本には2505万haの森林があるが、その約4割に相当する1020万haは「人工林」だ。これらの人工林は、戦中に荒廃した森林の復旧造林、戦後復興や高度経済成長期を支える木材を供給するための拡大造林、その後の下刈り、間伐などの保育…と先人達による膨大な人手と時間をかけて造成されてきた。現在、その半数が一般的な主伐期である50年生を超える。すなわち本格的な利用期を迎え、森林資源はかつてないほどに充実しているといえる」といのは、1960年代から言い続けられてきた森林の経済的意味をあらわすもので、森林は木材の供給源となり、地域の林業関連産業を支えてきたというものである。これは、地域経済の活性化、すなわち地域生産・所得・消費の維持と拡大につながる。つまり、市場経済で貨幣換算可能な経済的価値である。

他方、林業白書は、森林を金銭に換算可能な経済的価値だけで評価すべきとしているのではない。
「我が国の森林は、地球温暖化防止や生物多様性の保全など、様々な働きを通じて国民生活の安定や経済の発展に寄与している。例えば、樹木の根は土砂や岩石などをおさえ、崩れるのを防いでおり、森林によって育まれた土壌は水質の浄化などに役立っている。これは「森林の有する多面的機能」といわれており、学者たちによって一部の機能については貨幣での価値が示されている」というのは、林業と地球環境を関連付けるもので、持続可能な開発の認識の現れている個所である。

ここから、森林がもつ多面的機能として、
1)土砂崩れや土石流を抑制する災害防止の機能、
2)森林の育む地下水供給の機能、
3)木質バイオマスを提供する再生可能エネルギーの供給源としての機能、
4)温室効果ガスの二酸化炭素を吸収する炭素貯蔵機能、
などを指摘できる。つまり、森林には多面的機能があって、地球環境に大きなプラスの意味を持っているということができる。

しかし、林野庁が指摘していないのは、このような森林の多面的機能は、市場で評価されることがない外部経済であるということである。そして、森林のもたらす恵は、特定の消費者や企業に帰属するというよりも、地域の住民、地球市民に共通にいきわたる公共財であるということである。この森林の恵には、商品価格がついておらず、対価として支払いをせずに享受できるのであり、自由財としての意味もある。つまり、森林の多面的機能は、市場で評価されずに、無償で提供されており、森林の所有者・管理者は、それ相応の対価をもらえないでいるということになる。

国立環境研究所は、日本有数の環境研究機関であるが、そこでは「熱帯林の機能」について、次のように解説している。

1)木材生産機能

 材木や紙の原料としての木材を供給する機能で、生物資源生産機能の一つである。ただし、経済的、商業的な林業を前提にしており、森林の生物多様性の保全という公共財の機能とは区別される。ラワンのような熱帯林のフタバガキ科植物は、商業的林業に利用されるが,伐採やゴム・コーヒー・あぶらやしなどのプランテーションの拡大によって、天然林・自然林は減少している。また、熱帯のフタバガキ科の植物は、数年に一度しか種子を実らせない上に種子が休眠しないために,種子散布後,数週間以内に発芽してしまう。つまり、種子を保存して必要に応じて植林できる状況にない。そこで、フタバガキ科の森林を伐採した場合、周期が短かすぎたり,開花結実の時期を逸したりすれば、フタバガキの森林は更新することは困難になってしまう。そこで、自然林のようなフタバガキ科植物を中心とする森林を再生することはほとんど行われていないのである。代わって、アカシア、ユーカリのような人工林の植林・造林が行われる。

アカシアは、紙の原料となるチップ・パルプの原料となるため、植林されているが、従来からあった天然林を伐採して、人工的にアカシア林を拡大しているので、生物多様性、特に生態系は大幅に改変されてしまう。

2)生物多様性保全機能

 野生種の豊富な熱帯の天然林・自然林は,生物多様性の宝庫である。そこにある野生種の遺伝子を活用すれば、病気に強い、気候条件の悪化に萎えるなど耐久性のある遺伝子が採取でき、バイオテクノロジーに有用である。特に、薬剤には熱帯林の生物の遺伝子を活用したものが多く、製薬会社も熱帯材に依存してるといえる。1992年生物多様性条約では,生物棲息には豊かな自然が必要であり、遺伝子、野生種、生態系という生物多様性の保全が持続可能な開発に不可欠であるとした。そして、生物多様性を利用した利益は、それを生み出した熱帯林保有国にも配分されるべきであるとした。これが、生物多様性の利益の公正な配分である。換言すれば、生物多様性から利益を得る先進工業国は、生物多様性を保存している熱帯林をもつ開発途上国に対して、経済的・技術的な支援をすべきである。

3)CO2貯蔵による地球温暖化抑制機能

 成長速度の速い若い樹木は、炭酸同化作用が盛んであり、CO2の吸収量も多い。しかし、樹木が成長して大きくなると、大木・老木が多くなり、倒木、枯木も増えるために、CO2を放出する作用も強まる。そこで、大木・老木の割合が高い成熟林では、若い森林とは異なって、CO2排出と九州がバランスする。2001年の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第3次報告書では、過去20年間の人為的起源による二酸化炭素の大気への排出のうち化石燃料燃焼によるものは3/4で、残り1/4は土地利用改変、すなわち森林減少の結果であると推計している。

4)保水機能・土壌保全機能

 熱帯多雨気候では、一年を通して降雨があり、短い間に激しい大雨が降るが、それが土壌浸食や洪水を引き起こし、自然災害に繋がることがある。また、土石流や土壌浸食によって、農業や漁業に悪影響が出ることも多い。しかし、熱帯林が茂っていれば強い降雨でも樹木が大雨の衝撃を吸収し、樹木に水分が付着する上に、根元の土壌による水吸収と保水が期待できる。土壌に浸透した水分が、そこに保水され、地表には水流がほとんど発生しなくなるのである。つまり、熱帯林は、土壌侵食や洪水を緩和し、保水機能によって、地下水の貯水も可能にする。集水域保全として,水質の浄化,土壌流出の防止,山崩れ防止など河川,湖沼,沿岸域などの海域を含めた生態系の保全機能が熱帯林にあるといえる。

◆国立環境研究所の森林の機能に関する説明も、以前に扱った林野庁『平成30年度森林・林業白書』と同じく、開発途上国の途上社会の貧困者の生活にも、人類史で果たしてきた木質バイオマスの重要性にも思い至っていない。つまり、熱帯林の周辺の貧困状態にある住民は、伝統的に森林から木質バイオマスを得て、それを薪・木炭として、エネルギーを確保してきた歴史がある。これが、これは、薪・木炭という再生可能エネルギーの供給の機能である。

5)無償の再生可能エネルギー供給・生物の供給機能

森林のもつ生物多様性は、薪・木炭の供給だけではなく、住民による生物多様性の利用を可能にしてきた。これが、薬草・薬用植物から、自給用の建築材料としての、丸太・ニッパヤシ(屋根の材料)・蔦(柱を縛るツタ)・壁板となる薄板や竹である。家具や農機具から棺まで、里山の木材を使って自作される。これが、林産物の供給である。さらに、鳥、魚介類、昆虫、蘭など食料や観賞用生き物を入手することもできる。

6)無償の林産物の供給機能

このような熱帯林には、さまざまな機能があるが、商業的な用材の販売以外、市場取引を経由しないで利益をもたらすような外部経済であることが特徴である。したがって、森林は守るべきであるというのはやさしいが、利益を得ている者からすると、フリーライダーになってしまう可能があり、これをどのようにう克服するかが問題となる。

このような森林が持つ外部経済、公共財の特徴は、実はグローバルな視点で世界のグリーン経済をどのように理解するかのヒントになる。森林には、木質バイオマスの供給、生物多様性の保全、気候変動防止となる炭素貯蔵機能など多面的機能があるが、持続可能な開発を考えるに際しても、このどれをどのように評価するか、評価しないままで「ただ乗り」をしてよいのかというフリーライダーの視点が重要になろう。

鳥飼行博研究室の左バナー・ボタン公開論文の中ほど単著『開発と環境の経済学―人間開発論の視点から』東海大学出版会 「第一章 開発とはな何か」(pdf)ダウンロード、熟読し、持続可能な開発を実行しようとする場合の困難さを、外部経済、公共財の視点から見直してもらいたい。

鳥飼担当「環境協力」の課題レポート

Report writing

<まとめレポート課題サンプル>

講義コンテンツと鳥飼行博研究室の左側にある研究業績の『開発と環境の経済学―人間開発論の視点から』「第9章 地球環境問題」を引用しながら、熱帯林の持つ意義を、外部経済を中心に、説明しなさい。そして、熱帯林を回復するような事後的対応よりも、熱帯林の減少を抑える事前の森林保全のほうが重要である理由を述べなさい。

1)「まとめレポート」をワード(word)で作成、ふさわしい題名,学番,学生氏名を明記。
2)まとめレポートの文字数は、1000文字以上、2400文字以下。他サイトの引用は不可。
3)このレポート課題はサンプルなので提出には及びません。実際の課題レポートは、授業支援システム(OpenLMS)に掲載。

東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程

TorikaiLab, Tokai University

大学での講義「環境協力論」「環境政策I/II」「開発経済学」 は、持続可能な開発を、開発途上国、地域コミュニティの視点も含めて、経済学的に分析する授業です。俗説とは異なる議論を展開し、批判的検討能力を身につけます。

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