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◆人種差別撤廃・障害者権利条約・ハンセン病問題基本法 画像(上)『一遍上人伝絵巻』巻第七巻第七(いっぺんしょうにんでんえまき)鎌倉時代:邸宅か会堂の周囲囲んでいる土塀の外側に、板を立てかけて座っているハンセン病(らい病)患者が複数描かれている。彼らは敷地内に入ることを許されず、一遍たち一団が教えを説いてくれるのを外で待っているように思われる。『一遍上人伝絵巻』は、時宗の開祖,一遍の生涯を描いた絵巻で,京都・歓喜光寺に伝来した12巻のうちの1巻。諸国を旅しながら修行と布教活動に努めた一遍の行状とともに,各地の社寺や名所の景観が忠実に描かれる。風景描写には中国宋代山水画風の影響が指摘され,やまと絵の伝統の中に見事に融合されている。一遍没後10年の正安元年に弟子の聖戒が起草し,法眼円伊が描く。 画像はC0047682:国立博物館引用。

ナチス精神障害者抹殺T4作戦
ナチスのジプシー迫害
ナチス優生学と障害者・人種民族迫害

◆多様な文化や価値観を持った人々の共生が,持続可能な平和を構築するのに必要であり、多民族・多人種の共生の視点が重要になってきた。この概念は、人種民族差別,特定グループの迫害,優生学とは,真っ向から対立する。つまり,戦争と平和の問題は,サステイナビリティー(持続可能性)の議論と重なり合う部分が多い。この複合的な分野を扱う学問が環境平和学である。


1.優生学に基づく差別−似非科学のまやかし

20世紀前半、イタリア・ドイツのファシズム(全体主義)の独裁政治、軍備拡張、領土拡張が進み、世界秩序の再編成が唱えるようになった。そして、ファシズムは、既存の領土保全を主張する米英仏と対立するようになった。ナチ党総統(党首)ヒトラーは、東欧・ソ連にドイツの生存圏(Lebensraum)を獲得し、ドイツ民族の入植を進めることを、1925年の著作『わが闘争』で公言していた。ドイツを弱体化させようとするユダヤ人は,共産主義者であり,ペストであると主張した。ドイツ人(アーリア人)を支配者民族とし、アンチ・セミティズムAnti-Semitismを喧伝し,ユダヤ人への憎悪を広めた。

◆ナチ党は、人種民族差別を正当化する優生学を信奉し,ドイツ民族はアーリア人の血を受け継ぐ高貴な優秀な民族であり,世界の覇権を握るべきであり,ユダヤ人やスラブ陣は、ドイツ民族を人種汚染して,ドイツを滅ぼそうとしているとした。ユダヤ人やスラブ人は、下等民族・劣等人種であり,排除されなけらばならないと訴えた。しかし,アーリア人という「人種」は,恣意的区分にしか過ぎず、実在しない。

写真(右)1933年,ベルリン,現在のアルムスタット通りにあったユダヤ人商店:ナチ党が政権を掌握した1933年以降、ユダヤ人は,敵性住民・下等劣等人種として,迫害された。ユダヤ人は病原菌の保有者であり、人種汚染するバイ菌そのものと見做された。そして、優秀で健康なアーリア人(ドイツ民族)を人種汚染から守るために、ユダヤ人を「人種衛生学」的に浄化・排除・抹殺すべきだとした。
Berlin 1933: Jüdische Händler in der Grenadierstraße (heute Almstadtstraße) im sogenannten "Scheunenviertel". Aufn.: P. Buch Dating: 1933 Photographer: Buch, P.撮影。 Agency: Scherl
写真はBild 183-1987-0413-502,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。

ユダヤ人差別には,看板をぶら下げて市内を引き回す辱めやユダヤ人商店の打ち壊しもあるが,法律・規則の上でも,ユダヤ人の人権が制限され,迫害が行われた。

ドイツの一連の反ユダヤ法(ユダヤ人排除のための法律)は,1933年のヒトラー首相任命直後から制定された。1933年4月,ユダヤ人公職追放,7月,第一次大戦後移住したのドイツ・ユダヤ人の国籍の剥奪,10月,ユダヤ人著作禁止,1934年,ユダヤ人医師.薬剤師新規就労禁止,1935年7月,ユダヤ人兵籍剥奪,9月,ニュルンベルク法(ユダヤ人の定義と結婚制限),11月,ユダヤ人選挙権の剥奪,医師・教授・教員への就業禁止と続いた。

フランスの高校2年(Lycée 1)の文学・社会経済コース『仏独共同教科書』 No.20 には、次のような記述があるという。

第4節 ナチスドイツにおける暴力、テロそして弾圧(1933年−1939年)
<国家はいかにして、政治的反対者の根絶を組織したか?>

1933年から始まった強制収容所の建設、またテロ機構の設置と国家保安本部の監視体制に決定的な役割を果たした。

「危険分子」の迫害
 ナチスは「人民に有害な者」として、特定のグループを他と区別した。戦争が始まる前においても、彼らを権利剥奪の状態に置き、殺害まで含めた迫害をおこなった。迫害は、政治的、民族的、宗教的あるいは社会的な理由でおこなわれる。犠牲者はとくにユダヤ人であり、エホバの証人の信者、ジプシー(Sinti/Roms)、同性愛者、労働拒否者、社会生活非適応者、アルコール依存症(アルコール中毒)であった。

写真(右):1934年9月23日,ドイツ処女団(BDM)「国家スポーツの日」:健康なアーリア人女性は、兵士・労働者となるべき夫に仕え、健康なアーリア人の子孫を生むことが任務となった。ドイツ人は支配者民族であるとはいっても、ジェンダー不平等から、女性の地位は男性の下とされた。
Im Bund Deutscher Mädel: Reichssporttag des B.D.M. Dating:September 1934 Designer:Hohlwein, Ludwig作成。
写真はPlak 003-011-040、ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。

人種は,生物学的特長によるヒトの区分,民族は言語文化的な特長による人間の区分であって,人種は遺伝・DNAが支配する先天的要因,民族は出自・家庭・教育・国籍が支配する後天的要因による区分とされる。しかし,実際には,人「種」はなく,たかだか「亜種」(Subspecies)を区分できるに過ぎない。人種・民族あるいは能力の差異は、遺伝子以上に、後天的な養育・教育に左右される。兄弟でも大きな違いがあるのはそのためだ。人種・民族を意図的に定義し,特定の人種民族を差別,迫害するのが,人種民族差別である。

◆優生学は、人種・民族を意図的に定義し,障害・性格を遺伝子と結び付けて恣意的に特定することであり、それによって、気に入らない、自分の利益を損なうとみなした人種民族・人物の人権・自由を剥奪し、差別,迫害することを正当化する似非科学である。

「人種」の概念は,「種」でない以上,生物学的実体をもたない。しかし,為政者の意図や自己主張の概念が,「人種」を社会的構築物にしてしまった。人種の概念は,20世紀には,ナショナリズム,イデオロギーと結びついて,確固たる社会概念として広められ,社会的リアリティをもつと信じられてしまった。

優秀な人種,支配者民族と下等人種 (Untermenschen) ,劣等民族との対比で,特定の価値観、すなわち偏見差別を人々に植え付けた。

「概念」は社会の抱く「現実感」と表裏一体の関係にある。肌・目・髪の色,顔面角,鼻の形,体形は,個体差,個人差が大きい。身体的能力・知能も、後天的な教育の効果が大きく影響する。にもかかわらず,優生学では、生まれながらに優劣があると、遺伝子・表象によって、人種民族が意図的に区分されてきた。このような優生学をもとに,支配者の白人と奴隷の黒人、優秀なアーリア人と下等なユダヤ人・スラブ人、アジア人を指導する秀でた大和民族、健康な人間と欠陥のあるハンセン病患者・精神障害者など勝手に人種民族を選別し,優劣をつけた。下位のものの人権を蹂躙し、自由を剥奪して排除した。

どこの国でも、若くて健康な肉体は、兵士に最適である。社会の裏表を知らない純真な青少年は、愛国心に訴えるプロパガンダに最も影響される存在である。先天的な特性,遺伝的人格,生まれながらの生物学的な能力よりも,後天的な教育の力が強い影響を与えたようだ。

人種民族差別の「世界新秩序」は,1930年代後半、既に,ドイツからオーストリア,チェコスロバキアへの軍事的威嚇・併合によって推し進められていた。それが,第二次大戦勃発で,ポーランドにも、フランスにも、ソビエト・ロシアにも拡大した。

社会的ダーヴィニズム(社会的進化論)では,下等人種・劣等民族は、自然淘汰されて当然だとした。植民地獲得の背景で,虐げられた人種・民族があっても,これは,社会進化の過程で当然起こる自然淘汰であるとされた。社会的ダーヴィニズムの上では,優勢な文明を誇る優秀な人種・民族が反映する一方で,役に立たない下等人種・劣等民族は,支配されてはじめて,社会に貢献できるようになると,人種民族差別が行われた。

優生学では,劣等な人間が繁殖力旺盛な場合,優秀な人間に障害となるので,人為的に排除する必要が生まれる。人類の遺伝的素質に注目して,品種改良するには,悪質の遺伝子を排除し,淘汰して,優良な遺伝子を残さなくてはならない,と優生学は主張する。1883年,イギリス人フランシス・ゴルトンSir Francis Galton:1822-1911)らが提唱したが,白色人種の優位性,植民地支配を正当化する論理として優生学は,帝国主義の中で,広まった。米国では,アジアからの移民排斥に,理論的根拠を与えたとされた。

人種優生学研究センターは、ドイツの衛生・医療・福祉を扱う国家保健局の下にある人種衛生のための機関である。つまり、ヒト、人種には優劣があるという優生学に基づいて、ドイツ人(アーリア人)を人種汚染するようなユダヤ人、黒人、アラブ人、スラブ人、ジプシー(シンティ・ロマ)など下等民族・劣等人種を選別し、その排除を目指していた。当時、優生学に基づく人種民族の選別が、国家・国民の福祉に繋がると考えられていた。人種民族の選別は、国家財政の負担において行われた人種衛生的な福祉政策だった。換言すれば、人種民族の共生ではなく、選別、差別、排除が福祉であった。

人種民族差別の「世界新秩序」は,既に,オーストリア,チェコスロバキアにも軍事的威嚇・併合によって推し進められていた。それが,第二次大戦勃発以降,ポーランドもドイツの生存圏へと改編された。

第二次大戦勃発直前の1939年1月の国会演説において,ヒトラーは,次にユダヤ人によって戦争が仕掛けられれば,それはユダヤ人を殲滅する戦争となると予言した。ユダヤ人がアーリア人のドイツに攻撃を仕掛けてくる前に、先制攻撃をかけるというのが、ナチスの戦争正当化の論理だった。敵が攻撃してくるから、戦争にならざるを得なかったのだと。

ポーランド人によるポーランド在住ドイツ系住民の虐待,ポーランド軍によるドイツ側放送局の襲撃を理由に,1939年9月1日,ドイツはポーランドに侵攻した。こうして,ドイツ本国の50万人を数えるドイツ・ユダヤ人に加えて,何百万人もの「東方ユダヤ人」(Ostjuden)がドイツの支配下に入ることになった。

1939年10月6日、ヒトラーはヨーロッパにおける民族新秩序の創出を宣言し、その達成のために、ユダヤ人問題を挙げ、諸民族の再定住を進めることになった。そして、ヒトラーは、親衛隊国家長官ヒムラーに敵性民族(ユダヤ人、スラブ人など)の排除を求め、「ドイツ民族強化のための国家全権委員」に任命した。
民族再定住のために、親衛隊員以外にも、行政官、医師、看護婦、ソーシャルワーカー、大学教授、建築家などが動員された。

ヒトラーの戦争の本質は、開戦当初から定まっていた。それは、エセ科学の優生学を信奉して、人種民族差別、下等人種・劣等民族の排除、人種汚染の防止に基づいてた。そして、財政負担を投じて、ユダヤ人、ジプシーと並んで、ドイツ人の精神障害者を排除しはじめた。

1939年、第二次世界大戦が勃発し、ドイツはポーランドに侵攻,西部のシュレジエンをドイツ帝国領に併合した。そして、ポーランド東部は、総督領として,ドイツ人総督ハンス・フランクの支配下に置いた。ユダヤ人は,住んでいた場所を追われ,都市一角に作られたユダヤ人居住区「ゲットー」に囲い込まれた。

講談社現代新書『優生学と人間社会 ― 生命科学の世紀はどこへ向かうのか』(米本昌平、島次郎、松原洋子、市野川容孝)によれば,優生学に対して,ナチスやファシズムの専売特許だったかのように扱うのは間違いであり,社会主義者,自由主義者も,優生学が革命や社会の改良に科学的な正当化をしてくれるように錯覚していた。

「"優生学"という言葉を聞いて、すぐにヒトラーとかナチスのことを思い浮かべる人は、読者の中にもきっと多いだろう。確かに、ナチス政府が1930年代に開始した優生政策は、その規模、その暴力性において、歴史上、例を見ないものだった。しかしながら、優生学をヒトラーとナチスにだけ閉じ込めて理解するならば、歴史的事実の多くを逆に見落とすことになる。」

「ドイツでは、ナチス以前のワイマール共和国の時代に、優生政策の素地が徐々に形成されていった。北欧のデンマークでは、ナチス・ドイツよりも早く断種法が制定され、またスウェーデンでも、最近の問題となったように、実質的には強制と言える、優生学的な不妊手術が1930年代以降、50年代に至るまで実施されていた。ワイマール期のドイツと30年代の北欧諸国に共通するものは、福祉国家の形成ということである。」

1800年代末、ヨーロッパでコーカソイド(白人)によるアジア・アフリカ植民地支配が進行する中で、優生学が提唱され、国家政策として取り入れることが推奨されるようになった。つまり、
?人種民族に優劣をつけて、優秀な人種民族が劣等な人種民族を支配・強化・善導する、
?優秀な人種民族が劣等な人種民族の血(遺伝子)によって汚染され、劣化するのを防ぐ、
?人種民族を遺伝的に改良することによって、富国強兵を進める、 
という3点から、優生学が国家政策として有効であるとの主張である。

人種民族の強化について、日本を世界の列国と並ぶ一等国にするため、日本人・大和民族の強化する優生学的政策が提唱された。
医師・大澤謙二(1905)「体質改良ト社会政策」、『東京医事新誌』第1391号、には次のように健康増進、社会的に忌むべき病を特定し、そのような症状が子孫に遺伝しないように、婚姻制限・断種など、人為的な淘汰=排除を訴えている。

第一、体育ヲ奨励シテ偏重ナル知育ノ弊害ヲ軽減スルコト
第二、結核病花柳病及酒精中毒ノ如キ子々孫々ヲ毒害スベキ伝染病ト罪悪トヲ防遏スルコト
第三、婚姻法ヲ制定指定望マシキ結婚ヲ容易ナラシメ否ラザル者ヲ制限スルコト約シテ云ヘバ人為淘汰ヲ施スコト

静岡県磐田市生まれの動物学者・丘浅次郎(1905)「進化論と衛生」『国家医学会雑誌』第221号、にも進化論の自然淘汰を援用して、「自己の団体の自衛上極めて必要」な「人種衛生学、社会衛生学」に基づいて「劣等な人間、有害な人間を人工的に保護して生存繁殖せしめる様では其人種の進歩改良は到底望むことは出来ませぬ」、「少なくとも子孫を後に遺さぬだけの取締りは必要である」と述べている。

医学者・福原義柄(ふくはらよしえ:1875−1927)『社会衛生学』1914年発行、は「民族衛生策ハ主トシテ其根拠ヲ遺伝研究ニ 置ク」と優生学の「後天形質」が遺伝しないとしても「母ノ栄養、疾病、中毒等ガ同時ニ胎児或ハ生殖細胞ニ同様ノ第二次的影響ヲ与ヘ、有害ナル変異ノ原因トナル」とした。そして、「人類ノ進化及退化ニ影響スル諸事情」として、「強壮者ヲ弱メ(繁殖力ヲ害セザルモ)其子ヲシテ体質劣等ナラシムル疾病例之慢性伝染病及慢性虚弱状態」、「生殖腺ヲ毒シ胚種ヲ弱メ子孫ヲシテ低格児ナラシムルモノ例之酒精、梅毒、結核ノ如シ之ヲ胚種毒トモ云フ」を指摘した。

「吾人ハ一方ニ於テ社会的低格者ヲ保護シツツ、他方ニ於テ此低格ノ子孫ニ遺伝スルヲ防止セネバナラヌ、是レ篇頭ニ論ゼル消極的民族衛生策ノ必要アル所以(ゆえん)デアル」とした。この「社会的低格者」とは「精神薄弱、要扶助者、不具、癲癇、精神病、体質薄弱、病的基質アル者、犯罪者、盲唖ノ如キ心身低格者」を指す。つまり、優生学的発想から、伝染する疾患が子孫に伝播することを防止するため、劣等者を排除することを訴えた。


2.人種民族差別に基づくジプシー(シンティ・ロマ)の迫害

写真(右)1936-1940年,ドイツ国家保健局人種優生学研究センターによる下等人種・劣等民族の調査 :スカーフの女性(ローマ/ジプシー?)と国家保健局人種優生学研究センターの研究者が会話しているが,法医学的、人種的な衛生学・優生学は,下等人種・劣等民族を選別,排除することが最終目的だった。
Rassehygienische und Kriminalbiologische Forschungsstelle des Reichsgesundheitsamtes.- zwei Frauen mit weißem Kittel (Krankenschwestern, u.a. Eva Justin?) beim Abformen des Gesichts eines Mannes (Sinti/Roma?) Dating: 1936/1940 ca. Photographer: o.Ang. Origin: Bundesarchiv
写真はR 165 Bild-244-65 ,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。

ヨーロッパでは,移動生活を好む文化的集団を「ジプシー」と呼び習わしていた。ドイツでは,ナチ党政権下で、優生学が信奉され、ジプシーを下等人種、劣等民族として扱うようになった。現在、「ジプシー」は差別用語に当たるとして,「シンティ・ロマ」あるいは「ロマ」と呼ぶことが多くなった。

◆1936年、ドイツ国家保健局、人種優生学研究センター(民族衛生住民病理研究所とも訳される)は、所長のロベルト・リッター(Robert Ritter)博士の下で、人種汚染を防ぐための人種衛生活動を開始した。ジプシーは、反社会的混血人種とされ、ドイツ民族共同体にとって、人種汚染を引き起こす危険な存在とみなされた。1939年『ドイツ医師報』の「反社会的集団としてのジプシー」の中で、ジプシーのような「人種が劣等遺伝子の素質を次世代へ伝えることが必要であるが、目標は、このような性格上欠陥のある住民分子を容赦なく始末することである」とされた。

写真(右):1936-1940年,ドイツ国家保健局人種優生学研究センターによる下等人種・劣等民族の法医学的・人種的な調査:エヴァ・ユースティンらしい女性が、シンティ・ロマ/ジプシーの目の色を検査検査している。彼女は,シンティ・ロマ/ジプシーの研究家で,ロマ語にも通じていた。ジプシーとドイツ人の混血の子供たちを調査し,彼らの犯罪的傾向のゆえに、同化ではなく排除を提言した。このジプシー調査研究を基とした論文が認められ,博士号を授与された。
Rassehygienische und Kriminalbiologische Forschungsstelle des Reichsgesundheitsamtes.- Frau mit weißem Kittel (Krankenschwester Eva Justin?) bei Bestimmung der Augenfarbe einer jungen Frau (Sinti/Roma?) Dating:1936/1940 ca.
写真はR 165 Bild-244-64,ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。 エヴァ・ユースティン(Eva Justin:1909/08/23-1966/9/11)[英語読みジャスティン]は,ドレスデン生まれで,1934年から看護訓練コースに出席し,ロベルト・リッター(Robert Ritter)の下で精神医学を学ぶ。そして,国家保健局人種優生学研究センターの研究者として,ジプシー/ロマの調査を行った。課題は,ジプシーの子どもたちと,その子孫の繁殖に関してであった。

エヴァ・ユースティンは、ロマ/ジプシーに関する専門家のロベルト・リッター医師の助手を務めつつ、ジプシーの子供たちを研究対象として人種的特徴に関する博士論文を作成した。調査対象のジプシーの子供たちは、ドイツのムルフィンゲンにあるカトリック教会の孤児院「聖ヨーゼフの家」に収容されていた。エヴァ・ユースティンは、この孤児院のジプシーのカラー動画映像を撮影させている。

博士学位論文で,エヴァ・ユースティン(Eva Justin)は、ジプシーたちは多かれ少なかれ反社会的傾向を持つ人種であるとして、社会適応性の低さのために,アーリア人にとって,有害な存在であるとした。ほぼ全てジプシーとジプシーの混血は,排除すべきであるとの結論に達している。

Lebensschicksale artfremd ersogener Zigeunerkinder und ihrer Nachkommen(ジプシーの子どもたちとその子孫) Justin, Eva. - Berlin, (1943)
Lebensschicksale artfremd erzogener Zigeunerkinder und ihrer Nachkommen(ジプシーの子どもたちとその子孫) Justin, Eva. - Berlin : R. Schoetz, 1944

カトリック教会の孤児院「聖ヨーゼフの家」に収容されていた子供たちは、研究調査が終了すると、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所にに移送された。そして、大半が殺害された。

第二次大戦後,1948年3月,ユースティンは,児童心理学者としてフランクフルトアムマインで働いたが,上司は,戦時中と同じロベルト・リッター博士だった。

第二次大戦中(1939-45年)、ドイツのナチ党政権は、アーリア人の純血を守るとしょうして、主にヨーロッパのユダヤ人600万人を殺害し、さらにシンティ・ロマ/ジプシー50万人、精神障害者25万人以上、同性愛者、ソ連軍捕虜など多数を強制収容所で殺害した。
ナチス・ドイツの同盟国・傀儡国家クロアチアウスタシャ(クロアチア人の国家主義者団体)は、ユーゴスラビアのシンティ・ロマ/ジプシー5万人を殺害した。

写真(右)1940年5月22日,小銃で武装したドイツ警察の監督下、移送されるシンティ・ロマ/ジプシー:ドイツ帝国内であるためか、親衛隊SSやドイツ軍兵士ではなく、警察官が追放に参加している。しかし、警察は、親衛隊国家長官の指揮の下に置かれ、身分の上でも、親衛隊の階級を授けられている景観も少なくなかった。
Asperg.- Deportation von Sinti und Roma, Abfahrt mit dem Zug Dating: 22. Mai 1940
写真はR 165 Bild-244-46:ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。

1939年10月、第二次世界大戦勃発から1か月後、国家刑事警察局は、 シンティ・ロマ/ジプシー拘束を進め、国外追放するか、収容するかを検討した。そして、1940年5月には、シンティ・ロマ/ジプシーが放浪して敵のスパイとなり、窃盗をする危険を踏まえ、ドイツ西部国境地帯から離れた場所に移送することになった。

移送(追放)の対象となったのは、2500名のシンティ・ロマ/ジプシーである。西部国境地帯のジプシーが危険視されたのは、ドイツがフランスに侵攻するルートとなっていたためである。1940年5月15日の夜から、ドイツ警察がライン、ヘッセン、ファルツの500名のシンティ・ロマ/ジプシーを逮捕、移送(追放)した。

1940年には、既に国家保健局人種優生学研究センターによる下等人種・劣等民族の調査がなされていたため、作成されていた登録名簿にしたがってシンティ・ロマ/ジプシーが検挙され、年齢別・男女別に収容された。この時、専門家によって、22名が"非ジプシー"と判定され、帰宅を許されたという。

シンティ・ロマ/ジプシーは、優生学上の人種民族的差別からナチ党政権下で迫害の対象となった。シンティ・ロマ/ジプシーは、収容、移送、強制労働され、絶滅収容所にも送られた。また、アインザッツグルッペン(特別行動部隊)は、ソ連のドイツ占領地で、何万人ものシンティ・ロマ/ジプシーを銃殺、殺害した。 殺害されたシンティ・ロマ/ジプシー人数を確定することはできないが、戦前にヨーロッパに住んでいたシンティ・ロマ/ジプシー約100万人の内、20万人から50万人が殺害されたと推測される。

シンティ・ロマ/ジプシーは、ヨーロッパに数百万人居住しているが、既に21世紀となり、「ジプシー」としての公式区分はなく、東欧諸国もEU(欧州連合)に加盟する中、シンティ・ロマはEU市民となっている。定住が当たり前になり、伝統的な放浪生活を営む集団は少なくなった。ルーマニアには、シンティ・ロマ/ジプシーは200万人が住んでいる。

EU市民権が認められるようになったシンティ・ロマ/ジプシーではあるが、依然として、貧困、差別に苦しみ、教育の機会も十分でない場合も多い。また、不況や将来への不安から、EU市民の中には、シンティ・ロマ/ジプシーを犯罪に手を染める反社会的人種と見做したり、怠惰で不謹慎な民族として蔑視したりしている者も残っている。国家主義者、ナショナリストの政治家・専門家の中には、ナチ党と同じく、シンティ・ロマ/ジプシーを追放すべきであると公言している者もいる。

2010年7月28日、サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領は、メルケル首相が彼に来週には違法なシンティ・ロマ/ジプシー居住区を排除したいと思っていると語ったと記者会見で述べた。しかし、フランスの外務大臣はサルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領がブリュッセルでメルケル首相と話をしたとは聞いたことがないと述べた。ドイツのメルケル首相は欧州委員会、ブリュッセルでのサルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領との首脳会談などで、シンティ・ロマ/ジプシーについて非難したことはない。

写真(右)1940年5月22日,ドイツ本土西部から列車で強制収容所に移送されるシンティ・ロマ/ジプシー:移送を監視する警察も、ジプシーの運命を概ね予測できた。彼らを研究対象とし、犯罪的傾向ゆえに排除すべきであると提言したリッター博士、ユースティン女史など専門家は、明らかに彼らが殺されることを知っていた。
Asperg.- Deportation von Sinti und Roma, Abfahrt mit dem Zug Dating: 22. Mai 1940
写真はR 165 Bild-244-57 、ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用 Bundesarchiv R 165 Bild-244-57, Asperg, Deportation von Sinti und Roma.jpg引用。

2013 NY Times Co. :2010/08/20; France sends nearly 100 Gypsies back to Romania;「フランス、100名近いジプシーをルーマニアに送還」

Washington Post:2010/08/20; France sends nearly 100 Gypsies back to Romania「フランス、100名近くのジプシーをルーマニアに追放」

BBC News:2010/08/20;France sends Roma Gypsies back to Romania:「フランス、ロマ・ジプシーをルーマニアに送還」

フランス政府が、ロマ(ジプシー)をルーマニアに送還したため、数十人のロマ(ジプシー)が、ルーマニアに到着した。ロマ86人がフランスを去り、さらに何百人ものロマが、ここ数週間で、キャンプを引き払いフランスを去ることになっている。

ルーマニア大統領トラヤン・バセスクは、フランス政府の状況は理解している、ルーマニア人の旅行者の権利を制限しないことを望む、と述べた。 
退去させられるロマは、ルーマニアには、機会も仕事も何もない、と述べた。

「本日、86人は自主的に帰国した。61人はリヨン空港からフランス出入国管理事務所の手配した特別機に乗せられ、10人と15人はロワシー=シャルル・ド・ゴール国際空港から二機の民間機によって送り返された、とベソン局長は述べた。

ロマは、EU市民であり、多くはルーマニアかブルガリアの出身であるが、フランスの法律では、就労許可がない限り、3か月以上、フランスに滞在することはできない。就労許可を取得するのは難しいため、ロマの多くは、自動的に不法滞在者とみなされてしまうのである。

送還に合意したロマには、300ユーロが支払われ、子供には一人当たり100ユーロ追加される。

フランス政府は、違法なロマのキャンプ300カ所を、今後3か月以内に閉鎖する計画であると述べた。

ロマの51カ所のキャンプが警察によって撤去され、居住者たちは、一時避難所に移送され、収容された。

◆1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、ジプシーは、反社会的分子として排除されはじめた。ドイツ国家保健局は、ドイツ人の精神障害者を安楽死させるT4作戦にも関与していた。優生学の福祉政策は、人種衛生学に結び付き、人種汚染、反社会的分子の遺伝子を排除する、すなわち隔離・追放、断種、抹殺を促すものであった。現在でも、その優生学的・人種衛生学的「福祉政策」=人種民族差別、は根強く残っている。


3.日本の優生保護法:精神障害者差別

遺伝的な病気の子孫を排除し、健康で優秀な人種民族を興隆させる、そして、兵士と労働力に恵まれた強力な国家を作り、国民の福祉を充実させる。このような富国強兵の発送は、人口増加、国力向上を企図しているが、決して、個人の幸福を追求する目的はない。国民は、民族全体、国家に奉仕する存在である。個人主義・民主主義は、弱者の安楽追求として放棄され、国家の強化を図る全体主義・ファシズムへの傾向が強まってくる。

 第一次世界大戦に敗戦したドイツでは、1920年、法学者カール・ビンディング(Karl Binding)と精神科医アルフレート・ホッヘ(Alfred Hoche)は生きるに値しない命の抹消の解禁という著書で、優生学に基づいて「?病気や負傷などで救済の見込みのない者、?不治の白痴、?重い病が原因で無意識状態に陥っているか快復してもその不幸に悩む者に対する安楽死」を求めた。しかし、この当時は、まだそこまで実施できる状況にはなかった。

写真(右)1934年2月16日,バイエルン大党管区, ミュンヘン北、ダッハウ近郊シェーンブルン療養施設に隔離されている精神障害児;親衛隊SSの記録写真。優秀なアーリア人、ドイツ民族にとって、遺伝子汚染を引き起こす精神障害者は、排除、断種すべきだとされ、さらに第二次世界大戦が勃発すると、優秀なドイツ兵士が血を流しているのに、ただ飯ぐらいの精神障害者に余分な財政負担は必要ないと、障害者の抹殺が決まった。
Heilanstalt Schönbrunn b./ Dachau. - SS-Foto, 16.2.1934 Aufnahmen von Idioten verschiedenen Alters zum Gesetz für Verhütung erbkranken Nachwuchses Archive title:Heilanstalt Schönbrunn bei Dachau.- Gruppe geistig behinderter Kinder Dating:16. Februar 1934 Photographer:Bauer, Friedrich Franz
写真はBild 152-04-12ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。

◆ナチ党がドイツの政権を奪取して半年、1933年7月14日公布の断種法(遺伝病子孫予防法)の背景は、?優生学に基づく差別、?財政負担の軽減、の2点があげられる。
優秀であるはずのアーリア人・ドイツ民族にとって、精神障害者は恥であり、同時に、健常者を人種汚染する恐怖の存在である。
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1933年遺伝病子孫予防法「断種法」の制定後、1937年、遺伝病患者に対する鑑定審査をする秘密組織として、帝国委員会が組織された。その後、1939年、子供の安楽死計画が開始されるとともに、断種から安楽死へと措置権限が強化・拡充された。

◆1939年10月、ドイツ帝国総統アドルフ・ヒトラーは、精神障害者安楽死計画の実行を指示した。この文書の日付は(開戦と同時、9月1日付とされた。障害者安楽死は、「T4作戦」の秘匿名称でようになり、終戦までに、27万5,000人の障害者をガス殺、投薬注射などによって殺害した。

障害者安楽死計画は、ドイツのヒトラー総統の下で、秘密裏にガス殺、致死注射が実施されたが、これが実施できた理由は、行政官、医師、学者の協力、国家財政の負担と施設の設置、物資の投入があったためである。

1942年には、アーリア人(ゲルマン民族)優生思想の下、ホロコースト (ユダヤ人虐殺) を開始し、終戦までに600万人を殺戮した。

スウェーデン では福祉国家の確立を訴えたハンソン社民党政権下で優生学 基づいて、1935年に「特定の精神病患者、精神薄弱者、その他の精神的無能力者の不妊化に関する法律」、すなわち断種法が制定された。第一条では、精神疾患、精神薄弱、その他の精神機能の障害によって、子どもを養育する能力がない場合、もしくはその遺伝的資質によって精神疾患ないし精神薄弱が次世代に伝達されると判断される場合、その者に対し不妊手術を実施できる、とした。

断種法の制定理由は、生まれてくる「生きるに値しない命」を淘汰することによって、そこに投入されることになる福祉財政の負担を軽減し、健康な児童の福祉・社会貢献した老人の年金などに充当し、国力向上、福祉国家の形成を図るためである。つまり、福祉国家を形成する財政基盤を強化するために、財政支援の対象となる「不要な人間」を減らすという優生学的発想に基づいて、国家の福祉を充実するのである。

 スウェーデンでは、1941年に断種手術の同意を必要とするが対象者を反社会的生活者まで拡大したが、実情は半強制的な優生手術(断種、場合によっては妊娠中絶・堕胎)だった。
 スウェーデンの断種法は、1935年から1975年まで施行され、合計計6万2,888件の優生手術(断種)が実施された。手術対象は、米独と異なり女性が多い。1990年代後半に賠償問題に発展した。 

◆断種手術(優生手術)は、「生きるに値しない命」を排除するという優生学的な出生の差別化・選別によって、福祉国家を作ろうとする国家的戦略の一環だった。

◆日本では東京帝国大学教授・日本性学会会長永井潜医学博士がスウェーデン を視察後、1930年に日本民俗衛生學會を設立。永井潜を委員長とする委員会が建議案を内閣に提出し、1940年に国民優生法が成立、任意申請による断種が合法化。1941〜1945年で435件実施。ただし優生学が本格化するのは戦後の優生保護法成立後。(「優生学の錯綜」引用終わり)

日本の1940年国民優生法

第一条 本法ハ悪質ナル遺伝性疾患ノ素質ヲ有スル者ノ増加ヲ防遏スルト共ニ健全ナル素質ヲ有スル者ノ増加ヲ図リ以テ国民素質ノ向上ヲ期スルコトヲ目的トス

第二条 本法ニ於テ優生手術ト称スルハ生殖ヲ不能ナラシムル手術又ハ処置ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノヲ謂フ

第三条 左ノ各号ノ一ニ該当スル疾患ニ罹レル者ハ其ノ子又ハ孫医学的経験上同一ノ疾患ニ罹ル虞特ニ著シキトキハ本法ニ依リ優生手術ヲ受クルコトヲ得但シ其ノ者特ニ優秀ナル素質ヲ併セ有スト認メラルルトキハ此ノ限ニ在ラズ

 一 遺伝性精神病
 二 遺伝性精神薄弱
 三 強度且悪質ナル遺伝性病的性格
 四 強度且悪質ナル遺伝性身体疾患
 五 強度ナル遺伝性畸形
2 四親等以内ノ血族中ニ前項各号ノ一ニ該当スル疾患ニ罹レル者ヲ各自有シ又ハ有シタル者ハ相互ニ婚姻シタル場合(届出ヲ為サザルモ事実上婚姻関係ト同様ノ事情ニ在ル場合ヲ含ム)ニ於テ将来出生スベキ子医学的経験上同一ノ疾患ニ罹ル虞特ニ著シキトキ亦前項ニ同ジ
3 第一項各号ノ一ニ該当スル疾患ニ罹レル子ヲ有シ又ハ有シタル者ハ将来出生スベキ子医学的経験上同一ノ疾患ニ罹ル虞特ニ著シキトキハ亦第一項ニ同ジ

日本は、戦後1948年の優生保護法においても、優生学の立場を堅持し、第一条で「この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性 の生命健康を保護することを目的とする」としている。
そして、優生保護法第三条「医師の認定による優生手術」では優生手術、すなわち生殖腺を除去せず生殖を不能にする手術で、精管あるいは卵管の結紮(けつさつ)による断種・避妊手術を、次の場合に行うとした。
第一号 本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇形を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの
第二号 本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有しているもの
第三号 本人又は配偶者が、癩疾患に罹り、且つ子孫にこれが伝染する虞れのあるもの 第四号 妊娠又は分娩が、母体の生命に危険を及ぼす虞れのあるもの
第五号 現に数人の子を有し、且つ、分娩ごとに、母体の健康度を著しく低下する虞れのあるもの

第十一条 前条の規定によつて行う優生手術に関する費用は、政令の定めるところによつて、国庫の負担とする。 

1996年(平成8年)6月26日「法律第105号 優生保護法の一部を改正する法律」によって、優生保護法(昭和二十三年法律第百五十六号)は、母体保護法と改称され、らい予防法廃止と同時に、優生保護法から優生学的条項を除き、次のように条文を変更した。

 第一条中「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに」を「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により」に改める。
 第二条第一項中「優生手術」を「不妊手術」に改める。
 「第二章 優生手術」を「第二章 不妊手術」に改める。
 第三条の見出しを削り、「優生手術」を「不妊手術」に改め、「精神病者又は精神薄弱者」を削り、同項第一号及び第二号を削除した。

◆1993年11月30日、オランダで、世界初の安楽死を許容する法律改正遺体埋葬法)が成立した。

病院以外の場所で変死した人が出た場合、遺体埋葬法の改正に基づいて、医師は死亡証明書を発行、検視官の承認を経て埋葬を許可することになった。つまり、医師が患者を安楽死させた後、?検視官への届け出・報告書提出、?検視官から検察への所見提出、?検察による医師の不起訴 という手続きで、末期患者安楽死が認められる。この改正遺体埋葬法によって、安楽死は刑法犯罪ではあるが、この手続きを経れば違法性がないとされ、検察は起訴をせず、「安楽死」が公認されることになる。 

◆1994年、アメリカ合衆国オレゴン州で尊厳死法 (Death with Dignity Act)が住民投票により、法制化された。

オレゴン州尊厳死法でも、末期患者が苦しんでいるために医師が注射などによって積極的に安楽死をさせたり、患者が要請もしないのに「苦しんでいるのを見るに堪えられない」と第三者が判断して末期患者を死に至らしめる「慈悲殺」は、禁じられている。しかし、死にたいと思う患者が自発的に医師に懇請して、致死量の薬物の処方箋を書いてもらうことを法的に認めている。つまり、末期患者が、その致死量の薬物を服用する自由を認め、医師が処方箋を与えたことを処罰しないのである。

そこで、オレゴン州尊厳死法の下で、薬剤師が、自殺幇助のための薬剤の処方箋で薬剤を出すときには「この薬剤は、生命を終焉させる」と明記する決議をしている。これは、末期患者の死亡について、オレゴン州尊厳死法による免責を確実にするための措置である。

◆2001年、オランダで医師による安楽死を認める刑法改正を盛り込んだ終末期自殺幇助法Termination of Life on Request and Assisted Suicide)、2002年、ベルギーで安楽死法、2008年、ルクセンブルクで安楽死法、1994年、アメリカ合衆国ワシントン州で尊厳死法 (Death with Dignity Act)が成立している。

◆精神障害者の排除については、人権を認める必要のない胎児の段階で排除することが一般化しつつある。妊婦子宮内の胎児のダウン症候群については、妊婦の血液検査をすることによって、胎児がダウン症候群があるかどうかを診断できる。このダウン症の検査によって、胎児がダウン症候群である確率が高ければ、出産ではなく堕胎を選択することができる。こうして、比較的簡単な血液検査を通して、ダウン症候群患者を人工妊娠中絶という「命の選別」によって、社会に出さない、排除すること家族も増えてきた。

ヒトゲノム解析研究というバイオテクノロジーは,疾病の診断、予防、治療法の開発を目指すが、これも優生学に通じるものがある。生物学的に人間の全遺伝子構造を調べるヒトゲノム研究は、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターなどで推進されているが、ここは「医学・生物学研究の将来にとって欠くべからざるプロジェクトを推進していくためのわが国の中心拠点」であるという。ヒト悪性腫瘍治療、乳癌・腎癌・膀胱癌・軟部組織腫瘍の発癌メカニズムの解明、ワクチン療法・抗体療法のための標的遺伝子のスクリーニングは、健康増進につながるものの、同時に、悪性遺伝子を排除することになる。

◆ドイツのT4安楽死計画(The T-4 Euthanasia Program)は、家族の出産の意思決定、福祉財政負担の許容範囲医療負担の許容範囲、障害者の人権・ベーシックニューマンニーズの充足、生死の自己決定権(尊厳死)、遺伝子研究、断種、人工妊娠中絶の正当化という点で、現代的な課題も内包している。法律上、医学上の問題だけでなく、教養ある市民としてどのように障害者の人権、安楽死を捉えるかが問われている。

◆厚生労働省『障害者白書』によれば、2005-2008年現在、日本には、知的障害者は合計54.7万人(人口比0.4%)、うち在宅が41.9万人(0.3%)、施設入所が12.8万人(0.1%)おり、精神障害者は合計323.3万人(2.5%)、在宅が290.0万人(2.3%)、入院が33.3万人(0.3%)いる。これに老人を中心とした身体障害者351.6万人を加えると、複数の障害者も含め、日本人の5%は障害者である。
 ただし、精神障害者は、身体障害者や知的障害者とは異なり、実態調査がなされておらず、厚生労働省の統計は、病院利用者から精神障害者人数を推計しており、一時的な患者も含んでいる。

◆障害者が安穏として生きながらえている、それも生産的な活動することなしに、福祉財政の負担によって遊んでいるという状況に、憤りを感じる人がいるかもしれない。戦時であれば、負傷し、身体障害を負ったり、戦死したりした命と比べて「生きるに値しない命」とみなしてしまうかもしれない。礼儀知らずで治安を悪化させる繁殖力旺盛な外国人が祖国を跋扈しているのをみて、外国人は排除すべきだ、自分の国に帰れと憤る人もいる。

安定した定職に就けず、福祉予算が削減される中で、働く気もない怠け者を生活保護で賄い、フリーターやすぐ転職するようなやる気のない若者の職業訓練を行い、出社できない引きこもりに医療・治療を行う、勉強もしない学生・留学生に奨学金を給付するなど、財政負担がかかり過ぎる、税金の無駄遣いだ、と憤りを感じるものも少なくない。

他人を自分よりも劣った存在と見做している点で、このような発想は、優生学に通じるものがある。自分は優秀で勤勉で学力もあるが、それに比べて、あいつらはダメな連中だ、このような差別・偏見が、優生学を受け入れる背景として指摘できる。

写真(右)1934年2月16日,バイエルン大党管区,ミュンヘン北、ダッハウ近郊シェーンブルン療養施設(サナトリウム)の精神障害の子どもたち;親衛隊SSの記録写真。
Heilanstalt Schönbrunn b./ Dachau. - SS-Foto, 16.2.1934 Photographer:Bauer, Friedrich Franz
写真はBild 152-04-09ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。

◆精神障害者や特定の人種民族を差別・排除しようとする思想は、?優生学的偏見、?財政負担軽減、?治安回復、などを正当化の根拠としている。そして、現在、人間を生殖細胞、遺伝子レベルで詳細に分析し、生命力や治癒力の優劣を区分するという恣意的な研究も進んでいる。ヒトゲノムの解読、バイオテクノロジーの進化は、再び先端技術を装って、似非(えせ)科学の優生学を蔓延させる危険がある。 「生きるに値しない命」を選別するような優生学思想は、特定グループが自分たちの利益を損なうと考える都合の悪いグループを選別するために、恣意的に用いられるに違いない。科学的な装いの下に、自分勝手な傲慢な意図を隠して、気に入らない人間を排除することを許してはならない。

◆現段階で、末期患者の安楽死は、優生学的発想に基づいて、行われているわけではない。高齢社会にあって、苦しみ、家族に迷惑をかけるのであれば、自ら安楽死を願う、といった「尊厳死」である。しかし、安楽死を尊厳死として公認すれば、医療費、社会保障など福祉財政負担を軽減することにつながる。老人・患者など意見表明が困難な人間にとって、専門家の医師が「肉体的な激しい苦痛の連続」「不治の病」といった恫喝をしているように思うかもしれない。安楽死=尊厳死、と簡単に見做すことはできない。

優生学の側面から下等人種・劣等民族の排除、経済的側面から国家財政負担の軽減、福祉国家の側面から、優良な人間への国家財政の一層の充当、富国強兵の側面から人口増加による国力向上という発送は、現在でも放棄されたわけではない。再び「生きるに値しない命」の選別が正当化される危険が残っている。

アンネ・フランクの日記とユダヤ人虐殺:Anne Frank
ホロコースト:Holocaust;ユダヤ人絶滅

4.日本の癩病(ハンセン病)患者の強制入所と断種

『日本書紀』『今昔物語集』以来、「癩(らい)」、すなわちハンセン病患者(1980年代まではハンセン氏病)は、頭髪・まゆ毛・爪が抜け,次いで指,手足,鼻,目が腐って醜い白斑の容姿となることから恐れられていた。らい患者Leprosy)は、就職を認められず、地域・家庭で隔離されて、世の中から隠れた暮らすことを強いられた。場合によっては、隔離されることもあった。また、家族から疎まれ、あるいは家族に迷惑をかけるのを恐れて、家を出て、旅に出る「放浪癩」と呼ばれる患者もあった。

833年の『令義解』すなわち718年(養老2)、藤原不比等らが、大宝律令を若干修正して編纂(へんさん)した養老律令の官撰注釈書には、「白癩」の呼称でハンセン病(らい病Leprosy)の記述がある。

 白癩(しろはた・びゃくらい)は身体の一部または皮膚に白斑(しろまだら:leukoderma leprosum)ができる病(ハンセン病)であり、古代から近世まで、すぐに感染する病、仏罰による病、穢れた病、家筋・家柄が原因というようにさまざまに解釈されてきた。つまり、ハンセン病の原因が不明確なために、人々の噂や文化的価値観の中で、ハンセン病患者は、罪深い者、業を負った者として、社会の底辺に置かれていたのである。

画像(上)『一遍上人伝絵巻』巻第七(いっぺんしょうにんでんえまき):踊念仏(中央)に集まった庶民。複数のらい病患者は、町の外の粗末な小屋(右端)で待っている。顔を布で覆っている。乞食や非人のような被差別貧困者と同じように排除されているようである。『一遍上人伝絵巻』は、時宗の開祖,一遍の生涯を描いた絵巻で,京都・歓喜光寺に伝来した12巻のうちの1巻。諸国を旅しながら修行と布教活動に努めた一遍の行状とともに,各地の社寺や名所の景観が忠実に描かれる。風景描写には中国宋代山水画風の影響が指摘され,やまと絵の伝統の中に見事に融合されている。一遍没後10年の正安元年に弟子の聖戒が起草し,法眼円伊が描く。
画像はC0047683:国立博物館引用。

中世前期(鎌倉時代)、仏教僧一遍上人に関する事跡『一遍上人縁起絵』、『極楽寺絵図』のなかに、「癩者(らいしゃ)」を含む当時の「非人」、すなわち被差別民・不可触浅眠についての資料がある。

この白癩の病気を患った人が、ひどい差別を受けるようになったのか、については、民中の無知という偏見だけではなく、国家の福祉政策、国家財政の観点からも癩者対策が、患者の治療や人権保護ではなく、ハンセン病の感染防止、癩者患者のもたらす社会不安の解消、福祉財政予算の節約という視点で、らい病患者を社会から隔離し、閉鎖的空間に閉じ込めるという政策が採用されたことが大きい。らい病の正しい知識を普及するのではなく、らい病患者を社会から排除する方針が、1996年まで、貫かれてきたのである。

 近代国家を目指した日本が、国家の政策として「癩者対策を始める以前は、らい病および癩者が歴史の表舞台に現れることは少なく、史資料も断片的で各時代の差別・偏見の実相を窺い知ることは困難であるが、これが国家政策がらい病差別を強化、拡散した証拠ともいえる。

ハンセン病(らい病)は、1873年にノルウェー人ゲルハルト・ヘンリック・アーマー・ハンセンGerhard Henrick Armauer Hansen:1841年7月29日 - 1912年2月12日)が発見したらい菌Mycobacterium leprae)による慢性伝染病であるが、日常生活で感染する可能性はほとんどない。感染力が弱く、感染しても発病は稀である。また、遺伝病でも、不治の病でもなく、プロミンの処方など適切な治療をすれば、完治する。

20世紀前半の日本では、ハンセン病患者の絶対的な強制終生隔離の方針が行政・専門家によって採用され、患者を根絶して子孫を残さないための断種措置が強行された。断種手術は強制的であり、独身の男性も対象になった。また、断種手術は、患者の人権を軽視していたため、医師以外の看護士が担当することもあった。

日本で隔離施設に囲い込んだハンセン病患者に断種手術を進めたのは、次のような理由からであると考えられる。
?優秀な大和民族の血を汚す劣等遺伝子の根絶
?優生学思想に基づく「支援するに値しない人物」に対する社会保障・福祉の財政負担軽減
?断種を条件に通い婚(入所結婚:男性入所者が別棟で生活している女性入所者の雑居 部屋に通う形をとる結婚。当時、夫婦部屋はなかった)を許して、入所者の逃走を防止するという管理上の姦計


日本政府のハンセン病患者強制隔離・断種の方針に対して、ハンセン病治療の可能性を探っていた医師小笠原登は、強制隔離や強制入所、断種に反対したが、医学界はこのような見解を避けた。第二次大戦後の1948年に成立した優生保護法(法律第156号)では、ハンセン病患者を劣等者として、強制入所を継続した。ハンセン病は遺伝疾患でないが、断種や妊娠中絶が続行され、さらに新生児を職員が殺害した場合もあった。

ハンセン病患者は、犯罪者のような扱いに抗議し、1951年、全国国立らい療養所患者協議会を結成して、優生保護法の改正を要求した。 

1907年の癩予防ニ関スル法律は、数回の改正を経て、1953年(昭和28年)に「らい予防法」になり、療養所中心の医療が行われてきた。「らい予防法」には強制入所や、外出制限、秩序維持のための所長の権限などが規定されていた。医師が患者を診察した際に、「伝染」させるおそれがある患者は療養所入所となり、そこで生涯を終えることが多かった。

1953年のらい予防法の目的は、第一条で、「らいを予防するとともに、らい患者の医療を行い、あわせてその福祉を図り、もつて公共の福祉の増進を図る」とされ、一般市民の予防に重点を置き、患者治療と救済は二次的であった。

第二条では、「国及び地方公共団体は、つねに、らいの予防及びらい患者の医療につとめ、患者の福祉を図るとともに、らいに関する正しい知識の普及を図らなければならない」とらい病を特別視した。

第三条では、患者と家族の不当な差別的取扱を禁止したが、第四条では、依然として医師による患者情報の開示を義務付けた。そして、第六条で、「都道府県知事は、らいを伝染させるおそれがある患者について、らい予防上必要があると認めるときは、当該患者又はその保護者に対し、国が設置するらい療養所に入所し、又は入所させるように勧奨することができる。
「都道府県知事は、前項の勧奨を受けた者がその勧奨に応じないときは、患者又はその保護者に対し期限を定めて、国立療養所に入所し、又は入所させることを命ずることができる」と国立療養所への強制入所を認めている。

第七条は、ハンセン病患者の従業禁止、第八条は、患者による汚染箇所の消毒、第九条は、患者の持ち物消毒を定めている。

◆らい予防法のために、ハンセン病患者はたとえ治癒したとしても、国立ハンセン病療養所に隔離された。これは、収容所やゲットーと同じく、人権を認めない空間であり、社団法人 好善社によれば、次のような特殊差別がある。
1)国立ハンセン病療養所が設置された場所は、離島、山中、海岸など人里離れた場所であり、それは囲い込み施設である。
2)ハンセン病療養所入所者の多くが実名を名乗らず、仮名・偽名で通していた。たとえ夫婦であっても別姓が当然だった。
3)ハンセン病療養所入所者は、家族と隔離あるいは絶縁しており、ふるさと・故郷がない。
4)入所者は、死亡しても一般墓地に埋葬されることはない。所内納骨堂に葬られる。ただし、所内には所内教会のような宗教施設はある。
5)入所者は、正規に結婚していても、優生手術として断種妊娠中絶・堕胎を強要され、子供を産めない。夫婦であっても子孫を残せない空間だった。しかし、入所者胎児ホルマリン漬け標本は作製された。
6)国立ハンセン病療養所では、子供が生まれず、治癒・予防が進み子供が入所者がないために、子供のいない大人だけの高齢化施設である。
7)入所規定はあっても、退所規定がない。したがって、いったん入所したら、出ることができない絶対的終身強制隔離の施設だった。

⇒ハンセン病患者に対しては、家族や地域における差別・偏見はあったが、政府と専門家が、ハンセン病患者を絶対的強制隔離・断種・堕胎する政策を採用したことが、ハンセン病患者とその家族の人権を蹂躙したと考えられる。


日本のハンセン病患者数:1900年(明治33年)の3万人、1919年(大正8年)の約1万6千人へと減少した。戦後は1955年頃から公衆衛生の向上、治療剤によって新規患者数は減少し、2000年前後は毎年10名以下である。他方、外国人患者は1991年頃から増加し、毎年10名前後である。

日本人の新規患者は半数以上が高齢者(60歳以上)であるが、外国人では20〜30代の患者が多い。2000年、全国15のハンセン病療養所には約4,500名が入所している(平均年齢74歳)。ほとんどは治癒しているが、後遺症や高齢化などのため引き続き療養所にとどまっている。なお現在患者は通常半年〜数年の治療で治癒するが、再発や後遺症の経過観察のため、700名余(元療養所入所者や外来患者など)が通院している。

初めてのハンセン病療養所が1909年に設置されて以来、2008年現在、全国に療養所は13カ所、患者2764人が入所している。入所者が多かったのは、1960年で1万2000人が全国各地の療養所に入所していた。らい予防法が廃止されたのは1996年である。

WHO推奨のMDT(Multi-drug Therapy:多剤併用治療)により、1985年から1999年末までに全世界でハンセン病患者1,000万人以上が治癒した。2000年当初の有病者数は75万人、有病率は1.25/人口1万人と、1985年に比べ86%減少した。再発率は年間0.1%程度である。

ハンセン病は、「らい菌」の感染によって、主に皮膚や末梢神経が侵される感染症だが、感染力は強くはない。しかし、触っただけでうつると恐れられた。また、1943年のプロミンに始まる化学療法剤によって、治癒可能となった。これは、「病原体を化学物質の働きで殺し、またはその発育を阻止するとともに、感染を受けた人のもつ免疫力と協力し合って感染症から生体を治癒させること」であり、3種の医薬品のカクテル(ジアフェニルスルホン、リファンピシン及びクロファジミンの併用)を組み合わせた多剤併用療法(Multidrug Therapy:MDT)で行われている。

しかし、末梢神経の障害から後遺症が残り(200〜300万人)、社会生活困難な患者も多い。また、WHO推奨のMDTにもかかわらず、新規患者数はいまだに毎年約70万人である。

年間の新規ハンセン病患者登録数が多い国はインド(約52.7万人)、ブラジル(約7.3万人)、インドネシア(約2.9万人)、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール、ナイジェリア(各約1.3万人)、フィリピン(約0.9万人)など。 

大阪府健康医療部 保健医療室健康づくり課の作成した「ハンセン病問題を理解するために(ハンセン病回復者の被害と名誉の回復を目指して)」では、次のように述べている。

2001(平成13)年5月11日、熊本地方裁判所において、「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」(ハンセン病国賠訴訟)の判決が言い渡されました。この判決は、89年にわたり、国によって行われてきたハンセン病対策が「誤っていた」ことを認めるものでした。
 1907(明治40)年法律第11号「癩予防ニ関スル件」が制定されてから、1996(平成8)年に「らい予防法」が廃止されるまで、国は、患者の強制隔離収容を基本としたハンセン病対策を続けてきました。そして、この法律にもとづいて、患者やその家族の人権を省みず、患者を強制的に療養所へ送り込んだのは、大阪府も含めた地方自治体であり、患者の情報を提供したのは、市町村や地域の住民でした。
 このように、国、地方自治体、住民が一体となって、自分たちの故郷からハンセン病患者を療養所へ送り込む、いわゆる「無癩(らい)県運動」を展開し、ハンセン病患者やその家族の方に大きな苦痛と苦難を強いてきたのです。
 こうした反省を踏まえ、現在、国や地方自治体は、入所者の方が療養所から生まれ育った地域に帰るための「里帰り事業」の充実や「社会復帰」するための支援に取り組んでいます。( 大阪府「ハンセン病問題を理解するために(ハンセン病回復者の被害と名誉の回復を目指して)」引用終わり)


5.ハンセン病問題基本法

ハンセン病問題の解決の促進に関する法律(2008年6月18日法律第82号)

 「らい予防法」を中心とする国の隔離政策により、ハンセン病の患者であった者が地域社会において平穏に生活することを妨げられ、身体及び財産上の被害、生活上の人権制限、差別を受けた。このことを2001年6月、我々は悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め、深くお詫びし、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」を制定し、精神的苦痛の慰謝、名誉の回復及び福祉の増進を図り、あわせて、死没者に対する追悼の意を表することとした。

 しかしながら、国の隔離政策に起因してハンセン病の患者であった者等が受けた身体及び財産上の被害、生活上の被害の回復には、未解決の問題がある。特にハンセン病患者が、地域社会から孤立することなく、良好かつ平穏な生活を営むための基盤整備は緊急の課題である。ハンセン病元患者に対する偏見と差別のない社会の実現に向けて、真摯に取り組んでいかなければならない。

 ここに、ハンセン病元患者の福祉の増進、名誉の回復のための措置を講ずることにより、ハンセン病問題の解決の促進を図るため、この法律を制定する。 

     第一章 総則

(趣旨)第一条  この法律は、国によるハンセン病の患者に対する隔離政策に起因して生じた問題であって、ハンセン病の患者であった者等の福祉の増進、名誉の回復等に関し現在もなお存在するもの(以下「ハンセン病問題」)の解決の促進に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、ハンセン病問題の解決の促進に関し必要な事項を定めるものとする。

(定義)第二条  「国立ハンセン病療養所」とは、厚生労働省設置法(平成十一年法律第九十七号)第十六条第一項に規定する国立ハンセン病療養所をいう。
3  「入所者」とは、らい予防法の廃止に関する法律(平成八年法律第二十八号。以下「廃止法」)によりらい予防法(昭和二十八年法律第二百十四号。以下「予防法」)が廃止されるまでの間に、ハンセン病を発病した後も相当期間日本国内に住所を有していた者であって、現に国立ハンセン病療養所等に入所しているものをいう。

(基本理念)第三条  ハンセン病問題に関する施策は、国によるハンセン病の患者に対する隔離政策によりハンセン病の患者であった者等が受けた身体及び財産に係る被害その他社会生活全般にわたる被害に照らし、その被害を可能な限り回復することを旨として行われなければならない。
2  ハンセン病問題に関する施策を講ずるに当たっては、入所者が、現に居住する国立ハンセン病療養所等において、その生活環境が地域社会から孤立することなく、安心して豊かな生活を営むことができるように配慮されなければならない。
3  何人も、ハンセン病の患者であった者等に対して、ハンセン病の患者であったこと又はハンセン病に罹患していることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。

(国及び地方公共団体の責務) 
第四条  国は、前条に定める基本理念にのっとり、ハンセン病の患者であった者等の福祉の増進等を図るための施策を策定し、及び実施する責務を有する。
第五条  地方公共団体は、基本理念にのっとり、国と協力しつつ、その地域の実情を踏まえ、ハンセン病の患者であった者等の福祉の増進等を図るための施策を策定し、及び実施する責務を有する。

(ハンセン病元患者と関係者の意見の反映のための措置)
第六条  国は、ハンセン病問題に関する施策の策定及び実施に当たっては、ハンセン病の患者であった者等その他の関係者との協議の場を設ける等これらの者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。

   第二章 国立ハンセン病療養所等における療養及び生活の保障

(国立ハンセン病療養所における療養)
第七条  国は、国立ハンセン病療養所において、入所者(国立ハンセン病療養所に入所している者に限る。第九条及び第十四条を除き)に対して、必要な療養を行うものとする。

(国立ハンセン病療養所への再入所及び新規入所)
第八条  国立ハンセン病療養所の長は、廃止法により予防法が廃止されるまでの間に、国立ハンセン病療養所等に入所していた者であって、現に国立ハンセン病療養所等を退所しており、かつ、日本国内に住所を有するもの(以下「退所者」)又は廃止法により予防法が廃止されるまでの間に、ハンセン病を発病した後も相当期間日本国内に住所を有したことがあり、かつ、国立ハンセン病療養所等に入所したことがない者であって、現に国立ハンセン病療養所等に入所しておらず、かつ、日本国内に住所を有するもののうち、厚生労働大臣が定める者(以下「非入所者」)が、必要な療養を受けるために国立ハンセン病療養所への入所を希望したときは、入所させないことについて正当な理由がある場合を除き、国立ハンセン病療養所に入所させるものとする。
2  国は、前項の規定により国立ハンセン病療養所に入所した者に対して、必要な療養を行うものとする。

(国立ハンセン病療養所以外のハンセン病療養所における療養に係る措置)
第九条  国は、入所者(第二条第二項の厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所に入所している者に限る)に対する必要な療養が確保されるよう、必要な措置を講ずるものとする。

(意思に反する退所及び転所の禁止)
第十条  国は、入所者の意思に反して、現に入所している国立ハンセン病療養所から当該入所者を退所させ、又は転所させてはならない。 

(国立ハンセン病療養所における医療及び介護に関する体制の整備のための措置)
第十一条  国は、医師、看護師及び介護員の確保等国立ハンセン病療養所における医療及び介護に関する体制の整備のために必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
2  地方公共団体は、前項の国の施策に協力するよう努めるものとする。

(良好な生活環境の確保のための措置等)
第十二条  国は、入所者の生活環境が地域社会から孤立することのないようにする等入所者の良好な生活環境の確保を図るため、国立ハンセン病療養所の土地、建物、設備等を地方公共団体又は地域住民等の利用に供する等必要な措置を講ずることができる。
2  国は、前項の措置を講ずるに当たっては、入所者の意見を尊重しなければならない。

(福利の増進)
第十三条  国は、入所者の教養を高め、その福利を増進するよう努めるものとする。

   第三章 社会復帰の支援並びに日常生活及び社会生活の援助

(社会復帰の支援のための措置)
第十四条  国は、国立ハンセン病療養所等からの退所を希望する入所者(廃止法により予防法が廃止されるまでの間に、国立ハンセン病療養所等に入所していた者に限る。)の円滑な社会復帰に資するため、退所の準備に必要な資金の支給等必要な措置を講ずるものとする。

(ハンセン病療養所退所者給与金及びハンセン病療養所非入所者給与金の支給)
第十五条  国は、退所者に対し、その者の生活の安定等を図るため、ハンセン病療養所退所者給与金を支給するものとする。
2  国は、非入所者に対し、その者の生活の安定等を図るため、ハンセン病療養所非入所者給与金を支給するものとする。
3  前二項に定めるもののほか、第一項のハンセン病療養所退所者給与金及び前項のハンセン病療養所非入所者給与金(以下「給与金」)の支給に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。
4  租税その他の公課は、給与金を標準として、課することができない。

(ハンセン病等に係る医療体制の整備)
第十六条  国及び地方公共団体は、退所者及び非入所者が、国立ハンセン病療養所等及びそれ以外の医療機関において、安心してハンセン病及びその後遺症その他の関連疾患の治療を受けることができるよう、医療体制の整備に努めるものとする。

(相談及び情報の提供等)
第十七条  国及び地方公共団体は、退所者及び非入所者が日常生活又は社会生活を円滑に営むことができるようにするため、これらの者からの相談に応じ、必要な情報の提供及び助言を行う等必要な措置を講ずるものとする。

   第四章 名誉の回復及び死没者の追悼

第十八条  国は、ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復を図るため、国立のハンセン病資料館の設置、歴史的建造物の保存等ハンセン病及びハンセン病対策の歴史に関する正しい知識の普及啓発その他必要な措置を講ずるとともに、死没者に対する追悼の意を表するため、国立ハンセン病療養所等において収蔵している死没者の焼骨に係る改葬費の遺族への支給その他必要な措置を講ずるものとする。

   第五章 親族に対する援護

(親族に対する援護の実施)
第十九条  都道府県知事は、入所者の親族(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)のうち、当該入所者が入所しなかったならば、主としてその者の収入によって生計を維持し、又はその者と生計を共にしていると認められる者で、当該都道府県の区域内に居住地(居住地がないか、又は明らかでないときは、現在地)を有するものが、生計困難のため、援護を要する状態にあると認めるときは、これらの者に対し、この法律の定めるところにより、援護を行うことができる。ただし、これらの者が他の法律(生活保護法(昭和二十五年法律第百四十四号)を除く。)に定める扶助を受けることができる場合においては、その受けることができる扶助の限度においては、その法律の定めるところによる。
2  前項の規定による援護(以下「援護」という。)は、金銭を支給することによって行うものとする。ただし、これによることができないとき、これによることが適当でないとき、その他援護の目的を達するために必要があるときは、現物を支給することによって行うことができる。
3  援護のための金品は、援護を受ける者又はその者が属する世帯の世帯主若しくはこれに準ずる者に交付するものとする。
4  援護の種類、範囲、程度その他援護に関し必要な事項は、政令で定める。

(都道府県の支弁)
第二十条  都道府県は、援護に要する費用を支弁しなければならない。

(費用の徴収)
第二十一条  都道府県知事は、援護を行った場合において、その援護を受けた者に対して、民法(明治二十九年法律第八十九号)の規定により扶養の義務を履行しなければならない者(入所者を除く。)があるときは、その義務の範囲内において、その者からその援護の実施に要した費用の全部又は一部を徴収することができる。
2  生活保護法第七十七条第二項及び第三項の規定は、前項の場合に準用する。

(国庫の負担)
第二十二条  国庫は、政令で定めるところにより、第二十条の規定により都道府県が支弁する費用の全部を負担する。

(公課及び差押えの禁止)
第二十三条  租税その他の公課は、援護として支給される金品を標準として、課することができない。
2  援護として支給される金品は、既に支給を受けたものであるとないとにかかわらず、差し押さえることができない。

(事務の区分)
第二十四条  第十九条第一項及び第二十一条第一項の規定により都道府県が処理することとされている事務は、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二条第九項第一号に規定する第一号法定受託事務とする。

ハンセン病問題の解決の促進に関する法律(2008年6月18日法律第82号)引用終わり。

◆Ohne Angst verschieden(異なることを恐れるな:ドイツ語)はインクルージョン(„Inklusion“、Inclusion)の標語である。つまり、学校と社会・地域における教育にあって、障害を持った人々と健常者がともに学ぶ多様性のある教育を目指す状況であり、ノーマライゼーションNormalization)、すなわち障害者や多民族を含めたあらゆる多様な人々が支障なく暮らせる社会の一要素である。換言すれば、障害者を含めたあらゆる人々にとっての人権として認められるべきものである。
 インクルージョン教育は、男女を問わず、社会的、文化的な起源、性、才能、障害など、全ての人々が、社会の中で平等な参加の機会を与えることを求めている。障害の有無にかかわらず、子どもたちが一緒に学ぶことができることが望まれる。


写真(右)1950年5月13日,ゾンネベルク、チューリンゲン森の結核療養所"森林レクリエーション"。チューリンゲン森の気候は結核の治療に適している。そこで、ここに治療センターを設置し、社会保障・医療の整備がなされた。模範的な医療や食事が提供さた。患者に対しては、コミュニケーションや多様な文化プログラムが用意されている。それ相応の財政負担がなされるようになった。
Illus Illner 13.10.1950 Tbc-Heilstätte "Walderholung", Sonneberg im Thüringer Wald. Die Höhen des Thüringer Waldes sind durch ihre kräftige Luft für die Heilung schwerer Tuberkulose-Erkrankungen besonders geeignet. Hier werden daher von der Sozialversicherung und von anderen Organisationen über 50 Heilstätten unterhalten. Für vorbildliche ärztliche Betreuung und Verpflegung ist gesorgt. Der Lebensmut der Kranken wird durch gute Unterhaltung und abwechslungsreiche Kulturprogramme wieder gehoben. UBz: Tbc-Heilstätte "Walderholung" Sonneberg im Thüringer Wald. In regelmäßigen Abständen werden die Patienten durchleuchtet und geröntgt. So kann der Arzt jeden Krankheitsfall individuell nach dem Krankheitsbild behandeln. Dating:13. Oktober 1950 Photographer:Illner
写真はBild 183-08250-0002:ドイツ連邦アーカイブBundesarchiv登録・引用(他引用不許可)。


6.人種差別撤廃条約:International Convention on the Elimination of All Forms of Racial Discrimination

人権の尊重に間して、国際連合憲章第1条は、国連の目的として、「人種、性、言語又は宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように奨励することについて、国際協力を達成すること」と規定している。また、1948年採択の世界人権宣言は、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と宣言している。

 しかし、1959-1960年にかけて、アーリア人(ゲルマン人)の優越性を主張して、反ユダヤ主義思想を扇動したりするネオ・ナチズムの活動が、ヨーロッパを中心に続発し、南アフリカ共和国では、アパルトヘイトがなされていた。

 こうした憂慮すべき事態を背景に、1960年の第15回国連総会において、社会生活における人種的、宗教的及び民族的憎悪のあらゆる表現と慣行は、国連憲章及び世界人権宣言に違反することを確認し、すべての政府がそのような慣行等を防止するために必要な措置をとるよう要請した「人種的、民族的憎悪の諸表現」と題するナチズム非難決議が全会一致で採択された。

さらに,植民地主義及びこれに関連する分離及び差別のすべての慣行を終結しなければならない旨の内容を盛り込んだ「植民地及びその人民に対する独立の付与に関する宣言」が採択された。

 しかし、人種、民族に対する差別は依然として続き、人種差別を撤廃するためには、各国に対し、差別を撤廃するためのより具体的な措置の履行を義務づける文書の採択が必要とされた。

こうして、1962年の第17回国連総会において、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する宣言案及び条約案の作成」に関する決議が採択、1963年の第18回国連総会には、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国連宣言」が採択された。その後、1965年、第20回国連総会において、この人種差別撤廃条約が全会一致で採択され、1969年1月4日に発効した。

第1条
1 この条約において、「人種差別」"racial discrimination"とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。

2 この条約は、締約国が市民と市民でない者との間に設ける区別、排除、制限又は優先については、適用しない。

3 この条約のいかなる規定も、国籍、市民権又は帰化に関する締約国の法規に何ら影響を及ぼすものと解してはならない。ただし、これらに関する法規は、いかなる特定の民族に対しても差別を設けていないことを条件とする。

4 人権及び基本的自由の平等な享有又は行使を確保するため、保護を必要としている特定の人種若しくは種族の集団又は個人の適切な進歩を確保することのみを目的として、必要に応じてとられる特別措置は、人種差別とみなさない。ただし、この特別措置は、その結果として、異なる人種の集団に対して別個の権利を維持することとなってはならず、また、その目的が達成された後は継続してはならない。

第2条
1 締約国は、人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとることを約束する。このため、

(a)各締約国は、個人、集団又は団体に対する人種差別の行為又は慣行に従事しないこと並びに国及び地方のすべての公の当局及び機関がこの義務に従って行動するよう確保することを約束する。

(b)各締約国は、いかなる個人又は団体による人種差別も後援せず、擁護せず又は支持しないことを約束する。

(c)各締約国は、政府(国及び地方)の政策を再検討し及び人種差別を生じさせ又は永続化させる効果を有するいかなる法令も改正し、廃止し又は無効にするために効果的な措置をとる。

(d)各締約国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる。

(e)各締約国は、適当なときは、人種間の融和を目的とし、かつ、複数の人種で構成される団体及び運動を支援し並びに人種間の障壁を撤廃する他の方法を奨励すること並びに人種間の分断を強化するようないかなる動きも抑制することを約束する。

2 締約国は、状況により正当とされる場合には、特定の人種の集団又はこれに属する個人に対し人権及び基本的自由の十分かつ平等な享有を保障するため、社会的、経済的、文化的その他の分野において、当該人種の集団又は個人の適切な発展及び保護を確保するための特別かつ具体的な措置をとる。この措置は、いかなる場合においても、その目的が達成された後、その結果として、異なる人種の集団に対して不平等な又は別個の権利を維持することとなってはならない。

第3条
 締約国は、特に、人種隔離及びアパルトヘイト(racial segregation and apartheidrace)を非難し、また、自国の管轄の下にある領域におけるこの種のすべての慣行を防止し、禁止し及び根絶することを約束する。

第4条
 締約国は、一の人種の優越性(superiority of one race)若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため、締約国は、世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って、特に次のことを行う。

(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。

(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。

(c)国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと。

第5条
 第2条に定める基本的義務に従い、締約国は、特に次の権利の享有に当たり、あらゆる形態の人種差別を禁止し及び撤廃すること並びに人種、皮膚の色又は民族的若しくは種族的出身による差別なしに、すべての者が法律の前に平等であるという権利を保障することを約束する。

(a)裁判所その他のすべての裁判及び審判を行う機関の前での平等な取扱いについての権利

(b)暴力又は傷害(公務員によって加えられるものであるかいかなる個人、集団又は団体によって加えられるものであるかを問わない。)に対する身体の安全及び国家による保護についての権利

(c)政治的権利(Political rights)、特に普通かつ平等の選挙権に基づく選挙に投票及び立候補によって参加し、国政及びすべての段階における政治に参与し並びに公務に平等に携わる権利

(d)他の市民的権利(civil rights)、特に

(i)国境内における移動及び居住の自由についての権利

(ii)いずれの国(自国を含む。)からも離れ及び自国に戻る権利

(iii)国籍についての権利 The right to nationality

(iv)婚姻及び配偶者の選択についての権利

(v)単独で及び他の者と共同して財産を所有する権利

(vi)相続する権利 The right to inherit

(vii)思想、良心及び宗教の自由についての権利

(viii)意見及び表現の自由についての権利

(ix)平和的な集会及び結社の自由についての権利

(e)経済的、社会的及び文化的権利、特に、

(i)労働、職業の自由な選択、公正かつ良好な労働条件、
   失業に対する保護、同一の労働についての同一報酬
   及び公正かつ良好な報酬についての権利
(ii)労働組合を結成し及びこれに加入する権利
(iii)住居についての権利
(iv)公衆の健康、医療、社会保障及び社会的サービスについての権利
(v)教育及び訓練についての権利
(vi)文化的な活動への平等な参加についての権利
(f)輸送機関、ホテル、飲食店、喫茶店、劇場、公園等一般公衆の使用を目的とするあらゆる場所又はサービスを利用する権利

第6条
 締約国は、自国の管轄の下にあるすべての者に対し、権限のある自国の裁判所及び他の国家機関を通じて、この条約に反して人権及び基本的自由を侵害するあらゆる人種差別の行為に対する効果的な保護及び救済措置を確保し、並びにその差別の結果として被ったあらゆる損害に対し、公正かつ適正な賠償又は救済を当該裁判所に求める権利を確保する。

第7条
 締約国は、人種差別につながる偏見と戦い、諸国民の間及び人種又は種族の集団の間の理解、寛容及び友好を促進し並びに国際連合憲章、世界人権宣言、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際連合宣言及びこの条約の目的及び原則を普及させるため、特に教授、教育、文化及び情報の分野において、迅速かつ効果的な措置をとることを約束する。


7.障害者の権利に関する条約:Convention on the Rights of Persons with Disabilities

2007年12月13日、第61回国連総会本会議にて次の障害者権利条約が全会一致で採択された。

前文:Preamble
 この条約の締約国は:The States Parties to the present Convention
 (a) 国際連合憲章において宣明された原則が、人類社会human family のすべての構成員の固有の尊厳及び価値並びに平等のかつ奪い得ない権利が世界における自由、正義及び平和の基礎を成すものであると認めていることを想起し、

 (b) 国際連合が、世界人権宣言Universal Declaration of Human Rights及び国際人権規約International Covenants on Human Rightsにおいて、すべての人はいかなる差別もなしに同宣言及びこれらの規約に掲げるすべての権利及び自由を享有することができることを宣明し、及び合意したことを認め、

 (c) すべての人権及び基本的自由が普遍的であり、不可分のものであり、相互に依存し、かつ、相互に関連を有すること並びに障害者がすべての人権及び基本的自由を差別なしに完全に享有することを保障することが必要であることを再確認し、

 (d) 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、市民的及び政治的権利に関する国際規約、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約、児童の権利に関する条約及びすべての移住労働者及びその家族の構成員の権利の保護に関する国際条約を想起し、

 (e) 障害が、発展する概念であり、並びに障害者と障害者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、障害者が他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め、

 (f) 障害者に関する世界行動計画及び障害者の機会均等化に関する標準規則に定める原則及び政策上の指針が、障害者の機会均等を更に促進するための国内的、地域的及び国際的な政策、計画及び行動の促進、作成及び評価に影響を及ぼす上で重要であることを認め、

 (g) 持続可能な開発の関連戦略の不可分の一部として障害に関する問題を主流に組み入れることが重要であることを強調し、

 (h) また、いかなる者に対する障害を理由とする差別も、人間の固有の尊厳及び価値を侵害するものであることを認め、

 (i) さらに、障害者の多様性を認め、

 (j) すべての障害者(より多くの支援を必要とする障害者を含む。)の人権を促進し、及び保護することが必要であることを認め、

  (k) これらの種々の文書及び約束にもかかわらず、障害者が、世界のすべての地域において、社会の平等な構成員としての参加を妨げる障壁及び人権侵害に依然として直面していることを憂慮し、

 (l) あらゆる国(特に開発途上国)における障害者の生活条件を改善するための国際協力が重要であることを認め、

 (m) 障害者が地域社会における全般的な福祉及び多様性に対して既に又は潜在的に貢献していることを認め、また、障害者による人権及び基本的自由の完全な享有並びに完全な参加を促進することにより、その帰属意識が高められること並びに社会の人的、社会的及び経済的開発並びに貧困の撲滅に大きな前進がもたらされることを認め、

 (n) 障害者にとって、個人の自律individual autonomy(自ら選択する自由を含む。)及び自立independenceが重要であることを認め、

 (o) 障害者が、政策及び計画(障害者に直接関連する政策及び計画を含む。)に係る意思決定の過程に積極的に関与する機会を有すべきであることを考慮し、

 (p) 人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的な、種族的な、原住民としての若しくは社会的な出身、財産、出生、年齢又は他の地位に基づく複合的又は加重的な形態の差別を受けている障害者が直面する困難な状況を憂慮し、

 (q) 障害のある女子が、家庭の内外で暴力、傷害若しくは虐待、放置若しくは怠慢な取扱い、不当な取扱い又は搾取を受ける一層大きな危険にしばしばさらされていることを認め、

 (r) 障害のある児童が、他の児童と平等にすべての人権及び基本的自由を完全に享有すべきであることを認め、また、このため児童の権利に関する条約の締約国が負う義務を想起し、

 (s) 障害者による人権及び基本的自由の完全な享有を促進するためのあらゆる努力に性別の視点を組み込む必要があることを強調し、

 (t) 障害者の大多数が貧困の状況下で生活している事実を強調し、また、この点に関し、貧困が障害者に及ぼす悪影響に対処することが真に必要であることを認め、

 (u) 国際連合憲章に定める目的及び原則の十分な尊重並びに人権に関する適用可能な文書の遵守に基づく平和で安全な状況が、特に武力紛争及び外国による占領の期間中における障害者の十分な保護に不可欠であることに留意し、

 (v) 障害者がすべての人権及び基本的自由を完全に享有することを可能とするに当たっては、物理的、社会的、経済的及び文化的な環境、健康及び教育並びに情報及び通信についての機会が提供されることが重要であることを認め、

 (w) 個人が、他人に対し及びその属する地域社会に対して義務を負うこと並びに人権に関する国際的な文書において認められる権利の増進及び擁護のために努力する責任を有することを認識し、

 (x) 家族が、社会の自然かつ基礎的な単位であること並びに社会及び国家による保護を受ける権利を有することを確信し、また、障害者及びその家族の構成員が、障害者の権利の完全かつ平等な享有に向けて家族が貢献することを可能とするために必要な保護及び支援を受けるべきであることを確信し、

 (y) 障害者の権利及び尊厳を促進し、及び保護するための包括的かつ総合的な国際条約が、開発途上国及び先進国において、障害者の社会的に著しく不利な立場を是正することに重要な貢献を行うこと並びに障害者が市民的、政治的、経済的、社会的及び文化的分野に均等な機会により参加することを促進することを確信して、次のとおり協定した。

第一条 目的:Article 1 - Purpose
 この条約は、すべての障害者(all persons with disabilities)によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的とする。
 障害者(Persons with disabilities)には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な障害を有する者であって、様々な障壁との相互作用により他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げられることのあるものを含む。

第二条 定義
 この条約の適用上、  「意思疎通」(Communication)とは、言語、文字表記、点字、触覚を使った意思疎通、拡大文字、利用可能なマルチメディア並びに筆記、聴覚、平易な言葉及び朗読者による意思疎通の形態、手段及び様式並びに補助的及び代替的な意思疎通の形態、手段及び様式(利用可能な情報通信技術を含む。)をいう。
 「言語」"Language"とは、音声言語及び手話その他の形態の非音声言語をいう。  「障害を理由とする差別」(Discrimination on the basis of disability)とは、障害を理由とするあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害を理由とする差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。
 「合理的配慮」(Reasonable accommodation)とは、障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。
 「ユニバーサルデザイン」(Universal design)とは、調整又は特別な設計を必要とすることなく、最大限可能な範囲ですべての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計をいう。ユニバーサルデザインは、特定の障害者の集団のための支援装置が必要な場合には、これを排除するものではない。

第三条 一般原則:Article 3 - General principles
 この条約の原則は、次のとおりとする。
 (a) 固有の尊厳inherent dignity、個人の自律individual autonomy(自ら選択する自由を含む。)及び個人の自立(independence of persons)を尊重すること。
 (b) 差別されないこと(Non-discrimination
 (c) 社会に完全かつ効果的に参加(participation)し、及び社会に受け入れられること。inclusion in society
 (d) 人間の多様性(human diversitydiscrimination)及び人間性(humanity)の一部として、障害者の差異differenceを尊重し、及び障害者を受け入れること。
 (e) 機会の均等(Equality of opportunity) 
 (f) 施設及びサービスの利用を可能にすること(Accessibility
 (g) 男女の平等(Equality between men and women
 (h) 障害のある児童の発達しつつある能力を尊重し、及び障害のある児童がその同一性を保持する権利を尊重すること。

第四条 一般的義務:Article 4 - General obligations
1 締約国は、障害を理由とするいかなる差別もなしに、すべての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する。このため、締約国は、次のことを約束する。
 (a) この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置をとること。
 (b) 障害者に対する差別となる既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し、又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。
 (c) すべての政策及び計画において障害者の人権の保護及び促進を考慮に入れること。
 (d) この条約と両立しないいかなる行為又は慣行も差し控え、かつ、公の当局及び機関がこの条約に従って行動することを確保すること。
 (e) 個人、団体又は民間企業による障害を理由とする差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとること。
 (f) 障害者による利用可能性及び使用を促進し、並びに基準及び指針の整備に当たりユニバーサルデザインを促進するため、第二条に定めるすべての人が使用することのできる製品、サービス、設備及び施設であって、障害者に特有のニーズを満たすために可能な限り最低限の調整及び最小限の費用を要するものについての研究及び開発を約束し、又は促進すること。
 (g) 障害者に適した新たな技術(情報通信技術、移動補助具、装置及び支援技術を含む。)であって、妥当な費用であることを優先させたものについての研究及び開発を約束し、又は促進し、並びにその新たな技術の利用可能性及び使用を促進すること。
 (h) 移動補助具、装置及び支援技術(新たな技術を含む。)並びに他の形態の援助、支援サービス及び施設に関する情報であって、障害者にとって利用可能なものを提供すること。
 (i) この条約において認められる権利によって保障される支援及びサービスをより良く提供するため、障害者と共に行動する専門家及び職員に対する研修を促進すること。

2 締約国は、経済的、社会的及び文化的権利(economic, social and cultural rights)に関しては、これらの権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、また、必要な場合には国際協力の枠内で、措置をとることを約束する。ただし、この条約に定める義務であって、国際法に従って直ちに適用可能なものに影響を及ぼすものではない。

3 締約国は、この条約を実施するための法令及び政策の作成及び実施に当たり、並びにその他の障害者に関する問題についての意思決定過程において、障害者(障害のある児童を含む。)を代表する団体を通じ、障害者と緊密に協議し、及び障害者を積極的に関与させる。

4 この条約のいかなる規定も、締約国の法律又は締約国について効力を有する国際法に含まれる規定であって障害者の権利の実現に一層貢献するものに影響を及ぼすものではない。この条約のいずれかの締約国において法律、条約、規則又は慣習によって認められ、又は存する人権及び基本的自由については、この条約がそれらの権利若しくは自由を認めていないこと又はその認める範囲がより狭いことを理由として、それらの権利及び自由を制限し、又は侵してはならない。

5 この条約は、いかなる制限又は例外もなしに、連邦国家のすべての地域について適用する。

第五条 平等及び差別されないこと(Equality and non-discrimination) 
1 締約国は、すべての者が、法律の前に又は法律に基づいて平等であり、並びにいかなる差別もなしに法律による平等の保護及び利益を受ける権利を有することを認める。
2 締約国は、障害を理由とするあらゆる差別を禁止するものとし、いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な法的保護を障害者に保障する。
3 締約国は、平等を促進し、及び差別を撤廃することを目的として、合理的配慮が提供されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。
4 障害者の事実上の平等を促進し、又は達成するために必要な特別の措置は、この条約に規定する差別と解してはならない。

第十二条 法律の前に等しく認められる権利(Equal recognition before the law
1 締約国は、障害者がすべての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する。
2 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者と平等に法的能力を享有することを認める。
3 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用することができるようにするための適当な措置をとる。
4 締約国は、法的能力の行使に関連するすべての措置において、濫用を防止するための適当かつ効果的な保護を国際人権法に従って定めることを確保する。当該保護は、法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重すること、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼさないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合すること、可能な限り短い期間に適用すること並びに権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関による定期的な審査の対象とすることを確保するものとする。当該保護は、当該措置が障害者の権利及び利益に及ぼす影響の程度に応じたものとする。
5 締約国は、この条の規定に従うことを条件として、障害者が財産を所有にし、又は相続し、自己の会計を管理し、及び銀行貸付け、抵当その他の形態の金融上の信用について均等な機会を有することについての平等の権利を確保するためのすべての適当かつ効果的な措置をとるものとし、障害者がその財産を恣意的に奪われないことを確保する。

第十四条 身体の自由及び安全(Liberty and security of the person
1 締約国は、障害者に対し、他の者と平等に次のことを確保する。
 (a) 身体の自由及び安全についての権利を享有すること。
 (b) 不法に又は恣意的に自由を奪われないこと、いかなる自由のはく奪も法律に従って行われること及びいかなる場合においても自由の剥奪が障害の存在によって正当化されないこと。
2 締約国は、障害者がいずれの手続を通じて自由を奪われた場合であっても、当該障害者が、他の者と平等に国際人権法による保障を受ける権利を有すること並びにこの条約の目的及び原則に従って取り扱われること(合理的配慮の提供によるものを含む。)を確保する。

第十九条 自立した生活及び地域社会に受け入れられること
 この条約の締約国は、すべての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に受け入れられ、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。この措置には、次のことを確保することによるものを含む。
 (a) 障害者が、他の者と平等に、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の居住施設で生活する義務を負わないこと。
 (b) 地域社会における生活及び地域社会への受入れを支援し、並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(人的支援を含む。)を障害者が利用することができること。
 (c) 一般住民向けの地域社会サービス及び施設が、障害者にとって他の者と平等に利用可能であり、かつ、障害者のニーズに対応していること。

第二十三条 家庭及び家族の尊重(Respect for home and the family
1 締約国は、他の者と平等に、婚姻、家族及び親子関係に係るすべての事項に関し、障害者に対する差別を撤廃するための効果的かつ適当な措置をとる。この措置は、次のことを確保することを目的とする。
 (a) 婚姻をすることができる年齢のすべての障害者が、両当事者の自由かつ完全な合意に基づいて婚姻をし、かつ、家族を形成する権利を認めること。
 (b) 障害者が子の数及び出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する権利並びに障害者が年齢に適した情報、生殖及び家族計画に係る教育を享受する権利を認め、並びに障害者がこれらの権利を行使することを可能とするために必要な手段を提供されること。
 (c) 障害者(児童を含む。)が、他の者と平等に生殖能力を保持すること。
2 締約国は、子の後見、養子縁組又はこれらに類する制度が国内法令に存在する場合には、それらの制度に係る障害者の権利及び責任を確保する。あらゆる場合において、子の最善の利益は至上である。締約国は、障害者が子の養育についての責任を遂行するに当たり、当該障害者に対して適当な援助を与える。
3 締約国は、障害のある児童が家庭生活について平等の権利を有することを確保する。締約国は、この権利を実現し、並びに障害のある児童の隠匿、遺棄、放置及び隔離を防止するため、障害のある児童及びその家族に対し、包括的な情報、サービス及び支援を早期に提供することを約束する。
4 締約国は、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし、権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は、この限りでない。いかなる場合にも、児童は、自己が障害を有すること又は父母の一方若しくは双方が障害を有することを理由として父母から分離されない。
5 締約国は、近親の家族が障害のある児童を監護することができない場合には、一層広い範囲の家族の中で代替的な監護を提供し、及びこれが不可能なときは、地域社会の中で家庭的な環境により代替的な監護を提供するようあらゆる努力を払うことを約束する。

第二十四条 教育
1 締約国は、教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、次のことを目的とするあらゆる段階における障害者を包容する教育制度及び生涯学習を確保する。
 (a) 人間の潜在能力並びに尊厳及び自己の価値についての意識を十分に発達させ、並びに人権、基本的自由及び人間の多様性の尊重を強化すること。
 (b) 障害者が、その人格、才能及び創造力並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること。
 (c) 障害者が自由な社会に効果的に参加することを可能とすること。
2 締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。
 (a) 障害者が障害を理由として教育制度一般から排除されないこと及び障害のある児童が障害を理由として無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。
 (b) 障害者が、他の者と平等に、自己の生活する地域社会において、包容され、質が高く、かつ、無償の初等教育の機会及び中等教育の機会を与えられること。
 (c) 個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。
 (d) 障害者が、その効果的な教育を容易にするために必要な支援を教育制度一般の下で受けること。
 (e) 学問的及び社会的な発達を最大にする環境において、完全な包容という目標に合致する効果的で個別化された支援措置がとられることを確保すること。
3 締約国は、障害者が地域社会の構成員として教育に完全かつ平等に参加することを容易にするため、障害者が生活する上での技能及び社会的な発達のための技能を習得することを可能とする。このため、締約国は、次のことを含む適当な措置をとる。
 (a) 点字、代替的な文字、意思疎通の補助的及び代替的な形態、手段及び様式並びに適応及び移動のための技能の習得並びに障害者相互による支援及び助言を容易にすること。
 (b) 手話の習得及び聴覚障害者の社会の言語的な同一性の促進を容易にすること。
 (c) 視覚障害若しくは聴覚障害又はこれらの重複障害のある者(特に児童)の教育が、その個人にとって最も適当な言語並びに意思疎通の形態及び手段で、かつ、学問的及び社会的な発達を最大にする環境において行われることを確保すること。
4 締約国は、1の権利の実現の確保を助長することを目的として、手話又は点字について能力を有する教員(障害のある教員を含む。)を雇用し、並びに教育のすべての段階に従事する専門家及び職員に対する研修を行うための適当な措置をとる。この研修には、障害についての意識の向上を組み入れ、また、適当な意思疎通の補助的及び代替的な形態、手段及び様式の使用並びに障害者を支援するための教育技法及び教材の使用を組み入れるものとする。
5 締約国は、障害者が、差別なしに、かつ、他の者と平等に高等教育一般、職業訓練、成人教育及び生涯学習の機会を与えられることを確保する。このため、締約国は、合理的配慮が障害者に提供されることを確保する。

第二十七条 労働及び雇用 Work and employment
1 締約国は、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有することを認める。この権利には、障害者に対して開放され、障害者を受け入れ、及び障害者に利用可能な労働市場及び労働環境において、障害者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立てる機会を有する権利を含む。締約国は、特に次のことのための適当な措置(立法によるものを含む。)をとることにより、労働についての障害者(雇用の過程で障害を有することとなった者を含む。)の権利が実現されることを保障し、及び促進する。

第二十八条 相当な生活水準及び社会的な保障 Adequate standard of living and social protection
1 締約国は、障害者及びその家族の相当な生活水準(相当な食糧、衣類及び住居を含む。)についての障害者の権利並びに生活条件の不断の改善についての障害者の権利を認めるものとし、障害を理由とする差別なしにこの権利を実現することを保障し、及び促進するための適当な措置をとる。



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東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程 鳥飼 行博
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